想いは届いていました、それもこんな遠くまで!

今日は朝からバスとアストラムラインを乗り継ぎ、広域公園にサッカーを観戦に行ってきました。

まずは午前中、11時から女子サッカーの試合、地元『アンジュヴィオレ広島』『静岡産業大学磐田ボニータ』戦です。

監督が今年から変わり、私がヴィッセル神戸に在籍していた当時選手だった『東博樹』君が就任していましたので、どんなサッカーを見せてくれるのかも楽しみにしていました。

女子サッカ-を生で見るのは初めてでしたが、やはり男子に比べると個人の身体能力も基本的な技術も少し違っているので、監督の采配というか戦術が大きく勝敗を分けるような気がしました。

昨年負けが続き下部リーグに降格してしまったので、圧倒的な強さで勝ち点を重ね1年で上のリーグに復帰して欲しい所ですが、そう簡単にはいかないようでした。

私がもし力を貸してくれと言われたとしたら、色々やらなければならないことがたくさんありそうでしたが、選手の能力を引き出す戦術があっての個人の能力であることは間違いない訳で、やはり信頼できる監督のサポートをするというのが、私の能力を活かせるカギだとも思いました。

そして2時から、隣のメインスタジアムに移動して、『サンフレッチェ広島』対『ジュビロ磐田』戦を見ました。

こちらも、現役時代の雄姿を良く知っている『森保一』対『名波浩』という、当時の日本を代表するMFどうしの監督対決にも興味がありました。

今日は動きがどうの個人の能力がどうのはさておき、低迷するサンフレを何とか応援しようと、家内と三男の3人で応援しました。

結果は0対0のスコアレスドロー、試合内容も正直見ごたえがあったとは言いづらく、危ないシーンの方が多かったのですが、とにかく全員が一生懸命戦っている事だけは伝わってきました。

とくに1トップに起用された『皆川選手』は、前節に続いてのスタメンだったので、とにかく体を張ってという表現がぴったりで、必死にボールを追いかける姿が印象的でした。

森保監督には1年でも長く、新しいスタジアムが完成するまで監督を続けて欲しいと思っていますが、厳しい経営環境の中、思ったような選手補強も出来ない中で、こういう苦しいシーズンもあると思います。

直接手伝いが出来ないことが残念ですが、どんな形でも彼のために出来ることがあればと言う気持ちを持っています。

帰りは、息子智志の車で帰ってきました。

智志は現在青山選手のパーソナルトレーナーを務めていますので、関係者駐車場にも入ることができるのです。

おかげで家内と二人、後部座席に乗せてもらい、お客さん気分で運んでもらいました。

智志と青山選手のことは改めて許される範囲で書いてみたいと思います。

さて今朝目が覚めた時のことです。

メールをチェックすると、ブログのコメントが届いていました。

眠い目をこすりながら読んでみると、いっぺんに目が覚め老眼鏡をかけてしっかりと読み直しました。

昨日のの記事に対して、温かい応援のメッセージが書かれていました。

コメント欄ではなく、記事として紹介させていただきますので、読んでください。

 西本さん、はじめまして、海外在住の野村と申します。
 欧州のスロベニアという小さい国にかれこれ20年以上住んでいます。

 二年ほど前でしょうか、木崎さんの記事をきっかけにこのブログに巡り会い、「この人は本物だ」と一番初めから読み始め、広背筋、骨盤の構造、肩甲骨、フライングバック、伸筋、動きづくり、などなど学ぶことも多く、マイケル・ジョンソンの走りかたがいいとあればビデオを探して子供と一緒に見たり、その後は毎日、(文字通り毎日です)ブログの更新をチェックしています。

 子供は今10歳、やはりサッカーをしています。
 ちゃんと背中を使えていると思っているので、特別に西本理論のトレーニングをしているわけではありません。
 でも悪い癖がでてきたりしたら定着する前に直してしまうつもりで見ています。

 西本塾に参加するにはちょっと通すぎるので、西本さんの文章や参加者の感想から、塾の内容を一生懸命想像して学んでいます。

 自分の子供だけでなく、他の子供たちの動きも動きづくりの観点からみていますが、外国人でも(ここではうちの子が外国人ですが)ぜんぜん背中が使えていない選手はたくさんいます。

 姿勢の悪さが弱点になってると思う子供にときどき、「こうやったらもっと速く走れるよ」「もっと強く蹴れるよ」と教えてあげることもあります。
 だいたいその時は見違えるほどよくなっても、定着せず数日もすると元に戻ってしまいます。
 親でもなく、コーチでもない立場の限界ですね。
 でもそのダメな子ではなく、そばで見ている子が目をキラキラさせて一緒にやってみたり、その場で吸収してしまうこともあります。
 やっぱり上手くなりたい、と本気で思っている子供が一番伸びるようです。

 いろんなコーチの指導を見ていて、現役時代にユーゴ・リーグなどで活躍した指導者はみな、他の人より「頭を上げろ」ということに気づきました。
 姿勢が良ければ体を動かすうえでアドバンテージになるだけでなく、まわりの状況がよく見えてよりよい判断ができる、いい選手になる条件なんですね。

 今回の更新で、「私の存在も指導理念も世の中に逆行して広まって行きません。」と書いてありますが、こんな遠くまで届いてますよ、と励ましになればと、勇気をだしてコメントします。

 これからもずっと読みつづけます、どうぞよろしく。


遠く欧州のスロベニアと言う国にお住いの野村さんと言う方から頂いたものですが、私の愚痴など自分で自分の世界を狭くしていたのだと恥ずかしくなりました。

誰の為に、誰に伝えるために書いているのではない、自分が言いたいこと言わなければならないことを書いているのだから、他人の評価は気にしないと言っておきながら、きちんと評価してくれない、良いものは良い、正しいものは正しいと世の中に広まって欲しいと、全く矛盾していることを言っているんですね。

自分にとって心地よい言葉が聞こえてこない、私の理論が評価され指導の範囲が広がって行かないことにも、少しいらだちさえ感じていたのかもしれません。

そのことを感じ取っていただいたのでしょうか、私のブログを熱心に読んでいただき、ご自分のお子さんや、その周りの子供たちにまで、私の考えに沿ったアドバイスをしていただいたり、目の前にいる私たちから見れば外国人選手の体の使い方が、私の言うところのその部分と実際にどう違うのかをしっかり見て頂いていました。

嬉しいやら有難いやら、朝からとてもハイな気分で一日が始まりました。

文章の中で興味深かったのは、「海外の子供たちの中でも背中を使えていない」という部分です。

私も昨年末この目で見て確信しましたが、彼らは遺伝的に我々日本人に比べて間違いなく広背筋の機能は発達していると思います。

ところがそのことがあまりにも当たり前すぎて、意識して使えていないということも事実のようでした。

一流と言われている選手たち、さらに超一流と呼ばれる選手たちは、間違いなく背中の使い方が上手です。

ただそれは意識してと言うレベルではなく、まさに当たり前のことで、しかもどんな状況においてもそれが崩れることなく発揮され続け、その結果正しい姿勢が維持されているということです。

そうでない選手は、正しく使えるにもかかわらず、意識して屈筋を使うことで体を固くし無駄な力を使い、腰が落ち背中を丸めた前傾姿勢になっているということです。

我々は機能的に発達していない広背筋に働きかけ、本来の機能を発揮してもらえるように準備しておくことはもちろんのこと、どんな状況下でもその機能が失われないように意識付けすることで、海外の選手に十分対抗できると考えたのです。

お子さんはスロベニアのお生まれだとしたら、言葉を覚えることと同じで、周りの子供たちがやっている動きをみて、自分のそれが出来ることが当然だと、自然に思えるように育っているのではないでしょうか。

これも実際にそういう環境で生まれた子供を育てた父親から聞いた話で、私にとっては想像でしかありませんが、それほど間違いない発想だと思います。

仰る通り、いわゆる伸びる子供と言うのは、自分に対してではなく他者に対するアドバイスにも耳を傾け、自分に置き換えるというか、そのままではなく取捨選択して自分のものにしていく能力が高いと思います。

「素直な子は伸びる」と言いますが、素直にハイハイではなく、取捨選択と言う能力が一番大切な能力だと思います。

そのためにはどんなアドバイスにも素直に耳を傾けるという素直な姿勢が大切なことは言うまでもありません。

姿勢の問題は結果論ではなく、次の行動に素早く移行できる準備の姿勢だと思います。

その意味で、「頭を上げろ」という言い方は、ワンポイントアドバイスとして的確なものだと思います。

西本塾に関しても、流石に広島まで来て参加してくださいという距離ではありません。

だからこそブログの内容や受講してくれた人たちからの感想は、何ものにも勝る副読本になっているのでしょう。

西本塾も不定期開催となり、次の予定も立てていませんが、野村さんから頂いたコメントは、私にとって何よりの力になりました。

是非次回の開催も検討したいと思います。

私の考え方に賛同していただける方もあれば、批判的な意見をお持ちの方もあると思います。

それは当然のことで、私がどうこう言うことではありません。

ただこうして、私の言葉に真剣に耳を傾け、勇気づけるような言葉をかけてくださる方が実際にいて、もしかしたら他にもいるかもしれない、それも広島だ日本だではなく、ネットを通じて日本語の読める方なら、地球上のどこにいても私の存在や考え方に触れることが出来ていることが分かり、もうこれ以上嬉しいことはありません。

ブログの最後の所に拍手の数が出たり、その日の閲覧者数も分かりますが、気にしないと言いながらやはり数字を気にしてしまうのも正直なところです。

私に直接出会うことが現実として不可能な方にも、このブログこそが直接的なつながりでなくて何なのかと思わせて頂きました。

これからも自己満足と他者に対してのメッセージという両面を意識しながら、力むことなく私の思いを綴って行こうと思います。

野村さん、本当にありがとうございました。

直接お会いしてお話しできる機会はないとは思いますが、この数年の私の周りで起こる様々な出来事を想うと、「願いは叶う」という言葉がぴったりです。

私の体がバリバリに動ける間に、奇跡が起こることを願います。

もう一度言わせてください、ありがとうございました。

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『良いものは良い、正しいものは正しい』と言って欲しい。

今日はただの愚痴かもしれません。

先日行った西本塾を受講してくれた人たちからは、既に感想をいただき、ここで紹介させていただきました。

その内容を信じるかどうかはそれぞれの判断ですが、実際に私の指導を受けた人はどんなに強固な固定概念を持ち込んだとしても、私の言うことやっていることが、人間の体にとって効率的で効果的な動きであることを理解してくれます。

どんな色眼鏡で見られても、そんなことで揺らぐような理論ではありませんから。

それでも参加者によっては自分が私の指導を受けたことを公にしたくないと、感想を紹介させてもらう際に匿名を条件にする人がいます。

それどころか、直近の参加者の中には感想すら送ってくれない人もいました。

感想を送っていただくことを強制していないのですから、送られてこないことにどうこう言うつもりはありません。

ただ二日間の私の真剣な指導に対して、それぞれの立場や環境の中でどう感じどう活かしていこうとしているのか、私にとってはとても興味深いことです。

そんな中のお一人から、だいぶ時間はたちましたが、感想と近況報告が送られてきました、しかし、その内容をご紹介することは出来ません。

その文中から個人や団体が特定される可能性があるので、記事にはせず私の中だけで納めて欲しいという但し書きが添えられていました。

とても興味深いことが書かれていて、ぜひ多くの人に読んで頂きたいものでした。

確かに私はいわゆる公人ではありません、生涯一トレーナーを自認する普通の人間です。

ただ西本塾を主宰し、多くの方に指導している内容は、私の積み上げてきた経験と知識の集大成として『西本理論』と言う言い方で、興味を持ってくれた人に伝えているものです。

ですから西本塾でお話ししたことは、個人と個人の一対一の関係ではありません、参加者の方からすればそうかもしれませんが、私から見ればまったく同じ立場の西本塾生で、私に対する感想は西本塾、西本理論に対する感想だと捉えています。

他の人には見せないでくださいという感想は、私個人に対する物ですから、本来はそういう関係性を求められても困るのです。

例えばこのブログの一部を読んだ人から、その内容に関してああだこうだと批判されたとしても、私はそれに対して反論するつもりも怒りをあらわにするつもりもありません。

最低限このブログを最初から最後まで、さらには西本塾に参加してくれた人から届けられた感想や、それに対する私のコメントも含め、すべて読み込んだうえで私の考え方に言いたいことがあるのなら、少しはこちらも相手にするかもしれませんが、そうでなければ何とも反応のしようがありません。

質問をしてくる人に対しても同じです、全部読んだらどこかに答えは書いてあるだろうということです。

私の考え方を学びこれまでの固定概念を打ち壊された人たちの戸惑いは、体験したことのない人たちには想像できないほどの衝撃かもしれません。

それが時間が経ち現実に戻ると、私の言っていることが異端ではなく、まったく当たり前のことで、自分たちが当たり前だと思ってきたことこそが、誰かに植え付けられてきた『固定概念』『既成概念』と呼ばれているものにすぎなかったということが分かってきます。

ここまでは私にとって当然の流れで、「正しいもは正しいし、良いものは良い」ただそれだけのことなのです。

当然私の理論に沿って指導をすれば、これまでとはまったく違った反応があり、驚くべき効果が出てきます。

そういう良い面が見えれば見えるほど、固定概念に縛られ自分たちがやってきたことがすべてだと思っている人たちにとっては面白くない訳で、どう反応して良いのか分からないパニック状態に陥ることになります。

素直に認められる人は10人に1人いるかいないかと言うレベルでしょうか。

チームメートやライバルより抜きんでた存在になりたいと私の指導を受け、実際にその効果を実感した選手たちは、私の存在をひた隠しにし、どんなトレーニングを行っているかさえ明かそうとしません。

それはある意味当然のことですが、自分だけが分かっていたとしても、それを評価する指導者に同等の目がなければ、素晴らしい能力も異端の扱いを受けることになってしまいます。

指導者として私の指導を受け、大きな衝撃を受けたと自分の環境に戻り、なんとか自分の指導している選手たちのために活かしたいと、私から学んだことを周囲に広めようとしてくれても、自分と違う考え方を持った指導者が選手にとって良い結果を出していくことを面白くないと感じる指導者の方が多いのです。

結果を残してきた、と言ってもそれは選手がやってくれたことですが、それによって現在に地位や立場を築いてきた指導者は、それ以外のものをなかなか受け入れようとしません。

常に勉強してと言っている指導者でも、自分の考え方の延長線上というか、自分以上に結果を残している指導者の後を追っているだけのことです。

何と器の小さい人間たちでしょうか、誰の為の指導者なのでしょうか、どうして良いものは良い、正しいものは正しいと素直に認められないのでしょうか。

私の指導を直接的また間接的にでも受けたことで、選手の能力が向上したとすると、自分の指導者としてのプライドが傷つくのでしょうか。

選手の能力を向上させるのが仕事なら、どこの誰の理論であっても素直に受け入れ、選手のために学び続ける姿勢こそが、本当の意味での良い指導者なのではないでしょうか。

これだけ情報化社会となってSNSと言うのでしょうか、一瞬にして情報が拡散される時代に、良い結果を出せば出すほど私の存在や考え方を学んだ事実も、それを応用して指導したことによって、今までには考えられないような大きな変化を選手が感じてくれたことを、どうして声を大にして発信してくれないのでしょうか。

先日指導に行ったサッカーチーム然り、西本塾生が指導したチームや選手が結果を出せば出すほど隠されてしまうことで、私の存在も指導理念も世の中に逆行して広まって行きません。

だからこそ、それを知った選手やチームが他と違う能力を身に付けられるというアドバンテージを感じているのかもしれません。
それこそ小さな考えです。

私が考えていることくらい、どこの誰でも当たり前に知っていて、体の動きも身に付けていて、それらをベースにしてもっと違うところで競い合ってこその全体のレベルアップではないのでしょうか。

私の指導を受けていると堂々と宣言し、真似ができるものならやってみろ、そんなお手軽な方法論ではないことを目の前で見せてやればいいのです。

体の使い方という概念に気がつかないレベルの指導者は、そこまでのものなのです、すぐに追い越して体を動かす技術という発想をどんどん広げて行けばいいのです。

耳に入ってくる様々なことが、ちっぽけなことばかりで話になりません。

なぜ私から学んだと堂々と公にしてくれないのでしょう、学んだことが『正しいし良いこと』だと思ってくれたのなら、過去の固定概念など変えて行けばいいだけのことではないのでしょうか。

選手が良くなって誰が困るのでしょうか。

私も言いたくても言えないことはたくさんあります、それでも言わなければならないことは言い続けて行きます。

誰かに何かを言われ言い返せないのは学びが足りないからです、もっとしっかり学び続けてください、自分の体で証明して行ってください。

それが出来ない人たちが、過去の固定概念の中で自分の立場を守ろうとしているのです。

すべては自分は誰の為に存在しているのか、それを突き詰めて行けばおのずと答えは出てくるはずです。

まるで愚痴のオンパレードでした。

精神的にはとても落ち着いているのですが、このことに関しては少し感情が先に立ってしまいました、以上。

私の生き方にこそ固定概念があったのかもしれません。

昨日は育成年代の子供たちのサッカーチームの指導の手伝いに行って来ました。

指導と言ってもサッカー経験のない私に出来ることは、『体の使い方』ということに絞られます。

指導の中で今まで使ったことのない言葉がまた出て来ました、ボールを扱う技術ではなく、『体を操る技術』と言う概念を持って欲しいということです。

実際には体を操る技術こそがボールを操ることそのものなのですが、ボールを思ったように扱えるという技術、具体的にはリフティングやドリブル、止めて蹴るという基本動作が技術そのものだという認識になっていると思います。

世間一般ではそう思われている中、昨日行ったのは、私の考え方に共感し、西本塾にも参加してくれて指導に取り入れてくれている人間が指導してくれている数少ないチームですから、選手たちがどんな動きを見せてくれるのかとても楽しみにしていました。

限られた時間の中ですから、普段行なっている練習を見学させてもらい、気になることがあればコーチに話をして指導に活かしてもらうというスタンスで臨んだつもりでした。

それがせっかく私が来てくれたのだから、この際いろいろなことを直接指導してもらおうと、ほとんどの時間私が動き回って指導させてもらうことになりました。

私ももちろんその気があって、ちゃんとサッカーシューズを履いて行きましたが(笑)

もともと間接的に私の考えが伝わっているはずの選手たちでしたが、直接指導させてもらえるとなると、ついつい力が入り色々な事をやってもらうことになりました。

体の使い方を説明したり、うまく表現してくれている選手を見つけてお手本にしたりと、グランド全体を動き回り、出来る限り一人一人に声をかけて指導しました。

私自身も変化を感じましたが、普段指導しているコーチたちの目にも、短時間でどんどん変化していく選手の動きに驚きを隠せないようでした。

指導の内容は別として、今回自分の中に大きな変化を感じました。

今回はあくまでも見学者であって、もし指導をすることがあったとしてもボランテイアとしての立場での指導となります。

こういう指導はまさに私の仕事ではありますが、今回は仕事抜きの訪問でした。

私は仕事に対して常に結果責任を感じながら行なっています。
たとえ短時間であっても、その場限りの指導であっても、ただその時間を指導したという感覚にはなれません。

なんとか理解させたい出来るようにしてあげたいという気持ちが強く、時には厳しい言葉も発することもあります。

これまで関わって来た選手やチームを勝たせるという、唯一無二の命題を達成するためには、一切の妥協を許さず、すべてをかけて取り組んで欲しい、もちろん私自身が選手たち以上にその気持ちを強く持ち、表裏のある生活を送る訳にはいかなかったのです。

これが私の言う、『与えられた役割を演じる』という生き方でした。

この考え方の元となったのは、初めてプロの組織に飛び込んだ24年前、これがプロのサッカー選手かというお手本というか大きな影響を受けた、現在監督をしているある選手でした。

あえて名前は出しませんが、自分の専門分野では、この選手と対等以上な立場でケアをしトレーニングを指導しなければならないと考えた時、私の中での一切の妥協は消え去りました。

組織の一員であるという意識を持つこともなく、ただ目的のために最善を尽くすのがプロだと、最初に思い込んでしまったことが、その後のトレーナー人生にとって本当に良かったのかどうか、今では比較することもできません。

そういう自分を演じなければならない、そう思い込んで来ました。

昨日の私は、育成年代の子供たちと、呼んでくれた指導者のために、どんな私を期待されているのか、そんな私を演じていたのかもしれません。

それがなぜだかわかりませんが、そこへ向かう車の中から、指導している2時間という時間、そして家路を急ぐ20分の間も、とても心穏やかで心地良いのです。

こんな感覚は初めてだったかもしれません。

商売が下手だと言われ続けてはいますが、商売抜きで誰かのためにという感覚は私にはなかったかもしれません。

これまで作り上げて来た理論と実践を、安売りする訳にはいかないし、指導するに値する対象でなければ、本気になることもありませんでした。

それでも手を抜くなどという考えはないので、常に全力投球でとりあえず自己満足だけは出来る指導をして来たつもりでした。

昨日の私は声を荒げるどころか、ダメとか違うとか否定的な言葉もおそらく一度も使っていなかったと思います。
かと言ってダメなものに対して、適当な言葉で対処したつもりもありません。

実に自然に、選手達にとって分かりやすい言葉を選び、明るく大きな声で話しかけ、上手くいけばもちろん褒めと、自分はこんなことができる人間だったっけと、帰りの車中でほくそ笑んでしまいました。

指導することが楽しいと思ったことがこれまであったのかとも思いました。

すべては結果のため、何としても選手たちをこのレベルにまで引き上げなければと、必死にそういう私を演じてきたのだと思います。
と言うよりも、私自身がそう言う人間なのだと思い込んでいました。

年齢なりに少しずつ角が取れて丸くなってきたと言う言い方もできるかもしれません。
昨日の私も与えられた役を演じていただけなのかもしれません。

でもその役を演じることがこんなにも心地良いと感じられたのなら、本当の私はこっちだったのかもしれない、そんな風にも思いました。

これまでの私は、私自身が一番嫌う固定概念の中で、思い煩っていただけなのかもしれません。

どちらにしても、まだまだこれからの人生を歩んでいく中で、自分はこう言う人間なんだと決めてかかることはやめようと思いました。

信頼し指導を受けてくれる選手や、体の不調を訴え施術を受けてくれる人たちのために、私がどんな役を演じれば良いのか、それが自然に演じられてこそ、これまでの経験がお役に立てる一番の方法だと思います。

『人間の体を自分が思ったように操る』、言葉で言うのは簡単ですが、これほど難しいことはありません。

そこに少しでも近づくための方策を身に付け、指導するためには、やはり現場に足を運ばなければダメだと思いました。

目の前で動きをやって見せ、選手の動きや表情を観察し、どのタイミングでどんな言葉をかけてあげればこちらの意図が伝わるのか、本当に良い経験をさせてもらいました。

そしてそれが上手く伝わった時、本人はもちろん見ているすべての人がはっきりと感じられる変化を引き出せる、私の能力もなかなかのものだ思いました。

毎日接する立場ではないからこそ、責任ある立場ではなかったからこその気楽さもあったと思います。

でもこの感覚で接することこそが、選手たちのためにベターなものだったとしたら、どんな立場で指導を依頼されても、今回のような気持ちで接することは大事なことなのでしょう。

私の本性はどこにあるのか、そんなことはもうどうでも良いことなのかもしれません。

これからも、どんな役でも演じられるように、しっかりと自分自身を高めていこうと思います。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。

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