感じ方捉え方それぞれ

まずは西本塾最後に届いた感想から紹介します。

第12回西本塾に参加いたしました立田岳矢です。
西本直様、奥様、第12回西本塾生の皆様、二日間ありがとうございました。また、自分のような若輩が経験豊富な皆様と勉強できたことをうれしく思います。
西本塾参加から1週間、選手とともに西本塾で学んだことをトレーニングしております。
ここ一週間「今の背中つかえてる?」がトレーニング中の選手の口癖になっています。
西本塾では、初日から最終日まで多くの言葉を頂き、自分以外の塾生の方々には申し訳ないですが、なにか西本さんと1対1の空間で話を聞いているような感覚がありました。
西本塾参加後は、「これまでの自分の学んできたこと」VS「西本理論」のように感じてしまい、これからのトレーニングをどのように進めようか困惑しておりました。西本さんには、見方が逆であるだけで同じことを説明しているだけと言われ頭ではなんとなく理解しましたが、感覚では理解しきれていませんでした。しかし、西本塾参加後1週間、頭と体で2日間の出来事をまとめながら選手とトレーニングしていくうちに、これまで学んできたことと西本塾で学んだことは対立するものではなく、うまく組み合わせていけるだろうといった感覚になっています。トレーニングのベースの考え方を、西本塾で学んだことを中心に、教科書的にではなく何が正しいのかを再考しながら、体と会話しながら、選手とトレーニングしていけそうです。
これからトレーニングしていく中で、わからないことが出てくると思います。また、自分の解釈であっているのか不安になるときがあると思います。そんなときは今回のレジュメやメモを見返しながら、そしてどうしてもわからないときには勝手ながら連絡させていただきます。合わせて良い報告もできればと思っています。
最後に、ここまで本気の講習(西本塾を講習といっていいのかわかりませんが)を受けたことがありません。厳しい言葉もいただきましたが、そこの裏にある西本さんの真意がひしひしと伝わってきました。本当にありがとうございました。
また、成長して深める会に参加させていただければと思います。
ありがとうございました。


立田さんは大学生の女子サッカーチームのフィジカルコーチという立場で参加してくれました。
受講動機を読んだ時から、22歳という年齢ということを差し引いても、言っていることが若いなというか甘いなというのが正直な感想でした。

西本塾に参加してくれる20台前半の人たちはなぜか同じように自分のやっていることに自信を持っているというか、自分は知識も経験があるんだという人が多いのには驚いています。

今の時代知識自体はその気になればいくらでも学べますし、少しの経験でも自分が一生懸命やったと思えれば、大きな経験かもしれません。

しかし本当の意味の経験というものは、そう簡単に得られるものではありません。

そんな人たちに対しては、頭からガツンと厳しい言葉を浴びせ、現実に引き戻すことから始めます。

彼もそんな一人でした。

今回の経験を基礎に、これからたくさんの経験を積んで、選手のために本当に役に立つ仕事ができるようになってほしいと思います。

細かいことに関してのコメントは、またまた厳しいですが返せるレベルにはありません。

女子サッカーのこれからの成長とともに、彼の成長を期待しています。

続いて、先日お知らせした、西本塾に参加していただいた理学療法士のネットワークをという呼びかけにお二人の方から賛同をいただいたので、内容とともに紹介します。

お世話になります。西本塾(12期)でお世話になりました。山本です。
西本塾に参加し、勉強させていただいてからは動作を見る視点がかわりました。
多くの人、そして多くの動作に屈筋を使用していることが理解できてきています。
そんな時、先日、3歳になる子供の走ってる姿を見てみると伸筋を使い走っているのです。
と言いますか、むしろ...伸筋を使っているというよりは、幼児体型ですのでお腹が膨らんでいることが前方への重心移動を促し、前方に倒れないように運動を制御する方法として上肢(肩甲骨)をうまく使っている感じでした。
急いで歩く延長線上に走るという動作が生まれ、この動作をトライ&エラーを繰り返し運動学習しながら動作を獲得していく訳ですが、きっと自然な動作なんだなあと思わせる瞬間でした。
それと共に、なんで成長するにつれて出来なくなるのかと考えさせられる瞬間でもありました。
さて、前置きが長くなり申し訳ございません。
本題ですが、ブログ拝読させていただきました。「理学療法士のネットワーク」の件です。
是非とも情報交換させていただきたいと思います。そして一層、勉強できる機会をいただければと思います。
先生のお気遣いに感謝申し上げます。
今後とも宜しくお願いいたします。


10期生 岩田 淳です。ブログの記事拝見いたしました。西本先生より提案していただき大変恐縮しておりますが、理学療法士によるネットワーク作りに是非参加させてください。また、必要な事柄があればご協力させてください。
今期より病院での担当チームが脳血管障害患者中心となり片麻痺の方々を担当させていただく機会が増えました。一側の上下肢が不自由な方にどのようなリハビリが最適なのか試行錯誤の日々です。
失われた身体の機能を取り戻すことは、今まで全く気にもしなかった自分の身体にはじめて向き合うきっかけとなりましたと患者の方から言葉を頂き、私が西本塾で経験させていただいた、知っているつもりでも使えていない自分の身体と同じことだなと感じました。
前回参加させていただいた本年2月に第一子が生まれて、現在4ヶ月目で、これから寝返りを獲得しようとわが娘は頑張っています。彼女の股関節、骨盤、脊椎の動きは、本当に柔らかくて、少し動かすと全て連動していきます。 液体がつまった皮膚の袋ということが痛感できました。
また発達という分野では、三木 成夫という方の人類は海から陸上に上がる物語から、甲野 善紀さんの井桁術理を経て野口 三千三という名前にたどり着くと、西本先生の本の中にも野口体操の記述があり不思議な気持ちになりました。
長々と書いてしまい失礼しました。11月の深める会に参加できるように学びを深めていきたいと思います。


まずは、お二人からいただいたコメント、全文を掲載させていただいたことご了承ください。

読んでいただいてお分かりの通り、私の考え方ものの見方を学ぶと、明らかに体そのものや動作の見方が変わってきます。
これまで見えていたはずなのに、見えていなかったものが見えるようになります。

これは特別な能力が備わったとかいう話ではなく、意識が変わったということです。

理学療法士という専門職であるお二人が、新しい視点を持って患者さんに相対することで、これまで以上に効果的な方法や言葉がけが可能になるはずです。

医療の一端を担う立場として、制約があることもお聞きしていますが、特別な何かをするということより、まずは新しい気づきから始まるのではないでしょうか。

私がこれまで歩みを進め、気づきを繰り返したことを、みなさんも同じように積み重ねていくことこそ、それぞれの立場での成長に繋がると思います。

私の存在がそのきっかけになれば幸いです。

あと7名の方も、ブログを読んだらぜひこのネットワークに参加してほしいと思います。

それはもう西本塾云々ではなく、同じ視点を持った専門職の方々にお任せして、医療の発展に役立ててほしいと思っています。

理学療法士として参加しいただいた方々の意識があまりにも高く、これを点のままでおいておくのは勿体無い、ぜひ線でつなげたいという思いです。

私自身があまり忙しくなって欲しくないオーラを宇宙に向けて発信しているようで、本当にそうならないままですが、この人の思いにはきちんと応えたい、その準備は常にできています。

みなさんそれぞれ立ち止まってしまうことがあると思いますが、そんな時こそ改めて私の元をお訪ねください。

一緒に考えていきたいと思っています。
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走るという動作、そのスピードアップのために②

私が走るという行為そのものに着目し、動きを分析し、自分の体で確認して指導に活かそうと思ったきっかけは、何といっても15分のインターバルを挟んで、45分間の試合時間を二回繰り返す、サッカーという競技の指導を依頼されたことでした。

「90分間走り続ける能力」、この言葉が金言となり、この能力を獲得するために苦しいトレーニングを行うことが、フィジカルという能力の中で大きな比重を占めているようでした。

しかし現実的に考えて、起こりうる様々な状況の中で、90分間常に全力で走り続ける能力が人間に備わっているはずがありません。

こんなことは誰が考えても分かるはずです。

だからこそ1分1秒でも長く、そうやって全力疾走できる時間を増やそうと努力することの何が悪いのか、今までそれがすべてだと信じている人たちからは、私の考えていることなどまさに机上の空論で、現実はそんな甘いものではないという反応がほとんどでした。

それでも私はもっと現実を直視してほしい、もし走り続ける能力が多少向上したとしても、サッカー選手に求められているのはそれだけではなく、その場その瞬間に的確な判断が出来て、何より正しくボールを止める蹴るという基本的な技術を発揮し続けることが要求されていることは、どう考えても間違いではないと思うのです。

選手は、こんなに頑張って苦しい練習をやってきたのだから、指導者は選手に対しこれだけのトレーニングをやらせたのだから、お互いがそれぞれ自己満足ともいえる状況を作り出すことで、なんとなく正しいことをやっているような気がしていただけなのではないかと考えました。

そこでこれまで自分の中にあったアイデアを整理して指導に当たり、少しずつではありますが、サッカーの世界にも、なるほどそういうやり方があるのかと思ってくれる人も出始めていました。

「90分間走り続ける能力」ではなく、「90分間頭と体を動かし続ける能力」、これこそが時間制限の中で戦う競技に必要な能力だと、私は思っています。

その後、様々な経験やこれまで蓄えてきた知識を、あてはありませんでしたが、とにかく誰かに話しておきたい知ってもらいたいと書き始めたこのブログから西本塾が生まれ、多くの方に伝えてきましたが、実技の部分で中心となるのは、やはり私の提唱する走り方の部分でした。

日頃運動不足の方も、現役の選手であっても、その有効性はすぐに理解してもらうことが出来ますから、「走ることがこんなに楽しいものだとは知らなかった」とか、「この走りなら、もっと長い時間良いパフォーマンスが続けられる」といった感想を100%聞くことが出来ました。

走ること自体が目的ではない競技の選手にとって、走るという行為だけで疲れてしまっては本末転倒、何のためにピッチに立っているのか分かりませんから。

ある程度のレベルの選手であれば、少し慣れてくれば、走るスピード自体も従前のスピードと遜色なく、というよりも同じかそれ以上のスピードを獲得することも可能です。

年齢的な衰えを感じ始める年代の選手であれば、そのことをより実感できるでしょう。

サッカーという競技の指導というきっかけからは始まった、「走るという行為」に関する「西本理論」は、一つの答えとなって完結したかに思えました。

ところが、すでに西本塾は12回を数えましたが、2回目の西本塾に参加していただいた陸上競技を専門に行っている、現在中学校3年生の息子さんと、その指導をし、ご自分もランナーとして活躍されているお父さんとのご縁が出来てから、私自身もう一歩踏み込んで走るという行為を考えなければと思うようになりました。

日々色々考えることもあって、そのことに集中する時間をあまりとってはきませんでしたが、そんな中でも時々ユーチューブで一流選手の走りは見ていました。

先日も息子さんが出場する大会をぜひ見に来てほしいと、広島で行われた織田幹夫記念陸上競技大会に足を運んで、生で選手たちの走りを見てきました。

その時に感じたことは、陸上競技の選手たちの走り方があまりにも画一的で、結果として出てくる記録や順位というのは、いったいどこで差がつくのだろうという素朴な疑問でした。

背が高くて足が長いとか、筋力に勝っているとか、それくらいしか差がないような動きでした。

サブグランドで行われているアップの様子も見ましたが、申し訳ないですが何の個性も感じられない、まさに金太郎飴のような動きで、まったく面白くありませんでした。

お父さんと一緒に見ていましたが、陸上競技ではこういう風に体を使って走りなさいと言うイメージが定着していて、私の走り方など完全否定されてしまうというお話でした。

一度か二度の指導とはいえ、親子して私の指導を受けて、なるほどこういう風に走ればもっと効率よく走れるのかと納得してもらっているはずなのですが、あの集団の中で日々練習し試合に出ていれば、その色に染めなおされることは容易に想像できました。

そして今回、息子さんの記録の伸び悩みに、お父さんがしびれを切らし、もう一度一から学びなおしたいということで、個人指導という形で広島に来てくれました。

お父さん自身は、ご自分でも長距離種目で活躍され結果を残し、記録を更新し続けていますので、私の言葉を素直に受け入れて頂けるのですが、それを選手である息子さんに伝えるという作業は簡単にはいかないのです。

このお話があって以来、改めて集めたあった陸上関係の動画をしっかり見直し、何をどう説明したら、本当の意味で理解をしてもらい、このやり方で行こうと納得させられるのか、私にとっても自分の走りを極める意味でも楽しい作業となりました。

お手本となったのは、1999年に出した43.18という400mの世界記録がいまだに破られていないマイケル・ジョーダン選手(MJ)と、1998年に10.00という日本記録を出した伊東浩司選手の走り方です。

とくにMJの走法は、私の中では二足歩行の人間が最も効率よく速く走れる、理想的な体の使い方をしているのではと考えています。

ところがあの走法は、独特で彼にしかできないとか、一般的ではないとか、指導には適さないとか、ネガティブな扱いばかりを受けているようです。

一言で言えば、これから陸上競技を始める選手や、現在取り組んでいる選手から見て「カッコ悪い」走り方というイメージがあるようです。

はたしてそうでしょうか、カッコ悪い走り方で出した世界記録が、20年近くも破られない記録として君臨し続けられるのでしょうか。

伊東選手の走り方は、そこまで極端ではありませんが、これから紹介するMJ選手の体の使い方のエッセンスは、すべて盛り込まれています。

残念なことに、伊東選手監修指導による、「DVD版、日本人に適した最速の走り方」を見ましたが、本人による解説と、私の分析による伊東選手の動きに少し違いがあり、この解説を見て、きちんと形にしても、おそらくは伊東選手のような走りのイメージにはならないような気がしました。

もちろん伊東選手の指導は、いわゆる一般の指導とは少し違うものにはなっています。

一般的な指導で言われていること、膝を高く上げるということです。

膝、そして太腿の部分を地面と平行に上げて、大きく振りだすことでストライドを広げることが指導の中心となっているようです。

その際必要になってくる体の使い方は、太腿を引き上げる、つまり股関節を屈曲させる運動ですから、大腿前面の筋肉や腹筋、胸筋、そして腕の上腕二頭筋といった、体の前側に位置する屈筋を総動員させることになります。

ためしに体を直立させ、骨盤の後ろ側がしっかり引き上げられ、背骨がきれいなS字カーブを作った状態で、どちらかの膝を地面と平行以上にあげてみてください。

その時骨盤の角度はどうなったでしょうか、スタートポジションを維持することは出来ず、少し腰が引けてしまうのが分かるでしょうか、その腰が引けた状態で前方に着地すると、自分の股関節より前に着地することになりますので、自分の体重の何倍もの重さを支えなければならないことになります。

そして後方の蹴り足にも大きな負荷がかかります。

速く走っていると気づかないかもしれませんが、スローで動きを分析すると間違いなくこういうことが起こっています。

前方に着地した足を後方に引き上げ、後方で地面を蹴った足を前方に引き上げるために、腕は前後に振る必要が出てきます。

この時使われているのが、すべて屈筋となるので、腕も同じく屈筋である上腕二頭筋が主となり、肘が前方に振りだされることになります。

「何を言っているんだ、走るという行為はそのものズバリで、それを力強く行うために補強運動をしたり筋力トレーニングをし、また可動域を広げるためにストレッチもしっかりさせているんだ」、指導者の方々からは間違いなくそんな言葉が返ってくるでしょう。

では私が見本としている二人の選手の走り方はどうでしょう。

太腿は地面と水平になるところまで引き上げられてはいません、振っている腕も、肘が体側より前に振りだされることはありません。

体の上下動が少なく、トラックの上を滑るように進んで行きます。

MJ選手のフォームは、上体がそっくり返っているようだという言われ方をしますが、はたしてそうでしょうか。

並んで走っているほかの選手と比べると確かにそう見えるかもしれません。

しかしここで注目してほしいのは、MJ選手の骨盤の角度です。

骨盤の後ろが大きく引き上げられ、前傾か後傾かという分類をするならば、前傾していると言えます。

この姿勢をずっと維持できているため、骨盤の上に誰よりも大きなアーチが見られます、背骨全体が大きなS字を描いているということです。

そのため他の人に比べるとそっくり返って見えますが、実は肩の位置はきちんと股関節の真上に安定しリラックスした状態を保ち続けます。

深くできたS字のお蔭で、肩甲骨は下後方の背骨側に引き寄せられ、広背筋の停止部である上腕骨の小結節部分を力強く小刻みに後方に引き込むことで、広背筋の収縮を促し、骨盤をさらに引き上げ、股関節の自由度を高めることが出来るのです。

その結果、膝は高く上がることなく一定の位置で止まるため、移動してきた重心(股関節の真下)に着地しますから、自分の体重すら感じることなく着地の衝撃を感じなくても済むことになります。

さらには、着地した瞬間に後ろの足の股関節が伸展状態にあって、前に振りだされる準備が出来ていますので、後ろ足で地面を蹴っている感触もないまま、左右の足が次から次へと送り出されてくるという感覚が続くのです。

草原を走るダチョウのイメージです。

私の指導を受けたことのない人には絶対に理解不能な感覚だと思います。

「地面を蹴らないで、足を振りださないで、腕を強く振らないで、どうやって走れと言うのだ、それも早いスピードで・・・。」

いわゆる足を引きずるようにとか、すり足でということとは全く違います、欽ちゃん走りではありません。

今回短い期間でしたが、ここまで深く考えてこなかったMJ選手の走りを、私なりに分析することで、人間の可能性をより強く大きく感じることが出来ました。

陸上選手はこうやって走るんだ、それもいいでしょう、しかし、私にはその走り方に大きな未来も進歩も感じられません。

お父さんとお話しする中で、伊東選手や末續選手が活躍している頃には、私が今見ている方向性を感じることが出来たそうです。

ところが今、10秒の壁を破らんとしている若手の選手たちの動きが、少ずつそこから離れ、筋力頼みの走りになっているように思うという所は、見方が一致していました。

そこを我々日本人が目指しても、アメリカやジャマイカという短距離王国の黒人選手の肉体に迫ることは不可能だと思います。

MJ選手も黒人の選手でしたが、筋力頼みの走り方ではなく、これまで説明してきた骨盤と股関節の関係を最大限に活かし、広背筋を必要最小限の筋力で操り、骨格の動きをコントロールするという、人間本来の動きを完ぺきに操ってくれた選手だと思います。

あの背骨のS字カーブや、骨盤の角度を、まったく同じにできるようにトレーニングしてくれと言われても、それはできないかもしれません。

しかし、ああいう風に使おうという意識付けのトレーニングを行うことで、腿を引き上げ腰が落ちてしまうという最も避けなければならない状態を作らず、骨盤の後ろ側を、前に前にと運んでいく理想の走りのイメージを追及することは出来ると思います。

伊東選手の指導の中に、こういうイメージがありませんでしたが、もし現役の時、私が分析したMJ選手の体の使い方が理解できていれば、もしかして9秒台の記録が出たのかもしれません。

腿を上げる上げないではなく、上げられないという言い方をするとマイナスなイメージになりますが、上げる必要がない、あの高さ位置が理想的と言い換えた方がいいでしょうか。

腕も前後に大きくではなく、前には振れない状態になっているのですから、思いっきり後ろに振ればいいのです。

今回の分析をもとに自分で走ってみて、改めて自分の分析力に自信を持ちました。

昨日一緒にお父さんと走りましたが、40代前半の陸上選手とそれほど大きく差をつけられないで走れるように、練習すればできそうな気がしてきました。

お父さんは地元で行われたマスターズの大会の100メートルに出場し、スタブロを使わず運動会のヨーイドンスタイルでスタートして13秒1の記録を出したそうです。

スタブロを持ってきてもらって、私のイメージするスタート時の体の使い方もやっていただきましたが、さすがに呑み込みが早く、その時今のスタートが出来ていれば、楽に12秒台が出たのではと思いました、恐るべしです(笑)

私はスタブロに慣れていませんので、自分のイメージ通りにはなかなかできず、どうしてもスタブロを蹴ってしまいましたが、「来年マスターズ出場を狙ってみませんか」の声に、少しその気になりましたので、ならばスタブロに対応できるための練習もしなければなどと、またまたいろいろなことを考え始めました。

「走るという行為」、とんでもなく奥が深いですが、私なりの結論らしきものを、今回見つけることが出来ました。

こんな機会を与えていただいた親子に感謝します。

今回の分析と実技をもとに、息子さんお父さん、ともども記録更新に向かかって頑張ってほしいと思います。

走るという動作、そのスピードアップのために①

走るという行為、歩くという移動のための動作を行う時、目的地に到着するために、少し急がなければならないという必然から起こった動作だと思います。

好き嫌い得意不得意はあるにせよ、走ったことがないという人はいないと思います。(障害者の方には申し訳ありませんが、そういう前提で話を進めていきます。)

好き嫌いという意味合いの分類でも、得意不得意、平たく言うと速い遅いが判断の材料となると思います。

さらには足が速くて走ることが得意で、走ることは大好きですという人でも、誰かに強制されたり自分の好きなように走ることができなければ、それはただの苦痛な行為ということになってしまいます。

現在一般的に行われているジョギングという行為も、楽しいから走るというよりも、運動不足の解消のためのカロリー消費の行為であったり、目標とするレースに備えるためのトレーニングであったりと、人間本来の移動手段としての走るという行為とは別の目的となっています。

それぞれのスポーツ競技の中でも、走るという行為が重要視されるものはたくさんあります。

走るという行為だけで勝敗が決まるのは、陸上競技のトラック種目やロード種目だけで、その他の種目では走ること自体のスピードや持久力を競い合うわけではありません。

にもかかわらず、ある意味陸上選手以上の時間や距離を走らされたりすることが日常的に行われています。

これはなぜでしょうか、走ることによって、そのスピードを向上させたり心肺持久力を高めたりという目的よりも、単に苦しくなってからどう頑張るかとか、自分の限界を超えたところでも頑張り続けられるといった、ひと昔どころか一世紀前の根性論が未だにまかり通っている場合もあるようです。

今回の西本塾参加者の中にも、指導者に気に入られるために、不必要な頑張り方、それほど苦しくないときでも苦しそうな顔をして一生懸命走っているふりをするとか、余裕を持って相手に対応できるのに、ガツンとスライディングを仕掛けてみたり、そうしないと指導者からは力を出し切らない選手だというレッテルを貼られてしまい、試合に使ってもらえない雰囲気だったという話を聞きました。

たかだか10年くらい前の話です、それが今でも同じような部分がたくさん残っているというのですから、情けないというか悲しい現実ですね。

私がサッカー選手の求められるのは90分間走り続けられる能力ではなく、90分間を通してクリアな頭で戦況を把握し、自分の体と頭を動かし続けられる能力という言い方をしていることの意味を、未だに正しく理解できず、自分の限界を超えろ120%の力を振り絞れと声を荒げ目を釣り上げている指導者たちには、何を言っても無駄なのでしょうか。

それを実現するための大きな武器というか、絶対に身につけてほしいのが、私が提唱する走り方と体の使い方です。

これは単にサッカーのような競技だけではなく、陸上競技の選手にこそ身につけてもらいたい体と意識の運用方法なのです。

西本塾の2日目には、室内でイメージ作りのドリルを行った後 、外に出て実際に走っていただいて、その感覚をそれぞれの体で実感していただき、ほかの参加者の動きが時間とともに変化して行く様子を見ていただくことで、理論的にも実践でも正しい方法論であることを確認していただいています。

その場ですぐに聞かれる言葉が、「走っているのに疲れない」とか「走ることってこんなに楽しいんだ」という、これまで走るという行為に対して持っていたイメージと真反対の言葉です。

そんなに広い場所ではありませんが、直線にして40メートルくらいはあると思います。

そのスペースを利用してまっすぐ走ったり、スラローム走をしたり、対人の対応動作や、マーカーを設定して応用動作を行ったりと、約1時間にわたってほとんど休みなく動き続けることができることに、皆さん驚かれます、そして異口同音に先ほどの感想が聞かれるのです。

少し厳しいことを言わせて貰うと、ブログは熟読し私の考え方自体はある程度理解してから参加していただいていますが、走りに関しても細かい部分にまで説明をしてあって、その気になれば色々と試してみることはできたはずで、要するにちゃんと予習をしてきてくれれば、もっと早くコツがつかめるでしょうし、理解も深まるはずです。

この実技部分に関しては、初めて参加するということを差し引いても、この人の走りには合格点を与えられるという方が、毎回一人か二人しかいないのは残念です。

今回も島田さんが文句無しの素晴らしい走りを見せてくれました。

中には、最後のスピード走を撮影する時になって、今日やってきたことはどこへ行ってしまったのかと言いたくなるような、おそらく昨日まではこうやって走っていたんだろうなという走り方になってしまう人さえいました。

それくらい体にしみ込んでしまっているのです。

それでもそういう体の使い方で走ると、たった1本走るだけで筋肉の負担がいかに大きいか、息が上がってしまうか、よくわかる結果になりますので、それはそれで意味のある走りになったかもしれませんが。

過去にも、この人の走りは合格という人は何人かいましたが、次の段階として、その走り方でいかにスピードアップするかということが問題となります。

楽に気持ちよく走れることで、がむしゃらに走る時よりも、スピード感というか頑張って速く走っているという感覚がありません。

実際には遜色ないスピードで走れていますが、いわゆる屈筋を総動員して歯を食いしばってという力感がないのに、スピードが出るということを、頭が理解できないのです。

こんな楽な感覚でこれくらいのスピードが出るのなら、もっと頑張れば…と、これまでの既成概念が頭をもたげてくるのです。

私自身、この走りでスピードアップを図るために試行錯誤が続いています。

今現在でも、前出の島田さん(年齢差30歳、元高校球児) と一緒に走っても、40メートルくらいの距離なら、それほど差をつけられることなく走ることができます。

私自身元々走ることは嫌いではありませんし、遅い方ではなかったと思いますが、学生時代私より速かった友人と今一緒に走ったら、おそらく負けないと思いますし、ここ数年スピードは上がっているのではと思います。

そのためにマイケルジョンソン選手や伊東浩司選手をお手本に、ほかの選手とどこがどう違うのか、私なりの分析を続けています。

ある程度見えてきていますが、自分の体で自分の走りで再現し、現役の選手に確実に身につけてもらえる指導の機会を得て結果を検証してみたいと思います。

具体的なイメージはまた改めて記事にしますが、物事突き詰めて考えるといろいろなことが見えてくるものです。

なかなか楽しい作業です、ただ自分の体がいつまで実験材料として機能してくれるのか、一番の不安要素は実はこの部分です、今持っている疑問はたくさんありますが、一つでも多く自分の体で実証したいと思っています。

なので、少し焦っています(笑)

「あの人は特別だから」という言葉で済ませてしまっては何の進歩もありません。

天才は努力し続けられる能力のことだと思います。

私のような平凡な人間が、こうして疑問を持ち探求し続けることで、同年代のほかの人たちとは少し違う能力を身につけることができました。

何のためにやっているのか、どこでその能力を使うのか、そう言われると困るのですが、そのノウハウと結果が今まさに誰かのために役立つと思える状況になってきました。

どこまで続くかわかりませんが、とりあえず歩みは止めません。

さて西本塾の感想が、また届いていますのでご紹介します。

西本先生、奥様、12期の皆様
2日間本当にありがとうございました。職業や立場など関係なく各々が違った目的をもって参加し始まった西本塾でしたが、西本先生が発する言葉の一言も聞き逃さないという参加者の「学びたい」という気持ちは皆一緒でした。
この同じ志をもった空間での2日間はあっと言う間に過ぎ充実していた証拠だと感じております。
今、レジュメを振り返り、こんなに多くのことを学んだのかと思い返し整理しております。
1日目にお話しいただいたことを2日目に目の前で実践する西本先生の姿を見ることが出来たこと、そして自分でも少しながら体感できたこと。
これら事実を知ってしまったことは、患者のためには西本先生のように実践しなければならないことを意味し、ものすごい課題をいただいたように思います。
西本先生の何事にも全力で臨む態度、その裏には完璧なまでの準備を怠らない姿勢、妥協を許さない人間性を感じました。
その意味では、自分自身は実技に対する準備が出来ておらず、頭で理解していても身体がついていかないという、まさに運動していないお父さんの徒競走状態になってしまい 、しっかり実技を体験できなかったことが心残りです。
昨日、早速いろいろとチャレンジしてみました。リハビリでは動作獲得のために無理やり行う動作を代償動作と言いますが、代償動作がでないように、時には代償動作を利用して動作獲得を目指します。
この代償動作の多くは力む筋肉、つまり屈筋です。ここで伸筋を使用し連動させ動作を獲得できないものか患者さんに試してみました。
結果は当然ながらすぐには出来ませんでした。しかしながら筋力での動作獲得ではなく、重心移動によるエネルギーと伸筋を連動させることで筋力に頼らない動作獲得への方向性に少しながら光が見えたように感じています。
今後も工夫しながら失敗しながら諦めることなくチャレンジしていきたいです。
ただ、我流になりたくないので、またご相談させてください。そして、深める会にも参加させていただきたいと思います。この次に参加する時までには今回以上に走れるように準備しておきます。
2日間という短い期間でしたが本当にありがとうございました。そして、今後とも宜しくお願い申し上げます。
くれぐれも体調を崩されませぬようご自愛ください。
山本武


山本さんは理学療法士として、機能回復訓練の指導をされています。

過去にも理学療法士の方がたくさん参加してくださっていますが、みなさん意識が高く、もちろん知識も経験も豊富なのにもかかわらず、患者さんのためにもっと自分を高めなければという使命感を持っておられました。

私の体に対する基本的な向き合い方は、どんな職種であっても共通するはずです。

ぜひ色々試していただきたいと思います。

ここで一つ提案ですが、「理学療法士」として西本塾に参加してくださった方々のネットワークが作れないものかと考えています。

私から見ても理学療法士として参加してくださった方々の意識や、参加目的は共通点が多く、医療現場の専門職として、私から学んでいただいたことを活かし、大きな影響力を発揮していただきたいと思っています。

もしそういうグループなら情報交換をしてもいいという方がいらっしゃいましたら、私宛にメールを送ってください。

個人情報の管理が難しい現状ですが、そういう方々の名簿を作成し、今後の活動に役立てていただければと思います。

もう一人、大石さんからの感想です。

西本さん、奥様、2日間ありがとうございました。
最初、ブログなどで想像していた西本さんはもっと怖い方なのかと想像していましたが、心優しい方でした。2日間立ちっ放し、動きっ放し、しゃべりっ放しで、熱意を感じ、すごいなと思いました。
受講生の方々の熱意もすごく、会の雰囲気もよくて、楽しく学べました。
私はブログや本で西本理論を理解していたつもりでしたが、実際に受講してみてやり方が違っているものがありました。ブログには図示されていないので仕方ないのではなく、理論の理解が足りなかったのだと思います。なので、西本塾に参加し理論と実践が出来たことは本当によかったです。
1日目にフライングバック、広背筋トレーニング、股関節トレーニングを行った後は、肩甲骨がいつもと違う正しい位置にあり、またそれが次の日まで維持されている不思議な感覚でした。2日目の走りの練習では、伸筋を使えば身体も楽でスピードもでて、何本も続けられることを体感し、今まで屈筋で頑張る走りは、無駄な事をしてたなと感じました。
実は走っていたら左ふくらはぎが痛くなったので、帰りの新幹線で肉離れの話を参考に、アクチンとミオシンを意識して足関節を動かしていたらだんだん痛みが楽になっています。
なぜ痛くなったか、鏡の前で動きを確認したところ、広背筋の作用が弱く、腕と骨盤を引き上げれず、ふくらはぎを使って足から骨盤を上げようとしていたことや、反対側の股関節に乗り切れていないのではと分析しました。今後は痛めないように、自分の身体と対話しながら、走りをマスターしたいと思います。
オクタントトレーニングでは、1人をやるのにも体力がいることを、トレーナー時代は試合前に7、8人やっていたと聞き驚きました。選手のためを第1に考えている、西本さんのように、自分も選手のために動けるトレーナーで居ることをブレずに続けていきたいと思いました。
からだほわっとも練習していき、また今回学んだ理論を日々の施術に生かしていきたいと思います。
また、自分が理解するだけでなく、相手にも伝わるようにデモンストレーションや説明する話術も磨いていきたいと思います。
充実した楽しい2日間でした。学んだ事をまた再確認しながら、活動でどんどん実践していきたいと思います。
そして、西本さんや第12期生の皆様と、またお会いするのが楽しみです。ありがとうございました。


これまで参加していただいた方の中にも同じように聞こえてきた、「私の理論や考え方は本やブログを読んでわかっていたつもりだったが」、という言葉ですが、私が参加条件にブログを熟読していることを求めているのは、しっかり読んでくればわかるからではなく、熟読という言葉に相応しいうくらい読み込んで初めて、本当の意味でわからないことがわかる、そんな意味を持たせています。

わかったつもりと言われれば言われるほど、多分何もわかっていないんだろうなと思ってしまいます。

わからないということがわかることと、わからない部分がわかったということは全く違うのです。

二日間の中で、何を感じてもらえたか、表面だけわかったつもりにならないように、しっかり整理していってください。

まだまだ土日の内容を色々考えている時期ではありますが、7月11日12日に札幌で行う西本塾が近づいてきましたので、少しづつ頭を切り替えて行きたいと思います。

北海道在住の方の参加をお待ちしています。

今回も想いは伝わっていました。

今日も西本塾に参加していただいた方々から届いた感想をご紹介します。

どれも、二日間私が一生懸命お伝えしたことが伝わっていたんだなあと実感できる、温かい言葉をたくさん書いていただき、本当に有り難く思います。

私が伝えたかったことは口先の理論や小手先の技術ではない部分です。

それをしっかり受け止めていただいた皆さんは、同じ志を持った仲間だからこそだと思います。

順にご紹介していきます、ぜひじっくり読んでいただきたいと思います。

西本先生、奥様、島田さん、大石さん、内田さん、立田さん、関口さん、緒方さん、山本さん、みなさま2日間どうもありがとうございました。
最初から圧倒され、衝撃を受け、感動し、今でも濃密な2日間があっという間過ぎてボワーンとした感じです。
西本先生のご指導、みなさまの志望動機、愛を感じる2日間でした。
身体の本当の事を知りたい、と思っていましたが、西本先生が身体で証明して下さいました。
西本先生の動きと身体はすごいです。自分もそうありたいと改めて思い、さらに指導者ではなくプレイヤーになりたい、という気持ちにもなりました。

お話しの中からも、スタジオの中からも西本先生の探究心が伝わり、自己紹介後の数分で自分の疑問は、質問と呼べる状態になってから改めて西本先生に質問したいと思い直しました。
ひとつの事を突き詰めて自分で考えていく。自分の思いを文章にする。出来ない事ではないと思います。
人としてどうあるべきか、どう生きていくか、という事をいちばん学んだ様な気がします。
西本塾に参加出来る事となり、楽しみで毎日ワクワクしていたのが、日が近付くにつれて、自分にはまだ早かったのではないだろうか、と不安になり、緊張しながらスタジオに向かいましたが、笑顔で迎えて下さり、気を配って下さってどうもありがとうございました。

ブログで何度も見ていたフライングバックトレーニングを実際にやってみて、男性の方々の姿勢が見た目にもわかりやすく変化した事。
外で走って、島田さんの走りが西本先生の様に滑らかに美しく走る姿になったのを目の前で見て感動した事。
とても良いお天気に外で運動をし汗を流すのはいつ以来だろう、と思いながら好きではない走る、という動きをやってみて、東京に戻ったら少し走ってみたいな、と思えた事。
人に自分の体重を預け相手を感じる時、ダンスのコンタクトインプロみたいでこのまま踊りに発展出来そう、と思った事。
からだほわっとの時、西本先生が別人の様な表情に変わる瞬間がある事。

フルバージョンをして頂き言葉が出てこなかった事。
内田さんにもして頂き、温かいものを感じ、自分も誰かにしてあげたい、と思った事。
オクタントトレーニングを見ながら、緒方さんが活躍する姿を見てみたい、と思った事。
見て、感じて、五感をフル稼働させた2日間、様々なシーンがぐるぐると思い出されます。
2日間で自分が学んだ事を、これから踊りにどういかしていくか、どう伝えていくかを考える事が楽しみになってきました。自分で限界を決めずに進んで行きたいと思います。
西本先生が作って下さったテキストは宝物です。

座学はとてもわかりやすく、興味深くお話しに引き込まれ、自分でも色々調べてみよう、という気持ちになれました。
西本先生、みなさまと出会えた事に感謝しています。
女性の方で西本塾に興味があるけれど躊躇している方がいらしたら、是非参加した方が良いですよ。とおすすめしたいです。
自分のテーマであった姿勢について、とても納得がいきました。ヒールを履いて歩いた感覚を試してみました。自分でも考えて発展させていきたいと思っています。
何か疑問が湧いたら、自分の身体で実験していこうと思います。

ずっと立ち続け、お話しし続け、動き続けて下さった西本先生。
西本先生、心よりどうもありがとうございました。
高井はる菜


高井さんは、元コンテンポラリーダンスのダンサーをされていて、現在はバレエやヨガの講師をされているという方で、これまで参加していただいた方とは少し違う分野の方でした。

私の話や実技にどんな感想を持っていただくのか、私自身とても興味がありました。

読ませていただき、本当に細かい部分にまで注意を払い、私だけではなく参加者全員の取り組む姿勢や意識の高さを十分感じていただいたことは、私から学ぶことの何倍も得るものがあったのではないでしょうか。

正直ダンスというものはわかりませんが、これからどう活かしていただけるのかとても楽しみにしています。

また近況を伺えればと思います。

慣れない炎天下でのランニングなどお疲れになったと思いますが大丈夫だったでしょうか、本当にお疲れ様でした。

第12回西本塾に参加させて頂いた緒方です。
昨日は美味しい料理と楽しいお話ありがとうございました。
最初からもう一泊する事は決まってましたが、まさか一緒にお食事できるとは思っていませんでした。
楽しく且つ貴重なお話を聞けて、本当ラッキーだなと思います。
今日は帰りの新幹線までに時間があったので、宮島に行き、厳島神社に参拝して来ました。
天気は曇りで残念でしたが、とても綺麗な場所で、この場所が世界遺産だという事を実感しました。
ここから西本塾の2日間に関してです。
感じた事は様々あるのですが、一番印象的だったのは、なんと言っても
「走るのが気持ちいい」
これに尽きます。

今までの走る印象はしんどい、辛い、嫌い…負のイメージしかありませんでした。
それがあんなに楽で気持ちいいことだとは。
あの感覚を覚えた時は、思わずにやけてしまいました。
これが体が喜んでいるという事なのかなと思います。
股関節の辺りに地面があり、その地面を股関節で踏む、この表現は本当にスッと入ってきました。
階段を登る時に、特にその感覚を感じ、ちゃんと股関節でその地面を踏む事ができれば、勝手に反対の足が出てくる。
階段登る事だけでも、動きの楽しさ、嬉しさを感じています。
ですが、動きの質としてはまだまだです。
常に自分の体と対話し、無理のない体が喜ぶ動きを探し続けていきたいと思います。
私のみが受けたオクタントトレーニング。
感じた事を述べるのが、他の受けてない方に対しての使命だと思いますので、述べさせて頂きます。
正直受ける前は緊張していました。

ですが、始まってしまえばあの迫力、スピード感、本気度、緊張してる暇なんてありませんでした。
様々な関節への様々な角度への刺激、それが絶え間なく続いていく。
規則的なリアクションだけでなく、途中で不規則なリアクションが求められる事で、合っているかは分かりませんが神経にもしっかりと刺激が与えられているのかと思います。
終わってみれば、関節がスムーズに動き、筋温が上がり、心拍数も上がり、神経にも刺激を与えられ、今すぐにでも動き出したくなる状態です。
それと、この感覚か合ってるかは分かりませんが、様々な関節がいい意味で締まった感じがしました。
無理な話ですが、定期的にオクタントトレーニングができれば、どんなにパフォーマンスが上がるんだろう、なんて事を考えてしまいました。
一緒に参加した塾生の皆様とは、今回の一回きりの関係ではなく、こちらからは有益な情報を与えられないかもしれませんが、様々な情報交換をしたいなと思います。

陰ながら西本塾の進行を手伝ってくださった奥様、2日間ありがとうございました。
様々な意味で、奥様ありきで成り立っている西本塾だと感じました。
西本先生、本当にありがとうございました。
とても楽しく、充実した、あっという間の2日間でした。
この2日間での経験は一生の財産です。
何か壁にぶち当たった時は、西本先生に質問させて頂きたいと思いますので、その時はまた宜しくお願い致します。
そして、また広島に戻ってきたいと思います。
これからは、ブログのコメントもしくはメールで定期的にこちらの状況を報告させて頂きたいと思います。
いい報告ができるように、屈筋がでしゃばらず涼しい顔して、頑張ります。
今後とも宜しくお願い致します。
緒方 卓也


緒方さんは現在28歳ですが、趣味として続けてきたサッカーを、もう一度真剣に取り組み、プロを目指したいという大きな目標を持って参加してくれました。

オクタントトレーニングの反応はなかなかの出来で、本人の言う通り、もし継続して指導を受けてもらえる環境にあるとしたら、大きな変化を期待できると私も思いました。

ただ与えられた環境の中でしか生きられないのも人間です。

その中で、今回学んだことをどう活かしていくか、色々な意味で可能性を感じさせてくれました、受講者全員が応援しています、ぜひ頑張って良い報告を聞かせてください。

2日間本当にありがとうございました。奥様や12期生の皆様にも本当にお世話になりました。
2日間西本塾に参加してみての感想です。
今回実際に西本先生にお会いして理論、実技と自分の身体で体験してみて、ブログなどに書いてある内容から自分なりに想像していた事がこういう事だったのかと腑に落ちる感覚ばかりでした。
どの言葉やシーンを思い出しても自分にとっては新鮮な事ばかりの様に感じられて(本当は新鮮な事でも何でもなく、自然と考えればごく当たり前な事なのだと思いますが)、いつもの日常に戻り改めて色々な事を考えてみると今回の西本塾は本当に僕の人生の分岐点だったなと思います。
実技では、からだほわっとを行っている際の西本先生の息遣いやオクタントトレーニングはまさに貴重な瞬間であり圧巻の一言でした。

走り方や身体の使い方にしても意識や動作を少し変えただけで、あんなにも楽でスムーズに動けるのかと驚きばかりでした。
何が楽なのか、どう動いたら身体が素直に喜んでくれるかという感覚を何よりも大切にしていきます。
帰宅し早速嫁相手にからだほわっとを行いましたが、開始5分程で深い眠りについてしまいました。毎日続けてみようと思います。
また、お着替えの際に西本先生が上半身を見せて下さった時は本当に驚きました。
僕も今からトレーニングを行い、30年後ちょうど西本先生と同じ年齢になるので少しでも西本先生の身体に近づける様に頑張ります!(志は高く持ちたいので)
まだほんのわずかではあると思いますが、身体の仕組みや本質の根本的な部分を知ってしまった今、周りにどう伝えたら1番伝わりやすいのかを日々考えて追求していきたいと思います。
これから先、目の前の患者様や僕と出会った方など1人でも多くの人に喜んで頂ける様、お役に立てる様に今の感覚を突き詰めていきます。

本当に楽しく夢の様な2日間でした。ありがとうございました。
また深める会、是非参加させて頂きたいと思っております。
その際は宜しくお願い致します。
島田健


島田さんは受講動機を送っていただいた時から、すでに他の方以上に私の考え方を素直に学びたいという気持ちが伝わってきていました。

他の方ももちろんですが、全てを聞き漏らさないように、全てを見逃さないように、本当に真剣に学んでいただいていることが伝わってきました。

野球をやっていたということで、ボールを放るということと投げるということの違いにもすぐに気付いてくれて、今すぐにでも投げてみたい、高校時代にこのことを知っていればと残念がっていました。

本当にちょっとしたことなのですが、このことをきちんと指導できていないからこそ、肩や肘の故障が減らないのです。

未だに私から学ぼうという野球の指導者が現れないことに、ある意味怒りさえ覚えています。

自分がやってきたこと、自分が教えられてきたこと、勝つという結果さえ残せば良い指導者として評価される、いったいいつまでこんなことが続いてくのでしょうか。

島田さんにはぜひこれからの活動で、自分の体でやって見せて相手を納得させられる施術者であり、トレーナーになってほしいと思います。

今回のたった1度の指導で、西本走りをほぼ完璧にマスターしてくれました。

おそらくはブログを穴が空くほど読み、自主練を繰り返してから参加してくれたのだと思います。

さらにはどんなドリルの時でも、私の伝えている動きを忠実に再現しようと努力してくれました。

自己流が出るスピード走でも、ドリル通りの動きでモーターの回転数をあげるという感覚ができていました。

こんな人がいてくれると本当に嬉しいです。

まさに親子ほど歳の違う島田さんと一緒に走っても、遜色ないスピードで走れる自分が少し誇らしいです。

体のことも褒めていただきましたが、今流行りの見せ掛けだけの肉体ではなく、本当の意味での筋肉の仕事である「骨を動かすこと」を全うできるために必要な筋量や筋出力を知るための、一つの見本として私の体を維持して行きたいと思っています。

島田さんのおかげで、私しかできないことではないということを、他の参加者が目の前で確認できたと思います。

今回のことをぜひ継続してください、私からもお願いします。

いかがでしょうか、みなさんがどれほど真剣な思いを持って広島にきていただいたか、それぞれの知識や経験がある中、とにかく西本理論を吸収しようという潔い態度、そんな方々と過ごした二日間は、またまた私がだれかのお役に立てていることを実感させてくださいました。

皆さんに感謝です。

たった今内田さんからの感想が届いたので、追加します。

西本先生、二日間ありがとうございました。すべて、本当に楽しかったです。
先生に初めてお会いし、まず驚いたことは、屈筋優位の私の身体とは真逆の先生の身体つきでした。
失礼ながら、私よりも10歳以上年上の先生のその身体から披露された跳躍力には驚かされました。
また内容の濃いレジュメを、実体験を交えてお話して頂いたり、実際に先生が動きを見せて下さったり、それを実際に私達自身が体験したことは有意義以外なにものでもありませんでした。
教えて頂いたことを、正確に出来るようになるのはまだまだはるか先になりますが、コツコツと練習していきます。
そして、肉離れの対応法を説明つきで実演していただけたことは本当に私にとっては有難かったです。
なんと、昨日1人のハムの肉離れの方と、重度の腱鞘炎の方を施術しました。
二人とも、整形受診後に来院され、それぞれの診断名とシップと痛みどめだけ渡されただけでした。
今までもそれなりに施術結果を出してきてはいたのですが、西本先生から教えて頂いた、アクチンとミオシンに働きかけるように3・5・7理論と8方向をイメージしながら施術したところ劇的に痛みが軽減し、動きが改善しました。
これはには患者さんはもちろん、私の方がびっくりしてしまいました。
特に腱鞘炎は熱感もあり全く動かせない状態でしたが、屈曲させると痛みは残るものの、急性期の1回目の施術としては充分の結果を出せました。
正に先生の知らないところで、先生の教えが、先生の知らない方を救い喜ばれています。
学んだ翌日に、このような症状を触れることが出来たことは不思議ですが、西本塾に参加したおかげで、なおさら嬉しく思います。
それが、西本先生にとってもそうであれば、なお嬉しく思います。
本当に楽しく有意義な時間ありがとうございました。いつになるか分かりませんが、深める会にも参加したいと思います。今後も細く長くお付き合いさせて頂ければと思います。
また、第12回西本塾参加の皆様、二日間ありがとうございました。


この世の中、数字で全て割り切れたり、理屈で説明できるものだけではないと思います。

今回の西本塾でも話題にしましたが、ここに集まっていただいた皆さんは、私と出会うべくして出会っているのだと思います。

私が発信している何かに、皆さんが立てているアンテナが大きく反応したということなのではないでしょうか。

例えば同じテレビの番組を見ても、ただ見ているだけの人とそうでない人の違いです。

さらに言えば、アンテナが受信しても周波数が合わなければよく聞こえない見えないということです。

そうして広島まで来ていただいて内田さんが学んだことが、まただれかのアンテナに届いたということなのではないでしょうか。

偶然ではなく必然、その必然を引き寄せるためにはただ漫然と待っているだけではダメだと思います。

前にも書きましたが、出会うは、自分から出て行って会うことだと教わりました。

ぜひこの必然を大きな力に変えて、内田さんの周りの困っている人を引き寄せ役に立ててください。


一期一会

土日に行った12回目を数えた西本塾が無事に終了しました。

参加していただいた皆さん本当にありがとうございました。

これだけの回数を行っていれば、普通は慣れてきて要領も少しは良くならなければならないはずなのですが、私に限ってはどうもそうはいかないようです。

何回目から同じレジュメを使っていますが、当然のことですが参加していただく方は基本的に初めてお会いする方ですし、年齢も職業も現在抱えている問題点も、それどれ皆さん異なっています。

参加していただいた方には、みなさんには、「これからはもう仲間ですから」という言葉を使わせていただいていますが、一期一会、もしかしたらもうお会いする機会がないかもしれないかもしれません。

そんな方々をお迎えして、少しでもお役にたてる内容にしなければと、毎回毎回大きなプレッシャーの中で当日を迎えることになります。

参加条件の大前提として、このブログを熟読していることを挙げています。

その内容も量的なボリュームも、回を重ねるごとに増えていくわけですから、参加してみたいと思っても、まずはブログをということになると思います。

そのハードルを越えて申し込んでいただいた方々ですから、すでに私の言いたいことは文字として頭の中に入っているはずです。

そういう方々に対して、より深い理解と、書かれていることを実際に体験していただかなければならないのですから、二日間の内容は膨らんでいく一方です。

今回も時間がいくらあっても足らないという状況で、すべてを伝えきれたかどうか落ち着いて反省をしなければならないと思っています。

1年前の私とは明らかに違うことを考えていますし、動きづくりもバリエーションが増えていると思います。

それでもやはり基本となるのは、ブログで言えば書き始めた最初の半年くらいまででしょうか、毎日のように書いていた頃の内容だと思います。

この部分は私自身、自分で書いた文章ではありますが、何度も何度も繰り返し読んでいます。

今回特に時間があっという間に過ぎていくのを感じました。

一つのことをお話ししている最中に、話題が派生してどんどん広がることはいつものことなのですが、その広げていく範囲が回を重ねるごとに大きき大きく広がりすぎて、収拾がつかなくなってしまうのです。

紙に書かれた内容よりも、実際に私が経験してきたことをお話しする方が、ずっと説得力があるでしょうし、現場の裏話的な話の方が聞いていて面白いでしょうから、ついついそちらに話を広げてしまうことになります。

今回も受講動機に私の人間性についてお褒めの言葉を書いていただいた方があり、良い所を見せようなどということは考えても出来ないことは最初から分かっていますが、大きく期待を裏切ることがないようにと、自分に対するハードルも上がってしまいました。
 
今回は元ダンサーで、ヨガやバレエの講師をされている女性の参加もあり、今までとは少し違う意味で、私の理論とのすり合わせを楽しみにしていました。

諸々含めて今回も、自己満足ではありますが、全力を尽くしたと思っています。

さっそく感想をいただいたので、今回はコメントとしてではなくブログの記事として紹介させていただきます。

西本先生

昨日はご馳走様でした。
とっても美味しい料理と先生の楽しいお話に、時間も忘れ熱中してしまいました。

遅い時間まですみませんでした。

ここから西本塾の2日間を通して感じたことです。

初日で教えて頂いた理論や体の仕組みの大切さや考え方、言葉の言い回しやイントネーションなどもっともっと細かいところに大切な事が沢山あると感じました。

F.B.Tは文章で読んでやってもこれが正しいのかと自問自答していましたが実技で教えて頂き思っていたものとは違いました。

広背筋を使うと言うのはこんな感じなんだと実感する事ができました。

マシンを使ったトレーニングではスクワットがとても感動しました。

スクワットの後の走りやすさは本当に体が軽く、股関節を使う感覚はこうなんだと思いました。

二日目は朝一で「からだほわっと」を体験させて頂きました。
心地よい揺れと全身に血液が回った感じがしました。

その後、走りの実技でした。
ここ数年まともに走ることのない生活をしていた私でもあれだけ走れたのは、伸筋を使えたからだと思います。

また頭で思っている事を表現する事の難しさ、習ってすぐできるものではないと実感しましたが、しっかり考えながら続けてやれば必ずできるとも思う事ができました。

ぶつかり合いでスライムになる、競り合いで勝つ為の腰の入れ方など体の使い方次第で体力を使わず相手に勝てる方法がこんなに簡単で知らないのと知ってるのではこんなに違うのかと驚きました。

午後のメインイベントのオクタントトレーニングが迫力ありスピード感ありで圧倒されました。
アップがいらなくなるのは理解できました。
自分も、このトレーニングを習得したいと思いました。

深める会などで是非教えて頂きたいです。

全般を通して驚き感動、納得がかさなり楽しいという感情になりました。

ここで学んだことをしっかり自分のものとして患者さんに合わせて施術、競技能力の向上に工夫しながら使っていこうと思います。

12期生の皆様や他の塾生の方とも沢山話して更に深めたいと思います。
そして皆んなの今後を注目したいと思います。

当院でも札幌開催後は3名の西本塾塾生がいる事になりますのでそこでも深めていけると思います。

たった2日間であっと言うに終わってしまいましたが内容はこれ以上ない素晴らしい内容でした。

また広島に戻ってきたいと思います。先生と2日間もご飯を食べてお話できた事も本当に嬉しかったです。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

本当にありがとうございました、心より感謝いたします。

関口貴弘


関口さんは、西本塾ではすでに伝説となっている、第1回の西本塾に寝袋持参で札幌から駆けつけてくれた「小林敬」さんが勤務する治療院を経営されている方です。

来月札幌に伺うことが決まっていますが、スケジュールがどうしてもということで、広島に来ていただいたのだそうです。

小林さんが与えたインパクトがよほど大きかったのか、関口さんに、そして同僚の方へと広がっているそうです。

色々書いていただきましたが、すぐには出来なくても理解して継続していただければ、必ず習得できることを分かっていただいたことが何よりだと思います。

言葉や文字で分かったつもりでいたこと、逆にどうにも理解が出来なかったこと、それらの一つ一つが次々と解き明かされていくのは、他の方からも最後の発表で聞かれましたが、まさに「楽しかった」という一言だったかもしれませんね。

私にとっては最高の褒め言葉です。

私ごときがそんな難しいことを考えられるはずがありません、聞いて見て感じていただければ、どれも当たり前なことばかりだったはずです。

その当たり前のことを、常識や既成概念という言葉を信じさせられてきたことで、素直に見ることが出来なかっただけではないでしょうか。

「自分が学び実践してきたことと180度違うことばかりで戸惑ってばかりだった」、という言葉に対して、「それこそ見る角度が違うだけで、180度どころか、一周回って結局同じことを言っているだけなんですよ」と、返しましたが、この意味を深く考えていただくことこそ、それぞれの皆さんのこれからの課題ではないでしょうか。

これまでの知識や学びがあまりにも一方通行で、考える余地を与えられないままに受け入れてしまい、それだけを信じて実践してしまうことで、常識や既成概念が、さらに固定概念となり、応用の効かないものになっているのではないでしょうか。

私はあえて、そういうものにとらわれず、目の前の人間に起こる現象だけを見てきたことで、本質的な部分に迫ることが出来たのではないかと思っています。

関口さんの経営されている3店舗の治療院で働いている方も、そこに通って施術を受けている方々も、皆さん良い方向へ導かれていると思います。

二日目終了後、食事をご一緒させていただきましたが、その時の会話の中でも言いましたが、私には人を使う裁量も度量もありませんが、関口さんのように、ただ経営者としてではなく、一治療家としてのスタンスを変えることなく事業を拡張されている手腕に、素直に頭が下がる思いでした。

これを機会に交流を続けさせていただきたいと思います。

ありがとうございました。

西本塾12期生の皆さんです。

西本塾12期生


動き続けなければならないのは体、それとも頭。

昨夜行われたW杯予選日本対シンガポール戦、仕事の都合で後半からテレビ観戦となりました。

ランキングは大きく格下の相手ではありますが、サッカーをやっている人たちにとってW杯予選は普段の試合とは全く意味が違う重要なもののようで、予選リーグをどう戦うのか、この一戦だけではないトータルとしての戦い方も含め、それぞれの国の考え方が大きく異なることは私にも理解できました。

そんな中、当然日本は勝たなくてはならない、勝って当然という雰囲気の中でホームゲームを戦い、シンガポールにとっては引き分けで勝ち点1を取ることができれば、勝ちに等しいと言えるくらいの中での戦いだったようです。

家に帰る途中に想像したのは、地力の違いを見せつけて2対0くらいでリードしているか、完全に守りを固めている相手を攻めあぐねて0対0のままかのどちらかだと思っていました。

テレビを見ると後者の予想が当たっていたようでしたが、攻めあぐねてというよりは、何度も訪れる決定機をことごとく決められなかったということのようでした。

前半のハイライトを見ても、日本選手の表情はここで負けたらW杯への道が閉ざされてしまうかのような硬い表情で、ベンチの監督も感情丸出しで大声を出したり悔しがったりと、まさに真剣勝負そのものでした。

舞台や状況を考えれば、それは当然のことかもしれません。

しかし私は何かが違うというか、表現しにくい違和感を感じていました。

後半の立ち上がりから、前半と同じような展開が続き、スタジアムで観戦していたサポーターには、見ている角度によってはゴールが決まったのではというシーンが何度も繰り返されました。

それでも決まりません。

テレビ中継は、もちろん日本の放送ですから日本の応援のような内容となることは、解説の方からも想像がつくので、音声はオフで見ていました。

この実況と解説のコンビについては賛否あると思いますが、私は行ったことがありませんがスポーツバーというところで、アルコール片手にああだこうだ言っている人の方が、私のような人間にも良くわかる解説をしてくれそうな気がします。

野球中継などまさにそんな人がたくさんいますから。

それはさておき、解説もサポーターの歓声もカットして画面を見ていると、選手の動きや表情がよくわかります。

試合後のコメントで、監督が1点入っていたら展開は全く違ったものになっていたという趣旨のことを言っていましたが、それはどんなレベルのどんな試合にも言えることで、特に昨日の試合ではシンガポールチームはなんとかそうさせないように、ということが一番のゲームプランだったと思います。

その上でカウンターのチャンスがあれば、得点も取りたかったでしょうが、まずは得点を与えないことに全力を尽くしていました。

テレビに映る選手たちの表情は、シンガポールが1対0でリードしていて、負けている日本が必死にゴールを狙っているという状況のように見えました。

あれだけ攻め込まれていれば、肉体的な疲労はシンガポールの方が絶対に大きいはずです。

自分から仕掛ける動きと、相手の仕掛けに対応する動きでは、誰がどう考えても受け身の選手の方が疲れるはずです。

それでも絶体絶命のピンチが続く中、彼らの動きは実に冷静で集中していました。

後半バタバタと足がつって倒れ込んでしまう選手が続出しましたが、これはある意味仕方がないことだと思います。

交代選手を上手く使いながら守りきったシンガポールのベンチワークに「あっぱれ」だと思います。

ではなぜ日本チームはゴールを奪えなかったのかという根源の問題です。

サッカーでは決定力不足ということががよく使われますが、そんな曖昧な表現では何をどう改善していいのかわかりません。

交代した選手もいましたが、途中で倒れ込んでしまう選手はいませんでした。

そういう意味では90分間走り続ける能力は日本の方が優っていたと言えるかもしれません。

私はこの走り続ける能力という言い方はサッカーに限らず、時間制で行うスポーツの中では正しい表現とは思えず、90分間動き続けるという言い方をしています。

なぜかというと、ただ走り回ることがサッカーの目的ではなく、チームとしての戦術と個人に求めれらた能力を90分間発揮し続けることこそが、求めれる能力だからです。


それを発揮し続けるためには何が必要なのでしょう。

それはどんな状況になっても、自分が何をすべきかを的確に判断し続ける能力、平たく言えば「頭を使い続ける」ということなのではないでしょうか。

そこに日本人の美学というか、これまで求められてきた既成概念という大きな壁を感じます。

というのは、日本人はとにかく「頑張る」とか「一生懸命」という言葉を好みます。

これは当たり前のことで、言葉の意味でその逆のことがよくないのは当然のことです。

いい加減でいいとか適当でいいなどと言っているのではありません。

その頑張るや一生懸命が、ともすれば選手本人はもちろんのこと、指導者や第三者であるサポーターも含め、表情や態度、動きそのものも含め、歯を食いしばり目を釣り上げ脇目も振らずに猪突猛進的な動きを良しとしてしまっているのではないかということです。

数年前にもそんなことを言われたことがありました。

試合終了のホイッスルとともに、相手の選手は何人もピッチに倒れ込んでしまうのに、こちらの選手は一人としてそうならない、選手は全力を尽くしているのか、まだ余力があるのではないかと。

公務員ランナーとして名を馳せている川内優輝選手が、有名になり始めた頃、ゴールとともに倒れ込みタンカで運ばれるシーンをよく目にしました。

おそらくゴール直前には正常な思考ができない状態になっていたのかもしれません。

サッカーをはじめ他の競技で、そんなことが許されるでしょうか。

もう何も考える余裕もなく、ただ走り回っているだけの選手が本当に役に立つわけがありませんから。

シンガポールの選手たちの疲労が早かったのは、まず頭をたくさん使わされたということです、その上に肉体的な疲労は日本選手を大きく上回っていたでしょう。

それらも全てゲームプランの中にはあったはずです。

比べて日本選手たちの動きはというと、確かに運動量という意味では上回っていました。

どの数字を見ても圧倒的でした。

しかしゴールを奪うという究極の目的に対する頭脳の働きは、相手のゴールを守るために使われた頭脳の働きを上回れなかったということなのではないでしょうか。


ここに私が伝えている「体の仕組み・屈筋と伸筋の働きの違い」など、基本的な体に対する知識や理解がされていれば、もっと違う結果になったのではと思っていまいます。

「頑張ったり一生懸命やっている」と、自他ともに思える時には間違いなく屈筋優位の体の使い方になっています。

その弊害を、視野の狭さや股関節の自由度が失われるとか、動き出しに股関節を屈曲させなければならないから、出足が遅くなるとか、結果として疲労しやすくなるだとか、いろいろな例を挙げ、身を以て体験していただいています。

もっとストレートな言い方をすれば「屈筋で頑張ると頭が働かないよ」ということになるのです。

私自身、今頃こんなことを言うと過去関係してきた選手にそれはないでしょうと言われるほど、勝ち負けに対し異常な執念を燃やし、勝つためにはなんでもやらせてきました。

衝突することがあっても、私が正しいと思ったことを要求し、それでも彼らのためだと嫌われることも覚悟で指導をしてきましたし、一生懸命やらない選手は当然許すことはありませんでした。

その頑張り方を少し変えようというのです。

ただ一生懸命やっていますではない頑張り方、それこそが周りの状況を的確に判断し、自分がなにをすべきかを瞬時に判断し行動に移せる能力です。

そのためには悲壮感漂う表情や、良い言葉ではありませんが喧嘩腰ではダメなのです。

現役時代はあまり好きな選手ではありませんでしたが、中田英寿選手はピッチの内外を問わず、こいつやる気があるのかと言いたくなるような表情で、他の選手とは一味違う動きを見せてくれていました。

ガンバ大阪の遠藤選手にも同じことが言えるでしょう。

野球で言えばイチロー選手もそうですし、私が関わった佐々岡投手も、マウンドで喜怒哀楽を全く表さない選手でした。

海外の一流選手たちにも同じことが言えます、プレーが止まった時には感情を表わすことはあっても、プレーの最中は全く無表情、そんな選手が多いように思います。

昨日の日本選手たち、私が注目した宇佐美選手は、股関節の屈曲を使ってから膝関節の伸展動作で、正確にボールを蹴ることができる珍しいタイプの選手だと思いますが、その宇佐美選手にして特徴を生かせず、屈曲動作のマイナス要素が前面に出てしまい、いつも見せてくれる正確なシュートができませんでした。

さらには疲労という一番の弊害も出て、後半早々に交代してしまいました。

「90分間走り続けるではなく動き続ける能力、その目的は90分間考え続ける能力を維持できること」

そのためには、屈筋を使って腕を前後に大きく振り、太ももを引き上げることでストライドを広げ、地面を強く蹴って推進力を得るという、従来の走るという動作の概念を捨て、私が提唱する走り方を身につけることが、その能力を得るために絶対に必要で、誰にでも獲得可能な方法だと思います。

これも毎度のセリフですが、決して私が考え出した専売特許ではありません、人間の体の仕組みと、一流・超一流の選手たちの動きから導き出された最大公約数的な発想の元に作り上げたものです。

他にも同じような指導をしている人がいて当然で、むしろそうでないとおかしいと思うくらいです。

同じことを教えても、少しづつ動きは違って当然です。

なぜどうしての部分さえわかってもらえたら、人を見る目も変わるし、自分の動きももちろん変わります。

昨日の試合を見ていて、選手の意識を少しでも変えれらたら動きも変わるだろうし結果もなぁ、と思ってしまいました。

監督に対してもいろいろタイプがあって、評価は違うのでしょうが、「とにかく自分の教えた通りにやれ」というタイプに見えますがどうでしょう。

練習ではそうでも、試合中はもう少し冷静にやって欲しいような気もします。

彼には監督に与えられたなんとかゾーンすら目に入っていないようでしたから。

人間の体は本当に不思議の塊です、既成概念というこれまでの常識など、本当に正しいかどうかなど誰も答えられないものばかりです。

もっと良い方法や考え方があるのではないか、そっちを考えるほうがよほど楽しいし役に立つと思います。

それにしても次の試合は結果を残して欲しいですね、期待しましょう。

改めて孤高の覚悟

今日は休日としている月曜日ですが、Jリーグの下部組織でコーチを務める西本塾生から依頼があり、2時間ほど指導をしてきました。

トレーニングで自分の体をもっと動かせるようにしたいということから始まりましたが、現場で育成年代の子供たちを指導している立場で感じている様々な問題点に対して、私の意見を聞きたいということで、そちらの方が主なテーマとなりました。

私の主張している体の使い方や、サッカーでいう所の技術的な部分にまで踏み込んでしまいそうな部分も含めた、体の動きについては、残念ながらサッカーの世界でも一般に言われているセオリーとはなりえていません。

これまで西本塾に参加してくれたのは、週末に行う分も含めると、100人を超えます。

個別指導を受けてくれた人を含めると、もっと多くの人が私から直接指導を受けたことになります。

その方々には、すべてとは言いませんが、私の言わんとしていることはある程度伝わっていると思いますし、伝わっただけではなく、ほとんどの人が西本理論の正当性や有効性を認め、自分でもそれを実践し伝えて行きたいと言ってくれています。

しかし、そうは言っても数で言えばまさに少数派で、それぞれの人たちが単独で既成概念という大きな壁と立ち向かっているのが現状です。

今日来てくれた倉本君も、下部組織とはいえ他のコーチは元Jリーガーの肩書を持っている人間がほとんどで、自分がやってきたことに対してそれなりのプライドもあるでしょうから、なかなか違う考え方に聞く耳を持たないようです。

他の塾生も含めて、深める会でもそういう問題に直面している人が多く見られます。

もう今さらの話ですが、私がこれまでやってきたことの集大成として勝負に出たJリーグチームの仕事で、当然勝ち負けの結果としての順位ということにはなりますが、チームとして個人として明らかな成長や変化を世間に対して示すことで、私の理論の正当性を世間にアピールし、その延長線上としてクラブ内の下部組織のみならず、他のチーム、ひいてはサッカーに携わるすべての人たちに、何かを気付かせるきっかけを作りたいという、壮大な計画を形にすることが出来ていれば、状況は大きく違っていたかもしれません。

現実にはそうなりませんでしたが、それでもあの短い期間の変化に気づいてくれて、私という人間に興味を持ってくれた人がいたことも事実です。

そして、そうなってしまったからこそ、こうやって人に伝えるという行動を起こし、実行できているのです。

ただ現実として結果が足りませんでした、表面的な部分の説明で第三者を納得させるには、やはり数字に残る実績が必要です。

今私から学んでくれた人たちが、既成概念という厚く高い壁と闘いながら、私の理論を形にしてくれる活動を行ってくれています。

今私にできることは、自信を持って伝えてもらえるよう、正しく伝えることしかありません。

できることなら全国を回って指導のお手伝いをして歩きたいくらいです。

世間的な実績や評価が得られていなくても、目の前で動きを見せることが出来れば、納得せざるを得ないでしょう。

自分が指導している対象の選手たちにとってどちらが有効か、彼らの将来のために、自分の経験論や学んできたものを伝えるだけでいいのか、本当に選手たちのためになるのはどちらか、私の体で見せられる今なら、どんな相手でも納得させられる自信はあります。

私の中では孤高の覚悟はとうの昔からできていますが、今、目を輝かせてこの理論に触れ実践に活かそうとしてくれている心ある人たちには、少し申し訳ない気持ちです。

どうすればこの状況は変わっていくのでしょうか、私のこれまでの実績ではまだ足りないようです。

ならばもう一度最後の力を振り絞ってと思っても、現場で指導するチャンスは与えられません。

組織の中の誰か一人が良いと思ってくれたくらいでは、すべてを変える権限は与えられないでしょう。

しかるべき力をもつ立場の人が、このクラブはこの理論に賭けてみようというくらいの高い意識で取り組んでくれなければ、おそらくはうまくいかないでしょう。

そんなチャンスはないかもしれませんが、私自身はいつそんな話が来ても、今度こそ結果を残して私の理論が当たり前のことだと思われる日を作り出すための準備は出来ています。

私自身の体が動かなくなったとしても、同じ気持ちで指導ができる人材も育ちつつあります。

今日も色々な話をした中で、一番大切なことはやはり体の仕組みから学んでもらうこと、屈筋と伸筋の違いをきちんと理解すること、股関節の自由度がどれだけ重要かを、身を持って体験させることなど、基本的なことばかりでした。

それなくして体の使い方というステップには進んで行けないのです。

倉本さんも私のブログを印刷し、分厚いファイルにして持ち歩いていました。

その厚みをもってしても、私が書き綴ってきた分量の半分にも満たないそうです。

私の考え方には賛否あるでしょう、それに関しては当然のことで何を言われようと問題ありません。

しかし、自分の学んできたことや経験してきたことと違うからといって排除してしまうのではなく、今、目の前にいる人間にとって本当に有効な手段はどちらか、それを選択するための考え方としてでもいいですから、出来れば最初からこのブログを読んでほしいと思います。

おそらく、ところどころを読んだだけではまったく言わんとしていることは伝わらないと思います。

書いている私と読んでいる方の一対一の対応ではなく、本当に何かを必要としている誰かのために、このブログに書いてきたことが役に立ってくれることを願っています。

追記
札幌開催の西本塾および深める会の参加者を募集しています。
私が出かけて行っての開催は、今のところ札幌だけです。
地元北海道の方々の参加をお待ちしています。

なぜ治っていくのか

先日深める会に参加していただいた森さんから頂いたコメントを読んで、本人はもちろんのこと、私の施術を目の前でそれも解説付で見ていた方たちでさえ、休憩時間に「本当に良くなったのですか?」と、本人に確認したくなる状況だったことを知りました。

重症ではなかったにせよ、深める会の実技で外を走れる状態ではないという本人からの連絡がありましたが、なんとか歩くことはできていますという言葉に、ならば私の施術を見せる良い機会だからと参加していただきました。

普段施術を見せることはありません、それは隠しているとかではなく、受けてくれている相手に配慮してという問題です。

私の前では肩書きなど通用しません、相手にしているのは人間の体そのものですから。

だから素の自分をさらけ出す必要がある状態を他人に見せることは当然はばかるべきだと考えるからです。

1時間ほどの施術時間ですが、患部であるふくらはぎに手を触れることはありませんでした。

最後に確認の意味で触りますが、これまでの既成概念の中では、患部に触れずに痛みが改善したり動きやすくなるなどということは考えられないのだと思います。

私自身、数年間渡辺先生の元で学び、基礎的なことはわかっているつもりではありましたが、自分が行う施術行為、私の場合は基本操体法ということになりますが、その行為と体が改善するということが、いまひとつイコールにならないというか、現実として目の前で変わっていく体を何度も見て経験していても、それを言葉で説明したり誰かに教えるということは、いつかはできるようになるかもしれないくらいで、とりあえず結果が全てくらいにしか思っていませんでした。

そんな程度の理解ですから、結果が出ない時には、本当にこれでいいのだろうかと、本人が痛いと訴える部分にどうしても気持ちを向けることになってしまいました。

しかしそう思えば思うほど、結果は良い方向へは向かわず、基本に戻って体全体を整えるという考え方で、体に向き合う以外に、本当の意味で体との対話を行い、体の言い分に耳を傾け、この体はどこからどういう方向へ連動する動きを望んでいるのかが見えてきませんでした。

仕事として行う限りは、少しでも早く結果が欲しい、相手に良くなってもらいたい、そう思うのは当然です。

日々体に向き合い、いろいろな症状色々な人間に向き合うたびに、部分じゃないんだ体全体の問題なんだという思いを深めていきました。

今それを伝えようとする時、自分がそうであったように、痛みや違和感を訴える部分の改善のための施術行為が、できるだけ両端が結ばれた一対一対応のやり方を知りたと思うのは当然のことです。

いくら目の前で施術を見たとしても、患部には触れていないのになぜ、ということばかりに気持ちが奪われ、本質の部分にはなかなか目が向けられません。

と言うよりも、操体法に限らず各種の手技療法は、その方法論は教えてくれても、基本となるからだ感や、なぜ良くなっていくのかという、一番知っておかなければならない部分に対して、納得のいく理論や説明が不十分で、ある種の職人技や特殊技能だったり、感覚的な捉え方しかされていないのではないでしょうか。

理学療法的な手技にしても、その手技が体の仕組みという根源的な部分に合致していて、万人に通用し、なおかつお互いに理解納得ができるものではないような気がします。

私はその部分を伝える方策として、基本的な体の仕組みから話を始め、人間にとって良い状態というのはどういうものかという問題について、認識を共有できるようにしています、そうでないと会話が成り立ちませんから。

単純に言えば、そこから外れてしまった状態が痛みや違和感を生んでいるという説明になります。

ですから本来こういうカラクリで動いていて、という部分が共通でないと、どこがどうなることが体の歪みを取るだとかバランスを整えるという目標設定ができないのです。

だから施術のやり方がどうのこうのではなく、持って生まれた本来体に仕組まれたカラクリを知ることからしか始まらないと思うのです。

現実痛みを抱えて訪れる人たちにすれば、そんなことは全くどうでもいいわけで、早くこの痛みから解放されたいということだけになります。

そんな人たちを相手にしてきた中で、やはり患部に気を取られそうになることは多々ありますが、そこをぐっとこらえて体に向き合っていけば、必ず体は応えてくれますし、改善のヒントを与えてくれます。

痛みは神経が感じて脳に伝える感覚ですが、神経自体も生きているわけで、ダメージを受けている期間が長ければ、当然神経という組織自体も損傷を受けていることになります。

この神経自体が発する痛み、いわゆる神経痛ということになるのでしょうか、この状態を緩和するためには、神経が安心してその場に存在していられる環境を作ってあげる、すなわち体全体を整えるということなのですが、整ったからといってすぐに神経の組織が修復されるわけではありません。

会話の中で一番気を使うというか難しいのが、この修復期間の見極めだと思います。

自力で動かせる方向や可動域の改善は、早い時期に感じてもらえますが、肝心の痛みという感覚はなかなか思ったようには改善してくれません。

もしここで痛み止めなどを使ってしまったら、体本来の機能で治って行ったわけではなくなってしまうので、本来の意味の治癒に近づいたのかどうかの見極めがまた難しくなります。

痛みの感覚を隠して無理をさせてしまうことで、組織としての修復が遅れてしまうような気がします。

とにかく痛みの感覚には個人差があり、恐怖心もあります。

ただ、痛みのことも含めて、本来の体に戻っていくというプロセスをきちんと経ていくと、必ず痛みも消えていくし体は楽になっていきます。

元のようになりたいという、望みは体自身が叶えてくれることです。

毎度の口癖ですが、「体を治してくれるのは、新鮮な酸素とたくさんの栄養をたっぷり含んだ血液です」、幸い喫煙者ではなかったので厳しくは言いませんでしたが、自分で自分の体を蝕むような行為をしておいて、痛いから早く治せは絶対に不可能です。

色々な意味で、普段の自分の体の状態を知っておくということは、とても重要なことだと思います。

そこに戻っていくことが目標です。

目標を知らない人を相手にするのは本当に大変な作業です。

施術の手段としてではなく、本当の意味での操体法がもっと広がるといいと思います。

伝えること、今できること

来週末、12回目となる西本塾を行います。

今回すでに8名の方から申し込みをいただいていますが、皆さんが書いてくれる受講動機を読むたびに、私に対する期待と責任の重さを感じています。

一般的に行われている講習会の類に参加する時の心構えでは、西本塾に参加できないことは何度も書いてきました。

私から何かを学びたいということはもちろんですが、送られてきた文章を読んで、この人にはぜひ参加して欲しいと思わせてくれる人たちの集まりにしたいと思っています。

今回送られてきた内容は、どの方もしっかりした動機が書かれてありました。

中には一度ここにくることをお断りしたにもかかわらず、その後きちんとした対応を取っていただき、今回の参加となった方もおられます。

そんな中、お一人の方にお許しを頂き、内容を公開させていただくことにしました。

私など一般的に名前の知られた人間ではありませんし、なんの肩書きもありません、そんな私をどうやって知っていただき、広島まで行ってみようと思っていただいたのか、毎回私自身が一番興味のあることなのですが、ブログを読んでいただいている皆さんにも、西本塾にはこんな思いを持った方々が参加しているのかということを知っていただければと思います。

お名前は匿名とさせていただきます。

・受講の動機

①受講の条件であるブログ(コメント欄でのやりとりも含む)を全て熟読していますか?
現在、熟読中であります。西本塾の日までには熟読を終えキチッと準備をし参加したいと思っております。
以前、ブログでも紹介されていましたが、私もペーパー派です。過去のブログに関してはプリントアウトし読んでは前へ戻ったりしながら拝読させていただいているため、なかなか読み進まないのが現状です。
現在、2014年2月27日まで読み終えました。また、時間のあるときには、スマートフォンにて最近の記事から過去に遡って拝読させていただいております。

ブログ内容の興味深い点としては、多くの方がコメントにて感想や意見の中で理論だけでなく必ずと言って良いほど、先生の人間力、情熱(適切な言葉ば見つかりませんが…)について記載されている点です。一方で先生の著書であります「朝3分の寝たまま操体法」については熟読いたしました。このブログでは著書では伝えきれていない西本理論とともに西本先生という人間について多くの刺激をもらい、只今、私自身の反応を楽しんでいます。

②私の存在をどうやって知りましたか?
インターネットのある記事を読んでいたところ、ACミランでトレーナーとして活躍している遠藤友則さんの記事に出会いました。この記事にて遠藤トレーナーはコンディションニングについて「整える」という答えに行きついたと述べています。

この「整える」ことについて賛否両論あるものの遠藤トレーナーは西本先生の著書を読み「目の前がスーっと明るくなった感じで、この方向性で行けばいいんだと確信しました」と述べています。
この時、西本先生のお名前を始めて知り、勝手ながら調べさせていただきました。


③ブログに書かれた内容に関しての感想は?
ブログの内容については、読んでいてとても「楽しい」というのが率直な感想です。この「楽しい」という感覚は一般的に言われる大声で笑ったり、はしゃいだりという楽しさではありません。西本先生の言われていることについて、「ここまで考えているのか」と驚き、時には「どういうこと?」などと疑問に思い、また「実は私も思っていた」などと一喜一憂し私自身が頭の中でものすごく考えたり感じたりしている瞬間、そして先生の言わんとしていることが少し理解でき共感できた瞬間が「楽しい」のです。ブログの内容については分かりやすく、簡単に書いておられますが、この考えに至るまでには、いくつかの失敗も繰り返していたこととお察しいたします。だからこそ、内容に重みがあり、深さがあり、人を引き付ける文章になるのだと思って拝読させていただいております。


④現在あなたが行っている活動について、抱えている問題点は?
理学療法士としての整形外科クリニックでのリハビリテーション業務に携わっています。受傷後、手術後などのリハビリでは理学療法を実施することで関節可動域、筋力ともに改善します。日常生活動作も獲得できます。リハビリ的にはこれで可となっているのが現状です。リハビリでは機能・形態障害の視点から、柔軟性を改善させ、筋力を向上させることなどとともに能力障害の視点、つまりは動作能力をどのように獲得するかが大切です。それは例えば筋力が低下しているから筋力増強させ、力任せに動作させるという量ではなく、効率よく、無理のないような質を理解し患者にあった動作を求め指導しなければなりません。しかし、私自身には指導する動作について軸となる考えがないためか、これで良いのかと日々、自問自答しながら指導しているのが現状です。また、動作獲得までのトレーニングする時間が医療機関では取れない現実に大きな問題を感じています。

 
⑤私に期待することはなんですか?
今回の講習会では操体法について、また「体づくりから動きづくり」への考え方、治療テクニックなどなど、学びたいことが沢山あり、全てを学びたいとも思っていますし、学ぶ意気込みで参加するつもりです。しかしながら、全てを1回の参加だけでは難しいのも承知しております。だからこそ、今回は先生の物事に対する考え方、こだわり、プロとしての思いを肌で感じたいと思います。そのためのヒントをいただきたく期待いたします。まだ何となくですが、おそらくこのベクトルを同じにしない限り、真意を理解できないと思っています。


⑥その他受講の動機について、ご自由にお書きください
ブログの記事に出会い、先生の著書である「朝3分の寝たまま操体法」に出会い、その内容を読み「ビビッ」と電気が走ったのを覚えています。理学療法士として治療では動けるだけの体づくりを目指し行い、そして、その後のトレーニングの重要性を強く感じ、どのようにトレーニングをしたら良いか、トレーニングとは何なのか、考える日々でした。そのような時に、先生の存在を知り「体づくりから動きづくりへ」という言葉に共感を覚えたのでした。そこからは、参加しない理由が見つからず、現在の申し込みに至っている次第です。是非とも、参加させていただき2日間という短い期間ではありますが、西本理論の一端を一生懸命、勉強させていただきたいと思います。
どうぞ宜しくお願いいたします。


いかがでしょうか、もし皆さんが私の立場だとしたら、こういう方と一緒に話をみたいと思いませんか。

私の考え方を一方的に伝える対象ではなく、私自身が経験できないことを日々経験されている、こういう方と同じ時間と空間を共有することは、何より私自身の成長に大きな影響を与えてくれるはずです。

見ていただいて分かる通り、私があらかじめ設定した項目に対して、答えていただく形式をとっています。

ですから、それこそ箇条書きのような内容でも決して間違ったことを書いているわけではありません。

ただそこには、西本塾に参加したという熱い思いは伝わってきません。

何のために書いていただくのか、その意味を少しでも考えていただければ、一問一答のような回答が書かれるはずはないと思うのですが。

この方は普段理学療法士として整形外科のスタッフとして働いておられます。

医療人としてできることとできないこと、またできるけれどやってはいけないこと、様々な制約の中で自分の能力を患者さんのためにどうやって活かしていくのか、試行錯誤の毎日だと思います。

過去にもいらっしゃいましたが、理学療法士としての知識や経験が深まるほど、もっと患者さんのためにという思いも深まるようです。

しかしその中で、自分の知識や経験だけでは足りない何かを感じることも共通しているようです。

当たり前のことを当たり前にやっていればなんの問題もないわけですが、もっと良い方法があるのではと真剣に考え始めると、学んだものだけでは足りない何かを感じるようです。

他の仕事の方やスポーツ選手たちも同じだと思います。

真剣に取り組めば取り組むほど、何かが足りない何かが違うという思いにかられるようです。

その答えがここにあるのか、それは私にも分かりません。

ただ言えるのは、私の経験してきたことや思考回路が、他の方と少しだけ違っていたため、既成概念に縛られることなく自由な発想で人間の体と向き合ってきたということです。

そのことが今、多くの方に共感していただき、お役に立てているとしたら、私の存在も捨てたものではないと思います。

私個人の人間性にも触れていただいていますが、あまり大きな期待を抱いていただくと、がっかりされても困りますので、いい歳をしていつまでも夢と理想を追いかけている、少し変わったオッさん、くらいに思っていただいたらちょうどいいと思います。

先日こんなセールスの電話がありました、「あなたのホームページをもっと活用して、顧客を増やすお手伝いをしたい」、という趣旨だったと思います。

いろんな仕事があるのですね、それに対し、「私はホームページやブログを顧客を増やすために書いているのではありません」と答えました。

「そんなことを言う人は初めてなので良かったらなぜ書いているのか教えてもらえませんか」という問いにはこう答えました。

「どんな形かはわかりませんが、縁があって私のことを知ってくれた方に対して逃げも隠れもしませんから、私という人間を知っていただくきっかけになればいいと思って書いています。それ以上でも以下でもないので、お手伝いしていただいてまで広げる気持ちはありません」と。

「はあ、そうですか」と、怪訝そうに電話は切られましたが、本来はあちらの言う通り、もっと私を知ってもらう努力を、私自身がしなければならないのかもしれません。

ただ我が身は一つですから、自分が納得できる形で仕事をするためには、あまり忙しくなりすぎることはどうなのでしょうか。

そんな状況などいつくるのか、それどころかいつになってもそんな状況にはならないかもしれません。

今はとにかく、本気で学ぼうと思ってくれる人たちに対して真剣に向き合い正しく伝えること、そして直接指導できる対象に対して、今まで通り結果にこだわった指導を続けていくことだと思います。

皆さんから頂いた文章を何度も読み返しながら、あれやこれやと構想を練っています。

来週末、皆さんにお会いできることを楽しみにしています。

現場にいないもどかしさ

分かっているつもりですが、直接指導を受けて今すぐに結果が欲しい選手には、残念ながら彼らが実際にプレーをしている場所に、私が足を踏み入れることができません。

理論的な部分はここでしっかり伝えることができます。

動きについても最低限のことは伝えられるし、体の使い方や、なぜどうしての部分も理解させることができます。

今の自分に足らないもの、それを改善する方法、もう答えが分かっているにもかかわらず、結果として形にできないもどかしさを、選手も私もお互いに感じています。

先日観戦に行った讃岐のこともここに書きましたが、動きを変えるということは容易なことではありません。

慣れ親しんできた走るという行為に関しては特にそうなります。

速く走るためには、肘を90度に曲げしっかり腕を振って、腿を高く引き上げ、地面を強く蹴ることが必要だと教えられてきました。

それを腕は振らなくていい、腿は引き上げない、地面は蹴らないようにと、まったく真逆なことを言われても、それで速く走れるはずがないと思ってしまうのは仕方がないことです。

練習を重ねてスムーズな走りができるようになったとしても、ならばこの走りでさらに今までのイメージを加えると、もっと速く走れるようになるのではと思ってしまうのも当然かもしれません。

知識や理論の既成概念を打破するのはもちろんのこと、これまで当然のように行ってきた身体動作を変えるということには、相当な覚悟が必要となります。

現状厳しくなってきた自分の動きをなんとか変えようとして、一から取り組んでくれているにもかかわらず、実際のプレーに生きてこないことに、なぜ自分はできないのだろうという苛立ちも感じているようです。

理屈だけでなく、自分の体が絶対にこの体の使い方の方が良いと納得し、いくつかのドリルではきちんとできるようになって、、手応えを感じているにもかかわらずプレーに出せない、答えを知っているのに、回答用紙にかけないのと同じことです。

なんのプレッシャーもない状況ならそれができても、ここ一番でそれができない、それをなんとかできるように導くのが私の仕事です。

ピッチサイドに陣取り、一瞬一瞬の動きに目を光らせ、「今のは良いよ、それ違うだろ!」と、間髪入れず指示を送りながら、動きを作り上げていけば、もともと持っている能力は高い選手ですから、身について仕舞えばそれだけのことなのです。

言葉で言うのは簡単ですが、そこが難しいところです。

選手に対する直接指導ではなく、西本塾で教える時でもそうですが、私は結果にものすごくこだわります。

だから指導する時の言葉が荒くなったりすることもあります、それはきちんと伝えたいからです。

もっとうまく伝えなければとは思いながら、たまに本性が出てしまいます。

それが現役の選手となると話は違ってきます、今この瞬間から新しい動きを身につけてできるようにしてあげたい、そのためにはどうやって伝えたら良いのか、本当に色々工夫しています。

ただ最後の厚い壁は、私が現場にいないこと、生の動きを見て指導ができないことです。

あと一歩もう少しのところで足踏み状態となり、できるはずの動きができないという選手、もし現場でお互いの声が届くところで指導できたらと思わずにはいられません。

最後の詰めの部分の難しさ、これからの私に突きつけられた、一番難しい問題はズバリここにあるようです。

全体を診るということ

今日の記事はとくに施術を業としている人にはヒントになるかもしれません。

私の仕事は体を整えるという、一般的に言う施術という仕事と、体づくりから動き造りへという発想をベースにした、トレーニング指導の仕事の両方の側面から、人間の体と対話を行っています。

普通に考えればまったく違う仕事で、スポーツの現場においてはトレーニングコーチやフィジカルコーチという肩書きの人と、トレーナーと呼ばれている人たちは、立場も仕事の内容もまったく違うものになっていることがほとんどだと思います。

たまたま私が最初に所属したチームに前者が不在だったため、トレーナーとして契約した私が、両方の役割を担わざるを得なかったということでした。

なぜそれができたかというと、私が会社員をやめてこういう仕事に変わろうと思ったきっかけ、そしてこの考え方こそが、体というものに向き合うために本当に必要な理論であり、求め続けて行くに足りる真理だと思えたからです。

それが渡辺栄三先生から学んだ操体法でした。

今日はその理論を学び深め続けている私が、人間の体をどうやって診ているか、自分の思考を整理する意味でも、文章にしておきたいと思います。

現実として、西本塾に参加してくれる人たちの受講動機にも、このことを知りたいということを書いてくる方が多いです。

私が体の動きをどういう視点で見ているのか、また不調を訴えている体とどうやって向き合うのか、そしてどうやって対話を試みるのか、つまるところ西本理論を形にするために、絶対に知っておきたいと思うのは当然のことだと思います。

ただ、見てわかる聞いてわかるというものではないことも、当然覚悟してくれていると思います。

私という人間を見て、話を聞いて、体を動かして、それぞれの皆さんがどう感じるか、その感性の部分が大きいと思います。

それをできるだけ言葉にして伝えようというのですから、学ぶ側以上に伝える側の私の方が、より深く思いを巡らせる必要があります。

そんな中、同じような症状を訴えて二人の選手が相前後して私の元を訪れました。

信頼関係の深さという意味では少し差がある二人でしたが、二人とも私に対する期待感は同じくらいあったと思います。

そんな二人がまるでテープレコーダーを再生するように同じことを言ってきました。

歩いたり走ったりプレー自体できないことはないが、膝の関節辺りに痛みに近い違和感があって、思い切ってプレーができないということでした。

もしプロのチームでトレーナーにこういう話を持っていくと、自分の知識で選手に状況を説明し納得させることができず、また技術で改善が図れる自信がないと、まずは医師の診断を仰ぐため画像診断を受けさせることになります。

今現在どこそこの部位に炎症があるとかいう言われ方で、解剖学的な部位を特定し疾患名を付けられます。

膝蓋靭帯炎とか鵞足炎とか言う名前です。

医療機関は各種の機材を使って、本人が痛みを訴える部位を調べるのですから、何も異常がないでは納得させられません、重箱の隅を突っついてでも何かを探し出し、疾患名をつける必要が出てきます。

器質的な損傷が無く、単なる炎症があるという程度の診断であれば、湿布を渡して様子をみてくださいということになります。

言われた方も、私から言わせると「それでいいの」と思うのですが、疾患名を告げられたことでなぜか安心してしまうのはなぜなのでしょうか。

「どうなっているのか心配だったけど、そういうことだったのか」と、納得顏ですが、本当にそれでいいのでしょうか。

その流れで進めていくと、今痛みの原因となっている悪い部分はここで少し炎症があるから、一定期間無理をせず安静を保ち、各種の医療機器の力を借りて、炎症状態の早期回復を図ることが治療の方法であり、治癒やプレーに復帰するための正しい方法となっていきます。

改めて画像を撮影し炎症状態が改善されたことをもって治癒とし、復帰へのトレーニングの負荷をあげて行くという方法を取れば、教科書的には間違っておらず、誰にも文句を言われる筋合いは無いということになります。

ところがそういう段取りを経てリハビリからトレーニングへと移行した選手が、そのまま問題なく復帰していくかというと、そうはいかないのが現実です。

骨折したが骨は確実についた、靭帯が一部断裂してしまったが器質的には問題が無い状態にまで回復した、炎症がひどく大きく腫れ上がっていたが、全くその状況は見られなくなった、すべて医学的には治癒でしょう。

だから動けて走れてボールを蹴れて、ケガをする以前のようにプレーができるか、残念ながらそうでない場合の方が多いのです。

リハビリやトレーニングのことは今日のテーマではないので詳しくは書きませんが、最も大事なのはその部分です。

それよりも今日のテーマである「体をどう診るか」というスタートのところから間違っていると思うのです。

今回の二人も痛いのは膝です、それは間違いありません。

私がまず確認するのは、外力ではなく自分で動いているときに膝を捻ったり無理な力がかかるような状況はなかったか、もちろん外力によって蹴られたりぶつかったりという状況はなかったかという問題です。

これがあると骨や靭帯や半月板といった組織としての器質的な損傷が起こっている可能性があります。

そうであれば、一も二もなく画像診断によって状況を客観的に判断する必要があり、私が安請け合いできることではありません。

もしそういうことがないにもかかわらず、気が付いたらなんとなくとか、いつからかはっきりとはわからないけど、今現在とにかく違和感がということであれば、「よしじゃあなんとかできるかもしれないから来てくれ」と言えるのです。

そして体を目の前にしたら、まずしなければならないのは徒手抵抗で行える各種のテストで、本人が気づかないうちに組織の損傷が起こっていないかを確認することです。

これで局所の状態を確認してから、いよいよ「体を診る」という作業に入れるのです。

いつどのタイミングから痛みや違和感を感じたかわからないということは、すでにその部分だけの問題ではないということです。

例えば腰に違和感を抱え、かばって動き続けてしまった結果、左右の膝にかかる負担のバランスが崩れ、筋肉の緊張状態が続いたために付着部付近の負担が大きくなったことが、今現在膝の痛みとして脳が認識し、歩く走るという動きにも支障をきたしているということかもしれません。

歩く姿、仰向けに横たわった姿、うつ伏せに寝かせて膝を曲げてみたときの感覚など、できるだけ多くの情報を探り出し、本人との会話の中で別の部位に異常を感じなかったかなど、体と対話しながら本人とも対話をすることで、いろいろな可能性を探り出し、私のこれまでの経験と照らし合わせ、「なぜ今こうなってしまったのか」ということに対する仮説を立てて行くのです。

それが分からなければ、この体のどこをどう改善することが全体としての体のバランスを整え、結果として局所の痛みや違和感を改善し、動きやすい体に戻していくという、本来の目的に叶うことはできません。

今回二人目の選手は、まだ付き合いが浅く信頼はしてくれていますが、私のこういった考え方までは理解してくれていなかったので、じっくりと丁寧に説明しながら施術を進めましたが、私の思惑通りにことが進み体が変化していくのを、まさに肌で感じ驚いていました。

驚いて欲しいのは私の技術ではなく、人間の体の仕組みであり、それが本当にうまく作られていて、からくり通りに使わないとこうなってしまうし、そのからくりに沿った動きを行うことで、痛みや違和感が改善できるという事実そのものなのです。

よく使われる言葉ですが、「この膝の痛みは腰から来ているね」とわけ知り顔でいう人がいます。

紐の両端が一つづつのこんな発想が本当に正しいと思われますすか、私はそんな単純なものではないと思います。

今回も例えに出しましたが、ピアノの調律師さんから聞いた話ですが、一つの音がおかしくなったから、その音につながるピアノ線を一本取り替えて、その音だけを調整すれば事足りるかというとそうではない、一つの音を変えたことで、ほかのすべての鍵盤の音とのバランスを取り直し、このピアノという楽器そのものの音を作り直さなければならないそうです。

「膝をケガしました、手術が必要な状態だったので、きちんとした手術をしリハビリもして、確実に膝は良くなりました、なのに元のようには動けません」、私が何を言いたいのかもうお分かりだと思います。

一つの鍵盤が出す音は直しても、ピアノという楽器を直していなければ、本当の意味で調律したことにはならないのです。

手術したとかしないとか、そんなことではなく、どんな状況であっても、その人間の体をきちんと整えられたかどうかが、本当の意味での治癒であり、治癒以上にケガをする前よりももっと良い動きができる、もっと良い音を奏でることができる楽器に変身させられるかもしれないのです。

私がリハビリを担当するとき「ケガする前より逞しく」を合言葉に選手と一緒に頑張りましたが、それは単なる強さを求めてではなく、もっとうまく体を支える選手になって欲しいし、その可能性が絶対にあるという信念の元に取り組んでいました。


今回の選手たちも、体の仕組みの不思議さと素晴らしさに気付いてくれたと思います。

気付いてくれさえすれば、どうすればという方法論に導いてあげることができます。

年齢も気にすることはありません、可能性に向かっていく限り限界はないと思います。

こんなことを考えられるようになったのも、ただの方法論やテクニックではなく、体に向き合う心構えを指導していただいた渡辺先生のおかげだと思います。

私がそれをどうやって伝えていくのか、現在まさに試行錯誤の真っ最中ですが、私自身がこうして結果を出し続けなければ説得力がないので、一施術者として、またトレーニング指導者として成長することを一番に考え、それを形にして伝えるというさらに難しい試みに生かしていこうと思います。

今月行う西本塾に参加予定の皆さんも、これまで参加していただいた皆さんと負けず劣らずの高い意識が感じられます。

伝える側として最善の準備をしていきます。


痛みに対する不安と恐怖心

一昨日の日曜日、丸亀運動公園で行われたカマタマーレ讃岐対ファジアーノ岡山の、瀬戸大橋ダービーを観戦に行ってきました。

たった3日間とはいえ指導のお手伝いをさせていただいたチームです、せめて一度くらいは本拠地で行われる試合を観に行きたいと思っていましたが、今回それが実現しました。

1月に高松まで行った時に、時間的にも思った以上に近いし、乗り換えも高松で一回するだけでしたから、その気になればいつでもいけるなと思っていました。

サポーターの方たちは、もっと遠くまで全国を駆け回って選手たちを応援してくださっているのですね、本当に有難いことです。

たかだか広島から丸亀など、遠いところではありませんでした、本当に日帰りの距離でした。

駅からシャトルバスに乗り、岡山のサポーターの方たちと一緒に競技場に到着し、唐揚げと焼き鳥で腹ごしらえして観戦に臨みました。

1月以来ご縁ができたサポーターの方と並んで観戦しましたが、メインの応援団の方たちは、さすがにホームゲームですから気合が入っていました。

選手の入場に合わせて、配られていたポスターを高く掲げ、いちおうサポーター気分も味合わせていただきました。

この時掲げたポスターですが、瀬戸大橋が描かれたとても綺麗なポスターで、大事に持って帰ってきました。

試合は惜しくも0対1で敗れましたが、選手たちの動きは相手チームを上回っていたと思いました。

ウォーミングアップから見ましたが、サッカーの試合前に必要な動作をうまく組み合わせ、必要十分な内容だったと思います。

私がもしその内容を決める立場にあるとしたら、あとはその動きそのものの質というか、動きの目的意識を明確にするために、少し大げさなくらい誇張した動きを要求すると思います。

そのくらいやっておかないと、いざゲームが始まりボールを追いかけ、相手にぶつかるという状況の中では、これまで染み付いた動きが顔を出して当然ですから、冷静に自分の動きをコントロールできる状況の、アップやトレーニングにおいては、そこまでやらせておきたいと思います。

それでも岡山のアップに比べれば内容はかなり充実していたと思います。

だからというわけではないですが、試合開始から20分くらいまでの間は、岡山の選手の動き出しが明らかに遅く、あの時間帯に攻め切れていれば、そのあとのゲームプランはかなり楽になったと思います。

岡山の選手も徐々に動きは良くなってきましたが、それでも全体としては讃岐の方が動けていたように思います。

隣で観戦していたお二人と、後半駆けつけてくれた塾生の長尾さんも交え、色々話をしましたが、個人としてチームとしてのJ1との差というか気になったところは、基本動作であるボールをコントロールするファーストタッチの精度が少し低いような気がしました。

そのことでボールを奪われたり、次のプレーにスムーズに移行できなかったりということが起こり、結果としてチームとして連動していかないということになってしまいます。

いわゆるガチャガチャしている状態と言うのでしょうか、ボールが落ち着かず攻守の切り替えが目まぐるしく変化し、疲労が増してしまいます。

基本である足元の技術が彼らにないはずがないので、やはり走り方、体の使い方にもう一工夫あれば、もっと楽にゲームを進められるような気がしました。

私の言うことは、あくまでも体の使い方という目線になりますので、サッカーに詳しい方には異論があるとは思いますが、そういう見方もあるのかというところで参考にしていただければと思います。

さて今日は初めてここを訪れていただいた方があり、その方は典型的な50肩の症状でした。

それもかなりひどい状態で、2ヶ月近く痛みが続き、昨晩はどんな姿勢になっても痛みが強いので、ほとんど寝られなかったというほどでした。

こういう方の場合、ここまで痛みがひどいと、力を抜くということが全くできなくなってしまいます。

私が何をしようと、どんな姿勢や動きを要求しようと、とにかく痛みがでないように体を固くしてしまうのです。

これでは動ける動きもできませんし、痛くないはずの動きでも痛みが出てしまいます。

痛みは体が発してくれる大切なシグナルではありますが、ここまでくると、その意味合いを通り越しています。

私がいつも使う言葉で、「体が根に持ってしまっている」という状態です。

こうなる前に、体はとっくに黄色い警告信号を出し続けていたと思うのですが、それでもこんな状態になるまで放置されていたのですから(ご本人の名誉のためにお断りしておきますが、少し前に医療機関は受診されたそうです)もうこれ以上の状態になっては大変だと、まだ動く前から、脳が赤信号でストップをかけてしまうのです。

この状態が一番厄介です、3・5・7理論に沿った収縮と弛緩や、8方向の中で動作可能な方向性を見つけて、できるだけ遠隔の部位から患部の動きを促すことで、筋肉の柔軟性を回復し可動域を改善していくことで、全身が連動し本来の体の状態に回復させるという、私の施術理論に沿った動きができないのです。

こういう時に私が工夫するやり方はこうです。

まずは自分が何ができるかを自分の目で確認してもらうことです、一瞬でも姿勢を変えたりどころか手を動かすことなど全くできないと思い込んでいる頭に、「ほらこの動きならできるでしょう」と問いかけるのです。

最初は痛む右手ではなく、右手を左手で保持して他動運動として行わせます。

本来の他動運動は、本人ではなく、私が保持して行うのですが、動かされるということに対する恐怖心から、まったく思ったような他動運動を行うことができないのですが、痛くない方の自分の手が動かしてくれるのなら、流石に自分で自分を痛めつけるようなことはしないでしょうから、恐る恐るでも動かすことができるのです。

もちろんこの試みに入るまでには、いつものようにからだほわっとから始まって、全身のバランスを整えるための一通りのことは行っていて、十分勝算があってのことです。

さすがの「からだほわっと」も、その気持ち良さを味わってもらえる心の余裕はなく、ひたすら私が身体に語りかけるのみの施術にはなってしまいますが、それでも私としては体が緩んでくれる手応えは感じていますから、時間をかけて体との対話は進めてあります。

鏡で自分の体が動いていること、とくに痛いはずの右腕が左手によってとは言いながら、動いているという現実を見てもらうことで、少しずつではありますが表情が落ち着いてきました。

こうなってくると、今なら右手だけで動かしたらどれくらい動かせるのだろうと、指示していない動きを勝手にやろうとしますので、慌ててはいけませんと、これまでやってきたことを整理してお話しし、ここを出てからやっていいことやってはいけないこと、そして絶対にやっておいて欲しいことを説明して一回目が終了しました。

90分くらいかかっています、簡単にはいきません。

痛みという感覚は絶対に必要な感覚です。

しかし、こういう状況にまでなってしまうと、一番厄介な存在でもあります。

もちろん注意信号くらいの時に気づいていれば、ここまでにはなっていなかったと思いますが、痛みを怖がりすぎると改善が遅れてしまうこともあるのです。

いろいろな人を相手にしてきました、一人として同じ感覚の人間はいません。

その一人一人と真剣に向き合うことで、画一的な施術ではなく、体と心を相手にできるようになってきたと思います。

心を通じ合わせることが一番難しいことで、まだまだ試行錯誤ですが、最善の努力をしても通じない相手がいることも事実で、仕方がないことだと思うようにしています。

私の努力もまだまだ必要ですが、自分の体を道具のように酷使し続け、故障してしまったから治してくれという態度がミエミエの人は、治りにくいし、また同じことになっていく可能性が高いように思います。

newspicksの連載は終了しましたが、結局お手軽な方法論を求める人には、物足りない内容だったかもしれませんが、「体との対話」という主題に気付いていただいた方には、なんらかの変化が期待できるのではないでしょうか。

私にできることは小さなことかもしれませんが、一つづつ確実に積み上げていきたいと思います。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
西本塾を深める会を9月10日(日)に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。

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