夢先案内人、頑張っています!

日本全国どこへ行っても涼しい場所などないのではというほどの、うだるような猛暑が続いています。
ここ広島でも、夜もエアコンを付けたままでないと寝られない日が続いています。

そんな中、トレーニングや走りの実技を指導してほしいと、たくさんの人が私の元を訪れてくれます。

その一人が以前から指導を受けてくれている、日本でいうと小学校6年生のサッカー少年です。
彼は現在スペインにサッカー留学と言うのでしょうか、お母さんと弟の3人で暮らしていて、お父さんは日本で留守を守り、しっかり働いていると言う親子です。

彼がスペインに渡る直前に、私のことを知ったお父さんが出発前に一度だけでもと、広島に連れてきてくれました。
3年半前のことで本人はその時のことをよく覚えていないそうです。

そんな幼い少年に対して、お父さんが私に何を期待してくれたのか、その根本的なテーマが現在まで続いています。
それは体の小さな彼が、これから先、大きな選手たちの中でどう戦っていくかという問題です。
これは日本代表を含め、すべての日本人選手に当てはまる問題でもあります。

最初に来てくれた時には、小学校3年生ということで、小さくて当たり前というか、少し小さいのかなという感じでしたが、そんな体で海外に渡り、体格的に劣っていると分かっている環境の中でサッカー選手を目指して行くために必要な要素が、私の理論というか指導の中にあると感じてくれたことがきっかけになったようでした。

現時点でも明らかに小柄だと思いますが、ここからどう成長していくかは誰にも分からないと思います。
私も小柄な方でしたが、最終的には178センチにまで伸びました。

とくに育成年代では、体の大きな選手の方が色々な意味でアドバンテージがあることは間違いないことですが、そのことだけで自分の将来に蓋をすることは、とてももったいないことだと思います。

6月初旬に個人指導を受けに来てくれた中1のサッカー少年にも同じことを言いましたが、これから3年間諦めずに正しい努力を続ければ、いま現在体格的にかなわないと思っていた選手を追い越すことができる可能性は十分にあると思います。

何故そう思うのかというと、それぞれのカテゴリーでそれなりの体格と基礎体力があると、あとは技術的な部分にしか気持ちが行かなくなってしまうからです。

体の小さな選手は技術的な部分はもちろんですが、体格的なハンデを克服するために大柄な選手以上に考えなければならないことがたくさん出てきます。

その一つの考え方として、「体の使い方」という概念に着目してくれるのです。

それを追い求めて、自分の持って生まれた能力を磨き続けていくと、自然な成長と相まって、個々に与えられた能力を存分に発揮できるようになるのです。

現在トップアスリートと呼ばれているカテゴリーの選手たちでも、私の目から見ると、持って生まれた能力を活かし切れていないと感じる選手がほとんどです。

スペインでは9月が新学期で、日本でいうと中学生になるのだそうです。
子供とは言っても色々なことが分かってくる年頃です、現実として自分の体で大きな選手たちを相手に戦い続けることができるのだろうか、これまでのように足元の技術だけでは通用しなくなってきていることは十分わかっているはずですから。

半年毎に帰国し、その度に広島に来てくれていますので、もう7回目になるでしょうか。
当初は、正直に言うとこんな小さな子供に何を教えろと言うのか、それも半年に一度のタイミングで何を伝えればいいのかと、感情移入というところまでは行かなかったと思います。

それが半年前にきた時に、本人とご両親にはっきりと伝えました、もっと真剣に私の指導を受けなければ来てもらう意味はないと。

もちろん一生懸命やってはくれますが、やはり子供です、危機感を持ってと言われても、楽しくて大好きだからやっているサッカーに、それ以上の感情など湧いてくるはずはないと思います。

しかし、こんな恵まれた環境を与えられているということを、もうそろそろ自覚し覚悟を持って日々の練習を行わなければ、目標としているレベルにまで届くことは絶対にできないと、かなり厳しい言葉で伝えました。

あれから半年、まだまだ子供であることには変わりありませんが、本人が覚えてもいない3年半前から終始一貫伝え続けてきたことが、少しずつ形になって体で表現してくれるようになってきました。

学年が変わるこのタイミングは、これから先を占う大きなターニングポイントになると感じた私は、約2ヶ月の日本滞在期間中に、4日連続のトレーニングを間隔をあけて2回行うことを提案しました。

普通に日本で生活している環境では提案どころか、考えることもできないことですが、そういう意味では子供とはいえすでにプロなのです。

してあげられることは全てやる、お父さんにはその覚悟があります。
私にはとてもできないことですが、このお父さんの覚悟は本物です。

縁あって関わらせてもらっていますが、私の立場でできることは全てしてあげようと思っています。

今回のテーマは基礎体力の養成とその方法論です。

ここで体作りの概念が持ち込まれると、過去多くの選手が陥ったような結果になることは目に見えています。

動きづくりのトレーニング、伸kingトレーニングを体と頭に染み込ませなければ、私を信頼してきていただいていることにお応えすることはできません。

ご連絡を頂き日程が決まってから、私の中で様々なシュミレーションを行いましたが、今日の午前中炎天下の中で行なった、前半の4日間の最終チェックとしての屋外のドリルを見る限り、私の想像を超える成果があったと思います。

これまで様々な年齢やレベルの選手を指導してきましたが、改めて自分のやり方に自信を持つことができました。

相手の体の立場に立って、人間の体の仕組み通りに動かすという、全く基本的なことではありますが、指導する上で一番難しいことだと思います。

マニュアルなどというものはあってないようなもので、とにかく一瞬たりとも気を抜くことなく6年生の少年の体と向き合えば、ちゃんと応えてくれました。

2時間かける4日間で、これだけの動きの変化が出せれば、来月同じように4回行うトレーニングでさらに向上させられることは明らかです。

大きな目標を持って突き進んでいる親子に、西本理論が少しでもお役に立てるように、来月までまた色々考えておこうと思います。

トレーニングはまさにオーダーメード、だからこそお互いに納得できる効果が出せるのだと思います。

何度か書いてきましたが、「1回5分体が喜ぶ健康術」の続編として、私のトレーニング論を1冊の本にまとめることが、いまの私の目標となっていますが、残念ながら未だに重版には至っていませんので、続編の話は出ていません。

読んでいただいた方にお願いですが、アマゾンの書評欄に感想を書いていただけないでしょうか。
そのレビューの件数や星の数が多いほど、まだ読んでいただいていない方への訴求効果が高いそうなので、ぜひ感想をレビューに書いていただければありがたいです、よろしくお願いします。


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走るという行為がすべての運動の基本と考える理由。

昨日書いた記事をもっと自分の言葉で整理しておかなければと、今日も文字を書き連ねて行きます。

私は技術という言葉を、「自らが意図(企図)した筋肉の収縮活動を、反復継続して行うことのできる能力」と定義しています。

人間の体が動くという現象は、骨と骨が構成する関節の角度が、筋肉の収縮によって角度を変えるということに他なりません。

筋肉はその両端が腱という組織に移行し、骨にしっかりと付着していることで、脳からの指令で筋肉の収縮が起こり、一つまたは二つの関節をまたいだ筋肉がそれぞれの骨を引っ張り合うことで関節の角度が変わるというわけです。

ですから「筋肉の仕事は骨を引っ張ることで、それ以上でも以下でもない」と言っているのです。

とてもシンプルな仕組みですが、これがとんでもなく複雑に連携して、体全体の連動を作り出しています。

では走るという行為に置き換えてみるとどうでしょう。
人間が走るという行為を行う必要があるのはどういう時でしょうか、歩いているスピードでは間に合わない時、これしかないと思います。

今でこそ、歩くことや走ることが健康づくりの手段となっていますが、つい100年くらい前までの日本でウォーキングやジョギングをしている人を日常的に見かけることはなかったと思います。

目的地に早く着きたいから、少し急いでいるから、他の人に遅れないようについていかなければならないから、とにかく必要に迫られた結果だったと思います。
おそらくはだれかと競うということはなかったと思いますから、目的地までの距離を考えそれぞれにできる範囲のスピードアップだったでしょう。

その際、体をどう使おうなどと考えることはなかったと思います。
意図したことは、目的地に早く着きたい、それだけだったと思います。

スポーツを行う場合、それがレクレーション的なレベルであろうと、プロやそれに準ずる競技レベルのスポーツであろうと、それぞれの競技に必要な動作があります。
一般的には、その動作そのものを指して「技術」と呼ばれています。

ここで冒頭に記した、私の技術の定義に戻ります、「自らが意図(企図)した筋肉の収縮活動を、反復継続して行うことのできる能力」でしたよね。

このことに対しては、反論の余地はないと思います。

様々な競技に特有の動作があります、体一つで行うもの手具を使うもの、各種のボールを使うもの、相手との直接のコンタクトがあるもの、ネットを挟んでコンタクトがないもの、色々な競技があります。

弓道やアーチェリー、射撃など、静止した状態で行われているように見えるものであっても、体のどこかは必ず動いています。
動きが小さければ小さいほど、理想とする動きとの誤差が結果を大きく左右するはずです。

技術を向上させたいと思っている選手すべてが目標としているのは、「自分の体を自分の思ったように動かせるようになること」ではないでしょうか。

しかし、現実に選手や指導者が考えることは、体の動きそのものではなくボールを正確に蹴りたいとか、思ったところにボールを投げられるようになりたいとか、狙った的に正確に矢を当てたいという結果の部分です。

その結果を得るために必要なことは何かというのが、私の技術の定義なのです。

その基本中の基本が、誰にでもできる「走るという行為」です。

どうやって体を使いたいかを考えて走っているのは、おそらく陸上競技の選手だけでしょう。
それは私に言わせると、いわゆるフォームのことであって、人間の体の仕組みに沿ってという、根本の部分が抜け落ちているような気がします。

当然他の競技の選手は、走るという行為を二次的なことと捉え、たんにスピードと持久力の向上がその目的となっています。

しかし、走るという行為ほど難しいものはありません。
体の仕組みに沿ってこれが正しい体の使い方だと、心から信じて「意図」できている選手指導者はいるのでしょうか。

体を動かすにあたって、最もシンプルで基本となる「走るという行為」に対してすら、正しく意図できないのに、それぞれの競技動作に対する筋肉の収縮活動を「意図」することなどできるのでしょうか。

私はここにすべての問題の原点があると思うのです。

投手のコントロールが悪い、サッカー選手が後半足が止まってしまう、基本となるボールを止める蹴るが上手にならない、挙げればきりがないですが、すべて正しく体の動き、筋肉の収縮活動の結果起こる関節の角度の変化という人間の動作そのものを「意図」できていないからではないでしょうか。

サッカーで言えば走るという行為を正しく行えるようになれば、90分間頭と体を動かし続ける能力が向上することで、結果として個人そしてチームとしてのレベルアップに繋がるはずなのです。

走るという基本的な能力の改善もできないのに、いわゆる技術や体力の向上などできるわけがないと私は考えます。

走るという行為は、静から動のイメージがありますが、それではまったく居着いた状態から地面を蹴って反力を得る、体重移動という効率の悪い移動方法となります。

そのことについては過去何度も書いてきましたので詳しく書きませんが、正しい動きを習得するためのドリルとして、最も重要視しているのが「アイドリング」という動作です。

アイドリングという言葉は、辞書によると「主目的に貢献せず、しかし稼働に即応できる様態を維持していること。あるいはその動作である。」と記されていました。
まさに私の思いそのものの言葉でした。

アイドリング状態を作っておくことで、静止してしまうのではなく、次の動作に備えて体全体が波を打つように連動して、いつでも体のどの部分からでも、どんな方向のどんな動作にでも対応できる状態を保っておくことができるのです。

これまでアイドリングドリルの重要性があまり伝わっていないようでしたが、写真と動画を提供してくださった「岩城巧」さんのおかげで、あのアイドリングの動画を見て、多くの方が衝撃を受け、アイドリングってそういうことだったのかと認識を改めてくれたと思います。

たんに走るためのドリルではないのです、あの動きの延長線上に、人間が行うすべての動作があると言っても過言ではありません。

単純に考えても、あれだけの動きができれば、サッカーで言えばそう簡単に逆を取られるなどという状況が想像できるでしょうか。

全身の骨格を筋肉の収縮によって連動させる、そこで動員されている筋肉は大きく肥大しているとか物凄い筋力を持っているという必要はありません。

自分の動きにとって最も効率的に収縮してくれるスピードと滑らかさが必要となります。
そこには当然、それに必要な筋力が要求されますし、結果として筋肥大も起きることは岩城さんの体が証明してくれています。

「自分の体を自分の思ったように動かすことができる能力」その最も基本となるのが「走るという行為」、それすら満足した動きを獲得できないままに、それぞれの競技動作を習得しようというのは安易な考えだとは思いませんか。

私も改めてアイドリングの動作を繰り返しています。
体が喜んでいるというか、いつでも次の動作に移れる、そんな余裕も感じます。
静から動ではなく、動から動、アイドリングのドリル、真剣に取り組む価値はあると思います。

走るという行為の重要性、理解していただけたでしょうか。


「走るという行為」になぜこだわり続けるのか。

西本理論という漠然とした名称が、なんとなく定着してしまった感がありますが、元々そんな理論などあるはずがありません。
私がこれまで経験してきたこと、考え続けてきたことを総称してそう呼ばれているだけです。

理論などというものはそれだけでは何の意味も持ちません、それを基本としての方法論が存在し、それぞれの競技に応用できるドリルであったり、実際の技術の向上に結びつくものでなければ意味をなしません。

様々な要素の中で一番注目されているのが、私が提唱する「走るという行為における体の使い方」です。

西本塾を始めて第一回の参加者から、個人指導を受けた人を含め、例外なくその走りとこれまで自分が行ってきた走り方の違いに驚きます。

ではなぜ私がここまで走るという行為を深く追求しているのか、それは人間ならば誰に教わることなくいつの間にか出来るようになってしまう、「当たり前の運動」だからです。

それぞれの競技動作は、一定の期間練習しなければ習得できないものがほとんどです。

それが「歩く」「走る」という行為に関しては、普通に生活している限り、「歩く・走る」に技術という概念が持ち込まれることはないと思います。

それでも子供の頃から足が速いとか、徒競走が苦手だったなど、早い段階から優劣が付けれらてしまいますが、とくにそれを改善しようと考える人は少ないと思います。

生まれつきの運動神経とか、親からの遺伝などという言葉で片付けられてしまします。
と言うより、別に人より足が遅いからといって、特に困ることはありませんから。

しかし、何かのスポーツを行おうと思った時、必ずと言っていいほどランニングと言う行為がトレーニングの一環として行われることになります。

そこには走る速さはもちろんのこと持久力も求められ、ランニングというトレーニングによって、筋肉や関節の故障というマイナスな結果を生むことにもなります。

しかし、これまでそれに対する、根本的な改善策というか、なぜそんなことが起こってしまうのか、何が正しくて何が間違っているのかという明確な指針がありませんでした。

ストライドを広げピッチを速くすれば速く走れる、そのためには筋力を鍛えてと、当然のように言われてきました。

持久力を養成するためには、とにかくたくさん走ること、これも当然だと思われ、それによって多くの選手が故障を余儀なくされてきました。

何故だろう、どうすれば体に無理なく速く、そして長く走り続けることが出来るようになるのだろう、その答えを探し続けてきました。

今現在、私の中にある答えを、それを知りたいという方に伝えているわけです。

誰にでもできることだからこそ難しい、人間が自分の体を使って行う最も基本的な運動だからこそ難しい、何年何十年と考え続けても終わりのない探究が続いています。

そしてここ数年、たくさんの人に伝えてきましたが、本当の意味で私と同じ考え方になってもらうのは難しいというのが実感で、現実として私が納得できるレベルに達してくれたのは数人しかいません。

それだけ難しいことだと言えばそうなのですが、それでも少しずつ教え方というか伝え方が変化し、特にここ最近は、本人も私もにっこり笑える結果にまで持って行けるようになりました。

なかなか理解してくれない頭と体に、この人にはどう言ったら分かってもらえるのだろうと試行錯誤を繰り返してきましたが、それぞれの疑問点というか、改善ポイントが分かるようになり、当然それに対するアドバイスも的を得たものになってきました。

前回前々回と2回に渡って紹介した、岩城巧さんのように、直接の指導はたったの1回でも、本人の目的意識と取り組む姿勢によってはここまで習得できるという見本が示され、何度指導を受けてもよく分からない、習得できないという言い訳は通用しなくなってきました。

すべては本人の意識、絶対に修得するんだという強い覚悟、そして、できるまでやり続けるという継続の二文字、そのすべてがあれば、誰にでも届く世界だということです。

この走るという行為が結果として上達するための各種のドリル、実はここに前に進むだけではなく、前後左右どの方向へも一瞬で移動でき、更には手足を使った各競技の動作の基本があるのです。

だからこそ私は走るという行為を真剣に追い求めています。

それが今、陸上競技はもちろんのことサッカーや野球に限らず、競輪や競艇といった、直接走ることとは無縁の競技の選手の動きづくりにまで役立っています。

私の言う技術の定義「自らの意図した筋肉の収縮活動を、反復継続して行うことのできる能力」、その一番基本的な動作が「走るという行為」、なのですから。

今回個人指導をした小野さんは、約3年前に同じように走り方を教えて欲しいと東京の青梅市から来てくれました。

二日間の西本塾には参加できないが、数時間の個人指導で、指導を受けた人たちが例外なく驚きの声をあげている西本走りを体験したいということでした。

なかなか思うような結果に結びつかないが、なんとか自分の納得できる走りを身に付けたい、そんな強い想いで広島に来てくれました。

少し見にくいですが、文中に注釈を入れる形で解説していきます。

個人指導の感想

先日は個人指導ありがとうございました。

率直な感想としては、走ることに関してのスタートラインにやっと立てたかなという感じです。

今まで先生には個人指導を含め3回の指導をしてもらいましたが、今まで中途半端にわかっていたことが、4回目でやっと理解できました。

先生の説明を聞いていると、そういうことだったのかという部分があり、今まで疑問だったことが繋がりました。

(以前自分の気づきをコメントしてくれたことがありましたが、あまりにも基本的な部分で、そのことに自分が初めて気付き、他の人にも伝えたいという感じのことが書かれており、西本塾ナンバー1の走りを身に付けてくれている島田さんに、先生が最も基本として指導されている事であり、ブログにも何度も書かれていることを、今頃気付くとは・・・と厳しく返信のコメントがありましたね。)

最初に理解できていないと言った「アイドリングと引っ張り出しの繋がりが・・」と言ったことが今思うと恥ずかしく思います。

本当に自分は今まで何をやっていたんだろうという感じです。

今回の指導では、まずアイドリングや引っ張り出しのドリルの重要性を再確認させてもらいました。

先生がブログなどでドリルが7割、走ることが3割と書いていますが、アイドリングなどのドリルで骨盤が縦に動く、股関節が伸展するなどのことが自分の体で理解出来ないと、走るという結果だけを求めても、何も意味がないことを教わりました。

確かに今までの自分はアイドリングなどのドリルを疎かにしていたせいで、走り方が何かピンと来ない感じで、走る練習ばかりしていました。

(練習に費やす時間はドリルが7割で実際に走るのは3割で良い、という言葉をどれだけの人が本気で実践していることでしょう。ドリルが大切だということを言いたいがために物の例え、くらいにしか思っていない人がほとんどでしょうね。でもドリルが完ぺきに行えるようになれば、その時点で間違いなく走りは変わっているのです。岩城さんのアイドリングドリルの動画を見て、衝撃を受けた方ががたくさんいることでしょう。)

その結果、肩甲骨は上下に動かしているつもりだけど、骨盤との連動が感じられない。
大腿は上がっていないが股関節は伸展していない。

でも、アイドリングの動作を改めて、ゆっくり大きくやった時に、「この感覚だ」と思ってしまいました。それくらいアイドリング動作は意味がある事だと痛感させられました。

FBTも、もう1度基本から教わりましたが、自分が今まで感じていた背中への刺激とは全然違い、これをしっかりやっている人とやらない人では差が出るんだなと改めて感じました。

今回ブログでも紹介されている岩城さんという方の話しも先生から聞きましたが、たった1度先生に会っただけで、あれだけの柔軟な背中の動き、背中の筋肉の発達は凄いですし、自分もやらないといけないと刺激を受けました。

何より岩城さんの理解力や継続力は見習わなければと思います。

(ちょうど岩城さんの記事と時を同じくして指導を受けてもらいましたから、自分の取り組みの甘さが明確になったと思います。FBTはどんなマシンを使うよりも動くための背中を作ってくれます。自分にとってのベストなやり方を今回見つけてくれたと思います。)

自分が今回広島に来て1番の収穫は廊下に出て短い距離を走った時の感覚です。
骨盤が縦に動き、股関節が伸展して前にどんどん進んで行く感覚、骨盤のギアを上げればスピードが上がって行く感覚。
今までの走りでは感じたことが無い感覚でした。

でも、この感覚もアイドリングなどのドリルを、頭と体で理解できたからこそ感じられた感覚だと思います。

他にも捻転を使い3歩でトップスピードに乗る走り方や方向転換の動き方などの指導を受けましたが、まだまだ練習が必要です。

外に出てから長い距離を走った時も注意される所も何点かあり、自分でも全力に近いスピードで走った時に骨盤のギアの回転数が思ったより上げられない、体全体の連動性、頭の位置や目線、他にもまだまだ改善することがたくさんあると思います。

(実は土曜日にも、以前にブログで紹介した福岡のそら君が、久し振りに指導を受けに来てくれました。高校生になっても陸上競技を続けてくれていますが、今ひとつスピード感が出ないことに、フォームのチェックに来てくれました。まるで小野さんに教えたことと同じことを、二日間繰り返し教えることになりましたが、私の指導でもう一つ伸び悩んでいるポイントはやはり同じでした。これまでも伝えてきたつもりでしたが、ポインが明確になり、お互いに納得できる結果になったと思います。)

これからはアイドリングなどのドリルやFBTで体の動きや感覚を大事にして、走りの質を高めていきたいと思います。

約3年ぶりの広島でしたが本当に来て良かったと思います。
正直行くまでは、今の自分に進歩があるのか不安でしたが、その不安を消し去ってくれる先生の指導力は凄いの一言です。

自分はプロのアスリートでもないですし、指導者をしている訳ではないので、次はいつ広島に来られるかわかりませんが、また何かあれば広島まで来たいと思います。
広島まで来るということは、それくらい価値があることだと思います。

今回の御指導本当にありがとうございました。
いろいろな話しも聞けて楽しかったです。

先生もお体に気をつけて頑張って下さい。

また会えることを楽しみにしています。

小野さんは現在40歳、30歳でサッカーは現役を退き、現在はスポーツに関わる立場ではありませんが、人間の最も基本的な運動である「走るという行為」を究めたいと真剣に学んでくれました。

今回は「これだ」という感覚をつかんでくれたようですので、これから行うドリルや走りが楽しくなることでしょう。

真剣に学んでくれてありがとうございました、また会お会いできることを楽しみにしています。

走るという行為が、他の動作とどう関連しているのか、次の機会に深く掘り下げてみたいと思います。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
今年2回目の西本塾を8月26・27の土日に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。
なお、今回も参加者が5名に満たない場合は開催しません。
9月10日には深める会も予定しています。

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