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硬球の音、黒土の香り、野球のグランド良いです!

ここ最近の私の仕事は、なぜかサッカーに関わることが多く、私自身の原点である野球に関わることがほとんどなくなってしまいました。

そんな中、以前指導させてもらっていた三菱広島の元選手で、現在香川県立飯山高校で体育教員となり、そして昨年の4月から念願の野球部の監督を務めている上田将人君の指導の手伝いに行ってきました。

上田君とはまさに親子ほどの年齢差がありますし、高校生たちから見ればかなりの年齢差がありますが、こと野球に対しての私の情熱や厳しさは上田君も十分承知していますので、選手たちの指導を受ける態度が、私が要求しているレベルになるまでは、私を呼べないと思っていたようでした。

約一年の指導を経て、やっとその準備が出来たということで今回の指導が実現しました。

以前野球に関わっている頃の私は、一切の妥協を許さないというか、練習に向かう姿勢や態度を含め、野球部員として行動しているすべての瞬間に厳しく接してきました。

私の仕事はチームを勝たせること、その一端を担うからには選手に対してはもちろんですが、自分に対してもそれ以上に律することを課してきました。

そんな私のイメージが強い上田君ですから、選手と言うより高校生としての生徒たちの日常を見ているだけに、指導に来てもらいたいけれど、選手たちの態度を見て指導以前の問題だと、私に切り捨てられるような状態から始まった監督としてのスタートに不安の方が大きかったとのだと思います。

午前8時30分から午後5時まで、1時間弱の昼食をはさんで、とにかく色々なことを伝えてきました。

ボールを投げる、バットを振るという基本動作ですが、この動きの中にこそ人間の体の仕組みが凝縮され、ボールとバットと言う道具の特性をきちんと理解しなければ、どんなに苦しい練習を繰り返しても野球が上手くなることはないということを、まず伝えることから始めました。

細かい説明は出来ませんが、ボールを握る時、小指の役割を考えている選手はほとんどいないと思います。

その小指をどう意識してどう握るかによって、ボールの質が全然違ってくることや、手首のスナップや肘の使い方以前に、股関節から背骨を介し、肩甲骨をどう動かすかで肩から肘そして手首の動きが決まってしまうことなど、選手たちはまったく考えてもみなかった視点で、人間の体の動きを考えてもらうきっかけになったと思います。

もちろん私自身がそれを表現できなければならないと話にならない訳で、そのために一ヶ月間普段以上に真剣にトレーニングを重ねてきたという訳です。

今回改めて気がついたというか、今私が指導している走るという行為の体の使い方は、90分間頭と体を動かし続けることが出来る能力を獲得してもらうために、主にサッカー選手の動き改善を目的として整理して行った考え方でした。

野球の場合は瞬間的な動きばかりで、2時間半の試合時間になったとして、選手一人が瞬発力を発揮しなければならない時間を合計しても数分にしかならないという特殊な競技です。

自分で言うのも変な話ですが、野球選手に対してこの走り方を指導することに、私に与えられた貴重な時間を割くことが、はたして選手にとってメリットのあることなのかと考えていました。

しかし、ウォーミングアップから見ていると、あまりにも屈筋に頼った力任せな動きが目立ち、効率的な走り方を身に付けさせなければ、野球以前の基本的な運動能力を高めるために行っているトレーニングが、逆に彼らの体の正しい動きを阻害していると感じました。

動きの硬さや力みが、投げて打ってのすべてにつながり、まさに力任せのプレーが目についてしまったのです。

やはり運動の基本は走ることです、自分の体を自分の思ったように操ってこそ、効率的な走りができます。

その基本の部分で力むということでしか筋力を発揮できないで、それぞれの競技動作に効率的とか柔らかさなどというイメージなど求める方がおかしいのです。

更に驚いたというか、もう何年振りか分かりませんが、ベースランニングを行ってみました。

私の軽やかな走りを選手たちにアピールすることが目的だったのですが、その際に自分が真剣に野球に向き合っていた学生時代に指導された、ベースの手前で外に膨らむというラインを描かなくても、ベースを結ぶ直線の上を真っ直ぐに走って、角を曲がるときに肩甲骨の縦の動きを大きくして、曲がりたい方向、と言ってもベースは左回りしかありませんが、目線というか顔を行きたい方向に向け、体の軸を内側に倒しだけで、ほとんど外に膨らむことなく、自分では真っ直ぐに走っているような感覚のまま1塁2塁3塁と駆け抜けて行くことが出来たのです。

ずいぶん前に香川慎司選手の動きを振り子ドリブルと勝手に呼んだことがありましたが、まさにダイヤモンドの内側に体の軸を倒すだけで、振り子のように90度のコーナーを回って行くことが出来ることに、私が一番驚きました。

もちろん私なりですがそれなりのスピードで走っていますから、この感覚を知らなければ真っ直ぐベースに向かって行けば、次のベースに対してはかなりの大回りとなったはずです。

それがいとも簡単にというか、とても90度曲がって行かなければならない正方形のコースを走っているとは思えない滑らかなコーナリングが出来たのです。

サッカー選手が状況に応じて、「ダッシュしながら自由に方向を変えられるようになった」、と言ってくれることとまったく同じことです。

これも自分で走ってみなければ、こういう感覚にはならなかったと思います。

最初は変な走り方だと笑っていた選手たちでしたが、自分がやってみると分かるのです。

世の中のの99.99・・・・%、私が指導した人以外のほとんどすべての人から見れば、確かに変な走り方かもしれません。

しかし、一度体が効率的で楽な走りを知り、こちらを選んでしまったら、もう以前の走り方には戻れないのです。

なぜかって、体の負担が無駄に大きくしんどいからです、誰でもそう感じるのです。

おそらく彼らもなんだその走り方と笑われるでしょう、事実午前中グランドの半分を占拠して練習していた男女のグランドホッケー部の選手たちからは、私の走り方を見て笑い声が聞こえていました。

選手たちにはこう言いました、「見とけよ、そのうち僕の指導を受けた選手たちがメジャーなステージで活躍するようになって、あれどこかで見たは走り方だなと思った時に、野球部の選手たちが似たような走り方を指導されていたような・・・」という時が来るからと。

固定概念などなんの意味も持たないのです、今この瞬間自分の体がどう感じるのか、それがすべてなのです。

部員数は15人と少なく、野球のレベルも香川県で甲子園を目指すとはまだ言えないと謙遜していましたが、そう聞いていたせいもあってか、私が想像していた以上に選手たちのレベルは高かったと思います。

もっと近くだったら、今年の夏このメンバーで甲子園を本気で目指せるようなチームに出来るように、応援してあげられるのにと少し残念です。

何と言っても、私が人生で最初に描いた夢は高校野球の監督になって甲子園に出場することでしたから。

ここからは上田君の指導者としての手腕に期待です!

今日は定休日でしたので、午前中にゴルフの練習に行ってきました。

隣の打席、背中側で練習している方ですが、アイアンがことごとくだふって、ボールではなく手前のマットを叩くドスンという音ばかりが聞こえてくるのです。

練習場では他の方に声をかけるのは嫌がられるのですが、あまりにもそれが続くので、少しスイングを観察してから声をかけてみました。

「私は特別上手なわけではない月一ゴルファーですが、気になるポイントがあるのでよかったら聞いてくれませんか」、と。

30代半ばくらいの男の方でしたが、よほど悩んでいたのか素直に頷いてくれました。

私が指摘したポイントはこうです、まずアドレスした時に左腕とシャフトに角度が付きすぎていて、左腕とシャフトに角度が付きすぎていて、いわゆるハンドファーストのインパクトにならないこと、そしてボールを見る目線が、右目でボールの手前を見ていることです。

これではクラブを振る時に振り子の中心が当然ボールの後ろになるため、スイングの最下点がそこになります。

人間の体はよくできていた、手前を叩きそうになるので左肩をあげて、ヘッドのリ-ディングエッジをボールの下に潜り込ませようとするので、右肩が下がり、更に手前にヘッドが落ちて「ドスン」と言うことになるわけです。

まずやってもらったのは目線です、ボールを見るのではなく、ボールの左側を右目ではなく左目で見てくださいと、たったそれだけで振り子の中心が左に寄りますから、当然ですが最下点が左になって、だふるどころか「カツン」と乾いた音とともにロフト通りの高さのあるボールが打てたのです。

これにはその方もびっくりしていました。

後は右肩が落ちる癖はアドレスのグリップの位置に問題がることを指摘し、私が最も得意とする自然で再現性のあるポジションを探してもらいました。

暫くすると若さと体格にも恵まれていた方でしたので、私より良いボールを打てるようになっていきました。

この話は私がゴルフが上手いとか下手とか、正しい動きを知っているというレベルの話ではありません。

正しいことを知っている人はたくさんいますし、この方の間違い探しができる人もたくさんいるでしょう。

その方自身がそのことを何度も指摘され気付いていたからこそ、悩み続けてきたのです。

なぜ言われていることが出来ないのか、形の問題ではなく、現状その方の体の使い方がどういう意識で行われているのかという、その方の立場になって問題点を洗い出さなければならないということです。

「自分がやっていたことは、自分でも気づかなかったけれど、言われてみればそういう意識が強すぎたかもしれない」、そこに気付いて初めてではどういう意識に変えなければならないのかとい段階に入って行けるのです。

それが分かると、極端に言えばクラブの振り方のことなど何も変えなくても、勝手に動きが変わってしまうのです。

その方の意識がどうなってそういう動きになっているのか、人間の意識を見極めることがどうやら私の特技のようです。

昨日は、まるで同じことを高校生たちを相手に行ってきたという訳です。

バッティングゲージの後ろに立って、彼らのスイングを見ているだけで、彼らがどういう意識で体を使っているのかが分かるのです。

ピッチャーが投げている姿を見て、なぜ自分の思い描く理想のフォームにならないのかが分かるのです。

それを相手が分かるように、形ではなくどういう意識で体を操ればいいのかを、伝えてあげるのです。

一度や二度の指導で分かった出来たはあり得ません、しかし、高校生たちも今朝のゴルファーの方も、それぞれの人間の体にとって効率的な動かし方があるということを知ったのです。

知らないままと知ったことは、天と地ほどの違いがあります。

昨日練習の最後に選手一人一人が感想を述べてくれましたが、私が一番伝えたかったことは、細かい技術のことではなく、「プロ野球選手たちですら知らないことを君たちは今日知ることが出来たんだよ、周りの強豪校の選手たちに臆することなどまったく無い、今の時点で自分が出来る出来ないは別として、こいつらきっと知らないんだろうなって、上から目線で他のチームを見るんだよ」、と言って帰ってきました。

彼らはプロ野球選手を目指して飯山高校に入ってきたわけではないでしょう。

しかし、彼らは運よく社会人野球の聖地、東京ドームでの全国大会まで経験した、そして私の一番弟子のように真剣に学んでくれた上田将人という監督のもとで野球ができるのです。

そして今回直接私の指導を受けることも出来ました。

他の学校に入っていたら経験できない色々なことを上田君から学ぶことが出来ます、私も後方支援で入れ知恵をして応援して行きます。

いつか彼が甲子園出場を決めた時、もちろんベンチには入れませんが、スタンドでその雄姿を見たいと思っています。

また一つ楽しみができました!

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高校球児の指導に行ってきます。

昨日Jリーグが開幕し、地元サンフレッチェ広島も今日ホームで開幕戦を迎えます。
新監督のもとどんな戦いを見せてくれるのか、楽しみにしています。

今日はその試合観戦ではなく、午後から香川県坂出市にある、『香川県立飯山高校野球部』の選手たちを指導させてもらうために出張してきます。

この野球部の監督をしているのは、以前関わった社会人野球三菱重工広島硬式野球部の選手だった『上田将人』君です。

広島大学出身で、野球部を引退した後、会社を辞めて香川県の高校教員になっていました。

希望する野球部の顧問にはなかなかなれませんでしたが、昨年の移動で念願の監督就任となりました。

新任監督ですし、香川県出身者で母校の監督ということでもなかったので、いきなり強豪校という訳には行きませんでしたが、監督就任の連絡をもらった時に、こういうチームを強くすることこそ、指導者としての手腕が問われ、将来に向けて良い経験になると激励しました。

彼が指導者になったら必ず手伝いに行くという約束を果たすために、今回の坂出行が決まりました。

彼の身体能力は私がこれまで見てきたスポーツ選手の中でもトップレベルです、ただそれだけでは野球という競技で活躍することは出来ませんが、とにかくもっと早い段階で出会っていたらと思わせてくれる選手でした。

私は会社員を辞めてこの仕事に就いてから、目標というか、こういう立場になりたい、こんな環境で仕事をしてみたいという目標を持ったことがありませんでした。

それが何の縁か、勝負の世界に足を踏み入れ、トレーナーと一括りにされてしまう仕事ですが、常に自分の能力がチームの成績に、そして個人の能力向上にどう貢献できるか、結果責任を自分に課しながら仕事をしてきました。

一言で言えば、自分が関わったチームや選手を絶対に勝たせることが、最大にして唯一の目的でした。

そのために私は本当の自分がどういう人間であるにせよ、結果を求めて行くうえで、その環境の中で最良の自分を演じてきたように思います。

もちろん一般の方に対しての仕事もしていますが、スポーツに限って言えば、そういう世界を離れ様々な年代、様々なレベルの選手を相手にしてするようになって、与えられた役を演じるのではなく、やっと自分らしさを素直に表現できるようになってきたように思います。

自分のやってきたこと、考えてきたことは間違っていなかったと、自信を持って言えるようになったからかもしれません。

トップレベルの選手たちに対して、もう一工夫すればもっと良い動きが出来るようになるのにと、自分の考えていることが伝わらないことに苛立ちを感じることもありました。

しかし、選手たちの成功も失敗もすべては自分が選んだ結果であって、私の言うとおりにやったことで結果が出たとしても、本人にとってそれが納得いくものであったかどうかは分かりません。

その時には分からなくても、いつか私の言っていたことはそういうことだったのかと、分かってくれる時が来るかもしれないし、来ないかもしれません。

すべてはその時その瞬間の本人の判断しかないのです。

私に出来ることは、最良のアイデアを常に提示できるように準備しておくことです。

この5年間、それまでの人生のどの瞬間よりも自分の中での成長というか変化を感じてきました、それは今も継続中です。

今回高校球児の指導にあたって、私が何を伝えてあげなければならないのか、彼らが私という人間にこのタイミングで出会うということは偶然ではなく、ある種必然だと思います。

たった一日の指導で何が変わるか、野球が上手くなるのか、普通に考えればそう思われることでしょう。

私が変えられるのは、彼らの野球に対する取り組み方です、意識を変えてあげることです。

もちろん口先だけの精神論ではありません。

意識を変え取り組む姿勢が変わっただけでは、はっきり言って何も変わりません。

私が伝えたいことは、野球が上手くなるために、チームとして成長するために、絶対に知っておかなければならない『原理原則』があるということです。

野球という競技がどういうものなのか、ボールを投げるグラブを使ってキャッチする、バットも持ってボールを打つ、そして走る、言葉で言えばたったこれだけのことですが、静止した状況からプレーが行われ、局面ごとにやらなければならないことが明確であるという、ある意味特殊な競技です。

それを分かっているか、そしてそれが出来るか出来ないか、それがすべてです。

ラグビーのように、楕円形のボールがどっちへ転がるかによって局面がガラッと変わってしまうなどということはまずありえません。

だからこそ投げる・捕る・打つ・走るという基本動作の意味を明確にして、それぞれの体の動き方使い方という部分を磨いていく以外に、勝利という目標には近付けないのです。

また、昔か言われてきましたが、プロ野球選手に成ったような、子供の頃から飛び抜けた才能を発揮していた選手でさえ、あの選手がもし故障をしていなければ自分よりもっとすごい選手に成っていたと思う、などと言われる選手がたくさんいました。

そういう選手たちが志半ばにしてなぜ夢破れてリタイヤして行ったのか、すべては指導する大人と、過大な期待を背負わせる保護者をはじめとする、やはり大人の責任だと思います。

なぜ故障をしてしまったのか、上のレベルで活躍するために様々なことを要求して指導するのでしょうが、その前に人間の体の仕組みに沿った正しい体の使い方という視点からの指導をきちんとしていたのでしょうか。

過去プロ野球の選手にもかかわったことがありますが、私の言う正しい体の使い方を理解している選手は一人もいませんでした。

高校生たちにとっては、入学してからたった二年半の野球部員としての生活です。

こうすればこうなるよと言う明確な目標なしに、やみくもに長時間練習しても結果が出るわけがありません。

地方大会の一回戦で敗れるチームも、甲子園の舞台で最後まで勝ち残る選手も、その後生涯スポーツとして野球に親しむ選手は一握りだと思います。

親になって自分の子供に野球をやってもらいたいと思った時、野球が大好きになって一緒に上達を目指してくれる環境を作るためにも、野球ってこんなに楽しいんだよ、でもこういう基本を知っていないとケガもするし上達することも難しいんだよと、一緒に考えてあげられる基礎を高校生の時に身に付けて欲しいと思います。

これは野球に限ったことではありません、どんな競技であっても同じです。

既に言われている超長寿社会、元気で長生きするためには、自分の体に対する知識を持っていなければなりません。

トレーニングひとつとっても、色々な考え方が言われていいますが、私は体をどう使うか、その前に人間の体の仕組みがどうなっているか、若い頃にそれを知っておくことが将来にきっと役立つと思います。

もちろん具体的な体の使い方等、一日だけの指導でも効果を実感できる上達法など、盛りだくさんの内容を考えています。

何と言っても私の原点は、自分自身が野球選手として結果を残せなかったことですから。

今の私のような人間が身近にいて指導してくれたら、どんな選手に成れたのだろう、そんな思いを持ってくれる選手に対して少しでも役に立てる指導をしたい、その思いはずっと変わっていません。

なぜかサッカー選手の指導がメインになってしまっている私ですが、真剣に野球に打ち込んでいた頃の自分に戻って、高校球児と一緒に野球を楽しんできたいと思います。

明日の天気が少し心配ですが、テンションを上げて元気に動き回ってきます。

今回の指導に備えて、動きづくりのトレーニングに加え瞬発力と、途中で息切れしないように筋持久力を高めるトレーニングを加え、一か月間強化月間として取り組んできました。

高校生に負けない動きが出来る準備が整っています、明日の指導が本当に楽しみで、今からすでにワクワクしています。

今年も色々なことにチャレンジしていきます。

年が改まり2月も半ばを過ぎました、追われるように月日が流れて行きます。

今年は私にとって節目の年齢ということもあり、色々と思うことがたくさんあります。
子供の頃に、いえ高校を卒業して東京で会社員生活を送っていた30歳を超えた辺りには、想像もつかない人生を歩んでいます。

5年前のことがどうしても大きな転機になったと思いがちですが、今となってはそれも一つの出来事にすぎなかったと思うようになりました。

人生にたらればはありませんが、もしあのまま風間八宏という人間の元、Jリーグという限られた人間関係の中で過ごしていたとしたら、いまの私にはなり得ていなかったことは間違いありません。

三男智志が私の後を追ってくれるようになったことも、あの時あのタイミングで帰ってきていなかったらそうはなっていなかったと思います。

この5年間に出会った人たちは、私にとって掛け替えのない気づきをたくさん与えてくれました。
一昨年出版させていただいた、拙著『1回5分体が喜ぶ健康術』には、私の人間の体に対する思いを精一杯込めたつもりです。
未だに重版には至らず、書き足りなかったトレーニングに関することを本の形にできていないことは残念ですが、手に取って読んでいただいた方々には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

私自身何度も読み返しては自分の頭を整理しています。
一度や二度ではなく何度も読み返していただくことで、自分の体と向き合い、大切に使わせてもらっているということがわかると思います。

毎日色々なことがありますが、何度か触れた西本塾生『倉本和昌』さんが立ち上げた『世界に通用する!チームの勝利と個人の育成が両立できるサッカーコーチ養成セミナー』の講師として参画させてもらうことになり、微力ながら倉本さんの理想を実現するお役に立ちたいと思っています。

私が主催する西本塾であれば、当然私が何者でどういう考えを持った人間なのかを、ある程度理解した上で参加してくれていることと、二日間という時間をかけているため、理論的なことだけではなく実技も体験していただけるように内容を工夫しています。

しかし今回の場合、私のことを全く知らないという人もいるかもしれません。
加えて4時間という時間の制約と、会場がいわゆる会議室のような場所なので、さすがに西本塾のような体験型の講義にはできません。

しかし、受講者が育成年代のサッカー指導者に限られていることで、私が伝えなければならことは明確となり、ほんの入り口にしかならないかもしれませんが、何が大事なのか、何を知っておかなければならないのか、何ができなければならないまでは当然できませんが、大きな気づきと意識改革のきっかけだけは与えてあげたいと思います。

幸いこれまでやってきたことで、良い悪い含めてたくさんの動画も保存していますので、本人の許可を得られたものを使用して、少しでも私の考え方が伝わるように工夫しています。

まだ少し先のことですが、最初の出番が5月20日に行われる東京会場の夜のコースと聞いているので、しっかり準備したいと思います。

また、最近故障からなかなか復帰できないというサッカー選手からの相談が何人かありました。
一般の方でも、もう良くならないと言われて諦めているという話もよく聞かれます。

趣味であるゴルフ仲間の方で、一緒にラウンドすると後半に必ず握力が落ちてクラブが握れないという人がいます。
私はプライベートな場所で自分の仕事のことを言わないようにしています、もし私ならこうできるかもと思ったとしても、自分からそんなことは言いません。

それが今回同伴した方の中に、Jリーグでマッチコミッサリーをされていた方がおられて、以前にも一緒に回ったことがあり、会話の流れでさすがに正体を明かすことになったため、その方を通じて私の仕事の話になってしまいました。
何回かご一緒していますが、痛みのことを言われながらも、毎週のようにラウンドされているのですから、私のような月一ゴルファーからすれば羨ましい限りで、痛みと言ってもゴルフができているからいいじゃないかと思っていました。

それがよくよく聞いてみると、事故の後遺症でしょうか頚椎ヘルニアの診断を受け、首から肘に抱えての痺れと握力の低下に悩まされているが、医療機関では改善策を講じてくれないということでした。

ゴルフは趣味であり営業上の仕事でもあり、なんとか続けたいと真剣に語ってくれました。
そこまで言われると放っておくわけにもいかず、では一度きてみてくださいということになりました。

この方に限らず、慢性的な痛みに悩まされてはいるものの、効果的な手立てを講じてくれるところがなく、医師の言う頚椎のヘルニアが根本的な原因ならば、何故それを改善してくれないのでしょうか。

もし本当に外科的な処置が必要なほどのヘルニアの状態なら、そういう処置をするはずです。
それをしないということは、ヘルニアとは言いながらそれが根本的な問題となるほどの大きな要因とはなっていないと考えても良いと思います。


それでも言われた方はそれを信じるしかないわけで、いつまでも自分は頚椎ヘルニアがと、口に出してしまうことになります。

私は自分の腕が良いとか、私ならなんでも治せますなどという気持ちは全くありません。
30年近く人間の体と接してきた中で、得られた結論というか感じさせられ続けていることは、人間の体は本当によくできていて、よくなりたいという気持ちさえあれば、それを叶えてくれる能力を持っているということです。

診断を受け病名を付けられることは、それに冷水をかけるような役目しか果たしていません。
あなたの痛みはここがこうなっているからです、確かにそうかもしれません。
しかし元々そうだったわけではないはずです、元に戻りたいという人間の本能を素直に信じれば、そうなる場合もたくさんあるのです。

私自身何度もそんなことを経験しました。
さすがにこの人の体を改善してあげるのは難しいだろうという状態の方が、私の想像をはるかに超える改善を見せてくれることを何度も見てきました。

ただ、ここにも信頼関係というキーワードが絶対的に存在しますが。
固定概念で、こういう場合は動かしてはいけないなど、色々言われてもきましたが、その人の体の言い分に耳を傾けると、ここが痛いけれどここを動かすと気持ちが良い、ここを動かしてみたいというところが必ずあります。
単純にここが悪い人はこうすればよくなる、などという方程式は存在しないのです。

相手の体と一体になって体と対話していくことで、もつれた糸がほぐれていくように少しずつ改善してくれた例もたくさんあります

とにかく私の仕事は、相手が発する言葉ではなく、体が発する声なき声をしっかり聞き取ってあげることです。

体の不調を整えることばかりでなく、人間が持って生まれた能力を余すところなく発揮できるようにするためのトレーニングもまったく同じです。

明日も遠く信州から故障が癒えたと言われたにもかかわらず、本来の動きができないというサッカー選手がやってきます。
なんとかしてあげたいと休日返上です。

こうして新たな出会いがあることに感謝して、私にできる精一杯の力でお役に立ちたいと思います。

疾走するチータに学ぶ骨盤を縦に使うということ。

2月も中旬に入りましたが、ここ広島も寒い日が続いています。
全国ニュースの天気予報でも北広島町というところが、日本でも1・2を争う積雪量であることが報道され、現在広島県民の私も、他県に住む方も驚いているのではないでしょうか。

昨日ツイートしましたが、ここ数日故障を抱え思うような動きが取り戻せないというサッカー選手からの問い合わせが何件かありました。
それぞれ年齢も性別も所属しているレベルも違いますが、一般に言われている故障に対する対応はきちんと行なっています。
一般的というのは、医療機関を受診し診断を受け、その後の処置やリハビリの指示を受け、それをきちんと守っているということです。

中にはそれなりのクラブに所属し、チームドクターやトレーナーというスタッフがいる選手もいました。
それがどうして指示通りの期間を過ごし、練習に復帰したにもかかわらず、思ったような動きを取り戻すことができないのかという問題です。

医師の仕事は人間の体を器質的に元の状態に戻すことです。
そこから先は医療機関の中でリハビリの指導を受けたり、トレーナーという存在がいれば、リハビリやトレーニングを指導され、少しずつ本来の動きに戻していくという過程をたどります。

ではなぜ選手が望む本来できていたはずの動きが取り戻せないのでしょうか。
器質的には問題なし、教科書通りの手順で機能的な回復を図り、あとはそれぞれの競技に必要な動きのトレーニングを行い、少しずつ負荷を上げていき合流を目指すという流れになります。
トレーナーがそれぞれの技術を使って行う施術行為でも、その目的が痛みの改善に重きを置いている場合が多いと思います。

それは選手がそれを求めているからです。
痛みがなくなることが最終的な治癒、治ったと思っているからです。


私はそうは思っていません、人間としての機能を回復させていく過程で行うトレーニングにおいて、本人の感覚で多少痛みがあっても行わせたい動きと、痛みがなくて本人が予定より先に進めそうだと判断しても、ブレーキをかけなければならない場合があります。

これは私の経験による感覚的なものが大きいので、選手との信頼関係がなければ上手くいきません。
その判断材料となっている大きなものが、人間の体が持って生まれた、骨盤と背骨を中心とした6方向の動きの連動という視点です。
それを基本として、選手がどの動きに問題があるのかをチェックすると、その動きの良し悪しは私の主観だけではなく、選手本人が納得できるものとなります。

連絡があった選手たちにはそういう観点からの施術と、動きの問題点を探り的確なアドバイスができれば、それぞれ抱えている問題点を改善できると思います。

さて、それに関連する内容でもありますが今日の本題です。

走るという行為の中で最も重視しているのが、『骨盤を縦に使う』ということです。

この感覚を理解してもらうことは容易ではありません。

まずはなぜ私がそういう発想に至ったのか、それを説明しておかなければなりません。
日々色々なことを考えているので、どの段階で何を考えたのか時系列で思い出すのは自分でも難しくなっています。

その中でも1番影響を受けてというか発想の元になってくれたのが、地上を走る動物で最も速く走ることができる『チータ』の体の動きでした。

YouTubeでチータの疾走シーンと検索すればいくつかの動画を見ることができます。
それを何回何十回と見続けているうちに、なるほどそういうことかと納得したのです。

四足動物のチータと二足歩行の我々人間の走るという行為の、どこに共通点を見出したのか、まったく違う動きで参考になるはずがないと思う人が多いと思います。

私が注目したのは股関節の形状です。
動物の解剖学までは勉強したことがないので、人間に置き換えて話を進めますが、大腿骨が腸骨にはまり込んで形成される股関節ですが、その大腿骨の形状が真っ直ぐにはまり込んでいるのではなく、先端の大腿骨頭が鎌首をもたげるように曲がって、はまり込んでいるという事実です。


もし四足動物であるチータの大腿骨が真っ直ぐだったらと考えてみてください。
4本の竹馬に乗って移動しているような動きになると思いませんか。
それが先端が曲がり、ちょうどクランクを回すような動きになることで、滑らかな動きを可能としているのです。

そのクランクを回すために、骨盤はどんな動きをしているのか、胴体は地面に対して水平に位置しています。
その胴体部分の中で、骨盤は同じく地面に対して水平を保ったまま前後にスライドしています。

そしてその胴体部分、今はやりの言葉で言えば体幹部分ですが、安定という言葉がどっしり動かないというイメージで使われているとしたら、それとは真逆のうねるような柔らかい動きを繰り返しています。

骨盤と背骨をまさにうねらせることで、手足を伸ばした状態と背骨を丸めた状態の時では、体の長さは倍くらいになります。

今日の注目点は骨盤の動きですが、体幹の使い方にも背骨のうねりがキーワードで、決して安定固定を求めたトレーニングでは、人間としての機能を効率良く使うことはできません。

骨盤の動きに戻りますが、地面と平行して動いている骨盤、それにクランク状にはまり込んだ大腿骨、その機能を十二分に活かして疾走するチータが、そのまま立ち上がって二足歩行になったとしたら、骨盤はどうやって動くのかと考えたのです。

四つ足で走る時地面と平行なら、二足歩行で地面と垂直になった我々の骨盤は、地面と平行の前後の動きではなく、地面と垂直な縦の動きが自然ではないのか、そう考えたのです。

この発想を共有していただくことなく、その先の広背筋を使って股関節を伸展させることで、地面を蹴ることもなく、着地の衝撃を最小限に減らし、平地は下りのように、上りは平地のようにという私の提唱する走りを身に付けることはできません。

もちろん身近にチータは居ませんし、散歩している飼い犬の疾走シーンを見かけることもまずないと思いますが、画面で見るより実際に走っている動物の動きを見る方が納得できると思います。

私のいう骨盤を縦に使うというイメージ、少しは伝わったでしょうか。

個人指導、あっという間の4時間でした。

個人指導を終え、バスの長旅で疲れているはずなのに、こうして間をおかず感想を届けていただき、思いが届いたという気持ちと、真剣に学んでくれたことに対してお礼を言いたいと思います、ありがとうございます。

彼はあるクラブの下部組織で指導をしているサッカーコーチです。
今のクラブでの指導は3年になると思います。

3年前に西本塾に参加してくれ、久し振りの指導となりましたが、私にとっては旧知の仲間の再訪を有り難く迎えました。

本日の指導の感想です。

西本さん
本日のご指導ありがとうございました。
まずは当たり前かもしれませんが、お伺いしてご指導していただく事が1番自分自身の中に落とし込めると改めて実感しました。

今回3年ぶりにお伺いした訳ですが、自分自身は前回お会いしてから3年間サッカーのメソッドを勉強しました。
どうしたら日本が世界に勝てるか⁈それを目標とした中でサッカーの技術戦術を整理して子供達に伝えていくことやサッカーの全体像はおぼろげながらに見えてきた部分もあります。(もちろんこちらもまだまだ勉強中ですが)

そんな中、子供達がサッカーを理解すればする程、子供達が戦術を理解すればするほど、何かが足りないという違和感がどんどん大きくなりました。

それでも、もっと"観る"ことだったり"パスのスピードを上げる"ことだったり"相手のボールをいかに奪うか"ということを子供達に求め続けてきました。
しかし、なかなかある一定以上の動きにはなりませんでした。

そしてある時、自チームのエースの選手が腰椎分離症となってしまいました。
6年生最後の大会の直前でした。
これは完全に指導者としての自分の責任です。
いたたまれない思いを持ちながら、もう一度西本さんのブログを読み返しました。
そして自分が過去に2回西本さんに教えていただいたことを思い出しました。

そこには自分が違和感を感じていたものの正体がはっきり示されていました。

そんな経緯で、また直接ご指導していただく機会が欲しくなり今回お伺いしました。

前置きが長くなりましたが、ここからが今回の感想です。

まずは西本さんのアップデートが半端ないレベルで驚かされました。
まず理論が整然としていて、非常にシンプルで分かりやすかったです‼︎
シンプルなんだけど、深みがあるとでも言うのでしょうか、背骨を介して連動する股関節・骨盤と肩関節・肩甲骨の動きが動きの基本となることが頭にスッと入ってきてとてもクリアになりました。

また、そこからの実技では西本さんの動きを観るだけで、同じように動きたい‼︎と強く思う自分がいました。(同じようにできるはずもなく、これからの自分の課題をこれ以上ないくらい実感させられる結果となりましたが 笑)

それくらい美しい動き、自分が選手にして欲しいしなやかな動きを体現されていました。

更にはボールを使ってのコントロールやパスも観させていただき、西本さんの動きが世界のトップ選手の動きと同じであったのには心底驚かされました。(これはちょっとほめ過ぎですが、現場の指導者からそう言ってもらえると、頑張っている会があって嬉しいです。)

何よりも座学や実技の中でこちらに掛けていただく言葉が非常にわかりやすく、一貫した指導法としても確立されていたので4時間という時間でしたが、4時間学ぶ以上の理解ができたと感じています。
本当にありがとうございました。

これを自チームに持ち帰り、自分なりに試行錯誤しながら、少しでもよくなればという思いで続けていきたいと思います。
そしていつの日か、そこから育った選手がしなやかな動きでJリーグを席巻する姿、世界の舞台で活躍する姿を思い描きながら学び続けたいと思います。

今回もものすごい熱量で様々なことを伝えていただきありがとうございました。
また今後ともよろしくお願い致します‼︎

渡辺憲司

指導を受け、頭も体も疲れている中、まさに興奮冷めやらぬという感情がひしひしと伝わってくる文章に、私も少し興奮しています。

3年振りでしたが、まさについ先日会ったばかりのような、自然な会話から指導が始まりました。

今回の目的は一つ、今指導している子供達のために本当に必要な理論と実践方法を学び直したいということだったと思います。

組織の一員として、クラブの方針に従わざるを得ない部分は当然あると思いますが、時折訪れる有名選手を指導しているというコーチや、メジャーな組織のコーチを務めたという人間の指導が、本当に子供たちのためになっているのか、もしそうでないと感じても、それを覆し信念を持って指導できるまでのレベルには達していない、色々な思いがあったと思います。

今日その疑問にすべて答えられたと思います。

彼らの指導を批判するつもりはありません。
しかし、「こんなトレーニングをすればこうなれるよ、正しいやり方はこうやるんだよ」と、つい最近までの私のような指導を行っても、何故その成果が得られないのか、そうならないどころかケガや故障をしてしまう選手が減らないという現実に目を向けることなく、自分の指導メソッドを置いて帰るだけでは、継続して指導するコーチはたまったものではありません。

私はそんな思いで悩んでいる指導者たちに、どう考えどう進むべきかという道標を示したいと思っています。

私の指導方法、話の仕方、動作の見せ方、何より指導内容が明確になっていたことに驚いてくれましたが、それらはすべて指導を受けに来てくれる選手や指導者のおかげなのです。

少しでもわかってもらえるように、すぐに役立ててもらえるように、まさに試行錯誤を繰り返しています。

私自身の動きも、我ながらキレを増していると思います。
もしかしたら3年前より今日の方が動きは良かったかもしれません。

ボールの扱いも、体の使い方を指導しているうちに、自分でもできるようになってきました、といってもあくまでも素人とは思えないというレベルですが。

それらはすべて「体はね・・・」から始まる、私の人間の体に対する深い探究心から得られたものです、そこがすべてなのです。

今回の指導で、改めて現場で指導するコーチの難しさ大変さを痛感しました。

私の考え方に触れた人たちは、もう既成概念には後戻りできないのです。
指導している選手たちのために、何が正しいのか、どうしてあげれば良いのかを知ってしまったのですから。


どんなに有名で実績のある指導者がこようと、本当にやらなければならないことを知ってしまった彼は、長い物にも巻かれない強固な信念を、私から植えつけられて帰っていったのです。

前回も触れた、倉本さんのコーチを育てるセミナーに、私が参画することになったことと今回のことは、やはり偶然ではないように思います。

私がやらなければならないようです、私にしかできないことがあるようです。

すべては私が指導した人間たちの後ろにいる、私が直接出会うことのない選手たちのためです。
もうひと頑張りどころかふた頑張りも、それ以上の勢いで頑張らなければならないようです。

年齢を重ねては行きますが、今日の私を見て褒め過ぎているのではという言葉をたくさんもらいました。
それを自信として、さらに良い動きを見せられるように日々のトレーニングを頑張っていこうと思います。

あっという間の4時間でしたが、来て良かったと思ってもらえる指導ができたと思います。

渡辺さんお疲れさまでした、明日からの指導頑張ってください!

なぜここまで重心移動にこだわるのか、考察の続きです。

『重心移動』について考察を続けます。

前回、赤ちゃんが歩き始めるところまでを考えてみました。

つかまり立ちができるようになり、その後つかまるものがなくてもバランスをとって二本の足で立ち続けることができるようになり、今度はそこから自分の行きたい方向への移動を試みるという成長の過程です。

まずはバランスをとることから始まりますが、人間は行きたい方向へ移動するという本能を持っていることは前回説明しました。

つまり最初の移動は、バランスをあえて崩して、行きたい方向へ重心を移動させ、その移動した重心を支えるために、足を出すという行為です。

この時の様子をよく観察してみると、安定した状態からどちらかの足の荷重をゼロにして、反対の足ですべてを受け止めるという事はできていません、片足立ちは出来ないということです。

二本の足で立っているものの、不安定な状態は変わらず、行きたい方向へ重心が移動する事で、さらに不安定さが増した体を支えるために、どちらかの足が出たということを繰り返しています。

地面を蹴って自分の体重以上の重さで地面を押し、その反力で体を押し出すという物理の地面反力は使われていません。

この不安定さこそが、人間の体を移動させる基本になっていると考えました。

その後、しっかりと体を安定させて立てるようになるわけですが、そのことが体をその場に居着かせてしまうという、ある意味弊害となっていくのです。

ここまでの話をすぐに理解していただくのは難しいと思いますが、読み進めてください。

安定して立っていられる感覚をつかむと、今度は体の重さを移動させなければならなくなります、それが体重移動です。

安定している自重を移動させるためには、まさに地面に対して自重以上の圧力をかけ、その反力で自重を押し出すことになります。

ほとんどの方はそれが当然で、それ以外に移動(歩く走るという行為を総称して)するという行為に対して、どんな理屈で説明できるのかと思っているはずです。

私はこの体の使い方にこそ、動きが重く見える、スムーズさに欠ける、キレを感じないなど、一般的に良くないと言われている動きのイメージが隠されていると思います。

では『不安定さを利用した重心移動』とはどういうものかということになります。

直立した姿勢で、そのまま絶対に姿勢を変えてはいけないと指示して、後ろから背中を押したとします。

真っ直ぐな木を根元から切って、倒れていくという状況を思い描いてください。

もしそのまま指示通り体の姿勢を維持したとしたら、顔面から地面に激突して鼻血は出るわ顔の骨を骨折するわ、大ごとになります。

しかし、この実験を誰にやっても、そんな事故は起こりません。

私からどんな指示を受けていようが、自分の体が前方に倒れてしまわないように、どちらかの足が前に出て、体が倒れてしまうことを防いでくれます。

これは当然のことです、体を守るという本能ですから。

もしこの実験を、少し傾斜のある下り斜面で行なったとしたらどうでしょう。

体を支えるということだけのために足が振り出されるということが交互に行われ続け、意志とは関係なく体がどんどん前方に移動していくという結果となります。

移動が歩くどころか、本人の意志とは関係なく、既に一定のスピードで走っていることになってしまうのです。

けっして体をどう使おうとか、速く走ろうとか、そういう目的は一切考えなくてもです。

移動してしまう、走ってしまっていた、ということが起きてしまうのです。

そんなところから私の走るという行為のイメージが広がって行きました。

走るという行為は、少しでも歩幅を広げ足の回転数を上げることでスピードが速くなる、ストライドとピッチの積がスピードであるという説明がされます。

そのためには太腿を高く引き上げ、膝から下を大きく前方に降り出し、後ろ足で強く地面を蹴るという筋力が必要となり、それをリードするのが上半身の力で、腕を前後に力強く振ることで、足の動きと連動させる、そのためには腕の筋力も必要となる、すべてが筋肉の仕事であると思われています。

果たしてそれだけなのでしょうか、人間として持って生まれた能力、創造主たる神が与えた人間本来の効率的な体の使い方はそれでよいのだろうかと考えが広がっていきました。

そこには、人間だけがなぜ肉離れや靭帯、関節部分のケガに悩まされ続けるのかという、根本的な疑問もありました。

人間の限界を超える能力を発揮しようとしているのだから、ケガや故障は仕方がない、本当にそうでしょうか。

他の生き物がそういうアクシデントに見舞われれば、それはすなわち命を失うことになります。

命のやり取りという極限の中でも、そういうアクシデントが無い自然界の動物、かたや子供から大人まで、一般の方からトップアスリートまで老若男女にその危険性をはらんだ体の使い方が、本当に理に適ったものだと言えるのでしょうか。

私のなぜどうしては、それを認める気にはなりませんでした。

そこで目を付けたのが、というかお手本としたのが、地球上で最速のスピードを誇るチータの疾走する姿でした。

もちろんチータだけでなく、野生の四足動物たちはすべてがお手本といっても良いくらいです。

その決め手となったのが股関節の動きでした。

我々の股関節は、腸骨の受け口に大腿骨頭がはまり込む形で関節を形成していますが、その大腿骨の形状が真っ直ぐではなく、内側に首が折れ曲がった形状になっています。

四足動物なら当然そうでなければ手足を動かすことが出来ませんが、我々人間は二足歩行に移行した後、もしかしたら竹馬のように真っ直ぐな大腿骨に進化、いや退化でしょうか、形状を変えても体を移動させることは出来たかもしれません。

しかし、現状その形状は変わっていません。

にもかかわらず股関節をどう使うかという観点から見ると、残念ながらその形状を活かしきれていないと思うのです。

この股関節をどう使うか、具体的には縦に使うという発想が、重心移動の決め手であり、すべての動作をつかさどるエンジンだという結論を得ました。

それでもやはり返って行くところというか、発想の原点は赤ちゃんがつかまり立ちから、自分の行きたい方向へ移動するという、あの『不安定さを利用した重心移動』という体の使い方なのです。

ハンマー投げの室伏浩二選手が、投網の動作で無駄なく無理のない筋力発揮のバランス感覚を掴もうとしたり、赤ちゃんのように筋力ではなく全身の連動で転がるような動きを行っていたのは、まさに体の大きさや筋力の強さに頼るのではなく、人間として持って生まれた能力がどういうものかという感覚に立ち返ることで、それまで作り上げてきた筋力を効率的に発揮できると考えたのではないかと思います。

何の指導も受けていない子供の頃から、運動能力の差というものは残酷なまでに目の前に突き付けられます。

能力に勝っている子供は、それがどうしてだか分かっていません、ただ走れば他の子供より速かっただけです。

しかし自分が劣っていると感じた子供は、負けたくないどうやったら対抗できるかと考えないはずがありません。

そこから始まるのが、地面に居付いた体を筋力によって速く移動させるという体重移動の体の使い方を追い求めて行くことになるのです。

頑張れば頑張るほど地面を蹴る力を必要とし、居着いてしまう時間が長くなることで動き出しが遅く、スピードにも乗れず、キレも感じられない動きへの負の連鎖が始まります。

それらを改善し、誰でも持って生まれた能力を発揮できるようにしようというのが、私の提唱する走るという行為なのです。

言葉で伝えることは難しいですが、言われてみれば自分もそんな体の使い方になっていたのではないか、自分の子供もどっしり居着いているように見える、また動きが良いと言われている人たちの動きには無駄に踏ん張っていたり、力んでいるようにも見えないのに、なぜあんなに軽やかに見えるのか不思議だったと思っていた方も多いのではないでしょうか。

私の言う重心移動と体重移動の違い、少しわかっていただけたでしょうか。

この後に必要な知識と実践が、股関節を縦に使うという概念となります、それはまた今度書きます。

昨日お知らせした倉本和昌さんの行うセミナーですが、6カ月コースの第4回目を受け持つことがほぼ決まりました。

5月に東京へ、6月には大阪に行くことになると思います。

倉本さんの思いが多くの人に届き、向上心を持った指導者たちがたくさん受講してくれることを願っています。

『サッカーコーチ育成セミナー』開講 西本塾生『倉本和昌』さんの挑戦

今日は皆さんにお知らせしたいことがあって記事を書きます。

それは西本塾生でもある『倉本和昌』さんが新たな挑戦を始めることです。

サッカーの関係者の中には倉本さんの名前を知っている人は多いと思います。

経歴等は彼のフェイスブックを見て頂くとして、35歳の彼がいよいよ本当にやりたかったことができる環境を作るために、1月まで所属していた大宮アルディージャを離れ起業を決意したそうです。

その仕事とは、『世界に通用する!チームの勝利と個人の育成が両立できるサッカーコーチ養成セミナー』の開講です。

これまでサッカーだけでなく様々な競技の選手や指導者と出会ってきました。

それぞれ皆さん情熱を持った素晴らしい方々だと思います。

とくにサッカーの指導者の方々は、異口同音に「世界に通用するプレーヤーを育てたい」と言われます。

そのために海外にまで行ってコーチとしての勉強をし、日本のサッカ-を強くしたい、世界に通用する選手を育てたいと熱く語ってくれました。

そんな人たちが私の元を訪れ、西本塾や個人指導を通じて私の考えや体の使い方といった、いわゆる西本理論に触れると、自分が一生懸命学んできたことが、なぜもう一つ確実な結果に結びつかなかったのかが分かったと言ってくれます。

私はもちろんサッカーの専門家ではありませんし、プレーの経験すらありません。

そんな私の言葉がなぜ彼らの心に響くのか、それは私の言っていることが、まさにシンプルな人間の体の仕組みとその効率的な使い方という観点から語られているからだと思います。

そのもっとも基本的な部分を十分理解することなく、応用発展の部分を学び続けてきたことに気付いてくれるのです。

サッカーの指導者はライセンス制度が確立され、いわゆるスポーツ医学の講義も受けるそうです。

実際にその講義の講師を務めている人も、西本塾に参加してくれたことがありましたが、その方曰く、自分たちが講義している内容は、当然マニュアルがあって解剖学の基礎や一般的な故障やケガの対処法など、おそらくは受講する人たちも既に知識として持っていることばかりで、一応やっていますというレベルに過ぎないと言っていました。

もちろん最低限の知識は必要ですから、資格を取るための講習会と言うレベルでは当然のことかもしれません。

しかし、指導者として本当に知りたいことは、そんな話ではないはずです。

西本塾の最後に感想を述べ合う際、サッカーの指導者の方が私に言ってくれるのは、「こういう内容のことを、なぜ公な組織が行ってくれないのでしょうか、なぜ西本先生がそういう場所でお話ししてくれないのですか」という言葉です。

残念ながら私の考えていることや指導しているトレーニング方法、体の使い方といったことは、これまでの教科書的な指導とは異なっている部分が多いと思います。

実際に学んでいただき、それらが絶対に必要な知識であり技術であると理解してくれたとしても、これまでの固定概念を覆すほどの力は、今のところありません。

私は私の力の及ぶ範囲で、しっかりと正しく伝えて行くことで、指導者や何より彼らの指導を受ける選手たちの成長のお手伝いをしているつもりでした。

そうは言いながらも、私の考え方が遅々として広まって行かにことに、本音を言えばいら立ちを覚えていたことも事実です。

ただ少しずつではありますが、真剣に学びを継続してくれている方々がいることも確かで、そういう人たちも私以上に固定概念の壁を感じながら、絶対にこの考え方を広めて行かなければと奮闘してくれていることも知っています。

私が公の立場を得られる機会がない今、地道にこれまでの活動を続け、理解者たちに応援を要請されればどこへでも飛んで行きたいと思っていることは前回書きました。

今回のことは、昨年末に行った「走り体験会」のつもりが、「走り錬成会」とグレードアップした会に参加を申し込んでくれた倉本さんから、相談があるので時間を作って欲しいということを事前に聞いていて、翌日の午前中に詳しい話を聞くことになりました。

それが今回のことです。

「自分が指導者として選手を指導していくのでは色々な意味で限界がある、本当に日本のサッカ-が世界に通用するレベルになるためには、選手以上に選手を育てる指導者を育成していかなければならない」、という結論になったようでした。

どんな方法でどんな内容のことを身に付けてもらえば、彼が夢見る日本のサッカーのレベルアップにつながるのか、いよいよその準備が整ったようです。

それが、『世界に通用する!チームの勝利と個人の育成が両立できるサッカーコーチ養成セミナー』と銘打ったセミナーの開講でした。

彼は退路を断って、大宮アルディージャを離れ、セミナーの運営という仕事を立ち上げ起業しました。

詳しい内容は彼のフェースブックを見て頂くとして、その講義の一コマを私に受け持ってほしいと言ってくれました。

私の作り上げてきたノウハウを、心あるサッカーの指導者にぜひ伝えて欲しいと言ってくれたのです。

やっとこんな機会を与えてもらえたと感謝の気持ちでいっぱいです。

西本塾とは一線を画し、サッカーという競技に特化した講義の内容をこれから考えて行かなければなりません。

何より講義を受けてくれた人たちが、すぐにでも実践したくなる内容にしなければなりません。

人生の節目ともいえる年齢を迎える私に、大きな希望と責任を与えてくれました。

こんなワクワク感は久振りです、まだ私の一回目の講義の予定は決まっていませんが、そこでの新たな出会いもとても楽しみにしています。

微力ではありますが、倉本さんと一緒に日本のサッカ-が世界に通用するために必要な、有能な指導者育成するという、大きな目標に向かって突き進む彼を応援して行こうと思います。

私の人生まだまだ楽しいことがたくさんありそうです。

最後にもう一つ嬉しいことが今朝ありました。

遠隔サポートを中断していた方から、改めて指導を再開して欲しいという連絡を頂きました。

思いが伝わったことにほっとしたと同時に、今度こそお役に立てるように頑張らせていただこうと思いを新たにしました。

どんな出来事も次につながる大きな経験となるはずです、自分のやり方に何か問題があったと考えることができれば、失敗などという言葉はいらないと思います。

重心移動のことをもう少し説明しておきたいので、またの機会に書きます。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
日々の気づきやブログの更新情報はツイッターに書いていますので、チェックしてみてください。
2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
「西本塾」と「深める会」を開催しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報・募集中」をご覧ください.
「1回5分体が喜ぶ健康術」はアマゾンで在庫切れのことが多く、購入希望の方にはご迷惑をおかけしています。
出版元からの購入は可能ですので、ガリバープロダクツ(代)082-240-0768までお問い合わせください。

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