番外編、走るという行為に関する重心移動の概念を利用するために。

先日ツイッターを介して、私の指導を受けたいのでDMで相談を受けて欲しいという依頼がありました。

それに応えて返信すると、そ相談内容とともに動画が送られてきました。

ブログを読んで頂いていれば分かると思いますが、こういう申し出に応えるために設定したのが、動画を介した「遠隔指導」というシステムです。

実際に利用してくれたのは、西本塾生の方で、既に面識がある方お一人だけです。

私は常に自分のやることに結果責任を感じてしまうので、遠隔指導という形での関わり方には正直不安がありました。

それも一度もお会いしたことがなく、私の考え方に対する理解もほとんどない状態の方に、何が伝えられるのか、対価をいただくほどの指導が出来るのかと、実行に移すまでには時間を要しました。

しかし、実際に広島まで足を運ぶことが難しい人も多い訳で、さすがに結果責任までは追いかねますが、出来る限りの指導が出来る準備は整えていました。

とくに私の提唱する「走り方」に関しては、息子智志をモデルにして、基本のドリルを動画に撮ってあるので、相談者のレベルに合わせて、それなりに分かりやすい指導を提供できるのではないかと思っています。

加えてこれまで指導を受けてくれたたくさんの人たちの中から、お手本として提供できるレベルの動画もいくつかあって、これらを組み合わせながら、相談者の動画との比較で、遠隔指導として満足していただけるものが提供できると思います。

現実にはそれらを使って指導をさせてもらったことはまだありません。

このブログやツイッターを通して、私の考え方の興味を持ち、指導を受けてみたいと思ってくれている人は少なくないかもしれません。

ただ私は趣味でこういうことを行っているわけではありませんので、そのことは理解していただき、遠隔指導なり直接の指導を受けに来ていただくなり、しっかりと行動に移してほしいと思います。

インターネットを通じた交流は匿名ということもあり、何でも聞いたもの勝ちという所があったり、こういう無形なものに対して対価を払うという概念がないのかもしれませんが、さすがに無料でという訳には行きませんのでご了承ください。

現実として遠隔指導のシステムを公表してから、塾生の方を含め質問や相談がほとんどなくなってしまいました。

さてその相談者ですが、高校2年生でサッカーをやっているそうです。

まずは先ほどから書いている通り、こういう形の指導は有料であることを伝えました。

その上で質問内容を読み、同じようなことで悩んでいるかもしれないブログの読者がたくさんいるかもしれないから、名前は匿名としても、動画を含め相談内容をすべてブログの記事にして良いのなら、今回に限り出来る限りの回答をしても良いと返信しましたが、公開は拒否しますという返事が返ってきましたので、こういう形で一般論として取り上げることにしました。

質問は大きく二つ、一つは「重心移動はどうしたらできるようになるのか」、もう一つは「肩甲骨と骨盤を連動させるために、重心移動以外に改善すべきことがあるか」、と書かれていました。

それを読んだうえで送られてきた動画を見ました。

全体の質問内容から判断して、彼は「重心移動」の概念に対して、私とは違う理解をしているようでした。

それは「重心移動とは下半身の改善をしている時に、地面からの反力を十分に受けて前に出ている感覚がありました」という文章から感じられました。

この文章から私との違いを感じることが出来る人は、かなり私の考えを理解できている人だと思います。

もう一つ、「肩甲骨を連動させる前に重心移動ができていない」という表現からもうかがえます。

実際に走っている動画を見ると、腕を後方に振ろうという意識は感じられますが、骨盤は後傾し腰が落ちています。

そのため股関節のクランク機能を使うことができず、後方で地面を蹴って太腿を振り上げ、ストライドを広げて大股でという走り方になっています。

当然着地は重心位置の前方でになりますから、前進する体に対してブレーキをかけるという、私が提唱する走りとは、まったく真逆な体の使い方になっています。

もし彼が有料でもいいからと遠隔指導を希望してくれたとしたら、かなりの意識改革が必要となるでしょう。

というよりも過去指導した人たちは例外なくこういう走り方が正しいと信じて、これまで生きてきたと思います、彼だけが特別なわけではありません。

という訳で、これまで何度も説明してきた、私なりの解説ではありますが、「体重移動と重心移動の違い」の概念をもう一度書いておくことにします。

直接目の前で指導する場合は、こういう形で行います。

まずは直立した状態の時、体重が60キロの人間であれば、片足に30キロずつの重量がかかっていることになります。

人間は二足歩行の動物ですから、その状態でバランスを取っている訳で、体を移動させることは出来ません。

その場から移動するためには、片足にかかる重量をゼロにする必要があります。

両足をそれぞれ体重計に乗せているとすると、片足を浮かせば全体重の60キロを、片足のみで支えることとなります。

それでも片足で体のバランスを取ろうとしますから、その場から動くことは出来ません。

ではどうするか、片足で立って60キロを指している体重計のメモリが、それ以上になるようにぐっと踏み込んだ反動を使って、60キロの物体を移動させるということになります。

屁理屈のように感じるかもしれませんが、現実としてこういうことが行われています、これが体重をという重さを運ぶという意味で、「体重移動」と定義している移動方法です。

元々60キロの体重を、それ以上の力を使って移動させるということになります。

対して重心移動の概念ですが、同じく直立した状態の体を、後ろから肩のあたりを押してあげます。

その際、相手には足元から頭の先まで、できるだけ真っ直ぐな状態を保ったままで居て欲しいと伝えておきます。

後ろから押された真っ直ぐな体は、もしそのままの姿勢を保ち続けたとしたら、顔面から床に激突してしまうことになりますので、そういう不安を感じた瞬間、人間は前方に倒れないようにどちらかの足を前方に踏み出し、体を支えるということを自然に行います。

この時、地面を強く蹴ったり、足を前に踏み出そうという感覚はほとんどないはずです。

ただ単に危険回避というか、前方に倒れてはいけないと、体が自然に行った行為です。

私は体の重心位置は股関節だと思っていますので、その重心位置である股関節が前方に移動したことに体が自然に対応して、体全体が移動したということを指して、「重心移動」という言葉を使っています。

さらに重心移動によって体が移動した時、体を支えるために振り出された足が着地する位置は、地面に対して股関節の真下であることも重要なことです。

分かったような分からないような説明かもしれませんが、階段を駆け下る時の状態を思い出して頂ければ分かりやすいかもしれません。

階段を駆け下る時に、段を強く蹴ったり着地でしっかり受け止めたりということを行っているでしょうか。

「それは下りで勝手に体が移動していくから、足を踏み外さないように気を付けているだけだよ」、と言われるかもしれません。

確かにそうなのです。

さらに言えば、その時腕を振って太腿を引き上げるなどということも、まったく行っていません。

行っていないどころか、階段の駆け下りにそんな動きを意識的に入れようとすると、速く駆け下ることは出来ないでしょう。

ではこういう感覚は平地を走る時に応用できないのでしょうか。

それを実践可能としたのが、私の提唱する走り方ということになります。

「階段を駆け下るように平地を走れ、そんなことができるはずがない」、そう思う人は規制外何のしがらみから抜け出ることとが出来ない人たちです。

それを可能とする、というよりも、その方が人間の体に仕組まれたからくりを上手に使うことが出来て、筋肉に負担が少なく、無駄に力んで判断力を鈍らせることもなく、スムーズな動き出しと加速を可能にし、持久力の向上にもつながるという、一石何丁にもなる究極の走り方と言っても良いものなのです。

「平地は下りのように、上りは平地のように」これが私の走り方を表すキャッチフレーズとなっています。

「それじゃあ全部同じじゃないか」、そういうことです。

それを可能にするのが、重心移動の概念と、人間の股関節の構造がクランク状になっているという有難い事実です。

「伸kingトレーニング」という言葉を最近多用していますが、「股関節の伸展」が一番のキーワードになります。

着地の際、股関節が出来るだけ伸展した状態であれば、着地の位置は股関節のやや後方となります。

とういうことは、片足で支える重量は60キロでも30キロでもなく、それ以下に感じることになります。

そんなバカな話はない、理屈に合わない、そう思われるでしょう。

実際にこの感覚を実感した人たちにしか分からない感覚だと思います。

現実にそういう感覚になるのです。

だから足の負担が全然ないとか、まったく疲れないなどという感想を体験した人全員が言葉に出すのです。

西本塾や個人指導を受けた人の感想にも同じことが繰り返し書かれていますが、自分の目で体で体験しないことには信じないと、これまた同じことを言って私の元を訪れます。

着地する足の股関節がしっかり伸展し、クランクの形状の恩恵を最大限に生かすことが出来れば、後方の足は地面を蹴る暇もなく、既に前方に引っ張り出される準備が出来ています。

この状態を感覚するためのドリルが、「引きづりのドリル、改め、引っ張り出しのドリル」というものです。

股関節が8の字を描くようにローリングを続けることで、地面を蹴る着地するという感覚なしに、体がどんどん前に進んで行きます。

階段を駆け下りる重心移動のイメージそのままに。

ただそれらを言葉として理解し、二度三度くらいの回数私から直接指導を受けたからといって、完璧にその動きを再現できるわけではありません。

息子智志が短期間でその感覚を再現できるようになったのは、日々行う「伸kingトレーニング」によって、全身の連動を伸筋群を使って行うことが当たり前の体を作り上げてきたからです。

一朝一夕にできるものではありません。

たとえ外見は同じように見える動きであったとしても、本質的な体の動きが出来ていなければ似て非なるものでしかないのです。

どこを使ってどこを意識してと、頭で考え指令を出して体を動かしている間は、今以上にスピードも持久力も向上させることはできません。

今指導している中高生を見ていると、まさにその思いが強くなります。

智志のやってきたことを1カ月4カ月と、それぞれ継続していくと、私の求める動きを見事に表現できるようになっていくのです。

本人のやる気さえあれば、そこに例外なく到達できると思います。

マシン等を使った「伸kingトレーニング」と様々なドリルを組み合わせ、週に2回3回と直接指導を継続することで、私の思いは必ず伝えられると実感させてもらっています。

この経験というかノウハウを、遠距離の方にも出来るだけ正しく伝えて行きたいと思います。

せめて一度は直接指導を受けていただきたいとは思いますが、そうでなくても伝えられるようにしなければ、救われないままの選手がどれほど多いことか。

先ほども電話で相談がありましたが、「一生懸命頑張っているが思ったような成果が出ない」という言葉に、努力は正しい方向性に対して向けるものであって、ただ頑張っていますはただの自己満足にすぎないことを分かって欲しいと思います。

その方向性を指し示し、進んで行く先に明かりを灯すのが、夢先案内人たる私の仕事だと思います。

どれだけ言葉を並べても伝えることは難しいとは思いますが、人間が持って生まれた体のからくりをうまく使うことで、もっと楽にもっと効果的に体を動かすことができるという事実を、多くの人と共有できるように伝えて行きたいと思います。

遠隔指導もっともっと利用して欲しいと思います。

相談してくれた高校生には、そのままズバリの回答という訳には行きませんでしたが、今日の記事が少しでも参考になればと思います。

サッカーが上手くならないという言葉も書いてありましたが、私の言う体の使い方という分野に興味を持つ指導者が現れないことには、どんな指導を受けても大きな変化は期待できないと思います。

そのことも今実感しています。

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「走り方体験会」へ向けて、基本事項の確認と伝え方の整理。

いよいよ今年も残すところ1週間を切りました。

今年を振り返り重大ニュースを思い起こそうかと思っていましたが、その前にまだやらなければならないことを作ってしまいました。

29日に行う「走り方体験会」、告知の通り5名の申し込みをいただきましたので、予定通り開催することになりました。

ほんの数日前の告知で、広島近郊にお住まいの方や、正月休みで広島に帰省するという人を想定し、普段なかなか時間が取れないが、このタイミングなら参加してみたいという人が、もしかしたらいるかもしれないという、私流の気楽な思い付きでした。

結果としては、広島市内からの参加は1名のみで、他の方は遠くからわざわざこのためだけに広島に足を運んでくださる方になりました。

「体験会」などという気楽な思い付きどころか、真剣にお伝えしなければ、参加してくださる方に申し訳がないと、私の取り組む姿勢を考え直しています。

時間も2時間の予定でしたが、たぶんそれを超えることになると思います。

既に指導したことがある小学生が2人と、そのうちの一人のお父さんも参加してくれます。

体験会という趣旨からは少し離れてしまうことはお伝えしましたが、当然マスターできているはずもなく、また一から学びなおしてくれればいいと思います。

それにしても広島という地域に住んでいる方には、私が発信していることは届いていないようですね。

もし届いているにもかかわらず興味を示さないというのであれば、とても残念なことです。

これまで参加してくれた人たちが口を揃えて言ってくれるのは、自分の成長のために何か参考になるものはないかとアンテナを立て情報を収集していく中で、私という存在に出会い、興味を持ってくれたということです。

それなりに多くの人口を抱えスポーツも盛んな土地柄であるはずの広島に住んでいる人が、興味を示してくれないことが、私にとっては不思議なことにさえ思えてしまいます。

まあそれも仕方がないことでしょうから、これくらいにしておきます。

さて、「走るという行為」についてですが、これまでもブログで、私の思う所を詳しく書いてきました。

今からすべてを読み直してもらうことは大変な労力が必要となりますが、自分にとって必要なことであると思うのなら、その労力を惜しんではいけないと思います。

これまで試行錯誤を加え、自分なりに完成させたつもりでいる「走るという行為」ですが、それを誰かに伝えるという行為は、まだまだ工夫が必要だと思っています。

ただその効果というか、指導の結果に関しては自信を持って、私が思うレベルにまで届かせてあげられることは、夜7時から行っているグループトレーニングに参加してくれている中学生と高校生のサッカー選手たちが証明してくれています。

彼らの目的は、サッカー選手としてのパフォーマンスを向上させることです。

パフォーマンスという言葉も一般的にはなってきましたが、あいまいな言葉で正しく何かを表現しているとは思えません。

私が彼らに求めているサッカー選手としての基本となる能力は、90分間頭と体を動かし続けることができるという能力です。

このことの詳細も過去記事に詳しく書いてあります。

そのためには、いかに効率的に体を移動させることができるか、そこに必要となってくるのが「走るという行為」に必要な体の使い方ということになります。

さらには速く走るということも当然必要となりますが、サッカー選手にとって必要なスピードとは、陸上競技のようなヨーイドンで一斉にスタートしゴールを目指すスピードとは違うと思います。

遥か昔、オリンピックの100mに出場した日本の選手が、プロ野球のロッテに代走専門で選手として契約して話題になったことがありました。

もちろん野球経験はない訳で、100mのスピードは日本一だったかもしれませんが、投手のモーションを盗んでというか、どのタイミングでスタートしたらよいのかも分からないで、一塁ランナーとして盗塁を試みるのですから、成功する方がおかしいくらいでした。

一塁のランナーコーチの、「ゴー」という掛け声でスタートすると聞きましたが、ほんの短い期間で辞めてしまったと記憶しています。

これは極端な例ですが、サッカー選手もほぼ同じ状況で、いつどのタイミングでどこに向かって走るかという、盗塁以上に難しい判断が要求されるはずです。

加えて瞬時に方向を変えたり、何より人をかわしボールを受け止め、そして蹴るというサッカー選手として最も大事な動作を行わなければなりません。

これらの動きをよどみなく滑らかに行えている選手の動きを「キレのある動き」と呼んでいるのではないでしょうか。

そのためにはどういう走り方が理想的なのかを考え続けた結果が、今皆さんに伝えている走り方であり体の使い方なのです。

これを突き詰めていくと、走るという行為だけを行う陸上競技の選手こそ、この考え方を基本にして走り方を作り上げていくことの方が、より速く効率的に走ることができると、今は思っています。

昨日行われた高校駅伝の中継を見ても、私の考え方を具現化する走りをしている選手は皆無でしたが、チーム全員が私の考え方の元に取り組んだとしたら、どんな結果になるんだろうと、有り得ないことだとは思いますが少しだけ想像してしまいました。

29日は今年最後の「走るという行為」に的を絞った指導になりますが、その前にこの考え方に至った最も基本的なところを、言葉にしておきたいと思います。

それは、「人間の股関節の形状」のことです。

寛骨に大腿骨がはまり込むように形成されている股関節ですが、大腿骨の頸部、はまり込んでいる首の部分が直線ではないという事実です。

四足動物をイメージしていただければ分かると思いますが、寛骨に対して内側に首を傾けたような形状で、そうであるからこそ四足動物はその部分をクランクのように使うことで、速く走ることができます。

人間はいつしか二足動物へと進化していきましたが、有難いことにそのクランク形状は失われることなく残っています。

ところが残念なことにこのクランクをうまく使って走るという発想が、現状、世の中のすべての人が正しいと思っている走り方の中に見えないのです。

これがどうしてなのかは私の方が聞きたいくらいです。

このクランクをうまく使って、歩く走るという行為を作り上げて行くことこそ、あえて「想像主・神」という言葉を使わせてもらえば、神様が我々に与えてくれた能力を正しく使えるということになるのではないかと考えたのです。

そのためには、ただそのことが分かったとか、見た目だけを真似して腕は振らないとか、大股ではなく小股で走るとか、いわゆる忍者のようにすり足で走るなどという表面的な話ではなくなるのです。

それが当たり前のようにできるようになるための様々な「ドリル」、そのドリルを行いやすくするための動きづくりを準備する「伸kingトレーニング」などなど、一朝一夕とはいきませんが、一つ一つ根っこを掘り起こしてきたお蔭で、どんな人間でもきちんと取り組めば必ず到達できるということを証明してきました。

もちろん時間はかかります、継続した指導も必要となります。

結局はそれを会得したいという強い意志、というか意欲があるかどうかということが問題で、私の指導を受けるための環境も必要となることは言うまでもありません。

ただ私が傍にいないからではなく、いくらでもやり方はあると思います、その方法もすでに準備してあります。

ようは、本人がどれだけ本気で取り組むかという意志と覚悟の問題です。

グループトレーニングを受けている選手たちが、短期間で成長できているのは、私のノウハウを週に2回から3回継続して指導されているからに他なりません。

数回学んだだけで出来たとか分かったとかいう話ではありませんし、そのレベルで私とまったく同じレベルの指導ができるはずもありません。

ただ、その入り口に立ち、これまでの既成概念や固定概念に疑いを持ち、新たなことに取り組んでみようと意気持ちになってもらうことが大事だと思います。

まず骨盤は前後ではなく、上下に動くものだという発想の転換なくしてこの話を進みません。

そのうえで、骨盤の上下動に呼応して大腿骨の頸部がクランク状に首を振って、地面を蹴ることなく大腿骨が前方に振り出され、股関節が伸展しながら着地を迎えるため、着地の衝撃が筋肉や関節にほとんど感じられず、不思議なほど楽に前に進むことができます。

いくら言葉を尽くしても理解どころかイメージすらわかないと思いますが、それを体験してもらおうというのが、29日の体験会です。

これまで150人を超える人たちに指導してきましたが、正確に理解して実際に行うことができ、それを伝えるレベルに達してくれて人はどれくらいいるのか私も分かりません。

もっと簡単に教えられないのかという意見もあるでしょう。

結局は学ぶ側の意識なのです。

世界のトップレベルを争うという人間なら、表面上の形を学ぶことで満足していては、到底望むレベルには達しないでしょう。

小学生であれば物まねから入ってもいいと思います、年齢とともに少しずつその意味が分かれば、自分のやっていることに自信も持てるでしょう。

私がしなければならないのは、もっともっと根っこを掘り進め、どんな疑問質問に対しても明確な対応ができるようにしておくことです。

幸いなことに今年3月から一緒に活動し、私のすべてを学んでくれている息子智志が、私の想像を超えるスピードで成長し、指導する側としても求めるレベルに近づいてくれています。

私の指導は厳しくなりすぎるところがありますが、智志は私の言わんとしているところを的確に、そして少しソフトに、私が見習わなければと思わされるような雰囲気の中で指導してくれています。

「誰にも伝えない、分かるわけがない」と、孤高を貫いてきましたが、ようやく私自身にも変化が見えてきました。

西本理論という抽象的な言葉が一人歩きをして、良いだ悪いだと言われることも増えてきましたが、全く意に介していません。

私自身が試行錯誤しながら掘り進んでいるものを、第三者に評価される筋合いのものではありませんから。

「骨盤を立てに動かす」「広背筋の役割」「広背筋の停止部、上腕骨小結節部位の重要性」「骨盤から背骨、肩甲骨の連携連動」「地面を蹴らない」「着地で体重を受け止めない」、言葉にしただけでも切りがありません。

3人の大人の参加者には、なるほどそういうことかと頷いていただけるように、2人の小学生には、走り方が変わったなと実感してもらえるように、年も押し詰まった最後の機会です、それぞれの参加者に来て良かったと思って帰っていただけるよう、しっかり準備してお迎えします。

走るという行為、素速い動き出しと「アイドリング・ステイ」の概念。

広島地方、久しぶりに気持ち良い秋晴れの空が広がっています。
昨日は台風の影響で、強い風が吹き、自転車通勤で利用している港公園の駐輪場の自転車は軒並み倒されていました。

今夜はサッカーのW杯予選が行われますが、ちょうどその時間帯は学生を相手のトレーニング指導を行っていますので、帰ってからゆっくり録画を見ようと思っています。

私がサッカーの試合を見る視点は限られたものとなります。
いわゆるサッカーをよく知っている方々のように、戦術的な解説やフォーメーションといった部分は、私には分かりませんから。

では、私が何を見ているのか、それは選手の動きそのものです。

当たり前ですが、サッカーはボールを蹴る競技です。
ただ、フリーキックの時のように、誰の邪魔されることなく、自分の思った通りに蹴るという動作をすることはほとんどありません。

走りながら動きながら、ボールを受け、コントロールし、ドリブルで運んで行ったり、パスやシュートといった蹴るという行為を行うことになります。

もちろん味方の選手だけではなく、相手の選手もいるわけですから、自分の持っている技術をそのまま発揮することは簡単ではありません。

そんな中で、いかに自分の能力を発揮し続けることができているか、私はそこを見ています。

選手としての経験はまったくなく、数多いスポーツ種目の中でも、特に興味があったわけではありませんでした。
そんな私ですが、広島と神戸で4シーズン仕事をさせていただきました。

その時にも、サッカーそのものに興味を持ったというより、あくまでも選手個人の体を相手の仕事に終始していたと思います。

もう4年前になりますが、久し振りにサッカーの仕事をすることになった時、それもトレーナーとしてではなく、トレーニングコーチという肩書きで仕事をして欲しいというオファーを受けた時に考えたのは、私の能力をチーム力向上のためにどう活かすかという問題でした。

色々なことをやりすぎてきましたから、的確な言葉ではないかもしれませんが器用貧乏にならないように、しっかり目的を絞った仕事をしたいと思いました。

そこで浮かんだのが、「90分間走り続けるではなく、90分間、頭と体を動かし続けることができる能力」という体の使い方を指導することでした。

サッカーでよく言われる「足が止まる」という現象は、そのまま失点に繋がり、攻撃の形を崩します。
私が切り込めるのはこの部分だと思いました。

具体的なことは過去の記事で何度も私の考えを書き綴ってきましたので割愛しますが、負荷を高め量を増やすトレーニングをしても、このテーマを克服できないことは古今東西歴史が証明していると思います。

ではどうするか、私がおかしいと感じたトレーニングや体の使い方から逆算し根っこをたどっていくと、走るという行為を人間が行うためには、こんな体の使い方をすれば良いのではという結論めいたものを見つけたのです。

皮肉なことですが、それを発揮しようとしたチームを離れた後、これまで名前すら聞いたことがなかった、世界のスーパースターたちの動きを見続ける機会があったことで、私の考えは間違っていなかった、いや正しかったと自信を持って思えたのでした。

西本塾や個人指導で伝えられたのは、その一部分、基本的な考え方や体の使い方でした。

それができるようになるためには、理論的な部分を理解してもらうことはもちろんですが、そういう体の使い方ができるようになるための、最近使っていることばですが、「動きづくりのためのトレーニング」を、継続して行うことが必要なことも当然のことです。

今指導している高校生と中学生の兄妹サッカー選手には、実験と言っては失礼ですが、私が導いて行ける最高のレベルを目指したトレーニングを行なっているつもりです。

既にプロの選手やそれに近いレベルの選手ではもちろんありませんが、そこを明確な目標としている選手という前提の元に指導を続けています。

まだまだ、「動きづくりのためのトレーニング」の基本的なこと部分を繰り返しているレベルですが、それにプラスして行なっている「走るという行為」の指導では、既に大きな変化を感じています。

ピッチの中で最もしてはいけないと思うのが「居付く」という感覚です、次の動作に対応できないからです。

そこで考えたのが、股関節を縦に使うという「アイドリング」という体の使い方です。

これは私が考える走るという行為の基本をなしているものですが、実際にやってみると股関節は縦に使う方が自然なことに誰もが納得してくれます。

次はそこからどうやって動き出すかという問題です。

地面に居付いて、地面を強く蹴って反力を得ることでしか動き出せないと思いこんでいる人にとっては、理解しにくい感覚かもしれませんが、固定概念を離れ実際に自分の体を動かしてみると、なんだそんな簡単なことかと分かり、これまで当たり前だと思ってきたことがバカバカしいとさえ思うようにさえなります。

ではどうやって移動するかということですが、人間が移動するときに使えるエネルギーは3つ、目標方向への重心の移動、重心の落下、上半身と下半身の捻転だと考えています。

その3つを無理なく効率的に使うことが、筋肉の負担が少なく、当然疲労も少なく、なおかつ素速くどの方向へでも動き出せるという理想的な動きになると思います。

そういう動きを身に付けてもらうために行うドリルですが、これまでは「アイドリング」から、引きづりのドリル改め「股関節を引っ張り出しのドリル」を、左右同じ感覚で行えるようになるまで染み付けていきます。

左右別々に行えるようになれば、次は交互に行います。

ここまでくるとかなりこれまでとは違った感覚で移動(既に走りになっていますが)できるようになっています。

ところがここでスピードを上げようとすると、股関節の引っ張り出しという感覚が薄れ、速く足を出したいと、股関節の屈曲動作が顔を出してきます。

股関節はあくまでも伸展を優先させることで、膝は前に上げる意識はなくなり、実際にそれほど高い上がりませんが、逆に踵が高く上がって見えます。

この現象はいわゆる足が流れている状態ではなく、着地する側の足がきちんと股関節の真下に着している証拠でもあります。

その結果として逆の足の股関節はしっかり伸展することができ、スムーズな足の運びでピッチを速めストライドを伸ばしてくれます。

智志は半年でここまでの動きをほぼマスターしています。

次に問題となるのが、動き出し、スタートの速さということになります。

これこそ、私のいう移動のエネルギーの三要素をフル活用しなければなりません、スタートの一瞬だけですが通常の走りの時のような、右と右左と左という同速の動きではなく、左脚を踏み出す時には右の肩を振り出すという対角線の動きを使います。

ところが振り出された右肩を、強く引き上げることを意識すると、次の瞬間から同側の動きに変わってしまうのです。

言葉で説明することは難しく、おそらく読んで頂いてこの動きが正確にイメージできる人はいないかもしれませんが、実際に行うとそうなるのです。

この動きがマスターできると、本当に動き出しが速くなり、あっという間にトップスピードに達することができます。

兄妹は今それに取り組んでいますが、中学生の妹の方が私のイメージに近い動きを行えるようになってきました。

次のステップは、素早くトップスピードに乗って移動した体を、相手の前でどうやってコントロールするかという問題です。

けっして、「止まるストップする」という感覚ではありません。

素速いダッシュで相手の目の前に到達した瞬間に、細かいアイドリングを繰り返すことで、相手のどんな動きにも対応できる準備をするという動作なのです。

この動きには、「アイドリング・ステイ」という言葉を考えました。
「ストップ」ではなく「ステイ」です。

さて、私が指導しているような体の使い方をピッチの上で表現してくれる選手はいるでしょうか。
今夜の日本代表チームの選手たちの動きが楽しみです。

もちろん対戦相手のイラクの選手たちの動きにも興味があります。
まったく知らない選手たちですから、先入観ゼロで見ることができますから。

皆さんも、私のような視点を持って選手の動きを見ていただくと、新しい発見があるかもしれません。

何はともあれ「ガンバレ日本!」です。

速く走るために、短距離走と長距離走の選手を指導して。

昨夜は元横綱千代の富士の九重親方の死去の報に触れ、思う所をツイートしましたが、多くの方が反応してくれたようでした。

食事や栄養のことに関しては、まだ完全に解明されていないとはいえ、現実を直視なければならない部分からは目をそむけてはいけないと思います。

今朝こうやってブログを書くために、色々思いを巡らせているうちに寝てしまいましたが、私と言う人間は24時間こんなことばかり考えているのだといつも思います、良いのか悪いのか分かりませんが、このままで行くしかないようです。

誰に頼まれているわけではなく、誰の役に立つわけではないかもしれないことばかりですが、私の中で納得できることを見つけたいという気持ちが、常に消えることがありません。

インターハイが中国地方で開催されていて、広島そして神戸時代にも一緒に仕事をさせてもらった松田浩君にも再会できて、色々な話を聞くことができました。

あの頃の選手は、私の個人的な感想ですが、今の選手たちよりも色々な意味で必死さが伝わってきて、私もサポートのし甲斐のある選手が多かったと思います。

懐かしい話や、現在彼が行っている日本サッカー協会の仕事のことなど、今の私には遠い世界の話も聞くことができ、短い時間でしたが楽しい時間を過ごさせてもらいました。

さて、私が走るという行為に特別な意味を感じ、追求してきたきっかけとなったのは、何度も記事の中で書いてきましたがサッカー選手が90分間、頭と体を動かし続けて、それぞれが持っている最高の能力を発揮し続けることができることを目的としたものでした。

まだまだ理解してくれる人は少ないですが、この3年近くの間に私から学んでくれた人たちが、自分の能力アップや指導に活かしてくれて、その有効性を証明してくれていることは嬉しい限りです。

しかし、その走り方というか体の使い方は当然サッカー選手だけに有効ということではなく、どんな競技にも当てはまるものであることは言うまでもありません。

過去には軟式テニス、バドミントン、弓道、ラクロス、競輪、トライアスロンなどの選手や指導者が学びに来てくれて、実際に競技に応用してくれています。

そんな中でも、走るという行為自体が目的となっている陸上競技の選手や指導者には、なかなか広がって行かないように思います。

つい最近ですが、福岡の中学3年生で3000mの選手が指導を受けに来てくれたことがきっかけとなって、速く走るために今指導している体の使い方を、どう発展させていくかということが大きなテーマとなっています。

サッカーであれば、長い時間とはいえ決められた時間の中で走り続ける競技で、その間にパフォーマンスを落とさないことが最も重要となります。

残り1分となっても変わらない動きができることが理想で、終了の笛とともに倒れ込んでしまうというのは違うと思います。

それが陸上競技となるとまったく話が違ってしまい、1分1秒でも速くゴールを駆け抜けることが要求される競技です。

そうは言っても、それぞれの距離の中での駆け引きがあり、やはり頭と体を動かし続けるという意味では同じだと思います。

ただし、最後の数十メートルは力の限りを振り絞って、ゴールラインを超えた瞬間に倒れ込んでしまっても何の問題はありません。

ここが他の競技と違う所だと思います。

人間が速く走るためには、足の運びをいかに速くするかというピッチの部分と、一歩一歩の長さをできるだけ広くするというストライドの問題があります。

単純に言うと、ピッチ×ストライドがスピードということになります。

同じピッチで走るのであれば、歩幅が広い選手の方が速く、同じ歩幅であればピッチが速い方が速いということです。

そうなると身長が高く足が長い選手が、筋力トレーニングで足の回転を速め、素早い足の運びと広い歩幅を両立することができれば、当然速く走ることができるわけで、身体的な能力が劣っているのなら、その両方をバランスよく両立させ対抗するしかありません。

遺伝的な要素もあり、日本人はいまだに100mで10秒の壁を破ることが出来ていないのは残念なことです。

西本塾を始めた初期の頃に、当時中学校一年生だった短距離100mを専門としている選手と、そのお父さんが参加してくれました。

彼は前年、小学校6年生時に広島県のランキングが1位だったそうで、そのプライドと自信を持って中学に進んだと思いますが、体が小さく、身体的には恵まれていなかったため、少し頑張りすぎてしまったようで、自分の走りを見失い体を痛め、まともに走れない日々が続いていたようでした。

そんな時お父さんが私の考え方を書いたブログに目を留め、指導を受けてみようかということになったようでした。

それから3年間の間に何度か指導を受けに来てくれましたが、体に染み込むという所まではいかなかったようでした。

当然ですが私の指導する走り方はある意味変わっていて、他の選手や指導者から見ると変な走り方に見えると思います。

そんな環境の中で周囲の目を気にせず、私の走りを追い求めることはさすがに厳しい所があると思います。

それでも今回高校生になって、改めて本人が希望して単身指導を受けに来てくれました。

昨年の今頃、全国中学校大会の4×100mの決勝に、広島県代表チームの第一走者として出場し、一走だけが公認される正式タイムで11秒2を記録して以来、現在に渡って記録が向上せず、以前の走りも再現できなくなったというのです。

3年前と同じ状況です、全中で決勝まで進出し、よし高校でもと勇んで入学したことでしょう、それが彼の動きを変えてしまったようでした。

陸上競技部員として行うことが義務付けられているサーキットトレーニングも、私の理論に触れているだけに、明らかに屈筋主導の体づくりのトレーニングであることが分かり、これを続けている限り伸筋主体の走りは再現できないとも考えたようでした。

今回の指導では、そのサーキットトレーニングの内容を見直し、それを否定し拒否するのではなく、それらを行う際の動きの意識を屈筋主動から伸筋主動へと変えることで、無駄になるどころか私の提唱する走りを助けてくれる、絶好のトレーニングに転換してしまいました。

何とかとハサミは使いようです、私の施設の器具でもそうですが、器具に使われるのではなく、自分の動きづくりのために器具をどう使うかという発想を持てばいいだけのことです。

サーキットトレーニングを役に立つものに変えた後は、実際に走る動作につなげていくドリルの指導です。

私の走るという動作の根本となっているのは、「骨盤を縦に動かす」「大腿骨頭の形状を活かしてクランク状に首を振らせる」、これがすべてと言ってもいいと思います。

骨盤を前後に動かすことでストライドが広がる、いや骨盤自体がどうやって動いているかなど考えている人はいないと思います。

ストライドを広げるためには、太腿を高く引き上げ(大腿前面の筋肉を使って股関節を屈曲させる)、さらには引き上げられた太腿を維持したまま、膝関節を伸展させ、できるだけ遠く振り出していく、と言う感覚が当然のごとく求められています。

そのための筋力トレーニングやドリルを陸上選手は当然のように行っています。

私はそれを根底から否定し、「骨盤を縦に動かし、大腿骨頭の首の部分を振れ」と言っています。

まったくの発想の転換です。

体のその他の部分は、それをスムーズに行うための補助的な役割であって、主役は骨盤と股関節だと言い切っています。

しかし骨は自分で動けませんので、それを動かしてもらうために最も活躍して欲しいのが背中にある「広背筋」と言う筋肉です。

これらのことをまずは理論的に説明し、広背筋が意識できるようなトレーニングを行い、骨盤が縦に動き股関節が首を振るという感覚が分かるようなドリルへと進んで行きます。

着地が股関節の真下になって身体を受け止めるという負荷がかかりませんし、股関節を屈曲させて太腿を振り上げるという感覚もありませんので、筋肉の負担は少なく心肺機能も無理をさせません。

ほとんどの方が、汗をかいているのに疲れていない、足が痛くないというのはそういうことです。

ここまでのドリルでは最高スピードは求めません。

骨盤が縦に動くという、これまでの常識外のことを当たり前だと思ってもらうことが何より大事だからです。

それでも私が驚くような速さで走ってくれる受講生がいたことは、私の理論の正当性を形にしてくれて本当に有難いことでした。

その方は事前に私のブログを熟読し、相当な練習を積んでから参加してくれたようでした。

そして今回の100mの選手の指導となったわけですが、予定通りに動きづくりが進み、走りのイメージを取り戻しつつあった中で、トップスピードに近い速さに上げてもらった時、やはりというか力みが生じ、腕を伸ばしたまま後ろに引き込む動作になって、骨盤の動きが上下から前後に変わる瞬間が出てきてしまいました。

1本ずつ動画を確認してもらい、私の気づいたことを伝えましたが、本人も「その通りです」と分かってくれました。

動作解析やバイオメカニクスなどという科学的だと思われている手法に頼らなくても、私の目は体の動きを瞬時に判断することができるようです、まあ自分が指導している動きが出来ているかどうかの問題ですから、見えなければ指導にはなりませんが。

そうやって何本か走ってもらっている間に、本人も納得できる体の動きができるようになってきました。

以前西本塾の指導でよく使った言葉ですが、手先を地面に向かって「刺せ」という言い方がぴったりの腕の動きが、それこそ目にもとまらぬ速さで繰り返され、それに呼応するように骨盤が素早く上下に動き、動画で見ると早回しをしているように見えるほどのスピードで体全体が連動していました。

本人の言葉ですが、「久し振りに背中で走る感覚があります」という表現をしていました。

これこそ私が求めている速く走る感覚です。

智志にはまだここまで回転数を上げる素早い連動は出来ませんが、身長が高い分ゆったりして見えますが、連動という意味では十分にイメージが伝わってくるレベルになってきました。

私も少しやってみましたが、目の前であの速さを見た後では見劣りしすぎて悲しくなってしまいました。

3000mを走るために指導している中学校3年生に指導することと、100mを走るために指導した高校1年生に指導することは、つまるところ同じことなのです。

どのスピードでどれだけの距離を走るかで、動きが違って見えるだけで、本質的な部分はまったく同じなのです。

今回そのことを改めて実感しました。

私の中でも迷いがあったり、力に頼りたくなる部分がありましたが、私の求めている方向性に間違いはないようです。

これからの指導に活かしていきたいと思います。

さて今月行う西本塾、現在申込者は1名です、操体法に興味があるということで、もしこのまま一人だったら私の中で作り上げてきた操体法をベースにした体へのアプローチの仕方を、しっかり伝えてあげたいと思っています。

人数の多い少ないではなく、私と言う人間に興味を持ってくれた人との縁は大切にしたいと思っています。

筋力に頼らず速く走ることは出来ないのか(その2)

前回アップした記事に応えて、西本塾生の小野さんからコメントが届きました。

この内容に関しては、私自身試行錯誤が続いていて、結論めいたことはいまだに言える状況にはありません。

様々なトレーニングについてと同じ言い方になりますが、目的に応じてそれぞれが正しいと思うことを行うことに対して、私がそれを正しいとか間違っているとかいう立場にはありません。

筋肉を太く大きくしたいのなら、それに適した方法を行えばいいし、競技力向上を目的として行うのならば、私の提唱する「動きづくりのトレーニング」という考え方も試してみる価値はあると言っているだけです。

そしてこの「走るという行為」に関してですが、これこそ様々な考え方があっていいと思います。

前回書いたように、サッカーにおける走るという能力は、たんに走力という能力を超えて、90分間頭と体を動かし続けることができなければ、選手としての能力を発揮することができないことは明らかですから、そういう意味で私の提唱する走り方というものは、大きな価値があると考えています。

西本塾や個人指導に来てくれた人に走るという行為を指導する際には、まずこのことを理解してもらってから、そのために必要な体の仕組みや解剖学的な構造を説明し、体重移動と重心移動の違い、骨盤を前後ではなく上下に動かすという、おそらくこれまで聞いたことがない発想を基礎にした体の使い方の指導へと進めて行きます。

小野さんが実践していく中で気付いてきたことは、指導の中で一番最初に私が伝えたことそのもので、他の人もそうだと思いますが、当初は話を聞いて分かったつもりではいても、最重要項目であるという認識が薄いのではないでしょうか。

そのために、壁にぶつかって初めて、そういえばそういう指導を受けたなと立ち返ってくれるようです。

以下コメントをお読みください。

お久しぶりです、東京の小野です。
いつもブログを楽しく拝見させてもらっています。

今回のブログのタイトルが「筋力に頼らず速く走ることはできないのか」ということで、最近の自分の現状を報告させて下さい。
最近も前と変わらず仕事の昼休みを使って、効率の良い走り方を考えながら走ってします。
いろいろ試行錯誤しながら走っていますが、少し前まで股関節の伸展を意識し過ぎて、後ろに蹴るような走りになってしまい、ふくらはぎを痛めてしまいました。

治ってからも、しばらくこの走り方を続けていましたが、また痛めてしまったので、さすがにこの走り方は体に負担が大きいと思い、改めて走り方を考え直そうと思いました。

いろいろ考えましたが、やはり基本は良い姿勢から体を前に倒す重心移動の動きだと思います。

体を前に倒すと自然に脚が前に出るこの感覚を走りに繋げる。
最近走っていて思うのは、体を前に倒して自然に出てきた脚を前に置く感覚で走ると地面を蹴らずに楽に走れる感じがします。

脚を前に置くと言っても、股関節の真下に置く感覚で置く動作の繰り返しで自然に前に進んで行く感じです。
自分の中の感覚なので言葉で伝えるのは難しいですが、これが今の自分の現状です。

筋力に頼らず速く走るというのは究極の走り方だと思うので、これからも試行錯誤しながら考えて走って行きたいと思います。

それから最後に1つだけ最近気になることがあります。
それは息子さんの走り方や動きです。
西本先生の近くで毎日のように学べるなんて本当に幸せなことだと思います。

自分も負けないように頑張ります!
いつも纏まりのない文章ですいません。
こらから暑くなるので先生も体に気をつけて頑張って下さい。
またお会いできるのを楽しみにしています。


現在進行形で指導している福岡のそら君は、中学に入るまではほとんどスポーツをしておらず、足もそれほど速くなかったようです。

だからこそ私の指導を素直に受け入れてくれて実践してくれているのだと思います。

以前紹介した、西本塾生の中でとび抜けて走りの良かった人がいました、この二人の走りを見て私の提唱する走り方ではスピードが出ないという人はいないと思います。

それくらいのスピードと正しい動きを見せてくれました。

しかし、ほとんどの人は実際にはスピードが出ているにもかかわらず、そのスピードを感じることができないというのです。

その答えははっきりしていて、これまでの走り方がいかに屈筋に頼っていたかということで、体に無理をさせていることがイコール速く走っているという感覚になっていただけのことです。

前回書いたような股関節の伸展動作の連続による、足の運びが出来るようになれば、モーターの回転数を上げるように、股関節と肩甲骨が背骨を介して連動し、四足動物の走りのような滑らかで力強い走り方に近づいて行けると思います。

今、息子智志がその走りをマスターしたいと、一生懸命取り組んでくれています。

形という意味では、指導する側として十分に私の伝えたいイメージを実際に見せることができるようになっています。

智志は学生時代それほど足が速くはありませんでした、今挑戦している走り方で、おそらくはこれまでで一番速く走れるようになっていると思います。

しかし智志は、そんなレベルでは満足していないのです。

この4か月の間にも様々なレベルの選手を指導する機会がありました、そんな選手たちを見ていて、智志は共通するものを感じたというのです。

それは私のところに来る前に、走り方は別としていわゆる足の速い選手は、屈筋の意識を消し伸筋優位で体を使えるようにするためのトレーニングやドリルを行った後、最後にスタートダッシュからスピードを上げて行く際の肘の使い方が共通しているというのです。

共通という意味は同じように見えるというレベルではなく、足を速く動かし、体を速く前に進めるためにはどういう動き方をすればいいのかという、足の速い選手に共通した意識が見られるというのです。

けっしてそれまでのドリルを無視してがむしゃらに走るのではなく、肘を今までのように屈曲させるのではなく、骨盤を縦に使い肘を後上方に引き上げるという基本は正しく行いながらも、個性というかそれぞれが独等な動きでスピードを上げて行くのが分かります。

サッカーは90分間頭と体を動かし続けなければならないのですから、終了と同時にその場に倒れ込むようでは、最後の最後に本来の能力が発揮されているとはとても思えません。

しかし、100mにしてもその他の距離にしても、走っている間にスピードの上げ下げやお互いの駆け引きがあって、400mでも800mでも、スタートからずっと同じスピードで走っているわけではありません。

さらには最後の直線でのスプリント勝負では、短距離の選手と見間違うような凄いスピードで走ることができます。

ですから私が提唱する走りにプラスして、自分の体に少しだけ無理を承知で負担をかけなければならない局面が必ず出てきます。

それでもそこで切れてしまわず、最後まで1番になるために走り続けなければなりません。

筋力に頼らないという意味は、まったく筋力を必要としないと言っているわけではありません。

智志も4か月前、まったく筋力のかけらも感じられない時と、動きづくりのトレーニングを積んだ今とでは、まったく走りが違っています。

これは無駄に頑張る屈筋のトレーニングではなく、あくまでも動きづくりのトレーニングで作り上げられた筋力を使ってのものです。

基本的な筋力が備わってきた今、さらにどういう動きづくりが必要なのか、親子で話をしながら智志のスピードアップを模索しています。

すべて一人でやっていた時には感じられなかったことや見えていなかったことが、智志という人間を指導することで新たな気づきをたくさん得られています。

正しい筋力発揮をしてもらうために、体にどんな刺激が必要なのか、衰えて行くばかりの自らの肉体ではなく、可能性を秘めた若い肉体で効果を確認できることに改めて感謝して、この学びを多くの方に伝えて行きたいと思います。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。

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