3日間の指導を終えて

昨夜3日間の指導を終え、自宅に帰ってきました。

今朝目が覚めた瞬間思ったことは、「今日はもうグランドに行かないんだ」という現実でした。

たかが3日間の指導とはいえ、今回のことが決まってから、気持ちは常に行ったこともない「カマタマーレ讃岐」の練習グランドにあり、会ったこともない選手たちのことばかり考えていました。

今回指導させていただく機会をいただいたのは、サンフレッチェ広島に在籍していた時から親交のある上村健一君が、チームのヘッドコーチをしていることで、少しでも彼の手助けが出来ればという気持ちからでした。

広島に戻ってからの1年半の間に、私の中に大きな変化がありました、このブログを始めたこともその一つです。

自分はあくまでも大きなくくりで言えば一トレーナであり、それも自分の腕と感覚を何よりも重視する、職人的な考え方を持つ人間でしたので、自分の積み上げてきた経験や、その間に培われた知識や理論ともいうべきものが、そう簡単に他人に理解されるはずはなく、またそれを学びたいと言われても、とても伝えられるものではないと思っていました。

私にできることは、目の前にいる選手の能力をどうやって向上させるか、一言で言えば人間本来の能力である「体の動き」をどうやって改善させるか、その一点だと思ってきました。

その中には、体の痛みや不調を訴える選手に対し、それを取り除いてあげることはもちろんですが、どうして痛みを感じているのか、どうすれば痛みを克服し正しい動きを取り戻せるかということも含まれます。

私に言わせれば、慢性的な痛みも、急性外傷による痛みも、その機序は違っても器質的に改善された後に残る痛みに対してのアプローチはまったく同じだと考えています。

これまでも私はこの考え方をベースに、どんな相手に対しても結果を残し続けてきたと自負しています。

それが初めて結果を残せないまま、期待された仕事を全うできずに離れてしまったことを、自分の中でどう整理していけばよいのか、自問自答の日々が続いたように思います。

誰が悪い何が悪いと、責任を自分以外に求めることは簡単ですが、出来上がった環境や個人の考え方を、そう簡単に変えることなどできるはずがありません。

もしかしたら私はそこで既につまずいていたのかもしれません。

私自身が自分を変えることなどできないと思っている典型のような人間ですが、目的に対して進んで行こうとした時に、良い意味でですが、変えられるのは自分しかないと感じました。

けっして自分を殺してとか、我慢をしてということではなく、上手く言えませんが臨機応変というのでしょうか、自分の物差しだけで相手を判断するのではなく、まずは相手を尊重する姿勢が私には一番欠けている部分だと思います。

そうは言いながら最低限の礼儀というか、常識というものはあると思うのですが、その部分の考え方が、すでに大きな障壁になっていることも間違いのないことでした。

そんなこんなで、2年前にベストだと思って持ち込んだノウハウを超える指導方法や考え方、そしてその伝え方を少しでも進化させなければ、あの数か月間が私にとってただの悔しいだけの時間になってしまうと思いました。

ですから、もっと良い指導が出来る人間になって、もしまたチャンスがあった時、今度こそ本当の意味で私の能力を発揮できるようにしておくことが、あの時間を無駄にしない、唯一の方法だと思ってきました。

その気持ちがこのブログに込められ、現実に西本塾や個人指導という形で、小学生から現役のプロ選手まで、様々な立場の方に対して自信を持って指導できるようになりました。

そういう日常が続く中、頭に浮かんでくるのは、「チームとして高いレベルの選手たちを指導してみたい、今なら絶対に選手個人またチーム力の向上に役立つ指導が出来る」、そんな思いでした。

しかし現実には、私にはその環境は与えられておらず、せっかく蓄えたノウハウをアウトプットできる対象があるならと、旧知の上村コーチにその思いを伝えていました。

現実的にはJ2に昇格して2シーズン目で、色々な意味で余裕のない状態のチームですから、今回の指導はほぼボランティアとしての指導という条件でした。

しかし、プロのチームで、しかも貴重な練習時間の中で、3日間の午前中の指導内容を、私に任せていただけるという条件でしたので、一も二もなく承諾しました。

お会いしたことはありませんでしたが、そういう環境を与えていただいたカマタマーレ讃岐の北野監督には本当に感謝しています。

さてその3日間の内容ですが、初日はまず、私が3日間指導する内容が、プロのサッカー選手である彼らにとって、どれほど有益なものであるかということを理解してもらうことから始めました。

限られた時間の中で、大急ぎの説明になりましたが、基本的な体の仕組みや動かし方を、教科書的な解剖学ではなく、私の経験の中で生まれた実戦的な内容で説明し、それをベースにしてことを進めていけば、たったの3日間であっても、選手一人一人の能力は間違いなく向上させることが出来る、その集合体であるチーム力が向上しない訳がないと力説しました。

最初は、にわかには信じられないという顔をしていた選手たちでしたが、少しずつ表情が変わり、とにかく私の指導を受け入れてみよう、もしかしたら自分も上手くなれるのかもしれない、という顔をしてくれる選手も出てきました。

この辺りの話の持って行き方というか話術は、西本塾で積み上げてきた私の得意分野です。

屈筋に頼る動きこそが、体を痛め故障の原因となること、伸筋は筋力も持久力も屈筋に勝り、本来ののびやかな体の動きを作り出してくれることなど、最低限のことは伝えられたと思います。

3日間を通して実際の動きの中で一番伝えたかったことは、無駄に頑張って疲れてしまうことなく、90分間動き続けるためにはどうすればいいかということでした。

90分間走り続けるではなく「動き続ける」というところが最も重要なキーワードとなりました。

サッカーは走ることが目的ではありません、体を移動させながら、周囲の状況を判断する能力、移動していくときのスピードはもちろん、目的とする方向が一瞬にして変わったり、その途中に相手の体があったりもします。

そして何より一番の目的は、体を移動させながらボールを扱うことこそが、サッカー選手としての本来の目的のはずです。

にもかかわらず、陸上競技の選手のような、たんに走るということを目的としたトレーニングによって、90分間走りきれる体力を養う、という発想に陥っているように思います。

目的をはき違えたトレーニングは、私に言わせればまったくナンセンスと言わざるを得ません。

ならばどうすればいいのかということの答えが、私の指導するトレーニングにあるのです。

「動きを作る」、体を動かすという行為に対して効率的で、最終的にボールを扱うという目的に合致した、疲れにくい動き方を体に覚えこませる、これが私が伝えたいことの本質です。

練習を見学しに来ていただいて、熱心にメモを取っていただいている方もありましたが、その目的を達するために、まずは基本である歩くという体の動きから、走りに移行し、スピードの上げ下げ、そしてアイドリング状態からの急加速、急停止、ここでいう停止は静止ではなくアイドリング状態に戻るという意味ですが、まずは前に向かって移動することを学んでもらいます。

二日目は、障害物を並べたコースを設定し、このコースはどういう意識で体を使ってほしいのかを説明しながら動きを作っていきます。

スラローム走では、外側の足ではなく、ターンに対して内側の足の小指側に体を倒すと、地面に対してブレーキにならず、体重移動ではなく重心の移動で、スムーズにスピードを殺さずに駆け抜けて行けることなど、一つ一つの動きをきちんと説明してから行ってもらいました。

人数が多いですが、私の目はほぼ全員の動きをとらえられていたと思います。

みんな真剣に取り組んでくれ、あちこちで「これ速いわ」とか、「楽に走れるぞ」などという声が聞こえていました。

初日は午後から30分4本の練習マッチが行われましたが、その際も、ゲームを終えて出てきた選手から、「ボールに絡んでいる時にはまだ意識する余裕はなかったけど、攻め込んだ後相手のゴールキックになって、自分のポジションに急いで戻った時、今までだったら息が上がってすぐにプレーに集中できなかったのが、全然しんどくなくて、すぐにボールに反応できました、午前中に教えてもらったことってこういうことですよね」と、笑顔で話かけてくれる選手がいたり、ピッチの外で一緒にゲームを見ている選手からは、「今のディフェンスの姿勢、骨盤が寝てたから一歩目が出ないんですよね」とか、「今あいつ、すごい意識して背中で走ってましたね」などと、聞いていてこちらが嬉しくなるような言葉がどんどん出てきました。

座学も含め午前中たったの1時間半の指導で、これだけの反応があれば、3日間が終了した時には、間違いなくこのチームは変わる、その時点で私は確信しました。

2日目も、午前中の練習が終了した後、3日目に予定していた内容を先取りするような質問が出て、これは後方へ下がる時のディフェンスの体のさばき方と足の動きの練習ですが、明日やるからでは済まさず、その場でその選手と私のマッチアップで動きを確認しあえたことで、3日目の指導内容に深みが出る結果となりました。

そして最終日、あいにくの天候で、室内での講義を終えて外に出た時には雪が積もっているのではと心配しましたが、逆に雨も上がり絶好の条件になってくれたので、予定通りの内容で3日間を締めくくることが出来ました。

3日目のテーマはジャンプ動作における広背筋の伸展動作の意識と、後方へのステップ動作における上半身と下半身を割って使う意識でした、これでサッカーのピッチの中で必要な動作はすべて網羅できたと思います。

監督も天候の好転に欲が出たのか、練習前に決めた内容を変更し、ゲーム形式の練習を追加してくれたので、私にとっても選手の動きを最終確認できる、絶好の状況になりました。

たったの3日間でしたが、初日の午後に行われたゲームの動きとは明らかに違う選手の動きが随所に見られました。

寒さの中、震えながら見ていましたが、私の中では充実感でいっぱいでした。

居残りのシュート練習が行われている時、ダウンのジョグを行っていたブラジル人選手が駆け寄ってきて、まずは3日間のお礼を丁寧に言ってくれ(彼は普通に日本語が話せました)、続けて「自分はチームの中で一番スプリント力があるが(足が速いそうです)スタートで力んで、3歩目以降にならないと加速していかなかったのが、指導を受けて、ものすごくスムーズに動き出せるようになりました、今日のゲームでも届かないと思ったボールに足が届いたり、相手よりも早く動き出せることがあったりと、自分でもびっくりしました」と、嬉しそうに話をしてくれるのです。

そしてフライングバックトレーニングに関しては、フォームの再確認と動かし方の意識や、トレーニングを行う負荷や頻度など、細かいところまで質問してくれました。

日本語が話せるとはいえ、これほど真剣に話を聞いてくれていたのかと、こちらの方が感謝の気持ちでいっぱいになりました。

他にもそういう選手がたくさんいて、こんなチームだったら本気で教えてみたい、そう思わずにはいられませんでした。

午後は施設の関係で10人限定の指導となりましたが、器具を使って私の指導した動きができやすくなるためのトレーニングを指導させてもらいました。

それはもう一人一人が真剣で、あと数時間で高松を離れてしまうのがもったいないというか残念というか、心がホンワカして外の寒さも忘れさせてくれるほどでした。

また、午前中の指導とは別に、故障で別メニュー調整中の我那覇選手の指導を依頼されました。

彼はフロンターレにも在籍して活躍し、いまでもフロンターレサポーターに愛され続けていることを聞いていて、会ったら一番に話をしたいと思っていましたが、3日間じっくり色々な話が出来ました。

人間の痛みに対する感覚は本当に個人差が大きく、基本的には痛みは悪いものなくなって欲しいものと考えることは当然です。

しかしスポーツ選手である以上、我々一般人とは異なる環境での体の使い方要求されていることも仕方のない事実です。

痛いから動けない、痛いから動かさない、それだけを基準にしていてはいつまでたっても先が見えてこないのです。

まずは体の仕組みをしっかり学んで、どうして今の状況になったのか、逆に言えばどうすればこうならなかったのか、そうはいっても今現在こうなってしまったとき、今何をすべきなのか、そういうことから色々な話を彼にしました。

いつになったら痛みが取れるのだろう、いつになったらボールが蹴れて、サッカーが出来るようになるのだろう、不安ばかりの日々を過ごしていたようです。

痛いから動かさないではなく、動かせる動作を増やしていく、痛い所に負担が来ない動きはたくさんあるのです、痛い所を動かそうと思わなくても、他のところを動かすことで、連動が伝わり痛い所も参加してくれるようになるのです。

その結果として、身体というものが全体として機能していくようになるのです。

3日間だけでは、そのヒントを与えてきたにすぎないかもしれませんが、彼はそれらをしっかり整理し、近いうちに必ず這い上がっていくと思います。

短い付き合いでしたが、彼はそれが出来る強いハートを持っていると確信しました。

さらにはトップチームから下部組織のコーチたちが、選手以上に真剣に学んでくれたことが今回何よりも嬉しかったです。

育成年代を指導する若い指導者こそ、私の考えを知っておいて欲しいと思います。

様々な質問を投げかけてくれ、真剣な会話が続きました。

誰一人他人事のような顔をせず、他のコーチの質問でも、我がことのように耳を傾け、自分の順番を待つ姿は今まで見たこともない光景でした。

トップチームのコーチも、どんな小さなことでも納得するまで質問してくれ、私の指導を自分のものにしようとする姿勢は、まだ歩き出したばかりの未成熟な組織であることが、それぞれの向上心の源となり、自分の立場や何かを守るのではなく、どんどん積極的に成長できる環境が、讃岐にはあるのだと感じました。

一人一人のお別れの挨拶も、儀礼的なものはまったく無く、私に出会えた幸運に感謝し、教わったことをしっかり伝えていきますと、みんなが熱く語ってくれました。

私が求めていたのはこういう環境です、経営的には難しいのでしょうが、完成されたビッククラブよりも未成熟な環境の方が、動き作り職人としての腕を思う存分発揮できるような気がしました。

「教えることは教わること」、この3日間で私の方が色々なことを学んできたように思います。

カマタマーレ讃岐の選手・スタッフのみなさん、そしてサポーターのみなさん、3日間という短い期間でしたが、私のような人間を温かく受け入れていただき、本当にありがとうございました。

今、自分が広島で、こうしてパソコンに向かっていることを、とても寂しく思います。

今シーズンの「カマタマーレ讃岐」の活躍を、心から祈っています。

追記
今月行う西本塾は、定員の10名まで、あと3名となっています、検討中の方は早めに申し込んでください。
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動き作り、西本理論の根幹

昨夜行われたアジアカップの準々決勝、日本対UAE戦をテレビ観戦しました。

日本は中2日、対するUAEは中3日というタイトなスケジュールの中で行われ、気象条件も高温多湿で、選手にとっては厳しい条件が揃っていました。

しかしこれらは事前の情報として把握できていたことですし、1日の休養の差こそあれ、お互いに同じ条件でピッチに立っているわけですから、それを敗戦の理由にするわけには行きません。

データを見ると、ボール支配率は68.1%、シュート数は35本(UAE3本)、枠内シュート8本(3本)、コーナー18本(0)、クロス54本(4)、パス本数799(396)と、どれを見てもこれで120分間戦って1対1のゲームだったことが信じられないような数字が並んでいます。

サッカーではよくあることなのかもしれませんが、数字というのは残酷なものですね。

もう遠い昔の話のように感じますが、一昨年のシーズン開幕当初から、似たような数字が残る試合を何試合か経験しました。

内容ではけっして負けていないのに、試合の結果は出ないという事実に、私自身考えることも多かったと思いますが、トレーニングコーチとして、自分が目指しているところは間違ってはいない、という信念だけは持ち続けることができました。

私の仕事は、「選手の動き作り」という言葉に集約されますが、今の日本代表を見ていると、まさにその部分を真剣に考えているのだろうかという疑念が湧いてきます。

状況は同じような数字に見えても、私が目指していた選手の動き作りの過程にあって、そういう結果が続いていたチームと、今に始まったことではありませんが、日本代表の選手たちの動きは、まったく異質なものに見えてしまいます。

何度も書いてきましたが、私はサッカーの経験はありませんし、ほかのスポーツに比べて特に好きかと言われれば、未だにそれほどの思い入れもありません。

ではなぜ今、これほど真剣にサッカー選手の動き作りに関して、考え指導するようになったのか、改めて考えてみました。

もう3年前のことになりますが、その頃指導していた社会人野球チームの仕事をその年限りで辞めさせてもらい、自分で運営していた小さな施設で、一般の方を対象にした仕事だけにしていこうと決めていた頃に、旧友である川崎の監督になっていた風間八宏君から仕事を手伝って欲しいという話が舞い込んできました。

50歳を過ぎ、良いことも悪いこともたくさん経験させてもらい、もう勝負の世界は自分にとって厳しいかなと思っていた私には、せっかくの誘いでしたが二つ返事で引き受けることはできませんでした。

二の足を踏む理由は、私は特に勝負事に関しては完全主義者で、もし自分の中に、こうすればもっと良くなるかもしれない、勝つためにはこうしなければならないというアイデアが浮かんだとき、それを実行に移せない環境ではストレスが溜まるばかりで、正直続けていくモチベーションを保てないというのが一番の理由でした。

もちろんどんな環境であっても、自分の意見がすべて通るなどということは不可能でしょう、ただ本当にその組織の目的が「勝利」という言葉の元に行われているのなら、それに近づくための方策はどんな立場であっても、常に考え提案し議論されるべきだと思います。

もう一つの理由は、体力的な問題です。

私の指導は、こうして文字で伝えたり、目の前にいる選手に対してでも、言葉だけで伝えられるとは思っていません。

それは、すべてのことに対して真剣に向き合ってきた中で、湧いてきた疑問やアイデアを、自分の頭でまずは整理し、それを自分の体を動かすことで確認し、自分がやってみせられるレベルまで高めてから指導するというのが、私のポリシーでありプライドでもありました。

それが年齢とともに体力的に少しずつ厳しくなり、もちろん今でも、息子たちのような年齢の選手たちを驚かせるほどの動きを行うことができますが、その反動は大きく、以前のような回復力はなくなってきました。

そうした中で、もう一度自分の体の動きを整備し直して、最後の勝負のつもりで川崎に乗り込みました。

準備して行ったとはいえ、思った以上に自分の体が動くことに驚くとともに、正しい体の使い方がどれほど有効であるかを、身をもって確認できたことは何より自信になりました。

現在指導している「疲労しにくく、どんな動きにでも対応できる走り方」や、「頑張らないように頑張る体の使い方」などは、私自身が長年かけて身につけてきた、まさに「体との対話」のなかで自然に生まれてきたものでした。

しかしそれを誰かに伝えようとか、誰かが必要としてくれるという発想はありませんでした。

私が気づき私ができるレベルのことを、トップレベルの指導者や選手たちが知らないわけがないと思っていたからです。

風間君から話があってから、他人事のような言い方ですが、万が一にも気が変わってオファーを受けることになったときのために、 地上波で川崎の試合を何試合か見たときに感じたのが、まさに「私の考えている体の使い方ができていない」 という事実でした。

これをきちんと指導することができれば、選手の動きは間違いなく変化する、そうなればチームとして監督の理想とする戦術通りの動きができるようになる、それはイコールチームの勝利に結びつく。

その思いが日ごとに強くなり、オファーを受ける決断に至りました。

自宅近くの土手を毎日のように走り、自分の走り方を確認し、それをどうやって選手たちに指導するか、そのためのドリルを考えたり、それができるようになるためのトレーニングの方法を考えたりと、今思い出しても楽しい時間だったように思います。

昨日twitterでもつぶやきましたが、私はサッカー選手を上手にするということを教えることはできません。

しかし、サッカー選手として必要な動きの要素を、もしかしたら何年何十年とサッカーを続けている人たちよりも客観的に把握できているように思います。

その部分の進歩向上無くして、選手としての能力向上はあり得ないと思います、これは断言してもいいと思います。

ならば、私が私の理想としている動きを指導して、ある一定のレベルに達してくれたとしたら、それはイコール、サッカー選手として求められる能力が向上した、平たく言えば「サッカーが上手くなった」と言えるのではないでしょうか。

キャンプを直前に控えた現役の選手たちが何人か、トレーニングに訪れてくれました。

1回3時間から4時間半にもなったトレーニングを、2回3回と受けてくれました。

同じことを指導しても、全員が同じレベルになっていかないのは当然のことです。

しかし、それぞれのレベルで、間違いなく自他ともに大きな変化を感じてくれます。

これはこのトレーニングや私の考え方の部分も含めて、お仕着せで与えられたものではなく、自分の意思で私という人間に興味を持って、時間とお金をかけて私の指導に真剣に取り組んでくれたからこそだと思います。

私には、彼らの思いに応え彼らを成長させるという義務が生じます。

もちろん自信を持って指導していますが、相手の表情や動きを見て、常に的確なアドバイスを送り続けなければ、2回や3回の指導で人間の動きを変えるなどということができるはずはありません。

過去西本塾や個人指導を通じて、たくさんの人を指導させていただきました。

1人の例外もなく変化を感じていただけたと思います。

それは私の提唱する動きが、人間にとって自然で効率的なものであることの証明だと思います。

西本理論は、私自身の体の動きから生まれました。

スポーツライターの木崎伸也さんとの出会いから、日本代表選手たちや、世界のトップレベルの選手たちの動きを分析するという仕事もさせていただきました。

サッカーだけでなく、すべてのスポーツに共通する動きの本質は、私が自分の体で体現しようとしてきたものに間違いないという、確信と自信を与えていただく結果となりました。

私がそう思っても、世の中のほとんどの人たちは、私があらゆるスポーツ選手の動きを変える、体の使い方を指導できる、などという言葉を聞いても、そんなことができるはずはないと、聞く耳すら持たないかもしれません。

そんな世の中に対して声を上げるなどという仕事を、私がする必要などまったくないのかもしれません。

しかし、誰に何を言われようと、私の中でしっかり確立された理論と方法論がすでに存在しています。

個人的ではありますが、その指導を受け形にしてくれている選手も出始めてきています。

また私の指導を受けた指導者から、指導を受けた育成年代に子供達にも、確実に変化が起こっています。

私を信頼している人は確実に増えています、ここで私が足踏みをしたり、声を上げることをやめてしまうことは、すでに指導を受けていただいた方に申し訳が立ちません。

さらには、私が指導することで選手個人として、またチームとして成長させられる手助けができるのなら、喜んでその仕事をさせてもらいたいと思います。

年間を通してケガ人を減らしたい、選手のコンディションを保ちたい、その為の体作りが、私の仕事のように思われているかもしれませんが、そういう意味の体作りなどという概念は存在しないのです。

それこそ体作りという固定概念にがんじがらめにされている証拠です。

選手としての能力を向上させるのも、ケガをしにくい動きを身につけるのも、すべては「動き作り・体の使い方」という発想からしか始まらないのです。

来週の水曜日から3日間、香川県の「カマタマーレ讃岐」で、臨時コーチとして「動き作り」のトレーニングを指導させてもらうことになっています。

声の届かない日本代表のことはさておき、貴重な練習時間を私に任せてくれると言っていただいた讃岐というチームを、私は今何よりも大切に思わなければなりません。

監督や選手たちが、どういう心構えで私を待ち構えてくれるのか、想像もつきません。

「何者が来たんだ、何が始まるんだ」、もしかしたら招かれざる客と思われてしまうかもしれません。

もしそうだったとしても、3日目の最後にはすべての選手が、「よし、この考え方と体の動きを身に付けるぞ」と思ってもらえるように頑張ってきます。

気合が入りすぎて空回りしてしまうのが私の悪い癖ですが、選手のためチームのため、少しでも役立つものをの残してきたいと思います。

このブログを読んでくれている讃岐の選手はいないでしょうが、もしいてくれたら楽しみにしておいてください。

また讃岐サポーターの皆さんにも、選手の変化を楽しみにして欲しいと思います。

いよいよ、西本理論は実践編に移ります。

3時間授業

昨日は久しぶりに気分が高揚して、ツイッターで情報を先に発信してしまいました。

その情報とはもちろん「J2カマタマーレ讃岐」から、トレーニング指導のオファーをいただいたことでした。

このチームのヘッドコーチは、私がサンフレッチェ広島在籍時に選手として活躍し、その後もいくつかのチームで活躍した上村健一君です。

彼が新人として入団してから3年間同じチームで仕事をしましたが、正直扱いにくいというか、素直に言うことを聞かないタイプの選手でした。

私も人のことは言えないタイプですし、やることが多すぎて全員にまで手をかけられる余裕がなかったため、とくに彼に対してどうのこうの思っている暇もありませんでした。

私がチームを離れて2年後、ヴィッセル神戸のフィジカルコーチという立場で再会した時、彼がいたずらっ子のような笑顔で、私のところに挨拶に来てくれ、「西本さんがもっと厳しくトレーニングをやれと言ってくれていたら、僕はこんなにケガで苦しまなくても済んだのに」と言うではありませんか。

一瞬何のことかと思いましたが、度重なる膝の故障に、出会った頃、しっかり私の言葉に耳を傾けトレーニングをやっていれば、もしかしたらもっと違うサッカーが出来たかもしれないと、本気で思ってくれていたようでした。

「いくら言っても言うことを聞かなかったじゃないか」と、やりかえしましたが、あの時の表情はとても印象的でした。

その後、ヴェルディに所属していた時には、若手の選手を私のところに連れてきてくれたり、指導者となってからも同じようなことがありました。

自分の失敗を繰り返させたくない、私の話を聞いたり指導を体験することが、選手の成長にとって大きなプラスとなる、彼はそういう気持ちで私との関係を保ち続けてくれていたようでした。

昨年私の元を訪れてくれた際にも、「お前が来てくれと言ってくれるのなら、いつでも手伝いに行ってやるぞ」と言って別れましたが、チーム事情もあって昨シーズンは実現しませんでした。

あれから1年、私のサッカー選手に対する動きづくりの指導方法は間違いなく進歩し、自信を持って選手の能力を向上させられるレベルにある、という所まで来たと思います。

現実的に、チームを指導するという環境はありませんでしたが、個人的には何人かの選手を指導し、確実に手ごたえを感じていました。

カマタマーレ讃岐は、昨シーズンJ2で苦戦を強いられ、J3との入れ替え戦でからくも降格を免れたシーズンとなっていました。

直接的には言えませんでしたが、色々な人間を通して、「今声をかけてくれるなら、私の力で何とかチームを変える手伝いが出来るかもしれない」と、メッセージを送り続けていました。

本当に今なら、私の考えている選手の能力向上のメソッドを、一番形にしやすい環境があのチームにあるのではないか、そう思ったのです。

どこのクラブも経営的に厳しく、私のような人間を抱えるほどの余裕はないと思います。

だからこそ、こういう形でスポット的な関わり方でもいいから、協力関係が出来れば、逆に組織の中に入ってしまうよりも客観的にチームや選手が見られて、的確なアドバイスもできるのではないかと思のです。

ただ今回は3日間限定の臨時コーチですから、継続的なお話をいただいているわけではありません。

たとえ今回の、一度限りの指導になったとしても、今の私に声をかけてくれたクラブに対して、私は精一杯協力し応援する気持ちが湧いてくるのは当然のことです。

限られた戦力の中で、一人一人の能力をたとえ10%でも向上させることが出来れば、チーム力の向上は10%どころではないと思います。

「私の仕事は、監督が指す将棋の駒を磨くこと」、その指し手の監督とはお会いしたことがありませんが、私に興味を持ち、指導にも大きな興味を持っていただいているとのことなので、私が磨いた駒で、ぞんぶんな戦いが出来るよう下地を作ってきたいと思います。

チームからは何も発表がない状態で、といっても、私が3日間指導するということが、外部に対してリリースするほどのニュースではありませんが、このブログを読んでいただいている皆さんや、ツイッターを見ていただいている皆さんだけでも、四国の香川県にホームタウンを置くカマタマーレ讃岐というチームに注目していただくきっかけになればと、勝手に先行して発信させてもらいました。

私は一職人で、相手にするのは目の前の選手のみ、後のことはまったく興味がなく、営業部門とかには関心もありませんでしたが、広島に戻ってから、川崎を愛するサポーターの方と親しくお話をさせていただく機会があり、広島で一緒に応援もさせていただいてから、プロスポーツに対する見方が大きく変わりました。

一緒に戦ってくれるサポーターや、支援してくださるスポンサーや後援の企業の方々の応援があってこそのクラブ運営で、現場にいるトレーニングコーチだからトレーナーだから、自分には関係ないどころか、どんな形でもいいから、そういう方々に対して感謝の気持ちを込めて何かできることがあるのなら、黙って見ているより、こちらから動いた方がいいと思うようになりました。

もし私が指導する3日間に興味があるとか、西本という人間がどんなことをするのか見てみたいという人がいてくれるのなら、クラブからのリリースがなくても、私からの発信でグランドに足を運んでくださるサポーターが一人でもいるのなら、それがそのまま選手のモチベーションを上げ、クラブを活性化させる一助になるのではと勝手に考えています。

私にそんな力があるのかは甚だ疑問ですが、そんな心意気で香川に行こうと思っています。

さて、ここで行っている指導ですが、一般の方に対する指導とプロの選手に対する指導で、何が違うのかということになりますが、けっして手を抜いているとか、そういう意味ではありません。

彼らは、目の前に勝負の世界が待っています。

それはチームとしての勝ち負けではなく、個人としてチームメートとの戦いでもあります。

試合に出ることが出来なければ、来年の今頃はチームにいないかもしれません、それどころかサッカー選手という立場すら失ってしまうかもしれません。

そういう覚悟ですべてのことに取り組まなければ、結果など出るはずはありませんから。

その一つの手段として私の元を訪れてくるわけですから、私の自己満足で終わるわけにはいかないのです。

昨日初めて来た二人の選手には、何と4時間半も指導を続けてしまいました。

最初の説明では、「3時間は付き合ってくれ、1時間やそこらで何かを分かろうなんて無理だからね」ということでスタートしました。

学校の授業ではありませんが、1時間目は座学、サッカー選手にとって「西本理論」がどう役立つのかを、まずは頭でしっかり理解してもらう所から始まります。

2時間目は、その理論に沿って室内の器具を使ったトレーニングを行ってもらいます。

そして3時間目は屋外でのトレーニング、頭で理解し室内で体に対して行った意識付けを、実際のピッチの上でどう活用するかというステップで進めていきます。

その各1時間の予定が、それぞれ大幅に時間オーバーとなってしまい、終わってみれば4時間半という長丁場になってしまいました。

来てくれた本人たちのために役に立ちたいという気持ちはもちろんですが、毎年主力選手が移籍してしまい、戦力ダウンは誰の目にも明らかなチームを指揮している、かつてトレーナーと選手という立場で共に戦った現監督を、少しでも応援したいという勝手な思い込みも大きな原動力となって、指導にはどうしても力が入ってしまいます。

教えただけでは私自身が満足できないのです、このくらいの動きが出来れば、間違いなく昨シーズン以上の活躍が出来るだろうと、たとえ1度の指導であっても、私がそう思えるところまで教え込みたいという気持ちで指導しています。

ただ、1度だけのつもりできた選手も、残されたわずかな時間の中で、せめてもう1度指導を受けたいと明日もまた来てくれることになりました。

外部の人間ですから、私のところに来てくれる限りは、私の考え方で指導することが出来ます、組織の中ではこうはいかないでしょうが、前回の記事の通り、一人でやっているからこその真剣勝負が出来ます。

1時間目から2時間目、そして3時間目が終わった時に、初めて1時間目の座学の重要性が分かり、すべてはピッチの上でのプレーにつながっていることに気付いてくれます。

受けない冗談も言うことがありますが、私の口から発せられた言葉に、無駄な言葉は一つもありません。

それくらい濃密な時間が過ぎていきます。

毎回全力投球ですので、このところの疲労はかなり堪えています。

そんなことは言っていられません、私の故郷愛媛では、愛媛FCが問題を起こし、悪い意味で話題になったり、まだ地域リーグの今治FCが良い意味で、愛媛FCを上回る話題を提供しています。

私はそのどちらとも関係がありませんが、同じ四国香川県のチームの指導をさせていただくチャンスをいただけたことを、素直に喜んでいます。

「たった3日で何が出来る」、そんな声も聞こえてきそうですが、たった3日だからこそ、お互いが限られた時間で何かをつかもうと真剣に取り組めると思います。

3時間の授業を、3日間にどう振り分け、選手の意識改革と動きの変化を引き出すために、もうわずかな時間しかありませんが、しっかり頭を整理して臨もうと思います。

こういう緊張感嫌いじゃないです。

一人だからできること

休日返上で選手のトレーニングを指導しました。

私の考え方や指導する体の使い方が、自分にとって本当に役に立つと思ってくれて通ってきてくれるのですから、月曜日は休みだからと断ることなどできるはずがありません。

選手に対して私が期待するというか、このレベルまで達して欲しいという動きは、かなり高いところを要求しています。

もちろんここにきてくれた選手すべてが、その高みに届いてくれるかといえばそういう訳にはいかないでしょう。

それでも私はどんな選手に対しても、同じ目標を持って指導しています。

ある選手は、私の意図する動きを瞬時に体で表現し、驚かせてくれたこともありました。

しかし、できたことが身についたかどうかは別の問題です。

意図した動きを反復継続して行うことができなければ、自分のものになったとは言えません。

逆になかなか形にならず、この辺りが精一杯かなと思った選手が、ひたむきに継続したことで、思いもよらない変化を見せてくれることもありました。

今私の職業を聞かれた時、一言で説明するのはとても難しいことです。

「conditioning studio 操」という名前の施設で、トレーニングの指導や体のケアを行っています、というのが正しいのでしょうが、一般的にはトレーニングを指導する施設と、鍼灸院や整体の施術所は別のもので、同じ場所で、それもたった一人で両方の仕事をしているということを理解してもらうのは大変です。

ですから初対面の人に仕事のことを聞かれると、自営業ですとだけ答えて、怪しい仕事はしていませんと、付け加えて終わりにしています。

こうして生涯一トレーナーを標榜しながら、組織や個人と契約して仕事をしたり、それがないときは全く個人での仕事の時期があったりと、自分のことを説明するのは本当に難しいことです。

できれば、一言「トレーナーやってます」で、済めばいいのですが、そういう訳にもいかないようです。

チームの専属であれば、チーム名を言っていればいいのですが、個人はそうはいきませんから。

過去いろいろな形で仕事をしてきましたが、20年と少し前、初めて広島にきた時には、それこそなんでもやらなければならない状況でした。

体のケアはもちろんのこと、ケガをした選手のリハビリから復帰までのトレーニング、また全体の底上げのためのトレーニングの指導も、私の仕事になった時期もありました。

しかし、組織の中で仕事をするということは、様々な制約も生まれてくるというわけで、また本当に私の指導を受けたいと集まってきた選手ではありませんから、受け取り方も様々になります。

いろいろな経験をしながら今があるわけですが、そうやって仕事の幅を広げられたり狭められたりしたことが、私を大きく育ててくれたのだと思います。

今は私の身につけてきたことと、さらにそれを発展させるべく、日々思いを巡らせていることを、指導して欲しいと、ここまで来ていただく方のために、自分の能力を発揮していますから、契約で仕事をしている時に比べ、ストレスも少ないですし、大きなやりがいも感じます。

一般の方であればそれで十分なのですが、現役の選手となると少し話が違ってきます。

それぞれの問題点を確認し、少しでも改善できるところはないか、さらに向上させられる能力はないかと、それはもう集中して臨まなければなりません。

自分の思ったことを思ったように指導できるのは、私がたった一人でこの仕事を行なっているからで、そこに関しては、とてもいい環境を作れていると思います。

ただ、せっかくある程度のところまで教えられたと思っても、すぐに手の出せない場所に戻ってしまわれると、組織の人間ではない私にとっては、どうにもならない現実が突きつけられてしまいます。

欲を言えばキリがない、あとは本人が私から学んだことを、どうやって活かしてくれるのか、そこに尽きると思います。

トップレベルの選手たちを指導できる環境がない今となっては、ここにきてくれる選手は貴重な存在で、なんとしてでも結果を出させてあげたいと思ってしまいます。

その指導の過程の中から、新たな気づきや私の理論の完成度を高めて、西本塾や個人指導の場でフィードバックさせていこうと思います。

今日の指導の中でも感じたことは、速い動きの中では見落とされがちな動きでも、ゆっくりした速さのドリルではごまかしが効かず、自他共にはっきり見えてしまうということです。

走り方でいえば、実際の走るという動作は、全体の30%くらいで、残りの70%は基礎的な動きのドリルに、時間をかけなければ、本当の意味での上達は望めないと思います。

それとやはりお腹の部分の使い方が鍵になっていきます。

骨盤と肋骨の部分の間にあるお腹の部分、ここをどう使えるようにするのか、動き作りの肝は、どうやらここにありそうな気がしてきました。

この辺りのことが整理されてくると、西本理論も完成に近づいていけるかもしれません。

誰にも文句を言われない環境であることをいいことに、好きなことをやらせてもらっています。

来るもの拒まず、と言いながら西本塾の申し込みに対しても、かなりハードルを上げ、熱意とやる気が感じられない人には、申し込みを受理しないということにしています。

一人だからできること、当分はそのメリットを生かした活動になると思いますが、自分に与えられた時間を無駄に過ごさないようにしていこうと思います。

指導の目的・誰のために

昨夜からの雨が降り続き、久し振りに雨模様の1日となりそうです。

なんとなく今の心境を綴ってみたくなりました。

年が改まり、種目によって異なりますが、今の時点ではオフで、これから今シーズンに向けて準備をしている状態の選手にとっては、色々な意味で大切な時期だと思います。

数は少ないですが、そういう選手を相手にトレーニングの指導をさせてもらう機会が何度かありました。

すでにブログを読んで、私の考え方やトレーニング理論に興味を持ってきてくれるのであれば話が早いのですが、誰かの紹介でということになるとそうはいきません。

私としては基礎の部分から説明して、その内容を体で理解してもらうという段取りで進めたいのですが、ここを訪れる選手にとっては、手っ取り早く自分の役に立つ何かを教えて欲しいというのが本音だと思います。

そういう感覚で来られるのが一番苦手な私ですが、縁あって私のところに来てくれたわけですから、少しでも役に立つことを教えてあげなければ、来てもらった甲斐がありません。

私の思いをぶつけるだけでは、相手を変えることはできません。

そうなると一番大切なことは、相手が何を求めているか、言い換えればどこに問題点を抱えているのか、それをしっかり明確にして、それに応えるためにはどういう考え方でそれを形にしていくのか、まずはお互いの共通認識を確立させなければなりません

私は自分の思いを語り出すと、何時間どころか数日間でも語り続けてしまう人間ですが、人の話をじっくり聴くということは正直苦手です。

会話というのはお互いの言葉のキャッチボールであることはわかっているつもりですが、限られた時間の中で、相手に自分の思いを伝えたいという気持ちが勝ってしまって、ついついこちらから一方的にボールを投げ続けてしまうことになります。

これがプライベートな関係の中で、たまたまそういう雰囲気になって話が始まったのなら、そこまでムキになることもないのですが、仕事としてお金をもらっている限りは、その対価以上のものを与えたいと思ってしまうのです。

現状、組織を相手の仕事はありませんから、個人的に私の指導を受けたいと言ってくれた時点で、私の頭はフル回転して、なんとかして活躍できる選手にしてあげたいと気合が入ってしまいます。

例えば組織を相手の仕事だと、目の前で話を聞いている選手たちは、私の話が聞きたいとか指導を受けたいという気持ちで、その場にいるわけではありません。

そういう雰囲気の中で指導を始めて、少しずつ考え方を浸透していかなければなりません。

私が言うのもなんですが、ここで焦ってしまわず時間をかけて積み上げていくことが必要です。

その中で、手応えを掴み自他共に認められるような良い変化を見せてくれる選手を、一人でも二人でも作っていくことで、周りの選手に好影響を与え、少しづつチーム全体に広がりを見せていくのに、もしかしたら数年はかかるのかもしれません。

私はそういう長期的な視野で仕事をすることが苦手でした。

今、目の前に立つ選手は、もう二度とここに来ないかもしれませんし、もしまた来てくれたとしても定期的にというわけにはいきません。

そうなるとなおさら、今日のこの短い時間で少しでも多くのことを伝えたいと、いつものように頑張りすぎてしまいます。

何人かの選手を指導して反省ではないですが、私の指導は間違ってはいないし、選手の役に立つ指導内容であることは確信していますが、少し指導の押し売りになってしまってはいないかと思ってしまうこともあります。

本当にそこまでのこと、この選手は求めていたのだろうか、もっと手前の部分に時間をかけてあげたほうがよかったのではないか、色々なことを考えてしまいます。

でも私のところにやってきてくれたからには、小手先のテクニックやトレーニングの方法の表面だけを指導して帰したのでは、私自身がもっと落ち込んでしまうような状況になることは、自分が一番分かっています。

今日明日と、そういう選手たちとの時間が待っていますが、私は私の持てる力をすべて出し切って、自己満足かもしれませんが、悔いの残らない指導をしたいと思います。

一度では伝えられないものも、二度目三度目になると明らかに変化が見られます。

それは動きそのものもそうですが、私の伝えようとする内容に対する興味というか取り組み方が変わってきます。

ここで行ったことを自分の環境に持ち帰って反復してみた時、それらの動きが自分にとって有益なものであることは間違い無く理解できると思います。

それぞれの変化や進化に合わせて、説明の仕方を変えながら、少しでも彼らの役に立ちたい、その気持ちが私の中にあり続ける限り、完璧はないにしても、お互いに満足できる時間を共有できると信じています。

今年の目標というと大袈裟かもしれませんが、私の一番苦手としてきた「相手の言葉に耳を傾ける、聞き上手になる」ということと、「自分の城にこもってしまわず、できるだけ外に出て人に出会う」ということもやっていきたいと思います。

自分のやってきたことに自信を持ちすぎて、この場所を守ることで自己満足に陥っている部分もないとは言えないので、人生の後半部分、もう少し遊び心というか余裕を持って生きて行くのもありかなと思うようになりました。

「誰かのために」と思ってやってきたことが、実は自分のためにになっていたかもしれないと気付き、本当の意味での「誰かのために」なっているかを行動の物差しとして、自分の言動を見直していきたいと思います。

「西本塾」を通じて、私の思いを受け取っていただいた方々が、それぞれの環境でそれを形にしてくれていることが伝わってきて、とても嬉しく思います。

なかなか形にできず悩んだり迷っている塾生も多いと思います。

自分の殻にこもらず、私にぶつけてきてください。

一緒に悩みましょう、一緒に考えましょう。

簡単に答えが出るような話ではないと思います。

だからこそ、同じ時間を共有し、私の考え方に共鳴してくれた皆さんには、何をおいてもお役に立ちたい、私はそう思っています。

ゴルフスイングから走りのイメージが

今朝はやっと今年の初打ち、といっても練習場ですが、に行ってきました。

ゴルフに関しては、昨年、全国各地でゴルフ場を運営するアコーディアグループが発行する会員向けの会報誌に、季刊で4回の連載をさせていただいたり、Newspicksという経済ニュースのサイトで、3か月間連載をさせていただいた中で、スイングに関する体の使い方を2回ほど取り上げて記事にしてみたり、またこのブログでも、時々ゴルフネタで記事を書いたりしてきました

残念ながら、ゴルフ自体の腕前は自慢できるようなものではなく、いわゆるアベレージゴルファーにすぎませんが、他のスポーツ同様、一流選手の動きを分析したり、様々な媒体から指導のノウハウを学んだことを、自分の体で確かめることが、私のゴルフの目的のようになってしまい、さっぱりスコアに結びついてくれません。

自分のことはさておいて、レッスンと呼ぶのはおこがましいですが、結構的確なアドバイスが出来るようになってきたと思っています。

どんなスポーツでも、人間の体で行っている限り、体を動かすための原理原則というものが存在しますので、私が作り上げてきたフィルターを通して見えた、それぞれの動きの分析は、とても面白い作業となっています。

その中でも、自分で行うことが出来るゴルフは、様々な指導方法や理論を目にするたびに、自分の体で試すことが出来る、絶好の教材となっています。

毎年、三が日のうちには練習場もしくはコースで初打ちが恒例となっていましたが、今年は誘っていただける方がなく、また家族と過ごす時間が多かったため、なかなかボールを打つことが出来ませんでした。

今朝の初打ちでは、暮れから研究していたイメージを試すことが目的でしたが、ユーチューブでたまたまヘッドスピード80キロ超えのスイングを見てしまい、スイング重視のつもりが、例によって飛距離重視になる時間帯が多くなってしまいました。

その中でひとつテーマとしていたのが、「走るという動き」の中で気付いた、お腹周りの使い方というか意識をどうすればいいのか、色々な感覚を試してみました。

ゴルフでは股関節から前傾するため、走る動作とは姿勢が違いますが、意外に共通点が多いことに気づきました。

広背筋を使って、骨盤の後ろ側を引き上げるという意識は共通しているのですが、前傾した状態で骨盤から背骨を反らそうとすると、背骨のS字カーブが強調されすぎるというか、背骨の伸展が過伸展状態になってしまい、股関節の自由度が、逆に制限されてしまいます。

結果として肩の回転がしづらくなってしまいます。

走る時にはお腹を緩めるという言い方をしましたが、その緩め方というか感覚を言葉にするのはとても難しいことで、腹筋を固めないというか、お腹に力を入れないということを言いたいのですが、さりとて全く力が入っていない訳ではありません。

ゴルフスイングの中で、お腹の部分にどういう意識を持てばスイングが安定するか色々工夫してみましたが、一番しっくりきたのは、お腹の意識ではなく、広背筋で骨盤を引き上げるという意識をするときに、同時に肋骨が形成するドームの部分を、一緒に引き上げるという感覚が一番うまくスイングが出来ました。

その時の感覚は、お腹を引っ込めて胸を引き上げるという意識でも同じ状況は作れるのですが、前側を意識してしまうと、肩甲骨の動きがスムーズにいかず、やはり広背筋の動きに呼応して肋骨が引き上げられるという意識が一番いいようでした。

その意識でスイングが安定してくると、「待てよ、これは走る時にも同じ感覚で使えるんじゃないか」と思いました。

さっそく帰ってから、そばを流れる川の土手にある遊歩道で走ってみましたが、今まで股関節のポジションを高く保つという意識で、股関節の自由度を確保するということを行っていましたが、肋骨を引き上げた状態が作れると、肩甲骨の縦の動きもしやすくなり、また呼吸も楽にできて、良いことづくめのように思いました。

これを前側の筋肉で行う意識になると、おそらくはすぐに疲れてしまい継続することは出来ないと思いますが、同じ動きを背中側の筋肉で行うという意識を持つだけで、こんなにも違う感覚で動けることに、改めて人間の体の不思議さを感じました。

やはり体幹部分というのは、一体にして使うものではなく、お腹の部分に間を作って、その上下の部分をどういう風に使うかということを考えた方がよさそうです。

こういう言い方をすると、ここはこう使うまたあそこはこういう意識で動かすと、部分の使い方の説明のようになってしまいますが、お腹の部分を含めた体幹部分と言われている部分を、一体化して使わないという意味で「引き算の論理」で、動きを探っていく作業をした結果です。

今まで、スイングではボディーターンという言われ方で、一体化した動きが良しとされてきましたが、実はその中で細かい体の動きが行われていたのです。

今回、たまたまゴルフのスイングから、走り方のヒントを得ましたが、逆に言えば、いつも言っている通り、やはり走ることが、すべての動きの基本になっていることは間違いのないことでしょう。

結果として同じ動きであっても、どこをどう意識して行った動きなのか、そしてそれが体にとって無理のない効率的な動きだと確信を得た時に、実はそれはとてもシンプルな動きで、今までなぜ違う部分を使って無駄な動きを行っていたのかと、がっかりしてしまうことになります。

体はきっとこう言っているのでしょうね、「やっと気がついたんだね、遅いんだよ、誰かに押し付けられた知識や、余計なことばかり考えて、無駄な動きばかりやってきたことが分かったでしょ、ずっとこうやって動いてよってアピールしてたのに気付いてくれないんだから」って。

私が様々な競技の動作を分析できるのも、それぞれの競技に対する余計な知識や既成概念が少ないからなのかもしれません。

スポーツの世界にも、IT化というのでしょうか、様々なデータ分析の必要性が言われていますが、それを行っているのはやはり生身の人間の体です。

私は学者でも研究者でもありませんが、人間の体がどうやったら安心して本来の動きを行ってくれるのか、自分の体で確かめながら少しずつその根っこを探っていきたいと思います。

今回の気づきも、土曜日に現役の選手にトレーニングを指導した時に、お腹の「間」の部分に関してもっとうまく動ける指導の仕方はないか、自分に対しての宿題が見つかったために見えてきた世界です。

今週も別の選手に指導する機会がありますが、さらに役に立つ指導が出来ると思います。

もしかしたらまたその中で新たな問題が見つかるかもしれません、そうやって自分を成長させていけるのだから、こんな有難いことはありません。

指導しているのか、こちらが学ばせてもらっているのか、たぶん後者の方が大きいのでしょうね。

サッカー日本代表の試合をライブで見ながら、パソコンに向かっていますので、変換ミスがあるかもしれませんがお許しください。

選手の動きは悪くないと思います、ただレベルの違う相手でも、日本の良さばかり叫んでいる解説の方には少し閉口してしまいます。

高いベルを求めて、専門家としての意見が聞きたいのですが、無理な相談でしょうか。

サッカーの前には、バスケットボールの試合を見ていました、新しく出来た広島のチームが決勝まで進みましたが、惜しくも破れてしまいました。

終了直前にヘッドコーチが選手に向かってかけた言葉が印象的でした、「出来ることをなぜやらない、おれはそういうプレーが一番嫌いなんだ、勝ち負けじゃない、最後まで戦おう」、そうなんですよね、やるべきことをやって後、どちらかが勝ってどちらかが負ける、それは仕方のないことです。

この試合は私の見る限り、選手層の違いということに尽きると思います、選手もスタッフも良く頑張っていたと思います。

テレビを見ながら、ゴルフクラブのグリップ交換をしました、11本を一度に変えたので大変でしたが、しばらく変えていなかったのでゴムが硬くなって滑ってしまうことが多くなりましたので、今回は自分でやってみました。
意外に簡単に、そして上手く仕上がったので、これで言い訳が出来なくなりました、今年こそ良いスコアを出したいものです。

全体の中の部分 、緩めるという使い方。

今年も自分の中の気づきを綴ってきたいと思います。

私がトレーニングを指導する際、最初に説明することは、我々人間がと言うより日本人がと言った方が正しいのかもしれませんが、体を固める関節を曲げるために働く「屈筋」の方が、関節を伸ばす「伸筋」よりも、より大きな力を発揮してくれるという固定概念を、リセットしてもらうことから始まります。

人間が移動する、体を動かすというということの本質的な意味を考えるとき、移動するためには「足」を使う、道具を扱う時には「手」を使うということが当たり前だと思っています。

その際にイメージされているのは、まさに末端の部分で、足という言葉が、地面と接している足の裏に限定されてしまったり、手という言葉も手首から先の部分がすべてを行なってくれていると思ってしまいます。

これはある意味当然のことなのですが、実際に動いているのは末端の部分ではなく、足であれば少なくとも大腿骨頭が骨盤と形成する「股関節」であるはずだし、手も背中に位置する「肩甲骨」との関係性を抜きにして語ることはできません。

そうなると股関節と肩甲骨の関係性、連動性を理解し上手く使いこなせることが、我々人間に与えられた能力を引き出す絶対条件となるはずです

そうやって根っこをたどっていくと、取りも直さず我々の先祖である四足動物の動きこそが、本来我々が目指すべき方向性であるというところに帰結していく、というのが私の考えてきた結論です。

四足動物こそ、まさに4本の手足を巧みに操って体を移動させていますが、それこそどこをどう動かしてなどと考えながら、体を動かしているはずはありません。

末端ではなく体全体がよどみなく連動し、目的の動作を行なっています。

それが我々は、何をするにしても今どこを使わなければならないとか、どこを意識して動かなければならないと、全てを頭で理解してから動こうとすることが当たり前のように思ってしまいました。

本能の動きとか自然な動きというような言い方では、伝わるものも伝わらないのが現状です。

「体は部分の集まりではない、丸ごと一つの存在です」と言ってみたところで、いざ動こうとした時には、どこに力を入れるのですか、これはどこのトレーニングですかと、さっきの話はどこへ行ってしまったのかということになってしまいます。

「言葉の綾」という言い方がありますが、部分を意識することがすべて間違っていること悪いことだというのは間違いかもしれません。

二足歩行というある意味とても不安定な状態の中で生活している我々の体は、片時も完全にリラックスというか脱力した状態ではいられません。

それは椅子に座っている時も同じです。

地球上に生活している限りは重力に抗して立っていなければなりませんし、二本の足で立つという普段当たり前だと思っていることも、実は常に身体中のセンサーを総動員してバランスを取らなければ、一瞬たりとも立っていられないという、大変な作業を行っています。

それほど大変な作業を常に行ってくれているのが、実は私が大事だと声を大にして言い続けている、関節を伸ばすために働き続けてくれている「伸筋」たちなのです。

こんな話から始めて、実際に伸筋の有用性を実感してもらうための動作を行って、とにかく一瞬でも早く屈筋優位の固定概念を捨ててもらうことに時間をかけています。

人間が動くということ、運動するということの根っこをたどって行くとき、その実態は骨盤と背骨がそのすべてであると言っても過言ではありません。

ここに、その部分だけの骨格模型がありますが、私は人間の本体はこれだけですと説明しています。

見方は違いますが、私が鍼灸の専門学校で学んでいる時、解剖学の授業で今でもはっきり覚えていることがあります。

それは、体の内側と外側の境はどこかという話の時でした、私はてっきり人間同士の距離感の話で、親しい間柄と全くの他人では、電車の中での距離感に大きな感覚的な違いがある、というようなテレビで話題になっていたような心理的な話かと思っていたら、医学的な定義の話でした。

私は当然のように皮膚の内側が自分という存在で、境は皮膚というのが答えだと思いました。

ところが話はそんな単純な話ではなく、「外界と交通できない部分だけが体の内側」というのが答えでした。

最初はよく意味がわかりませんでしたが、外界から空気を吸い込んだり食べ物を食べると、それが通過していく部分は外界と交通しているから純粋な意味では体の内側ではないと言われるのです、その辺りまでは私の頭でも理解できましたが、ことはそんな単純な話ではありませんでした。

詳しく書き続けると文字数がかさむので割愛しますが、筋肉も骨もすべて内側ではないのです。

では何が自分の内側と言えるのか、医学的には「脳と脊髄」これだけなのだそうです。

侵さざるべき存在と言いますか、外界と全く交通していない部分はここだけなのだそうです。

話が戻ると、それを納めている部分はズバリ骨盤と背骨ということになります、脳はその延長線上にある頭蓋骨の中に収まっています。

この部分が移動することこそが、人間が移動するということで、背中を反らしたりお辞儀をしたり振り向いたりという動作も、すべてこの部分が行います。

そこから派生しているのが手であり足であるということです。

そう考えるとやはり広背筋という筋肉の重要性は異論の余地がないと思います。

ここで大きく二つの考え方に分かれるような気がします。

その一つが骨盤から背骨の部分、体の前側にある肋骨が形成するドーム状の部分を含めて、いわゆる体幹と呼ばれる部分を強化して安定させようという発想です。

これはある意味正しいことです、ある意味というところから、もう一つの考え方が生まれます。

それが私が動きづくりのトレーニングで強調している、上半身と下半身を割って使うとか別々に使えるようにしよう、という考え方です。

具体的に言えば、サッカーでディフェンスの選手が、攻めてくる相手の選手と距離を保ちながら後ろへ下がっていくという状況で、体幹部分が固く固定されていると、まさに地面に接した足で相手の動きに対応するしかありません。

これはイコール体重移動でしか体を移動させることができないばかりか、一度動き出した方向からの反転動作に時間がかかり、相手の動きについていけなくなってバランスを崩しやすくなります。

背中を丸めた猫背の姿勢で重心を低くして目線を下げた選手は、まさにこういう状況になっています。

逆に広背筋がしっかり機能して、骨盤の後ろ側を引き上げてくれた状態で、背番号の下の部分にしっかりとした反りが見えた状態で、重心を落とし方の力を抜き、さらに私の言うアイドリング状態で対応できれば、相手の動きに瞬時に対応できるため、そう簡単に抜かれていくはずはありません。

この時に一番のポイントになるのが、背中側の広背筋は力んで使っているという使われ方ではなく、自然に本来の働きができる状態をキープできていることで、さらにもっと重要なことは、広背筋の働きを邪魔させないために、前側の大胸筋や腹筋といった屈筋たちが緩んでいることが絶対条件となります。


この状態なくして、上半身と下半身を割って使うとか別の動きをさせるという状況は成立しません。

私はそういう意味で体幹を固めるという発想には賛成できないのです。

体幹という言葉を、具体的に「骨盤と背骨の安定トレーニング」と言ってもらえれば誤解を生まないような気がしますが、実際に行っている人たちが、もし前側の筋肉で体幹を安定させるイメージを持ってトレーニングをしているとしたら、動きづくりという意味ではマイナスにしかならないような気がします。

きちんと説明されて、確実に背中側の筋肉で支えなければならないことが理解されていれば問題はないのですが、私の知る限り、指導する側もされる側も、前側で頑張っている人がほとんどで、広背筋という存在は重要視されていないようです。

この骨盤と肋骨が作るドームの間の、前側に骨が存在しない部分があることが、体を捻ったり前後に倒したりといった6方向への動きを行うために与えられた重要な「間」だと思います。

アイドリングから瞬間的にスピードを上げていく瞬間、瞬間的なターンやストップ、そのすべての動作を可能にするのが、この「間」の部分で、私の3・5・7理論で言うところの7の方向へ緩めていくという感覚をきっかけにして動き出していけば、居つくことなく筋肉や関節に負担を強いることなく、効率的に重心移動ができると思うのです。

スポーツ選手に対するトレーニング指導の中で、より効率的な、より素早い動きを模索していく中、簡単な言葉で言うと「お腹を緩める」ということがいかに重要なことだったかということを、改めて痛感しています。

体全体が丸ごと一つになって動く、その中で背中の広背筋には頑張ってもらうけれど、お腹には力を入れない、それは別々の動きを要求しているのではなく、お互いの本来の働きがそうであったというだけのことで、けっして相反することを要求しているのではない、というところは押さえておくべきだと思います。

日々の仕事の中で、どんどん新しい何かが見えてくるような気がします。

自分の中での根っこを掘る作業には終わりはないと肝に銘じて、日の当たらない作業になるかもしれませんが、地球の裏側のブラジルまで掘り進むくらいの気持ちで、根気よく続けていきたいと思います。

何か見つかりましたら、こうして「生涯一トレーナーとして話しておきたいこと」の一つとして心残りがないように書き綴っていきます。

また直接ここまで来て頂いた方には、言葉の意味をしっかり理解していただけるよう伝えていきます。

今日書いた内容は、自分にとってもとても大きな気付きで、とても重要なことだと思います。

しっかり読んでいただいて、役立てて頂ければと思います。

2015年スタートしました。

新しい年がスタートしました。

年賀状を頂いたみなさん、ありがとうございました。

私の方からは一切書くことをやめてしまいましたので、この場を借りてお礼とご挨拶をさせていただきます。

昨年は様々な出会いとご縁を頂き、本当にありがとうございました、今年も力一杯頑張りますので、変わらずよろしくお願いします。

昨年の正月は、秋田から帰省中の長男が結石の痛みで救急搬送されるというアクシデントがありましたが、今年は長女の家族と長男の家族も勢ぞろいして、総勢11人の賑やかなお正月となりました。

私は家族の長としての役割に徹し、恒例の初打ちにも行っていませんが、子供たちと孫の成長をしっかり見届け、充実した時間を過ごしました。

昨日やっと落ち着いたので、家内と二人、宮島に初詣に行ってきましたが、さすがに世界遺産、凄い人出で驚きました。

広島に長く住んでいますが、宮島に初詣に行ったのは初めてでした。

こういう仕事をしていると、とかく先々の不安ばかりが頭をよぎってマイナス思考になりがちですが、4人の子供を育て、それぞれが少しずつ自分の足で歩くようになっていることに、ここまでよく頑張ってきたなと、少しは自分のことを褒めてもいいのかなと思うようになりました。

もちろんまだまだ不安なことばかりではありますが、これまでそういう山坂をたくさん乗り越えてきたことを思えば、これから何があってもなんとかなるさと思えてしまいます。

昨年一年を振り返り、今私がやらなければならないことや、進むべき方向性が見えてきたように思います。

昨年最後に頂いたコメントで私の指導方針というか、「私に対して真剣に向かってくる選手に対して、私もそれ以上に真剣さで向かい合って初めて私の力が発揮できる、エリートアカデミーのようだ」、という言葉が使われていましたが、多分にそういうところはあったと思います。

本人は真剣であると思っていても、私から見ると、まだまだ甘いところが多く、どこを目指しているのか分からないような選手が多いように思います。

明確な目標設定がなされていなければ、それに対する方法論は生み出されません、お互いに必要な部分だけを切り取って、パッチワークのような指導をすることを私は良しとしません。

自分に対する客観的な絶対評価を行って、足りないところがあれば、そこに対して少しでも成長させられる余地を感じられるのであれば、なんとしてでもという気持ちがなければ、何のためのトレーニング何のための指導だかわかりません。

「このくらいで良いだろう」お互いの間にそういう空気が感じられた時点で、私は指導する立場としての意欲を失ってしまいました。

トップレベルと思われている集団の中でも同じことです。

学生時代、教員となって野球部の顧問になって甲子園を目指したいと思った時期もありましたが、野球部員の中にも温度差があるでしょうし、教員として科目を教える時、本当に自分に授業を受けたいと思って教室にいる生徒などほとんどいないでしょうから、そういう環境では私は絶対に無理だと思うので、諦めて良かったと思っています。

私が経験してきたこと身に付けてきたことは、私と同じような仕事をしている人から、まったく異業種の方、また年代やレベルを問わず現役の選手に対して、知っておいてもらいたい伝えておかなければならない大事な事だと、改めて感じた1年でした。

「西本塾」や「深める会」また個人指導を通じて、その思いはさらに強くなっていきました。

当初は、私の思いを吐き出すように一方的に伝えることで精一杯で、本当に理解してもらえただろうか、それぞれの環境で役に立ててもらえるだろうか、そういう不安を抱えながらやっていたように思います。

それでも回を重ねるごとに、参加してくださる皆さんの真剣な思いに応えるために、私なりに内容を工夫し、少しずつではありますが理解の度合いが深まって行くのを、感じられるようにはなって行きました。

年が改まり、「西本塾」をどうするか、自分なりに考えてきましたが、もし今やめてしまったら、広がり始めた私の考え方が、中途半端なままで一人歩きしてしまったり、そのまま消えてしまうことになるという気持ちが強くなりました。

その内容も、伝えるということから一歩踏み込んで、理解して頂き実践で生かせるレベルに届かせることを目標にしなければならないと思うようになりました。

これまでたくさんの方に参加していただきました、個人的には距離的にもっと近くであれば、指導の回数を密にして、私の後継者たる資質を身に付けて頂きたいと思うような方もありました。

現時点では残念ながら、そのレベルに達していると言える方はいません。

それはこちらの指導の仕方に問題があるのであって、けっして参加していただいた方の問題ではありません。

二日間の西本塾で、本気でこの理論を学び深めようと思っていただいた方に対するフォローが足りなさすぎました。

その反省を含め、今年の「西本塾」はレジュメから見直し、継続して学ぶべき本当に大事な理論なのだということを、より深く伝えられるようにしていき、「深める会」に関しては、施術をメインに仕事をしている方が必要としている技術と、サッカーを始め様々なトレーニングを実践し、また指導している人たちに対しては、動き作りのトレーニングを深く理解し実践できるような内容にしていこうと思います。

もちろん両者は別のものではなく、同じ人間の体に対して、能力の向上を図るのか、その過程で起こるアクシデントに対応できる技術を身につけるのかというオーバーラップしたものですから、どちらかだけを学びたいという姿勢は本来違うと思うのですが、どうしてもどちらかだけをという方にも、深める会は扉を開けようかと思います。

できれば今年のうちには、この地域には西本塾の塾生で◯◯さんという方がいますから、わざわざ広島まで来ていただかなくても、まずはその方の指導を受けてみてくださいと、自信を持ってこのブログでご紹介できる人材を育成したいと思います。

今年の大河ドラマは、吉田松陰の「松下村塾」が舞台となっていますが、私が一昨年、自分の勉強会を始めようと考えた時、充電期間中に家内と訪れた松下村塾のイメージが強く残っていたため、畏れ多いとは思いましたが、幕末の志士たちの思いに負けない理想を追い求めて「西本塾」と名づけさせて頂きました。

昨年末、千葉で行った深める会に参加していただいた方から頂いた、丁寧なお手紙に応えるべく、私が返事として書いたメールに、「算盤ばかり弾く人生の何が面白いか、一度きりの人生、夢も理想もできるだけ高く持って、胸を張って生きていこう」と、柄にもなく壮大なメッセージを贈りました。

これは取りも直さず私自身に対するメッセージでもあります。

算盤勘定が合わなければ生活は大変で、家内には苦労のかけ通しですが、いくつになっても夢のようなことばかり語っている私のような人間が、一人くらい居てもいいのでは、と本人はいたって呑気に語っていますが(笑)

せっかく縁あって、様々な経験の中で身に付けさせていただいた技術と理論です、このまま眠らせていてはいけないと思います。

しっかり伝えて行きます、少し厳しくなるかもしれませんが、教え込んで行きます。

だれかのためにが広がっていくためです、西本塾の参加募集条件は、少しハードルを上げさせていただきました。

これまでにも何人かありましたが、どういう気持ちで私のところへ来ようというのか、自分の何が足りないのか、今何が問題なのか、私から何を学びたいのか、それらの思いが私にきちんと伝わる文章を送っていただけない方には、申し訳ありませんが参加はお断りさせていただきます。

文章を書くのが苦手だとかいう問題ではありません、会ったこともない人間に気持ちを伝えるためには、それなりの準備が必要なことは当たり前だと思います。

真剣に私に向き合ってくださる方に対してのみ、私の精一杯の真剣さで応えます。

今年最初の西本塾は、2月21・22日の土日に行います、詳しくは「conditioning studio 操」のホームページをご覧ください。

まだ少し先の話ですが、受講を考えている方は私の思いを理解して頂き、熱い思いを持って広島来て頂けることを希望しています。

今年も力一杯頑張ります、みなさんよろしくお願いいたします。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
西本塾を深める会を9月10日(日)に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。

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