足が止まってしまうのは誰のせいなのでしょうか。

昨日、スロベニアにお住いの野村さんから頂いたコメントの中に書かれた、『私のブログを文字通り毎日チェックしている』という言葉に背中を押され、今日も少し書いておこうと思います。

昨日観戦したサッカーの試合、女性の試合は初めて、そしてサンフレの試合も久しぶりの観戦となりました。

動き云々は別としてとにかく応援しなければという気持ちでスタジアムに向かいましたが、やはりそういう部分が気になってしまう私でした。

その中でもいわゆる「足が止まる」という現象が、どうしても気になってしまいました。

昨日の試合では私の見るところ、前半は30分過ぎ、後半は20分を過ぎたあたりから、明らかに動きが変わってきました。

このブログの中で何度も言い続けてきたことですが、どんなにスタミナがあると言われている選手であっても、「90分間すべての動きに全力を出し切る」などということが出来るはずがありません。

そのことは古今東西の超の付く一流選手も同じことです。

世界記録が2時間を切ろうかという、とんでもないスピードで走り続けるマラソン選手であっても、スタートからゴールまで、持っている最高のスピードで走っているわけではありません、我々には想像もつかない速いスピードではありますが、彼らにして2時間走り続けることが大前提のスピードなはずです。

サッカーの試合中、自分の持っている最高のスピードが要求される局面がたくさんあります。

だからこそ、そうでない局面の中ではできるだけ無駄な動きを排除し、エネルギーを温存しておかなければなりません。

サッカーの仕事を離れ、もう二度と関わることはないだろうと思っていた5年ほど前に、以前からかかわりのあったJリーグのチームの監督から、トレーニングコーチとして手伝ってほしいというオファーを受け、どうしたものかと考えていた時、当時の私が何をすればチームの、そして呼んでくれた監督の役に立てるかということでした。

改めてサッカーの試合を見ると、どんなレベルであっても最終的に「足が止まる」という表現を使われてしまい、だから負けたんだという結論に導かれてしまうようでした。

シーズンの初め、全体練習の前に行う自主トレーニングから始まって、トレーニングキャンプから実戦的な練習に移行していく過程の中でも、とにかく「走り負けないスタミナを養成する」という言葉が、選手自身からも指導者からも聞こえてきます。

マスコミの報道でも当然のようにその言葉が使われています。

しかし、何度も言いますがその能力は比較の問題であって、自チームの選手の中での評価であったり、対戦するチームとの相対的な評価として、どちらが長く走り続けられたかと言うだけのことで、本当の意味で90分間走り続けられる選手などいないのです。

ではどうするか、無駄にエネルギーを消費せず、ここ一番に少しでも本来のスピードを生かせる体の使い方という概念を、選手や指導者に浸透させることが出来れば、チームとして監督の考える戦術を1分1秒でも長く続けられると考えたのです。

それまでの私の指導対象にとって、具体的には野球選手ですが、こういう発想は必要とされませんでした。

だからこそ私の中には、逆にそういう体の使い方に対する興味というかイメージが膨らんでいたのです。

まだオファーを受けるかどうか迷っていた時でしたが、もしそうなった時に自分の中で納得できる動きを確認しておかなければと、すぐそばの川の土手を毎日走っていました。

そしてこの技術(あえてこう呼びますが)を身に付けさせることが出来れば、私がチームの勝利に貢献できると確信していきました。

それを確認できたことが、オファーを受ける気持ちになった最大の要因だったかもしれません。

なぜ大きな疲労を感じることになるのか、筋肉に大きなダメージを与え肉離れ等のケガをしてしまうのか、それらのすべてが現在常識とされている「走るという行為」に起因していると考えたのです。

細かいことはすでに何度も書いてきましたので、ここでは書きませんが、ストライドを広げピッチを速くすることが、スピードを上げる唯一無二の方法であると、大きく強く腕を振ることを要求され、太腿を力強く引き上げ膝を高く上げ、できるだけ前方に着地しようと努力します。

そのことで体の重心である股関節よりも前方に着地し、体重の2倍とも3倍とも言われる衝撃を筋肉は受け止めなければならないことになります。

ここに疑問を感じることなく、当然のことだから、その負荷に耐えるための筋力を強化するという発想になり、そうなるとさらに強化された筋力によって強い力で地面を蹴り、着地の衝撃も強くなるという悪循環に陥ります。

ではどうするか、それが私が理想とする、地面を蹴ることなく、着地して体の重さを受け止める感覚もないままで前方に体を運んで行くという体の使い方です。

今さらそんな話は信じられないとか、そんなことが出来るわけがないなどという感想しか持てないレベルの人には、改めて説明するつもりはありませんし、信じてもらおうとも思いません、もう読んで頂かなくても結構です。

実際にその感覚を知った人には目から鱗という言葉を使われますが、私にとっては人間の体の仕組みを考えれば、とてもシンプルで当然の体の使い方なのです。

しかし、これだけ言い続けても組織として私の考え方に取り組もうという声は聞こえてきませんでした。

残念ながら私が応援する、地元サンフレの森保監督にして、組織の壁は厚く私が指導できる環境にはなりません。

今朝の地元紙でも、「スタメンの高齢化でスタミナ不足は明らか、足が止まり攻撃の流れが作れない」という厳しい言葉が書かれています。

シーズンのさなかに大改革は難しいかもしれません、トレーニングキャンプの最初からじっくり取り組んでおかなければ、そう簡単に実は結ばないかもしれません。

しかし、正しい理解と日々のトレーニングで改善していくことは可能だと思います。

けっして年齢が高くなったから走れないとか、若いから走り切れるなどとう単純なことではないのです。

走るという行為にも『技術』が必要だということです。

それは現在最も速く走れる人がこうやって走っているとか、過去から現在にかけて走ることはこうやって行うのだという固定概念の中で行うことでもなく、人間の体の仕組みを考えたときに、こういう風にその仕組みを使いこなすことが出来れば、効率的に効果的に速く走ることができて、なおかつ長く走り続けることもでき、そして筋肉の負担も少ないためケガもしにくくなりますよと言っているのです。

私の考えが広まって行かないと愚痴をこぼしてしまいましたが、遠く海外にお住いの方から、このブログを通して多くのことを学んでいるという言葉を頂いたり、8月末には大学生のサッカーチームの指導をさせていただくことになりました。

西本塾で学んでくれた人が、勇んでそれぞれの環境で応用しようとしても、まったく興味を示してくれなかったり、受け入れようとしないという話も聞きます。

逆に、本来の指導対象でない所から興味を持たれ、真剣に取組み結果を出してくれたという報告もたくさん来ています。

時間はかかっているようですが、逆に言えばたったの数年で、これまでの固定概念を離れ私の考え方に共感してくれる人が増えてきたとも言えるわけで、どんなことも発信し継続することが大事なのだと改めて思っています。

一番手っ取り早いのは、私がもう一度表舞台に出て、メジャーな組織を改革して見せれば、世間の見方も一気に変わるかもしれません。

しかし、その環境はありません。
本当に必要としてくれる選手や組織に対して、じっくりと伝えて行かなければ正しく伝わらないでしょうし、お手軽な方法論のように思われてすぐに消えて行く運命になると思います。

形だけの指導や結果だけを求める選手には、絶対に身に付くことはありません。

サンフレの試合を見ながら、「私ならこうできる、プレーする選手も、見ているサポーターも、みんながサッカーを楽しめる体の使い方があるのに」、と言う気持ちを押し殺していました。

このブログを読んでくれている皆さんには、是非固定概念を捨て新しい世界を感じ取っていただきたいと思います。

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人間という動物が速く移動するために仕組まれた体のからくりとは。

今日は日曜日、大型連休中という方も多いかもしれませんね。

スポーツの現場で仕事をしていた頃には、休日こそ試合を見て頂ける絶好の機会ですので、休みなどという感覚はありませんでしたが、今は呑気なものです。

現在進行形で行っている「遠隔サポート」、今回の対象は10歳のサッカー少年ですが、実際に依頼してきてくれたのもLINEを通じてやり取りをしているのもそのお父さんです。

本来ならば直接本人に対して指導をし、反応を見極めながらサポートを進めて行きたいところですが、これまで直接的な関わりがまったくない小学生に対して、1週間で結果を出す指導が出来るかと言われれば、さすがに難しいと思います。

そういう思いで過去に問い合わせをいただいた方には申し訳なかったですが、お断りをしたこともありました。

しかし、そんなことばかり考えていては、遠隔サポートというシステムを導入した意味がないと思い、今回どれだけのことができるか、私にとっても新たな挑戦が始まりました。

本来ならば、まずは直接指導を受けていただき、そのフォローという形で遠隔サポートが成立すると自分で思い込んでいました。

今回相談を受けた時にも、それが正しい順番だということはお伝えしました。

それでも今回の遠隔サポートを成功させなければ、二度と同じような形でのサポートなどできるはずはないと、どうすれば正しく伝えられるか、まさに試行錯誤が続いています。

サッカー少年の問題点は、まずは膝の痛み、そして素人目にも分かる姿勢の悪さに起因する動きのぎこちなさでした。

最初に送っていただいたプレー動画を見て、これは簡単には改善できないぞと腹をくくりました。

痛みの原因は走る時の体の使い方が間違っていること、ということは一目で分かりました、当然スピードもなく、対応力もありません。

すべての問題の根本原因は「走るという行為の体の使い方」にあると確信しました。

西本塾の二日間をかけて、体の仕組みから始まり、なぜ私がこういう考え方に至ったのか、私が理想とする体の使い方を実現させるためには、どんなトレーニングが必要で、どんなドリルを行えばいいのか、目の前の受講者の皆さんに必死に訴えかけても、一度の受講で私が満足する動きを身に付けてくれる人はほぼ皆無と言ってもいいくらいです。

それを動画のやり取りと文字のやり取りがメインの遠隔サポートで本当に指導できるのか、現実的には難しいと言わざるを得ませんでした。

それが今、私の想像をはるかに超えるスピードで、理論と実際の動きを習得しつつあることに驚いています。

まずは動画を見て、私の理想とする体の使い方、一般的に正しいと言われている体の使い方、そして本人の現状の体の使い方を、簡単なハリガネ君のイラストと文字で説明するところから始まりました。

実はここで提示した理想の体の使い方の写真に、私の考え方のすべてが含まれています。

しかし、最初にそれを見た時には、この1枚の写真に含まれることに、そんな大きな意味があるとは思わなかったでしょう。

その意味を理解し、実際に体がそういう風に動けるようにするために、それ以降のやり取りを毎日行っているのです。

細かい説明はここではできませんが、骨格模型を使って股関節の動きを説明する動画を作ったり、これまで撮りだめてきた各種ドリルの動画を使って、確実に理解が進むよう工夫しています。

そして今日現在いよいよ下半身のドリルを行っていただいています。

私の理想とする体の使い方は、一言で言えば、「着地する足も、後方(蹴り足とは言いません)の足も、どちらも股関節は常に伸展状態を保つ」ということがすべてなのです。

一般の常識で考えれば、着地足は前方に大きく振りだすために、股関節を力強く屈曲させ、膝を高く引き上げることが要求されています、そのために鍛えなければならないのが腸腰筋だとかいう発想になって行くわけです。

最近では、「着地は股関節の真下に」という言葉を使う指導者も見受けられますが、現実として股関節の屈曲で引き上げられた足は、重心である股関節よりも前で着地せざるを得なくなり、着地した瞬間と言うより、地面を蹴った瞬間から、前方に振り出すための股関節の屈曲が始まっています。

それは前方に進んで行く体にとってブレーキとなってしまうことになり、後方の足は当然大きな力で地面を蹴る必要が出てきます。

昨日も地元広島で織田記念陸上競技大会が行われていましたが、この日のためにというか、大会に合わせて日々トレーニングを積んでいるトップ選手の中にも、本番のレース中やサブグラウンドでのアップ中に、筋肉のトラブルで棄権を余儀なくされてしまう選手が何人もいました。

この現実が、私の走るという行為への疑問の起点となり、様々な観点から試行錯誤を続けてきた結果が今指導している体の使い方になっていきました。

私がお手本としているマイケルジョンソン選手の股関節の伸展具合は、他の選手と比べると異常なほどです。

地球上で最も早く走ることができるチータの着地の瞬間を見ると、前足も後ろ足も付け根の部分が通り過ぎた瞬間に地面に触れます。

付け根より前に着地すれば、当然体の重さを受け止めることになりますから、スピードを制御するブレーキがかかります。

チータの表情に力みは感じられません、チータでも吠えるというか相手を威嚇するときには怖い顔をするのでしょうから、力みのない表情と言い方も間違ってはいないと思います。

4足歩行の動物の走りは、まさに背骨をうねらせて体を伸ばしたり縮めたりしているだけで、地面を強く蹴っているという風には見えないのです。

彼らに肉離れなどという概念は見出せませんし、実際に、自然界の食物連鎖の中で、追う方も追われる方も走っている最中に肉離れを起こしたことが原因で、獲物を逃がしたり捕まって食べられてしまったのではシャレにもなりませんから。

以前ある選手にこういう説明をしている時に、「チータの走りが理想的だと言うのなら、なぜ持久力は備わっていないのですか」という質問を受けました。

私の答えはこうです、「地球上のありとあらゆるものを創った創造主が、そんな万能な力を一つの動物に与えてしまうと思うかい、そんなことをしたら地球上がチータでいっぱいになってしまうと思わないか」と言うことです。

まさかチータだらけにはならないまでも、絶対的な瞬発力とスピードを与えられたうえに、持久力まで備わっていたとしたら、狙われた獲物は100%捕まえられ命を奪われてしまいます。

それぞれに与えられた能力があり、どんな動物にもかなわない天敵がいて、さらには自然界の力も働いて、地球上の生命のバランスが保たれているということなのだと思います。

人はそのすべてを手に入れようとしています。

それはあまりにも思い上がった考え方で、その前に我々に与えられた能力、体の仕組みやからくりをきちんと知ったうえで、それを効率的に使うという発想こそが本来の姿ではないのでしょうか。

そこには体をいじめるトレーニングとか、結果を出すことと故障することは紙一重で、努力が足りないとか運が悪かったですまされる問題ではないはずです。

今日もおそらくは親子で「アイドリングからの動きだし」、片足着地の際の両足股関節の伸展動作による「後ろ足の引っ張り出しのドリル」、それを交互に着地して行う「連続引っ張り出しのドリル」そして、そのまま回転数を上げて行くことで自然にスピードが上がるという体験を行ってくれていると思います。

ここまで来ると、もう地面を蹴らなければ前に進めないという固定概念の呪縛は解かれていると思います。

「なぜこんなに簡単に前に進むのだろう、なぜ足の負担が少ないのだろう、今までの走り方ってなんだったんだろう」、そんな気持ちが芽生えだす頃かもしれません。

もしかしたら直接指導の西本塾生よりも、深い理解で進んでいるのかもしれません。

こうして遠隔サポートという形で私の理想としている走るという行為を指導するにあたって、改めて自分の中で積み上げてきたことを整理していますが、一般的に行われている走り方と、私の理想の走りとの決定的な相違点は、腕を振るとか振らないとか、地面を蹴るとか蹴らないとかではありません、「足を前に運ぶために股関節を屈曲させるということをしない」、「ふくらはぎの筋肉を強く収縮させて地面を蹴り、膝を屈曲させて踵を巻き上げない」、「とにかく関節の運動にとって大きな負担となる屈曲という動作を行わせない」と言うことに尽きるのだという結論になりました。

お父さんはサッカーの審判もされているそうですが、笛を持っていようが副審として旗を持って走ろうが、他の競技で用具を持って走ろうが、この股関節の伸展動作の連続で走るという感覚が身に付けられれば、人間として最も効率的な走るという行為を行うことができるということです。

このお父さんは只者ではありません、FBTの動画を送っていただいたときにピンときました。

中国武術の経験があるそうで、体をどう使うかという観点は十分に持っている方でした。

サポートも残り数日、お父さんの理解力と身体能力があれば、今回の遠隔サポートはお互いに有益な1週間になるはずです。

息子さんの指導は、もちろんお父さんが継続してくれるはずです。

お母さんも含め家族みんなで協力し、何とか息子さんのためにと努力されている様子が伝わってきます。

最後の部分までしっかり伝えて行きます。

人は、自分の体験と学んできた知識の範囲でしかものを言えませんが、そういう固定概念の中からは新しい何かは生まれてはきません。

私の考えも面白がって取り組んでみてください。

番外編、走るという行為に関する重心移動の概念を利用するために。

先日ツイッターを介して、私の指導を受けたいのでDMで相談を受けて欲しいという依頼がありました。

それに応えて返信すると、そ相談内容とともに動画が送られてきました。

ブログを読んで頂いていれば分かると思いますが、こういう申し出に応えるために設定したのが、動画を介した「遠隔指導」というシステムです。

実際に利用してくれたのは、西本塾生の方で、既に面識がある方お一人だけです。

私は常に自分のやることに結果責任を感じてしまうので、遠隔指導という形での関わり方には正直不安がありました。

それも一度もお会いしたことがなく、私の考え方に対する理解もほとんどない状態の方に、何が伝えられるのか、対価をいただくほどの指導が出来るのかと、実行に移すまでには時間を要しました。

しかし、実際に広島まで足を運ぶことが難しい人も多い訳で、さすがに結果責任までは追いかねますが、出来る限りの指導が出来る準備は整えていました。

とくに私の提唱する「走り方」に関しては、息子智志をモデルにして、基本のドリルを動画に撮ってあるので、相談者のレベルに合わせて、それなりに分かりやすい指導を提供できるのではないかと思っています。

加えてこれまで指導を受けてくれたたくさんの人たちの中から、お手本として提供できるレベルの動画もいくつかあって、これらを組み合わせながら、相談者の動画との比較で、遠隔指導として満足していただけるものが提供できると思います。

現実にはそれらを使って指導をさせてもらったことはまだありません。

このブログやツイッターを通して、私の考え方の興味を持ち、指導を受けてみたいと思ってくれている人は少なくないかもしれません。

ただ私は趣味でこういうことを行っているわけではありませんので、そのことは理解していただき、遠隔指導なり直接の指導を受けに来ていただくなり、しっかりと行動に移してほしいと思います。

インターネットを通じた交流は匿名ということもあり、何でも聞いたもの勝ちという所があったり、こういう無形なものに対して対価を払うという概念がないのかもしれませんが、さすがに無料でという訳には行きませんのでご了承ください。

現実として遠隔指導のシステムを公表してから、塾生の方を含め質問や相談がほとんどなくなってしまいました。

さてその相談者ですが、高校2年生でサッカーをやっているそうです。

まずは先ほどから書いている通り、こういう形の指導は有料であることを伝えました。

その上で質問内容を読み、同じようなことで悩んでいるかもしれないブログの読者がたくさんいるかもしれないから、名前は匿名としても、動画を含め相談内容をすべてブログの記事にして良いのなら、今回に限り出来る限りの回答をしても良いと返信しましたが、公開は拒否しますという返事が返ってきましたので、こういう形で一般論として取り上げることにしました。

質問は大きく二つ、一つは「重心移動はどうしたらできるようになるのか」、もう一つは「肩甲骨と骨盤を連動させるために、重心移動以外に改善すべきことがあるか」、と書かれていました。

それを読んだうえで送られてきた動画を見ました。

全体の質問内容から判断して、彼は「重心移動」の概念に対して、私とは違う理解をしているようでした。

それは「重心移動とは下半身の改善をしている時に、地面からの反力を十分に受けて前に出ている感覚がありました」という文章から感じられました。

この文章から私との違いを感じることが出来る人は、かなり私の考えを理解できている人だと思います。

もう一つ、「肩甲骨を連動させる前に重心移動ができていない」という表現からもうかがえます。

実際に走っている動画を見ると、腕を後方に振ろうという意識は感じられますが、骨盤は後傾し腰が落ちています。

そのため股関節のクランク機能を使うことができず、後方で地面を蹴って太腿を振り上げ、ストライドを広げて大股でという走り方になっています。

当然着地は重心位置の前方でになりますから、前進する体に対してブレーキをかけるという、私が提唱する走りとは、まったく真逆な体の使い方になっています。

もし彼が有料でもいいからと遠隔指導を希望してくれたとしたら、かなりの意識改革が必要となるでしょう。

というよりも過去指導した人たちは例外なくこういう走り方が正しいと信じて、これまで生きてきたと思います、彼だけが特別なわけではありません。

という訳で、これまで何度も説明してきた、私なりの解説ではありますが、「体重移動と重心移動の違い」の概念をもう一度書いておくことにします。

直接目の前で指導する場合は、こういう形で行います。

まずは直立した状態の時、体重が60キロの人間であれば、片足に30キロずつの重量がかかっていることになります。

人間は二足歩行の動物ですから、その状態でバランスを取っている訳で、体を移動させることは出来ません。

その場から移動するためには、片足にかかる重量をゼロにする必要があります。

両足をそれぞれ体重計に乗せているとすると、片足を浮かせば全体重の60キロを、片足のみで支えることとなります。

それでも片足で体のバランスを取ろうとしますから、その場から動くことは出来ません。

ではどうするか、片足で立って60キロを指している体重計のメモリが、それ以上になるようにぐっと踏み込んだ反動を使って、60キロの物体を移動させるということになります。

屁理屈のように感じるかもしれませんが、現実としてこういうことが行われています、これが体重をという重さを運ぶという意味で、「体重移動」と定義している移動方法です。

元々60キロの体重を、それ以上の力を使って移動させるということになります。

対して重心移動の概念ですが、同じく直立した状態の体を、後ろから肩のあたりを押してあげます。

その際、相手には足元から頭の先まで、できるだけ真っ直ぐな状態を保ったままで居て欲しいと伝えておきます。

後ろから押された真っ直ぐな体は、もしそのままの姿勢を保ち続けたとしたら、顔面から床に激突してしまうことになりますので、そういう不安を感じた瞬間、人間は前方に倒れないようにどちらかの足を前方に踏み出し、体を支えるということを自然に行います。

この時、地面を強く蹴ったり、足を前に踏み出そうという感覚はほとんどないはずです。

ただ単に危険回避というか、前方に倒れてはいけないと、体が自然に行った行為です。

私は体の重心位置は股関節だと思っていますので、その重心位置である股関節が前方に移動したことに体が自然に対応して、体全体が移動したということを指して、「重心移動」という言葉を使っています。

さらに重心移動によって体が移動した時、体を支えるために振り出された足が着地する位置は、地面に対して股関節の真下であることも重要なことです。

分かったような分からないような説明かもしれませんが、階段を駆け下る時の状態を思い出して頂ければ分かりやすいかもしれません。

階段を駆け下る時に、段を強く蹴ったり着地でしっかり受け止めたりということを行っているでしょうか。

「それは下りで勝手に体が移動していくから、足を踏み外さないように気を付けているだけだよ」、と言われるかもしれません。

確かにそうなのです。

さらに言えば、その時腕を振って太腿を引き上げるなどということも、まったく行っていません。

行っていないどころか、階段の駆け下りにそんな動きを意識的に入れようとすると、速く駆け下ることは出来ないでしょう。

ではこういう感覚は平地を走る時に応用できないのでしょうか。

それを実践可能としたのが、私の提唱する走り方ということになります。

「階段を駆け下るように平地を走れ、そんなことができるはずがない」、そう思う人は規制外何のしがらみから抜け出ることとが出来ない人たちです。

それを可能とする、というよりも、その方が人間の体に仕組まれたからくりを上手に使うことが出来て、筋肉に負担が少なく、無駄に力んで判断力を鈍らせることもなく、スムーズな動き出しと加速を可能にし、持久力の向上にもつながるという、一石何丁にもなる究極の走り方と言っても良いものなのです。

「平地は下りのように、上りは平地のように」これが私の走り方を表すキャッチフレーズとなっています。

「それじゃあ全部同じじゃないか」、そういうことです。

それを可能にするのが、重心移動の概念と、人間の股関節の構造がクランク状になっているという有難い事実です。

「伸kingトレーニング」という言葉を最近多用していますが、「股関節の伸展」が一番のキーワードになります。

着地の際、股関節が出来るだけ伸展した状態であれば、着地の位置は股関節のやや後方となります。

とういうことは、片足で支える重量は60キロでも30キロでもなく、それ以下に感じることになります。

そんなバカな話はない、理屈に合わない、そう思われるでしょう。

実際にこの感覚を実感した人たちにしか分からない感覚だと思います。

現実にそういう感覚になるのです。

だから足の負担が全然ないとか、まったく疲れないなどという感想を体験した人全員が言葉に出すのです。

西本塾や個人指導を受けた人の感想にも同じことが繰り返し書かれていますが、自分の目で体で体験しないことには信じないと、これまた同じことを言って私の元を訪れます。

着地する足の股関節がしっかり伸展し、クランクの形状の恩恵を最大限に生かすことが出来れば、後方の足は地面を蹴る暇もなく、既に前方に引っ張り出される準備が出来ています。

この状態を感覚するためのドリルが、「引きづりのドリル、改め、引っ張り出しのドリル」というものです。

股関節が8の字を描くようにローリングを続けることで、地面を蹴る着地するという感覚なしに、体がどんどん前に進んで行きます。

階段を駆け下りる重心移動のイメージそのままに。

ただそれらを言葉として理解し、二度三度くらいの回数私から直接指導を受けたからといって、完璧にその動きを再現できるわけではありません。

息子智志が短期間でその感覚を再現できるようになったのは、日々行う「伸kingトレーニング」によって、全身の連動を伸筋群を使って行うことが当たり前の体を作り上げてきたからです。

一朝一夕にできるものではありません。

たとえ外見は同じように見える動きであったとしても、本質的な体の動きが出来ていなければ似て非なるものでしかないのです。

どこを使ってどこを意識してと、頭で考え指令を出して体を動かしている間は、今以上にスピードも持久力も向上させることはできません。

今指導している中高生を見ていると、まさにその思いが強くなります。

智志のやってきたことを1カ月4カ月と、それぞれ継続していくと、私の求める動きを見事に表現できるようになっていくのです。

本人のやる気さえあれば、そこに例外なく到達できると思います。

マシン等を使った「伸kingトレーニング」と様々なドリルを組み合わせ、週に2回3回と直接指導を継続することで、私の思いは必ず伝えられると実感させてもらっています。

この経験というかノウハウを、遠距離の方にも出来るだけ正しく伝えて行きたいと思います。

せめて一度は直接指導を受けていただきたいとは思いますが、そうでなくても伝えられるようにしなければ、救われないままの選手がどれほど多いことか。

先ほども電話で相談がありましたが、「一生懸命頑張っているが思ったような成果が出ない」という言葉に、努力は正しい方向性に対して向けるものであって、ただ頑張っていますはただの自己満足にすぎないことを分かって欲しいと思います。

その方向性を指し示し、進んで行く先に明かりを灯すのが、夢先案内人たる私の仕事だと思います。

どれだけ言葉を並べても伝えることは難しいとは思いますが、人間が持って生まれた体のからくりをうまく使うことで、もっと楽にもっと効果的に体を動かすことができるという事実を、多くの人と共有できるように伝えて行きたいと思います。

遠隔指導もっともっと利用して欲しいと思います。

相談してくれた高校生には、そのままズバリの回答という訳には行きませんでしたが、今日の記事が少しでも参考になればと思います。

サッカーが上手くならないという言葉も書いてありましたが、私の言う体の使い方という分野に興味を持つ指導者が現れないことには、どんな指導を受けても大きな変化は期待できないと思います。

そのことも今実感しています。

「走り方体験会」へ向けて、基本事項の確認と伝え方の整理。

いよいよ今年も残すところ1週間を切りました。

今年を振り返り重大ニュースを思い起こそうかと思っていましたが、その前にまだやらなければならないことを作ってしまいました。

29日に行う「走り方体験会」、告知の通り5名の申し込みをいただきましたので、予定通り開催することになりました。

ほんの数日前の告知で、広島近郊にお住まいの方や、正月休みで広島に帰省するという人を想定し、普段なかなか時間が取れないが、このタイミングなら参加してみたいという人が、もしかしたらいるかもしれないという、私流の気楽な思い付きでした。

結果としては、広島市内からの参加は1名のみで、他の方は遠くからわざわざこのためだけに広島に足を運んでくださる方になりました。

「体験会」などという気楽な思い付きどころか、真剣にお伝えしなければ、参加してくださる方に申し訳がないと、私の取り組む姿勢を考え直しています。

時間も2時間の予定でしたが、たぶんそれを超えることになると思います。

既に指導したことがある小学生が2人と、そのうちの一人のお父さんも参加してくれます。

体験会という趣旨からは少し離れてしまうことはお伝えしましたが、当然マスターできているはずもなく、また一から学びなおしてくれればいいと思います。

それにしても広島という地域に住んでいる方には、私が発信していることは届いていないようですね。

もし届いているにもかかわらず興味を示さないというのであれば、とても残念なことです。

これまで参加してくれた人たちが口を揃えて言ってくれるのは、自分の成長のために何か参考になるものはないかとアンテナを立て情報を収集していく中で、私という存在に出会い、興味を持ってくれたということです。

それなりに多くの人口を抱えスポーツも盛んな土地柄であるはずの広島に住んでいる人が、興味を示してくれないことが、私にとっては不思議なことにさえ思えてしまいます。

まあそれも仕方がないことでしょうから、これくらいにしておきます。

さて、「走るという行為」についてですが、これまでもブログで、私の思う所を詳しく書いてきました。

今からすべてを読み直してもらうことは大変な労力が必要となりますが、自分にとって必要なことであると思うのなら、その労力を惜しんではいけないと思います。

これまで試行錯誤を加え、自分なりに完成させたつもりでいる「走るという行為」ですが、それを誰かに伝えるという行為は、まだまだ工夫が必要だと思っています。

ただその効果というか、指導の結果に関しては自信を持って、私が思うレベルにまで届かせてあげられることは、夜7時から行っているグループトレーニングに参加してくれている中学生と高校生のサッカー選手たちが証明してくれています。

彼らの目的は、サッカー選手としてのパフォーマンスを向上させることです。

パフォーマンスという言葉も一般的にはなってきましたが、あいまいな言葉で正しく何かを表現しているとは思えません。

私が彼らに求めているサッカー選手としての基本となる能力は、90分間頭と体を動かし続けることができるという能力です。

このことの詳細も過去記事に詳しく書いてあります。

そのためには、いかに効率的に体を移動させることができるか、そこに必要となってくるのが「走るという行為」に必要な体の使い方ということになります。

さらには速く走るということも当然必要となりますが、サッカー選手にとって必要なスピードとは、陸上競技のようなヨーイドンで一斉にスタートしゴールを目指すスピードとは違うと思います。

遥か昔、オリンピックの100mに出場した日本の選手が、プロ野球のロッテに代走専門で選手として契約して話題になったことがありました。

もちろん野球経験はない訳で、100mのスピードは日本一だったかもしれませんが、投手のモーションを盗んでというか、どのタイミングでスタートしたらよいのかも分からないで、一塁ランナーとして盗塁を試みるのですから、成功する方がおかしいくらいでした。

一塁のランナーコーチの、「ゴー」という掛け声でスタートすると聞きましたが、ほんの短い期間で辞めてしまったと記憶しています。

これは極端な例ですが、サッカー選手もほぼ同じ状況で、いつどのタイミングでどこに向かって走るかという、盗塁以上に難しい判断が要求されるはずです。

加えて瞬時に方向を変えたり、何より人をかわしボールを受け止め、そして蹴るというサッカー選手として最も大事な動作を行わなければなりません。

これらの動きをよどみなく滑らかに行えている選手の動きを「キレのある動き」と呼んでいるのではないでしょうか。

そのためにはどういう走り方が理想的なのかを考え続けた結果が、今皆さんに伝えている走り方であり体の使い方なのです。

これを突き詰めていくと、走るという行為だけを行う陸上競技の選手こそ、この考え方を基本にして走り方を作り上げていくことの方が、より速く効率的に走ることができると、今は思っています。

昨日行われた高校駅伝の中継を見ても、私の考え方を具現化する走りをしている選手は皆無でしたが、チーム全員が私の考え方の元に取り組んだとしたら、どんな結果になるんだろうと、有り得ないことだとは思いますが少しだけ想像してしまいました。

29日は今年最後の「走るという行為」に的を絞った指導になりますが、その前にこの考え方に至った最も基本的なところを、言葉にしておきたいと思います。

それは、「人間の股関節の形状」のことです。

寛骨に大腿骨がはまり込むように形成されている股関節ですが、大腿骨の頸部、はまり込んでいる首の部分が直線ではないという事実です。

四足動物をイメージしていただければ分かると思いますが、寛骨に対して内側に首を傾けたような形状で、そうであるからこそ四足動物はその部分をクランクのように使うことで、速く走ることができます。

人間はいつしか二足動物へと進化していきましたが、有難いことにそのクランク形状は失われることなく残っています。

ところが残念なことにこのクランクをうまく使って走るという発想が、現状、世の中のすべての人が正しいと思っている走り方の中に見えないのです。

これがどうしてなのかは私の方が聞きたいくらいです。

このクランクをうまく使って、歩く走るという行為を作り上げて行くことこそ、あえて「想像主・神」という言葉を使わせてもらえば、神様が我々に与えてくれた能力を正しく使えるということになるのではないかと考えたのです。

そのためには、ただそのことが分かったとか、見た目だけを真似して腕は振らないとか、大股ではなく小股で走るとか、いわゆる忍者のようにすり足で走るなどという表面的な話ではなくなるのです。

それが当たり前のようにできるようになるための様々な「ドリル」、そのドリルを行いやすくするための動きづくりを準備する「伸kingトレーニング」などなど、一朝一夕とはいきませんが、一つ一つ根っこを掘り起こしてきたお蔭で、どんな人間でもきちんと取り組めば必ず到達できるということを証明してきました。

もちろん時間はかかります、継続した指導も必要となります。

結局はそれを会得したいという強い意志、というか意欲があるかどうかということが問題で、私の指導を受けるための環境も必要となることは言うまでもありません。

ただ私が傍にいないからではなく、いくらでもやり方はあると思います、その方法もすでに準備してあります。

ようは、本人がどれだけ本気で取り組むかという意志と覚悟の問題です。

グループトレーニングを受けている選手たちが、短期間で成長できているのは、私のノウハウを週に2回から3回継続して指導されているからに他なりません。

数回学んだだけで出来たとか分かったとかいう話ではありませんし、そのレベルで私とまったく同じレベルの指導ができるはずもありません。

ただ、その入り口に立ち、これまでの既成概念や固定概念に疑いを持ち、新たなことに取り組んでみようと意気持ちになってもらうことが大事だと思います。

まず骨盤は前後ではなく、上下に動くものだという発想の転換なくしてこの話を進みません。

そのうえで、骨盤の上下動に呼応して大腿骨の頸部がクランク状に首を振って、地面を蹴ることなく大腿骨が前方に振り出され、股関節が伸展しながら着地を迎えるため、着地の衝撃が筋肉や関節にほとんど感じられず、不思議なほど楽に前に進むことができます。

いくら言葉を尽くしても理解どころかイメージすらわかないと思いますが、それを体験してもらおうというのが、29日の体験会です。

これまで150人を超える人たちに指導してきましたが、正確に理解して実際に行うことができ、それを伝えるレベルに達してくれて人はどれくらいいるのか私も分かりません。

もっと簡単に教えられないのかという意見もあるでしょう。

結局は学ぶ側の意識なのです。

世界のトップレベルを争うという人間なら、表面上の形を学ぶことで満足していては、到底望むレベルには達しないでしょう。

小学生であれば物まねから入ってもいいと思います、年齢とともに少しずつその意味が分かれば、自分のやっていることに自信も持てるでしょう。

私がしなければならないのは、もっともっと根っこを掘り進め、どんな疑問質問に対しても明確な対応ができるようにしておくことです。

幸いなことに今年3月から一緒に活動し、私のすべてを学んでくれている息子智志が、私の想像を超えるスピードで成長し、指導する側としても求めるレベルに近づいてくれています。

私の指導は厳しくなりすぎるところがありますが、智志は私の言わんとしているところを的確に、そして少しソフトに、私が見習わなければと思わされるような雰囲気の中で指導してくれています。

「誰にも伝えない、分かるわけがない」と、孤高を貫いてきましたが、ようやく私自身にも変化が見えてきました。

西本理論という抽象的な言葉が一人歩きをして、良いだ悪いだと言われることも増えてきましたが、全く意に介していません。

私自身が試行錯誤しながら掘り進んでいるものを、第三者に評価される筋合いのものではありませんから。

「骨盤を立てに動かす」「広背筋の役割」「広背筋の停止部、上腕骨小結節部位の重要性」「骨盤から背骨、肩甲骨の連携連動」「地面を蹴らない」「着地で体重を受け止めない」、言葉にしただけでも切りがありません。

3人の大人の参加者には、なるほどそういうことかと頷いていただけるように、2人の小学生には、走り方が変わったなと実感してもらえるように、年も押し詰まった最後の機会です、それぞれの参加者に来て良かったと思って帰っていただけるよう、しっかり準備してお迎えします。

走るという行為、素速い動き出しと「アイドリング・ステイ」の概念。

広島地方、久しぶりに気持ち良い秋晴れの空が広がっています。
昨日は台風の影響で、強い風が吹き、自転車通勤で利用している港公園の駐輪場の自転車は軒並み倒されていました。

今夜はサッカーのW杯予選が行われますが、ちょうどその時間帯は学生を相手のトレーニング指導を行っていますので、帰ってからゆっくり録画を見ようと思っています。

私がサッカーの試合を見る視点は限られたものとなります。
いわゆるサッカーをよく知っている方々のように、戦術的な解説やフォーメーションといった部分は、私には分かりませんから。

では、私が何を見ているのか、それは選手の動きそのものです。

当たり前ですが、サッカーはボールを蹴る競技です。
ただ、フリーキックの時のように、誰の邪魔されることなく、自分の思った通りに蹴るという動作をすることはほとんどありません。

走りながら動きながら、ボールを受け、コントロールし、ドリブルで運んで行ったり、パスやシュートといった蹴るという行為を行うことになります。

もちろん味方の選手だけではなく、相手の選手もいるわけですから、自分の持っている技術をそのまま発揮することは簡単ではありません。

そんな中で、いかに自分の能力を発揮し続けることができているか、私はそこを見ています。

選手としての経験はまったくなく、数多いスポーツ種目の中でも、特に興味があったわけではありませんでした。
そんな私ですが、広島と神戸で4シーズン仕事をさせていただきました。

その時にも、サッカーそのものに興味を持ったというより、あくまでも選手個人の体を相手の仕事に終始していたと思います。

もう4年前になりますが、久し振りにサッカーの仕事をすることになった時、それもトレーナーとしてではなく、トレーニングコーチという肩書きで仕事をして欲しいというオファーを受けた時に考えたのは、私の能力をチーム力向上のためにどう活かすかという問題でした。

色々なことをやりすぎてきましたから、的確な言葉ではないかもしれませんが器用貧乏にならないように、しっかり目的を絞った仕事をしたいと思いました。

そこで浮かんだのが、「90分間走り続けるではなく、90分間、頭と体を動かし続けることができる能力」という体の使い方を指導することでした。

サッカーでよく言われる「足が止まる」という現象は、そのまま失点に繋がり、攻撃の形を崩します。
私が切り込めるのはこの部分だと思いました。

具体的なことは過去の記事で何度も私の考えを書き綴ってきましたので割愛しますが、負荷を高め量を増やすトレーニングをしても、このテーマを克服できないことは古今東西歴史が証明していると思います。

ではどうするか、私がおかしいと感じたトレーニングや体の使い方から逆算し根っこをたどっていくと、走るという行為を人間が行うためには、こんな体の使い方をすれば良いのではという結論めいたものを見つけたのです。

皮肉なことですが、それを発揮しようとしたチームを離れた後、これまで名前すら聞いたことがなかった、世界のスーパースターたちの動きを見続ける機会があったことで、私の考えは間違っていなかった、いや正しかったと自信を持って思えたのでした。

西本塾や個人指導で伝えられたのは、その一部分、基本的な考え方や体の使い方でした。

それができるようになるためには、理論的な部分を理解してもらうことはもちろんですが、そういう体の使い方ができるようになるための、最近使っていることばですが、「動きづくりのためのトレーニング」を、継続して行うことが必要なことも当然のことです。

今指導している高校生と中学生の兄妹サッカー選手には、実験と言っては失礼ですが、私が導いて行ける最高のレベルを目指したトレーニングを行なっているつもりです。

既にプロの選手やそれに近いレベルの選手ではもちろんありませんが、そこを明確な目標としている選手という前提の元に指導を続けています。

まだまだ、「動きづくりのためのトレーニング」の基本的なこと部分を繰り返しているレベルですが、それにプラスして行なっている「走るという行為」の指導では、既に大きな変化を感じています。

ピッチの中で最もしてはいけないと思うのが「居付く」という感覚です、次の動作に対応できないからです。

そこで考えたのが、股関節を縦に使うという「アイドリング」という体の使い方です。

これは私が考える走るという行為の基本をなしているものですが、実際にやってみると股関節は縦に使う方が自然なことに誰もが納得してくれます。

次はそこからどうやって動き出すかという問題です。

地面に居付いて、地面を強く蹴って反力を得ることでしか動き出せないと思いこんでいる人にとっては、理解しにくい感覚かもしれませんが、固定概念を離れ実際に自分の体を動かしてみると、なんだそんな簡単なことかと分かり、これまで当たり前だと思ってきたことがバカバカしいとさえ思うようにさえなります。

ではどうやって移動するかということですが、人間が移動するときに使えるエネルギーは3つ、目標方向への重心の移動、重心の落下、上半身と下半身の捻転だと考えています。

その3つを無理なく効率的に使うことが、筋肉の負担が少なく、当然疲労も少なく、なおかつ素速くどの方向へでも動き出せるという理想的な動きになると思います。

そういう動きを身に付けてもらうために行うドリルですが、これまでは「アイドリング」から、引きづりのドリル改め「股関節を引っ張り出しのドリル」を、左右同じ感覚で行えるようになるまで染み付けていきます。

左右別々に行えるようになれば、次は交互に行います。

ここまでくるとかなりこれまでとは違った感覚で移動(既に走りになっていますが)できるようになっています。

ところがここでスピードを上げようとすると、股関節の引っ張り出しという感覚が薄れ、速く足を出したいと、股関節の屈曲動作が顔を出してきます。

股関節はあくまでも伸展を優先させることで、膝は前に上げる意識はなくなり、実際にそれほど高い上がりませんが、逆に踵が高く上がって見えます。

この現象はいわゆる足が流れている状態ではなく、着地する側の足がきちんと股関節の真下に着している証拠でもあります。

その結果として逆の足の股関節はしっかり伸展することができ、スムーズな足の運びでピッチを速めストライドを伸ばしてくれます。

智志は半年でここまでの動きをほぼマスターしています。

次に問題となるのが、動き出し、スタートの速さということになります。

これこそ、私のいう移動のエネルギーの三要素をフル活用しなければなりません、スタートの一瞬だけですが通常の走りの時のような、右と右左と左という同速の動きではなく、左脚を踏み出す時には右の肩を振り出すという対角線の動きを使います。

ところが振り出された右肩を、強く引き上げることを意識すると、次の瞬間から同側の動きに変わってしまうのです。

言葉で説明することは難しく、おそらく読んで頂いてこの動きが正確にイメージできる人はいないかもしれませんが、実際に行うとそうなるのです。

この動きがマスターできると、本当に動き出しが速くなり、あっという間にトップスピードに達することができます。

兄妹は今それに取り組んでいますが、中学生の妹の方が私のイメージに近い動きを行えるようになってきました。

次のステップは、素早くトップスピードに乗って移動した体を、相手の前でどうやってコントロールするかという問題です。

けっして、「止まるストップする」という感覚ではありません。

素速いダッシュで相手の目の前に到達した瞬間に、細かいアイドリングを繰り返すことで、相手のどんな動きにも対応できる準備をするという動作なのです。

この動きには、「アイドリング・ステイ」という言葉を考えました。
「ストップ」ではなく「ステイ」です。

さて、私が指導しているような体の使い方をピッチの上で表現してくれる選手はいるでしょうか。
今夜の日本代表チームの選手たちの動きが楽しみです。

もちろん対戦相手のイラクの選手たちの動きにも興味があります。
まったく知らない選手たちですから、先入観ゼロで見ることができますから。

皆さんも、私のような視点を持って選手の動きを見ていただくと、新しい発見があるかもしれません。

何はともあれ「ガンバレ日本!」です。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。

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