相手のために何ができるのか、なんのために技術を身につけてきたのか、少し怒りの感情も込めて。

4年前に書き始めたこのブログ、当初は感情が前面に出て、怒りにも似た感情のはけ口と思われても仕方がない記事も多々ありました。

最近は少し大人しくなって他者を攻撃する表現は極力避けているつもりです。

今日は少し感情的になるかもしれないことをお断りしておきます。

昨日から4日間の予定で個人指導を受けに来てくれている中3のK君、小学生の頃にはそれなりの活躍をして、地元のJクラブのセレクションに受かりU15の一員として中学校生活を送ったものの思うような活躍ができずに今を迎え、このままでは終わりたくないという気持ちで私の元を訪れてくれました。

それは年末からトレーニングに通って来てくれているソウタもまったく同じ状況でした。

私の知る限りどんなクラブやチームに所属しても、個人としての能力を高めてくれる指導をしてもらっているという話を聞いたことがありません。

小学生からプロに至るまで、選手は指導者に与えられたコマであって、それをどう使って勝つかということが指導者の評価になっているのではないでしょうか。

もちろん自分のところは違う、育成年代を預かる立場として勝利至上主義でなない指導をしているという方もいるでしょう。

しかし現実に私のところにやってくる子供たちは、みんな素晴らしい能力を持っているにもかかわらず、それを本人に気付かせてくれることもなければ、持って生まれた能力を発揮できるように導いてくれる指導も受けてはいません。

サッカーは指導者にライセンス制度が確立されていて、S級だA級だと自分の能力を誇示していますが、本当に人間の体の仕組みを理解し、個々人の能力を向上させることができるノウハウを持っている指導者に出会ったことがありません。

今私の指導を受けている子供たちが、それぞれあと一年、いや半年前に私の指導を受けていれば、間違いなく違う今があると思います。

体のケアに対しても同じです。

膝が痛い腰が痛い、手術をしてリハビリを行ったが、思うような動きが取り戻せない。

トレーナーにも資格制度ができて20年、それを取得した人間たちのどんな能力が向上したというのでしょう。

K君も膝のオスグッド病と診断されたことで、走ることやボールを蹴ることが怖くなり、ここへ来るまでの数ヶ月間、思い切った動きが出来ていなかったそうです。

それがたった1日、数時間のトレーニングで、本人もお母さんも驚くような動きを見せてくれるのです。

なぜそれが出来ないのか、なぜそれを可能にしてあげられないのか、資格があればみんな出来るのなら、こんな可哀想な選手は生まれないはずです。

本人やお母さんが驚くのは当然です。

私に言わせれば、こんな事にも対応できないレベルでトレーナーだスポーツ医学だと権威を振りかざし、自分たちがやっていることが正しいと思っている人間たちに、猛省を促したいと思います。

もっと真剣に選手や子供たちに向き合わなければ、指導者もトレーナーも自己満足に浸っているだけです。

もうこんなことは言いたくなかったのですが、そんな悩みを抱えてやって来た子供たちが、私の目の前でどんどん表情が変わり、笑顔になっていく様を見て、私が出来ることくらい、当たり前のこととして誰でも出来るようになってくれないと、個人の能力も向上しないし、本当はすごい能力があったにもかかわらず、故障やケガで埋もれていく選手が増えていくばかりです。

きちんと指導してあげられればとんでもない能力を発揮できたのに、その能力に本人も気づかないまま終わっていく選手もいるのです。

監督コーチにそんな暇はない、トレーナーも他の日常業務で手一杯、ならば本当の意味で選手の能力向上のアドバイスができる専門職が必要なことは明らかです。

そんな人材がどこにいるのか、何よりそんなことが可能なのか、もし本当にそんなことができるとしても予算がないから、理由を探せばマイナスな言葉はいくらでも見つかると思います。

私一人がいくら頑張って、私が言っていることが真実だという証明を行い続けても、世の中の常識は私に追いついてはくれません。

こうしている間にも、埋もれ消えていく有望な選手がたくさんいるのです。

この現実をなんとかしたい、私はどうしたら良いのでしょうか。

私の指導で様々な能力を身につけてくれた中学3年生が、今日のJリーグの開幕戦をテレビで観戦し、「体の使い方が全然ダメですね、一対一の対応なんてお手本になる選手が見当たりませんでした」と、真顔で言い放つのです。

私の指導を受け、実践できるレベルに達していると、そんなレベルにしか見えないのです。

何をどうすればプロレベルの選手や指導者たち、フロントも含めてでしょうが、その現実に気がついてくれるのでしょうか。

どんな有能な指導者がどんな戦術を駆使しようと、個人の能力、体の使い方が向上しなければ、Jリーグのレベルアップも、世界と戦うという言葉も、ただの掛け声にしか聞こえません。

トレーニングキャンプで体をいじめ追い込み、長丁場のリーグ戦を戦い抜く体力を身につけたはずの選手たちが、そのキャンプ中に故障をしたり、始まったばかりの開幕戦でいきなり肉離で負傷退場するという現実を、おかしいと思わないのでしょうか。

選手にきつい辛いと感じさせるトレーニングを課すことが、フィジカルコーチの仕事なら、素人でも出来ます。

書いていてだんだん腹が立ってきましたが、今言わずにいつ言うのかという気持ちになったので、こんな記事を書きました。

お前に言われなくても、自分のところではこんな素晴らしい指導をしている、こんな体制で子供たちの指導をしていると、胸を張って反論してくれる指導者がたくさんいることを願っています。

私も昨年まで西本塾というものを主催し、この人ならという人材を発掘し育成したいと思いましたが、残念ながら私の目に叶う人は現れてはいません。

もちろんその基準は恐ろしく高いですが、一人でもそういう人が現れてくれないと現状を変えることは出来ないと思います。

来月からそうなるかもしれないと期待する塾生が、月に一度の定期指導を申し出てくれていますので、とりあえずはその彼に大きな期待をしてみたいと思います。

私にできることは他の人間にもできるはずです。

それが出来ないのは、本気で絶対にそうなってやろうという覚悟ができていないからです。

指導者と名乗るなら、トレーナーと名乗るのなら、自分が本当に身につけなければならない能力はなんなのか、誰のために発揮する能力なのか、よく考えた方がいいと思います。

オリンピックや世界と名の付く大会に帯同し、日の丸のジャージを支給されることが目標ではあまりにも寂しいです。

明日明後日と、K君のために公園でボールを使ったドリルも行います。

ここへ来るまでは走ることもままならなかったK君が、どうしてこんな短期間に動きを取り戻したのか、そのために私が何を考え何をしたのか、想像してほしいと思います。

たぶん何もわからないと思いますが。

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たった二日の指導でも人間の動きは変えられる、それは持って生まれた能力を引き出してあげるトレーニングだから。

二日間の指導を受けていただくために遠くから来ていただいたSさん父娘のお父さんから、感想を届けていただきました。

いつもぼやいているように、私の指導を受け、そこにすごい効果を感じてくれた選手たちは、私の指導を受けていることどころか、私の存在自体を秘密にしようとしてしまいます。

それはどんなレベルの選手も同じで、指導を受けた選手からの紹介で来た選手はほとんどいません。

それは本当に私の指導で自分の能力が向上していることを実感し、ライバルや仲間たちに差をつけたいという、競技者としては当然の心理かもしれません。

彼らは本当に縁としか言いようのないつながりで私と出会い、私の指導を心から信頼してくれます。

私も仕事として行っている限りは、当然指導対象を増やしたいところですが、そういう訳で一向に増えて行く気配がありません。

だからこそ縁あって指導を受けてくれる選手たちに対しては、私に出来る最善を尽くして指導しています。

今回も、何とかして父娘の希望を叶えたいと、様々な準備をしてお迎えしました。

現状をお話しし、個人が特定されない範囲でいいので、今回の感想を送っていただきたいとお願いしていましたところ、さっそくお届けいただいたので、紹介させていただくとともに、私の考えを書いておきたいと思います。

まずは送られてきた感想です。

西本さん 智志さん

2/20から二日間お世話になりました。

本当にありがとうございました。

トレーニングを一緒にしてくれたHくん、Aさん、それからお母様にも大変感謝しています。

今回参加した理由は、今度3年になる娘が悔いなく高校サッカーを終えられるようにしてあげたいという思いからでした。

怪我も多かったこれまでは、完全に不完全燃焼、見ているこちらもついイライラから口を出しでしまい、喧嘩になることもありました。

ですので今回は2度目ということもあり、西本理論(かなり忘れているはずですが、1度教わっているので少しはベースが残ってるはず)をおさらいさせてもらって動きを改善させつつ、怪我をどう防いだらいいか、その予防法を聞きだすことを目的に臨みました。

初日、久々に器具を使ったトレーニングは、本当にキツかったようですが、Hくん、Iさんが一緒に行ってくれたドリルからは、相当楽しかったようです。

お手本がそばにいてわかりやすかったこと、ドリルを進めるうちに自分の動きにキレが感じられる、なんとも言えない感覚にワクワクしていたとのことでした。

それにしてもトレーニングを続けてきた二人の動きは、別格ですね、素晴らしい、力感がないのに、速い、キレてる。

二人が出場している試合が見られなかったのが残念でなりません。

それにあの姿勢は、日本人的ではないですね、背中がスッと、お尻がきゅっとアップして外国人アスリートのよう。

身長は高くないのに大きく見えました。

新たなステージでの活躍を祈っています、本当に楽しみですね。

最終日は、前日の「伸kingトレーニング」の復習から。

器具を使わなくても継続できるアイデアをいただき、感謝です。

おさらい中に西本さんの話を聞いている娘の立ち姿が、明らかに昨日と違うことに気付きました。

変な言い方ですが、たった1日でも変わるんですね。

それから外でのドリルの復習とランニングフォームのチェックでは、坂道を駆け上がる娘の素晴らしいスピード感、傾斜があっても緩まず、まるで平地を走っているようでした。

最後にボールが体の横を通り過ぎてからターンした時のキレが格段に良くなっていたことにも驚きました。

2日間ですが変わりましたね、いや変われました、ありがとうございました。

あとはお話しされた通り、意識し続けること、継続することですね。

今度は遠隔でのチェックもお願いしたいと思います。

広島に行ってよかったです。

新しい出会いもありましたし、娘の気持ちもかなり前向きになりましたから。

西本さん、これからも健康に留意され、悩めるアスリートの光となってください。

今後もよろしくお願いします。

ありがとうございました。

高校サッカー女子選手の父より

二人はちょうど一年前にも私の元を訪れてくれました。

同じように二日間、その時点で私が伝えられることを真剣に指導させていただきました。

その後は遠隔地であるために直接指導させていただく機会はありませんでしたが、私の中ではずっと気になっていました。

今回もう一度指導をと言っていただいたときに、真っ先に浮かんだのが現在指導を継続中の兄妹のサッカー選手のことでした。

とくに妹のアイコちゃんは4月から高校女子サッカーの名門チームに進学が決まっており、現在そういう環境で練習を行っているWさんの動きを間近で見られることは大きな経験になるとともに、自分の現在の立ち位置というかレベルを確認できる、大きなチャンスだと思いました。

当然Wさんにも、私の元で5か月間トレーニングを積んできたアイコちゃんがどんな動きが出来るようになっているのかを肌で感じることで、学年は二つ違いますが、年下のアイコちゃんの動きにきっと驚き、自分にもできるはずだと思ってもらえると考えました。

加えて高3のヒカル君の動きには、私のトレーニングを継続することで、こんな動きにまで高めることが出来るのだということを見て欲しかったのです。

その狙いは見事にはまったと思います。

ケガでしばらくボールを蹴っていなかった、やっと走れるようになったばかりだというWさんが、そんなことが信じられないように走り回りボールを蹴る姿は、ずっと見守ってくれたお父さんはもちろんのこと、本人が一番驚いたのではないでしょうか。

私が言い続けている、故障や痛みの原因は、正しい体の使い方が出来ていないこと、それを行うに足りる基礎体力が備わっていないこと、どちらも兼ね備えていたとしてもオーバーワークになってしまえば体は悲鳴を上げるということ、この3つです。

最後のオーバーワークに関しては、私が単独で負荷を調整することは出来ませんが、前の二つはまさに私の仕事です。

今回も、正しい体の使い方を体に染み込ませるために「伸kingトレーニング」を行い、その後に行うドリルの時点で、すでに昨日までこんなことは出来なかったという動きが出来るようになりました。

加えて、ヒカルくんとアイコちゃんが、まさにお手本の動きを目の前で見せてくれるのですから、昨年私が一人で指導させていただいたときとは、まったく違う感覚だったと思います。

お父さんが驚いていたように、この兄妹の体はまさに日本人離れした体型になっています。

サッカー選手にありがちな、ただ足が太いだけの体ではありません。

お尻はまるでブラジルのサンバダンサーのようにプリッと上を向き、二人とも小柄ではありますが、只者ではない感というか、オーラさえ感じさせます。

ヒカルくんは、ここに来る前からそれなりのレベルの選手だったようですが、5カ月たった今どこに出しても恥ずかしくないどころか、すぐにJリーグのチームに入っても活躍できるレベルにあると思います。

この期間の成長は誰の目にも明らかですが、こんな短期間にそんなことがあるわけがないと思われるのは当然で、もう少し早く指導を始めていれば、違う進路になったのではないかと私は思っています、それくらい変わりました。

アイコちゃんは、お母さんの話によると進学が決まっている強豪校に進んでも、活躍レベルではなかったようです。

本人の強い希望で、どうしてもその学校に行きたいということで、進路を決めたようでした。

現在所属するチームの指導者からも、アイコがそんなところで通用するわけがないと、辛辣な言葉をかけられてもいたようでしたが、今現在の彼女の動きを見て、何も言わなくなったそうです。

私が指導しているのは、それぞれの人間が持って生まれた能力を余すところなく発揮できるようにしてあげることで、新たな特別な能力を授けてあげられるわけではありません。

それでも二人はとんでもない進化を見せてくれました。

私の想像をはるかに超えたものでした。

それはなぜか、様々な要素があると思います。

まずは本人と保護者の方の熱意、私の指導に対する信頼度、そしてそれを継続できる環境は何より必要です。

子どもたちには常々言い聞かせています、毎回連れて来てくれてトレーニングしている姿を応援してくれているお母さんと、その環境を与えてくれているお父さんに感謝しなさいと。

そして何より驚かされるのは、人間本気で取り組めばこんなにも変化していくのだという可能性を誰もが持っているということです。

それを引き出すのが私の仕事です。

お互いが真剣に向き合い、覚悟を持って取り組めば、こんなことが起きるのだということを、この二人だけではなく、私が指導させてもらっている子供たちから学ばせてもらっています。

Wさんは最終学年を迎えるにあたって期するところがあると思います。

記事にも書いたことがありますが、あるJリーグの選手が故障を抱え、納得した練習も出来ないまま現役を終わりたくないと、指導を受けに来てくれたことがきっかけで、本来の動きを取り戻し、サッカーが本当に楽しいと思えるようになったと報告してきてくれたことがありました。

毎日の練習が楽しみで、それでもチームとしてメンバーに選ばれないのであれば、それは現実として受け止めることが出来る、最後までこの状態で選手を終えたいという言葉そのままに、最後は悔いなく引退しスタッフとして後進の指導にあたっているということでした。

Wさんも、この2年間は故障続きで不完全燃焼だったと思います。

今回、アイコちゃんの動きを肌で感じたことで、これまで高い壁だと思っていたライバルたちの動きもそれほどではないと思ってくれたと思います。

自分にもできる、これからでも追い付き追い越せる、そう思ってほしいと思います。

今回の指導に関しては、色々な準備をして最高の結果に結びつけられたと思っています。

私に縁があった人たちにはみんな等しく、出会って良かったと思ってほしいと願っています。

「夢先案内人」、迷える選手に進むべき道を示し明かりを灯す、そんな存在であり続けたいと思います。

お父さん、Wさん、遠くから来ていただき本当にありがとうございました。

最終学年、悔いなくサッカーが出来るよう、そして活躍できるよう広島の地から応援しています。

明日からは別の母子が指導を受けに来てくれます、またまた休日返上の週末になりますが、今回と同じように「広島に来て良かった、西本の指導を受けて良かった」と言っていただけるように、頑張りたいと思います。

今月はいろいろありましたが、自分に出来ることを前向きに頑張って行こうと思います。

不安定の中にこそ安定がある。アイドリング・揺れることの意味。

私がなぜ屈筋ではなく、伸筋の重要性を発信し続けているのか、その一つの答えが今日の記事の表題にあります。

トレーニングイコール肉体の強化、それが体幹であったり太腿の裏側であったり、体の前面の腹筋や胸筋だったりと、とにかく強く大きくということがトレーニングの効果であり、目的だという認識が疑うことのない常識だと思われています。

トレーニングを頑張れば、ケガをしにくい体が手に入る、自分の足らない能力を補ってくれると信じ、一生懸命に取り組んでいると思います。

現在グループトレーニングを行っている4人のなかで、スタート時点ですでに「体づくり」という目的は十分に果たしていたのが高2のY君でした。

高校入学時には細身だったそうですが、チームで取り組まされている筋力トレーニングのお蔭で、入学後の1年間のトレーニングで10キロ強の体重が増加したそうです。

本人の努力は想像を超えるものだったと思います。

当然本来の目的である、彼にとって苦手だったスピードや俊敏性といったサッカー選手にとって大事な能力の向上も期待していたと思います。

ところが彼の期待に反して、動きの改善が図られるどころか、さらに重くぎこちない固い動きとなり、本物のゴリラには申し訳ないですが、ゴリラのような動きと評される、目指した方向性とは全く違うものとなっていました。

言われたことを言われた通り、いやそれ以上に努力したからこそ、チームの誰よりも立派な筋肉を身に付けられたのだと思います。

そういう指導が、本当に人間の動作にとって、サッカー選手としての彼らの能力を向上させるためにプラスになると信じている指導者の側にこそ責任があるのです。

「どうして素早い動きが出来ないのか、どうして柔らかいボール扱いが出来ないのか」、それが自分が一生懸命頑張ってきた「体づくりのためのトレーニング」の一番大きな弊害だと言われたら、彼はどうすればいいのでしょうか。

残念ながら、まさに彼はその悪循環の中に居て、そこから抜け出すことが出来ていません。

後の3人は、幸いなことにゼロからのスタートだったので、私の指導を頭も体もすんなり受け入れてくれ、加えて本来の目的であるサッカ-の動きが向上しているという実感があるため、すべてが良い循環を生んでいます。

ではなぜ体づくりのトレーニングが、私の言う良い結果を生まないどころか、さらに悪い方向へと引き降ろしてしまうのでしょうか。

それは体を安定させてしまうからです。

体が安定するという言葉にマイナスなイメージを持つ人はまずいないと思います。

昨今のマスコミ報道でも、「トレーニングによって体幹が安定したことがフォームの安定につながった」という意味合いの言葉が多く使われています。

それを見聞きする我々の側は、疑うことなくなるほどそういうトレーニングを行えばいいことがあるんだと思わされます。

では、私が求めている方向性とはどんなものなのでしょうか。

我々人間は重力というものが存在する、丸い地球の上に二本の足で立って生活しています。

ここに発想の分かれ道が出来ます。

ひとつは重力に抗して安定を得るために、体を強くするという方向性です。

「どこからでもかかってこい」と言わんばかりの強靭な肉体、押しても引いても倒れない体に鍛え上げようというものです。

これは一見正しいように思いますが、ひとたびバランスを崩されると、あっけないほど簡単に倒れてしまいます、それが重力の中で生きているということです。

対して私が求めていることは、重力の中で二足歩行をしなければならない我々にとって、安定がすべてではなく、不安定をうまく利用し、不安定な中に暮らしているからこそ発揮できる体の能力を磨いていこうという考え方です。

安定を求めて地面を踏みしめ、居着いてしまうのではなく、いついかなる瞬間も前後左右そして上下にと重心を自由に移動させることが出来る状態にしておくことこそ、我々に与えられた最も優れた能力であると考えるのです。

ここ最近の気づきですが、これまで歩く走るの一番の基本となるドリルである「アイドリング」という動作を行ってもらう時、その一番の目的は、おそらくこれまでまったくイメージがなかった、「骨盤を縦に動かす、いや骨盤が縦に動く」という事実を正しく認識してもらうために考えたドリルでした。

今でもそれは変わっておらず、絶対に感じ取ってほしい感覚の一つです。

とくに初心者の方には、しつこいくらいこのドリルの重要性をお話ししています。

そして、さまざまなトレーニングやドリルを繰り返し、実際のサッカーという競技の動作に結び付けて行く中で、このアイドリングという動作から前方への移動までのドリルが、大げさに言えばすべての動作の基本になっているということを確信しました。

このドリルの動きが正確に理解し実行出来ないと、その後のドリルや動作は私の意図している物とは似て非なるものになってしまうということです。

「骨盤を縦に動かす、肩や肩甲骨を縦に揺する」、言葉で言えばそうなるのですが、体の部分ではなく全体が一つの物体として揺れているという感覚まで行かないと、不安定を使いこなすというレベルにはとても届かないことが分かってきました。

人間の体は体重の約60パーセントが水分でできていると言われています。

皮膚という皮袋の中身は60パーセントが水分なのですから、それが気持ち良く揺れてくれなければスムーズで滑らかな体の動きなどできるはずがありません。

残りの40パーセントをいくら力ませたところで、所詮は半分にも満たない存在なのですから。

深めのワイングラスの中に60パーセントの水を入れたところを想像していただき、それをゆったり揺らしたところで中の水がこぼれることはありません。

それを40パーセントが支配してコップを激しく揺らせたとしたら、水はコップの中から飛び出してしまうでしょう。

不安定な地球上に立つ我々こそが、良い意味での不安定さを失うことなく上手に体を操ることこそが、本当の意味での「自らの意図した筋肉の収縮活動を、反復継続して行うことが出来るの能力」と私が定義した技術そのものではないでしょうか。

その不安定さ柔らかさを一番表現してくれるのが、骨盤と背骨だと思います。

棒高跳びのポールは、選手の体重や筋力、そして目的とする高さに応じてグラスファイバーで出来たポールの硬さを変えて使用するそうです。

柔らかくしなやかであれば良いというものではありません。

その選手の求めるレベルに応じた強さが必要なことは当然のことです。

その強さの意味が間違って伝えられているというか、私が間違いだと思っている概念を、世の中のほとんどの人たちが正しいと思ってしまっているという訳です。

不安定を使いこなすためにはそれ相応の筋力が必要となります。

それが骨盤と背骨を操ってくれる、広背筋を中心とした背中の伸筋群です。

そのために、ベンチプレスもスクワットもすべてのトレーニング種目は、背骨を動かすために行うと言っているのです。

それを本当の意味で分かってもらうためには時間がかかります。

頭で理解したつもりだけではまったく意味を成しません、逆に体がトレーニングによって私の求める動きに近づいたとしても、理論的な部分の理解がなければ応用が利きません。

それくらい難しい作業です。

まだ意識が確立されていない中高生だから、継続した指導を受けているからこそ、半年足らずで私の指導を吸収出来たと言えるかもしれません。

彼らが出来たことが他の選手にできない訳がありません。

これまでは「私が出来ることを、君たちが出来ない訳がない」という言い方をしてきましたが、これからは「中学三年生の男女でも出来たことを、君たちができない訳がない、自分が変わりたくない変われないと逃げている言い訳に過ぎない」と言ってやろうと思います。

体全体が揺れているアイドリングから、上半身と下半身をほんの少し捩じってあげることで、重心が移動し前方に進んで行くことが出来ます。

さらにその動きの回転数を滑らかにあげて行けばスピードが上がります。

その後に続く「引っ張り出しのドリル」にも、新しい大きな発見がありました。

この部分はこれまでにない大きな変化だと思います。

トレーニングに通って来てくれる彼らから、次から次へと大きな気付きを与えてもらっています。

それは私の真剣さと、彼らの真剣さが正面から向き合っているからこそのものだと思います。

4月開催予定の西本塾までまだ時間がありますから、まだまだ新しい何かが私の中に湧き出してくれると思います。

私自身がそれらをどう整理して伝えられるか、開催はまだ決定ではありませんが、実現したらきっと面白いものになると思います。

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自らの意図した筋肉の収縮活動を、反復継続して行えるようにするのがトレーニングの目的。

これまで色々な形で指導をする機会を与えて頂きました。

一口で指導と言っても、色々な意味があり、一括りにして語ることはできません。

私の場合、私に期待されていることに応えるというよりも、対象となる選手やチームにとって何が必要なのか、それを正確に見極めることなしに指導はできないと思ってきました。

ですから、私を受け入れた側からすれば、そんなことは頼んでいないと思われることも多々あったことと思います。

もちろん私がその組織の最高責任者として招かれることはありませんし、個人が対象だとしても、私の考え方がすべてに優先されるとは思っていません。

ただ、私が関わった限りは、期待された以上の結果を出させてあげたいという思いが何よりも優先されました。

その過程では当然のように軋轢があり、衝突することもありました。

それでも目先の結果ではなく、もっと大きな目標に目を向けさせ、そこに到達するためにはこういう考え方や方法論が必要なのだと、熱く語ってきました。

トレーニングに関しては、何度も繰り返し書いてきたように、ただ体を追い込む、いじめるなどという発想はありませんでした。

選手にとってはそう感じることもあったかもしれませんが、私の中ではすべてにおいて計算ずくで、本当に必要な能力を獲得してもらうためには絶対に乗り越えなければならない課題でした。

10年くらい前だったでしょうか、当時指導していた社会人野球の三菱重工広島が、立派な雨天練習場を新設してくれました。

それまでは雨が降ると、練習らしい練習ができず、スケジュールが大きく狂ってしまうことがありました。

雨天練習場のお陰で、その問題が大きく改善されたことは言うまでもありませんでした。

中でも、私が取り入れたサーキットトレーニングは、選手の能力を大きく向上させられたと思っています。

選手を2人ずつペアを組ませ、できた数だけの種目を並べ、時間を決めて交代で行わせ、すべての種目を一回りもしくはふた回りさせるというものです。

その種目は野球選手としてだけではなく、スポーツ選手として必要な、あらゆる動きをスムーズに行えるように考えて設定しました。

時間はその時期の練習や、前後のトレーニングの内容を勘案して、けっして無理なく、そしてもちろんかなりきつい内容でした。

一人が行っている時には、相棒は休んでいるのではなく、補助と言うか一緒に動きていなければならない種目がほとんどですから、二人が終わった瞬間に隣の種目に移動して行うので、インタバルというか休憩はありません。

団体競技ですから、できれば全員が高いレベルの能力を身に付けて欲しいことは当然ですが、個人差が大きいこはある程度仕方がないことでした。

それを自覚してもらう意味でも、全員で行うサーキットトレーニングには意味があったと思います。

ややもするとトレーニングはが、ただキツければ効果あると思われてしまうことがありますが、それはあくまでも結果であって、指導する側される側、双方の自己満足に過ぎないことがほとんどです。

問題はその内容であることは誰が考えても分かることで、その一つ一つに意味を持たせなければ、行う意味はありません。

今行なっている中高生のサッカー選手たちとのトレーニングも同じです。

彼らには明確な目標があります。

そして、私のところでトレーニングを行うことができる期間も、最初から決まっていました。

ただの肉体改造で、体重の増加や筋力アップが目標なら、本意ではありませんが、そういう指導もできたかもしれません。

4月からそれぞれ次のステップに進み、そこからさらに上のステージを目指す彼らに、今、身に付けて欲しいことを、限られた期間の中で指導しなければならないという、私にとってもひとつの挑戦でした。

これまで作り上げてきた理論を基礎としたノウハウで指導すれば、それぞれの目標に対して、ここまでは届かせることができるという勝算は当然ありました。

今回驚いたのは、私が過去指導してきた誰よりも、中高生の彼らの変化は大きく、私の予定というか想像をはるかに超えた能力を身に付けてくれています。

彼らはただ言われたことを素直にやってくれるだけではなく、実際のプレーの中の動きとの関係性や、トレーニング自体の意味に対しても、貪欲に質問し吸収してくれています。

そのやり取りの中で、私自身がこれまで感じてこなかった沢山のことを気づかせてくれています。

そんな中、受験勉強が一段落し、4月からの生活に気持ちが向かい始めると、トレーニングに対しても、今やっておかなければ、4月以降どうなるんだろうという不安感からか、頻度を増やす傾向が出てきました。

動きが明らかに変わってきた、トレーニングが楽しくて仕方がない、その効果を感じれば感じるほど、トレーニングを休みなくない、1日でも多くトレーニングをやりたい、その気持ちは嬉しいしよく分かります。

しかし、いくら若くて疲れ知らずの年頃とはいえ、また彼らの息遣いを感じながら、負荷を調整しているとはいえ、明らかにオーバートレーニングになっていると感じる部分が見えてきました。

こうなると自分から回数を減らしたいという言葉は言いにくいと感じて、私の方から回数を制限すると伝えました。

体はけっしていじめるものではありませんから。

この先、自分の夢を叶えてくれる、もっとも信頼すべき相棒なのです。

その信頼関係を作り上げるのが「伸kingトレーニング」「動きづくりのトレーニング」なのです。

自分の体をどうやって動かしたいのかをきちんと意図し、それが正しく行われているかを検証しながらトレーニングを行わなければ、意味がないのです。

楽そうなイメージがまだあるかもしれませんが、頭も体もフル回転させなければならず、想像以上にきついトレーニングです。

彼らと過ごす時間の中で、指導する側として何をどう伝え、色々な意味で彼らをどうコントロールするかという部分に関し、日々新たな発見があります。

これまで私は相手の能力の限界が、ある程度見えてしまうというか、決めてしまうことがありましたが、彼らを見ていると、そんなことはまったく意味をなさないことが分かります。

彼らの能力は無限大で、どこまで成長していくのかは、彼らがその歩みを止めない限り永遠に続いて行くような気さえします。

そんな彼らのお手伝いをさせてもらっていることを、とても嬉しく思います。

長く指導を続けられないことは残念ですが、3月末までの半年間とはいえ、彼らの人生の中で貴重な期間だったと思ってもらえるように、もうひと頑張りしたいと思います。

「想いは届く」のかもしれないという話。(雑感)

今日からの4日間、広島地方でも天気予報に雪マークが付いています。

寒さが苦手な私にとってはまだまだ辛い毎日が続きますが、一昔前に比べると着るものの暖かさが格段に違い、口で言うほどの寒さは感じていないのかもしれません。

私の趣味であるゴルフのウエアも、以前であれば雪だるまのように厚着をしなければ、とてもじゃないけど雪や風の中、山の中を歩き回ることなど不可能でした。

それが今では暖かい下着とその上に2枚着れば十分寒さに耐えられるのですから、科学の進歩というのは素晴らしいものです。

それは、「こんなことができたら良いな、こんな下着やウエアがあったら良いのにな」という、素朴な欲求というか、大げさにいえば夢を語らなければ何も始まらなかったことだと思います。

私の発想もまったく同じで、「こんなことができたら良いな」、すべてはそこから始まっています。

「こんなことができたら良いな」の源には、実はすでにこんなことができている人間がいるという事実を知ってしまったことです。

なぜこんな動きができるのだろう、どういう意識で体を操っているのだろうと想いを巡らせていると、不思議なほど答えが見えてきます。

見えるというか、私が見続けている人間の体が、「こうやって動けば良いんだよ、こんな感覚で動いているんだよ」と、語りかけているような気さえするのです。

そこから先は、残念ながら教えてはくれません。

どうやったらそんな動きができるのか、どんな体でどんな意識を持って体を操ればそこに近づいていけるのか、そんなことを考えることが楽しくて仕方がないのです。

そうやって方向性が示され、答えらしきものが見えてくると、やはりそれらを必要としている人間に教えたくなります。

縁あって私と出会う人たちは、私と同じように、「どうやったら今行なっている競技の技術が上手くなるのだろう、今現在一生懸命努力を積み重ねてはいるが、自分の知らない何かが他にあるのかもしれない」と、常に向上心と野次馬根性というアンテナを高く掲げていたからではないでしょうか。

現在夜間に行っているグループトレーニングを始めたのも、体の不調を訴え来所した子供とそのお母さんに、並々ならぬ意欲を感じたことがきっかけでした。

私にそれが伝わってこなければ 、私がそれに応えようと行動を起こしこともなかったはずです。

「想いは届く」とか「夢は願い続ければ叶う」などという言い方がありますが、夢や目標は言葉や気持ちとして外に出さなければどこにも届かないし、想い続けなければ簡単に叶うはずはありません。

どんな大きな夢も、他人からみればとるに足らない小さな夢や目標もまったく同じだと思います。

今の私は、自分にとっての大きな目標や夢は何かと問われれば、胸を張って言えるようなものがないのが少し寂しい気もしますが、それとてよく考えてみると、少しでも多くの人に認められるような舞台を想定しているだけのことです。

そういう場所は、表向きは華やかな成功感があるかもしれませんが、その内容が本当に評価されたものかどうかは別の問題です。

今の私が自己満足を感じられているのは、私が思考錯誤して作り上げてきたものが、確実に誰かの夢の実現をサポートしているという実感があるからです。

自分の夢や目標を実現するという立場から、誰かの夢や目標を応援できる立場に変わったということです。

正直まだそれだけで満足できているかと言われれば、すんなり頷くことは難しいかもしれません。

しかし、よく考えてみれば私のやってきたことの究極の目的は、誰かの役に立てる人間になるために、他の人とは違う何かを身に付けることだったのです。

そういう意味ではすでに私は人生の後半に差し掛かり、その夢を果たしているのかもしれません。

生活して行くためにはそれだけでは済まない部分があって、どうしてもそちらに目が向いてしまいますが、私がこんな人になりたいと思い続けてきた能力が、既に身についてきたことは間違いありません。

これからはそれらをどう活かしていくのかが、私の目標となるはずです。

小さなこと取るに足らないことを大きな問題として受け止め、誰よりも真剣に人間の体と向き合ってきたつもりです。

だからこそ次から次へと新たな疑問が湧き出て、それを解決する術を探ってきました。

ブログでも紹介しましたが、何度かこのブログにも登場していただいている西原雄一さんと一緒に等々力で試合を観戦させていただいた時、試合中やその後の会食の間にも色々な質問をしていただきました。

私にとって誰かが疑問に思っていることを自分の言葉で説明することほど楽しいことはありません。

なんでも知っていると自慢するわけではなく、私はこう思うという言葉が、一つのテーマから始まって堰を切ったように溢れ出て止まらなくなるのです。

その中でひとつ残念だったのが、海外に出ていった日本人サッカー選手が、どうして日本で活躍していたときのような体の動きができなくなるのかという質問をもらったときでした。

私の中では確信めいたものがあって言葉では説明しましたが、現実としてそれを裏付けるためには、平面の世界で繰り広げられる試合を何回何十回見ても、絶対に間違いないと言い切ることがどうなのかという思いがありました。

現実としてそれを確かめるためには、現地に行って生で選手の動きを見るしかありませんでした。
それもできることなら試合での動きだけではなく、練習している彼らの姿、それもトレーニングルームでのと、欲求は募るばかりでした。

そんなことが許されるはずはありません、どう考えても不可能なことです、こういうことを夢というのではという、現実離れした話でした。

そんな思いを持っていなければ、もしそんなチャンスが奇跡的にあったとしても、そういう視点で見てくることはできないと思います。

一時が万事です、自分のやりたいことがあるのなら、そこに近づくための努力、それに必要な情報収集、それを手に入れるための行動力が必要ですが、その努力さえ惜しまなければ必ず近づいていけるような気がしています。

行動には分岐点があって、自分の望んだ方向には進んで行けないこともあります。
そんなことの方が多いのかもしれません。

でもどんな結果になったとしても、そこに至った努力が消えることはありませんし、あそこでこっちの道へ進めなかったからこそ今があると、後になって後悔ではなく胸を張って良かったなと思える時が必ず来ます。

私は自分の人生を「人生あみだくじ」などといい加減なことを言ってきましたが、失敗とか後悔などという言葉ではなく、素直に今が一番良かったと思っています。

過去は変えられませんが、少なくとも今現在私に縁があって関わっている人たちにとって、私の存在が、それぞれの夢や目標に近づけてくれる「夢前案内人」と思ってもらえるようになることが、裏返して私の夢の実現に近づく唯一の方法ではないかと思っています。

とりとめもない文章でしたが、現在の心境です。

「伸kingトレーニング」の目指すところと、その効果。

体調不良で長く布団の中で過ごしましたが、そんな中でも頭の中ではいろいろなことを考えていたので、忘れないうちに記事にしておきます。

これまで「伸kingトレーニング」の概要をランダムに説明してきましたが、今回は一気にその効果というか、トレーニングによって何がどう変わるのかという部分に触れておきたいと思います。

このトレーニングは、ずっとテーマとしている「体づくりから動きづくりへ」という発想の転換を元に、人間が本来持って生まれた能力を余すことなく発揮できるようにするために考えてきたトレーニング方法です。

こういう表現ではまったくイメージができないとは思いますが、まずはこのことが基本となります。

現在夜間のトレーニングに参加してくれているのは、中学3年生の男女と高校2年と3年生の男子選手、合計4名すべてサッカーをやっている選手たちです。

私がこのトレーニングを企画したのは昨年の9月半ばでしたから、一番長く続けてくれている2人でも、まだ5ヶ月に満たない期間ということになります。

週に2回から3回のペースで来てくれていますので、一番多く通っている彼らで、回数にすると70回くらいになるでしょうか。

そう考えると付き添ってくれるお母さんも含め、ファミリーのような感覚になっています。

兄のヒカル君のプレーは全国大会の予選も含め、3試合を直接観戦することができました。
元々能力は高かったとは思いますが、私がテーマとして掲げていることや、試合を見て私が必要だと感じて指導した動きも、すぐに身につけてくれて試合で活用してくれました。

また妹のアイコちゃんは、それまで所属していたチームの練習を離れ、受験勉強とトレーニングに時間を割り振っていたため、トレーニングの成果をなかなか実感することができませんでした。

しかし、受験勉強が一段落してから、トレーニングとサッカーの練習を並行して行うようになった時、3ヶ月のブランクがあったにもかかわらず、本人が驚くとともに、練習を見に行っているお母さんや、仲間たちからも驚きの声が上がるほどの変化を見せてくれているそうです。

こちらは直接見ていないのですが、話し振りからその変化を容易に想像することができます。

2人は口を揃えて、「サッカーが色々な意味でこれまで以上に好きになった、楽しくて仕方がない」と言います。

ではこの兄妹の何が変わったのか、それを説明することで、私のトレーニングの方向性や成果を感じてもらうことができると思います。

まず私のトレーニングを行ってもらう時、しつこいくらいに各トレーニング種目のフォーム・体の使い方や、どういう意識で体を使うかという部分を強調して指導します。

そのためにはどうしてもマンツーマンに近い状況が必要となります。

少しづつそれが形になってくると、必然的に扱える重量が増えます。

重いものが持てるようになることが目的ではなく、自分の体を思ったように動かすために必要十分な重さを設定していくということです。

重すぎてもダメ、軽すぎてもダメ、正しい動きで正しい刺激を求めて行くのです。

当然ですがそれらのトレーニングを継続することによって、体重や体のサイズにも変化が現れて来ます。

ヒカル君は既に5キロ体重が増え、そのほとんどは筋肉の肥大によるものと思います。
とくに上半身は、お世辞にも高校サッカーの名門チームのエースとは思えない貧弱な体でしたが、4か月を過ぎた今、見違えるような体になって、誰がどこから見ても立派なスポーツ選手の体型となっています。

体づくりではなく動きづくりのトレーニングを行った結果が、本来の目的である動ける体というものを作り上げてくれたうえに、副産物というか当然の結果として、求める動きを行うことができるだけの筋肉の肥大ももたらしてくれたというわけです。

妹のアイコちゃんも同じです。
女の子ですからあえて数字は出しませんが、小柄で本当に可愛かった彼女でしたが、今では敬意を込めて「モンスターアイコ」と呼んでいます(笑)

体の変化はもちろんですが、トレーニングのフォームが良くなったり、重量が増加してパワーアップしたことを喜ぶのなら、私のところへ来た意味がありません。

彼らが行うトレーニングの目的は、サッカーが上手くなりたいという一点ですから。

ではその最終目標であるサッカーが上手くなるとはどういうことなのでしょうか。

私が考えたその理想形は、まずは90分間頭と体を使い続けるという能力であり、そのために必要な走り方を身につけるということです。

さらには自分が意図した方向に、誰よりも素早く動き出して行ける能力、動きながら走りながら周りを見通し、次に何が起こるか、自分が何をしなければならないかを瞬時に判断する能力も必要です。
さらには動きながらボールを止める蹴るという基本動作はもとより、対人間というコンタクトスポーツとしての能力も必要となります。


まずは理想を掲げ、どうすればそこに近づけるのか、その階段を説明していきます。

とくに対人間のプレーに関しては、たんなるフィジカルと言われている能力よりも技術に近い方法を指導します。

いわゆる「技」と言っても良い部分です。

とは言っても「技は力の中にあり」という格言もある通り、技を活かせるだけの基礎的な筋力は当然必要となります。

そのために行なっているのが「伸kingトレーニング」だという繋がりになっていくわけです。

技を活かすための力、それを会得するためには様々なドリルを行って、技と力の架け橋としなければなりません。

それらすべてを完成させ、自信を持って指導していますので、継続のふた文字が条件とはなりますが、やる気があれば誰にでも習得可能な能力だと思います。

彼らがプレーをして楽しいと感じているのは、自分のやりたいこと意図したことそのままに体が勝手に動いているというか、こういう風に体が動き出してくれたらいいな、こんな時にこんな動きができたらいいなと思い続けてきたことが、いつの間にかできるようになってしまっていたからです。

他の選手より一回り小さなアイコちゃんが、大きな選手たちに対して当たり負けすることもなくボールをキープしたり、素早い出足でボールを奪ったりと、そんなことができたら楽しくないわけがありませ。

数年前のことですが、シーズン前のトレーニングでこの走り方を指導していた時、ベテランでお世辞にも足が速いとは言えない選手がこんなことを言いました。

「今までの自分は、本当なら5mいや3m前でプレーしているイメージなのが、実際には5m、3m後ろにしか体を運べていなかった。それが今この走り方で走っていると、まったく逆で思った以上に体が前に進んでしまい不思議な感じがする」と言い出したのです。

さらには「これならサイドバックもできそうです」の言葉に、一緒に聞いていた監督から、「それだけはやめてくれ」と突っ込まれて大笑いしたことがありました。

それくらいインパクトがあるのです。

力んで地面を蹴り上げて走るのではなく、静かにスルスルっと動き出してスピードに乗っていくのですから、これまでの常識では考えられない結果となります。

これはもう体験した人間にしかわかりません。

この走り方をベースとして、前後左右のターン動作、相手を抜き去る時の体の当て方、相手を背負った時の外し方、逆に絶対に外されない体の当て方など、彼らにとってというより、サッカーを長くやったきた人たちにとっても目から鱗の体の使い方ができるようになることこそが、私が求めている「伸kingトレーニング」の最終的な目標です。

そのためには基本的な体の仕組みに沿った、このトレーニングは必須条件となります。

人間の体の重心位置が股関節、具体的には大腿骨の大転子と呼ばれる部分であることを、股関節スクワットで実感させたり、ターン動作における意識は背骨を軸としたものではなく、ターンする側の脇腹で引っ張るように回れるようにするために、メディスンボールとバランスボールを使った反転動作のドリルを行わせたり、走るという行為に直結する股関節の伸展動作を強調するために、バランスボールを使ったランジ動作を行わせたりと、すべてがその後行うドリルへ、そして実際の競技動作につながっていることを、トレーニングを続けているうちに自然に理解し、そして身についていきます。

地面を蹴らない動き出しの動作に関しては、捻転からの引き起こし動作が必須となりますが、これもトレーニング動作の延長線上のことであり、人を外す動作も同じイメージで、落下・捻転・重心移動の3つを瞬時に行わうことで成立する技ですので、トレーニングの継続無くして身につけることは不可能です。

短時間の講習会で指導したとしても、気づきは与えられたとしても、それで実戦に使えるほど簡単なものではありません。

今指導しているのはサッカー選手たちですが、私の好きな野球、とくに投手の投球動作やバットスイングについてもまったく同じで、その他のスポーツ競技にもすべてに応用できます。

最終的にどこに結びつけていくかという問題だけで、ドリルの部分が変わってきます。

カープの若手投手の指導もしましたが、彼らに足らないのは自分の体をどうやって使えば、彼らの優れた身体能力を十分に発揮し、強く正確なコントロールを身につけることができるのかという、最も基本的な部分がわかっていないことです。

残念ながらその部分を指導できる指導者がいないために、監督自らが選手の指導を依頼してくることになるのです。

現監督は、現役先晩年に1年間指導を受けにきてくれました。
腰痛の持病に苦しみ少しでも良い状態でプレーしたい一心でした。

それが引退して指導者になってからも私の指導を受け続けてくれたのは、本来人間の体とはどういう風に使うべきなのかをもっと深く知りたいという彼の探究心からでした。

彼は野手出身ですが、佐々岡投手の行なっていた投手のトレーニングにも興味を示し体験してくれたことで、より私の理論の正しさを理解してくれたようです。

その結果として選手の指導を依頼してくれているのだと思います。

どんなことも同じだと思いますが、ただ頑張れ頑張れ、毎日一生懸命頑張っていますというのは、どちらもただの自己満足で、結果が出たとしてもそれは偶然です。

正しい方向性を見出し、目標設定を行うことなしに、努力という言葉をいくら使っても意味をなしません。

私は今の方向性に自信を持っていますが、さらに良い何かがあるかもしれないと、常に試行錯誤を続けています。

正しい理論に基づいた方向性を持ち、それを理解させながら、人間の持って生まれたそれぞれに備わった能力を余すことなく発揮できるための準備としての、「動き作りのためのトレーニング」を行い、実際に最終目標とする動きを獲得するための様々なドリルを行い、それらを継続することで確実に目標に近づくことができます。

「伸kingトレーニング」の目指すところと、その効果、わかっていただけたでしょうか。

数年前の出来事から、サッカーという競技の体の動きを真剣に考えるようになりました。

私がたどり着き、さらに試行錯誤を続けている体の使い方は、どんな選手に対しても劇的な変化を起こすものです。

この考え方無くして、大きな変化を望むことは難しいとさえ思っています。

いつか必ず私の思いが広がって行くことを信じています。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
西本塾を深める会を9月10日(日)に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。

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