陸上日本選手権100メートル決勝を見て、背中で走るという意味を考える。

昨夜行われた陸上の日本選手権第2日、注目はなんといっても男子100メートルの決勝でした。

世界陸上の出場権をかけ、そして日本選手権優勝という名誉をかけ、さらには日本人初の9秒台を最初に記録する選手に成るという歴史的な快挙をめざし、日本の陸上競技史上ここまでレベルの高い選手たちが、すべて揃ってスタートラインに付くレースは初めてだと思います。

昨日リアルタイムでレースをテレビ観戦した後、気付いたことをツイッターに書きました。

その後も何度もレースを見直し、さらに今朝もまたまた何十回と見直しました。

全体を見たり、ひとりひとりの動きを見たりと、何度見ても飽きないというか、色々なことが見えてきて本当に楽しませてくれるレースでした。

誰か興味のある人が身近にいれば、それこそ何時間でもしゃべり続けるだろうと思います。

優勝したサニブラウン・アブデル・ハキーム選手の走りを、私の視点で分析してみます。

まずはスタート姿勢です、ケンブリッジ飛鳥選手の身長180cmを大きく上回る188cmの長身ですが、頭の位置を比べると一番低いことが分かります。

スタートライン手前についた手の肘を少し曲げて、重心を下げ前方に飛び出しやすくしています。

隣のレーンの多田選手が、手幅を広くして頭の位置を下げているやり方とは明らかに違うのが分かります。

ケンブリッジ選手も肘を曲げていますが、頭の位置はサニブラウン選手の方がさらに低く、お尻の高さはとび抜けて高いです、このことで長身の体をスタートで浮かないように工夫しているのだと思います。

スタートの反応は多田選手がダントツでした、体を支えている両手を地面から瞬間的に離すことで、体が地面に対して前方に落下して行くことをきっかけにしてスタートすることが今の主流です。

サニブラウン選手は一歩目を左足から出していきますが、前方に落下していく体を低く保つために、右手右肩は当然前に出ますが、左手を伸ばしたまま大きく後方に振り上げて行きます。

後方といっても上半身は地面とほぼ平行な角度ですから、伸びた左腕は真っ直ぐ地面と垂直に伸ばされています。

この手の上がり方も他の選手の中で一番高く真っ直ぐ上がっています。

これは肩関節や肩甲骨周辺の筋肉の強さと柔軟性がなければここまでの角度にはならないと思います。

もちろん上がったものは振り下さなければならないのですが、前方に振り出されていた右腕を、肩甲骨もろとも大きく引き起こすことで、作用反作用の働きで、振り上げられていた左手は、やはり肩甲骨からしっかり前方に振り出されるという、ダイナミックな動きが繰り返されていきます。

少し背中を丸めているように見えますが、普通背中を丸めて猫背になると肩甲骨の動きが阻害される要因になるのですが、骨盤から背骨を中心に大きくうねるように動かすことで、肩甲骨の可動範囲が大きくなり、そのおかげで広背筋の機能を十分に引出すことが出来るので、骨盤の後方をしっかり引き上げるという動きにつながっています。

スタートから数えて15歩目まで、スピードを上げて行くための加速期と呼ばれる状態が続いています。

面白いことに隣のレーンの多田選手も、この15歩目まではサニブラウン選手とまったく同じ歩幅とリズムを刻んでいます。

身長が違い足の長さも当然大きく違う訳ですから、サニブラウン選手がストライドよりも加速に重点を置いて15歩目までを走っていることが分かります。

問題はここからです、サニブラウン選手が加速期から中間走に入ると、そのストライドが多田選手と明らかに違ってきます。

上半身が少し起こされた分、骨盤の後傾が取れ、股関節の自由度が高まるため自然にストライドが広がって行きます、

着地の位置も、大きく膝を引き上げ前方に足を降り出すということをしていませんので、重心である股関節の真下、体が通り過ぎた後に足を付く、という感覚になるので、前方に移動する体に対してブレーキがほとんどかかりません。

着地の瞬間、後方の足の股関節も伸展が出来ていますので、無理なく前方に振り出されていき、それが繰り返されていきますので、加速期に得られたスピードを中間走で落とすことなく、最後まで走り切ることが出来るのだと思います。

最後の伸びが良かったという表現もありますが、相対的な問題で、他の選手がラスト15メートルあたりから、重心である股関節を一番先に運べなくなり、腰が残って足だけを前に出しているように見えたり、逆に上半身だけを前に運ぼうとしているように見えるため、明らかに失速してしまいますから、体の動きを変えることなく走ることが出来れば、当然その差は大きく開いてしまいます。

45歩でゴールしましたが、16歩目から最後の45歩目まで、動きの変化はまったく見られませんでした。

欲を言えば、私が理想とするマイケルジョンソン選手のように、もっと骨盤を引き起こし背筋を反らす姿勢が出来れば、さらにスム-ズに走れるとは思うのですが、100mという距離を考えると、加速期の重要性は200mとも400mとも違いますので、これでいいのかもしれません。

腕の振りも他の選手が、速く振ることを重視して肘を曲げ手のひらが顔の高さ以上にまで上がっている選手が多い中、肘をあまり曲げずに腕全体を大きく後方に引き上げるように使っています。

人間の体は四足動物であった時の名残で、手首と足首、肘と膝といった具合に両者の動きには大きな相関がみられます。

肘を曲げて小刻みに速く振るということは、膝を曲げてピッチを上げることにつながります。

サニブラウン選手の使い方は、乱暴な言い方をすれば手足を丸太棒のように振り回して走っているように見えます。

一般的に言われるような綺麗な走りではありませんが、肩甲骨から肩関節、そして腕全体を一体化してダイナミックに使うということは、そのまま足の動きを骨盤から股関節、そして足全体を大きく使うということにつながっているのだと思います。

どこかで見たなと思ったら、サッカーオランダ代表のロッベン選手の走り方に似ていることに気付きました。

どちらも少しだけ猫背に見えますが、必要以上に背中を反らして、胸を張ったような姿勢になってしまうと、逆に肩甲骨の動きが制限されてしまい、動きが小さくなってしまうので、これはこれでサニブラウン選手の体には合っているのだと思います。

さて現在18歳とのこと、山縣選手や桐生選手は名前を知られるようになった頃から比べると明らかに体が大きくなっています、ケンブリッジ選手も同じです。

確かに海外の一流選手たちを見ると、筋肉隆々でとてもこんな人たちにはかなわないという印象を与えられてしまいますが、筋肉の仕事は地面を蹴飛ばしたり、必要以上に腕を強く振ったり、無理に膝を引き上げることではありません。

必要な動作を行ってもらうために、骨を動かし関節の角度を変えてもらうことがその仕事です。

スタート直前、選手たちの後方からの映像がありました、残念ながら2レーンからサニブラウン選手辺りで、映像が切れてしまいましたが、全員の後ろ姿を見せて欲しかったです。

多田選手など、他の選手に比べれば、日本的に言うと線が細いと言われる体つきでしたが、結果は堂々の2着でした。

サニブラウン選手の肩のあたりは筋肉隆々というよりも、すっとしていて肩甲骨や肩関節の動きを邪魔しない、良い筋肉の発達のさせ方かなと思いました。

活動拠点を海外に移す選手が増えてきましたが、たんに海外の選手たちのような体に憧れてしまうと、ケンブリッジ選手のように上半身の筋肉、とくに肩関節周囲の筋量が増えすぎてしまうことにもつながってしまったのかもしれません、それがスムーズな体の動きを邪魔しているのではと思ってしまいました。

サニブラウン選手がこれからどんなトレーニングをして、どんな体になって、どんな走り方を目指していくのか興味は尽きませんが、どうか肉体改造などという言葉に踊らされて、彼本来の良い面が消えて行かないことを祈るばかりです。

昨日のレースは昨日のレース、負けた選手たちも黙ってはいないと思います。

また同じメンバーが、いや私が知らない逸材が出てきて、9秒台の記録を目指してしのぎを削るレースを私たちに見せて欲しいと思います。

今現在であれば、陸上競技を行っているジュニアの短距離選手たちがお手本にする走り方は、文句なく多田選手です。

それぞれの肉体の個性で、同じ動きを目指してもそうはならないのが人間の面白い所です。

すべての選手が9秒台を目指せるわけではありません、それぞれの目標に向かって、夢や理想を追うのではなく、自分にとって一番効率的な体の使い方を模索して欲しいと思います。

サニブラウン選手は今日の200メートル決勝にも出場予定です、どんな走りを見せてくれるか楽しみです。

最近「背中で走る」という言葉を使う指導者が増えてきたということを聞きましたが、本当の意味でその言葉の意味を理解し、それを正しく選手に伝えて指導出来ているのでしょうか。

今日書いたことの中に、「背中で走る」ことの意味というかヒントがたくさんあったと思います。

聞こえの良い言葉で本質を見失わないようにして欲しいと思います。

今日の記事は、自分にとっても重要な内容ばかりで、赤や青の色付けが途中から出来ななりました。

興味のある方は、理解できるまで何度でも読む努力をしてみてください。


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Comment

Re: No title
コメントありがとうございます。
そうですね、いろんな人が見てくれていると嬉しいですね。
そしてこうしてコメントを頂けることが何より励みになります。
是非またお願いします。
  • 2017-06-30│10:09 |
  • 西本 直 URL│
  • [edit]
No title
毎度楽しく読ませて頂いております。コメントは、3度目といったところでしょうか。
今回は、野次馬じみたコメントを一言。
サニブラウン選手がレース後、「最近は、体ときちんと対話ができている」と語ってました。
もしかして、こちらのブログを読んでいるのかも!
読んでいるといいなぁ。
  • 2017-06-30│00:47 |
  • たけ URL│
  • [edit]

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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
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尚、深める会も12月10日に予定しています。

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