体の使い方も技術

Newspicksのオリジナルコンテンツで、今週の月曜日から5回に渡って、「日本サッカーに足りないもの」と題して、スポーツライターの木崎伸也さんが懇親の記事を掲載しています。

その第2回の記事に、私が提唱する走るという行為の体の使い方も紹介されました。

通常であれば記事になる前に連絡があり、原稿の段階で見せていただくのですが、今回はこれまで彼と幾度となく話をしてきたやり取りの中で、記事の中に盛り込んでくれたようでした。

日本だけではなくヨーロッパや世界を駆け巡って、サッカーという競技や選手を取材し続けてきた彼が、「サッカー日本代表ベスト8への道」という目標に向けて、これまで取材してきたものの一つの集大成としての提言をまとめた意義深いものとなっています。

私の名前が出た第2回目の記事では、「日本サッカーの走り方の誤解。地面を蹴ってはいけない」というタイトルで、2001年3月にパリ郊外のサンドニで行われ、0対5で日本がフランスに敗れた試合のことから話が始まり、当時選手だったジダンが、雨で滑りやすいピッチ状況の中、固定式のスパイクを履いて悠々とプレーできていたのがなぜか、それは走り方そのものに違いがあると結論づけ、その秘密を後半で明かしていきます。

まず紹介されたのは、岡崎慎司選手を指導する杉本龍勇と言う方の走りに対する考え方や方法が紹介されています。

その後に私のことも、青山敏弘選手を指導し、JリーグのMVPという結果に結びついたことを中心に、短く紹介してくれています。

共通点として「地面を蹴らない」ことが挙げられていますが、私の知る限りでは地面を蹴らないという言葉とは少し違うものであるように見えてしまいます。

私の走るという行為に対する説明はすでにブログで紹介していますのでそちらを読んでいただくとして、とにかくこれまで常識と思われてきた、頑張った走り方とは一線を画した考え方があることに目を向けることが必要であるとまとめています。

さらにこのことは、「走り方」にとどまらず、有効なものであっても、個人の知見が全体で共有されないことが大きな問題であるとも書かれています。

杉本という方の考え方には、私個人としてはあまり共通点は見つけられず、併記されることに納得しにくい部分もありますが、こんな大きな問題提起がなされた記事に、私の考え方を紹介していただいたことには光栄に思います。

Newspicksと言うのは、経済情報を中心として発信するニュースアプリですが、私も「スポーツ解体新書」というタイトルで、たくさんの記事を書かせていただきました。

毎回ピッカーと呼ばれる記事を読んだ方々が、記事に対する感想をコメントしてくれるのですが、何を書くのも勝手ではありますが、まったく分かっていないというか的外れな感想も見られ、記事を書いた側の人間としては腹の立つこともしばしばありました。

それでも最近は、真剣に私の考えから何かを学び取ろうとしてくれる方であっても、なかなか真意が伝わらないことの方が多い中、その場限りの感想に一喜一憂するほどの余裕もなくなり、気にすることもなくなりました。

ところが、ある方の感想に対して、先日等々力で一緒に試合を観戦していただいた西原さんが、珍しく熱くなってしまい、コメントにそれが出てしまいました。

西原さんは川崎フロンターレを熱心に応援するサポーターでもあるのですが、今回の記事に対して、フロンターレの現状と重なるところがあって、そうなってしまったのかなと思います。

それは、今回の表題にした「体の使い方も技術」という明快なコンセプトが、監督である風間八宏が発するコメントから消えたことと、フロンターレの攻撃の仕方がどうしても結びついてしまうとのだそうです。

今シーズンの川崎は結果としては十分な戦いを展開しています。

ところが西原さんは、それは結果であって風間監督の目指す攻撃的なサッカー、サポーターの方が胸躍らせる試合内容とは違ったものになっていて、本当の意味で花を咲かせてきたのではないという分析なのです。

私は川崎の試合をすべて見ているわけではありませんし、戦術的なところは分かりませんが、とにかく今のサッカーが風間監督が目指してきたものとは違うように見えると言われるのです。

私もそういう世界の中にいた人間として、外から見えるものと、実際の監督の考えは、申し訳ないですがまったくと言っていいほど違うことの方が多いと思います。

とくに風間八宏の考え方を本当の意味で理解できる人間はそうはいないと思います。

ただ西原さんが私と言う存在を知り、考え方に接していく中で、これまでのサッカーに対する見方とは、明らかに違う方向から見ることになってしまったことは間違いないでしょう。

私の言葉で整理していくと、サッカーという競技は監督と言う存在がいて、スタートの11人とベンチに控える7人を選び、試合中の交代が許される3人の枠を駆使して、基本90分の戦いを組み立てて行きます。

クラブで保有する人数の中で、その18人を選ぶわけですが、全員が十分な体調であることは皆無に等しく、それぞれのポジションごとの構成も常にベストな組み合わせができるとは限りません。

そんな中で対戦相手に応じてメンバーを選び戦わなければならないのです。

戦術を考えるのが監督の役目ですが、戦術を浸透させるためには当然練習をしなければなりません、どこに誰が入ってもという訳にはいかず、何種類か選手を組み合わせて連携を図っていきます。

そこで選手に最低限求められるのが、サッカー選手として出来て当たり前の技術である、ボールを止める蹴るという動作です。

この当たり前の動作の巧拙が、そのまま選手のレベルとイコールであると言っても過言ではないくらい大切な動作です。

そのうえでポジショニングや判断力といった戦術眼であったり、足の速さやフィジカルの強さなどといわれる既成概念の中での能力も要求されます。

監督は戦術担当、それを実際に行う能力は技術を教えるコーチ、体力的な部分はフィジカルコーチで、コンディショニングや体のケアはトレーナー、ざっとこんな分担がされているかもしれません。

ここで最も重要となってくるのが、「技術とは何か」という問題です。

ユーチューブでもよく目にする、サーカスのようなボールさばきやドリブルで相手を抜く動き、それらはまさに技術でしょう。

素人からは想像もできない器用なボール扱いですが、技術とはそれだけでしょうか。

それを行っているのは人間の体そのものです。

分析を深めれば、体が動いていると客観的に見えるのは、骨が動いて関節の角度が変わっていることを指します。

その骨を動かしてくれるのは筋肉の収縮です、筋肉の両端が骨を引っ張ってくれるのです。

筋肉の収縮とは、単純に〇〇筋が収縮しているのではなく、動きに必要な量や質に応じて、一定量の筋繊維が動員され、その最終単位であるアクチン繊維とミオシン繊維が、私の言う3・5・7理論の中で滑り込ませ合っているというのが、人間が動いているということの実際です。

単純にサーカスのような動きも、プロ選手のような正確なキックも、それを行っているのは筋肉の収縮そのものなのです。

技術と言うのはそこまでさかのぼって考えなければ、出来るようになる人はいても、出来ない人は永遠に出来ないことになり、センスがないとか運動神経が鈍いという言葉で片付けられたりしてしまいます。

それが出来ないのは対応する筋収縮、さらには関節の連携連動が出来ないからです。

いわゆる技術という言葉を使う前に、人間として持って生まれた能力を余すことなく使えるように準備し、体の正しい使い方を学んでおかなければ、競技に特化した技術を身に付けることなど出来るはずがないのです。

そこに選手個々の差が出てくるわけですが、いくらプロまで上り詰めた選手たちとはいえ、すべてが使えるようになっているかというと、そうでないことがほとんどなのです。

様々な選手の動きを分析した結果として、彼らの特別と言っても良いレベルの動きを認めつつも、それらの動きがどういう体の動きで、どういう意識によって行われているのか、それが分かれば同じ人間として、その動きに近づくことができるのではないか、そう考えて努力することなくして、日本が世界のベスト8などという目標に近づくことは出来ないのではと考えます。

そこに私が経験を積み上げてきた、理論と実践の能力が少し役に立つかもしれないと思うようになったのです。

「正しい体の使い方とは何か」「人間として持って生まれた能力とはなにか」、当たり前のように頑張って鍛え使っている屈筋ではなく、静かにその能力を発揮してくれる「伸筋を使う」とはどういうことか、サッカーをやるボールを蹴る以前の問題として、まずは取り組まなければならないことがあるのです。

風間監督もそのことには気づいていると思います、しかしそれを形にする指導はとても難しいのです。

もし彼が本当にそのことを口にしなくなったのだとしたら、ひとまずそのことは諦めてしまったのかもしれません。

私にも責任の一端はあるのかもしれませんが、もうそんなことを言っている時ではないと思います。

私が何を考えているとか、他にも同じようなことを考えている人がいるとか、そんな話ではなく、等しくサッカーに関わる全ての人が、「体の使い方も技術である」という共通認識の上に立って、専門の指導者に指導を任せ、自らもその意識を学ぶ姿勢にならなければ、木崎さんの提言も西原さんの怒りも、日本のサッカーを変えることは出来ないでしょう。

と言うのが、今回のNewsPicksの記事を読んで感じたことです。

スポンサーサイト

継続していかなければならないこと。

いつものことですが、休日になると色々なことを考えてしまいます。

もう振り返っている余裕はないのですが、3年前、いえもっと前のことを思い出してみても、今の私の姿を想像することは出来ません。

先々のことを考えて生きてきたわけではありませんが、誰かに自分の経験や技術を伝えるという行為は絶対にしないと思っていました。

結果的に挑戦した仕事に失敗してしまったことで、いつも私が口癖にしている「なぜどうして」の自問自答から始まりました。

自分がやってきたことがメジャーな組織の中ではまったく進歩していないばかりか、個人の職人としての技術よりも平準化された知識や技術で、トータルサポートするという、スタイルが主流となっていることに、私のような人間は危機感すら覚えてしまいました。

彼らが言う、一生懸命やっているということの方向性が違っているのではないかと。

元々の本業である痛みへの対処や、復帰へのリハビリの指導に関しては絶対的な自信を持っていましたが、それさえ受け入れられない現実はいかんともしがたいものでした。

今、個人としての活動をしている中、スポーツ選手のみを相手にしている時には考えられないような症状を訴えて、私の元を訪ねてきてくれる人がたくさんいます。

国民皆保険制度の中で、我々は健康な生活を送ることができるようになっているはずです。

しかし医療が進めば進むほど、何かが取り残されてしまっていくのを感じざるを得ません。

画像や数値ですべてが判断され、医師が顔を見ることもなく話を進め診察が終わってしまったという人の話も聞くことがあります。

症状は確かにあるが検査結果には異常は見られない場合もあります。

整形外科領域で言えば、医師とのコンタクトは初回の診察のみで、あとはリハビリ室へ通い続けるのみという場合もあります。

最新の医療機器やリハビリ機器の中で、これが当たり前だとお互いに思っているのだと思います。

そんな中、症状の変化が見られず、もしかしたらという希望を持って、私のような人間のところにまで来ていただくことになります。

私にできることは、しっかり話を聞いてあげて、現状をできるだけ分かり易く説明してあげることです。

それぞれの訴えをすべて解決できるはずはありません、それでも私の施術によってこういう変化があるかもしれないと、お互いが納得できる話し合いができれば、施術を受けていただく価値はあると思っています。

最近も30代後半の女性の方で、ネットで私の存在を知り来ていただいたのですが、いわゆる心療内科の領域の病名をつけられていて、本人も付き添ってこられたお父さんも、先の見えないトンネルの中で辛い日々を過ごされているようでした。

一週間後、二度目に来ていただいたときに、ご本人が私よりも父が喜んで、久し振りに機嫌よく晩酌を楽しんでいたと笑顔で話をしてくれました。

まだ具体的に何をどう改善できたというレベルではありませんが、もし自分の娘がそういう状態だったら、少し明かりが見えただけでも、このご家族にとっては大きな喜びになっていただいたのだと思いました。

ちょうどいま電話が鳴り、ハワイでお嬢さんの挙式を身内だけで挙げるのに、一か月前に思いつくような原因がないのに膝に水が溜まり、二度水を抜く処置を受けリハビリに通っているが改善されず、痛みもあり歩くことがままならないので、お嬢さんをエスコートしてバージンロードを歩く役目の父親として、なんとか恰好がつくようにならないかと、出発の10日前に来ていただいた方からお礼の電話をいただきました。

私より年長の方ですが、高校時代は地元の強豪校で鳴らしたスラッガーで、現在も立派な体格をされている方です。

無事に役目を果たせてほっとしたという報告と、短期間で膝の具合が回復したことを家族に驚かれ、昨日帰国して何はともあれ私にお礼をと思っていただいたのでした。

私の施術では、プライベートなことも含め色々なことをお話しします、この方も野球をやっていたということで、私が指導していた選手やチームのことも知っていたようで話が弾み、結婚式では何とか胸を張って歩きたいと、私の元を訪れた一番の目的も話していただき、私も気合を入れてその要求に応えました。

何とかして欲しい、何とかしてあげたい、病院でどうにもならない状態がなぜ改善できたのか、自慢話ではなくお互いの思いが通じ合ってこその結果だったと思いました。

何でもどんなことにも対応できるとかいう話ではなく、もつれた糸にも端っこは必ずあるのですから、目を見て心を通わせれば何かが起こるかもしれないと思っています。

息子が一緒に仕事場にいるようになってから、不思議と難しい症状の方が来ていただく割合が増えてきたような気がします。

スポーツ現場で指導する私の姿も魅力ではあったと思いますが、目の前で一人一人と真剣に向き合う私の姿は、きっと息子の目にはそれ以上に大きな存在に映っていると思います。

これからのことは分かりませんが、縁あって私の元を訪れていただいた方々には、少しでもお役にたてるように心を尽くしていきたいと思います。

もう一つ意外だったことは、私が考えサッカーという競技にとって最も大事だと思って指導し始めた走るという行為が、改めてその必要性を多くの方が認識してくれるようになったことです。

「足が止まる」という言い方と、「フィジカルが弱い」という言葉でまとめられ、その実態に正しくアプローチされてこなかった部分を、私が単純に説明し明らかにしたことで、なるほどそういうことかと納得してくれる人が増えてきたのです。

私は経験者ではありませんから、知り合いにたくさん指導者がいるということはありませんが、私の指導を受けた人たちが各地で活動を続けてくれているおかげで、じわりじわりと広がりを見せています。

先日、個人指導と西本塾にも参加してくれたスクールコーチから、自分の今の現状では、教えていることがちゃんと伝わっているのか、選手たちの成長度や動きの変化を、客観的に判断できないから、一度試合を見に来てもらって、私の目で見た選手の動きを教えて欲しいというメールが届きました。

よし分かったと言いたいところですが、この行為こそ今の私の指導者としての仕事なわけで、ただ友人として近くはない場所まで車を走らせ、試合を観戦し指導してあげるということはできません。

先日、川崎対鳥栖の試合を観戦した際のことがブログやツイッターに載ったので、自分のところにもと思ってくれたのかもしれませんが、あの時のことは偶然が重なってのことで、もちろん仕事として行ったわけではありません。

サッカーに限らず、走るという行為、ただ前に走るだけではなく、前後左右の足の運びや体を三分割して使う意識、スピードの切り替えなど、私が今考えていること指導していることができるようになるだけでも、選手としての能力は間違いなく向上し、チームとしての成績も上がるはずです。

ただ現状の指導者たちは、そういう考え方にはなかなかなれないようで、未だにトップレベルの指導者からは指導を依頼されることはありません。

しかし、このままでは自分が教えている選手たちが大きな成長は出来ないと考える育成レベルの指導者や、もう一段のレベルアップを目指す現役の選手たちは、すでに行動を起こしています。

今はそういう彼らのために、私の理論と実践を深め、より良い指導ができるように準備しておこうと思っています。

とにかくこの活動を止めてしまっては、せっかくの指導に活かしてくれ始めた人たちに申し訳がありません。

私ではない誰かが、大きな成果を見せてくれる日も近いかもしれません。

とにかく続けることだと思います。

第18期西本塾後記

先週末に行った、18期西本塾に参加してくれた3名の方からの感想が届きましたのでご紹介します。

みなさん真剣に学んでくれました、私が誰かの役に立てていることを実感できる貴重な時間を過ごさせてもらいました。

それぞれの感想を読んで、西本塾の雰囲気を感じてください。


まずは大阪から参加の、会社員の傍らサッカーのボランティアコーチを務める「廣岡 勲」さんです。

2日間ありがとうございました。
またお手伝いいただいた奥様、さとしくんありがとうございました。
今回は熊本地震への黙祷から始まり、講習途中も携帯電話の地震アラームが鳴るという状況でした。
受講生が3名という少人数で、とても濃密な時間をすごすことができました。

特にオクタントトレーニングを3人とも受けさせてもらえることができたのは、とても貴重な経験でしたが、西本先生にとってはかなりハードだったと思います、ありがとうございます。

初めの自己紹介で飛び出た言葉から、西本先生から「トレーナーとは何か?」「バランスって何?」という質問が出ました。普段よく使ってる言葉なのにとっさに答えが見つかりませんでした。

そこから西本理論の座学が始まりました。体がエネルギーを生み出す三つの要素、人体の構造「アクチンとミオシンの滑走説」から「3・5・7理論」に行き着いた過程、「なぜ屈筋より伸筋なのか」、「なぜ広背筋が重要なのか」「どうやって連動が起こるか」といったことをスポーツ選手を例にとったり、長年の経験から導かれた考えを教わりました。
2日目朝、実技に入る前に考え方を教わりました。

ピラミッドでいうと①番上に「目的や目標」があって、②段目に「実践」がある、③段目の土台として「理論」があるということ、さらにその地面の下にある「根っこを掘る」作業こそが大切だと。

枝葉の方法論ばかり求めて、「西本理論」が生み出された背景や、何でこういうことを考えだしたかというところまでさかのぼり、先生が「仮説」を立て何度も「検証」し行き着いた道のりを知らなければ、浅いものになってしまうんだと。
そしてそれが自分の経験値として積み重ねていけば深みが出ていくことを。

なぜこの動きが効率的で効果的なのか自信を持って言い切れて、実際にそれを自分の体でやってみて感覚し、人に見せられるレベルになりたいと思いました。
そういった日常の積み重ねから、②段目の実践でいろんな相手に対して応用がきくんだと改めて認識できました。

実技のトレーニングでマシンを使ったり、フライングバックトレーニングをして思ったことは、終わった後に「体が喜んでいる」ということでした。

これこそ人体の仕組みを理解できたからこそ納得いくし、続けられるのだと思います。
サンフレッチェの青山選手が試合前の4時間前にトレーニングを行って、「このまますぐに試合をしたい」という言葉は、私もトレーニングをしてすごく共感しました。

今後はこの二日間で学んだことを糧にして、走り出すためのドリルや広背筋のトレーニングを継続して行い、まず私自分がプレーヤーとして成果を出して、コーチとしても自信を持って指導していきたいです。

そして疑問が生じたらその都度「なぜどうして?」と「根っこを掘り」、自分なりに何度も「仮説」と「検証」を立てて進んでいけたらと思います。
二日間ありがとうございました。

次は岡山からさの参加で病院勤務の理学療法士をしている「本沖崇悟」さんです。

西本先生、奥様本当にありがとうございました。
初日西本塾に向かう間の緊張感は、就職面接かのような久しぶりの感覚でした。

初めて西本先生にお会いしたときの感想は、いわゆる「胸を張る」ではなく、「シュッとした」いい姿勢をされているなと思いました。

自分はもちろん熱い気持ちを持って参加しましたが、それ以上にも感じられるくらい西本先生も熱く指導していただき、大変充実した貴重な2日間になりました。

この度の西本塾で感じた、得たことはたくさんありますが、具体的にあげると4つあります。

1つめは、屈筋ではなく伸筋を使うということです。
ブログを読ませて頂いて、理解しているつもりでしたが、折れない腕の実験でもちろん屈筋はダメ、がんばって伸筋を使ってもダメ、使った気がしないくらいが伸筋を使えているということを頭ではなく体で感じることができました。

この事を知らずして、今後患者様や選手にトレーニング指導していたらどんな結果になっていただろうかと思うとゾッとします。
2つめは、広背筋によって骨盤が引き上げられ、大腿から膝が無理なく前方に振り出されるということが少しではありますが感覚をつかめたことです。

今までよりも自然に脚が振り出され、足の裏が後方を向いている、脚が軽くなったという感覚があります。ただ、ブログでも指摘していただいた「すり足」になっているというのは自分でも感じていました。

「少し飛ぶような意識を持って」「一つ一つの動作を完結させて」「重心を高く」というアドバイスをして頂き、西本先生の言われてることは頭では理解しているつもりでしたが、体で表すことが難しかったです。

説明の意図は理解しているつもりです。なぜできていないのかを考え、自分の体と対話しながら練習を重ねて、重心を高く保ち、股関節が伸展されることでストライドが伸びるようにしていきたいと思います。

3つめは、根っこを掘るということの意味を自分なりに整理できたことです。
2日目の最初に話して頂いて、その後の実技の理解も深まり、充実したものとなったと思います。

西本塾に参加する前は西本先生のいう「根っこ」「枝葉」と、自分が考えている「根っこ」「枝葉」は違うのではないかと思っていました。

実際は、間違っていないけど、足りていなかったというところだと思います。
ただ、具体的には表せないですが、そこの差が枝葉の部分になったときには大きな差になってくるのだと思います。

西本理論がなぜそう考えられたのか、体がなぜそういう構造になっているのかなど「根っこ」の部分を深めていきたいと思います。

4つめは、操体法、オクタントトレーニングを目で見て、肌で感じ、体の連動ということを感じられたことです。
体の連動ができていない、かわし動作ができていないとどこかに問題が生じる。操体法は、体の連動(背骨の6方向の動き、肩甲骨、骨盤)を調整していくものと理解しました。

早速、実際の患者様に操体法をしたところ、膝が痛くて伸ばせない、正座できないと来られた方が痛みなく正座できるようになり、「魔法みたい」「いい人に出会えた」と大変うれしい言葉をいただきました。

オクタントトレーニングに関しては、背中(広背筋)を使うことで四肢の力をこんなに楽に入れることができるのかと驚きました。それと同時に、頭で考えてしまったときは屈筋を使ってしまったこと、自分の体の反応スピードの悪さも痛感させられました。その反応スピードの悪さが1歩目の遅さにもつながっているのだと思います。

西本理論を学びスタートラインに立ったというか、スタートラインが見えたという段階だと思います。まず自分の体でできるように練習し、根っこの部分を深めていきたいと思います。また是非深める会にも参加させていただきたいと思います。

2日間本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。 

最後は京都から参加で鍼灸接骨院を営む「太田 肇」さんです。

西本先生、奥様、息子さんと18期生のみなさま2日間ありがとうございました。
熊本大震災と重なり地震速報が鳴り続けた2日間でしたが無事終えられたことに感謝し、まだ震災の渦中にいる方達の無事を祈ることしかできませんが少しでも力になれればと思います。

今回、実際に西本理論に触れ先生の指導を受けることにより、文字で理解できるものの限界を感じました。

初日の自己紹介での先生の観察力、言葉一つに対しても疑問を持つ感覚を目の当たりにし、これだけでも文字では得られないものがありました。

実技に関する感想は今までにたくさんの受講生が書かれているので、特に根っこを掘るという作業について思ったところを書かせていただきます。

西本理論とは西本先生自身が考えたことから色々な経験、体験をした結果得られた最大公約数のものです。しかし、私たちはこの理論を文字を介して理解しているにすぎないと思いました。
その理論を自分のものにするために根っこを掘るという作業が必要になります。

それは理論の下にある部分を自分自身で考え経験して確かめたうえで、初めて理論を理解したといえることです。
そのためには常になぜ、どうしてという考えを持ちその理論に至るまでにはどのようなことを試したりしたのだろうということを思い描けることが大切なのだとわかりした。 また、このことが対応力というものにもつながるのではないかと思いました。

施術者であり指導する立場であっても、全てにおいて自分自身が経験したものであることはなく、悩めば理論の下にある根っこに戻り経験から使えるものを選びそれを応用していくことで全てにおいて対応できるのだと思います。

そして、相手に伝えるには、しっかりと目をみて思いを言葉にこめるということも必要なことだと感じました。

今回の受講後、施術をする際に自分の施術に以前よりも自信が持て、つたないながらも説明ができるようになり、相手の変化や満足度が良くなった感じがありました。
改めて土台の部分がしっかりとした上で、相手のために伝えるということで、これほどまでにお互いに充実することができるのだと実感しました。

2日目の実技ではオクタントトレーニングを受講生みんなに行っていただきありがとうございました。先生の本気度、それを伝えようとする姿勢、厳しさは相手を思ってのことと全てのエッセンスが詰まったものを体感できとても充実した貴重な時間でした。

実技の走りに関してはまだまだ体の理解が追いついておりませんので、基礎のドリルを繰り返し体が喜ぶ動きを追い求めながら、18期生のグループラインの中などで報告していければと思います。
今回の西本塾への参加で、これからの自分の進むべき道が見えてきました。

全てをこなすことも必要かもしれませんが、自分のやりたいことを続けていれば自然とそれを必要としてくれる人が集まってくるのかなと思い、またそうありたいという気持になりました。 
今後は少しずつ根っこを掘る作業をしながら経験を積んでいくことで、自分自身に深みが増していけるよう努力していこうと思います。
一貫性のない文章で申し訳ありませんが以上を感想とさせていただきます。
改めてみなさま2日間ありがとうございました。

西本塾では最初に時間を取って、自己紹介をして頂いています。

私に対しては受講動機を通して、どういう気持ちでここにきたのかがある程度伝わっていますが、自分の言葉で改めて語ってもらうことで、どういう方なのかを深く知ることができます。

さらには参加者どうしが目的意識を確認し合う貴重な時間となっています。

今回その中で気になったことが幾つかありました。
それぞれ立場は違いますが、人を指導する立場にあるはずです。
口下手でとか、話をするのは苦手ですでは、せっかく勉強して身につけた知識や技術を、相手に正しく伝えることはできません。

若い頃一緒に勉強していた方が、自分は口下手で説明や操法の誘導が苦手なので、操体法での施術を諦め、鍼灸の施術のみで開業しました、というお知らせを頂いたことがありました。

とても信頼できる方だったので、本当にもったいないと思いました。

相手に少しでもわかりやすく伝える技術は、それぞれの立場で身につけなければならない専門の技術よりも重要なことだと思います。

そういう意味で、参加してくれた皆さんには役者になったつもりで、最高の自分を演じることの必要性を説いています。

相手の顔をまともに見ることもできず、目も合わせられない人間の言葉が相手に届くはずはありませんから。

2日間の最後、感想を話してもらう時に、昨日の朝とは全く違う、しっかりと私の目を見て自信をもって話をしてくれる参加者を見て、今回の一番の成果はこれだと思いました。

もう一つは、言葉が軽いということです。

これはどの分野でも言えることだし、普通の会話の中でも感じていることです。

自分たちだけで通用する言葉を使ったり、正確な裏付けもないまま、慣用句のようになってしまったカタカナ言葉を、当たり前のように使ってしまうことです。

お互いがその言葉を知っていて当たり前で、あえて深い意味を確認し合うこともなく、言葉のキャッチボールをしているだけの会話がなんと多いことか。

私のように一つひとつの言葉にこだわる人間には、言葉遊びにしか聞こえません。

今回は「バランス」という言葉でした。

「膝をケガして以来バランスが崩れ、次から次へといろいろな箇所を痛めてしまった」、この言葉になぜどうしてと突っ込む人はいないかもしれません。

でも私は、これではまったく日本語になっていない、意味が伝わってこないと突っ込みました。

バランスとは何か、崩れたというのなら、もともと良かったという状態はどんなものだったのか、本当にその状態を知っていたのか、それを正しく認識できなければ、元の状態に戻しようがないのです。

何がどう変わってしまったのか、元々はどうだったのか、その元々のバランスが取れていた状態は本当に良い状態だったのか、掘り下げて考えることなく、ただただケガをしてしまったからバランスが崩れた、ケガさえしなければと、他人事のような言い方をしてしまうことになるのです。

西本塾は、ただ私の経験や技術を伝える場ではないと思っています。

ここまで来てくれる人たちは、少なくともしっかりした考えと目的意識を持っている人たちです。

日々の仕事をこなして満足している人たちとは志が違います。

ただ共通して感じることは、みなさん真面目過ぎて自分を表に出せない人が多いということは感じています。

参加者のみなさんが、私から学びたいことの1番は、私の前向きな姿勢と自分の持っているものを自信をもってさらけ出す強さではないかと思います。

私は強い人間ではありません、みなさんが求める今この瞬間の「西本直」という人間を演じているに過ぎません。

参加してくれるのは常に私と接するのが初めての人たちですが、私は西本塾と言う空間を何度も経験し、回を重ねるごとに変わっています。

今日今現在伝えられることが、初めて私と接した人にどんな影響を与えられるか、そのために自分の作り上げてきた西本理論の根っこを掘り起こす作業を繰り返しています。

感想を読んで分かる通り、皆さんそれぞれの感性でそれぞれの理解をしてくれています。

一度ですべてが伝わるとも思っていませんし、まったく同じように感じてもらえるとも思っていません、だからあえてそれは違うというコメントはしません。

今回の3人の参加者それぞれが、きっと誰かの役に立てるいろいろな意味での理論と技術を持ち帰ってくれたと思います。

これからの活躍を期待しています。

走るという行為の中で、股関節の伸展動作再考。

熊本地方を中心とした大地震は収まる気配がありません。
1日も早い収束と、被災された方々に安心できる生活環境が戻ることを願うばかりです。

第10期の西本塾に参加していただいた山本さん親子、同期の方は覚えていると思いますが、当時中学生で現在静岡学園でサッカーを続けている息子さんと、熊本市役所に勤務されていたお父さんです。

その後は交流がありませんでしたので、ちょうど定年を迎えられる年齢かと思いますが、まだ勤務されていれば、今頃は不眠不休で働いておられるのではないかと思います。

安否をお尋ねするメールを送らせていただきましたが、それどころではない状況だと思います。
実際のところは分かりませんが、静岡に暮らす息子さんの心情はいかばかりでしょうか、とにかくご無事を願うばかりです。

さて、西本塾を終え、改めて走りの実技の動画をチェックしていて気づいたことがありました。

特に今回の参加者3人の方に特徴的に見られたのが、いわゆる「すり足」に見えることです、「忍者走り」と言った方がわかりやすいでしょうか。

アイドリングのドリルから始めて、着地をする側の足を左足とすると、着地は足の裏ではなく股関節で着地をするイメージを持ちながら、右足は後方の地面を蹴って膝を引き上げるのではなく、骨盤の右後ろ側を引き上げながら股関節を伸展させ、お腹を突き出すようになるのですが、そのことによって、腿の前側が引き伸ばされ、膝は後方に置いていかれます。

自然に右膝は軽く屈曲するので、足の甲が伸ばされ、足の裏が後方から見えるようになり、靴の先を引きずることになります。

このドリルを「引きずりのドリル」と呼んでいます。

この動作を確実に行うためには、軽い上り坂を進んでいくようなイメージが必要です、目線を上げお腹も胸も少し上に向ける必要があります。

そうしないと足先を引きずるために、意識して膝を屈曲させたり、足首を花魁道中のように小指側に回しこむローリングの動きが必要となります。

これらはすべて重心が低いために起こる代償動作です。

ここで行う引きずり動作によって、股関節をどれだけ伸展させられるかが、実際の走りでストライドを広げられるポイントとなります。

そういう意味で考えたドリルではあるのですが、塾者の皆さんにはその真意がうまく伝わっていないことに今回改めて気づきました。

一つのドリルとしては真剣に取り組んでくれていますが、実際の動作との関係が今ひとつ理解されていないようです。

もちろん私の説明不足でもあると思いますが、本当に大事なドリルなのです。

屋外に出てその場で行うアイドリングのドリルからやり直してもらうのですが、引きずりのドリルの段階で、既にスピードを意識してしまうのか、さらには屋外ということで靴の先をひきずることに抵抗があるのか、股関節がしっかり伸展させ、膝が大きく後方に置いていかれる感覚がなくなってしまいます。

そこから実際に走るという動作に移行するわけですが、前に進みたい速く走りたいという気持ちが前面に出てしまい、背骨を介した骨盤と肩、肩甲骨の連動をスムーズに行い、回転数を上げるという指示に応えるため、骨盤が上下ではなく前後に動いてしまうのです。

これでは、せっかく大腿骨が腸骨に対してクランク状に関節しているという、人間に与えられた最大の利点を生かすことができません。

スピードはピッチの速さ✖️ストライドという既成概念が顔を出し、とにかく回転数を上げるんだという動きになると、骨盤は前後に動いてしまい、結局は忍者のようなすり足になってしまいます。

アイドリングで身につけてほしい、骨盤と肩甲骨の縦の相関、それによって自然に生まれる膝と足首の屈曲と伸展動作、この動きに重心が前に移動する、体が前方に傾くということに対応して、股関節の動きが起こり大腿骨のクランクが働いて自然に膝が振り出される。

言葉で説明するのは本当に難しく、西本塾生であっても、今この説明が正しく伝わっているのか自信がありませんが、とにかくスピードを意識して回転数を上げるために、一番肝心な股関節を縦に使うということがおろそかになってしまうのです。

これでは一定のスピードしか得ることができません。

後方に膝を残すことで結果としてストライドが広がるわけですから、ただ肩と腰を振り回すだけではダメなのです。

私が練習時間の3分の2はアイドリングと引きずりのドリルに当ててほしいと言っているのはそういう意味です。

実際に走ってしまうと絶対に速く走ることに意識が行き過ぎます。

「ドリルでやった一つ一つの動作を完結させて」とか、「少し飛ぶような意識を持って」というアドバイスを送っているのは、そういう意味があります。

次の足を速く前に運ぼうとして、股関節をクランクではなく、骨盤と一体にして腰を回す動きになっているのです。

広背筋が機能することによって引き上げられた骨盤の後方の部分を、落とすことなくさらに左右に引き上げる、その高さと動きの大きさが大腿骨を後方に振り上げてくれて、自然に前に運ばれ股関節の真下に着地することを繰り返すのです。

今回私も参加者の方の動きにつられて、動きを完結させる前に膝を振り出そうとする動きが入ってしまいました。
忘れないうちに言葉に整理しておきます。

西本塾で何を伝えるか。

昨日一昨日の二日間、18回目を数えた西本塾を行いました。

熊本地方を中心とした大地震にご苦労されている方々に思いを寄せながら、2日間務めさせていただきました。

回を重ねてはいますが、参加してくれる人たちは基本的に初めて私と言う人間に接するわけで、私の存在を知ってくれた時期もそれぞれ違います。

ブログや二冊の本、またニュースピックスやnumberweb等の記事を読んでもらったとしても、その受け取り方や理解度はまさに十人十色となるのは当然のことです。

何度も書いてきたこのブログのタイトルでもある、「木を見て森を見ず」という状態にならないように、実利を求めすぎて「枝葉の部分に気を取られすぎない」ように、トレーニングや各種スポーツの指導者であっても、それぞれの資格を生かした施術行為であっても、相手にしているのは生身に人間であるということが、すべてのスタートであるということを伝えているつもりです。

今回参加してくれたのは、一般の会社員ではあるがボランティアとしてサッカーの指導をしている方と、整形外科領域の病院で理学療法士として働いている方、そして東洋医学系の資格をすべて取得して施術所を営んでいる方の3人でした。

求めるものはそれぞれ少しずつ違うことは当然ですが、今回2日目の朝、最初に時間をかけて説明したことがありました。

以前にもこの内容を伝えたことはありましたが、自分の中でそのことがさらに具体的になったというか、自分の中で整理しつつあると思えたので言葉にしてみました。

それは何度も書いてきた「根っこを掘る」と言うのはどういうことなのかということです。

文字にもしてきたし、実際に言葉として伝えてもきましたが、やはり参加してくれる人の受講動機からも、その真意は伝えきれていないと感じていました。

今回はこういう言い方をしました。

まず私の考え方の根底にあるものは、「西本理論」というあいまいな言葉ではありますが、一つの考え方としてまとめてきたつもりです。

そうなると、この西本理論がベースとして私の考え方を学び理解したうえで、すべてを組み立て行けばいいということになるのですが、実際はそうではありません。

それは西本理論が今日今現在のものでしかないからです。

日々自分の体に問いかけ、思いついた仮説を実証し、納得いったものだけを選手や一般の方にフィードバックし、結果を求め続けています。

そこで得られた結果をもとにして、誰かのためにと私の元に集ってくれる人たちに伝えるために、言葉に置き換えているのが西本理論なのです。

西本理論として言葉に表すために行っている日常の作業こそが「根っこを掘る」ことであって、枝葉の方法論に振り回されている人たちに対して、基本となる西本理論に立ち返ってその良否を判断してもらうことが「根っこを掘る」ことだと思ってほしくないのです。

私がなぜそう思ったのか、それをそれぞれの知識や経験で判断するのではなく、もう一度自分の体を動かして確認してほしいのです。

先週、西原さんと一緒にサッカーの試合を観戦しながら、選手の動きを解説しましたが、あれだけの文章を書かれている西原さんにして、私の視点を共有することは難しいのです。

それは私の理論、私の視点に対する、「根っこを掘る」という行為の共通認識がなかったからです。

西本塾で一番伝えなければならないことはそこだと今回確信しました。

2日目に実技で行う走るという行為でも、なぜどうしての理論は、前日の座学である程度は理解してくれていると思います。

これまではそれをベースにして、実際に体を動かすことで、理論と実践を結びつけてもらえると説明していました。

それでもやはり、実技が優先され、走り方や速く走るためにはという方向へ気持ちが行ってしまいます。

昨日も阪井さんから質問が届いていましたが、その答えを見つけるのは私ではなく阪井さん自身の体で、それを行うことを「根っこを掘る」と言っているのです、そこに自分なりの答えを見つけてくれればいいと思います。

今回の参加者の中では、合格点を与えられる人は残念ながらいませんでした。

それは、その瞬間の結果が、求めている動きに近づかなかったと言っているだけで、そこに進んで行くためのドリルの大切さや、この動きがなぜ効率的で効果的なのかという、なぜどうしての部分は3人ともしっかり理解してくれたと思います、そのことの方が出来た出来ないよりずっと大事なことなのです。

たったの1回で、出来たとか分かったとか言っている人より、ずっとこれからが楽しみです。

オクタントトレーニングやからだほわっと、そして操体法に関しても、枝葉の問題よりも、なぜこの動きが人間の体の連動性を高め、痛みを改善してくれるのか、そこに至った私の根っこを掘る作業の過程を伝えることが出来ました。

幸いなことにこの部分の具体的な私の考え方は、今回出版させていただいた本の中でたくさん書かせてもらえたので、その部分に時間を取られることなく、本の中では書ききれなかったことを伝えることができました。

毎回新しい方が参加してくれます、本当はそこがスタートで、深める会を通して一緒に根っこを掘る作業を楽しんでほしいのですが、先月は参加者が一人もありませんでした。

その後、個人指導を受けに来てくれる人たちも、枝葉の部分の確認に来ていることは明らかで、じっくり根っこをと言う人は残念ながらいません。

私の西本理論は今日この瞬間のものです、体が動き続ける間は日々その思いは変わっていくと思います。

もし自分で根っこが掘れなくなっても、息子がそれを行ってくれることで、思いを共有することが出来るようになるかもしれません。

今回もオクタントトレーニングで言葉を荒げるシーンが出てしまいましたが、あっという間の2日間、真剣勝負の中での言葉だとお許しください。

現場復帰や一般的に言われているメジャーな活動よりも、真剣に私に向き合う人たちのために私の思いをぶつけることの方が大事なことだと思いました。

毎回明けの月曜日は、心地よい疲労感という言葉を使ってきましたが、今日ばかりはそんな言葉では済まされず、まさに疲労困憊という言葉しか思いつきません。

気持ちはあるのですが、少しずつ歳を重ねているのかなと思いました。

東京出張を終えて。

(自宅に帰ってきました。少し加筆と修正を加えます。)

東京駅発12時30分の新幹線に乗りました、広島に帰ります。
今回の出張は、様々な偶然が重なり実現したものでした。

本来の目的は、昨日行われた宝島社のムックというシリーズの一冊の監修を引き受け、その写真撮影に立会うためでした。

立会うと言っても、ただ見ているわけではなく、あらかじめ打ち合わせをしておいた動きを、モデルさんに正確に行ってもらえるように指示したり、その体操がどういう効果があるとか、どんなところを注意して行えば良いのかという、ワンポイントアドバイスをその場で考えることでした。

スタジオにこもって、12時間以上もかけてひとつの本を創るために、それぞれのプロフェッショナルな方々が真剣に意見を戦わせる様は、見ていて怖いくらいの緊張感でした、本当に良い経験をさせていただきました。

という仕事のために東京に来たわけですが、様々な偶然が重なり、一度直接お会いして話を聞いてみたいと思っていた「西原さん」と一緒に、等々力のメインスタンドから川崎対鳥栖の試合を観戦することになりました。

ほんの数ヶ月在籍していただけですが、色々なことがありましたので、まさか自分があのスタンドから試合を見ることがあるとは思ってもみませんでした。

しかし、何時までそんな事を考えても、何も始まりませんので、すでに頭の中はすっかり切り替わっています。

サポーターの方と一緒にスタジアムグルメに並んでシュラスコを買い、誘って頂いた西原さんと一緒に二階席から観戦しました。

西原さんのブログで、私が等々力に来ることや、その際私に対する質問を受け付けるなどという、またまた予想外の展開になりましたが、普段通りに自然体で対応することができました。

西原さんは私とは比べるのが失礼なほど、サッカーに対する造詣が深く、書かれた文章にはいつも感心させられている方でした。

そんな西原さんからの質問も含め、試合中だけでなく、武蔵小杉からスタジアムまでの歩きながらの会話の中で少しずつ説明し、すぐに打ち解けることができました。

全体としての感想というか、なぜ私の言うことが独自とか、変わった視点でとか言われてしまうのかという理由を、今回、西原さんとの会話で我ながら少し納得できたような気がしました。

それは、私が考えていることは、頭の中だけで考えていることではないということです。

多くの選手の動きを見続ける中で感じたことを、動きだけではなく、動いている選手自身の意識の問題まで掘り下げ、本人が気づいていないであろうことも含めて仮説を立て、自分で実際に体を動かしてみて納得できるところまで整理してから言葉にしている私と、そうでない人とでは考え方というか物の見方が同じになるはずはないのです。

過去にも私と同じようなことを言っている人がいるとか、私にしか見えないものがあると言うと、それは思い上がりで他の人にもそれは見えていると言われたことがありましたが、結局は自分が頭で考え言葉にしている人間の動作を、自分の体で検証し自信を持ってそう言い切れているかだけの違いだと思います。

どんなに頭で理解できて素晴らしい言葉に置き換えられたとしても、実際にそれを自分の体でやってみて感覚し、さらには人に見せられるレベルになければ、所詮小理屈だと言われてしまうのです。

だから私は自分で出来ないことは、人には指導しないと言っているのです。

私は選手の動きを見ているというよりは、「感じている」と表現した方が的確かもしれません。

今回の試合を93分間見続けて言えるのことは、間違いなく「大久保嘉人」選手の動きは他の選手とまったく異質のものである、ということでした。

それを説明するためには、目で見える部分で説明し、第三者がなるほどと思ってもらわなければなりません。

ただ、話をしながら感じたのは、目で見えている部分の話をしているうちは、私のすべてを理解できないだろうということでした。

それはなぜかと言うと、先にも書いた、話をしている相手が、その動きの本質を体現したことがないという厳然とした事実があるからです。

少なくとも同じ土俵で勝負は出来ないということです。

そこを説明するのが仕事だろう、という声が聞こえそうですが、そんな簡単な話ではありませんし、そんな仕事をしているわけでもありません。

私は選手の動きを分析して得られた情報をもとに、本人さえも気づいていない体の使い方の意識の部分に対して、私が自分で立てた仮説を、自分自身の体で出来るようになるまでやってみるのです。

出来なければそれは私の中では正しいものとは言えないという判断をするしかありません、お前に出来なくても出来る人はいるかもしれない、そうかもしれません。

しかし、少なくとも今の私の体は、長年行ってきた動きづくりのトレーニングによって、一般人どころかある部分ではプロスポーツ選手をも驚かせる動きが出来るように準備しています。

もうすぐ58歳にならんとする私に、そんなことができるはずはないだろうと思う人はそう思ってもらえば結構ですが、実際に私と一緒にトレーニングをした選手は必ずそう思ってくれます。

実際に自分で動いて感じたことを、別の選手の動きと比較してというか、違いだったり動きの意識の部分も含め、改めて自分の感性で捉えようとするのが私のやり方です。

だから、同じことを出来ない、やったことがない人には伝えきれないのです。

前置きが長くなりましたが、今日はこれまで封印してきた川崎フロンターレの大久保嘉人選手のことを書こうと思います。

なぜ封印してきたかと言うと、彼が神戸から川崎に移籍してきた後、人が変わったように活躍し始め、その後も成長しているきっかけに、私が大きく影響していると思っている人が多くいると感じていたからです。

彼は日本で活躍した後、海外でのプレーを希望し挑戦しましたが、思ったような結果が得られず、日本に帰ってきて、川崎に加入する前年までは神戸でプレーしていたようです。

ようですと言うのは、その時期私はサッカーに興味はなく、ほとんどテレビも見ていなかったからです。

私が川崎に行くと決めた頃、同じく彼も移籍が決まったようでした。

ですから、彼個人に対する思い入れとかがあるはずもありませんでした。

彼が同じチームに所属することになり、どういう選手かと監督である風間八宏に話を聞くと、彼は凄い選手だったが、今は力を発揮できていない、しかし能力は計り知れないものがあるから期待しているということでした。

八宏がそう言うのなら凄い選手なんだろう、というくらいの気持ちしかありませんでした。

1月の早い時期に川崎に行き仕事を始めましたが、私の言葉を誰よりも真剣に聞いて実行に移してくれたと感じたのは、大久保嘉人と稲本潤一だったと私は思っています。

結果的に、移籍してからの彼の動きは、それ以前とは比較にならない、想像もできなかった進化を遂げたと、私が川崎を辞めてから色々な人に言われることとなりました。

しかし、私がしたことと言えば人間としての基本的な体の使い方と、それが出来るようになるためのトレーニングの方法を指導しただけです。

少し加えるとしたら、そのトレーニングがピッチの中の彼の動きとどう繋がっているのかを具体的に話をしたり、練習中の彼とのアイコンタクトで、その動きが今のプレーで出来たか出来なかったかを確認し合ったことくらいでしょうか。

もちろん平等に他の選手にも同じことを教えましたが、向き合う姿勢というか吸収力が、他の選手よりあったと言うか、彼が自分にとって必要としていた要素と、私の伝えたかったことが、マッチしていたということかも知れません。

彼のプレーの特徴というか悪い癖は、感情を露わにしてしまう、今私が使っている言葉で言えば屈筋そのもので体を操ろうとしていた、という事です。

加えれば、彼の体は関節の可動域が狭い、いわゆる「固い体」と言われる典型のような体です。

そのためこういうタイプの選手は、どうしても屈筋の力に頼らざるを得なくなり、力んで無理やり体を使うという動きになっていたようでした。

それを改善するためには、屈筋が今までのように主役として出しゃばらないように、伸筋主体で体が動けるように作り変えてしまう必要があったのです。

それがまさに私が提唱してきた、体づくりから動きづくりへというトレーニングの意識改革でした。

言葉は良くないですが、彼はまんまとこの作戦にはまってくれました。

ウエイトはきついもの、次の日は体が重い、そんな固定概念があった彼にとっては、私の指導したトレーニングはトレーニングではなかったかもしれません。

「こんなんでいいの」、実際に彼の口から出た言葉です。

それは私のやり方を否定したものではなく、あまりに違うやり方に戸惑っただけで、彼自身の体が喜び、動きを変えてくれることが分かってくると、今までの方法をまたやろうなどと思う方がおかしいのです。

私の説明した理論とトレーニングで、今まで無駄に頑張ってきた事を理解し、本来彼が持っていた能力を発揮しやすい体に変えたという事でしょうか。

相手の選手に対して屈筋を使って力勝負をするのではなく、体を固めず相手の力んだ力を利用するコツをすぐに覚えてくれました。

現在、彼の動きの中で特徴的に見られる、ディフェンスを背負った状態から一瞬力を抜いて、動きを悟られないままに相手から離れていくという動き方に気づいている人がいるでしょうか。

言葉で説明するのは難しいですが、私の言う「動きの発現方法の三要素」のうち、「落下」「捻転」を同時に行うという体の使い方です。

これをやられると、もし相手がその動きを知っていたとしても、今の彼の体の使い方の完成度からみて、おそらく対応する事は出来ないと思います。

それくらい見事に自分の体を操っています。

もし過去の彼や他の選手のように、相手を力で押して地面を強く踏ん張ってから動き出すという、既成概念の中でしか体を使えなかったとしたら、相手を翻弄する事ができないばかりか、疲労度は今の3倍くらいはあったと思います。

それを可能にしているのが、股関節を縦に動かして使うという、私と他の人の考え方が最も違う部分です。

股関節に大腿骨はクランク状に関節しているのですから、それを使わないのはもったいないという事です。

股関節を縦に使うという事は、骨盤の後ろ側が上がって見えるくらいでなければ出来ない事です。

それを可能にするためには、広背筋を機能させることが必須条件である、という論本でトレーニングを組み立てています。

この事に関しては、頭が理解できたとか、やり方が分かったというレベルでは絶対に身につきませんし、実際に役に立つ動きもプレーの中で出来るようにはなりません。

広島の青山選手も、私が感心するほどの完成度を見せてくれていたにも関わらず、短いオフの期間を経てシーズン初めには、すっかりその動きが出来なくなっていました。

トップレベルを要求される選手の動きは、それほど微妙なものなのです。

今、少しづつ良い時の動きを取り戻しつつあるところです。

動きづくりのトレーニング、感覚を磨くトレーニングにはゴールはありません。

2人に共通するのは、ボールから遠いポジション、直接プレーに関与していない時の姿勢が良いという事です。

これはイコール骨盤の反りができているという事で、無理に胸を張って良い姿勢を取ろうとしても出来ることではありません。

腰高でフラフラしているようにさえ見えます。

これこそが股関節を縦に使えている証拠です。

その姿勢で常に立っている事ができるからこそ、地面を踏ん張って屈筋を総動員させてという体の使い方が必要なくなるのです。

今回観戦した試合の中でも、大久保選手がフリーになっているシーンが何度もありました。

マークしている選手は彼を捕まえているつもりでも、振り向いたらいなかったというレベルで彼は相手から離れることができます。

私はその動きを、気配を消して消えると呼んでいます。

相手ディフェンダーどころか、味方の選手までが彼の動きについていけないというか反応できず、何度も絶好機にパスが入らないというシーンがあり、彼が味方に対して大きな声で指示しているシーンも見られました。

これはワールドカップの時にも同じ事が言えました。

いろいろ言われていましたが、彼を活かしきれていなかった、彼の動きに対応できる選手がいなかったという見方が、正しいと思います。

もしも青山選手が、その頃に今身に付けた動きを既に出来ていたとしたら、二人のホットラインで得点なんて言うシーンも期待できたかもしれません。

年齢のことを言われたりもしますが、次のワールドカップまでに二人とも成長を続けるでしょうから、改めて二人のホットラインが見られないものかともどかしく思っています。

骨盤を小刻みに縦に動かすアイドリングでその場にとどまり、行きたい方向に意識を向けるだけの重心移動で進んでいける、本当にそんなことが可能なのです。

西原さんにはその事実を何度もプレーの中で伝えました。

もちろんレベルは違いますが、私も同じ事ができます、だから伝えられるのです。

私がチームを離れた後もトレーニングを続けてくれている事を人伝に聞き嬉しく思いました、続けなければ出来たと思っていた動きでも出来なくなるのです。

ただ、誰に教えてもみんなが同じレベルには届きません、指導する側としてはみんな良くなってもらいたいのですか、届く高みはそれぞれ違うのです。

大久保嘉人という選手の持って生まれたポテンシャルを、今存分に発揮しているというだけの事で、私が新たな能力を授けたなどと言う話ではありません。

カープの佐々岡投手にしても、青山選手にしても、元々持っていた能力が頭抜けて高かったのです。

その選手たちが方向性を見失ないかけた時に、私とたまたま出会い、軌道修正ができてしまうと、とんでもない能力を発揮してしまいました。

そういう意味では、私の存在なくして彼らの活躍はなかったかもしれません。

本気でそう思ってくれる人が、私を評価してくれたのでしょう。

月と太陽に例えれば、私は月で、選手が太陽のように熱く光り輝いてくれて初めて、その光の恩恵を受けて私に薄明かりをもたらせてくれるのです。

西原さんの指摘してくれた動きを見るポイントは、皆さんにとってとても分かりやすく、これからサッカーを見る時の見方が一変するかもしれません。

ただその観点だと、それだけでは説明がつかないイレギュラーなシーンがたくさん出てくると思います。

私の視点はズバリ股関節です。

とても小さな動きで、動き自体見えないかもしれませんが、私には見えますし、選手の体がどう動きたがっているのか、その意識を感じます。

だから次の動きにスムーズに移れるし、大きなケガになりにくいかわし動作も可能となるのです。

もう名古屋を過ぎました、だいぶ疲れているので、この辺にしておきます。

西原さん、私との会話を上手にまとめていただきありがとうございました。

今回の私のブログの感想も是非伺いたいと思います。

明日から東京へ行きます。

明日は東京に向かいます。

今回の目的は宝島社から発刊されている、ムックといシリーズから一人で行える健康体操の監修を依頼されたからです。

今回のお話を頂いた時、てっきり「1回5分体が喜ぶ健康術」を読んで頂いた事がきっかけになったとばかり思いました。

しかし、よく考えてみるとお話があったのは新著が発売される直前で、いくらなんでも実物を見ているはずはなかったのです。

ブログやツイッターで事前予約をお願いしてはいましたが、そのことだけで新たな企画を持ち込まれるはずはありません。

よくよく話を聞くと、12年前出版した「朝3分の寝たまま操体法」を読んでいただいた事がきっかけのようでした。

実は宝島社ムックシリーズからは、昨年、サッカーのトレーニングが特集された時にもお話がありましたが、私の考えとは違う内容でしたのでお断りをした事がありました。

なぜ今回また私にと思い聞いてみると、直接編集を手がける編集プロダクションに、宝島社からこういう内容で本を作りたいという依頼があり、その監修者としてリサーチした結果、私の本が読者の感想等から適任ではないかということで候補に挙がったそうです。

そのタイミングと新著の発売が重なったということでした。

新著を手掛けて頂いたガリバープロダクツの担当の方とも協議した結果、内容的には当然被るところもあるが、広く私の存在を知って頂くきっかけになって、新著の販売促進にも繋がるのではという判断をして頂き、監修者として参加する事を許されました。

全国のコンビニの店頭に6月の初旬に並ぶそうです。

64ページの本になるそうですが、内容はとにかく1人で行え、体を整えることが出来る体操を提案するというということでした。

私が監修者として作るものですから、操体法の考え方を基本としていることは当然のことなのですが、とにかく関節の6方向への連動を誘発できる動きを、簡単に体操感覚で行ってもらえるように作ろうと思っています。

そのなぜどうしての部分は、紙面の都合上詳しくは書けませんので、新著を読んで頂ければという流れになれば嬉しいですね。

動きのパターンを書き出しながら、新著とこの本の2冊は、私の背中を追いかけてくれることになった三男の教科書になってくれると思いました。

勿論、読者となる一般の方や、西本塾の参加者の皆さんにも、より具体的な指導書としてもお役に立てるものになると思います。

一時は諦めかけた、私の思いを書籍化するという夢が、こんな形でふたつも実現されるとは、まさに夢にも思っていませんでした。

アマゾンのレビューに、どなたかが書いてくれた、今まで伝えきれなかった操体を受ける側の感覚や、なぜどうしての部分を、より分かりやすく文章にして説明することで、この2冊の本で、健康法として本当の意味で役に立つものを残すことができそうです。

師である渡辺英三先生もきっと喜んでくれると思います。

月曜日に行われるムックの写真撮影に、監修者として立ち会うための東京出張となった訳です。
9時から行うということで、広島から当日移動では間に合いませんから、明日移動して2泊することになりました。

滅多に東京に行く機会もなくなりましたので、明日の自由な時間をどう使うか、出張の日程が決まった瞬間、いろいろな予定を考えましたが、今回最優先で予定を聞いてみようと思ったのが、私の考えをご自分のブログで紹介して頂いたことがきっかけで交流させていただいている方(ツイッター@nishi19)でした。

勿論直接お会いしたことはありませんし、どんなことをされている方かも分かりません。

しかし、その方が書かれている文章は私の書いたものとはまったく違うきちんとした内容で、とても参考になることが書かれています。

とくにサッカーに関しては造詣が深く、私とは違う視点を持っておられることは文章からも想像できますので、ぜひ直接お会いしたいと以前から思っていました。

連絡させて頂くと快く承諾して頂き、明日お会いできることになりました。

実はその方が勘違いされて、先週の日曜日に約束の場所に行かれるというハプニングがあり、その結果、明日は一緒にサッカーの試合を観戦するという予想外の展開となりました。

これももしかしたら必然だったかもしれません。
私のサッカーに対する視点を、直接プレーを見ながら聞いて頂いたり、その方のお話を伺うことで、私の中に新たな発見がきっとあるはずです。

私がこんな風に思う方は滅多にいません、きっと楽しい時間になると思います。

私のモットーである「人生あみだくじ」も、じっと待っていてはなんの変化もありませんから。

今回の東京行きは、私にそういう行動を起こしなさいということだったと思います。

誰かのためにを一番に行動しているつもりですが、時には自分の好奇心を満たす為の行動もありかなと思います。

それにしても、あの競技場の観客席で、あのチームの選手の動きを分析しながら観戦することになるとは想像も出来ませんでした。

私の事を覚えてくださっている方が、もし私に気づいて頂いたとしたら、気軽に声を掛けて頂いたら嬉しいです。

少しでも関わった者として、一緒に応援させていただく立場ですから。

待ち合わせしている駅も、休みの日に買い物に行ったことがありました。
もう思い出の一コマですが、違う形で新たなページが加えられるようです。

夜はスポーツライターの木崎さんも来ていただけるそうで、3人で会話が弾みそうです。

有意義な三日間を過ごしてこようと思います。

後日、今回の観戦記は詳しく書かせてもらおうと思います。
その方とのやりとりも、きっと皆さんの興味をそそると思いますので承諾していただけたら書かせて頂きます。

3年前の出来事からこんなご縁を頂きました。
人生面白い事が沢山あるのですね。

投げるという動作再考、当たり前のことは当たり前だと思って欲しい。

広島地方も桜が満開となりました。

日曜日には他の予定もあって市内の中心部に行ったので、せっかくだからと平和公園に寄ってみました。
満開の桜の下、老若男女外国人の方もたくさんの方がお花見を楽しんでいました。
私と家内はその人たちと見事な桜の美しさに、日本の風情を感じながら公園を歩きました。

さて、「1回5分体が喜ぶ健康術」が発売されて1ヶ月近くになりましたが、私の思惑では売れ行き好調で重版となり多くの方に読んでいただけるようになっているはずでした。

もちろん読んでいただいた方からは、漫画の部分があることでとても読みやすく分かりやすいと、良い評価をいただいていて、私自身も前著「朝3分の寝たまま操体法」を書いた時以上の充実感というか満足感があります。

間違いなく、これまでの健康指南書とは一線を画した、本当の意味で体と向き合うための気付きを与えられる内容になったと自負しています。

前著は講談社プラスα新書というブランドの力が大きかったのでしょうか、初版が6000部だったと記憶していますが、発売から3日後くらいに重版の連絡があり驚いたことを覚えています。

今回は初版部数が3000部と少なかったため、すぐにでも重版がかかると期待していましたが、残念ながらそうはなっていません。

本の最終章に書いた、体づくりではない動きづくりのためのトレーニング、まさに西本理論の根幹となる内容ですが、新著が版を重ね2万3万部という、出版不況の今ベストセラーと言ってもいい数字に達してくれたら、続編として書かせていただけるのではと期待しているのですが、もう少し時間がかかるようです。

あまり好きな言い方ではありませんが、マスコミに影響力のある方が一言でも私の本のことを話題にしてくれたら、今の状況も一変するかもしれませんが、そんな他力本源ではダメですね。

新著は自信を持ってみなさんのお役に立てる内容になっていると思うので、みなさんの周りでも話題にしていただき引き続き応援よろしくお願いします。

今日の主題は野球の投げるとうい動作についてです。

過去にも触れたことはありますし、newspicksのアスリート解体新書でも取り上げたことがありますが、もう一度整理しておきたいと思います。

実はこの投げるという動作は、野球という競技に限定したものではありません。
肘を肩よりも上にあげる動作を必要とする競技のすべてに当てはまるものです。
テニスやバトミントン、バレーボールやバスケットボール、その他たくさんの競技に当てはまります。

野球の投げるという動作やテニスのサーブをイメージしていただくと、ボールをリリースする瞬間、ラケットがボールを捉える瞬間、どちらも手のひらはボールの進行方向を向いています。

それは当然のことでラケットの面が向いている方向にボールが飛んでいかないわけがありません。

しかし、その直前まで実は手のひらは右利きの方であれば、90度左を向いた角度を保っていることにお気づきでしょうか。

ラケットを振り上げた瞬間から面が相手コートの方を向いていたら、羽根つきをしているような打ち方になるはずです、強いサーブを打つことはできません。

ラケットの握り方を考えてもそのことはわかると思います、面を立てた状態で横から握手をするように握るわけですから、その握りでそのまま面を前に向けたのではラケットを強く振ることはできません。

ではどうやってラケットを振っているかというと、握った時に下になっている側のフレームの部分を小指側から金槌で釘を打つように振ると強く振ることができます。

そのままではフレームでボールを捉えることになりますが、実際にはちゃんとラケットの面でボールを打つことができます。

これが人間の体の関節の連動のなせる技です。

肩から肘手首と、内側に捻る動作が連なって、小指から振り出したつもりのラケットが、ボールを捉える瞬間に90度回転してきちんと当たるのです。

意識してそうしなくても、人間の体はそういう風に連動することが自然にできるように作られています。

テニスをやっている方にとっては、今さら何を言っているのかという初歩的な動きです。

ところがこの関節の連動がうまくできないと、肩肘手首とそれぞれの関節の可動域を使い切ってしまうことになり、関節内で骨どうしがぶつかりあったり、筋肉の腱の部分や靭帯を挟み込んでしまう、いわゆるインピンジメント症候群と呼ばれる状態となります。

野球選手が訴える肩や肘の痛みの原因は、これがすべてだと言っても過言ではありません、テニス肘も同じ理屈です。

ではなぜせっかく体がそうならない仕組みを備えてくれているのに、多くの選手がそういう状態になってしまうのか、考えたことがあるでしょうか。

それは結果を求めてしまう体の使い方をしてしまうためです。

「あそこに投げたい、コントロールしたい」という人間の欲が、手のひらを本来の動きよりも早い段階で目標方向に向けてしまうことで、関節の連動を妨げてしまうのです。

「かわし動作」と名付けた動きを、できなくしてしまっているということです。

ではどうすればいいのか、小指から振り出して肩肘手首の内旋運動を連動させる、すでに書いたことですがこれがすべてです。

しかしプロ野球選手であっても、この体の仕組みを理解している人は皆無と言ってもいいくらいです。

私が過去関わったプロからアマの選手や指導者でこのことをわかっている人は一人もいませんでした。

それどころか、前にボールを投げるのに小指から振り出せなんて、我々はダーツをやっているんじゃないよと、鼻で笑われたこともありました。

実際にはその動きができている選手もいますが、そういう選手であっても自分の体がそういう風に動いているなどと考えてもいないのです。

テニスやバトミントンなどのラケットスポーツやバレーボールのスパイク動作などを例に、体の仕組みを説明しても全く聞く耳を待たない人もいました。

私のようになんの実績もない人間の言うことなど、ただの素人の小理屈くらいにしか思わないようです。

その度に、これでは野球は変わっていかないな、故障で野球をやめなければならない選手、子供達が増えることはあっても減ることはないと、悲しい気持ちになりました。

そんな中私の言葉に真剣に耳を傾け実践してくれたのが、現在カープの二軍投手コーチを務める佐々岡真司くんでした。
様々な要因が重なり、藁をもつかむ状態だったのでしょうが、私の理論を基にしたドリルを繰り返し、自然にその動きが身につくにつれ、当然ですが結果がついていきました。

そのことを知っているはずの他の投手や、アマチュアの指導者たちが、私の指導方法を学ぼうとしない現実が今でも続いていることは、ある意味信じられないことです。

投げるという動作に関する理論は、すでに20年前に完成していたもので、実際に確実な結果も残しているにもかかわらずです、正しいことを正しいと思はない野球関係者に「喝」ですね。

今年に入って、そのことを真剣に学びたいと西本塾に参加した翌日、野球西本塾と言ってもいい内容で、大阪府立旭高校野球部の監督を務める井上芳憲さんに私の理論を伝えることができました。

後日学校に指導に行かせていただいたことはブログでも紹介しましたが、正しいことを正しいと認識してくれるだけで、彼らの投げるボールは勢いを増し、バットスイングが鋭く変化するのです。

高校生でも野球経験はそれなりにあります、しかし、私が教えたことを誰も知らない、教えられたことも聞いたこともないというのです。

この事実はそのままプロ野球選手にも当てはまるわけで、どのレベルに行っても経験論がまかり通り、物事を体の仕組みにまで遡って考えられる人がいなかったというだけのことです。

今回は残念ながら最近あった具体的な事例を書くことはできません。
時がきてそのことを書いても良い状況になったら、改めて書こうと思います。

今回は野球の投げるという動作について書きましたが、他の様々なスポーツ動作にも同じようなことがたくさんあると思います。

とにかく「今行っていることが体の仕組みに沿ったものであるか」、そのことなくしてフォームや体の使い方を語ることはできないということです。


伝えることの喜びを感じながら。

伝える喜びを感じています。
それはご想像の通り、私の三男に対することはもちろんですが、さきほど個人指導を受けて帰って行った、米子から来てくれた6年生になる「たっちゃん」親子との関係のように、大事な息子さんの指導を任せてくれて、片道3時間以上車を走らせてくれるお父さんの信頼に応えたいということも同じです。

この親子とはもう2年のおつきあいになります。
まだ本当に子供だったたっちゃんは、私と目を合わせることもできず、付き添ってきたお母さんの後ろに隠れてしまうようなおとなしい子供でした。

学校の休みに合わせて何度か来てくれていますが、少しずつ成長しそのたびに新しい何かを持ち帰ってくれています。

指導の対象がプロのトップ選手であっても、小学生であっても、私に対して期待を持ってここを訪れてくれるなら、どんな相手であろうと全力を尽くすのは当然のことです。

今年の目標というか、私自身常に心に思っている「信頼に応える」という言葉は私にとって最も大切なものです。

過去様々なレベルの選手を相手にしてきましたが、そこには常に勝ち負けがついて回り、私自身にも余裕はありませんでした。

個人であれ組織であれ、勝ち負けがはっきりする環境であれば、すべては勝つという目的のために私はそこに存在しているのであって、誰かに好かれようとか組織人としてうまく立ち回ろうという気持ちは全くありませんでした。

当然選手に対しても自分自身に対しても、常に厳しく接していたと思います。

そのことが全て正しかったのか、もちろん後悔はありませんが、他にやり方はなかったのかと思わないこともありません。

その頃の私なら相手にすることもなかった小学生でも、今は彼らのために何を伝えたらいいのか、どうやって接することで上手く伝えることができて、来て良かったと喜んで帰ってもらえるのか、我ながら自分が良い意味で変わったなと思っています。

小学生に厳しい言葉で指導しても何も伝わりません。
細かい理屈をいくら説明しても、全てを理解してもらうこともできません。
毎回試行錯誤しながら、本人がここに来た目的を探り、それに応える方策を探っています。

子供は正直ですから、ここでの指導に成果を感じてくれなければ、というよりも楽しいと思わなければ、いくら親がまた行こうと言ってくれたとしても、言われるままにくることはないでしょうし、もし嫌々連れてこられたとしたら、それが顔や態度に出ないはずがありません。

たっちゃん以外にもそういう形で何度か来てくれる小学生がいます。

以前聞こえてきた話ですが、私はプロの選手しか相手にしない、という噂があったようですが、それはある意味正しいことです。

プロというのは職業としてスポーツを行っている人という意味ではなく、自分の体に責任を持って向き合い、体との対話を実行できている、もしくはそのやり方を学びたいと思ってくれている人が、私にとってのプロです。

だからそれが小学生であっても何ら問題はないわけで、自分はプロのスポーツ選手だと言い張っても、私にとってはそうではない選手のほうが多いくらいです。

たっちゃんとお父さんと過ごした2時間の時間の中で、とにかくよくできたところをたくさん褒め、もっとこうできるよという部分もたくさん指摘しました。

けっして、これはダメという言い方はしていないつもりです。

以前の私にはこんな指導のやり方はできませんでした。

「こうやれと言っているのになぜその通りやらないんだ、何回言ったらわかるんだ」、もしかしたらそんな指導しかできていなかったかもしれません。

今までの私は、まさに自己満足の中で生きてきました、それでも十分相手を満足させる指導はできていたと思います。

今それが少し変わってきました。

私の指導を受けてくれる人たちのために、何をどう伝えるか、私の満足ではなく、相手が本当に喜んでくれる指導でなければ伝わるものも伝わらない、そんな気持ちで指導をしています。

息子に対しても同じです、私と同じことができるようになるために、私の考え方や技術をそのままコピーしても、絶対にそれはできないと思います。

私が、師である渡辺栄三先生から学んだのは、小手先の技術ではなく人間の体の仕組みの奥深さでした。

仕組みはもちろんのこと、生身の人間を相手にするということは一人一人の心と向き合うといことなのだと、最近になって先生が伝えていただいたことはこういうことだったのかなと、やっとわかってきたように思います。

トレーニングの指導だけではなく、体の不調を訴えてきていただく方々との接し方も少し変わってきたかもしれません。

同じ症状は一人としてなく、もちろん同じ人間は二人といるはずがありません。

そのお一人お一人と向き合い、その方にとって最善の策を考え提案する、なぜ自分の体の変化に気づけないのかと、少しイラつくこともありましたが、それもグッと飲み込む余裕もできてきました。

人を診るということは心と向き合うことに他なりません。

私と様々な年代、様々な背景の方との会話に、22歳の三男は自分にはできないという顔をして聞いていますが、57歳の私にはこういう話をしていただけるけれど、22歳の三男にはまた別のお話をきっとしていただくのだと思います、そうやって勉強し育てていただくのです。

若いスポーツ選手を相手にしている時と、高齢の方や小学生、また女性の方を相手にしている時の私がまったく同じはずはありませんから。

今までずっと一人で全てやってきましたが、後継者というよりも同じ道を進むと決めた、心強い同士を得た今、何をどう伝え彼の成長を手助けできるのか、私の人生の総決算は意外な形で行われることになりそうです。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください
尚、深める会も12月10日に予定しています。

最新記事

カレンダー

03 | 2016/04 | 05
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カウンター

検索フォーム

QRコード

QR