疾走するチータに学ぶ骨盤を縦に使うということ。

2月も中旬に入りましたが、ここ広島も寒い日が続いています。
全国ニュースの天気予報でも北広島町というところが、日本でも1・2を争う積雪量であることが報道され、現在広島県民の私も、他県に住む方も驚いているのではないでしょうか。

昨日ツイートしましたが、ここ数日故障を抱え思うような動きが取り戻せないというサッカー選手からの問い合わせが何件かありました。
それぞれ年齢も性別も所属しているレベルも違いますが、一般に言われている故障に対する対応はきちんと行なっています。
一般的というのは、医療機関を受診し診断を受け、その後の処置やリハビリの指示を受け、それをきちんと守っているということです。

中にはそれなりのクラブに所属し、チームドクターやトレーナーというスタッフがいる選手もいました。
それがどうして指示通りの期間を過ごし、練習に復帰したにもかかわらず、思ったような動きを取り戻すことができないのかという問題です。

医師の仕事は人間の体を器質的に元の状態に戻すことです。
そこから先は医療機関の中でリハビリの指導を受けたり、トレーナーという存在がいれば、リハビリやトレーニングを指導され、少しずつ本来の動きに戻していくという過程をたどります。

ではなぜ選手が望む本来できていたはずの動きが取り戻せないのでしょうか。
器質的には問題なし、教科書通りの手順で機能的な回復を図り、あとはそれぞれの競技に必要な動きのトレーニングを行い、少しずつ負荷を上げていき合流を目指すという流れになります。
トレーナーがそれぞれの技術を使って行う施術行為でも、その目的が痛みの改善に重きを置いている場合が多いと思います。

それは選手がそれを求めているからです。
痛みがなくなることが最終的な治癒、治ったと思っているからです。


私はそうは思っていません、人間としての機能を回復させていく過程で行うトレーニングにおいて、本人の感覚で多少痛みがあっても行わせたい動きと、痛みがなくて本人が予定より先に進めそうだと判断しても、ブレーキをかけなければならない場合があります。

これは私の経験による感覚的なものが大きいので、選手との信頼関係がなければ上手くいきません。
その判断材料となっている大きなものが、人間の体が持って生まれた、骨盤と背骨を中心とした6方向の動きの連動という視点です。
それを基本として、選手がどの動きに問題があるのかをチェックすると、その動きの良し悪しは私の主観だけではなく、選手本人が納得できるものとなります。

連絡があった選手たちにはそういう観点からの施術と、動きの問題点を探り的確なアドバイスができれば、それぞれ抱えている問題点を改善できると思います。

さて、それに関連する内容でもありますが今日の本題です。

走るという行為の中で最も重視しているのが、『骨盤を縦に使う』ということです。

この感覚を理解してもらうことは容易ではありません。

まずはなぜ私がそういう発想に至ったのか、それを説明しておかなければなりません。
日々色々なことを考えているので、どの段階で何を考えたのか時系列で思い出すのは自分でも難しくなっています。

その中でも1番影響を受けてというか発想の元になってくれたのが、地上を走る動物で最も速く走ることができる『チータ』の体の動きでした。

YouTubeでチータの疾走シーンと検索すればいくつかの動画を見ることができます。
それを何回何十回と見続けているうちに、なるほどそういうことかと納得したのです。

四足動物のチータと二足歩行の我々人間の走るという行為の、どこに共通点を見出したのか、まったく違う動きで参考になるはずがないと思う人が多いと思います。

私が注目したのは股関節の形状です。
動物の解剖学までは勉強したことがないので、人間に置き換えて話を進めますが、大腿骨が腸骨にはまり込んで形成される股関節ですが、その大腿骨の形状が真っ直ぐにはまり込んでいるのではなく、先端の大腿骨頭が鎌首をもたげるように曲がって、はまり込んでいるという事実です。


もし四足動物であるチータの大腿骨が真っ直ぐだったらと考えてみてください。
4本の竹馬に乗って移動しているような動きになると思いませんか。
それが先端が曲がり、ちょうどクランクを回すような動きになることで、滑らかな動きを可能としているのです。

そのクランクを回すために、骨盤はどんな動きをしているのか、胴体は地面に対して水平に位置しています。
その胴体部分の中で、骨盤は同じく地面に対して水平を保ったまま前後にスライドしています。

そしてその胴体部分、今はやりの言葉で言えば体幹部分ですが、安定という言葉がどっしり動かないというイメージで使われているとしたら、それとは真逆のうねるような柔らかい動きを繰り返しています。

骨盤と背骨をまさにうねらせることで、手足を伸ばした状態と背骨を丸めた状態の時では、体の長さは倍くらいになります。

今日の注目点は骨盤の動きですが、体幹の使い方にも背骨のうねりがキーワードで、決して安定固定を求めたトレーニングでは、人間としての機能を効率良く使うことはできません。

骨盤の動きに戻りますが、地面と平行して動いている骨盤、それにクランク状にはまり込んだ大腿骨、その機能を十二分に活かして疾走するチータが、そのまま立ち上がって二足歩行になったとしたら、骨盤はどうやって動くのかと考えたのです。

四つ足で走る時地面と平行なら、二足歩行で地面と垂直になった我々の骨盤は、地面と平行の前後の動きではなく、地面と垂直な縦の動きが自然ではないのか、そう考えたのです。

この発想を共有していただくことなく、その先の広背筋を使って股関節を伸展させることで、地面を蹴ることもなく、着地の衝撃を最小限に減らし、平地は下りのように、上りは平地のようにという私の提唱する走りを身に付けることはできません。

もちろん身近にチータは居ませんし、散歩している飼い犬の疾走シーンを見かけることもまずないと思いますが、画面で見るより実際に走っている動物の動きを見る方が納得できると思います。

私のいう骨盤を縦に使うというイメージ、少しは伝わったでしょうか。

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なぜここまで重心移動にこだわるのか、考察の続きです。

『重心移動』について考察を続けます。

前回、赤ちゃんが歩き始めるところまでを考えてみました。

つかまり立ちができるようになり、その後つかまるものがなくてもバランスをとって二本の足で立ち続けることができるようになり、今度はそこから自分の行きたい方向への移動を試みるという成長の過程です。

まずはバランスをとることから始まりますが、人間は行きたい方向へ移動するという本能を持っていることは前回説明しました。

つまり最初の移動は、バランスをあえて崩して、行きたい方向へ重心を移動させ、その移動した重心を支えるために、足を出すという行為です。

この時の様子をよく観察してみると、安定した状態からどちらかの足の荷重をゼロにして、反対の足ですべてを受け止めるという事はできていません、片足立ちは出来ないということです。

二本の足で立っているものの、不安定な状態は変わらず、行きたい方向へ重心が移動する事で、さらに不安定さが増した体を支えるために、どちらかの足が出たということを繰り返しています。

地面を蹴って自分の体重以上の重さで地面を押し、その反力で体を押し出すという物理の地面反力は使われていません。

この不安定さこそが、人間の体を移動させる基本になっていると考えました。

その後、しっかりと体を安定させて立てるようになるわけですが、そのことが体をその場に居着かせてしまうという、ある意味弊害となっていくのです。

ここまでの話をすぐに理解していただくのは難しいと思いますが、読み進めてください。

安定して立っていられる感覚をつかむと、今度は体の重さを移動させなければならなくなります、それが体重移動です。

安定している自重を移動させるためには、まさに地面に対して自重以上の圧力をかけ、その反力で自重を押し出すことになります。

ほとんどの方はそれが当然で、それ以外に移動(歩く走るという行為を総称して)するという行為に対して、どんな理屈で説明できるのかと思っているはずです。

私はこの体の使い方にこそ、動きが重く見える、スムーズさに欠ける、キレを感じないなど、一般的に良くないと言われている動きのイメージが隠されていると思います。

では『不安定さを利用した重心移動』とはどういうものかということになります。

直立した姿勢で、そのまま絶対に姿勢を変えてはいけないと指示して、後ろから背中を押したとします。

真っ直ぐな木を根元から切って、倒れていくという状況を思い描いてください。

もしそのまま指示通り体の姿勢を維持したとしたら、顔面から地面に激突して鼻血は出るわ顔の骨を骨折するわ、大ごとになります。

しかし、この実験を誰にやっても、そんな事故は起こりません。

私からどんな指示を受けていようが、自分の体が前方に倒れてしまわないように、どちらかの足が前に出て、体が倒れてしまうことを防いでくれます。

これは当然のことです、体を守るという本能ですから。

もしこの実験を、少し傾斜のある下り斜面で行なったとしたらどうでしょう。

体を支えるということだけのために足が振り出されるということが交互に行われ続け、意志とは関係なく体がどんどん前方に移動していくという結果となります。

移動が歩くどころか、本人の意志とは関係なく、既に一定のスピードで走っていることになってしまうのです。

けっして体をどう使おうとか、速く走ろうとか、そういう目的は一切考えなくてもです。

移動してしまう、走ってしまっていた、ということが起きてしまうのです。

そんなところから私の走るという行為のイメージが広がって行きました。

走るという行為は、少しでも歩幅を広げ足の回転数を上げることでスピードが速くなる、ストライドとピッチの積がスピードであるという説明がされます。

そのためには太腿を高く引き上げ、膝から下を大きく前方に降り出し、後ろ足で強く地面を蹴るという筋力が必要となり、それをリードするのが上半身の力で、腕を前後に力強く振ることで、足の動きと連動させる、そのためには腕の筋力も必要となる、すべてが筋肉の仕事であると思われています。

果たしてそれだけなのでしょうか、人間として持って生まれた能力、創造主たる神が与えた人間本来の効率的な体の使い方はそれでよいのだろうかと考えが広がっていきました。

そこには、人間だけがなぜ肉離れや靭帯、関節部分のケガに悩まされ続けるのかという、根本的な疑問もありました。

人間の限界を超える能力を発揮しようとしているのだから、ケガや故障は仕方がない、本当にそうでしょうか。

他の生き物がそういうアクシデントに見舞われれば、それはすなわち命を失うことになります。

命のやり取りという極限の中でも、そういうアクシデントが無い自然界の動物、かたや子供から大人まで、一般の方からトップアスリートまで老若男女にその危険性をはらんだ体の使い方が、本当に理に適ったものだと言えるのでしょうか。

私のなぜどうしては、それを認める気にはなりませんでした。

そこで目を付けたのが、というかお手本としたのが、地球上で最速のスピードを誇るチータの疾走する姿でした。

もちろんチータだけでなく、野生の四足動物たちはすべてがお手本といっても良いくらいです。

その決め手となったのが股関節の動きでした。

我々の股関節は、腸骨の受け口に大腿骨頭がはまり込む形で関節を形成していますが、その大腿骨の形状が真っ直ぐではなく、内側に首が折れ曲がった形状になっています。

四足動物なら当然そうでなければ手足を動かすことが出来ませんが、我々人間は二足歩行に移行した後、もしかしたら竹馬のように真っ直ぐな大腿骨に進化、いや退化でしょうか、形状を変えても体を移動させることは出来たかもしれません。

しかし、現状その形状は変わっていません。

にもかかわらず股関節をどう使うかという観点から見ると、残念ながらその形状を活かしきれていないと思うのです。

この股関節をどう使うか、具体的には縦に使うという発想が、重心移動の決め手であり、すべての動作をつかさどるエンジンだという結論を得ました。

それでもやはり返って行くところというか、発想の原点は赤ちゃんがつかまり立ちから、自分の行きたい方向へ移動するという、あの『不安定さを利用した重心移動』という体の使い方なのです。

ハンマー投げの室伏浩二選手が、投網の動作で無駄なく無理のない筋力発揮のバランス感覚を掴もうとしたり、赤ちゃんのように筋力ではなく全身の連動で転がるような動きを行っていたのは、まさに体の大きさや筋力の強さに頼るのではなく、人間として持って生まれた能力がどういうものかという感覚に立ち返ることで、それまで作り上げてきた筋力を効率的に発揮できると考えたのではないかと思います。

何の指導も受けていない子供の頃から、運動能力の差というものは残酷なまでに目の前に突き付けられます。

能力に勝っている子供は、それがどうしてだか分かっていません、ただ走れば他の子供より速かっただけです。

しかし自分が劣っていると感じた子供は、負けたくないどうやったら対抗できるかと考えないはずがありません。

そこから始まるのが、地面に居付いた体を筋力によって速く移動させるという体重移動の体の使い方を追い求めて行くことになるのです。

頑張れば頑張るほど地面を蹴る力を必要とし、居着いてしまう時間が長くなることで動き出しが遅く、スピードにも乗れず、キレも感じられない動きへの負の連鎖が始まります。

それらを改善し、誰でも持って生まれた能力を発揮できるようにしようというのが、私の提唱する走るという行為なのです。

言葉で伝えることは難しいですが、言われてみれば自分もそんな体の使い方になっていたのではないか、自分の子供もどっしり居着いているように見える、また動きが良いと言われている人たちの動きには無駄に踏ん張っていたり、力んでいるようにも見えないのに、なぜあんなに軽やかに見えるのか不思議だったと思っていた方も多いのではないでしょうか。

私の言う重心移動と体重移動の違い、少しわかっていただけたでしょうか。

この後に必要な知識と実践が、股関節を縦に使うという概念となります、それはまた今度書きます。

昨日お知らせした倉本和昌さんの行うセミナーですが、6カ月コースの第4回目を受け持つことがほぼ決まりました。

5月に東京へ、6月には大阪に行くことになると思います。

倉本さんの思いが多くの人に届き、向上心を持った指導者たちがたくさん受講してくれることを願っています。

誰の為の何のための指導でしょうか。

この辺りでは年に数回しか見られない雪が降りだしました。
大雪の予報の地方の方はくれぐれもご注意ください。

西本塾23期生で、昨年末に行った『西本走り錬成会』に参加していただいた、地元広島の中学校で、定年退職された後も嘱託と言うのでしょうか生徒の指導をされ、陸上競技部の選手たちのお世話もされている、『安田美喜雄』さんから、その後の報告を頂きました。

私が人間の動きづくりの基本として真剣に取り組み続けている『走るという動作の体の使い方』、それを最もシンプルに競技化したのが陸上競技です。
しかし、私がどんなに声をあげ言葉を連ねても、陸上競技の指導者に届くことはありませんでした。

昨年の4月、安田さんが初めて西本塾に参加してくださった後送っていただいた感想文、そこには周りの指導者に対する遠慮というか、今流行の言葉で言えば『忖度』でしょうか、書かれた文章は私のみの胸にしまって表には出さないでほしい旨が書き添えられていました。

それに対して私は、そういう遠慮こそが固定概念に凝り固まった指導者の目を開かせない一番の問題であることを伝えました。
中途半端にオブラートに包んだような表現しかできないのならば、もちろん記事にもしないし、こんな内容なら私に送っていただく必要もないことを伝えました。


一度の受講でどこまで私の考え方を理解していただいたかは分かりませんが、私が真剣に伝え続けているのは、指導者の為ではないのです。

縁あって始めたそれぞれのスポーツを、子供たちが楽しく安全に継続できるように、原因も分からないまま故障やけがでリタイヤしたり、指導者の理不尽な指導にドロップアウトしてしまう選手を一人でも減らしたいからです。

その結果として競技レベルが向上し、個人としてチームとしての輝きを増して行けるのならこんなに良いことはありません。
それが結果を出すことだけが目的となってしまい、経験論に終始した指導や、結果を残してきた指導者のやり方を踏襲するだけの、まさに固定概念の中だけで満足している指導者たちの目を開かせたいのです。

そんな中、私より年長の安田さんが、『指導している選手のために』と言う一心で、私の考え方に興味を持っていただいたことをとても有難く思いました。
だからこそ、感じ取っていただいたことを公にして欲しかったのです。

そのことをお伝えすると、何とほとんど第1稿の原文のままで第2稿として送っていただき、そのままお名前も伏せることなくブログで紹介することを承知してくださいました。

その時の記事がこちらです。

その記事を読んで頂いたうえで、今回の報告をお読みいただきたいと思います。

西本直先生、智志先生 そして「走り体験会」参加者の皆様、本当にありがとうございました。 
あの体験会は、私にとって非常に価値のある会でした。
一番の収穫は、「走っていて疲れが少なく、楽だ」ということを実感できたことです。
本当に参加して良かったと感謝しております。 
あの体験会から約1ヶ月、教えていただいた貴重な内容を、部活動の生徒達とともに実践しようと、悪戦苦闘の日々が続いておりますが、その様子等を報告いたします。

私は、昨年4月の「西本塾23期」に参加以来、西本先生に教えていただいた「走り」やトレーニングを、いかに陸上競技の「走り」に応用していくかを試行錯誤してきました。
私自身が「走る手本が見せられない」という力量不足のため、多くの陸上競技関係者にとって、あの「フォーム」は奇異なものにしか映らなかったようでした。
「日本選手権でも世界選手権でも、そんな変な(?)走りをしている選手は一人もいない」と忠告しくださる方までおられました。 
何人かの生徒は、興味を持ってトレーニングや「走り」に取り組んでくれましたが、私の家庭の事情で指導時間がほとんどとれなくなってからは、彼らは「以前の走り」に戻っていきました。
また、各運動部の部活動顧問にとっても、背骨や広背筋を使うトレーニングは、「変わったトレーニング」としか理解されないようでした。

そこでまず、日常の生活の中で、背骨や骨盤・背中の大切さを理解してもらうように考え、次のことを生徒達に説いて、実践してみました。
① 背骨のS字を意識して椅子に座ると、体が疲れにくく、腕も動かしやすくて字が書きやすいこと、そして肩こりにもなりにくいこ と。これは、保健指導などで言われている「立腰」と同じことではないかと思います。
② 背骨のS字や広背筋や肩甲骨を意識した簡単なトレーニングを行うと、身体の柔軟性が増し、筋出力も増すこと。
実際にトレーニングをした後で、二人一組で力比べなどをさせると、その効果はすぐに実感でき、「ワー、すごい!」と驚きの声が 上がります。
ここまでは、生徒達は納得できるのですが、いざ「走る」となると、腕を前後に大きく振って、脚を振り出してできるだけ遠くに着地しようとする(一般的な)「走り」になってしまいます。

そこで、今回の「走り体験会」で教えていただいた「斜面を登る」練習を、二十数名の生徒達と行ってみました。
わずか10m程度の斜面でしたが、今までのように「腕を前後に振って、脚を振り出しながら走る」やり方では、すぐに疲れて登りたがらなくなりました。
そこで「背骨のS字を意識し、肘を後ろ上方に引き上げて股関節を楽にさせ、前方を見ながら走る走り方」をしたところ、二十数名のほとんどの生徒が「楽だ!」と言って、数回登っても疲れをあまり感じないようでした。

また、脚が痛いため見学していた数名の生徒達も、このやり方で、歩いて斜面を何度も登っていました。
別の機会に、生徒達が20段程度の階段で登って試したところ、「今までの歩き方や走り方ではすぐに疲れるけれど、(教えていただいたやり方なら)脚も身体も疲れない」と言っています。

さらに、私自身、毎年1月には、神社の108段ある急な階段を歩いて登らねばなりませんが、教えていただいたやり方で登ってみたら、今年は休まずに一気に登りきることができました。
一昨年・昨年に登ったときは、3回くらい途中休憩し、登り終わったら動悸息切れがしていた階段です。
年齢を重ね、体力は明らかに落ちているはずなのに、今年は108段の階段を登り終えても、周囲の景色を眺める余裕がありました。

陸上競技走高跳の「背面跳び」が、メキシコオリンピックまではだれも見たこともやったこともなく、「変な跳び方」「危険な跳び方」だと言われていたのに、今では理にかなった走高跳の「標準・当たり前」の跳び方として、中学生でも行っています。

西本先生の提唱される「走り」や「身体の動かし方」が、運動する人々の「標準・当たり前」になる日がくることを信じて、微力ながら生徒と実践していこうと思っています。
また機会がありましたら,ご指導をお願いいたします。

(安田美喜雄)

安田さんありがとうございます、私が世の中の固定概念を変えられるとは思っていませんが、安田さんのように、まずは学んだことを自分の体で試してみる、良いと思えが選手に対してどういやって指導するかを考える、そんな指導者が一人でも増えてくれれば、私の目的は達せられるのかなと思います。

安田さんを通して私の考え方に接した指導者たちが、何の興味も示さないことに大きな失望を禁じ得ませんが、それで良しと思っているのだとしたら逆にかわいそうな気さえします。

そんな変な走り方は見たこともないと言われるようですが、1990年代に活躍した、中国の『馬軍団』と呼ばれた女子長距離チームのことは知らないのでしょうか。

彼女たちの走る姿は、それこそ変でした。
手をだらりと下げ、リラックスした表情で走り続ける彼女たちが、当時の長距離の世界記録を次々と塗り替えて行ったのです。
残念ながら組織的なドーピングがあったということで、記録はもちろん彼女たちの存在さえ陸上界からは抹殺されてしまったようです。

しかし、もしそうであったとしても、それだけで何人もの選手が素晴らしい記録を出し続けることが本当に出来たのでしょうか。
私はその走り方、体の使い方そのものにこそ、その秘密があったのだと考えています。

私にとって大きな影響を与えてくれた存在ですが、現在その走る姿をユーチューブで検索しても見ることは出来ません。
現在でも日本の女子長距離選手の中には、それに近いフォームで走る選手を見ることが出来ますが、見た目の問題ではなく、本質的な体の使い方という意味では、私の提唱する体の使い方とは違うと思います。
馬軍団を率いたコーチの言によると、『馬コーチは、上半身はダチョウ、下半身はシカをイメージしろ』という表現を多用したそうです。

私の考えとは少しイメージが違いますが、それをもう少し再現性のある表現で、『人間の体の仕組みをシンプルに応用した走り方』と言う言い方で指導しています。

誰がどんな指導をしても構わないと思いますが、現実として目の前の選手たちが故障に苦しんでいる、また記録が伸び悩んでいるとしたら、何か自分の指導に問題があるのではないかとか、根本的に考えることとはしないのでしょうか。

もっともっと高くアンテナを掲げ、野次馬根性を発揮して、どんなことにも興味を持ってほしいと思います。
すべては目の前にいる選手たちの為なのですから。

改めて過去記事を読み返してみると、私の思いがそこかしこにちりばめられています。
難しいよく分からないと言われることも多いですが、真剣に読み進めてもらえば、どこかで必ずそういうことだったのかという気づきがあると思います。

安田さんのような方を一人でも多く増やしていくことが、ケガや故障に苦しむ選手を減らし、楽しくスポーツに親しみ続けられる環境を作り上げる一助になると信じます。

心のキャッチボール、私が投げたボールはしっかりと返ってきました。

正月も三が日を過ぎて仕事が始まってしまうと、時間も月日もあっという間に過ぎていくのを感じています。

年末29日に行なった「走り体験会」7名の参加者のうち、初めての体験となる方がお二人で、あとは既に私の指導を受け学びを継続してくれている方たちだったので、名称を変更して「西本走り錬成会」と呼ぶべき内容となりました。

西本塾で行う1日目の理論講習こそなかったものの、初参加の人にも伝わるよう精一杯の指導をさせていただきました。

加えて午前中には、夜間トレーニングの卒部者で現在大学1年のH君と、3年前からスペインに渡りサッカーに打ち込み、半年に一度帰国するたびに鳥取県から指導を受けに来てくれる、日本の学年でいうと6年生の開君が、一緒にトレーニングや走りとサッカーの実技のドリルを、私と智志が指導しているところを見学してもらうという、これまでにない大サービスを行いましたので、午前中から参加した人たちにとってはこれ以上ない西本塾を超える内容の1日になったと思います。

つい1週間前のことですが、届いた感想を読ませていただくと、まだあの会が続いているような気がするほど濃密な時間だったように思います。

感想の提出は強制していませんので、1週間経った今日の時点で届いたものを紹介します。
それぞれ内容が濃過ぎて、一緒に紹介してしまうのが勿体無いくらいです。
じっくり読んでいただければ、普段の私自身の言葉以上に伝わるものがあると思います。

その前に、西本塾23期、長野から参加してくれた「丸井さん」から年始の挨拶が届いていますので先に紹介します。

西本塾23期生の丸井です。
西本直先生、明けましておめでとうございます。ご無沙汰しております。
去年の2月に先生を知り、4月にお会いできてから、自分の中では2017年は大きな節目になったと実感しております。
生活の中で常にと言ったら大袈裟ですが、西本理論があります。
一生の命題を頂いたと言っても過言ではありません。
試行錯誤の繰り返しですが、不思議と不安や悩みは無く、少しずつでも明らかに起こる変化が嬉しいです。
施術でも指を傷める事は無くなりました。
当然先は程遠く、まだまだ先生の背中も見えませんが、まずはブログにも登場された『岩城巧」さんの様な姿をいずれは見せられればと思っております。
あと他にも名前の出る西本塾生の方々とも、会った事は無くても目指すべき方向が同じ同志の様な感覚に勝手ながらなっております。
他の23期生も大体の方が継続しているのではと想像しており、連絡を取ろうと思っておりますが、先ずは西本先生にご挨拶と思い、メールをさせて頂きました。
ご多忙でいらっしゃる故、中身の薄いメールは控えようと思うのでなかなか連絡は出来ませんが、今後も先生のご活躍を読ませて頂きたいと思います。
自分もまた継続していく所存でございます。

丸井さんの印象は「真面目な方」としか言いようがないくらい、真剣に私に向き合ってくれた人でした。
こうして近況を報告してくれることが何よりの励みとなります。
できれば次回からは、ブログのコメント欄に送っていただければと思います。

では、以下届いた感想です。

あけましておめでとうございます、西本塾11期生の川本です。
年末の西本走り錬成会お世話になりました。
今は、体を動かすことを楽しんでいる自分がいます。
西本塾に参加する3年前には、想像すらできなかったことです、ありがとうございます。

振り返りをしていまして、感想が遅れました、申し訳ありません。
読み返してみましたら、走る会の感想なのに走ることにほとんど触れていないですが、現時点での私の感想です。
今年は、これまでより多く西本先生に会うことができましたらと思います。
本年もよろしくお願いいたします。
以下、錬成会の感想です。
西本先生・智志さん・Hさん・カイさん・ヒカリさん・参加者のみなさんありがとうございました。
みなさんのお蔭で刺激の多い実りある会になりました、ありがとうございます。
午前中は、先生のお誘いでHさん・カイさんのトレーニングを見学することができました。
特に、Hさんのどのトレーニングをしていても、表情が変わらないこと・キレのある動き・背中と骨盤のそりを見ることができ貴重な体験となりました。
カイさんの動きがヒカルさんを見ることによって、昨日のトレーニングよりどんどん良くなっているという話を聞いて、その場ではピンとこなかったのですが、今振り返ってみますと、良いものをみることとその影響の大きさ・大切さを伝えてくださっているのだと気づきました。
サッカーボールを使ったキックのトレーニングにも衝撃をうけました。
その理由は2つあります。
1つめは、ヒカルさんのアイドリングからの動きだし・キックする・ポジションに戻るという一連の動きがスムーズで速いこと。
2つめは、言葉にするのは難しいのですが、見学したトレーニングメニュー自体は、私のチームでもしているものでしたが、先生は試合を想定し、単にキックの練習ではなく、90分間動き続けることを目的とされているのではないかと感じました。
また、同じトレーニングでもこうも変わるのかと感じ、自分のサッカーやサッカーのトレーニングに対する固定概念があること、トレーニングは、どういう目的でするのか、どうあるべきなのかということを考えて実践していかないと感じさせてもらいました。
カイさんが、トレーニング後、すぐにでもトレーニングしたいと楽しそうに話していたのを聞いて、私もトレーニング後に同じように言ってもらえるようなトレーニングをしていきたいと思いました。
午後からの先生の体の仕組みに関する説明では、3年前の西本塾を思い出しました。
ただ、その時には、表面(表面もいっていないかもしれませんが)で感じていた「折れない腕」の話が、言葉があっているかわかりませんが、体感を伴って少し感じることができました。
実技のトレーニングでは、自分がどうすればいいかということばかり考え、周りが見えていませんでした。
自分の世界に入ってしまう、そこに入っていてもなかなかうまくいかないので、錬成会に参加したのですが。
そのことを先生にご指摘いただき、まわりのみなさんの動きをみて、考え、体を動かしそれを繰り返していくことの大切さを教えていただきました。
自分の世界に入ってしまうことは、癖づいており、ご指摘後もまわりを見られていないことが多かったので、少しずつ変えていきます。
動きの点では、部分だけをみて話すことはどうかと思うのですが、お尻を後方にクッといれることで骨盤をそらせるということが、私のいままでの取り組みですっかり抜けていたことを知りました。 
これを書くことは先生に本当に申し訳ないと思います。
あらためて、ブログを読み返すとブログにもみなさんのコメントにもこのことの大切さを繰り返し書かれてあるのに錬成会で体験するまでにおざなりになっていたことは本当に申し訳ないと思います。
ブログに対する意識を変えていきます。
このような私ですが、最後に西本先生に動きが変わったといっていただけました。
今は、体を動かすことを楽しんでいる自分がいます。
それは、錬成会に参加されたみなさんのお蔭です。
西本塾同期の長尾さんには、適切なタイミングで簡潔なアドバイスをいただきました。
広背筋の収縮のイメージの説明はすごくわかりやすかったです。
柿沼さんには、ロナウドのポーズとすごくわかりやすいアドバイスをいただきました。
カイさん・ヒカリさんの楽しそうに走る姿を見て、私もああいう風に走れたらなと思いました。
名前を挙げていないみなさんにも動きだけでなく、物事に取り組む姿勢にもたくさんの刺激をうけました。
本当にこの会に参加できてよかったです。
西本先生。この会を開催していただきありがとうございました。
西本先生・智志さん・ヒカルさん・カイさん・ヒカリさん・参加者のみなさん本当にありがとうございました。

西本先生
先日の体験会(練成会)に参加させ頂きました、加賀です。
先日の走り方体験会(錬成会)では、お世話になりました。
また、午前中のトレーニングを見学させて頂いたHさん、開君、またご家族皆さんも貴重なお時間をありがとうございました。
午前中のお二人のトレーニングから、午後の錬成会、夜の食事の時間までとても楽しくあっという間に時間が過ぎていきました。
現在、小学生を対象にサッカーを指導しております。
そこで感じていることは、一生懸命頑張ること(そう見えること)がまず評価されるということ、またそうする選手がある程度レベルまでは活躍するということです。
練習や試合の際も、屈筋を使いながら頑張ればボールを奪うことが出来ますし、ゴールに近づくことが出来ます。
ただ、その成功体験も、サッカーのレベルが高くなると必ず太刀打ちできなくなり、さらに頑張ることを要求しなければならなくなります。
また、オスグットやシェーバー病等の筋肉系の障害が出てきた際には、ストレッチと一定期間休ませることしかアドバイスが出来ない現状です。
そういった症状がある選手は、何か力が入った感じがすることは感覚として持っているのですが、実際にどう指導すればいいのか(ランジ等で股関節を意識させたり、ストップ動作の際に膝が前に出ないように、と選手には伝えています)自信が持てない状態です。
また、チームを指導する中で、選手個人のサッカーの能力が上がっているのか、先を見させてサッカーに興味を持たせ、成長することに関して目を向けさせることが出来ているのかを考えたときに、自分にはその力が足りないと思うことが多くなってきました。
実際に参加させて頂いた感想ですが、とにかく楽しく走ることができた、これが一番強く感じた事です。
室内での模型を使った骨盤・背骨を6方向に動かすことから、伸筋が大きな力を持っていること、それを分かりやすく説明する為に、仰向けに寝た状態から、背中側と腹側を意識しながら股関節を内旋させる動き(背中を意識した際には自分でも驚くほど力が出ていました)等の説明がありました。
FBTでは、どこの筋肉を意識するかよりも、骨盤を前傾させる反らす事の意識を仰っていました。
その後のアイドリングでも、力を入れなくとも早く動くことが出来、 外で実際に走るときには、最初の方こそ今までと違う走り方に混乱しておりましたが、だんだんと楽に走れる様になり、柿沼さんが声を掛けて下さいましたが、表情も柔らかくなっていたようです。
室内に戻っての伸kingトレーニングでも、1つ1つのトレーニング後には立っているのが楽になった感覚がありましたし、トレーニング後にプレーをしたら体が早く動きそうな、そんな感覚を持ちました。
サッカーでは、状況を認識して、最適なプレーを実行、そのプレーを成功させる選手がいい選手だと言われています。
周りの状況を認識するには、ボールから意識を外さなければならない、そのためには、意識しなくともボールを扱えるよう、まずはボールに集中しながらドリブル、ボールタッチを数多く行うことが正しいステップだと感じておりました。
しかし、午前中の開君のトレーニングの際に、西本先生が「うまくやろうとしなくていい」と仰っていたのと、外でボールを蹴った時に、そのステップではなく、まずは周りの状況を把握できる様に、その中で思い通りにボールと体が動かせるようにトレーニングするべきではないかと感じました。(もちろん個人差はありそうですが)
一日を通して、体と向き合うことができたのかなと感じています。しかし、その向き合い方は、特定の筋肉を酷使したり、心拍数が高い中どれだけプレーできるかといった【耐える】ものとは逆のもので、どれだけ楽に動かすことが出来るのかを追求するというものでした。
今思えば、目的地が違うのだと思います。
楽しい時間を過ごすことが出来ましたが、選手に伝えるにはまだまだです。
ひとまず選手には、「楽に早く動けるのが良い動き」だと伝えたいと思います。
これからもTwitter、ブログで勉強させて頂きながら、先生から頂いた動画で確認しながら、自分でもトレーニングを続けていこうと思います(まずは、TwitterにUPされていた、先生と岩城さんのアイドリングに少しでも近づける様頑張ります)。
お教えいただいた事の復習ではなく、今、僕自身が感じたことを文字にしてお送り致しました。
駄文・乱文になりましたが、お読みいただけたら幸いです。
本当に、ありがとうございました。
加賀 雅士

西本走り錬成会 参加感想 柿沼 昭宏
西本先生、智志先生ありがとうございました。
練成会受講生の皆様お世話になりました。
今回は午前中の見学会、午後の練成会、夜の懇親会と参加させていただきました。
H君・カイ君のとても良い見本、ほぼマンツーマンで指導していただき受講生の方々の変化、ヒカリ君の真似る力などを観ることができるなど一日とは思えないほど濃い時間・経験をさせていただきました。
長野から東京⇒奈良・大阪⇒高知と旅をしている途中で何とか都合がつくと2日前にドタバタで受講を決めましたが、本当に最幸としか思えないものになりました。
午前は室内のトレーニングからはじまりました。この時はH君の体つきに驚いたこと、柔らかな表情でトレーニングをしているなという印象を持っただけでした。
しかし、その凄さに気付いたのは午後に同じトレーニングを自分たちが行ったときでした。
自分が行うときにはH君よりもだいぶ軽い負荷・回数にしてもらっているのに『ん"っ!!』となってしまったり、バランスがとれないものでした。
しかも、もっとたくさんの種目をほぼ休みなく約1時間やってたと思うとすごいの一言です。
もちろん自分も指導していただき正しくトレーニングした後は、体が楽になる、動きたくなるというような状態を感じることが出来ました。
そして、まさに『体が喜ぶトレーニング』だな~と思いながら一人でニヤついているのに気づきました。
次に廊下に出て西本走りを見せていただきました、これに関しては衝撃と感激しかありません。
走りのスムーズさや動きだし、ストップ動作、リアクションの速さ(元の状態に戻る速さも)などどれも凄いとしか言えませんが、特にロッベンのかわし動作などは想像を超えていました。
これが出来たらグランドでどんなプレーできるんだろうってワクワクしかなかったです。
この最高のイメージをもったまま西本走りの練習、息も切れず楽に動いているのですが、イメージとの違いやリアクション動作からの戻りがしっくりこない状態でした。
そこに西本先生の『肩を後ろに引きすぎるから・・・』のアドバイスをいただき、これだけで自分の動きが劇的に変わった感覚がありました。
そこからはターンの切れや回転数の上げ方が良くなり、もっといろんな動きを試したいと走りまくってしまいました。
上記のように今回は考えるよりも感じる部分が多く、理論的な部分が疎かになってしまったなと反省していたのですが、地元に帰ってドリルや西本走りを行ったときにS字、骨盤の縦の動き、クランク、落下、捻転、重心移動・・・など動いていると理論がリンクして頭に浮かぶようになり、いままではOKだと思われた動きでも違和感をもち、修正してより楽でスムーズに動けるようになりました。
そして、まだまだやれるのではという感覚まであります。
今回の練成会は先生が深める会以上に深まったのではというように、最高のお手本・的確なアドバイス、仲間があったことで自分の理解や感覚、イメージや目標を深めていただいたように思います。これを自分の体に染み込ませていくことや、選手たちに伝えられるよう自己研鑽を続けていきます。
今回もワクワクする刺激が盛りだくさんでした。
ありがとうございました今後ともよろしくお願いします。

西本先生、智志さん
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
大宮アルディージャの倉本です。
私は第2回の西本塾に参加させて頂いて以来、西本先生の考え、動き作りについて感銘を受け、その後も著書、ブログ等で勉強をさせてもらっていました。
しかし、正直なところなかなか深めていくことができていませんでした。
言葉を変えると深めようとしているけど、それがあっているのかわからないというのが正しいかもしれません。
サッカーコーチをしている立場から「この子の動きが悪い」「姿勢が悪いことが怪我に繋がっている」「逆にこの子は踏ん張ってプレーしていないな」ということは理解できるのですが、肝心な「では、それをどうアプローチしていけば改善されるのか?」ということがわからないし、自分ではできないという状態が続いていました。
今回久々に西本先生から教えて頂ける機会であり、帰省するタイミングと重なったこともあり、参加でき、本当に嬉しかったです。
嬉しかったのは感情的なものもそうですが、まさに体が喜んでいるという感覚がありました。
おまけに今回は智志さん、カイ君、ヒカリ君兄弟という最高の見本があり、他の参加者の皆さんの動きも参考にさせて頂いたことで理解が以前より深まった感覚があります。
座学、アイドリングから走り出す。外に出て走るトレーニングをし、思ったことは3つあります。
① サッカーの目的は走ることだけではないということの再確認
サッカーは目まぐるしく状況が変わる中で、常に判断しながらアクションを行うスポーツです。その時に頑張って走ることが必要という思い込みが自分にはいつの間にか刷り込まれていました。
西本先生がおっしゃっている「体と頭を動かし続ける」ことがサッカーには必要であり、体の使い方が悪いと頭も使えず、結果、状況を正しく読むことも、判断することも困難になるのだと再確認しました。
頭を使えるように(状況認識をより良く)するために、エネルギー消費の少ない体の使い方ができると、より良いパフォーマンスが発揮できるのだとわかりました。
② 顔が上がらない理由がわかった
「顔を上げてプレーしなさい」とよく現場で子供に声をかけることがありますが、「なぜ顔が上がらない(状況が認識できない)のか?」の謎がとけた気がします。
体が本来持っている自然な使い方ができると姿勢が良くなり、自然と顔が上がって周りが見えるようになります。
わざわざ顔を上げないといけないと言う必要も、意識する必要もありません。
しかも、今までより鮮明に見えるような感覚がありました、これはプレーするのが楽しい!
みんなでボール回しをしたり、パス練習をした時に感じたことです。
③潜在意識にアクセスしているのではないか?という感覚
個人的な見解ですが、西本先生のおっしゃる体の使い方は、本来人間が持っている自然な体の動かし方で、しかも潜在意識につながっているのではないかと思いました。
色んな背景があってその使い方を僕らは忘れてしまい、不自然な動かし方がいつの間にか正しいと思い込んでいます。
それを思い出す作業をしていくことで、徐々に自然な動かし方ができるようになる。もちろん時間がかかることですが。
自分の場合は、となりますが、「こういう風に肘を曲げて、こうやって走る」と理屈で考えた瞬間に、できなくなるんです。考えてしまうとできなくなる。
しかし、目の前で走る子供達二人は理屈で考えてやっている訳ではなく、見たものをそのまま真似して走ったら見事にできている。
理屈がわからないからできない(と自分は思い込んでいる)、考えるとさらにできない。最初は完全に混乱しました。
その後、「深く考えず、良い走りをしている人の真似をしてみる。」ということを続けてみました。
もちろんそれでもまだまだ出来ているレベルは低いと思いますが、何度もスプリントしてもあまり息が上がらないどころか、顔が上がったままスピードを上げたり、ターンしたりできるのはすごいなとできる喜びを感じました。
後から振り返った時にうまく走れている時は無意識というか、潜在意識と使っている(アクセスしている)のではないかと思ったのです。
その時に顕在意識で理解しようとしたり、考えようとした瞬間に潜在意識とのアクセスが切れ、だから自然な動きができなくなってしまうのではないかと、これは自分の見解なので、間違っていたら申し訳ないですが。
本来持っている自然な動かし方だから脳も体も喜びを感じるのではないかという仮説です、この感覚はぜひとも皆さん体験してもらいたいです。
改めまして、西本先生、智志さん、参加者の皆さん、本当にありがとうございました。
この喜びの感覚をさらに深めていくため西本塾、深める会にも参加します!
引き続きご指導よろしくお願い致します。

もう私がお一人お一人の言葉にコメントする必要はないと思います。
私が投げたボールを、初参加の方は初参加なりに、4年前から継続してくれている人はその経験を踏まえ、私からは出てこないであろう表現でしっかり投げ返してくれました、まさに私にとっての錬成会でした。
今年はまだ始まったばかりですが、昨年末からテンションの上がることばかりです。
皆さんと一緒に更にハイテンションな一年にして行きます。
7名の参加者の皆さん、午前中お手本を見せてくれたH君、午後も一緒に参加してくれた開君と光君兄弟、そしてそのご両親、智志と私を含め、全員が笑顔で走り回れたことが、西本走りの有効性を証明してくれました。
皆さんありがとうございました。

なぜどうして、素朴な疑問が走るという行為を見直すきっかけでした。

先日行なった深める会の冒頭で、私がなぜこうして伝える側になったのかという、自分にとっての根源的な部分を掘り返してみたことをお話ししました。

改めて自分の人生を振り返ると、どんな事に対しても、まさになぜどうしての繰り返しだったように思います。
小さなことまで含めると、どれだけのことに対してそう思ったのか、自分でも思い出せないくらいです。

「誰かがそう言ってた」とか「みんなそう言っているよ」というような言われ方をすると、「誰って誰」「みんなって誰と誰のこと」と、いちいち食いつく、私の名前とは正反対の素直ではない性格だったと思います。

そんな私が「走るという行為」に関して、疑問を持ち始めたのは、走ることに関して最も専門的に取り組んでいるはずの陸上競技、それも短距離の選手たちが、あまりにも頻繁に肉離れというトラブルに見舞われているという事実でした。

これは私がこの仕事を始めた頃、地元の高校生たちにも同じことが言えました。
それ以前からスポーツ全般に興味があり、オリンピックや世界陸上といった大きな大会は必ずテレビで見ていました。
そんな中でも必ず目にするのがトップレベルの選手たちのアクシデントでした。

普段運動をしない大人が、子供の運動会で張り切って走ったことで、肉離れどころかアキレス腱断裂といった大きなケガに見舞われることは、日常的に見聞きして来ましたが、号砲がなるスタート時間から逆算して、ウォーミングアップの時間やそのルーティーンまで、全て計算し尽くして臨んでいるはずのトップ選手たちにして、そういうアクシデントが避けられないという現実に、千分の一秒を争う人間の極限の能力を発揮するために避けては通れないことだという説も、私は納得することができなかったのです。

人間も地球上に生活する動物の一種であることはまぎれもない事実です。
どれだけ文明が進もうとこれだけは変わることのない真理です。

創造主を神と呼ぶとすれば、神様は他の動物たちにはそんな試練を与えてはいません。
地球上で最も速く走ると言われているチータが肉離れを起こして獲物を追うことができなくなったら、それは生存の危機即ち死を意味します。
逆に襲われる側のシマウマが、逃げる瞬間にイタッとなって肉離れを起こし、走ることができなくなったとしたら、こちらも一巻の終わりです。

それぞれの動物には、「こうやって体を使えばそれぞれの生命を維持していけるよ」という、神様が仕組んでくれたカラクリがあると思うのです。

ならばなぜ人間だけがそんな目に合わなければならないのか、そこに「なぜどうして」の視点を持たないのか、そのことの方が私には不思議だったのです。

それに対する対抗策として筋肉を強化してという発想になっていったと思うのですが、一向に改善される様子はありません。

これは根本的に考え方が違うのではないか、そう考えることの方が私は自然なことだと思いました。

さらにはスポーツ動作において、とくにラケットを持って走ったり、サッカー選手がボールを止めたり蹴ったりする際の動作を見ると、いわゆる腕を振って走るという行為が出来なかったり、出来る状況であっても実際にはそうしていないということがはっきり分かりました。

にも関わらず、どんなスポーツであっても走るという行為をトレーニングとして行う時には陸上選手のような走り方がお手本となっているのです。

なぜそうなるのか、最も速く走ることができるのが陸上選手だからです。
その選手たちこそが、筋肉系のトラブルに悩まされている張本人であるにも関わらずです。

速く走るための要素は、足の回転数と歩幅の積だと言われています、それに関して誰も疑うことはしていません、確かに間違ってはいないと思います。
しかし、その二つの要素を向上させるために行なっているトレーニングにこそ問題が有るのではないでしょうか。

「人間に与えられた走るという行為を行うために仕組まれたカラクリ通りの使い方をしているのか」という動物としての根本の問題です。

そこから発想を広げていった結果が、今私が提唱している「走るという行為の体の使い方」です。

過去何度も記事にしてきましたし、実際に体験した人たちの感想も文章として紹介して来ました。
そして真剣に学び続けてくれている人たちが、それをどう活かしどんな問題を抱えているのかということについても、深める会の参加者から届いた感想などで紹介してきました。

中でも初心者に多い感想でマイナス要素を感じさせるのが、「今まで当たり前だと思ってきた動きで走った時に比べ、同じスピードで走れているのか、スピード感がない」というものです。

最初は確かにそういう面はあるかもしれませんが、練習を重ねるとそれまで以上のスピードで走ることもできるようになって行きます。

ではなぜスピード感を得られないのか、それはこれまでの走り方で使われていた筋肉が「屈筋」中心で、屈筋を使っていること自体に、自分が筋力を発揮して頑張っているという、私に言わせると間違った意味での自己満足を感じているからに他ならないのです。

それが効率的な走り方を身につけたことで、今までの頑張り感がなく、なぜこんなに楽に走れるのだろうとなってしまうからです。


そうすると自分でもこんなに楽にスピードが出せるのなら、もっと頑張ればもっと速く走れるのではという、これまでの固定概念がぐっと前に出てきてしまうのです。

自分でもそう思うのですから、周りで見ている第三者からは、もっと露骨にそういう言葉を浴びせられることになってしまいます。

私の提唱する走りを身につけた選手が、最も苦労する部分であり、指導する側の人たちが周りを納得させにくい部分となります。

先日の深める会の2日目、いつものように自転車で仕事場に向かう途中、港公園の外周を走るジョガーが目に留まりました。
腕をだらりと下げ体の動きに合わせて自然にゆったりと揺れているだけの状態で私の方に向かって走ってきました。
その表情はとても穏やかで、走ることがとても楽しそうに見えました。

ところが角を曲がる直前に、そのジョガーは意を決したように肘を曲げ腕を前後に振り始めたのです。
その瞬間、先ほどまでの表情は一変し、修行僧のような眼差しで一点を見つめ苦悶の表情と化して行ったのでした。

しかし、見る限り動きを変えたからといってスピードが急に速くなったとは思えません、逆にそれまでのリラックスした動きの時の方が、スムーズに体を運べていてスピードもそれほど変わらなかったと思います。

ここに固定概念の壁があるのです。

速く走るためには肘を曲げて腕を前後に振らなければ、ストライドを広げることもピッチをあげることもできない、きっとそう思っているはずです。

私は「スピードの調整は骨盤の上下動から始まったローリング動作の回転数を、いかに滑らかに上げられるか」だと思っています。

先日一緒に学んでくれた神戸の竹内さんの走りを見ていると、まさにこの回転数を上げるという感覚でスピードをあげているのが見て取れます。

途中で過去の走り方でスピードの上げ下げを行ってもらうと、すぐに顔をしかめて苦笑いし「もういいです」とやめてしまい、取り組んでいる体の使い方に戻してしまいます。

「速く走るためにはどうすればいいのですか」初心者から必ず聞かれる質問です。
大人は言葉で理解しようとします、だからと言って言われた言葉が自分の理解を超えるものであれば、尚更分からなくなってどうして良いのかと何も出来なくなってしまいます。

前回の西本塾に参加してくれた方で、大学時代は真剣に箱根駅伝を目指していたという方がまさにこのタイプでした。

速く走るとはどういうことでしょうか、極端に言えば野良犬に追いかけられた時、走り方がどうのこうのと考える人がいるでしょうか。
まさにそう言うことです、速く走らないといけない状況になったら、その人が持っている最大限の能力を発揮して体を動かすしかないのです。

その本能的な動きをどうやったら瞬間的なスピードが必要な局面で発揮できるようにするのか、また長い時間長い距離を走る続けることができるのか、それを追求してきた結果、今指導している走ると言う行為の体の使い方になったのです。

5年以上前の私なら、質問の答えはきっとこうだったと思います、「速く走ろうと思えばいいんだよ、終わり」、これも真理です。
犬に追いかけられた時にそんな質問をしている暇はありませんから。

伝える側となった今、それでは答えになりませんから、私なりに人間の体に備わったカラクリを、どうやってうまく使いこなすかと言う「体の使い方」と言う視点で、それなりの理解をしてもらえるような理屈めいたことを言い、実際の体の動きを再現できるようになるためのドリルを指導していると言うわけです。

それぞれに考えがあって当然です、小さな子供たちですら目の前で見る大人の走るという動きを学び、動物としての人間の走りではないものになって行きます、後天的に刷り込まれていく動作です。

先日、初めて幼稚園の年少組の孫に、腕の使い方を真似させて見ましたが、当たり前のようにその使い方で走ってくれました。

走ったことがない人はいないと思います、その経験の中で出来上がった固定概念で満たされたコップの水を一度捨ててしまう勇気さえあれば、私が提唱する体の使い方という新しい水をコップに注ぎ込むことができるのです。

「走るってこんなに楽しいことだっけ」学びの最中にそんな言葉が聞こえるたびに、もっと多くの人に伝えなければいけないなと、私にとっても楽しい仕事が続いて行きます。

そう思ってくれる人を一人でも増やすために、29日の午後に行う「走り体験会」、多くの方に参加して欲しいと思います。



プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
今年は「西本塾」3月10・11日と9月8・9日に、「深める会」を4月8日と10月7日に、そして「走り方錬成会」を12月29日に予定しています。
現在『第26期西本塾』3月10・11日開催予定の募集を行っています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください.

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