ボールを投げるための連動動作

私はこれまで様々なスポーツ選手の、トレーニングやコンディショニングを担当してきましたが、私自身は根っからの野球小僧です。
です、というのは、今でもそうだという意味です。

今の自分があるのも、やせっぽっちで技術も体力もレベルに達しなかった自分が、どういう努力をすれば、人並み以上とは言わないまでも、人並みな野球人生を送れたのかということを考えることがライフワークのようになってしまったからに他なりません。

そうでなかったからこそ、今その知識と経験を積んで、せめて中学生の頃、近所にこんなおじさんがいたら、いろんなことを教えてもらえたのにな、という存在になるために、頑張ってきたと言っても過言ではないのです。

事実数年前には、本気で甲子園を目指す高校に進みたいという中学二年生を、卒業まで指導して送り出したこともあります。

トレーニングの指導にしても、体のケアにしても、私と他の人で何が違うのかと思われるでしょう。

答えは簡単です、気持ちの入り方が違うだけです。

もちろん仕事として行ってはいますが、自分の息子や親類の子供を見るように、単なる仕事としての接し方ができないのです。

それが今風ではなく厳しすぎる指導と取られたり、あいさつや言葉遣いにまで口を出してしまうため、仕事の範疇を超えていると言われることもあります。

ケガのケアもトレーニングや体の使い方の指導はもちろんします、でも本当にやらなければならないのは、人間としての最低限の礼儀だったり、言葉遣いだったりがきちんとできる人間に成れるよう導いてあげることで、それができなければ、せっかく親からもらった天賦の才も、努力の結果勝ち取ったプロスポーツ選手という称号も、薄い紙きれのようなものになってしまいます。

選手でなくなってからの人生の方が、長いことは誰にだってわかっているのですから。

昭和世代の愚痴はこれくらいにして、「田中投手の直球の切れの秘密」の話に戻ります。

ボールを投げるということと、放るということはまったく別の運動です。


スタジオ操の北側には、大きな公園が整備されていて、休日には小さな子供を連れた家族連れで賑わっています。

その人たちの中には、若い夫婦どうしや子供相手に、キャッチボールをしている姿が見られます。

機会があったらそういう人たちの、その腕の使い方をじっくり見てください。

ボールが手の指先から離れる瞬間、いやもっと前の段階から、ほとんどの人は手のひらが投げる相手の方を向いてしまっています。
ご自分でやってみてください、肘を曲げ手のひらを相手の方に向けたまま顔の横において、肘を軸にして肘から掌がお辞儀をするようにボールを放りだしていませんか。

え、これでいいんじゃないの、と思われた方は、野球でいうところのボールを投げる動作にはなっていません。

これはある意味仕方がないことです、我々一般人が日常で50メートルも先の目標に向かって、山なりではなく糸を引くような勢いのあるボールを、しかも正確なコントロールで投げる必要はまったくないのですから。

今あえて50メートルと書いたのは、プロ野球の選手でも近い距離であれば、先ほど書いたような投げ方でも用が足りるので、そういう投げ方で投げている選手も見られます。

私の三男が小学生の時、学校のソフトボールのチームに入っていた時、全国的に名の知れた有名私立高校の野球部OBという、誰かのおじいちゃんが指導に来ていて、私の息子にまさに手のひらを前向きにした投げ方を指導するのです。

息子にはこれから説明する正しい投げ方をきちんと教えてあって、完全ではないにしても他の子供とは明らかに違う、伸びのある回転するボールを投げられるようになっていたので、その指導に子供ながらあきれてやめたくなったとまで言いだしたのです。

私が指導していた、高校や大学で活躍し、選ばれて社会人野球の選手となった彼らでも、この投げ方が最初からできている選手はほぼ皆無です。

リリースの直前まで、手のひらは目標方向に向かって右投げの選手であれば、直角に左を向いていなければなりません。

ちょうど空手チョップをするときの感じです。

みなさん、ハ、という顔をして、それでどうやって前にボールを投げるんだと言います。

ではその場に立って、右手を真っ直ぐ耳の横に高く上げて、手のひらを内側に向け小指を前に向けてください。

そして目をつぶって、何も考えずに手を下してください、意図して下すというよりも腕の重さを支えることをやめて落下させるという感覚です。

どうでしょう、内側に向いていた手のひらはそのままでしたか、力を抜いて落下させた人の手のひらは、90度回転して自分の太腿を叩いたはずです。

これが人間が正しくボールを投げる時の関節の連動です。

この動きを全身で行い、あくまでも肩甲骨から先の腕は振るのではなく、振ってもらっているという感覚になってほしいのです。

これによってボールが、振りだされた腕の先にある指先が、体から一番遠いところで最後に内転し、そのひねりのスナップによって回転が与えられるという訳です。

スナップはお辞儀ではありません、回転捻りです。

この結果いわゆる「球持ちがいい」という状態になります。

以前佐々岡投手が、カープの寮に併設された雨天練習場の中で、若手の投手と50メートルくらいの軽い遠投をするシーンを見ました。

佐々岡投手は勢いをつけず、ゆったりとその場で足を上げ、そのまますぐそこに投げるのかと思うほど力感のない流れるような動きでボールを投げ、そのボールは山なりではなく、ほとんど指を離れた高さのまま糸を引くように、相手のグラブを叩くのです。

ところが相手をしていた投手は、同じような雰囲気で動き出すのですが、そのまま投げてもボールが届かないのです。

当然素人ではありませんから、佐々岡投手に負けじと、同じ軌道を通るボールを投げるために、動作の途中から力が入ったり、柔らかい動きで届かせようとすれば、山なりのボールになったりして、同じレベルの選手には到底見えないのです。

微妙な違いですが、クルーンと藤川の例でも書いた通り、ボールに対する回転の与え方が違うのです

田中投手はそれに気付いたようでした。

寮や宿舎のベッドの上で横になったまま、顔の前にボールを構え天井に向かって投げ上げる動作を繰り返すシーンをテレビで見ました。

私も子供の頃、いやというほど練習しましたが、なかなか続けて同じ方向へ投げることができず、高さも揃わずで、おかしいなと思いながら練習したものでした。

それは単純に手のひらの使い方が間違っていたからです。

手のひらを天井に向け、うちわで扇ぐように屈曲運動をしていました。

それが正しいと信じてです、そうやって練習しなさいと教えられました。

まったく違っていました。

まずは肘を曲げ、肘と手の小指側を天井に向け、肩甲骨から一斉に天井方向に伸ばしていくのです。

ベッドから右の肩甲骨が浮いてしまうくらいしっかりと振りだします、慣れてくれば本当に簡単に何回でも続けることができます。

バスケットのフリースローのイメージです。

この肩甲骨から肩関節、そして肘関節から手首の関節、さらに指先の関節まで、ほぼ一瞬の出来事ですがうまく連動してくれることが、回転のいいスピードボールを投げる秘訣なのです。

他の体の使い方はこのブログでも以前に説明してあります。

どうでしょうか、プロ野球の中継を見る際は、是非この一連の連動を確認してください。

良い投手、肩が良いと言われる野手は、みんなこうやって投げています、もちろんあのイチロー選手は、そのお手本のような体の使い方をしています。
だから故障もしないのです。

ただ本人は、いまだに掌が前を向いていると思っている選手がいるのも事実ですから、困ったものです。

ダーツ然り、バレーボールのアタック然り、テニスのサーブ然り、肘を肩より上にあげて前に振りだすためには、みんなこういう使い方になるのです。

理屈ばっかりとよく言われますが、理屈は現象を文字や言葉に置き換える作業であって、理屈が先ではありません。

逆に本当は自分もそうやってできているのに、それを認めずトンチンカンナことを言う、経験者の人たちこそ困ったものなのです。
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祝楽天初優勝 小さな声で祝16年ぶりのカープAクラス

昨日は楽天が球団創設9年にして、初めてのリーグ優勝を勝ち取りました。
その立役者となったのは、もちろん22連勝中の田中投手です。

今の彼が投げるストレートは分かっていても打てないレベルのキレがあります。

そういう表現なら誰でもできますので、私なりの解説を加えてみたいと思います。

現在世界最速のストレートを投げるのは、キューバからアメリカに渡ったチャップマン投手で、時速169キロとも170キロを超えたとも言われています。

とても人間の成せる技ではないと思われる数字ですが、驚くべきはそのボールをバットで捉えることができるのも人間なのです。

もう何年前になるでしょうか、阪神時代の全盛期の藤川投手と横浜時代のクルーン投手がオールスターゲームで、それぞれ8回9回を投げたことがありました。

ビデオを撮り忘れ、知り合いのテレビ局勤務の方にお願いして手に入れたほど、スピードと打ちにくさを説明するのにもってこいのハイスピードカメラの映像がそこにはありました。

その頃指導をしていた佐々岡投手に、まずはじっくりと説明をし、そのあと彼が引退した時に取材に来てくれた、地元RCCラジオのレポーターとアナウンサーの方に説明をした時には、どうしてそんなところに気づいたのかと、目を白黒させながら聞いてくれました。

テレビ中継の副音声で私が解説をしたら、野球の別の楽しみ方が広がるの副音声で のにと、言ってくれましたが、実現することはありませんでした。

8回に登板してきた藤川投手の球速表示は152キロ、一方9回に登板したクルーン投手は160キロだったと思います。

普通に考えれば160キロの方が速いのだから、打者は打ちにくいはずです。

ところが藤川投手の150キロには空を切って空振り三振したパリーグの1流打者が、クルーン投手の160キロにはきちんと反応して、先頭打者がセンター前にクリーンヒットを飛ばしたのです。

この事実をきちんと説明できなければ、解説者としての本来の仕事は全うできないと思うのですが、未だかつてこの問題に明確な答えを聞いたことがありません。

今はマシンの性能が上がり170キロのスピードボールでも体感することができます。

現実チャップマン投手のボールにも、バットは当たるのです。

ではなぜ藤川投手のボールにはかすりもしなかったのか、ここからが本題です。

打者は投手の動作を見て、打撃動作を始動します。
各球場の形状もあるので、この球場だと藤川投手のボールはセンターの後ろのフェンスのあのポイントでリリースされて、自分の方に飛んでくるという感覚を持っています。

また、どんな速いボールであっても、引力には勝てませんので、いわゆる浮き上がってくるという軌道はあり得ません。

150キロのボールであればこういう軌道で飛んでくる、160キロならこうと、自分の経験の中でそれぞれのイメージを持って打席に立ち、ボールの軌道に合わせてミートポイントにバットを振り出していくのです。

クルーン投手の160キロには、その感覚で対応することができたのに、藤川投手の150キロにはなぜ対応できなかったのか。

スピードガン表示で藤川投手と同じレベルのスピードボールを投げる投手は他にもいました、同じ150キロでも何かが違うはず、そう思ってテレビ中継を見続けていました。

そこにハイスピードカメラの映像が飛び込み、なるほどそういうことだったのかと納得したわけです。

具体的に言うと、藤川投手のボールは、リリースポイントで指から離れたその瞬間からボールが回転して行くのがはっきり見えました。

鳥肌ものの映像です。


しかしクルーン投手のボールは、指から離れてボール1個分くらい進んでから回転が始まりました、いわゆる押し出している瞬間があるのです。

ボールが進んで行く際には空気の抵抗が邪魔をします。

それを突き進んで行くためには、ボールは回転していかなければなりません。

ほんのボール1個分回転の始まるのが遅いだけで何が違うか、スピードガンは初速を表示しますから、おそらくは打者の手元で感じる、二人のスピードの差はそれほどなかったのだと思います。

また他の150キロのボールに比べて、引力の影響を最小限に抑えられたため、これもいわゆるですが伸びがあるキレがあると評されるスピードボールになり、打者の予想よりボール半分か一つ分、バットの上を通り過ぎてしまったというわけです。

指先に最後までボールがかかっているということは、ボールを長く持っているということであり、その分打者との距離感が縮まり、見えている時間も短くなるわけですから打ちにくいのは当然ということになるのです。

今の田中投手と、広島の前田投手にはそれに近いものを感じます。

田中投手が一年目のシーズンを終えた後、直球の走りが納得できないと、ベッドに横たわり、顔の前でボールを天井に向かって投げ上げる動作をひたすら繰り返す映像をテレビで見ましたが、彼は誰かに教えてもらう技術ではなく、自分でその答えを探したいと自問自答して、何かをつかんだのでしょう。

その私なりの答えを次回書いて見たいと思います。

3位以内が決まり、お祭り騒ぎの広島ですが、実は日本一も夢ではないと私は思っています。

勢いだけでなく、自分の何が良くて、何が悪いのか冷静に分析できる選手が増えて欲しいと思います。

number web 記事について

数日前にnumber webで紹介していただいた、日本人選手の一対一の接触プレーが、なぜ外国人選手に比べて弱いと感じるのか、その対策はというテーマでした。

木崎さんが広島を訪ねていただいたのは、そのことをテーマに私の考えを引き出すことが目的ではなかったと思います。

それがいわゆる雑談から始まった会話の中から、話がそちらの方向に展開されていき、私としては特別目新しい話でもなかったのですが、屈筋と伸筋の性質や働きに話が及ぶと、ますます深く掘り下げる木崎さんのライター魂に火がついたようで、延々と会話が続いたのでした。

あの雑談が記事になり、多くの方の目にとまり、たくさんの反響に結び付いていくのですから、私もいい加減なことは言えないと、身が引き締まりました。

屈筋と伸筋の性質や働きについては、このブログの中でも詳しく書いてきましたが、今回の話の中で最も重要な部分は、「伸筋は使わずして使われるもの」ということです。

この表現は記事の中では使われていませんが、限られた文字数の中で説明するのは難しかったと思います。

接触プレーが許されているラグビーやアメフトて違って、サッカーでは相手を押したり引いたり、体当たりをするなどの行為は、基本的に認められていませんので、ファールということになります。

ハンドオフという行為は、見方によってはファールなのです。

肘を伸ばすことで相手を押し返すことができるのなら、その主動筋である上腕三頭筋を鍛えれば良い、ハンドオフの上手い選手は広背筋から上腕三頭筋が発達している、式の発想になってしまう人が多いようです。

けっして間違いだとは言いませんがそんな単純な話ではないのです。

ただここで、私の悪いくせで、自分が見えているものが他の人にも見えていると思わずに、私に見えている世界をできるだけ分かりやすく伝える努力をしなければなりません。

ファールを取られないようにズルくうまくやれ、などという低次元の話ではありません。

本人ですら、どうして相手が入ってこられないのか、跳ね返っていくのか、分からないくらいの力加減を会得するためにはどうすればいいのかということが、今回私が言いたかったことなのです。

伸筋は、屈筋の意識を消した時に、静かに本領を発揮しくれるのです。

コーナーキックやセットプレーの位置どりで小競り合いが続き、なかなかプレーが再開されないなどというシーンは、みっともなくて見ていられません。

プロならもっとスマートな体の使い方を見せて欲しいものです。

伸筋を静かに使えるようになるための秘訣というか秘密が、全身の連動であることは、このブログの読者の方々なら想像に難くないと思います。

解剖学や既存の知識にこだわらず、野次馬根性で試してみてください。

誰かに教えられたことが正しいことではなく、自分の体が納得したことが、本当の真実です。

頭の中を整理して

昨日は、孫の運動会の応援という初体験でした。
私は自分が子供の頃より、親になってからの方が運動会が楽しみで、クラス対抗リレーには異常な執念を燃やして、本番が近付くと、本気で練習してしまうほどでした。

それが今や、その子供たちが可愛い幼稚園児の親で私はおじいちゃん、でも気持ちだけは自分がリレーにでても、もう少しまともな走りができるのではと、あまり早くないお父さんの走りに文句をつけ、家内にあきれられてしまいました。

一つずつ歳をとっていきますが、まだまだ私にはやらなければならないことがありますので、これからが本番だと思って、人生の後半戦を頑張っていきます。

「西本塾」に備え今日は一日パソコンに向かっています。

これまで断片的に自分の思いを書き綴ってきましたが、これらをどうやって順序立てていけばより理解していただきやすくなるのか、これが何より大変な作業になりそうです。

年齢も職業も、受講しようと思っていただいた動機もそれぞれ違う方々に対して、私でなければ伝えられないことがたくさんあるはずです。

自分でも驚くような内容になるように整理し、私自身も改めて学んでいきたいと思います。

その作業の中でひとつ気になったのが、筋肉の構造でアクチンとミオシンの滑走説に関することです

もうこのブログの読者の方なら、サッカー選手は〇〇筋を鍛えたらいい、的な発想は捨てていただいていることと思いますが。

一般に名前が付けられている筋肉は、直径1㎛の筋原線維の束である50㎛の筋繊維と呼ばれるもの集合体の繊維束となって、筋肉としての形状を形作っていることは、少し知識のある方ならご存知だと思います。

その筋原線維を構成するアクチンとミオシンのユニットの形状というか、存在形態が今一つ正確に理解できておらず、3・5・7理論でトレーニングの刺激や、肉離れ等のケガに関する説明にも、模式図的な表現ではなく解剖学的に正確な情報が欲しいのですが、私の理解力では今のところそのレベルに達しておりません。

現実我々レベルの話の中では必要のないことかもしれませんが、いつかは自分なりの理解を深めたいと、いまその欲求が高まってしまいました。

このレベルの研究は、現在も進んでいますが、スポーツ動作に応用するという意味では、私の3・5・7理論も、あながち捨てたものではないと思えるレベルの仮説ではないかと思います。

そういう意味のことを知っていて、考えながら行うトレーニングと、そうでないトレーニングでは、効果はもちろん本来必要なスポーツ動作への応用力はまったく違うものになると思います。

私の理論、そんなことを知っていて日常何かいいことがあるのかと思われるかもしれませんが、私は目の前のことに疑問を感じると、一般的にはこう言われているとか、今の常識ではこうだとか、そういうふうに割り切ることができず、自分なりに納得のいく答えが見つかるまで調べ、申し訳ないけれど選手の体で、自分の立てた仮説を実証することで、理解を深めてきました。

おそらくここまで突き詰めて物事を考える人は少ないと思うので、他の人が何気なく流してきた事柄にも、なにがしかの答えを提示できるのではないかと思います。

それを整理して、何回かの講習会の中で私を超えていく人材が育ってくれることを期待します。

私が伝えたいこと

このブログを通して、私の思いを書き綴ってきました。

有難いことに、スポーツライターの木崎伸也氏が、私の考え方や発想に注目していただき、メジャーな媒体で紹介していただいことで、私への注目度も上がったように思います。

ブログのタイトル通り、私がトレーナーとして歩んできた道のりの中で、どんなしがらみにも組織にも臆せず、すべての事象に対して本来こうあるべきだという、厳とした意志を持ち続けたことによって、自ら紆余曲折の人生を歩んできたことは間違いありません。

普通の会社員であった私が32歳にしてこの世界に飛び込んだからには、ただ生活の糧とするためだけの仕事では、あまりにもさびしく、自分が信じた道のみを進んで行こうと決めての転職でした。

あれから20数年、その思いを持ち続けた結果の今です。

ありがたいことに私の経験したことや自らが求め続けてきたものの考え方を整理した理論めいたことに、多くの方が興味を持っていただけているという、ありがたい現実があります。

そしてついに私の思いを一方的に発信するだけではなく、直接目の前でお話しし、体験していただくことで、少しでも深く理解していただき、それぞれの分野で生かしていただくために、西本塾という形で講習会のようなものを行う気持ちになりました。

私にも経験がありますが、講習会やセミナーと銘打たれたものに参加される方は、もちろん時間とお金をかけたことに対する実を得ようとして参加されるはずです。

ある目的を達成するための方法論を学ぼうとするのだと思います。

そうしたことが主な目的となるであろう参加者の方に、私がお伝えできることは何なのでしょうか。

私の考え方に対して、「独自理論」という言われ方をすることがあります。

一般的には、最新のトレーニング論とか、いまもっとも注目されているトレーニングとか、人目を引く言われ方があります。

こういう言葉こそ、時代とともに変わるファッションの流行と同じで、みんなが忘れたころに、何年か前に注目されたはずのトレーニング論が、装いを変えて再登場となるのです。

今は体幹トレーニングという言葉が、幅を利かしていますが、たとえばトレーニングの基本であるスクワットという種目を行う時、言われている体幹の強さがなければ、正しい姿勢で重量を扱うことなどできるわけがありません。

取り立てて、体幹トレーニングなどと騒がなくても、一つ一つの種目には体幹の安定というキーワードは絶対に必要な要素なのです。

それがどうして体幹トレーニングなどという言葉が、独り歩きしてしまったのか、私にはまったく理解できません。

肩甲骨の重要性や股関節との連動などという言葉も、私は当たり前のように使用しますが、これとて最新でも何でもありません。

人間として二足歩行を始めた時からの宿命として、ずっとテーマであり続けている命題で、この言葉を使っているから、体のことが分かっているとか、新しいことを追及しているような言われ方はおかしいと思うのです。

学校と同じです、学ぶ人が次々入れ替わるから、初めて聞いた言葉に新鮮さを感じ、自分が最新のトレンドを取り入れていると思いたいだけなのです。

繰り返します、トレーニングや体の使い方に最新などと言う言い方は存在しません。

人間の体は、過去現在を通して何も変わっていないのです。

ですから、根本的な本質は何も変わっていません。

それは人間が一つの卵細胞から分裂し、遺伝子によって作り上げられているということ、そして人間が動くということは、筋肉が収縮し、骨格の位置関係を変化させているという、単純な事実なのです。

それが私の言う「筋肉の仕事は骨を動かすこと、それ以上でも以下でもありません」となるのです。

その筋肉の仕組みとは何なのか、このことを突き詰めなければ、トレーニングもコンディショニングも治療もないのです。

私が今たどり着いたそれに対する一つの答えが、絶対に正しいかどうかは分かりません、ただそういう風に考えないと、日常動作であれスポーツ動作であれ説明がつかないのです。

それを一緒に学んでいただくことで、そこから先はそれぞれの立場で考え応用していただきたいのです。

私が何でも知っていて、聞けばなんでも答えてくれると思って来ていただいても、残念ながらご期待にはお応えできないと思います。

逆に言えば原理原則を理解していない人に、何を言っても仕方がないということなのです。

このブログを一から読破してくださっている方もいらっしゃると思いますが、なるほどそうかと思っていただくほど簡単な内容ではないかもしれません。

だからこそ膝を突き合わせ、思いを伝えることで、来ていただいた方一人おひとりの、これからの考え方がきっとシンプルに変化していくと思うのです。

学び合うことは楽しいことだと思います。

私もとても楽しみになってきました。


追記
西本塾参加ご希望の方は、Conditioning Studio 操 のホームページ内の最新情報下部に、申し込み方法がありますので、(こちら)をクリックし、申し込みフォームにご記入の上、送信してください。
すでにお申し込みの方も、お手数ですが、再度送信して頂けるとありがたいです。
現在すでに3人の方からお問い合わせをいただいております。
予告通り、たとえお一人であっても、参加してくださる方があれば予定通り開催します。

行動開始 第1回西本塾のご案内

昨日の夜、ツイッターで予告しましたが、来月から不定期ではありますが、ここで講習会を行いたいと思っています。

昨年まで使用していた施設「トレーナーズルームからだ工房」を完全にたたんで川崎に行く決意をした時には、自分がこれまで培ってきた経験と技術を、もう一度メジャーな世界で発揮することによって、スポーツに関わる多くの人たちに新しいというか別の視点を持ってもらい、日本のスポーツ界が発展して行く一助になればという思いからでした。

そのためには私のやり方が本当に効果があり、個人の能力やチームの成績を向上させることを証明しなければなりません。

別に川崎でどうのこうの言われる筋合いのものではなく、過去関わってきたすべてのチームや個人の結果を見ていただければ、改めて新しい環境でムキにならなくてもよかったのですが、私にとって過去は過去、何としても川崎でと思いすぎてしまったことは、今となっては少し悔やまれることかもしれませんが、これが私の性分ですので仕方がなかったことと今は割り切っています。

結果として、私の考え方をスタンダードにという目標は果たせませんでしたが、広島に帰ってきてから、こうしてブログやツイッターを通して、私の思いを発信し続けています。

しかし、文字で伝えることには当然限界があり、私としても自分の思いを直接伝える機会を作らなければ、ただの一方通行で終わってしまうと考えていました。

まだまだこのブログの存在が広く知れ渡っている訳ではありませんから、講演の依頼もつくばのトラウムトレーニングに伺った一度だけです。

そうした中で、こうして新しい環境で仕事を始めることができ、受け入れ態勢も整いましたので、私の作ったこの「スタジオ操」で、講習会を行うことにしました。

折しも7年後の2020年に、東京オリンピックの開催が決まり、トレーナーを目指す学生は増えていくと思いますし、トレーニングを指導する立場の方や、実際にトレーニングを行う選手の中にも、現状に疑問を持ち、違う何かがあるのではと思っている人も多いはずです。

そうした人たちに対して、こういう考え方こういう方法で行うことで、もっともっと良くなっていけるよという提案をしていきたいのです。

ちょうど20年前、私がサンフレッチェ広島に在籍している時に、アメリカのトレーナー資格であるNATAに倣って、日本体育協会がアスレティックトレーナーを資格として制定し、以降この資格をとっていないと各競技団体の代表クラスのトレーナーとして帯同できないかのような権威付が行われてきました。

どんな仕事にも、対外的な信用を得たり、個人の資質の標準化を図るためには必要な方策ではあったと思いますが、その資格を持っている人間の能力が、それ以外の人間に比べて明らかに高いレベルなのかといえば、もちろんそうではありません。

これはどんな資格にも言えることだとは思いますが、オリンピックをきっかけに、ますますこの資格の権威は上がっていくのでしょう。

かくいう私も、資格が制定された年に、Jリーグのトレーナー枠で受講し、以来昨年まで何となく4年に一度の更新講習を受け続け、資格を保持していましたが、昨年の講習会に参加せず、資格を失効させてしまいました。

私がその資格制度に対して、どうのこうのいう立場ではありませんが、私個人としてその必要性を感じなくなったので、そうしたまでのことです。

私は標準化された資格制度の一員ではなく、自分の信じた方法でこれまでもこれからもやって行くんだという、自分への意志表示だったのかもしれません。

教科書で勉強できる知識は資格を取るための講習会でなくても、今の時代いくらでも勉強することができます。

私が伝えたい相手は、本気で選手のことを考えられるトレーナーであり、トレーニングコーチであり、大きくいえば指導者全体なのです。

10月12日の土曜日午後から、翌日曜日の午前中をめどに、第1回の講習会を行います。
受講料は二日間で二万円です。

本気で私の考え方を学んでみようという方の参加を期待しています。

参加希望の方は、このブログの鍵付きのコメントで申し込んで頂くか、ホームページに記載した予約専用の電話でお願いします。

これからじっくりと内容を練り上げ、不定期にはなりますが10回シリーズくらいで、ある程度自分の納得できる内容がお伝えできるかと思っています。

まずは、私の考える体の仕組みについて、そしてそれをどう応用していくのか、その辺りから始めて行きたいと思います。

申込者がたとえ一人であっても、必ず行います。

お一人であっても、これでもかというくらい指導します(笑)

気合をいれて広島におこしください。

操体法を通してのからだ

オープンして1週間が過ぎました。

まだまだきて頂ける人は少なく、いくら前向きにとはいえ、不安がないといえば嘘になります。

こういう時こそ初心に帰って、頭と体を整理しておかなければなりません。
操体法を応用しての施術を行う時も、トレーニングを指導する時も、私の考えを理解していただくために、必要以上に言葉を並べ過ぎてしまっていることは、自分でも分かっていました。

特に施術行為を行う時には、ベッドに横たわっている人からみれば、私の理屈などどうでもいいから、とにかく痛いところを治してくれればいいというのが本音だと思います

ここをオープンして、以前からきて頂いていたのではなく、まったく初めての方がお一人来られていますが、おそらくそう言う感覚でこられたと思います。

69歳の男性ですが、20歳の時に交通事故で膝を痛め、以来腰だ肩だ首だ肘だと、黙って聞いているといつ終わるのかと思うほど、ご自分の体の悪口を言いたい放題です。

交通事故は別としても、あとはあなた自身の体の使い方が悪いからこうなったのであって、他の誰が悪いわけではないのですよと、ズバッと言い放つと、何を言われているのかと驚いたように黙ってしまいます。

さらには、病院に行っても痛み止めの注射を打たれるだけで、何も改善しないとか、長い付き合いのある接骨院にも通っているのに思ったような効果が得られないとか、とにかく悪いのは自分ではなく、痛いとこだらけの自分の体であり、それを改善してくれない医療機関やそれに類する所というのが、その方の主張なのです。

まあ、この手の話はほとんどの方にあてはまるのではないでしょうか。

そして、どなたかの紹介で新しいところにいくと、次に口をついて出てくるのは、何回通えば良くなるのか、どのくらいの期間通い続けるのかという質問です。

とくに私のところのように、保険医療の対象外の施設では、すべてが実費払いということになります。
何回くればいくらかかるという計算がまず始まるのです。

体との対話もへったくれもありません。

そんな計算が成り立つくらいなら、あなたの体はどうしてこれまで良くなってこなかったのですかと、じわりじわりと私の反撃が始まります。

誰が悪いのでもなく、69年間使い続けてきたあなた自身以外の誰かのせいにするという発想自体が、体に対してとんでもなく失礼なことで、これを機会にご自分の体との付き合い方を変えてみませんかという提案を、受け容れざるを得ないように、じっくりと語りかけて行くのです。

とは言っても、いきなりそれでは話を聞いてくれるわけはありません。

まずは言いたいことを全部話してもらい、足指もみから始まる一連の操法の流れの中で、体の問題点を探り出し、少しずつ変化を実感していただくことで、これは私が治しているのではありません、あなたの体自身が、こうなりたいと望み、たったこれだけですかというほどにしか感じられない、操体法の動きを通して変化して行く体との対話が少しでも成立してしまえば、その時点でその方は治ったも同然なのです

こんな経験を何度となく繰り返してきて、結論を先にいうのは簡単なことで、初めての方に一から説明していくのは、ある意味面倒な作業ですが、これがうまく伝わった時に、人を相手に仕事をしている実感が得られることも事実です。

単なる技術のうまい職人としてではなく、生身の人間を相手に、心の繋がりを感じられる得難い感覚であり、本当の意味でこの人のお役に立てたという、他ではおそらく味わうことのできない仕事が出来ていると、心から思える有難い瞬間となります。

一人でも多くの方のお役に立てるように、いろいろな意味で成長して行きたいと思います。

やっぱりこれだ

残念ながらまだ予約が少ないので、予定通りというか、自分の体の再調整にたっぷりと時間をかけられています。

さすがに9ヶ月間自分のためのトレーニングを行っていませんでしたので、ある程度自分の納得できる動きを取り戻すのに時間がかかるのではと覚悟していました。

立派な施設ができ、自分の思った通りのトレーニングを思う存分行うことができる環境が整った今、しっかりと自分の理論の元にトレーニングを行うことで、まだ1週間に満たない期間の間に、自分でも驚くほどのスピードで動ける体に戻っています

指導をするにあたっては、自分でやって見せることで、言葉だけでは理解できない感覚を少しでも正確に伝えることができると思います。

また、体全体から発する「気」も充実させておかなければなりません。

私が元気でなくては、きて頂いた方を元気にすることはできません。

科学的な根拠のない用語ではありますが、マッスルメモリーという言い方があります。

筋肉に対して継続して刺激を続けていれば、多少の期間が空いたとしても、一から刺激を入れるのと比べて、短期間でトレーニングの効果を実感できるというものです。

トレーニングの動きを覚えてくれているので、正しい刺激が筋肉に届きやすくなっているためだと思います。

また、旅行などでトレーニングの環境がない時でも、腕立て伏せをするだけでも、トレーニングをしていない人に比べて筋肉の反応がとても高くなったりします。

テレビの通販などで、紹介されるトレーニング用品ですが、あの商品だけを単体で使用したからといって、モデルになっているマッチョな体になるのは大変な労力が必要だと思います。

彼らは極端に言えばどんな軽い負荷であっても、筋肉を強く収縮させることができるようにメモリーされているのです。

私が今行っているトレーニングは、まさに西本理論に基づく、体作りではなく動き作りのためのトレーニングです。

一般的なマシンの使い方に比べると、重量はかなり軽いと思いますが、それでも十分全身の筋肉を連動させ、無理なく関節の運動が行えるトレーニングとなっています。

もし私がこういう発想でなく、以前扱えていた重量に近づけることが、元の体を取り戻す目安になるというような考え方でトレーニングを再開していたら、きっと体は悲鳴をあげ筋肉痛のみが蓄積されていたと思います。

新しいマシンが次々と開発され、新しいトレーニング理論が喧伝されていますが、人間の体は変わることはありません。

その体が、人間としての本来の機能を余すところなく発揮できるようにするためには、どう考えても◯◯筋を鍛えるという発想ではなく、動きを表現するための筋肉のあり方を探る、というアプローチの仕方の方が正しいと思うのですが。

ここでの仕事が忙しくなった時、自分のためにこの施設を自由に使えた贅沢な時間が、絶対にあって良かったと思えるように、まだまだ予約の電話が鳴らないことに悲観せず、すべての時間を前向きに過ごして行きたいと思います。

新しい夢に向かって

9月9日9時、予定通り新しい施設をオープンすることができました。

このブログやツイッターを通じてご縁をいただいたみなさんにも、激励や応援のメッセージをたくさんいただき、改めてお礼申し上げます。

こういう仕事はオープンしたからと言って、すぐにたくさんの方にきていただけるほど甘くはありません。

今回で三回目となり、どんな方にきて頂いても自信を持って対応できる準備は整っていますが、私がここでこれだけの設備を作ったことを、まずは一人でも多くの人に知っていただいくことからはじめなければなりません。

こうしてブログを書き、ホームページを作り、ツイッターもやっていますが、まだまだこの施設の存在が知られていくには時間がかかると思います。

一日中ここにいても、一人もこられない時もあると思うし、たとえお一人であっても私の技術のすべてを発揮して対応しなければなりません。

一日一日がその繰り返しであり、それを積み重ねて行くことが、これからの私に課せられた使命であると思っています。

スポーツの現場のような華やかさはありませんが、自分のやってきたことを信念を持って伝え、発揮していける、私にとってはこれ以上ない環境を得たと思っています。

昨年まで使っていた場所に比べて、トレーニングのスペースが広く取れたので、マンツーマンで常に一人の方を指導するには勿体無いくらいの環境となりました。

私のトレーニング理論を勉強したいという方が何人か揃えば、ここで講習会を行いたいと思っています。

施術に関しても、私の操体法を学びたいという方がいれば、同じように計画したいと思っています。

後継者などという言い方はおこがましいのですが、私のやってきたことをベースにして、それぞれの方がそれぞれのスタイルを作っていくのが理想ではないでしょうか。

折しも7年後の2020年に東京オリンピックの開催が決定しましたので、これまで以上にトレーナー志望の方が増えることが予想され、当然こういう分野の重要性も高まってくると思います。

それに応えていくためには、既存の教科書的な理論や発想ではなく、より現実的実戦的な技術や理論を学んでおかなければならないと思います。

現状に満足できず、今やっていることに、これで良いのだろうか何か違うのではないかと思っている人は少なくないはずです。

そういう志のある方々になら、独自理論と言われる私の考え方に興味を持ち、学んでいただけるのではないかと、密かに期待しています。

山口の松下村塾ではありませんが、この場所から大きな野望を持った若いトレーナーが巣立って行く日を楽しみにしています。

溢れ出る思い

「Conditioningu Studio 操」のオープンを間近に控え忙しい毎日を過ごしています。

ついこの間までの耐えられないような暑さが嘘のように、秋の気配が深くなってきました。

落ち込んでいる心を癒してくれる言葉に、「やまない雨はない」とか「明けない夜はない」などという言葉がありますが、今の涼しさも「終わらない夏はない」といったところでしょうか。

私にとっても、身も心も寒い冬が続いていましたが、夏の暑さをいっぺんに通り越して、一気に爽やかな秋を迎えられたと、すべてを良い方向に捉え、前に進んで行きたいと思います。

昨日の午前中は、トレーニング機器を預かっていただいている、呉市内にある「堀口海運」さんの本社ビルに、土曜日の移設作業に備えて、機器の解体作業に行ってきました。

なんとこの会社、3階建ての社屋の1階部分がすべてトレーニングルームになっているのです。

先代の創業社長さんが、スポーツにとても理解があり、なおかつ先進的な考えを持っておられた方で、呉という土地柄、海上自衛隊の呉基地や海上保安庁の広島保安本部がすぐそばにあるため、その隊員さんたちのトレーニングの場としても利用してもらうことを念頭に、新社屋を建築する際にトレーニングルームを作られたという、呉では伝説の社長さんだったそうです。

今でこそ、公立高校にもウエイトトレーニングの設備が備わる時代ですが、戦後間もない時代に手作りのトレーニング機器を備えた、本格的なトレーニングスペースを作られたというのですから、凄いとしか言いようがありません。

話には聞いていましたが、初めてその場所を見せていただいたときには本当にびっくりしました。

現在は、自衛隊や海上保安庁の施設にもトレーニングスペースは完備されていますので、社員の方々が昼休みや終業後に利用されるだけで、失礼ながらもったいないスペースになっていました。

それが昨年末、私が以前の「トレーナーズルームからだ工房」をたたんで川崎に行くことになり、古い機器を整理して、私のところにあったマシン類をすべて移設して、改めて本格的なトレーニングルームとしてリニューアルし、利用していただいていたのです。

それを今回、恥ずかしながら帰ってまいりましたと、グアム島から帰還された横井庄一さんの言葉をまねさせていただくような形で広島に戻り、新たな施設を作るにあたって、せっかく整備したトレーニングルームから、マシンが全て消えてしまうにもかかわらず、返していただくことを許していただき、お礼の言葉もありません。

もし新たに機器を再購入して、施設を作らなければならなかったとしたら、間違いなくこの計画は諦めざるを得なかったと思います。

色々な方々に助けられ励まされて、再出発の日を迎えようとしています。

改めて感謝感謝の毎日です。

さて昨日、嬉しい来客がありました。

川崎でご縁ができた、世界で活躍するスポーツライターの木崎伸也さんが、完成間近の「操」を見学に来てくれました。

ちょうど大阪で代表チームが親善試合に備えて合宿中で、その取材の合間を縫ってわざわざ広島まで足を延ばしてくれたのです。

チームに所属して仕事をしていると、マスコミ関係者に対しては言葉を選んで発言しないと、後々面倒なことがありますので注意が必要なのですが、木崎さんは私の理論や目の前で繰り広げられる見たこともないトレーニングや体の使い方に興味を持ってくれて、たんに取材という枠を超えて私の考え方を引き出してくれました

聞き上手というのでしょうか、他の人との会話では絶対に喋らないような内容を聞き出してくれ、自分はこんなことを考えていたんだと、後で自分が驚く程の深い話をさせてもらった唯一のスポーツライターでした。

彼のツイッターを見ていると、まさに世界を飛び回り、取材の対象も多岐に渡り、私など想像もつかない様々なことを、実際に見たり聞いたりの生活をされているわけで、そんな彼が私に興味を持ってくれたことだけでもありがたいことだと思っていました。

日本人の社交辞令で、今度食事に行きましょうとか、機会があればぜひ広島に行ってお話を伺いたいのですが、などと言ってくれた人が、実際に行動を起こしてくれることはほとんどないと思います。

それが一昨日突然連絡があり、昨日の再会となったわけです。

まだトレーニングマシンが入っていない、がらんとした施設の中で、少しずつ夕暮れが近づく港の景色を眺めながら話が始まり、その後市内に移動して食事をしお酒を飲みながら、延々と難しい話をしゃべり続けました。

彼が引き出してくれるのは、私の目に見えている、私にしか見えない景色を、他の人にも共有してもらえるために言語化するという、少し意味不明な言い方ですが、そういう感じの会話でした。

私しか見えないと思っている限りは、結局今回のようなことになってしまい、本当の意味で日本のスポーツ界の意識を変えるためのきっかけにはなれないと。

たとえば、詳しく書いてきた走るという行為が、サッカー選手にとってどういう意味を持つのか、それが形として現れたシーンを切り取って、体の使い方やその瞬間の意識、そしてそれができていない選手との違いで、マッチアップした選手との動きの差がどういう結果に結びついていくのか、まさに数値に表すことができない感覚の世界を、なんとか言語化して多くの人に理解してもらう方策を探っていきましょうと、気がつけばまったく彼のペースにはまっていました。

フリーになってからしばらくは、正直テレビでサッカーを見る気にもなれないし、いくら私の考え方を広めようとしても、システム化された体制の中でそれができないと分かってしまったのですから、もういいやと投げやりになっていた部分もありました。

せめてこうしてブログに書き記すことで、一人でもいいから現状に疑問を感じ、私の考え方に共鳴してくれる人を増やそうと、暇に任せて書き続けてはきましたが、もうマスコミに取り上げれらたり、いわゆるメジャーな活動はできないだろうと思っていました。

ですから私の考えはこのブログの中と、「操」の中で直接指導をさせていただいた方のみが共有できればそれでいいと思っていました。

彼は昨日の話の中で、このまま西本さんの理論を眠らせておくことは絶対にしませんと言ってくれました。

何らかの形で、西本の目と脳を通して見える動きの本質を、専門家にもそして一般の方にも共有できる方策を考えていきたいとも言ってくれました。

すっかり落ち着いてしまい、まずは新しい施設を軌道に乗せることだけしか考えていなかった私ですが、あらためてチャンスがいただけるのあれば、今度は誰に遠慮することもなく、思ったことを発信していきたいと思います。

木崎さん、貴重な時間を私のためにありがとうございました。

体を診るということ

広島は三日続けて雨が降っています。
つい数日までの異常な暑さから急に涼しくなって、本当に不思議な気候になったものです。

「Conditioning Studio 操」のオープンまであと1週間となりました。
準備が着々と進んでいます。

偶然ですが9月9日午前9時と9が3つ並びました。

これから先、歳を取っていくばかりですから、何年かしてここを作ったのはいつだったかなと振り返る時、きっと思い出すのは楽天のマー君が連勝記録を作り、ヤクルトのバレンティンが、王さんの記録を抜いてとんでもないホームラン記録を作った年の9月9日の9時だったなあ、なんていうことになるんでしょうね。

もうひとつ、ほんの短い期間ではありましたが関わらせてもらった「嘉人」が、大活躍して得点王を取ったんだよねって、いうこともきっと実現するでしょう。

もうすでに過去の記憶はどんどん薄れて、記録しているものを見なければ、自分が過去どこで何をしていたか、時系列で思い出せなくなっています。

サラリーマンを辞めて故郷に帰ったのが32歳の時で、それ以降は本当に波乱万丈でしたから。

今でこそ、体作りではない動き作りが大切なのだと、トレーニングの専門家のようなことを言っていますが、元々はある施術師の方の技術に憧れ、自分にもあんなことができるようにならないだろうかと、漠然として夢というか目標を持ったことが、私の人生の舵を大きく切った大きな要因でした。

そんなことを考え出してからの私は、営業の仕事で関東近県を電車で動き回る仕事でしたが、駅の階段を上るときには、前を歩く人の足の運びや、女性であればふくらはぎの太さなどを観察し、どんなスポーツをやっていたんだろうとか、腰が悪いのかな膝をかばっているな、猫背がひどいななどと、いわゆる外見のスタイルや容姿、ファッションなどには目が行かなくなり、体そのものを見てしまう癖がついてしまいました。

こういう体の使い方をしているのなら、きっとここのバランスが崩れているのだろう、ならば自分ならああやってこうやってと、まさか自分のことをそんな目で見ている人間がいるとは、見られている人は夢にも思わなかったでしょうね。

そういう意味では、都会という所はありがたい場所でした、何千何万という人が行き来するターミナル駅は、絶好の勉強の場所になりました。

こんな仕事をしていても、直接触れる人間の数などたかが知れています。
とくに私のように、スポーツに関わり、チームや個人と契約して仕事をしている時期が長かったので、その間は一般の方に接することは本当に少なくなります。

それでも何とか診て欲しいと言っていただくことがありますので、途切れることはなかったのですが。

逆に言えば、以前にも書いた「刺激と反応」を、トップレベルのスポーツ選手の体で毎日毎日確認できたからこそ、今の西本理論が間違っていないと自信を持って言える理由となっています

その頃診ていた選手たちは、私と接している時以外の時間も含めて、管理ができたからです。

何か違う刺激が入ったり、夜遊びでもしたらてきめんに体にその反応が出てしまいますから、あの頃の選手は大変だったでしょうね。

新しい施設では、基本的には一般の方を相手に仕事をさせていただくことになります。

これまでもそうでしたが、そうは言っても将来のことはまったく分からず、この施設を離れるつもりはありませんが、どこからどんな方に来ていただくことになるか分かりませんし、短期の指導であれば、それこそどこにでも出かけていくつもりですので、自分のこれからに大いに期待し、ワクワク感さえ感じています。

今日は少し、私が体を診るとき、施術を行う時の感覚について書いていきます。

手品の種明かしではありませんが、私がマジシャンの種明かしをみて、ふーんそんなことだったのかと思ったとしても、ではやってみろと言われて、出来るわけがありません、それがプロの技術ですから。

私のやっていることも同じだと思います。

手品と違って、人の目をごまかすだけでは何も解決しません。

逆に、きちっと自分の中で理論づけ順序立て、どこからどんな刺激を体に入れると、どうつながってどこに変化が出るだろうという、予想というか、この表現が難しいのですが、フローチャートを決めてしまうのではなく、言い方が雑になりますが、とりあえず頭に浮かんだ操法を試してみるいった感覚で、アプローチしていくのです。
そしてこれが操体法というか人間の体の面白いところで、いくらこちらがこういう刺激を入れたからこういう風にと思ったとしても、まったくその通りにはならないのです。


例えば「膝倒し」という操法をやってみようと、立てた両膝を左側に倒し始めたと思ったら、その人の体は体全体を左に捩じりはじめ、右足は伸びていき、肩が捻れ、左手は上に伸ばし始めと、勝手に動いてくれるのです。

上手に言葉と、触れている手のひらで誘導してあげれば、より体が気持ち良い方へと、連動に連動を重ねてまさに終点がない状態にまでなってしまう人までいます

操体法を行う上で一番困るというか、扱いにくい受け手の方は、とにかく動きを型にはめて、こうやって動かなければならないと思い込んでいる人です。

立てた両膝を倒せと言われたのだから、こうやってこう動いたら終わり、何か間違っていますか、言われた通りやってますよ、という顔をしてしまう方です。

こうならないためには、自分の体と対話するという姿勢になっていただくことに尽きるのですが、これが一番難しいのです。

一般的に、医療機関であろうと、民間の接骨院や鍼灸マッサージの施設、または整体に類する施設でもそうだと思うのですが、治す側と治してもらう側という位置づけがはっきりしていて、患者さんは言われたことをやらなければならないし、治す側はとにかく自分のやるべきことを決められた時間の中でやりきらなければならない、という感覚になっています。

治してもらいに来たという感覚に染まってしまっている人間に対して、「あなたの体はあなたが治すのですよ、私はそのお手伝いをすることしかできません」と言い切ってしまわれると、なんだこの人は何を言っているんだ、とんでもない所に来てしまったぞ、ということになってしまうのです。

その感覚をどれだけ早くつかんでもらえるかが、まずは私の腕の見せ所ということになるのです。

ですから、何度来ていただいてもまったくの人任せで、自分のやるべきことをやらない人に対しては、結構厳しい態度で臨むことが多かったように思います。

明らかに太っていて、腰や膝の負担が極端に大きいと分かっていても、それを改善する意欲も行動も示さず、私の施術を受けると楽になるからと通い続けていただいても、まったく何の改善にもなって行かないのですから。

自動車の修理工場で、きれいに板金塗装を終えた車を取りに来たオーナーが、工場を出てすぐの交差点でまた事故を起こして、車をへこませ修理工場に逆戻りしてくれば、工場の社長さんはまた仕事ができたと喜ぶのでしょうか。

丹精込めて磨き上げた車を、何分もしないうちに目の前でぶつけてしまうようなオーナーの車を、笑顔で再度受け入れられるのでしょうか。

仕事だから当たり前と言えばそうかもしれませんが、もっと大事に丁寧に乗ってくれればいいのにと思わないはずはありません。

私も同じです、せっかく痛みも和らぎ動きやすくなった体を、どうしてもっと労わってあげられないのでしょうか。

私に治してほしかったのは体かもしれませんが、その体のオーナーである人間そのものに変わってほしいと願って、施術しています。

1週間後から、また様々な出会いが続いていくのでしょう。

私にも色々な想いがありますが、来ていただく方々にもそれぞれの考え方があることを、これからは肝に銘じて、一方的な西本理論の押し付けにならないように気をつけたいと思います。

窓の外に見える、港と海の見える景色は、きっとどなたの心にも美しいと感じていただけると思います。

プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください
尚、深める会も12月10日に予定しています。

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