厳しさの裏側に

第15回西本塾、もう一人の参加者、埼玉県からお越しいただいた中田さんから届いた感想を紹介します。

改めまして2日間というとても短い時間でしたがありがとうございました。

講義・実技だけに限らずそれ以外の時間でのお話も大変「刺激」を受けました。
ありがとうございます。

まず最初に行った自己紹介時の「さん付け」と「先生」の捉え方から始まり、カラダに対する知識以前に、まず物事に対する西本先生の観点を聞くことが出来、大変参考になりました。実際にお会いしお話を伺うことが出来、心より感謝しています。

こちらこそ西本塾に受け入れて頂きありがとうございました。

2日間が終わり帰路につき感じた「もやもやした気持ち」は当たり前ではありますが到底西本理論には近づけていないという実感、感覚的な刺激がまず大切と理解しながらも、講義で先生から頂いた言葉だけでは体現出来ないもどかしさ、どれだけ自分に思い込みが入って物事を判断していたんだという気づき、お会いしてたった2日にも関わらず本気で向き合いぶつかってきてくれる西本先生の姿勢に自分は見合っていたのか・釣り合っていたのか、物事を教わる姿勢は整っていたのか、そして現在先生ご自身がお持ちになられている心境・葛藤…全てにおいて圧倒され、何をどう表現して良いかが分からず心の中にモヤモヤが渦巻いています。

ただそれらは文字情報だけでしか体感出来なかった西本理論に実際に触れることが出来たからこそ生まれた「感情・感覚」だと思います。

西本先生の元へ伺うことが出来、心から良かったと思います。

そして伺ったことで生まれたこの「もやもやした感覚」を、「スゴい!スゴかった!」という感嘆文だけで終わらせず、少しでもクリアに出来るように努めます。

まず2日間で西本先生から伝えて頂いたレジュメの内容をベースに、メモを取ったノートと見比べながら、もう一度自分なりに文字起こしをして整理します。

また即日復習させて頂いた「からだほわっと」を、こちらに戻り実際に実施する機会を作り「とにかく気持ちが良い」とクライアントさんからお言葉を頂いておりますがまだまだ愚直に積み重ねます。

この2日間で西本先生に心を動かされ、新たにスイッチを入れてもらった感覚です。

当たり前ですがこの2日間だけで西本理論の理解を深めること、体現することの難しさを強く強く実感しています。

先生の言葉にありました「伝えるには圧倒的に時間が足りない」という言葉が今深く身に染みています。

上手く表現し切れませんが、西本先生、また西本理論に触れさせて頂いた1人の人間として、何とか先生の現状お持ちになられている思い、西本塾で拝見した西本先生のあの姿勢・本気・勢いを少しでも実現出来る形で物事が動く事を願うばかりです。

この2日を通しての感想、また西本先生への思い、西本理論への思いを綴らせて頂きました。

自分自身が出来ることをまずやりきります。

西本先生はじめ奥様、大原先生、本当に本当にこの2日間貴重なお時間をありがとうございました。

また時間を作り深める会に参加させていただく際はよろしくお願い申し上げます。

中田 匠

お二人の最初の印象は好対照で、知識や経験をとりあえず封印して、真っ白な気持ちで私と向き合おうという気持ちで参加してくれた大原さんと、なんとなく中途半端でここには学びにきたのではないとまで言い切る中田さん、両極端な姿勢の二人だったからこそ、私はその姿勢そのものから感じることを、素直に言葉にすることから始めました。

二日間という短い時間の中で、私が遠慮したり気を使ったりしている暇はありません。

どんな動機であれ、相手のために何を伝えなければならないか、偉そうな言い方になりますが、せっかくここまできて自分を前面に押し出していては、何も得るものはないということをも伝えておかなければなりません。

そのうち分かる、終わってから分かる、帰ってから分かる、そんな悠長なことは言えないのです。

そんな話から始まりましたが、言葉とは裏腹に大原さんに負けず劣らず、私の話を真剣に聞いてくれました。

性格や育った環境の違いということもあると思いますが、100人以上の方に真剣に向き合ってきた経験の中で、私なりに得た経験を元にした対応を行っていますが、感情が表に出るタイプなので、受付に座ってくれている家内からは、後でダメ出しをされることも多々あります。

学生を相手にしてで授業を行う教員であれば、一人一人にここまで気持ちは込められないと思いますが、相手が1人であれ10人であれ、時間とお金をかけわざわざ広島まで来てくれていること自体、感謝以外何ものでもない気持ちでいっぱいなのです。

それぞれの方に少しでも役立つ何かを持って帰ってもらおうと準備した内容がきちんと伝わるためには、送られてきた受講動機から想像される人となりと、初対面で感じた印象を照らし合わせ、私自身が言葉を使い分けなければなりません。

極端な言い方ですが、どんな手を使ってでも相手をねじ伏せるだけの準備はできています。

喧嘩腰にすら感じるかもしれませんが、私は相手が選手であれ指導者であれ一般の方であれ、目的に対して妥協を許しません。

仲良しクラブが強くなるわけはありませんし、相手の顔色ばかり見て指導しても良い結果が得られるわけはありません、一般の方であっても自分の体に対して、過去の既成概念や経験だけで判断し、本質を知ろうとしない人は良くなるわけがないのです。

まあそこをストレートに言い過ぎてしまうと、人間関係を損なってしまう部分はあると思いますが、私という人間に何を求めてきているのかで対応を考えるしかないと思います。

プロの集団であれば、私の対応は厳しくなるのは当然で、西本塾に参加してくれる人たちに対しても、同じかそれ以上に厳しくなってきたかもしれません。

それはいつも言っている通り、その方の後ろに見える、私が出会うことのないたくさんの方々のために役に立ててもらうためには、当然の厳しさだと思っています。

2日目を終了した後、その日も泊まって翌日に帰るということで、一緒に食事をしました。

まさに昨日出会ったばかりの間柄ですが、私の書いたブログを読み込んでくれている人は、既に私のことを深く知っている、ある意味学生時代の旧知の友人たちよりも、今の私を理解してくれている友人だと思っています。

ですから、会って数時間もすれば、年齢差も関係なく、伝える側と伝えられる側という垣根も越え、1人の人間同士としての関係が成り立っていると思います。

さらには二日間、一緒に過ごしたことで、お互いを感じ会えた仲間だからこそ話せることもたくさんあるのです。

人間思ったことをなんでも言葉にすればいいというわけではないと思います、しかし、言葉にしなければ伝わらないことのほうが多いと思います。

すべてを語るわけにはいきませんし、話してはいけないことももちろんあります。

それでも、話の流れの中で普段は口にしないこともたくさん話してしまったかもしれません。

中田さんはそれらに真剣に耳を傾けてくれました。

西本塾に参加してくれた人たちは、皆さん仲間だと思っています。

皆さん一人一人が、伝えたことを活かして欲しいと思っています。

今日も午後から、塾生が3人集まってくれることになっています。

正規の会に日程が合わなかったため、個人指導をという方が2人いて、日程を合わせてもらえたので、地元広島の参加者にも声をかけて3人で臨時の深める会という形をとらせてもらいました。

それぞれが指導する立場の方なので、複数で行うことのほうがメリットがあると考えました。

私から学んだことをそのまま伝えてもらえているかは分かりませんが、私に言わせれば安易に指導はして欲しくなく、最低限ここまでは理解できているし、実際にできてみせるレベルに達してから指導して欲しいと思います。

これはあくまでも理想論で、皆さんが試行錯誤を繰り返しながら指導者としての経験を積んでいくわけですが、自分の未熟な部分は謙虚に受け止めて、今できる最良の指導をして欲しいと思います。

まったく縁のなかった方々と、こうして縁ができ、さらには仲間となって行ける、私にとっては何よりの楽しみです。

最近ツイッターを通じてコンタクトをとってきた方がありました。

IT技術を駆使して、遠隔地にいる選手の指導や管理をしたり、大規模にトレーナー活動をしている組織で情報の共有をスムーズにできるようにするためのシステムを開発したり、私の理解力ではこんなことしか分かりませんが、そういう感じの仕事をしている会社の方でした。

20年以上前、初めてプロのチームでトレーナーとして仕事をし始めた時、同僚トレーナーから言われた言葉が思い出されます。

「これからはトレーナーもチームとして活動する時代が来ます、西本さんも少しづつその現実を受け入れてください」と。

彼の予言通り、まさに今そういう時代になってきました。

しかし2年前ここを訪れてくれた彼の口からは、「今のトレーナーたちは知識も技術も標準化されて、西本さんのような本物の技術を持った人間がいなくなってしまいました。西本さんはこれからもずっとそのままで居てください」と。

彼は現在大学の教授となってトレーナー養成に関わっています。

その彼にしてこういう言葉を発するということは、今トレーナーと呼ばれ、またトレーナーになりたいと学んでいる人間たちが目指すところは、私が思っているトレーナー像ではないということになります。

選手も含め、自分のやっていることにすべてを賭けていると言い切れる人間がどれくらいいるのでしょうか。

人間の体と心を相手にするというのは、数字で割り切れるものではないと思うのです。

私は私の信じる道を進むしかありません。

私の本気と波長が合う対象に、また出会えることを信じて歩みを続けて行きます。

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誰かのためにが伝われば

倉敷市から参加していただいた大原さんから頂いた感想を紹介します。

大原さんは理学療法士として老健施設に勤務され、日々体の不自由な高齢者の方々のために仕事をされている方です。

まずは読んでみてください。

西本先生、奥様2日間本当にありがとうございました。
また、一緒に受講した中田さんありがとうございました。

2日間があっと言う間で、とても充実した時間を過ごすことができたと実感しています。

初日の座学では、「3・5・7理論」「アクチン繊維ミオシン繊維」「広背筋の重要性」「股関節と肩甲骨の連動」「力むということ」「かわし動作」「肉離れの治療」「重心移動と体重移動の違い」などの本質を詳しく丁寧に、時には実技も交えながらわかりやすく教えて頂きました。

ブログや記事などに書かれてあった内容が、読むだけではわからなかったこと、ぼんやりとしか見えていなかったことが先生の話を聞き、少しだけわかってきた部分と、まだまだよく理解できていない部分があり、またブログの内容を読み直し理解を深めていきたいと思いました。

そんな中で、メインテーマである「体作りから動き作りへ」ということから、重要なことは体を動かすということは、背骨を動かすこと、それには伸筋が重要で(特に広背筋)が重要で、体全体が連動して初めて効率の良い本来の動きができるということを改めて感じました。

実技中心の2日目は実際にアイドリング状態から重心移動で歩いたり、走ったりして、楽に体を動かしている感覚をつかめました。

そして、今まで自分がいかに非効率的に体を使っていたかということや「伸筋の重要性」を実感することができました。

また、操体法やからだほわっと、オクタントトレーニングの実技では今回は受講者が2人だけだったこともあり、先生に直接触って頂いたり、見て頂いたり、細かいところまでアドバイスして頂き、とても充実した実技の練習になったと思います。

そして、本日早速、教えて頂いたことをやってみるといくつか結果がでたのでご報告します。

まず、自分たちの仕事は車いすからベッドなどに移乗させる移乗介助を行うことが多いのですが、そのとき広背筋を使うことを意識しながらすると、今までよりも楽に行うことができました。

また、腰椎圧迫骨折の既往があり円背のある方に、フライングバックトレーニング(高齢者向けに座位で行うもの)を実施すると、明らかに訓練前後で歩行時の姿勢が変わりました。

一番効果が表れたのは、両股関節、膝関節に屈曲制限があり可動域が90°に満たない、さらに足関節に背屈制限があり尖足のようになっていて車いすになんとか座れている方に、3・5・7理論を応用してストレッチを行ったところ、車いすのフットレストに足が乗せられるようになったことには本当に驚きました。

この方には今まで下肢の可動域の改善のため様々な訓練を実施していましたが、これほどまでに効果を得られたことはなく、しかも、痛みも伴わずに効果がでたことに本当に感動しました。

可動域が少し改善し車いすに座れるようになっただけじゃないかと思われるかたもおられるかもしれませんが、この方にとって車いすに座れなくなるということは、食事が自力で取りにくくなりQOLが低下してしまうことや、リクライニング車いすになってしまえば移乗動作の介助がさらに大変になることで離床時間が減り、寝たきりのリスクが高くなるなどとても重要なことになります。

このように目に見えた結果が出る場合もあり、そうでない場合もあると思いますが、西本理論はどのような環境にあっても必ず活かされ誰かのためになるものだと確信し、今後も西本理論を少しでも正しく理解し、その知識や技術を現場に還元できるように、努力していきたいと思いました。

また、タイミングが合えば深める会にも参加させていただきたいと思いますので、その時にはよろしくお願いします。
2日間本当にお世話になりました。
 
第15期生 大原

参加人数が少なかったこともあり、また過去に参加していただいた方の中にも、同じような立場で仕事をしている人がおられて、塾後送られてくる感想でも、私が伝えたことがヒントになり、現場で大いに役立っているという、嬉しい報告もいただいていましたので、大原さんにもそのことをなんとかお伝えできるように、いろいろ工夫してお話ししたつもりでした。

本当に真剣に取り組んでいただき、必ずやお役に立てると信じておりましたが、早速こういう報告が届き、また私の自己満足指数をあげていただくことができました。

理学療法士として専門知識と技術を身につけ、10年以上の経験を積んできたにもかかわらず、対象としている方々のために、もっと良い方法があるのではないかと、勉強に来ていただくことは、簡単なようですがなかなかできないことだと思います。

医療の分野の中で、決められた仕事をしていれば誰に何を言われることもなく、日々の仕事をこなしていけるはずです。

過去に参加された理学療法士の方々の参加動機も同じで、10年を過ぎて周りを見る余裕ができてきた時、自分のやっていることになんの不満も疑問も感じることなく過ごしている同僚の姿や、一生懸命接しているにも関わらず、大きな成果を得られない患者さんに対して、このままで良いのだろうか、自分たちにできることは他にないのだろうかと、真剣に考えていたところに、私の考え方に出会い、もしかしたらこの理論を自分の仕事に応用できるのではないか、という思いに駆られて参加してくださる方がほとんどです。

私は、20代の半ばに渡辺栄三先生に出会い、人生の舵を大きく切ることになりました。

小手先の技術ではなく、先生の人間性や先生から学んだ操体法の奥深さを知れば知るほど、もっと知りたいそして人のために役立てたいと思うようになりました。

今はスポーツ選手を専門に診ているというか、動きづくりのトレーニングだとか、体に負担の少ない走り方を指導したりと、一般の方からは少し離れたところで仕事をしている人間のように思われているかもしれません。

実際はまったくそうではありません。

私という人間は一人しかいませんので、右を向きながら左を見ることはできません。

しかし、右を向いている時にも左だけではなく、360度どころか立体視を含め、周りのすべてとの関連を考えながら、真剣に一点と向き合っているつもりです。

だからこそ認知症を患ってしまったり、体に麻痺があったりするような状態になってしまった方に対しても、こういう感覚でアプローチできるのではないかというアイデアは常に湧き出してきますし、一般の方の不定愁訴を施術している際にも、トップアスリートの体ではどうだろうという関連性を想像していたりするのです。

どんな状況になっても同じ人間です、共通するのは心の部分です。

私ごときでは踏み込んでいけないことも多々ありますし、どんなに寄り添っても受け入れられない場合もあります。

それらをすべて受け入れなければなりません。

西本塾で伝えてきたことは、人間の体の本質を探る私なりの試みの、その時その瞬間の集大成です。

異論はあると思いますが、間違ったことを言っているとは思っていません。

受け取る側の感性が違えば、中身は全く違ったものになるかもしれません。

私心を捨て、今、目の前にある環境の中で、誰かのためにという気持ちがある限り、私の理論は万能の力を発揮してくれると思います。

私が万能なのではありません、伝えたことをどう応用するか、それぞれの皆さんが大きな可能性を秘めているということです。

「誰かのために」今回もその思いはちゃんと受け取っていただけたようです。

大原さんありがとうございました、これからもお仕事頑張ってください。

持って生まれた能力を発揮することは簡単ではありません

週末、お二人の参加をいただいて、西本塾を行いました。

回を重ねるごとに伝えたいことや伝え方が変わっていきます。

同じレジュメを使っていますが、それをなぞって説明していたのは何回目までだったでしょうか。

1日目の理論編は、午前中に話をする部分が最も重要なのですが、参加者の背景や目的が少しづつ違うため、ここから食いついてもらうのはなかなか難しく、一番神経を使うことになります。

二日間が終わった時、あそこで説明されたのはそういうことだったのかという風に結びついて行くわけですが、いくら最初にそう思うことになりますよと言葉で説明したとしても、本気でそう思ってもらうのはやはり難しいと思います。

西本塾を始めて2年が過ぎようとしています、回数にして15回、参加していただいた人数は115人となりました。

皆さんそれぞれの目的を持って参加していただき、何らかの成果を持ち帰っていただいたことと信じています。

このブログを書き始めたのは、今では恥ずかしい話かもしれませんが、怒りの感情を吐き出すことだったかもしれません。

それが西本塾という活動につながり、たくさんの人たちが参加してくれました。

相手がどんな背景や目的を持った方であれ、私が伝えることはこのブログに書いてきた内容であり、ここには書けないけれど話しておきたい実体験などでした。

最初は野次馬根性で結構です、一度覗いてみてくださいと言っていたにもかかわらず、受講申し込みに書いていただく参加動機等を読んで、その方の本気度を計らせてもらい、この人には是非来て欲しい、この人には伝えておきたい、そう思わせてくれる方を選ぶようになりました。

「来るもの拒まず、去るものを追わず」と、これまでの方針を変更したかのごとく優しい人間になっていましたが、結局は本性が現れて、「来るものを拒み、去るものも追わない」という、マイペースなやり方に変わっていきました。

このことはブログにも何度も書きましたので、参加を希望していただいていた方の中には、二の足を踏むことになってしまった方もいるかもしれません。

今回参加していただいたうちのお一人は、私が川崎に在籍していたトレーニングキャンプ中に起こった出来事を、ライターの木崎さんが紹介したnumberwebの記事を読んで興味を持ち、西本塾が行われていることを知ってから、参加を希望していただいたようですが、実現したのが今回だったということでした。

おそらく私を最初に知っていただくきっかけになったのはその記事だったと思いますが、つい最近何かのきっかけで私の存在を知ったという方もたくさんいると思います。

まだまだ私の存在などスポーツの世界の中でも無名な存在で、それこそ知る人ぞ知るというマイナーな存在だと思います。

有名無名は関係ありませんが、私は私自身が疑問に思ったことを、一つひとつ自分なりに納得できるものにしていくという作業を続けています。

それがケガや故障をして痛みを抱えた人間を、どう回復させるかや、自分の思ったような動きを体現できないスポーツ選手に、体づくりではなく動きづくりという発想でトレーニングを指導することでした。

目の前に存在する人間の体と向き合いながら、自分でも不思議なことに、まったく違う体の部分のことを考えたり、まったく違うスポーツに置き換えたり、想像力というか応用力は他の人以上のものがあるのかもしれません。

西本塾生115人の他にも、個人指導を受けにきてくれた人を含めればもう少し多い数にはなります。

その中には現役のプロスポーツ選手から、小学生のサッカー選手まで、種目を問わず老若男女様々な人間を相手にしてきました。

現在57歳、普通に考えればプロスポーツ選手はもちろん、20代や30代のスポーツ選手が、私の見せる動きをできないことなど、あるはずはないと考えるのが普通だと思います。

しかし、どんなレベルの選手であろうと、私がその選手に求める最高の動きを、私自身が目の前で見せることができます。

動きというのは言葉で説明し尽くせるものではありません、やはり自分の目で見て感じることが必要になります。

そのうえで、その動きの意味や動きの意識を言葉で説明し、頭で理解し身体で覚えるということが必要となります。

もちろん年齢を重ねたきた分、持久力の問題は如何ともしがたいところはありますし、それぞれの競技の技術というものを私がすべてできるわけではありませんが、それでも、この動きはこういう意識で行うという理論通りの動きは、お手本として見せることができます。

選手にしても指導する側にしても、結果として現れる動きの獲得が一番の目的となりますが、動きという技術は、一朝一夕には習得できることではありません。

プロレベルの選手であっても、考え方やドリルを覚えて、それを繰り返したとしても、私が望んでいる動きを獲得できているとは言えません。

もちろん教えてことを真剣に継続していることが大前提ではありますが、それでも私の目指しているところに届かないのはなぜだろうと、2年間指導をしてきて考えるようになりました。

まだまだ指導方法が悪いのだろうか、指導の回数や頻度が少なすぎるのだろうか、それもあると思います。

ひとつ答えらしきものを挙げるとしたら、「背中を使えるようになるためには年単位の時間が必要ではないか」と、思うようになりました。

体づくりを目的としたトレーニングであれば、数値で結果が見えますが、動きづくりのトレーニングには客観的な物差しとなる指標はありません。

私の動きを見て、他の人よりすごいと感じてもらえるのは、取りも直さず伸筋を中心とした背中を使うトレーニングを、長い期間継続しているからだと思います。

そのことが、人間として持って生まれた能力を、他の人より少し上手に使いこなせるようになって、できない人から見ればスムーズで無駄のない動きと感じてもらえるのだと思います。

私ができることですから、他の人ができないわけはありません。

最初からそのことが分かっていて、20年間継続してきたわけでもありません。

17年前、ちょうど40歳の時には3ヶ月限定でしたが、体づくりのためのトレーニングを行うためだけの生活を経験し、そのトレーニングの功罪を身を以て体験しました。

試行錯誤の過程の中で、その経験はけっして無駄にはなっていません。

そして結論として導き出された「体づくりから動きづくりへ」という発想の転換を説いているのです。

それを納得し理解して、トレーニングに取り組んでくれたとしても、行っている競技のトレーニングや、これまで染み付いた固定概念の壁を破って、完全に私の思っている動きを行えるようになるためには、やはり時間が必要なようです。

できれば毎日でも動きを見てあげられる環境がベストでしょう、しかし、その環境は今ありません。

意識を変えるということは本当に難しいことで、自分ではできているやっていると思っても、私が見ればそうはなっていないということがほとんどです。

完璧ということはもちろんありませんが、できる限り理想に近づける努力は続けるべきだと思います。

改めて言いますが、私が理想としている動きというのは、私が考えたと言うよりも、人間として持って生まれた能力の再構築であるだけで、特別なことではないのです。

特別なことではないけれど、ほとんどの人間ができていない、言葉を並べている私自身が訳が分からなくなっていくようなことを考えているのです。

そんなことを考えさせてくれるのが、目の前に現れてくれる生身の人間たちです。

そんな人間をどうすればもっと良い動きができるようになるのか、どんな言葉を使い、どんなドリルを課し、どんな意識を植え付ければいいのか、まさに枝葉のテクニックではなく、本質を追求していく以外方法はないのです。

だから誰も教えてくれませんし、答えを求めて質問しても仕方がないのです。

ちょうど3年前、その時点での私のベストな理論と方法論を整理して、翌年から始まる新しい仕事に備えていました。

その時はしばらくサッカーから離れていましたので、現場の感覚がわかりませんでしたが、自分の中ではベストなものを準備したつもりです。

今私が考えていることは、その時とは比較にならないレベルだと思います。

今を100とすると、その時は30くらいかもしれません。

それくらい自分の中で考え続けてきました。

もうその環境が私に与えられることはないかもしれません。

それでも私は考えることをやめるつもりはありません。

万にひとつ来年はどこかのグランドに立っているかもしれません、今まで温めてきたものをすべて発揮して、その環境を最高のものに変える活動を嬉々として行っているかもしれません。

その活動を私ではなく、私から指導を受けた誰かがやってくれるなら、それはそれでいいと思います。

その方が広がりがあるし、大きなうねりを作ってくれるかもしれません。

今年予定した西本塾は12月に行うものが最後になります。

深める会も来月に行うものが最後の予定です。

昨年も同じことを書いたと思いますが、来年のことはまったく分かりません。

どんな状況になっても、自分のベストを尽くすだけです。

脚の運びと人体組織への影響、3・5・7理論からの考察

明日、明後日は西本塾を行います。

埼玉県と岡山県から二人の方が参加していただくことになっています。

人数は少ないですが、お二人から届いた受講の申し込みの内容は、本当に真剣そのもので、私から何かを学び、それをそれぞれの環境に還元したいという熱い思いが十分伝わってくるものでした。

おそらくは今までにも増して深みのある西本塾になるのではないかと、私自身とても楽しみにしています。

さて、前回予告をしたとおり、走るという行為によって人体の組織が受ける負荷の大きさが、体の使い方によってどれくらい違うと考えるのかを、私の意見として書いておきたいと思います。

これまで様々な選手の動き分析をしてきましたが、動きそのものから、体の負担の大きさを感じ、こんな動き方をしていたらケガをしそうだなという選手の動きは以前から目についていました。

一番直近の例では、生中継で試合を見ていた時、何度もゴール前に駆け上がる選手の脚の運び方を見て、スピードもテクニックもあって良い選手だなとは思いながら、一歩間違えば肉離れを起こしそうな走り方だと、一緒に見ていた家族に話をしていた矢先に、ゴール前に走り込んだ際に、それが現実になったことがありました。

家族には色々な話をしていますので、私が言わんとしていることはある程度分かってくれているので、「本当だやっちゃったね」ということになりましたが、そうでない人たちにとってはまったく意味不明な解説だったと思います。

予想通り本人から連絡があり、早期復帰に向けてお手伝いをさせてもらいましたが、本人にその話をしても、そんなことが分かるはずがないと、本気でその話を聞くことはありませんでした。

それから信頼関係ができていく中で、「最初に言われたことはそういうことだったのですね」と、西本理論による解説を理解してくれるようになりました。

肉離れをした部分の回復はもちろんのこと、どういう体の使い方をすれば、そういうリスクを少しでも減らせるのかという部分も含めて、真剣にトレーニングを行ってくれました。

その甲斐あってか復帰後の彼の動きは、私の目にも明らかな改善が見られ、直近の試合でも素晴らしいプレーを見せて勝利に貢献してくれました。

ではなぜ私が選手の動きからケガを予測したかということです。

走るという行為は、静止もしくはゆっくりしたスピードから、素早く体を移動させるという行為です。

このことについては過去記事で、相当詳しく書いてきましたのでそちらを読み返していただくとして、ここで言いたいのは、自分の体重を移動させるために、どういう体の使い方が、体の負担を減らして効率的に効果的に、目的である速いスピードで走れ、ストップターン、ジャンプと自在に動き回れるかという問題です。

既成概念というか、誰もが深く考えずに行っている行為ですが、私はこの部分を深く考えずして故障の予防はできないと断言します。

過去に関わった外国人選手の例ですが、彼は身長が高く脚も長い選手でした。

DFとして安定感のある選手でしたが、肉離れが常態化し離脱と復帰を繰り返していました。

通訳を通じ私の考え方を伝えましたが、正しく理解してくれてはいないようでした。

当然のことです、言葉の通じる日本人選手であっても、私の考えを正確に伝えることが難しいのに、生まれも育ちも考え方も違う外国人選手に、私の分野の専門家でもない通訳を通して、理解をしてもらうことは、さすがに無理がありました。

ケアのやり方にしても同じで、結局その選手の力にはなれませんでした。

同じ時期に日本人選手で、こちらはベテランで実績も十分な選手でしたが、私の考えを受け入れて地道にトレーニングを重ねてくれたので、前年までに比べ動きが明らかに改善し、トレーニング量も増やせたので持久力も回復し、出場時間が大幅に増えた選手もいました。

二人とも肉離れが持病のように思ってしまい、思い切ったトレーニングができていませんでしたから、当然動きも良くないですし、スタミナもありません。

二人の明暗を分けたのは、やはり私の考え方を理解できたかどうかに尽きると思います。

形だけは同じようなトレーニングを行ってくれても、根本的な考え方が理解できていなければ、良い方向へは導くことはできないのです。

動きで一番負荷のかかるのは着地の瞬間と、後ろ足で地面を蹴る瞬間です。

このことは誰の目にも明らかだと思います、その負荷に耐える筋力をつけるために、筋力トレーニングを行っているということも間違いとは言えません。

しかし、筋力を向上させればそれだけ蹴る力が強まり、着地の衝撃は比例して大きくなることは明らかです。

このことは一般的に行われている走るという行為の体の使い方を前提の話ですが。

人間の重心位置は股関節部分だと考えています。

きちんと股関節の上に上半身が乗っていれば、立っていても頭を重たく感じることはありませんし、長く立っていても腰や肩の辺りが痛くなったりということも少ないと思います。

速く走るために、膝を高く引き上げ股関節を屈曲させるために、大腿四頭筋を屈筋として強く収縮させなければなりません。

いわゆる腿上げをしている状態です。

そういう使われ方で引き上げられた膝が大きく前方に振り出され、重心位置である股関節よりも前方に着地することになります。

ここで受ける衝撃が、筋電図による解析では、スピードによって体重の3倍とも5倍とも言われる大きな衝撃となります。

計算上の話ですが、体重が70キロとして、着地の瞬間には210キロから350キロなどという想像もつかない負荷がかかってしまうことになります。

そして瞬間的にそんな大きな負荷を支えている筋肉を、後ろ足がそれ以上の筋力を発揮しなければ、前に運ぶことはできないことになります。

当然連続した動作ですから、慣性も働きますので、数字そのものの大きさでないことはもちろん分かっています。

そうであったとしても、少しでもその負荷を小さくすることはできないのかと考えたのです。

その方法は股関節の真下に着地することです。

この感覚が身につくと、着地している感覚も地面を蹴っている感覚も、本当に少なくなって、慣性のみで体が進んでいく感覚になります。

だから私が指導をした人たちが、「走っている気がしないとか、足が張らないとか、全然疲れない」などと、およそ走った後の感想とは思えない言葉を発することになるのです。

3・5・7理論についても詳細は過去記事に譲るとして、膝を前方に大きく振り上げる際には、大腿四頭筋は股関節に対して屈曲という方向に運動させていることは前述しました。

この大腿四頭筋という筋肉にはもう一つの役割があり、膝関節に対しては伸展という運動を行ってくれます。

一つの筋肉がほぼ一瞬のうちに、二つの関節に対して屈曲と伸展という真逆の運動を、同時に行うことになるのです。

筋肉の仕事は骨を動かすことのみですが、屈曲も伸展も行わないゆったりした状態を5という単位で考えるのが基本の3・5・7理論ですが、股関節の屈曲のために5から3の方向へ短くなっている筋肉を、間髪を容れずに膝関節に伸展のためにさらに短くなる方向に働いてもらうことは、どう考えても難しいことだと思うのです。

無理をさせた上に、さらに追い討ちをかけることになるのですから、筋繊維の負担は想像を超えたものであることは間違いないと思います。

これが大腿四頭筋の肉離れにメカニズムだと思っています。

その負担を少しでも少なくするために、股関節の真下に着地をしたい、それを可能にするのが広背筋をしっかり収縮させて骨盤を後上方に引き上げた状態を保つことで、股関節の自由度を高め、腰がスッと起きた状態で自然に真下に着地できる状態を作ってあげるのです。

5から3に収縮した筋肉を、一度フリーにして5に戻し、できれば揺れを利用してもっと7に近いリラックス状態を作ることで、3から7の間を大きく使うことができれば、筋繊維自体の負荷は相当軽減できると思います。

動き出す際にも同じことが言えます。

静止した物体を動かすには大きなエネルギーが必要です。

地面を強く蹴って反力を得る必要があります、この際には3の収縮方向へ瞬間的に大きな力が必要になります。

この瞬間にも肉離れは起こります。

これを防ぐためには、股関節をアイドリング状態にして、地面を蹴るのではなく、股関節という重心を移動させることで動き出し、動き出した体の重さを支えるために自然に膝が振り出され、移動した重心である股関節の真下に着地してしまったという結果に導くのです。

ほとんど筋肉の活動は必要ありません、3・5・7の中心の5の前後で揺らいでいるだけの感覚です。

そんなことで瞬発力が発揮できるのか、相手との接触に勝てるのか、みなさん心配してくれますがまったく問題ありません。

逆に力んでしまって、動き出したら止まらないとか、動きが直線的になって融通が利かないとか、腰が引けて視野が狭くなるという弊害もありません。

外国人選手にはこの感覚がまったく伝わらず、結局居ついた状態から地面を強く蹴り、大股でドスンドスン走る走り方を変えてあげることはできませんでした。

また別の外国人FWの選手は細かい話をしたことはありませんでしたが、何となく私の伝えたかった重心移動をうまく使って走っているように見え、多少感覚が伝わったのかなと嬉しく思っています。

3・5・7の幅を大きく行ったり来たりすることを怖がって、関節の運動に自分でブレーキをかけてしまいきちんとした可動域でのトレーニングができていませんでしたので、それを改善するトレーニングを指導したら、ほとんど毎日のように取り組んでくれたので、こちらは移籍したチームでも長い時間ピッチに立ってくれているようで、本人と話をする機会はありませんが、おそらくは役に立ったと思ってくれていると思います。

筋肉の問題だから焦らないほうがいいと進言してくれるスタッフもいましたが、筋肉の問題だからこそ早期にアプローチして、できるだけ拘縮させず3・5・7の間を自由に収縮できるように導いてあげることこそがケアでありリハビリとなるはずです。

そこには当然痛みの問題が生じますが、痛みの感覚にはまさに個人差があって、少しの痛みでも怖がって動かさない選手もいましたが、信頼して多少の痛みは我慢してでも3・5・7の動きづくりを優先してくれなければ、画像の診断に頼って、治ったとか治らないとかを論じていては、スポーツ選手としての復帰は難しいと思います。

私の提唱する走り方は、サッカーで言えば90分間走り続けるから、頭と体を動かし続けるへの意識改革はもちろんですが、故障をしづらいという側面も同じくらい重要なことで、良いとこだらけの考え方だと自負しています。

現状に危機意識を持っている選手は、本気で考えて欲しいと思います。

時間は待ってくれませんから。

そんなこんなも含めて、明日からの二日間しっかり伝えていきたいと思います。

気をつけてお越しください、お待ちしています。

投球動作の指導

日曜日の午前中に来てくれたフロサポのメンバーの方たちの目的の一つに、趣味でやっている草野球で活躍するために、私が主張している正しい体の使い方による投球動作を教えて欲しいということがありました。

その中の一人は、神奈川県内でも有名な野球の強豪校の出身で、もちろん野球部のOBだそうです。

高校まで野球を続けたというだけで、経験のない方から見れば、かなりのレベルを想像するかもしれませんが、その方がというわけではありませんが、私に言わせると人間がボールを投げる動作の本質が分かっているというか、実際にできている人はほとんどいません。

それが上達を妨げ故障の原因になっていることは明らかですが、そう思っている人自体がほとんどいませんし、ではどうすることが正しいのかを分かっている人は、もっと少ない限られた人たちだけになってしまいます。

プロ野球のOBたちが行う野球教室でも、その部分を明確に指導しているという話は聞いたことがありません。

今回私の指導を受けていただいて、今まで行ってきたことを私がなぜ間違っていると言うのか、どうしてそれではいけないのか、そして私が提唱する体の使い方を身につけることで、どういうメリットがあるのか、短い時間ではありましたが、本質的なところは理解していただけたと思います。

ただ、それを実際にできるようになるのは簡単なことではありません。

さらには自分ができるようになったからと言って、それを人に伝えるということができるようになってもらうのは、もっと大変なことです。

9年間二人三脚で投球フォームを追求してきた、現広島カープの2軍投手コーチをしている佐々岡君でも、私が指導した内容をそのまま伝えられているかどうかは分かりません。

ただ彼は実際にそれができた人間で、9年間試行錯誤を繰り返しながらマウンドに立ち続けた人間ですから、私には分からない部分をたくさん持っているはずです。

その経験を含めて、私以上に的確な指導をしてくれていると思います。

現在の仕事で野球選手に関わっているのは一人だけです。

現在彼は高校3年生で、大学に進学して野球を続けることを前提に1年前から指導をしています。

すでに高校生としての現役は引退していますが、高校球児としての実績はまったくありません。

最後の夏の大会はベンチ入りすらできませんでした。

甲子園には行けませんでしたが、それなりの強豪校で、よその県からも選手がくるくらいのチームですから、投手としてベンチに入ることは容易ではなかったようでした。

そのうえ彼は本気で野球に取り組んだというか、小さい頃からリトルリーグに入って硬球で野球をやっていたわけではなく、中学では普通の部活で軟式野球をやっていて、ある意味選ばれて入部してくる選手とは入学時に大きく差をつけられていました。

それでも彼は諦めずに、このまま野球を続けて自分の可能性を追求したいということで、私もその夢を一緒に追いかけることにしました。

以前に書いた言葉ですが、私は「負けると分かっている喧嘩は買わない」という主義です。

それは単に逃げるという意味ではなく、勝つためにはあらゆる努力をしなければなりません、その覚悟もなく、なんとなく戦いの場に足を踏み入れても勝算などあるはずはないということです。

個人として組織として本気ではない相手に対して、私がいくら力んで頑張っても無駄なことは目に見えています。

私が彼の指導を請け負ったのは、彼にはその覚悟とやる気を感じ、何より彼には大きな可能性があると感じたからです。

過去にも何人かの中学生を指導したことがありました。

それぞれが真剣で一生懸命指導についてきてくれました。

そしてそれぞれが高校に進んで、自分の目標に近い結果を残してくれたと思います。

今回はその目標が今までとは比べ物にならないレベルを最終目標にしています。

高校野球で活躍できなかった選手が、そんな大きな目標をと思われるかもしれませんが、だからこその可能性を見出したのです。

勝つためにはから始まる指導で、体に無理をさせられることもなく、フォームに関してはまったく指導を受けていませんでした。

一からいえゼロから私の考えている理想の投球動作を染み込ませていける、格好の対象となりました。

身長は十分ですが、まだまだ体はできていません。

すべて含めて私が思ったような方向に導いています。

投球動作の詳細については過去の記事を読み返していただくとして、それを実際にできるようにすることは本当に難しいことです。

当初はまったくの素人同然で(私の求めているレベルと比較してですが)、教えても教えてもなかなか身に付いてはくれませんでした。

指導の内容は、単に体をこう使ってという指導ではありません、今行っている動作がなぜ良くないのか、これから目指して行く動作はどういうメリットがあるのか、それができるようになるためには、まずは動きづくりのためのトレーニングがあって、それを繰り返し行うことなしに、形だけの指導では絶対に身に付かないし、もしできるようになったとしても、反復継続できる体が伴わないことなど、毎回毎回口を酸っぱくしていい続けました。

前半の動きづくりのトレーニングのことを、「折り紙の折り目をつける作業」と呼んでいます。

彼にはまだ確固たる折り目はありませんでしたが、もし「私はこういう折り方で折ってきましたと」いうものがあったとしても、一度開いてしまい、アイロンこそかけませんが、折り目を消してから、私が新たな折り目をつけていく作業を行うのが動きづくりのトレーニングです。

こういうと何か押し付けているように思われるかもしれませんが、一度きちんとした折り目さえつけてしまえば、あとは個人差というか個性がありますので、同じように折り直しても、基本の部分が変わらなければ、私が教えた通りにみんながならなくてもまったく問題はありません。

そんなトレーニングと並行して、投手にとって必要な股関節の感覚やバランス感覚のトレーニングも行います。

様々なトレーニングを組み合わせることによって、私が目指す投手としての体の動きができるようになるための下地を作っていくのです。

そして最後に行うのが実際の投球動作ということになります。

この段階になっても、今日今までやってきたことはなんだったんだと言いたくなるような、過去の悪癖が大きく顔を出します。

しかしそれは当然のことで、だから私の指導を受けにきているわけで、根気良くその作業を繰り返すうちに、少しずつ変化が見られるようになってきます。

ボールを投げるという動作は、実際に行えば結果というか感覚として、ボールがどういう回転と軌道で進んで行くのかが分かりますから、他の動作に比べれば変化を実感しやすいと思います。

約1年の指導を経て、彼の動作は大きく進歩しました。

実際にキャッチボールをする機会がありませんが、なんとか機会を作ってキャッチャーミットで受けてみたいと思います、今の彼はかなりのレベルに達していることは間違いありません。

どこの誰でもこのレベルまで指導ができるのかと言われると、安請け合いはできませんが、もしこの選手を見てくれと言われれば、ある程度のゴール地点は見えるような気はします。

今年引退を決めた、中日の山本投手は現役時代肩肘の故障はまったくなかったそうです、あと10年投げ続けてもそれは変わらないだろうというコメントを見ました。

もちろんその秘訣を一言で言い表すことなどできないでしょうか、「正しい投げ方をすること」という言葉を使っていました。

私が佐々岡君と目指した理想の投球フォームもまさにそういうものでした。

「正しい投げ方」、まさに抽象的な言い方ですが、人間という動物が手に持ったボールを、マウンドに立って静止した状態からキャッチャーミットめがけて150キロにも達するスピードとコントロールを両立させ、なおかつ100球を越える球数を投げ続けるためには、どういう体の使い方が理想なのか、自分にはできないことを、その可能性を持った人間と一緒に追求できたことは、何にも勝る大きな経験でした。

それを今、同じ夢を持った少年に伝えています。


昨日も彼に話をしましたが、どんなに正しい努力も常に右肩上がりの成長を続けて行けるわけではありません。

今回でも最初は地を這うような時期が長かったと思います。

そんな期間が続いても諦めずに継続してくれて行くうちに、小さな変化を感じたり、また停滞する時期になったり、お互いに「おっ」という大きな変化を感じられたりと、その時々の感覚は一様ではありません。

しかし、的確な目標設定の元に、正しい努力を継続していけば、間違いなく目標は近づいてくるものだと思います。

まずは自分の現状を冷静に判断し、どこに問題があるのかをしっかり整理した上で、その解決方法を私が持っていると信じてくれることがスタートだと思います。

それが信頼関係ということになるのでしょうが、それを築くことが何よりも難しいことかもしれません。

私のこれまでの経験と実績ではまだまだそう思ってもらえないのかもしれません、一つ一つ目の前の問題を丁寧に解決していくことで、私ならと思ってくれる人が増えるかもしれません。

それもこれもすべては「縁」だと思います。

縁を結ぶのは偶然ではなく必然だとも思います。

どんな立場であっても、現状に満足せず向上心を持っていれば、きっと何かに出会うと信じています。

次回になると思いますが、動作と故障の関係について、特に走るときの着地の位置がなぜ膝の故障や肉離れに結びつくと考えるのか、言葉で整理してみたいと思います。

動きの中から見えてくること

これまでにも多くの選手の動きを観察して、私なりにその動きがどういう意識のもとに行われているのかを分析し、またそこから見えてくることを想像したものを文章にしてきました。

そうしたことを繰り返しているうちに、一流選手と言われている選手たちの動きには、共通したものがあると感じるようになり、その部分を中心にさらに動きをみていくと、やはりそうだったかという感覚で無駄なく動きを見られるようになってきたと思います。

私の指摘する部分について、同じような視点で見ることができないという声も聴きますが、様々な競技の一流選手をたくさん見ていく中で、私なりに出来上がった視点なので、ポイントとなる見方を教えたとしても、同じようには見えないのかもしれません。

ブログを書き始めたころに使った言い方ですが、「私が見ているもの、見えているものと、他の人が見ているもの見えているものが違う」というのは、そういうことなのかもしれません。

私にとっては当たり前に思えることですが、それは、これまでの経験の中で生まれた視点であって、カメラのレンズを交換するように、簡単に見え方を変えるわけにはいかないようです。

なおかつ、私が指摘したポイントを、指摘された本人が意識して行っているかという問題があります。

ほとんどの場合まったく無意識に行っていることで、もし私が本人とそのことについて話をすることがあったとしても、「そんなことは考えたこともない」という答えが返ってくるかもしれません。

しかし、人間の体が動くという現象は、「自らが意図した筋肉の収縮活動」であることは間違いありません。

無意識という言葉が使われますが、筋肉はほとんどの場合脳から神経を介しての電気信号によって収縮します。

ただ、例外というか、「反射」という筋肉活動もありますし、脳からの指令を実際に思い描いてからでは遅いですので、それが瞬時に行えるようにするために行うのが練習ということになるわけです。

練習といっても最初はどんな動きをしたらいいのか分からない訳ですから、目から入ってくる視覚的な情報や、言葉として指示される内容はとても重要となります。

私がトレーニングを指導する際に、自分でやって見せることにこだわっているのにはそういう意味もあります。

実際にやっているところを見せ、この動きにはどういう意味があって、どういう意識で行っているのかをきちんと説明し理解してもらうことは何より大事なことです。

そのうえに、こういう意識でこういう動きができるようになることで、選手としての動きを向上させたいという本来の目的のために、どういうメリットがあるかを分かってもらわなければ、練習のための練習、動き作りのための動きづくりとなってしまい、本気で取り組み、そして継続しようという気持ちにはなってくれないと思います。

動き分析をされた選手は、自分ではそういう意識はないと答えることがほとんどだと言いましたが、長所として見える部分も短所として見える部分も、どちらも自分がやっていることの現実だと冷静に受け止めることができれば、まだまだ向上できる可能性はどんなレベルの選手にも残されていると思っています。

一流そして超一流と呼ばれた選手が、自分と同じかそれ以上の能力の選手を作れないのは、「凄い」の一言で自他ともに済ませてしまい、動きの本質を自分でも理解できていなかったからではないでしょうか、本人にはそんな必要もなかったでしょうが。

そんな超一流にまでは届かなかったけれど、こういう考え方でこういう体の動かし方で、もっと早くここに気づいて練習していれば、自分も超はつかなくても、一流選手の仲間入りができたのではないかと考えるような人間が指導者となった時、本当の意味で凄い選手というのは生まれるのではないかと思います。

そういう例はたくさんあると思いますし、私のような何の実績がない人間にも、指導する側の人間としてならチャンスはたくさんあると思って頑張っていますから。

そういう意味で私の指摘したところを、選手自身が咀嚼してくれて、なるほどそういう見方もあるのか、そういう人間から見ると自分はそう映っているのかと、耳を傾けてくれれば、私の分析も少しはお役にたてるかもしれません。

今回地元広島で、サンフレッチェ広島対川崎フロンターレ戦を、久しぶりにスタジアムで観戦しました。

ご縁があって、試合の後食事をご一緒したフロサポの方たちから、二人の選手の名前が上がり動きを見てもらえないかという話になり、昨日今日と改めてオンデマンドでプレーを見させてもらいました。

個人の動き分析ですが、当然チームとしての戦術があり指示もあるでしょうから、本人が好きなように動いているわけではないでしょうし、当然相手があることですから、自分が意図した動きだけで対応できるわけではありません。

しかし、そんな中でいかに自分の持っている能力を発揮できるのかという所が、選手としての質というか能力を判断される材料なわけですから、まったく言い訳はできません。

私は以前短い期間ですが、川崎でスタッフの一員として仕事をさせていただきましたが、今はまったくの部外者ですから、一個人の意見として聞いていただきたいと思います。

まずは、FWの小林選手です、度重なる膝のケガで、本人の思ったようなプレーは出来ていない状況が続いているのかもしれませんが、いつもの私の分析の基準でいうと、彼は常に重心が前掛かりで、DFの裏を取る動き出しの一歩目でも、上半身が少し前かがみになって太腿をぐっと引き上げるような走り方をします。

普通に考えれば当たり前に感じる方も多いと思いますが、前かがみで膝を引き上げるという動作は、ずばり体の前側の屈筋を使う運動です。

彼の体重が70キロだとすると、すでに体を前に運び出すために蹴り足には、体重の何倍もの力が必要になります。

そして踏み出した足が着地する位置は、重心である股関節よりも前方になるので、同じく着地した足にも大きな負荷がかかることになります。

間接的な言い方かもしれませんが、この筋肉や関節に対する必要以上の負荷が、膝のケガにつながっていると考えることは間違ってはいないと思います。

加えて、前かがみで腰が引けると、前方の視野が狭くなります、ボールだけを見るのではなく、オフサイドトラップをかけてくるDFラインの位置や、味方のポジションも含めて、視野を広くとり情報は少しでも多い方がいいはずです。

ボールに対して突進ではダメなのです。

前半の20分過ぎのプレーでしたが、大久保選手からの絶妙なクロスに対して、ほぼフリーな状態でヘディングシュートを試みましたが、ジャストミートせずボールはゴールの上に飛んで行きました。

原因は二つ、大久保選手が相手のディフェンスをかわすために、少しタイミングを遅らせてからのクロスになったため、小林選手はその前のタイミングで動き出していたため、自分が思っていてよりもほんの少しゴールに近い所でジャンプをすることになったのではないでしょうか。

その結果、フリーな状況であったにもかかわらず背中を大きく反らせた反動を使って、ボールを上からゴールの下へ向かって叩きつけるような強いヘディングとはならなかったのだと思います。

元々、少し前かがみのプレーが多いですから、もしジャンプの位置とタイミングが合っていたとしても、どういう結果になっていたのかは分かりません。

もうひとつ、21分過ぎですが、中村選手がつぶれながら奪ったボールを大島選手がコントロールし、右サイドにいた小林選手に少し長いボールを供給してカウンターに近い攻撃かと思ったプレーですが、ボールを受けドリブルで持ち上がり中央の田坂選手に出そうとしたパスを、DFの足に当ててカットされてしまいました。

跳ね返ったボールは小林選手の方に戻ってきましたが、足元でコントロールできず、寄せてきたDFに簡単に奪われてしまいました。

どちらのプレーもイージーミスでしたが、ドリブルの姿勢できちんと背中が使えておらず、頭から前に突っ込むような形になっていることが根本的な問題だと思います。

何気ないことですが、大久保選手というまさに見本になる体の使い方をしている選手が目の前にいて、毎日一緒に練習できる環境を活かして、しっかり盗んでほしいと思います。

ちょっとしたことですので、意識を持って取り組めば彼はすぐにものにできる能力があると思います、ケガのことも含め体の使い方という観点を持ってくれたらと思います。

もう一人はDFの武岡選手です。

既にベテランと言ってよい経験の持ち主ですが、今回の試合で気になった動きがありました。

前半8分過ぎ、ミキッチ選手が攻め上がってきた際の姿勢が、踵体重で腰が落ち、上半身が前傾していました(いわゆる猫背)ので、相手の動きに対応できていませんでした。

日本人DF全般に言えることですが、どうしてもそういう姿勢になりやすく、反応が遅くなったり逆を取られてバランスを崩すというシーンが多く見られます。

武岡選手一人の問題ではなく、ではどうすればいいのかということをきちんとトレ-ニングから変えて行かなければ、この問題は解決しないと思います。

もう一つは終了間際のシーンですが、左サイドからカウンター気味に攻め上がる柴崎選手のドリブルに対して、ここでも踵体重のまま足をちょこんと出しただけの対応で、あっさり抜かれてしまいました。

柴崎選手の上りを余裕を持って見ているポジションにいたにもかかわらず、寄せも遅く実際の対応は「え?」というくらい軽率に見えてしまいました。

もちろん疲れはあったでしょうが、もう少し何とか必死なプレーをして欲しかったように思いました。

これまでこうして個人的な分析というか、私なりに思ったことを書いてきませんでしたが、今回是非という言葉をいただきこういう記事を書かせていただきました。

けっして個人的に欠点を探して問題にしているとかではなく、本人にもし参考にしてもらえるところがあれば嬉しいです。

とくに小林選手に対しては、もう少し私がしてあげられたことがあったのではと思うこともあるので、これからもっともっと良い選手に成って欲しいと思います。

J1リーグも残り3試合となりました、最後までサポーターを勇気づけるプレーをしてほしいと思います。

夢は語るもの

私には子どもの頃から描いたというか、追い求めてきた夢や目標と言ったものが残念ながらありませんでした。

野球が大好きだったので、野球選手になりたいという夢はありましたが、それとて歳を重ねるごとに現実は見えてしまうわけで、早々に諦めてしまいましたが。

逆にその時々に目の前にあることに対して、おそらくは誰よりも真剣に立ち向かうことが、現実的な目標となりました。

そう言うと聞こえが良いですが、後先のことを考えず、今何ができるのか、どうすることが最善なのか、それしか考えることができない人間でした。

そんな私の行動や考え方は時として理解されず、誤解を通り越して反発を招くことにもなりましたが、仕事に関して言えば、私が欲しているのは目の前にいる人間の体をいかに早く確実に回復させていくかの一点でしたので、周りの声はまったく意に介していませんでした。

これまで曲がりなりにもこの仕事を続けてこられたのは、そうやって真剣に向き合い、もちろん衝突したりすることもありましたが、結果として私の言動のすべてが、私心を捨てたその選手のためのものだったと思ってくれた選手たちが、その時には色々あったにしても、時を経て改めて私との時間を思い出してくれた時、ああいう人が必要だったんだと思ってくれたことで、立場を変え指導者となっていった彼らからの依頼を受け、新たな環境へと挑戦を続けてきました。

最初から私のやり方を理解してくれる選手は少なく、ぶつかることも多々ありましたが、立場を変え指導者となった時、私の言動を振り返り、自分の為を思って言ってくれた言葉だったと理解できる部分も出てくるようでした。

それでも私の選手に対するスタンスは変わりませんので、指導者は分かってくれていても選手とは同じことの繰り返しということが多かったように思います。

そんな私を、「この人は変わらないな、でもこういう人がスタッフにいてくれなければ」、そう思って頼りにしてくれた指導者の元で仕事をさせてもらえたことは幸運でした。

野球、サッカー、日本を代表する人気スポーツの仕事を、両方深く経験しながら、他の色々な種目の様々なレベルの選手を相手にしてきました。

サッカーに関しては、Jリーグの誕生から今日まで3クラブを経験させていただきましたが、実際のところ未経験者で特に好きかと言われればそうでもなかった私が、自分の培ってきた能力がサッカーという競技に絶対に必要不可欠なものであると思うようになるとは考えてもいませんでした。

三年前のちょうど今頃、翌年から加入するチームのために、これまでやってきたことをどうやって伝えればいいのか、今までに経験したことがないくらい一生懸命考えていたと思います。

そんな中で生まれた結論とまではいかないものでしたが、こういうことを教えれば必ず監督が目指すサッカーができるようになると確信し、方法論を構築し準備していきました。

実際に指導する日が近づくにつれ、今までに描いたこともないような壮大な夢というか目標にできるものを見つけられた気がしました。

私の中では初めての経験でしたが、夢は語らなければと、言葉にしていたと思います。

それは、私が考える体の使い方や、ケガや故障に対するアプローチに仕方、また個人としての能力を向上させるための動きづくりのトレーニングを実践することで、個人としてチームとしての結果を残し、私の考え方が定石セオリーとなることで、サッカーのみならず日本のスポーツ界に一石を投じることができるのではと思ったのです。

そのためには自説を曲げるわけには行きません、私の考えていることは机上の空論ではなく20数年にわたって真剣に積み重ねてきた経験に裏打ちされた事実だからです。

そういう仕事の専門でもない人間や経験も浅い人間に、どうのこうの言われる筋合いはないのです。

ただ少し功を焦ったところがあったかもしれません、分からない人間に対しても、それなりの説明をしなければ、コミュニケーションが取れるはずはないですから。

そんなことを含めて様々な経験の中で、やはりこういう考え方でこういうトレーニングを行わなければ、少なくともこれ以上の進歩はないと確信しました。

しかし、それを伝える対象がなくなってしまいました。

それでも自分の中での考えは深まる一方で、個人でも団体でもとにかく向上心を持って指導を受けてくれれば必ず役に立てるという信念の元に、2年間対象は少ないですが指導を続けてきました。

私の考え方は間違ってはいないと思います。

それぞれがそれぞれのレベルで進化し変化を感じてくれています。

西本塾や個人指導を通じて、私の考え方は確実に広まっていると信じています。

しかし残念ながらその範囲は限定的で、まさに知る人ぞ知るというレベルを超えることはできていません。

今までの人生の中でもこんなに一生懸命考えたことがないというほどの自信作と呼べる考え方ですから、これをこのまま小さな世界で終わらせたくないと考えることも間違いではないと思います。

そのための方法としては、やはり「メジャーな組織で結果を出すこと」 が、多くの方に知っていただく一番の早道だと思います。

選手自身はもちろんのこと、対戦相手も、見てくれているサポーターも、誰の目にも明らかな変化を生み出し、ボールも選手も動き続ける美しいサッカーを見せることで、どんな練習をしたらあんな動きができるのだろう、どんな体の使い方をしたら90分間動き続けられるのだろう、相手があることですから、すべてが勝利にというわけには行きませんが、見ているすべての人たちが納得できる楽しいサッカーを演出できれば、それだけでサッカーに対する見方が変わると思います。

そしてそのノウハウにも注目してもらえるでしょう。

トップチームだけではなく、下部組織の指導から全て一貫した考え方で行えれば、数年後には下部組織からの昇格選手が大半を占めるチームとなり、地元の応援のボルテージも上がるでしょう。

クラブだけではなく、その地域の他の組織の選手たちにも影響を与え、サッカー王国○○などという言い方も復活するかもしれません。

そうなればその取り組みが全国に広がり、90分間頭と体を動かし続けられることは当然のこととなり、その上に監督それぞれの戦術が加味されれば、Jリーグは世界に通用するプロリーグとなり、もちろんそんな中から選ばれる日本代表チームは世界を狙うレベルになって行く。

どうでしょう、これを単なる机上の空論や夢物語にしてはいけないと思います。

たくさんの人が応援してくれるサッカーというスポーツ、世界でも一番競技人口が多いと言われているスポーツです。

もっともっと強くなってもらいたい、にわかサッカーフアンの私ですらそう思います。

その夢を私が叶える環境はありません。

もう二度とないかもしれません。

でも夢は語っておかなければ、誰の耳にも届きません。

幸いにも私から真剣に学び続けようという人が何人か出てきました。

そんな人たちが、私が蒔いた小さな種を育て、花を咲かせてくれる日がきっとくると信じています。

どんな形であれ、今私が描いている夢を語ることは自由ですし、そんな私の夢に共鳴してくれる人がいるかもしれません。

何かの縁でこんな仕事を長く続け、こんなことまで考えるようになりました。

あの時、一大決心をして広島を離れなければ、そして新たな挑戦に挫折して悔しい思いを持って帰っていなければ、今こんなことを考えることもなかったでしょう。

人間それぞれ夢があっていいと思います。

誰に何と言われようと、夢を語るのは自由です。

その夢の実現に自分の能力が少しでも役に立つと本気で思えていることだけでも凄いことだと思います。

サッカー選手という夢を叶えるために、自分のプレー集を作ってJクラブに、自己PRDVDを送りアピールしたことがきっかけで夢を叶えた選手の話を聞きました。

そんな選手に比べれば、自分から何の行動も起こさないで万にひとつの奇跡を待っている私は、本気でそうなりたいのかという部分でまったく足りていません。

ただ私は自分から売り込むのではなく、今までやってきたことを評価してくれる環境で仕事をしたいという、甘いかもしれませんがそういう気持ちです。

もしそんな奇跡が起こったら、今度こそ骨を埋めるつもりで夢を実現させるために頑張りたいと思います。

さて、明日はここ広島で、広島対川崎の試合が行われます。

どちらにとっても負けられない、大事な試合になると思います。

どちらのチームにもお世話になりましたが、今はどちらのチームにも関わりはありません。

まだ仕事の都合が決まりませんが、川崎から遠路応援に来てくれる、私自身も応援していただいたサポーターの皆さんにお会いするために、できればゴール裏に行きたいと思っています。

みなさんには本当にお世話になりましたから。

57歳、夢を語るには遅すぎるとは思いません・・・。

思いは届かずとも、そして伝えなければならないこと

今日は書いておきたいことが2点あります。

一つ目は、昨夜というか、日付が変わった深夜に頂いたコメントですが、ここで紹介させていただき、私の思いを付け足したいと思います。

初めてコメントをいただく方でしょうか、「たけ」さんから届いたコメントです。

こんばんは、毎度更新を楽しみにしております。

さて、今回書かれた文章とは、そこまで関連があるわけではないのですが、ACミランの本田選手がここ1年ほど、あまりにも姿勢が悪く、トラップミスが多く、モタモタしているような印象を受けます。

何か重大な疾患をかかえているのではないかとずっと気になっています。

背中を使わなくなって他の部位を痛めたか、逆に、怪我のせいで姿勢が悪くなっているのか……。

仮にそうであれば、西本さんの意見が彼の耳に届くような環境が整備されないものかと、部外者の身勝手ながら、願う日々です。


たけさん、コメントありがとうございます。

私は子供の頃から根っからの野球小僧でした、加えてこういう仕事をしていますので、野球を見る時にも、ひとりの野球フアンとしての目線ではなく、ついつい選手の動き自体を見る癖がついてしまい、純粋に応援したり試合を楽しむという感覚にはなりません。

私見ですが、野球とサッカーのフアンを比較すると、野球という競技はプレーが止まっている時間の方が長いので、見ている一人一人が監督になったような気分で、選手の起用や作戦面にまで感情移入が出来てしまい、一言言いたいということが多いように思います。

一つ一つのプレーに対する感想が、見ている人によってそれほど違わないのも野球の特徴のように思います。

サッカーの場合は、決めれらた時間の中でプレーが流れていますので、プレーそのものに集中して一喜一憂しやすい競技だと思います。

その上で勝った負けたがあり、試合が終わったのちに選手個々のプレーや監督の選手起用、また戦術の批評など、それぞれが違う感想を持ち寄って話が盛り上がることでしょう。

共通しているのは、フアンの皆さんが心からチームや選手を応援してくださっているということです。

そういう意味でサッカーは、サポーターという呼び方をするのではないでしょうか。

しかしあくまでもフアンやサポーターは、現場の外の存在であり、チームや個人に対して本来の意味での発言権がないのは当然です。

それでも今回頂いたコメントのように、選手個人に対しても思い入れがあって、私のような人間の言うことが選手本人に届いてほしいと思ってくださる方もいます。

有難いことですが、実際に現場に携わる人間たちには、私の声はまったく届いてはいないと思います。

もし関係する人間が、私の意見を見聞きしたとしても、実際に関わっているわけではない人間に何が分かるのか、現場はそんなに甘いものではないと一蹴されてしまうことでしょう。

私がこれほどまでに真剣にサッカー選手の動きを分析し、改善の余地ありなどと本気で言えるようになったのは、ごく最近のことです。

野球の投手の投球動作に関してなら、すでに20年前から私の中では確立されたものがあり、本気で取り組んでくれれば今以上の活躍を保証できる自信があります。

不思議なもので、もうサッカーには縁がないと思っていたにもかかわらず、最後に関わったチームを不本意な形で離れてしまったことが、今の私のサッカーに対する見方を確立するきっかけになったのですから、人生何が起こるか分かりません。

コメントをいただいた本田選手に関しても、かなりの数の動画を時間をかけて見てきました。

今日のブログではあえて実名は使いませんが、このブログを最初から読んでいただいている方には誰のことかすぐに特定できる人間です。

彼はサッカー専門のライターとしてかなり以前から本田選手を追い、海外のクラブに移籍してからも、その動向は現地に行って取材していて、ある意味近しい存在だと思います。

私の本田選手に対する分析は彼の依頼を受けて行ったものがほとんどですから、こうすればいいもっと良くなるのにという提案ももちろん知ってくれています。

素人考えでは、彼の口から私の意見が伝わればいいのにと思わないこともありません。

しかし現実にはそれほど簡単なことではないでしょう、選手と取材する立場には大きな隔たりがあります。

いくら顔見知りになっているとはいえ、いわゆる友達ではありませんし、選手からしてみたら、自分のことをすべて話すはずはありませんし、自分のことを取材者側が本当に分かっていると思うはずもないと思います。

本田選手くらいになれば、個人的にアドバイスをしてくれる専属のトレーナーやトレーニングコーチのような役割を担う人間が必ずいるはずです。

私などがそこに割って入っていける隙間はないでしょう。

そんなことは百も承知で、選手個々の心と身体の動きを私なりに分析し、こうすればもっと良くなるという所があれば、それを言葉にすることを続けてきました。

そんな私の言葉を、一般の方が見てくれて、本人に届けられないものかと思っていただいているのですから、私としては本当に有難いことだと思います。

同じような仕事をしている人たちから見れば、私の言っていることなど机上の空論で、現場では通用しないと思っている人がほとんどかもしれません。

しかし私は過去現在そしてこれからも、私ならできる、私にしかできないと本気で思って仕事をしています。

誰が認めようと認めまいと、私が思う分には誰に迷惑をかけるわけではありませんから。

そして実際にその機会が与えられると、結果は残してきたつもりです。

チームの場合は、同じことを説明し実際に指導しても、選手個々が元々持っている能力や理解力に差がありますから、ある選手にとっては私が大きな存在価値を持つこともあり、またある選手にとっては他の同じ立場の人間と同じ感覚でしかなかったり、はたまた意見が違えば迷惑な存在でしかなかったかもしれません。

そういう意味では組織よりも個人を相手にした方が、私の本領は発揮しやすいのかもしれません。

個人であっても、その取り組み方が私の納得できるものでなければ、良い結果に結びつかないことは当然のことですが。

いずれにしろ、コメントをいただいたように、本田選手に限らず他の選手に対しても思う所はたくさんあります。

話を聞きたい、指導してほしいと言ってくれるのなら、ヨーロッパでもどこでも飛んで行きたいくらいです。

例えば1週間毎日つきっきりで指導出来たとしたら、絶対に意識も動きも変わるでしょう、本人がそれを望み自ら行動して私を必要としたなら、必ず変えられると断言します。

誰かに勧められたとか、複数で指導を受けた中の一人だという状況では難しいかもしれません。

変わりたいという人間と、変えられると思っている人間が、本気でぶつかり合わなければ大きな変化など起こるはずはありません。

大ぶろしきを広げていると言われようと、お前に何が出来ると言われようと、私は何を言われても構いません。

私を評価できるのは、変化を本当に望み、一緒に戦った選手たちだけですから。

今日の2点目です。

前回も記事にした伸筋優位の体の使い方、屈筋を使うことがなぜよくないのか、前回だけではありません、このブログの中で終始一貫訴え続けていることです。

日本語というのは本当に難しく、同じことを言い表すのに色々な言葉が使われたり、一つの言葉に対しても、その受け取り方はまったく違うものになったりします。

その一つに、「力んではいけないとか、力を抜いて」という言い方があります。

どちらも実にあいまいで、受け取り方が違えばまったく違うものになってしまいます。

力まないという言い方は、まだ共通認識がしやすいかもしれませんが、「力を抜く」という言い方ほどあいまいなものはありません。

「力を抜く」、短くすれば「脱力」となりますが、まったく力を入れない状態が脱力ではないという意味が、正しく理解できている人はどれくらいいるのでしょうか。

ゴルフでもゆるゆるのグリップを推奨するプロがいますが、ゆるゆるとはどれくらいの強さなのか、共通認識が持てません。

人によってはゆるゆるすぎてクラブを投げてしまうのではという人もいますが、人間の本能で、ボールをとらえる瞬間には必要最低限の強さで握ってしまうので、実際に投げてしまうことはほとんどないと思います。

それでもやってみる前に、言葉で理解しようと質問を繰り返す人が多いのも日本人の悪い癖です。

今日アメリカ戦に勝利したラグビー日本代表の選手たち、タックルを受けたりしたりする時に、体の力を全部抜いて脱力してしまっては、誰がどう考えてもおかしなことになってしまいます。

私が対人のコンタクトで指導していることは、「屈筋の脱力をしてください」ということです。

この感覚は体験してみないと言葉での説明はほぼ不可能ですが、全身を、つまり屈筋も伸筋もという意味ですが、緊張させてしまうよりも、屈筋の緊張を押さえ、伸筋のみを使ってコンタクトする方が、自分も楽でなおかつ相手に対してダメージを与えることが出来るという事実です。

この部分を正確に伝えることができなければ、力を抜くことが良いとか、脱力した状態こそが正しい動きができるなどという言葉に惑わされてしまうことになるのです。

「伸筋は使わずして使われている、伸筋もそれ自体を使おうという意識を持ってしまった時点で、本来の働きが出来なくなってしまう」、これは紛れもない真実です。

脱力することが良いとか悪いとかではなく、伸筋と屈筋をどういう意識で使っているか、そこがすべてなのです。

日本語というのは本当に難しいです、人の心をくすぐるキャッチコピーは必要でしょう、しかし、本質が伝えられなければ意味がありません。

トレーニングはどんどん新しいやり方が考えられています、それらを行うために新しい道具が工夫されたりもします。

トレーニングの目的は、何を行うかではなく、求められた動きに対して、自分の体をどういう意識で動かしているのか、脳で意図した動きを神経を介して筋肉に伝え収縮させるという行為を、反復継続して行えるようにすることです。

それが出来なければ技術の向上もありません。

こんなトレーニングをしたら上手くなりますなどという安易な発想ではダメなのです。

今動いている体をどういう意識で動かしているのか、力むとか緩めるとかいうレベルの話ではありません。

前側(屈)の意識を消すトレーニング

私が知っているのはスポーツヘルニアという呼び方で、元をただせばいわゆる脱腸のことですが、今はグローイングペインという呼び方をする症状があるます。

脱腸というのは飛び出してしまう状態ですが、そこまではいかないけれども、踏ん張ったり下腹部に力を入れると鼠蹊部の辺りに痛みが出て、思い切った動きができないというのが選手の訴えです。

一度痛みを感じてしまうと、何をやっても気になって、もうどうしていいのか分からなくなってしまう選手もいるようです。

それに対しては局所的な治療が主で、あまり効果を上げていないのが現状のようです。

局所の痛みをかばうために、他の部分というよりも全身の緊張が高まっているため、まずは体全体の緊張を取りバランスを整えてあげることが先決だと思います。

その上でないと、本来の痛みの場所や原因を特定できません。

まずは安静時や日常生活レベルの痛みの軽減です、気にしすぎていますから安静時というか日常の歩行程度でも痛みを訴えたりします。

もちろん最終目的はトップレベルのスポーツ選手としての動きを取り戻すことですが、いきなりそこにはもちろんいきません。

過去何人かそんな選手に関わりましたが、今現在関わっている選手とのやりとりに中で、改めて発見したことがありました。

「背中を使えていない」ということです。

これはそういう選手に限らず、私が見てきた選手全般に言えることで、ひいては日本人の特性なのではというところまで思っています。

踏ん張って動き出す、踏ん張って止まる、前にも横にも上にも、360度地面の反力を最大限に使うことが、体を動かす最も基本的なエネルギーの獲得方法だと思わされてきました。

そのためには筋力を鍛え、より強い反力を得ようと努力します。

そのためのトレーニングはほとんど屈筋を鍛えるものでした。

鍛えれば鍛えるほど、筋肉はその過程を忠実に再現しようと頑張ってくれます。

ここ一番に活躍してくれるのは、鍛えに鍛えた屈筋です、筋肉は本当にいいやつなのです。

屈筋の起始と停止部分は、その瞬間的な筋収縮によって引っ張られ、付着部には大きな負荷がかかります。

これが痛みの原因となります。

伸筋だって同じじゃないかと思われるでしょうが、屈筋は短い時間しか収縮できない代わりに瞬間的な力は伸筋よりも得ることができます。

その感覚を頑張っていると感じてしまうのです。


しかし、鍛えれば鍛えるほど付着部が受ける負荷は高まるので、残念ですがトレーニングをしたからといってケガを予防するということとは比例した効果は得られません。

これまでもいろいろ工夫をして、いかに伸筋を稼働させるか、言い換えれば屈筋を使わない、もっと言えば屈筋の意識を消すということが、一つの目標になっていました。

体の仕組みを説明し、伸筋の有用性も理解してもらってからトレーニングを始めますが、分かったつもりできているつもりでも、実はやはり屈筋はでしゃばってきてしまいます。

何年何十年の積み重ねは、そう簡単に変わるものではありませんから。

グローイングペインを訴える選手の場合、このことが解消できなければ、完全に元の動きを取り戻すことは不可能だと思います。

これまで行わせてきたトレーニングでも十分その効果はあると思っていますが、毎日一緒にトレーニングを行う環境にない場合、その意識を完全に体になじませることは容易ではありません。

もっと強烈に背中を使うという意識がわかるトレーニングが必要でした。

今回それが見つかりました、このトレーニングを何セットか行っていくと、ラットプルダウンという種目で扱っている重量が、1セットごとに軽く感じると言います。

体験した方は分かると思いますが、肘関節を曲げる上腕二頭筋という屈筋を使って行っていたものが、広背筋を使って骨盤と背骨の連動で動かせるようになると、全く違う感覚になります。

それを高いレベルで感覚できることが、屈筋を全く意識しない動き方、屈筋の意識が消えた状態と言えるのではないでしょうか。

あまりにも腰背部への刺激が強いため(これはこれまでその部分が使えていなかったということの証明でもありますが)、最初は腰の部分に痛みを訴えたりしますが、全く無視してトレーニングを続けさせます。

私がやって見せて、こんなに簡単にできることがプロの選手としてできないことのほうがおかしいと納得させて、なぜできないのか、どこが使えていないのかを体で理解させます。

言葉で説明するのは難しいですが、腹筋運動のようなものを広背筋のみで行うという感覚です。

この動きを徹底的に筋肉に教え込んでいくと、骨盤が理想的な角度を保ってくれるようになり、前側の筋肉に頼る必要がなくなります。

そのうえで、ステップワークや手投げのボールタッチの基本動作を行わせると、痛みを感じていた場所が働かなくていいのですから、当然痛みが少なくなっていくということになります。

もちろん一度や二度というわけには行きませんし、炎症が起きている場合は、それが収まるまでの時間は必要となりますが、炎症が治っても痛みが消えるわけではありませんから、このトレーニングは治療と並行して行う必要があります。

こういう痛みに対して有効ということだけではなく、動きづくりのトレーニングのベースとして、もっと重要視していかなければならないと思います。

誰かに手伝って貰えば道具もいらないので、FBTに加えて西本塾でも指導していこうと思います。

20年以上同じような仕事を続けてきましたが、相手をなんとかしてあげたいという気持ちがある限りは、新しいアイデアというか方法は生まれてくるものだと思います。

また今まで行っていたトレーニングが、別の意味を持っていたことに気づかされたりと、私の中での変化や進化はとどまることがありません。

今の治療やトレーニングに満足ができず、何か自分にあった方法があるんじゃないかと考えているのなら、一度私の元を訪ねてみてください。

一緒に考えれば良い知恵が浮かんでくるかもしれません。

連係連動、指導してあげたいこと

昨日一昨日と出雲大社から松江観光を楽しんできました。

一月くらい前に企画して、ある方が同じ行程を詳しく説明してくださっていたブログを参考にして、行程に関しても準備万端整えての旅行となりました。

言い古された言葉ですが、金がある時には暇がなく、暇がある時には金が無いというのは本当です。

今はその後者の方ですが、これまで四人の子供の子育てを頑張ってくれて、私を自由にさせてくれた家内との時間を、今こそ大切にする為にも、こう言う機会を大切にしたいと思っています。

出雲大社には、10年くらいだったと思いますが、私が書いた本の中に太極拳の動きに関する記載があったため、それを見ていただいた出雲市太極拳協会の方から連絡を頂き、市町村合併で協会の組織も大きくなるタイミングの記念の行事に、講演と実技の指導を依頼されて伺った際に、せっかくだからと出雲大社まで連れて行っていただいたことがありました。

短い時間でしたので、拝殿や本殿を駆け足で参拝したことしか覚えていませんが。

そして松江には、今年仕事ですでに2度伺っています。

様々な縁が繋がって、今回の行く先を決めました。

こんな形で本格的に観光目的の旅行をした事はほとんどありませんでしたが、とても楽しい旅となりました。

どこに行っても、些細な事かもしれませんが、一言言いたくなるような出来事に出会う事は少なからずあると思います。

今回の二日間、全くそんな事がありませんでした。

入場券を売っている人、駐車場のおじさん、掃除をしている年配の女性や男性、堀川めぐりの船頭さん、宍道湖サンセットクルージングの船長さん、あげればきりがありません。

言葉を交わした人、働いている姿を見させていただいただけの人、そのすべての人たちが温かく迎えてくれました。

誰一人として仕事だからと義務的に働いているように見える人がいませんでした。

おもてなしの気持ちが自然に伝わってきます。

武家屋敷の庭で草抜きをしていたおばあさんなど、なんでそこまで一生懸命できるのかと思うほどでした。

皆さん作業をしていても、挨拶をすると笑顔で返してくれました。

いろいろなものをたくさん見て体験して、何より心がほっこりする二日間でした。

出雲と松江の皆さんありがとうございました、また行きたいと思います。

さて旅行記はこれくらいにして、先日トレーニングに来てくれたサッカー選手の指導の中で、改めて感じた事を書いておきます。

一言で言うと「体の連動を使わなければ損だ」という事です。

損得という言い方は適切ではないかもしれませんが、この感覚を使わず、ただ力任せに体を使う事は、やはり違うなというかもったいないという事です。

静止している物体が動き出すためのエネルギーを生み出す為には、3つの動きを組み合わせる事が理想であるというのが私の主張です。

まっすぐ立った状態から、どちらかの方向に倒れようとすれば、当然ですが倒れた方向に足が出て体を支えようとしてくれます。

この時いわゆる筋力はほぼゼロで、無意識な動きです。

前方向だけではなくて360度どの方向でも同じ事が起こります。

次は落下です、立った状態で体を支える膝の力を抜けば上体は足下に崩れ落ちますから、そうなってはいけないと思えば、体のどこかが無意識に働いて落下を防ぎます。

背骨を引き起こす事がメインになるので広背筋が主役になってくれると思います。

3つ目は背骨が連なって捻られると言う動きです。

背骨は骨盤から連なって首の部分までたくさんの骨で形成されています。

当たり前の事ですが、どこかだけを動かす事はできません。

顔が左を向き続ければ、背骨はそれに連なって左に回り続け、最終的には体全体が左を向きます。

単純な事ばかりですが、この事をきちんと理解して使いこなす事は、体の持っている能力を効率的かつ最大限に発揮するための最低限必要な事だと思います。

ところがほとんどの人は、こう言う事を知ってか知らずか、こう言う時はこの部分を使ってとか、ここで踏ん張ってとかいう感覚でしか動いていないような気がします。

自分がそうやって動いているのですから、相手もそうやって動く事が当たり前で、お互いが暗黙の了解というのでしょうか、それが前提となっているので相手の動きの逆を取るというフェイントが成り立つのだと思います。

ところが、そうでない動きができる人に対しては、まったく無力で対応ができない事になります。

にも関わらず、それが自分の筋力不足に原因を求め、その対応をはかろうとします。
逆に動きの本質を理解している人は、周りが常識としている動きをあざ笑うように、自分の思う方向へ進んでいくことができます。

私が指導する事は難しい事ではありません。

まずはゆっくりと連動動作の確認作業をしてもらい、踏ん張らなくても頑張らなくても体を移動させられる事を実感してもらうのです。

自分の動きが出来てくると、次に考えるのは相手との接触プレーです。
ここでもこれまでの常識を捨ててもらわなければなれません。

大きくて強い人が、歯を食いしばってぶつかる事が絶対ではないと言うことを。

これも体感しなければ、理解不能な感覚ですが、分かってしまうと不思議でもなんでもなくなります。
今ラグビーが盛り上がっていますが、ただの体当たりでは無い感覚がきっとあると思います。
個人的にはあんな大きな人にぶつかりたくはないですが。

こんな事を時間をかけて説明し、体験してもらうと、どんなレベルの選手であっても今以上に向上させられる余地は必ずあると思います。

疲れにくい走り方を身につけても、いわゆる素人目にはその変化はわからないかもせれません。
監督やコーチにもアピールするには地味すぎるかもしれません。

それでも、自分の思った事をやり続けることができれば、主張している90分間走り続けるではなく、頭と体を動かし続ける能力が高まるわけですから、私が応援できない部分、何がしたいかという、私の技術の定義である「自らの意図(企図)した事を反復継続して行う事のできる能力」の中の、自らが意図したという所は、まさにそれぞれの選手の頭の中の問題で、ここにこそセンスという言葉を使ってもいいのではないかと思います。

学校時代の成績という事でななく、自分が何をしなければならないかを考えられる頭脳は絶対に必要だと思います。
そこに私の提唱する体の使い方を身につけてくれる事が、個人としての能力を向上させる絶対条件だと思います。
これが揃っている選手こそが超一流となりえます。

そこに届いていると思われる選手は残念ながらほとんどいませんので、チャンスはいくらでもある思います。

指導者にまだそれを見極める目がなくても、結果に現れてくれば認めざるをえないでしょうから、選手が指導者を育てるという事も今は必要かもせれません。

連係連動は目に見えづらいですが、見えるようになると種目に関係なく、また一般の方の日常動作も含めて、人間の動きを見る事が楽しくなります。

そしてそれをどう活かすか、活かせなければなんの役にも立ちません。

私が凄い事が出来るとか分かるとかいうのではなく、当たり前の事を当たり前だと気付いただけですから、必要としてくれる人のために丁寧に伝えていこうと思います。

黙々と草むしりをするおばあちゃんと、私のやる事に何の違いもありません。

一生懸命やるだけです。


本当の意味での健康法を伝えるためには

このブログを書き始めた当初から、なんとなくではありますがみなさんにお約束してきたことがありました。

11年も前に、講談社+α新書から上梓させていただいた、私の唯一の著書である「朝3分の寝たまま操体法」と言うタイトルの本が、有難いことに版を重ね多くの方に読まれています。

続編を望んでいただいたり、より具体的で一般の方々の健康管理に役立つ内容の本を書いて欲しいという提案もいただいていました。

さらには講習会というのでしょうか、直接指導をさせていただく機会も作りたいと思っていましたが、健康教室のような形では未だに実行できていません。(福田さんごめんなさい)

書店に並ぶ健康法の類は、ほとんどが短絡的で、どこを揉んだらどこが治るとか、腰痛の時にはこうしたらいいとか、まさにお手軽な内容のものが好まれていると思います。

しかし、本当にそれで良い結果が得られるなら、もう新しい何かは必要ないはずなのに、次から次に生まれては消えていくのが現状です。

結局本質に迫ることはできず、本当の意味での解決策になり得ていないことは歴史が証明していると思います。

書籍だけではありません、テレビ番組の健康を扱うコーナーでも同じことが繰り返されています。

短い時間でいかにも効果がありそうなやり方が説明されています。

それも全く同じことの繰り返しです。

私がこうして訴えている、体を部分で捉えるのではなく、丸ごと一つの存在として捉えることで見えてくることを追求することなく、方法論をいくら並べても仕方がないのです。

私がブログに書いていることは難しいかもしれません、それは自分でもわかっています。

それをあえて主張する内容はもちろん変えることなく、一般の方に読んでもらった時、「なるほどそういうことだったのか」という感覚になってもらえることを一番の目的とし、なおかつ具体的な方法論も織り込みながら、私の考えを理解していただき、皆さんがいつもカバンに入れて持ち歩いて、一通り読んでいただいた後なら、その時その瞬間に自分にとって必要なページを開き、「そうそう、こういう時はこういう考え方でこういう風にやれば、今の体に効果的だ」と思ってもらえる、体の手引きのようなものを作りたいと思いました。

そういう内容にするためには、私一人の力では無理なのですが、家族に漫画の部分を書いてくれる協力者ができたことで、そろそろ本気で考えようと準備していました。

そして今回満を持して、今でもお世話になっている当時の編集担当者にお話しし、企画を提案させていただきました。

それから1月が過ぎ、昨日返事がありましたが、残念ながら出版社からのゴーサインは出ませんでした。

もうわかっていることではありましたが、書きたいもの読んで欲しいものと、読みたいもの書かせたいもの、そして売れるものは違うということです。

今回の企画は私なりに勝算というか、多くの方のお役に立てる内容にできるという自信がありました。

しかし既成概念の壁はここでも高く、出版社の判断は一般の方が求めているのは、やはり短絡的な症状ごとに対応できる方法論だという判断のようです。

このブログを読んでくださっている方々にはわかっていただけると思うのですが、このブログの内容を本当に一般レベルに落とし込んで実用的な内容のものができたとしたら、絶対に役に立つと思うし、もしかしたら買ってみようかと思ってもらえる人もいると思います。

しかし残念ながら、今回の提案は実現できません。

残念には思いますがこれが現実です。

健康管理や施術方法、またトレーニングの理論も含め、私の考えていることやってきたことは、いわゆるセオリーとはなっていません。

広く一般の方にも伝えられるチャンスをいただけるかもしれないと思いましたが、もっと時間をかけて地道に自分の考えを発信し続けていくしかないようです。

このブログの読者が、毎日千人単位にでもなれば、どこかの出版社の方から声がかかるかもしれません。

これまでこういうお願いはしてきませんでしたが、私の考えに共鳴していただいたなら、周囲の方にもこのブログを紹介していただき、多くの方に読んでいただきたいと思いますので、よろしくお願いします。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。

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