数値と感性

覚悟はしていましたが、毎週月曜日の連載記事を書くのは思った以上に大変な作業です。

個人的なブログなら何を書こうが私の勝手で、何を言われても自分の問題で済むのですが、Newspicksという媒体での連載ですので、それなりの責任は感じています。

このプレッシャーを良い方に捉えて、頭の中にあることに新しい発想をプラスして、自分のためにもなるような記事を書いていきたいと思います。

再来週の予定が「ゴルフ」をテーマに、ということで今まで以上に気合が入っています。

ご承知の通り、私の趣味と呼べるものはゴルフしかありません。

もちろんスコアも良くしたいですし、飛距離だってまだまだ上を目指しています。

ゴルフ関連のユーチューブの動画を見ない日はないくらいです。

トッププロのスイングから一般の方の投稿動画、レッスン動画やドラコン選手の動画まで、暇さえあればあちこち見ています。

それは自分のためでもありますが、私の技量で言うのはおこがましいのですが、たとえ相手が上級者や競技レベルの方であっても、もしかしたらプロの選手であったとしても、さらに向上するためのヒントを提示できるようにしておきたいという気持ちが強いのです。

何をするのも、何を見るのも仕事のため、少し淋しい気もしますが、こればかりは性分ですので仕方がありません。

サッカーや野球の選手は、私が彼らとはまさにプロと素人の違いがあっても、自分のためになると思えば耳を傾けてくれますが、ゴルフをやっている人たちだけは、自分より下手な人間の言うことに耳を傾けようとしません。

目指しているものが違うというか、求めているレベルが違うのだから仕方がないのかもしれませんが、目先の技術に気持ちが向いてしまい本質的な部分には目が向かないようです。

日本の選手が世界で活躍できないことの、一つの要因ではないでしょうか。

今回私が分析というか、視点を向けたのは、いつも言っている、股関節・骨盤と、背骨を介した肩甲骨の連動を行うための、広背筋の働きということでした。

いわゆる腕力や体力、一般的に言われるフィジカルの部分では絶対に負けるはずのない女子プロに、飛距離ではなかなかかなわない一般ゴルファーに対し、体のどこを使えばもっと遠くに正確に飛ばせるのかを、世界のトッププロや松山・石川といった日本を代表する選手のスイングにおける体の使い方を例に、解説してみようと試みています。

改めて多くの動画に目を通すと、科学的ではなく、まさに科学のメスが入った解説をしているものを見ることができました。

ローリー・マキロイの飛距離の秘密は、切り返しからインパクトへ向かう骨盤の回転する速度が、一般人どころか、他のプロに比べて異常に速いことがその要因である、という分析がされていました。

スロー再生されながら、その角度角度でスピードが表示され、他のプロの数字との比較がされて、なるほど凄いはと思わされます。

それほど大きくない体であの飛距離を獲得したいなら、ローリーのような回転速度を身に付ける必要がある、そのためにはこの筋肉を鍛える必要がある、それに適した運動はこうであるなどと、話が進んで行くのが、科学が分析した結果だと思います。

はたしてそうでしょうか、なぜそれだけの速度で骨盤を回転できるのか、どうして彼はその方法を選んだのか、遠くに飛ばすために正確なショットを打つために、自分の体にとって最も効率的な方法が今のスイングであって、それは彼にとっての理想であって、他のプロが真似をしたり、ましてや一般の我々がそれをやろうと思ってもできないことくらい、誰が考えても分かると思います。

では全く参考にならないのか、そこに私の「科学的」「科学のような」ものの見方、感性というフィルターが加わることで、私自身にも、そして老若男女誰にも参考になる何かが見えてくるのです。

今回の分析で、私自身スイングに対するイメージが変わりました。

素振りをすること自体楽しくなりました。

体のどの部分をどういうイメージでどこまで使えば、再現性があり力強く正確な動作を繰り返すことができるのか、私の言う技術の定義を満たしてくれる条件の一つが見えてきました。

ただこれを実際のラウンドでその通りにできないところがつらい所です。

平坦なところなどほとんどなく、目の前に広がるロケーションは常に意識にプレッシャーをかけ、できるはずの動きをできなくしてしまう、それがゴルフです。

ましてや月に一度多くて二度くらいしかラウンドできない私のようなアマチュアゴルファーにとっては、場数を踏むというか慣れるという感覚になるのは難しいことです。

お金と時間をかけたもの勝ち、と言われる所以です。

以前にも書きましたが、ゴルフにこれが基本ですと言い切れるやり方はないと思います。

教える人が10人いれば10通りの教え方があり、一人の人から10人が同じように教わっても、みんなが同じような打ち方にはなりません。

私が探しているのは、その中にも不変のというか、同じ意識で動かさなければならない体の使い方があるのではないかという部分です。

意識は同じでも動きは違って見えます、体が違うのですから当たり前のことで、それが同じに見えたら逆に体のどこかが無理をしているという証拠です。

トッププロたちの動きが似ているのは、動きの基礎となる体の能力と、動きの意識が共通であるからこそです。

今回もやはり、骨盤、股関節、背骨、肩甲骨、広背筋といったおなじみの登場人物が活躍しました。

どんなスポーツであろうと、音楽や舞踊、書道のようなものまで含めて、人間の体の動きを担っているのは、そういう登場人物たちなのだなと、改めて思いました。

それを生かすも殺すも、我々の意識の問題で、形だけをまねしても同じ結果にはならないということです。

すべてのことに言えると思います。

私の技術は私の技術、見よう見まねでは同じ結果にはなりません。

私がどういう視点で人間の体を見て、どういう意識で動いてもらおうとしているのか、やはり枝葉の問題ではないということです。

これから普段なじみのないスポーツもリクエストされ、テーマに上がってくると思います。

不安もありますが、この際楽しんで新しいことに挑戦していきたいと思います。

スポンサーサイト

科学(のようなもの)的な分析

今日は定休日、午前中はいつものようにゴルフ練習場で、90分打ち放題をフルに利用してしっかり打ち込んできました。

先日の諏訪さんとのレッスン会では、完璧なドライバーショットが連発しましたが、今日は欲の塊(笑)で力が入り、先週程にはうまく打てませんでした。

アイアンがあい変わらず好調なので、まあ良しとしましょう。

そして午後からは献血に行ってきました。
初めて献血をしたのは二十歳の頃で、渋谷の駅前に停まっていた献血車だったと思いますが、あれから36年かかって区切りの100回まであと1回ということになりました。

人の役に立てることなどほとんどない人間なので、せめてこういう形で誰かのお役にたてればと続けてきました。

以前は骨髄バンクにもドナー登録していましたが、50歳の時に糖尿病の宣告を受けてしまい、登録を外されてしまいました。

次に行くときには、自分に何かご褒美をあげてもいいかなと思うくらいです。

今日の問診担当の女医さんは、ご自分でも糖質制限食を実行されているそうで、少し話し込んでしまいました。

日本糖尿病学会ではいまだにカロリー制限のみを、糖尿病の食事療法として採用し続けていることに疑問を感じ、勉強を続けているそうです、こういう医師が増えてくれることを望んでいます。

さて月曜日はNewspicksの連載記事の配信日です。

もう4回目になりました、今回はテニスプレーヤーの動きを、おもに伸筋と屈筋のどちらをメインに使っているかという切り口と、上半身と下半身のそれぞれの部分の相関に関して書いてみました。

サッカーはいつも素人だと公言していますが、テニスもまったくの素人です。

ほんの一時期、21歳の頃だと思いますが、会社の独身寮に住んでいた時、寮対抗のテニス大会があって、「西本は野球をやっていたのだからテニスもできるだろ」と、意味不明な理由で参加を強制され、何か月か練習したことがあります。

ダブルスに出場して、とてもうまい先輩と組ませてもらったので1勝させてもらったことがいい思い出になっています。

とはいっても、どこに立っていればいいのかも分からず、他の先輩方から「西本右、今度は左、もっと前、いや後ろ」と指示を受けながら、とりあえず何回かボレーらしきものでポイントを取ったことを覚えています。

そんな程度ですから、普段からあまりテニスには興味はありませんでした。

というより、今回錦織圭選手の大活躍がなければ、テニスの試合がテレビ放送されることもほとんどなかったのではないでしょうか。

テニスと言えば、バラエティーで活躍する松岡修三さんのイメージしかありませんでしたから。

そんな私が書いた記事ですが、おおむね好評のようです。

初回二回と続いた野球の投手の動作分析、先週のFC東京の武藤選手、そして今回にテニスプレーヤーと、勢いに任せてこれからも様々なスポーツ競技、様々な選手を取り上げて、私なりの分析記事を書かせていただくことになっています。

その中でひとつ気になっていることがあります。

それは私の記事を、「科学的とか理論的」という表現で、評価していただいていることが多いことです。

過去言われ続けたことですが、私が言っていることは残念ながら、スポーツ科学の一端を担えるような内容ではありません。

「科学とは客観性があって、誰がその内容を追試しても、同じ結果が得られるものでなければならない」そうです。

今年話題になったSTAP細胞の例を見れば分かりやすいでしょうか、いくら私が実験すればこういう結果を出せますと言い張っても、同じ手順で第三者が行って同じ結果が出なければ、それは当然認められません。

論文というのは、その客観性を証明する唯一の方法で、それを書くことが出来なければ、ただの独りよがり、たわごとにすぎないと結論付けられてしまうのです。

世の中に認められるためには論文を書かなければならない、私には縁のない世界ですが、学位とかいうものを取らなければ、公の場所で自説を説くことも許されないのです。

ですから私が、スポーツ団体の要請を受けて「西本塾」でお伝えしているような内容を、たくさんの人の前でお話しする機会を頂くことはないでしょう。

私の言っていることやっていることは、一般の方から見ればそのように見ていただけるのかもしれませんが、あくまでも科学のようなもの、それを一般的に「科学的」なものという言い方をされています。

だから科学ではないのです。

では科学として認められ証明されたことが本当に正しいことなのか、私はそうは思いません。

今から30年ほど前になると思いますが、長距離選手の回復力を測る指標として、血液中の乳酸値を量ることがことが流行しました。

グランドレベルやロードで、走り終えた瞬間に耳たぶから採血して量っているシーンを何度も目にしました。

それですべてが分かるかのように言われ、その数値の意味を指導に使いこなせることが、良いコーチの条件のように思われていました。

それが今どうでしょう、そんなことがあったことも知らない人がいるのではないでしょうか。

今でも多くの人材と予算をかけて、それに類するような指標となるものがないかと、真剣に研究されています。

おそらくそれらは研究が進めば一つの形として、論文となりスポーツ科学としてその地位を固め、能力向上に寄与する指標となっていくのでしょう。

しかしそれらは、いつも同じ運命です、それだけの時間とお金をかけたにもかかわらず、いつの間にか消えて行ってしまいます。

それはなぜか、人間の体の本質に迫ることなく、枝葉の問題に終始し、結局のところ「真理」にはたどり着くことができないからです。

あえて神様という言葉を使わせてもらえば、神様はそれほど簡単に人間の体を解明できるほど、簡単な構造には作ってくれていないのです。

動作解析だなんだと言っても、実際に行われている人間の動きを客観的に見えるように加工しただけで、それをどう使うかは人間の能力次第なのです。

例えば野球の投手が、100球を境に肘が下がってくるという分析がされたとします。

そんなことは機械に分析してもらわなくても、見れば分かりますし、何より本人が一番分かっています。

「それで」っていう感じです。

だから、それを改善するためにはどうすればいいのか、どういうトレーニングをしてどういう意識で体を操れば、肘を高い位置に保てるのか。

それ以前に、その投手にとって本当に理想的な肘の高さというものはどの辺りなのか、さらに肘の高さが結果として投げるボールにどういう影響を与えているのか、そういうことまで含めて選手にきちんと説明して納得させなければ、何も変わるはずはないのですから。

ですから私は、私の言う「科学的なものの見方」の方が、本来の意味でのスポーツ科学と言われているものより、よほど重要で役に立つものだと思います。

そこでまた言われるのが、お前の言うことには根拠も客観性もないという言葉です。

甘んじて受けましょう、しかし選手に対する影響力や実際の効果は絶対に負けた覚えはありません。

的確な言葉が見つかりませんが、私の視点は「スポーツ感性論」とでも言えばいいのでしょうか。

実際に行うのはロボットではありません、生身の人間です。

その時々のコンディションや心の持ちようも違うでしょう、機械にそれが判断できるわけがありません。

私の目に見えることがすべてだとはもちろん言いませんが、言われてみれば、という部分は絶対にあるはずです。

その部分を活かしてもらえるかどうかは、人間関係ができているかとか、その時のお互いの立場とかいろいろ要素はあると思います。

この連載せっかく頂いたチャンスです、様々なスポーツに切り込み「なるほどそういう見方もあるか」という読者を増やすことで、科学万能ではなく、科学のようなものを追及してきた「西本理論」にも、目を向けてくれる人が増えてくるかもしれません。

権威や立場を離れ、本当に選手のためになることを突き詰めて考え学び実践していく姿勢のない人は、もうやめた方がいいと思います。

スポーツの世界、いつまでたっても、なにも変わっていきませんから。

西本塾を知って頂くために

先日行った西本塾に、東京から参加していただいた「諏訪」さんから頂いた感想に、私のコメントを挟みながらご紹介したいと思います。

「第8回西本塾」に参加させて頂きました東京都の諏訪です。西本先生と奥様、そして参加者の皆様、2日間どうもありがとうございました。

西本塾の初日に皆様の参加動機と先生のコメントを聞き、課題や認識を共有出来たことで、とても効果的な2日間になったと思います。
皆様は仕事関係だったのでチョット緊張しましたが、西本先生の分かりやすい講義のおかげで、安心して取り組めました。素人なので分かったつもりの部分も多々あると思いますが、これから気付いていけたらと思います。


今回は参加者の皆さんにお互いの参加動機や、現状の問題点など具体的に時間をかけてお話ししていただいてから本編をスタートさせましたので、受講者どうしの問題意識が共有され、私の話しを有機的に聞いていただけたと思います。

私は「サッカーをしている息子の肉離れとオスグッドをなんとかしたい」との思いで参加したのですが、「アクチンとミオシン」や「伸筋と屈筋」、「3・5・7理論」など、ブログで読んだだけではピンとこなかったことを丁寧に教えて頂き、全てが怪我防止につながっていると納得出来ました。
体の仕組みを知り、それを根拠に正しくアプローチすることで、怪我の回復やトレーニングの成果が向上するのですね。
逆に、「正しいポイントを捉えて取り組まないと、効果が半減するどころか逆効果になる」ことも知り、無知の怖さと知った者としての責任を感じました。


私の言う所の「体の仕組み」とは、たんなる解剖学の基礎知識を暗記していることではなく、「体」というものはどういう風に作られているのか、どういう風に動かすことが、そのカラクリに沿った効率的な動かし方なのかを知るための基礎なのです。

柔軟性アップや広背筋トレーニングの体験では、筋肉の性質や伸筋活用の意味を感じ取れました。「一般的に行われている負荷をかけた柔軟体操は逆効果である」ことや、「痛さと逆方向に負荷をかけると効果的である」ことなど、もっと周知されるべきだと思います。

一般的に行われているストレッチでは柔軟性の向上が望めないばかりか、筋肉を痛めてしまうこともあるという事実、準備運動として当然のように行われているストレッチも、やり方を間違えると、やらないほうがよかったということにもなりかねない、確かにもっと声を大きくして訴えなければならないことだと思います。

フライングバックも同様に、正しい姿勢と意識で行えば、トレーニング後も良い姿勢を維持することが出来るのですね。

フライングバックトレーニングに関しては、ブログをしっかり読んで実行してみたという方も、直接指導するとかなり間違った動きになっています。
また実際に直接指導した方でも、それを第三者に指導する場合、私が指導したものとは似て非なるものになっている場合がほとんどです。
ある意味仕方がないことで、広背筋の重要性に目を向けていただくための、きっかけになったことは喜ぶべきことだと思うのですが、大切なトレーニングですので、せめて2度3度と私の直接指導を受けてから、自信を持って指導していただければありがたいのですが・・・。

フィールド練習では、走り段階で難しかったです。「伸筋を使う=力まない」を意識しすぎて、広背筋が疎かになってしまい、肩がブラブラしていました。奥様の鋭いご指摘は有難かったです。どうもありがとうございました!!。12月の10キロランで好タイムが出るかもと、今からワクワクしています。

人間の脳は賢いようでそうでないところもあります。
瞬間的に強く意識できるのは一カ所のみ、一度に何カ所も意識しながら動くことはできないのです。
このことは痛みの感覚でも同じであることは説明しましたよね。
ですから、様々なドリルで、体全体の動きをマッチングさせていくように考えているのですが、意識するポイントが変わるたびに、さっき出来ていたことが出来なくなる、動きを作るという作業は難しいのです。
家内は毎回皆さんの走りを見ているので、私以上に客観的に動きの違いが見えたのかもしれません。

フィールドでは更に、伸筋を活用したタックルやボールキープを体験し、伸筋の絶大な効果を実感しました。昨夜、息子へ伝授したところ、早速理解はしてくれたので、あとは無意識でも使えるようになってもらいたいです。

こればかりはどんなに言葉を尽くしても、動画やイラストを使ったとしても伝えることは不可能な感覚です。
「頑張らないで頑張る、使わずして使われている」この言い方で分かってくださいという方が無理な話です。
しかし、「これだ」という感覚が分かると、今まで無駄に力を使っていたことがいかに余計なことだったのかと、誰しもが持つ感想です。
あとはしっかり体が納得してくれるように、継続して練習するのみですね。

スタジオに戻っての「からだほわっと」は皆さんが言うように、脱力しちゃって気持ち良かったです。特に先生の動作は切れ目を感じず、相手の気持ちになって対応しているのだなと勉強になりました。これは、あらゆるケースに応用出来ると思いますので、意識して取り組んでいきたいと思います。
その次の「操体法」では、自分の体との対話が重要なのでしょうが、もう少し慣れが必要かなと感じました。どうしても正解を求めてしまう癖があり、自分が気持ち良いと思っても本当に正解かと考えてしまったからです。(気持ちが良いことが正解なのでしょうが…)


そうなんです、皆さんきちんとした答えを求めたがる、これはもう仕方がないことかもしれません。
ただ誰がやっても、誰が考えても同じ答えはないのです。
それは相手が生身の人間の体だからです。
同じ人間でもその時々のコンディションや気持ちの問題もあります。
それらに臨機応変に対応するためには、一つの答えを求めるという発想から離れなければなりません、だから面白いのです。
だから私のやり方は、「誰に褒められても嬉しくないし、誰にけなされても気にならない」、私と同じ感覚を共有できる人間がいるはずがないと思っているからです。
それはどちらが上とか下とかいうレベルの話ではなく、同じではないということです。

また、「オクタントトレーニング」は、先生の動作と気合いが想像以上に激しく、格闘技のようでした。
一歩間違えたら大怪我に繋がってしまうことがよく分かり、トレーナーと選手の信頼関係が大事だなと感じました。試合を意識したテンポも、生で見ないと絶対に分からないと思いました。
自分は、試合直前のオクタントトレーニングを息子に施すことは無理ですが、普段のメンテナンスで活用したいと思います。


毎回お一人の方に、実際に選手に行う時と同じ気持ちで体験していただいていますが、私にとっては究極の全身連動トレーニングとして、20数年間大事に使ってきました。
選手のためのトレーニングですが、現実には私自身にとっても相当な負荷を受けるトレーニングで、相手が安心して8方向の連動をフルパワーで発揮できるように、こちらがコントロールしなければならないので、その後相当しんどい思いを毎回しています。

ここからは特別編ですが(笑)、西本塾終了後のゴルフレッスンという夢のような時間をありがとうございました!!(ブログにまで書いて頂き、とても嬉しかったです。)
10年前もたいした腕前ではなかったのですが、矯正器具と先生のアドバイス(スイングのタイミングとアドレスの入り方)で、今までの自分とは比較にならないほどボールが真っ直ぐ飛んでいきました!あの場では涼しい顔でしたが、内心はニヤけまくりでした(笑)
矯正器具を外した後は乱れましたが、「グリップの握り方」のアドバイスで真っ直ぐ飛ばすことが出来ました。ここでも、正しいポイント(先生のブログで言う"本質"でしょうか)を意識することの重要性を実感しました。


このブログでも紹介しましたが、ゴルフ場運営のアコーディアグループの会報誌に連載させていただいたり、自分のゴルフの話もちょくちょく話題にしていますので、私のゴルフ好きは自他共に認めるところなのですが、まさかマイ手袋を持参してきていたとは驚きました(笑)
私という人間は本当に、人間の動きを見るという能力に長けているのだと、改めて思いました。

動作解析ということが盛んに行われるようになりましたが、機械が提供してくれる動作を分析評価するのは結局人間の目と感覚なのです。
それがなぜか、機械がこう言っているからみたいな言われ方をされてしまいますが、そうではありません、機械に答えを出させているのも、予め誰かが入力した人間の評価をもとにしているのです。
私は目の前で行われる人間の動作を、目で見て息遣いや感情まで含めて一つの動きとして捉え、「こういう気持ちでこういう風に動いたでしょ、その結果こういうことが起こってこういう結果になったから、次はこの部分をこう意識で動かしてみてください」、とこんな感じで動きづくりの提案をしていくのです。
動きというのは瞬間的なものなので、その場その場で結果に対する原因の追究が必要となります。
ゴルフのスイングはその典型的なものだと思います。
目の前でどんどんスイングが良くなり、方向も飛距離も改善されていくことに、私の方が驚いてしまいました。
失礼ながら仕事として教えている人より、的確なアドバイスができているように思います。

レッスン中に、先生のロケット級の打球を拝見し、別次元のゴルフを知りました…
知ってしまったからには、自分も300ヤードショットを打ってみせます!(毎日フライングバックに励みます)講習でも"限界を決めないこと"とありましたし(笑)


2年前にドラコン大会に参加して記録した305ヤードが、フロックでないことを証明するためにも、目の前で良いところを見せなければと多少緊張しましたが、自分の口から出ていたアドバイスの内容を忠実に守ってスイングをすると、最近では感じたことのない打感で、とんでもない勢いのボールを連発して打つことができ、これまた自分でもびっくりです。
自分の打つボールがインパクトから飛び出していく瞬間の、音とスピードは、自分では実感できないのですが、真後ろで見ていた諏訪さんは、まさに目を白黒してびっくりしていましたね。
ラウンドでは、いかに自分の言っていることとやっていることが違うのか、今回の練習で思い知らされました。
次回のラウンドでは自信を持って西本理論のスイングを徹底してみようと思います。

レッスン後は、お疲れのところ、お好み焼きまで連れて行って頂き、ありがとうございました!料理もおいしく、スタッフも皆さん気さくで、西本先生の別な一面?!も発見出来、とても楽しかったです。

講習にゴルフに気合いが入り過ぎていたのか、まだ筋肉痛ですが、これからは家族全員を西本理論で鍛え上げようと企んでいます。

最後になりましたが、今回の西本塾で2日間とは思えないほど濃密な時間を過ごせました。それも、西本先生と奥様のおかげだと感謝しております。ありがとうございました。
これからは、学んだことを活かし結果を出せるように取り組んでいきますので、今後ともご指導の程をよろしくお願いいたします。

諏訪


まるまる2日間、熱心に話を聞き実技に取り組み、ゴルフの練習場からお好み焼きのお店までお付き合いいただき本当にありがとうございます。
いつか息子さんたちにもお会いして、直接指導させていただければいいですね。

ここからは西本塾とは離れますが、私が応援している、講談社から新創刊された「ヤングマガジンthe3rd」でデビューした、新人漫画家「えだお」の、デビュー作を読んで頂いた感想も書いていただいたので紹介させていただきます。

昨日、ヤングマガジンサードWebで「つきがきれいですね★」の第一話を読みました。
月曜の広島駅で刊行本を探したのですが見つからず、気になっていました。
素人の感想ですが、ストーリーも分かり易く、絵も見やすく、読みやすかったです。
初刊の20作品も読んでみましたが、「えだお」さんの作品が一番読み易く面白かったです!
イーイところで次回となってしまい(笑)、もっと読みたい欲求に駆られました。
読者が今後の展開をあれこれと想像しやすいのも良いと思います。(過去に審査員を虜にしてしまったのも分かります!)
そして今日は、昼休みに第2刊を買ってきました(笑) いま第二話を読んだところです♪


お褒めの言葉を頂きありがとうございます。
これからも応援よろしくお願いします。

もう少しお付き合いください。
先日NHKのニュースで、島根県の出雲地方で若いご夫婦がこの地に移り住み、生姜栽培の農業を始めたという話がありました。
生姜を作るのに適した土と水がそこにあったからというのが決め手になったそうです。
初めての収穫で、思った以上に良いものが作れ、この地を選んだことが間違いではなかったと自信を持ったそうです。
そして、良いものを作れたことに満足することなく、この素晴らしい生姜を多くの人に知ってもらわなければ消費の拡大にはつながらず、農業者として生活して行くことはできないと、ネット等を通して広く宣伝する方法を模索している様子が紹介されていました。
その一つに、近くの神社が存続の危機に陥っていることを知り、神社を応援するという意味と、生姜の風味の飲み物を掛けて、「神社応援と書いてジンジャーエール」と読ませる飲み物を作って売り出したそうです。

「いくら良いものを作っても、人にそれを知ってもらわなければ意味がない」、今までの私にはぐさっとくる言葉でした。

生涯一トレーナーと職人を気取って、自分の技術は誰にも負けない、自分の技術を発揮する相手は自分で決めると、殻に閉じこもってきました。

せっかくそう思えるまでの技術と経験を積み重ねてきたと、本当に自分が思っているのであれば、それを世の中のために役立つように使うことができなければ、ただの自己満足で終わってします。

本当に自分に自信があれば、もっと広く伝えていくべきだと思うようになりました。

自分をアピールする、自分をコーディネートする、一番苦手なことでしたが、出来る範囲でマイペースで、少しずつそうできるように活動して行きたいと思います。

時代遅れの人間であることは分かっていますが、少しずつ少しずつ進んでいきます。

体を整えるということ

二日間の「西本塾」を終え、いつものように心身ともにかなりの疲労を感じています。


今回は加えて、昨日の終了後に参加者のお一人から、ゴルフレッスンの依頼があり、いつも行きつけの練習場に二人してでかけ、1時間半ほどああだこうだとアドバイスをさせていただきました。

その方は、キャリアはお持ちですが10年ほどクラブを握っていなかったそうで、何かのきっかでで再開するに当たり、ちょうどいいタイミングだと思っていただいたようで、即席のレッスンとなりました。

正直私が教えるまでもなくお上手な方で、そのままでも問題はないくらいの腕前でしたが、私の手作りの練習器具を持参して、それを付けたまま実際に打ってもらうと、本人も驚く程ボールが曲がらず、これを付けたままコースを回れば、実力以上のスコアが出るのではというくらい、ナイスショットの連発でした。

この器具の秘密というか狙いは、器具を装着することで、両肘が体の正面を向き、トップで肘が開かず、肘が真下を向いたまま切り返しの動作に入り、インパクトで構えたフェイスの角度に戻ってくるため、ボールが曲がらずまっすぐ飛んでいくという理屈です。

そうはいっても、誰がやってもそうなるわけではないので、この方は元々お上手なのだと思いました。

私の300ヤード級のドライバーショットの球筋を、目の前で見てみたいというご希望もあったようで、それに応えるべく私も張り切ってドライバーを振りましたが、最近になく自分でも驚くような凄い当たりが連発して、私の方が驚いてしまうほどでした。

150ヤード先のネットの最上部に、下から突き上げるような弾道で、練習ボールでなくコースで使うボールであれば280ヤードは絶対に飛んでいるであろうという手ごたえのショットが続きました。

2年前にドラコン大会目指して、同じ練習場で打ち込んでいた時に匹敵する力強いスーパーショットの連発でした。

自分なりに原因を考えてみると、やはり人に教えるという目的で行ったことで、いつも自分が考えている正しい体の使い方やスイングのメカニズムを、どうやって伝えるかということを考え、その方のスイングを見て、どこにどういう意識を持てば、私の言っていることが動作として形にできるのかという、まさに私の本領発揮のレッスンだったからだと思います。

一人で行っている時には、どうしても途中から力が入ってしまい、考えている通りに打てなくなってしまうのですが、自分の言っていることをお手本として見せなければという気持ちだけで、欲張らずに振れたことが結果として良かったのだと思います。

そのあと二人で近所の鉄板焼きのお店で食事をしながら話をさせていただき、長い一日となりました。

今回の西本塾ででは、操体法をテーマとする時間の中で、おそらく施術を業としている方からしたら、まったく期待はずれな内容に終始しました。

ここ数回、少しずつそういう方向に変化してきたのですが、操体法を体を整えるための技術だと捉えてしまい、いわゆるテクニックを習得すれば、操体法が使えるようになると考えて参加してくる人に、そういう教え方をしてもおそらくまったく実践に使えるテクニックにはならないということを思い始めたからです。

私自身、その技術を学ぼうと渡辺先生の元に数年にわたって通い続けました。

しかし、その期間を費やしても現実的なテクニックとしての操体法は、習得できていなかったと思います。

一緒に講習会に参加した多くの方々の中には、3か月単位の講習会に参加し、操体法っていうのはこういうものかと、その方なりに理解して終了した方もたくさんいると思います。

私は数年を費やしても、そういう感覚にはなれませんでした。

一つのことを分かりかけると新たな疑問が湧きおこり、分かったとか出来たという感覚にはなれなかったのです。

今、人に伝える立場になって、何をどういう風に伝えることが、受講者の皆さんの今後にお役にたてるのかを考えた時、短い時間の中で、いくつかのテクニックを教えることより、体というものがどういう風にできていて、体が動くということはどういうことで、簡単に使われている体が連動するということがどういうことなのかを、自分の体で体験し感覚することが出来なければ、他者に対して施術行為をするとか、スポーツの現場で動きを指導することなど、絶対にできないのではないかと思うようになったのです。

体を整えるというと、一つ正しいと思われるモデルのような体があり、それから外れた部分を型にはめることが整えるという感覚になってしまっている場合が多いですが、私はそうは思いません。

自分の体を自分の思ったように動かせる体こそ、理想の体であるはずです。

その思ったように、という部分を分かっていない人が多いのです。

自分の体はどういう風に動ける能力を持っているのか、実際にそれを使いこなせているのか、もしかしたら自分の体の動きの可能性を知らないままで生きてきたのではないか、多くの体を真剣に見続けてきた私の率直な感想です。

整えてもらいたいと願う方も、整えてあげると思っている側も、目指さなければならない方向性が分かっていないままに、なんとなく歪みを正すとか、骨の位置を揃えるとかいう言葉に惑わされ本質を見失っているような気がするのです。

体に仕組まれたからくりを十二分に利用して、無理なく無駄なく動いてくれるはずの体、目指すところはそこしかないと思います。

それを知るための手掛かりは、自分の体で感じることです。

その探り方さえ知っていれば、どんなことにも対応できるはずです。

そういう意識を持ってもらうための体の動き方を提案し、やっていただくことが、単なる施術行為としての操体法ではなく、あらゆる体を使って行う行為を分析し、それぞれの目標を達成するための出発点になると信じています。

簡単な動きですが、そういう意識を持って行うことで、それぞれの立場に必要な体の診方、体に仕組まれたからくりを知る大きなヒントになると思います。

参加者のみなさんには、改めてそういう気持ちで、あの時間の中で感じた感覚を継続させていただきたいと思います。

アダムスコット選手 日本オープン参戦

千葉県の千葉カントリー梅郷コースで昨日始まった、ゴルフの「日本オープン」に、なんと世界ランキング現在2位のアダム・スコット選手が参戦してくれています。

ゴルフに興味のない人には今日の記事は楽しくないかもしれませんが、いつもどちらかというと難しいことを書いている私にとっては、キーボードを叩く手も心なしか弾んでいます。

ゴルフ界では、人口減少や娯楽の多様化で、競技人口がどんどん減っているそうです。

現実ゴルフ場に行くと、56歳の私ですら同伴競技者の中で一番の若手だったりします。

逆にジュニア層では、石川遼選手や松山英樹選手の活躍に触発され(と言っても一攫千金を夢見る親たちの方ですが )、熱心に取り組む子供(親子)が増えています。

これとて、現実にそこに届かないとわかるとゴルフから離れてしまうようで、本来楽しむべき生涯スポーツとしては、根付いているとは言い難いのが現状でしょう。

42歳の時にゴルフを始めましたが、それまではまさか自分がゴルフをやることになるとは思ってもみませんでした。

まずは道具を揃えるのにお金がかかります。

始めた時に揃えたのは、ドラーバー、4番ウッド、3番アイアンから9番アイアン、ピッチングウエッジ、52度のアプローチウエッジ、56度のサンドウエッジそしてパターの13本です。

規則では14本までバッグに入れてもいいのですが、初心者の私には必要ないという判断で、当時研修生をしていて、私のところにトレーニングにきてくれていた女性にお願いして選んでもらいました。

いくら初心者とはいえ、いわゆる初心者向けというのも嫌だったし、逆にプロが使うような難しいクラブなど、とても扱えるとは思えませんでしたので、まあそこそこ恥ずかしくないクラブを選んでもらいました。

もちろんクラブだけではゴルフはできませんので、キャディーバッグ、シューズ、手袋、そしてボールと、なんだかんだと買い揃えるものがたくさんありました。

それでもクラブに関しては、アウトレットと言うのでしょうか、研修生をしている彼女につてもあって、年式落ちの未使用品が安く手に入り、総合計で10万円で買うことができました。

この初期投資が高いか安いかは意見が分かれると思いますが、趣味らしい趣味もなく、夜の街に繰り出すこともなく、タバコも吸わない私にとって、その後何よりの楽しみになってくれたことを思えば、決して高い買い物ではなかったと思います。

当然、ゴルフ場に行ってプレーをするためにはプレー費がかかりますが、それも1日自然の中で楽しい時間を過ごさせてもらって、1万円から1万5千円ほどですから、これも考え方ひとつだと思います。

14年のゴルフ暦の中で、アイアンは3代目、ドライバーは4代目と5代目の2本を所有しています。

技術や目標が高くなるにつれて、使いたくなる道具にもこだわりが出てきて、今バッグに入っているクラブの合計金額は初期投資の◯倍になってしまいました(笑)

若い人のクルマ離れが言われて久しいですが、集団というかグループで何かをするより、自分の時間を大切にしたいという人が増えてきたのでしょうか。

それと、何に対しても欲がないというか、普通でいいやという感じなのでしょうね。

私にとってのゴルフは、まさに自分一人の贅沢な時間です。

もちろん同伴競技者はいますが、それが知り合いの方であっても、初めて一緒にプレーさせてもらう人であっても、ボールを打つときは全て自己責任、順番を待っている間は山の木々に囲まれて、ゆったりした時間を過ごすことができます。

もちろんスコアも気になりますし、少しでもいいスイングができるようにいろいろ工夫もしていますが、こんな気持ちに良い時間はそうそうないと思います。

けっして上手ではありませんが、初心者の人に対するアドバイスは、結構的を得たことが言えるので、広島近郊でゴルフを始めてみたい方、一緒に楽しみませんか、諸々ご相談にのりますよ。

42歳、ゴルフを始めた14年前、タイガーウッズの全盛期でした。

宮崎のフェニックスカントリーで行われる大会に、タイガーが参戦していて、一度でいいから目の前でタイガーのスイングを見てみたいと本気で思ったものでした。

仕事の関係で実現しませんでしたが、それから暫くしてタイガーにも色々なことがあり、全盛期の姿とは違ってきたのはとても残念でした。

スポーツの世界、いろいろ考え方はあると思いますが、一人飛び抜けた選手がリードして、その座を脅かす存在との熾烈な戦いが行われ、それでもトップの座を譲らない強さを見せてくれるような、別格な選手の存在は、全体のレベルを引き上げる意味で、絶対に必要だと思います。

大相撲の白鵬や、体操の内村選手、まさに別格の強さですね。

そういう選手がいる時こそ、次の世代が育ってこなければならないのですが、特に大相撲では白鵬の強さが際立ちすぎて、全体としてのバランスを欠いているように思います。

日本のゴルフでは、尾崎将司選手がその立場でしたが、後を追う選手の台頭がなく、華やかな女子プロの人気に押され、試合自体がどんどん少なくなっているようです。

その中に出てきた石川遼選手、華々しいデビューから、一気にトップ選手に駆け上がっていきました。

その後を追うように松山英樹選手が活躍し、今では立場が逆転しています。

残念ながらというか、二人とも主戦場をアメリカに移してしまったため、日本のツアーに看板となるスター選手が不在という状況になっています。

今回の日本オープン、オープンという名前の通り、プロだけではなく予選を通ったアマチュア選手も出場し、文字通り日本一を競う格式のある大会です。

あのNHKが生中継をしてくれる唯一の大会ですから。

それが年々ギャラリーの数も減り、少し寂しい大会になっていたようです。

そこへアダムスコット選手の参戦です。

週末は西本塾を行うために、現地に行くことはできませんが、昨日も録画してしっかりアダムスコット選手のスイングを鑑賞しました。

まさに鑑賞、という言葉がぴったりくるレベルの、完成されたスイングだと思います。

全く無駄な動きが見られず、私の言うところの「屈筋」を使って力むという感じも全く見られません。

ドライバーからアイアンまで、どのクラブを持ってもリズムやテンポが全く変わらず、まるで機械が打っているようにさえ見えます。

とくにフィニッシュの体勢を崩さず、ボールの行方を見送る姿は、惚れ惚れするほどです。

野球の投手と同じで、静止した状態から自分の意思で動きの全てがコントロールできるのが、ゴルフのスイングですから、他の選手、例えばローリーマキュロイ選手や松山英樹選手など、ゴルフファンなら知らない人はいないという選手との比較を、私のフィルターを通すとどういう違いが見えるのか、いつかNewspicksで取り上げさせてもらおうと思っています。

素振りだけでもいいから、あんなキレのある緩みのないスイングができるようになりたい。

本気でそう思っています。

やはり走る事が基本

2週連続して日本列島を襲った台風19号、被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

今週末に予定している「西本塾」とはぶつからなくて良かったと、個人的には思っています。

今回は4名の方から申込みを頂いています、これまで以上に二日間しっかり伝えていきたいと思います。

このブログのアクセスカウンター、昨日は驚くような数字になっていました、普段の4倍から5倍の数字です。

先週から連載の始まったNewspicksの二回目の記事がアップされたことが原因か、それともnumberwebで紹介されたACミランでトレーナーとして活躍している「遠藤友則」さんの紹介記事の文中に、「西本直」という名前が出ていたためか、私には理由が分かりませんが、インターネットという媒体の影響力は計り知れないものがあるのですね。

Newspicksの連載は、先日もこのブログに書きましたが、普段スポーツにあまり縁のない方々に、「スポーツを見るときにはこういう見方や楽しみ方もあるんですよ」という、スポーツに関わることを仕事としてきた人間からの提案というか、もっとスポーツを身近に感じてもらうためのツールとして提供しようという試みでした。

元々Newspicksという媒体は、経済問題を中心としたニュースサイトで、普段それほどスポーツに関心のない人たちが見ているサイトだと思います。

ただ不思議なことにというか、このブログを真剣に見ている人たちからは、滅多に感想やコメントを頂くことがないのに、Newspicksのサイトでは、私の記事に対して、その日のうちに何十人単位で、意見や感想が書き込まれています。

専門でない方々だからこそ、ある意味好き勝手なことを言えるわけで、私の記事の趣旨である、スポーツの見方楽しみ方を」という部分を超え、賛否両論どころか、タイトルが悪いだとか、切り口が違うとか、もう言いがかりに近いようなコメントまで書かれています。

自由に思ったことを書き込めることがNewspicksの狙いでもあるのでしょうから、書き込まれたことにいちいち目くじら立てていては、さすがに私も追いつけませんので、「なるほどそう来たか」というだけの感想でそれ以上は思わないようにしています。

私も多少は予想していましたが、良くも悪くも反響の大きさに驚いています。

もし、このブログにそういうコメントが書き込まれていたら・・・、皆さんの想像通りのことが起きると思います(笑)

第1回2回と野球の投手の投球動作を分析した記事を書きました。

その内容を驚きを持って見ていただいた方が多いようですが、これは基本中の基本の体の使い方です、もちろんそれだけが全てではありませんが、今回書いたようなことも知らないで、または知っていてもできていないレベルでは、プロとして一流とは言えません。

一般の方にそれ以上の知識も必要ありませんし、それを否定できるだけの知識や経験があるはずはありません。

私とは全く違う世界で生きている人たち、自分を主張し積極的に前に出て行くことが当然だという感覚の人が多いのでしょうか、書き込みを読んでいると、色々な人がいるなぁと改めて気づかせてもらえます。

しかし、私の書いている記事は、あくまでも一般のいわゆる素人の方に向けての記事です。

それを読んでどうこうして下さいとか、出来るようになりますと言っているのではなく、あくまでも見方楽しみ方の一つに加えてくださいというレベルの話しか書いていません。

いつも言っている通り、私が本気で指導を請け負う場合、目の前で息遣いを感じながらの直接指導でなければ、絶対に結果を残すことができませんので、文章では分からないから動画やイラストや写真を使って、という申し出にもお応えすることは出来ません。

私は私のやってきたこと、作り上げてきた理論に絶対の自信を持っています。

だからこそ指導するということに対して、厳しすぎるほどに結果責任を感じています。

「西本の指導を受けてこれか」と、絶対に言わせないためです、私にもちっぽけなプライドがあります。

「負けると分かっている喧嘩は買わない」とは、そいうことです。

どんな相手でも私が本気で指導すればそれなりにはなると思いますが、求められているレベルによっては、その努力も届かないかもしれません。

だからこそお互いが本気で取り組まなければ、絶対に結果は出ないのです。

文章を読んで分からないからもう少しわかりやすくと言われて、動画を見ればイラストを見れば、もっと理解してもらえるというレベルの話ではありません。

こうして発信しているのは、少しでもこれまでの既成概念を壊し、まずは自分の体で試してみる事ができるようになってもらえるかなという内容です、ですからそういう人が増えてくれるのは大歓迎です。

その代わり、結果責任は感じていませんし、負うつもりもありません。

今、選手として結果を求められている人、指導者として責任を持って私の理論を現場で生かそうとしている立場の人、そういう人たちに対しては、真剣に伝えなければなりません。

私の結果責任が問われますから。

西本塾や個別指導で広島まで来てくれた人たちに対しては、2日間という時間や限られた時間の制限の中で、出来るだけのことを伝えなければと、私なりに毎回真剣勝負が続いています。

週末、また4名の参加者の方々と一緒に、熱い時間を過ごしたいと思います。

先日岡山から来ていただいたランナー、59歳という年齢を感じさせない、さすがに毎月280キロを走り続けている方だなという印象の方でした。

2時間の約束で指導を始めましたが、最後に自分の走りが変わってしまったことで、「今まで当たり前だと思ってやってきた走り方が、一体なんだったのだ」と、心からそう思っていただいたようでした。

今年東京で出版社巡りをした時、numberDoという雑誌の編集担当の方に、私の走り方を実際に指導させていただきましたが、もし本当にこの走り方を私が指導して、指導された方々が、これまで私が直接指導した方々と同じ感想を持ってしまったら、今まで雑誌で取り上げてきてことが、ある意味全て否定されてしまうことになるかもしれない、ということを伝えました。

オーバーな言い方かもしれませんが、それくらいインパクトがあると思います。

走るという行為はスポーツの基本です。

全身をいかに無理なく連動させるか、いかに無駄な筋力を使わずに走ることが出来るか、その上にそれぞれのスポーツ動作が加わっていくのです。

サッカーであれば90分、W杯を見ていれば、さらに延長戦を走り抜くための走り方、また1シーズンを最後まで乗り切るためにどうしても必要になってくるこの走り方を、絶対に身につけておく必要があると思います。

他のスポーツでも同じでしょう、錦織圭選手の活躍で、目にすることの増えたテニスというスポーツ、一対一のコートの上で3時間も4時間もの戦いが続き、勝ち進めば大会期間中ほとんど休みもなく試合が続き、休む間も無く一週間後には別の場所で別の大会に臨む。

こんな過酷なスポーツとは知りませんでした。

サッカーの日程が過酷だと言われていますが、単純な比較はできませんが、もう日程だけのせいにはできないように思います。

なんにしても、走るという行為をもう一度真剣に見直し、取り組んでいかなければ、技術や戦術以前の問題として、それぞれの競技で大きな変革を期待することは難しいのではないでしょうか。

遠くから来ていただくことが多い反面、地元広島の方々からの問い合わせはほとんどありません。

まだまだ知られていないことはもちろんですが、休日に近くの公園で練習している子供たちを見ていると、その子供たちを指導している指導者の皆さんに、もっともっと視野を広げ、子供たちのためになることを学んでほしいと思います。

走ることに話が特化してきましたが、もちろんそのためには私の言う体の仕組みをしっかり理解し、なぜ伸筋が重要なのか、どうやったら伸筋優位の体の使い方が身につくのか、そういう基本的なことをきちんと学んでいただかなければ、ただ「こうやって走るんですよ」という指導だけで身につくものではないことだけは言っておかなければなりません。

大きな赤い飴玉を一発で引当てることを目標にしては、ただそれだけになってしまいます。

私が本当に伝えたいのは、私の考え方を根本から理解したいという真剣な思いを持った人、という事になってしまいます。

私にとっては枝葉の問題でも、みなさんにとっては根幹に関わるような大問題であることも、少しは分かってきましたので、個別指導でこういうことを学びたいという要求にもお応えするようになりました。

私に求められているものが大きければ大きいほど、来ていただく方の思いが熱ければ熱いほど、私の気持ちも高ぶり熱いものとなっていきます。

まずは週末の西本塾へ、気持ちを高めていきたいと思います。

正しい位置の着地は、なぜ筋肉の負担が少ないのか。

予告していました、「走るという行為の中で、地面と接地している時の位置と感覚について」の考察です。

歩くことも走ることも、足の裏が地面に接しているからこそ行える行為であることは間違いありません。

しかし、それが全てであり他に何があるのかを考えてこなかったことに、私は疑問を持ちました。

速く走りたければ、地面を強く蹴ってその反力によって体重を移動していく、そのためには体重が70キロであれば、それ以上の力を地面に対して加えなければ、その場から移動することができない。

専門外ですので間違っているかもしれませんが「質量保存の法則」というものがありますから、静止した物が動き出すためにはそれ以上のエネルギーが必要になるということなのでしょうね。

そう考えてしまうことで、体重移動という概念が生まれ、踏み出した足には体重の何倍もの負荷がかかる、スピードが増せば増すほど、その負荷は高まり、もちろん体重が重ければ負荷は大きくなる。

こういう考え方が当然のように思われ、その負荷に耐え、なおかつ次の一歩を蹴りだすための筋力も必要になるという発想から、ふくらはぎや太ももの裏側、そして大きなストライドを得るためには、太ももを引き上げる筋力も必要となるということで、太ももの前側の筋肉も鍛えておかなければならないということになります。

目的はそうなのですが、トレーニングとして行っていることは、たんにその部分の筋力強化であり、私の言う動きづくりのためではなく、その部分の体づくりが優先されてしまいます。

私が知る限り、陸上競技の短距離を専門にする選手たちは、同じ陸上競技の他の種目の選手に比べ、故障が多いように思います。

これはデータをとったり、見たりということではないので、統計的には有意差はないのかもしれませんが、テレビで見る短距離の選手はスタートしてほんの数秒後に足を押さえて棄権したり、それどころか本番前のアップで肉離れをしたなどという、にわかに信じられないことが起こっているようです。

また他の競技であれば、全身どこも痛いところがなく万全な状態で競技に臨んでいる選手のほうが少ないように思いますが、短距離の選手は少しでも体に不安があるとリタイヤしてしまいます。

これは根本的に何かが違うというか、問題があるのではないでしょうか。

サッカーをはじめ、様々な距離を繰り返し走り続け、ただ走ることが目的ではなく、素早いスタートダッシュやストップ、ターンやジャンプ、それに加えて本来の目的であるボールを蹴ったり、ラグビーやバスケットであればボールを投げたり受け取ったりという、様々な動きが要求されます。

筋肉の動きをコントロールするという意味で言えば、こういう種目の選手たちのほうが故障をしやすい状況にあると言っても過言ではないと思います。

そんなことを考えながら世界の超一流と呼ばれる選手の動きを分析していくと、一定の法則というか動きを見出すことができました。

今日のテーマからは外れますが、広背筋の正しい収縮によって、骨盤の後上方への引き上げがきちんと行われており、背筋がきちんと伸びていて、いわゆる良い姿勢が保たれています。

そのことができていないと今日の話は始まらないのですが、彼らの走りを見ると、着地の瞬間に、着地する方の足の股関節が伸展しており、けっして太ももを引き上げ、重心となる股関節より前に着地しているようには見えないのです。

人間が走る移動するということは、 人間の本体である骨盤から上方に連なる背骨を移動させるということで、手先や足先、また胸を前に突き出すということではありません。

安定した状態で骨盤から背骨を移動させるためには、いわゆる猫背になったり、地面を強く蹴って太ももを引き上げ、股関節を屈曲した状態で、股関節よりも前側に着地してはいけないのです。

前方に着地することによって、せっかくスピードに乗って移動しようとしている重心に対して、ブレーキがかかり 、太腿の前側に大きな負荷がかかります。

さらに、着地した足を重心である股関節が追い越した後、重心の後方に残された接地している部分が、改めて強く働いて、体重を前に押し出さなければなりません。

これでは下半身の負担は想像を絶するものとなり、いわゆる筋トレで鍛えていればいるほど、無駄に強い筋力を発揮しようと頑張ってくれるため、故障に結びついてしまうのです。

走ることを説明してきた過去のブログの中で、マイケルジョンソン選手や伊東浩司選手の走り方を例に出したと思いますが、それらを見ると、そうではない走りのヒントが隠されていると思います。

背中がしっかり反っていて、骨盤の後ろ後方への引き上げもきちんとできていて、足裏が地面と設置する瞬間、接地する足の股関節前側が伸びていて(これが股関節の伸展状態)、全身が一直線になったような状態で、股関節の真下にほんの一瞬、ポンっとハンコをつくような感じで着地しているように見えます。

実際にそれに近い状態で着地してみると、いわゆる体の重さを足で受け止めたという感覚がありません。

さらに次の局面で、今までなら推進力を得るために強く地面を蹴っている感覚もありません。

にもかかわらず、体は前に前にと進んで行きます。

ほとんどの方がこの感覚がわかると、「不思議です」という言葉以外に見つからないと言います。

前に進むためには、速く走るためには、腕を大きく振って腿を高く振り上げ、しっかり地面を蹴ることが唯一の方法だと思ってきたからです。

例えば「きをつけ」をして良い姿勢を保ち、目をつぶって体をまっすぐにしたまま前に倒れてみてください。

顔が地面にぶつかるまで、そのまま倒れていく勇気はないですよね。

途中で必ず目を開け、どちらかの足が前に出て体を支えてくれたはずです。

その時太ももを引き上げようとか、足を踏み出そうとか一瞬でも考えたでしょうか。

股関節の自由度が確保されていれば、何も考えることなく一歩が出たはずです。

ですからその時には、いわゆる筋力を使ったという感覚はありません。

振り出された時にも、踏み出された足にも、意識した筋肉の収縮はなかったはずです。

これが重心移動による動き出しの方法と意識です。

これを応用して、接地する足の裏が、常に自分の股関節の真下にあるような感覚で走ることができれば、今までに味わったことのない走る時の感覚が味わえるはずです。

先週来ていただいた方が、もともと陸上競技をやっていて、走り方が綺麗だと褒められていたそうですが、ドリル終盤になって、以前の走り方で走ってみてくださいとお願いしたところ、10メートルも走らないうちに、「これダメです」と、走るのをやめてしまいました。

なんと余計な力を使っていたことか、体に対する大きな負荷を、これがあるから速く走れるんだと思い続けてきたが、体に対して申し訳ないことをしてきた事が分かったと言われるのです。

だから疲れるのです、だからケガをするのです。

体に対して無理なく無駄なく、そして速く走ることができる。

いつも同じことを言いますが、そんなうまい話があるわけがないと思うのなら、興味を持ってもらう必要はありません。

私はひたすら体が喜んで動いてくれる動き方を考えてきただけです、既成概念など関係ありません。

この走りをマスターするためには、多少の時間がかかります。

私流の体の仕組みを理解していただくための講義が少しと、フライングバックトレーニングで、広背筋にこれから少し働いてもらうからねとお伺いを立てるトレーニングを行い、それを使った基本的な骨格の連動動作を行い、準備ができたところで実際に走りをマスターするためのドリルへと進みます。

一度で完璧にとはいきませんが、なるほどそういうことだったのかというところまでわかっていただければ、あとはそれを継続していただくだけのことです。

そのためにも、私はお手本として、それらしい走り方をお見せしなければなりません。

私の走りが大したことないなと思われてしまえば、真似をしようなどという人はいませんから。

週末にも、その走りを教えて欲しいという、私より年長の方が来ていただくことになっています。

もちろん普段から走り込んでいるランナーの方ですがとても興味を持っていただいているようです、負けないように走らなければなりません。

なんだか色々なことをやることになってしまいましたが、私自身の野次馬根性はまだまだ続きそうですので、どんな方が来られるのか、どんな理解をして何を持ち帰っていただけるのか、私の方がワクワクしています。

まだまだ頑張りますよ。

新しい分野への挑戦です。

昨日は定休日、家内と一緒に久しぶりに映画を観に行ってきました。

タイトルは「舞妓はレディー」周防正行監督の手によるコメディータッチの映画です。

私は基本的に長い時間じっとしているのが苦手で、車の運転も1時間を過ぎるとしんどくなってしまいます。

それが空調の効いた映画館の中でゆったりとした椅子に座り、さらに照明が落ち暗くなってしまうと、あっという間に眠りについてしまうことさえありました。

以前一人で、アメリカ大リーグのGMをモデルにした、ほぼ実話という前宣伝に惹かれて観に行った「マネーボール」という映画では、前半の早いところで寝てしまったため、主人公とデータを操って彼を補佐する役の人間との出会いのシーンを見落とし、ストーリー全体が少しぼやけてしまい、しばらく経ってからDVDをレンタルしてきてそのシーンを確認するまで、なんとなくもやもやしたものが残ってしまいました。

私が映画に期待するのは、自分の人生では起こりえないというか、経験できないであろう何かを、スクリーンを通して感じさせてくれることを楽しみにして、眠気と戦いながら見続けるのです。

アメリカ映画のように、次から次へと建物や車を破壊したり、人が死んでいくのを見るために、時間とお金を使おうとは思いません。

日本の映画でも同じです、殺人事件がメインだったり、人を殺すシーンや、やたら殴り合いのシーンがあったり、まったく見る気になりません。

見終わって心がほわっとなる、途中何度も笑わせてくれたり、気がつけば不覚にも涙をこぼしていたり、人が成長していく様を見るのが特に好きです。

今回の映画は、早くに母を亡くし祖父母に育てられた主人公の、その母親が実は元芸妓さんだったことから、単身京都を訪れ、母親が育ったお茶屋を訪ね、舞妓になりたいと懇願するところから始まります。

ストーリーとしては、京都弁という言葉の壁や、舞妓としての厳しい修行を乗り越えながら、一人前の舞妓に成長していくという、私の一番好きなパターンのサクセスストーリーなのですが、監督の演出もさることながら、初主演の「上白石萌歌」さんという16歳の女優さんの演技に目を奪われました。

本物の舞妓さんの修行はもっと厳しいとは思うのですが、役とはいえ様々な所作や日本舞踊をしっかりこなし、見ている私を父親のような気分にさせてくれる、心地よい時間を過ごさせてもらいました。

以前にも「舞妓ハーン」という映画を観ましたが、おそらく生涯経験することができないであろう、京都の「花街」、怖いもの見たさではありませんが、それを楽しく疑似体験させてもらっただけでも、私にとっては十分ありがたいことでした。

さて昨日から、私にとっては新しい分野への挑戦が始まりました。

挑戦というと大袈裟ですが、News picksという基本経済情報を配信するサイトの中で、連載企画の一つとして「スポーツ解体新書」というタイトルの連載を始めさせてもらうことになりました。

生涯一トレーナーとして、目の前の人間そのものをどうすれば、この痛みと付き合っていけるようにできるのか 、どうすればもっといい動きができるようになるのだろうかと、それが私にできる唯一の仕事だと思ってきました。

それが昨年一年間に、あまりにも大きな出来事が続き、自分のやってきたことを誰かに伝えるという活動をすることになりました。

このブログはその行動の最初の一歩でした。

読んでいただいている皆さんは、立場は違えどスポーツに興味を持ち情報を欲しいている方々だと思います。

そういう方々であっても私の書いている内容は、読んだだけでよし分かったとか、なるほどそういうことかと納得していただけるほど簡単な内容ではないと思います。

またそれぞれの生きてきた背景や、自分が今行っていること、身に付けてきたこと、学んできたことなど、たくさんのフィルターを通して、読み解いていただくわけですから、それこそ一人ひとり読み方も感想を違うものになっていると思います。

私はこのブログで、何かを教えようとか、自分のやってきたことを自慢しようとか、そんなつもりで書いているわけではありません。

みなさんそれぞれの感性で読み取った中で、私の経験や培ってきた理論めいたもので、役に立てていただけるものがあれば、どうぞご自由にお使いくださいというスタンスです。

ただそれを真剣に学びたいという人に対しては、「西本塾」という形で直接指導も行ってきました。

誰かに伝えることで、その誰かがまた誰かに伝えてくれる、私一人の力ではどうすることもできなかった誰かのために、お役に立てることができるという、新しい喜びを感じることを知ったのです。

人それぞれに見方や考え方があって、通すフィルターが違うことも分かってきました。

多少なりとも批判的な発言を目にすると、「大した知識や経験もない奴らに私の何が分かるんだ、文句があるなら直接言ってこい、どんなことにも全部答えてやる」くらいの気持ちになるのが、私の本性ですが、そういう人たちのフィルターの厚さというか見え方が歪なことは、誰の目にも明らかなものでした。

それよりも、何もわからないそういう人間たちにまで、私のいうことが届いていることがすごいことだということに気づいたのです。

批判というよりも、それ以前の知識や経験のなさを自分で気づいていないのですから、そういうことを繰り返していくうちに、いろいろなものの見方ができるようになるはずで、その途中に私の存在もあったと考えれば、これも人生あみだくじ論者の私にとっては、見知らぬ誰かに影響を与えたと喜んでいいことだと思います。

今回のNews picksの連載をスポーツライターで、スポーツ担当の編集者として参加した木崎さんから依頼があった時、正直戸惑ったというか、経済ニュースの中に何故スポーツが、何故私がと、二の足を踏みました。

まさに場違いとはこういうときに使う言葉ではないでしょうか。

確かに日本経済新聞にもスポーツ欄はあります、それは事実を伝えるたんなるニュースとしての記事だと思います。

言い方が違うかもしれませんか、箸休めとか、寄席でいう色物(落語の間に挟む手品や漫談のこと)としての扱いしか受けない可能性だってあると思ったからです。

スポーツ専門の分野でさえ、様々な意見が交わされ、私としてもいろいろな思いを感じていた中で、読者が普段スポーツとは縁遠い、常に最新の経済ニュースをチェックしているような、私とはそれこそ接点のない方々に対して、どんな内容を書けばいいのか、さらに週一回の連載となると、私にそれだけの能力があるのだろうか、途中で投げ出して木崎さんに迷惑をかけてしまうことになるのではないか、などなど、かんたんに引き受けられる仕事ではありませんでした。

色々迷った挙句に、とりあえず行けるところまでやってみてくださいという木崎さんの言葉に押されて、経済ニュースの中に、生涯一トレーナーの西本直というコンテンツを提供してみようという気持ちになりました。

連載1回目、昨日は日本ハムファイターズの大谷翔平選手を取り上げました。

限られた文字数の中で、それもいわゆるスポーツに対しての素人の方々に対して、どんな形で語りかけるか、私なりに考えた結果、まさに箸休めでいいと思うことにしました。

私には無縁の世界、経済ニュースを追いかけている方々に、肩の力を抜いて、スポーツにはこういう見方もあるんですよ、という語り口でいいと思ったのです。

けっこう反響があったようで、面白いと言っていただける方もあれば、切り口が甘いとかそれだけじゃないとかいう、どちらかというと辛口な意見もありました。

今まで接することのなかった、なんと言うのでしょうか業界の方というのか、少なくとも私とは違った人生を歩んでおられる方々に、こんな人間がいて、こんな考えを持ってスポーツに、いえ人間そのものに関わっているんですよということが伝わればいいと思っています。

一つの読み物として楽しんでいただけるようなものにして行きたいと思っています。

このブログの読者の皆さんからはブーイングが起こりそうですね。

いつもの私とトーンが違いすぎますから(笑)

いつまで続けられるかわかりませんが、打ち切りにならず、せめて10回は続けさせてもらえるように、頑張ってみたいと思います。

それと、最近の個人指導の中で、特に走る時の足が地面に着地するときの位置や感覚が、楽に走れたり疲れにくかったり、実際に速く走れる秘訣なのではと考えるようになりました。

実際に最近の私の走りは、翌日に感じていた筋肉の張りも全く感じなくなりました。

正しい走り方をしても、年齢のこともあり、また毎日走っているわけでもないし、このくらいのことは仕方がないのかなと思っていましたが、そうではないようです。

人に教えていながら、まだ私自身が完璧にはできていなかったようです。

少しずつそれに近づけているようです、自分でも楽しみになってきました。

陸上の短距離選手たちの故障の多さを見るにつけ、私がもっと若い時に今の走りを実践でき、それなりのタイムで走れていたらもっと説得力があったのでしょうが、56歳でもこれくらい走れるというところまでは持っていき、あとは学んでいただいた皆さんにバトンを渡したいと思います。

走る時の股関節の伸展動作、詳細は近日公開!

今日は昨日見た映画の影響が強いようです。

本気の野次馬根性

昨日今日と個人指導を受けに来ていただく方があります。

昨日来ていただいた方は、現在真剣にスポーツに取り組んでいるとか、指導者として活動している方ではありませんでした。

学生時代には真剣にサッカーに取り組み、プロという夢に向かって頑張っていたそうですが、その夢は果たせず、それでもアマチュアとして競技は続けてきたそうです。

現在37歳の方ですが、数年前お子さんが生まれたことをきっかけに、家族との時間を優先するために自分の趣味であるサッカーの時間を減らしたそうです。

とはいっても自分自身のためのトレーニングは怠りなく継続し、より良い動きを追求していく中で、私の考え方に出会い、どうしても直接自分で体験したいという思いで、東京からやってきてくれました。

とくに私の提唱する走るという動きに関しては、文字だけではどうしてもその感覚がわからず、このまま知らないままではいられないと、それはもう本気で広島行きを検討したそうです。

小さなお子さんと身重の奥さんを置いて、自分のためだけの目的での広島行きには、多少の後ろめたさもあったそうですが、どうしても見たい体験したいという野次馬根性が勝ったようです。

ですからそれはもう真剣でした、私の一言一言を聞き漏らさないようにメモを取りながら、実技を体験し少しでも納得がいかなければすぐに質問が返ってくるという緊張感にあふれた時間を過ごすことができました。

もちろん初対面ですが、最初に私はいたって普通の人間ですが、人がなんとなく当たり前だと思ってやり過ごしていることに対して、本当にそうなのかと自分が納得できないと、とことん追求して真理を探りたいという性格であるということが、そういうことをしたがらない人とは少しだけ違っているかもしれないということをお話ししました。

またそういう人間に興味を持ち、色々なしがらみの中、わざわざ広島まで来てしまった◯◯さんも、同じ匂いを感じる同類の方ですねという言葉で、すぐに打ち解けることができました。

私のトレーニングに関する考え方や方法論は、ご自分が過去にスポーツに真剣に取り組み、競技力を向上させるために真剣に努力してきた方ほど、あまりのギャップに戸惑い、それとともに興味が湧いてくるようです。

あれほど真剣にトレーニングに取り組み、良かれと思っていわゆる筋力トレーニングも行って、他の選手には絶対に負けないという筋力や筋量を獲得したにもかかわらず、その努力に見合う競技力の向上が得られなかったのか、同じような疑問を持ってここにやってきた選手はすでに何人もいます。

それがどうしてだったのか、頑張ってきた人ほどその答えを知りたいと思うのは当然のことでしょう。

「あれだけ頑張ったのに、あの努力は一体何だったんだ」、少なからず誰の胸の内にもそういう気持ちはあると思います。

私の考え方に触れて、もしかしたらここにその答えがあるのかもしれない、ならばどうしてもそれを知りたい、思いはどんどん膨らんでいくのでしょうね。

もしかしたら同じ思いに駆られている方も多いかもしれません。

私の話を聞いていくうちに、自分がやってきたことは全く逆のことをやってきたのではないか、ただその時点ではそれが正しいと、ほとんどの人間は思っていたはずで、自分だけではなく周りも全て同じ発想で行っていたはず、ならば自分はどうしてその中で抜きんでた存在になれなかったのか。

様々な思いが交錯すると思います。

色々な要素があるとは思いますが、同じ発想の努力であったとしたら、それに対してして人一倍真剣に取り組みすぎた、言葉は悪いですが、馬鹿正直に真面目に取り組みすぎたことが、本来の目的とは違った方向、まさに体づくりのためのトレーニングになって行ったのではないかと思います。

筋肉の仕事は骨を動かすことです、その筋肉は脳からの指令を受け、言われた通りの仕事をしてくれます。

間違った動きを繰り返し行わせれば、その動きを必要とされていると信じて、一生懸命にその動きを再現してくれます。

その時、ほとんどのトレーニングで主役として活躍しているのが屈筋たちなのです。

歯を食いしばり、1キロでも重く1回でも多くと頑張り続けた結果が、自分が本来こういう動きができるようになりたかったという方向性とは違ったものになってしまったのです。

誰のせいでもありません、みんなそれが正しいことだと思っていたのですから。

「みんなが正しいと思っていること」、私も最初はそう思っていました。

自分の体を少しでも大きくしたい、筋力を付けたい、そういう思いでトレーニングを始め、それなりに成果も出ていました。

そして自分とは遥か違うレベルの選手を相手に仕事をするようになって、すぐに気付かされたのが、この方向性では彼らの能力を上げるには足りない、別の何かがあるはずだという漠然とした感覚でした。

そのことに対して質問したり議論を戦わせる相手も存在せず、どこかに答えがあったわけでもありません。

ただひたすらどうすればこの選手の動きを改善できるのだろうという、漠然とした思いと、選手の体から発せられる内なる声に耳を傾け続けていく中で、一歩ずつ着実に今の考え方に向かって進んでいけたのだと思います。

問題点を克服するために、自分で考え仮説を立て、まずは自分の体でやってみる、その中から使えそうなトレーニングを選手に行わせ効果を確認しながら新たな何かを探していく。

それはそれは楽しい作業でした。

宮沢賢治の世界です、「僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる・・・」、ただ作って行ったはずの道を後ろからついてきてくれる人がいませんでした。

もしかしたら自分でそれを拒んでいたのかもしれません。

今そういう道があることを知った人たちが 、後ろから追いかけてくれるようになりました。

そんな馬鹿な、そんなうまい話があるわけがない、もしかしたらそんな風に思われることばかりかもしれません。

だから「野次馬根性」が必要なのです。

自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の体で体験して、これはすごいと思ってくれれば、そこから少しづつ追いかけてくれればいいのです、道はすでにできているのですから。

納得がいかず従来の考え方を続けたいと思うのなら、もちろんそうすればいいのです。

それぞれに目的があり方法論があってもいいのです。

「もっと早くにこの道を知っていたら」 、その言葉を聞くことが多くなりました。

人間が動くということはどういうことなのか、まずは人間も地球上に存在する動物の一種であるという謙虚な気持ちが必要です。

人間だけが特別なのではなく、ある意味人間だけが他の動物より劣ってしまったことがあるのではないか、暇に任せてこんなことばかり考えてきた、私の頭の中で作り上げられてきた仮説のほとんどは、過去証明されてきました。

今、確実に伸筋優位の体の「動きづくり」が、正しい方向性であることを自信を持っていうことができます。

屈筋は、緊急避難の際に使われる防御用の筋肉であるという意味で「鎧」という例えをしています。

有名な武将たちの鎧は皆立派ですが、それは実戦用ではなかったはずです。

戦いの最前線にいる兵士たちに与えられた鎧は、鎧などと呼べる代物ではなかったはずです。

兵士が戦う、人間が全力で命をかけて戦うために必要なのは、自分の思った通りに動いてくれる体、体をもっと具体的な部分で言えば「背骨と骨盤」、さらにはその背骨を主に動かしてくれているのは「広背筋」と、一つ一つ突き詰めていけば必ず根っこに近づいていくことができるはずです。

背骨を自由に動かすためには、広背筋の役割をきちんと理解して、きちんと働いてもらうためにはどういう意識とトレーニングが必要なのか、どんどん掘り進んでいくことができます。

西本塾も回を重ねてきました、今年の予定は今月と残すは12月に開催予定の2回です。

先ほどすでに参加していただいた方から、深める会ではなく、改めて西本塾への参加が可能ですかという確認の電話をいただきました。

参加人数に定員を設け、初参加の方を優先しますとは書いていますが、ダメとは言っていません。

自分が納得できるまで、またその後も迷いなく進んでいくため、そういう気持ちになっていただいたことはありがたいことだと思います。

思えば私も3カ月を一区切りとした渡辺先生の操体法の講習会を、間を空けることなく何度受け続けたことでしょう。

毎回毎回新しい発見と疑問が湧き続け、これは一生追いかけても先生を追い越すことなどできないなと、先生の人柄自体に魅力を感じ指導していただきました。

すでに10年以上前に、今の私の年齢より若くして他界され、どう頑張っても追いつける存在ではなくなってしまったことが残念でなりません。

私は他者に対しての敬称で、安易に先生という言葉を使わないようにしています。

たんに職業としての医師や政治家や弁護士たちが、先生と呼ばれることを当然のように思っている節がありますが、その人間の職業や立場ではなく、自分が本当に尊敬でき目標として教えを乞う立場の方こそが、「先生」と呼ばれるべきだと思います。

ちなみに学校の先生という言い方が当たり前となっていますが、正式には「教諭」という呼称があるはずです。

とりあえず先生と呼んでおけば、相手も悪い気はしないし何より名前を忘れても先生で済むからと、そんな考えの人が多いのではないでしょうか。

またどうでもいい事に屁理屈をと思う人が多いでしょうが、一事が万事です、それはそれこれはこれと割り切ってしまえば楽なのですが、それができないからこそ未だにこんなことを言い続けているのです。

ちなみに私は渡辺先生をお呼びするときには、先生ではなく、必ず「渡辺先生」とお呼びしていました。

いま人に教える立場に立つ時、人によって「西本さん」と呼ばれたり、「西本先生」と呼んでいただくことがあります。

どんな呼ばれ方をされても問題がありませんが、私は真剣にその人から何かを学ぼうとして、その方の前に立ったならば、言葉を選ぶと思います。

一から十まで小うるさい男ですが、人は心で生きています、ただ心臓が動いているから生きているのではありません。

心と心気持ちと気持ちが通じ合える関係になるためには、やはりきちんとした態度や言葉遣いというものは必要だと思います。

私は年上の方はもちろんですが、年下の人間でも呼び捨てにすることはしません。

男女同権に反するとは思いますが、女性が年下の男性を呼び捨てにしていることにさえ違和感を感じます。

私に呼び捨てで呼ばれるようになるには、かなりの人間関係が必要になりますよ(笑)

さあ、午後には西本塾の参加者で、さらに個人指導を受けたいと、やはり関東から来てくださる方がいます。

熱い思いには熱い思いで答える、真剣な気持ちにはさらに真剣な気持ちで応える、それが私の務めです。

幸い今日も広島は快晴です、しっかり外を走ります。

明日は多分体がガタガタになっているでしょう、それもまた良しです、頑張ります。

プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
西本塾を深める会を9月10日(日)に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。

最新記事

カレンダー

09 | 2014/10 | 11
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

カウンター

検索フォーム

QRコード

QR