ケガ手術からの復帰トレーニングについて少しだけ書いておきます。

「この世界の片隅に」という映画を、遅ればせながら観てきました。

この映画の感想は、私の表現力ではとても言葉に表すことができません。
戦争という現実に直面する主人公が、時代に翻弄されながら懸命に日常を過ごしていく姿が、淡々と描かれていました。

私は滅多に映画館に足を運ぶことはありませんが、次男の「絶対に観ておいた方が良い」という言葉に背中を押され、家内と二人、もう数少なくなった上映館を探して出かけてきました。

淡々と進んで行くストーリーですが、スクリーンに引き込まれあっという間に時間が過ぎて行きました。

私の少ない経験では、エンドロールが流れ始めると席を立つ人も少なくないと思ったのですが、今回は誰一人として席を立つことはなく、それどころか、何とも言えない静寂が館内を包み込み映画の余韻に浸っていました。

すべてが終わり、館内が明るくなってから、やっと席を立つことができました。

それでも何をどう感じられたのか、しばらくは整理がつきませんでした。

舞台となったのが、広島に隣接する呉の街で、当然広島市内も主人公の出身地として描かれ、日ごろ聞きなれた地名がいくつも出てきました。

つい何十年か前に実際にあったであろう、本当に身近に感じられるストーリーでした。

生きていることの大切さ、明日があることの幸せをしみじみと感じることになりました。

さて、サッカーもシーズンが始まると、毎日のようにケガや手術をする選手のことが記事になります。

今日はその後の復帰を目指すトレーニングに絞って一言書いておきます。

過去Jリーグのチームで仕事をしていましたが、当初はそれほど悩むことはありませんでした。
それは、マニュアルに沿った方法に縛られなかったからです。

今日、今、この瞬間に、この選手は何ができるのか、何をしてあげられるのか、それだけに集中することができました。

それが少しずづマニュアル化され、当然と言えば当然かもしれませんが、何日何カ月経過したから何をやってもいい、という教科書的なマニュアルに縛られるようになっていきました。

回復の度合いも、誰もが納得できる数値で表されるものが優先され、さらには画像診断による医師の判断が絶対となっていきました。

そのどこが間違っているのか、当然のことではないか、そうかもしれません。

しかし、私にはどうしてもそれだけでは計ることができない、何かをいつも感じていました。

加えて、そうやって正しいことを積み上げた結果、納得のいく回復が進み、完全復帰を果たしたかと思えば、同じ個所を再度傷めてしまい、選手生命を縮めてしまう選手の話をたくさん見聞きしました。

この最近もそういう例を、何例も知るところとなりました。

昨年、以前大きなケガからの復帰のトレーニング(あえてリハビリとは言いません)を担当した選手の息子さんの、膝の手術後のトレーニングを依頼され、完全復帰まで週に一度約4カ月に渡って指導しました。

彼はもう現役選手ではなかったので、完全復帰という言葉が当てはまるかどうかは別ですが、トップレベルの動きを可能にするという意味では、そこまで持って行けたと思っています。

今また中学2年生の女子サッカー選手の復帰トレーニングに少し関わらせてもらっています。
こういう言い方になるのは、関わると言っても術前に相談を受けてから、手術前トレーニングを指導し、術後3カ月たってランニングの許可がおりたという時点から3週間に一度くらい、その間に行うトレーニングの内容をアドバイスするという関わり方しかできないからです。

それでも私の意見を取り入れるのとそうでないのとでは、結果に大きな違いが出てくると思います。

どこをけがしても同じですが、とくに膝関節に関しては、その運動方向が複雑で、負荷のかかり方も単純ではないので、単純な屈曲伸展運動の筋力評価では、回復の度合いを測ることなど不可能だと思います。

しかし現状はそれしかないのです。

ありとあらゆる方向性と連動性をどう確保していくか、もし毎日関われる立場であれば、まさに腕の見せ所ということになります。

本当の意味での完全復帰を果たせず、同じことを繰り返している選手のニュースに接すると、叶わぬこととは思いながらも、もし自分ならどうだっただろうと思わずにはいられません。

確かにそれなりの進め方はあるのでしょうが、目の前の選手と真剣に向き合っていれば、そうではないやり方も間違いではないことは分かってくれるはずです。

言葉で説明できるほど簡単なことならだれも苦労はしていません、ただ私の経験として、いつかこの「話しておきたいこと」の中の大切な一つとして、少しは伝わるような内容を書き残さなければと思っています。

そうでなければ、消えて行く選手たちがあまりにも可哀想ですから。

映画に影響されたのか、生きていることに、今があり明日があることに感謝しつつ、今日で終わりだとしても悔いのない生活をしなければならないと、とりあえず思うところを書いておきます。

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相手のために何ができるのか、なんのために技術を身につけてきたのか、少し怒りの感情も込めて。

4年前に書き始めたこのブログ、当初は感情が前面に出て、怒りにも似た感情のはけ口と思われても仕方がない記事も多々ありました。

最近は少し大人しくなって他者を攻撃する表現は極力避けているつもりです。

今日は少し感情的になるかもしれないことをお断りしておきます。

昨日から4日間の予定で個人指導を受けに来てくれている中3のK君、小学生の頃にはそれなりの活躍をして、地元のJクラブのセレクションに受かりU15の一員として中学校生活を送ったものの思うような活躍ができずに今を迎え、このままでは終わりたくないという気持ちで私の元を訪れてくれました。

それは年末からトレーニングに通って来てくれているソウタもまったく同じ状況でした。

私の知る限りどんなクラブやチームに所属しても、個人としての能力を高めてくれる指導をしてもらっているという話を聞いたことがありません。

小学生からプロに至るまで、選手は指導者に与えられたコマであって、それをどう使って勝つかということが指導者の評価になっているのではないでしょうか。

もちろん自分のところは違う、育成年代を預かる立場として勝利至上主義でなない指導をしているという方もいるでしょう。

しかし現実に私のところにやってくる子供たちは、みんな素晴らしい能力を持っているにもかかわらず、それを本人に気付かせてくれることもなければ、持って生まれた能力を発揮できるように導いてくれる指導も受けてはいません。

サッカーは指導者にライセンス制度が確立されていて、S級だA級だと自分の能力を誇示していますが、本当に人間の体の仕組みを理解し、個々人の能力を向上させることができるノウハウを持っている指導者に出会ったことがありません。

今私の指導を受けている子供たちが、それぞれあと一年、いや半年前に私の指導を受けていれば、間違いなく違う今があると思います。

体のケアに対しても同じです。

膝が痛い腰が痛い、手術をしてリハビリを行ったが、思うような動きが取り戻せない。

トレーナーにも資格制度ができて20年、それを取得した人間たちのどんな能力が向上したというのでしょう。

K君も膝のオスグッド病と診断されたことで、走ることやボールを蹴ることが怖くなり、ここへ来るまでの数ヶ月間、思い切った動きが出来ていなかったそうです。

それがたった1日、数時間のトレーニングで、本人もお母さんも驚くような動きを見せてくれるのです。

なぜそれが出来ないのか、なぜそれを可能にしてあげられないのか、資格があればみんな出来るのなら、こんな可哀想な選手は生まれないはずです。

本人やお母さんが驚くのは当然です。

私に言わせれば、こんな事にも対応できないレベルでトレーナーだスポーツ医学だと権威を振りかざし、自分たちがやっていることが正しいと思っている人間たちに、猛省を促したいと思います。

もっと真剣に選手や子供たちに向き合わなければ、指導者もトレーナーも自己満足に浸っているだけです。

もうこんなことは言いたくなかったのですが、そんな悩みを抱えてやって来た子供たちが、私の目の前でどんどん表情が変わり、笑顔になっていく様を見て、私が出来ることくらい、当たり前のこととして誰でも出来るようになってくれないと、個人の能力も向上しないし、本当はすごい能力があったにもかかわらず、故障やケガで埋もれていく選手が増えていくばかりです。

きちんと指導してあげられればとんでもない能力を発揮できたのに、その能力に本人も気づかないまま終わっていく選手もいるのです。

監督コーチにそんな暇はない、トレーナーも他の日常業務で手一杯、ならば本当の意味で選手の能力向上のアドバイスができる専門職が必要なことは明らかです。

そんな人材がどこにいるのか、何よりそんなことが可能なのか、もし本当にそんなことができるとしても予算がないから、理由を探せばマイナスな言葉はいくらでも見つかると思います。

私一人がいくら頑張って、私が言っていることが真実だという証明を行い続けても、世の中の常識は私に追いついてはくれません。

こうしている間にも、埋もれ消えていく有望な選手がたくさんいるのです。

この現実をなんとかしたい、私はどうしたら良いのでしょうか。

私の指導で様々な能力を身につけてくれた中学3年生が、今日のJリーグの開幕戦をテレビで観戦し、「体の使い方が全然ダメですね、一対一の対応なんてお手本になる選手が見当たりませんでした」と、真顔で言い放つのです。

私の指導を受け、実践できるレベルに達していると、そんなレベルにしか見えないのです。

何をどうすればプロレベルの選手や指導者たち、フロントも含めてでしょうが、その現実に気がついてくれるのでしょうか。

どんな有能な指導者がどんな戦術を駆使しようと、個人の能力、体の使い方が向上しなければ、Jリーグのレベルアップも、世界と戦うという言葉も、ただの掛け声にしか聞こえません。

トレーニングキャンプで体をいじめ追い込み、長丁場のリーグ戦を戦い抜く体力を身につけたはずの選手たちが、そのキャンプ中に故障をしたり、始まったばかりの開幕戦でいきなり肉離で負傷退場するという現実を、おかしいと思わないのでしょうか。

選手にきつい辛いと感じさせるトレーニングを課すことが、フィジカルコーチの仕事なら、素人でも出来ます。

書いていてだんだん腹が立ってきましたが、今言わずにいつ言うのかという気持ちになったので、こんな記事を書きました。

お前に言われなくても、自分のところではこんな素晴らしい指導をしている、こんな体制で子供たちの指導をしていると、胸を張って反論してくれる指導者がたくさんいることを願っています。

私も昨年まで西本塾というものを主催し、この人ならという人材を発掘し育成したいと思いましたが、残念ながら私の目に叶う人は現れてはいません。

もちろんその基準は恐ろしく高いですが、一人でもそういう人が現れてくれないと現状を変えることは出来ないと思います。

来月からそうなるかもしれないと期待する塾生が、月に一度の定期指導を申し出てくれていますので、とりあえずはその彼に大きな期待をしてみたいと思います。

私にできることは他の人間にもできるはずです。

それが出来ないのは、本気で絶対にそうなってやろうという覚悟ができていないからです。

指導者と名乗るなら、トレーナーと名乗るのなら、自分が本当に身につけなければならない能力はなんなのか、誰のために発揮する能力なのか、よく考えた方がいいと思います。

オリンピックや世界と名の付く大会に帯同し、日の丸のジャージを支給されることが目標ではあまりにも寂しいです。

明日明後日と、K君のために公園でボールを使ったドリルも行います。

ここへ来るまでは走ることもままならなかったK君が、どうしてこんな短期間に動きを取り戻したのか、そのために私が何を考え何をしたのか、想像してほしいと思います。

たぶん何もわからないと思いますが。

「想いは届く」のかもしれないという話。(雑感)

今日からの4日間、広島地方でも天気予報に雪マークが付いています。

寒さが苦手な私にとってはまだまだ辛い毎日が続きますが、一昔前に比べると着るものの暖かさが格段に違い、口で言うほどの寒さは感じていないのかもしれません。

私の趣味であるゴルフのウエアも、以前であれば雪だるまのように厚着をしなければ、とてもじゃないけど雪や風の中、山の中を歩き回ることなど不可能でした。

それが今では暖かい下着とその上に2枚着れば十分寒さに耐えられるのですから、科学の進歩というのは素晴らしいものです。

それは、「こんなことができたら良いな、こんな下着やウエアがあったら良いのにな」という、素朴な欲求というか、大げさにいえば夢を語らなければ何も始まらなかったことだと思います。

私の発想もまったく同じで、「こんなことができたら良いな」、すべてはそこから始まっています。

「こんなことができたら良いな」の源には、実はすでにこんなことができている人間がいるという事実を知ってしまったことです。

なぜこんな動きができるのだろう、どういう意識で体を操っているのだろうと想いを巡らせていると、不思議なほど答えが見えてきます。

見えるというか、私が見続けている人間の体が、「こうやって動けば良いんだよ、こんな感覚で動いているんだよ」と、語りかけているような気さえするのです。

そこから先は、残念ながら教えてはくれません。

どうやったらそんな動きができるのか、どんな体でどんな意識を持って体を操ればそこに近づいていけるのか、そんなことを考えることが楽しくて仕方がないのです。

そうやって方向性が示され、答えらしきものが見えてくると、やはりそれらを必要としている人間に教えたくなります。

縁あって私と出会う人たちは、私と同じように、「どうやったら今行なっている競技の技術が上手くなるのだろう、今現在一生懸命努力を積み重ねてはいるが、自分の知らない何かが他にあるのかもしれない」と、常に向上心と野次馬根性というアンテナを高く掲げていたからではないでしょうか。

現在夜間に行っているグループトレーニングを始めたのも、体の不調を訴え来所した子供とそのお母さんに、並々ならぬ意欲を感じたことがきっかけでした。

私にそれが伝わってこなければ 、私がそれに応えようと行動を起こしこともなかったはずです。

「想いは届く」とか「夢は願い続ければ叶う」などという言い方がありますが、夢や目標は言葉や気持ちとして外に出さなければどこにも届かないし、想い続けなければ簡単に叶うはずはありません。

どんな大きな夢も、他人からみればとるに足らない小さな夢や目標もまったく同じだと思います。

今の私は、自分にとっての大きな目標や夢は何かと問われれば、胸を張って言えるようなものがないのが少し寂しい気もしますが、それとてよく考えてみると、少しでも多くの人に認められるような舞台を想定しているだけのことです。

そういう場所は、表向きは華やかな成功感があるかもしれませんが、その内容が本当に評価されたものかどうかは別の問題です。

今の私が自己満足を感じられているのは、私が思考錯誤して作り上げてきたものが、確実に誰かの夢の実現をサポートしているという実感があるからです。

自分の夢や目標を実現するという立場から、誰かの夢や目標を応援できる立場に変わったということです。

正直まだそれだけで満足できているかと言われれば、すんなり頷くことは難しいかもしれません。

しかし、よく考えてみれば私のやってきたことの究極の目的は、誰かの役に立てる人間になるために、他の人とは違う何かを身に付けることだったのです。

そういう意味ではすでに私は人生の後半に差し掛かり、その夢を果たしているのかもしれません。

生活して行くためにはそれだけでは済まない部分があって、どうしてもそちらに目が向いてしまいますが、私がこんな人になりたいと思い続けてきた能力が、既に身についてきたことは間違いありません。

これからはそれらをどう活かしていくのかが、私の目標となるはずです。

小さなこと取るに足らないことを大きな問題として受け止め、誰よりも真剣に人間の体と向き合ってきたつもりです。

だからこそ次から次へと新たな疑問が湧き出て、それを解決する術を探ってきました。

ブログでも紹介しましたが、何度かこのブログにも登場していただいている西原雄一さんと一緒に等々力で試合を観戦させていただいた時、試合中やその後の会食の間にも色々な質問をしていただきました。

私にとって誰かが疑問に思っていることを自分の言葉で説明することほど楽しいことはありません。

なんでも知っていると自慢するわけではなく、私はこう思うという言葉が、一つのテーマから始まって堰を切ったように溢れ出て止まらなくなるのです。

その中でひとつ残念だったのが、海外に出ていった日本人サッカー選手が、どうして日本で活躍していたときのような体の動きができなくなるのかという質問をもらったときでした。

私の中では確信めいたものがあって言葉では説明しましたが、現実としてそれを裏付けるためには、平面の世界で繰り広げられる試合を何回何十回見ても、絶対に間違いないと言い切ることがどうなのかという思いがありました。

現実としてそれを確かめるためには、現地に行って生で選手の動きを見るしかありませんでした。
それもできることなら試合での動きだけではなく、練習している彼らの姿、それもトレーニングルームでのと、欲求は募るばかりでした。

そんなことが許されるはずはありません、どう考えても不可能なことです、こういうことを夢というのではという、現実離れした話でした。

そんな思いを持っていなければ、もしそんなチャンスが奇跡的にあったとしても、そういう視点で見てくることはできないと思います。

一時が万事です、自分のやりたいことがあるのなら、そこに近づくための努力、それに必要な情報収集、それを手に入れるための行動力が必要ですが、その努力さえ惜しまなければ必ず近づいていけるような気がしています。

行動には分岐点があって、自分の望んだ方向には進んで行けないこともあります。
そんなことの方が多いのかもしれません。

でもどんな結果になったとしても、そこに至った努力が消えることはありませんし、あそこでこっちの道へ進めなかったからこそ今があると、後になって後悔ではなく胸を張って良かったなと思える時が必ず来ます。

私は自分の人生を「人生あみだくじ」などといい加減なことを言ってきましたが、失敗とか後悔などという言葉ではなく、素直に今が一番良かったと思っています。

過去は変えられませんが、少なくとも今現在私に縁があって関わっている人たちにとって、私の存在が、それぞれの夢や目標に近づけてくれる「夢前案内人」と思ってもらえるようになることが、裏返して私の夢の実現に近づく唯一の方法ではないかと思っています。

とりとめもない文章でしたが、現在の心境です。

今年もよろしくお願いします。

ブログを読んでくださっているみなさん、明けましておめでとうございます。

数年前から年賀状を書くのをやめてしまいましたので、元日にはツイッターとフェイスブック上ではご挨拶さて頂きましたが、改めて新年最初のブログでも、新しい歳のご挨拶をさせていただきます。

昨年も色々なことがありました、そしてまだまだそれらのすべては現在進行形で、何一つ完結していません。

だからこそ私はいつどんな時でも、なぜどうしてと自問自答を繰り返し、納得のいく何かに近づこうと努力しているつもりです。

そんな私でも、それなりに色々なことに気づくことがあり、それらを誰かのために役立てられるようにもなってきました。

今年もそうやって積み上げてきた何かを駆使して、様々なことに取り組んで行きたいと思います。

昨年までの活動の中で生まれた言葉に、「体づくりから動きづくりへ」「からだほわっと」「動きづくりのためのトレーニング」「フライングバックトレーニング 略称FBT」「反った猫背」「骨盤を縦に使う」「股関節のクランク構造を使う」「アイドリング」「アイドリングステイ」「背骨の動きだしに3分割のイメージを」「伸kingトレーニング」などなど、思いつくだけでもこれだけの言葉が並んでしまいます。

それら一つ一つを見ると、一言ではとても言い表せない意味不明な言葉ではありますが、その時々出会った人たちに、どうやって伝えるか、文字として言葉として実際の動きに近いものを考えて行く中で生まれてきたものです。 

時系列で並べることも難しく、その都度頭の中にあったことをどうやって伝えるかという工夫の中で生まれてきました。

私の頭の中をすべて理解していただくことは難しいことかもしれませんが、それぞれの人が何を求めているのか、私の何を必要としてくれているのか、そういうことを私の中で判断して、一番適した内容で指導できるようになってきたと思います。

時には複雑すぎて、もっと簡単に教えて欲しいと思われることもあるかもしれませんが、私の方がこの人には何としてもこういう理解の仕方をして欲しいと、あえて簡単には教えないということもありました。

それが厳しさに結びついていくこともありましたが、最終的には分かっていただけたのではと思っています。

そうは言いながら、もう少し物分かりの良さというか、伝え方も相手サイドに立って、私としては表面的なものになってしまうことも承知の上で、これまで積み上げてきたことが少しでも多くの人の役に立てるような教え方というものも、工夫していかなければならないかなと思っています。

お正月三が日というのは、私にとっては1年365日の中で本当に貴重な3日間です。

いくつになっても考えなければならないことが多すぎて、何も考えずにゆっくりできていると、自分で思えることはまずありません。

他人から見れば、そこまで心配しなくてもと言われるようなことでも、ついつい深く考えてしまうのが私の悪い癖です。

そんな私でも、一切の雑念を払い、誰かのための時間を過ごせる唯一の3日間となります。

今年はまさに、長女とその子供たち2人のための3日間でした。

小学2年生ともうすぐ3歳になる孫たちに、日々の思い出をたくさん作ってあげるのが、お爺さんとしての私に出来るささやかなプレゼントです。

見返りなどもちろん求めない、自分に出来ることを素直に表現するだけ、まさしくこんな気持ちで仕事に対して、日々接する体の不調を訴えて訪れてくれる人たちにも、そして、それぞれの夢に向かって一生懸命トレーニングに通ってくれる選手たちに対しても、「私が」ではなく、「あなた」が主役であることを肝に銘じて、私に出来る精一杯のことをしていきたいと思います。

スポーツの現場に未練が完全になくなったわけではありませんが、私の培ってきた能力を一人でも多くの人に役立てて行くためには、そういう環境よりも今の方が良いのかもしれません。

そのためには、ここ広島に「西本直」という人間が居て、こんなことを考え、こんなことができる人間なのだということを発信して、多くの方に知っていただかなければ、能力の発揮のしようがありません。

トレーニングに通ってくれている選手たちが、ライバルやほかの選手に私の存在を知られたくないという、嬉しいような困ったような反応をされてしまいますが、気持ちは十分わかるので、発信はあくまで私自身が行わなければなりません。

一人でも多くの方に利用していただけるよう、少しずつ一歩ずつ、そういう環境に近づくように、今年も頑張って行こうと思います。

息子智志も、9カ月という期間ではありますが、西本塾や深める会を通して、様々な人との出会いを経験し、様々な人たちの思いに触れることで、人として少しずつ成長させていただくことができました。

今年はさらに大きく羽ばたいて行けるように、応援したいと思います。

親子ともども、今年もよろしくお願いします。

2016年忘備録

昨日は振りかえれなかった今年一年を記憶しておくために、改めて記録しておこうと思います。

1月

仕事はじめからJリーグの選手がトレーニングに訪れてくれて、3日間みっちり指導させてもらいました。
故障もあって思ったような活躍は出来ませんでしたが、来年の活躍に期待しましょう。

10・11日と、西本塾生で監督をしている井上さんの招きで、大阪府立旭高校野球部に指導に行きました。
久し振りの野球部の指導に、ワクワクしながらも、自分の時代とのギャップにあぜんとして、厳しい言葉から始まりましたが、選手たちに基本的な体の使い方をしっかり伝えてきました。

2月

西本塾生で名古屋の内田さんの依頼で、27・28の二日間講習会の講師として指導させていただきました。
指導者や選手を相手に、有意義な二日間を過ごせたと思います。
帰り道、奈良に立ち寄り、塾生の植村さんを訪ね、息子さんともども指導をして帰ってきました。

3月

これを忘れてはいけません、「1回5分体が喜ぶ健康術」㈱ガリバープロダクツが発売されました。
残念ながら、重版出来には至っておらず、もっともっと多くの人に読んでもらいたいと願っています。

昨日詳述したとおり、息子智志が、一緒に仕事を手伝ってくれるようになりました。

4月

「体の痛みを治す 寝たまま操体法」宝島社、の写真撮影のため上京、出版社の方、編集会社(㈱G.B)の方、カメラマンさん、モデル(桜めい)さん、メークさんと、丸一日ご一緒させていただき、プロ意識というか仕事に対して一切の妥協を許さない姿勢に、まだまだ自分は甘いなと痛感しました。

この時、等々力競技場で西原雄一さんと一緒に試合を観戦しながら、選手の体の使い方という観点からの解説をさせていただきました。
色々な質問をしていただき、今年の最後にその答えが正しかったことを実際に確認することができました。

6月

「体の痛みを治す 寝たまま操体法」宝島社が発売されました。
コンビニを中心に全国で2万部が売り出されたと聞きましたが、こちらはなんと既に完売してしまい、私も手に入れることができなくなってしまいました。
やはりお手軽な内容というか、難しい理屈はいらないから、写真を見ながら簡単に取り組める健康法の方に、一般の方は目が向くのでしょうね、本当は私の考えを理解したうえで実技に取り組んでほしいのですが。

7月

今年も西本塾番外編として、智志を連れて札幌に行ってきました。
塾生の諏訪さんにはお世話になりっぱなしです。

9月

中高生を対象に、夜7時からのグループトレーニングを開始しました。
こちらから声をかけさせてもらった、高3と中3のサッカー兄妹は、3か月を過ぎ、私の想像をはるかに超えるレベルに成長してくれています。
現在は4人がトレーニングに通ってくれています。

11月・12月

縁あって、月末からの2週間出張で指導を行ってきました。
良い経験をさせてもらったと思います。

もちろんこれら以外にも、一か月おきに開催した西本塾と深める会、そして個人指導の形で広島に来ていただいたたくさんの方々との出会いがありました。

サッカーや野球だけではなく、陸上競技の短距離、そして長距離の選手で福岡のそら君の指導では、智志と二人福岡まで車を走らせたりもしました。

その他、弓道をやっているご夫婦、ウエイクボード、競輪、バドミントン、テニス、トライアスロン、バスケットボール、バレーボール、ペタンク、サーフィンなど等、まったく縁がなかったスポーツをされている方とのご縁もありました。

それらすべてに私が提唱している、人間として持って生まれた能力を余すところなく使えるようにしておく、体の仕組みに沿った使い方をするという、原理原則が例外なくあてはまることを確認できました。

それを開発するためのトレーニングは、体づくりではなく「動きづくりのためのトレーニング」で、「伸kingトレーニング」という言葉に集約されると思います。

もちろん、私のスポーツ活動など知る由もない一般の方々の、体の不調の改善を目的とした施術にも、たくさんの方が通っていただきました。

すべてが改善できたわけではありませんが、私に出来ることはすべてやったと思っています。

手帳をめくりながら一人一人のことを思い出してみると、改めてこの一年も色々なことがあったなと思います。

これまでの経験を、明日から始まる2017年に、そして命ある限り積み上げて行きたいと思います。

今時流行らない、文字ばかりを長々と連ねたブログに、お付き合いいただきありがとうございました。

私の思い、話しておきたいこと、来年も書き続けて行こうと思います。



プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。

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