走るという行為がすべての運動の基本と考える理由。

昨日書いた記事をもっと自分の言葉で整理しておかなければと、今日も文字を書き連ねて行きます。

私は技術という言葉を、「自らが意図(企図)した筋肉の収縮活動を、反復継続して行うことのできる能力」と定義しています。

人間の体が動くという現象は、骨と骨が構成する関節の角度が、筋肉の収縮によって角度を変えるということに他なりません。

筋肉はその両端が腱という組織に移行し、骨にしっかりと付着していることで、脳からの指令で筋肉の収縮が起こり、一つまたは二つの関節をまたいだ筋肉がそれぞれの骨を引っ張り合うことで関節の角度が変わるというわけです。

ですから「筋肉の仕事は骨を引っ張ることで、それ以上でも以下でもない」と言っているのです。

とてもシンプルな仕組みですが、これがとんでもなく複雑に連携して、体全体の連動を作り出しています。

では走るという行為に置き換えてみるとどうでしょう。
人間が走るという行為を行う必要があるのはどういう時でしょうか、歩いているスピードでは間に合わない時、これしかないと思います。

今でこそ、歩くことや走ることが健康づくりの手段となっていますが、つい100年くらい前までの日本でウォーキングやジョギングをしている人を日常的に見かけることはなかったと思います。

目的地に早く着きたいから、少し急いでいるから、他の人に遅れないようについていかなければならないから、とにかく必要に迫られた結果だったと思います。
おそらくはだれかと競うということはなかったと思いますから、目的地までの距離を考えそれぞれにできる範囲のスピードアップだったでしょう。

その際、体をどう使おうなどと考えることはなかったと思います。
意図したことは、目的地に早く着きたい、それだけだったと思います。

スポーツを行う場合、それがレクレーション的なレベルであろうと、プロやそれに準ずる競技レベルのスポーツであろうと、それぞれの競技に必要な動作があります。
一般的には、その動作そのものを指して「技術」と呼ばれています。

ここで冒頭に記した、私の技術の定義に戻ります、「自らが意図(企図)した筋肉の収縮活動を、反復継続して行うことのできる能力」でしたよね。

このことに対しては、反論の余地はないと思います。

様々な競技に特有の動作があります、体一つで行うもの手具を使うもの、各種のボールを使うもの、相手との直接のコンタクトがあるもの、ネットを挟んでコンタクトがないもの、色々な競技があります。

弓道やアーチェリー、射撃など、静止した状態で行われているように見えるものであっても、体のどこかは必ず動いています。
動きが小さければ小さいほど、理想とする動きとの誤差が結果を大きく左右するはずです。

技術を向上させたいと思っている選手すべてが目標としているのは、「自分の体を自分の思ったように動かせるようになること」ではないでしょうか。

しかし、現実に選手や指導者が考えることは、体の動きそのものではなくボールを正確に蹴りたいとか、思ったところにボールを投げられるようになりたいとか、狙った的に正確に矢を当てたいという結果の部分です。

その結果を得るために必要なことは何かというのが、私の技術の定義なのです。

その基本中の基本が、誰にでもできる「走るという行為」です。

どうやって体を使いたいかを考えて走っているのは、おそらく陸上競技の選手だけでしょう。
それは私に言わせると、いわゆるフォームのことであって、人間の体の仕組みに沿ってという、根本の部分が抜け落ちているような気がします。

当然他の競技の選手は、走るという行為を二次的なことと捉え、たんにスピードと持久力の向上がその目的となっています。

しかし、走るという行為ほど難しいものはありません。
体の仕組みに沿ってこれが正しい体の使い方だと、心から信じて「意図」できている選手指導者はいるのでしょうか。

体を動かすにあたって、最もシンプルで基本となる「走るという行為」に対してすら、正しく意図できないのに、それぞれの競技動作に対する筋肉の収縮活動を「意図」することなどできるのでしょうか。

私はここにすべての問題の原点があると思うのです。

投手のコントロールが悪い、サッカー選手が後半足が止まってしまう、基本となるボールを止める蹴るが上手にならない、挙げればきりがないですが、すべて正しく体の動き、筋肉の収縮活動の結果起こる関節の角度の変化という人間の動作そのものを「意図」できていないからではないでしょうか。

サッカーで言えば走るという行為を正しく行えるようになれば、90分間頭と体を動かし続ける能力が向上することで、結果として個人そしてチームとしてのレベルアップに繋がるはずなのです。

走るという基本的な能力の改善もできないのに、いわゆる技術や体力の向上などできるわけがないと私は考えます。

走るという行為は、静から動のイメージがありますが、それではまったく居着いた状態から地面を蹴って反力を得る、体重移動という効率の悪い移動方法となります。

そのことについては過去何度も書いてきましたので詳しく書きませんが、正しい動きを習得するためのドリルとして、最も重要視しているのが「アイドリング」という動作です。

アイドリングという言葉は、辞書によると「主目的に貢献せず、しかし稼働に即応できる様態を維持していること。あるいはその動作である。」と記されていました。
まさに私の思いそのものの言葉でした。

アイドリング状態を作っておくことで、静止してしまうのではなく、次の動作に備えて体全体が波を打つように連動して、いつでも体のどの部分からでも、どんな方向のどんな動作にでも対応できる状態を保っておくことができるのです。

これまでアイドリングドリルの重要性があまり伝わっていないようでしたが、写真と動画を提供してくださった「岩城巧」さんのおかげで、あのアイドリングの動画を見て、多くの方が衝撃を受け、アイドリングってそういうことだったのかと認識を改めてくれたと思います。

たんに走るためのドリルではないのです、あの動きの延長線上に、人間が行うすべての動作があると言っても過言ではありません。

単純に考えても、あれだけの動きができれば、サッカーで言えばそう簡単に逆を取られるなどという状況が想像できるでしょうか。

全身の骨格を筋肉の収縮によって連動させる、そこで動員されている筋肉は大きく肥大しているとか物凄い筋力を持っているという必要はありません。

自分の動きにとって最も効率的に収縮してくれるスピードと滑らかさが必要となります。
そこには当然、それに必要な筋力が要求されますし、結果として筋肥大も起きることは岩城さんの体が証明してくれています。

「自分の体を自分の思ったように動かすことができる能力」その最も基本となるのが「走るという行為」、それすら満足した動きを獲得できないままに、それぞれの競技動作を習得しようというのは安易な考えだとは思いませんか。

私も改めてアイドリングの動作を繰り返しています。
体が喜んでいるというか、いつでも次の動作に移れる、そんな余裕も感じます。
静から動ではなく、動から動、アイドリングのドリル、真剣に取り組む価値はあると思います。

走るという行為の重要性、理解していただけたでしょうか。


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「走るという行為」になぜこだわり続けるのか。

西本理論という漠然とした名称が、なんとなく定着してしまった感がありますが、元々そんな理論などあるはずがありません。
私がこれまで経験してきたこと、考え続けてきたことを総称してそう呼ばれているだけです。

理論などというものはそれだけでは何の意味も持ちません、それを基本としての方法論が存在し、それぞれの競技に応用できるドリルであったり、実際の技術の向上に結びつくものでなければ意味をなしません。

様々な要素の中で一番注目されているのが、私が提唱する「走るという行為における体の使い方」です。

西本塾を始めて第一回の参加者から、個人指導を受けた人を含め、例外なくその走りとこれまで自分が行ってきた走り方の違いに驚きます。

ではなぜ私がここまで走るという行為を深く追求しているのか、それは人間ならば誰に教わることなくいつの間にか出来るようになってしまう、「当たり前の運動」だからです。

それぞれの競技動作は、一定の期間練習しなければ習得できないものがほとんどです。

それが「歩く」「走る」という行為に関しては、普通に生活している限り、「歩く・走る」に技術という概念が持ち込まれることはないと思います。

それでも子供の頃から足が速いとか、徒競走が苦手だったなど、早い段階から優劣が付けれらてしまいますが、とくにそれを改善しようと考える人は少ないと思います。

生まれつきの運動神経とか、親からの遺伝などという言葉で片付けられてしまします。
と言うより、別に人より足が遅いからといって、特に困ることはありませんから。

しかし、何かのスポーツを行おうと思った時、必ずと言っていいほどランニングと言う行為がトレーニングの一環として行われることになります。

そこには走る速さはもちろんのこと持久力も求められ、ランニングというトレーニングによって、筋肉や関節の故障というマイナスな結果を生むことにもなります。

しかし、これまでそれに対する、根本的な改善策というか、なぜそんなことが起こってしまうのか、何が正しくて何が間違っているのかという明確な指針がありませんでした。

ストライドを広げピッチを速くすれば速く走れる、そのためには筋力を鍛えてと、当然のように言われてきました。

持久力を養成するためには、とにかくたくさん走ること、これも当然だと思われ、それによって多くの選手が故障を余儀なくされてきました。

何故だろう、どうすれば体に無理なく速く、そして長く走り続けることが出来るようになるのだろう、その答えを探し続けてきました。

今現在、私の中にある答えを、それを知りたいという方に伝えているわけです。

誰にでもできることだからこそ難しい、人間が自分の体を使って行う最も基本的な運動だからこそ難しい、何年何十年と考え続けても終わりのない探究が続いています。

そしてここ数年、たくさんの人に伝えてきましたが、本当の意味で私と同じ考え方になってもらうのは難しいというのが実感で、現実として私が納得できるレベルに達してくれたのは数人しかいません。

それだけ難しいことだと言えばそうなのですが、それでも少しずつ教え方というか伝え方が変化し、特にここ最近は、本人も私もにっこり笑える結果にまで持って行けるようになりました。

なかなか理解してくれない頭と体に、この人にはどう言ったら分かってもらえるのだろうと試行錯誤を繰り返してきましたが、それぞれの疑問点というか、改善ポイントが分かるようになり、当然それに対するアドバイスも的を得たものになってきました。

前回前々回と2回に渡って紹介した、岩城巧さんのように、直接の指導はたったの1回でも、本人の目的意識と取り組む姿勢によってはここまで習得できるという見本が示され、何度指導を受けてもよく分からない、習得できないという言い訳は通用しなくなってきました。

すべては本人の意識、絶対に修得するんだという強い覚悟、そして、できるまでやり続けるという継続の二文字、そのすべてがあれば、誰にでも届く世界だということです。

この走るという行為が結果として上達するための各種のドリル、実はここに前に進むだけではなく、前後左右どの方向へも一瞬で移動でき、更には手足を使った各競技の動作の基本があるのです。

だからこそ私は走るという行為を真剣に追い求めています。

それが今、陸上競技はもちろんのことサッカーや野球に限らず、競輪や競艇といった、直接走ることとは無縁の競技の選手の動きづくりにまで役立っています。

私の言う技術の定義「自らの意図した筋肉の収縮活動を、反復継続して行うことのできる能力」、その一番基本的な動作が「走るという行為」、なのですから。

今回個人指導をした小野さんは、約3年前に同じように走り方を教えて欲しいと東京の青梅市から来てくれました。

二日間の西本塾には参加できないが、数時間の個人指導で、指導を受けた人たちが例外なく驚きの声をあげている西本走りを体験したいということでした。

なかなか思うような結果に結びつかないが、なんとか自分の納得できる走りを身に付けたい、そんな強い想いで広島に来てくれました。

少し見にくいですが、文中に注釈を入れる形で解説していきます。

個人指導の感想

先日は個人指導ありがとうございました。

率直な感想としては、走ることに関してのスタートラインにやっと立てたかなという感じです。

今まで先生には個人指導を含め3回の指導をしてもらいましたが、今まで中途半端にわかっていたことが、4回目でやっと理解できました。

先生の説明を聞いていると、そういうことだったのかという部分があり、今まで疑問だったことが繋がりました。

(以前自分の気づきをコメントしてくれたことがありましたが、あまりにも基本的な部分で、そのことに自分が初めて気付き、他の人にも伝えたいという感じのことが書かれており、西本塾ナンバー1の走りを身に付けてくれている島田さんに、先生が最も基本として指導されている事であり、ブログにも何度も書かれていることを、今頃気付くとは・・・と厳しく返信のコメントがありましたね。)

最初に理解できていないと言った「アイドリングと引っ張り出しの繋がりが・・」と言ったことが今思うと恥ずかしく思います。

本当に自分は今まで何をやっていたんだろうという感じです。

今回の指導では、まずアイドリングや引っ張り出しのドリルの重要性を再確認させてもらいました。

先生がブログなどでドリルが7割、走ることが3割と書いていますが、アイドリングなどのドリルで骨盤が縦に動く、股関節が伸展するなどのことが自分の体で理解出来ないと、走るという結果だけを求めても、何も意味がないことを教わりました。

確かに今までの自分はアイドリングなどのドリルを疎かにしていたせいで、走り方が何かピンと来ない感じで、走る練習ばかりしていました。

(練習に費やす時間はドリルが7割で実際に走るのは3割で良い、という言葉をどれだけの人が本気で実践していることでしょう。ドリルが大切だということを言いたいがために物の例え、くらいにしか思っていない人がほとんどでしょうね。でもドリルが完ぺきに行えるようになれば、その時点で間違いなく走りは変わっているのです。岩城さんのアイドリングドリルの動画を見て、衝撃を受けた方ががたくさんいることでしょう。)

その結果、肩甲骨は上下に動かしているつもりだけど、骨盤との連動が感じられない。
大腿は上がっていないが股関節は伸展していない。

でも、アイドリングの動作を改めて、ゆっくり大きくやった時に、「この感覚だ」と思ってしまいました。それくらいアイドリング動作は意味がある事だと痛感させられました。

FBTも、もう1度基本から教わりましたが、自分が今まで感じていた背中への刺激とは全然違い、これをしっかりやっている人とやらない人では差が出るんだなと改めて感じました。

今回ブログでも紹介されている岩城さんという方の話しも先生から聞きましたが、たった1度先生に会っただけで、あれだけの柔軟な背中の動き、背中の筋肉の発達は凄いですし、自分もやらないといけないと刺激を受けました。

何より岩城さんの理解力や継続力は見習わなければと思います。

(ちょうど岩城さんの記事と時を同じくして指導を受けてもらいましたから、自分の取り組みの甘さが明確になったと思います。FBTはどんなマシンを使うよりも動くための背中を作ってくれます。自分にとってのベストなやり方を今回見つけてくれたと思います。)

自分が今回広島に来て1番の収穫は廊下に出て短い距離を走った時の感覚です。
骨盤が縦に動き、股関節が伸展して前にどんどん進んで行く感覚、骨盤のギアを上げればスピードが上がって行く感覚。
今までの走りでは感じたことが無い感覚でした。

でも、この感覚もアイドリングなどのドリルを、頭と体で理解できたからこそ感じられた感覚だと思います。

他にも捻転を使い3歩でトップスピードに乗る走り方や方向転換の動き方などの指導を受けましたが、まだまだ練習が必要です。

外に出てから長い距離を走った時も注意される所も何点かあり、自分でも全力に近いスピードで走った時に骨盤のギアの回転数が思ったより上げられない、体全体の連動性、頭の位置や目線、他にもまだまだ改善することがたくさんあると思います。

(実は土曜日にも、以前にブログで紹介した福岡のそら君が、久し振りに指導を受けに来てくれました。高校生になっても陸上競技を続けてくれていますが、今ひとつスピード感が出ないことに、フォームのチェックに来てくれました。まるで小野さんに教えたことと同じことを、二日間繰り返し教えることになりましたが、私の指導でもう一つ伸び悩んでいるポイントはやはり同じでした。これまでも伝えてきたつもりでしたが、ポインが明確になり、お互いに納得できる結果になったと思います。)

これからはアイドリングなどのドリルやFBTで体の動きや感覚を大事にして、走りの質を高めていきたいと思います。

約3年ぶりの広島でしたが本当に来て良かったと思います。
正直行くまでは、今の自分に進歩があるのか不安でしたが、その不安を消し去ってくれる先生の指導力は凄いの一言です。

自分はプロのアスリートでもないですし、指導者をしている訳ではないので、次はいつ広島に来られるかわかりませんが、また何かあれば広島まで来たいと思います。
広島まで来るということは、それくらい価値があることだと思います。

今回の御指導本当にありがとうございました。
いろいろな話しも聞けて楽しかったです。

先生もお体に気をつけて頑張って下さい。

また会えることを楽しみにしています。

小野さんは現在40歳、30歳でサッカーは現役を退き、現在はスポーツに関わる立場ではありませんが、人間の最も基本的な運動である「走るという行為」を究めたいと真剣に学んでくれました。

今回は「これだ」という感覚をつかんでくれたようですので、これから行うドリルや走りが楽しくなることでしょう。

真剣に学んでくれてありがとうございました、また会お会いできることを楽しみにしています。

走るという行為が、他の動作とどう関連しているのか、次の機会に深く掘り下げてみたいと思います。

陸上日本選手権100メートル決勝を見て、背中で走るという意味を考える。

昨夜行われた陸上の日本選手権第2日、注目はなんといっても男子100メートルの決勝でした。

世界陸上の出場権をかけ、そして日本選手権優勝という名誉をかけ、さらには日本人初の9秒台を最初に記録する選手に成るという歴史的な快挙をめざし、日本の陸上競技史上ここまでレベルの高い選手たちが、すべて揃ってスタートラインに付くレースは初めてだと思います。

昨日リアルタイムでレースをテレビ観戦した後、気付いたことをツイッターに書きました。

その後も何度もレースを見直し、さらに今朝もまたまた何十回と見直しました。

全体を見たり、ひとりひとりの動きを見たりと、何度見ても飽きないというか、色々なことが見えてきて本当に楽しませてくれるレースでした。

誰か興味のある人が身近にいれば、それこそ何時間でもしゃべり続けるだろうと思います。

優勝したサニブラウン・アブデル・ハキーム選手の走りを、私の視点で分析してみます。

まずはスタート姿勢です、ケンブリッジ飛鳥選手の身長180cmを大きく上回る188cmの長身ですが、頭の位置を比べると一番低いことが分かります。

スタートライン手前についた手の肘を少し曲げて、重心を下げ前方に飛び出しやすくしています。

隣のレーンの多田選手が、手幅を広くして頭の位置を下げているやり方とは明らかに違うのが分かります。

ケンブリッジ選手も肘を曲げていますが、頭の位置はサニブラウン選手の方がさらに低く、お尻の高さはとび抜けて高いです、このことで長身の体をスタートで浮かないように工夫しているのだと思います。

スタートの反応は多田選手がダントツでした、体を支えている両手を地面から瞬間的に離すことで、体が地面に対して前方に落下して行くことをきっかけにしてスタートすることが今の主流です。

サニブラウン選手は一歩目を左足から出していきますが、前方に落下していく体を低く保つために、右手右肩は当然前に出ますが、左手を伸ばしたまま大きく後方に振り上げて行きます。

後方といっても上半身は地面とほぼ平行な角度ですから、伸びた左腕は真っ直ぐ地面と垂直に伸ばされています。

この手の上がり方も他の選手の中で一番高く真っ直ぐ上がっています。

これは肩関節や肩甲骨周辺の筋肉の強さと柔軟性がなければここまでの角度にはならないと思います。

もちろん上がったものは振り下さなければならないのですが、前方に振り出されていた右腕を、肩甲骨もろとも大きく引き起こすことで、作用反作用の働きで、振り上げられていた左手は、やはり肩甲骨からしっかり前方に振り出されるという、ダイナミックな動きが繰り返されていきます。

少し背中を丸めているように見えますが、普通背中を丸めて猫背になると肩甲骨の動きが阻害される要因になるのですが、骨盤から背骨を中心に大きくうねるように動かすことで、肩甲骨の可動範囲が大きくなり、そのおかげで広背筋の機能を十分に引出すことが出来るので、骨盤の後方をしっかり引き上げるという動きにつながっています。

スタートから数えて15歩目まで、スピードを上げて行くための加速期と呼ばれる状態が続いています。

面白いことに隣のレーンの多田選手も、この15歩目まではサニブラウン選手とまったく同じ歩幅とリズムを刻んでいます。

身長が違い足の長さも当然大きく違う訳ですから、サニブラウン選手がストライドよりも加速に重点を置いて15歩目までを走っていることが分かります。

問題はここからです、サニブラウン選手が加速期から中間走に入ると、そのストライドが多田選手と明らかに違ってきます。

上半身が少し起こされた分、骨盤の後傾が取れ、股関節の自由度が高まるため自然にストライドが広がって行きます、

着地の位置も、大きく膝を引き上げ前方に足を降り出すということをしていませんので、重心である股関節の真下、体が通り過ぎた後に足を付く、という感覚になるので、前方に移動する体に対してブレーキがほとんどかかりません。

着地の瞬間、後方の足の股関節も伸展が出来ていますので、無理なく前方に振り出されていき、それが繰り返されていきますので、加速期に得られたスピードを中間走で落とすことなく、最後まで走り切ることが出来るのだと思います。

最後の伸びが良かったという表現もありますが、相対的な問題で、他の選手がラスト15メートルあたりから、重心である股関節を一番先に運べなくなり、腰が残って足だけを前に出しているように見えたり、逆に上半身だけを前に運ぼうとしているように見えるため、明らかに失速してしまいますから、体の動きを変えることなく走ることが出来れば、当然その差は大きく開いてしまいます。

45歩でゴールしましたが、16歩目から最後の45歩目まで、動きの変化はまったく見られませんでした。

欲を言えば、私が理想とするマイケルジョンソン選手のように、もっと骨盤を引き起こし背筋を反らす姿勢が出来れば、さらにスム-ズに走れるとは思うのですが、100mという距離を考えると、加速期の重要性は200mとも400mとも違いますので、これでいいのかもしれません。

腕の振りも他の選手が、速く振ることを重視して肘を曲げ手のひらが顔の高さ以上にまで上がっている選手が多い中、肘をあまり曲げずに腕全体を大きく後方に引き上げるように使っています。

人間の体は四足動物であった時の名残で、手首と足首、肘と膝といった具合に両者の動きには大きな相関がみられます。

肘を曲げて小刻みに速く振るということは、膝を曲げてピッチを上げることにつながります。

サニブラウン選手の使い方は、乱暴な言い方をすれば手足を丸太棒のように振り回して走っているように見えます。

一般的に言われるような綺麗な走りではありませんが、肩甲骨から肩関節、そして腕全体を一体化してダイナミックに使うということは、そのまま足の動きを骨盤から股関節、そして足全体を大きく使うということにつながっているのだと思います。

どこかで見たなと思ったら、サッカーオランダ代表のロッベン選手の走り方に似ていることに気付きました。

どちらも少しだけ猫背に見えますが、必要以上に背中を反らして、胸を張ったような姿勢になってしまうと、逆に肩甲骨の動きが制限されてしまい、動きが小さくなってしまうので、これはこれでサニブラウン選手の体には合っているのだと思います。

さて現在18歳とのこと、山縣選手や桐生選手は名前を知られるようになった頃から比べると明らかに体が大きくなっています、ケンブリッジ選手も同じです。

確かに海外の一流選手たちを見ると、筋肉隆々でとてもこんな人たちにはかなわないという印象を与えられてしまいますが、筋肉の仕事は地面を蹴飛ばしたり、必要以上に腕を強く振ったり、無理に膝を引き上げることではありません。

必要な動作を行ってもらうために、骨を動かし関節の角度を変えてもらうことがその仕事です。

スタート直前、選手たちの後方からの映像がありました、残念ながら2レーンからサニブラウン選手辺りで、映像が切れてしまいましたが、全員の後ろ姿を見せて欲しかったです。

多田選手など、他の選手に比べれば、日本的に言うと線が細いと言われる体つきでしたが、結果は堂々の2着でした。

サニブラウン選手の肩のあたりは筋肉隆々というよりも、すっとしていて肩甲骨や肩関節の動きを邪魔しない、良い筋肉の発達のさせ方かなと思いました。

活動拠点を海外に移す選手が増えてきましたが、たんに海外の選手たちのような体に憧れてしまうと、ケンブリッジ選手のように上半身の筋肉、とくに肩関節周囲の筋量が増えすぎてしまうことにもつながってしまったのかもしれません、それがスムーズな体の動きを邪魔しているのではと思ってしまいました。

サニブラウン選手がこれからどんなトレーニングをして、どんな体になって、どんな走り方を目指していくのか興味は尽きませんが、どうか肉体改造などという言葉に踊らされて、彼本来の良い面が消えて行かないことを祈るばかりです。

昨日のレースは昨日のレース、負けた選手たちも黙ってはいないと思います。

また同じメンバーが、いや私が知らない逸材が出てきて、9秒台の記録を目指してしのぎを削るレースを私たちに見せて欲しいと思います。

今現在であれば、陸上競技を行っているジュニアの短距離選手たちがお手本にする走り方は、文句なく多田選手です。

それぞれの肉体の個性で、同じ動きを目指してもそうはならないのが人間の面白い所です。

すべての選手が9秒台を目指せるわけではありません、それぞれの目標に向かって、夢や理想を追うのではなく、自分にとって一番効率的な体の使い方を模索して欲しいと思います。

サニブラウン選手は今日の200メートル決勝にも出場予定です、どんな走りを見せてくれるか楽しみです。

最近「背中で走る」という言葉を使う指導者が増えてきたということを聞きましたが、本当の意味でその言葉の意味を理解し、それを正しく選手に伝えて指導出来ているのでしょうか。

今日書いたことの中に、「背中で走る」ことの意味というかヒントがたくさんあったと思います。

聞こえの良い言葉で本質を見失わないようにして欲しいと思います。

今日の記事は、自分にとっても重要な内容ばかりで、赤や青の色付けが途中から出来ななりました。

興味のある方は、理解できるまで何度でも読む努力をしてみてください。


足が止まってしまうのは誰のせいなのでしょうか。

昨日、スロベニアにお住いの野村さんから頂いたコメントの中に書かれた、『私のブログを文字通り毎日チェックしている』という言葉に背中を押され、今日も少し書いておこうと思います。

昨日観戦したサッカーの試合、女性の試合は初めて、そしてサンフレの試合も久しぶりの観戦となりました。

動き云々は別としてとにかく応援しなければという気持ちでスタジアムに向かいましたが、やはりそういう部分が気になってしまう私でした。

その中でもいわゆる「足が止まる」という現象が、どうしても気になってしまいました。

昨日の試合では私の見るところ、前半は30分過ぎ、後半は20分を過ぎたあたりから、明らかに動きが変わってきました。

このブログの中で何度も言い続けてきたことですが、どんなにスタミナがあると言われている選手であっても、「90分間すべての動きに全力を出し切る」などということが出来るはずがありません。

そのことは古今東西の超の付く一流選手も同じことです。

世界記録が2時間を切ろうかという、とんでもないスピードで走り続けるマラソン選手であっても、スタートからゴールまで、持っている最高のスピードで走っているわけではありません、我々には想像もつかない速いスピードではありますが、彼らにして2時間走り続けることが大前提のスピードなはずです。

サッカーの試合中、自分の持っている最高のスピードが要求される局面がたくさんあります。

だからこそ、そうでない局面の中ではできるだけ無駄な動きを排除し、エネルギーを温存しておかなければなりません。

サッカーの仕事を離れ、もう二度と関わることはないだろうと思っていた5年ほど前に、以前からかかわりのあったJリーグのチームの監督から、トレーニングコーチとして手伝ってほしいというオファーを受け、どうしたものかと考えていた時、当時の私が何をすればチームの、そして呼んでくれた監督の役に立てるかということでした。

改めてサッカーの試合を見ると、どんなレベルであっても最終的に「足が止まる」という表現を使われてしまい、だから負けたんだという結論に導かれてしまうようでした。

シーズンの初め、全体練習の前に行う自主トレーニングから始まって、トレーニングキャンプから実戦的な練習に移行していく過程の中でも、とにかく「走り負けないスタミナを養成する」という言葉が、選手自身からも指導者からも聞こえてきます。

マスコミの報道でも当然のようにその言葉が使われています。

しかし、何度も言いますがその能力は比較の問題であって、自チームの選手の中での評価であったり、対戦するチームとの相対的な評価として、どちらが長く走り続けられたかと言うだけのことで、本当の意味で90分間走り続けられる選手などいないのです。

ではどうするか、無駄にエネルギーを消費せず、ここ一番に少しでも本来のスピードを生かせる体の使い方という概念を、選手や指導者に浸透させることが出来れば、チームとして監督の考える戦術を1分1秒でも長く続けられると考えたのです。

それまでの私の指導対象にとって、具体的には野球選手ですが、こういう発想は必要とされませんでした。

だからこそ私の中には、逆にそういう体の使い方に対する興味というかイメージが膨らんでいたのです。

まだオファーを受けるかどうか迷っていた時でしたが、もしそうなった時に自分の中で納得できる動きを確認しておかなければと、すぐそばの川の土手を毎日走っていました。

そしてこの技術(あえてこう呼びますが)を身に付けさせることが出来れば、私がチームの勝利に貢献できると確信していきました。

それを確認できたことが、オファーを受ける気持ちになった最大の要因だったかもしれません。

なぜ大きな疲労を感じることになるのか、筋肉に大きなダメージを与え肉離れ等のケガをしてしまうのか、それらのすべてが現在常識とされている「走るという行為」に起因していると考えたのです。

細かいことはすでに何度も書いてきましたので、ここでは書きませんが、ストライドを広げピッチを速くすることが、スピードを上げる唯一無二の方法であると、大きく強く腕を振ることを要求され、太腿を力強く引き上げ膝を高く上げ、できるだけ前方に着地しようと努力します。

そのことで体の重心である股関節よりも前方に着地し、体重の2倍とも3倍とも言われる衝撃を筋肉は受け止めなければならないことになります。

ここに疑問を感じることなく、当然のことだから、その負荷に耐えるための筋力を強化するという発想になり、そうなるとさらに強化された筋力によって強い力で地面を蹴り、着地の衝撃も強くなるという悪循環に陥ります。

ではどうするか、それが私が理想とする、地面を蹴ることなく、着地して体の重さを受け止める感覚もないままで前方に体を運んで行くという体の使い方です。

今さらそんな話は信じられないとか、そんなことが出来るわけがないなどという感想しか持てないレベルの人には、改めて説明するつもりはありませんし、信じてもらおうとも思いません、もう読んで頂かなくても結構です。

実際にその感覚を知った人には目から鱗という言葉を使われますが、私にとっては人間の体の仕組みを考えれば、とてもシンプルで当然の体の使い方なのです。

しかし、これだけ言い続けても組織として私の考え方に取り組もうという声は聞こえてきませんでした。

残念ながら私が応援する、地元サンフレの森保監督にして、組織の壁は厚く私が指導できる環境にはなりません。

今朝の地元紙でも、「スタメンの高齢化でスタミナ不足は明らか、足が止まり攻撃の流れが作れない」という厳しい言葉が書かれています。

シーズンのさなかに大改革は難しいかもしれません、トレーニングキャンプの最初からじっくり取り組んでおかなければ、そう簡単に実は結ばないかもしれません。

しかし、正しい理解と日々のトレーニングで改善していくことは可能だと思います。

けっして年齢が高くなったから走れないとか、若いから走り切れるなどとう単純なことではないのです。

走るという行為にも『技術』が必要だということです。

それは現在最も速く走れる人がこうやって走っているとか、過去から現在にかけて走ることはこうやって行うのだという固定概念の中で行うことでもなく、人間の体の仕組みを考えたときに、こういう風にその仕組みを使いこなすことが出来れば、効率的に効果的に速く走ることができて、なおかつ長く走り続けることもでき、そして筋肉の負担も少ないためケガもしにくくなりますよと言っているのです。

私の考えが広まって行かないと愚痴をこぼしてしまいましたが、遠く海外にお住いの方から、このブログを通して多くのことを学んでいるという言葉を頂いたり、8月末には大学生のサッカーチームの指導をさせていただくことになりました。

西本塾で学んでくれた人が、勇んでそれぞれの環境で応用しようとしても、まったく興味を示してくれなかったり、受け入れようとしないという話も聞きます。

逆に、本来の指導対象でない所から興味を持たれ、真剣に取組み結果を出してくれたという報告もたくさん来ています。

時間はかかっているようですが、逆に言えばたったの数年で、これまでの固定概念を離れ私の考え方に共感してくれる人が増えてきたとも言えるわけで、どんなことも発信し継続することが大事なのだと改めて思っています。

一番手っ取り早いのは、私がもう一度表舞台に出て、メジャーな組織を改革して見せれば、世間の見方も一気に変わるかもしれません。

しかし、その環境はありません。
本当に必要としてくれる選手や組織に対して、じっくりと伝えて行かなければ正しく伝わらないでしょうし、お手軽な方法論のように思われてすぐに消えて行く運命になると思います。

形だけの指導や結果だけを求める選手には、絶対に身に付くことはありません。

サンフレの試合を見ながら、「私ならこうできる、プレーする選手も、見ているサポーターも、みんながサッカーを楽しめる体の使い方があるのに」、と言う気持ちを押し殺していました。

このブログを読んでくれている皆さんには、是非固定概念を捨て新しい世界を感じ取っていただきたいと思います。

人間という動物が速く移動するために仕組まれた体のからくりとは。

今日は日曜日、大型連休中という方も多いかもしれませんね。

スポーツの現場で仕事をしていた頃には、休日こそ試合を見て頂ける絶好の機会ですので、休みなどという感覚はありませんでしたが、今は呑気なものです。

現在進行形で行っている「遠隔サポート」、今回の対象は10歳のサッカー少年ですが、実際に依頼してきてくれたのもLINEを通じてやり取りをしているのもそのお父さんです。

本来ならば直接本人に対して指導をし、反応を見極めながらサポートを進めて行きたいところですが、これまで直接的な関わりがまったくない小学生に対して、1週間で結果を出す指導が出来るかと言われれば、さすがに難しいと思います。

そういう思いで過去に問い合わせをいただいた方には申し訳なかったですが、お断りをしたこともありました。

しかし、そんなことばかり考えていては、遠隔サポートというシステムを導入した意味がないと思い、今回どれだけのことができるか、私にとっても新たな挑戦が始まりました。

本来ならば、まずは直接指導を受けていただき、そのフォローという形で遠隔サポートが成立すると自分で思い込んでいました。

今回相談を受けた時にも、それが正しい順番だということはお伝えしました。

それでも今回の遠隔サポートを成功させなければ、二度と同じような形でのサポートなどできるはずはないと、どうすれば正しく伝えられるか、まさに試行錯誤が続いています。

サッカー少年の問題点は、まずは膝の痛み、そして素人目にも分かる姿勢の悪さに起因する動きのぎこちなさでした。

最初に送っていただいたプレー動画を見て、これは簡単には改善できないぞと腹をくくりました。

痛みの原因は走る時の体の使い方が間違っていること、ということは一目で分かりました、当然スピードもなく、対応力もありません。

すべての問題の根本原因は「走るという行為の体の使い方」にあると確信しました。

西本塾の二日間をかけて、体の仕組みから始まり、なぜ私がこういう考え方に至ったのか、私が理想とする体の使い方を実現させるためには、どんなトレーニングが必要で、どんなドリルを行えばいいのか、目の前の受講者の皆さんに必死に訴えかけても、一度の受講で私が満足する動きを身に付けてくれる人はほぼ皆無と言ってもいいくらいです。

それを動画のやり取りと文字のやり取りがメインの遠隔サポートで本当に指導できるのか、現実的には難しいと言わざるを得ませんでした。

それが今、私の想像をはるかに超えるスピードで、理論と実際の動きを習得しつつあることに驚いています。

まずは動画を見て、私の理想とする体の使い方、一般的に正しいと言われている体の使い方、そして本人の現状の体の使い方を、簡単なハリガネ君のイラストと文字で説明するところから始まりました。

実はここで提示した理想の体の使い方の写真に、私の考え方のすべてが含まれています。

しかし、最初にそれを見た時には、この1枚の写真に含まれることに、そんな大きな意味があるとは思わなかったでしょう。

その意味を理解し、実際に体がそういう風に動けるようにするために、それ以降のやり取りを毎日行っているのです。

細かい説明はここではできませんが、骨格模型を使って股関節の動きを説明する動画を作ったり、これまで撮りだめてきた各種ドリルの動画を使って、確実に理解が進むよう工夫しています。

そして今日現在いよいよ下半身のドリルを行っていただいています。

私の理想とする体の使い方は、一言で言えば、「着地する足も、後方(蹴り足とは言いません)の足も、どちらも股関節は常に伸展状態を保つ」ということがすべてなのです。

一般の常識で考えれば、着地足は前方に大きく振りだすために、股関節を力強く屈曲させ、膝を高く引き上げることが要求されています、そのために鍛えなければならないのが腸腰筋だとかいう発想になって行くわけです。

最近では、「着地は股関節の真下に」という言葉を使う指導者も見受けられますが、現実として股関節の屈曲で引き上げられた足は、重心である股関節よりも前で着地せざるを得なくなり、着地した瞬間と言うより、地面を蹴った瞬間から、前方に振り出すための股関節の屈曲が始まっています。

それは前方に進んで行く体にとってブレーキとなってしまうことになり、後方の足は当然大きな力で地面を蹴る必要が出てきます。

昨日も地元広島で織田記念陸上競技大会が行われていましたが、この日のためにというか、大会に合わせて日々トレーニングを積んでいるトップ選手の中にも、本番のレース中やサブグラウンドでのアップ中に、筋肉のトラブルで棄権を余儀なくされてしまう選手が何人もいました。

この現実が、私の走るという行為への疑問の起点となり、様々な観点から試行錯誤を続けてきた結果が今指導している体の使い方になっていきました。

私がお手本としているマイケルジョンソン選手の股関節の伸展具合は、他の選手と比べると異常なほどです。

地球上で最も早く走ることができるチータの着地の瞬間を見ると、前足も後ろ足も付け根の部分が通り過ぎた瞬間に地面に触れます。

付け根より前に着地すれば、当然体の重さを受け止めることになりますから、スピードを制御するブレーキがかかります。

チータの表情に力みは感じられません、チータでも吠えるというか相手を威嚇するときには怖い顔をするのでしょうから、力みのない表情と言い方も間違ってはいないと思います。

4足歩行の動物の走りは、まさに背骨をうねらせて体を伸ばしたり縮めたりしているだけで、地面を強く蹴っているという風には見えないのです。

彼らに肉離れなどという概念は見出せませんし、実際に、自然界の食物連鎖の中で、追う方も追われる方も走っている最中に肉離れを起こしたことが原因で、獲物を逃がしたり捕まって食べられてしまったのではシャレにもなりませんから。

以前ある選手にこういう説明をしている時に、「チータの走りが理想的だと言うのなら、なぜ持久力は備わっていないのですか」という質問を受けました。

私の答えはこうです、「地球上のありとあらゆるものを創った創造主が、そんな万能な力を一つの動物に与えてしまうと思うかい、そんなことをしたら地球上がチータでいっぱいになってしまうと思わないか」と言うことです。

まさかチータだらけにはならないまでも、絶対的な瞬発力とスピードを与えられたうえに、持久力まで備わっていたとしたら、狙われた獲物は100%捕まえられ命を奪われてしまいます。

それぞれに与えられた能力があり、どんな動物にもかなわない天敵がいて、さらには自然界の力も働いて、地球上の生命のバランスが保たれているということなのだと思います。

人はそのすべてを手に入れようとしています。

それはあまりにも思い上がった考え方で、その前に我々に与えられた能力、体の仕組みやからくりをきちんと知ったうえで、それを効率的に使うという発想こそが本来の姿ではないのでしょうか。

そこには体をいじめるトレーニングとか、結果を出すことと故障することは紙一重で、努力が足りないとか運が悪かったですまされる問題ではないはずです。

今日もおそらくは親子で「アイドリングからの動きだし」、片足着地の際の両足股関節の伸展動作による「後ろ足の引っ張り出しのドリル」、それを交互に着地して行う「連続引っ張り出しのドリル」そして、そのまま回転数を上げて行くことで自然にスピードが上がるという体験を行ってくれていると思います。

ここまで来ると、もう地面を蹴らなければ前に進めないという固定概念の呪縛は解かれていると思います。

「なぜこんなに簡単に前に進むのだろう、なぜ足の負担が少ないのだろう、今までの走り方ってなんだったんだろう」、そんな気持ちが芽生えだす頃かもしれません。

もしかしたら直接指導の西本塾生よりも、深い理解で進んでいるのかもしれません。

こうして遠隔サポートという形で私の理想としている走るという行為を指導するにあたって、改めて自分の中で積み上げてきたことを整理していますが、一般的に行われている走り方と、私の理想の走りとの決定的な相違点は、腕を振るとか振らないとか、地面を蹴るとか蹴らないとかではありません、「足を前に運ぶために股関節を屈曲させるということをしない」、「ふくらはぎの筋肉を強く収縮させて地面を蹴り、膝を屈曲させて踵を巻き上げない」、「とにかく関節の運動にとって大きな負担となる屈曲という動作を行わせない」と言うことに尽きるのだという結論になりました。

お父さんはサッカーの審判もされているそうですが、笛を持っていようが副審として旗を持って走ろうが、他の競技で用具を持って走ろうが、この股関節の伸展動作の連続で走るという感覚が身に付けられれば、人間として最も効率的な走るという行為を行うことができるということです。

このお父さんは只者ではありません、FBTの動画を送っていただいたときにピンときました。

中国武術の経験があるそうで、体をどう使うかという観点は十分に持っている方でした。

サポートも残り数日、お父さんの理解力と身体能力があれば、今回の遠隔サポートはお互いに有益な1週間になるはずです。

息子さんの指導は、もちろんお父さんが継続してくれるはずです。

お母さんも含め家族みんなで協力し、何とか息子さんのためにと努力されている様子が伝わってきます。

最後の部分までしっかり伝えて行きます。

人は、自分の体験と学んできた知識の範囲でしかものを言えませんが、そういう固定概念の中からは新しい何かは生まれてはきません。

私の考えも面白がって取り組んでみてください。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
今年2回目の西本塾を8月26・27の土日に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。
なお、今回も参加者が5名に満たない場合は開催しません。
9月10日には深める会も予定しています。

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