高校サッカーの試合を見て感じたこと。

現在7時から行っている学生スポーツ選手対象のグループトレーニング、サッカー選手で高校3年生の兄と中学3年生の妹の兄妹と、同じくサッカー選手で高校2年生の3人が、通って来てくれています。

彼らは以前から縁があり、体の故障を訴えて私のところに来てくれたことがありました。

その時彼らに伝えたことは、私が常に言っていることですが、故障の原因は体の使い方が悪いか、その競技そのレベルに必要な基礎的な身体能力が足りないか、どちらも満たしていたとしてもオーバートレーニングになっているか、そのどれかというよりもほとんどの場合、すべてが当てはまっているということです。

私が彼らにしてあげられること、そして求められていることは、応急的に痛みを改善してあげることですが、前述の項目をクリアできなければ、同じことを繰り返すことになることははっきりと伝えています。

3つめのオーバートレーニングに関しては、それぞれの指導者の問題で、私がどうにかできる問題ではありません。

しかし、前二つに関しては、私がきちんと指導すれば改善できる問題です。

そうは言っても、私の指導を定期的に継続して受け続けることは、色々な意味で難しいことは承知しています。

私も生身の人間ですから、休みもなく何時でもいいから来てくださいとは言えませんし、仕事として行っているわけですからお金も頂かなくてはなりません。

過去に指導してきた選手たちは、組織の一員として私の指導を受けることができるということが当たり前になってしまい、自らが行動して時間とお金をかけてという選手はほとんどいませんでした。

プロの一流選手であれば、金銭的な負担にも耐えられるというか、自分に対する投資として当然のことなのですが、それすらできない選手の方が多いことは嘆かわしいことだと思っています。

それが高校生や中学生となると、まったく条件は違う訳で、私の指導を受けるための保護者の方の負担は大きな問題となります。

今の私には私の指導を受け取ってくれる現場がありません、個人的に契約してという選手もいません、私ならこうできるのに、私が指導すればこんな選手に成れるのに、そんな思いだけは常に持ち続けています。

グループトレーニングを企画した時、正直仕事としてはまったくお金にならない、ほぼボランティア状態になることは最初から分かっていました。

私と智志の二人で、つきっきりで指導をしなければ、私たちの思いを伝える指導にはならないからです。

こちらの熱い想いを受け取ってくれるに相応しい相手でなければ、私たちの方が長く続けられないと思っていました。

兄妹が来始めてまだ1か月と少しですが、もうずっと前から通って来てくれているような気持ちになるほど、お互いの真剣さがかみ合って心地よい空気の中でトレーニングが行われています。

器具を使ったトレーニングだけではなく、走るという行為や体の当て方など、サッカー選手に必要な体の使い方も、トレーニングとリンクさせながら指導しています。

それでも狭い室内や廊下を使ったトレーニングとなりますから、ピッチの中を縦横無尽に走り回る彼らの姿を確認することは出来ません。

昨日やっとそのチャンスが来ました、車で15分ほどの会場で行われる公式戦を、智志と一緒に見に行ってきました。

高校生の試合を見るのはたぶん初めてのことだと思います、色々な意味で楽しみでした。

彼はチームの中心選手でゲームメーカーというのでしょうか、攻撃の起点となるポジションのため、試合開始からほぼマンツーマンでディフェンスの選手に張り付かれ、思うようにボールを触ることすらできませんでした。

それでも指導している走り方は見事に表現されていて、マークを外す反転動作も見事に決まっていました。

右回りと左回りを連続してターンし、マークを置き去りにした動きには思わず声を上げてしまいました。

チームとしては前半に失点し、後半にも失点を重ねて敗色濃厚となりましたが、後半に入り敵も味方も全体としての動きが落ちてきて、大雑把なプレーと言いますか、とにかく蹴って前に走るというシーンが増えてくる中、彼の瞬間的な動き出しの速さや細かいステップワークで相手をかわしていく動作には、私の傍で見ていた対戦相手の父兄と思われる人たちからも、「おぉー」と声が上がっていました。

元々能力のある選手で、将来プロを目指していることを聞いていましたが、1か月の指導でこれだけの動きができるようになってくれたのなら、卒業までのわずか数か月しかありませんが、もっともっと良い動きができるようになることは間違いありません。

過去に指導した選手たちに足らなかったのは、今の3人の子供たちと、その保護者の方たちのような、自ら求めるという意識と継続できたかどうかという問題です。

遠くから来てくれたとしても一日二日の指導で、すべてが身に付くわけがありません。

やはり「継続」の二文字がカギとなります。

私が直接指導し、選手の息遣いを感じながら、数字では評価することができない「動きの改善」という目的のために行うトレーニングは、やはり私と選手の二人三脚でしかなしえないものだと、改めて感じています。

それが可能となった時には、相手の現時点でのレベルはどうあれ、選手が望んだ以上の変化を実感させることができるのです。

今まさに3人の子供たちがそういう状況にあります。

自分の可能性を信じ、私も彼らの可能性に限界を決めてしまうことなく、どこまでも成長を続けて行くことができるのです。

組織を相手にし、30人近い選手の中で何人が本気で私の指導を受けとってくれているかの分からない状況よりも、私を信じて私を頼って、真剣に向き合ってくれる若い選手たちとのトレーニングの時間は、何物にも代えがたいものとなっています。

商売抜きにというときれいごとに聞こえてしまいますが、実際にそんなことを考えていては今のトレーニング指導は成り立ちませんから。

80分間動き続けられたことは、彼の成長を物語っていると思います。

逆に言えば、彼がそれだけ目立ってしまうということは、他の選手はどうなんだということになります。

もし私が彼が所属するチーム全体を指導したとしても、全員が彼と同じような動きを手にすることは難しいかもしれません。

それは私に対する意識が違うからです。

やはり私には職人仕事が似合うようです、どんなに細かい注文にも、相手が驚くような結果で応えるのが、私の信条であり私なりのプライドです。

大所高所に立って日本代表の選手の動きを分析したところで、私の考えが彼らを変えることは出来ません。

私でなければと、直接指導を希望してくれる選手に対して、これまで以上に私の力が発揮できるように、試行錯誤を続けて行きます。

久し振りに現場で試合を観戦し、自己満足と言われればそれまでですが、改めて私の理論とトレーニングの効果を実感しました。

やはり体づくりだけでは届かない世界があると思います。

「動きづくりのためのトレーニング」、この発想なくして世界を語る選手には成り得ないと確信したサッカー観戦でした。


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西本塾後記、今回も良い出会いをいただきました。

週末の二日間行った、第21期西本塾に静岡から来て頂いたTIさん(ご本人の希望で匿名です)から、さっそく感想が届きましたので紹介します。

西本先生、智志さん、奥様、昨日まで2日間大変お世話になりました。

終了時にお話したとおり、2~3週間にわたるホームステイを終えたような感覚にとらわれています…。

さて私の受講のきっかけは、世間で当たり前とされているランニング、直近で採用したのは腸腰筋主体のインナーマッスル走法で、これを実践した結果の失敗、を受けてのものでした。

より良い走法はないかと探した末、西本流に辿り着き、受講した次第です。

過去の受講者の方は「他者に役立てる」という目的の方が散見され、そんな中私はただ単に自分の趣味のフルマラソンに生かすためだけに、走り方に特化した指導をお願いしており、且つ今回の受講者が自分だけでもあったことから、多分に後ろめたさもありました。

この状況下、「マスターせずには帰れない、申し訳がたたない」とプレッシャーも受けましたが、それなりには仕上がったと見なして頂けたようで、ホッとしています。

ブログを読んだだけでは分かり得ない「正しい動き方の感覚(ドリルもFBTも走り方も)」を手に入れたことが最大の財産だと考えており、これこそ直接指導の意義なのだ、と痛感しております。

とくに上り坂を平地感覚で走れているか否か、この感覚を正しい走り方の合否の判断基準として今後のトレーニングを続けていくつもりです。

ほとんど意識せずとも「西本走り」ができるよう身体になじませることを当面の目標とし、その先に当初の目標であったフルマラソンサブスリーの達成を見据えいます。

「全て伝えた、吐き出した」と先生がおっしゃっていたように、教える側の責任を果たして頂いたことに対し、教わる側の責任を果たすべく、しっかり「人間本来の走り方」を身に付け、結果を出すことで恩返しに代えたいと思っています。

西本先生、ご熱心にありがとうございました。
奥様もご協力ありがとうございました。
智志さん、汗臭い身体のケアまでして頂きました、ありがとうございました。

ところで、自分の身にもいつの日か来たる、親子鷹の姿には何とも言い難い、思うところがありました。

そうそう、自分こそ趣味ばかりでなく仕事もしっかりやらないと…。

仕事に趣味にと、充実した日々を過ごしていけそうです。

日々、静岡の片田舎の夜道を走る教え子がいること、憶えておいて下さい。

改めて、先生、奥様、智志さん、お世話になりました。


今回の受講者はお一人だけでしたが、私の西本塾にそそぐエネルギーは10人参加していただいたときと何ら変わりはありません。

それどころか、一人の参加者のご期待にも応えられないような指導では、自己満足どころか結果責任は果たせませんので、何としても当初の目的を達成していただけるよう、智志と一緒に真剣に向き合わせていただきました。

私たち家族とだけ過ごした二日間を、「2~3週間にわたるホームステイを終えたような感覚にとらわれています」と表現していただいたこと、初めて聞いた言葉でしたので、瞬間少し戸惑いましたが、それだけ濃密な時間を過ごしていただけたものと受け止め、毎回のことですが、参加者の皆さんを見送る際の寂しさは何とも表現しがたいものがあります。

今回はフルマラソンのサブスリーを目標に掲げた市民ランナーの方が、私の走るという行為に対する考え方に興味を持って受講していただきましたので、結果的にはいつもの西本塾とは構成が大きく変わることになりました。

そのことで、少しプレッシャーをかけてしまったかもしれませんが、しっかり取り組んでいただき、とりあえず仮免許を与えてもいいレベルになっていただけたことは、私の指導者としての自信にもなりました。

故障と腰痛で、実技に取り組むことができないかもしれないという状況で広島まで来ていただいたようでしたが、最初に施術を受けていただき、体の状況を確認してから始めることができましたので、予定通りすべての内容で行うことができたことは、お互いに良かったと思います。

夜に食事の際には普段聞くことができないお話も聞けて、智志ともども楽しい時間を過ごさせていただきました。

智志が、「TIさんは父さんみたいなことを言う」と笑っていましたが、まさに類は友を呼ぶという言葉通り、私も聞いていて笑ってしまいそうでした。

息子は父親のことを少し疎んじるところがあると言いますが、こうして似たような言葉を発する人に出会い、私もそれほど変わった人間ではなかったと思ってくれるとうれしいです。(笑)

こういう機会も、西本塾を始めるまで全くありませんでしたので、私にとっても本当に貴重な経験となっています。

西本塾も回を重ね、参加者の数も減ってきました。

西本塾と深める会を隔月で行ってきましたが、来月の深める会と12月の西本塾で、一応一区切りとさせていただき、来年は回数を大幅に減らして、出来れば開催自体は継続していこうと思っています。

西本塾は受講者の皆さんと一緒に、私自身が学びを深める場でもありました。

多くの方に参加していただき、私と同じような考えを持っている方が他にもいてくれることに少し安心もしました。

すべてが組織化し、私が仕事として取り組んでいるトレーナーという仕事でも、資格制度が幅を利かせ、当たり前のことをやっていれば事足りる、いや人間の心と身体を相手にする職人としての経験や技術が、かえって迷惑がられると感じてしまっていた中、同志を得たという嬉しい感覚にもなることができました。

130人を超える受講者の方々が、これからそれぞれの立場で私を超える活躍をしてくれるものと期待しています。

まだ終了してしまう訳ではありませんが、年内の開催で一区切りにしようという思いが湧いてきたと同時に、受講していただいた皆さんとの楽しい学びの思い出が蘇ってきます。

今回参加していただいたTIさんには、改めて感謝します。

私の走るという行為に対する思いを、もう一度整理しなおすきっかけをいただきました。

ホワイトボードに自分で書いた言葉とイラストは、忘れないように写真を撮っておきました、これまでの理論が集約された貴重な一枚になりました。

メモを取っていただいたと思いますが、後々きっとお役に立つと思います。

もっともっと多くの方に伝えたいのが本音ですが、今の立場では座して待つしかありません。

まだまだこれから色々なことをやってみたいと思っていますので、何とか健康管理に気を付けながら、私がこの世に生を受けた存在意義を確かめる作業を続けて行きたいと思います。

体のことを一番に考えて欲しい。

私は仕事は予約制で行っています。
一般的な医療機関であれば、不特定多数の方がいつ訪れるのか分からないまま、その時その時診察室に入ってくる人間に向き合うのですから、医師の仕事に対する感覚は私には想像もつきません。

当たり前ですが、どんな方とも最初は初対面です。
予約の電話を受けた時に、体のどこに問題があって、またはスポーツを行っていてどういう目的を持って、私のところに来てくれるのかを伺うようにはしていますが、実際にお会いするまではどんな方が来られるのか、内心いつもドキドキして待っています。

初回の1時間の中で、その方の要求に私の持っている経験と技術がお役にたてるのか、まずは自分との戦いが始まります。

老若男女、どんな目的で来ていただいたとしても、ご縁があったことはある意味奇跡に近いことで、何としてもお役に立ちたいと全身全霊を込めて向き合っているつもりです。

あまりにも相手に対してのめり込んでしまうので、逆に相手にとって重く感じられてしまうこともあるくらいです。
それくらい結果責任を負い、一人一人に気持ちを込めて接してきました。

それは今も変わっていませんし、変えてはいけないことだと思っています。

約1時間の施術を終えて、自己満足を感じられることもあれば、もっとできることがあるのではと反省することもあります。

そんな日々を過ごす中で、広島市内どころか何時間もかけて遠くから来ていただく方もあります。
そのうちの一人に世間でも話題になった、運動会のピラミッドの事故で股関節を大ケガした学生がいます。

受傷したのはもう1年以上前のことになりますが、直後に高校受験を控えていたため、医療機関で行うはずのリハビリもきちんと受けておらず、親子してそのうちに良くなるだろうという期待とは裏腹に、現状はかなり厳しい状況になっています。

人間生活していくうえで大事にしなければいけないことはたくさんあると思います、その時々で優先順位も違ってくるでしょう。

ただ一つ言えることは「自分の体を一番大事にしなければならない」いうことではないでしょうか。

最近も、東京大学を卒業し電通に勤務していた女性の方が、過剰な残業や仕事のプレッシャーに耐えきれず、自ら命を絶ったという痛ましい事件が報道されていました。

この報道は、女性が高学歴であったことと電通と言う日本を代表する広告代理店であったために大きく報道されましたが、日本では自殺者の数は交通事故死の数よりも多いそうです。

肉体的にも精神的にも追い込まれる人がそれほど多いということです。

逆に、精神的には前向きで、自分のやりたいことを思いっきりやっていたとしても、それを継続していけるだけの肉体的な条件を備えていなければ、下手をすると自分でも想像していなかった状況になってしまうかもしれません。

今回の学生にはその危険性を感じました。

少し厳しい言い方になりましたが、他のことに向けている時間を割いてでも自分の体のために使う時間を増やさないと、取り返しのつかないことになるかもしれないと伝えました。

意識を変えてもらうために大袈裟に言ったわけではありません、もしかしたら本当にそうなるかもしれないと思ったのです。

もっと近い所にお住まいの方であれば、こちらから押しかけてでも手数をかけて体を整えてあげたいと思いました。

もし私が心配する状況になったとしたら、あまりにも可哀想過ぎます、本人に何の落ち度もないのに学校側の指導のまま行ったことでこんなことになってしまったのですから。

ただ本当に危機感を感じません、時間がたてばきっと良くなる、親子ともそう思っているところがあって、私の言葉がどれだけ届いたか、今も確信が持てません。

こういう患者さんを外来で診ている医師は、どれくらい個人に対しての感情を持つのか分かりませんが、私のような仕事の仕方をしている人間としては、すでに他人事ではないのです。

何とかしてあげたい、元の生活ができるようにしてあげたい、しかし、私のできることなど限りがありますし、距離の問題もあります。

昨日親子が帰って行った後、もどかしい気持ちの整理がつきません。

さて、先日取材を受けた健康雑誌「壮快」が発売され、私が監修したページが数ページ掲載されています。

普段この手の雑誌はほとんど気にしたことがありませんでしたが、同じような雑誌が何誌もあることに驚きました。

新聞の広告で、同時発売の「わかさ」という雑誌が目に留まりました、なんと1冊丸ごと操体法特集となっていました。

「壮快」の方は、私の操体法を基本とした、手軽にできる健康体操という感じの記事です。

「わかさ」の方には、操体法指導施設の全国リストというページがありましたが、当然私の施設は載っていませんでした。

対抗する気はまったくありませんが、同時発売の雑誌が操体法の特集というのも、何か縁があったのでしょうか。

創始者である「橋本敬三先生」のことも詳しく書かれており、久し振りに操体法に出会った20代の頃を思い出しました。

今、私が声を大にして提唱していることは、まさに「操体法の基本原理」です。

自分の体の仕組みをきちんと理解して、自分の体ときちんと向き合い対話することによって、健康で長生きできる体を、自分で守り育てていこうということです。

橋本敬三先生も私を指導していただいた渡辺栄三先生も、既にこの世にはおられませんが、長い年月を経て「操体法」という考え方が注目を浴びていることをきっと喜んでおられると思います。

どんな形であれ、私もその一役を担っているとしたら、先生の恩に少しは報いることが出来ているのかなと思っています。

改めて皆さん、自分の体を大事にして欲しいと、心から思います。

取り返しのつかないことになってしまってからでは本当にどうにもなりませんから。

もうひとつ面白いと言っては失礼なのですが、70歳を過ぎ人間という生き物としての晩年を迎えたあたりの方が、痛みというか体の不都合に敏感になりすぎる方が多いことも、最近特に感じています。

ご本人は痛い辛いという言葉をたくさん発しますが、私の施術で改善が必要な動きはほとんど見られないという方がたくさんいます。

人間とはどういう生き物なのか、どういう風に動くように作られているのか、どうやって生まれ成長し、そして老いて行くのか、そんな当たり前のことを考えて生きている人はいないと思います。

しかし、「痛いという感覚」だけは子供の頃からずっと持ち続けています。

「体が喜ぶ、心地よいと感じる」などという感覚は、あまり大事にはしてもらえず、マイナスな感覚だけが歳とともに大きくなっていくというのはどういうことなのでしょうか。

私自身60歳という年齢がすぐそこに感じるようになりましたが、ひと世代上の方の感覚はまだまだ理解ができません。

心と体を共に癒すというか、体は自分の道具ではないということをもう一度考えなければならないと思います。

私の経験などまだまだ未熟なものです、どんな方に対しても変わらずに心を込めて接し対応できるように、日々努力していこうと思います。

ゴルフの練習に行ってきました、ブランコのイメージでスイングできました。

今朝はゴルフの練習に行ってきました。
日曜日でも90分打ち放題ができるため、車で45分ほどかかる練習場に行ってきました。

ここは距離を確認するにはもってこいの広さがあります、一番奥のネットまで280ヤードもあって、練習場の飛ばないボールではなかなかネットに直接届かせることは出来ません。

今日は久しぶりにブランコのイメージのスイングが出来て、真っ直ぐ遠くに飛ばすことができ、アプローチの距離感も良く、パターも芝生の上で30分しっかり練習できたので、充実した練習になりました。

練習場の私を見た人は、きっとアベレージでも80台で回る、それなりに上手いゴルファーだと思うに違いありません、私自身そう思いますから。

もう4年前になりますが、ドラコン大会出場を目指して1カ月以上毎日真剣に練習した時期がありました。

本番前日、家内と三男が今日行った練習場に付いてきてくれ、ボールの行くへを確認してくれました。

その時には持参したコースボールを打つと、しっかり奥のネットに届かせることができて、これなら本番は自信を持って300ヤード越えを狙えると確信しました。

その甲斐あって本番も練習の成果を発揮することができ、高宮町にあるリージャスクレストゴルフクラブ、グランドコースの10番に設定された、ほぼフラットで少しアゲンストという条件の中で305ヤードを記録し、公認の記録賞を今でも大事にとってあります。

私がゴルフを始めたきっかけは42歳の時でしたが、その頃トレーニングを指導していたゴルフの研修生の女性に、体の使い方を指導しながら、自分がやったことがないゴルフのスイングを、本当に私が教えていいものかと思ったことがきっかけでした。

それを言ってしまえば、自分がやったことがないスポーツは一切指導できないということになりますが、プロを目指して真剣に努力している彼女の力に、少しでもなりたいという気持ちの中で、うまい下手は別としても、ゴルフとは何かということの入り口くらいは知っておいた方が良いと思いました。

まったくの初心者である私が使うにはもったいないと言われたり、逆にあまりにも初心者向けの道具ではカッコ悪いなどと、色々考えましたが、研修生である彼女に一任するのが一番間違いないと、道具はすべて選んでもらいました。

その頃流行っていたというか有名だった、坂田塾を主宰されていた坂田信弘さんの指導書や動画を参考にして、ひたすら6番アイアンを練習し続けました。

近くの練習場は平日の午前中なら打ち放題があるので、週に2回は通っていました。
あまりに多くの数を打ち続けて、手がむくんでしまいグーが出来なくなったこともありました。

彼女に話をすると、それはさすがにやりすぎですと笑われてしまいました。
何かに取り組むと徹底してやらないと気が済まない私の悪い癖です。

初めてのラウンドは、当時指導していた三菱広島野球部の12月中旬に行われた納会ゴルフでした。
ドライバーで打った後は何を持っても同じだからと言うか、練習していないので、ほとんど6番アイアンで打ったと思います。

スコアは140くらいだったと思いますが、最後のカップに入れるまでにこんなに大変なことをするのかと、大いに興味を持ってしまいました。

一緒に回る選手たちは、若く体力も当然ありますので、(私が指導しているのですから)あたれば相当な飛距離を飛ばす選手もいました。

私も始めたばかりでしたが、ドライバーの飛距離は普通にキャリーで250ヤード以上飛んでいて、ランを含めると280ヤード飛ぶ時もありました。

ドライバーと言うクラブは、誰が振っても当たればそれくらい飛ぶようにできているのだと普通に思っていました。

それが、同世代やそれ以上の年齢の方と回るようになると、私の飛距離は異常で、他の人より30ヤード以上飛んでいることに気づきました。

そうなると私と一緒に回ってくれる人たちは、私の飛距離を期待し、とにかく遠くに飛ばせと煽られるものですから、右へ左へとOBを何発打つか分からないラウンドが続きました。

そのうちに真っ直ぐ飛ばすにはどうすればと考え始める時期が来て、一気に距離が出なくなり220ヤードくらいしか飛ばない時期が続きましたが、シニアプロの方から、それでも普通の人から見れば十分飛んでいるし、そのうちまた飛ぶようになるから、スコアメイクのために真っ直ぐ飛ばす練習を続けるように言われました。

その後は飛ばしたい真っ直ぐ打ちたいが両立せず、相変わらず安定しないスコアが続いています。

シニアの有名なプロの方や、競技レベルのアマチュアの方からも指導を受けたことがありますが、そこで指導されることは、ことごとく形に出来て、「これを続けなさいすぐに上手くなるから」と言っていただけるのですが、なぜかひとつも身に付いていません。

レッスン書を読み漁り、ユーチューブのレッスン動画を片っ端から見続けて、練習やコースに出るたびにそれを試してみますが、上手く行けば行くほど、もっと良いものがあるのではと、他の方の理論に手を付けてしまうのが常でした。

お蔭で引き出しは増え、自分のことは棚に上げ、人のスイングを見るとどこを変えればいいのか、どこを意識すればもっと良くなるのかが分かるようになってきました。

私のことをよく知ってくれている、数段レベルの高い方からもアドバイスを求められることがありますが、スイングを見ていなくて話を聞いただけでも、ここの動きが違うんじゃないか、この瞬間の意識が違うんじゃないかというイメージが湧き、それをアドバイスすると、「見てもないのになぜ分かるんだ、なるほどそうかもしれない」と、思ってくれることもあります。

どのレッスンにも、それぞれの理があります、それをすべて受け入れて継続すれば、間違いなく上達できるかもしれません。

しかし、私がこれまでやってきたこと、見たり聞いたりしてきたことを総合すると、確かに原理原則に近いことは存在すると思うのですが、実際に行う人間の体の違いや考え方の違い、そして現状のレベルやスイングなど、一人として同じ状況は存在していないのではと思います。

その人たちすべてに、これが正しいからこうやってやってくださいと言うレッスンでは、出来る人と出来ない人が出てくるのは当たり前だと思います。

昨年西本塾で札幌に伺った時、一緒にラウンドしてくれた諏訪さんの友人の方は、飛距離はないがショートゲームに長けていてスコアをまとめられるという上級者の方でした。

是非私に飛ばしのコツを教えて欲しいということで一緒に回りましたが、練習場から拝見して、30代半ばでこの飛距離ではさすがに寂しいというくらいの飛距離でした。

ボールの高さも出ませんから、グリーンの攻め方にも制限が出てきます、それを余りあるショートゲームでカバーする腕前にも驚きましたが、やはりもう少し遠くへ飛ばしたいという気持ちは痛いほどわかりました。

それが私のワンポイントアドバイスで、本人が驚く程の高さと飛距離を生むスイングに変わりました。

そのアドバイスは、「左の脇腹を強く使ってください」、それだけでした。

とてもきれいなスイングでしたが、アドレスからフィニッシュまで、どこに力が入っているのか分からないほど滑らかなのですが、滑らかすぎてメリハリがないというか、ボールに力が伝わっていないと感じました。

アドバイスと言うのは、意識にしても体の部分にしても一か所に絞らなければ実行は難しく役には立ちません。

それもアドバイスを受けた本人が、なるほどと思ってすぐに行動に移せなければ意味がありません。

そして、その場しのぎではなく、自分がそれをこれからも大事なこととして継続してもらえるものでなくてはなりません。

息子智志が、初心者にもかかわらず250ヤード以上の飛距離を打てるのは、動きづくりのトレーニングで、体のどこをどう連動させるのかという意識がしっかりできているので、スイングのアドバイスをする際、「あのトレーニングの時の感じだよ」と言う言い方をしてあげると、すぐにそれが出来てしまうのです。

脇腹をどう意識すれば飛ぶのか、それは誰にでもあてはまるのか、もうお分かりですよね、聞き耳を立てて真似をしても同じ結果にはなりません。

私がアドバイスができるのは、ゴルフの正しい動きを指導するのではなく、さりとて欠点を指摘するのでもなく、その人のスイングの中にある飛ばなくしている要因を見つけてあげて、一番分かりやすい言葉で、できるだけポイントを絞って伝えてあげることです。

他のスポーツ選手の動き分析とまったく同じ手法です。

残念ながらゴルフはスコアという数字が絶対で、自分よりも下手な人間のアドバイスを聞こうなどという謙虚な人は、滅多にいるものではありません。

今のラウンド数では私自身のスコアを縮めることは少し難しいですが、ベストスコアの83を70台にし、コンスタントに80台の前半で回れるようになれば、もう少し大きな声でものが言えるかもしれません。

いくつになっても続けられるのがゴルフの良い所だと思います、加えて人間の欲と言うかゴルファー永遠の欲でしょうか、1ヤードでも遠くに飛ばしたい、よく分かります。

私は1時間もあれば、どんな方でもプラス10ヤードくらいは飛ばせるようにしてあげる自信があります。

飛ばなくさせている原因を探ればいいだけのことですから、筋トレもストレッチもいりません、体とクラブの使い方の問題です。

ああ、私の70台はいつになったら出せるのでしょう。
ドライバーを握りしめ鼻の穴を膨らませて300ヤード先まで飛ばしてやろうと、ティーグランドに仁王立ちする私の姿はちょっとお見せできません。

冷静沈着に行っている他人の分析を、なんとか自分にも教えて欲しいと思いながら、いつまでも飛ばし命の私でした。

走るという行為、素速い動き出しと「アイドリング・ステイ」の概念。

広島地方、久しぶりに気持ち良い秋晴れの空が広がっています。
昨日は台風の影響で、強い風が吹き、自転車通勤で利用している港公園の駐輪場の自転車は軒並み倒されていました。

今夜はサッカーのW杯予選が行われますが、ちょうどその時間帯は学生を相手のトレーニング指導を行っていますので、帰ってからゆっくり録画を見ようと思っています。

私がサッカーの試合を見る視点は限られたものとなります。
いわゆるサッカーをよく知っている方々のように、戦術的な解説やフォーメーションといった部分は、私には分かりませんから。

では、私が何を見ているのか、それは選手の動きそのものです。

当たり前ですが、サッカーはボールを蹴る競技です。
ただ、フリーキックの時のように、誰の邪魔されることなく、自分の思った通りに蹴るという動作をすることはほとんどありません。

走りながら動きながら、ボールを受け、コントロールし、ドリブルで運んで行ったり、パスやシュートといった蹴るという行為を行うことになります。

もちろん味方の選手だけではなく、相手の選手もいるわけですから、自分の持っている技術をそのまま発揮することは簡単ではありません。

そんな中で、いかに自分の能力を発揮し続けることができているか、私はそこを見ています。

選手としての経験はまったくなく、数多いスポーツ種目の中でも、特に興味があったわけではありませんでした。
そんな私ですが、広島と神戸で4シーズン仕事をさせていただきました。

その時にも、サッカーそのものに興味を持ったというより、あくまでも選手個人の体を相手の仕事に終始していたと思います。

もう4年前になりますが、久し振りにサッカーの仕事をすることになった時、それもトレーナーとしてではなく、トレーニングコーチという肩書きで仕事をして欲しいというオファーを受けた時に考えたのは、私の能力をチーム力向上のためにどう活かすかという問題でした。

色々なことをやりすぎてきましたから、的確な言葉ではないかもしれませんが器用貧乏にならないように、しっかり目的を絞った仕事をしたいと思いました。

そこで浮かんだのが、「90分間走り続けるではなく、90分間、頭と体を動かし続けることができる能力」という体の使い方を指導することでした。

サッカーでよく言われる「足が止まる」という現象は、そのまま失点に繋がり、攻撃の形を崩します。
私が切り込めるのはこの部分だと思いました。

具体的なことは過去の記事で何度も私の考えを書き綴ってきましたので割愛しますが、負荷を高め量を増やすトレーニングをしても、このテーマを克服できないことは古今東西歴史が証明していると思います。

ではどうするか、私がおかしいと感じたトレーニングや体の使い方から逆算し根っこをたどっていくと、走るという行為を人間が行うためには、こんな体の使い方をすれば良いのではという結論めいたものを見つけたのです。

皮肉なことですが、それを発揮しようとしたチームを離れた後、これまで名前すら聞いたことがなかった、世界のスーパースターたちの動きを見続ける機会があったことで、私の考えは間違っていなかった、いや正しかったと自信を持って思えたのでした。

西本塾や個人指導で伝えられたのは、その一部分、基本的な考え方や体の使い方でした。

それができるようになるためには、理論的な部分を理解してもらうことはもちろんですが、そういう体の使い方ができるようになるための、最近使っていることばですが、「動きづくりのためのトレーニング」を、継続して行うことが必要なことも当然のことです。

今指導している高校生と中学生の兄妹サッカー選手には、実験と言っては失礼ですが、私が導いて行ける最高のレベルを目指したトレーニングを行なっているつもりです。

既にプロの選手やそれに近いレベルの選手ではもちろんありませんが、そこを明確な目標としている選手という前提の元に指導を続けています。

まだまだ、「動きづくりのためのトレーニング」の基本的なこと部分を繰り返しているレベルですが、それにプラスして行なっている「走るという行為」の指導では、既に大きな変化を感じています。

ピッチの中で最もしてはいけないと思うのが「居付く」という感覚です、次の動作に対応できないからです。

そこで考えたのが、股関節を縦に使うという「アイドリング」という体の使い方です。

これは私が考える走るという行為の基本をなしているものですが、実際にやってみると股関節は縦に使う方が自然なことに誰もが納得してくれます。

次はそこからどうやって動き出すかという問題です。

地面に居付いて、地面を強く蹴って反力を得ることでしか動き出せないと思いこんでいる人にとっては、理解しにくい感覚かもしれませんが、固定概念を離れ実際に自分の体を動かしてみると、なんだそんな簡単なことかと分かり、これまで当たり前だと思ってきたことがバカバカしいとさえ思うようにさえなります。

ではどうやって移動するかということですが、人間が移動するときに使えるエネルギーは3つ、目標方向への重心の移動、重心の落下、上半身と下半身の捻転だと考えています。

その3つを無理なく効率的に使うことが、筋肉の負担が少なく、当然疲労も少なく、なおかつ素速くどの方向へでも動き出せるという理想的な動きになると思います。

そういう動きを身に付けてもらうために行うドリルですが、これまでは「アイドリング」から、引きづりのドリル改め「股関節を引っ張り出しのドリル」を、左右同じ感覚で行えるようになるまで染み付けていきます。

左右別々に行えるようになれば、次は交互に行います。

ここまでくるとかなりこれまでとは違った感覚で移動(既に走りになっていますが)できるようになっています。

ところがここでスピードを上げようとすると、股関節の引っ張り出しという感覚が薄れ、速く足を出したいと、股関節の屈曲動作が顔を出してきます。

股関節はあくまでも伸展を優先させることで、膝は前に上げる意識はなくなり、実際にそれほど高い上がりませんが、逆に踵が高く上がって見えます。

この現象はいわゆる足が流れている状態ではなく、着地する側の足がきちんと股関節の真下に着している証拠でもあります。

その結果として逆の足の股関節はしっかり伸展することができ、スムーズな足の運びでピッチを速めストライドを伸ばしてくれます。

智志は半年でここまでの動きをほぼマスターしています。

次に問題となるのが、動き出し、スタートの速さということになります。

これこそ、私のいう移動のエネルギーの三要素をフル活用しなければなりません、スタートの一瞬だけですが通常の走りの時のような、右と右左と左という同速の動きではなく、左脚を踏み出す時には右の肩を振り出すという対角線の動きを使います。

ところが振り出された右肩を、強く引き上げることを意識すると、次の瞬間から同側の動きに変わってしまうのです。

言葉で説明することは難しく、おそらく読んで頂いてこの動きが正確にイメージできる人はいないかもしれませんが、実際に行うとそうなるのです。

この動きがマスターできると、本当に動き出しが速くなり、あっという間にトップスピードに達することができます。

兄妹は今それに取り組んでいますが、中学生の妹の方が私のイメージに近い動きを行えるようになってきました。

次のステップは、素早くトップスピードに乗って移動した体を、相手の前でどうやってコントロールするかという問題です。

けっして、「止まるストップする」という感覚ではありません。

素速いダッシュで相手の目の前に到達した瞬間に、細かいアイドリングを繰り返すことで、相手のどんな動きにも対応できる準備をするという動作なのです。

この動きには、「アイドリング・ステイ」という言葉を考えました。
「ストップ」ではなく「ステイ」です。

さて、私が指導しているような体の使い方をピッチの上で表現してくれる選手はいるでしょうか。
今夜の日本代表チームの選手たちの動きが楽しみです。

もちろん対戦相手のイラクの選手たちの動きにも興味があります。
まったく知らない選手たちですから、先入観ゼロで見ることができますから。

皆さんも、私のような視点を持って選手の動きを見ていただくと、新しい発見があるかもしれません。

何はともあれ「ガンバレ日本!」です。

私にとって忘れてはいけない「初心」とは。

いつもブログを読んでいただきありがとうございます。
誰に対して発しているものなのか、私自身よく分かりませんが、自分の考えていることを言葉にする作業を続けています。

面白くもない独り言のような、延々と文字だけが連なる、読みにくいことこの上ないブログですが、多い日には100人を超える方が目を通していただいていることに、感謝以外言葉がありません。

さて昨日の月曜日、家内のパートの休みと重なったので、隣町の呉市にある「大和ミュージアム」に行ってきました。

見学するのは三度目になると思います。
一度目は覚えていませんが、二度目は今は亡き私の両親が、長年携わった食品衛生協会の全国表彰を受けることになり、その表彰式が広島で行われるということで、夫婦揃って初めて広島にきてくれたときに、父のたっての望みで大和ミュージアムの見学に行きました。

父は15歳で志願兵として徴兵され、海軍の通信兵として従軍していたそうです。
そして終戦間近、沖縄戦の支援に向かった戦艦大和と一緒に航行中に、大和撃沈の無線を受け、基地に帰還命令が出たそうです。

大和以下、9隻の駆逐艦が囲むように艦隊を組んでの航行だったようでしが、右後方に位置していた父が乗る駆逐艦「雪風」は連合軍の砲撃を免れ運良く帰還できたそうです。

多くの海戦を経験しながら、終戦まで沈まなかった雪風は強運艦とか幸運艦と呼ばれることもあったようですが、訓練が行き届いた本当に頑張った艦だったようです。

逆に、一緒に出撃した他の艦船が大きな損害を受けることも多く、違う言われ方もしていたようでした。

こんな話も、自分の父が戦艦大和とともに出撃していたという事実を知らなければ、きっと興味を持つこともなかったと思います。

あの時、雪風の模型を見つけて、食い入るように見つめていた父の顔が目に浮かびます。

当たり前ですが、船は海に浮かんでいますから、船の下側を見たことはないので、いろいろ思い出話を聞かされながら、なかなかその場を離れようとしない父をじっと待っていました。

写真をつなぎ合わせて、大きなパネルのようにして送ったことを覚えています。

私が生まれたのは敗戦から13年を経た昭和33年、高度成長に沸き立ち、戦争のことも少しずつ語られなくなった頃でしょうか。

しかし、街には戦争で手足を失った傷痍軍人の方がたくさんおられ、子供ながらに大変そうだなと思ったことも覚えています。

今の世の中で、こんな話を自分の子供達にしても、興味を持つどころか、バカなことをしたもんだねで終わってしまいます。

今、私がこの歳になって、自分の子供たちを戦地に送り出すなどという状況は想像すらできません。

世界には、今日、今現在も戦場と化している地域がたくさんあるのはなぜなのでしょうか。
尊い人の命を奪っても、何も得るものがないことは歴史が証明しているはずなのに。

他国はどうでもいいということでは勿論ないのですが、日本の今の平和が続いて欲しいと祈るしかありません。

柄にもないことを書いていますが、今回見学で、改めて自分にとっての初心とはどういうものだったのかと考えました。

明日をも知れぬ命と覚悟を決めた特攻隊員の、家族にあてた遺書とそれを読む肉声を聞き、改めて自分が生きている意味を考えないわけにはいかない気持ちになりました。

私がこの仕事を志した一番のきっかけは、子供の頃から大好きだった野球を、高校の途中でやめてしまったことだと思います。

理由は色々ありますが、一つは体の故障です、体が細く力もなかった私は、それでも夢を持って真剣に努力をしていたつもりでした。

しかし、その努力の方向性というか、何が自分にとって必要なことで、何が正しいことなのか、まったくわからないまま闇雲に頑張っていたように思います。

当時の子供としては当然のことだったかもしれません。

それが大人になり、こういう道を目指すようになってきた時に考えたのは、今の自分のような人間が身近に居てくれれば、自分の人生はもう少し違ったものになっていたのではないかということです。

それが働いていた東京を離れ、故郷宇和島に帰って開業することになった一番の理由でした。

2年間という短い期間でしたが、まさに私が思い描いていたような、中学生高校生で部活に励んでいる子供たちの、駆け込み寺のような存在になっていました。

若さに任せてどんな無理難題にも応えて、彼ら彼女らのために必死で仕事をしていたと思います。

それが私の初心であり、なりたい自分であったはずです。

あれから26年、様々なことがありました。

そして今、私の元を訪れてくれる、あの頃のような純粋な若いスポーツ選手の数はほんのわずかです。
私が歳をとってしまい、あの頃のような兄分のような存在ではなくなったせいかもしれません。

スポーツのそして勝負の世界にどっぷり浸かり、プロのチームやそれに準ずるレベルのチームや選手を相手に仕事をしていた期間が長かったためか、私はそういう人間たちしか相手にしないと思われてしまった部分もあるのかもしれません。

もちろんそんなことがあるはずはありません。

現在行っている競技をずっと続けるわけではないのでしょうが、中学生でも高校生でも3年間汗を流して頑張った仲間たちと一緒に試合に出たい、そう思わないはずがありません。

少々の痛みなら、なんとか我慢してでもプレーをしたい、そんな気持ちを応援する保護者の方や教員の姿を、あの頃たくさん見てきました。

今の私の仕事の形態は、しっかり週休二日の休みを取り、時間もきちんと定めています。

昔のように体の続く限り、どんな状況にも対応します、とは言いきれません。

それでももし、時間外や休日であっても、なんとかして欲しい、こちらもそういうことならなんとかお役に立ちたい、そう思える状況があるならば、それに応えることも私の使命かなと思いました。

人の信頼を得て、それに応える、そして笑顔で帰っていただける、我ながら素晴らしい仕事を選び続けてきたのですから、もう一度初心に返って自分のできることをやっていきたいと思います。

専門性が発展を妨げているのではないでしょうか。

短い時間ではありましたが、ある現役の選手と話をすることができました。
私との接点はたったの一度だけですが、私が提唱する体の使い方と考え方に興味を持ち、真剣に話を聞きトレーニングを行ってくれた一人でした。

そんな彼と久しぶりに会い話を聞かせてもらうことを、とても楽しみにしていました。

子供の頃からその競技に打ち込み、トップレベルにまで上り詰めた選手ですが、選手としての本当の意味での戦いはそこからだと思います。

そのレベルに届いた選手たちには、それほど大きな差はないと思います。

その時々の指導者が考える戦術にマッチした選手が、試合と言う戦いの舞台に立つことができ、単純に選手としての個人の能力だけの問題ではない部分もあると思います。

以前にも話題にした、イブラヒモビッチと言う選手は、誰の目にも明らかなスーパースターだと思いますが、あるチームに移籍した際には、そのチームの戦術に合わなかったようで、本来の力を発揮できずに新たなチームにまた移籍してしまったそうです。

彼ほどの力があれば、直ぐにでも欲しいと手を挙げてくれるチームはあるのでしょうが、そこまでではない選手にとっては、監督が代わるという事態はポジションを失うかもしれないという、選手としての死活問題となるはずです。

では、個人としての能力を高め、どんな要求にも応えられるような選手に成ることは不可能なのでしょうか。

彼が私のトレーニングの指導を受けたいと思ってくれた理由は色々あると思いますが、今回も話題となった「一歩目の速さ」を向上させたい、これに尽きると思います。

相手をかわしていくときにも、相手の動きに対応するときも、動き出しの一歩がすべてを決めると言っても過言ではないと思います。

そのために有効だと言われ、行われているのが、筋力トレーニングであり、瞬発力を向上させ細かい足の運びを身に付けるためのアジリティートレーニングと呼ばれているものだと思います。

こういう考え方はある意味正解で、どこのチームでも取り入れられ選手も真剣に取り組んでいると思います。

しかし、そういうトレーニングをどれだけ真剣に行ったとしても、選手間に差が出てきてしまうことは当然のことです。

もっと言えば一生懸命行えば行うほど、自分の望む一歩目の速さという目的を達成することができなくなってしまう可能性すらあるのです。

真剣に取り組めば取り組むほど結果に結びつかない、まじめな選手は努力が足りないと、さらにトレーニングを続けることになります。

そんな選手だからこそ、私の言葉に耳を傾け、体の使い方という、客観的な評価のされにくいトレーニングを受けてみようという気持ちになるのだと思います。

なぜ一歩目が遅く感じてしまうのか、それはこれまでずっと言い続けてきた、体を移動させるという行為は地面反力を使うという固定概念の中で体を使ってしまい、地面を強く蹴るという意識がイコール地面に居付いてしまうという瞬間を作ってしまっているからです。

人間の背骨は、体の水平面を考えれば、その真ん中にあることは間違いありませんが、前後の関係で考えれば一番後ろにあることも疑いのない事実です。

その背骨を動かしてくれているのは、これも当たり前の話ですが体の後ろ側の筋肉たちです。

そこをうまく使って動き出せた感覚は実にスムーズで、気づいたときには移動できていたという感覚で、逆にぐっと踏ん張って一瞬遅れて動き出したときに比べれば、エネルギーの消費と言うか長時間の繰り返しを考えれば、それに伴う疲労度が大きく異なることは想像に難くないと思います。

そういう感覚で自分の体をコントロールできるようにするためには、言葉で理解しただけでは無理な話で、トレーニングは当然必要となります。

そのためのトレーニングを、「動きづくりのトレーニング」と名付けて、これまで指導してきました。

しかし、それぞれの競技に特有の「動きづくり」には、当然その競技を熟知した専門性が必要なことも当然のことだと思います。

私が行っていることは、どんな競技のどんな動きであれ、人間が行う限りは共通の法則、原理原則と言うものがあるはずで、その部分さえ押さえておけば、どんな動きを要求されても対応できるように準備する、「動きづくりのためのトレーニング」なんだと思うようになりました。

彼はその動きがうまくはまった時には、「これだ」と言う感覚があり、従来の屈筋に頼った力んだ動きになってしまった時にも、「今のは違う」と、とっさの判断が要求されるプレー中であっても、自分の動きを評価することができるようになったそうです。

自分の動きが見えてくると、当然相手の動きも見えてきます。

彼のような一流選手でもなかなか完全には自分のものに出来ない微妙な感覚を、なぜ私のようなその競技を経験したことがない人間が分かるのか、それは私がまさにその競技の素人だからです。

しかし、素人の意見はその競技を長く続け、選手から指導者と歩みを続けてきた人間たちには、ほとんど受け入れられることがありません、聞く耳も持ってくれないでしょう。

選手個々のサッカー選手としてではなく、一人の人間としての能力を向上させるなどという発想は、残念ながら持ち合わせてはいないようです、と言うよりも、考えたこともないのかもしれません。

昨日の夜も地元の女子サッカーチームが降格の危機に瀕していて、ヘッドコーチを代えメンタルトレーニングを導入して、何とか今のカテゴリーに踏みとどまりたいと懸命な努力を続けているという報道を目にしました。

ミーティングでは戦術の徹底を図り、チームとしての意思統一が今まで以上にはかられることも強調されていました。

残念ですが、そんなことはどこでもやっていることです、これまでも行ってきたはずです、それだけで何かが変わると本当に思っているとしたら、申し訳ないですが何も変わらないと思います。

私の技術という言葉に対する定義、「自らの意図(企図)した筋肉の収縮活動を、反復継続して行うことのできる能力」に照らしてみると、いくら戦術の徹底を図ってみたところで、それを表現するための筋肉そのものの収縮のさせ方、いわゆる体の使い方という概念が共有できていなければ、それは絵に描いた餅になってしまうのではないでしょうか。

数日後にはWカップ予選がまた行われます。
日本のトップチーム、トップの組織の意識が変わらない限り、全体が変わって行くはずはありません。

過去にも試合を見ながら思ったことをツイートしたりもしましたが、どこにも届いてはいないでしょう。

しかし、何も変わって行かない現状を憂いている人がいることも伝わってきます、ただそれをどう改革していったらいいのかが分からないだけだと思います。

私の考え方に共鳴し理解しようとしてくれた彼の言葉を借りれば、フロントのGMと呼ばれる立場の人間や、現場の監督の意識が変わらない限り、私の考え方が高いレベルで共有されることは難しいと思います。

私の考えに共鳴し、これだと思ってくれた選手たちが指導者となって活躍してくれるのはまだまだ先の話でしょうから、その時に私に力を貸してほしいと、もし言ってくれたとしても、もう無理な相談です。

今の私が何を言っても始まりませんし、もうそういう環境で仕事をする自分の姿をイメージすることも少なくなってしまいましたが、やはり現役の選手と話をすると、ついつい身を乗り出してしまう私でした。

少し落ち着いて、今日一日の仕事に取り組みたいと思います。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを始めました。
4月15・16日の二日間西本塾を、予定しています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の講習会情報をご覧ください。

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