今年一年ありがとうございました。

12月30日、今年もあと一日となりました、今年最後のブログの更新となります。

私の仕事は昨日で終了し、今日は午前中に墓参りを済ませ、午後はやっとのんびり過ごすことが出来ています。

毎年毎年思うことですが、タイムイズフライ、一年間という月日があっという間に過ぎていきました。

特に今年はその思いを強く感じています。

昨年の9月、私にとってある意味ゼロからの出発となった「Conditioning studio操」を立ち上げ、今年のスタートは正直不安の方が大きかったように思います。

それが、このブログを通して、自分の経験や考え方を発信してきたことで、多くの方に興味を持っていただき、「西本塾」「深める会」また「個人指導」といった形で、たくさんの方々に、直接私の思いを伝えさせていただくことが出来ました。

これまで個人やチームを相手にして、勝ち負けという結果がはっきり出るところでの仕事をしてきましたが、そこでの仕事には絶対の自信を持ってやってきたつもりですが、一期一会の方々に対して、私の思いが本当に伝わるのか不安もありました。

その思いが参加者に対してのハードルを上げることにつながり、私自身の指導に対する真剣度は、おそらく参加していない方には想像もつかないものになっていきました。

今の私にとっては、一人一人に向き合う状況こそが戦いの場であり、自分を表現する唯一の場になりました。

参加していただいた皆さんの真剣に学びたいという思いが、さらに私のテンションを上げていただき、西本塾は二か月に一度の開催でしたが、あっという間に一年が過ぎて行ったように思います。

本当にいろいろなことがありました、こんなに中身の濃かった一年は今までにはなかったかもしれません。

自分が持っている能力以上のものを、発揮させていただいたのかもしれません。

この「自分の能力以上」という部分が一番のキーワードだと思います。

これまでの仕事では、私が持っている能力のすべてを必要とされているわけではなく、その何割かで十分その要求に応えられるものでした。

それどころか、要求されたこと以上のことをやろうとすると、受け入れられなかったり、排除されてしまうような雰囲気もありました。

そういう雰囲気を感じると、モチベーションが下がってしまい、自分の方からその環境を離れてしまうことが多かったように思います。

「もっと自分の力を発揮したい、もっと自分の能力を必要としてくれる環境があるはずだ」、そんなことばかり考えて生きてきました。

今、私の能力を必要としてくれている人が、こんなにもたくさんいることに気づかせていただき、さらにはこれまで経験したことのない分野の方々にまで、私なら応えてくれるかもしれないと、大きな期待を持って訪ねていただくことも多くなってきました。

その一つ一つに応えていきながら、「自分の能力にはまだまだ自分自身で気付いていなかったところがある、もっともっとやれることがあるし、やらなければならないことがたくさんある」と、今までに感じたことのない感覚に自分自身が驚いています。

「来る者拒み、去る者追わず」「私の考えていることが、あなたたちに分かるはずがない」「私を正当に評価できる人間などいるはずがない」などと、我が道を行く、を貫いてきましたが、これほどすんなりと私の考え方を理解していただける人がたくさんいるとは想像もしていませんでした。

私の言っていることは、本当に当たり前のことで、きちんと説明させていただければ、おそらくは誰でも理解できることだと思いましすし、私が出来ることは誰にでもできることだと思います。

独自の考え方でも、新しい考え方でもなく、人間に備わった基本的な能力を素直に発揮できるようにするには、こういう意識でこういう風に使うことが、体を痛めることなく効率的で良い結果になります、と言い続けてきただけのことです。

世間で言われるような、最新の理論でも〇〇トレーニングでもなく、当たり前のことを当たり前だと言っているだけだったので、言葉は悪いですが、商売にはなりにくいというか、人目を引く存在にはなりえないものでした。

しかし、私はその当たり前のことを言い続け、指導し続けて、勝負の世界で結果を出し続け、また一般の方々の体の不調に対しても、おそらく他の誰よりも効果的な施術をしてきたつもりです。

ただそこには、人間同士の信頼関係というか、真剣に向き合う関係にならないと結果に結びつかないということはありました。

自分の常識や既成概念から離れることが出来ず、私の言葉や指導を受け入れてくれなければ、結果など出るはずはありませんから。

ただそこにもやはり私の性格が災いしていたのか、「なぜ私の言うことが分からないのだ」という思いが先に立ち、まずは相手を受け入れ、少しずつ相手を変えていくという手法が取れなかったことは、大きな反省材料ではあります。

結果に対する責任を重く受け止めすぎ、功を焦ったという言い方もできるかもしれません。

すべてを一人でやってきたので、それが受け入れられないという現実を、私自身が受け入れられなかったのかもしれません。

そういう経験が加えられたことと、昨年から始めた「指導する・伝える」という仕事を通して得られた貴重な経験を積み重ね、私という人間は大きくと言いたいところですが、少しずつ変わってきたように思います。

私一人の力など本当に小さなものです、しかし本当に私の力が必要で、お役に立てる人は、数限りなく居ると思うのです。

今までならご縁がなかったで済ませていたことを、今は一人で多くの方に、私の考え方や経験を伝えることで、その方々を通して一人でも多くの方々に私の力を届けることが出来るようになるのだと思えるようになりました。

延べ100人近くの方に指導させていただきました、その一人一人が10人に指導したとしたら、すでに1000人の方のお役に立てたと言えるかもしれません。

もちろんすぐに私と同じことが出来るようになってもらえるとは思いません、そんなことは当たり前で、私自身今とまったく同じレベルの仕事が出来るようになったのはいつだったかと聞かれても答えることはできませんし、昨日より今日、今日より明日の自分は同じではなく、一歩でも半歩でも成長していたいと思っています。

ですから学んでいただいた皆さんには、臆することなく目の前の人間の心と体に対峙し、今できる最大限の能力を発揮することが一番大事なことだということをお話ししています。

西本塾や深める会に参加していただいた方々からの感想や、それぞれの環境に持ち帰った後、実践で得られた感想や経過報告のコメントをたくさん頂けるようになりました。

個々のコメントに返信が出来ておらず心苦しいのですが、もちろんしっかり読ませていただいています。

さらに継続していただき、新たな気づきや疑問、また経過の報告など頂けたらありがたいです。

その文面の一つ一つから、私の新たな気づきが生まれ、私自身を成長させていただいていることは紛れもない事実です。

みなさんとの交流の中で、本当にたくさんのことを学ばせていただいたように思います。

まだまだ未熟なところが多く、大人になりきれていないことは自分でも承知していますが、やはり人間としてここだけは譲れないという部分に関しては、おそらく生涯変わることはないと思います。

私が伝えたことが小さな種をまいたことになり、それが芽を出し花を咲かせてくれる日を楽しみにしながら、もっともっとたくさんのタネをまく活動を続けなければならないと強く思っています。

花は地上に咲きますが、しっかりとした根を張ることが出来なければ、すぐに萎れてしまったり、その瞬間だけの美しさで終わってしまいます。

本当に大切なことは何なのか、その視点を絶対に逸らさず、流行や派手さに流されず、当たり前のことを当たり前だと言い続けるしかできない私ですが、来年もワクワクするような新たな出会いに期待して、日々を大切に生きていきたいと思います。

人生はプラスマイナスゼロだと言います、マイナスな部分ばかりに気持ちが囚われますが、それが大きいほどプラスのこともあるのだと思えば、何ということもないはずです、そういう気持ちで前向きに生きたいと思います。

出会いがあれば別れもありますが、分かれこそ永遠の別れではなく、きっとまた出会う日が来るまでのしばしのブランクだと思って、これまで出会ったすべての人に感謝して、一年を終わろうと思います。

昨日の最後の仕事が、キックボクシングというこれまで縁のなかった格闘技のスポーツの選手だったというのも、何か来年の私の活動の幅が、さらに広がっていくことを暗示してくれたようで、指導しながらニコニコしてしまいました。

自分がやったことがなくても、使うのは同じ人間の体です。

来年がどんな一年になるのか、本当に楽しみです。

昨年から年賀状自体を書かなくなったので、この場を借りて読んでいただいている皆さんにはご挨拶をさせていただきます。

一年間お付き合いをいただきありがとうございました。

皆さんにとって良い一年が始まりますよう、心から祈念します。
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伝えてきたこと

東京での三日間を忘れないために、また自分の頭を整理するためにも、早いうちに書き残しておかなければならないと、キーボードに向かっています。

まず今回の東京行きには紆余曲折がありました、西本塾に参加してくれた方から「広島で行われている西本塾を是非東京でも開催して欲しい、ついては、その幹事を自分にやらせて欲しい」そういう申し出から話が始まりました。

すでに札幌で一度開催しましたから、広島以外では絶対に行わないとは言えませんでした。

しかし、札幌で行うことになった経緯は、このブログにもすでに書いた通り、昨年の10月に初めて行った第1回に、ホテルの予約も取れないまま寝袋持参で札幌から参加してくれた小林さんと、12月に行った第2回に、同じく札幌から参加してくれた諏訪さんの熱意に対して感謝を込め、その後のフォローも含め、1日だけの開催の深める会に参加するためだけに、広島にまた来ようと言ってくれる気持ちに応えるために、私から札幌を訪ねようという気持ちにさせてもらったからです。

それが東京で開催すればもっと多くの人に、自分が参加して引き込まれた「西本理論」を知ってもらえるという、善意の気持ちから生まれた行動であることは十分理解できるのですが、私の中に、「遠く広島まで行ってまで参加はできないが、東京で行われるのなら参加してみようか 」という感覚で参加してくる人間に対して、ここで行っている時と同じ気持ちで対応する自信はありませんでした。

2日間、西本塾を通して、私という人間に接していただいた参加者の方々には、この想いは言葉にしなくても分かっていただいていると思っていました。

それが、いわゆる何かのイベントを開催する準備が始まるかのごとく事務的にことを進めようとするその方のやり方に、どうしても納得がいかず、結果的に開催自体をお断りすることになりました。

しかし、その時に同時開催で、すでに参加していただいた方が対象の「深める会」の企画も同時進行で進んでいて、関東近県から参加していただいていた方々や、前述の札幌の小林さんまで、東京での深める会の開催を切望してくれていたのです。

それこそ葛藤がありましたが、塾生となった皆さんからの、開催を望む熱いメッセージが次々と届き、やっと重い腰をあげることにしました。

開催が決まると、さっそく小林さんから、専門であるアルペンスキーにおける身体操作の方法を、西本理論から根本的に考え直し、再構築の作業を進めているので一緒に考えて欲しい、ついては前日に時間を作って欲しいという依頼がありました。

最初に参加していただく前から、ツイッターやブログを通じてそういう気持ちを聞いていましたので、いよいよ構想もまとまってきたのかと、喜んで引き受けました。

土曜日の午後から私の宿泊しているホテルの部屋で、またスポーツライターの木崎さんを交えての夕食を挟み、さらに部屋に3人で戻って深夜までと、スキーの身体操作に西本理論をどう応用させていくか、延々と話は続きました。

サッカーは素人だということは言い続けていますが、四国宇和島生まれの私にはスキーはもっと遠い存在で、会社員時代に一シーズンだけ同僚に誘われて4回ほど行ったことがあるだけの本当の素人の私ですが、要約すると、膝の屈伸ではなく、股関節を使って雪面を捉えることの方がブレーキがかからず、スピードに乗れるのではないかということを中心に、日本のトップに迫った小林さん相手に熱弁を振るいましたが、聞くに値する内容で、すぐにでもそういう意識で滑ってみたいと言ってくれました。

最近になく頭をフル回転して準備して行きましたので、実りのある話になって本当に良かったです。

翌日は深める会本番、10名の参加者が、JR市川駅に集合し、望月さんの営む「からだ塾」を会場としてお借りして、私も広島で行う時以上に気合を入れて、皆さんに西本理論を深めていただきました。

まずはそもそも西本理論とはどういうものか、概要に書かれた4つのキーワードを理解できているのか、そこから話が始まりました。

残念ながら4つのキーワード自体を、スラスラ言える方がいないのには少しがっかりしました。

みなさんそれぞれの立場で参加し、私から学びたいことが違うことは仕方がありません、しかし、どれだけ枝葉のことではなく根本である根っこと掘る作業が大事なのだと力説しても、その根っこの先にある根本の部分がなんなのかを忘れているようでは、まったく本末転倒で、結局は私の技術を間近で体験したい直接指導して欲しいという 、枝葉を求めにきていることとなんら変わらないことになってしまうのです。

厳しいことを言うようですが、参加者の皆さんにはもう一度初心に戻って欲しいと思います。

4つのキーワード、難しいことを言っているようですが、その後の講義で説明していく内容を、簡単に箇条書きにしたような内容で、もしかしたらあまり重要なことに思ってもらっていなかったのかもしれません。

話はそこから始まり、改めて「伸筋」優位の体の使い方の重要性やその方法など、同じことの繰り返しになりますが、この1年に実際に指導した例をあげながら説明して行きました。

私がお話しする内容は基本的に変わることはないのですが、様々な方に対して行う実際の指導という体験の積み重ねが加わっていきますので、内容に厚みが増すと言うか、説得力が増していくと思います。

もう初めて聞いたとか、目から鱗とか、既成概念がくづれたとかいうレベルの話ではなく、私の話は事実である普通のことだということを、しっかり認識してもらえると思っています。

午後からは江戸川の河川敷に歩いて移動し、走りの実技を行いました。

最近の悪天候に、屋外での実施を心配していましたが、参加者の思いが通じたのか、快晴の下気持ちよく走ることができました。

「自分の体を自分の思ったように動かすことができる」これがすべての基本になります。

それを端的に表してくれるのが「走る」という行為です。

私の提唱する走りを頭で理解し、体で表現できなければ、他の運動はもちろんのこと、人の体に接して施術を行う際にも、人間の体がどう連動するかを、身を以て知っているとは言えず、形だけのテクニックになってしまいます。

速いとか遅いとか、苦手だとかいう以前に、自分の体と対話できれば、動きそのものは習得できるはずですから。

1度や2度で完璧にできるようになるとは言いませんが、初めから諦めてしまっては何の変化も望めません。

その意味では、名前は出しませんが、ある参加者が最後の1本での走りで、これまで見たことがないスムーズで滑らかな走りを見せてくれ、本人はもとより参加者全員が驚きと賞賛の嵐でした。

その後室内に戻って、ビデオを見ながら解説して行きましたが、私のかなりきつい口調の指導の言葉もしっかり録音されていましたが、あくまでも人間関係ができている方々ということでお許しいただければと思います。

その言葉に応えるように、短い時間で皆さんの走りがみるみる変わっていきました。

毎度のことですが、私ができることは誰でもできるという言葉はこういうことです、本当に真剣に取り組んでもらえれば、誰でも習得できるのです、同じ人間ですから。

そしてビデオの最後に映しだされたその方の走り、思わず本人に対して「これまで30数年生きてきて走り方を褒められたのは初めてでしょ、かけっこも運動会も嫌いだったはずで、走りの実技も楽しくなかったかもしれないけど、これからは胸を張ってこの走りを続けてください」と声をかけました。

それくらい変わったのです、それくらい変われるのです、人間には可能性があるのです。

そのために必要なのが、広背筋を機能させること、そのトレーニングを続けることとつながっていくのです。

室内での「からだほわっと」の実技では、全員に2種類のやり方を実際に行っていただき、私の手技も受けていただきました。

上達の方法はたった一つ、自分が上手くなったと思わないことです。

どんな相手に対しても、自分が身に付けた技術を発揮するのではなく、相手の体と心を癒すために、自分がどんな気持ちで、どんな動きで対応すればいいのか、謙虚に向き合うことです。

そういう意味では皆さん、それぞれの期間一生懸命練習されているのか、上手くはなっていますが、私のやり方は上手くなったでしょう、気持ち良いでしょうという自己満足に陥ってしまっている方もありました。

上達していく過程としてはいいと思いますが、謙虚さを持ち続けること以外に上達の道はやはりないような気がします。

夜の懇親会を含め、私という人間と同じ時間と空間を共有したいと集まってくれた皆さんと過ごす時間はとても心地よく、あっという間に過ぎて行きました。

改めて伝え続けなければ、そう思わせていただいた1日となりました。

翌月曜日には、参加者の一人で理学療法士の資格を持ちながら、あえて独自の道を歩み、対象をサッカー選手に特化してパフォーマンスの向上を目的とした、動き作りを指導する施設をオープンしたばかりの西村さんの依頼で、彼の運営する施設に併設された、ミニ体育館のような場所を借りて、現役のサッカー選手を相手にトレーニングの指導をすることになりました。

まだその仕事を始めたばかりとはいえ、私は彼にとって同業者であり、ある意味では競合するライバルでもあるはずです。

それが自分が指導する選手のために、さらに良くなってもらおうと私に指導を依頼するという行為、なかなかできるものではありません。

懐が深いと言いますか、何のために誰のために自分が仕事をしているか、真剣に選手に向き合っている証拠だと思います。

彼に出会い指導を受けている選手たちはとても幸せ者だと思いますし、彼の思いに応えてもっともっとトレーニングに励んでほしいと思います。

人数こそ当初の10人から4人となりましたが、だからこそと言うか、私との出会いを心待ちにしてくれていた選手たちに、私から伝えられるものをすべて出してやろうと意気込んでいました。

私に対して組織として個人として指導をして欲しいというオファーは残念ながらありません。

しかし、いつどんな相手から話があってもいいように、特にサッカー選手に対しての指導内容は、私の中で準備万端整っています。

短い時間でしたが、そのすべてと言っていい内容を、彼らに伝えられたと思います。

チームとしてこの指導を受けてくれて継続してくれたとしたら、選手たちがどんな動きをしてくれてどんなチームに変わって行くのだろうと、我ながらワクワクするような内容なのですが、現実にはその環境は与えられていません。

だからこそ今回の指導会は、私にとってとても大切なものとなりました。

もし一人しか来られないとしても、私はその一人のために真剣に指導したと思います。

自分の考えてきた内容を、選手がどう受け取ってくれるのか、トップアスリートである彼らの動きが、私の指導でどう変わっていくのか、こんな楽しい時間はありませんでした。

本人たちにも言いましたが、もし私という人間に出会わなければ、今日聞いた話を一生聞くことはなかったし、知ることができなかった内容だ、それを真剣に聞いて理解しようとしてくれ、実際に体を動かし、走り体をぶつけ合うことで、その内容がすべて事実であり、自分がサッカー選手として成長するために絶対に必要な要素であることは、十分理解してくれたと思います。

99%いやもっと限りなく100%に近い確率で、私の考えは知られていませんし、広がってもいません。

だからこそ私に出会った選手たちには、それを形にして欲しいのです。

自己満足かもしれませんが、西本理論の正しさを証明し、彼らにもサッカー選手として成功して欲しい、少し欲張りですが、夢先案内人である私の、個人としての夢も叶えさせて欲しいと思っています。

私は屈筋を使って相手の当たりに対抗する役で、彼らは私から学んだ伸筋を使った状態で、私の体を制しボールを奪うという実技では、助走をつけて走ってくる選手を何十回と受け止めたため、右肩は打撲状態です(笑)屈筋で体を固めて受け止めると本当に痛いだけでいいことが一つもありません。

自分で指導しておいていうのもなんですが、これは絶対やめた方がいいですよ、選手は気持ちよく伸筋でぶつかってくれるので、調子に乗って「もっと強くこい、もう一丁」と頑張ってしまいました。

出会いは全て必然だと思っています。

もし最初に東京で西本塾をという企画が持ち込まれなければ、今回のことは実現していません、そういう意味ではその方に感謝です。

私が自ら行動を起こすことで、行く先々に笑顔があふれ、喜んでくれる人がいるのなら、私はじっとしていてはいけないと思わせてもらった4日間でした。

私の人生のあみだくじに、今回もまた新たな線が何本か引かれたような気がしています。

そして私自身も、出会った皆さんのあみだくじに線を書き加えたのかもしれません。

改めて責任と自覚を持って生きていかなければならないと気持ちを引き締め、あと1週間となった今年と、新たな一年へのスタートの準備を始めなければなりません。

すべてのことに感謝です。

3泊4日の行程を無事終えて、東京駅のホームで新幹線を待っています。

先週から今週と指導が続き、昨夜はいつもにも増して心身共に疲労困憊で、ベットに横たわった瞬間に眠りにつくはずでした。

ところがどういうわけか目が冴えて、よく眠れませんでした。

あまりにも色々なことがありすぎて、一つことを考えると、別の瞬間のことを考えていたり、まったく整理がつかないのです。

けっして悪い意味ではなく、わくわくする瞬間か多過ぎて、次から次に頭に浮かんでくるのです。

三日間の事は少し時間が経たないと整理できそうもありません。

ただすべての瞬間を通して、今回出会ったすべての人に対して、「感謝」という言葉以外に言葉がありません。

いまだに興奮状態が続いています。

今朝はチェックアウトした後、昨年こちらに住んでいた時に見つけた、糖質制限のパンを作っているパン屋さんを訪ねてきました。

3回ほどしか伺ったことはないのですが、糖尿病のこと糖質制限の食事のこと、色々な話をさせて頂きました。

1年半振りに伺いましたが、お店に入った瞬間。私だと気付いて頂き感激しました。

こちらの奥さんに紹介して頂き、パン焼き器を購入しましたが、箱を開ける前に広島に帰ってしまったこと、その後は大活躍していること、仕事のこと体のこと、ご主人とその後の私のことを気にかけていただいていたことなど、またまた長居をしてお話をさせていただきました。

パンを買いに来ただけの一人のお客に対し、そういう思いを持っていただいていたことを知り、本当に有り難く思いました。

今回の行程は、感謝感謝の連続で、まだまだ書ききれませんが、別の機会にまた書きたいと思います。

時の流れを感じさせられたのは、電車の車窓から見えていた、二十歳の頃住んでいた独身寮の建物がなくなっていたことや、渡辺栄三先生の講習会に通った温故堂の建物が建て替わっていたことです。

頭がまとまりませんが、皆さん本当にありがとうございました。

追記

参加して頂いた方からの感想等は、このブログのコメント欄からお願いします。
メールで頂いたものは、もちろん読みますが、ブログへの転載はしませんのでよろしくお願いします。

伝え続けなければ

先日、個別指導に訪れた高校生のサッカー選手の話です。

通常、個別指導を希望して電話を頂く方は、様々な媒体から私のことを知って、このブログにたどり着き、中身を読んで、もしかしたら自分のお子さんの成長のために、何かプラスになるかもしれないと思って頂くことがきっかけになっていると思います。

そこには残念ながら、子供さん本人の意思は無く、子供のためにという親心だけが先行しています。

以前にも、そういうお電話を頂き、子供さんにとって貴重な休みとなる期間を潰してまでも、わざわざ広島に来ることを、本人の了解もなく決めてしまうことはあってはならないとお話をして、もし本当に本人が私のブログ等を読んで、自分から行きたいと言ってくれるのなら、改めてお電話をいただけますかということにしましたが、その後の電話はありませんでした。

スポーツに限らず、一流大学に入って一流企業に就職するためには、本人の努力はもちろんのこと、保護者の方の協力と支援は欠かせないものだと思います。

少しでも子供のためになれば、私も4人の子供を育ててきた一人の親として、考えないはずはありませんでした。

しかし、それが高校生ともなれば自分の考え方があって当然です、そうは言いながらも、人生経験や情報量の豊富な、親の意見にも耳を傾けるべき時もあると思います。

このブログを、中学生や高校生の現役スポーツ選手がどれくらい読んでいるのかわかりませんが、それほど多いとは思えません。

そうした中で、保護者の方が子供のためにと電話をかけて頂くことは、有難いことだと思います。

これまで、そういう形で私も納得して、この親子のためにしっかり指導してあげようと予約を受け付け、小学生から高校生、また自らの動き作りのトレーニングのために訪れていただいた一般の方を含め、たくさんの方々に指導をさせていただきました。

そうした方々は、すべてとはいきませんが、私のブログを読み、その中のどこかの部分に共鳴し期待を持って来て頂いています。

そう言う意味では指導もしやすく、あれはこういう意味だったのかとか、読んだだけではわからなかったが実際に指導を受けてみると、なるほどそういうことだったのかと納得していただけることもあります。

ところが今回訪れてきたのは、私に対する予備知識が本人には全くないという初めてのパターンでした。

電話をしてきた父親も、聞いてはいませんがおそらく私のブログに関しては、全く読んだことはないと思います。

ではなぜという事ですが、息子の将来に期待する父親が、自分の友人であるJリーグ関係者に相談したところ、それなら一度広島に行って、西本という人間に息子を見てもらってはどうかと勧められたようです。

今回は仲介した人間からは事前の連絡もありませんし、実際に本人と一緒に来たのは父親ではなく、お兄さんでしたので、父親が私に何を期待してここにこさせたのか、それ自体が正直よくわかりませんでした。

事前の経緯はどうあれ、本人が私のことを全く知らないと言われようが、せっかく遠いところからきてくれたのだから、少しでも彼のこれからに役立つことを教えて返そうと、いつものように張り切って動き作りの重要性を伝えていきました。

近い将来Jリーグでプレーする姿が見られるかもしれない選手のようでしたが、私が西本塾で伝え続けているような、体の仕組みや使い方といった基本的な部分など知る由もありません。

高校生として、今現在周りの選手と比較しての相対的な評価で言えば、いわゆる「良い選手」なのでしょうが、そういうレベルの選手は数限りなく存在すると思いますし、毎年毎年増え続けていきます。

そういうハイレベルな争いの中を勝ち抜いていくために必要な要素の一番基本的な部分が、私が提唱している「西本理論」という事になるのです。

その内容は多岐に渡りますが、それなくして本来の意味での技術の向上などあるはずがないのです。

一緒について来てくれたお兄さんは、現在育成年代の指導をされているということで、ついでと言ってはなんですが、私の指導をしっかり見て聞いて、自分の指導に生かしてくださいと、無理やり巻き込んでしまいました。

3時間の指導の後、父親からとにかく行ってこいと言われて、おそらくなんの期待もなくやってきたと思われる彼の表情は大きく変わっていました。

ここに来なければおそらく生涯知ることが出来なかったことを学び、自分の可能性を感じ、大きく広げるきっかけをつかんでくれたと思います。

私の指導を受けた選手は、どんなレベルの選手であっても同じ思いを持ってくれています。

育成年代だから、まだまだ上を目指さなければならないレベルの選手だから必要な知識ではありません。

すでにプロというカテゴリーの中でプレーしている選手たちにこそ、学んでもらわなければならないことなのです。

私が伝えることを、すでに理解して使いこなせている選手は、残念ながらいません。

一度教えたからわかりました、出来ますというほど簡単なものでもありません。

頭で体でしっかり理解し、それを正しく継続する以外に身につけていく方法はありません。

逆に言えば、「動きを作る」という作業にゴールはないのです。


求めれば求めるほど、さらなる高みがあることに気づき、歩みを止めない限りは永遠に成長していくことができるのです。

自分の持ち味はこういう動きができて、こういうプレーが得意で、そういう選手がたくさんいます。

それを評価されてプロになったのだから、その技術を磨いてくのが成長だと思ってしまいます。

しかし、それでは足りないのです。

すぐに同じような特徴を持ち、更に上のレベルの選手が現れた瞬間、自分のポジションは無くなってしまうのです。

本来ならば、そういう選手たちに、私の理論と実践を伝えたい、今もそう思っています。

しかし、今私にはその環境はありません。

だからこそ、どんな経緯であれ、私の前に立った選手に対しては、私自身が悔いを残さないよう真剣に伝えています。

そして指導する立場の方々にもその思いを伝えています。

二人がここを後にして30分くらい経った頃、父親から電話がありました。

「息子はどうでしたか」と、正直その言葉の意味がわかりませんでした。

何のためにここに行かせたのか、紹介されて行けと言われたから、それだけだったとしたら、私が彼に何を伝えたのか想像もつかないでしょう。

おそらくは長年に渡って様々な選手を見てきた私の目から見て、息子のサッカー選手としてのこれから可能性をどれくらい感じたか、どう評価したか、そんなことを聞きたかったのでしょうか。

もしそんなことのために広島に行かせたとしたら、全くの無駄足だったと思います。

一緒に来るのかと思ったら、付き添いを長男に任せ自分はそのあと電話一本で感想を聞こうとする、そんな態度にも、私は真剣さを感じませんでした。

これまで私の指導を受けたいと来て頂いた方々との温度差は、比較になりません、皆さんの真剣さは私の想像を超えた方ばかりでした。

私の知り合いの名前を紹介者として出せば、悪いようにはされないからと言われたのでしょうか。

それにしても本人とお兄さんは、真剣に学んで帰ってくれました。

選手として指導者として、二人にとって大きなインパクトを与えられたと思っています。

もっともっと多くの人に伝えなければならない、改めてそう思いました。

知らないでは済まされません、間違った努力をしていたのでは絶対に自分の定めた目標に届くことはできません。


正しい方向性の努力にはゴールがなく、ずっと成長していくことができるのです。

その方法論を深めていくのが私の仕事です。

今日今考えていることが、自分の中でのベストな「西本理論」です。

決してベターではありません。

しかし、昨日考えていたことと今日考えていることが違っていることは日常茶飯事です。

だからと言って昨日考えていたことが間違っていたとか、ベストではなかったとは思いません。

その瞬間瞬間、精一杯考えた結論です、自信を持って伝えています。

おそらく私のことを正しく評価できる人間はいないと思います。

過去どんなに私の存在が役に立っていたと思ってくれたとしても、それはその時の私のベストを尽くしただけのことです。

私を評価し、必要としてくれた人間にも、今の私の考えていることはわからないと思います。

あの時にはあの場所でベストを尽くそうとしていましたが、今ははるかにあの時の自分を超えています。

「西本という人間は、こんなことを考えていてこんなことができる人間だ」、それはあくまでもその瞬間、その相手に対して発揮した私の能力の一部です。

人に指導する仕事を1年と少し続けてきて、自分にはもっと違う能力がある、もっと高みを目指すことができる、そう思うようになりました。

それをどういう形で発揮していくか、生きていく中で一番大切な環境という問題、それが与えられないと嘆いていても何も始まりません。

少しずつでも自分の力で切り開いていくしかないと思います。

週末は東京に行きます、千葉と埼玉で仕事をして帰ってきます。

その瞬間のベストを尽くせるようしっかり準備しております。

受講予定の皆さん期待してお待ちください。

皆さんと過ごせる貴重な時間を、私自身が一番楽しみにしています。

追伸
お正月休みを利用して、私のところへ指導を受けにと思っていただいている方があるかもしれません。
年末は30日から休みにします。
28日、日曜日も、もしご希望があれば予約を受けます。
30日もどうしてもと言われれば考えます。
年明けは、通常ですと6日の火曜日からですが、こちらもどうしてもと言われれば、5日の月曜日は予約を受け付けます、お早めにご連絡ください。

続けてみて感じること

昨日一昨日の二日間、9回目を数えて西本塾を無事終えることが出来ました。

初めて参加してくださった8名と、どうしてもという複数回参加のお二人を含め、10名のみなさんと真剣に向き合う二日間でした。

スポーツライターの木崎さんの手による、numberwebに掲載された私の選手の動き分析の記事や、私の著書、そしてこのブログを通じて私という人間の存在を知り、私の考え方や行っていることを直接見たい体験したいという方々を対象に、この西本塾を始めてもう丸一年になりました。

途中色々思う所もありましたが、前もって予告したとおり今回まで開催することが出来ました。

回を重ねるごとに私自身にも変化が生まれ、同じ内容を伝えていますが毎回少しずつ変化を感じています。

もちろん参加してくださる方々は、原則初めての方々ですが、どんな方が来られても対応できる心の準備はできるようになりました。

その分、自分の思いを真剣にお伝えするに相応しい方に参加してほしいと、申し込み時に送られてくる参加動機が書かれた文書の内容に、納得がいかない場合はお断りすることもありました。

それぞれ私に対して何を求めてわざわざ広島まで来ていただくのか、それに対して何を伝えればいいのか、毎回毎回本当に真剣勝負という言葉がぴったりでした。

一度きりで、その後は何の音さたもない方から、何度も広島を訪れていただいたり、コメントを通して近況を伝えていただける方まで、色々な形で交流が続いている方もあります。

何回目からかは、終了後の感想も無理にお願いすることなく、本当にこのブログを読んでいただいている皆さんに、伝えたいことがある方に、コメント欄に言葉を送ってほしいとお願いしています。

私や家内に対する謝意は、終了時に十分頂いていますからと。

今回もすでに3名の方からコメントをいただいています、内容はコメント欄をご覧ください。

参加者からの感想は異口同音に、自分がこれまで正しいと思ってやってきたことが根底から崩されただとか、自分の知らないことばかりだったなどという意見が大半でした。

こうして一年以上もそのことを書き続けても、「自分の目で見るまでは自分で体験するまでは、本当に信じることはできない、ここにきて体験して初めて分かった、ここに来なければおそらくは一生この事実を知らないままで終わっていたかもしれない」と言われてしまうことに、これまでの経験や知識、既成概念を打ち崩すことがどれほど大変なことか、改めて感じさせられます。

だからこそ実際に参加していただいた方には、現実的に参加することは困難であるが、西本理論に興味を持った方々に対して、その方なりの感性で、私の言っていることややっていることを伝えてほしいと思うのです。

ここに来なくても、ここに書いてあることは真実で、ある意味特別なことではなかったということを伝えてほしいのです。

100人近い方に私の考え方を伝え、そのほとんどの方が「目からうろこ」とか、「自分の学んできたことやってきたことは一体なんだったんだ」という、感想を寄せていただいたにもかかわらず、未だに毎回同じことを言われ続けていることに、少しむなしささえ感じています。

まだまだ力が足りないのでしょうね、あえて神という言葉を使うなら、神は我々人間にたくさんの能力を授けて地上での生活を許してくれました。

せっかくの能力を自ら封印して、無駄に力の入った体の使い方をしている人たちのなんと多いことか。

私はそういう人に対して、与えられた能力を効率よく使えるように準備しましょう、と提案しているだけなのです。

今回来ていただいた10名にも、それはきちんと伝わったと思っています。

丸二日間とは言いながら、時間はどんどん過ぎていきました。

寄せられる感想にも来て良かったと言っていただける内容が多いと自負しています。

それだけに文字だけで伝えることの難しさも感じてしまいます。

私が直接指導出来たら、そう思う選手やチームもたくさんありまあす。

それが出来ないのなら、私に代わって私の思いをぶつけてくれる仲間を増やさなければなりません。

これから私が何をしなければならないのか、はっきりしてきたという思いと、また何か新しい分かれ道が用意されているのではという期待感の中で、週末は千葉で行われる深める会のために上京します。

昨日の疲れがどっと出ていますが、今回はできるだけ早く頭と体をリセットしておかなければなりません。

続けてこなければ分からなかったこと、続けてきたからこそ見えてきたもの、もしかしたらこれまでの人生で一番深みのある一年になりそうな気がしています。

体の仕組みに沿ったトレーニング再考

毎日寒い日が続いています。
紅葉を楽しむ間もなく、真冬の寒さがやってきてしまいました。

昨日は休みを利用して、ちょうど100回目の献血に行ってきました。
1回の受付で手続きをしている時、大きなリュックを背負った外国人旅行者が入ってきて、受付の方との会話が始まりました。

私も遠征先で献血したことがありましたが、さすがに海外での経験はありません。

気になって会話を聞いていると、噛み合っていないというか、受付の方は当然献血に立ち寄ってくれたという前提で、どこから来たかとかどこを回ってきたかなど海外渡航歴を聞いているのですが、聞いていてどうも違うなと思ったら、彼らは病院と間違えているようでした。

入り口には大きく赤十字のマークがありますから、そう思っても仕方がないかもしれません。

私がそれに気付くのと同じくらいのタイミングで、受付の方も事態が飲み込めたようで、病院の案内をされていましたが、もう少しで片言の英語で会話に参加しそうになるところでした。

それにしても、四季折々の風情を楽しめるはずの日本の気候はどこに行ってしまったのでしょう。

日本はどこへ行ってしまうのでしょうという意味では、今回の衆議院選挙、いったい日本はどうなっていくのでしょう。

一部の政治屋を生業にしている人間たちが、経済発展という聞こえのいい掛け声で、ほんの一握りの大企業の為に行う政治を、このまま容認するのでしょうか。

政治と宗教の話はタブー視されがちですが、私はあえて声を大にして言いたいと思います、真剣に考える時期にきているのではないかと。

私と家内は、週末に西本塾を行うため、昨日期日前投票を済ませてきました。

それにしても選択肢が少ないというか、当選するしないは別として、私も街頭で今の政治の現状に対する不満を言ってみたいと思ってしまいます。

うまく話をつないでいるようですが、トレーニングにおいても同じようなことが言えます。

「寄らば大樹の陰」ではありませんが、みんながそう言っているから、有名な選手が行っているから、アメリカの最新のトレーニング理論だからと、私が一番嫌う物の言い方で、世間はそちらになびいてしまい、それで満足してしまっているところがあります。

有名になっている人間やその理論には、その中身以上になるべくしてなっている理由があります。

スポーツ選手がそちらを向くように仕向けることができれば、一般の方は黙っていても付いて来てくれますし、商売になると思えば、各媒体も放っておくはずがありません、加速度的にその知名度は上がっていき、正しいことだと認知されていきます。

それが人間の本来持っている機能を向上させるに足りる十分なものであれば、もうそれ以上新しいものは必要ないわけで、「これが真理です」と胸を張っていればいいのですが、人間というのは飽きやすいというか長続きしないというか、新しい物好きで、そこにつけ込んでどんどん新しい手法を用意することで、新たな顧客を開拓できるという、これはもう資本主義の経済成長戦略と全く同じパターンとなります。

しかし人間の体は消費材ではありません。

人間として与えられた能力は平等で、あとはそれをどう使うかという選択も自由です。

そのために必要なことは、自分の体がどういう仕組みで動いているのかという、根本的な問題に目を向けることです。

それをしないから目先のことが気になって根っこを掘る努力をしようとしないのです。


私の主張している「体作りから動き作りへ」という命題は、この体の仕組みを理解し、本来人間はどうやって体を動かすことが、効率的で体に優しい動かし方なのかを探し続けることを目的としています。

そのために幾つかのキーワードがありますが、その一つが関節を伸ばすために働いてくれる「伸筋」を動かすことです。

一般的に言われる筋肉のイメージは、体の前側に位置する大胸筋や腹筋群などの、関節を曲げる時に使われる「屈筋」 だと思います。

人間は向き合って話をしますから、体の前側にある筋肉が発達していたほうが、たしかに見た目は良いでしょう。

しかしその筋肉がどういう役割を持っているかを考えたことがあるでしょうか。

自然界の動物たちは、天敵となる他の動物たちから身を守るために、瞬発力が要求されます。

攻める方も同じです、一瞬で獲物を仕留めなければ、自分たちが生きていくことができなくなります。

まさに食うか食われるかの命がけの動きが要求されます。

そこで活躍するのが瞬間的な力を発揮する屈筋です。

屈筋は瞬間的な力は発揮してくれますが、持久力はありません、ですから攻めるも守るも短期決戦ということになります。

言い換えれば緊急事態にのみ、その本来の働きを全うしてくれる筋肉と言えます。

では我々人間にはそういう緊急事態は想定されているでしょうか。

少なくとも日常生活の中では、まったく考えられません、危険ドラックを吸引した人間が運転する車が突っ込んでくるとか、刃物で切りつけてくる、などという事態は、緊急事態を超えた異常事態です。

こんなことまで想定されて人間の体は作られていません。

しかし、スポーツが競技として行われるようになってから、ある意味事態は一変しました。

同じ人間として競うわけですが、相手よりも高い能力を身につけ、それを発揮することが要求されてきました。

その一つの手段として考えられたのが、スポーツとはいえ戦うことを前提に緊急事態に対応する筋肉、つまり屈筋を鍛えるという方向性が生まれたのだと思います。

しかし屈筋はあくまでも緊急事態に対応するためのものですから、その能力には限界があります。

限界を越えようと努力すればするほど、本来の体の仕組みからは外れ、体は悲鳴をあげそして壊れていきます。

こうした現実に目を背け、まだまだ鍛え方が足りないと歯を食いしばり続けても、思ったような結果は得られません。

多くのアスリートがこの間違った道を進み、そして消えていきます。

動き作りのトレーニングとは、一言で言ってしまえば「屈筋を使うことをやめ、伸筋に任せてしまう動かし方を身につける」ということになるでしょうか。

屈筋は、「今使うぞ頑張ってくれ」と強く意識しなければ働いてくれません。

日本人好みの、笑顔などもってのほか、歯を食いしばり目を釣り上げてこそ発揮される筋力です。

それに比べ伸筋は、強く意識してしまうと本来の働きをまっとうできません、これが「頑張らずして頑張ってくれる」という伸筋の性質なのです。

言葉で言うのは簡単ですが、これを体得させるためのトレーニングは理論的な説明はもちろんのこと、実際に屈筋よりも伸筋のほうが、大きな筋力を発揮してくれることや持久力があることをまずは事実として受け入れてもらわなければ話が始まりません。

そこをベースに伸筋に働きかけるトレーニングを続けていけば、動きは必ず変わっていきます。

ではコンタクトスポーツにおける緊急事態に対応する前側の屈筋は鍛えなくてもいいのかという問題になります。

人間の体は痛みに対しても、動かすというポイントに対しても、複数箇所を同時に認識することができません。

動き作りを目的として、背中側の筋肉に対してトレーニングをおこない、その負荷が上がっていけば同時に前側の筋肉に対しても、十分な刺激は届いているのです。

例えばベンチプレスという種目を行う際、胸ではなく背中のトレーニングだと強く意識して行えば、背中側の伸筋に対しては動き作りのトレーニングとして有効な刺激となり、二次的には前側の筋肉に対しても十分な刺激が届いているため、必要な肥大は起こって当たり前なのです。

それを前側を鍛えるトレーニングだと思って強く意識してしまうと、屈筋のトレーニングになってしまい、二次的な刺激が届くはずの背中側の伸筋には、本来の目的である動き作りの意識は届けることができないということになってしまうのです。

私一人の力では限りがあることは十分承知しています。

西本塾で一緒に学んでくださる皆さんの力を借りて、延々と間違った方向の努力を続け、結果を残せないでいる多くの選手たちの中から、一人でも多くの選手に気づきを与え、夢に近づくためのお手伝いをしていきたいと思っています。

週末には10名の方に参加していただいて西本塾を行います。

文字で書かれたこと、またすでに参加された方々が体験したことを、ぜひ頭と体で理解して帰っていただきたいと思います。

しっかり準備してお待ちしています。

シーズンオフという考え方

昨日から広島にも本格的な冬がやってきました。
北側に見える山並みの上にも、いかにも寒そうなというか雪を降らせそうな雲が見えています。

昨日は定期的に受けている血液検査の結果を聞きに行き、受付の方の対応に一瞬ドキッとさせられましたが、大きな変化はなくとりあえず穏やかな気持ちで年末年始を過ごせそうです。

ただ今日の夕方にもう一つの大きな検査の結果を聞くことになっていて、こちらも万が一ということがあるかもしれないので、今日1日なんとなく落ち着かない精神状態が続きそうです。

20年前、サンフレッチェ広島で仕事をしていた1年目のシーズンオフ、その年には活躍の場がなく、来シーズンの飛躍を期して、休日返上でトレーニングをしたいという若手の選手と一緒に、練習場近くの山を走り回っていたことを懐かしく思い出します。

彼らにはそれこそオフシーズンという言葉はありませんでした。

主力選手が休んでいる今こそ努力して、少しでも近づき追い越したいという気持ちが、私を誘い毎日のようにトレーニングに駆り立てていたのでしょう。

そういう次代を担う選手の突き上げが、主力選手の緊張感を生み、リーグ発足2年目の前期を優勝という最高の結果で飾れたのだと思っています。

おかげで私の休日はオフシーズンにもほとんどありませんでしたが、新しい組織新しい仕事にまっすぐに立ち向かっていたあの頃は、とても充実していたように思います。

さてウインタースポーツはこれからがシーズン本番ですが、屋外の競技はいわゆるシーズンオフという期間に入ります。

「期分け」という考え方があって、シーズンの導入期からプレシーズン、そこからシーズンを迎えシーズン中のコンディショニング、そしてシーズンオフの過ごし方と、それはもう微に入り細に入り手取り足取りの指導がなされ、それが絶対に必要なことで正しいことだと誰もが思わされているように思います。

もちろん一年中気持ちを集中させ、心休まる暇がないというところまで要求しているわけではありませんが、選手たちの考え方の中に、少し違和感を感じている部分があります。

それは「切り替えて」という言葉に象徴されています。

「失敗してもすぐに切り替えて次に向かっていこう」、聞こえはいいのですが、そこにはその失敗から得られる教訓もなく反省さえ感じられません、その場限りの傷の舐め合いにしか聞こえないことが多いように思います。

私はそういうシーンでは声を荒げ叱責し、その上で反省し改善点を見つけ話し合って乗り越えていくという手法でやってきました。

馴れ合いは許さないと。

またオンとオフの切り替えという言葉も良く聞かれます。

ユニフォームを脱いだらスポーツ選手とはいえ一般の社会人としての生活があると言いたいのでしょうが、そんなことは誰に言われなくても当たり前のことで、どこでどんな格好をしていても、スポーツ選手であることの緊張感を持って生活することこそ、本来の意味での切り替えであって、私服の時は何をしてもいいと勘違いをしている選手までいるように思います。

今日はシーズンオフという時期の考え方がテーマですが、特にスポーツを職業としている選手たちにとって、一般的に言われている休息を意味するオフシーズンという概念はあってはならないと思います。

どんな競技であっても、現役選手として活躍できる期間は、人生の中でもわずかな期間です。

中日ドラゴンズの山本昌投手のように50歳になっても厳しいプロ野球の世界で現役を続けられる選手も稀にはいますが、その努力たるや我々の想像をはるかに超えるものだと思います。

「休むときは休まなきゃ、羽目をはずすときがあるのは当たり前」、そんな声が聞こえてきそうですが、私の知る元プロ野球選手は、引退まで夜の誘いは極力断り、どうしても参加しなければならないときは一次会で必ず帰ると決めていたそうです。

指導者となった今も、現役時代と全く変わらない体型を維持していて、こういう人間に指導を受ける選手は、言葉どおり身が引き締まる思いだと思います。

自己管理ができない人間が、他者を管理できるはずはありませんから。

それが徹底されれば、誘う方もわきまえてくれるようになり、結果として選手生命を全うできたのだと思います。

少し活躍すると誘いが多くなりますが、活躍しなければすぐに離れていくのもそういう人たちです、本気で自分の体をいたわり、また心配してくれる後援者なら付き合いにも節度があると思います。

そうやって消えて行く選手のなんと多いことか、もっと自分を大切にしなければならないと思います。

シーズンを終え様々な課題が浮き彫りとなってくるのもこの時期です。

緊張感から解き放たれ、目の前から結果を求められることがない環境が、ほんの短い期間与えられるのもこの時期だけです。

ここで何をするかが選手としての成長を決めると言っても過言ではありません。

自分の何が良かったのか、何が足らなかったのか、きちんと分析し改善の努力ができるのは今しかありません。

先日もある若手の女子プロゴルファーと話をした時に出てきた内容は、ツアーで活躍するプロが見てもらっているトレーナーのところに行ったとか、今はやりのトレーニングを指導するトレーナーのところへ行ったとか、目的が何なのかではなく、誰かがやっているからというところからしか話が始まらないのです。

同じ女子プロだから、結果を出している人がやっているからでは、自分のためになるはずがありません。

自分にとって必要な能は何なのか、それを獲得するとか伸ばすためには何が必要なのか、そのためにはどんなトレーニングが必要で、それを指導してもらうためにはどこの誰に指導を受ければいいのか、真剣に考えアンテナを張り巡らせておけば、またネットなどを通じて情報収集しておけば、自分にとって有益な指導者は必ず見つけられると思います。

私とその女子プロを引き合わせた方は長くお付き合いをしている方で、私のことをよく知っていますから、彼女が私との会話で響くものがなければ、お互いにそういう関係にはならないことは承知の上でした。

おそらく私の指導を受けようという気持ちにはならないと思いますが、それはそれだけのことで何の問題もありません。

問題意識を共有し、選手の能力を引き出してあげようという気持ちにならなければ、指導などできるはずがありませんから。

故障がちだった選手たちからはおきまりのフレーズが聞こえるようになりました、「シーズンを通して活躍できるための肉体改造を行う」と。

このブログを読んでいただいているみなさんに、この言葉が全く的を得ていないことは理解していただいていると思いますが、いまだにこの言葉はオフシーズンの慣用句とでも呼べるような使われ方をしています。

私の提唱する「動きづくりのトレーニング」には、シーズンオフという概念はありません。

特に股関節や肩甲骨の動きは、油断するとほんの数週間で動きを忘れてしまうこともあります。

忘れられては大変ですが、動きを作るという概念には、もうこれでいいというゴールがありませんので、常に体との対話を繰り返しながら、自分の体の動きを確認しておかなければなりません。

9年間一緒に戦った、あの佐々岡投手にして、たった数週間トレーニングを離れ、久しぶりにキャッチボールを再開するというとき、自分の体がどういう風に動いていたのかわからないという事態が、実際に起こるのです。

日南で行われるキャンプの前半に、マスコミの目を避け無人のグランドでキャッチボールの指導をしたことさえありました。

当たり前のことだと思っていても、あのレベルの選手にしてそういうことが起こるのです。

それを若手のまだまだ成長過程の選手たちから、オフシーズンの過ごし方を、パワーアップだ肉体改造だという言葉を聞くと、そうやって失敗していった選手の反省は届いていないのかと残念に思います。

今日今やっていることが、そのままシーズンにつながっていきます。

切り替えも大事かもしれませんが、自分の体としっかり向き合い真剣に「動きづくり」に取り組むことこそ、自分の能力を余すところなく発揮できるようになる唯一の手段であること に、そろそろ気づいてもいいのではないでしょうか。

私の指導はある意味とても厳しいかもしれませんが、健康維持増進などが目的の、一般の方に対してであっても、きちんと説明し言うべきことは言っています。

それがプロの選手であれば、厳しいのは当たり前です。

何を言われても自分のために言われている言葉だとかみしめて、実際にやるわけではありませんが、踏まれても蹴られても食らいついて指導を受けてくれる覚悟を持った選手はいないでしょうか。

来年の今頃、もうトレーニングが必要ではなくなる立場にならないために、今しかできないことをしっかり頑張って欲しいと思います。

プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください
尚、深める会も12月10日に予定しています。

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