速く走り出すための意識。

今日は「動き出しの意識」というテーマを外さないように、このまま書き進めます。

走るという行為については、自分の中では自信を持って指導できるイメージは確立されています。
これまで指導してきた対象者は、例外なくこれまで当たり前だと思ってきた走り方とは明らかに違う体の使い方に驚くとともに、なぜこれまでこうやって走ることが当たり前だと思ってきたのかを、今更ながら不思議だと感じます。

これまでのように地面を強く蹴って、腕を前後に大きく振って、太腿を高く引き上げ、膝から下をできるだけ前に踏み出してストライドを広げるという走り方は、もう二度としたくないし、体がそれをしないだろうと言います。

一人や二人の感想ではありません、すでに150人以上の方を指導してきました。
その全ての方々が例外なく同じ感想を持つことになります。

それでも自分は自分で体験したことしか信じない主義だと言ってくる人がいますが、その考え方を否定するつもりはありませんが、もうそろそろそんなレベルの見識ではなく、なぜ全ての方がそう思うのか、まずは自分で考えブログを読んで研究し実践してみて欲しいと思います。

これまで書いてきたことや指導を受けた方の感想から、ある程度の予想がつかないはずはありませんから。

さて、その走るという行為を指導する中で一番難しいのが動き出しのイメージです。

最初に行ってもらうドリルは、骨盤を縦に使うという、私が歩く走るの基本としているアイドリングという動作です。

私がこの走り方というか体の使い方に行き着いたのは、骨盤に対して大腿骨の骨頭部分が、ストレートに関節しているのではなく、ほぼ90度に折れ曲がった首の部分が腸骨と関節を形成しているという骨格の構造でした。

これは四足動物であればこういう形状でなければ困るわけですが、我々二足歩行の動物に進化してしまってからは、もしかしたらこの首の部分は必要ないと、進化の過程で大腿骨の形状はストレートになっていってもおかしくはなかったと思います。

それがありがたいことにその形状は保たれたままでした。
ならばその形状を十分に生かした使い方を、二足歩行になってからも出来ているか、そこが問題だと考えました。

首を振るような使い方、クランクを使うという言い方をして指導していますが、それを可能にするためには骨盤は縦に動かすことが必要なのです。

その縦の動きに連動して、股関節部分がクランクとしての動きを行ってくれることで、地面を蹴るという感覚なしに、膝が自然に曲がって振り出され、続いて膝から下も筋力を使うことなく振り出されるということが可能となり、我々は重心を移動させるだけで体重を移動させることができて、進みたい方向へ楽に移動することができるのです。

アイドリングの感覚と動きが確認できたら、前に進みたいと思うだけでその目的通りの結果を体が勝手に行ってくれるということです。

難しいことを言っているように聞こえるかもしれませんが、少し傾斜のある下り坂や階段で、後ろから軽く押されたら体がどう反応するか、このくらいの想像はできると思います。

その下り坂を移動する感覚で、平地も歩いたり走ったりできるということを指導しています。

しかし、平地でその感覚を得ることは、最初はかなり難しいことかもしれません。
これまでそういう感覚を持ったことがないからという理由だけなのですが、固定概念である地面を蹴った反力で体重移動が行われるという思い込みを消すことは容易ではありません。

以前スポーツライターの木崎伸也さんにこの感覚を伝えようとした時、実際にやってみればすぐに分かるからという私の言葉を遮り、実際にやったことも私の動きを見たことも聞いたこともない人に、文字の力で伝えるのがライターとしての私の仕事だからと、なんとか言葉でその感覚を表現して欲しいと粘られましたが、言葉の力は無限ではない、感覚でしか伝えられないこともある、そのうえで文字に書き起こすのがそちらの腕の見せ所でしょうと、最後は実際に走ってもらいましたが、未だに彼の能力を持ってしてもこの感覚を文字にして皆さんを納得できるものには出来ていないようです。

私がこうして言葉を書き連ねても全ての人をどころか、ほとんどの人が理解不能なことなのですから、仕方がないことだと思います。

アイドリングからゆっくり動き出す瞬間が分かると皆さん一様に不思議な顔をします。
いわゆる筋力を使っている感覚がないからです。

狭い室内を自由に動き回り、他の参加者とぶつかることもなく移動できる感覚は本当に不思議で楽しいものです。

そのあと股関節の伸展動作を感覚するためにの「ひきづり」というドリルを行ってから、いよいよ実際に外に出て走るというドリルを行うのですが、頑張らなくても気持ち良く楽にスピードに乗れる感覚まではどなたも到達できるのですが、そこで問題になるのが「いかに速く動き出せるか」というスタートや加速感の部分です。

これまでの常識で言えば、地面を強く蹴ってその反力をえることで、その効果を得ようとしてきたわけですが、そのことが筋肉に過度な負荷をかけ故障の原因となり、スタミナを奪う一番の要因となっているという私の考え方からは、絶対にしてはいけない方法です。

ゆっくりなら動き出せることは分かったが、これでは実践的ではないという感想が聞かれますが、一足飛びに全てが身につくと思ったら大間違いで、先ずはゆっくりした動作で確実に体の動きを身に付け、なるほどそういうことかと頭と体が理解してもらう必要があります。

そのうえで、その動きの連動性を高めていくのです。

言葉としてはギアチェンジというイメージではなく、「連動を行ってくれているモーターの回転数を上げていく」という言葉を使っています。

抽象的な言葉ですが、「筋肉の仕事は骨を動かすこと」なのですから、ここでいきなり爆発的な筋力が必要だと判断して筋力を総動員してしまっては、骨の動き連動は全く意識の外に行ってしまいます。

この骨の連動性を一瞬にして高めることが、素早い動き出しであり、スピードの上げ下げコントロールということになっていくのです。

それは骨盤、左右の腸骨の一番高いところをいかに速く引き上げるかということに尽きます。

そのことが股関節の自由度を高める唯一の方法だからです。

それを行ってくれているのが「広背筋」で、その司令塔が上腕骨の小結節部にある筋肉の停止部位ということになります。

細かい名前を挙げると、またその部分にばかり意識を持って行ってしまいそうですが、とにかく背中をブルンブルンと振り回すと言ったらいいでしょうか、体幹部分の後ろ側を固めてしまうのではなく、背中全体をいかに柔らかく動かせるか、これがすべてなのです。

昨日指導した高校生から面白い話を聞きました。関西のあるサッカークラブでは練習時間のほとんどを肩甲骨を動かせるようになるためのダンスのような動きに費やしていると言うのです。
時間がない時にはボールを蹴らないでダンスばかりやっているにもかかわらず、そのチームはそれなりの実力を持ったチームなのだそうです。

仲間にそのクラブの出身者がいて、その話を聞き、私にその是非を質問してきましたが、とても面白い発想の指導者がいるものだと感心しました。

私も以前社会人野球の指導をしている時、「ウォームアップステップ」と名付けた準備運動のようなトレーニングを、どんな場所に行ってもどんなに時間がなくても40分くらいかけて行わせていました。

その中には野球に必要な体の使い方や走る動作のすべてを盛り込んでいましたので、すべての選手が等しく同じトレーニングを行うことができたからです。

背中全体を柔軟に動かせるようにならない限り、地面を蹴らなければ速く動き出せないという固定概念から脱却することはできません。

そのための「フライングバックトレーニング」であり、「腹筋のように見える背筋運動」なのです。

まだまだ私自身、このスタート動作に関しては向上させなければならないと思っています。

もちろん誰よりも連動動作は出来ているつもりですが、もっともっとその連動性を高めなければ、今以上に速い動き出しはできません。

答えが見つかっているからこそ、その道のりは遠いのです。

継続以外に近道は見つかりません。

まずは理論的な部分で納得し、地道なドリルを繰り返し、実際の走るという行為に結びつけていく、皆さんにも地道な取り組みと継続を期待します。


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新著、発売後2週間が過ぎて。(雑感)

新著「1回5分体が喜ぶ健康術」が発売されて2週間が過ぎました。

本の流通経路というものがよく分かっていませんので、なんとも言いようがないのですが、皆さんにアマゾンで事前予約をお願いしたら、たくさんの方がそれに応えていただき、トータルで400近い数になったそうです。

ところがアマゾンに納品されたのが200冊で、当然予約していただいた方すべてに行き渡るはずがなく、残りの分がやっと今日にも納品になるようで、これでやっと申し込んでいただいた方にはお届けできる準備が整うという状態になるようです。

それでもそれ以降は購入の申し込みを受けてもいつ納品されるかわからないわけで、現在取り扱っておりませんという表示が出てしまう寂しい状況になっています。

本の流通は大手の取次会社がその権限を持っているそうで、出版社は基本的にはその取次会社に納品するので、そこからの納品依頼が来ない限り増刷はできないのだそうです。

2004年に初めて講談社から出版させていただいた時には、私自身が広島の書店で直接目にする前に増刷になるとの連絡があり驚いたことを覚えています。

知名度のない私の本が、どうしてそうなったのか今でもよく分かりませんが、今回はたくさんの方が期待して待っていてくれたので、簡単に手に入りにくい状況が続いていることをとても残念に、そして申し訳なく思っています。

信じられないことに、中古品としてありえない値段で出品している人がいますが、もう少し待っていただければ定価の1000円で購入していただけるようになると思いますので、間違っても私の本を5000円も出して買うなどということはしないでください。

今回の本の内容は、まずは一般の方に対しての健康法を指南するという内容が中心で、タイトルもそうなっています。
しかし、書かれている内容をただ見よう見まねで行なっていただくことだけを目的とはしていません。

なぜそういう動きを行うのか、どうしてそのことが体を整えることに結びつくのか、それを知っていただくためには自分の体が、というよりも人間の体はどういうふうに作られていて、どういうふうに動かせばいいのかなど、これまでの健康指南書とは一線を画した内容のものを書いたつもりです。

それでも読み手によっては、「えだお」が描き表してくれた漫画の部分を読んで、腰が痛い時にはこういう体操を、首が痛い時にはこういう動きをやれば少しは楽になるのかなと思って実践してくれる人も多いと思います。

それはそれでもちろん構いません、最初のターゲットはそういう方であることは否定しません。

次に期待するのは、これまでの健康法には飽き足らずというよりも、これまで行ってきたこと、現在も喧伝されている内容が本当にこれが正しいのだろうかと、なぜどうしての部分に対しての答えを探していた人に対して、私なりの答えを提供したかったというのが、一番の主題だと思っています。

その部分に気づいていただいた方にとっては、この本は本当の意味で役に立つものになると思います。

そしてもう一つの側面が、施術をする側の人間に対する提言というか、日々人の体と接する中で、どれだけ相手の体を慮った施術を行っているかを今一度考えるきっかけにして欲しいという部分です。

学校で習った知識や、それぞれの師匠から学んだ方法論に終始していないか、本当に自信を持って相手の体と接することができているか、真剣に考えるきっかけにして欲しいという気持ちもありました。

けっして私の技術や方法論を押し付けているわけではありません、それぞれの考え方があっていいと思います。
ただそれらはすべてお互いが納得できる共通の言語であったり、同じ意識で共有できる感覚である必要があると思います。

一方通行ではなく相互理解の上で、何をどう改善できたのか、どうしてそうなってしまったのか、これからどうすればいいのか、きちんと伝えることができなければ、まさにただの自己満足で終わってしまいます。

自分のためではなく誰かの為に行っている仕事です、施術行為に限らずスポーツの指導者であってもその部分をきちんと整理できていない人が多いような気がします。

この本を色々な立場で、色々な受け止め方で読み込んで欲しいと思います。
そこから新しい何かを、それぞれが見つけて欲しいと思っています。

私事ですが、兄が今月定年を迎えます。
高校卒業後42年間同じ会社で勤め上げ、役職にも付いたサラリーマンとしては成功者と言える人生だと思います。
3歳違いですから、私もそれに近い年齢になりました。

私には定年もありません、自分がもう終わりと思った時が終点になります。

色々な道を走ってきました、まっすぐな道は歩いたことがなかったかもしれません。

だからこそこれから進んで行く自分の道を探している人に対して、良い悪いは別として自分の歩んできた道のりから感じてきたことを伝えて行こうと思っています。

けっして真似をして欲しいとは思いません、どちらかというと反面教師でありたいと思います。

加えて私はまだまだ過去を振り返っている余裕はありません。
まだまだ進んでいかなければなりませんから。

つい最近三男が私の背中を追いかけてみたいと言ってくれました。
こんなに嬉しいことはありません。
ただ、息子を私のコピーにはしたくありません。

私が経験し身につけてきたことを学んでいった先には、息子の人生があるわけで、学んだことをどう生かしてくれるのか、もしかしたら途中で全く違う道に変わって行って良いと本人には言っています。

私が今現在どうしてこういう人生を歩んでいるのかわからないのですから、同じ道などあるはずもありません。
ただ伝え甲斐がある対象ではありますし、当たり前ですが産まれたときから一緒ですから、何か運命的な部分も感じています。

感性も似ているのか、親バカですがセンスも感じています。
とにかく人の役に立つ人間になれるように育てていこうと思います。

最近こんな雑感が増えたのも歳のせいかもしれません。

枝葉の方法論をいくら書き並べても、伝わらないことの方が多いのは初めから分かっていますが、そういう内容を期待されていることも十分承知しています。

ただ、そういう内容はすでに書き尽くした感があります。
暇な時に最初からじっくり読んでいただければ嬉しいです。

昨日の代表戦を見ていても、結局は同じことをつぶやかなければならないことに、少し寂しさすら感じます。

私が何を呟こうと、こうしてブログで考えを書き連ねようと、届かないところには届かないのですから。

それでも3年近く書き続けてきたことで、これまでの常識や既成概念が、自分が正しいと思わされ続けてきたことに対して、何か違うのではと気づいてくれる人も増えてきたように思います。
私の活動はそれでいいと思います。

次回は少し細かいことですが、人間が止まっている状態から動き出すための感覚について、次回の西本塾に備えて準備している内容を、今の私の頭の中を整理して文章にしておきたいと思います。

学ぶ側伝える側それぞれの思い。

今日は私にとって至福の休日となりました。

ゴルフの練習に行った帰り道、糖質制限スイーツのお店でプリンとクッキーを買い、帰ってきてから自分で豆をひいていれる美味しいコーヒーと一緒に味わいました。

これから糖質制限がもっと研究され普及していくことは明らかです。

私は残念なことに糖尿病の宣告で、この事実を知り制限食に踏み切り継続していますが、そうならないための工夫がより求められていくと思います。

さて、先週末は個人指導を受けに来てくれた人が続いて、改めてその意味を考えることができました。

当然ですが、わざわざ私の指導を受けたいというのですから、それぞれに目的があり、私に対しての期待は当然小さくありません。

まず個人指導のメリットですが、当然私とのマンツーマンで、それぞれ希望していただいた時間の指導を受けられるのですから、私の言葉はすべてその方に向けられます。

自分に関係ない話題はほとんどないのですから、まさに個人に対しての指導になります。

逆に西本塾のように複数の人数で私の指導を受ける時には、全体に対して発せられた言葉に対しての、それぞれの反応が違うことを直接目の前で感じることができます。

自分は今言われたことに対してこういう風に捉えたが、他の人はどうやら違う意味にとっているような気がするとか、自分はよく分からない内容だが他の人はきちんと理解している、またはその逆のこともあるでしょう。

人それぞれの感性が、同じ内容でも違う意味に捉えたり、立場の違いで理解できることや出来ないことがあったりと、自分一人だったら気づけなかったことを、たくさん気づかせてくれることは、西本塾の醍醐味でもあります。

今回の三人は、もう何度も広島に足を運んでくれている神戸の竹内健太朗さんから始まりました。

もう5度目になるでしょうか、今回初めて知ったのですが、彼が今仕事をしているのは、高校のサッカー部の先輩で、柔道整復師の資格を持った方が経営する施設で、トレーニングの指導を行ったり、高校のサッカー部の指導に行ったりしているそうです。

理解のある方で、私のところに学びに行くことを認めてくれ、その内容を仕事に直接反映させてくれる環境にあるのだそうです。

こんな経営者の元でなら、私から学んでくれたことは十分次の誰かのお役に立ててもらうことができているでしょうから、本当に有難いことです。

トレーニングに関しては色々な考えがあり、仲間の中には体作りが絶対だという人もいると聞きましたが、相手の目的に合わせて指導してくれればそれでいいと思います。

後半の二人は、ともにウルトラマラソンの経験があるという、二人とも40代の方ですが、それぞれ真剣に自分の体と向き合っている人たちでした。

とくに3人目の土曜日の午後に来てくれた西山さんは、現在もトライアスロンに挑戦中とのことで、とにかく自分のためになるならと真剣に学んでくれました。

そのお二人を指導して思うのは、指導する立場の人間の責任の大きさでした。

色々な指導者がそれぞれの考えを持って指導しています。

指導する側の考え方をどうやって確実に伝えるか、これが一番大切なことだと思いました。

その道の有名な指導者から言われた言葉はある意味絶対で、その内容の本質が伝わっていなくても、言葉として言われたことが重くのしかかっていきます。

「ランニングフォームでもバイクを踏む姿勢でも、とにかく軸を安定させなくてはならない、そのためには体幹を鍛えなさい、あなたは体幹部分が弱いから軸が安定していないんです」と。

もっとひどい言葉は、「体が歪んでいるから、フォーム以前にまずそれを治してから来てください」、そんなことまで言われたそうです。

言われた方は、何がどう歪んでいるのか、どこがどう弱いのか、また軸とはどこか、体幹が安定するとはどういう状態を指すのか、指導する側の意図がまったく分からないまま、言われた言葉に対応すべく、私のような人間のところまで来なければならなくなってしまったのです。

しかし私は、その方の体のどこにも大きな問題を見出せませんでした。

骨盤を中心とした背骨の6方向の可動域と全身の連動性は、歪みがあるどころか及第点以上のとても良い動きをしてくれていました。

走っている姿を見て指摘されたことは、体の使い方にこそ問題があるのであって、けっして体自体の問題ではありませんでした。

当然それを解決できる指導をしてくれなければならなかったはずです。

それがまったくありませんでした。

そこから私の指導が始まりましたが、既成概念にがんじがらめにされたその方の意識を変えるのは容易なことではありませんでした。

ローラー台の上でバイクを走らせるときには、結果として体幹を固定しないことが体を安定させるということに気づいてくれましたが、走るという動作ではなかなか私の言うことが理解できませんでした。

固定するのと安定している状態はまったく違うのです。

これが複数の人間の中で指導を受けていれば、おそらくは自分の考え方の狭さに、もう少し早く気づけたかもしれません。

理論から始まって、その動作を可能にするためのFBTや腹筋のように見える背筋運動などを行ってから、アイドリングや引きづり動作などのドリルを行ってもらいましたが、意外にうまく出来るので、もしかしてと実際の走る動作に移行すると、まったくうまく出来ませんでした。

これではスピードが出ないという言葉も出てきましたが、もしいつものように何人かの中に、うまく出来る人が出てきて、気持ちよさそうにスピードを出して走る姿を見たら、絶対にそんな言葉は出なかったと思います。

金曜土曜と二日間、半日ずつを使って学んでくれた宮元さんは、前回の名古屋での内田さん主催の講習会にも参加してくれていたので、とてもスムーズに私の指導が体に入っていきました。

もう一つ大きな違いは、私のブログをどういう気持ちで読んでいるかということでした。

宮元さんの読んだというレベルと、西山さんのそれには大きな差がありました。

これは読む力というよりも、ブログの中身に何を求めるかという問題意識にあると思います。

真剣に読み込んでくれる人は、コメント欄に送られてきた、実際に指導を受けた人たちの感想も含めて、すでに私の指導を受けたかのような意識でここに来てくれる人がたくさんいます。

学びに来てくれる人の意識と、伝える側の私の意識が出来るだけ同じであることが望ましいのは当然のことです。

私の文章から、自信過剰ではないかという感想を持たれる方もいますが、なぜ私がそこまで言い切れるのか、ブログを最初からすべて読み込み、受講者とのやり取りを読んでくれれば、私がどれだけのことをしてきたのかは分かってもらえると思います。

それでも分からないと言われれば、もうどうしようもありませが。

私は中途半端な気持ちで人に接してきたつもりはありません。

今指導させてもらう立場になって、改めて学ぶ側の姿勢を考えます。

一方的に自分の経験を伝えるのではなく、真剣に学びこれから成長しようとする人たちと一緒に学んでいく、その姿勢がなければ絶対に伝える側にはいられないと思います。

取り留めもない文章になりましたが、誰かを批判するのではなく自らを戒めるために、今回の個人指導から色々なことを考えました。

長く走り続けるためには。

今日も少し書いておきたいことがあって書き始めました。

言葉の力というのはとても大きく強い反面、本当に伝えたいことが正しく伝わって行くかという問題があります。

複数の人間を相手にすれば、そのうちの何人かは分かってくれたとしても、他の人間には伝わっていないかもしれません。

分かったような顔をしてくれたとしても、どこまで理解してくれたのかは計りようもありません。

こうして文章にすれば、何度でも読み返してもらうことができますが、その時々の読み手の感性が、内容を違ったものに感じさせることがあるかもしれません。

高校生の時でした、現代国語のテストで作者の意図を問う選択問題に対して、私はそのどれにも当てはまらないと、文章で回答したことがありました。
もちろん正解となる選択肢があることは分かっていましたが、当時の私の感性では、作者の考えは違うところにあることが自然だと思ったのです。

作者にして、それを書き表した頃とそれより若い年代、また何年か過ぎた時には、自分の書いた文章であっても思うところは違ってくることがあってもおかしくはないと思います。

先生に呼ばれて職員室で話をしましたが、「お前の言っていることは正しいと思う、ただこれはそこを問うている設問ではないことは理解できるよな。お前の感性はこれからも大事にしてくれ」と、バツではなく何点かをくれたことがありました。
点数云々ではなく、人間としての考え方を尊重してくれた先生に今でも感謝しています。

基本的に私は文章を書くことが好きです。
このブログも自らの考えを他者に押し付けることが目的ではなく、あくまでも私がトレーナーとして、もちろん人間としてでもありますが、話しておきたいことを書き綴っています。

理解できない部分や納得できないところ、自分とは考えを異にするところも当然あると思います。

また共感していただいたり、真似てやってみようと思っていただいたとしても、文字だけの情報では分かりにくいと、イラストや写真また動画さえ求められることがあります。

その要求には全く応えていません、何をどう載せても全てを伝えることなどできないことが分かっているからです。

それを目的としたブログではありませんが、ならば何故真似をしたくなるようなことを書いているのか、それも受け取るそれぞれに考えて貰えばいいと思います。

一言で言えば問題提起でしょうか。

自分が当たり前だと思っていることに疑問を持って欲しい、全てはそこからしか始まらないということに気づいて欲しい、そう思っています。

昨日の夜、西本塾生の阪井さんからマラソン挑戦の報告がありました。
その内容は昨日のブログのコメント欄を読んでいただくとして、それに対する私の感想と、以前にも紹介した17期生の方々のライングループで活発にやりとりされている内容を絡めて、走るという動作と3・5・7理論の関連性などを、もう少し明確にしていただけるように書いておきたいと思います。

私が走るという動作を指導するにあたって、もしみなさんが希望されるように、ここに動画を載せることと同じように、お手本となる走りを見せて、とにかくこうやって走ってください、真似をしてくださいと言ってしまっては、全く意味もわからないでしょうし、指導したことにはなりません。

まずは体の仕組みから始まって、何故こういう発想になったか、どうしてこういう体の使い方が効率的で効果的だと言えるのかを、説明しておく必要があります。

形だけを真似できたとしても、その意味が分かっていなければ継続できる人はまずいませんから。

そして、一応の目安として目標にしていただけるように、私の走りを直接見せなければなりません。
それができなければ、ただの理屈に過ぎない机上の空論ということになりますから。

その全てに言葉が介在します。

「ホワンとかユラッとか、全体を一つにして」とか、感覚的な言葉をいくら並べても伝わるわけがありません。

当然共通認識できる最低限の解剖学用語としての骨や筋肉の名前、関節の運動方向も言葉に出さなければなりません。

そうすると言われた方はそちらの方がイメージしやすいため、どこを意識すればこうなるとか、こっちの方が意識しやすい、などという言葉遊びのような状態に陥ってしまいます。

私から伝え聞いた言葉であっても、それぞれの感性で受け取っているため、論議の中では噛み合わないこともしばしです。

それが面白いというか、そういう会話の中からしか、自分の動きを言葉にして、次の段階として人に伝えるということは絶対にできません。

17期生の方々のやりとりは見ていて面白いのですが、たった一度の指導ですからこういう発想になるんだろうなと思う部分も多く、次に伝える人たちのために活かそうと思っています。

走るという行為、特にフルマラソンのような長い距離時間を走り続けるということには、様々な要素が絡んでくると思います。

筋肉の収縮速度を速めるという意味でのスピード、筋持久力、心肺持久力などですが、それを形にするためには無駄のないフォーム、体の使い方という問題はまず一番先に来るべきではないでしょうか。

いわゆる走り込みをして臨んでも、それが結果と比例していないことはトップレベルの選手の結果を見ても明らかです。

今回の名古屋女子マラソンでも、体の動かし方フォームという視点で見ると、木崎選手が私は一番良かったと思います、しかしそれが継続できませんでした。

走る際最も重要な股関節の動き、それを補助するための骨盤のローリング動作、それに連動する背骨、骨盤から腰椎くらいまではしっかりとした反りが見え、胸椎から上はリラックスして「反った猫背」と表現している姿勢をとると、肩甲骨が肋骨の後ろを自由に動いてくれます。

そのタイミングを計ってくれているというか、指揮者の持っているタクトのような役目をしているのが上腕骨の小結節という部分になります。

こうして部分を書き並べて説明すると、またまた知識のある人は、なるほど自分はここが動いていなかったとか、もっとここを使わなければと、頭がフル回転してしまうのでしょうね。

これが言葉で説明することの難しさであり、限界だと思います。

それを恐れずさらに書き加えてみると、最終的にどこが動いて欲しいかというと、やはり骨盤の縦の動きに連動した、股関節のクランク部分を利用して、縦の動きが前方に移動することによって起こる、骨盤全体が8の字を描くようにローリングすることで、股関節が伸展し、膝が自然に前方に振り出されるという状態を作ることです。

この動きがそのままサッカーのキック動作になり、股関節伸展からの膝関節伸展という、体に無理のない自然な動作が可能となります。

他の部分は、それを助けるというか邪魔しないためにはどういう動きをしたらいいのか、という「引き算の発想」で取り組んで欲しいと思います。

どこをどう動かしたからこうできたではなく、この部分の意識を減らしたら動きやすくなった、こんな報告を聞きたいと思います。

さらには3時間以上動かし続けるためには、筋肉に酸素と栄養を供給し続けなければなりません。

まだまだ炭水化物がそのエネルギー源だと信じて疑わない人が多いですが、炭水化物をエネルギー源として走れる距離はたかが知れていることは、すでに皆さん知っていると思うので、脂肪をエネルギー源に使える体に変えてく努力は、年齢とともに必要性を増していくと思います。

このことは、これ以上はブログには書きません、まさに個人的な問題で、直接膝を交えてでないと間違って理解されると大変なことになりかねませんから。

ずっと走り続けているわけですが、筋肉を常に3の方向へ収縮させ続ければ、すぐに酸素も栄養も供給できなくなることは誰が考えても分かると思います。

筋肉が一番リラックスして弛緩している状態を5と仮定するのが私の3・5・7理論です。

引き伸ばされた7ではなく、あくまでも5がリラックス状態です。

ならばどうにかして動きの中に5の瞬間を作る必要があると考えることはできないでしょうか。

そんなことができるわけがないと思った人は、仕方がないのですが、ここ最近の走るという動作の実技指導では、地面を蹴るのではなく、股関節の自然な伸展状態から振り出されていくその瞬間、後方から見れば踵が上がって靴の裏側が見えるその一瞬は、ふくらはぎの筋肉を5の状態だと認識することができるかもしれませんよと、お話ししています。

まさに感覚的な言い方ですが、深める会に複数回参加者してくれているレベルになると、なんとなくそんな気がすると言ってくれる人も出てきました。

ほんの一瞬筋肉をフリーな状態にしてあげることができれば、その瞬間には酸素や栄養が届きやすい状態が作れるのではないでしょうか。

私の指導にはかかとで着地するとか、つま先で地面を蹴るとかいう発想はありません、地面は股関節の少し下、大腿骨の上の方にあって、手のひらと股関節がその上を滑っていくという言い方をしています。

極論ですが、地面と足の裏の関係は意識の中にないということです。

と、こんなことを考えて実行し、自分で納得できれば人に伝える、これが私のやり方です。

筋力不足という自己判断については、今書いてきたことが改善されれば、少し見方が変わるかもしれませんが、基本的にはそういうことはあり得ると思います。

ただそこでジムに通って体づくりではなく、 FBTの3と4の動作を行えば十分下半身、とくに股関節周辺の筋力向上は果たせるのではと思います。

動き出しのイメージ等、まだまだ伝えきれない部分が多いですが、西本塾の回を重ねるごとに参加者のみなさんの反応を見ながら私も工夫を加えているところです。

みなさんの頑張りに応えるためにも、私の頭の整理も続けていかなければなりません。

様々なニーズに対応して。

3月も半ばとなり、もうすぐ桜の便りも届いてくる頃となりました。
広島市内は青空が広がっていますが、まだ少し肌寒く感じます。
明日からは気温も上がってくる予想で、寒がりの私にとっては春の訪れを心待ちにしています。

私の新著、店頭に並んだのが一昨日の日曜日、アマゾンで予約していただいた方のところにも少しずつ届き始めているようです。
私のこの本に対する思いが、皆さんに届くことを願っています。
感想が届くようになれば、またそのことについてはこのブログでも書いていこうと思います。

私の仕事の一つの柱である施術にも、しっかり対応していきたいと思います。

今週は個人指導の予約が入っています。

一人は西本塾生で神戸から来てくれている竹内健太朗さんです。
彼は西本塾に参加した後も、深める会だけではなく、こうして個人指導の形で私からの学びを継続してくれています。
個人や団体の指導に当たっているため、少しでも正しい動きと考え方を身に付けようと、真剣に取り組み、それをきちんと指導に活かしてくれています。

私自身が立ち止まることをしませんので、常に私の最新の理論にアップデートというのでしょうか、上書きを重ねてくれる姿勢は、私にとっても有り難い存在です。

もうお一人は宮元さんとだけにしておきますが、直接仕事としては関わっていないそうですが、私の考え方や動きづくりのトレーニングに興味があってと申し込んでくれました。

さらには体を整える施術も含め、私という存在に興味を持っていただいたようでした。
先日伺った名古屋での講習会にも参加していただき、その熱心さは私も十分感じることができました、とても楽しみにしています。

そして、もうお一人はトライアスロンをされている方です。
特にランニングフォームに関しては、有名な指導者から体の歪みを指摘されショックを受けたそうで、そこを含めての指導になりそうです。

いつも思うのですが、人の欠点を指摘するのは簡単ですが、それを改善するためのアドバイスが出来ないのなら、言われた方は不安が増すばかりです。

先日もマラソン中継で解説を務めていた方ですが、指導を受けにきた相手に対してきちんとした対応をして欲しいと思います。

私もずけずけものをいうタイプですが、どうすれば改善できるのかというアドバイスは最低限しているつもりです。

電話で競輪選手の指導もしたことがあるという話になり、ならば自分の自転車とローラー台も持参して、普段の練習環境に近い中での指導をしましょうということになりました。

さすがに水泳だけは、いくら目の前が海だと言っても、飛び込んで泳ぐわけにはいきません。

それにしてもいろいろな方が訪れてくれるようになりました。
この施設を作って2年半がすぎました。

いつものことですが、人生あみだくじ、行き当たりばったりで先のことを考えたことがありません、と言うより、そんな余裕はいつもありませんでしたが。

それでも常に自分の中では、見るもの聞くものすべてに疑問を持って、自分ならどうするかという思考回路は常にフル回転させてきました。

現実的にはそれらがその場で活かされることはほとんどありませんでしたが、蓄積されていったデータというか、物事を観察する能力という意味では磨かれ続けてこられたのかなと思います。

私の仕事のスタートとなった体を整えるという行為に関しては、今私が言っている枝葉のテクニックを追うことなく、人間本来の体に備わったからくりを追求し続けてきたことで、根っこの部分が少しずつ見えてきたように思います。

今回出版した本には、そのことを少しでもわかって欲しいという思いを込めて書きました。

その作業に比例するように、体のからくりを活かして動くことが、体を痛めつけることなく、効率的に効果的に目的である様々なスポーツ動作に応用できると確信するようになりました。

施術という行為とトレーニングの指導、普通に考えれば全く相反する行為のように思われるかもしれませんが、私にとっては全く同じことを行っている感覚です。

さらには経験したこともない競技、昨年ご縁ができたラクロスなどのように、実際のプレーを見たこともない競技まで、その専門的だと思われている競技動作の指導を行っています。

いわゆるトレーニングの指導者は、基本的には体づくりが主な仕事で、数値で示すことができる成果をもってその仕事が評価されますから、競技種目には関係なく筋力トレーニングとして行うことになると思います。

私は違う意味で競技の種目に関係なくトレーニングの指導を行っています。
そこには数値は介入されません、まさに感覚の世界です。


それは体づくりが目的ではなく、人間の体をどう使うかという「動きづくり」を目的としたトレーニングだからです。

それぞれの競技動作以前に、人間として生まれ持った能力を余すところなく活用できることが大前提となります。
そのうえで、専門的な動作に踏み込んだ体の使い方まで、できる範囲で指導しています。

やったことがなくても、動きを見ればどこをどう動かすことが効率的なのか、相手がどういう意識で体を使っているから、こちらはこういう意識で対抗できるなどと、どうしてそんなことがわかるんだと怪訝な顔をされますが、私がそう思ったことを形にするために、仮説を立て自分で動いてみて良しと思えたものを、実際に指導して精度をあげて行く作業で、十分効果を表すことができています。

何度も言うように私はサッカーは素人で全く経験がありませんが、90分間走り続ける能力ではなく、90分間頭と体を動かし続けることができる能力こそ、サッカー選手に必要な能力と定義して、指導している走り方や体の当て方は、いまや誰に何を言われようと当たり前のことだと思っていて、そのことを理解できないレベルの人たちが指導していることが発展を妨げていると本気で思っています。

他の競技でも同じです、私が経験したことがないからこそ、冷静に動きを見ることができて改善策を見つけ出すこともできているのだと思います。

私が東京で渡辺先生という方に出会ったことで、人生が大きく変わっていったように、私に出会ったことで、その方の人生のあみだくじに新たな線を書き加えることになった人が何人もいるようです。

その方々は、私という人間そのものや、私のやっていることを目標にするのではなく、私が歩んできた道の歩み方に共感してくれているようです。

常に現状に満足せず、なぜどうしてと疑問を持ち、それをどうやって変えていくのか、環境に押し流されることなく、結果的にですが道を切り開いてきた生き方に共感していただいているようです。

それぞれの人生です、誰にも決めることはできませんし、誰も守ってはくれません。
目の前の足元を一歩ずつしっかりと踏みしめていくことしかできません。

まだまだやりたいことがあるのだと思います、それさえ今見えていません。
これまで内に秘めていた思いを、発信し続けることが当面の目標です。

今年も7月に札幌に行くことが決まりました。
西本塾イン札幌ではなく、4月から開業する西本塾2期生の諏訪俊一さんの施設をお借りして、私の本を読んでくれた人を対象とした健康教室や、ランニング教室など、今いろいろなアイデアを検討してくれています。

私にできることと、参加してくれる方のニーズが一致するなら、私は講師として何処へでも飛んで行きたいと思っています。

しかし、ベースはここでの西本塾、2日間ですが真剣に学ぼうという人たちとの時間を大切にし、さらに学びを深めたいと言ってくれる人たちに、私の今を伝えていきます。

全体のレベルを上げるためには

先ほど印刷所からの直送で、私が直接注文を受けていた本が送られてきました。

同じ様にアマゾンにも、そして扱ってくれる書店にも配送されて、皆さんのお手元に届くときが近づいてきました。

もう私の手を離れていった子供の様な存在です。
どういう評価をいただけるのか、楽しみにしています。

さて、本のことはさておき、このブログやツイッターを見たという方からの個人指導の依頼が入るようになりました。

それはとても有難いことで、私の考え方ややっていることに共鳴し、自分の能力を向上させることができるかもしれないという期待を持ってくれることに、私は真剣に応えていかなければなりません。

これまで多くの方が指導を受けにきてくれました。
下は小学生から、上は私よりも年長の方もいました。

トップレベルのプロスポーツ選手から、そこを夢見るアマチュアの選手、またスポーツの指導を専門にしている方から学校の先生、また施術を業としている方、いわゆるトレーナーとして活動している人やそれを目指している人、中には全くそういう立場では無いけれど、私の言うところの体そのものに興味があってと、とにかく想像できないくらい多種多様な方が私の話を聞きにきてくれました。

そのすべての方々が私の考えを理解し、実技では言葉だけでは理解しきれなかった部分を含め、なるほど人間の体はこういう風に動かせば良いんだと納得してくれました。

体を動かすことがこんなに楽しいことだとは思わなかった、走ることが好きなどという人が信じられないと思っていたが、これならもっと走ってみたい、そんな嬉しい感想も聞かれました。

最低でも3時間、長い人だと3日間通ってくれた人もいましたが、1人の例外もなく、来た時と帰る時の表情が全く違い、今すぐにでもそれぞれの環境に戻って、身につけた動きを試してみ たいと目を輝かせてくれました。

ここで私が自慢しても始まりませんが、一人一人に真剣に向きあって、人間の体に備わったからくりを説明し、それがうまく機能してくれるための体の使い方を指導してあげれば、私の方が驚くほどの変化を見せてくれるのですから。

どんなことをするのですかと、今頃聞いてくる人は、このブログを最初から読んでいないだけのことで、読み込んでくれている人にとっては、実際に指導を受けてもらえば、あそこに書いてあったことはこういうことだったのかと、すぐに分かってくれますし、文字だけでは分からなかったことを実感できた、百聞は一見に如かずというのはこのことか、というのも共通した感想でした。

私が言っていることは、他の人と少し違っているということも言われますが、その他の人たちは皆さん自分で検証したことを言葉にしているのでしょうか。

今現在正しいと言われていることを知識として学んだだけで、本当に人間の体と向き合って得られた答えだと言い切れるのでしょうか。

そういう意味で私の言っていることは、すべて体が教えてくれたことです。

私が立てた仮説を実際の人間の体が行ってくれて、結果を見せてくれたその積み重ねに過ぎません。

それを正しいと思わせてくれた選手は、ある意味実験台になってもらったわけですが、それはただの実験ではなく、彼らを少しでも良くするために、私のその時点でのすべての能力を結集して考えたアイデアでした。

幸いなことにそれらはすべて良い結果をもたらせてくれました、もし失敗していたら今の私は存在していないでしょう。

そんな自分なりのプライドと実績を積み重ねて今指導をしていますが、私の考え方ややり方が広まっていかないことの方が不思議でした。

いやそれは当然のことでした、私がそれを広めようとしてこなかったのですから。

現実として指導を受けてくれた選手たち、もちろん一般の方も含めてですが、動きの質が違ってきます。

現在高校生ですが、中学生の時たった一度指導を受けてくれただけの選手ですが、それでも周囲からは彼の動きが他の選手とは何か違うと言う風に見られていることを、西本塾生からの情報で知りました。

こうやって、私の指導を受けてくれた人が活躍し、さらに指導を受けたいという人が増えることは嬉しいことなのですが、指導する側が、彼らの動きに違いを感じ、それが自分の指導をある意味超えたものであると感じたならば、その選手一人の問題としてではなく、チームとして取り組む、それ以前に指導者として新しいことに挑戦するという姿勢にはならないのでしょうか。

今回残念な結果になった女子サッカーのオリンピック最終予選ですが、5試合すべて見ましたが、個人の技術や戦術といった、私の専門外の部分ではなく、90分間体を動かし続け、頭を働かせ続けるというサッカー選手にとって最も基本的な能力が、選手たちに備わっていたのかが一番気になるところでした。

もしその中の一人の選手が私のところに来て、体の使い方を学び、これだと思って継続してくれて、私も満足できるレベルになってくれたとしても、それでチームが強くなるわけではありません。

指導者がチームが組織が取り組んでくれなければ、本当の意味で私の考えが役に立つことは無いでしょう。

サッカーに限りません、野球でも陸上でも競輪でも弓道でも卓球でも、その他様々な競技で個人的な変化を目の当たりにしています。

そういう選手が増えれば増えるほど、スポーツの世界このままでいいのだろうかと考えてしまいます。

本当に私の出来ることなどしれたものです、集団の中で頭角を表したい、他の人と違う能力を身につけたい、それによってレギュラーポジションを獲得したり次のレベルへの足がかりを掴みたいと、みんな一生懸命です。

そんな彼ら彼女らの夢を叶える夢先案内人でありたいと思っています。

それでも私は、その先にある高いレベルを目指すなら、全員がそういう動きを身につけた上で、本来の競技能力で勝負することによってしか、全体のレベルが向上する方法は無いのではと考えてしまいます。

まずは私を信じてここを訪れてくれる選手たちをしっかり指導して、笑顔で返すことが最優先です。
それは間違いなくできていると思います。

ある事に満足するとすぐ次のことを考えてしまうのが私の悪い癖です。

あまり遠くを見るのではなく、足元をしっかり見つめながら、自分にできる精一杯の仕事をしていきたいと思います。

私事ですが、22歳になったばかりの三男が、私の背中を追ってくれる事になりました。
彼も専門学校を卒業したあといろいろなことがありました。

人生まだ始まったばかり、私など話せばどれだけ長くなるか分からないくらい、色々なことがありました。

親バカですが、三男には私と同じ何かを感じます、親子ですから当たり前の部分もあるのですが、いつかこうなってくれるのではないか、という漠然とした希望は持っていました。

しかし、私の人生ではありません、歩いて行けるのは自分の足でしかありませんから。

私自身あと何年こんな調子で仕事ができるか分かりません。
その間にしっかりと伝えられることは伝えておきたいと思います。

いつか三男が私を超えてくれると信じています。
その日を楽しみに、しばらくは一緒にゆっくり歩いていこうと思います。

出版にあたって読み解いて欲しいこと。

広島市内、冷たい雨が降り続いています。
昨日と比べて10度ほど気温が低いそうですから、体にはとても寒く感じます。

「1回5分 体が喜ぶ健康術」というタイトルの新著が、アマゾンのサイトによると、いよいよ明日10日に発売になるようです。

他人事のような言い方になりますが、私が出版社から聞いていたのは10日にアマゾンや取次といわれる会社に渡り、その後扱ってくれる書店に納品され、それから先はそれぞれの書店の判断でいつ店頭に並べてもらえるのかは分からないという話でした。

アマゾンの予約が始まるのもこれからだと思っていたのですが、カマタマーレ讃岐サポーターの方から、すでに予約しましたという連絡をいただき、慌てて調べたら予約が始まっていたという次第でした。

すでに沢山の方から予約を頂いたという有難いお知らせを頂きただただ感謝です。

改めて、今回の本に対する私の思いを書いておきたいと思います。

私は20代の半ばに、ある施術者の方との出会いでこの道に興味を持ちました。
そしてその後ご縁があって生涯の師と定めた、故渡辺栄三先生との出会いによって、大きく人生の舵を切ることになりました。

先にご縁ができた先生は、まったくの素人であった私にとっては、まさに神業としか思えない技術を持った方でした。
歩くこともままならない腰痛の患者さんが、ものの四、五十分の間に誰の手を借りることなく立ち上がり何事もなかったように帰っていく姿は、言葉では説明のつかない世界だと思いました。

しかし、自分にそんなことができる様になるとも思えず、会社員としての生活を続けることになりました。

それでも自分の中でどうしても諦めきれず、何かきっかけがないかと探していた時に出会ったのが、渡辺先生が主催されていた操体法の講習会でした。

先生が結核を患い退院されたばかりであったことは後に知ることになりましたが、操体法の指導普及という活動を再開されたちょうどその時に、私が連絡させていただいたことは、まさに運命的な出会いだと勝手に思いました。

最初に伺った時には、私以外にもう一人の受講者がいましたが、まさに今私が言っている枝葉の技術を目的に来られた様で、先生の雲をつかむ様なお話には納得がいかなかった様で、2回目からは私一人になってしまいました。

毎週土曜日3ヶ月の約束で始まった講習会でしたが、その後は少しずつ途中参加の方もあって、最終的には10人近くになったと思います。
それ以来、秋葉原の「温故堂」通いが何年続いたでしょうか。

操体法では足指揉みの操法と呼ばれているものですが、今の私は受ける側の感覚を言葉にして「からだほわっと」と呼んでいるものですが、これを初めて先生にしていただいた時の感覚が、今の私を作って頂いたと思っています。

素人ながら、人の痛みや違和感が、いわゆる医療の領域の外で改善できるという事実は、最初に出会った先生の技術も含め、衝撃的でした。

私自身、子供の頃から野球をやっていて、腰を痛め肩を痛め、さらには胃腸が弱く虚弱な体質でした。

内臓に関しては、どこの病院に行って検査を受けても特に異常は見つからず、精神的なものを指摘されるばかりでした。

そんな中、先生から受けた施術で今までに感じたことのない心地良さに体が包まれ、こんな世界があるのかと子供の様にワクワクしたことを覚えています。

先生の手が私のくるぶしあたりを持っているというか触っているのは分かるのですが、それほど力を入れているとも思えないのに、私の体は水面に浮かぶ木の葉の様に、ゆらゆらと揺れ続けるのです。

世の中の事象のほとんどは、過去に経験した何かにたとえて、他者に対してこんな感じですと伝えることができると思うのですが、こればかりはまったく他の何者にも例えようがない不思議な感覚でした。

ただただ心地良い、ただただ気持ち良い、それ以上の言葉が出てこないのです。

と言うよりも、何かに例えてしまうことが意味を成さないというか、もったいないことにさえ思えました。

これができる様になったら、人の体を治せるとか仕事にできるかもしれないなどという打算ではなく、自分がこんなに気持ちが良いと感じたことを、誰かのためにしてあげられる様になりたい、心からそう思いました。

世の中には数え切れないほどの施術方法や理論が存在するとは思いますが、同じ様に良い結果を得られるのであれば、とにかく何の不安もなく痛い思いをすることもなく、なんだか分からないけれど体が心地良い、気持ち良いと感じ続けた結果として、痛みや違和感が解消されるこの方法は、絶対に人の役に立てるものだ、やるならこれしかないと確信しました。

あれから30年ほど経ちましたが、私の操体法や体に対する思いは何も変わることはありません。

逆に、先日も話題にした、「独創性とは起源に戻ることである」の言葉通り、渡辺先生から学ばせていただいたこと、また操体法の創始者である橋本敬三先生の口癖であったと伺っている「体が気持ち良いことやってりゃ良いんだ」の言葉通り、どうすれば体が喜んでくれるのか、本当はどういう風に動きたいと思っているのか、その人の体になったつもりで、じっくり体と対話することで、少しずつ体が本音を話してくれる様になり、それをしっかり聞き取って対応すれば、誰が治したとかいうことではなく、自然に元の体に戻ってくれるという事実を、ずっと経験し続けてきました。

それは施術行為に限らず、トレーニングも同じです。

体をいじめる、体を追い込む、そんな言い方が当たり前の様にされていますが、私は体が喜ぶトレーニングが理想だと思っています。

それは、言葉のイメージとは少し違って、けっして楽なものではないかもしれませんが、その結果として、体づくりではなく動きづくりのトレーニングへと進化して、確実に成果をあげてきてくれました。

そんな私の30年の経験の中で、どうしても納得がいかないことがあります。
それは巷にあふれる健康書の数々です。

本の前書きのところにも書きましたが、本当に体にとって効果のある普遍的な内容であれば、時代は変わってもその内容は読み継がれ、まさに聖書の様な存在になっているはずです。

ところが、どんなに売れた本であったとしても、その内容が本当に万人に当てはまる普遍的な内容であるかというと、残念ながらそうではないと思います。

どこかを揉めばどこかが治る式の、お手軽なものがほとんどだし、自らの宣伝の様な内容で、実際のところは施術所に来てくださいという感じです。

私はそんなものを書きたかったのではありません。

すでに13年も前に出させていただいた前著は、本来健康指南書として書いたものではありませんでした。

その時点での、体に対する私の考え方を本にして見ないかという話を頂いて、書き始めたものでした。
結局は操体法の簡単なやり方、健康指南書的な内容を入れないことには、役に立つ本にはならないし、ましてや私の様な無名な人間の本が売れるわけがないと、編集者の誘導でああいう形になってしまい、タイトルもまさにその類のものになりました。

ところが、その部分を見てというか読んで、健康管理に役立てていただいているという感想がたくさんの方から寄せられたのです。

あの内容だけを見て上手にやっていただくのは、正直難しいと思いました。

それでも読んだ方は役に立ったと言ってくださる、本当に申し訳ないと思いました。

不本意ではありましたが、この部分を求めている方が多いことは当然分かっていましたので、ならば私自身が納得できる内容の健康指南書をもう一度書かなければ、前著を読んでいただいた方に失礼ではないかと思いました。

文字だけで説明することに限界があることは当然です。
特に私の文章は分かりやすく書こうと思えば思うほど、長く難解なものになってしまいます。

それをどう改善するかと考えた時に浮かんだアイデアが、漫画でストーリーを展開させてもらいながら説明を加え、私の考え方をさらに書き加えていくという手法でした。

若手漫画家の「えだお」という強い味方を得て、ついに構想が完成し、前著を出版していただいた講談社に話を持ち込みましたが、あえなくボツになっていまいました。

その際の話でも、結局読者が求めているのは簡単でお手軽な健康法であって、売れるものはそういう内容のもの、私が目指している方向性は理想ではあるが、まだ読者の求めるものはそこまで来ていないという返事でした。

私も少し感情的になって、「出版社の側がそんな気持ちで健康書を作るから、読者のレベルが変わらないんじゃないですか、売れれば良いだけで本を作って良いのでしょうか」と、生意気なことを言ってしまいました。

現在の出版不況の中で、紙媒体の本を作ってもらおうと思ったら、まずは売れるものが最優先の条件であることぐらい、素人の私でも気づけよということです。

やはりダメだったかと諦めかけていたところに、地元のガリバープロダクツさんが企画に賛同していただいた時には、まさにガッツポーズでした。

この本は操体法そのものの説明書でも指導書でもありません。

もちろんそれがベースになったものですが、私が30年間向き合ってきた人間の体は、本当によくできていて、そのカラクリをしっかり理解して、無理なく無駄なく効率的に使うことができれば、一般の方であれスポーツ選手であれ、まだまだ使い残された、大いなる可能性を秘めているということに気づいて欲しい、ということをテーマに書いたつもりです。

どこかが痛い、どこかが動きにくいと、まるで機械が故障したかの様に自分の体を他人任せにして、あそこに行っても治らない、ここに行っても治らないと嘆いている皆さんに、「ちょっと待ってください、普段のご自分の体のことを本当にご存知ですか」、と問いかけたかったのです。

体との対話などという言葉を使うと、なんだそれはと思われるでしょうが、対話という言葉を使う限り、そこには共通の言語があり文法が存在するのです。

それを知っていただかないことには、ただ痛いから治せとか、もっと良い動きができる様にして欲しいと言われても、私一人の考えでそれは実現できないのです。

「体のことは体に聞け」、私に聞かれても困るのです。

だから人任せではなく、私も協力しますから、せめて一緒に考えませんかと言いたいのです。

この本を読んで、そんな気持ちになってくれる人が一人でも増えてくれることを願います。

そのためにはまず、漫画の部分を読み、施術を受けているヒロシさんになったつもりで、想像力を働かせて欲しいと思います。

この本で私の考えが全て伝わるとは思いませんが、まずは自分の体がどうなっているのか、どういうからくりで動いているのか、どう動かすことが体が喜ぶ動きなのか、たくさんの気づきがあると思います。

この部分は永遠に不変のもので、時代と共に捉え方が変わるなどということはありません。

それを踏まえてそれぞれの人間が、今現在の自分の体とどう向き合うか、それを考えることも自分にしかできません。

予約していただいた方のお手元には、数日中に届くと思います。

感想をお聞かせ願えればと思います。


西本塾からこんな広がりが。

今日は、西本塾16期生の清水さんから届いた近況報告を紹介します。

最近たくさんの方から近況報告が届くようになり、私が伝えたことがどんな形で広がっているのか、少しずつ手応えを感じることができるようになりました。

受講してくれた方の変化そのものだけではなく、そこからどう広がり、どう伝わっていったのか、本当に正しく広まっているのか、楽しみでもあり心配もしているところです。

今回届いた報告からは、そのどちらも伝わってきました。

まずは全文を読んでください。


ご無沙汰しております。
この二ヶ月に考えたこと、感じたこと、自分を通して、西本理論を学んでくれた生徒たちの様子などなどを報告させて頂きます。

西本先生の所に行かせて頂いてから、二ヶ月が経ちました。
習いたてほやほやの状態で、西本塾17期に参加された柿本先生のチームと合同合宿をさせて頂き、柿本先生とそのチームの生徒たちに、自分が習ったことを教えさせてもらいました。
自分の部の生徒には、合宿前に自分の理解を深めるのも含めて、教えてから合宿に参加しましたが、合宿中、教えている最中に、「あぁそういうことかもしれないな」、と思うところが多々出てきました。
例えば、西本先生が言われた、「右と左には同じように神経を伝って信号が送られるから、右への信号は同じように左にも送られる。」とすると、右手でラケットを持つ、ではなく、感覚的に左でラケットを持てばいいのか、ということです。
現実的には、ラケットは、利き手に持つのですが、いかにして、感覚的に左手で握る感覚掴めるか、なのかなと、まだまだぼんやりと考えて自分で試行錯誤しながら、書籍等で調べたり自分の身体で実験したりして学んでいます。
人間の身体には、脳、神経、筋肉、骨格、内臓…と、まだまだ知らなければならない、根っこはたくさんあるなぁとひしひしと感じています。

西本先生にお会いして、より強く感じた、今感じ始めていることは、人との出会いは偶然ではない、自分が学ぶべきものがあるのだろうな、というところです。
自分の話になってしまいますが、今、国語科の教員として鳥取で働かせて頂いていますが、元々の目標は医者となり、スポーツドクターとして働くことでした。
高校の時分に、家庭の事情で鳥取へ転校することとなり、その際、転校先の学校で定員オーバーで理系に入ることが出来ず、今こうして働かせてもらっています。
ソフトテニスを続け、大学の時分に、ドクターストップがかかり、中断期間はありましたが、国語、日本語という分野に進んでも、元々やるはずだった勉強を今している自分に、少しばかり驚いています。
西本先生が言われていた、「連動」というテーマはやはりものすごく深いもので、「太陽と地球の関わり」のように、自然が絶えず連動しているならば、自然が生み出した人間もまだ連動しているはずで、更にはその人間が生み出した学問もまた連動していないはずがないのかなと。
国語科、という専門はあるのですが、それはいわば枝葉の問題で、専門領域を学ぶには連動している他領域も学び、更にそれを生み出した人間自体を学んでいく必要があるのかなと感じています。
有名な建築家のガウディもまた、「独創性とは起源に戻ることである」という言葉を残しています。
今まで、様々なことに興味を持ち学び、頭の中でバラバラに存在していたものが、西本先生によって繋いでもらえた、という思いでいます。
あのレジュメは、「身体の動き作り」を超えたことが書かれています。
特に、自分で他領域を学んだあとに読むことで新たな発見があります。
当然ながら、国語の勉強にも役に立っています。

西本先生は、井上雄彦という漫画家をご存知でしょうか。「スラムダンク」や「バガボンド」「リアル」という漫画を描かれている方です。
前述したガウディも、井上先生の展覧会で興味を持ちました。
「シュッとした猫背」について、これかな?と思うものが、主人公宮本武蔵が、吉岡一門との1人対70人の決闘をしている部分です。
この「バガボンド」もまた、自分に「身体の動き」への興味を与えてくれた作品ではありますが、西本理論を学び改めて読む、絵を見る、と「ははーん。そりゃそうなる。(斬られる)」と思うことが多いのです。
偉大な芸術家もまた、その身体の動きを感覚的に描いていけたからこそ、偉大な芸術家となれたのかなと感じています。(今、このメールを打ちながら。)

部の生徒の様子ですが、雪上ソフトテニスと、雪上サッカーにより、重心移動と体重移動の違いを身体感覚として捉えてくれたようで、階段の上り下りなども、今までの動きでは出来なくなったと言っています。
校内での素走り練習にしろ、他の部の生徒の足音の大きさの違いにも気付いてくれたようです。
単純に、打つボールの質も良くなりました。
僕自身もまた以前の走り方は出来なくなったというより、身体が嫌がっているという感覚を如実に感じるようになりました。
テスト週間も明け、部活が解禁になるこれから、どんな飛躍をしていくか、楽しみでなりません。
他の部の生徒たちも、よくソフトテニス部の活動に顔を出してくれるようになりました。
サッカー部の生徒は、CBとして、他県の強豪との練習試合における、FWとのマッチアップで一度も負けなかった、という結果を即出してくれました。
野球部の生徒もまた、これから結果を出してくれることと思います。
今は、男子バスケ部のマネージャーと、女子バスケの選手が学びに来てくれています。
当然と言えば、当然ですが、チーム単位ではなく、興味関心、学びたいという意欲を持つ生徒が自分の時間を使って、ソフトテニス部の活動に顔を出してくれています。
全ての生徒に伝えていることは、各々のスポーツを考える前に、どのスポーツにも共通の身体の動きについて考えようということです。
「宇宙があり、地球があり、自然があり、人間の生命(身体)が存在し、生活があり、スポーツがある。」というこの順番が重要かなと感じています。
これもまた西本理論について、考えているうちに、こういうことかな?と感じたことです、ズレているかもしれませんが。

最近、自分の中に、西本先生がおられる感覚が強くあります。
自分が悪い姿勢でいると、後ろから注意される感覚があり、これが師というものかな、と感じています。
それこそ、屈筋でボール打つと、後ろから「違うぞ」という声が聞こえてくるように感じます。
もしかしたら、それが身体の声なのかもしれませんが、後ろから西本先生に見られているような心地でいます。

3月の深める会に参加したかったのですが、年度末のバタバタと、高校入試のバタバタで行けそうにないです。
また来年度、柿本先生と共に、西本先生を鳥取にお招きしてお互いの生徒に直接指導をして頂きたいと考えています。
それこそ、生徒の中にも西本先生を(先生の声を)存在させたいな、という気持ちです。

まだまだ寒暖差の激しい気温が続きますが、それこそ頑張り過ぎぬようお過ごし下さい。
今月発売の著書楽しみにしています。
長文の上、乱文雑文失礼しました。
何かズレている、違うぞ、ということがあれば、ご指摘していただければ有難いです。
今後ともよろしくお願いします。

西本塾 第16期生 清水佳祐


これまで届いた感想や報告の中で、ここまで私の考え方を深く捉えてくれた人がいるのだろうかと感心しました。
何度も何度も読み返しています。

鳥取県の米子市にある高校で指導をされている方ですが、おそらく他の部の生徒が学びに来るということは初めてではないでしょうか。
というよりも、教員の方々はたとえその競技の経験があったにせよ、指導者としての訓練は受けていないわけで、それが全く経験のない種目の顧問になっているという方のほうが多いくらいだと思います。

失礼ながらそんな方々に指導を受ける生徒が、本来の能力を開花させることができないのは当然のことです。

一つのアイデアとして、入学からの三年生が引退するまでの期間は、私から学んだ清水さんのような方が中心となって、基礎的な動き作りを学ぶことができる環境があれば、その後それぞれの部活動が充実したものになることは想像に難くないでしょう。

怪我をして部の練習を離れなければならない生徒に対しても、同じような指導が出来れば無駄な時間を過ごす必要もなくなると思います。

極端な話ですが、特定の種目の部活動よりも、そういう指導を受けるほうが楽しいという生徒が出てくるかもしれません、長い人生こちらのほうが役に立つことが多いかもしれませんから。

そんな夢のような環境を作ることは、現実的には難しいでしょうが、清水さんの活動は部の垣根を超えた素晴らしい活動だと思います。

ぜひ継続していただき、学校全体へそして近隣の心ある指導者の間にも広がって欲しいと思います。

故障や怪我で大好きなスポーツから離れていく選手のなんと多いことか、それをどうすることもできずにいる指導者がほとんどではないでしょうか。

人間にとって効率的で効果的な体の動かし方を追求することが、遠回りのように思われますが、その人間の能力を最大限に引き出し、技術を向上させる最も正しい近道だと思います。

勝つことが最優先になってしまうことはある意味仕方がないことかもしれませんが、せめて中学や高校の生徒には、生涯体を動かすことが嫌いにならないように指導できないものでしょうか。

「私の声が聞こえるような気がする」、まさに「体の声が聞こえるようになった」ということだと思います。

今回出版する本の内容も、そのことが主題と言っても過言ではありません。
日本語でも英語でも文法があります。

体との対話を行うためには、やはり最低限の文法を知らなければなりません。
それが体の仕組みであり、私が伝えた幾つかのことです。

資料としてお渡ししているレジュメを褒めていただきましたが、まさに講義の内容とブログの内容をつなぐ大きな役割を果たしています。

全ては受け取る側の感性です、その内容に深い意味を感じてくれる人もいれば、一つの資料だと思う人もいる、それはそれでいいと思います。

清水さんのような感性で真剣に読み返してもらっているとしたら、本当に有難いことです。

私も西本塾に対する心構えを、新たにしなければならないと感じました。

私の考え方や指導していることが独自のものであるとか、一般的ではないと言われることがありますが、まさに「独創性とは起源に戻ることである」の言葉どおり、考えれば考えるほどシンプルに体の仕組みどおりのことをやっていればいいんだという方向に向かっていきます。

私が考え出したことなど何一つありません、全ては体に仕組まれたからくりどおりです。

嬉しい報告をありがとうございました。

こうした広がりこそ私の願いです。

選手よりも指導者の意識改革を望みます。

体が喜ぶ健康術2

まずはお知らせです。
準備してきた新しい本の見本品が今朝送られてきました。
もちろん私が書いたものですから内容は分かっているのですが、こうして書籍となって手に取ってみると感慨ひとしおです。

帯の推薦文は、サンフレッチェ広島の監督である「森保一」君が書いてくれました、本当に有難いことです。

これまで経験してきたことをベースに、私の体に対する考え方を、施術をする側と受ける側の両方に知っておいて欲しいことを書き残しておきたい、という希望がかないました。

施術する側にはそれぞれ考え方があって、施術方法も多種多様です。

それぞれ効果があると信じて行っていて、結果も出せているのなら問題はありません。

しかし、施術によってマイナスな結果となってしまうことがあることも事実です。

それより、自分の体を道具のように扱って、壊れたから治せ、そっちはそれが仕事だろうと、まったく人任せで、自分の体のことを知ろうともしない、施術を受ける側の人間が多いことの方が大きな問題だと思っています。

どこかを触ればどこかが治る式の、短絡的な発想からも、そろそろ抜け出して欲しいと思います。

このブログを読んでいただいて分かる通り、私が必死になって言葉を書き連ねても、思ったようには理解していただけないことは十分承知しています。

私の文章の表現力では、力が及ばない事は分かっています。

それを何とかしてわかりやすく表現し、みなさんの役に立てる形のものにしたい、ずっとそう思ってアイデアを練ってきました。

それが今回の形です。

漫画家としてプロデビューした「えだお」ですが、ヤングマガジン3で初めて連載させていただいた作品が1年で終了となりました。

このタイミングなら時間があるのではと思いましたが、プロの漫画家に仕事としてお願いするにはあまりにも安い金額の仕事でした。

そこを無理を言って、なんとか協力を取り付けたことで企画を持ち込んだのが、前著を出させていただいた講談社でしたが、あえなくボツになってしまいがっかりしていたところに、10年来通っていただいている方の紹介で、地元広島の出版社「ガリバープロダクツ」さんを紹介していただき、会社を挙げて協力していただいたことで、あれよあれよと言う間に出版の運びとなりました。

感謝してもしきれません、ガリバープロダクツさんのためにも、1冊でも多く皆さんに買っていただき、たくさんの人に読んでいただいて、私の想いを届け、お役に立てていただきたいと思っています。

10日過ぎにはアマゾンで検索していただければ、事前予約ができるようになるとのことです。
書店に並ぶのは20日頃でしょうか。

初版部数が3000部と少ないため、ネットでの購入が便利かと思います。
みなさんの応援宜しくお願いします。

さて週末に伺った名古屋での講習会、たくさんの方に参加していただきありがとうございました。

ご存知のように西本塾を受講し、その後も何度となく広島まで足を運んでくれている内田雅倫さんが、既に何度か開催されている講習会に、講師として招かれてという形での指導となりました。

初めて参加される方もいましたが、土曜日曜のどちらかだけの参加の方と、両日とも参加していただく方とあって、内容的には難しいところもありましたが、いつものように参加者の顔を見て決める私のやり方で、どなたにも参加してよかったと思っていただける内容になったと思います。

今回のように、中学生から大人まで、選手や指導者からそうでない人まで、様々な方を対象にして行うことと時間の制約もあり、理論的な部分がどうしてもおろそかになってしまいます。

動きを学びたい走り方を知りたい、そう思って参加される方がほとんどですが、その動きがなぜ効率的で有用なものなのか、やってみれば分かると言えばそれまでですが、せめて指導者の皆さんにはしっかり伝えて理解して欲しいと思います。

今回それがどこまでできたかは少し疑問ですが、意識を変えるきっかけにはなったと思います。

実際に参加した選手の動きは確実に変えることができました。

当初は学校の試験期間ということで、土曜だけ参加予定だった高校生の女子選手が、夜になってどうしても翌日の講習にも参加したいと言ってくれて、顧問の先生の許可も出たようで、一人参加してくれました。

こういう気持ちになってくれて参加を希望してくれることが、私にとって一番嬉しいことです。

「ななみちゃん」という子でしたが、名前も覚えて帰ってきました。

最後のミニゲームでは、男子中学生や大人に混じってもコンタクトプレーでまったく引けを足らず、ボールを奪いに行く体の入れ方も素晴らしく、昨日のなでしこの選手よりはるかに見るものがありました。

きちんとした理解の上に、高い意識を持って動きに取り組めば、たったの2日間でこんなに変われるんだということを証明してくれました。

二人の中学生は日曜だけの参加でしたが、実戦の中での動きを、私が気になったプレーがあるたびに止めて解説しましたが、褒めたの子供たちのプレーばかりでした。

既成概念にとらわれず、指導されたことを素直に表現してくれるとこんな動きができるんだと、改めて子供たちの柔軟性に感心しました。

終了後その足で伺った奈良の植村逸郎さんのところで行った、息子くんと強豪校のコーチを相手にした指導の際にも感じたことですが、一番の問題点はやはり指導者の意識が変わるかどうかだと思います。

名古屋では、私のドリルに準備運動やストレッチがないのはなぜか、という質問がありました。

指導の内容をよく精査して頂ければ分かると思うのですが、準備運動があるのが当たり前という固定概念です。

ではその内容が本当に準備動作として効果的なものかという検証はされているのかと逆に質問すると答えられません、ストレッチの方法も本当に体が喜ぶやり方で行っていないことにも気付いていませんでした。

やはり指導者には私の基本的な考え方から伝えなければ、理解することも応用することも難しいと思いました。

さらには選手に対する指導や評価の仕方ですが、「とにかく苦しさを乗り越えろ」の一言に集約されてしまっているようです。

このブログを熟読していただいて、どういう状態が一番頭と体を動かし続けることができるのかが分かったとしても、それでは物足りず、やはり歯を食いしばって腕を振って太腿を引き上げ、がむしゃらに走る選手を評価してしまうと言われるのです。

奈良では、30代のコーチに身をもって体験してもらいましたが、その上の恐らくは私と同年代の監督という立場の方が、本気で勉強してくれて意識を変えてくれなければ、そのチームに私の考え方を根付かせることは出来ないでしょう。

スポーツの世界だけではないと思いますが、やはり日本人は精神論や根性論が尊ばれてしまうようです。

少しづつではありますが、私の考えにうなづいてくれる人が出てきました。

選手の育成以前に指導者の意識改革が絶対に必要なのです。

私は私の出来る範囲で、耳を傾けてくれる人に対しての活動を続けていきます。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください
尚、深める会も12月10日に予定しています。

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