走るという行為、スピードの変化と動きの変化

毎日世界陸上の中継を見ながら、今自分が提唱し指導している「走るという行為」の動きづくりを比べながら、改めてどう伝えていくかを考えています。

まずは、私がなぜ走るという行為に関して、今の体の使い方に行き着いたかということです。

人間誰でも、誰に教えられることなく歩くことを覚え、そして走るという動作に移行していきます。

そこには取り立ててこうしなければならないという理屈も説明もなかったはずです。

しかしある年齢に達すると、ほぼ同じような動きになっていきます。

腕はこう振って足はこう引き上げてという指導がなされるからです。

同じ動きを指導されているにも関わらず、足が速い遅いという明らかな差が出てきますが、それはたんに遺伝的な要素や身体能力の差という問題で片付けられてきました。

いったん足が遅いというレッテルを貼られてしまうと、ほとんどの人は走るという行為が嫌いになり、自分から積極的に行おうとはしなくなります。

逆に、相対的に足が速いと認められると、陸上競技だけではなく、他の競技にも積極的に参加するようになり、運動能力の差は大きく開いていくことになります。

そして速さを追求していく過程で、筋肉や靭帯はたまた骨にまでダメージを受け、故障していく選手が跡を経ちません。

肉離れをする野生動物はいないと思いますが、なぜ人間だけがそういうケガをしてしまうのか、本来人間という二足歩行の動物に仕組まれた、速く移動するための体の使い方とは異なる使い方をしているのではないか、そう思うようになりました。

同じ人間といっても、人種の違いで発揮できる能力や体の使い方も異なっているように思います。

これまで世界で君臨してきた、短距離種目のアメリカやジャマイカといった黒人選手たちの肉体そのものや、その能力を遺憾なく発揮した走り方を、我々日本人が真似をすることには、どう考えても違うと思うのです。

同じように、長距離種目に見られるアフリカ系の黒人選手たちの身体つきも、我々とは全く違います。

それぞれの体と能力に適した種目だからこそ、世界一を争っていると思います。

そんな中で我々日本人はどうすればいいのか、これまでもいろいろなことを考えてきました。

そして思いついたというか、実際に自分が動いてみてこれだと思ったのが、今指導している走り方です。

まず一番重視していることが、体に必要以上の負担をかけないということです。

自分の体重を移動させるという行為ですから、それなりの負荷がかかるのは当然のことです。

そうではあるのですが、そのためにその負荷に対応できるように体を鍛えるという発想ではなく、どうすればその負荷を最小限にとどめられるか、そちらの方向で考えたのです。

それを可能にしてくれると思わせてくれたのが、骨盤と大腿骨頭の関節部分、いわゆる股関節の構造です。

大腿骨の形状が直線の棒状のものではなく、膝から上に直線的に存在する大腿骨の先端部分が、骨盤に対してほぼ90度の角度で真横から内側に差し込まれているような形状になっていることです。

そうであれば、骨盤の角度をしっかりと保って、大腿骨が前後に自由に動ける状態を保って、骨盤を前後に捻るように使うのではなく、左右の腸骨を上下に動かすようなイメージを持つと、大腿骨は自然に前後に振り出され、地面を蹴っているという感覚もなく、体を前に運べるということに気づいたのです。

その動きを「アイドリング」動作と名付けました。

骨盤を引き上げる動作を行ってくれているのが広背筋です。

そしてその広背筋の停止部が、上腕骨の小結節部分にあることを考えれば、意識しやすい上腕部分をどう使うかを先に考えるのが簡単だと思いました。

その連携連動をしやすくするための、意識づけのトレーニングが「フライングバックトレーニング」という訳です。

上腕骨を後上方に引き上げることで、広背筋にスイッチを入れ、骨盤の後ろ側を引き上げてもらい、股関節の自由度を確保するという考え方です。

肘から先はどう使うではなく、まったく意識から切り離し、もう無いものと思うくらいでいいと思います。

アイドリングのドリルを行う時には、その場足踏みですから、上腕骨の動きに対して、指先は体側に沿って真っ直ぐに上下することになります。

ここをおろそかにすると、その先のドリルには進めません。

と言うより、練習の7割はこのアイドリングの練習に費やしてくださいとお願いしています。

この動きさえできるようになれば、あとはスピードに合わせて体自身がその動きを変えてくれます。

そう言ってしまうと、指導されている方はまったく意味がわからないということになるのですが、本当にそこから先はそれぞれの体が違うので、画一的にこうでないといけないという指導はできないのです。

進むべき方向に今以上に速く進みたいという意識が、スピードを上げてくれるので、どこをどう変えればスピードが上がるのではないと言いたいのです。

しかしこの言い方では、私の意図をそのまま受け取ってもらうことは不可能なことはわかっています。

文字にすると、今度はそれにとらわれてしまうことになりますが、それを恐れず今思っていることを書いておこうと思います。

まずアイドリングでは手のひらは向き合うような状態で、上腕骨を上下させていてもその状態は変わりません。

アイドリングから少しずつつま先をあげて体が前方への移動を始めると、前腕部の回内動作、手のひらが後ろを向くようにねじられて行きます。

当然肩の部分も内側に捻られ前腕の回内と連動します。

室内でのほんの少しの前方移動から、ゆっくりしたジョギング程度のスピードに変わっていくと、体側に沿って上下していた手のひらが、回内し下方向へ捻り下ろされる時に、体側から離れやや体の前方に振り下ろされて行きます。

これは意図した変化ではなく、スピードの変化により自然な変化です。

そしてさらに少しスピードを上げていくと、肘が後上方に引き上げられた時に、リラックスさせた前腕部分は、肘を中心に前腕部分が振り子のように自然に振られることで伸ばされます。

腕は振ってはいけないとか、こうやって振ってくださいではなく、自然に振られるだけなのです。

私が腕は前後に振りません、と言っているのに降っているじゃないかと言われるのはそういうことです。

さらにスピードが上がり、自分のトップスピードに近づいていくと、両足は空中に浮いている時間が増えてきます、これが走っているという状態です。

しかし、この浮いている時間が長すぎるとピッチ回転数が上がりませんので、右肘を後方に引き上げた時に、自然に振り出されている左の肘を、今度は素早く後方に引くという動きが必要になります。

これを左右繰り返す訳ですが、この後方に引き上げる時に一番大事なことが、広背筋でその動きを行うということです。

肘を引き上げることで背骨がぐっと反って、骨盤が前にグッと進んできます、けっして胸を張っているわけではありません。

この形が今世界陸上で活躍している、世界の一流選手たちの体の使い方です。

腕は縦に使え、肘は曲げ伸ばしするな、その意味がわかってもらえたでしょうか。

末端の部分をどう使うではなく、骨盤・股関節と肩甲骨・肩関節の連動、それに連動して自然に動く腕と脚、それが私が理想とする走るという行為の理想形です。

読み返してみると、走るという行為に説明のはずが、脚の動きや使い方に関して、まったく触れていないことに気付かれたと思います。

そうなんです、速く走るためには地面を強く蹴って太腿の部分をしっかり前方に引き上げて、その脚を素早く引き下ろしてピッチを上げるために腕をしっかり振って、その意識は無いのですから。

進んで行く骨盤部分に置いて行かれないように、骨盤から上の部分が前に倒れてしまわないように、ただひたすら股関節の真下に着地して体を支え続ける、脚の仕事はそれだけだと思っています。

その仕事をしやすいように、広背筋に頑張ってもらって骨盤を引き上げ、股関節の自由度を確保してもらう、走るという行為をこういう風に考えることはできないでしょうか。

少なくとも私はそうやって走っていますし、スピード練習をする時には腕を振っていると言われます。

すべては結果です。

ジョギングの時も全力疾走の時も動きは同じで、その違いは頑張ってスピードを上げるぞとばかりに、力んで筋力に頼ってしまうこととは違うと思うのです。

ゆっくりした動きを確実に身につけたら、あとは速く走りたいと体にお願いしてみてください。

きっと応えてくれるはずです。

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人間の動きを見て思うこと

毎晩テレビで世界陸上の中継を見ていて思うことがあります。

人間の基本的な能力を競うのが陸上競技というスポーツ種目、単純に走ることから、そこにハードルや水壕と言った障害物を配置したり、砂場を作って助走をつけて、一歩また三歩でどれだけ遠くまで跳べるか、はたまた横に渡したバーを自分のジャンプ力だけで跳び越したり、長いバーを持って跳び越したり、鉄の塊や円板や槍を持ってどこまで遠くに投げられるかを競ったり、テレビで競技を見ていると近代的なスポーツにしか見えませんが、文字で羅列すると、なぜか古代の人間たちが行っている様子が目に浮かぶような競技です。

もちろんそれぞれの競技によって、向き不向きというか体格の差があることはもちろんですが、それでもただ大きいとか背が高いとか、筋肉隆々としている選手がすべて勝つわけではありません。

もちろん最低限のというか、世界で戦うためには最低これくらいの体はないとな、と思わざるを得ない場合もあります。

日本の選手は残念ながらいま世界に通用するというか、メダル争いどころか決勝のレースに残っていく選手さえいません。

毎晩中継を見ながら、何が違うんだろう、どうすればいいんだろうと、別に誰に頼まれるわけではないし、もし良いアイデアを思い付いたとしても、どこの誰にそれを伝える立場にもありません。

しかし、どんな競技であれやはり基本は陸上競技の各種目の体の使い方だと思のです。

野球が好きな人、サッカーが好きな人、バレーボールが好きな人、その他チャンネルを変えれば色々な種目を見ることが出来、それぞれのスーパースターの動きを堪能することも簡単にできる時代です。

サッカーで言えば、ユーチューブで検索すれば一流選手のスーパープレーが〇〇の神プレーなどというタイトルでいくらでも出てきます。

そういう常人にはできない動きの数々を支えているのは、あの陸上競技選手たちの動きがすべて基本になっていると言っても言い過ぎではないと思います。

だから本来は、どんなスポーツを行っている選手でもそれを応援している人たちであっても、陸上競技は見るべきだと私は思います。

私は子供の頃から運動神経は良い方だと思っていましたが、体がとても細く、年齢が上がるにつれて同年齢の選手との差は大きくなるばかりでした。

とにかく大きくなりたい、それが唯一の夢でした。

私が今こんなことを考え、こんな仕事をしている原点もそこにあったと思います。

なぜ大きくなれないのだろう、小さいままでは良い選手に成れないのだろうか、考えても考えてもそう簡単に答えの出るような問題ではありませんし、何より何の知識もない田舎育ちの私に、それを教えてくれる人などいるはずもありませんでした。

そんな私が今こうなって思うことは、明確な目標に向かって正しい努力を積み重ねれば、誰でも可能性はあるということです。

体の大きさという意味では、身長はある意味どうにもならないところだと思います。

しかし、体を動かすために必要な筋肉に関しては、後天的な努力でどうにでもなると思っています。

ここで出てくるのが「体づくりから動きづくりへ」という私のキャッチフレーズのようになっている言葉です。

この意味はけっして小さいままでもいいと言っているわけではありません、ただ大きさだけを求めてもダメですよと言っているのです。

今世界陸上を見ていて、その思いを強くしています。

自分がその競技にとって必要な動きを完璧に表現できるようになるための筋量を持っていることが条件なのです。

まずは筋肉ありきで作りこんで、それをどう競技に活かすかではなく、この競技はこういう動きで構成されているという、競技動作の本質を見極めることなく、体作りに専念しても競技成績には結びつきません。

ただこれは世界のファイナリストと呼ばれるレベルの話ではありますが、その手前までなら私の言っているところまでこだわらなくてもいいのかもしれません。

でも競技としてやるなら、とことん可能性を追求するべきでしょう。

ならば、まずは動きを分析し、どういう動きが出来れば世界一になれるのか、その動きが出来るようになるためにはどんなトレーニングが必要なのか、そうやって突き詰めて行った結果として、その競技でナンバーワンになるにふさわしい肉体が構成されているはずなのです。

そこには順番が付きますから、どんなに正しい努力をしても全員が一番にはなれません。

しかしその努力なくして偶然一番になることもありません。

その方向性を見極めることなくして行われる努力は、残念ながら無駄な努力となってしまうでしょう。

残酷な話ですが、どんな世界でも一番を目指すというのはそういうことだと思います。

もちろんみんなが世界一を目指して競技を行う訳ではありません、街で一番市内で一番、県内で一番、日本で一番、どこに目標を置いてもいいでしょう。

しかしその努力の過程は同じなのです。

昨日、箱根駅伝を目指して高知から進学した選手が、夏休みを利用して久しぶりにここを訪れてくれました。

高校卒業直後、上京を間近に控えたタイミングで初めて来てくれた時も、直前に故障で走れない状態で来ましたが、なんとか走れる状態に持って行けたので外で実技も指導出来ました。

今回も直前の合宿後、疲労骨折の診断を受けての来訪となりましたが、施術から室内トレーニングそして廊下を利用しての走りの実技と、予定通りのことを指導出来ました。

実に真面目な青年で、同じ四国出身ということもあり、なんとか夢をかなえさせてあげたいと思っていますが、今回は2回目の指導とはいえ、スピードを上げるための体の使い方までしっかり理解してくれて、休み明け足が完全に回復したら、きっと今まで以上の走りが出来るようになっていると確信しています。

時間はかかりますが、順を追ってきちんと体に染み込ませていくと、誰でもとは言いませんが、本気で取り組んでくれれば出来るようになるのです。

私自身長く走ることは嫌いではありませんでしたが、スピードは速くありませんでした。

もっと速く、もっと長く走れないのだろうか、自分の中で考え続けてきた結論のようなものが、今私が指導している走り方につながっていきました。

速くは走れてもすぐに疲れたのでは意味がないし、長くは走れてもゆっくりならだれでもできるわけで、その両立を自分の体で実践していく中で、サッカーの90分間走り続けるではなく動き続けられる走り方だったり、マラソンや100mにも共通する、人間が走るという行為をどうやって行うべきかという根本的な問題にまで踏み込んで行ったのです。

私自身これから競技者として多くの競技に挑戦するという訳にはいきません。

しかし、今自分がその立場だったら、こんな考え方でこんなトレーニングをすれば、それなりの成績は勝ち取れる、そんな思いはあります。

だから私を頼ってわざわざ遠くから来てくれる選手たちには、精一杯自分の知識と経験を総動員し、自分が見せられる精一杯の動きを表現することで、こうやるんだよと言う見本になりたいと思って頑張っています。

私が誰かの動きを見てなぜそう思うのか、ただのお節介かもしれませんが、もっとこうすればいいのにな、こういう意識にはなれないのかなと、心の底からそう思うのです。

それが正しいと思えるのは、自分の体を動かして確かめているからです。

もっともっと色々なものを見て、自分の体を動かし、いつだれが来ても、なるほどそういうことだったのかと思ってもらえる答えを用意しておきたいと思います。

雑感、世界陸上をテレビ観戦して

台風15号、広島市内からは遠ざかっているようですが、今回は台風が西側を通ったため、朝から風雨が強い状況が続いています。

現在は雨は小降りになっているようですが、風は一向に収まる気配はなく、目の前に広がる宇品港の景色も、普段とはまったく違うものになっています。

こんな日は基本外出は控えるべきで、予約の変更やキャンセルがあったため、朝から開店休業状態が続いています。

夕方三男が車で迎えにきてくれることになっているので、自分のためのトレーニングや海を眺めながら時間をつぶしている状態です。

さて、今回はあまり注目していませんでしたが、世界陸上が連日テレビで放送されています。

昨日はなんとなくですが、長い時間中継を見続けました。

残念ながら日本の選手と海外のトップレベルの選手たちのレベルが違い過ぎて、日本がんばれという雰囲気には程遠い状態だと思います。

その中でも、やり投げの新井選手だけは、久し振りに良い体の使い方をしているなと思わせてくれる選手が登場しました。

中学までは野球をやっていたそうですが、詳しいことはわかりませんが、高校に入ってからやめてしまい、目標を失った状況の中で出会ったのが、世界陸上をテレビで見た時に凄いなと思った海外のやり投げ選手の投てきを見て、自分もやってみたいなと思ったことが、やり投げを始めたきっかけだそうです。

現在中日ドラゴンズのGMを務める落合博満さんも、団体競技である野球になじめず、いわゆる野球エリートの道を外れたにも関わらず、その才能は誰が見ても光るものがあったようで、プロの道に進み、超のつく一流選手になっていった選手でした。

やり投げはまさに個人競技ですが、その技術を習得するためには、きちんとしたコーチの指導を受けなければならないでしょうから、単純に我が道を行くでは済まないと思います。

彼に限らず、大きな可能性を持っている選手は世の中にはたくさんいると思います。

今選手という言葉を使いましたが、スポーツ環境に恵まれなかったり、本人がまったく気づかないままに才能が埋もれてしまうということもあると思います。

みんながスポーツを行うことを望んでいるわけではありませんが、スポーツに限らず様々な分野でこういうことはあるのではと思います。

新井選手を見るのも名前を聞いたのも初めてでしたが、助走から最後に投げる態勢に変わり、リリースしてファールにならないように踏ん張るところまで、素人目に見ても無駄がないというか、動作の全てが槍を投げるということに繋がっているように見えました。

さらには一番大事なところですが、槍が耳の横をこするように体の一番近くをすり抜けて出てきます。

その前に、私が野球の選手に言い続けてきた、投げる方向に肘を向け手首は小指から出てくるのが正しいという、運動の連鎖を見事に表現してくれています。

体格的にもっと大柄な外国人選手は多くいますが、腕の振り方という意味では、予選A組の中では間違いなく一番良い動きだったと思います。

比較の問題ではなく、私がこれまで見てきたやり投げの選手の中でもトップレベルだと思います。

あれだけの体格と正しい腕や肘の使い方ができる選手ですから、もし野球を続けていればどんな投手になったことかと、余計なことを考えてしまいます。

今回は出場していませんが、村上選手も野球からの転向組で、テレビの企画で見ましたが140キロのスピードボールを投げていました。

同じ投げるという動作ですが、野球の関係者は槍を持つ手首の角度と、野球のボールを持つ角度は違うからと言いますが、私はまったく同じだと言い続けています。

今度新井選手にも、遊びでいいですから野球のボールを投げるところを見てみたいです、きっと凄いボールを投げると思いますよ。

他の種目では、残念ながら見るべき選手はいませんでした。

今日は200メートル予選にスーパー高校生16歳のサニブラウン選手が登場しますが、100でも2位になったガトリンと並んで走るそうで、気楽に走ってほしいと思います。

その他の競技は、もう比較云々というレベルではないので、見ていてあまり楽しくありません。

100メートル女子の福島選手も日本では敵なしですが、準決勝では予選で出した11秒23よりも悪い11秒32で、予選2組の7位に終わりました。

何度かレースを見たこともありますし、今年の織田記念陸上では目の前でその走りを見ました。

きちんとトレーニングを積み、日本女子としてはかなりのレベルに到達している選手なのでしょうが、私は何か物足りないものを感じてしまいます。

フォームもある程度完成されているのでしょうし、筋力という意味でも毎年の積み重ねが今の体を作り、それを使って走っているとは思います。

昨日のレースでも前半の30メートルくらいまでは、他の選手と遜色はないと思います。

ところが中盤から後半にかけて、圧倒的なスピードの差が出てきます。

スタート良し、前半の加速良し、なのに後半がということになってしまうのは何故でしょうか、海外の選手とどこが違うのでしょうか。

私が思うに、前半の速さは福島選手の体の軽さと、そして足を速く回転させる、いわゆるピッチの速さによるものだと思います。

ところが後半に入ると、地面を蹴る力が前に進む推進力としてではなく、強く蹴って大きく振り出されて着地する足が、推進力を止めるブレーキになっているように見えるのです。

骨盤の角度がきちんと維持されていないためです、体の前側の筋肉が出しゃばっています。

そのブレーキがかかった状態の体を、さらにアクセルである蹴り足で前に運んでいく、ブレーキを踏みながらアクセルを踏むという、なんとも大変な作業をしているように見えてしまいます。

さらにはここ一番のレースになると、やはり力んでしまうのか、そのブレーキアクセルの動作が顕著になって、足は走っているのだけれど骨盤は前に進んでいかない、そんな風に見えます。

力むイコール屈筋優位の筋力発揮となることは何度も繰り返してきました。

走るという行為に関しては、過去何度も触れてきましたが、短距離こそ、いかにブレーキをかけずに駆け抜けるかという動きが要求されると思います。

トップを争う選手たちは、骨盤がぐいぐい進んでいきます。

骨盤から背骨のアーチが見事に保たれ、膝から下がスイスイ前に運ばれ、ぐっとそり出した骨盤の股関節の真下に、ブレーキではなくスッと乗って行く感じで、滑るように前に進んでいきます。

いろいろなトレーニングを行っているとは思いますが、筋力では絶対に対抗できないと思います。

いかに地面とケンカしないで、ブレーキのかからない走りができるか、そのためにはどういう体の使い方をすればいいのか、私に意見を求められることはないと思いますが、今のままでは世界との差は広がるばかりだと思います。

見ている方はなんとでも言えます、選手やコーチが真剣に取り組んでいるからこそ、私なりの意見も言えるのです。

今日もじっくりテレビ観戦しながら、ああだこうだと自分の考えていることとの違いを分析したいと思います。

目の前の宇品港、まだまだ凄い風が吹き荒れています。



伝えておきたいこと、繋いで欲しい人

週末、家内の亡くなったお母さんの13回忌法要に出席するため東京に行ってきました。

私自身は宗教心もあまりなく、自分の親の何回忌ということも行っていません。

考え方はそれぞれですが、形も大事でしょうが、私はいつも心の中で子供や孫の成長を知らせたり、自分のことも見守っていてほしいと思っていますし、何かにつけて思い出すことも多くあります。

檀家制度の名残で、代々のお墓を守る立場の人はお寺さんとの付き合いが必要でしょうから、法事も行わなければならないのでしょうね。

まあ無事に済んで良かったです。

西本塾に参加してくれた5人のうち、感想が送られていなかった鹿児島の森山さんからも届きましたので、ご紹介します。

1週間の期間を空けて感想を送ってきた理由は、最後に交わした言葉から想像がついていました。

誰よりも真剣に私のすべてを学ぼうとする意識が、この二日間をそう簡単に言葉にはできないと、じっくり自分の体を動かし頭を整理してからしか感想を書けない、そんな言葉があったと思います。

広島から鹿児島まで、夜行バスを利用してこられたので、二日目の終了後に、バスの時間まで3時間ほど見て歩くところはありませんかという話になりましたが、広島は夜の街は知りませんが、観光という意味では暗くなると見るところはないように思います。

それがまさか、習ったばかりの歩き方を練習がてら3時間も歩き続けたというのですから凄いことです。

見送った後、「森山さんを見ていると、あなたに似てるね」と、家内が言いました。

家内の言う私のイメージは、何事にもこだわりをもち、自分が納得しなければ一歩も前に進もうとしない、職人気質と言えば聞こえはいいですが、今風に言えばKY空気読めない、融通の利かない難しい男、という面の方が大きいかもしれません。

私と似ているは、森山さんにとっては有難くない言われ方かもしれません。

頂いた感想も、ある意味予想通り、しっかり復習し、継続してくれる一人に加わっていただいたと思います。

また貴重な西本塾生が増えました。

まずはお読みください。

西本先生、奥様、二日間ご指導していただき本当にありがとうございました。

また、一緒に参加されました第14期塾生の皆さん、二日間でしたが本当にありがとうございました。

今回西本塾に参加させていただき、自分なりに考えた仮説が本当に正しいのかどうか、身をもって確認することができ本当に良かったなと思います。

文字だけでは本質を知ることが難しいというと、一つの体験、体感から伝わってくる息遣いや、本気でぶつかってくる熱意、身体を通じてひしひしと伝わってきました。

初日の実技で居つくということに身をもって感じたこと、頭で理解できても身体が反応できずに居ついた二回目、体現できない自分に物凄く歯痒さを感じました。
今思えば、歯痒さを感じてる=屈筋が働いていたのかもしれませんが。

座学で学んだことを二日目の実技で体現すること。
意識を変えるだけでこんなにも動きが変わるものなのかと、何より疲労や筋肉への負担を感じなかったことには衝撃的でした。

最後まで滑らかに走ることはできませんでしたが、実技であれだけ走り動き続け、オクタントトレーニングを受けた後にもかかわらず、覚えた身体の感覚を忘れまいと広島の街中を習いたての歩き方で歩き回り、気がつけばバスを待つ約三時間の間動き続けたことにもっとびっくりでした。

私は、この二日間、他の方よりもたくさんの動きのサンプルとして様々な動きを体感させていただきました。
小さなことではあったかもしれませんが、西本塾から戻って一週間、覚えた身体が忘れないうちに実技でやった細かな動きを思い出しながら、また、レジュメやノート、ブログを読み返しながら動き作りのための癖作りに励んでます、正しい動きを正しく丁寧に。

体現できないことを伝えていくのは難しいということ、体現できたからといって伝えられるかといったら、そうではないこと。
イメージや言葉の表現の引き出しをもっと増やし、スポーツに携わっている人これからスポーツを始めたい人達のキッカケとなるような活動をしていきたいと思っています。
その為にも、教えて頂いた動き作りの基礎を反復継続して、自然とできるようにコツコツ積み重ねていきたいと思います。

西本塾から戻って気づいたこと。高校球児とプロ野球選手の盗塁のスタートを観ながら、一歩目の居つくという行為、スタートの構えでの力みなどスポーツを違う視点で楽しめるようになりました。
自分が体験、体感したからこそ見えてくる新たな視野、もっとたくさんの発見ができるように学んだトレーニングを継続したいと思います。
長くなりましたが、貴重な二日間、熱いご指導本当にありがとうございました。

第14期 森山 幸一郎


今回参加してくれた5人の皆さんは、今までの参加者と比べても申し分のない高い意識を持って参加してくれたと思います。

本当に有難いことです。

既に来月行う「深める会」の募集を行っています。

現在3名の方から申し込みをいただき、1名は保留としています。

またかといっては失礼というか、申し訳ないですが、名古屋の内田さんは3回連続の参加、市川の望月さんと丸亀の長尾さんも、今度お会いするのは3回目か4回目となります。

皆さんが私に求めてくるもの、私から学ぼうとするものも、初めから分かってはいますが、だんだん焦点が絞られてきたというか、まさに深める会でなければ伝えられないことを、二日間に亘って行う会になっています。

その中でもそれぞれの会で、参加者の構成が違いますし、言い方は適切でないかもしれませんが、それぞれの立場での経験や、私から学んだことをどれだけ実践し継続しているかによって、それぞれの人に対して伝えなければならないこと、深める内容が違ってきます。

札幌の会を含め、実はここまで教える気はなかったという内容まで、すでに教えています。

そうさせてくれるのは、もちろん参加者の皆さんの意識や経験など、伝えるに足りる人であると、私なりの判断出来たからです。

ほんの数年前までは、私のやっていること考えていることが、分かる人などいるはずがないと、誰にも教える気などまったくありませんでした。

それを思うと、我ながら不思議な気がしています。

来月の深める会に申し込んでくれている3人にも、それぞれ違った意味でもうひと堀、根っこの部分を掘り起こす意識と、もちろん経験はありませんが、生け花に例えると、枝や葉っぱ花の刺し方見せ方まで含めて、もう教えた方がいいのかなと思う人まで出始めました。

私が唯一自信を持って教えられないと断言できるのは、いわゆる経営という分野です。

自分一人でやろうが、人を雇おうが、施設を維持し利益を上げなければ、誰かのためになどときれいごとを言っても始まりませんから。

しかし本当に私はその分野のことに関しては、恥ずかしながらまったく考えたことがありません。

それでよく4人の子供を育ててきたなと、人に言われる前に自分で思います。

経営効率だ利益優先だと、パソコンの前に座って数字を眺めていることで仕事をしている、経営側の人には、まったく認めてもらえないような仕事をしてきましたが、何とかもう後10年くらい頑張れたらそれでいいかなと思っています。

だから私に経営のノウハウを聞かれても、何一つお答えすることは出来ません。

そういうことが知りたければ、誰に聞いたらいいのか分かりませんが、自分で探してください。

西本塾を始めて2年が過ぎ、参加者の数も100人を超え、この人ならという人も何人かは出てきました。

逆に、悪いですがこのひとはちょっとと言わざるを得ない人もいます。

最初は門戸を大きく開き、徐々に入り口を狭め、今は申し訳ありませんが、私の中で一定の線引きを行っています。

私が今伝えている相手は、目の前にいる参加者ではなく、その周りにいる私が出会うことのない誰かのためです。

そう思ったら、線を引かざるを得ません、そして線上に残り、さらに学ぼうとしてくれている人たちには、今まで以上のレベルを要求していきます。

毎回どこかしらで声を荒げることが増えてきました、もう一時も無駄にできない、余計なあいづちも、少し間との外れた質問さえその場を壊すと判断したら、ズバリとそのことを指摘しています。

今回の3人には、私なりに大きな期待を持っています。

このまま3人ならこんな風に進めたいと、頭の中は動き出しています。

誰とは言えませんが、ここにあと数人私の意中の人から申し込みがあれば、毎回言っている言葉ですが、今回も今まで以上に充実した内容の深める会に出来ると思っています。

弟子とか後継者とかいうことではありませんが、私のことをしっかり理解してくれて、誰かに私のことを聞かれたら、「西本直という人間はこんな人で、こんなことを考え、こんなことが出来る人だよ」と、正しく答えられ、逆に、私は遠い所の人が私を必要としてくれた時、「この人に聞いてください、西本でなく〇〇さんの元を訪ねてください」と、自信を持って答えられる、そんな仲間を増やしていきたいと思います。

前回の記事の下に、島田さんからのコメントをいただいていますが、こうして塾後どういう風に私から学んだことを活かしてくれているのか、上手くいったこと行かなかったこと、みんなまとめて報告してくれることからしか、本当の意味での人間関係はできないと思います。

皆さんと私は一対一の関係、しかし、私にとっては回を重ねるごとに何分の一の分母の数字が増えていくのです。

どんな大きな数字になっても一人一人の顔が浮かぶ関係を続けたいと思います。

皆さんからのコメントを待っています。


背中を使う、オクタントトレーニングの効果

私の経験から導き出されてきた体に対する意識の根本である、「体づくりから動きづくりへ」という意識改革に関しては、少しづつではありますが共感してくれる人も増えてきたように思います。

しかし、もう一つの柱というか、ここはどうしても外せないというのが「伸筋の重要性」であり、「広背筋を使う」という意識の仕方です。

体は部分の集合体ではない、丸ごと一つの存在だと言っていながら、なぜ広背筋という単独の筋肉だけは特別扱いしているのかという疑問を持つ方も多いと思います。

西本塾ではiPadで3Dの画面を見せながら、解剖学的に他の筋肉と大きく違うことを認識してもらったうえで、ラットプルダウンのマシンを使用して、椅子に座りバンザイをした状態から首の後ろ、もしくは前側の胸の高い位置にバーを引き下ろすという動作を行ってもらっています。

この動作は、その動作を深く考えて行っていない人から見ると、関節の運動としては、バーを握っている両手の肘を曲げることによって、バーを引き下ろし重さを持ち上げるという動作です。

であるならば、これは肘関節を屈曲させるために働く「上腕二頭筋」が収縮したということになります。

何も間違ってはいません。

今度はバーを強く握ってしまうことを防ぐためにパワーグリップを使用し、スタートポジションからとにかく屈筋の関与を少なくした状態を作り、肘を屈曲させるのではなく、広背筋を強く意識して収縮させることで、広背筋の起始部である背骨の胸椎部分や腰椎部分は大きなS字を形成し、腸骨稜と停止部である上腕骨の小結節部が近づき合うことで肘が脇に引き寄せられ、結果として持っているバーが引き降ろされるという動作を行うことができます。

見た目には全く同じように見える二つの動作ですが、実際に行っていただくと、同じ重さで動作を行っているにも関わらず、後者の広背筋を意識して行った方が明らかに重さを軽く感じ、楽に動作を行うことができるのです。

体験していただいた方は、例外なくそれを感じ不思議そうな顔をします。

持っているバーを引き下ろすためには、腕の力を使うことが当然で、その方が重いものを扱えるという固定概念を持っているからです。

このマシンの使い方や、鍛えられる筋肉はどこかという説明には、必ず「広背筋」と書かれています。

もうお分かりの通り、肘の屈曲で動作を行ったのなら広背筋のトレーニングにはなりません。

このマシンが「上腕二頭筋」の肥大を目的としたものなら、それはそれで間違いではありません、中にはそう書いてあるマシンも見たことがあります。

私はこのマシンは、伸筋である「広背筋」と、屈筋である「上腕二頭筋」の違いを感じてもらうことに関して、最も分かりやすい動きとして、全員に体験してもらっています。

単純に伸筋と屈筋、どちらが強いですか、どちらが持久力がありますかと聞かれても、何をどう比較していいのか分からないと思います。

そこでこのバーを引き下ろすという目的のために、どちらが効率的かという体験をしていただくのです。

考えてみてください、私の腕も細いながら肘をぐっと曲げれば力こぶはできます。

しかしその大きさをどれだけ大きくしたところで、背中に位置する広背筋より大きくなるはずがありません。

ならばそんな無駄な努力をするよりも、元々持っている広背筋の機能を向上させるためのトレーニングをした方がいいでしょう、という結論に結びつけていくのです。

そうやって伸筋の重要性、広背筋の重要性は皆さん分かってくれます。

ただそこからが問題で、実際のスポーツ動作にその広背筋がどう関与しているのか、それを直接結びつけてイメージできる人は少ないと思います。

私の中でもこの部分が、伝える中で一番難しいことのように思います。

それがきちんと伝わらなければ、西本理論を学ぶことと競技動作が向上することがイコールだとは思ってもらえませんから。

今回の西本塾であることに気づいたというか、再認識した瞬間がありました。

鹿児島から参加してくれた森山さんを相手に、「オクタントトレーニング」の実戦版を行っていた時です。

選手役の森山さんも私も、かなりの体力と集中力が要求されます。

動きのタイミングが合わないと、私がケガをすることになります、実際に広島時代に試合前のアップとして行っていた時、選手の足が汗で滑って私の胴体を締め上げ、肋骨を痛めたこともありますから。

私の手は2本しかありませんから、オクタントトレーニングで相手の体に触れられる場所は基本的に2箇所ということになります。

私がそれぞれの部分に手を当て、動きを引き出す合図をした瞬間に、その部分を押し返す、押されたところを押し返す、というのがオクタンントトレーニングの基本となっています。

その時の力の入れ方が問題で、押されたところを押し返すという運動に対して、体に支点を作れない状況を作っています。

ベッドの上で色々な姿勢で行うのですが、どこかに捕まったり足を絡めて力を入れやすくすることは認めません。

空中に浮いて無重力で行うことはできませんから、体のどこかはベッドに接しているわけで、支点がまったくないという状況は作れませんが、できるだけそれに近い状態で行うのです。

その中で体を安定させ、こちらが加えた負荷に対して、方向も筋力の出力もきちんと対応させていくのは、かなり難しい動きになります。

まさに操体法でいう体の連動を、そのまま力の発揮に変えていくためのトレーニングなのです。

その最初の動きである、仰向けに寝た状態で足首を私が外転させようとする力に対抗して、踵を軸にして内転する力で対抗してください、という説明をしている時、森山さんが頑張って力で対抗しようとした瞬間、腹筋や胸筋、上腕二頭筋などの屈筋群が連動して参加してくることが、目にも見えますし、まさに手に取るように分かるのです。

広島時代にある選手の動き作りを目的に開発したオクタントトレーニング、西本塾でも必ず一人の人に選手と同じハードバージョンで体験していただいてきましたが、「ここを説明すればいいんだ」ということに我ながらやっと気付かされました。

今回はそのまま流していきましたが、足先を内側に閉じるように力を入れる動作は、誰がどう考えても体の前側の屈筋を使うものだと思うはずです。

ところが森山さんに、「前じゃないですよ、背中背中、広背筋を使って」と声をかけると、背骨がぐっと反り上がり、私が抑えている足先に、先ほどの何倍の力が伝わってくるのです。

裏腹に表情は和らぎ、自分の動きを冷静にコントロールできているのです。

自分で考え、当たり前のように行ってきたトレーニングでしたが、ここをしっかり伝えることが、西本理論の根幹である「体づくりから動きづくりへ」、「伸筋重視の体の使い方」そのものだったのです。

オクタントトレーニングでは、全ての関節を全ての可動方向に向かって、自由に連動できるようになることを目的にしています。

それができるようになるための絶対条件が、全ての動作の力の源は「広背筋」だという事実なのです。

オクタントトレーニングを繰り返し行うことで、実際のスポーツ動作でこの動き、体の使い方が再現され、効率的効果的な動きができるようになります、と結論付けられるのです。

やはり最後は「オクタントトレーニングだったか」、20年以上前にある選手の動き作りから始まったこのトレーニングは、今頃、自分で言うのもなんですが、素晴らしい効果を期待できるトレーニングなのだと思います。

バクスター監督に請われて神戸に行った時、盛りを過ぎたラウドルップ選手のキレを取り戻そうと、監督が直接彼に西本のオクタントトレーニングを受けるように指示し、何度か行ったことがありましたが、見る人が見れば何を目的にしているのか分かるのですね。

もう数年前になってしまいましたが、ある選手の動きを変えたいと3回くらい行って、お互いに手応えを感じ継続していこうと確認していた矢先に、私が辞めてしまったのでK選手には申し訳ないことをしてしまったと思っています。

週に一度か二度オクタントトレーニングを2年間継続していたとしたら、彼は一体どんな動きを獲得できたのでしょう。

背中を使えるようになることを実際のトレーニングで実感でき、屈筋に頼った動きがいかに無駄な動きだったかを思い知ることができるこのトレーニングは、こちらの負担も大きいですし、きちんと意味を理解して行わなければ良い結果は得られず、似て非なるものになることは明らかですが、塾生の皆さんには是非挑戦していただきたいと思います。

西本塾、回を重ねる度に自分自身に新たな気づきがあり、まさに参加者の皆さんと学び合う機会になっています。

まだまだ頑張らなければなりません。


明日から広島を離れますので、週末の更新はありません、楽しみにしていただいている方々には申し訳ありません。


西本塾感想、本気を感じる人

既に100人以上の方が西本塾に参加してくださいました。

その一人一人に真剣に語りかけ、一つでも役に立てる何かを持ち帰ってもらうことと、枝葉の技術ではない、私が本当に伝えたいことを必死になって語りかけてきたつもりです。

年齢も仕事も、参加する目的も、皆さん違うことは当然ですが、だからこそ私が本当に伝えなければならないことは、分かるとか分からないとかいう以前の問題として、とにかく「そういうことなんだ」と、実際に聞いて見て感じて欲しいと思ってきました。

加えて参加者の受講動機に沿って、より身近なテーマで話しかけたりする工夫もしています。

そんな中でも、こちらを本気にさせてくれる方と、そうでもない方の差はやはり出てきます。

私が話しかける言葉も内容も、本気の人に向けられることは当然です。

私に人を見る目があるのかは疑問ですが、受講動機の文章と初対面の印象から、ある程度はその方のことを判断できると思っています。

私から見て大きな期待を抱かせてくれる人、少しピントがずれていると感じる人と様々ですが、人のことを言えるほどの人間でもなく、類は友を呼ぶと集まってきてくれた人たちだからこそ、もっとこういう考えに変わってくれれば良いのにと、思うことの方が多いように思います。

今日感想を紹介する内田さんは、正直少しピントが外れ気味の人かなという印象から始まりました。

今回西本塾に連続して参加してくれましたが、深める会と間違えて申し込んだとばかり思って確認のメールをしたら、思わぬ言葉が返ってきました。

深める会に参加する前に、もう一度西本塾を受講したいというのです。

1回受講したことで、これは一度では理解できない、それこそ何度でも参加して、西本理論の本質に迫りたい、そんな意味の言葉が綴られていました。

私自身、毎週土曜日3か月間に渡って行われていた、渡辺栄三先生の操体法講習会を何度続けて受講したことでしょう、分かったとか理解できたなどというレベルには、それこそ一生かかっても届かないと思いました。

ならば何を求めて通い続けたのか、それはたった一つ「渡辺栄三先生の人柄を感じたい」、抽象的すぎるかもしれませんが、操体法がどうのこうのではなく、10歳年上の渡辺栄三という人間に近づきたい、ただそれだけでした。

今の私にそんな人をひきつけるような人間力があるとは思えません、ただこれまで培ってきたことを「西本理論」ということばでまとめ、それを必要としている人に伝えることをしています。

その思いが伝わったというか、感じてくれたというか、私がどういう思いで皆さんに語りかけているのかを、続けて参加してくれた人だからこそ感じてくれた何かを言葉にしていただきました。

とても有難いと思います。

来月の深める会にも申し込んでいただきました、それぞれ事情があってなかなか参加できないとは思いますが、こういう人にはただ本気でという気持ちの部分以上に、伝え方を工夫し、さらに深めていただかなくてはなりません。

年齢を重ね経験を積み、やっと分かってきたこといまだに分からないこと、その答えを見つけかけている内田さんを応援しなければなりません。

分かったような気になった時点で成長はありません、自分の未熟さをさておき、相手のせいにしてしまっては何の進歩もありません。

自分の言葉が届かないのではなく、自分の言葉が聞こえていないのです。

まずは謙虚になって、自分を見直し、自分を磨いていく以外に他人に振り向いてもらう方法はありません。

相手は変えられませんが、自分は変われます、相手が変わってきたと感じた時、自分も少しは成長したかなと思えばいいのです。

もっともっと自分磨きに力を入れて、私の言葉が届く人を一人でも増やしていきたいと思います。

内田さんからの感想をお読みください。

体調がすぐれないなか、西本先生、奥様、2日間本当にありがとうございました。
声が届きにくいからこそ、より集中して授業を受けることができました。

14期生の森山さん、寺尾さん、馬場さん、藤井さん一緒に学べて身体を動かして本当に楽しかったです。

初日の9時から二日目の18時まで本当に多くのことを学ばせて頂いたと、帰りの新幹線から先ほどまでレジュメやノートを見ながら振り返っています。

ブログを読み、言葉の意味を考え、先生の話を聞くことができ、実際に先生が動きで見せてくださり、その動きに説明の言葉がつき、実際にやってみると動けない出来ていないことばかりでしたが、分かっていなかったことが分かった ということが勉強になりました。

走りに関しても、小結節で引くことを考える過ぎると股関節が屈曲し膝が出てしまい、さんざんおっしゃってた股関節と肩甲骨の連動がうまくいきませんでしたので、もっと滑らかに連動できるよう練習していきたいと思います。

また、ボールの奪い合いの時、センサーである手にも力が入り上体が起きず、背中が使えなかったことに痛感させられました。

どうしても今までの癖が強く体に染みついているので、西本塾で学んだことの練習もですが、日常の生活習慣から広背筋を意識した動きをしていきたいと思います。

またわずかな時間でしたが、西本先生と奥様がからだほわっとの練習台になってくださり、その 場でアドバイスや手直しを
していただけたのは、申し訳ありませんでしたがほかの受講生の皆さんよりも有難かったです。
そして何より、からだほわっとのフルバージョンをさりげないようで、実は用意して下さっていた西本先生のお気遣いに感謝いたします。

そういった何気ないように感じられる所にも気配りをされ、ち密な心遣いが言葉遣いの差として現れわれているのだと思いました。

操体法の練習でも、抵抗、頑張って、力を抜くといった言葉を並べてしまった私に対して先生は、「支えます、もう少しもうちょっとかな、そうそう、うまいうまい」、といったリラックス出来る言葉を並べられておられました。
先生から「言葉の修行」「言葉の訓練」と言った宿題を頂けた のでこちらも日常生活から意識していきたいと思います。

やはりでしたが、再度西本塾に参加して良かったです。
今後も深める会にも参加させて頂き、継続して西本理論を勉強していきたいと思います。
ありがとうございました。
引き続き、今後もよろしくお願いします!

12期生、14期生 内田雅倫

厳しい言葉を続けますが


昨日迎えた57歳の誕生日を祝う言葉を頂いたり、ブログの閲覧者数が100000を超えたことなど、体調はイマイチですが記憶に残る1日となりました。

さっそく週末に行った西本塾に参加してくれた皆さんからの感想が届いています。

私のコメントも含めて読んでください。

基本的には西本塾に参加できるのは、初めての方ということになっています。

当然感想も同じようなものになりがちですが、それぞれの感じ方はもちろん違いますから、私自身この感想から次の西本塾をどうしていこうかというヒントもいただいています。

文章の長い短いではありませんが、何をどう感じたのか詳しく書いいていただくとありがたいです。

ただ、まだそこまでの整理ができていないというのが本音だとは思いますが。

西本さん、そして奥さん2日間お世話になりました。
ありがとうございました。
歳を重ねるにつれ他の方から叱られることも少なくなってきている中本気で叱ってくれる人がいることのありがたさを感じました。
といっても声が出なくなってきている中で大きな声を出させるな、というのが西本さんのお気持ちですよね、失礼しました。
最初はほんの少しですがお話しを聞かせていただく時間をいただき、次に中学生を指導していただく時間をいただき、そして今回の西本塾。
ブログや他のメディアでの記事を読んでいたことがこういうことだったのかなというところまで、やっとたどり着いた気がします。
でも、それも自分では気がしているだけで西本さんから見ればまだまだなんでしょうけどね。
それでも最後の講習の感想の時にも述べたのですが、自分の仕事は目の前にいる選手の持っている可能性を最大限引き出すことです。
スタートラインに立てたと思い、これから試行錯誤していこうと思います。
本当に2日間ありがとうございました。
他の参加者の方々もありがとうございました。これからがんばっていきましょう。
藤井 洋


藤井君は先日指導に招いてくれたFCバイエルン常石のコーチです。
年齢も今回の参加者の中では最年長ですし、何より私とはすでに面識がありますから、ほかの人に比べると遠慮がないというか、悪く言えば緊張感がありませんでした。
さらには今回参加するにあたって、自分なりに明確な目標を持って参加しているということも含め、少し自分本位の発言や空気を乱す物の言い方があって、ついつい声を荒げて注意しました。
どんな集団でもそうですが、自分中心ではなく周りの人のことを考えた発言や行動が必要なことは当然です。
現実として実技の後の質問に答えるために時間を取られ、階段を登る際の意識と骨盤の使い方をほかの人たちに伝えることができませんでした。
子供たちを指導する立場として、指導を受ける側の感覚をもう一度思い出して欲しいと思いました。
何か思うところはあったと思います、これからの彼に期待しています。

東広島市の寺尾です。
西本先生、奥さま、2日間本当にありがとうございました。
喉の調子はいかがですか?
約12年ぶりにあそこまで体を動かした僕の体は、昨日の帰り道から、あちこち筋肉痛でどのように歩けば、足を上げれば、座れば痛くないのか考えながらでした。
広背筋や伸筋を意識した方が筋肉に負担が少ないことを痛みでも感じれたのは、筋肉痛になって良かったかなとも思えました。
今回参加させて頂いて、自分の体がいかに使えてなかったか、
思うように動かせないかを知ることができたことはとても大きな収穫でした。
やはり、教える側がお手本をみせられる状態でないと、選手や、患者さんに対して説得力がでないですし、どのように伝え、 どのような動きをしてもらうと理解し実践してもらえるのか。 また、どの程度の負荷で行えば 安全かを、個々に合わせて考え・工夫して行っていきます。
この2日間の学びを今後に生かしていく為には、「なぜ?どのように?」が大切になると感じました。
なぜ屈筋よりも伸筋なのか、なぜ広背筋意識なのか 、なぜこの選手はこのような動きなのか、
なぜこの患者さんは痛めたのか、なぜ西本先生は西本理論を考えられたのか、どのように…伝えるか、どのように…治療を行うか、どのように…効率よく動くか、なぜどのように…はきりがありませんが、この「なぜ?どのように?」を常に考え、答えを探求することが必要であることを学ばせて頂きました。
まだまだ、イメージに体がついていかない僕の体が、今後どのように進化していくのかも楽しみでもあります!
最後になりましたが、西本先生、お誕生日おめでとうございます!!!
ありがとうございました!


現在の仕事である接骨院の患者さんやスポーツ選手のために、真剣に学ぼうとする姿勢は十分に感じました。
ただ気持ちが先走ってしまったのか、操体の説明で受け手になってもらった時には、自分の右も左も判断がつかなくなったり、私の言う言葉をそのまま動きに変えることができず、交代していただきましたが、おそらくは全て頭で考え納得しなければ、先へ進まないタイプなのでしょうか。
感性を磨くというか、見たまま感じたままを表現できるようになることはとても重要なので、そういう部分を意識して、まずは自分の体を、そして患者さんの体へと応用していってください。
そういう意識を持ってさえいれば必ずできるようになると思います。

体調が万全ではない中、とても熱い魂の授業をして頂いた西本先生、本当にありがとうございました。
また優しく声をかけて頂いた奥様や、一緒に参加させて頂いた受講生の方々も本当にありがとうございました。
二日間共に朝から夕方までの講義だったため、普段だったら長く感じられる時間も、西本先生の話しが面白く授業に聞き入ってしまったため、あっという間に終わってしまったという印象があります。
これほど濃密な授業は他では体験できないと思えるほど、自分にとっては貴重な二日間になりました。
授業内容に関しましては、もともとブログや著書を読んでいたため、少しは理解できていると思って参加しましたが、実際に座学や実技を体験させて頂くと、わかったと思っていたこも、わかったつもりになっていただけだったのだなと感じました。
ただこのような事を思えたのも実際に西本塾に参加してわかったことだと思うので、西本塾に参加して本当に良かったと思います。
また西本塾に参加し、西本先生の考えを知れば知るほど奥深いものであり、自分の今のレベルでは理解できないものだと感じました。
ただこれをしっかりと理解することが出来れば、西本塾の受講動機であった正しい身体の使い方を理解することができ、自信を持って選手や患者様に指導をすることが出来ると感じました。
しっかり理解するには果てしなく遠い道のりかもしれませんが、施術者として、トレーナーとして、この事を突き詰めなければいけないと思います。
そのため少しでも理解できるようブログや著書を読み直し、また西本塾で習った様々な事を復習し勉強し直したいと思いました。
また西本さんとお話しをさせて頂き、西本さんは他の人の何倍も努力をしてきた人だと思いました。
そのような努力をしてきた西本さんだからこそ、発する一つ一つの言葉に重みがあると思いますし、治療効果やトレーニング効果を出すことが出来ているのだと思います。
これは自分の勝手な想像ですが、このような努力は選手や患者様を改善させたいという気持ちが、その努力のエネルギー源になっているのかなと思いました。
これ程までに努力し、相手の事を思っている人には今まであまり出会ったことがありません。
そのような人に出会えて、そして実際に授業を聞くことが出来て本当に良かったと思いました。
今後も西本塾を深める会に参加したいと思っていますので、西本さんが参加を許可して頂けるような存在になれるよう、もっと努力して学び続けていきたいと思っております。
そのため今後ともどうかよろしくお願い致します。
以上が西本塾に参加させて頂いた感想になります。
ご確認して頂けたら幸いです。
また最後になりましたが、お誕生日おめでとうございます。
そしてブログのアクセス数100000人突破おめでとうご ざいます。
西本ブログの一ファンとしてブログの更新を楽しみにしていますので、身体に無理のない範囲で今後もブログを更新続けて頂けたらと思います。
本当に二日間ありがとうございました。
馬場 浩平


一番大事なことに気づいてくれたと思います。

ブログを読んだり他の媒体の記事を読んで、分かったような気がして参加してきたという方はたくさんいました。
それは私の言いたいことが理解できたのではなく、書いてあることが読めたというだけのことです。
そう思ってきていただかなければ意味がありません。
こういう風に書いてあったが、本当の意味はどういうことなんだろう、それを知ってもらうためにきていただくのでなければ、読んで分かったというのなら来ていただく必要はありませんから。
私が毎日毎日考え続けていることを文字で書いたとしても、その感覚を共有できる人などいるはずがありません、さらには私自身が昨日の私とは違うことを考えているのですから。
色々なことに気づいてもらえたと思います。
これからがスタートです、貪欲に吸収し、どんどん選手たちにフィードバックしながら自分の頭を働かせ経験を積んでいってください。
今回の参加者の中では実技で一番の動きを見せてくれました。
可能性を感じます、ぜひ継続してください。

毎回同じようで同じでない2日間となっています。
私の求めるものが大きくなっていくため、厳しいものの言い方も増えてきたと思います。
その一つ一つが皆さんの心に届き、誰かのために発揮する時の羅針盤となって欲しいと思います。

馴れ合いのほめ言葉は書きませんでしたが、皆さんの真剣さは十分伝わってきました。
またお会いできる日を楽しみにしています。

伝えることの難しさ

昨日一昨日と、14回目を数えた西本塾を5人の参加者の皆さんと一緒に充実した時間を過ごしました。

金曜日からのどの具合がおかしくなって、もし声が出なくなったらと心配になりましたが、それが現実となり、土曜日の理論編の途中辺りから声が出にくくなり、夜の懇親会ではほとんどかすれた状態になってしまいました。

翌日曜日も、朝起きた時状況は好転どころか、ほとんど声にならない状況で、いくら実技中心の内容とはいえ、説明は必要ですから、家内に横に立ってもらって通訳のような形を取っ手でもと考えなければならない状況になってしまいました。

それでも何とか、皆さんの方に出来るだけ近づいて口をあけるようにして、自分の言葉で伝え続けました。

日頃の自己管理は人一倍行っているつもりでしたが、西本塾という大切な時期にこんなことになってしまい、参加者の皆さんには本当に申し訳ないことをしてしまいました。

回を重ねるごとに、参加者の意識も平均して高いものを感じています。

それ以上に私自身が伝えたい内容、理解してほしい内容も広く深くなっていくような気がしています。

基本的に皆さんは初めて私に会い、私の話を聞き、私の動きを見るということは、1回目に参加していただいた方も今回参加していただいた方も同じなわけですが、すでに2年以上にわたって書き続けているこのブログの内容を読み、他の媒体にも書かせていただいたものを読んで、私のものの見方をある程度知っているという状況で参加してくる人とでは、私の参加者に対する要求も当然高くなってきます。

私がこれまで築き上げてきた経験や知識は、いわゆる誰かから学んだものではありません。

何か壁にぶち当たったり疑問を持った時に、それに応えてくれる相手はいませんでしたし、もし居たとしても私はまず自分で考え自分の思った通りに行動したと思います。

西本塾の申し込みに際して書いていただく受講動機にも、いくつかの共通項があって、その一つに、「自分が学んできたこと、疑問に思っていたことが、私の考えに触れて、点であったものが線に結ばれたような気がすると」か、「試行錯誤の中で答えが見つからなかったり、本当にこれが正しいと信じるに足りる考え方に出会うことがなかったが、やっとこれだというものに出会った気がする」、そんな表現をする人が多くいます。

それは素直な気持ちを書いていただいているとは思うのですが、他のどんな考え方や方法論を学んできたとしても、それを考え出した人には、信に値する部分もどこかしらあるはずなのです。

その本質を極めることなく、表面だけをなぞって分かったような気持ちになっているから、それぞれの理論が点としか受け止められず、その本質までたどり着けないのだと思います。

それを結びつけるための努力をしてきたのでしょうか、その能力がなかっただけなのではないでしょうか。

そういう考え方しかしてこなかったとしたら、申し訳ありませんが私の理論に触れたからといって、点と点を結んで線にするという作業が簡単にできるとは思えません。

本気で点を線で結び、本質に近づこうという気持ちになって、そのための努力をし続けた人だけが、過去に学んだことの意味を再確認できたり、私から学んだことも、一つの点でも、それらを結ぶ線でもなく、広がりや深みをもった面や立体であると気づいてくれるのだと思います。

昨日も最後にお話ししましたが、西本塾に参加したことは、これから先どういう方向に進んで行くのかを決めるきっかけであったり、大きな目標に向かうスタートラインに立ったと思ってくださいと言うことです。

過去100人を超える参加者の中で、私から見てですが、本当の意味で西本理論が信に値するもので、自分が学び深めて行かなけれなならないいものだと感じ、それを実行し継続してくれているのは1割くらいの人ではないでしょうか。

他の人はそれまで学んできた点と思っているものが、また一つ増えたくらいの理解になっているような気がします。

私は西本塾を学校のような形式で行っているわけではありません、修了証も合格証も出しません。

本人のやる気と、私がその人に対して可能性を感じるというふたつが、きちっと組み合わされる人に対してしか、その先に進んでもらおうとは思いません。

本人がいくら真剣に学び続けたいと言ってくれても、私が本当に伝え続けたいと思えるかどうかは別の問題で、ではその基準はと言われても言葉では表現できない、インスピレーションというか感性の問題としか言いようがないのです。

たった一度でも私の言葉に触れてもらえたら、おそらくは一人一人のこれからの言動に、大きな影響を与えることにはなるでしょう。

それによって恩恵を受ける「誰か」が、一人でも増えてくれればそれは本当に有難いことです。

ただそれだけでは私の理論が広まることはあっても、受け継がれることはないと思います。

受け継いでくれるレベルにまで引き上げる人となると、私も対象を狭めざるを得ません。

今回の西本塾では最後のまとめで、運動神経が良い悪い、センスがあるなしは後天的なもので、環境を与え正しく導いてあげられれば、一人一人が持って生まれた能力を余すことなく発揮することは出来ると言いました。

当然個人差があって、全員が同じレベルに到達しないことは当然です。

同じ機能を持って生まれた人間の体、それがどういう仕組みでできていて、どういう意識で使うことが最も効率的なのか、そこまでは指導できると思っています。

その先にそれぞれ個別のスポーツ動作があるわけで、この一番基本となる人間の体の仕組みを理解することなく、スポーツ動作を習得させようとするから、出来る人出来ない人、早くできる人時間のかかる人が出てくるのです。

毎回そうですが、「私から学んだことを自分なりに消化して、これからの指導や施術に活かしていきます」という言葉を残してくれる人がほとんどなのですが、その後には必ず、「疑問や課題が出てきたらまた私に質問させてもらいたいと思いますので、これからもよろしくお願いします」という言葉が続くのです。

普通に考えれば、何の問題もない正しい感想でしょう。

しかし西本塾に参加した皆さんには、それだけで終わって欲しくないのです。

過去記事でも触れましたが、質問というのは自分が分からないことの答えを聞くためのものではありません。

もっと言えば、私が質問に対して答えたことが唯一無二の正解ではないのです。

学校で学ぶことの様に、教科書という絶対的な答えがあって、それに合致していれば〇で、違っていれば×という問題ではありません。

そういう教育の中で育ってしまったために、分からないことがあればそれを知っている人に聞けばいいという、短絡的な発想になるのです。

私はそういう質問には基本的に答えません。

何か疑問が出てきたり、答えに迷ってしまった時、まずしなければならないことは、私から学んだことやこれまで経験したことをベースにして、何か良い解決策はないかと自分で考えることです。

そこから導かれた答えをまず自分の体で試してみて、行けそうだと思ったら、相手の体で試してみるのです。

そして、そこでまた問題が生まれたら、もっと良い方法はなかったのか、しっかり検証して善後策を考える、当たり前のことですが、それ以外に自分を成長させる方法はありません。

失敗を恐れ答えを持っていそうな人に聞けばいい、そんな態度を続けているから何の進歩もないのです。

私に問いかけて欲しいのは、「疑問が湧いたり問題が起こった時、自分はこう考えこんなことをやってみた、その結果こうなった、またその後さらにこういう工夫を加えているが、あなたはどう思うか」という、私に対しての質問ではなく、自分の考えや行動を、私に対して教えてくれるようなやり取りを期待しているのです。

私には質問する人もディスカッションする相手もいませんでした。

試行錯誤の結果はすべて選手の体が答えを出してくれました。

トップレベルの選手たちをそんな練習台に使わせてもらって申し訳ないとは思いましたが、それだけに失敗は許されないと、それこそ24時間考えを止めることはありませんでした。

私が自分のことを自慢できるとしたら、この部分だけではないでしょうか。

だからこそ安易な質問をぶつけてくる人に対して、腹が立つというか何というか、最低限質問と同時に「自分はこう考えるのですが、あなたはどう思いますか」という言葉だけは付け加えて欲しいと思うのです。

今回も終了後でしたが、「4スタンス理論をどう思いますか」という質問がありました、まさに今書いているパターンの質問のされ方です。

4スタンス理論に対して、その方がどれだけの勉強をしてどれだけの理解があって、それを何に応用したいのか、また実際に活用してどんな利点や問題点を見つけたのか、それを聞かなければ、私の4スタンス理論に対する考えを、どこに焦点を当てて応えればいいのか、まったく分からないまま中途半端な一般論しかお答えすることは出来ませんでしたから。

4スタンス理論はゴルフで有名になりましたが、提唱者の書かれた理論編の本を読まなければ、その本質に近づくことは出来ません。

その他のこともそうです、「操体法の本を読みました」、どんな本ですか、答えはたったの2冊、野口整体のこと古武術のこと、私が読んだ本の数は、可能な限りですが、一つの分野で10冊を下ることはありません。

同じような内容を手を変え品を変えだしてきますから、それ以降は立ち読みで十分ですが、せめて10冊くらいは関連の書籍やDVDを見て研究しなければ、名前だけ知っているという程度でしかないと思います。

そういう意味では私は世間でいう「おたく」かもしれません、中途半端な知識でものを言うのが嫌いなのです。

私のブログを読んで共鳴する部分があって、私に直接会ってみたい話を聞いて見たいと思ってくれる人は、おそらく私の同類でしょう。

ならば私以上に勉強して、私を言い負かすくらいの知識を持ってきてほしいと思います。

ただ知識だけで実戦経験もない人はすぐに分かります、頭でっかちではせっかくの知識も何の役には立ちませんから。

西本塾は、今の私にとって戦いの場所です。

生半可に知識や技術を教える講習会ではありません。

今回もかすれた声ではありましたが、何度も声を荒げ厳しい言葉もぶつけました。

「本気で取り組んでほしい、こっちは真剣に戦っているんだ」、そんな私の心からの叫びです。

現在広島は、激しい雷と豪雨に見舞われています、昨日こんな天気だったら公園での実技はできませんでした。

声が出なくなったことも必然、天気が持ってくれたことも必然、すべてを受け入れ、今できることを真剣に取り組む、私にできることはこれだけです。

2年前の5月27日、自らを勇気づけ新たな第一歩を歩き始めるために書き始めたこのブログ、当初は家族しか読んでいなかっただろう閲覧者の数字が、もしかしたら今日中に5ケタの数字がすべて9を並べ、そしてすべての数字が0という、振出しに戻る瞬間が近づきました。

私のつたない文章を楽しみにしていただいているという言葉を頂いたり、このブログから西本塾が始まったり、たくさんの出会いをいただいたり、この2年間、本当にいろいろなことがありました。

奇しくも今日は私の57回目の誕生日です、もう振出しに戻るつもりはありませんが、また小さな一歩を積み重ねて行きなさいと言う、皆さんからの激励の声が、このタイミングに区切りの数字を用意していただいたと思って、明日から、いえ今この瞬間から新たな気持ちでスタートしていこうと思います。

このブログを応援してくださっている皆さんに、改めて感謝します、ありがとうございます!

そしてこれからもよろしくお願いします。

伝える楽しさ、伝わる喜び

今日は13日、世間の皆さんはお盆休みということで、ここ宇品港も多くの旅行客で賑わっています。

私はお盆休みの時期にもかかわらず、西本塾を前もって予定していましたので、予定通り土日も全く関係なくなってしまいました。

明日の午前中に、母の墓参りだけは行こうと思っています、せめてもの親孝行のつもりです。

さて昨日一昨日と、小学生のサッカー選手の「動きづくりのトレーニング」を行いました。

火曜日に来てくれたのは、以前にも話題にしたことがある、現在小学校4年生で、なんとスペインに渡ってサッカーをやっているというスーパーキッズです。

一昨年の1月、もうスペイン出発を数日後に控えた彼と、彼のお父さんが遠く米子から車を走らせ指導を受けに来て以来、帰国するたびに私の元を訪れてくれています。

正直最初に連絡があった時、小学校3年生と聞いて、私の言うことを理解できるのだろうか、それよりちゃんと話ができるのだろうかと心配しましたが、ある意味心配は的中し、また別の意味では私の想像をはるかに超える理解力をみせてくれました。

もう一時もじっとしていないでトレーニングの器具やボールで遊んでいるかと思ったら、自分に必要なサッカーの話になると別人のように真剣に耳を傾けるのです。

集中できる時間は短いですが、こちらもそのことは覚悟の上で受けた仕事ですので、なんとか彼のためになることを伝えなければと、色々工夫しながら教えていきました。

小学生でなく高校生くらいであっても、本人よりも親の方が一生懸命で、私のブログを読んで、これを息子にもと思っていただけることはありがたいのですが、当の本人にはその意欲が感じられず、連れてこられたという表情がありありということも、何度か経験しました。

小学生それも3年生に、自分から私のところに来たいという意思が本当にあったのかと不思議に思いましたが、私の所に来る直前に、西本塾に参加してくれた、彼が通っているスクールのコーチから指導を受けたことに興味を持ち、出発前にその本人から直接指導を受けたいと思ってくれたというのですから、親子共々大した意識の高さだと感心しました。

その後はほぼ半年おきにきてくれていますが、その成長は驚くほどで、また私のところに来る動機というか目的もはっきりしているので、もちろん準備はしていますが、本人の様子を見てから、今日は何を教えようかと決めるようにしています。

今回も大柄なスペイン人の中で一際小さな彼の体を、どういう意識で使えば自分のプレーを生かせるかという、恐らくは彼にとって選手を続ける限り生涯付いて回るであろう体格的なハンデを克服するための、ヒントとなる動きづくりを指導しました。

我ながらというか、相手がどんなレベルであれ何歳であれ、うまく指導するもんだなと感心するくらい、今回も良い指導ができたと思っています。

数年後彼がどんな選手に育って行くのか、私も多少の縁をいただいた身として、楽しみにしていきたいと思います。

そして昨日は地元広島の6年生のサッカー選手が、やはり動きづくりのトレーニングの指導を受けに来てくれました。

彼は以前、捻挫の治療で来てくれたことがありましたが、その後は練習が忙しくなかなか私の所に来ることができなかったようです。

現在でも広島県内では有数の強豪チームのレギュラーとして活躍していますが、これから先高いレベルを目指すためには、今のままでは足りないものがたくさんあると自覚していて、私もそのことに関しては同意見で、その足りないものの正体を私なりに分析できていたので、早い時期にそれを指導したいと思っていました。

今回それが実現し、2時間のトレーニングを終えた後は、お互いに大きな満足感を得ることができました。

クラブの練習が1週間ほど休みになるそうですが、もう今すぐにでもグランドに行って仲間たちと練習し、学んだことを試してみたいと目を輝かせて帰って行きました。

前回の記事の通り、小学生にはこの内容でというような 、マニュアルは存在しません。

その相手のその時その瞬間の表情を見なければ、何も始めることはできません。

6年生の彼に対しては、実際のプレーも見ていますし、偶然ですが小学生の大会のテレビ中継でもその動きを確認できていたので、伝えなければならないこと理解してほしいことは明確でした。

後は本人がそれをどこまで真剣に理解し学ぼうとする姿勢を見せてくれるかの問題です。

それがなければ、どんなに準備した内容があったとしても、それらを伝えることはできません。

あくまでも本人のやる気、本気度の問題です。

今回の二人は、その部分に関してまったく問題がありませんでした。

逆にいえばこんなに真剣にサッカーが上手になりたいと思っている子供に対して、私の持っているノウハウをどうやって正しく伝えるのか、問題は私の指導力の方でした。

こんなチャンスは滅多にありません、相手が小学生だからこそ試される私の伝える力、それを発揮させてもらえることは何より楽しいことです。

そしてそれがうまく伝わって、彼らの動きが変わり表情が変わっていく様子を、リアルタイムで見られることは何にも増して嬉しいことです。

さらには子供さんの変化を目の当たりにして、驚きと喜びを素直に言葉にしてくれる保護者の方の表情も、私にとって何よりのご褒美となります。

例えば今回指導したようなことを、中学生、高校生、また大人と、様々な年代に指導したとしたら、こんな短時間で同じような変化が出せるのだろうかと考えると、少し難しいように思います。

もちろん個人差はありますが、歳を重ねるごとにいい意味でも悪い意味でも経験値が積み重ねられ、既成概念というものが出来上がっていきます。

私の言うことがそこから外れていたとしたら、素直に受け入れることは難しくなっていくのが辛い所です。

子供にはほとんどそれがありません、何より自分の体で動いてみて、良いと思ったことは無条件に受け入れてくれます。

子供だからと適当なことを言ってしまっては、とんでも無いことになってしまいますから、指導の現場では大人以上に言葉を選び、動きの見せ方を工夫しなければなりません。

それがうまく伝わって、私と同じ感覚で動くことができた時の嬉しそうな顔は、どう表現したらよいのでしょうか。

彼らの将来に大きな影響力を持ってしまった私の言動、さらに工夫を加えもっともっと良いものを与え続けなければなりません。

私が指導できるのは、せめて中学生以上かなと思っていましたが、小学生であっても意識の高い選手はたくさんいて、そういう子供たちこそ小学生の間に正しい知識や体の使い方を教えておく責任が、今一番指導者に求めれれている能力ではないかと思います。

トップレベルの選手たちと一緒に、勝ち負けを争う舞台に戻ってみたい気持ちはまだまだ捨ててはいません。

しかし、こうして将来ある小学生を指導させてもらって感じることは、こんな内容をこんなに分かりやすく伝えられるのは自分しかいない、もっと広くこの指導内容を普及させなければ、という気持ちにもなります。

私一人の力は微々たるものです、今の私と同じような気持ちになって、対象は誰であれ、誰かのために真剣に伝えようという指導者を、一人でも多く育てることが、最も現実的な私のやるべき仕事かなと思います。

週末、そんな高い意識を持った5人の方々と一緒に、二日間西本塾で学び合いたいと思います。

マニュアルはいらない、いや作れない

今夜は宮島、厳島神社を背景に水中花火大会が行われています。

私の仕事場である、広島港からも宮島行きの高速船が就航しており、加えて今夜は花火見物のチャーター船が何隻も出るため、ターミナル内は何事が起こっているのかというくらいの人出でにぎわっていました。

普段港に縁のない人もやってきますし、一階の広い待合所も、今日ばかりは満員で、スタジオ操の横の空きスペースまで、船を待つ人が座り込んで時間待ちをしていました。

私の施設前に張ってあるポスターのようなトレーニングマシンの写真や、動きづくり研究会の文字に反応して、「ここって何をするところ」という声がひっきりなしに聞こえるので、うっとおしくなって予約の仕事を終え早めに帰ってきました。

現在進行形で肉離れの選手のケアを行っています。

すべてを管理することが出来ないため、コミュニケーションをしっかりとって、できるだけ私の思うような進め方が出来るようにしています。

数か月前のことですが、同じ個所を同じ程度の損傷具合で肉離れを受傷した選手を、まさに同じような立場で復帰させていきましたが、同じ種目同じ部分を痛めた選手であっても、このブログでも何度も書いた、まったくの他動運動から自動運動に移行する辺りから、その進め方はまったく違うものになっていきます。

以前チームに所属していた時には、やれ報告書を書けだとか、日報を出せとか細かいことを言われることもありました。

ある意味それは当然のことかもしれません、そういうデータの積み重ねによってチームの医療スタッフとして知識や技術を共有したり、ノウハウを蓄積することは大事なことかもしれません。

ただそれを見て読んで、理解できるレベルの人間でなければ、まったくその意味を成しません。

それを、ただ管理する立場の人間が、意味も分からずサラリーマン的な発想で報告書を求めてくることに、私はことごとく反発していました。

まず、それらを要求している立場の人間に、私のやっていることを理解できるはずがないこと、そして同じトレーナーという立場にいる人間たちも、同じように私の考えていることやっていることを理解できないというか、理解しようとしていないことが明らかだったからです。

そして何より、私自身がそういう経験を次に同じようなことがあった時に、使えるとは思っていなかったからです。

記録を残したり、明日はこうしようなどという予定など、ほとんど通用しないからです。

ではどうするか、とにかく相手をよく観察して、自分の手で触って体を動かして、今日はこれが出来そうだ、今日はこれはやめておこうという、瞬時の判断の繰り返しなのです。

もうここに書ききれないほど、その判断は多岐に及びました。

マニュアル通りの予定をこなすことで、仕事としては何の過不足もないでしょう、私はそんなことのために選手に向き合ってはいなかったのです。

現実として20年を経た今でも、私のやっていたことを真似てくれてはいません、それどころか恐ろしいほどマニュアル化された方法で管理されていることを噂としてではなく聞いています。

今この立場であっても、この立場であるからこそ、目の前に現れた選手の一挙手一投足に目を凝らし、表情や話す言葉、息遣いまで感じ取らなければ、何をさせられるのかなど判断できるわけがありません。

私の感性という以外に言葉が見つかりませんが、それでは後進は育てられないというということもよく言われました。

言葉や文字で伝えられるような、マニュアル化できる程度の技術なら、私はこの仕事を続けてこなかったでしょうし、、いくらでも伝承されているものはあります。

それほど間が空いていない中での二人のケアからリハビリのトレーニング、そして復帰に向けてのトレーニングと進めていますが、自分でも大きな違いを感じています。

なぜそうなったか、それは選手から伝わってくる何かが違うからです。

その何かを感じ取れるようになってもらうことこそが、西本塾であり、さらに回を重ねて深める会に参加してもらう意義なのです。

簡単に分かりましたとか、出来ますと言われては困るのです。

自分で満足できるならそれもいいでしょう、私は本当に私自身がこの人ならという人間を一人でも育てられればいいと思っています。

だから厳しい言葉もぶつけています。

二人に行っていること、目的は同じです、再発させないように確実に、それでもできるだけ短期間で、さらにはこういう期間でなければできないトレーニングや、体に関する知識を身に付けさせたり、なぜこうなってしまったのかという根源的な体の使い方の問題など、私が知っていること、出来ることをすべてしてあげたいと思っています。

それをどのタイミングでどういう内容の話をするか、その選手のために一番ベストなタイミングを選択していくためには、マニュアルなどという概念に頼るなど、私にはまったく考えられないのです。

ある故障に対して、時系列でマニュアル化されたものは存在します。

そこに当てはめている限り、責任問題には発展しないでしょう。

私はそんなことなど一度も考えたことはありません、この選手のために今この瞬間出来ることの最良の選択をする、けっして無理をさせるのではありません。

その体が「出来ます、動きたいです」と言う、体が発する言葉をしっかり聞き取って行くだけです。

マニュアルがが存在しないどころか、どんなに頼まれても私のやり方をマニュアル化することは不可能です。

ではこの技術は伝承できないのか、そんなことはありません。

私と同じように、人間の体そのものを診るという感性を身に付けてもらえばいいだけのことです。

加えて少し、私の経験を聞いていただき、そんなことがあったのかそんなことが出来たのかという、事実を事実として認識し、自分もやってみようと思ってくれればいいだけのことです。

選手や一般の方も含め、マニュアル通りを望むなら、そういうことをしてくれるところに行けばいいのです。

人間の体の可能性を信じ、何かほかの方法があるのではと思った人は、私のような人間を探せばいいのです。

みんなが私のところに来られても正直困ります。

私はプロの選手しか相手にしないという噂がどこからか聞こえたことがありましたが、ある意味それは本当です。

ただプロという言葉は、職業としてスポーツを行っているという意味ではありません。

子どもであろうと大人であろうと、スポーツ選手であろうと一般の方であろうと、真剣に自分の体と向き合っている人間のことを、私はプロだと言っているのです。
まったく人任せで、自分では何もしないという態度の人間は、私が相手にする対象ではないということです。

私にできることは、真剣に自分の体と向き合い、故障を治したり、より良い動きづくりに取り組もうという、向上心のある人に、多少一般の方々より持っている知識と経験をフルに発揮して、サポートすることです。

当たり前のことですが、私が主役ではありません。

残念ながらそう思っていない人が多すぎます。

さらにはネームバリューというのでしょうか、有名な人が腕がいいと思い込んでいる人もたくさんいます。

私はそういう意味で有名にはなりたくありません、本気の人になら本気になれますが、本気でない人にはまったく本気になれません。

まだまだ人生経験は浅いですが、相手の本気度だけは分かるようになったつもりです。

同じ料理を同じレシピで作っても、同じ味にはなりません。

人間の体を相手のこの仕事、実は体ではなく心を相手の部分の方が大きいと思います。

すべてを忘れ、この人間のために自分の能力のすべてを発揮したい、そう思わせてくれる相手が一人でもいる限り、私がいま生きている価値はあるのではと思います。

マニュアルを学びその気になっている人たちにも、もう一歩踏み込む勇気と気概を持ってほしいと思います。

明日はきっと笑えるから

今日8月6日は、今私が住んでいる広島の街に原子爆弾が投下された日です。

爆心地となった場所まで、直線距離で4キロ弱の距離の場所に住んでいて、今平和公園となっているところから流れてくる元安川に架かる幾つかの橋には、火傷を負って水を求めて川に飛び込んでいった人たちのことが書かれた碑を、たくさん目にすることができます。

私は広島の生まれではありませんが、被爆地広島を日常的に感じる生活を送ってきました。

今日も原爆が投下された8時15分に合わせて、静かに黙祷をして犠牲した方々と広島の復興に思いを馳せました。

私が広島に移り住んできたのは、93年にJリーグが開幕し、そこに参入したサンフレッチェ広島の一員として仕事をするためでした。

開幕して3年くらいまでは、サッカーバブルとも言われた時代で、一気にプロ野球人気を追い越すのではという勢いでしたが、20数年経った今、現実にはそうはなっていないようです。

特に広島では、サンフレッチェにとってもJ2への降格があったり紆余曲折を繰り返しながらも、ここ数年、森保一監督就任以来の快進撃で、プロスポーツとしての結果だけで言うと、プロ野球の広島カープをはるかに超える存在になっています。

にもかかわらず、サッカー専用球場の計画は遅々として進まず、交通の不便な現在の競技場では、観客動員数の大幅な増加は望めない状態が続いています。

私はあまり過去のことを引きずりたくないタイプの人間ですが、それでも、これまで経験してきた様々な出来事を忘れた訳ではありません。

一歩でも半歩でも前進したいと思って生きてきました。

20数年広島に住んで、少しずつですが分かってきたことは、70年前落とされた原子爆弾によって、今後75年間は草木も生えないと言われた広島の中心部が、ここまで復興を遂げ発展してきた要因の一つに、「広島東洋カープ」という存在が、絶対的な心のよりどころになっていたということです。

そしてその感覚は、親から子へ子から孫へと引き継がれ、脈々と広島市民の心の中に生き続けているのです。

現在のカープ人気は一過性のように思われているところもあるでしょうが、長い歴史の中で育まれてきた部分と、現在の世界情勢というか自衛権の問題を含め、広島の街が見直されていることも大きな要因だと思います。

チームが勝ったとか負けたとか、強いとか弱いとか、そんなことは二の次で、自分たちが守り育てた、まさに我が子のような存在となっています。

サンフレッチェがいくら優勝を繰り返しても、このカープの歴史を超えることはできないでしょう。

私のお世話になっている方々の中にも、カープ命と言わんばかりに熱心に応援されている方がたくさんいます。

一野球チームを超え、カープの存在は知れば知るほど不思議な力を持っていることがわかってきます。

そんな広島の街のシンボルとして、球団にも選手スタッフにも、応援に恥じない一生懸命なプレーが要求されます。

不甲斐ないプレーや采配には、広島弁の厳しいヤジが襲いかかりますから(笑)

そんなカープと共存していかなければならないサンフレッチェは、森保監督のもと、毎年主力選手を他のチームに持っていかれながら、素晴らしいチームを作り続けていることは大きな賞賛に値すると思います。

今年もきっと、大きな成果を上げて広島の街を盛り上げてくれることと思います。

広島という街の地方レベルでは、こんな状況だと思うのですが、日本全体で見れば、サッカーでは現在東アジアカップが行われていて、残念ながら昨夜行われた韓国戦の引き分けで、連覇は無くなってしまったようです。

Jリーグが開幕して20数年、チーム数も増えカテゴリーもJ2、J3と増え、サッカー自体のレベルも確実に進歩してきているのだと思います。

そんな中、日本代表として活躍した選手たちは、当然のようにヨーロッパの強豪国のリーグへ移籍していきます。

野球と同じような状況になっています。

もともと歴史が違いますし、それぞれのリーグが切磋琢磨しながら、独自のプレースタイルを築き上げ、世界で一番競技人口の多いスポーツとして君臨している訳ですから、選手の流失もある意味仕方がないことかもしれません。

そんな中でも、Jリーグの戦いの中で技と力を競い合っている選手たちの方が当然多い訳ですから、今回日本代表として選ばれた選手たちには、なんとしてでも良い結果を持ち帰って欲しいと思っていました。

あと1試合を残してはいますが、北朝鮮には逆転負け、韓国とは引き分けが精一杯、その内容も素人目にも「惜しかった」と言えるものではなかったと思います。

前回の記事でも監督が協会に不満をぶつけていたということを取り上げましたが、いくら順応性が高く協調性もあるのが日本人の良いところだと言われても、ブラジルやドイツ、イタリアにオランダと、その国の名前を聞けばなんとなくどんなサッカーをするのかが、私のような人間にもわかるようなプレースタイルが、20年経った今でも確立されていないことが一番大きな問題ではないでしょうか。

これが日本にとってベストだというものはまだ見つからないのかもしれません。

見つけるというより、作り上げていくのが本当ではないでしょうか。

ドイツだったりオランダだったりは、基本的な体格の問題や国民気質を含め、なるほどということをやっていると思います。

ならば日本も、自分たちの特性を最大限に生かした何かを作り上げていく、もうそんな時期にきているのではないでしょうか。

当然指導者も日本人でなければなりません、その候補となる人間も何人かは皆さんの中に思い浮かべられる人材はいると思います。

今回の試合を見ていて、韓国選手の姿勢の良さがやたらと目につきました。

逆に言えば、日本の選手たちの姿勢が悪いということです。

遺伝の問題もあるでしょう、しかし筋肉の支え方で決まる姿勢は、後天的なトレーニングで変えられる問題です。

プロサッカー選手、それも日本代表に選ばれるレベルの選手たちが、トレーニングをしていないわけがありません。

普段の生活の中で彼らを目にした時には、一般の人から見ればしっかり鍛えられた良い体をしていると見えるはずです。

なのになぜピッチ上で猫背気味の悪い姿勢に見えるのでしょう。

それは意識の問題だと思います。

「頑張らなければ」この一言に集約される思いが、体の前側に位置する屈筋群に力が入り、背中を丸める結果になってしまいます。

このブログでずっと書き続けてきましたが、そのことで股関節の自由度を失い、一歩目が遅くなり、地面を蹴って動き出すことで疲労が増し、時間の経過とともに頭も体も動かなくなるという、悪循環が繰り返されていくのです。

では、姿勢が良いといった韓国の選手たちは疲れないのか、そんなことはありません、比較の問題です。

彼らの方がボールに対しても人に対しても、明らかにその一歩目は速く、体をぶつけ合うときの態勢も崩れないことは、誰の目にも明らかだったと思います。

ではどうやって体を使う意識を変えるか、方法はいくつかあって、それぞれ一朝一夕とはいきませんが、一番大きな問題でなおかつ即効性があるのは、やはり意識を変えるということです。

一言で言ってしまえば、「屈筋を捨て伸筋で動く」という意識です。

これにはもちろん訓練というか練習は必要です。

意識を変えるとどんな良いことがあるか、頭と体が理解していなければ、誰もそうしようなどとは思わないでしょうから。

プレーを楽しめとか気楽にやれとかいう言い方がありますが、そんな簡単なことでは済まされません。

自分がそして自分たちが何をなすべきか、それができればどんな結果が待っているのか、それを全員が理解し、そのための練習を繰り返し、「よしこうやって戦うんだ」という覚悟を持ってピッチに立たなければ、そんな心持ちにはなれないでしょう。

意識を変えるためにはやることがたくさんあるのです。

日本の選手たちを見ていて、誰一人としてプレーを楽しめていると感じる選手はいませんでした、ということはそれだけの準備ができていないということなのでしょう。

監督の言い分もわかるような気がします。

ただ現実として与えられた環境の中で、最善を尽くすのがプロですから、環境を作る側にも大きな意識改革を期待して、応援してくださるたくさんの方々のために、最善の努力を行って欲しいと思います。

私如きがこうして言葉を連ねても、どこに届くわけでもないし、何が変わるわけではないでしょう。

しかし、被爆者団体の代表を務める、今年90歳になられる「坪井直」さんの言葉を借りれば「諦めたらおしまいなんですよ」ということがすべてではないでしょうか。

私に何ができるわけではありません、それでもこれを読んでいただいた方が、「今自分たちが行っていることが本当に正しいのか、何か違うんじゃないのか」 そんなことを考えるきっかけになってくれれば十分です。

過去は変えられませんが、今この瞬間から先は変えることができるはずです。

「明日はきっと笑えるから」そう思って苦しい時期を乗り越えていきたいと思います。

コンディショニングって何だろう

毎日のうだるような暑さで、熱中症が原因と思われる死亡者の数が、毎日のようにニュースで報告されています。

学生たちにとっては夏休みを利用したスポーツの大会が、全国各地で行われています。

インターハイや全中、それこそありとあらゆる年代の競技が、当たり前のように行われています。

高校野球も6日から夏の甲子園大会が始まります。

スポーツに対する考え方は様々で、思い入れの強さも普通の感覚では計り知れないものがあったりします。

しかし、どんなに気象条件が変化して、熱中症の危険性が叫ばれていても、「夏のこの時期のスポーツ大会はやめよう」という機運には繋がっていきません。

純粋にこの夏を目指し、努力を続けてきた選手たちに対して、「今日は35度以上の気温が予想されますから試合は中止します」などと言える大人はいません。

熱中症は死に至る危険性を含んだ、本当に危ない状態です、十分注意を払っていましたが申し訳ありません、では済まされる問題ではありません。

選手だけの問題ではありません、応援している観客の方こそ大きな危険性がたくさんあります。

この暑さはもう一過性のものではなく、地球環境の変化で日本の気候が亜熱帯に近づいてしまっているのですから、すべてを一から見直すくらいの大きな改革をしなければ、安心して子供達にスポーツをさせてあげられる環境は、もう不可能だと思います。

例えば小学校から大学まで、すべての学校にエアコンを完備し、従来の夏休み期間は涼しい学校で普通に授業を行い、10月くらいに長い秋休みを設けて、スポーツの大会を行ったり、大人もその時期に休暇を取りやすくして、家族旅行などに行きやすくすれば、諸々の問題点がクリアされると思います。

もちろん言うのは簡単で、実現は難しいことはわかりますが、大人も子供も関係なく、尊い命が犠牲になることを考えれば、手遅れになる前に行動を起こすことが何より大事なことだと思います。

さてそうは言っても、現実には猛暑の中、室内屋外を問わず、毎日たくさんの競技で試合や練習が行われています。

夏休み期間中ですから、時間は当然長くなります。

そんな中でどうやって安全を確保し、選手のコンディションを維持させれるか、技術や戦術を指導する以上に難しい問題だと思います。

ただこの暑さも、事前に準備ができる、ある意味想定の範囲の中だと思います。

昨年より今年が特別暑くなったという話ではなくなってきました。

大会の期間がずらせないという現実の中で、最大限の準備をするしかありません。

その方策は、それぞれが工夫して、大きな事故が起きないようにしていると思います。

先日行われたサッカー日本代表の試合をテレビ観戦しました。

結果はご存知の通りですが、翌日の報道で監督が協会の役員たちに対して持論をぶつけたという記事を目にしました。

詳しいことはわかりませんが、国の代表チームを預かる立場の監督としては、それぞれの大会に対してベストな準備をしたいと思うのは当然でしょう。

今回のようにJリーグでプレーしている国内組の選手たちの選抜メンバーで臨む場合、日程的に全体が集まって練習する期間はほとんどありません。

その中で自分のやりたいサッカー指導し、試合が行われる地域の気候条件に耐えられる体力的なトレーニングを行わせ、なおかつ少しでも良い条件で試合に臨めるためのコンディショニングも考えなければなりません。

これをすべて監督が満足行くレベルまで持って行こうと思ったら、どれだけの期間が必要となるでしょう。

優先されるのは戦術の指導であり、それを行うための体力的なトレーニングであり、コンディショニングという概念は残念ながら最後になってしまいそうです。

現実としてリードをして迎えたはずの後半は、相手チームのふわりと浮かしたロングボールをゴール前に集め、体の大きさと強さで圧倒しようという戦術に対応できず、その場に突っ立ったままの選手が多く見られました。

足が止まってしまったというよりも、どう対処して良いのかわからないという風に、私には見えました。

例えば、この試合から逆算してコンディショニングを最優先した調整期間を過ごしてきたとしたら、今回の選手たちはどんな動きができたのでしょうか。

もし、もう少し体力的には余裕があったとしても、代表チームの一員として何をなすべきかという、監督からの指導を受けられないままに試合に臨んだとしたら、これは代表チームの試合としてまったく意味がなくなってしまいます。

監督が協会に対して声を大にして言いたいことは分かるような気がします。

しかし現実には、前述の学生たちのスポーツ大会と同じことが起こっています。

理想と現実の大きなギャップです。

前回のW杯で、多分ドイツだったと思うのですが、主力選手がほとんど同一クラブの選手たちだったということを聞きましたが、そうであれば選手のトレーニングや試合感覚、そしてコンディショニングも含めて、日本のような寄せ集めではないわけですから、色々な意味できちんとした準備がしやすいのは当然だと思います。

協会にもいろいろな事情があるのでしょう、私にはよく分からないスポンサー問題など、大人の事情もあるようです。

ならば現実を直視し、監督には集めた選手に対して戦術的な指導に集中できるよう、Jリーグ全体としてフィジカルと言う部分を共通の問題点として捉え、底上げをして行くための方策が必要なのではないでしょうか。

まだまだ苦しい練習を乗り越えてきたのだから、自分達は大丈夫やれるんだ、という精神論にもとずいた体力強化が幅を利かせていますが、無駄に頑張るのではなく「頭と体を動かし続ける能力」を獲得するための体の使い方という発想に気づいてくれる指導者が増えてくれないことには、何も変わっていかないような気がします。

まだまだほんのわずかな人数ですが、少しずつそこに気づいてくれる指導者も出てきました。

そんな人たちと一緒に、彼らが指導する選手たちから少しずつ輪が広がっていくように、私のできることをやって行こうと思います。

動きの繋ぎ目

昨日、懐かしい訪問者がありました。

サンフレッチェ広島在籍時に、チームの正ゴールキーパーとして、また日本代表の選手として活躍していた「前川和也」君です。

現在彼は、先日指導に行ったFCバイエルンツネイシで、監督兼ゴールキーパーコーチとして、育成年代の指導に当たっています。

私が指導に行った日は、U15の選手たちとともに遠征に出かけていたため会うことができませんでした。

昨日は広島市内に所用があったようで、私のところにも挨拶に立ち寄ってくれたというわけです。

彼とは、私がサンフレッチェを離れて以来、まさに19年ぶりの再会となりました。

あの頃の選手たちと交流が続いているのはほんの数人ですが、今年48歳になるという彼の姿は、現役そのままで、真っ黒に日焼けした大きな体は精悍そのものでした。

仕事の都合でゆっくり話はできませんでしたが、サッカーが大好きで、ずっとサッカーに携われていることが本当に幸せですと語る彼の姿は、とても輝いていました。

サッカー一筋、自分の好きな道を歩み続けている姿を見て、自分に欠けているというか、改めて自分の進むべき方向はどっちなんだろう、自分が本当にやりたいことは何だろうと思ってしまう自分がいました。

さて、西本塾11期生で小学生の卓球選手を指導している、中川さんから嬉しいコメントが届きました。

先日も同じように良い結果が出たことを報告していただいたのですが、今回は全日本選手権(小学生6年生以下の部)に参加した選手が、決勝に進出し準優勝という結果を収めたことを報告して頂きました。

決勝の様子は、8月16日(日)12:00からBSジャパンで放送されるそうなので、私もなんとか見させていただきたいと思います。

私が提唱している「西本理論」と称する体の使い方に関しては、競技種目に関係なく老若男女、スポーツ選手も一般生活者もまったく関係なく共通した理論であって、基本の部分さえ分かれば、それぞれの現場で一工夫してもらうことで、なにがしかの変化や効果は絶対に期待できると思っています

ただ西本塾や深める会でも、一人一人に対して具体的に細かい指導法まで伝えることはできません。

それは私自身が、指導を受ける対象である選手の姿を見ることができないからです。

一般論では本当の意味での指導にはなりませんし、結果にこだわる私の性格上、目の前にいない選手に何をさせればいいかという質問には答えようがないのです。

そういう意味でも私の指導を受けていただく方々には、枝葉の具体論を求めに来るのではなく、自分が本当にやらなければならないことはなんなのか、そのためには何を知っておかなければならないのか、また西本直という人間は、一つひとつの事象に対して実際にどう対処してきたかを知って頂くことで、今やらなければならないこと今できることを、しっかり学び取って帰っていただきたいと思っています。

そうは言っても私自身、参加していただいた皆さんが、私から学んだことをどう活かしていただいているのか、一番肝心な部分なのですが、その後のことが、なかなか伝わってこないことを残念に思っています。

その事は取りも直さず、本当の意味で実践的な理論として、きちんと伝え切れていない私自身に問題があると思っています。

私の言っている事はわかった、私がやってきた事も一般的な考え方や方法論とは少し違うが、結果としてきちんと残してきている事も分かった、目から鱗という言葉や、自分の常識を覆されたという言葉に代表される驚きも感じた、しかし、その事実を今の自分にどうやって落とし込んで指導に活かしたらいいのか、一番大事な部分が曖昧なままだからこそ、実際の指導に活かせたことや上手くいかなかった事など、私が一番知りたいその後の事を、コメントとして送っていただく事が少ない原因だと思っています。

どうやって学んだ事を使ったらいいのかわからない、私の理論が自分が指導している選手たちを、具体的にどう変えてくれるのかが実感しずらい、そう感じている人も多いと思います。

スポーツの現場ではやはり結果がすべてになりがちです、「これをやったらこうなるんだよ」「こういう意識を持てばこういう動きができるようになるんだよ」という、選手が目を輝かせて取り組んでくれる美味しい「エサ」も必要になってきます。

そのためには自分でやって見せなくてはなりません。

自分が出来ないのに、理屈だけ伝えて、「ほらやってみろ、そうじゃないだろ」と言われても、選手たちが分かるはずはありませんから。

だから私は自分の体を動かし続けているのです。

残念ながら今の私と同じ動きをすぐにできるようになってくださいというのは無理な相談です。

ですが、動きのエッセンスというか、肝になる部分だけはしっかり見せられるレベルにはなって欲しいと思います。

そのためにも、今まで以上に深める会は重要になってきますし 、これまであまり受けてこなかった西本塾を受講した後の個別指導も、積極的に行わなければならないとも思っています。

今月の西本塾は、時期がお盆期間中のためか、参加者が2名しかありません、もちろん1人だけでも行うつもりでいましたが、私自身の指導力を磨くためにもお二人のために真剣に準備し、今まで以上の西本塾にしたいと考えています。

前置きが長くなりましたが、私がこれまで縁のなかった卓球という種目で、中川さんの言葉を借りると、「西本塾で学んだことがなければ、この結果が得られたとは思えません」 と言っていただけたことは具体的に何がどう変わったということなのか、現実として中川さん自身も、「選手の背中が使えるようになってきた」という表現しかされていません。

何がどう変わったのか、この部分をしっかり見ることができるようになることが、私のいう基礎の部分根っこの掘り方が分かってきたということなのです。

そろそろ、その事について言葉で説明をしなければならない時期にきたようです。

もったいぶっているわけではなく、「自分で気づいて欲しい、自分で見つけたものでなければ本当の意味で身についたとは言えない」そう思ってきました。

ですから、その部分についての悩みをぶつけて欲しいと待っていましたが、こちらがもう一歩踏み込んで説明しないと、そういうやり取りにはならないようです。

「なぜどんな競技にも共通なのか、実際の行う競技動作は様々で、人間として与えられた体を使うという意味ではすべて同じかもしれないが、すべてに共通と言われると、それはどうなんだろう」、正直そう思っている人も多いともいます。

その共通点の中でも私が一番重要視しているのが、「体勢を立て直す能力」「一つの動作を完了した後、次の動作に移る繋ぎの動作」言葉にするとこういう事になるでしょうか。

この能力が最も要求され、結果に結びつくのが 、中川さんが指導する「卓球」という競技ではないでしょうか。

卓球台の長さは国際規格で2.74mだそうです、その距離を挟んで小さなボールを打ち合うのですから、すごいスマッシュを打つことも、どっちへ変化するかわからないサーブを打つことも大事でしょうが、それ以上に打ち終わった後、いかに早く相手の返球に対して準備をするかという動きの方が、もっと重要なことなのではと思います。

素人では目で追うこともできないようなラリーの応酬、見た目には打つ時の動作ばかりが目が行きますが、そこからの体勢の立て直し方を私は注目しています。

私の3男が中学生の頃バトミントン部に所属していて、時々試合を応援に行った時、「打った後早く」と大声を張り上げ、子供が迷惑そうに2階席を見上げていたのを思い出します。

その時も、やはり優勝を争うような選手の動きはとても滑らかで、ただ単に打っているというより、流れの中でラケットを振り体勢を立て直し次の動作に備えるという一連の動作が自然にできているということでした。

バドミントンやテニスも、ボールやシャトルのスピードが速いですが、卓球の場合は距離が短いため、その能力がより必要とされるのではないでしょうか。

屈筋ではなく伸筋の重要性を理解し、フライングバックトレーニングを実践し、ランニングでも伸筋のみを使って走るという意識付けを行った結果、得られた効果が「体勢を立て直す速さ」だったのです。

この部分に関しては、まさに競技種目を問いません、どんな競技にでも必要な要素です。

アイドリングからの動き出し、重心を落としておいて広背筋で骨盤を引き上げることで加速していく走り方、目線から頚椎の捻転が始まり、自然に行きたい方向へ動き出していくターンのやり方、すべてがこの一連の流れで動き続けるための準備動作なのです。

股関節と肩甲骨、それを連動させてくれる広背筋、私が言い続けていることは本当に大事なことなのです。

スポーツに限りません、日本舞踊でもヒップホップでも、先日参加していただいた方が行っていたコンテンポラリーダンスでも、つまるところ、動きの角をどうやって削っていくか、わざとカクンカクンと動いて見せているような動きでも、実は内部で滑らかに連動させている。

そうです、人間が動くということ、そのものに明確な意識とテクニックが必要なのです。

そのために少しだけ私の理論も参考にして欲しいのです。

ボールを攻めるために打つこともあれば、守るために打つこともあるでしょう、1球1球の勝負でもあり、流れの中での一打でもあるはずです。

今回卓球という競技の指導者である中川さんとの出会いで、改めて体の使い方、動きづくりの重要性を再認識することができました。

ボールを打つことが練習なのでしょうが、打つことと打つことの繋ぎの部分の動作に、もっと意識を持って練習すれば、今回歯が立たなかった選手にも太刀打ちできるようになるのではと期待しています。

準優勝してくれた選手と、西本理論を応用してと言ってくださる中川さんに対する、ささやかなお祝いとお礼を込めて、「動きの繋ぎ目」の大切さという言葉を贈りたいと思います。

プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください
尚、深める会も12月10日に予定しています。

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