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頑張らないように頑張れってどういうこと⁉

今日もブログを読んで頂きありがとうございます。

月曜定休の私は、さわやかな秋空の下、ゴルフを楽しんできました。

結果も楽しめる数字なら良かったのですが、朝一のティーショットが会心の当たりだと思ったら、ほんの少し方向が悪く、ついでにキックが右に跳ねOBになってしまい、出鼻をくじかれてしまいました。

その後は何とか実力通りのボギーペースで辛抱し、午後も同じようなゴルフが続き80台も見えていましたが、最終ホールで見事に欲を出し、木の下から木の下が3回も続くというあり得ない展開でトリプルボギーとなり、90を超えてしまいました。

しかし、今取り組んでいるスイング改造の手応えを随所に感じ、練習を重ねれば飛距離もスコアもまだまだ縮めることが出来そうです。

ゴルフスイングはまさに力みは禁物、上級者のスイングは力むことなくリズムよくスムーズに行われます。

私はチャンスになればなるほど力が入ってしまい、私のことを知る人と一緒に回っている時には、「自分で言ってることが出来てないよ」と、突っ込まれてしまいます(笑)

私が関わってきたスポーツの中でも、サッカーという競技は『頑張らないように頑張ること』がとても大切な要素ではないかと思っています。

日本語の『頑張る』『頑張れ』という言い方は、当たり前に使われる言葉ですし、ポジティブに捉えらえる言葉でもあると思います。

前記事の『3・5・7理論』のおさらいでも書きましたが、人間の体を動かす筋肉の最小単位である筋原線維のアクチン繊維とミオシン繊維が重なり合うことで筋力を発揮するのですが、3・5・7という単位は便宜上私が付けた単位で、明確なものではありません。

最も重なり合った状態を『3』とし、最も引き伸ばされた状態を『7』と仮定すれば、筋肉の収縮をイメージしやすいと考えたのです。

では『5』という状態はどんなものか、実はこれを説明することが一番難しいのです。

『3の方向へ収縮している意識もなければ、7の方向へ引き伸ばされている感覚もない』、これが5という状態ですとしか説明できないのです。

ですから5という状態のイメージは人によって個人差が大きく、またその時々の置かれた状況でも変わってくると思います。

ですが、出来るだけ3の方向に収縮していないフラットな状態というかリラックスした状態にあった方が、3の収縮方向への可動性は大きく残っているという説明には頷いていただけると思います。

せっかく作り上げた収縮力ですが、力を発揮させようと思ったときに、既に一定量収縮した状態にあれば、残された収縮できる範囲は少なくなるので、当然発揮できる力は小さくなるということです。

一定量収縮させた状態を続けていることを『力んでいる』と定義しています。

持っている能力をできるだけたくさん発揮できるようにするためには、常にリラックスした状態にあることが望ましい、この辺りまではそう思って頂けるでしょうか。

ところが常に動き回っているサッカーのような競技では、「あなたの言うリラックスなどプレー中に出来る訳がないだろう」という声が聞こえてくるのも当然のことです。

「そこで私の出番です」、というか、常に頑張り続けられるように長い距離や時間を走ることで、持久力を高めるという方法しか持たなかった選手や指導者に、同じ走るという行為でも『体の使い方』という視点からのアプローチを試みることで、それ以上の効果を得ることが出来ますよ、と話を続けて行くことになります。

『西本走り』と呼んでもらっている、着地の位置をできるだけ重心(股関節)に近づけることで、筋肉や関節の負担を減らし、ひいては心肺機能の持続性を高めることが出来ます、という説明に繋げていきます。

言葉だけ文字だけを読んでも聞いても、「そんな簡単なことじゃない、そんな旨い話があるわけがないと」、聞く耳を持たない人が殆どです。

しかしそれは夢物語ではなく、体験した選手にしか分からないかもしれませんが、本当のことなのです。

以前関わったチームの選手で、シーズン前のトレーニングでこのことを徹底し、所謂走り込みというものを一切やらないで初めてのプレマッチに臨んだ際、不思議なくらい楽に走れると驚いていました。

しかし、見ている指導者にはそのことの本当の意味が伝わらず、せっかく作ったウォーミングアップのルーティーンも、シーズンが近づくとともに別のスタッフの担当となったことで、ゲーム直前のウォーミングアップで頑張る動作を行うようになってしまったことで、私の描いていたシナリオ通りに選手の体は動いてくれなくなってしまいました。

時間が足りなかったのか、私の指導力不足か、原因は色々あったと思いますが、やはりスポーツ選手や指導者は、険しい表情で必死に動作に取り組む、『頑張る頑張っている』という感覚が好きなようです。

またいつか記事にすると思いますが、屈筋と伸筋問題はその端的な例なのです。

なぜ屈筋優位の体の使い方がだめで、伸筋優位の使い方に変えて欲しいと、体の使い方とその意識を変えさせるトレーニングを考え実践してきました。

屈筋は今使っている頑張らせているという感覚がなければ機能しません、しかし伸筋は頑張って使っているという感覚がなければないほど本来の機能を発揮してくれるのです。

頑張らない筋力発揮の仕方が、結果として当りに強くなったり、動き出しが速くなったり、スピードを維持したまま長く走り続けたりと、経験した人にしか分からない物凄い変化を見せてくれるようになります。

最初は信じてくれなくても、時間の経過とともにそうなっていくのですから認めざるを得なくなります。

理屈なんてどうでもいい、なんだか知らないけどそんな体の使い方を選手みんなが出来るようになって、チームが強くなって、対戦相手が不思議そうな顔をする、そんなチームを作ることを夢見ています。

今その環境は私には与えらていません、だからこそ心ある指導者に知って欲しいのです。

『頑張れ頑張れではない頑張り方』があることを。

こんな事を書けば書くほど、夢物語に思われてしまうかもしれません。

私の中では超現実的な話で、実際に結果も出しています。

興味を持っていただけたなら、特にこのブログを書き始めた7年前の記事から読み返していただければと思います。

色んなことを書いてきましたから・・・。

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3・5・7理論を覚えていますか。

今日もブログを読んで頂きありがとうございます。

4連休も最終日、スポーツに関わっている方にとっては久し振りに明るい気持ちで過ごせる休日となっているのではないでしょうか。

私は昨日のお天気の良さに誘われて、近場でどこかに行きたいと車を走らせ、以前にも行ったことがあるのですが、呉市の『安芸灘大橋』を渡って、『大崎下島』にある『御手洗の町並み保存地区』に行ってきました。

自宅から『広島呉道路』を通り、呉市内を抜けると右手に海を見ながらしばらく行くと『安芸灘大橋』があります。

そこからは『下蒲刈島』『上蒲刈島』『豊島』そして目的地の『大崎下島』と、瀬戸内の島々を橋を渡って行きます。

お天気にも恵まれ静かな瀬戸内の景色を眺めながらのゆったりしたドライブが続きます。

前回に比べ連休中ということもあってか観光客の姿も多く、遠く県外ナンバーの車も見られました。

一度来たところなので細かいところはスルーして、長閑な海の景色に心の洗濯と洒落てみました。

朝から出かけたので時間があり、このまま帰るのも面白くないと、行先もよく確かめずに港に泊まっていたフェリーに飛び乗りると、着いた先は『大崎上島』でした。

島を南から北に車を走らせ、またまたフェリーに乗って、竹原港に向かいました。

こうして目的地も決めず、自由気ままに移動するのも楽しい経験でした。

竹原の道の駅は駐車場が大混雑でしたが、少し待って停められたので、同じくぶらぶらと散策して道の駅に戻り、『マッサン』ゆかりの『ニッカウヰスキー・リッチブレンド』をお土産に買って帰りました。

全く予定していなかったミニ旅行でしたが、楽しい一日となりました。(InstagramとFacebookに写真とフェリーからの動画をアップしてあるので興味がある方は是非ご覧ください)

さて今日の本題ですが、『3・5・7理論』という言葉を覚えてくれているでしょうか、勿論私の造語で正式な用語ではありません。

以前の記事で詳しく説明していますが簡単に説明を加えておきます。

『筋トレ』という言葉はすでに市民権を得たというか、それって何ですかという人はほとんどいないと思います。

『筋肉の仕事は骨を動かすこと、それ以上でも以下でもありません』という私の説明は今回は割愛して、まずは3・5・7理論とは何ぞやということから始めます。

筋肉というと皆さんはどんなものをイメージされるでしょうか、解剖学的な筋肉の名称を知っている人は多いと思いますが、筋肉そのものを突き詰めてみてみると、最終的に『筋原線維』と呼ばれる組織にまで行き着きます。

そしてそれを構成しているのが『アクチン繊維』『ミオシン繊維』という組織で、それが重なり合うように交差することが筋肉の収縮、つまり筋力を発揮する状態ということになります。
西本塾や個人指導、そしてサッカーの育成年代の方を対象としたセミナーを受講して頂いた皆さんには、資料や私が手書きで書いたものを使って説明しているので、それなりの理解はしていただいていることと思いますが、それが実際の動作とどう結びついているのかを説明できる方はそれほど多くないかもしれません。

私の言う『居付く』とか『力む』という、やって欲しくない体の使い方を説明する際に、この『3・5・7理論』を使うと、とても理解しやすいい説明が可能となりますので、以下のことをよく読んで頂ければと思います。

まず筋原線維のアクチンとミオシンという繊維の力を発揮していない状態は、お互いが重なり合う余裕と、引き離されていく余裕の両方があります。

これはちょっと初めての方には理解不能の説明で申し訳ありませんが、話を進めます。

その余裕のある状態から重なり合う方向に収縮していくことで筋力として発現されます。

筋肉はその両端の付着部が骨を引っ張ることで関節の角度を変え、結果として体が動かせるわけですが、この余裕のある状態というところが重要で、既にある程度の収縮状態にあるアクチンとミオシンには残された収縮距離が短くなっていることになります。

ということは、発揮できる筋力も少なくなるということです、ここまで分かっていただけでしょうか。

関節を動かすためには、逆方向の可動域もありますので、一方が収縮すると他方は伸展、引き伸ばされることになります。

この際にもすでにある程度の収縮状態にあると、伸展もされにくくなります、合わせて言うと『可動範囲が狭く、筋力の発現も少ない状態』ということになります。

『力んでいる』という状態は、アクチンとミオシン繊維が、本来の『ゆるみ』を持った状態ではなく、既に一定の収縮状態にあって、本来使えるべき範囲の収縮が出来なくなってしまうということです。

『居付く』という状態も同じで、その場に居続けるために一定の収縮状態を続けていることで、とっさに動き出そうとしたときにいったんその収縮を解いてから、改めて大きな力を得るための収縮をやり直さなければならなくなり、対応が遅れることになってしまいます。

『力む』『居付く』という状態からは、本来持っている筋力も瞬発力も残念ながら発揮できないことになってしまいます。

せっかくトレーニングで身に付けた能力を発揮できないなんて、もったいないとは思いませんか。

ではどうするか、簡単に言ってしまうと『リラックスしてください』となりますが、それが何故出来ないのかということです。

そのためには『3・5・7理論』を、言葉ずらだけでもとりあえず知って頂き、出来れば誰かに説明できるレベルの理解をしていただくことです。

それによって今、自分の筋原線維、アクチンとミオシンがどういう状態にあるか、プレー中に意識できるようになります。

そのためにはプレー以前のトレーニングの最中や、日常生活の中でもそれを意識し、『力む』『居付く』という状態を感じたら、そこから離れる練習をしておくことです。

上手く行きそうだと「よっしゃ、しめた」と思うことなく、「しまったやられた」と慌てることなく、常に平常心で臨むことが出来れば、自分が身に付けた能力を最大限に発揮できることになります。

本人の努力は勿論ですが、周りに居る指導者や応援の方がプレッシャーをかけるような言葉をかけることで、せっかくの選手の能力が半減してしまうことは知っておいて欲しいと思います。

ローカルな話題でこの話が分かる人は少ないと思いますが、今年カープのある選手がまさに覚醒したかの如く打力が向上しました。

毎年毎年フォームが変わり、シーズン末には今年限りかと毎年のように言われ続けた選手が、本当に突然変異のように変わってしまったのです。

現在はそこまでの爆発力はなくなりましたが、十分戦力となって活躍しています。

その選手が一時期まさにスランプに陥り、やはりここまでかと思われた時期がありました。

私はずっと試合を見ていて、彼の微妙な変化に気付いていました。

苦手な内角を厳しく責められたことで、そのコースに対応するため、体を早く開くという対症療法ではなく、テークバックから打ちに行く瞬間、確実にヘッドでボールを捉えたいという気持ちが、一瞬グリップに伝わり強く握ってしまうため、それまで自然に滑らかに首の後ろをコンパクトに回って出ていたバットのヘッドが、グリッププレッシャーが強くなったため、「ピクン」と動き、ほんの一瞬ですがヘッドの出が遅れてしまっていました。

しかし暫くすると、私でも気づいたことですから、本人若しくはコーチか誰かがそのことを指摘し、以前のバットコントロールが出来るようになっていきました。

ほんの一瞬のことです、だからこそ大きな変化が出てしまうのです。

野球は静から動のスポーツ、きちんと対処すれば改善可能なことはたくさんあります。

サッカーはまさに動から動のスポーツ、ピッチの中を縦横無尽に走り回りながら、的確な判断のもとにプレーしなければなりません。

『力む』『居付く』だ、などと言っている暇はないのです。

だからこそ私の言うところの『3・5・7理論』を知っておいて欲しいし、それを実際の動作の中で表現できるようになって欲しいのです。

そして一番大事なことは、選手と指導者そして育成年代の選手であれば保護者の方々、すべての人に共通認識として持って欲しいのです。

歯を食いしばり必死の形相で走り回ることが美徳のような風潮はまだまだあると思います。

そのことと私が説明していることは、残念ながら相容れないことなのです。

どうすれば選手が今持っている能力を最大限に発揮できるか、『3・5・7理論』からもう一度考えていただければと思います。

「今に見とけよ」と牙をむく対象は何処へ・・・。

今日もブログを読んで頂きありがとうございます。

前回の記事に続き、独り言のような雑感ですので、何か得るものはとページを開いて頂いた方はスルーしていただければと思います。

ツイッターにも書きましたが、昨日から今朝にかけてみた夢は30年前のリアルな思い出そのものでした。

会社員をやめ故郷宇和島で『西本治療室』の看板を掲げて開業したのは、32歳の時、もう30年も前のことになってしまいました。

沢山の思い出がありますが、夢に出てきたシーンは、京都で行われている高校駅伝の全国大会を目指していた、愛媛と高知の県境に位置する『南宇和高校陸上部』の選手たちとのことでした。

私の住んでいた宇和島市と南宇和高校のある御荘町(現在の愛南町御荘平城)という街は、車で1時間以上かかる距離がありました。

南宇和高校の運動部とは、女子バレー部やサッカー部ともご縁が出来ましたが、陸上部を指導されていた『岩川英俊』先生が私のことをとても信頼してくださり、本番に向けて定期的に何人かづつ広島に連れてきて体調管理を任せてくれました。(岩川先生は1月に行われている全国都道府県対抗駅伝の愛媛県チームのコーチや監督として広島に来られる際に、時間があればと連絡を取り合っています。)

その信頼に応えるためにと、松山で行われた県大会に帯同させてもらったと記憶しています。

そして本番直前のウォーミングアップアップの際に、サブグランドを10周くらいだったと思いますが、1周ごとにラップタイムを刻むペース走を行う際の先導役を私が買って出て、高校生の駅伝選手たちを驚かせたことがありました。

アップですからそれほど速いスピードではなかったと思いますが、当時32歳とまだ若かったですし、地元のクラブチームにも入れてもらって、それなりに走りこんでいましたので、選手たちの緊張をほぐす意味でも先頭を必死で走ったことを覚えています。

今また人間の体にとって無理のない体の使い方という『西本走り』なるものを提唱し指導していますが、30年前からその片鱗を発揮していたことになります。

文字通り私は人生を走り続けているようです。

その県大会の結果ですが、最終区を走るアンカー勝負となり『今治北高校』の3年生選手が、タスキを受けた後すぐに南宇和高校の2年生アンカーの後ろにつき、最後に競技場へ上る急坂で勝負をかけ、私も横を応援しながら並走していましたが、競技場入り口であっさりかわされ、最後は大差をつけられて2位に終わりました。

『敗者の美学』という言葉がありますが、讃えられるのは勝者のみで、記録にも記憶にも残るのはやはり勝者のみです。

しかし、私にとっては初めての大きな敗戦の記憶となりました、勝敗が決した瞬間に考えることは、どうやったら次の機会に勝者となれるか、その一点だということをその時に実感しました。

もしその時優勝して全国大会にコマを進めていたとしても、またもし全国大会を制したとしても、それはその一瞬の出来事であり喜びであって、次の戦いはその瞬間に始まっているのです。

『今に見とけよ、俺がかかわったチームを絶対に日本一にしてやる』それ以後、私の心の中は口にこそ出しませんでしたが、その一念でした。

その後縁あって広島に行くことになり、所属したサンフレッチェ広島は、当時2シーズン制だったリーグの前期こそ制しましたが、チャンピオンシップでベルディ川崎に敗れまたも頂点には届かず、元旦に行われた天皇杯の決勝でも二度にわたって苦杯を飲まされ、一度も頂点には立てませんでした。

その後所属した社会人野球の『三菱重工広島』でも、東京ドームで行われた都市対抗野球大会の決勝戦で1点差で敗れ、結局優勝には手が届かないままでした。

そのお陰と言っては何ですが、私の『今に見とけよ』という心の炎は消えるどころかますます燃え上がり、私自身の性格というか人間性まで変えてしまった結果となっていきました。

『人に厳しく、自分にはさらに厳しく』と、ストイックなまでに勝負にこだわり続けました。

その思いが良い意味でも悪い意味でも私という人間を形作り、また成長もさせてくれました。

他人から何を言われようと、本当の私を知らない人間にけなされても聞く耳さえ持たず、褒められても嬉しいとも思いませんでした。

『自分の評価は自分で決める』、それは自分にとってはとても高いハードルでした。

気が付けば30年、今の私が『今に見とけよ』と心熱くする対象はありません、何時までもそんなことを言ってるんじゃないよと言われるかもしれませんが、蒸気機関車は石炭を燃やし続けなければ勢いよく走れないのです。

後継者たる人材をと『西本塾』と称してたくさんの方に私の考えを伝えてきました。

私の思いがどれだけ伝わったのかは分かりませんが、幸いにも三男の『智志』が思いを引き継いでくれています。

何時までも蒸気機関車のように石炭を燃やしながら、走り続けるのか、様々な経験を今風に伝えることで、近代的な新幹線へと進化していくのか、どうやってこれまでの経験を生かして多くの人たちのお役に立てるように考えていくのか。

あまりにもがむしゃらに走り続けてきた結果、石炭の勢いがなくなってきました。

どこの誰に対して向けてきた言葉なのか自分でも分かりませんが、『今に見とけよ』の熱い気持ちをギラギラさせた自分の方が好きというか、私らしいと感じてしまい、今の自分に物足りないものを感じてしまいます。

そういう心の葛藤が30年も前の自分の姿を夢に投影させたりするのかなと思ってしまいます。

他にも中学生の頃や小学生の頃の何気ない自分の姿も良く夢に出てきます。

痩せぽっちだった私、スポーツでも勉強でも負けないのに、体格に勝る同級生に下に見られているようで、たぶんひがみ根性だったと思いますが、『お前なんかに負けるか』と、秘かに思っていたことが、結局今でも続いているようです。

もうおとなしくしても良さそうな歳にはなりましたが、宇和島駅の目の前で生まれ育ち、蒸気機関車の石炭の匂いを知る私は、昭和をずっと引きずり、倒れるときも前のめりでという心意気だけは捨てていません。

一番になれなかったからこそ、こんな気持ちを持ち続けているのだと思います。

とりとめもない思い出話でしたが、読んで頂いた方にはお礼申し上げます。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
日々の気づきやブログの更新情報はツイッターに書いていますので、チェックしてみてください。
広島港旅客ターミナル2階のテナントスペースで、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
施術やトレーニング指導を行っていますが、私の技術と経験を伝える「西本塾」も開催しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報・募集中」をご覧ください.
「1回5分体が喜ぶ健康術」はアマゾンで在庫切れのことが多く、購入希望の方にはご迷惑をおかけしています。
出版元からの購入は可能ですので、ガリバープロダクツ(代)082-240-0768までお問い合わせください。

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