FC2ブログ

正しいことを正しいと信じ継続してくださる方の存在。

今日もブログを読んでいただきありがとうございます。
昨日のゴルフで43・43・86のスコアで回り、70台も現実化してきたと笑顔の西本です。

土日の二日間行なった、『第30期西本塾』3人の受講者の皆さんと一緒に、まさに学び合う二日間を過ごすことができました。

これまで私が受講者の皆さんに向き合う基本姿勢は、それぞれの方の向こうにいる、「私がおそらく生涯出会うことがないであろうたくさんの人たちに、私の試行錯誤の上たどり着いた考え方を正しく伝えて欲しい」という強い思いがありました。

ですから、他の何かと比較することはできませんが、おそらくいわゆるノウハウを教える講習会やセミナーの一つと考えて受講した方には面食らったところも多々あったと思います。

とにかく一人一人に対して真剣に向き合ってきたつもりです。

最近使ったワード『3%』理論(申し訳ありませんが出典は確実ではありません。あるセミナーの講師の方が講義の中で使われていた言葉です)によりますと、自ら求め真剣に学んだ方の中で、継続して学び続け、伝えた側と同じレベルの意識にまでたどり着いてくれる方の割合がたったの3%だと言われるのです。

私は常に100%の方に理解していただきたいと奮闘してきたつもりですが、現実にはその数字が妥当なのかもしれません。

しかしこの数字は、伝えた側の求めるレベルであって、受け取った側の方から見れば、大きな影響を与えてくれたと評価してくれている部分もあるのかもしれません。

そんなことを思いながら今回3人の受講者をお迎えしました。

今回のテーマは、受講者の向こうにいるたくさんの人のためには勿論ですが、何より参加してくれた一人一人が、二日間の講義を終えた時、「目からウロコが落ちたとか」「点が線になった」という、抽象的な感想ではなく、いますグニでも自分が関わっているたくさんの方とこの二日間の内容を共有したい、これまで以上に人の役に立てるものをたくさん学ぶことができた」と思って帰ってもらうことでした。

1日目の理論編も、これまでの29回に比べ、レジュメの文字を追うことが少なかったと思います。

皆さんがどう受け取ってくれたのかは、お願いしてある感想が届いた時に、改めて書きます。

こうして回を重ねてきたわけですが、その3%にあたる方々のその後の取り組みは、私の想像をはるかに超えるものがある方ばかりです。

そんな方々の存在を知ったからこそ、3%という数字が見え隠れするのだとも思いますが。

このブログの記事をわざわざ紙ベースに印刷して、テーマごとに分類してファイリングし、用途に合わせて持ち歩いているという方が何人もいます。

自分で言うのもなんですが、6年以上にわたって延々と書き綴っているこのブログ、相当の文字数でありページ数になると思いますが、それをそこまで大事にしていただいていることに感謝以外に言葉が見つかりません。

また、具体的に何をどうされているのか知識が乏しくわかりませんが、全ての記事をデータベース化して検索できるようにしていると言ってくれた方がいました、それが、西本塾生でツイッターのハンドルネームと言うのでしょうか『@nykm8』さんです。

昨年の12月に伊勢原でお会いして以来、すでに何度もお会いしている方です。
お名前を出しても差し支えないと思いますので『中山さん』とお呼びさせていただきます。

その中山さんのツイッターに以下のようなツイートがありました。
毎回中山さんの私の考え方に対するコメントは、私自身がなるほどと感心するものばかりです。

『1回5分体が喜ぶ健康術』は、残念ですが初版のみで、重版出来には至っておりません。

前回の西本塾を受講していただいた、ある県の職員をされている方から、私の体に対する向き合い方が全国民に広がれば、逼迫する医療保険制度を大きく改善することができると言う、具体的な数字を挙げての説明をしていただいた時にはびっくりしましたが、その方は真顔でそう言ってくれました。

正しいことを正しいと言っているだけでは、多くの方の心にまでは響かないことは実感しています。
私の言葉に世の中を変えるほどの力がないことも感じています。

それでもこうして実際に取り組み継続してくれることで、私の伝えたことが本当に人間が生きていくために不可欠な考え方であると確信してくれる方がいると言う事実です。

以下のツイートされたコメントは、初見の方には意味がわからないと思いますが、少なくとも西本塾生には理解していただけると思いますし、拙著を読んでくださった方々の中にも、そう言う捉え方をすれば良いのかと、改めてページを開いていただけるかもしれません。

ご紹介します。

『#操体法 のいろいろな動き。
最初は筋肉の連動を追ってきた。
次に背骨の動きを探ってきた。
今は背骨の各部を6方向に動かすにはどんな動きがあるか、試している。
自分にあった動きも見つかってきた。
膝倒しは重力で勝手に膝が落ちる。
ヒロシのようにパタンパタン🎵』


『理想的に緩んだ5の筋肉は、5.5まで伸ばすと気持ちいい。
6まで伸ばすと痛い。
縮こまった4.5の筋肉は5.5まで伸ばすだけで痛い。これが左右差。
4.5の筋肉を緩めるには、4までぐーっと縮めてすっと脱力する。
すると血流が促され、筋肉が緩み、痛みも消える。
つまり、気持ちいいことだけやってればいい🎵』


『最初は、何秒やるか何回やるかが決まっていないことに戸惑いがあります。
動きかたさえ好きずきでよいと。
今ではその自由による奥深さに感謝しています。
#フリースタイル & #オーダーメイド を謳歌しています❗️』


いかがでしょうか、操体法そのものを学んでいる方々にも多くのことを示唆している言葉だと思います。

真剣に向き合っていただきありがとうございます。


スポンサーサイト



操体法の創始者『橋本敬三』先生の言葉に私なりの解釈が見つかりました。

今日もブログをご覧いただきありがとうございます。

昨日に続いての更新ですが、今日テーマにしていることは私にとってとても重要なことで、頭が整理されているときに早く文章にしておきたいことでした。

昨日のブログで、西本理論に現時点での定義を付けてみました。
『西本理論とは、本来人間に備わっているカラダの仕組みを利用し、それぞれの目的に対して効率的かつ効果的な連携・連動動作を行えるようになるための身体運用法』というものです。

これでも十分わかりにくいと言われると思いますが、この短い文章を拡大して行くと、これまで発信してきたことは全て内包していると思います。

この文章の後半に関しては、『体づくりから動きづくりへ』という、6年前にブログを書きはじめた頃に一番伝えたかったトレーニングのパラダイム転換です。

各種の体操やトレーニング方法は、この部分にそれぞれの工夫を加えて、目的に対していかに直結しているかを競っているように思います。

私のやっていることも同じではないかと、思われても仕方がないところですが、考えれば考えるほど、それだけではない何かを感じてきました。

私が会社員を辞めてまで新たな道に進む決心をするきっかけとなったのが、仙台で医師をされていた、『橋本敬三先生』草案による『操体法』というものでした。

『操体法』こそ一言で表すことのできない、人間の体の仕組みを深く研究された橋本先生ならではの人間観と言いますか、単に健康法や施術方法の一つとして分類してしまうことはとても失礼なことだと思います。

私が操体法を学びはじめた頃には、先生は既にご高齢で、私の師である『渡辺栄三先生』(共に故人)からは、私のような人間が仙台に押しかけ、ご高齢の先生の迷惑になっているから遠慮しなさい、ということで、残念ながら直接お会いしたことはありません。

しかし、その頃の顛末を後に書籍の中で知ることになりました。
先生の元を訪ねた操体法の初心者が、何故この症状に対してこの操法を選択したのかとか、痛くない方に動かすとなぜ体が整い痛みが改善されるのかなど、今このブログを読み操体法に興味を持ったという方も、全く同じことを聞きたくなるようなやりとりが行われていたそうです。

それに対して先生は、しばらくはニコニコその質問を聞いておられたそうですが、あまりに同じようなことを聞かれることに業を煮やして、「体が喜ぶことやってりゃいいんだ」と、声を荒げることもあったそうです。

怒鳴られた方は驚いたと思いますが、先生の中ではそれが唯一無二の真理であり答えだったのだと思います。

『体が喜ぶ動き』『体が気持ち良いと感じる動き』、私にとっても操体法を学びはじめた頃からの永遠のテーマとなりました。


操体法を正当に受け継ぎ守り育てている方々には大変僭越ですが、この『体が喜ぶ動き、体が気持ちの良いと感じる動き』が、なぜ体のバランスを整え、痛みを改善してくれるのか、私なりに一つの仮説が出来上がったので、ここに記していきます。

最近大きなテーマとなっているのが『痛みは脳が作る』という事実です。
事実というのは脳科学の分野においてそれなりに根拠のある研究がなされているという意味です。

20代の頃に読んだ『痛みとは何か』という本に書かれていたこととリンクしているということは以前にも書きました。
また私は痛みよりも、人間として骨盤と背骨を中心とした6方向の連動性が保たれていることを重視しているとも言いました。

乱暴な言い方になりますが、痛い痒いは個人の感覚で、ちゃんと動いて普通に生活できていれば何の問題もないではないかという考え方です。

しかし、痛みに関する感じ方は、本当に人それぞれで、それを私が良いだ悪いだと判断してはいけないようなのです。

『脳が痛みを作る』という言葉にはいくつもの意味があります。

その大きな一つは、過去の痛みを覚えていて忘れ去ることができないということです。

私が子供の頃にはよくあった話ですが、廊下を歩いていると掲示板から落ちた画鋲を踏んで痛い思いをしたことがあるという人は多いと思います。
一度そういう経験をすると、同じ場所を歩くときに画鋲が落ちていないにも関わらず、またふんずけてしまい痛い思いをするんじゃないかと体が緊張してしまうという現象です。

これは痛い思いをまたしないようにと、『本能のリアクション』として体が自分を守ってくれる重要な反射行為です。

もう必要のない緊張が原因となって、腰痛を起こしたりすることもあります。

不必要な緊張を取り去ってしまわない限り、一度目に画鋲を踏んだときの傷が治っていたとしても、本当の意味で体は治っていないということです。

私のところに腰痛を主訴として訪れる方の半数くらいは、このパターンに当てはまるような気がします。
ベッドの上で6方向のチェックをしても、問題になる可動方向はほとんど見当たらないのです。

「いやそんなはずはない、こうやって動いたら痛みが出るはずだ、この部分がずっと痛い」そう訴えてきますが、体は当たり前のように動いてくれます。
最初は意識が勝ってしまい不自然な動きをしますが、それこそ楽な方に動いてもらっていると、実に自然な動きに変わっていきます。

ここで「気にしすぎじゃないですか」と言ってしまうと身もふたもないのですが、それに近いことを実は言っていました。

「これだけ動けていて体になんの文句があるのだ、私の体の方がよほど無理をさせてしまっている」などと心の中で思うこともありました。

しかし現実として、せっかく来てくれた方を満足させられていたかは疑問です。

「体は変えられても頭の中までは変えられない」、ある意味開き直ってさえいました。

それが最近気づいたのです、『脳が痛みを作っている』事の本質に。

過去に大きな痛みを経験したことがあり、またあの痛みに襲われたらどうしようという忘れがたい恐怖心、病院で軽いヘルニアと診断され、自分でも調べたらこの痛みはそういう事だったのかと、現実に起こっているわけではないがこういうことがあるという先回りした恐怖心、それどころか自分ではなく他人から聞かされた痛みの恐怖まで、今この瞬間の自分の体の状態ではなく、最悪の状況を常に脳に意識させている、これが痛みの原因であり、あるはずのない画鋲を恐れて体を固くしていた自分と同じことを行なっているのです。

最終的な治癒とは、そこまで踏み込んで脳自体を安心させなければ、本当の意味でこの人が感じている痛みから解放してあげることはできない、そう思うようになりました。

そのためには何をすれば良いのか、そのことが橋本先生が仰っていた、『体が喜ぶことやってりゃ良いんだよ』『気持ちいいことやってりゃ良いんだよ』なのではないでしょうか。

脳が記憶している負のイメージを体が心地良い、気持ちが良いと感じる動きを行うことで、脳のイメージを上書きしてしまえば良いということです。

画像にも表示されませんし、数値化もできませんが、人間の感覚とはそういうものなのではないでしょうか。

そういう不安の方が大きな原因となっている腰痛の方に、『からだほわっと』(私が渡辺先生から学んだときには、単に『指揉み』と称していました)を行なっていると、その時点で痛みを訴えていた部分が楽になっているような気がすると言われるのです。

動きを止めたときに感じる『ジーン』とした感覚も心地よく感じられ、自分が何をしにここへ来たのかも忘れていましたとまで言われるのです。

まさにこれだと思いました、また痛みが出るのではないか、動けなくなるのではないか、そんなことばかり脳にイメージさせ、横になっているときでさえ緊張が緩まなかった体が、こんな気持ち良さを感じたのはいつ以来だろうかとばかりにプラスのイメージで溢れかえり、完全に負のイメージを上書きして消し去ってしまったのです。

「これが橋本先生の言いたかったことなのではないか」、30年以上かかって少し分かってきたような気がしてとても嬉しかったです。
亡くなられた渡辺先生にもご報告し、このことについてお話しさせていただきたかったと心から思います。

問題はやっと見つけたこの感覚を、どうやって実際の患者さんに当てはめるかという問題です。
気のせいにされていると感じられてしまうと、もっと話はややこしくなります、実際にそういう方が何人もいました。

それでも橋本敬三先生が仰られた言葉に自分なりの解釈とはいえ、ひとつの答えを見つけられたようで、何としても言葉に残しておかなければと、今日も昼休みをキーボードに向かって過ごしてしまいました。

今日書いたことは、私のような仕事をしている人はもちろん、西洋医学の医師の方達にも頭において欲しいことだと思います。

それほど重要なことに気付けたことを、我ながら嬉しく思います。

来週末の西本塾に参加してくださる皆さんには、直接この感覚をお伝えできると思います、楽しみにしておいてください。

毎日文章を書いていても苦にはなりません。
私が文章にできるのはこういうことだけで、プロの方には失礼とは思いますが、文章を書くことが仕事にならないかなとまで思っています。

長い文章でしたが、お付き合いありがとうございました、たぶん次の更新は少し間隔が空くと思います。


『究極のセルフコンディショニング、体と対話する』 必見!『西本体操』の動画を公開します!

今日もブログをご覧いただきありがとうございます。

YouTubeの動画と連動して、西本理論の基本を紹介していますが、今回はこれまで紹介した基本的な体の動き、骨盤と背骨を中心とした6方向への全身の連動動作を、『体と対話する』という、『究極のセルフコンディショニング』の方法として、10分間の動画に仕上げました。

動画では、あえて説明の言葉は加えず、ゆったりと6方向への展開を楽しんでいることが伝わるように、私自身がまさに自分の体と対話している様子を編集なしでアップしています。

これまで私が著した3冊の本、『朝3分の寝たまま操体法』『1回5分体が喜ぶ健康術』、そして『体の痛みを治す「寝たまま体操」』を読んで頂き、健康法として実践して頂いたみなさんに、改めて『10分間の体との対話』を楽しんで頂くための、道標として見て頂ければと思います。

今更言うまでもないことですが、手の位置はこう、足の角度はこうと、私の動きを見てパターン化して真似をしても、まったく意味がないことはお分かり頂いていると思います。

この動画は、あくまでも私が、『私自身の体との対話』を楽しんでいるものです。

皆さんが行う際には、その時その瞬間に、体が一番喜んでくれる動きを探してください。

難しく考えることはありません、「こんな感じかな、こうやってみたいな」と、ベストポジションを探すのではなく、「なんとなく楽ちんだな、体が喜んでるな」という、ベターな動きが一番大事です。

100点どころか、60点いや50点でも十分です。

既に私の指導を受け、この『西本体操』を実践してくれている方がたくさんいます。

紹介した動きは、6方向への動きをそれぞれ3往復ずつ行っています。
1回だけをのんびりゆっくり行うも良し、4回5回と繰り返すも良し、さらに本から学んだ他のパターンを加えるも良し、お一人おひとりの、その日その瞬間のオーダーメードなセルフコンディショニングの方法としてお使いください。

まずは自分の体を知ることです。

「自分の体はこんな風に動いていたんだ、こんな角度まで動いてくれるんだ」と、今まで考えたこともなかった体の仕組みに気付けることは、何にもまして自分の宝となります。

そしてこの動きを日常的に繰り返すことで、ちょっとした変化にも気付けるようになったり、万が一痛みや違和感を覚えるような状態になったとしても、自分の感覚で、ここまで動いてくれれば日常生活には支障がないはずと、やみくもに騒ぎ立てることなく、自分の体と正しく向き合うことが出来るようになります。

また骨盤から背骨を捻じるという行為は、『脳のマッサージ』をしているのと同じだと考えています。

もちろん脳自体をマッサージすることは出来ませんが、脳から連なる脊髄神経が通っているのは、間違いなく脊柱の中です。

ですから、背骨を捻じるイコール、脳への心地よい刺激だと考えてもいいのではないでしょうか。

あそこが痛いここが悪いと、自分の体の悪口を言う暇があったら、体が喜ぶ動きを繰り返し行ってあげてください。

きっと素晴らしい答えを返してくれるはずです。

1週間も続けて頂ければ必ず変化が分かります、1か月続ければ必ず体が変わります。

毎日でなくても結構です、自分のために1日のうちで10分間で良いですから、静かに体と向き合い『体との対話』を楽しんでください。

私の人生が世の中に何を遺せるかと言われれば、今日紹介した『究極のセルフコンディショニング法』であり、『体と対話する方法』だと思います。

世の中のすべての人に知って欲しい、それくらい大事なことだと思っています。

是非取り組んでみてください!

YouTubeチューブのリンクはこちらです。


「操体」から学んだ人間の体の不思議。

私が20代の後半、そこから先の人生をどう生きて行くのか考え始めた時に出会ったのが「操体法」という考え方であり、「渡辺栄三先生」という素晴らしい人間でした。

そこからはや30年以上が過ぎ、私なりに自信というか、進んできた方向性に間違いがなかったと思えるようになってきました。

32歳、故郷宇和島に帰って「西本治療室」という看板を掲げて開業した時、治療を受けに来てくださる方々には申し訳ないですが、今のような自信はまったくありませんでした。

約5年間、渡辺先生の元で操体を学ばせていただき、鍼灸の専門学校の夜間部に通い、鍼灸師の資格も取得しました。

しかし現実として、一人で施術を行い、それぞれの痛みを抱えて来所してくださる方々に、満足してお帰りいただけるだけの施術が出来るのか、不安の方が大きかったことは間違いありません。

会社を辞めて開業を決意したことを渡辺先生にお伝えしたところ、「西本君なら絶対に大丈夫、自信をもって患者さんに向き合いなさい」と言っていただいたことだけが、心のよりどころでした。

どこかが痛いから、どこかを揉んだり叩いたり針を刺したりするのではなく、相手の方の体全体のみならず、心の部分にも向き合い、より良い方向に導くことが出来る、それが私が「操体」という考え方と実践を学んで得た結論です。

それでもなお、自分が学んだことで、それらのすべてに対応できるのか、何より私自身が人間として、相手に寄り添うという人間性を身に付けているのか、不安ばかりのスタートでした。

それでも教えていただいたことを駆使し、相手のために少しでも役に立ちたいという気持ちで向き合うことで、不思議なくらい症状が改善していくという事実に、私自身が驚いてしまいました。

その生活が2年続いた後、Jリーグ開幕に合わせて広島に移り住み、既に24年の月日が流れて行きました。

宇和島では、当然ですが一般の方の腰痛や肩・首の痛みといった、いわゆる不定愁訴の改善や、地元の中学生や高校生の運動部員たちのスポーツ障害の対応が主な仕事でした。

32歳、開業したばかりの私に大きな期待はされていなかったと思いますが、思った以上の効果が出ることで、それが口コミで広がり、早朝から深夜まで、いったいいつ仕事を終えられるのかと、自分の体を心配するほどの忙しさとなりました。

それが環境が変わり、いきなりプロサッカー選手を相手の仕事となりました。

目の前の選手たちは、まさに今すぐに痛みを改善して欲しい、曲がらない膝を曲がるようにして欲しい、魔法か手品のような効果を期待されているような毎日でした。

選手たちも個人としてチームとして生活をかけて戦っていましたが、私自身もとにかく結果を出さなければと、ある意味選手と同じかそれ以上の気持ちで、毎日が戦いの連続でした。

トレーナーという立場でしたが、他の人間が出来ることを同じようにやっていればいいなどという気持ちは一切なく、どんなに難しい状況でも、私の技術で少しでも可能性があるのなら、「そんなやり方は見たことも聞いたこともない、本当に大丈夫なのかと言われても、不安ならやめてくれ、私を信頼してくれないのならやらなくてもいい」と開き直って、思いついた方法をとにかく施していました。

それらがことごとく効果を表してくれて、私は自分の技術や考え方にどんどん自信を深めて行きました。

選手はサッカーという競技のプロかもしれないが、「私はこの世界で誰にも負けない一番の存在」、そこまで思うようになりました。

「私以上に結果を出せる人間が居るなら、いつでもその人を連れてきてくれ、もし本当に自分がその人よりも劣っていると思ったら、いつでも自分は身を引くから」、と常に懐に辞表を忍ばせているくらいの気持ちでした。

そのためにはどんな無理難題に対しても、知らない出来ないという言葉は絶対に口にせず、様々な方法を考え試行錯誤しながら答えを探し出していきました。

私の30年間は、その繰り返しでした。

そして、その30年間の早いうちに、私の考えていることが一般論や教科書的な答えとは違うものになって行ったことも感じていました。

それでも後戻りすることなく我が道を進んできました。

常にその時その瞬間に、私が一番正しいと思うことをやってきました。

そうやって一般論から離れれば離れるほど、私の考え方や方法論が理解されないという現実に直面していくことになって行きました。

「なぜ私の言っていることが分からないのだろう、どうして私の言うことを聞いてくれないのだろう」、そんな思いばかりが大きくなって行きました。

3年と少し前になりますが、今の場所に施設を作り、一般の方からプロスポーツ選手まで、ここに腰を据えて、これまでの経験を世の中のために還元していこうと決意して出直すことにしました。

ここでも同じ気持ちになっていました、「私の言うことがなぜ理解されないのだろう、絶対に間違いないことを言い、間違いなく効果を感じてもらえる施術を行っているのに」と。

模型やアプリを使って体の仕組みを説明したり、過去の経験談をお話したり、少しでも分かりやすいように説明もしていましたが、私の思いは本当に届いているのだろうかと考えさせられることが多々ありました。

それがつい最近、私自身の心が軽くなったというか、私は何のために今の仕事をしているのか、誰の為に仕事をしているのか、そんなことを考える余裕が出てきたためか、他者に対して自分の考えを押し付けるというか、正しいことをただ正しいと言うだけでは伝わらない、これまでの私は良い意味でも悪い意味でも自己満足を追い求めていただけで、本当の意味で他者に対して優しい人間ではなかったと思うようになりました。

自分が低い所に降りてきて、相手のレベルに合わせてあげるなどという不遜な考えではありません。

相手の立場に立ち、同じ感覚を共有し、心を寄せる以外に、私の思いを相手に伝える方法はないことがやっと分かってきました。

正しいことを正しいと言うだけでは何も伝わらない、そんな当然のことを今頃になってやっと気づいたのですから、お恥ずかしい限りです。

今日の地元紙のページに、僧侶の方が「傾聴」という行為のことを書かれていましたが、説法でも説教でもなく、ただ相手のお話に真剣に耳を傾ける行為の中にこそ、相手が救われる何かがあるというお話でした。

他にも同じようなことが書かれたものに接する機会があり、あらためて唯我独尊、我が道を歩んできたことに後悔ではなく、だからこそ今気づかせてもらえたのだと、これからの生き方に変化が生まれてきそうな気がしています。

さてそうは言いながらも、施術行為やトレーニングの効果には絶対の自信を持ってきました。

そこに私の人間性が加われば、もっと良い結果が期待できると思います。

そのうちの施術行為ですが、もちろん橋本敬三先生が創始された「操体法」という理論体系が私の基礎となっています。

西本塾等でたくさんの方にその入り口を指導させていただきましたが、操体には本来「型」というものは存在しないはずです。

それでは伝えることが出来ないので、名前が付いたいくつかの操法が存在しますが、それとて便宜上のもので、この操法をやればこういう痛みが治るとか、この部分の痛みに対してはこの操法が効くなどという、一般的な施術者の講習会で語られるような方法論は、操体には本来存在しません。

ではなぜ人間の体が発する痛みや違和感が、操体の施術を行うことで改善したり軽減できたりするのでしょうか。

さらには、施術を繰り返していくことで体をうまく動かすことが出来るようになり、運動能力の改善や向上という効果まで期待できるのか、少しまとめておきたいと思います。

操体の施術を行う目的はひとつ、「骨盤と背骨を中心とした、関節の6方向の動きを、それぞれが生まれもった能力の範囲内で、自由に動かすことが出来るようにしておくこと」ではないでしょうか。

すべての操法は、どこから動き始めても全身に広がって行きます。

一定の法則は存在しますが、それは原則的なものであり、個々の人間の体がその時その瞬間に心地良いと感じた動きを、体全体に連動させていきます。

操体を学んでいくとき、単純な運動方向の比較で、痛い方向から痛くない方向へという原理原則から入って行きますが、少しずつその原則から離れて行くことを実感していきます。

操体を治療技術の一つとして学び、パターン化していくつかの操法を身に付けてしまうと、そこから外れてしまっときの対応が出来なくなってしまいます。

手の持ち方支え方、言葉のかけ方、動かす際のスピード力加減、脱力のさせ方など等、やりようによってはパターン化して教えることも可能だとは思います。

しかし、それらは何のために行っているのかという根源に戻ると、前述の「骨盤と背骨を中心とした、関節の6方向の動きを、それぞれが生まれもった能力の範囲内で、自由に動かすことが出来るようにしておくこと」に戻らざるを得ないのです。

ではどうしてそのことが体の痛みや動きを改善してくれるのでしょうか。

元々人間の体はその能力を持って生まれてきます、「人間の体に仕組まれたからくり」とはそういうことで、だれでも平等に仕組まれているものです。

ところが我々の日常生活では、その6つの方向性と可動域をすべて必要とはしていません。

せっかく与えられた可動範囲も、必要最小限の中でしか使われておらず、それは我々一般人だけではなく、スポーツ選手の競技動作でも同じことが言えます。

さらに人間は二本足で立って、重力に抗しバランスを取りながら生活しなければなりませんので、常にどこかしらの筋肉を収縮させておかなければなりません。

「心休まる暇はないという」言葉がありますが、体こそゆったり休んでいられる時はないのです。

「横になって寝ている時は全部休んでいるではないか」、そう思うでしょう、しかし、体に問題を抱えて私の元を訪れてくる人たちは、ベッドに体を横たえても、体の緊張が解かれることはありません。

仰向けに横たわった時、膝が曲がって浮いてしまい、踵とお尻、腰の部分も反って浮いてしまい、肩甲骨と後頭部、極端に言えばこの4点しかベッドに接しておらず、立っている時の緊張がそのまま横になっても続いてしまうという人がほとんどです。

この状態では何時間ベッドで睡眠をとろうと、本来の意味での体を休ませることにはなりません。

ほとんどの方が枕はどういうのが良いですか、布団は固い方が良いですか柔らかい方が良いですかと聞いてきます。

答えは、道具ではなく「まずは、ご自分の体がゆったりと休める状態を作っておくことです」、と言うことになります。

そうでなければ何をどう変えても同じことです。

そのために何をするか、もう一度言いますが、「骨盤と背骨を中心とした、関節の6方向の動きを、それぞれが生まれもった能力の範囲内で、自由に動かすことが出来るようにしておくこと」なのです。

昨年3月に、漫画家「えだお」さんとの共著で発売した「1回5分体が喜ぶ健康術」(ガリバープロダクツ)や、宝島社のムック本「身体の痛みを治す寝たまま体操」(売り切れのため入手困難です)、取材協力の形で記事にしていただいた、健康雑誌「壮快」等、私の思いや方法論が世に出て行きました。

どこまでその思いが届いているのか正直分かりませんが、本当に体のことを考えるならば、お手軽な対症療法に目を向けるのではなく、「体は丸ごととつの存在」という橋本敬三先生の言葉を待つこともなく、自分の体にしっかり向き合い、体と対話するという、一見意味不明な言葉に思えるかもしれませんが、6方向に体を動かして語りかければ、必ず何かを返してくれます。

その言葉が聞こえるようになれば、少なくとも今以上に健康な体を取り戻すことは出来ると思います。

私が30年間続けてきた操体から学んだことは、私の技術が上がったとかいうことではなく、相手の体と心に寄り添って、無理なく6方向への誘導を行うことが出来れば、結果として体は元の状態を取り戻していくという事実です。

今現在の体に、新たな能力を加えるとか、壊れてしまった機能を私が治すとかいうことではなく、「その人その人が持って生まれた体の能力を、今現在のそれぞれの体で、出来るだけ自由に使いこなせる状態に戻してあげる」、と言うことではないでしょうか。

私の能力が上がった部分があるとしたら、相手の本来の能力を見極めて、深追いせず「良い塩梅」な状態を探れるようになったことかもしれません。

どちらにしても、私が治してあげた、などと思った時点で勘違いだと思います。

ただそれが出来ない施術者が多いことは事実だと思います。

自分の方法論にこだわったり、能力を持っていたとしても組織の論理に埋もれ、本来できることさえできない人も居るでしょう。

相手の立場に立って、その人の言葉に傾聴し、より良い方向性を共に探って行けるように、これから成長していきたいと思います。

西本塾を終えて、30年前操体を学び始めた頃の自分に立ち返って思うこと。

週末の二日間、数えて20回目となる西本塾を行いました。

初めてこういう勉強会を行おうと思った時、「ほんとに私の話を聞きたいという人がいるのだろうか、募集をかけて、たとえ申し込んでくれる人が一人でもいたなら、その人のために全力を尽くそう」、そう思って始めました。

それが回を重ねて行くうちに、たくさんの参加者が来てくれる回もあれば、今回のようにたった一人という回もありました。

そのすべての回で、私はその瞬間瞬間、自分が伝えられるすべてのことを真剣に伝えてきました。

毎回、日曜日に二日間のすべてが終了した時、すべてを出し切ったという安堵感と、身体的肉体的な疲労から、普段感じることのない感覚に、毎回陥ることになりました。

自分では、こんなに疲れることは他にはないと思います。

今回の参加者が一人だったことで、私の考え方に興味を持って実際に学びたいという人の多くは、すでに参加してくれて、西本塾としての活動も、そろそろ終わりにした方が良いのかなと思うようになりました。

年内は予定通りに行いますが、来年は回数を大幅に少なくするか、休止することも考えています。

そんな中、今回受講してくれた岸本さんは、操体法に出会い、操体法を深く学んでこれからの人生に活かしていきたいという、明確な目的を持っての参加でした。

岸本さんは現在36歳ですが、30数年前、私が20代半ばで操体法というものを知り、渡辺栄三先生という存在に出会うことがなければ、今の私は間違いなく存在していません。

それほど、私にとって渡辺先生という方との出会いは大きなものでした。

もし操体法を学びたいと思った時に出会ったのが、他の方だったら、人生にタラレバはないと言いますが、ここまでのめり込むことは無かったと思います。

西本塾に参加してくれる人の受講動機の中にも、操体法を学びたいという希望は多くの方から寄せられていました。

しかし、さまざまなフィールドで活躍されている参加者に対して、操体法のみに焦点を絞ったお話をすることは難しく、本当に初歩的な内容にしかできないことは、私の中でも残念に思っていました。

それが今回、まさに30年前の私がそうであったように、操体法はとても素晴らしいものであろう、という漠然としたイメージは持ちつつも、どこの誰から学べばいいのか、高齢であった橋本敬三先生に直接指導していただけるはずもなく、何を頼りに師と定める人を探すのか、ある意味人生を決めるかもしれない大きな決断でした。

その対象に自分がなるかもしれない、大きな責任を感じることとなりました。

岸本さんからの受講動機を智志に読ませた時の感想が、「操体法を学びたいと思った人が、父さんのところに来るのは間違いだよ」、という言葉でした。

私にとっても意外な言葉でしたので、真意を訪ねると、「いきなり父さんに操体法とは何かという深い話を聞かされると、これは難しすぎて自分には無理かもしれないと思われるかもよ」、だそうです。

一緒に仕事をし始めて半年にも満たない智志ですが、人の体に向き合う方法論や考え方としての操体法は、ただの施術の技術をはるかに超えたものであるということを理解し始めたからこその言葉でした。

言葉は悪いですが、カリキュラムがあって回数やある一定の期間学べば、身に付くような簡単なものではないということです。

だからこそ私は、息子である智志にも伝えることは出来ないと、弟子というか後継者としても考えたこともありませんでした。

それが3年前の出来事から考え方が変わり、自分の作り上げてきた理論と実践を、このまま眠らせておきたくないと思うようになり、人に教えるということを始めたのでした。

ですから、二日間に亘って必死で伝え続けてはいますが、そこで学んでもらえることは、入り口の扉を開けて中を覗いてもらう所までで、そこから先に踏み込むも、ざっと眺めて扉の外に出て行くのも自由だと言っているのです。

過去個人指導も含めて、150人近くの方に私の考えを伝えてきました。

その中のほんの数人の方が、学び続け深め続けてくれています。

そんな方が、数人でもいてくれることで、私は人に教えるという活動をしてきて良かったと思っています。

今回参加してくれた岸本さんが、この二日間学んでくれたことを、これからどう活かしてくれるのかは分かりません。

しかし、今回はこれまでとは違った感覚になり、30年前の自分に対して指導するような気持ちで指導しました。

私の理論の源流はすべて渡辺先生から学んだ操体法にあると思います、それをベースにして目の前の人間一人一人に対して真剣に向き合うことで、自分なりの操体法、自分なりの「からだ観」を作り上げてきました。

一日目の午前中から、最初の部分から、話の途中でその内容と操体法の考え方の関連性を、何度も何度も繰り返しお話ししました。

その度に自分の中に渡辺先生がよみがえり、30年前の自分を思い出しました。

岸本さんから届いた感想から、私の思いは十分に届いたと感じました。

そして智志の抱いた不安も杞憂なものとなると思います。

初めて私の前に立ち、私と智志、そして家内を含め3人に対してたった一人で向き合わなければならない岸本さんは、本当に大変だったと思います。

本当にお疲れ様でした、そしてありがとうございました。

以下、岸本さんから送られてきた感想です、二日間の奮闘ぶりを想像しながら、読んでいただければと思います。

20期生の岸本です。

西本先生、智志先生、奥様改めて2日間ありがとうございました。

西本塾に来るまでは、西本先生は怖い人なんだと勝手に想像していました。
実際に会ってみると気さくな方で安心したのもつかの間、塾が始まるとまるであのガンジイのようでした。

そう本気なんです、なぜ受講動機をしっかりと書かせるのかわかりました、中途半端な覚悟で参加するのは失礼にあたると思いました。

最初に言われた智志さんの「操体法を教わるのにここに来るのは間違いだ。」という言葉は一瞬ドキッとしましたが、2日間を終えてやっぱり間違っていなかったと心底思いました。

操体法に興味を持ち、勉強しているなんて恥ずかしいくらい何もわかっていなかったのですね。

人は自分の思惑通りに動いてくれない、そうしてもらう為には言葉が非常に重要なのだと。

肘を曲げる動作をして、他にどういった言い方ができる?と言われた時に何も出てこなかったし、自分の思ったように動いてもらえなかった時、言葉に詰まってしまう、実践ならそこで終わってしまいますよね。

トレーニングにしても、操体にしても人を相手にするので、人に伝える言葉は本当に重要なんだと思いました。

そして、いくら操体法の本を読んでも解らなかった、なぜこの動きをするのか、この動きをしたらなぜ改善するのかという部分が納得できました。

・筋肉は骨を動かすものそれ以上でもそれ以下でもない
・関節の6方向(8方向)への展開力と連動性
・上半身と下半身を繋ぐ唯一の筋肉広背筋の重要性
・局所からの意識をはずす、動いていること自体を気持ちいいと感じること
・最初から気持ちいいと感じてくれる人は稀だということ

などなど僕にとって、全てが重要な濃い内容でした。

からだほわっとの感想を求められた時に「終わった後に足が軽くなりました」、と言いましたが、実はあの時、意識が飛んでしまい正直に言うと何も覚えていない、今考えるとスゥーっと水の中に沈んでいくような感覚だったのかもと思います。

今後はこの考え方をしっかり自分の物にして、精進を続けていきます。
まだまだ入り口に立っただけ、たった2日でわかったつもりにならないよに。

奥様、夕食の買い出しありがとうございました。
智志先生、デモンストレーション、練習台ありがとうございました。
そして、西本先生2日間本当にありがとうございました。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
日々の気づきやブログの更新情報はツイッターに書いていますので、チェックしてみてください。
2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
「西本塾」と「深める会」を開催しています。
今年の第1回目は2月15・16日の土日に31期西本塾を行います、現在募集中です。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください.
「1回5分体が喜ぶ健康術」はアマゾンで在庫切れのことが多く、購入希望の方にはご迷惑をおかけしています。
出版元からの購入は可能ですので、ガリバープロダクツ(代)082-240-0768までお問い合わせください。

最新記事

カレンダー

12 | 2020/01 | 02
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

カウンター

検索フォーム

QRコード

QR

フリーエリア

http://ecx.images-amazon.com/images/I/51P40WM8EQL.jpg