私らしくあり続けるために(雑感)

今朝の広島は朝から雨、肌寒い冬らしいお天気です。

冬は冬らしく、夏は夏らしくでないと、色々なところで問題が起こってくるのですね。

では私が私らしくあるということはどういう状態を指すのでしょうか。

自分が思っていることと他の人から見る私らしさは、もしかしたら全く違ったものかもしれません。

普通の会社員からの方向転換を志してから、早30年が過ぎました。

もし人生をどこかの時点からかやり直すことができるとしたら、今やっていることをもう一度やり直してみたいとは思わないような気がします。

いわゆる会社勤めの仕事には、おそらくつかないと思いますが、今のような仕事を同じようにやりたいかと言われたら、返事に困ってしまいます。

その一番の原因は、なぜ私がこうなって行ったかを自分が一番分かっていないからです。

そういう意味で私の人生は、まさに「あみだくじ」のようだ、という表現を使っています。

今目の前にあることに対して、自分ができる精一杯のことをやり切ることだけを考えてきました。

考えるというよりも、考えている余裕もなく、次から次へと押し寄せてくる難題に対応することで精一杯でした。

後先のことも考えず、誰かが導いてくれるのでもなく、自分のできることをやり通していく、そうするとまた次の難題が待ち受けていて、それが今までの環境と違う場所であったりした時には、1年先2年先の自分がどうなっているのか、想像しにくい方を選ぶというか、こっちを選べば色々な意味で安定するという方には進まないようにしてきました。

その結果が今の私です。

同じような仕事をしている人のプロフィールを見ると、まだ30歳くらいの方でも、すでに何千人という単位で施術やトレーニングの指導をしてきたと書いてあるものを目にすることがありますが、その頃の私はまだ会社勤めをしていましたから、スタートが遅く、とてもそういう方々にはかないません。

仕事としてから20年以上になりますが、そんなにたくさんの人数を相手にしてきたとはとても思えません。

私が誇れるのは数ではなく、相手に対して自分の能力を常に全力で発揮し続けてきたということだけです。

もちろん力不足で、私の思いや技術が通じることなく、お役に立てなかったこともあったと思いますが、それでも自分の中では相手のためにベストな方法をとったと思っています。

トレーニングと施術という、ある意味相反することの両方を仕事としていますが、そのどちらも相手にしているのは生身の人間であるということです。

方法論ではなく、心の部分というか、体に対する考え方を変えていただかなければ、本当の意味で動きを改善することも、痛みから解放されることもできないというのが、私がたどり着いた結論でした。

お金を頂いて行っている仕事です、決められた時間の中でマニュアルに沿った内容で対応することも一つの方法であり考え方だと思います。

そのマニュアルが明確であればあるほど、人に伝えやすいし広めて行くことも簡単なのかもしれません。

私にはそれができませんでした、おそらくこれからもできないと思います。

動きを良くしたい、痛みから解放されたい、漠然とした目的は同じであっても、同じ体の人間は二人といないし、心の部分はもっと複雑です。

誰に対しても当てはまるマニュアルなど存在するはずがありません。

それでも私は「結果責任」という言葉にこだわってきました。

どんな目的を持ってきた人であれ、「必ず、なるほどそういうことか」と納得させ、1時間であろうと4時間であろうと、その変化を実感させ、これをやり続ければ必ず自分は変われるという期待を持って帰ってもらえるレベルまで指導したいのです。

自分の年齢を考えても、勢いだけでは走り続けられないところが出てきました。

そのせいか、一人一人に対して今まで以上に結果にこだわるようになってきました。

スポーツ選手であれば、ほとんどは自分の子供のような年齢です。

そんな彼らに対して、単に仕事として接することが難しくなってきました。

もし自分の子供だったら、そう思うと、もっとできることがあるのでは、もっとこうやってくれれば変われるのにと、父親のような気持ちで接している自分に気づいてしまいます。

もちろん本当の子供であっても、親の思ったようには育ってくれませんし、巣立ってしまえば、便りがないのが元気な証拠ということもあると思います。

こちらがどんなに感情移入したとしても、相手はその場限りの指導者と選手という関係だとしか思ってはくれないかもしれません。

それは仕方がないことですが、だからこそ私は真剣に接したいのです。

そんな思いが少しずつ届くようになったのか、近況報告や指導内容に関する質問など、連絡をしてくれる選手が出てきました。

私にとって何よりも嬉しいいことです。

昨日も競輪の山賀雅人選手から、トレーニング後初レースの報告の電話がありました。

勝ち負けのはっきりする競輪という競技ですが、だからこそその過程である体の使い方に興味を持ってくれ、トレーニングの指導を受けてくれたのですから、そういう内容の話をしてくれるということは、私の伝えたかったことはしっかり伝わっていたということで、何より彼の競技生活に確実に良い変化をもたらせ続けることを確信させてくれました。

同じようにサッカー選手からも連絡が届いています。

これまでこういうことがなかったので、相手がどうこうではなく、もしかしたら私自身が変わった証拠かなと思っています。

現役時代から変わらずその関係が続いているのが、今や日本一の名監督になってくれた森保一君かもしれません。

選手はある意味目先の結果が第一です、そのために努力をしているのですから。

私が主催している西本塾でも、同じ気持ちで指導をしています。

単に私の経験や技術を学ぶためではなく、本当の意味で誰かの役に立てるようになるためには、なにを知っていなければならないのか、それをどう使えばいいのか、いつも言っている枝葉の部分ではなく、物事の本質を極めて行く姿勢を学びにきて欲しいと思っています。

ここでも、そんなことより技術を教えて欲しいと思ってくることは当然のことだと思います。

そうであったとしても、2日間の中で、そうではない部分に気づいてもらえるように、考えて指導しているつもりです。

数年前までの私のモットーであった、「来るもの拒み去る者追わず」からは少し変化してきましたが、それでも私の体力気力を振り絞って、真剣に向き合う二日間に参加してもらう人は、相変わらず私の感覚というか、送られてくる受講動機から伝わってくる、私から何かを学びたいという真剣さで判断しています。

私はこういう人間ですと、ある意味隠すところなくこのブログで公開しています。

申し込んできてくれる相手のことは、私は何も知りません、どんな人がどんな思いで受講を希望してくれるのか、その文章からしか判断のしようがありません。

申し込み要項にそって、箇条書きのような方もいれば、その方の全てが伝わってくるような熱い文章を送ってくれる人もいます。

どんな内容であれ、判断するのは私です。

この人には伝えたい、伝えたことを誰かのために役立てて欲しい、そう思わせてくれた人に対してでなければ、私の2日間は報われませんから。

これまでたくさんの方に参加していただきましたが、選手たちと同じように、その後の近況報告を届けてくれる人が少ないことは残念に思います。

他の講習会に参加した時と同じ感覚で、まさか私がそこまで期待しているとは思ってくれてはいないのでしょうね。

3月出版予定の本のために時間を取られ、ブログの更新が滞っていますが、書き始めると言葉が止まりません。

今回の本の内容も、とにかく自分の体のことを知る努力なくして、どんな健康法を行っても意味がないということを言いたかったのです。

操体法から始まって様々な経験の中で積み重ねてきた私のやり方が一番だとか、他のやり方がダメだとか、そんなことを言うつもりはありません。

まずは自分の体のことを知る努力して欲しい、そのためには体と対話するという感覚が必要なのです。

言葉にも文法というものがあります、体との対話にも文法のようなものが必要なのです。

それが今の時代を反映するように、伝わればいいとう言葉になってしまっていることと同じように、お手軽にその場限りの対症療法で済ませようという人が多いと思います。

そんな人たちのために、少しだけ自分の体のことを考える時間を作って欲しい、その時の役に立てるものを書いたつもりです。

校正作業が続いていますが、私の担当する文字パートは最終段階にきました、もうひと頑張りです。


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指導するということ、立場による違いを超えて

昨夜のU23日本代表選手たちによる、オリンピックアジア予選の準決勝は、深夜までしっかりテレビ観戦しました。

私がサッカーの試合を見る時には、戦術や個人の能力に対しての先入観もないので、単純に動きの良し悪しという視点で見ることが多くなります。

もちろん勝ってほしいという気持ちはありますが、たとえ相手チームの選手であっても、今の動きは良いなと思えば、そこで声が出てしまうこともあります。

今回は試合の途中で気になったことをツイートするということは行わず、最後まで見届けたうえで気になったことがあればという気持ち見ていました。

ほとんどの選手は、名前も顔もまったく知らない選手たちで、この予選の中で少し覚えたかなという程度でした。

ですからまったく先入観なしに、一つ一つのプレーを観察することができました。

今朝起きてネットで試合内容に関する様々な感想を見ていると、まさに同じ試合を見ても、それも延長戦を制して劇的な勝利を収めてくれた選手たちに対してのコメントとは思えない辛辣なものもありました。

それはそれで個人の感想として否定はしませんが、国を代表して戦うという選手たちの姿に関しては、今回出場している監督や選手たちは、私にとっては納得のできる戦い方をしてくれていると思いました。

目的は日本というチームが勝つことで、それによってオリンピックという大きな舞台に駒を進めることです。

そういう意味では、W杯予選に出場しているフル代表の選手たちも何ら変わることはありません。

しかし、今回の戦いぶりを見ていると、どこかフル代表とは違う雰囲気を感じるのです。

悪い意味ではありません、U23の選手たちの方が日の丸を背負って戦っているという強い気持ちが伝わってくるような気がしました。

それがなぜなのか、自分の中でも色々な答えが出てはきますが、一番の理由は指導者の考え方ではないかと思いました。

勝負事ですから、まずは勝つことが最優先でしょう、その戦いの中で日本というチームのコンセプトというか、スタイルを構築していくとか、新たな戦力を発掘していくとか、その他にもいろいろなことが要求されながら、最終的に勝ってくれという命題が突きつけられるのが、チームを率いることを任された監督の仕事でしょう。

最も大きな舞台の一つであるオリンピック、指導者としても大きなチャンスであり、同時に大きな責任を背負わされることになります。

私にはもちろん縁のない世界ですが、今の私の仕事に置き換えてみると、個人を相手にしている仕事ではありますが、その一人一人に対して私なりの「結果責任」を感じながら仕事をしています。

その責任の範囲は、私に対して何を求めてくれているかということに比例します。

私のブログを読んで興味をもったから、直接話を聞きたいということが動機なら、そこには何の責任も生じないことになります。

しかしブログを読んで、自分の現状に何か少しでもプラスになることがあると感じていただいたのなら、それを実現させるという責任が発生します。

例えば同じサッカー選手という立場であっても、現状置かれている選手としての立場がそれぞれ違うのですから、求める高みも当然違ってくることになります。

先日指導を受けに来てくれた競輪選手は、S級1班という競輪選手の中でもトップランクに位置する選手ですが、その中でも頭一つ抜きんでた選手になりたいという目標を持ってきてくれたのですから、私の指導もより細かい部分にまでおよび、一切の妥協は許されない状況を作らなければ、到底その目的に達するための協力などできるはずはありません。

私の元を訪れる選手のほとんどが、そういう真剣な気持ちでやってきてくれます。

そんな中でも私が一番本気を感じるのが、「教員」という立場で指導をしている人たちです。

野球であれば、甲子園という明確な目標があり、それを達成するために何をするかということが指導者としての最大のテーマとなります。

当然のように結果を残している名監督と呼ばれている方たちの元に指導を受けに行くことになります。

しかし、私にはその考え方にどうしても納得できないところがありました。

まさに勝つことだけが目的となってしまい、高校生という人生の基礎を学ぶべき時期に、本来の教育というか指導ができているのかという問題です。

私ですらそんなことを考えるのですから、現場で指導している教員の方々の中には、もっと真剣にこの問題を考えている人がたくさんいると思います。

もちろん野球だけの話ではありません、自分が学生時代に経験したこともない競技の顧問になって、何をどう教えていいのか分からない、たとえ競技歴があったとしても、それと指導することはまったく別の話で、生徒たちのために本当に自分は役に立っているのか、自分は指導者としてこれでいいのか、本来の仕事ではない部活動の指導というところで、様々な問題を抱えている教員の方が本当に多いと思います。

昨日電話をいただいた方もそんなお一人だと思いますし、過去に学びに来てくれた教員の方々もまったく同じ気持ちだったと思います。

テレビ中継されるような種目でもない限り、どんなに結果を残したとしても世間に知られることもないでしょうし、給料が上がるわけでもないでしょう。

それでも休日返上で生徒たちに接している教員の方々に対して、ご苦労様ですという言葉はかけられても、指導方法に文句を言えるはずはないと思いますが、現実にはそんなことが当然のように言われ、多くの悩みを抱えているというのが現実のようです。

そんな方たちに私が何を教えてあげられるのか、それは勝つための方法論ではなく、人間の体に仕組まれたからくりを正しく理解し、体に無理をさせることなく、安全に確実に上達できる動きの基礎を学んでいただくということに尽きます。

逆に言えば、その根本を知らないままに枝葉の方法論に終始しているからこそ、選手たちの体を痛め、技術の習得を遅らせ、結果として勝利に結びついていないということです。

最後まで負けないチームは一つしかありません、負けという現実に対して納得できる過程を歩ませてあげることが、指導者として最も大切なことなのではないでしょうか。

そのために知っていなければならないことがたくさんあるのです。

それらをあえて見て見ぬふりをして、勝つための方法論だけを求めている指導者のなんと多いことか。

プロの世界ならそれも許されるかもしれません、勝つために選手を集め、勝つための練習を課し、それが習得できない選手は切り捨て、その過程の中でけがをした選手も見捨ててしまう、そんな非常な世界でもあります。

教員の方々にそんなことが許されるはずはありませんが、いわゆる強豪校ではそんな現実があることも否定できないでしょう。

そんなジレンマと、何をどこで学んだらいいのかも分からないまま、日々生徒と向き合う中で、私の考え方に出会い、もしかしたらその中に自分が求めるヒントが隠されているのではないか、そう思ってコンタクトを取ってくれる方に対して、私はどんな一流のプロスポーツ選手に対するとき以上の結果責任を感じます。

もしかしたら多くの若者の人生を左右するきっかけを、間接的とは言いながら私が作ってしまうかもしれないのですから。

先日指導させていただいた大阪旭高校の野球部員たちに対しても、冒頭の30分間が生活指導のような話になってしまったことは、まさに私が枝葉の方法論を教えるために来た人間ではないと言いたかったからです。

それぞれの立場で真剣に悩み、向き合おうとしている指導者の方々、そんな方々のお役に立てることが私の中にあると感じていただけたのなら、どうぞ私のところに来てください。

どんな立場であれ、どんなレベルの選手を対象にしているのであれ、相手にしているのは同じ人間です。

本気でぶつかれば必ず届くと思います。

その本気を手に入れるためには、自分が納得できる理論とある程度の実践力が必要です。

今年も私には現場で指導する環境はありませんが、そのおかげで多くの方々と一緒にたくさんの経験をさせていただけるようです。

「誰かのために」、一緒に頑張りましょう。

平均点では物足りない。


昨夜もサッカーのオリンピック予選の試合が行われ、前半だけですがテレビ観戦し、私の提唱する体の使い方を実践できている選手を探そうとしましたが、残念ながらそういう動きを確認することができませんでした。

私が提唱する動きというのは、あらゆる競技の一流選手たちの動きに共通する、最大公約数とでもいうべき体の使い方を指しているのであって、私が考え出したとか、ある選手だけが特別な動きができるというものでは無いことは、このブログを通してずっと言い続けていることです。

ですから、昨日の日本選手たちの動きが取り立てて悪いということではありません。

その年代を代表する選手たちであることは間違いありませんから。

ただその中から私をあっと言わせる様なプレーを見せてくれる選手がいなかったと言っているだけです。

全員それなりの選手たちなのでしょうが、みんな平均点の選手に見えて、誰かにボールが渡るとワクワクするという感覚になる選手はいませんでした。

私が見つけた最大公約数の動きは、世界の超一流選手たちの動きから導き出されたものですから、普通に誰もがその動きができているわけはありません。

しかし、それを特別なものと諦めてしまっては、永遠に世界基準に追いつくことはできないでしょう。

私の行っていることはなんとなくわかったが、今までそういう観点で人間の動きを見たことがなかったし、そういう指導を受けたこともないまま指導者になってしまったから、どうやって選手に指導したらいいのかわからない、そんな言葉を聞くことが多くなりました。

そうなると当然ですが私に求められることは、それを伝えるための方法論ということになります。

それを求めて指導を受けに来てくれる選手も、少しずつ増えてきました。

確かに方法論は必要です、ただその方法論がなぜ有効なのか、何を目的としてこのドリルを行うのか、その根本の部分がわかっていなければ、まさに形だけのトレーニングとなってしまいます。

逆に言えば、今まで行ってきたトレーニングでも、その根本の部分がわかっていれば、意識が変わり動きが変わってくるのは当然です。

試合前にピッチ上で行っているマーカーを並べてのステップワークを行う際も、とにかく早く動くことが目的であるかの様に、体の前側の筋肉を使って、ほとんどすべての選手が体を前かがみにしながら行っています。

普段のトレーニングでも同じだと思いますから、海外の一流選手たちの様に、骨盤をしっかり起こしたままでおへそからスッと前に動き出すという、スムーズな動作ができる様になるはずがありません。

そこに我々日本人に共通の頑張ることの美学が幅をきかせているのだと思います。

その動きの目的は、そのドリルを素早く行うことではなく、ボールを受け取ったり蹴ったりドリブルしたり、相手との体の接触に負けないことなど、別の大切な目的のためにその目的地に移動したり、またその最中の動作であるはずなのです。

それなのに、肝心な動きとは別の、ドリルの動き自体が重視されてしまっていることをおかしいとは思わないでしょうか。

走り方などまさにそうです、陸上競技の選手の様に腕を振って膝を引き上げて、などという動き方を行っている局面がどれくらいあるのでしょう。

もっと自分たちに必要な動作を直視するべきだと思います。

というわけで昨夜は前半のみをテレビ観戦し、後半は見ませんでした。

ツイッターで気になるシーンがあると、リアルタイムでツイートしていますが、毎試合毎試合、私の思うことはいつも同じで、私がどんなプレーに何を感じているのかと、期待してくださっているフォロワーの皆さんにとって、何一つ面白いことをつぶやくことができていません。

もちろんプレーしている本人たちに届いているとは思っていませんが、こういう時にはこうした方がいいという私の指摘を、読んでいただいた方が、毎回同じことだとしても、なるほど確かにそういう風に見えると、ご自分のプレーや指導の参考にしていただいているとしたら、それはありがたいことなのですが、それにしても「今のプレーはこういう動きがいいです」と、自信を持ってお手本にして欲しい体の使い方が、見られないことは残念を通り越してとても寂しいことです。

最近のA代表の試合でも同じことです。

もしかしたら私の指導を間接的に受けた育成年代の選手の中には、私を唸らせる動きを見せてくれる選手がすでに誕生しているのかもしれません。

西本塾生の皆さんや、個人指導を受けにきてくれた方の中で、自分が指導している選手で、この動きはどうですかという動画があれば、ユーチューブを通してでもいいので、見せていただけませんか。

ダメ出しばかりでは私も楽しくありません、日本の子供たちの中にもこんな動きができる様になった子供がいますよという報告を待っています。


「体づくりから動きづくりへ」原点回帰

昨日、千葉から来てくれた競輪のS級選手、山賀雅仁選手のトレーニングを指導しました。

まさに競輪選手という体つきで、太腿の太さは私の倍ほどあるくらい立派な筋肉の持ち主でした。

そんな彼が昨年、縫工筋の肉離れというケガをしたことで、後輩の選手から西本塾生の望月さんを紹介され指導を受けてきた中で、直接私の指導も受けてみたいと広島まで来てくれたのです。

私の施設は広島競輪場がすぐ近くなので、土地勘というかこの場所のイメージはすぐにできたそうです。

ケガをしている間に、動かせる上半身についてはこれまで以上にトレーニングに励み、まさに筋肉隆々の立派な体を作り上げていました。

それが望月さんを通じて西本理論に出会い、これまでのただ頑張るトレーニングが実は効果的ではなかったことや、体を整えるという発想なしに、ただ体を追い込んでしまうことこそがケガを誘発し、動きの向上に結びついていなかったことにも気づいてくれたようでした。

彼の口からも、「もしケガをしていなかったら今まで通りのトレーニングを続けていたと思うし、体そのものに興味を持つこともなかったでしょう」という言葉がありました。

競輪選手に限らず、他の競技の選手も同じだと思います。

それぞれの競技に特有なトレーニングの考え方があったり、今世間で流行っているというトレーニングを行うことで、自分は努力している頑張っていると、満足している選手がほとんどだと思います。

その根本の考え方が、いわゆる「体作り」という言葉や、「肉体改造」という言われ方に代表される、数値に現れる結果を求めるトレーニングです。

今の世の中の主流となっている、データ化されたものしか信じない、数字がすべてだと言い切る人たちにとってこれほど客観的な評価ができるものはないでしょう。

そういうトレーニングを誰よりも頑張ったと言い切れる人たちこそが、実はその結果として自分が思い描いた結果に結びつかないジレンマに悩まされているのです。

ここに私が生涯をかけて取り組んでいる「体づくりから動きづくりへ」というテーマが生まれてきたのです。

「動きづくり」の本質は、動きの意識を変えるという所から始まります、たんなる方法論ではありません。

大きいものが強いものが勝つ、何時からそんなことが当たり前に信じられるようになってしまったのでしょうか。

遥か昔、東京オリンピックの重量級で、日本の威信をかけて決勝戦を戦った神永選手が、オランダのヘーシンク選手に敗れてしまったことが、大きな転機だったと思います。

柔よく剛を制すのはずの柔道が、あれだけの体格差があると、なすすべもなく敗れてしまう、そのことを印象付けられたシーンだったと思います。

その後細かい体重別の争いになっていくと、今度は筋力の差が勝敗を分けるという考え方がされるようになりました。

まさにパワー優先体作り優先の考え方が全盛となっていったのです。

15年ほど前に、地元の競輪選手のトレーニングを請け負う際に、参考にしようと観戦に行った広島競輪場で行われた「共同通信杯」という大きなレース、出走していたのは当時を代表する有名なレーサーばかりでした。

朝から最終レースまで、選手の動きを見続けた私が一番印象に残ったのは、最後の直線で抜け出してくる選手のフォームでした。

力みまくって屈筋をフル稼働し、自転車を揺らし、もがき苦しんでゴールラインを超えるのではなく、まったく体がぶれずに伸筋優位の体の使い方で、体全体の力がすべて前に進む推進力になっていると思わせる美しいフォームだったことをはっきり覚えています。

もちろん全員がものすごい体をしていましたが、鍛え上げられた筋肉をいかに効率的に使うかということが、勝敗のカギになると思いました。

私のスポーツ選手に対する動きや体の使い方に対する評価や判断の基準は、どの競技でも変わることはありません。

しかし、そういう日本のトップレーサーにして、その後オリンピック種目に採用されてから、期待されているような結果を得ることができていません。

そうするとやはり、体が違う筋力が違う、やっぱり体作りが大事なのだという発想に結びついていくのだと思います。

ある意味世間がそう思ってくれている方が、私の仕事にとっては好都合かもしれません。

体づくりとは対極にある「動きづくり」をテーマに指導している私の考え方に興味を持ち、活路を見出してくれた選手が、次々と結果を残してくれるのですから。

千葉から来てくれた彼が、地元広島の選手が私のところに一人も来ていないという現実に驚くとともに、出来ればこのまま知られたくない、他の選手に教えたくないというのも、現役の選手としては当然のことかもしれません。

仲間の選手を含め、レースに臨めばすべての選手がライバルであり、負けられない「敵」という関係なのですから。

彼は私から多くのことを学んで帰ってくれました、地元に帰ってからは、改めて望月さんとのトレーニングを続けてくれることと思います。

そうやって二人で成長してほしいと思います。

4時間以上一緒に居て本当に楽しかったです、今朝も質問の続きがあると電話があり、またまた長々と話をしてしまいました。

年末から続いたスポーツ選手の指導、本当に真剣な選手たちとの時間を過ごせて、それぞれの選手の役に立てていることを実感できる、良い仕事をさせてもらっていると思います。

最近私に対する批判的な意見がもしあったとしても、気にならないというか、気にしている時間がもったいないと思うようになってきました。

頭の中で処理できる容量がだんだん少なくなってきたのか、そんな暇があったら目の前の選手のために何が出来るかをしっかり考えないと、せっかく来てくれる選手たちに申し訳がありませんから。

他の考え方を選ぶのなら、迷わずそちらに行っていただけばいいだけのことで、私の守備範囲はそれほど広くありませんから(笑)

ここらで一息つけるかと思いきや、下記に紹介する大学生から個人指導の依頼がありました。

電話では彼のことがよく分からないので、現状や問題点を文章にして送ってくださいと言う依頼に応えて、彼が送ってくれた内容を、彼の了解を得て紹介します。(今のところは匿名が条件ですが)

まさに体作りを追及して行き詰ってしまった典型例として、自分も同じ状況に陥っているという選手はたくさんいると思います。

そういう選手たちのヒントになるかと思い、掲載をお願いしました。

読んで見てください。

僕は11月上旬に西本さんのブログを知り読ませていただいています。

大学のサッカー部に所属していて、昨期はリーグ2部優勝し、今期からは1部リーグに所属することになりました。

チームが調子が良い中、自分の身体のコンディション、パフォーマンスの低下でだんだんと試合に出られないという状況が増えていきました。

そんな中で悩み迷って藁をもすがる気持ちでサッカーに取り組んでいるときに西本さんのブログに出会い、西本さんの理論に出会いました。

今はオフシーズンで、本格的な練習が無い中で動き作りを学び、理解し、身体に覚えさせるのは今しかないと思い、突然連絡させていただきました。

昨年の12月までは、身体の強さ、ジャンプ力、足の速さの為に、東京にあるパーソナルトレーナーの所に通っていました。

僕の考えは、筋肉を鍛えいじめることで超回復をさせ栄養をとり休息をとる、その事でパフォーマンスが上がると思い込みひたすら追い込んでいました。

しかし、身体が悲鳴を上げて疲労が困憊し、試合当日ですらその疲労が抜けていませんでした、そんな中で西本さんの理論に出会い考え方が180度変わりました。

いま、サッカーをする時に意識している事は、まず身体から力みをとり、動くときは骨盤、肩甲骨の連動性を意識し、そして伸筋優位な身体使いをするため広背筋に意識を持って行き骨盤を立てること、そしてダッシュするとき、瞬間的な動きの時など、お腹から走る(肋骨下の空洞のある所、おへその所)ことを意識をしています。

自主練などで自分のタイミングでボールを蹴ったり走ったりする時にはものすごく楽にプレーできました。

練習が本格的に始まり、動き作りを試せるチャンスだと思ってワクワクしながら練習をしました。

最初のパス練習、パスゲームまではものすごく滑らかに、スムースにプレーができ自分の身体ではないような感覚が味わえていました。

しかし、気づかない内に屈筋の方を使っていってしまったのか最後のゲームの時には、先ほどのような感覚でわありませんでした。

この時に、実際西本さんのお話を直接聞き、いま自分がわかっているつもりな考え方を、より一層理解してプレーしなければ、僕の夢であるサッカー選手になることへの可能性が絶たれてしまうと思いました。

西本さんの理論を理解し、実際に体現できれば必然とパフォーマンスは向上し、力みなく自分らしいプレーができれば、可能性は無限大だと感じています。

長々と書いてしまいすみませんでした、自分なりに今考えていることを整理して書きました。2月2日よろしくお願いします。


こういう若い選手の気づきを大切にして、夢先案内人として選手を導いてあげるのが私の仕事です。

過去にも私の元を訪れてくれた選手たちの、お決まりのパターンと言っていいかもしれません。

広島の高校で全国優勝し、大学に進んでプロをめざし、自分は絶対にプロになれると信じ、その時に備えて誰よりもトレーニングに励み、肉体を鍛え上げていくうちに、肝心のサッカー選手としての動きに精彩がなくなり、夢を果たすどころか学年が上がるごとにレベルが落ちて行ったという、現在もフットサルリーグの現役選手から相談を受けた際に、事前に送られてきた手書きの手紙にも、同じような内容が切々と綴られていました。

もちろんそれだけが原因だったとは言いません、それでもその努力の方向が違っていたことは明らかです。

世の中がこういう流れになったことはもちろん私の責任ではありませんが、そうではないことを分かってもらい、本来それぞれの人間に与えられた、持って生まれた能力を、いかんなく発揮するためにはどうすればいいのか。

この本質的な命題を、クリアにしていくために、微力ではありますが選手一人一人としっかりと向き合い、指導を受けてくれた選手たちが結果を残し、その確かさを証明してくれることで、少しずつ本当は何が正しいのかという部分に目を向けてくれる人を増やしていきたいと思います。

いよいよJリーグも各クラブが始動し始め、選手の動きを生で見ることができるようになってくると思います。

私が指導した選手の何が違って見えるのか、期待を持って見て欲しいと思います。

今年は何チームかの試合をチェックしなければならなくなって、そういう意味でも楽しみが出来ました。

一サポーターとしても大いに期待しています。


高校球児を指導して感じたこと

週末連休の二日間、12月の16期西本塾に参加してくれた、大阪府立旭高校野球部の監督をしている井上芳憲さんの招きで、選手たちに対する「野球西本塾」を行ってきました。

現在は野球の直接指導に携わってはいませんが、同じ16期の野球小僧吉田顕宏君も見学どころかアシスタント状態で手伝ってくれました。

私の指導することは、例えば元プロ野球選手や社会人野球経験者が行うものとは根本的に違っていると思います。

そういう意味では、指導者が現状に対してどういう認識をしているかということが一番の問題となります。

たまたま広島に帰ってきた夜に、その日の地元紙に目を通すと、中四国の高校野球指導者が集まって勉強会を行ったという記事を目にしました。

野球という競技特性のためか、攻撃・守備・走塁・投手・捕手・野手と分類したり、さらにはウエイトトレーニングまで、それぞれの専門家、と言っても、その分野で結果を残している指導者の経験談を聞くということになるのでしょうが、そういうことが行われていました。

そのこと自体を悪いとは思いません、指導者が教員であるならば野球を教えるということに関してプロフェッショナルなはずがなく、自分が知り得ない情報を少しでも集めて、チームを強くしたいと思うのは当然のことです。

集まっていた学校の顔ぶれも、甲子園の経験者や、まさにそこを目指そうとしている学校の指導者が多かったと思います。

皮肉なことにというか、時を同じくして私は大阪で府立の公立高校の選手たちに、野球という競技を行うために必要な体の使の仕組みや使い方を教えに行っていたというわけです。

強豪校の指導者から見れば、私の指導することなど基本的すぎて、そんなことは知っているし選手たちも出来て当たり前のことだと思っているかもしれません。

しかし、私が過去指導に携わってきたプロの一流選手から社会人野球選手たちを含め、1人の例外もなく私のいう基本的な知識や使い方ができていませんでした。

指導はその部分から始めなければならなかったのです。

これは大げさに言っているわけではありません、紛れも無い事実です。

だからこそ、ほとんどの選手は故障を抱え、だましだましプレーを続けてきたのです。

そんな選手たちを受け入れ、なんとかしてくださいと言われても、私にも出来ないものはできません。

人口自体が減っていき、スポーツも多様化して、野球部に入ってくる選手たちにも変化を感じました。

40年以上前の話では古すぎるかもしれませんが、野球部に入ってくる選手というのは、それなりにスポーツ万能で、ほかの競技をやらせてもそこそこできる能力を持っていたけれど、やっぱり野球だという強い気持ちがあったと思います。

野球部の雰囲気も他の部とは少し違っていたようにも思います。

それは良い意味でも悪い意味でもそうで、未だに悪い部分が残っていることは当然良く無いことですが、良い意味での規律や礼儀まで失われてしまっていることは少し残念でした。

野球に限らず、スポーツを行う上でまず知っておかなければならないことがあります。

それは自他ともに頑張っていると思えるような体の使い方をしているときには、人間本来の能力を発揮することができないということです。

そのことに関しては、いろいろな例えを見せたり、実際の動作で理解してもらわなければ、言葉だけでは絶対に理解することはできない事実です。

その上で具体的な体の使い方という段取りになるのですが、ボールを投げるバットを振るという動きに対して、なぜどうしてこうやるんだという明確な指導を受けたことも無いし、もっといえば誰でも行っている動作ですから、考えたことも無いという答えがほとんどでした。

ここに大きな落とし穴があるのです。

四つ足の動物が二足歩行の動物へと進化し、二本の手が自由に使えるようになったことでボールを投げるという行為が行えるようになり、野球というスポーツが生まれました。

もともと体に仕組まれたカラクリをうまく使うことができれば、他の動物たちと同じように筋肉や関節を痛めることなく競技が行えるはずなのに、どうして人間にだけスポーツ障害などという概念が生まれてしまったのか、スポーツ医学云々の前に、正しく使えば体を痛めることなく、楽しんで上達していけるという方向性を求めることのほうが大事なのでは無いでしょうか。

2日間そんな思いで選手たちと一緒に汗をかきました。

シニアやボーイズで活躍し、推薦で強豪校に進んでいくのではなく、ちゃんと勉強して公立高校に進学し、その環境の中で勉強と野球を両立させようという選手たちですから、甲子園に出て次の世界に進むことだけが目標になってしまっている選手たちよりも、ある意味私の指導する内容に敏感に反応し、吸収しようという姿勢を見せてくれました。

なぜボールはこう握らなければならないのか、それはボールに正しく回転を与えるため、なぜバットをグリップエンドに近い小指で握ることが正しいのか、ヘッドの重みを使って遠心力を利用し、なおかつ肘の外旋運動でヘッドを回転しやすくできることなど、何も考えないでやってきたことにも一つ一つ意味があって、自分はこうしたいという個性は、そのことがきちんとわかった上で主張できる個性であることを知らなければなりません。

好きなように投げろ、好きなように振れではないのです。

そうした一つ一つの動作の意味がわかってくると、練習に取り組む意識が自ずと変わってきます。

正しい目標に対して正しい努力をすれば、結果は必ずついてくるのです。

ただそこに大阪という土地柄を考えると、入学時点で大きな実力差がある強豪校の選手たちとの差を、2年半の間に埋め、なおかつ彼らを上回るチーム力をつけるというのは、現実的な目標としては正しいとは思えません。

しかし、この過程を知り継続し結果に結びつくということを体験できたとしたら、甲子園に出場したことと同じかそれ以上の何かを高校野球の3年間で経験することができるのではないでしょうか。

そして彼らが成長し、親となった時、また指導者として選手の指導に携わった時、必ずこの経験が生かされると思います。

私の伝えたいことは、甲子園を本気で目指しているようなチームにこそ必要だと思います。

もう一歩殻を破れない何かが足りないという選手たちに、本当に必要なことは長時間の猛練習ではなく、人間本来の体の仕組みと使い方を知ることだということに気づいて欲しいのです。

いつかそんな日がきた時に私から学んだ人たちの出番がきっとくると思います。

それにしても野球のグランドにいる私は、我ながら本当に楽しそうでした。

写真を見ると、普段見せない心からの笑顔が弾けていて、家内からも「楽しかったでしょう」と言われてしまいました。

明日は千葉から競輪選手がやってきます。

一般の方で定期的にトレーニングを指導させていただいている方にそのことを話すと、「その人は何をしにここにくるのですか」と、少し寂しいというか情けなくなるような言葉が返ってきました。

その方は施術に関しても同じで、ある選手の椎間板ヘルニヤが改善したとか、肉離れの選手のケアをしているとか、膝の靭帯や半月板を痛めた選手の施術も行っているということを話しても、「そういう時は何をするんですか」と、まさにあなたに普段受けていただいている施術はなんのために行っているのですかと、聞き返したくなるような言葉しか出てこないのです。

別に弟子入りしてもらおうと思っているわけではありませんから、それ以上詳しい話はしませんが、体は丸ごと一つの存在であるという根本原理が、未だに理解していただけていないことは残念なことです。

競輪選手に対しては、私なりに自信を持って指導できる内容が準備できています。

このことを本人がきちんと理解してくれて、持ってきてくれるというレース用の自転車を使って、ローラー台の上で実感してくれれば、次節開催の競輪でもすぐに結果を出してくれると思っています。

「勝てない喧嘩は買わない」主義の私でしたが、勝ち負けの意味を自分の中で小さくしすぎていたところがあったので、「本人の伸び代をどこまで広げられるか」、お互いが納得できる変化をもたらすことを一つの目標として、様々な競技の様々なレベルの選手に対しても、私の力を発揮していこうと思います。

木を見て森を見ずにならないために。

このブログの副題でもある「木を見て森を見ず」という言葉をここ数日改めて気づかされることが続きました。

年明け早々から三日間、新天地での活躍と言うよりトップレベルの選手としてもう一度輝きたいという強い想い込めて指導を受けにきてくてた選手がいました。

早熟な選手で早くからトップレベルの仲間入りをして海外にまで活躍の場を広げてきたようでしたが、その輝きを失わせてきた原因はやはりケガでした。

例えば膝の靭帯損傷や半月板損傷というサッカー選手にとっては致命的とも言える大きなケガをしたとします。

保存療法ではなく手術という手段をとったとすれば、まさに教科書的なリハビリが始まります。

何週間たったからこれをしてもいい、何ヶ月たったからこれができるはず、そんな判断基準で進んでいきます。

私が問題視していることは、膝をケガしたのだから膝周囲の筋肉を鍛えることで、痛めた部位を守るということが、何にも増して優先されることです。

「そのどこが悪いのか、当たり前すぎてお前の言っていることの意味が分からない」、そんな声が聞こえてくるのは百も承知です。

ではそうやって鍛え上げ万全な筋力を取り戻して復帰した選手が、元のような活躍ができているでしょうか。

もっと言えば、同じケガを繰り返している選手や、完治しているはずの膝を無意識にかばい、体全体のバランスさえ失ってしまって、膝以外の腰や股関節の痛みまで訴えている選手がどれだけ多いことか。

その度に行われることは、膝が痛いから膝の治療、腰が痛いから腰の治療ではないのでしょうか。

痛いところが悪い、痛いところを治す、まさにモグラ叩きのようになってしまいます。

良かれと思って頑張った膝周辺の筋力トレーニング、反対の膝にも負けないくらい、いやそれ以上の筋力や周径囲を作り上げたとしたら、その筋肉は待ってましたとばかり前面に立って負荷を受け止めてくれることに気づいているでしょうか。

そこに落とし穴があるのです、筋肉は本当にいいやつで、教えたことをそのままやろうとしてくれます。

鍛えれば鍛えた分だけそこに、新たな大きな負担がかかるのです。

そうならないための動きづくりのトレーニングが必要なのです。

彼もまさにそうでした、彼に私のことを紹介してくれたエルサマニ・オサマ選手も、その負の連鎖に陥り、その方法論に納得できず、何かが違う、本当に人間の体を理解し向き合ってくれる理論と技術を持った人間がいるのではと探し続けた結果、私のブログに出会い、自分の思いを言葉にしたメールを送ってくれたことから、直接広島を訪れてくれ、それ以来の交流が続いています。

彼も痛いところケガをしたところを治そうと、考えうる限りの手を尽くしてきました。

しかし結果は納得できるものではありませんでした。

私がそうした選手たちに向かう時、まず分かって欲しいことがあります。

半月板や靭帯という組織がそう簡単に傷んでしまうようには、体は作られていません。

半月板という組織は、骨と骨とが直接接触することがないように、骨の表面にコーティングされたような組織です。

滑らかに滑り合うようにするためのものです。

ただその半月板という組織にして、常に滑り合うわけではありません。

骨と骨とが形成する関節部分に、適度な隙間を作り、筋肉の収縮によって骨が動かされ関節の角度が変わっても(これが人間の体が動くということです)、骨どうしがぶつからない様に、さらには一定の可動範囲を超えない様にするための【靭帯】という組織が存在します。

様々な組織が複雑に作用しあって、そう簡単には骨どうしはぶつかることがない様にきちんと仕組まれたからくりがあるのです。

それが予期せぬ大きな外力や衝撃によって、本来仕組まれたカラクリでも支えきれなくなってしまうことで、半月板という組織が骨と骨とに挟まれ傷ついてしまうというのが半月板損傷の機序です。

半月板の部分で済めばまだマシですが、骨の表面まで傷ついてしまうほどの重傷を負ってしまうと、まさに致命的です。

膝の角度を保つためには、内側・外側そして前・後十字靭帯の4本の靭帯でバランスを取り合っていますから、半月板が挟み込まれるほどの状態になったということは、最低でも4本のうち一本の靭帯は生理的な範囲を超えて引き伸ばされているはずですから、半月板損傷イコール靭帯損傷という図式が成り立つわけです。

現代医学はその状況を客観的に画像で判断することができるという意味では本当にありがたい存在です。

私もそれを確認して上で、その後の処置やトレーニングを組み立てる判断をしていましたから。

問題はそこなのです、医療機関に行って画像診断を受ける、その後です。

「こういう風になっています、だから痛いのです」、ケガをした本人や関係者が知りたいのはもちろん現在の状況もそうですが、「ではどうするか」、知りたいこと聞きたいことはこっちなのです。

そこで語られるのは、患部がどのような過程をたどって回復して行くかという一般論であって、今日から、いや今から私は何をすればいいのかという具体的な方法論が語られることはありません。

なぜ言わないか、その方法論を持ち合わせていないからです。

それを私は考え実行してきたのです。

先ずは日にちの薬が最優先で、とりあえず様子をみてくださいで終わってしまいます。

ケガをしてしまったことは事実で、どうあがいてもなかったことにはできません。

なぜ私がそんな選手の体を触って、曲がらなかった膝が曲がったり体重をかけるだけでも痛みがあったはずなのに、歩くどころか走ることさえできる様になってしまうのか。

これがまさに「木を見て森を見ず」なのです。

膝を見ても仕方がないと言っているわけではありません。

ケガをして痛い思いをしてしまった瞬間から、体中の神経筋肉が総動員を掛けて、この膝を守ろうとします。

それが痛めた部分を守ってくれる体の防衛反応であり、ありがたい体の仕組みです。

しかし、ありがたい反面、過剰な反応を示してしまうことがほとんどです。

体は過剰だとは思っていないでしょう、そこに負担がかからない様に他の部分が普段とは違う筋肉の緊張 を維持したり、関節の角度を変えてまで、痛めた部分がそれ以上痛くならない様に頑張ってくれているのですから。

しかし私はそこまでやってくれなくてもいいよと、体に語りかけるのです。

他の部分が過度に緊張してしまうことで、逆に痛めた部分が本来発揮できる能力にまでブレーキをかけてしまっている場合が多いからです。

複雑な動きを表現できる操り人形の糸は、長さや太さそして素材まで絶妙なバランスで配置されています。

そのうちの一本でも本来の機能を果たせない状態になってしまったら、人形全体の動きまで変わってしまいます。

人間の体も同じです。

長い短い太い細い、それぞれの筋肉や靭帯が、本来の役割を果たしてくれてこその体の動きなのです。

全身の筋肉のバランスを整えていくことで、骨格の位置が整い、関節のすき間が回復することで、結果として膝の痛みが軽減したり、腰痛や肩の痛みも軽減できるかもしれないというのが私の考えです。

普段私の施術を受けている方でも、半月板や靭帯損傷の選手の痛みが軽減したという話をすると、「そういう時はどういう施術をするのですか」と聞かれます。

自分が受けているのは腰痛のための施術であって、これで膝の痛みが軽減できるとは思はないのです。

腰痛であっても、私の施術でどうして楽になるのかそれさえ分かっていないのですから、そう思うのも当然でしょう。

まさに「木を見て森を見ず」なのです。

もうお一人、長年お付き合いをいただいている方の奥さんですが、かなり以前に一度腰痛できていただいたことがありました。

その時は私のやり方が理解できない様で、あまりいい顔をして帰ってはいただけませんでしたので、たぶん一度だけだったと思います。

年齢は私と変わらない方ですが、ヨガやダンスと活動的な方で、昨年の11月にジャンプで着地した際に膝に痛みを感じながら、そのうち良くなるだろうと放っておいたら、年末に我慢も限界となり整形外科を受診するとMRIで半月板の損傷が疑われるという診断を受け、腫れ上がった膝から関節液を抜き取る処置を受け、これで楽になりますと言われたにもかかわらず、正月休みの間ずっと痛みが続き、膝は曲がったまま伸び切らず曲げることもできない状態が続いていたというのです。

運悪く私の正月休みと時を同じくしてのことでしたので、休み明けに慌てて電話があり、選手よりもひどい状態でしたが、考え方もやることも同じです、結果は一回で普通に歩ける様になり2回の施術でほぼ全身のバランスは整い、念のために来週またきてくださいで終わりにしました。

半月板損傷が治ったわけではありません、不必要にかばってくれていた他の筋肉の緊張を取り、全身のバランスを整えただけのことです。

膝の患部に本来の隙間ができ、休息を与えること以外に、組織として回復を早めてあげることはできません。

あとはそれこそ日にちの薬で、毎日来て頂いても時間とお金の無駄ということです。

そこを引っ張るのが商売かもしれませんが、私にはそういう商売気は残念ながらありません。
相手のために最良の選択をするのが私のポリシーです。

一般の方の痛みに対する施術行為、健康の維持増進を目的としたトレーニングの指導、さらにはトップレベルのスポーツ選手の能力向上を目的とした知識やトレーニングの指導、もっともっと多くの方の役に立てるようになるために、ここ広島から発信を続けていきます。

そろそろサッカーも来週あたりから全体練習が始まる頃でしょうか、短期間であっても私の指導を受ければ選手の意識や能力は確実に変わると思います。

残念ながらそういう依頼はありませんが、年末年始を含め、私の指導を受けてくれた選手たちが、周りをあっと言わせる動きを見せてくれることを期待しています。

週末の連休は、大阪府立旭高校野球部の指導に行きます。

やっと来たかという感じです、社会人野球やプロ野球の一流選手を相手に結果を出し続けてきたにも関わらず、これまで野球関連の仕事はほとんどありませんでしたから。

子供の頃から考え続けてきた野球という競技に必要な 、ボールを投げる、バットを振る、走るという行為の、なぜどうしての部分からしっかり理解してもらって、継続して取り組める様に指導してきたいと思います。

色々なことをやっていますが、その一つ一つのことから私自身が学ばせてもらうことがたくさんあります。

そんな機会を与えていただくことに感謝して、日々頑張っていきます。

冷静な自己分析と目標設定を行えば必ず結果は出る!

明けましておめでとうございます、今年最初の更新となります。

昨年暮れにはたくさんの出会いと気づきがありました、私の進むべき方向もある程度見えてきたようにも思います。

11月末までは、久し振りにもしかしたらオファーがあるかもと、ドキドキ感を味わいましたが、それも空振りに終わりました。

その代りと言っていいのか、個人的に私の指導を必要としてくれる人が何人か広島を訪れてくれ、改めて自分の存在意義を確認することができました。

今年の個人的な目標というかモットーは、「信に応える」という言葉にしました。

私に対して何を求めてくれるのか、それぞれ違うと思います。

しかし、ここを訪れてくれる人たちが明確な目的を持ってきてくれなければ、私の力をどう発揮していいのか分かりません。

ただ漠然と「動きをよくしたい」ではなく、今の自分に足らないものは何か、それに対してどういう対策をとってきたか、その方法論が正しいものだったのか、そしてその努力の結果、目的に近づくことができているのか、それらをきちんと分析したうえで、私のところに来てくれなければ、もったいないと思います。

その分析が明確にされていないまま、なんとなく私の指導を受ければ何かが変わるかもしれないでは、少し情けないと思います。

ただこれまで自分の問題点を見つけ出すことができたとしても、それをどうやって改善することができるのか、そのノウハウや基本的な考え方を明確に示してくれる相手がいなかったことが、一番の問題だったのではなかったのでしょうか。

そこで仕方がなく、世間で流行っているとか、有名選手が行っている○○トレーニングを行ったり、同じレベルの選手が集まる場所に行って、同じようなトレーニングをすることで、自己満足に浸っていただけではないでしょうか。

その方法論が、自分にとって有効なものであるかどうかを判断する知識や経験があまりにも乏しいと思います。

その方法論がなぜ有効なのか、そのなぜどうしての部分を知る努力なくして、結果だけを求めているから、〇〇トレーニングから〇〇トレーニングへとはしごを続け、同じように指導者も代えていくことになるのだと思います。

これまでの2年間、このブログで私の考え方や、やってきたことをは言葉にしてきたつもりです。

作り話など一つもありません。

その言葉の端々から、自分にとって必要な何かがあると思ってくれた人が来てくれているのだと思います。

さらなる成長をするために、アンテナを高く掲げていたからこそ、私が発信する情報をキャッチすることが出来たのだと思います。

そういう意識の高さを持っている人たちに、もう一つ持ってもらいたいのが「自己分析力」です。

今の自分に何が足らないのか、どういう能力を身に付ければさらに上のレベルに到達できるのかという「目標設定能力」、このふたつをしっかり持つことができなければ、当然ですが自分を変えることなどできるはずがありません。

私のところに来れば何かがあるではなく、自分に足らないもの必要なものを明確にしてこなければ、私は自分の持っている能力を発揮しようがありません。

私が何をできる人間なのかを知ってもらわなければ、期待のしてもらいようもありません。

今年は、私の活動をもっと公にしていこうと思います。

「こんなことができる人なら、自分が足りない部分を何とかしてくれるかもしれない」、そう思ってもらわなければ、私の力を発揮する機会も限られてしまうのですから。

さっそく明日からの3日間、午前中のすべての時間を自分のためにと言ってきている選手の指導が始まります。

週末の連休は、西本塾生で高校野球部の監督をしている井上さんが指導している、大阪府立旭高校の指導に行きます。

さらには競輪のトップ選手の指導と、これまでとは違う形で私の力を発揮させてくれる環境が待っています。

もうオファーを待っている余裕はありません、私を頼って次々と訪れる選手たちや、私がそんな仕事ができることなどまったく関係がなく、ご自分の健康管理の一助にと通ってくれる一般の方々のために、日々全力投球を続けます。

さてここからは、お二人から届いた報告を紹介することで、私の活動の一部を知っていただきたいと思います。

まずは、神戸の西本塾生竹内さんです。

あけましておめでとうございます。
昨年も大変お世話になりました。

人のカラダに対して、本当の意味で向き合うという事を続けてきた2015年になったと思っております。
ここで私の近状・成果報告をさせて頂きます。

先日、人生2度目のフルマラソンに挑戦し、前回のタイムより20分以上縮め、3:56でゴールをする事ができました。
目標の4時間切りを達成する事が出来ました。

週2回、10kmずつの練習でもサブ4を達成出来たのは、西本先生に教えて頂いた動きを継続出来たからと思っております。

いつもよりペースを上げての走りで、途中から脚に痛みを覚えましたが、その時こそアイドリング状態を思い出し、広背筋・骨盤を意識する事でペースを維持する事が出来ました。

まだ疲労が溜まると、自分の意識でしっかりやらないと動きが不完全になり出来なくなるので、そこを次の課題だとは思っています。
課題を解決する為に、継続して追い求めていきたいと思います。

結果に対する喜び・感謝を伝えたく、ご連絡させて頂きました。

2016年も日々カラダと向き合い続け、効率の良い・正しい動かし方を求めて頑張りたいと思います。

高橋秀人選手のこれからの活躍も非常に楽しみですね。青山選手と同様に日本を背負う選手になる事を陰ながら、応援させて頂きたいと思います。

西本先生にとって良い1年になりますように。
本年も宜しくお願い致します。

竹内さんは、西本塾生の中でも何本の指に入ると言っても良い理解と継続をしてくれています。

走る動きに関しても、及第点をつけられるレベルに達しています。

フルマラソンを完走するためには、加えて4時間を切るサブ4を達成するためには、毎日何キロとか月間何キロという距離の目標を掲げ、それをこなしていかなければ、そんな記録で走れるわけがないと思われているところがあります。

それをこの練習量で達成できたということは、とりもなおさず走るという行為を分析し、正しい動きを身に付ける努力をしてくれた結果です。
走ることも人間の動作です、ならばそこには使い方という技術の要素があって当然です。

ところがほとんどの人が、数の論理距離の論理から離れることができません。

ちょうど今見ている箱根駅伝でも、背中の使い方や着地の位置など、私から指導を受けた人が見れば、青山学院の選手たちの走り方が、ブレーキのかかりにくい体の負担の少ない走り方であることはすぐに分かると思います、もちろん私が指導したわけではありませんが、結果が良いということは、過程が良い、速く走れるということは無駄な動きが少ないということです。

次に紹介するのは、現役の選手ですが匿名での紹介となります。

今はオフ期間で、クラブハウスがあいていませんので、近くのジムで教えていただいた筋トレと、近所の公園まで走り、走りやステップの練習をしています。

公園には、なるべく遊んでる子供たちが帰る夕方ころに行っているのですが、見た人は何の動きをしているのだろうと不思議がっていると思います。(笑)

ジムにはスミスマシン、ラットプルダウンのマシンやダンベル等のしっかりした設備がありますので助かっています。
とにかく重量を上げることではなく、良い姿勢で、動きを意識して、広背筋(他のところで頑張らないように)、大腿骨がついている太い三本の靭帯のバネを意識しながら行っています。

トレーニングの時に西本さんに言われたように、顔をこわばらせず、会話しながら出来るくらいの、頑張らないことを頑張るような感覚で、頑張っています。(笑)

走りでは、骨盤の上下運動で大腿骨が自然に振れる感覚で走るには、どのくらいの肩甲骨との連動性を持たせるのがいいのか、振り出した足の膝がどのくらいまで上がるとスピードが出るか、上体の角度がどのくらいならスムースか等いろいろ試行錯誤しています。

言葉にするのは難しいですね。どう試行錯誤しているかうまく伝わっていないと思います。
ただ、自分がこれだと思う感覚をつかんで、実戦で使えるようにしっかり癖付けをしておきたいと思います。

また、今一番楽しく取り組んでいるのが、お腹から動く感覚です!
へそから動き出すというか、へそを引っ張られるというかそんな感覚でいいのでしょうか。

方向転換が本当にパワーのロスなく出来る感覚があるので、公園でゆっくりな動きを何回もやっています。まだ早く動くと足でける感覚があるので。やりだしたばかりなので当たり前ですが。

この動きですが、ジムで筋トレの合間に、バランスボードでくねくね体を動かしていたらすごくやりやすくなりました。
こんにゃくのような、また西本さんがよくおっしゃっている、大きな皮袋の中に水がたっぷり入っている感覚と言いますか、それがなんとなくわかりました!

お腹から動き出して、自然と体の他の部分がついてくるような感覚です。

やはりお腹の柔らかさは大事ですね。固まっていたらこの動きはかなりしにくいと思います。

実戦に落とし込めるように、ゆっくりな動きで何度も反復しておこうと思っています。

また、道路の白線を、お腹から左右に交互に動きながら家まで帰ったりもしています。見かけた人は変なランニングしてるなと思うでしょうね。(笑)

今までに経験のない動きで、それが楽にパワーをあまり必要とせず出来るので楽しいです!

このオフ期間に少しでもスムースに出来るように反復しておきます。
中旬から始動なので、違いを出せるようにコツコツとやっていきたいと思います。

年始早々、まとまりのない、とても長い文章で失礼いたしました。
また報告をさせていただきたいと思います。今年もよろしくお願い致します!!

いかがでしょうか、実際に指導を受けた選手が、どんな意識で何を行おうとしているのか、とてもよく伝わってくると思います。

とくにお腹の使い方の部分は注目です、体幹を固めるトレーニングを行うことで、本来つかえる部分を使えなくしていることに気づいている人は少ないと思います。

こうして正しい意識で体を使うことで、まさになりたい自分に近づこうとしていることが分かると思います。

そういうことです、自分はこういう所が出来ないから、こういう動きができるようになりたいから、まずは自分自身をしっかり分析し、私に期待する部分も明確にしてきてくれれば、たとえ一日や二日の指導であったとしても、きちんと伝えることができ、継続してもらうための指針も示すことが出来るのです。

後はそれを継続して、こうやって気づきたことを言葉にして報告してくれることで、軌道修正をしながら目標に向かって導いてあげられるのです。

私を頼ってきてくれるすべての人の信頼に応えるために、さらに自分の能力を磨いていかなければなりません。

「信に応える」これまで以上に、この言葉を本物にする一年にしていきます。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください
尚、深める会も12月10日に予定しています。

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