不思議だとは思わないのかな。

今年も一週間が過ぎました、日常の生活が始まっています。

年末年始、これまで関わった方々から様々な報告をいただきました。
私の伝えたことが、それぞれの環境の中で活かされていることを聞かせていただき嬉しい限りです。

仕事始めの4日から、夜のグループトレーニングに通ってくれている高校生と中学生たちも、元気な顔を見せてくれました。

その中に、このブログでも紹介した、中学生と高校生のサッカー兄妹が居ます。

お兄ちゃんの成長というかプレーの変化については、実際に試合を見に行って他の選手とと違いを確認しています。
一言で違いと言っても色々な意味がありますが、ピッチの中にいる22人の中で、私が指導している選手はだれかと質問したら、おそらくは全員が彼だと答えてくれると思います。

もちろん、私がどんな指導をしているとか、特別な指導を受けている選手がいるから当ててみてくださいという質問の仕方ではなく、「この中で特に目立つ選手はいますか」、という質問の仕方をしたとしても、きっと彼だという答えが返ってくると思います。

それくらい他の選手とは異質な動きをしています。

広島県内でも有数の強豪校ですが、残念ながら現在行われている全国大会には出場できませんでした。

聞けば高校生活の3年間、指導者からは特別なアドバイスというか指導は受けたことがなく、自由にやってきたそうです。

そういう雰囲気というか、チームカラーに憧れて、わざわざ他県から引っ越しまでして選んだ学校だそうです。

確かにガチガチに管理された、昔ながらの雰囲気を漂わせる運動部が嫌われるのは理解できますが、個人に対するアドバイスというか指導がほぼゼロと聞くと、では指導者とは何をする人なのか、私にはよく分かりません。

100人近い部員の中から、指導者の好みというか感覚で選ばれた、ある一定の数の選手の中から、さらに選ばれた選手が試合に出場するだけなら、私でも監督になれそうな気がします。

彼が私のところに通って来てからの3か月間の、動きの変化は素人目にもというか、誰が見ても分かるものだと思います、最初に目につくのはその走り方です。

それから、曲面局面に応じた体の使い方をアドバイスしているので、練習や実戦の中での変化は、毎日見ている指導者なら気付かないはずはないと思います。

しかし、指導者からは何の反応もなかったそうです。

良い方向に変化しているのだから、気付いていたとしても特別言葉をかける必要もないのかもしれませんが、彼に何があったのか、どうして動きが変わったのか、興味は湧かないのでしょうか。

まったく同じことが、その妹さんにも起きました。

彼女はクラブチームで活躍していましたが、自分の代の試合が終わった後、クラブで練習させてもらいながら、高校受験に備えて勉強の時間を増やすという予定にしていたところ、私のところでトレーニングを始めたことで、サッカーの練習はいったんお休みにして、トレーニングと勉強の両立を図るという方針に変えました。

お兄ちゃん同様、高い意識を持ってトレーニングを継続してくれたことで、「プレーの質を上げる」という究極の目標にどんどん近づいていることが、本人はもちろん、連れて来てくれてトレーニングを見学してくれているお母さんにも、もちろん指導している私や智志にも、はっきりと分かるレベルになっていきました。

勉強が一段落したのか、年末からクラブチームでの練習を再開し、サッカーとトレーニングを並行して行うことにしたそうです。

3か月間サッカーを離れ、ほとんどボールを蹴っていなかった彼女が、復帰した途端に、これまでとは全く違うレベルの動きが出来たことに、まずは自分が驚いたそうです。

練習試合に出場すると、これまで苦手だったスタートの一歩目が、目に見えてスムーズになり、パスカットができたり、フリーボールへの対応が速くなったり、何より走るスピードが今までより明らかに速くなっているそうです。

加えて一番の効果は、運動量が落ちないことです。

これは、私が一番強調している、90分間頭と体を動かし続ける能力が高まったということです。

サッカーが楽しくて仕方がないと言います、今までできなかった動きが出来、それを継続して出来ることで、今までとは違うサッカーが出来るというのです。

大好きなサッカーでしょうが、分からないことがあったり疑問に思ったことがあっても、それに応えてくれる人はおらず、与えられてきたのはサッカーが出来る環境と仲間だけだったのですから、それ以上の高いレベルを目指そうにも、その方法論が提示されないのです。

3か月もクラブを離れていた中学三年生の女の子が、見た目の体つきも変わり、動きも運動量も明らかに変わったというのに、指導者はまったく興味を示さないそうです。

それどころか、素早い動きだしや走るスピードも速くなって運動量も増えたというのに、太ったんじゃないかとか、なぜ腕を振らないのか、しっかり振ればもっと速く走れるぞと、まったく本質から離れた、素人のような感想しか言われないというのです。

練習を離れている間に何があったのだろう、短期間に自分たちが指導していた頃とは明らかに違う動きになった彼女に、その間何があったのか質問しようとしないのでしょうか。

もちろん私の存在は知らない訳ですが、この3か月間に興味が湧かないというのは、指導する側の人間として少し寂しくはないでしょうか。

固定概念や既成概念という言葉で片づけてしまうのは、あまりにも悲しい現実だと思いませんか。

もし私が、彼らに形だけの指導をしてきたとしたら、目の前の指導者の言葉に惑わされることになるかもしれませんが、たとえ中学生でも、指導の段階が進むにつれて理論的なこともしっかり伝えてあるので、まったく迷うことなく私から学んだ動きを行ってくれます。

他の選手からは、何があったのかと質問されることもあるようですが、私の指導を受けてくれている彼らは、絶対に私の存在を公にしたがりませんから、適当にごまかしているそうです(笑)

どんなレベルの指導者かは分かりませんが、目の前の選手の変化に気づいたら、相手が子供であっても興味を持って質問してみようという気はないのでしょうか。

育成年代の指導の重要性が、どんなスポーツでも声高に叫ばれていますが、こんな調子ではいつまでたっても何も変わらないと思います。

もう一人の高校生の話にも驚かされました。

彼のポジションはサイドバックだそうですが、何とヘディングが苦手だというのです。
苦手という意味は色々で、もちろん私のような素人とは言っている意味が違うとは思いますが、実際にやらせてみると確かに少しぎこちなく見えました。

どういう指導を過去現在受けてきたのかと聞いて見ると、私が期待しているような指導は受けたことがないというのです。

ヘディングの練習はただ単に、頭でボールを打ち返せで終わりだそうです。

これでは出来る人は出来るでしょうが、上手く出来ない人はずっと苦手なままなのではないでしょうか。

だから何回も練習するんだ、そうでしょうか、確かに頭でボールを扱うのですが、その際に体全体をどうやって動かすのか、今私が行っているような「伸kingトレーニング」を行い、体の使い方を説明してあげなければ、そういう基本的な技術の向上さえ難しいと思います。

指導者は数多い選手の中で、うまく出来る選手、速く走れる選手を選ぶだけで、選手を育てる指導するという、本来指導者に期待されている仕事はしないのでしょうか。

他の競技の強豪校に進んだ選手たちからも、同じような話を聞いたことがありました。

たくさんの選手に対して、きめ細かい指導など期待する方がおかしい、レベルにあったチームを選んでこなかった選手が悪いということなのでしょうか。

もし本来のきめ細かい指導が出来たとしたら、個人のそしてチーム全体の能力は飛躍的に向上すると思います。

要はやり方だと思います、選手も受け身で指導を待っているような態度ではダメなことは明らかです。

私が言いたいのは、今自分が持っている指導のノウハウが、指導している選手たちにとって最良なものなのか、もっと良いものがあるとしたら、それを学び取り入れようという向上心を持って欲しいということです。

サッカーの経験もないのに何が分かる、そう言われるでしょう、だからこそ分かることがあり言いたいことがあるのです。

無限の可能性を秘めた子供たちに、もっと夢を与えたいのです。

私の考えを学んでくれた指導者の方から、その効果を証明する報告も届いています、いつかそういう現場の声も紹介できればと思います。

私も含め、まだまだ知らないことがたくさんあります。
野次馬根性でいいから、良いと思うものにもっと目を向けませんか。

それは、指導する選手たちの為であり、もちろん自分の成長の為でもあります。

そういう人が増えて行かない限り、変化も発展もありません。

今日は高校サッカーの決勝戦が行われますが、準決勝の試合後の談話を新聞で読んでも、相も変わらず「足が止まった」という言葉が使われています。

何度でも言います、それは体力持久力という、カタカナの「フィジカル」の能力の問題ではないのです。

どんなに厳しいトレーニングを課したとしても、永遠に辿り着けないことになぜ気づかないのでしょうか、気付いてはいるが気付かないふりをして、体をいじめる行為を続けるのでしょうか。

それぞれの競技の基礎となる、「走るという行為」を冷静に分析し、神様が人間に与えてくれた体の仕組みと使い方に即した走り方という発想の、私の提唱する走り方に気づいて欲しいと思います。

地元広島の女子サッカーチームが、昨年の成績で3部リーグに降格してしまいました。

その復活を託され新監督に就任したのが、私がヴィッセル神戸に在籍していた時に選手だった「東博樹」君です。

新聞の報道で知りましたが、是非とも広島の女子サッカーのために頑張ってほしいと思います。

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高校サッカーの試合を見て感じたこと。

現在7時から行っている学生スポーツ選手対象のグループトレーニング、サッカー選手で高校3年生の兄と中学3年生の妹の兄妹と、同じくサッカー選手で高校2年生の3人が、通って来てくれています。

彼らは以前から縁があり、体の故障を訴えて私のところに来てくれたことがありました。

その時彼らに伝えたことは、私が常に言っていることですが、故障の原因は体の使い方が悪いか、その競技そのレベルに必要な基礎的な身体能力が足りないか、どちらも満たしていたとしてもオーバートレーニングになっているか、そのどれかというよりもほとんどの場合、すべてが当てはまっているということです。

私が彼らにしてあげられること、そして求められていることは、応急的に痛みを改善してあげることですが、前述の項目をクリアできなければ、同じことを繰り返すことになることははっきりと伝えています。

3つめのオーバートレーニングに関しては、それぞれの指導者の問題で、私がどうにかできる問題ではありません。

しかし、前二つに関しては、私がきちんと指導すれば改善できる問題です。

そうは言っても、私の指導を定期的に継続して受け続けることは、色々な意味で難しいことは承知しています。

私も生身の人間ですから、休みもなく何時でもいいから来てくださいとは言えませんし、仕事として行っているわけですからお金も頂かなくてはなりません。

過去に指導してきた選手たちは、組織の一員として私の指導を受けることができるということが当たり前になってしまい、自らが行動して時間とお金をかけてという選手はほとんどいませんでした。

プロの一流選手であれば、金銭的な負担にも耐えられるというか、自分に対する投資として当然のことなのですが、それすらできない選手の方が多いことは嘆かわしいことだと思っています。

それが高校生や中学生となると、まったく条件は違う訳で、私の指導を受けるための保護者の方の負担は大きな問題となります。

今の私には私の指導を受け取ってくれる現場がありません、個人的に契約してという選手もいません、私ならこうできるのに、私が指導すればこんな選手に成れるのに、そんな思いだけは常に持ち続けています。

グループトレーニングを企画した時、正直仕事としてはまったくお金にならない、ほぼボランティア状態になることは最初から分かっていました。

私と智志の二人で、つきっきりで指導をしなければ、私たちの思いを伝える指導にはならないからです。

こちらの熱い想いを受け取ってくれるに相応しい相手でなければ、私たちの方が長く続けられないと思っていました。

兄妹が来始めてまだ1か月と少しですが、もうずっと前から通って来てくれているような気持ちになるほど、お互いの真剣さがかみ合って心地よい空気の中でトレーニングが行われています。

器具を使ったトレーニングだけではなく、走るという行為や体の当て方など、サッカー選手に必要な体の使い方も、トレーニングとリンクさせながら指導しています。

それでも狭い室内や廊下を使ったトレーニングとなりますから、ピッチの中を縦横無尽に走り回る彼らの姿を確認することは出来ません。

昨日やっとそのチャンスが来ました、車で15分ほどの会場で行われる公式戦を、智志と一緒に見に行ってきました。

高校生の試合を見るのはたぶん初めてのことだと思います、色々な意味で楽しみでした。

彼はチームの中心選手でゲームメーカーというのでしょうか、攻撃の起点となるポジションのため、試合開始からほぼマンツーマンでディフェンスの選手に張り付かれ、思うようにボールを触ることすらできませんでした。

それでも指導している走り方は見事に表現されていて、マークを外す反転動作も見事に決まっていました。

右回りと左回りを連続してターンし、マークを置き去りにした動きには思わず声を上げてしまいました。

チームとしては前半に失点し、後半にも失点を重ねて敗色濃厚となりましたが、後半に入り敵も味方も全体としての動きが落ちてきて、大雑把なプレーと言いますか、とにかく蹴って前に走るというシーンが増えてくる中、彼の瞬間的な動き出しの速さや細かいステップワークで相手をかわしていく動作には、私の傍で見ていた対戦相手の父兄と思われる人たちからも、「おぉー」と声が上がっていました。

元々能力のある選手で、将来プロを目指していることを聞いていましたが、1か月の指導でこれだけの動きができるようになってくれたのなら、卒業までのわずか数か月しかありませんが、もっともっと良い動きができるようになることは間違いありません。

過去に指導した選手たちに足らなかったのは、今の3人の子供たちと、その保護者の方たちのような、自ら求めるという意識と継続できたかどうかという問題です。

遠くから来てくれたとしても一日二日の指導で、すべてが身に付くわけがありません。

やはり「継続」の二文字がカギとなります。

私が直接指導し、選手の息遣いを感じながら、数字では評価することができない「動きの改善」という目的のために行うトレーニングは、やはり私と選手の二人三脚でしかなしえないものだと、改めて感じています。

それが可能となった時には、相手の現時点でのレベルはどうあれ、選手が望んだ以上の変化を実感させることができるのです。

今まさに3人の子供たちがそういう状況にあります。

自分の可能性を信じ、私も彼らの可能性に限界を決めてしまうことなく、どこまでも成長を続けて行くことができるのです。

組織を相手にし、30人近い選手の中で何人が本気で私の指導を受けとってくれているかの分からない状況よりも、私を信じて私を頼って、真剣に向き合ってくれる若い選手たちとのトレーニングの時間は、何物にも代えがたいものとなっています。

商売抜きにというときれいごとに聞こえてしまいますが、実際にそんなことを考えていては今のトレーニング指導は成り立ちませんから。

80分間動き続けられたことは、彼の成長を物語っていると思います。

逆に言えば、彼がそれだけ目立ってしまうということは、他の選手はどうなんだということになります。

もし私が彼が所属するチーム全体を指導したとしても、全員が彼と同じような動きを手にすることは難しいかもしれません。

それは私に対する意識が違うからです。

やはり私には職人仕事が似合うようです、どんなに細かい注文にも、相手が驚くような結果で応えるのが、私の信条であり私なりのプライドです。

大所高所に立って日本代表の選手の動きを分析したところで、私の考えが彼らを変えることは出来ません。

私でなければと、直接指導を希望してくれる選手に対して、これまで以上に私の力が発揮できるように、試行錯誤を続けて行きます。

久し振りに現場で試合を観戦し、自己満足と言われればそれまでですが、改めて私の理論とトレーニングの効果を実感しました。

やはり体づくりだけでは届かない世界があると思います。

「動きづくりのためのトレーニング」、この発想なくして世界を語る選手には成り得ないと確信したサッカー観戦でした。


体の使い方も技術

Newspicksのオリジナルコンテンツで、今週の月曜日から5回に渡って、「日本サッカーに足りないもの」と題して、スポーツライターの木崎伸也さんが懇親の記事を掲載しています。

その第2回の記事に、私が提唱する走るという行為の体の使い方も紹介されました。

通常であれば記事になる前に連絡があり、原稿の段階で見せていただくのですが、今回はこれまで彼と幾度となく話をしてきたやり取りの中で、記事の中に盛り込んでくれたようでした。

日本だけではなくヨーロッパや世界を駆け巡って、サッカーという競技や選手を取材し続けてきた彼が、「サッカー日本代表ベスト8への道」という目標に向けて、これまで取材してきたものの一つの集大成としての提言をまとめた意義深いものとなっています。

私の名前が出た第2回目の記事では、「日本サッカーの走り方の誤解。地面を蹴ってはいけない」というタイトルで、2001年3月にパリ郊外のサンドニで行われ、0対5で日本がフランスに敗れた試合のことから話が始まり、当時選手だったジダンが、雨で滑りやすいピッチ状況の中、固定式のスパイクを履いて悠々とプレーできていたのがなぜか、それは走り方そのものに違いがあると結論づけ、その秘密を後半で明かしていきます。

まず紹介されたのは、岡崎慎司選手を指導する杉本龍勇と言う方の走りに対する考え方や方法が紹介されています。

その後に私のことも、青山敏弘選手を指導し、JリーグのMVPという結果に結びついたことを中心に、短く紹介してくれています。

共通点として「地面を蹴らない」ことが挙げられていますが、私の知る限りでは地面を蹴らないという言葉とは少し違うものであるように見えてしまいます。

私の走るという行為に対する説明はすでにブログで紹介していますのでそちらを読んでいただくとして、とにかくこれまで常識と思われてきた、頑張った走り方とは一線を画した考え方があることに目を向けることが必要であるとまとめています。

さらにこのことは、「走り方」にとどまらず、有効なものであっても、個人の知見が全体で共有されないことが大きな問題であるとも書かれています。

杉本という方の考え方には、私個人としてはあまり共通点は見つけられず、併記されることに納得しにくい部分もありますが、こんな大きな問題提起がなされた記事に、私の考え方を紹介していただいたことには光栄に思います。

Newspicksと言うのは、経済情報を中心として発信するニュースアプリですが、私も「スポーツ解体新書」というタイトルで、たくさんの記事を書かせていただきました。

毎回ピッカーと呼ばれる記事を読んだ方々が、記事に対する感想をコメントしてくれるのですが、何を書くのも勝手ではありますが、まったく分かっていないというか的外れな感想も見られ、記事を書いた側の人間としては腹の立つこともしばしばありました。

それでも最近は、真剣に私の考えから何かを学び取ろうとしてくれる方であっても、なかなか真意が伝わらないことの方が多い中、その場限りの感想に一喜一憂するほどの余裕もなくなり、気にすることもなくなりました。

ところが、ある方の感想に対して、先日等々力で一緒に試合を観戦していただいた西原さんが、珍しく熱くなってしまい、コメントにそれが出てしまいました。

西原さんは川崎フロンターレを熱心に応援するサポーターでもあるのですが、今回の記事に対して、フロンターレの現状と重なるところがあって、そうなってしまったのかなと思います。

それは、今回の表題にした「体の使い方も技術」という明快なコンセプトが、監督である風間八宏が発するコメントから消えたことと、フロンターレの攻撃の仕方がどうしても結びついてしまうとのだそうです。

今シーズンの川崎は結果としては十分な戦いを展開しています。

ところが西原さんは、それは結果であって風間監督の目指す攻撃的なサッカー、サポーターの方が胸躍らせる試合内容とは違ったものになっていて、本当の意味で花を咲かせてきたのではないという分析なのです。

私は川崎の試合をすべて見ているわけではありませんし、戦術的なところは分かりませんが、とにかく今のサッカーが風間監督が目指してきたものとは違うように見えると言われるのです。

私もそういう世界の中にいた人間として、外から見えるものと、実際の監督の考えは、申し訳ないですがまったくと言っていいほど違うことの方が多いと思います。

とくに風間八宏の考え方を本当の意味で理解できる人間はそうはいないと思います。

ただ西原さんが私と言う存在を知り、考え方に接していく中で、これまでのサッカーに対する見方とは、明らかに違う方向から見ることになってしまったことは間違いないでしょう。

私の言葉で整理していくと、サッカーという競技は監督と言う存在がいて、スタートの11人とベンチに控える7人を選び、試合中の交代が許される3人の枠を駆使して、基本90分の戦いを組み立てて行きます。

クラブで保有する人数の中で、その18人を選ぶわけですが、全員が十分な体調であることは皆無に等しく、それぞれのポジションごとの構成も常にベストな組み合わせができるとは限りません。

そんな中で対戦相手に応じてメンバーを選び戦わなければならないのです。

戦術を考えるのが監督の役目ですが、戦術を浸透させるためには当然練習をしなければなりません、どこに誰が入ってもという訳にはいかず、何種類か選手を組み合わせて連携を図っていきます。

そこで選手に最低限求められるのが、サッカー選手として出来て当たり前の技術である、ボールを止める蹴るという動作です。

この当たり前の動作の巧拙が、そのまま選手のレベルとイコールであると言っても過言ではないくらい大切な動作です。

そのうえでポジショニングや判断力といった戦術眼であったり、足の速さやフィジカルの強さなどといわれる既成概念の中での能力も要求されます。

監督は戦術担当、それを実際に行う能力は技術を教えるコーチ、体力的な部分はフィジカルコーチで、コンディショニングや体のケアはトレーナー、ざっとこんな分担がされているかもしれません。

ここで最も重要となってくるのが、「技術とは何か」という問題です。

ユーチューブでもよく目にする、サーカスのようなボールさばきやドリブルで相手を抜く動き、それらはまさに技術でしょう。

素人からは想像もできない器用なボール扱いですが、技術とはそれだけでしょうか。

それを行っているのは人間の体そのものです。

分析を深めれば、体が動いていると客観的に見えるのは、骨が動いて関節の角度が変わっていることを指します。

その骨を動かしてくれるのは筋肉の収縮です、筋肉の両端が骨を引っ張ってくれるのです。

筋肉の収縮とは、単純に〇〇筋が収縮しているのではなく、動きに必要な量や質に応じて、一定量の筋繊維が動員され、その最終単位であるアクチン繊維とミオシン繊維が、私の言う3・5・7理論の中で滑り込ませ合っているというのが、人間が動いているということの実際です。

単純にサーカスのような動きも、プロ選手のような正確なキックも、それを行っているのは筋肉の収縮そのものなのです。

技術と言うのはそこまでさかのぼって考えなければ、出来るようになる人はいても、出来ない人は永遠に出来ないことになり、センスがないとか運動神経が鈍いという言葉で片付けられたりしてしまいます。

それが出来ないのは対応する筋収縮、さらには関節の連携連動が出来ないからです。

いわゆる技術という言葉を使う前に、人間として持って生まれた能力を余すことなく使えるように準備し、体の正しい使い方を学んでおかなければ、競技に特化した技術を身に付けることなど出来るはずがないのです。

そこに選手個々の差が出てくるわけですが、いくらプロまで上り詰めた選手たちとはいえ、すべてが使えるようになっているかというと、そうでないことがほとんどなのです。

様々な選手の動きを分析した結果として、彼らの特別と言っても良いレベルの動きを認めつつも、それらの動きがどういう体の動きで、どういう意識によって行われているのか、それが分かれば同じ人間として、その動きに近づくことができるのではないか、そう考えて努力することなくして、日本が世界のベスト8などという目標に近づくことは出来ないのではと考えます。

そこに私が経験を積み上げてきた、理論と実践の能力が少し役に立つかもしれないと思うようになったのです。

「正しい体の使い方とは何か」「人間として持って生まれた能力とはなにか」、当たり前のように頑張って鍛え使っている屈筋ではなく、静かにその能力を発揮してくれる「伸筋を使う」とはどういうことか、サッカーをやるボールを蹴る以前の問題として、まずは取り組まなければならないことがあるのです。

風間監督もそのことには気づいていると思います、しかしそれを形にする指導はとても難しいのです。

もし彼が本当にそのことを口にしなくなったのだとしたら、ひとまずそのことは諦めてしまったのかもしれません。

私にも責任の一端はあるのかもしれませんが、もうそんなことを言っている時ではないと思います。

私が何を考えているとか、他にも同じようなことを考えている人がいるとか、そんな話ではなく、等しくサッカーに関わる全ての人が、「体の使い方も技術である」という共通認識の上に立って、専門の指導者に指導を任せ、自らもその意識を学ぶ姿勢にならなければ、木崎さんの提言も西原さんの怒りも、日本のサッカーを変えることは出来ないでしょう。

と言うのが、今回のNewsPicksの記事を読んで感じたことです。

対応力

昨日は、サッカーのW杯予選シンガポール戦を挟んで、野球のプレミア12のドミニカ戦を観ました。

二つの競技を比較して、改めて全く違うスポーツなのだと思いました。

野球は基本的に投手と打者の一対一の戦いが中心となります。

投手が投球動作を始めなければ、何も始まって行きません。

投手には試合をコントロールする権利が与えられています。

その動作を極めていくことが、結果として自分の思ったところにボールを投げることができるという結果に結びついてきます。

打者はそれに対してバットを振っていくという受け身な立場になります。

「自分のスイングをすることに集中したい」、打者は口を揃えてそう言いますが、投手と捕手の仕事は、打者に気持ちよく自分のスイングをさせないことが何より重要です。

確かに、ジャストミートした素晴らしいあたりを打った時のスローを見ると、まさにそのコースにそういうボールがくることがわかっていたかのように、始動のタイミングもインパクトの瞬間も、そして前腕部分がローリングしてヘッドが返っていく様子も、全てが完璧に見えます。

しかし、そういうスイングでヒットやホームランが出る確率は4割に届くことはありません。

3割5分の打率を残した打者であっても、その中には自分では納得のいかないスイングではあったけれど、結果として野手のいないところへ飛んで行ったというヒットもあります。

逆にどんなに完璧にとらえた打球であって、野手に捕球されれば結果としてはアウトということにはなりますが。

昨夜の中田翔選手のタイムリーヒットも、彼らしい豪快なあたりではなく、タイミングを外されインパクトからフォーローに至っては右手を離して左手一本でなんとかボールを押し込んだという、技ありの一打でした。

こういう打ち方は、屈筋頼みの力んで体を使っていたのではできるはずのない打ち方です。

彼は広島の出身で、体格にも恵まれ高校入学前からその長打力は話題となっていました。

残念ながらというか、地元の高校へは進まず大阪桐蔭高校へ進み、その後の活躍は野球フアンなら知らない人はいないと思います。

日本ハムファイターズ人入団してからも、長距離打者のイメージは変わらず、バットに当たれば遠くに飛ばせるけれど、力任せなスイングでその確率は低く、打率を残せないというイメージを持っていました。

それが今回の大会での彼の打席を見ていると、まるで人が変わったというか、「俺に任せろ俺が打ってやる」というようなギラギラしたところが見られず、打席で自分に求められた役割をしっかり理解して、「自分のスイングを」ではなく、結果に結びつけるためのスイングに徹しているように見えました。

もちろん昨日のタイムリーだけではなく、韓国戦のホームランのように、結果として持ち前の長打力が遺憾なく発揮されたシーンもありましたが、それさえ一発狙いの大振りではなく、投げられたボールに対応するという基本通りのスイングだったと思います。

長いペナントレースの中の一打席ではなく、短期決戦のトーナメントのような戦いの中では、こういう対応力に優れた選手が絶対に必要になってきます。

失礼ながらそれが一番形になっているのが、誰あろう中田翔選手であったことは意外というほかはありません。

タイトルを総なめにしたヤクルトの山田選手など、本来そういう対応力が一番ありそうな選手たちが、まだまだ対応できていないことに比べると、中田選手の対応力がどれだけ凄いのかがわかると思います。

昨日の解説をしていた中畑清さんが「大人になったね〜」と驚いていたのが印象的でした。

過去野球のチームでも仕事をしましたが、「自分のスイングを貫け、自分のスイングができてない」という言葉を嫌というほど指導者から聞きましたが、私は投手目線で見ることが多いので、まさに、「投手はそれをさせない工夫をしているんだよ」ということなのです。

「自分のスイングをさせてもらえなかったから打てませんでした、しっかり振り込んで来年こそは」という言い訳のような言葉を何度聞いてきたことか、投手がいくら0点に抑えても、1点も取ってくれなければ勝てるはずはないのですから。

崩された時にどう対応するか、そこに体の使い方という意識が生まれ、イチロー選手を例に説明した、二つの股関節を別々に使えるように意識したスイングという発想が生まれたのです。

自分が気持ち良いと感じるスイングを、何回何千回と繰り返したところで、それをさせないための工夫を投手は繰り返して行くのですから。

ただ同じことが投手にも言えて、自分のフォームを固めて自分が思った通りのボールを投げることができるようになることが、究極の目的であると信じて練習しています。

どこが間違っているんだと思われるでしょうが、たとえ160キロを超えるスピードボールを投げられたとしても、機械のように同じフォームで、ストライクゾーンの中で予測したコースに来たボールなら、一流の打者は打つことができるのです。

スピードこそそれほどは出ませんでしたが、直球と何種類もの変化球を、私が見てもわからないほど同じに見えるフォームから、ほぼ狙ったところにコントロールできる技術を習得した佐々岡投手にして、投球前の彼の目線からコースを読まれていると感じた私は、サインを確認し投球動作に入ったら、できるだけ最後まで目線を打者に向けないということまで彼に要求しました。

それどころではないという投手たちにとっては次元の違う話ですが、機械のような動作を身につけることができることが究極の目標ではないということです。

野球の話が長くなりましたが、サッカーでは基本的に攻める方が投手で守る方が打者ということになります。

ボールコントロールをしながら相手を抜いていくテクニックを見せる動画を見ることがありますが、ボールを奪う側の体の使い方があまりにも稚拙で、どうぞあなたのテクニックで抜いて見せてくださいと言わんばかりに見えてしまいます。

そういうテクニックを披露するための講習会だったりするのでしょうが、子供たちに「わぁ凄い」と言わせるだけで良いのでしょうか。

それはそれで良しとしても、ではこういう動きに対してどうやってディフェンスは対応したら良いのかという動きを見せることができなければ、ただの見世物になってしまうと思います。

そういう技術を見せている人にケチをつけるつもりはありませんが、サッカーは攻める技術と守る技術の両方が必要なのです。

もし、見ている人があっと驚くようなテクニックでドリブルしてくる相手を、いとも簡単に止めたりボールを奪ったりすることができる人を見たら、子供たちはもっと驚くのではないでしょうか。

私が動きを見続け、その特徴を文章にしてきた選手たちは、ほとんどが攻撃の選手であり攻撃しているシーンでした。

youtubeにあがっている動画も、そういうシーンがほとんどです。

しかし、そういうシーンを見るたびに、相手も一流超一流の選手たちなはずなのに、どうしてこうも簡単に抜かれてしまったり、バランスを崩されてしまうのかという素朴な疑問が生まれました。

まさに対応力です。

それもただ相手の動きに合わせてではなく、相手の動きの先を読んでいち早く自分の体をそこに運んでいくという、受動的であるはずの動きが能動的というか、守っているように見えて攻めているというか、正に私の言わんとしている事を体現してくれているのが、アルゼンチン代表でFCバルセロナに所属するマスチェラーノ選手です。

西本塾の参加者から聞いた名前だっと思いますが、現役のプレーヤーの中で最高のディフェンダーは誰かという問いに、彼の名前が挙がり、いつかその動きの特徴を記事にしますと約束していました。

一言で言えば彼は守っていません、ボールを持った選手に対して完全に攻めの姿勢で対応しています。

まずこれまで他の選手の分析でも言い続けてきた姿勢の問題、文句ありません。

前傾して腰が引けることが全く見られず、常に骨盤が起きています。

これは人種的な問題も大きいかもしれませんが、他の選手は受け身になると腰が引ける選手がほとんどなので、彼の大きな特徴と言って良いと思います。

ですからとにかく動き出しが速いです。

そこにボールがくることがわかっていたように、誰よりも速く動き出しますし、トップスピードに乗せることができます。

背中の動きは少し硬めのロッベンに共通する、グラスファイバーのイメージです。

ちなみに私の動きは柔らかさを使った板こんにゃくのイメージですが、もう少し力強さが欲しいと思っています。

私のことはどうでも良いのですが、マスチェラーノはこの力強い背中の動き、づっと言い続けている広背筋のことですが、背中の動きで骨盤を素早く上下させ、あっという間に動き出します。

動画を見続けて驚いたのは、スローで見なければ分からないほど微妙なタイミングですが、ボールに先に触っているのか、相手の足を蹴っているのか全く分からないシーンが何度もありました。

例によってサッカー選手は大袈裟に倒れ込みファールをアピールしますが、優秀な審判はしっかり見ていてファールにはなりません。

確かにファールではないけれど紙一重のシーンで、相手が倒れるのも仕方がないというシーンの方が多いことはもっと驚きです。

何故そんなことが起きるのか、何度も動画を見ているとある共通点を見つけました。

例えばトップスピードでドリブルしている時に、どんなに上手でスピードがある選手だったとしても、常にボールが足にくっついているはずはありません。

メッシ選手であっても、ちょんとボールを前に蹴り出す瞬間には50センチいや30センチかもしれませんが、体から離れる瞬間があります。

その瞬間にマスチェラーノはボールに飛び込んでいけるのです。

ある時はボールを蹴り出し、ある時はボールと相手の選手の間に体を入れてボールを奪い、ある時は体を入れて相手の動きを止める、とにかくファールギリギリに見える本当に微妙なタイミングで飛び込んでいくのです。

シュートブロックのシーンでは、ボールと相手の間に体を入れられない状況の中で、ボールとゴールの間に体を投げ出し、シュートを防いでいます。

あるシーンでは、ゴールキーパーの目の前で、まるで本物のキーパーのように体の正面でボールを受け止めたというシーンまで見つけました。

そして相手を恐れるということがありません。

球際が強いというのはこういうことなのだと、私のような素人にも教えてくれているようです。

とにかくマスチェラーノという選手は、次にボールがどこに動くのかということがわかっているかのような動きをしています。


よほどのスピードとタイミング、そして自信がなければできないプレーだと思います。

一瞬でも躊躇して、動き出しが遅れたりスピードが鈍ってしまったとしたら、ボールを奪うとか相手を止めるとかいう以前の問題として、お互いが大きなけがを負ってしまうというリスクを伴います。

それがないとわかって動画を見ていても、思わず危ないと思ってしまうプレーばかりです。

ただ単にフィジカルが強いとかいう言葉ではとても言い表せません。

彼の体格は174センチ73キロと発表されていますから、日本代表の中に入ったとしても小柄な選手ということになります。

先日の日本ラグビーの大活躍の影響で、またまたフィジカルという言葉がクローズアップされていますが、マスチェラーノのように、「自分の体を自分の思ったように動かせる能力」こそが本当の意味でのフィジカルの能力が高い選手なのです。

相手からボールを奪う、相手の攻めからゴールを守る、言葉で言えばディフェンスという言い方になるのでしょうが、彼の動きはまさに攻めています。

こういう選手がいるから、攻められているように見える状況から、一瞬にして攻めに転じるということが普通に行えるチームができるのでしょうね。

本当に目の前でそのプレーを見て見たいと思わせてくれる選手です。

ディフェンスのもう一つの対応力である、相手の動きを遅らせるということができている選手は誰なのでしょう。

私には今、そういう選手が存在するのか全くわかりませんが、きっとどこかにそんなことができる選手もいるのでしょうね。

イメージとしてはネイマール選手のようなトリッキーな動きをする相手に対して、私の言うアイドリング状態をうまく使って、腰を引かず飛び込んで交わされることもなく、バランスを崩して尻餅をつかされることもなく、まさに余裕で対応して相手の動きを封じてしまえる、そんな守りができるディフェンダーはいないのでしょうか?

この選手がそうですよという選手がいたら教えてください、また動画を探して見て見たいと思います。

野球からサッカーと話が広がりましたが、他のスポーツでも全く同じだと思います。

自分はちゃんとやっています、だけでは済まない競技のほうが多いと思います。

まずは自分の体を自分の思ったように動かせるように、動きづくりのトレーニングを行い、それを実際にどうやって使うかという対応力を磨く、スポーツ選手が目指す高みに限りはありませんね。

予想通りの展開と結果

昨日のカンボジア戦、このブログにも私の動き分析を期待してくださる方からのコメントもあり、いつも以上に気合を入れてテレビ観戦に臨みました。

とは言いながら今回の試合には正直あまり期待していませんでした。

というのは、これまでいくつかの試合を見てきましたが、いわゆる格下のチームと対戦するときの選手の動きは、彼らが持っているポテンシャルの何パーセントが発揮されているのかと言わざるを得ないような、物足りない動きに終始してしまうことが多かったからです。

試合の内容としては、前回のシンガポール戦のように一方的に攻めまくり、何度も決定機を作りながらも得点できないこともありますが、基本的には勝てる相手には負けないという試合運びになると思います。

ところが相手の方が格上で、勝てば金星という扱いを受けるような対戦相手に対しては、自分の持てる限りの、いえそれ上の能力を発揮しても対等に戦えないという状況の中でこそ、私が見ていても「これは頑張った、今のような動きがもっとコンスタントにできるようになれば」、そう思わせてくれるようなシーンを見つけることが出来ます。

逆に、こういう動きをしている限り、絶対にこういう選手、こういうチームには勝てないんだろうなと思わざるを得ない体の使い方や動きが、たくさん見えてしまいます。

私の動き分析は、重箱の隅を突っつくようなあらさがしをしているわけではありません。

「こういう時にはこういう意識でこういう風に体を使えば、もっと簡単にもっと効率的に自分に必要な動きを行うことが出来ますよ」と言いたいだけなのです。

数年前まで、サッカーに対してこんなにも思い入れを持って選手の動きを見たことはありませんでした。

私のような素人が見て分かること、気がつくことを、プレーしている当事者である選手や、資格を持った指導者たちが、知らないとか気がついていないなどということがあるはずがないと思っていました。

ところがそうではありませんでした。

動きに対する、体そのものに対する見方というか感じ方がまったく違っていたのです。

「サッカーというものはこういう風に体を使うのだ、そのプレーに対しての意識はこうあるべきだ」、長くかかわっている人たちに刷り込まれた固定概念は、そうそう簡単に変わることはありませんし、何よりそれらが間違っているとまでは言いませんが、もっと違うもっと良い動き方があるなどということを考えようとする人はほとんど皆無に近いと思います。

事実私のことを知っている人たちこそ、私がこんなことを言っても「お前にサッカーの何が分かる」と、思っている人がほとんどだと思います。

そんな現状の中、私のような人間のものの見方や考え方に興味を持ってくれる人が増えたことは、色々な意味で喜ばしいことだと思います。

現在選手としてプレーしている、子供さんがサッカーをやっている、育成年代の指導者をやっている、サポーターとして真剣に応援している、様々な立場で私の見ているフィルター越しに、改めて日常にあるサッカーというものを見ていただくと、今まで見えていなかった部分に気づけるかもしれないと思うのです。

そんな私が昨日の試合を見ながら一番感じたことは、選手たちが伸び伸びとプレーできていないということです。

監督が代わり、自分のプレーをアピールして代表チームに不可欠な選手であることをアピールしたい、そう思うのは当然です。

それぞれのポジションで安定した中にも攻撃的な姿勢も見せなくてはならないし、何よりあそこまで引いて守ってくる相手に対して、なんとか自分の力で得点を取るというプレーを見せたい、そんな思いがひしひしと伝わってきました。

そんな中で最初の得点を挙げた本田選手は、自分の力通りのプレーを見せていました。

本田選手のフアンには申し訳ないですが、けっしてもろ手を挙げて褒めているわけではありません。

あそこまで引いたうえに、背中を丸め前傾した姿勢でボールを奪いに来るわけでもなく、ひたすらスペースを守るというかブロックを敷いて陣地に入れさせないことが目的のような相手選手に対してなら、その外側で自由にプレーできて当然の能力を持っているのですから。

そんな中でのシュートですから、同じようなレンジから何度かシュートを打っていれば1発くらいは入って当然でしょう。

居残り練習で、壁人形を使ってミドルシュートの練習をしている状況とそれほど変わりませんから。

取りに来ないのですからボールキープも出来て当たり前です、格下のチームや選手が相手だったらこのくらいのプレーが出来ることはもう分かっています。

彼の場合は、W杯の時からずっと言われている、自分と同等かそれ以上のレベルの選手と対戦するときの、一歩目の出足の悪さとか、攻撃で前掛かりになる時の姿勢の悪さからくる力みによる、ボールタッチの悪さをどう改善していくかの方が問題で、上から目線でプレーしている彼を見ても、どう評価していいのか分からないのです。

ただ今回は良く頑張って、勝つための試合を作ってくれたと思います。

問題は他の選手たちです、海外のチームでプレーしている選手がほとんどで、本田選手と同じように上から目線でプレーできる選手たちばかりのはずなのに、もう自分のことで精いっぱいと言わんばかりのプレーが目立ちました。

ツイートでも言いましたが、ゴール前に何人も突っ立ったままで、自分のところへ放り込んでくれ、そしたら自分が決めるからと、本当にただ待っているだけにしか見えませんでした。

私が使っているipadのアプリの位置を替えたり、消去しようとして操作するとき、アプリの右上に×印がついて、アプリのマークが小刻みに揺れます、そして一つを動かすと後のマークが一斉に横ずれして整列しなおします。

イメージは分かっていただけると思いますが、サッカーの場合なら一人の人間ではなく、全員がいつでも動きだせる状態を作り、なおかつ実際に相手に近づいたり離れたりという皆が動きを行うことで密集地帯にスペースを作り出さなければなりません。

それが出来ていないから、実際に自分のところにボールが来ても相手に競り負けたり、こぼれ球に対しての反応も遅くなるのです。

気持ちばかり焦って前かがみになり、本来の動きが出来ないというシーンが何度あったことか、私が定義する技術というのは「自らの意図した筋肉の動きを、反復継続して行うことのできる能力」のことですから、こういう試合でできないということは、私がここの選手に対して持っている彼らの技術というイメージは、たまたまユーチューブで見たゴール集の、年に何回かしかできないプレーを、何時でもできる技術と勘違いしていることになります。

香川選手の動きなど、「え、こんな動きしかできなかったっけ」と、逆に驚いてしまいました。

悪い所を指摘することは簡単だと言いますが、ではなぜそうなってしまうのか、その原因を少しは探らなければなりません。

もちろん外から見ているだけの人間ですから、それらをすべて言い当てるなどということは出来るはずがありません。

ただ動きがなぜできないかという部分に関しては、私なりの意見があります。

それはやはり意識の問題です。

メンタルのコントロールが出来ていないのなら、専門のメンタルトレーニングを受ければいい、などという単純な問題ではありません。

国を代表してW杯の予選を戦うピッチに立っている、前回ふがいない試合で引き分け、この試合は何とか圧倒的な力の差を見せて勝利したい、個人的にもアピールして代表のスタメンを確保したい、そんなさまざまなプレッシャーの中で普段通りのプレーを望むことは無理なのでしょうか。

つい先日閉幕した世界陸上を見ていると、まさに本番に力を出す選手がたくさんいました。

この一投で予選を通る、最後の試技で逆転金メダル、そんなシーンを何度見せられたか。

敗れ去っていった日本選手たちのコメントを聞くと情けなくなりました、「世界との力を痛感させれらました、ここ一番で力が出し切れませんでした」、陸上に限りません、あらゆる競技でもう何十年も前から聞かされてきたコメントが繰り返されていくのです。

ではどうすればいいのか、私に答えはありません。

しかし、私がアドバイスを求められるとしたら、どんな競技であっても根本的な体の使い方が分かっているか、一生懸命になることは良いけれど、それのよって能力が発揮できなくなっている事実を知っているか、そこから始めなければいけないのです。

体のしくみ、屈筋と伸筋の役割など、それがどうしたと思われるでしょうが、そこをきちんと理解することなく技術の獲得も発揮も出来ません。

さらには、それらを十二分に発揮するための体の使い方を、どういう意識で練習しておくか、それを知らなければ結局頑張ったのに、で終わってしまうのです。

W杯予選の戦いはまだまだ続きます、もう監督が代わることはないと思いますが、あの人の言うことや表情を見ていると、選手はやらされているという感じが強いと思います。

それはそれで仕方がないことかもしれませんが、もっと冷静に周りを見て動きを作れる選手が必要だと思います。

そのための一つの方法論として、私が提唱する90分間走り続ける能力ではなく、90分間頭と体を動かし続ける能力を持った選手が一人でも多く必要なのです。

それに今の選手の中で、一番近いと思った武藤選手でさえ、昨日はまったく私が知っている武藤選手の動きではありませんでした。

ということは、彼の動きも理屈を理解したうえではなく、天性のというかまだ若い選手ですが、これまでの経験で作り上げられてきた動きでしかなかったということです。

やはり、こういう動き、体の使い方には意味があるんだということを、しっかり頭が理解し整理したうえで、普段の練習から意識と動きの統合を図り、どんな状況でもそれが発揮できる準備が必要なのだと思います。

ただ跳んだり走ったりのトレーニングにはまったく意味がありません。

次の試合も注目はしますが、私が考えていることを本当に理解して指導することが出来なければ、何も変わらないと思います。

逆に言えば、本気で理解しようとすれば一晩で変わる選手もいるかもしれません。

その意識を持って動きづくりに取り組んでいる選手もいますが、今回その選手はピッチに立っていません。

歯がゆい思いもありますが、現状はそう簡単には変えられません、多くのサッカーフアンのためにも、選手たちの奮起を期待します。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを始めました。
4月15・16日の二日間西本塾を、予定しています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の講習会情報をご覧ください。

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