声を上げることの大切さ。

私の愚痴というかボヤキが届いたのでしょうか、記事として紹介することを認めてくれなかった方から、手直しをしたので表に出しても良いという連絡が届きました。

この方も含めて、私から何かを学んだと思ってくれた人たちが、それぞれの環境に戻り、それをどう伝えどう活かしているのか、私が一番知りたいのはそこなのです。

同じようにこのブログを読んでくれている人たちも、まったく同じ気持ちを持っている方が多いこともわかりました。

正直この4年間で、私が経験してきたことからたどり着いた、体に対する知見や方法論は、既に語り尽くしていると言ってもいいと思います。

ではなぜ書き続けているかといえば、ブログを読んでくれたり直接指導を受けてくれた人たちが、どうやって私の理論に向き合い広める活動をし、それが上手く行ったり行かなかったりという苦労話を聞かせてもらうことで、私自身が進むべき方向や指導内容を修正していく、大きな学びを頂いているからです。

そういう意味も含めて、これから紹介する内容は大きな意味を持っていると思います。
読んでください。

<西本塾に参加して>
西本塾を二日間受講し,身体やトレーニングに対する考え方が変わりはじめました。
まず,私は「身体を痛いぐらい押したり揉んだりしなければ,効果はない」思い込んでいたので,西本先生の整体法は,新鮮でした。あの「からだほわっと」の整体を,年老いて腰が曲がった私の母にしてやりたいなと思いました。単に整体の手技だけでなく,相手の身体に「楽になって下さい」と心の中で呼びかけながら行うことが大切とおっしゃったことが一番心に残りました。
また,今までの走り方についての考え方も大きく揺らぎ始めました。「大腰筋等をしっかり使って,速く膝をたたんで前方に運んで,走る」というこれまでの指導方法について,西本先生に「それは誤りだ」と指摘されました。筋肉の「アクチンとミオシンの関係」や「357理論」,「骨盤と背骨を中心に」,「伸筋を使って」と説明していただいて,理屈の上では分かったつもりでしたが,長年信じてきたことを変えるのは,容易ではありませんでした。 他の受講者の方々の感想を読んでいると,「皆さん,よく理解しておられるな」を感心もしました。
今まで私は,「地面を蹴ろうとせずに走る,跳ぶ」「腕をできるだけ振ろうとせずに走る」「力まずに,踏ん張ろうとせずに運動する」と生徒に言い続けてきましたが,その手本を具体的に示せずにいました。講習会で,その具体的な練習方法や走り方を西本先生に教えていただいても,「これで実際に速く走れるのだろうか?」という疑問は付きまといました。
そんな私ですが,受講の翌日から,職場で同僚や生徒たちに,受講内容や西本先生理論の素晴らしさを,話しました。私が興奮気味に話していることは分かったようでしたが,「ふーん」,「本当に?」程度の反応しかありませんでした。当然と言えば当然です。私自身が曖昧な知識としてしか理解していないのですから。

<迷いながら,復習しながら>
そこで,さらに毎日,講習会の資料を読み返し,西本先生のご著書を読み直し,筋肉や骨について本で調べ直したりもしました。
操体法の6方向運動を,自分でも毎日行ってみました。すると,身体が「シャキッ」としたように感じ,毎日の便通も楽になりました。(大変失礼な話ですが,受講者のお一人が,身体や便通について似たようなことをおっしゃっていましたが,そのときは「本当にそんなことがあるのかな」と半信半疑で聞いていました。)
また,マイケル・ジョンソンの400mの走り方を毎日のように見ました。
さらに生徒や同僚に手伝ってもらいながら,西本先生理論を一つずつ身体で確かめて,どうしたら実践に役立てることができるのかを模索しました。生徒は,理論よりも具体的な効果を先ず示さないと,関心を持ってくれません。西本先生がおっしゃるように,現在の私の運動パフォーマンスでは,走ってみせても,生徒たちには何のことかよく分からないと思います。
実は,昨年度から,私は授業で,「疲れにくく,肩が凝りにくい座り方」を指導しています。「尾骨」を椅子に接触させないような座り方です。これが,西本先生に教えていただいた「背骨のS字」を意識した姿勢と似ていると思いました。
これなら応用できるかもしれないと思い,試行錯誤の末,西本先生に教えていただいた,背骨のS字を意識した「身体起こし運動」(私は,骨盤や背骨,広背筋を使った身体起こしだと理解しています)を,「通常の腹筋運動」と比較しながら,簡単な実験をさせてみました。
私は,日頃,生徒たちに身体の使い方を指導するときに,生徒自身で身体をチェックするために,腕をぐるぐる回させたり,前屈運動をさせたりして,身体の柔軟性を確認させています。また,立ったままの腕相撲や,掌を重ね両手を伸ばして互いに押し合う「押し相撲」などをさせて,どんなときに力が出やすいかを考えさせています。
背骨のS字を意識させた「身体起こし運動」と「通常の腹筋運動」をそれぞれ行ったあとで,これらのチェックをさせると,明らかな違いが現れました。
当然のことながら,「通常の腹筋運動」後は背中がやや丸くなってしまい,立ったままの腕相撲をすると,容易には相手に勝てなくなります。次に「身体起こし運動」を数回させてから同じ相手と腕相撲をすると,簡単に勝つことができました。さらに,腕回しや前屈運動をして比較しても,「身体起こし運動」をした後は,柔軟性が驚異的に向上していることが体感できたようです。
また,こんな例もありました。部活動のハードな練習で,両腕が痛くてほとんど上がらなくなり,前屈運動をしょうにもできなくなっていた生徒が,この「身体起こし」を5回しただけで,両腕がグルグル回り,前屈運動では床に両手が届きました。その後,再度「腹筋運動」を5回させたところ,また「また腕が痛くて上がりません,前屈ができません」と言い始めました。再再度「身体起こし」をすると,また身体の柔軟性が回復しました。
これらの効果に生徒たちは関心を示し,「なぜ,そうなるの?」「すごい!」と驚きの連続でした。数名の部活担当顧問の先生方にも同様の実験を行ってもらいましたが,生徒と同様の結果に「不思議!」「なぜ?」の反応でした。他の部活動の生徒も興味を示し,「力が強くなった」とか「身体が楽に動く」という感想を述べていました。
このことに興味を持った生徒2名に,西本先生流のランニングを教えてみました。まだ,私自身が完全にマスターしてはいないのですが,「背骨のS字を意識してテンションを保ち,手は振ろうとせず,脚を無理に前に振り出そうとしない」ことだけを教えてジョギングさせてみたところ,「今までの走りより,楽です」と言いました。その生徒は体育祭の練習でも楽に走れたと言い,競技会でも自己ベスト記録を大きく更新したのです。
また,他校の選手も興味を持ってくれたので,簡単にやり方だけを教えたところ,「楽に進みます,脚と腕の付け根があまり痛くなりません」と言い,競技会でも好成績を残しました
もちろん,どの生徒も日頃の練習を積み重ねているからの結果ですが,それにしても「西本先生メソッド」の効果恐るべし!です。このような生徒たちのおかげで,私も「西本先生メソッド」に対する確信が持てるようになりました。先生もおっしゃいましたが,まさに「教えることは,教えられること」です。
その後,本校の生徒男女5人が「あのトレーニングや走り方を教えてほしい」と申し出てきました。仲間が劇的に変化(進化)したので,強い関心を持ったのでしょう。まだまだ未熟な私ですが,生徒とともに学習しながら,西本先生の教えを実践していきたいと思います。

また,他校の先生の中にも,興味を示している若い世代の方もおられます。その方たちにが,西本先生理論に関心を持ってくださればと思い,西本先生のご著書や「Conditioning Studio 操」のことを紹介しました。

あと何年この仕事に携われるか分かりませんが,西本先生理論をもとにさらに学習し,生徒たちが怪我なく競技生活を送れるようにしていきたいと思います。
今後とも機会がありましたら,ご指導のほどよろしくお願いいたします。
(広島県 中学校勤務  安田 美喜雄)


さらに加えて、こんな文章も届きましたので、合わせて紹介します。

<昨日,TV放送を見た感想です>
TVで100mの吉岡隆徳さんや,山縣選手の特集を見ました。「山縣選手は以前よりスピードが上がったから,足首にかかる負担も大きくなり,故障した」という内容のコメントが流れました。確かにそれもあるでしょう。
しかし,彼の行っている「脚の切り返し」を速くするための「ラダー・トレーニング」や,走るときの「腕振り」を見ていると,「痛み」が伝わってきそうです。彼のトレーナーは,足を「ポン」と軽い感じで踏み下ろすように指示していましたが,「ラダー」は上手にやらないと,下ばかり見て背中が曲がり,足先で踏みつけたり,腿上げのトレーニングになりがちだと思います。
また,女子100mの福島選手の「割れた腹筋」を見て,多くの人やマスコミは「素晴らしく鍛え上げられた身体」と絶賛します。本校の生徒の中には,「福島選手のようなお腹になりたい」とか,「お腹に貼っている,あの丸いテープが欲しい」と言うものまでいます。 しかし,「あの腹筋だから,故障しやすいのでは?」と思ってしまいます。両者とも,素晴らしい選手であり,子どもたちの憧れであり,真似をする対象になっているので,考えさせられます。

<中国新聞 5月29日付け>を見て
広島県高校総体陸上競技男子200m1位の選手のコメントの中に,「高校2年生の秋、体の力を抜き,リラックスして走るとどんどん記録が伸びた」とありました。その前の100mは,腰痛もあったらしく,やや硬い走りでしたが,「リラックスして速く走る」というのは,これからの私たちの課題だと思います。
私も二日間この総体を見てきましたが,多くの選手が「力いっぱい頑張って,前方に脚や膝を出して,腕を前後にしっかり振って,苦痛に顔をゆがめながら」走っていました。
西本先生の理論がもっと現場に浸透して,選手たちが故障なく競技人生を過ごせるようにしていきたいものです。


いかがでしょうか、安田さんは私よりも年長で、西本塾でも実技の時間には、正直ついてこられないというか、生徒たちにお手本を見せられるレベルには程遠い状態でした。

これでわかったような顔をして指導されたら、生徒たちがかわいそうだと思いました。

しかし、文面の通り思考錯誤しながら私からの学びを伝えようとしてくれています。

座学でお話ししたことに関しては、よく理解してくれていると思います。
細かいところは言いませんが、私の話を聞いた人たちなら頷いてくれるところが何箇所もあったと思います。

それは取りも直さず、目の前で故障に悩む生徒たちを思う気持ちからです。

自分の学びで足らなければ、そして指導される側も満足できないのなら、直接私のところにくればいいだけのことです。

今の所そこまでのアクションを起こす選手や指導者はいないようです。

例えば学校の生徒や指導者を相手に、本気で学ぼうという意識がない人も含めたところへ出向いて行っても、私の思いは伝わらないと思います。

覚悟を持って真剣に学ぼうという気持ちのない人には、もう教えたくありませんから。

私から学んだ視点を持つと、今まで何気無く見過ごしてきた現象や記事を見ても、感じるところが違ってくると思います。

これからもしっかりと「正しいものは正しい、良いものは良い」と言い続けてください。
記事をの掲載をお許しいただいきありがとうございました。

ついでと言ってはなんですが、西本塾生でご自身も長距離ランナーの、私と同性の西本さんからもコメントをいただいたので紹介します。

広島県の県北で行われた64キロメートルを走るトレイルランニングの大会に参加した時、私が指導した走り方を実行するランナーに出会い、声をかけて話をしたところ、1年ほど前に個人指導を受けにきてくれた岡山の西山さんという方だったことがわかったそうです。
こうして色々なところで、同じ感覚を共有する仲間に出会えたことは、私の活動もけして広がっていないなどということはないのですね、とても嬉しい報告でした。
以下、少し端折って紹介します。

トレイルランニングは急勾配の登り坂などは走れないことが多いのですが、プロのトレイルランナーからの伝え聞きで、ステップを踏むように登るといいという教えも聞かれて、西山さんはまさにアイドリング状態をキープして実践されていたように思います。
私は、それをすると脚は楽なのですが、心肺的に苦しいので前かがみになって、足ををあげてよっこいしょとなりがちな登り坂でも背中のアーチを保って、広背筋で骨盤・股関節を上下に動かしてサッサッと登ってます。

勝手な解釈になっているかもしれませんが屈筋の意識を消して、比較的ゆっくりとした動作でも西本理論を生かしているつもりです。
登り坂では勾配がきつくなるほど、よりアドバンテージを感じることがあり、高齢者にも流行している登山にも生かせる場面もあるのではないかと思っています。

息子を通じて教わった西本理論ですが、今後も自分の活動に生かしていきたいと思いますし、息子も陸上以外でも根底には残っていますので、ずっと生かしてくれると思います。身体のことですが、知的財産になっていると思います。

ちなみに64kmもの距離のトレイルランニングの大会の後ですが、西山さんは今週末には福山市で開催されるトライアスロンに出られるそうです。
近いので、最近トライアスロンもいいなとつぶやいてる息子と応援に行ってみたいと思っています。


私自身もちろん感じるところがあって、これからの指導に生かしていけるヒントをお二人からたくさんいただきました。
私よりも読んでくれている皆さんにとって興味深い内容がたくさん書かれていたと思います。

これからも私に縁があった皆さんには、自分の中だけで収めて置かず、どんどん近況報告をいただきたいと思います。

西本塾生で、その後個人指導にきてくれる人もいますが、その都度の個人的な感想やお礼のメールやメッセージをいただくことは嬉しいのですが、それこそ自分がどういう目的で私のもとに通い続け、何を感じ何を得ているのか、私に対してではなく多くの読者に対して発表してほしいと思います。

とにかく「正しいものは正しい、良いものは良い」と心から思ってくれたのであれば、正々堂々と声をあげ周りに広げてください。

そのためにみなさんは私の元を訪れてくれたのでしょうから。

私もまだまだ頑張ります、みなさんも私以上に頑張ってください。

今年2回目の西本塾を8月26・27の土日で開催を検討しています、詳細は後日になりますが、参加を希望の方は日程の調整をお願いします。

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足が止まってしまうのは誰のせいなのでしょうか。

昨日、スロベニアにお住いの野村さんから頂いたコメントの中に書かれた、『私のブログを文字通り毎日チェックしている』という言葉に背中を押され、今日も少し書いておこうと思います。

昨日観戦したサッカーの試合、女性の試合は初めて、そしてサンフレの試合も久しぶりの観戦となりました。

動き云々は別としてとにかく応援しなければという気持ちでスタジアムに向かいましたが、やはりそういう部分が気になってしまう私でした。

その中でもいわゆる「足が止まる」という現象が、どうしても気になってしまいました。

昨日の試合では私の見るところ、前半は30分過ぎ、後半は20分を過ぎたあたりから、明らかに動きが変わってきました。

このブログの中で何度も言い続けてきたことですが、どんなにスタミナがあると言われている選手であっても、「90分間すべての動きに全力を出し切る」などということが出来るはずがありません。

そのことは古今東西の超の付く一流選手も同じことです。

世界記録が2時間を切ろうかという、とんでもないスピードで走り続けるマラソン選手であっても、スタートからゴールまで、持っている最高のスピードで走っているわけではありません、我々には想像もつかない速いスピードではありますが、彼らにして2時間走り続けることが大前提のスピードなはずです。

サッカーの試合中、自分の持っている最高のスピードが要求される局面がたくさんあります。

だからこそ、そうでない局面の中ではできるだけ無駄な動きを排除し、エネルギーを温存しておかなければなりません。

サッカーの仕事を離れ、もう二度と関わることはないだろうと思っていた5年ほど前に、以前からかかわりのあったJリーグのチームの監督から、トレーニングコーチとして手伝ってほしいというオファーを受け、どうしたものかと考えていた時、当時の私が何をすればチームの、そして呼んでくれた監督の役に立てるかということでした。

改めてサッカーの試合を見ると、どんなレベルであっても最終的に「足が止まる」という表現を使われてしまい、だから負けたんだという結論に導かれてしまうようでした。

シーズンの初め、全体練習の前に行う自主トレーニングから始まって、トレーニングキャンプから実戦的な練習に移行していく過程の中でも、とにかく「走り負けないスタミナを養成する」という言葉が、選手自身からも指導者からも聞こえてきます。

マスコミの報道でも当然のようにその言葉が使われています。

しかし、何度も言いますがその能力は比較の問題であって、自チームの選手の中での評価であったり、対戦するチームとの相対的な評価として、どちらが長く走り続けられたかと言うだけのことで、本当の意味で90分間走り続けられる選手などいないのです。

ではどうするか、無駄にエネルギーを消費せず、ここ一番に少しでも本来のスピードを生かせる体の使い方という概念を、選手や指導者に浸透させることが出来れば、チームとして監督の考える戦術を1分1秒でも長く続けられると考えたのです。

それまでの私の指導対象にとって、具体的には野球選手ですが、こういう発想は必要とされませんでした。

だからこそ私の中には、逆にそういう体の使い方に対する興味というかイメージが膨らんでいたのです。

まだオファーを受けるかどうか迷っていた時でしたが、もしそうなった時に自分の中で納得できる動きを確認しておかなければと、すぐそばの川の土手を毎日走っていました。

そしてこの技術(あえてこう呼びますが)を身に付けさせることが出来れば、私がチームの勝利に貢献できると確信していきました。

それを確認できたことが、オファーを受ける気持ちになった最大の要因だったかもしれません。

なぜ大きな疲労を感じることになるのか、筋肉に大きなダメージを与え肉離れ等のケガをしてしまうのか、それらのすべてが現在常識とされている「走るという行為」に起因していると考えたのです。

細かいことはすでに何度も書いてきましたので、ここでは書きませんが、ストライドを広げピッチを速くすることが、スピードを上げる唯一無二の方法であると、大きく強く腕を振ることを要求され、太腿を力強く引き上げ膝を高く上げ、できるだけ前方に着地しようと努力します。

そのことで体の重心である股関節よりも前方に着地し、体重の2倍とも3倍とも言われる衝撃を筋肉は受け止めなければならないことになります。

ここに疑問を感じることなく、当然のことだから、その負荷に耐えるための筋力を強化するという発想になり、そうなるとさらに強化された筋力によって強い力で地面を蹴り、着地の衝撃も強くなるという悪循環に陥ります。

ではどうするか、それが私が理想とする、地面を蹴ることなく、着地して体の重さを受け止める感覚もないままで前方に体を運んで行くという体の使い方です。

今さらそんな話は信じられないとか、そんなことが出来るわけがないなどという感想しか持てないレベルの人には、改めて説明するつもりはありませんし、信じてもらおうとも思いません、もう読んで頂かなくても結構です。

実際にその感覚を知った人には目から鱗という言葉を使われますが、私にとっては人間の体の仕組みを考えれば、とてもシンプルで当然の体の使い方なのです。

しかし、これだけ言い続けても組織として私の考え方に取り組もうという声は聞こえてきませんでした。

残念ながら私が応援する、地元サンフレの森保監督にして、組織の壁は厚く私が指導できる環境にはなりません。

今朝の地元紙でも、「スタメンの高齢化でスタミナ不足は明らか、足が止まり攻撃の流れが作れない」という厳しい言葉が書かれています。

シーズンのさなかに大改革は難しいかもしれません、トレーニングキャンプの最初からじっくり取り組んでおかなければ、そう簡単に実は結ばないかもしれません。

しかし、正しい理解と日々のトレーニングで改善していくことは可能だと思います。

けっして年齢が高くなったから走れないとか、若いから走り切れるなどとう単純なことではないのです。

走るという行為にも『技術』が必要だということです。

それは現在最も速く走れる人がこうやって走っているとか、過去から現在にかけて走ることはこうやって行うのだという固定概念の中で行うことでもなく、人間の体の仕組みを考えたときに、こういう風にその仕組みを使いこなすことが出来れば、効率的に効果的に速く走ることができて、なおかつ長く走り続けることもでき、そして筋肉の負担も少ないためケガもしにくくなりますよと言っているのです。

私の考えが広まって行かないと愚痴をこぼしてしまいましたが、遠く海外にお住いの方から、このブログを通して多くのことを学んでいるという言葉を頂いたり、8月末には大学生のサッカーチームの指導をさせていただくことになりました。

西本塾で学んでくれた人が、勇んでそれぞれの環境で応用しようとしても、まったく興味を示してくれなかったり、受け入れようとしないという話も聞きます。

逆に、本来の指導対象でない所から興味を持たれ、真剣に取組み結果を出してくれたという報告もたくさん来ています。

時間はかかっているようですが、逆に言えばたったの数年で、これまでの固定概念を離れ私の考え方に共感してくれる人が増えてきたとも言えるわけで、どんなことも発信し継続することが大事なのだと改めて思っています。

一番手っ取り早いのは、私がもう一度表舞台に出て、メジャーな組織を改革して見せれば、世間の見方も一気に変わるかもしれません。

しかし、その環境はありません。
本当に必要としてくれる選手や組織に対して、じっくりと伝えて行かなければ正しく伝わらないでしょうし、お手軽な方法論のように思われてすぐに消えて行く運命になると思います。

形だけの指導や結果だけを求める選手には、絶対に身に付くことはありません。

サンフレの試合を見ながら、「私ならこうできる、プレーする選手も、見ているサポーターも、みんながサッカーを楽しめる体の使い方があるのに」、と言う気持ちを押し殺していました。

このブログを読んでくれている皆さんには、是非固定概念を捨て新しい世界を感じ取っていただきたいと思います。

想いは届いていました、それもこんな遠くまで!

今日は朝からバスとアストラムラインを乗り継ぎ、広域公園にサッカーを観戦に行ってきました。

まずは午前中、11時から女子サッカーの試合、地元『アンジュヴィオレ広島』『静岡産業大学磐田ボニータ』戦です。

監督が今年から変わり、私がヴィッセル神戸に在籍していた当時選手だった『東博樹』君が就任していましたので、どんなサッカーを見せてくれるのかも楽しみにしていました。

女子サッカ-を生で見るのは初めてでしたが、やはり男子に比べると個人の身体能力も基本的な技術も少し違っているので、監督の采配というか戦術が大きく勝敗を分けるような気がしました。

昨年負けが続き下部リーグに降格してしまったので、圧倒的な強さで勝ち点を重ね1年で上のリーグに復帰して欲しい所ですが、そう簡単にはいかないようでした。

私がもし力を貸してくれと言われたとしたら、色々やらなければならないことがたくさんありそうでしたが、選手の能力を引き出す戦術があっての個人の能力であることは間違いない訳で、やはり信頼できる監督のサポートをするというのが、私の能力を活かせるカギだとも思いました。

そして2時から、隣のメインスタジアムに移動して、『サンフレッチェ広島』対『ジュビロ磐田』戦を見ました。

こちらも、現役時代の雄姿を良く知っている『森保一』対『名波浩』という、当時の日本を代表するMFどうしの監督対決にも興味がありました。

今日は動きがどうの個人の能力がどうのはさておき、低迷するサンフレを何とか応援しようと、家内と三男の3人で応援しました。

結果は0対0のスコアレスドロー、試合内容も正直見ごたえがあったとは言いづらく、危ないシーンの方が多かったのですが、とにかく全員が一生懸命戦っている事だけは伝わってきました。

とくに1トップに起用された『皆川選手』は、前節に続いてのスタメンだったので、とにかく体を張ってという表現がぴったりで、必死にボールを追いかける姿が印象的でした。

森保監督には1年でも長く、新しいスタジアムが完成するまで監督を続けて欲しいと思っていますが、厳しい経営環境の中、思ったような選手補強も出来ない中で、こういう苦しいシーズンもあると思います。

直接手伝いが出来ないことが残念ですが、どんな形でも彼のために出来ることがあればと言う気持ちを持っています。

帰りは、息子智志の車で帰ってきました。

智志は現在青山選手のパーソナルトレーナーを務めていますので、関係者駐車場にも入ることができるのです。

おかげで家内と二人、後部座席に乗せてもらい、お客さん気分で運んでもらいました。

智志と青山選手のことは改めて許される範囲で書いてみたいと思います。

さて今朝目が覚めた時のことです。

メールをチェックすると、ブログのコメントが届いていました。

眠い目をこすりながら読んでみると、いっぺんに目が覚め老眼鏡をかけてしっかりと読み直しました。

昨日の記事に対して、温かい応援のメッセージが書かれていました。

コメント欄ではなく、記事として紹介させていただきますので、読んでください。

 西本さん、はじめまして、海外在住の野村と申します。
 欧州のスロベニアという小さい国にかれこれ20年以上住んでいます。

 二年ほど前でしょうか、木崎さんの記事をきっかけにこのブログに巡り会い、「この人は本物だ」と一番初めから読み始め、広背筋、骨盤の構造、肩甲骨、フライングバック、伸筋、動きづくり、などなど学ぶことも多く、マイケル・ジョンソンの走りかたがいいとあればビデオを探して子供と一緒に見たり、その後は毎日、(文字通り毎日です)ブログの更新をチェックしています。

 子供は今10歳、やはりサッカーをしています。
 ちゃんと背中を使えていると思っているので、特別に西本理論のトレーニングをしているわけではありません。
 でも悪い癖がでてきたりしたら定着する前に直してしまうつもりで見ています。

 西本塾に参加するにはちょっと遠ぎるので、西本さんの文章や参加者の感想から、塾の内容を一生懸命想像して学んでいます。

 自分の子供だけでなく、他の子供たちの動きも動きづくりの観点からみていますが、外国人でも(ここではうちの子が外国人ですが)ぜんぜん背中が使えていない選手はたくさんいます。

 姿勢の悪さが弱点になってると思う子供にときどき、「こうやったらもっと速く走れるよ」「もっと強く蹴れるよ」と教えてあげることもあります。
 だいたいその時は見違えるほどよくなっても、定着せず数日もすると元に戻ってしまいます。
 親でもなく、コーチでもない立場の限界ですね。
 でもそのダメな子ではなく、そばで見ている子が目をキラキラさせて一緒にやってみたり、その場で吸収してしまうこともあります。
 やっぱり上手くなりたい、と本気で思っている子供が一番伸びるようです。

 いろんなコーチの指導を見ていて、現役時代にユーゴ・リーグなどで活躍した指導者はみな、他の人より「頭を上げろ」ということに気づきました。
 姿勢が良ければ体を動かすうえでアドバンテージになるだけでなく、まわりの状況がよく見えてよりよい判断ができる、いい選手になる条件なんですね。

 今回の更新で、「私の存在も指導理念も世の中に逆行して広まって行きません。」と書いてありますが、こんな遠くまで届いてますよ、と励ましになればと、勇気をだしてコメントします。

 これからもずっと読みつづけます、どうぞよろしく。


遠く欧州のスロベニアと言う国にお住いの野村さんと言う方から頂いたものですが、私の愚痴など自分で自分の世界を狭くしていたのだと恥ずかしくなりました。

誰の為に、誰に伝えるために書いているのではない、自分が言いたいこと言わなければならないことを書いているのだから、他人の評価は気にしないと言っておきながら、きちんと評価してくれない、良いものは良い、正しいものは正しいと世の中に広まって欲しいと、全く矛盾していることを言っているんですね。

自分にとって心地よい言葉が聞こえてこない、私の理論が評価され指導の範囲が広がって行かないことにも、少しいらだちさえ感じていたのかもしれません。

そのことを感じ取っていただいたのでしょうか、私のブログを熱心に読んでいただき、ご自分のお子さんや、その周りの子供たちにまで、私の考えに沿ったアドバイスをしていただいたり、目の前にいる私たちから見れば外国人選手の体の使い方が、私の言うところのその部分と実際にどう違うのかをしっかり見て頂いていました。

嬉しいやら有難いやら、朝からとてもハイな気分で一日が始まりました。

文章の中で興味深かったのは、「海外の子供たちの中でも背中を使えていない」という部分です。

私も昨年末この目で見て確信しましたが、彼らは遺伝的に我々日本人に比べて間違いなく広背筋の機能は発達していると思います。

ところがそのことがあまりにも当たり前すぎて、意識して使えていないということも事実のようでした。

一流と言われている選手たち、さらに超一流と呼ばれる選手たちは、間違いなく背中の使い方が上手です。

ただそれは意識してと言うレベルではなく、まさに当たり前のことで、しかもどんな状況においてもそれが崩れることなく発揮され続け、その結果正しい姿勢が維持されているということです。

そうでない選手は、正しく使えるにもかかわらず、意識して屈筋を使うことで体を固くし無駄な力を使い、腰が落ち背中を丸めた前傾姿勢になっているということです。

我々は機能的に発達していない広背筋に働きかけ、本来の機能を発揮してもらえるように準備しておくことはもちろんのこと、どんな状況下でもその機能が失われないように意識付けすることで、海外の選手に十分対抗できると考えたのです。

お子さんはスロベニアのお生まれだとしたら、言葉を覚えることと同じで、周りの子供たちがやっている動きをみて、自分のそれが出来ることが当然だと、自然に思えるように育っているのではないでしょうか。

これも実際にそういう環境で生まれた子供を育てた父親から聞いた話で、私にとっては想像でしかありませんが、それほど間違いない発想だと思います。

仰る通り、いわゆる伸びる子供と言うのは、自分に対してではなく他者に対するアドバイスにも耳を傾け、自分に置き換えるというか、そのままではなく取捨選択して自分のものにしていく能力が高いと思います。

「素直な子は伸びる」と言いますが、素直にハイハイではなく、取捨選択と言う能力が一番大切な能力だと思います。

そのためにはどんなアドバイスにも素直に耳を傾けるという素直な姿勢が大切なことは言うまでもありません。

姿勢の問題は結果論ではなく、次の行動に素早く移行できる準備の姿勢だと思います。

その意味で、「頭を上げろ」という言い方は、ワンポイントアドバイスとして的確なものだと思います。

西本塾に関しても、流石に広島まで来て参加してくださいという距離ではありません。

だからこそブログの内容や受講してくれた人たちからの感想は、何ものにも勝る副読本になっているのでしょう。

西本塾も不定期開催となり、次の予定も立てていませんが、野村さんから頂いたコメントは、私にとって何よりの力になりました。

是非次回の開催も検討したいと思います。

私の考え方に賛同していただける方もあれば、批判的な意見をお持ちの方もあると思います。

それは当然のことで、私がどうこう言うことではありません。

ただこうして、私の言葉に真剣に耳を傾け、勇気づけるような言葉をかけてくださる方が実際にいて、もしかしたら他にもいるかもしれない、それも広島だ日本だではなく、ネットを通じて日本語の読める方なら、地球上のどこにいても私の存在や考え方に触れることが出来ていることが分かり、もうこれ以上嬉しいことはありません。

ブログの最後の所に拍手の数が出たり、その日の閲覧者数も分かりますが、気にしないと言いながらやはり数字を気にしてしまうのも正直なところです。

私に直接出会うことが現実として不可能な方にも、このブログこそが直接的なつながりでなくて何なのかと思わせて頂きました。

これからも自己満足と他者に対してのメッセージという両面を意識しながら、力むことなく私の思いを綴って行こうと思います。

野村さん、本当にありがとうございました。

直接お会いしてお話しできる機会はないとは思いますが、この数年の私の周りで起こる様々な出来事を想うと、「願いは叶う」という言葉がぴったりです。

私の体がバリバリに動ける間に、奇跡が起こることを願います。

もう一度言わせてください、ありがとうございました。

『良いものは良い、正しいものは正しい』と言って欲しい。

今日はただの愚痴かもしれません。

先日行った西本塾を受講してくれた人たちからは、既に感想をいただき、ここで紹介させていただきました。

その内容を信じるかどうかはそれぞれの判断ですが、実際に私の指導を受けた人はどんなに強固な固定概念を持ち込んだとしても、私の言うことやっていることが、人間の体にとって効率的で効果的な動きであることを理解してくれます。

どんな色眼鏡で見られても、そんなことで揺らぐような理論ではありませんから。

それでも参加者によっては自分が私の指導を受けたことを公にしたくないと、感想を紹介させてもらう際に匿名を条件にする人がいます。

それどころか、直近の参加者の中には感想すら送ってくれない人もいました。

感想を送っていただくことを強制していないのですから、送られてこないことにどうこう言うつもりはありません。

ただ二日間の私の真剣な指導に対して、それぞれの立場や環境の中でどう感じどう活かしていこうとしているのか、私にとってはとても興味深いことです。

そんな中のお一人から、だいぶ時間はたちましたが、感想と近況報告が送られてきました、しかし、その内容をご紹介することは出来ません。

その文中から個人や団体が特定される可能性があるので、記事にはせず私の中だけで納めて欲しいという但し書きが添えられていました。

とても興味深いことが書かれていて、ぜひ多くの人に読んで頂きたいものでした。

確かに私はいわゆる公人ではありません、生涯一トレーナーを自認する普通の人間です。

ただ西本塾を主宰し、多くの方に指導している内容は、私の積み上げてきた経験と知識の集大成として『西本理論』と言う言い方で、興味を持ってくれた人に伝えているものです。

ですから西本塾でお話ししたことは、個人と個人の一対一の関係ではありません、参加者の方からすればそうかもしれませんが、私から見ればまったく同じ立場の西本塾生で、私に対する感想は西本塾、西本理論に対する感想だと捉えています。

他の人には見せないでくださいという感想は、私個人に対する物ですから、本来はそういう関係性を求められても困るのです。

例えばこのブログの一部を読んだ人から、その内容に関してああだこうだと批判されたとしても、私はそれに対して反論するつもりも怒りをあらわにするつもりもありません。

最低限このブログを最初から最後まで、さらには西本塾に参加してくれた人から届けられた感想や、それに対する私のコメントも含め、すべて読み込んだうえで私の考え方に言いたいことがあるのなら、少しはこちらも相手にするかもしれませんが、そうでなければ何とも反応のしようがありません。

質問をしてくる人に対しても同じです、全部読んだらどこかに答えは書いてあるだろうということです。

私の考え方を学びこれまでの固定概念を打ち壊された人たちの戸惑いは、体験したことのない人たちには想像できないほどの衝撃かもしれません。

それが時間が経ち現実に戻ると、私の言っていることが異端ではなく、まったく当たり前のことで、自分たちが当たり前だと思ってきたことこそが、誰かに植え付けられてきた『固定概念』『既成概念』と呼ばれているものにすぎなかったということが分かってきます。

ここまでは私にとって当然の流れで、「正しいもは正しいし、良いものは良い」ただそれだけのことなのです。

当然私の理論に沿って指導をすれば、これまでとはまったく違った反応があり、驚くべき効果が出てきます。

そういう良い面が見えれば見えるほど、固定概念に縛られ自分たちがやってきたことがすべてだと思っている人たちにとっては面白くない訳で、どう反応して良いのか分からないパニック状態に陥ることになります。

素直に認められる人は10人に1人いるかいないかと言うレベルでしょうか。

チームメートやライバルより抜きんでた存在になりたいと私の指導を受け、実際にその効果を実感した選手たちは、私の存在をひた隠しにし、どんなトレーニングを行っているかさえ明かそうとしません。

それはある意味当然のことですが、自分だけが分かっていたとしても、それを評価する指導者に同等の目がなければ、素晴らしい能力も異端の扱いを受けることになってしまいます。

指導者として私の指導を受け、大きな衝撃を受けたと自分の環境に戻り、なんとか自分の指導している選手たちのために活かしたいと、私から学んだことを周囲に広めようとしてくれても、自分と違う考え方を持った指導者が選手にとって良い結果を出していくことを面白くないと感じる指導者の方が多いのです。

結果を残してきた、と言ってもそれは選手がやってくれたことですが、それによって現在の地位や立場を築いてきた指導者は、それ以外のものをなかなか受け入れようとしません。

常に勉強してと言っている指導者でも、自分の考え方の延長線上というか、自分以上に結果を残している指導者の後を追っているだけのことです。

何と器の小さい人間たちでしょうか、誰の為の指導者なのでしょうか、どうして良いものは良い、正しいものは正しいと素直に認められないのでしょうか。

私の指導を直接的また間接的にでも受けたことで、選手の能力が向上したとすると、自分の指導者としてのプライドが傷つくのでしょうか。

選手の能力を向上させるのが仕事なら、どこの誰の理論であっても素直に受け入れ、選手のために学び続ける姿勢こそが、本当の意味での良い指導者なのではないでしょうか。

これだけ情報化社会となってSNSと言うのでしょうか、一瞬にして情報が拡散される時代に、良い結果を出せば出すほど私の存在や考え方を学んだ事実も、それを応用して指導したことによって、今までには考えられないような大きな変化を選手が感じてくれたことを、どうして声を大にして発信してくれないのでしょうか。

先日指導に行ったサッカーチーム然り、西本塾生が指導したチームや選手が結果を出せば出すほど隠されてしまうことで、私の存在も指導理念も世の中に逆行して広まって行きません。

だからこそ、それを知った選手やチームが他と違う能力を身に付けられるというアドバンテージを感じているのかもしれません。
それこそ小さな考えです。

私が考えていることくらい、どこの誰でも当たり前に知っていて、体の動きも身に付けていて、それらをベースにしてもっと違うところで競い合ってこその全体のレベルアップではないのでしょうか。

私の指導を受けていると堂々と宣言し、真似ができるものならやってみろ、そんなお手軽な方法論ではないことを目の前で見せてやればいいのです。

体の使い方という概念に気がつかないレベルの指導者は、そこまでのものなのです、すぐに追い越して体を動かす技術という発想をどんどん広げて行けばいいのです。

耳に入ってくる様々なことが、ちっぽけなことばかりで話になりません。

なぜ私から学んだと堂々と公にしてくれないのでしょう、学んだことが『正しいし良いこと』だと思ってくれたのなら、過去の固定概念など変えて行けばいいだけのことではないのでしょうか。

選手が良くなって誰が困るのでしょうか。

私も言いたくても言えないことはたくさんあります、それでも言わなければならないことは言い続けて行きます。

誰かに何かを言われ言い返せないのは学びが足りないからです、もっとしっかり学び続けてください、自分の体で証明して行ってください。

それが出来ない人たちが、過去の固定概念の中で自分の立場を守ろうとしているのです。

すべては自分は誰の為に存在しているのか、それを突き詰めて行けばおのずと答えは出てくるはずです。

まるで愚痴のオンパレードでした。

精神的にはとても落ち着いているのですが、このことに関しては少し感情が先に立ってしまいました、以上。

私の生き方にこそ固定概念があったのかもしれません。

昨日は育成年代の子供たちのサッカーチームの指導の手伝いに行って来ました。

指導と言ってもサッカー経験のない私に出来ることは、『体の使い方』ということに絞られます。

指導の中で今まで使ったことのない言葉がまた出て来ました、ボールを扱う技術ではなく、『体を操る技術』と言う概念を持って欲しいということです。

実際には体を操る技術こそがボールを操ることそのものなのですが、ボールを思ったように扱えるという技術、具体的にはリフティングやドリブル、止めて蹴るという基本動作が技術そのものだという認識になっていると思います。

世間一般ではそう思われている中、昨日行ったのは、私の考え方に共感し、西本塾にも参加してくれて指導に取り入れてくれている人間が指導してくれている数少ないチームですから、選手たちがどんな動きを見せてくれるのかとても楽しみにしていました。

限られた時間の中ですから、普段行なっている練習を見学させてもらい、気になることがあればコーチに話をして指導に活かしてもらうというスタンスで臨んだつもりでした。

それがせっかく私が来てくれたのだから、この際いろいろなことを直接指導してもらおうと、ほとんどの時間私が動き回って指導させてもらうことになりました。

私ももちろんその気があって、ちゃんとサッカーシューズを履いて行きましたが(笑)

もともと間接的に私の考えが伝わっているはずの選手たちでしたが、直接指導させてもらえるとなると、ついつい力が入り色々な事をやってもらうことになりました。

体の使い方を説明したり、うまく表現してくれている選手を見つけてお手本にしたりと、グランド全体を動き回り、出来る限り一人一人に声をかけて指導しました。

私自身も変化を感じましたが、普段指導しているコーチたちの目にも、短時間でどんどん変化していく選手の動きに驚きを隠せないようでした。

指導の内容は別として、今回自分の中に大きな変化を感じました。

今回はあくまでも見学者であって、もし指導をすることがあったとしてもボランテイアとしての立場での指導となります。

こういう指導はまさに私の仕事ではありますが、今回は仕事抜きの訪問でした。

私は仕事に対して常に結果責任を感じながら行なっています。
たとえ短時間であっても、その場限りの指導であっても、ただその時間を指導したという感覚にはなれません。

なんとか理解させたい出来るようにしてあげたいという気持ちが強く、時には厳しい言葉も発することもあります。

これまで関わって来た選手やチームを勝たせるという、唯一無二の命題を達成するためには、一切の妥協を許さず、すべてをかけて取り組んで欲しい、もちろん私自身が選手たち以上にその気持ちを強く持ち、表裏のある生活を送る訳にはいかなかったのです。

これが私の言う、『与えられた役割を演じる』という生き方でした。

この考え方の元となったのは、初めてプロの組織に飛び込んだ24年前、これがプロのサッカー選手かというお手本というか大きな影響を受けた、現在監督をしているある選手でした。

あえて名前は出しませんが、自分の専門分野では、この選手と対等以上な立場でケアをしトレーニングを指導しなければならないと考えた時、私の中での一切の妥協は消え去りました。

組織の一員であるという意識を持つこともなく、ただ目的のために最善を尽くすのがプロだと、最初に思い込んでしまったことが、その後のトレーナー人生にとって本当に良かったのかどうか、今では比較することもできません。

そういう自分を演じなければならない、そう思い込んで来ました。

昨日の私は、育成年代の子供たちと、呼んでくれた指導者のために、どんな私を期待されているのか、そんな私を演じていたのかもしれません。

それがなぜだかわかりませんが、そこへ向かう車の中から、指導している2時間という時間、そして家路を急ぐ20分の間も、とても心穏やかで心地良いのです。

こんな感覚は初めてだったかもしれません。

商売が下手だと言われ続けてはいますが、商売抜きで誰かのためにという感覚は私にはなかったかもしれません。

これまで作り上げて来た理論と実践を、安売りする訳にはいかないし、指導するに値する対象でなければ、本気になることもありませんでした。

それでも手を抜くなどという考えはないので、常に全力投球でとりあえず自己満足だけは出来る指導をして来たつもりでした。

昨日の私は声を荒げるどころか、ダメとか違うとか否定的な言葉もおそらく一度も使っていなかったと思います。
かと言ってダメなものに対して、適当な言葉で対処したつもりもありません。

実に自然に、選手達にとって分かりやすい言葉を選び、明るく大きな声で話しかけ、上手くいけばもちろん褒めと、自分はこんなことができる人間だったっけと、帰りの車中でほくそ笑んでしまいました。

指導することが楽しいと思ったことがこれまであったのかとも思いました。

すべては結果のため、何としても選手たちをこのレベルにまで引き上げなければと、必死にそういう私を演じてきたのだと思います。
と言うよりも、私自身がそう言う人間なのだと思い込んでいました。

年齢なりに少しずつ角が取れて丸くなってきたと言う言い方もできるかもしれません。
昨日の私も与えられた役を演じていただけなのかもしれません。

でもその役を演じることがこんなにも心地良いと感じられたのなら、本当の私はこっちだったのかもしれない、そんな風にも思いました。

これまでの私は、私自身が一番嫌う固定概念の中で、思い煩っていただけなのかもしれません。

どちらにしても、まだまだこれからの人生を歩んでいく中で、自分はこう言う人間なんだと決めてかかることはやめようと思いました。

信頼し指導を受けてくれる選手や、体の不調を訴え施術を受けてくれる人たちのために、私がどんな役を演じれば良いのか、それが自然に演じられてこそ、これまでの経験がお役に立てる一番の方法だと思います。

『人間の体を自分が思ったように操る』、言葉で言うのは簡単ですが、これほど難しいことはありません。

そこに少しでも近づくための方策を身に付け、指導するためには、やはり現場に足を運ばなければダメだと思いました。

目の前で動きをやって見せ、選手の動きや表情を観察し、どのタイミングでどんな言葉をかけてあげればこちらの意図が伝わるのか、本当に良い経験をさせてもらいました。

そしてそれが上手く伝わった時、本人はもちろん見ているすべての人がはっきりと感じられる変化を引き出せる、私の能力もなかなかのものだ思いました。

毎日接する立場ではないからこそ、責任ある立場ではなかったからこその気楽さもあったと思います。

でもこの感覚で接することこそが、選手たちのためにベターなものだったとしたら、どんな立場で指導を依頼されても、今回のような気持ちで接することは大事なことなのでしょう。

私の本性はどこにあるのか、そんなことはもうどうでも良いことなのかもしれません。

これからも、どんな役でも演じられるように、しっかりと自分自身を高めていこうと思います。

発想と視点を変えることができれば、もっと楽しいことが待っています。

昨日の午前中、エディオンスタジアムで行われたサンフレッチェ広島の練習を、智志と二人で見学しに行ってきました。

目的はある選手の動きを確認することと、低迷しているチームがどんな雰囲気で練習に取り組んでいるのか、生の姿を見たいと思ったからです。

私自身現場を離れて5年が過ぎました、離れたからこそ見えてきたものがたくさんあり、この仕事を始めてから30年近くになりますが、30年前より20年前より、5年前よりも、今の私は自分で言うのはおこがましいですが、ずっと成長しているような気がします。

過去それぞれの環境でベストを尽くしてきたつもりではありますが、やはり目の前の課題に取り組むことが一番で、総合的に自分の考えをまとめ発展させていくという作業は出来ていなかったと思います。

色々な意味で5年前に経験したことは、大きな転機をもたらせてくれました。

一般の方に対する施術はもちろんですが、様々なスポーツを見る目も変わってきたように思います。

人間の体の本質のようなものが見えてきて、それをどう生かすことが効率的に体を操ることになるのか、考えれば考えるほど発想が広がりました。

しかし、私が何をどう考えようと、現場で指導する監督と言う立場には成り得ませんし、コーチという肩書が与えられたとしても、最終的にすべてを判断するのは監督の裁量にかかってきます。

今出来ることは「個」を磨くことです。

これはこれでとても楽しい仕事で、選手と一緒に課題を見つけ、それをどう克服したらいいのかという方法を提示し、体の動きや考え方まで変化していく選手の姿を間近に見られることは、私にとって何より喜びとなっています。

昨日練習をスタンドから見学している時、見たような人が前を通り過ぎようとしたのに気づき声をかけました。

西本塾にも参加してくれたことのある、現役のサッカー指導者で女子選手を指導しています。

練習を見ながら色々な話をしました。

彼は私の考え方を知る前は、他の指導者と大きな違いはなかったかもしれません、しかし、私と接していく中で、新しい発想を知り今までとは違った視点でサッカーをそして選手の動きを見ることができるようになっています。

現実として彼が今指導をしている選手たちの動きは明らかに変化し、これまでにない動きを表現してくれるようになったそうです。

年代別の代表にも何人か選ばれるようになったそうです。

ところが残念なことに、彼の所属するクラブの中で、同じ発想で会話ができる指導者はいないそうです。

私が常に言い続けていることですが、まだまだ私の話に普通に対応できる指導者、いえ選手にもまず出会うことはありません。

しかし、少しずつ理解が進んで行くと、これまでとは全く違う世界が開けてくると口を揃えて言ってくれます。

一定レベル以上の組織を任される指導者と言うのは、それなりの実績と経験を積んでいることは分かります。

それらをベースにして指導を依頼されているのも理解できます。

しかしそれではそのレベル以上の選手を育てることができるのでしょうか、自分の方が上だと思っているから指導しているという発想になるのでしょうが、もっと深い所に思いをはせ、直接指導させてもらえる環境を与えられたことを活かして、自分自身を成長させるチャンスだと捉えることは出来ないのでしょうか。

久し振りに話をした彼の口からは、すでに私が乗り移ったように何の違和感もなく話が弾み、こういうことが普通に話せることがとても嬉しそうでした。

そんな中でひとつ彼にアドバイスというか提案したことがありました。

これも何度も口にしていることですが、「期待されている自分を演じる」と言うことの意味です。

出来ない分からない、自分には難しいと言ってしまうことは簡単です。

現状のサンフレッチェのように勝てない状況が続いている中で、応援してくれているサポーターの前でニコニコ笑顔を振りまくというのは難しいかもしれません。

練習中にミスをした時にも、見ている我々にも伝わってくるようなマイナスな行動をやめ、すぐに次のプレーに集中してボールを追いかける姿を見せてくれと言うのもかわいそうかもしれません。

でも彼らは戦わなければならないのです。

プロとして自分の為だけにサッカーをしているのではないということです。

たくさんのサポーターが彼らが一生懸命戦う姿を見て勇気づけられ、それぞれの生活に糧としてくれているのです。

そういう立場を常に演じる必要があるのです。

私が西本塾で指導をするとき、施術を行う時の誘導の言葉が出ない人が多くいます。

自分は口下手だから、人と話すことが苦手だから、そんな言い訳が聞こえた時、私は厳しい言葉でこう言います、「我々が相手にしているのは生身の人間ですよ、ロボットを修理しているのではありません。あなたが口下手であろうと人見知りであろうと、目の前にいる相手にはまったく関係のないことです。要点をきちんと説明し、要領よく体を誘導してあげられる有能な施術者を期待されているのですから、それに応えるためには理想の施術者を演じればいいのです」、と。

選手も指導者もまったく同じです、今出来るとかできないとか、今負けが続いているとか、そんなことはどうでもいいのです。

試合に出場し勝利してみんなで笑顔で喜びを分かち合っている、そんな自分を今こそ演じなければならないのです。

単純なプラス思考とかメンタルトレーニングのことを言っているのではありません。

それが与えられた役割なのですから。

大リーグの選手は家族の不幸や奥さんの出産に立ち会うために、戦いの場を離れることは当然だと思っています、それは正しいことだと思います。

逆に良いことだとは言い切れませんが、自分がその場を離れることで全体に対して大きな迷惑が掛かると、家族の不幸があっても舞台に立ち続ける役者さんもいます。

泣きたい時にも笑顔を振りまかなければならない時もあります。

そんな極端な話ではなく、今自分がやらなければならないこと、立ち居振る舞いも含めてすべてを見られているという覚悟がなければ、プロスポーツ選手と言う仕事も難しいものになるでしょう。

そんな話をしながら、新しい発想と視点を得た彼は、現状をまったく憂うことなく、指導している選手たちのためにより良い指導を模索している彼の姿勢は素晴らしいと思います。

願わくばこういう人がどんどん増えて、私と同じ発想や視点で会話を楽しめる輪が広がってくれたらいいと思います。

ちょうど今、大阪の大学のサッカー部の選手から、8月後半に広島県福山市の「ツネイシしまなみビレッジ」で行う予定の夏合宿期間中に、西本理論のトレーニングの指導を受けたいという連絡がありました。

こういう依頼は初めてでしたので、興味を持ってくれたこと、私の理論や実践がチームの強化に役立つと思ってくれたことをとても嬉しく思います。

実現するかどうかはまだ分かりませんが、大学生のサッカー選手を相手に走り回れるよう、心身ともに準備しておかなければなりません。

私が言い続けていることは、新しい発想でも特別な発想でもありません。

人間の体はこういう風に出来ているから、こういう風に使おうよと言っているだけのことです。

ただそれをやるのは人間です、心が体を動かす部分は否定できません。

まだ実績のない若い投手が、5回を投げ終え勝ち投手の権利を獲得した6回のマウンドで、突如コントロールを乱し、球威が明らかに落ちてしまうという現象があります。

この現象は、たんに球数の問題や体力不足で片付けることは出来ません。

2軍の試合で投げる1球と、1軍の試合で名だたる打者を相手に投げる1球に対する集中力はまったく異質なものだと思います。

この辺りの感覚は、本当にその場に立った人間にしか分からない感覚だと思います。

サッカーでも、ここ一番の試合やカテゴリーが上がって最初の試合とか、初めて日の丸を背負っての試合とか、これまで経験したことのない舞台での緊張感は、想像以上の疲労につながると思います。

そういう経験がしたくても出来ない私のような人間だからこそ、人間としての想像力を働かせ、少しでも感覚的に寄り添った指導ができるようになりたいと努力するのです。

一緒に見学した彼が近い将来、トップチームを率いることになれば、きっと世の中がサッカーの見方を変えてくれると思います。

色々なところで私がまいた種が芽を出してきたような気がしています。

そして大輪の花を咲かせてくれる日も近いでしょう。

私はそれまでしっかりと自分の考えを発展させ続けて行きます。

お手軽な方法論ではなく、ことの本質を追求し続ける、これが私の生き方です。

本日はただの雑感です、実利はないと思います。

これまで色々な仕事をしてきました、過去を語ってもあまり意味はないのですが、その時々で自分の力を十分に発揮させてくれる相手に出会ってきました。

もちろんそうでない相手の方が多かったと思います。

その違いは何かと考えると、相手が求めていることと、こちらが伝えたいことの違いということになるのだと思います。

私が会社員を辞め、施術を業として生きて行こうと決め故郷宇和島に戻って開業した2年後、広島にやってきました、34歳の時だったと思います。

サッカーという競技もプロと言う組織も、トレーナーと言う職業も、まったく知らないままに広島に来てしまいました。

軌道に乗りかけていた治療院をたたむことに迷いはありました。

信頼して通ってくれている人たちに対して申し訳ないという気持ちももちろんありました。

決め手となったのは、当時の責任者だった方の一言でした、「あなたが宇和島で発揮して信頼を得ていた技術を、このクラブの選手たちのために発揮して欲しい」、その一言でした。

何の計画性もなく、会社を辞め、勢いで開業してしまったため、いわゆる経営のノウハウというものをまったく持ち合わせていませんでしたし、自分が進むべき方向性も定まっていませんでした。

ただただ自分の技術を高めて行きたい、それだけだったと思います。

今でも発行されていると思いますが、トレーナーや施術者が対象の雑誌を読み、こう言うところに紹介されたり記事を書いている人たちの技術は、駆け出しの私には想像もつかない凄いレベルの人たちなんだろうと、いつかは自分もそういうレベルに追い付きたいと、単純に考えていました。

それが面接のような形で訪れた広島で、何人かの選手の体を診て欲しいと言われ、普段を同じように施術を行ってみると、選手から返ってくる言葉は私にとって意外なものばかりでした。

一言でいうと、私の技術は過去に体験したことがない体の変化をもたらせてくれた、というものでした。

何人かに施術し、異口同音にその言葉を聞くことになり、プロと言うある意味後のない立場におかれた選手たちの切実な言葉に、自分の技術をこういう人間たちのために使ってみたいと強く思い、翌日帰る頃には気持ちは大きく傾いていたことを覚えています。

その後チームの一員となったわけですが、「あなたが宇和島で発揮して信頼を得ていた技術を、このクラブの選手たちのために発揮して欲しい」という言葉を信じて仕事をしていた私に、容赦なく浴びせられたのが、「トレーナーなのに・・・」という言葉でした。

トレーナーの仕事は、練習や試合の前にテーピングをして、練習が終わればマッサージをして電気治療をして針を打ってと、私の技術や広島に来ることになったいきさつを知らない選手やスタッフ、そしてフロントと呼ばれる現場を知らない人たちからも、直接的間接的に私の仕事を批判する声が聞こえてきました。

そういうトレーナーの人員を増やしたかったのなら、そういうことをやりたい人を雇えば良かったのです。
私はそんなことをするために広島にきたつもりはありませんし、それがトレーナーだというのなら私はトレーナーではなかったかもしれません。

私は選手と一緒に戦いたかったのです。

どうすればこの選手を早期に練習に復帰させられるか、レギュラーであれベンチ外の選手であれ、能力的に向上の余地があると思えば、そのための方策を提案し一緒にトレーニングをしました。

なぜトレーナーがそこまでやるのか、もっと他にやることがあるのでは、そんな言葉を無視して選手がチームが少しでも向上するために、私の知識や技術が役に立つことがあるのなら、当然そちらを優先しました。

選手にもっとうまくなってほしい、チームとして目の前の試合に勝ってほしい、それがすべてでした。

当然選手としては自分に関わってくれる時間が長いトレーナーに、良い評価を与えることになるのでしょうが、そんな評価を気にして仕事をすることはありませんでした。

目の前の選手が与えてくれる課題に、どう応えればいいのか、それは痛みに対する施術であったり、能力を向上させるためのトレーニングであったり、当然その当時の私では十分な対応が出来ていなかったかもしれません。

その時に思ったのが、過去に目標としてきた、幾多の有名な方々の理論や方法論、そういう方々は多くは指導者として、後進の育成にも携わっている訳で、教科書的には間違っていない方法論を身に付けている人間は、その当時でもたくさんいたはずです。

そういう人たちに学んできた知識や技術は、目の前にいる選手たちにとって本当の意味で役に立つものだったのかということです。

それを行っていれば自分たちは正しいことを行っている、一生懸命やっていることの結果として、選手が思ったような結果にならなくても自分の責任ではない、そういうことなのだと思います。

私は自分の言葉と行動に責任を負いたいと思いました。

時には選手にとって言われたくないような厳しい言葉もかけたと思います、そういうことも含めて、すべては選手を鼓舞するためのものでした。

当然全員に良く思われることはありませんでした。

そんな中で私のことを誰よりも評価してくれたのは、選手生命にかかわるような大きなケガをして、手術入院の後、復帰に至る過程をそれこそ一緒に戦った何人かの選手たちでした。

そういう選手に関わっていた時期、申し訳ないですが他の選手に対して何をしていたか、正直ほとんど覚えていません。

それでも当時の選手から、私が休日返上で若手のトレーニングを指導してくれたとか、リハビリのトレーニングに付き合ってくれてお蔭で、今の自分があります、などという言葉を聞き、記憶力が薄れたのか、目の前のことに集中しすぎて、すべてを覚えていないんだなあとか、色々なことを考えました。

当時からトレーナーと言う職業も分業化されシステマチックになることは言われていました。

しかし、私が相手にしていたのはプロのスポーツ選手たちです。

生活のすべてをかけて戦っているといったも過言ではない人間たちです、当たり前のことを当たり前に出来て、毎日ちゃんと練習していますという選手が生き残っていける世界なのでしょうか。

そういう選手たちを相手に仕事をする立場の我々が、他の人と同じ知識や技術を持っているという証の資格を武器に、組織として対応する、で良いのでしょうか。

こちらも同じプロとして、人より秀でた何かを持って選手に向き合うことが必要なのではないでしょうか。

選手のために必要な技術がないのなら、すぐにでも学んで身に付けるべきだし、それが出来ないのなら潔く身を引くべきです。
評価は選手がするものであって、組織がするのではないはずです。

現場を離れてもう5年になりました、現場への気持ちがゼロになったわけではありませんが、改めて外からプロの組織を見ていると、組織を維持していくためには仕方がないんだろうなと感じるところもあります。

しかし、やはり私の生き方から考えると、選手のためにもっとできることがあるんじゃないかと言いたくなることがたくさんあります。

広島に移り住んで四半世紀が過ぎようとしています、当初関わっていた選手たちが指導者になり、そして父となり、親子二代に渡って指導させてもらったりすることも何例かありましたし、指導者となったチームの手伝いをさせてもらったこともありました。

だから一般の方が知ることのできないことも、多少は知ることになります。

歯に衣着せず何でも言いたいことは言ってきたつもりですが、流石に言えないこともあります。

私を信頼してくれる人間に対して、それを損なうような結果だけは避けなければなりませんから。

まさに奥歯にもののが挟まったような言い方になりますが、私には世の中を変える力も、組織を変える力もありません。

それでも私に何とかして欲しいと言ってくれる人間に対しては、最善を尽くしています。

そういう選手たちと、いつ出会うのか、どんな状況で出会うのか、それは偶然ではなく必然だと思います、今がその瞬間です。

1年後3年後、そして20年後、その縁が続いていようとその場限りになっていようと、瞬間瞬間、私に出来る最高の対応をしたと、自分にウソ偽りなく思える仕事が出来ればそれで十分だと思います。

今、息子智志は私が歩んできた道を歩み始めています。
私から学んだ技術と生来の優しさで、良い仕事をしてくれていると信じています。

振り返った時に、後悔とかあの時こうしていればという反省などしても仕方がないことです、今この瞬間、自分に出来る精一杯のことをし続けて経験を積み重ねて欲しいと思っています。

今日に記事はまったくの雑感で、実利はありません。

もうすぐ59歳、この道を30年ほど真っ直ぐに歩いてきた私の独り言のなかに、同じような道を歩んでいる人たちにとって、何か感じてくれるところがあったかもしれません、本日は以上です。

私が本当に言いたいこと。

昨日今日と二日に渡って書いてきたこと、読み手によっては自分たち日本人の体の特徴や機能を卑下し、海外の人たちの体の仕組みや機能を、ただ羨ましく思ったり賛美していると受け取った人がいるかもしれません。

そういう受け取り方をした人のために、時を置かず私が行き着いた本当の結論を書いておかなければならないと思い改めて記事を書いています。

書いてきたことはどれも紛れもない事実です。

しかし、海外の選手たちはそのことを意識もしていないしアドバンテージだと感じることもありません。

それは生まれつきであり、自分だけではなく周りの人すべて同じだからです。

日本人も同じ、周りのみんながそうだから、自分だけが特に問題があるなんて誰も思っていないのです。

でもそうではありませんでした。

ならば日本人が世界に伍して戦っていくことは出来ないのか、私がたどり着いたのは、「十二分に戦うことができる」という結論です。

世界の超一流選手のプレーを引き立てているのも、実は世界各国の代表クラスの選手たちです。

メッシの5人抜きなどという動画に出てくる対戦相手の選手たちもみんなそうです。

ではなぜそんなことが現実に起きてしまうのか、私がこれほどまでにお手本にしなければならないと言ってきた海外の選手のプレーに、実は大きなヒントが隠されていました。

彼らは自分の体の動きの特徴というか、ストロングポイントを理解していなかったのです。

彼らも同じ人間、自分より格上の選手、足の速い選手、ドリブルの上手い選手、コンタクトの強い選手、そういう相手に対して負けたくないという気持ちが当然出てきます。

そのことが彼らにとって不必要な力むという感覚を生み出し、屈筋を使ってその場に居付き、簡単にバランスを崩されてころんだり、ドリブルで逆を取られて抜かれたり、裏を取られて抜け出されると、走りに力みが出て追い付けなかったり、チャンスで股関節を屈曲する動作が出て、ボールをコントロールできずに枠を外したりと、日本人と同じミスをいくらでも犯していることも事実なのです。

海外の選手がこの事実に気づき、強さよりもしなやかさを重視するトレーニングや体の使い方を意識するようになったとしたら、我々はまた別の方法を考えなければならなくなるかもしれません、もう新しい方策などないと思いますが。

ならば我々はどうすればいいのか、まずは海外の選手と同等の背中を使う動きを身に付け、どんな状況下でも冷静にその動きを続ければいいだけのことです。

たったそれだけで、足が止まるだ、フィジカルが弱いなどといわれなくても済むのです。

信じられないのなら今まで通り、根性で走り続けたり、体を鍛えまくればいいでしょう、その先には残念ながら明るい未来は訪れません。

半年間私の理論に沿ってトレーニングを継続した中高生のサッカー兄妹は、しなやかでスピードのある動きを身に付けました。

新しい環境で、日本的な頑張るだけのトレーニングを行わなければならないことで、せっかく身に付けたものが消えてしまわないことを祈るばかりです。

海外の選手にこのことを話しても、誰一人として乗ってくる選手も指導者もいないでしょう。

それは当然のことだからです。

お手本であるべき名前を挙げてきた超一流選手にも、筋肉系のトラブルが散見されます。

彼らにして、もっと頑張れば、もっと力を入れれば良いプレーができるという感覚があるのだと思います。

そんな彼らを涼しい顔であしらうような体の使い方で、プレーができる日本選手がそろえば、日本代表は間違いなくどんな国を相手にしても、まったく気遅れする必要はないと思います。

私が本当に言いたいのは、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」、孫子の兵法の一説にあるように、お互いの特徴を熟知し、劣っている部分は素直に認め、それを補う努力を惜しまず、相手の隙を見つけられれば、そこに活路を見出し、最後には勝利を収めることができるということです。

そのヒントどころか、答えがここに書いてあるのです。

それを実行するためには固定概念を捨て、新しいことに挑戦する勇気と覚悟を持つことです。

それが出来ない人ばかりなことを残念に思います。

膝の故障と、背中を使えていないことの関係②日本と海外の選手の体の違いから。

昨日書き始めたことは、私にとってもとても大切なことなので、考えが分断しないように続けて書いておきます。

今日書いておかなければならないことは大きく二つ、一つは、なぜ日本で活躍した選手が海外に移籍すると、日本で見せてくれていたような動きが出来なくなってしまうのかということ、もう一つは、海外の選手たちに比べ、日本の選手の普段の姿勢やプレー時の姿勢が、どうして猫背に見えてしまうのかという問題です。

実は二つの問題の根本はまったく同じことなのですが、それを二つの側面から分析することで、ことの重要性を認識するきっかけになると考えました。

まず海外に移籍した選手の動きの変化についてですが、正直私は数年前まで全く興味がありませんでした。

どんな選手が、日本でどんな活躍をし、海外に移籍した後どうなってしまったのか、今サッカーに関わる内容を書いている私ですが、意外な人がこんなにサッカーを知っていて、詳しい情報をたくさん持っているという人が、私の周りにもたくさんいます。

そんな人たちから見ると、私は素人以下で、なぜそんな私がこんな内容を書いているのかと言われてしまうほどです。

前回のワールドカップ直前に、ご縁のあったスポーツライターの「木崎伸也」さんの依頼で、サッカー選手の動きや体の使い方に特化した分析を依頼されたことがありました。

それまで特に興味のなかったサッカーに対して、「人間の体の動きそのものに対する分析」を試みるということは、私にとっても新しい刺激を感じるものでした。

分析を依頼するため名前の挙がった世界の超一流選手たちの動きは、まさに特徴のオンパレードで、記事を書くのが本当に楽しかったことを覚えています。

ところが日本代表の選手たちに話が及ぶと、私の文字を打つ手がぴたりと止まってしまったのです。

当然良い所を探して記事にしたいということだったと思うのですが、私の目には、それ以前に穴が開くほど見続けた世界のプレーヤーたちのイメージが強すぎて、様々な項目に分けて特徴を拾い出そうとしたのですが、「特になし」の言葉しか浮かんでこなかったのです。

日本を代表する選手たちなのですから、特になしではないはずなのですが、悪くはないがどこか飛び抜けて目立つ特徴は見られないという感想でした。

それではと過去の代表選手をピックアップしていくと、私を驚かせてくれたのが「中田英寿選手」でした。

海外のトップ選手の分析をしているとき以上に、色々なことが想像できました。

その一番の特徴が、「姿勢の良さ」でした。

彼は屈強な海外の選手に体をぶつけられても、簡単に倒れることがありません、相手のパワーに対抗して体をぶつけ返す、いわゆるフィジカルが強いという言葉で言い表される体の使い方には見えませんでした。

古い言い方ですが、「柳に風と受け流し」という感じで、相手のパワーをいなし、しなやかな身のこなしで崩されかけた態勢を立て直しながらドリブルしていく姿は、見事なものでした。

ユーチュ-ブで見ることができる過去のプレー集は、選手の良い所の総集編のようなものだとは思いますが、それにしても彼の動きには当時の日本代表の誰にも真似のできない異質なものを感じました。

彼が一番活躍していた時期には、私はプロ野球選手のパーソナルトレーナーとして、日々野球の投手の体の動きのことにしか興味がなかったため、申し訳ないですが全盛期の中田英寿選手のプレーを見たことがありませんでした。

では海外の超一流選手や中田英寿選手に見られて、日本のトップ選手たちには見られない特徴、それがまさに姿勢の良さであり、具体的に言うと「骨盤が自然に反っている」ことでした。

この「自然に」と言う感覚がキーワードになりました。

日本では姿勢が悪い背中が丸くなっていると指摘された時、「胸を張れ」と言う言い方がされると思います。

小理屈に聞こえるでしょうが、筋肉には収縮と言う仕事しか与えられていません、胸の筋肉が収縮すればそれはそのまま背中を丸めることになってしまうだけで、目的である背中を真っ直ぐに保つということにはなりません。

ここに日本人特有の背中に対する意識を感じました。

日本人は長い農耕民族としての歴史の中で、体をかがめ手先の細かい作業をすることには長けていた民族です。

その良い意味での特徴が、逆に言うと背中をしっかり起こして背筋を伸ばすということを行う機会を少なくしてしまいました。

大陸の狩猟民族としての歴史を築いてきた人たちは、背中をしっかり起こし視線は遠くに保たなければなりません。

単純な例ですが、そんな歴史の違いが背骨をしっかり引き起こし、人間本来の背骨のS字カーブをキープしてくれる、「広背筋」と言う筋肉の機能を眠らせてしまったのではないかと考えました。

そういう視点で日本人と海外の選手の動きを見比べると、見事に当てはまってしまうのです。

ところが体型に劣る日本人は、体のサイズや筋力を向上させることこそが、海外の選手たちに対抗できる唯一の手段だと信じ、「肉体改造」の号令のもとに、筋力トレーニングを行ったのでした。

ところがそのことで得られたはずのフィジカルの強さは、海外の選手にはまったく通用していませんでした。

このことも書けばとても長くなるので簡単にしか書きませんが、元々のサイズと強さを持っている海外の選手は、アクチンとミオシンのニュートラルポジションからの収縮になりますが、後天的に強化した筋肉は、ニュートラルポジションが3方向へ移動してしまい、収縮させた時の余裕というかクッション性がなくなってしまうと思うのです。

だから同じ身長体重の選手同士がぶつかり合った時に、日本の選手の方が飛ばされてしまうという現象が起こります。

私は科学者ではありませんから、毎度言われる客観的なデータなど持ち合わせていませんが、毎日毎日飽きるほど見続けたプレー集からは、そうとしか思えないというのが私の結論でした。

日本ではしなやかで力みがなく、ある意味やる気が感じられないような表情の選手が、90分間を通じて「らしさ」を発揮し続け、試合終了直前に素晴らしい動きを見せて勝利に貢献するというシーンを見せてくれていたにもかかわらず、海外に行くと、人が変わったように力みが感じられ、動きのしなやかさが消えて行く選手を何人か見ることになりました。

それはなぜなんだろうと考えた時、間近で見る選手たちの体格や筋力の違いに驚き、同じ環境でトレーニングを行う中で、例えばベンチプレスひとつとってみても、指示された重さと回数を他の選手と同等に扱えなければ悔しい訳で、そうなるといわゆる頑張る筋肉「屈筋」が主役となってしまうことは明らかです。

その結果、見た目は他の選手に負けない体を手にしたとしても、動きの質でいうと明らかにしなやかさが失われていくということになってしまうようです。

このことは、一昨年、ブログにも登場していただいた川崎フロンターレサポーターの「西原雄一」さんと、等々力で試合を一緒に見させていただいたときに、ここまでのことはお話ししました。

私など遠く及ばないサッカーの知識を持っている西原さんからは、何人もの選手がそれに当てはまっていたというお話を伺いました。

私が絶賛した中田選手でさえ最後は動きの質が変わってしまったということもお聞きしました。

ただこれはあくまでも私の想像でしかなかったので、いつかこの目で海外の選手のトレーニングを生で見る機会を得て、私の想像が正しいものかどうかを確認したいということもお話ししていました。

現実として実現不可能なことだったのですが、昨年末に偶然にもその機会を得て、自分の目で確かめることができたことは幸運としか言いようがありませんでした。

海外の選手は背骨を中心とした体の動きで重量を扱い、自らの体をコントロールしています、間違いありませんでした。
引き換え日本の選手は、体の前側の筋肉、大胸筋や腹直筋などを中心にした体の使い方をします、これが私の結論でした。


そのためにはずっと言い続けている、広背筋を中心とした体の後ろに位置する筋肉の機能を高めることを最大の目的としたトレーニングが必要であるということです。

このことなくして姿勢の改善も、フィジカルの向上も望めません。

一時期、「反った猫背」という言葉を、ブログで多用しましたが、自分で意識することなく骨盤を後上方に引き上げた状態が自然になるまで、背中側の筋肉にその仕事を思い出してもらうためのトレーニングが必要なのです。

その結果として、いくら猫背になろうとして肩の力を抜いても、骨盤はその角度を変えることなくすっと上体を支えてくれます。
その状態こそがベストな姿勢を作り得るのです。


背骨全体を無理に反らせるのではありません、過去発表した記事にも書いた、「メッシの背中背番号10の下はしっかり反っているのに、肩は逆に猫背に見えるのはなぜか」と言うことです。

ブラジルのサンバダンサーの背骨からお尻にかけてのライン、あの骨盤の角度なくして、ハイヒールを履いたまま、あれだけのステップを踏むことは出来ないでしょう。

失礼ながら日本女性が足を長く見せたいとハイヒールを履いても、着地の瞬間膝は伸びておらず、腰をかがめた姿勢になります、骨盤は後傾し、股関節の伸展が出来ないからです。

日本の選手がそれぞれの良さを消さないように、海外でも活躍するためには、屈筋ではなく伸筋のトレーニング、具体的に言えば「トレーニングの目的は背骨を自由に動かせるようになること」で、背骨を動かすための筋肉の機能を高めるということです。

とくに育成年代で、基礎的な筋力も基礎体力も備わっていない状態で、高度なプレーを身に付けようとしたり、高いレベルの中に身を置くと、日本人特有の体の使い方である、体を丸め腰を落とし、地面に居付いた状態から、強く蹴って動き出す、股関節を屈強させ膝を強く引き上げ、そのために腕をしっかり振ってという動きになります。

その結果として、大きく踏み出した足を支えるために、膝や太腿の筋肉が大きな負担を強いられるということになります。

それでも筋肉を鍛えろ、もっと頑張れと言われ続け、ついにはボールを蹴ることも走ることさえ出来なくなってしまうこともあるのです。

私に言えることはここまでです、あとは指導している皆さんが本気で人間の体の仕組みを学び、痛みを訴える選手たちをどうやったら救えるのか、たくさんいる選手の中から大きな大会に出場させることだけが指導者の評価ではないはずです。

小学生から高校生までの子供たちが、体の痛みを訴えるのはすべて指導者の責任であると言っても言い過ぎではないと思います。

「自分たちはそんなことは知らない、競技の指導で手いっぱいだ」、そうでしょうか、どんな指導をしたら成績が上がるのかを考えることと、どうやったら故障を減らせるのかを考えることは同じではないのでしょうか。

スポーツの現場を見ていて悲しくなります。

膝の故障のことから、日本と海外の選手の体の特性の違いまで、思うところを書いておきました。

膝の故障と、背中を使えていないことの関係 その①

今日のテーマは多くの要素を含んではいますが、これまでの考察を振り返り、また新たな気付きとも合わせ、持論を展開していきます。

私がサッカーの世界に「体の使い方」という概念を持ち込もうとしたのは、人間の能力が90分間フルに走り続けることができない知っていながら、それを追い求め過酷なトレーニングを行うことが当然だと思っている指導者や選手に意識改革を求めたいということが始まりでした。

「フィジカルが弱い、足が止まる」、何年何十年と言い続けれれている課題に対して、これまで誰も疑問を持たず、同じ方向からのアプローチを繰り返していることに、サッカーという競技の経験がない、素人の私だからこそ湧いてきた疑問だったかもしれません。

そのことを真剣に考え始めてから5年以上が経ちました、それからの5年間で当初には思いもつかなかったような色々なことに気付かされました。

私が気づく程度のことに、なぜサッカ-の専門家と言われる人たちは気づかないのだろう、いや気付いてはいても気付かないふりをしているのかもしれない、そんな風に考えることもありました。

今日のテーマは、サッカー選手に限らず育成年代のスポーツ選手の多くが悩む、膝のお皿の下の部分(脛骨粗面)の痛み、いわゆる「オスグッドシュラッター病症候群」と呼ばれるもので、名前の通りアメリカとドイツの医師がほぼ同時に症例を報告してついた名前のようなので、当然我々アジアに暮らす、日本人に特有な症例ではないことは明らかです。

しかし、日本では現実としてたくさんの子供たちがこの症状に悩まされています。

大腿四頭筋の柔軟性と筋力不足が指摘され、それに対処する方法が指導されるわけですが、もっと根本的な原因が他にあるのではと、32歳で開業した当初からずっと考えてきました。

最近の例でいうと、16歳の高校2年生が半月板の縫合手術を受け、その後も痛みが引かず復帰が出来ないということで再度受診すると、今度は半月板の部分切除術を行ったそうです。

どんなに正しい手術が行われたとしても、その後のケアとリハビリのトレーニングが確実に行われないと、時間の経過だけで良くなっていくというのは甘い考えだと思います。

また遠隔サポートをさせてもらった小学生のサッカー選手も、膝の痛みを抱えていました、おそらくはこの症例だと思います。

さらには、遠く南米の地から相談に来てくれた16歳のサッカー少年も、まさにこのオスグッドシュラッター症候群の症状そのものでした。

この3人に限らず、膝の痛みを訴える選手の共通した特徴が、プレー時の姿勢が悪いということです。

以前関わったチームでもそういう特徴というか、裏に抜けて行く動き出しの時、頭を下げて前傾し腰が引けてしまうという癖を持った選手がいました。

当然、スピードを上げて行くためには股関節を強く屈曲させ、膝を高く引き上げる必要が出てきます。

それを行うためには大きく腕を振って、体の前側の屈筋を総動員した体の使い方が必要になります。

そうすると、少し難しい話になりますが、筋肉の最終単位である筋原線維のアクチン繊維とミオシン繊維が滑走し重なり合うことが、筋肉の収縮活動そのものなわけですが、私の3・5・7理論と名付けた模式図をイメージしていただくと、一度3方向へ収縮している状態から、さらにもっと収縮させるというのは不可能なことで、筋肉にとっては出来ないことを無理やりにでもやらせようとしているわけですから、まさにブレーキをかけながらアクセルを踏んでいる状態となります。

さらに、その収縮状態の筋原線維が大きな着地の衝撃に対してどう反応できるか、想像してみてください。

ギュッと収縮してやわらかさの無くなったものに、もう一回頑張って衝撃を受け止めろというのですから、人間はなんと無茶なことを体に要求しているのでしょうか。

ここに私が問題提起し、走るという行為や、その他さまざまな動きの中での体の使い方を工夫し、本来人間として仕組まれた体のからくりに沿った使い方を考えてきたのです。

誰かがこう言っているとか、どこかに書いてあったというレベルの話ではなく、もっと根源的な人間の体とはという部分です。

スポーツではとにかく一生懸命な姿が賛美されます、歯を食いしばり息を切らし、倒れても立ち上がりと、まるでスポ根漫画の世界のような感じでしょうか。

それらの動きは、屈筋といって関節を曲げる時に主に使われる筋肉で、主に体の前面に配置されています、それを使っている時に、本人も充実感があり、見ている周りの人間にも頑張りが伝わってきます。

それこそが力んでいるという状態そのものであることに気付かずです。

頑張るなと言っているわけではありません、正しい頑張り方があるのです。

それを指導者が正しく認識できなければ、永遠に子供たちに対して無駄な頑張りを強要することが続くでしょう。

腰を落とし低い姿勢で相手の動きに対応する、前に走る時には、とにかく体を前に突っ込ませ、着地はできるだけ前、腕をしっかり振って腿を引き上げ、力の限り頑張れ、これが今評価されている体の使い方なのです。

ところがこのことで、大きく前方に着地した足にはどれだけ大きな負担がかかっているか、冷静に考えてみてください。

その結果がオスグッドシュラッター症候群であり、脛骨や尺骨の疲労骨折、足裏の足底筋膜炎、膝関節内の半月板や靭帯の損傷、太腿前後の肉離れ、ざっと挙げただけでもこれだけの疾患名が出てくるほど危険な行為を行っているのです。

それを改善するために必要なことが、骨盤を後上方に引き上げるという機能を持つ、広背筋の機能を向上させるという発想でした。

この発想にたどり着いたのは、日本で活躍したサッカー選手が海外に渡ると今一つ活躍できないという現実を知り、数年前から何人かの選手の動きの変化をチェックしたことでした。

海外の選手と日本の選手では、背中を使い方に明らかな違いがあると感じたのでした。

日本の選手と海外の選手のどこがどう違って見えたのか、これから日本サッカ-が世界と伍して戦ううえで、知っておかなければならない大事なキーワードだと思っています。

南米でプレーしている16歳の選手から、彼の地の医療スタッフにはオスグッドと言う概念がないことを聞かされ、なるほどそういうことかと膝を打ちました。

実際に来てくれた時にも話を聞きましたが、プレー中の姿勢が自分とは全然違うとのことでした。

痛みの原因の3要素、「間違った体の使い方をしている」の前に、「正しく使いたくても体がそういう風に動いてくれない」、という現実があるようです。

体づくりでは届かない動きづくりの世界、私はこれまで以上に声をあげ続ける必要がありそうです。

日本の選手と海外の選手との違い、広背筋の機能と膝のケガとの関係、長くなりそうなので次回に続きます。

3連休を終えて、日常モードに戻らなければなりませんね。

今年の三連休、と言ってももっと長い連休を過ごしている方も多いかもしれませんね。

私のように個人で仕事をしている人間、さらには直接対面でなければ基本的に収入にならない業態の方にとっては、連休を喜んでばかりもいられないのが本音かもしれません。

そうは言いながら、現実として休みと決めたからには、楽しむということも必要だと思えるようになりました。

私個人としてもそうですが、長女とその子供たちに、少しでも楽しい思い出を作ってあげたいと、私なりにお爺ちゃんとしての役割も果たしていこうと思います。

今年の三連休、私にとっても思い出に残る出来事がありました。

まずは初日5月3日ですが、いつもなら登録会員になっているゴルフ場に行くところを、今回は以前にはよく誘っていただいた、呉市にある「郷原カントリー」の一人予約に申し込みラウンドすることにしました。

5年ほど前、送別ゴルフと言うことで、5年来施術とトレーニングに通って頂いていた会社経営の方ご夫婦と、ゴルフ場の研修生と4人でラウンドさせていただいたことがありました。

午前中のインコースで「38」という、もう二度と出せないのではという、ハーフのベストスコアを記録した縁起の良いコースでした。

当然、トータルのベストスコア70台を目指しましたが、午後は力みと緊張で崩れてしまい、目標には届きませんでした。

広島に帰ってきてからは、そのコースに行く機会がなく残念に思っていましたが、今回やっと実現しました。

15番474ヤードパー5、打ち下ろしがありますから、実質はもっと短いと思いますが、ドライバーが芯を食って残りが190ヤード、フェアウェーど真ん中にボールがありました。

左足下がりのライでしたが、打ち下ろしを考慮して175ヤードと見積もり、一番得意とする6番アイアンを振りぬくと、ボールは真っ直ぐピンに向かって飛んで行き、ピンの少し手前で止まるのが見えました。

同伴競技者の方から、「ナイスショット」の声がかかり、続いて「イーグルチャンス」と言われ、そうだここはロングホール、入れたらゴルフ人生17年にして初めてのイーグルと記録できると大興奮でした。

ビビッてしまってショートだけはしたくないと、上りのストレートラインをしっかり打ちきれ、カップのど真ん中から入ってくれました。

動画を撮っておけばよかったねとか、いろいろ言っていただきましたが、もしそんなことをしていたら、たぶん緊張して外してしまったかもしれません。

ホールイン1は経験がありませんが、一生の思い出に残るイーグルになりました。

そして次の日は、近くにある広島競輪場で、子供が遊べるイベントがあるというので長女と一緒に連れて行きましたが、2時から競輪場の中を走る体験会があるということを聞き、子供たちだけでなく私も挑戦させてもらいました。

棄権防止のため、大人と子供が交互に5週、傾斜のあるバンクには上ってはいけないということでしたが、普段経験できない35度の傾斜を見ると、とても素人が上って行く勇気はありませんでした。

それでもロードバイクで2回、そして競輪選手と同じ直結のピストで2回と、本当に良い経験をさせてもらいました。

ピストは直結でもちろんブレーキもありませんので、400mの外周の半分くらいの所からスピードダウンしていかないと、決められたところで止まれないということも経験でき、プロの競輪選手の凄さを改めて実感できました。

もちろん競争しているわけではありませんが、息子のような年回りの若いお父さんたちに負けてはなるかと、ラスト1周は真剣に踏み込み、気分は競輪選手でした。

17年ほど前になるでしょうか、落車で大けがをした地元の選手の、復帰に向けてトレーニングを指導したことがあり、競輪場にも応援に行ったことがありました。

その頃1度だけ、公道ですが少しだけピストに乗せてもらったことがあり、普通の自転車とは全く違うものだということは知っていました。

そして昨日は、広島フラワーフェスティバルの最終日、孫たちの興味を引く手作りコーナーとかがメインでしたが、あまりの天気の良さに疲れてしまい、早々に引き揚げてきました。

3日間とにかく色々なことがあって、私にしては珍しく、仕事のことを忘れて楽しい休日を過ごさせてもらいました。

さて、先日来行っていた遠隔サポートのこと、しっかり整理しておかなければなりません。

詳細はすでに記事として書いてきましたので、今回は送られてきたお父さんからの感想をご紹介します。

一応匿名とさせていただきます。

M田です。

感想メールをお送りするのが遅くなってしまい申し訳ありません。

西本先生、1週間の遠隔指導ありがとうございました。

息子の現状に自分たちではどうしようもなく、だからと言って医者にかかれば済むような問題ではないこともうすうす感じていました。

ですから、ここでダメだったらどうしよう、と最初は半分祈るような気持ちで申し入れのメールをお送りしました。

まず息子のプレー動画を分析してもらい、走り方に根本的な原因があることを指摘されました。

そのことを理論立てて説明されたことで、そこを直せば逆に全てが改善方向に向かうだろうと思えました。

次に送られてきた理論や映像は私にとっては難解でした。

骨や筋肉の名前すら知らないわけですから、先生もさぞ頭を悩ませられたことと思います。

その後も次々と参考動画が送られてきて、すこし頭が混乱しましたが、繰り返し見返すことでなんとかアイドリング、アイドリングからの前進、引っ張り出しまでは理解できるようになったと思います。

過去の経験から、身体と頭がシンクロするには時間がかかることはわかっていますので、理論や実演の動画を繰り返し観て動きをイメージすること、実践してみて違ったところはまた自分の動画を撮ってチェックすることで試行錯誤しながら体得していく考えです。

まだきちんと検証できていませんが、こうかな?とトライしてみた走り方では、太もも前側の筋肉痛が明らかに減りました。楽に走れているような気がします。

反面、胸の前側が筋肉痛になったのですが、これが正しい方向なのかどうかはわかりません。

腕のリラックスが足りないのかもしれません。

息子にも変化が見られました。コツコツと続けることができるタイプですが、日々のFBTはサボらず続けていますし、プレー中も姿勢に気をつけるようになったことを本人からも聞きました。

いまは姿勢が改善されつつあるだけで、走り方を身につけるのはこれからですが、太もも前側の張りが減りましたし、足の痛みを訴えることも少なくなりました。今の方向でトレーニングを継続していくことできっといい方向に向かうだろうという希望を持てたことがとてもありがたいです。

今後、走り方や方向転換を身につけてプレー中も実践できるようになれば、サッカープレーヤーとしての伸びしろが大きくなると信じてトレーニングを継続していきます。

今度は直接指導を受けたいと思います。

ありがとうございました。

息子の感想は改めてお送りします。



今回のサポート対象が10歳のサッカー少年と言うことで、お父さんの協力が不可欠でしたが、真剣に取り組んでくれました。

最初は直接指導受けていただき、その後に遠隔サポートという形をとることが理想だと思っていましたが、1週間、毎日一歩ずつ前進していけるように内容を工夫して、もちろんそれですべてを理解して頂けれとは思っていませんが、それでもこういう形の指導でも、直接指導と同等か、それ以上の指導内容が届けられるかもしれないと思えました。

すべては本人の変わりたい変わらなければという強い気持ちと、サポートするご家族の応援なくしては成立しないことは当然のことです。

1週間と期限を切ることで、お互いに集中して向き合うことができ、これで終わりではなく、今後は少し時間を空けて、少しずつ修正していくサポートが出来たら良いと思っています。

小学生だから、競技レベルの選手だから、どこの誰に相談すればいいのか分からないという選手はたくさんいると思います。

今回のことでこういう形でもお役にたてるという自信が持てました。

希望があればお問い合わせください。

また先日は、16歳で南米でプレーしている選手が、膝の痛みを訴えるも、所属するクラブのメディカルスタッフから理解されないと、40時間プラス国内移動の時間をかけて私を訪ねてくれました。

痛みの改善だけではなく、なぜそうなってしまのか、どうすればそうならないで済むのか、さらには私の提唱する動きを身に付けることで、選手としてのさらなる成長が期待できるのではと、様々な思いを持ってきてくれました。

これは、遠隔サポートを行った10歳の選手と、まったく同じ状況で、まったく同じような指導をすることになりました。

海外の選手に比べ日本の選手の体はどう違うのか、ずっと言い続けている「背中を使えていない」という現実に、指導者はしっかり向き合うべきだと思います。

このことは改めて詳しく書かなければならないと思います。

「私が話しておかなければならないこと」、いつになってもその種は尽きそうもありません。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください
尚、深める会も12月9・10日に予定しています。

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