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心と体を解き放とう!

先週の土曜日、山口から施術と体の使い方を学びに来てくれた『宮野一弘』さんからコメントが届いていましたので、改めて記事として紹介します。
既に書いた通り、宮野さんは現在54歳、フルマラソンの自己記録は2時間41分というアマチュアレベルとしてはかなりハイレベルなランナーでした。
そんな方からの切実なSOSでした。

西本先生、先日はありがとうございました、阿知須の宮野です。
広島へ伺う前日に、たまたまブログで「山口ゆめ花博」に先生が旅行で来られていた事を知り驚きました。
本当に縁を感じました。

『グローイングペイン症候群』と思われる痛みで整形外科、整体、鍼治療、マッサージ等色々試すも一向に痛みは引かず…。
走るのも休止しているのになぜ治らないんだろう…悩んでました。
そんな矢先、数週間前に西本先生のブログに出会い引き込まれ…広島にいらっしゃる事を知りどうしても施術を受けたくてすぐに電話をしている自分がいました。

施術を受けてただただ驚くばかりでした。
これまでの治療は痛みの箇所に鍼、局部を指圧(痛)、痛み止め(苦笑)前面部に痛みがあるので腸腰筋を伸ばすストレッチ等々でしたが、そういったのとは全く異なるものでした。

骨盤から背骨を使う意識や骨を連動させる施術、お腹(屈筋)に力を入れなくても楽に力が出せる事を身体で感じさせてもらいました。
もちろん先生の手ほどきがあっての事で、自分ではとてもコントロール出来ませんが…。

今は歩行時の痛みはないので、少しずつランニングを始めようと思ってます。
ただ長年染み付いた屈筋動作はそう簡単に取っ払う事は出来ないのでしょうね、仕事(立ち仕事の工場勤務なのですが)でもつい前側に力を入れてしまいます。

指導して頂いたアイドリング、効率的な走り方を身につけるためのドリル、フライングバック・トレーニングを真剣に地道にやっていきます。
またそちらへ伺う事もあると思いますので、その時はよろしくお願いします。
この度は本当にありがとうございました。

走るという行為は、どんなスポーツでも競技動作として、またトレーニングの一環として、行わない人はいないと思います。
走ることイコール陸上競技という固定概念のためか、走るという行為に真剣に取り組もうとする殆どの指導者は、現役もしくは元陸上競技を行なっていた人間に指導を依頼してしまいます。

私に言わせると、陸上競技の選手の走り方は、その競技特有のもので、人間の体の仕組みに沿った効率的な走り方とはとても言えないものです。
そんな固定概念を取っ払い、自由に野山を駆け回るような自然な体の使い方を提唱しています。

何度も声を上げてきましたが、陸上競技の世界に私の理想とする走り方が広まっていく気配はありません。
広島市の隣に廿日市市というところがあって、その市内の公立中学校の先生で、すでに定年退職された後も、嘱託と言うのでしょうか、学校に残り生徒たちのために頑張っている方がおられます。

過去記事にも紹介しており、ご本人からはお名前を公にしても構わないとも言っていただきました。
今日はあえて個人名は出しませんが、この方は何よりも生徒たちがケガや故障に悩まされることなく、楽しく安全に運動を楽しめることを優先されていて、そのために色々なことを勉強され、その一環として私の主宰する『西本塾』や『深める会』等にも参加していただいています。
しかしどれだけ真剣に学んでいただいても、現役の若い指導者達は聞く耳さえ持たないそうです。

もし私が走ると言う行為に対して、と言うか陸上競技の選手達の走り方に対してなんの疑問も待たなかったとしたら、現在指導している効率的な走り方にたどり着くこともなかったでしょうし、今回の宮野さんの痛みの原因にも気づくことはなかったと思います。
他の医療技術者と同じく、まさに『木を見て森を見ず』になっていたかもしれません。

宮野さんは私と過ごしたたったの2時間の間に、人間の体はどうやったら楽に早く移動できるか、効率的な走り方、体の使い方とはどう言うことなのかが、おぼろげながらでも分かってくれたと思います。

私がこうして何度記事にしても、本当にこの考え方が必要な人たちには届いて行きません。
これはもう宮野さんのように、身を以て痛みを感じ、私の理論と実践の中に本当に目指すべき方向性が見えたと思ってくれた方が、それぞれの現場で生の声を上げてもらうしかないと思います。


そうしてもらわなければ、おそらく未来永劫に渡って同じことが繰り返されることは明らかなのです。

正しい走り方はこう、早く走るためにはこう、全国各地で過去実績のあった選手達の講習会が、子供たちから大人まで、様々なレベルを対象に行われています。
すべてとは言いませんが、その結果として宮野さんのような悲劇を生み、繰り返されているのです。

毎日修行僧のような形相でジョギングしているみなさん、少し立ち止まって考えてみませんか、走ると言う行為はこの走り方しかないのかと。

腿を引き上げ地面を蹴ってとか、肘は直角に曲げ肘を後ろに引いてとか、それだけじゃないんですよ。
アップダウンのあるお花畑のようなところを走り回るつもりで、心も体も解放してみませんか。

元来走ると言う行為は移動の手段でしかないのです。
移動するということは、行った先に目的があるのです、道中で疲れてしまっては、本来の目的が達成できなくなるかもしれませんよ。
どんなレベルのランナーであっても、体が喜ぶ使い方を探す努力をしてみませんか。

宮野さんが感じた生の声を、周りの仲間の皆さんに伝えてあげてください。
また、一度だけでは入口と方向性が見えたにすぎないでしょうから、是非また近いうちに指導を受けにきて欲しいと思っています。
正しい考え方と実践無くして、これまで染み付いた悪癖を取り除き、大きな変革を遂げることは難しいですから。

さて、15日に家内といった『山口ゆめ花博』で、運命的な出会いとなった、ロッククライマーでありボルダリングの日本の第一人者であり、スラックラインの第一人者でもある、現在山口を拠点に活躍されている『三由野(みよしなお)』さんが、奥さんと二人の小さなお子さんと一緒に、昨日の午後私の施設を訪ねてくださいました。

本来、自然の中でしっかりした2本の木に渡した綱で行うスラックラインを、狭い私のトレーニングスペースで行えるように工夫していただき、いつかは『みなと公園』でデモンストレーションまがいのことができるようにと、30メートルのキットを購入し、置いていっていただきました。

トレーニングマシンに結びつければ大丈夫だろうと簡単に考えていましたが、綱にかかるテンションは想像以上で、重いはずのマシンが簡単に動いてしまい驚きました。
昨日帰られた後色々考え、今日も午後からセッティングを繰り返し、やっと3メートルくらいで練習できる環境が整いました。

スラックラインにはアクロバット的なイメージが強いと思います、私もそうでした。
しかし、三由さんにお会いしお話を伺っているうちに、スラックラインには大きく二つの流れがあり、私が求めていたのは三由さんが取り組まれている、本来ロッククライマーがベースキャンプで遊びで行なった、バランス感覚を競い合うものの方だと思いました。

競い合うという言葉さえもう違うことがわかりました。
まさに『体との対話』そのもののようです。


三由さんから届いた、ど素人の私に対しての丁寧な解説です、一部転載させていただきます。

ご連絡ありがとうございます。
スラックラインに興味を持って頂きありがとうございます。
スラックラインには大きく分けて2種類あります。
飛び跳ねることを目的としたものと、歩くことを目的としたものです。
この用途次第でトレーニングに役立つかどうか大きく効果が別れます。
ギボン製
幅:50mm幅のベルト
長さ:15m〜30m
必要張力:600kg〜1t
(という大きな力を発生させるためにラチェットという機械を使い張力を発生させる)
目的:飛び跳ねるために使う
歴史:2000年〜
私が高所で実施するスラックライン
幅:25mm(1インチ)
長さ:3〜3000m
必要張力:0kg〜300kg(人力のみで展張)
目的:歩行
歴史:1985年〜
スラックラインの語源はスラック(たるむ、ゆるい)ライン(綱)です。
ゆるくたるんだ綱を歩くことに本質があるという命名になっています。
その発祥は、ロッククライマーが300m上空の崖の上を歩いたことが始まりです。
その当時ロッククライミングで使われていた命綱のサイズが1インチ(25mm)でした。
その後2000年にドイツでトランポリンのように遊ぶギボン社製が発祥し世界的な大流行になりました。
ということで今では世界各国50mmと25mmを使い分けて遊んでいます。
この規格の差をトレーニングに絞って簡単に言い表すならば、
50mm=靴用
25mm=裸足用
となります。
実際に乗り比べて頂くとわかりますが、50mmでは筋肉至上主義のこれまでのトレーニングとなんら変わらないものの提供になります。
50mmは簡単に歩行ができる代わりにすぐに飽きてしまいます。
簡単にできる歩行の次にやってくるのは飛び跳ねるという高すぎるハードルです。
ということでボルダリングジムでもスポーツジムでも50mmを導入した施設はすぐにお客さんに飽きられてしまいすぐにお蔵入りとなります。
併せてラチェットという機械が難点でして、コンクリートに打ち込んだ支点さえも吹き飛ばす張力になり、大変危険です。(せっかくご興味を持って頂いたのに申し訳ありません・・・)
本当に規格だけでそれほど違うものなのかとお疑いかとは思いますが、50mmで飛び跳ねていた世界チャンピオンたちがこぞって25mmに鞍替えしている世界の潮流がそれを証明しています。

というものでした。
迷うことなく筋力に頼らず、あらためて自らの体との対話を楽しいでいこうと思います。
いつか2.5センチのたるんだ綱の上で、心と体を解放できるようになれたとしたら、私の体と心はどんな変化を起こし、どんな人間になっているのだろうと、楽しみを通り越して怖いくらいの変化があるのではと想像しています。

それがいつのことになるのか、その境地にまで届くのか、今はまったくわかりませんが、目の前にある綱にゆだねてみようと思います。

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グローイングペインの原因も体の使い方にあった!?(真剣に読んで欲しい内容です)

今日は休日ですが、前十字靭帯再建術を受けた『西本塾夜間トレーニング部』を卒業し、県外の大学で頑張っている、サッカー兄妹のお兄ちゃんの方が、手術をしてくれた医師の定期検査を受けるため帰省していて、私が指示しているリハビリメニューも、来月までの1か月の内容を指導するため、昨日今日とトレーニングを受けに来ていました。

時を合わせるように、同じく県外の高校に進んだ妹の方も肉離れを起こし、どうしても私の指導を受けたいと学校の許可を得て帰省していて、兄妹二人のために、何と昨日今日の二日間、サンフレッチェ広島のキャプテン青山敏弘選手の専属トレーナーを務めている、三男智志と二人で指導しました。

元々夜間トレーニング部ということを考えたのも、この兄妹を継続した形で指導したいという思いから、智志と二人で始めたもので、我々親子にとっても大切な子供たちなのです。
二人とも帰省の目的を果たし、明日それぞれの地へ帰って行きます。

さて、今日のタイトルは少しセンセーショナルというか人目を引くようなものになりました。

しかし、このことは大袈裟でもなんでもなく、文字通りの展開があったのです。
1週間前初めての方から予約の電話がありました。
「趣味でマラソンを走っているのですが、鼠蹊部痛で走るどころか歩くときにも痛みがあります。整形外科や整体など何件も渡り歩きましたが、全く改善しません」という切実な訴えでした。

寒くなって長距離をやっている人たちにとって、いよいよ本番というこの時期に走れないということがどれだけ辛いことか、想像に難くありません。

つい最近私のブログに出合い、「自分はまさに西本さんの言う屈筋頼みの体の使い方になってしまっている、もしかしたら何とかしてくれるかもしれない」そう思って電話してくれたそうです。

土曜日でしたので、午後からでも空いている時間があることを告げると、山口から行くのでこれからでは間に合わないということでした。
詳しい住所を聞いていないのに、なぜか縁を感じました。

それが翌日からの旅行先であった、『山口ゆめ花博』の会場となっている山口市阿知須という所から来られたことを昨日来て初めて知りましたが、私には不思議とそんな予感がしていたのです。
偶然と言えばそれまでですが、縁というのはこういうものだと感じました。

54歳という年齢でしたが、入れ代わりで帰って行ったサッカー兄妹も、今日その方の話にになると40代にしか見えなかったと口を揃えて言っていました。

マラソンで鍛えられた無駄のない筋肉で、表情も若々しい印象は私も同じでした。
しかし、症状を聞いてみると、とてもそんなのんきなことを言っている状態ではありませんでした。

医師からも、いわゆる『グローイングペイン』ではないかという診断もされていたようです。
この病名というか病態は、20数年前に、当時の浦和レッズのチームドクターをされていた仁賀先生が、レッズの福田選手の訴える痛みに、その当時対応する病名も対処法も確立されていなかったため、多分ドイツだったと思うのですが、勉強に行かれ『スポーツヘルニア』という病名が付けられ、手術によって対応していることを学び、日本における第一人者として、その後数多くの症例を手掛けられました。

現在日本代表監督である森保一君も、同じ症状に苦しみ、運よくというか、良くはないのですがちょうど足首の脱臼骨折という大けがをしてしまい、手術して入院期間が長くかかるということで、どうせならこの際仁賀先生の診断を受け、手術が適応であると判断されたら受けてみようという話になり、私と二人で埼玉まで出向き仁賀先生を訪ね、丁寧な説明と診察を受け、二人で納得できたので、そのまま手術を受けるため埼玉において私だけ帰ってきたということがありました。

ですから、当時で言う『スポーツヘルニア』、現在の『グローイングペイン』という病態に関しては教科書的な知識ではなく、当時のそういういきさつを直接伺い、実践的な経験がありましたので、的確なアドバイスができると思いました。

その方の痛みは尋常ではなく、体を真っ直ぐに伸ばすだけでも痛みがあり、くしゃみなどしようものなら激痛でどうにもならないとのことでした。

話を聞き終わってベッドの上に横たわってもらうように指示しましたが、その姿勢の変換さえ顔をしかめる状態でした。

この瞬間、私はこの方の痛みの原因が分かりました。

体の前側の筋肉、私がずっと言い続けている屈筋が異常に緊張した状態が続き、緩むことができなくなっていたのです。

自分でも言われていましたが、フルマラソンの現在のベストタイムが2時間41分とのことで、この記録でも一般ランナーとしては素晴らしい記録で、十分エリートランナーだと思うのですが、さらに1分でも1秒でも記録を縮めたいと、私が全否定している従来の走り方である、太腿を引き上げ、膝から先を少しでも前に振り出し、ストライドとピッチを稼ぐために、肘を曲げて腕を前後に大きく振るという、まったくもって体の仕組みを無視した走り方を磨くために、補強運動として腹筋運動や腕立て伏せに励んできたということでいた。

世の中のほとんどすべての方はそれが間違いだと気づいていません。
それどころか私の提唱する走り方など邪道もいいところで、まったく興味を示してくれません。

それはそれで構わないのですが、今回こういう方の訴えを聞いて、黙っていてはいけないと今日の記事にしました。

ベッドの上でまず確認してもらったことは、仰向けで寝た体の片足をベッドの横に落としてもらいます。
その姿勢から、まずは太腿の前側に筋肉を主導筋にして膝を伸ばす動作、ボールを蹴るような動作を行ってもらいます。
太腿の前側に力を入れやすくするために、腹筋や胸筋といった体の前側の屈筋に協力してもらいます。
そのほうが蹴飛ばす動作がしやすいと、ほとんどの人は思っていて、屈筋云々言わなくても、ほとんどの人がそうなります。

腹筋・胸筋を使うことで、太腿前面の筋肉は股関節に対して屈曲させるという仕事をしてくれます、膝を引き上げるという動きです。
その時点で太腿前面の筋肉は3・5・7理論で言う所の3の方向へ収縮します。
股関節の屈曲という動作のために3の方向へ収縮したままの状態の太腿前面の筋肉に、さらに膝関節を伸展させるという仕事をさせるわけです。

太腿前面の筋肉は、股関節と膝関節の二つの関節をまたぐ2関節筋ですが、股関節の屈曲という仕事をしながら、膝関節の伸展をさせるということには明らかに無理があるのです。

ですから、お腹に力を入れた状態で膝を伸ばそうとすると、顔を真っ赤にして力んでも、足首をもって伸展を妨げることは容易なことなのです。

これに対して、腹筋・胸筋の関与をできるだけ少なくして使わないようにし、骨盤から背骨を反らした状態から膝関節を伸ばすという意識で行うと、不思議なくらい楽に足首を押される力に対抗できるのです。

これが私の言う『伸展から伸展』という体の使い方です。

体幹部分はもちろん、手足を動かすということにおいても、力の源は『骨盤から背骨下部』ここに体を動かすエンジンがあるのです。

それなのにむやみに腹筋運動を繰り返したり、腕立て伏せをして体の前側を意識したトレーニングを行ったり、あまつさえ体幹トレーニングと称して骨盤から背骨の連動性を阻害して固めてしまうようなトレーニングを行ってしまったことで、本来のエンジンが使えなくなっていたということなのです。

使えないくらいならまだよかったのですが、前側の筋肉ばかりに頼ってしまったため、本来持久力のない屈筋に長く緊張することを強いてしまい、ついには弛めることが出来なくなってしまったというのが、この方の痛みの原因でした。
エンジンを正しく使い全身の骨を連動させていく感覚が分かった時点で、あれほど痛かった鼠蹊部の痛みはほぼ消えてしましました。
さぞや体も喜んでくれたと思います、やっと本来の使い方を分かってくれたかと。

その後、6方向への連動性を体に思い出してもらうための施術を行いましたが、無理なく気持ち良く連動していく体が、どんどん緩んでいくことが分かり、本当に楽しそうでした。

その後、私の提唱する走り方を身に付けるためのドリルを行いましたが、走ることがこんなに楽な運動だったのかと、ある意味感動してくれました。

仲間の皆さんにも、体の痛みを訴えている人が多い、というよりほとんどの人が痛みを抱えながら走っているという現実に、私の考え方や指導している走り方が、体の使い方という意味で、間違いなく効率的なものであることは体で分かってくれました。

最近日本記録を出した選手や、アフリカの選手たちがつま先着地であることは知られていますが、股関節が縦に動き常に先行している私の走り方では、股関節が通り過ぎた後に着地するのですから踵が着くはずがないのです、つま先がチョンと地面をなでる感じになります。

オリンピック選手がどう言おうと、実業団の指導者がどう言おうと、体が違うと言っていることは正しくないのです。

その方からも、「自分はたまたまブログで私の存在と考え方を知ったが、陸上の世界で西本さんのことを知っている人はいないのではないか」と言われました。

陸上界どころか、私の存在を知っている人間などほとんどいないでしょう。
そうであったとしても、このまま体が嫌だと言っている使い方がまかり通ってしまっていいのでしょうか。

他者に対して否定的なことは言いたくなかったのですが、ケンカを売るくらいの気持ちで、違うものは違うと声を上げなければならないと思いました。

まったく走れないどころか歩くことさえままならなかったその方が、20メートルほどの廊下のスペースとはいえ、智志の後ろを気持ちよさそうに走る姿は何とも楽しそうでした。

もう一言付け加えれば、182㎝という身長で手足の長い智志の走りは、大きくゆったりとして見えますのでスピード感を感じませんが、フルマラソンを2時間41分で走るスピードを持ったその方が、智志についていけないほどのスピードも出せるのです。

今回智志はその方が入ってきてから帰るまでの一部始終を見ていました。
ベッドの上で『体ほわっと』を受けながら、「これが本に書いてあったあれですね、本当に体ほわっとだ」と、気持ちよさそうに横たわっていた15分ほどの間に、体の前側が緩んでいく様子を見ていました。

そして、エンジンの位置を確認し、そこから連動していく体の使い方が分かった時点で、痛みが消え笑顔になっていくことも見てくれていました。

今日仕事を終えて一緒に帰る道すがら、「父さんこの頃とっても楽しいんよ、色々な人が父さんを頼って遠いところから来てくれて、みんな喜んで帰ってくれるやろ、中には体の変化を分かってくれない人もいるけど、父さんの腕が役に立っていることが実感できて毎日本当に楽しいんよ」と話しました。

先日、頻回の肉離れを克服したいと、2週間にわたってわざわざ広島に来てトレーニングを受けてくれた選手から、昨日の復帰戦で先発出場し、75分間無事にプレーしてチームの勝利に貢献できたという報告がありました。

ケガの大小は問題ではありません、こうやって私を信頼して指導を依頼してくれた選手たちが、安心してプレーできる体と動きを作ってあげられる、こんなやりがいのある仕事が他にあるでしょうか。

体の不調を訴え困っている人たちに、私ならと思ってもらえるように、日々接する体と真剣に向き合っていこうと思います。

4対3の意味するところ。

今日は短く一言だけです。

昨日の代表戦、4対3のスコアで強豪ウルグアイに勝利しました。
リアルタイムでのツイーとはしませんでしたが、4点という大量得点ができたことと、3点の失点をしてしまったことの意味を考えました。

南米の強豪に対して勝利できたことは素直に喜ぶべきだとは思いますが、なぜこのスコアになったかということです。
日本代表は過去のチームと比べ、圧倒的に攻撃への意識が高いと思います、前線ではほとんどマイナスなパスというものがありません。
それどころか、中央から攻め上がった時に、これまでのようにとりあえずサイドに開いてという消極的なパスもありません。
良い意味でとにかく目指すのはゴール、できれば自分で決めたいという貪欲なプレーが目立ちます。

守備には自信があるはずのウルグアイですが、流石にこれほど圧倒的な勢いで攻められる試合も珍しいのではなかったでしょうか。
もし相手が前半にそういう戦い方ができていたとしても、徐々にスローダウンを余儀なくされ、いつの間にかウルグアイのペースにというのが、常だったと思います。

こんなはずではなかったという気持ちと、日本への移動等コンディショニングの問題で、本来の動きが見せられなかったということもあったと思います。

本来の動きとは何か・・・。

日本の選手たちができていて、ウルグアイの選手たちができなかったこと、それが一歩目のスムーズな動き出しだったのではないかと思いました。

ただそれができない選手に関しては、一歩半歩の遅れが見えてしまい、そのあと強引なプレーで局面に対応しなければならなくなることが、ファールを取られる要因になってしまいます。

体格差は歴然で、過去言われてきたフィジカルという物差しで言えば、明らかに日本選手は劣っています。
しかし、今のチームの選手たちは、何かに縛られていたり、どこを向いてプレーをしているのか分からなかった過去の選手たちとはまったく異なり、伸び伸び活き活きとサッカーを楽しんでいるように見えます。(それを引き出しているのは間違いなく森保監督の手腕です。)

コンディショニング的な部分と、先制され押されまくりの状況の中で、体力的に勝るウルグアイの選手たちの動きは、まさに筋力頼みで地面に居着き、強く地面を蹴らなければ動き出せないという、悪循環にはまっていました。

日本の選手の動きが過去の試合に出ていた選手たちに比べ良かったこともありますが、それ以上にウルグアイの選手たちの動きが強引でスムーズさに欠けていたことは明らかでした。

それでも結果としてのスコアは4対3と1点の差しかなかったのです、4点取っても3点取られたということです。

もしこれがワールドカップの本戦で、日本チームを完全に分析し対策を練ったうえで、万全のコンディションであったとしたら、結果はどうなっていたか、やってみなければ分からないと言えばそれまでですが、おそらくこういう試合にはならなかったと思います。

何が言いたいのかということですが、日本の選手たちが昨日と同じかそれ以上に相手を驚かせ、動きで圧倒できるようになるためには、どんなコンディションの中でも素早くスムーズに動き出せる技術を身に付けるという方向性が必要だと言いたいのです。

若い選手たちが、良いコンディションで試合に臨めば、あれくらい動き回れることはこの数試合で証明されました。

暑さや寒さといった気象条件、移動や連戦という回避できない過酷な状況の中、そして劣勢に立たされた時にも、力まず体をうまく使いこなせるようになるために、どんな考え方でどんなトレーニングをすればいいのか、代表スタッフのお手並み拝見です。

これからの私にとって大きな出会いがありました。

昨日と一昨日の二日間、家内と二人、車で山口県観光に行ってきました。

一番の目的は現在、山口市阿知須にある『山口きらら博記念公園跡地』で行われている『山口ゆめ花博』を見に行く事でした。

私の休みは日・月、こういうイベントに日曜日に行くのはやめた方が良いと、日曜日には以前にも行った事がある『錦帯橋』『岩国城』に寄って、さらには『防府天満宮』にも参拝してと、欲張りな計画を立てました。

お天気にも恵まれ、快適なドライブでした。
防府天満宮では、たまたま『花神子社参式』という(興味があれば検索してみてください)という、伝統行事に出くわして日本の伝統的な行事を見ることも出来ました。(facebookとInstagramにはその動画をアップしています)
それを見るために多くの方が急な階段の参道を埋め尽くしてカメラを構えていましたから、偶然とはいえ良いものを見る事ができたと思います。

その後は湯田温泉に泊まりゆったりと温泉に浸かって手足を伸ばし、日頃の疲れを取る事ができました。
翌朝も朝風呂に入り、ホテルの朝食バイキングでお腹を満たし、本来の目的であった『山口ゆめ花博』の会場に向かいました。

月曜日なら空いているだろうと予想して行きましたが、9時の会場を前に既に駐車場には長蛇の列ができていました。
テーマパークのようにこれといった目的があった訳ではなかったので、慌てず騒がず流れるままに入り口に向かいました。
花の博覧会ですから、海に面した広い会場全体がたくさんの花に埋め尽くされ、その間を散策しているだけでも、非日常を味わえる素敵な空間でした。

小さな人だかりが出来ていたので近づいてみると、若いパフォーマーが手品を披露していました。
軽妙な語りで場を盛り上げ、鮮やかな手さばきで次々と登場する手品に、流石にプロは凄いなと感心しました。
聞けばその方は、今年行われた手品の世界大会で日本人として初めて3位を獲得したという、プロ中のプロでした。
少しでもあやかりたいと一緒に写真を撮ってもらいました(笑)

その後歩き続けると、コマーシャルで見た『世界一長いブランコ』が、まさに見上げるような高さで目に飛び込んできました。
大人も子供も乗れるようですが、朝早くから整理券が配られていて開場前には受付終了となっていました。

その下にはとにかく横に長くブランコが作られていて、これまたギネスに申請したのでしょうか、老若男女が潮風に吹かれながら童心に帰ってブランコに揺られていました。

次のゾーンでも池の周りを花々が囲み、とにかく綺麗でした。
今日の本題は、その後出会った方との会話です。

体験ゾーンと言うのでしょうか、今流行りの『ボルダリング』やカヌーのような水上の乗り物が体験できるゾーンにさしかかりました。
これらも整理券がいるのか、もしくは待ち時間が長いのだろうと、横目で見るだけで通り過ぎようとした時でした。

細く揺れるロープの上でバランスを保ちながら、色々なポーズを取っている男性の姿が飛び込んできました。

以前テレビでスキージャンプの葛西選手が、トレーニングに取り入れている事が紹介されていたり、他でもその上でジャンプをしている映像も見た事があって、とても興味を持っていました。

それがこの場所で、目の前で見る事ができるとは想像もしていませんでした。

横にあったポスターにはハワイで撮影したという、海の上に渡したロープの上を歩く、本人の姿が写っていましたが、それがどれだけ難しく危険なことなのか想像すらできませんでした。

子供たちに混じって列に並び、ロープが上下に2本張ってあるところに挑戦してみましたが、上のロープを持ちながらでも全く歩くことすらできませんでした。

もう一つ1本だけのロープには人がいなかったので、座るだけでも出来ないだろうかと挑戦しました。
何度かやっているうちに少しバランスが取れるようになりましたが、ほんの短い時間の事で、こんなロープの上をあんな危険な場所で行うこの人は一体何者だろうと俄然興味が湧いてきました。

「この上で立てるようになるのにはどれくらいかかるんですか」と、図々しくも声を掛けてみました。
「15年ほどやっていますが、仲間でも何年やっても出来ない人はできないんですよ」と答えてくれました。

そして私が少しだけですがロープの上に座ってバランスを取れた事を見てくれていて、「初めてであれくらい出来る人はほとんどいません、とても良いバランス感覚ですよ」と、褒めてくれたのです。

気を良くした私は、そのあと1時間もその方を独占して、色々なお話を聞かせてもらいました。

なんとその方は、東京オリンピックで正式種目に加えられた『ボルダリング』を日本に広めた第一人者でした。
お名前は『三由 野』(みよし なお)さん、10歳でボルダリングを始め、プロクライマーとして国内外の岩場を開拓し、日本のボルダリング創成期を牽引し、現在の空前のボルダリングブームの礎を築いた方だったのです。
そして近年は『ハイライン』(高所綱渡り)のプロとしても活躍し、テレビ番組やロック(当然岩という意味)フェスなど幅広く活動されているそうです。


ここまでなら直接私とは関係のない世界の方で、凄い人と出会ったなで終わるところでした。
ところがその後、彼の口から語られる内容は、分野は違え、まさに私が乗り移ったような内容が次々と語られるのでした。

ボルダリングの世界大会を2連覇していた女子選手に対して、彼女の指導者から意見を求められた時、そのトレーニングの内容や彼女の体つきを見て、「この選手は半年後にはやめてしまいますよ」と、答えたというのです。

世界大会2連覇、一番脂の乗っている絶頂期の選手を何故そう言い切ってしまったのか、指導者からは何を言い出すのかと文句を言われたそうです。
それが、本当に彼女は半年を待たずにやめてしまったというのです。

筋肉に固められサイボーグ化した彼女は、大好きだったボルダリングという競技が楽しくなくなったというのがその理由でした。

まさに『体づくり』のトレーニングによって獲得した筋肉で登って行くだけの競技になってしまったというのです。

私には分かりませんが、どうやって登ろうかとルートを考えたり、自分の持っている能力で向き合う壁の難易度にどう対応するかなど、筋力だけの戦いではない部分が楽しかったようでした。

ここまで聞いた後、まさに『我が意を得たり』の思いで、実は私は・・・と、自分の仕事のことや体づくりではない『動きづくり』のためのトレーニングを指導していることなど、ご想像通り、もうきりがないほど話が弾み、気がつけば1時間があっという間に過ぎていました。

このロープの上でバランスを取るというものは、ロッククライマーが遊びで始めたものだそうで、たんなる遊びのつもりが様々な効果をもたらすことに気づき、現在では『スラックライン』という名称で、様々なことに応用されているとのことでした。

飛んだり跳ねたりが目立ってしまいますが、本来は綱の上での瞑想なのだそうで、脳科学の分野の研究として『理化学研究所』が興味を持ち、三由さんとの共同研究が計画されているそうです。

とんでもない方とご縁ができてしまいました。
私は私なりに様々な経験の中で、人間の体を効率的に使いこなせるようになるための考え方や方法論を模索してきました。
試行錯誤の中で、ある一定の方向性を確立し結果を残してきました。

それが広く世の中に広がっていかないことに、苛立ちというか諦めの気持ちにもなりかけています。
なんらかの縁があり、私を信頼し指導を依頼されれば、全力で対応しています。

しかしそれらは、私にとって既成事実であって、私の考え通りにやれば結果はこうなるということが分かってしまったのです。
誰が信じようが信じまいがどうでも良いレベルとなってしまい、ある意味、新しい感動がないのです。

それが昨日出会った『三由野』さんのお陰で、未知の何かを感じることができました。

これからどんな形でご縁を繋いでいくのかはまだ分かりませんが、近々広島に来てくださるそうなので、新たな展開に胸躍る思いです。

彼から聞いた言葉で一番印象に残ったのが『バランスが取れると体が地球に突き刺さった感じが分かる、地球は真円ではなくデコボコしていることが分かるようになる』という言葉でした。

今はまだその言葉の意味が全く分かりません、少しでもその感覚に近づけるようになりたいという大きな目標ができました。

それをだれかのために還元できる日がくるかどうかも分かりませんが、60歳にして大きな目標ができたことに感謝しています。

悔しい思いをしたからこそ良い指導が出来るトレーナーになって欲しい

この人にはなんとしてでも伝えたい、そう思わせてくれた元競輪選手で現在トレーナーとしての一歩を踏み出したばかりという、『安田壱也』さんから感想が届いたので紹介します。

この度の深める会に参加させていただきありがとうございました。
申し込みが私のみにも関わらず開催していただいたこと、また私に向けた内容の構成にしていただいたことを心より感謝致します。

会冒頭西本さんから、「今日はこういう内容で行こうと考えてたんですが、安田さんいかがですか?」と。
それは私にとってすべてが必要な内容で、今回受講するにあたって要望しようとしていた「競輪選手を指導する」というもので、まさにタイムリ-といいますか、「それでお願いします。」(心の中ではそれを望んでました)と即答でした。

と言うのも、数日前に後輩選手のトレーニング指導を西本さんに依頼した際、色々と思うところがあり、今までは大して実績のない二流、三流あがりの自分が(実績のない選手の話をそもそも聴いてくれないのでは?等)パフォ-マンスupに貢献出来るのか?自分はまだ経験浅く知識、技術が足りないから時期尚早等、やらない理由を探して逃げていました。

では、いつになったらやれるのか?現在の思考のままではこの先ずっとやれない、進めないと思い、今回後輩を西本さんに指導していただきますが、地理的に広島まで頻繁に通うのは無理がある、それならいずれは東京でのトレーニング、施術を出来る限り自分がと、意を決しての広島入りでした。

さて、深める会の感想についてですが、前回西本塾での2日間のおさらいを少し入れた後、屋外での自転車でのトレーニングを行いました。

ポイント1:足裏を意識して乗ってみよう
ポイント2:膝から動かす意識で
ポイント3:股関節から動かす意識で
それぞれ乗りながら(ハイハイどこに意識向けるかで使う場所が変わってきますよ!意図することは解ってますよ♪むしろこの感覚が解っていなければ元プロ選手としてマズイですが)と心の中で喋ってました。足裏<膝<股関節の順に推進力を感じるといったところでしょうか。
ポイント4:ハンドルを引いて力んで
当然、かなり頑張ってる感があり、急に推進力が感じられなくなる。
ポイント5:スピードを上げる際、肩甲骨を動かす意識で股関節と連動させて推進力を感じる。(真に肩甲骨を滑らかに動かせて、背骨また骨盤とつながりを意識出来ればより明確な推進力を体感すると思われる)

西本さん、「では1度スタジオに戻りトレーニングを入れて、再度自転車に乗ってみましょう!」
スタジオにて器具を使用したトレーニング〜FBTトレーニング~スミスマシン~自重トレーニングと、ボリュ-ムたっぷりのトレーニングを行い再び自転車に跨がり、先程と同じように走りました。

トレーニング前後で明らかに肩甲骨と背骨の動きが違って感じられます。(西本さんに言わせると、まだまだ滑らかではないとのことでしたが)
上手く使えないばかりにひたすら頑張って、筋力がないのに筋力を使って効率の悪い動きをしていた自分。

身体が大きく(特に静止状態からスタ-トする自転車競技と違い、競輪競走はある程度スピードにのった状態で動きだすため体重あるほうが有利)筋力がある選手は、多少効率が悪くても自転車は進みます。

体重が少なく筋力も低い私のような選手は、やはり効率の良い動きを模索していなければならなかったと改めて実感し、10年前にでも西本さんの存在を知っていれば…と噛み締めながらスタジオに戻りました。

私がトレーナ-を志した本来の目的は、何故自分が強くなることが出来なかったのか?それを追求するためでありました。(普段聞かれてもトレーニングが好きだからとか答えて本音を言ってません)

その答えが、いやその大きな要因が、大袈裟ではなく広島に存在したということではないでしょうか。

悔しいながらも、今こうしてトレーナ-という立場でお会いして、トレーナ-同志の会話が出来るのも1つの楽しみでもあるかなと思っております。
私なりにトレーニングを受けながら、西本さんの選手への指導の際の接し方(話し方)、説明、実演とメモをとるより、受け手(施術の際にも仰ってましたが)になって正解でした。
やる側で目で見て、耳で聴いて今でもしっかりと、ここをこうしてた、あんなこと言ってたなと思い出せるくらいです。

施術については、先ずは受け手になり前回の西本塾の内容にプラスしてフルバ-ジョンを受け、気持ちよく眠ってしまいそうになりながら受け答えした後、私が西本さんに対して施す番になり、早速ダメだしをいただき、数々ご指摘を受けながらも「相手のことを想って」「足を視るんじゃない、身体全体を視ながら」と、西本さんの言葉を思い出しながら続け、段段「これなら及第点ですね」と、お褒めのお言葉をいただき、単純なもので褒められると嬉しいもので、ただ再現性があるかどうか不安なところもありますから、人の身体を借りて練習に励みます。

二人きりの時間はあっという間で、最後に一応形式だからと感想を述べることになりましたが、実は感極まって自分で何を話しているのかわけが判らず、とりとめのない内容で、恐らく西本さんは「こいつ何を言いたいんだ?」と思ったことでしょう。
たった1人の私のために構成を考えてくださり、1対1でぶっ通しで話してくださり、熱い想い、そして優しさが充分過ぎるほど伝わりました。
SNSで名前を出してくださるのも期待のあらわれと勝手に解釈しております(笑)

「元選手の安田さんだから解る感覚があるんだから、それを活かして指導に繋げてほしい」、「必ず必要としてくれる人がいる、その人のために頑張ってください」、他にも沢山ありますが、それらの言葉を胸に西本さんに見えているもの、風景を少しでも感じられるように、日々学びを継続します。

これにて暫く広島に伺うことがなくなりますが、またお会い出来る日を楽しみにしてたおります。
本当にお世話になりました。
ありがとうございました。
安田壱也

安田さんは現在43歳、6年前に競輪選手を引退した後、専門学校のトレーナー養成コースで3年間学び、現在少しずつ目標に向かって歩みを進めているという方です。
文中にもありましたが、目標であった競輪選手と言う職業に就き、もちろん人並み以上の努力もしたつもりだったのに、何故自分は一流と呼ばれるレベルに届かなかったのだろうという悔しさから、何をどうやっていればもっと高いレベルの選手になれたのか、その答えを見つけるために引退後この道を選んだと言うことだと思います。

受講動機にも直接お話ししている最中にも、そのことには触れられていませんでしたが、過去にも同じような方が何人か居たので、おそらくそんなことがきっかけとなったことは想像がついていました。

だからこそ安田さんには答えを見つけて欲しいのです、そしてそのことを正しく伝えられる技術を身につけて欲しいのです。

私が過去深く関わってきた選手の多くは、いわゆるアラサーと呼ばれる、スポーツ選手として勢いだけでは通用しなくなってきたことを実感し、何かを変えなければと、その方向性を模索していた選手たちです。

競輪の場合は選手寿命が長いので、同じことがアラサーではなくアラフォーと呼ばれる年代になります。
いずれにしても素質と勢いだけだは通用しなくなることは明らかで、一定の年齢になってからそのことに気づくのではなく、もっと若いうちに、いえ育成年代の頃から私の考え方に興味を持ってくれていれば、いらぬ遠回りや停滞期を過ごす必要もなくなるはずです。

たまたま縁があって、何人かの競輪選手の指導に関わらせてもらっていますが、私の伝えたことを真剣に受け止め、自分のためにどう活かしたら良いのかと試行錯誤を繰り返してくれている選手は、既に大きな成果を得ています。

どんな分野のどんなレベルの選手でもそうですが、「西本の言っていることはそう言うことか、もう分かった」と、聞いたから知っている、分かったつもりでは、何の成果も得ることはできていません。

そんな選手は、私の話を聞かない方が良かったのかもしれません。

私は自分が一つの道さえ極めることができない中途半端な人間でした。
だからこそ一つことにこだわることなく、色々な事が分かるようになったのだと思います。

その分野の素人である事が、先入観や固定概念という余計な事に惑わされる事なく、素直に人間の体の仕組みからの考察ができる理由だと思います。

ただ安田さんのように競輪という世界に足を踏み入れたものの、一定のレベルに届かないまま引退を余儀なくされたという人には、私とはまったく違う意味での経験があるはずです。

そして同じ悩みを抱えて伸び悩んでいる選手がたくさんいるはずです。
そういう選手のために力を発揮できる人材に育って欲しいと思います。

そのためにはやる事がたくさんあります、私も30を過ぎてからこの世界に飛び込みました、スタートする年齢に早い遅いはないと思います。

どれだけ本気で取り組むか、その気持ちを持ち続けやり通すか、常に私が思い続けている心構えです。

安田さんが信念を持って頑張ってくれると信じています。

先日ある選手が私の元を訪れてくれました、アラサーでもアラフォーでもない、20歳の若手の選手でした。
この年齢でよく気づいてくれたと思います、どこの誰かはまだ言えませんが、近いうちに必ず頭角を現してくれる選手だと確信しました。

どんな年齢のどんなレベルの選手であろうと、大事なことに気づいた選手には、正しい事をしっかり伝えてあげたいと思います。


頻回の肉離れに悩む選手と過ごした2週間を終えて

昨日、予定していた2週間の日程を終えてすべての指導を終了しました。

始まりはこうでした、9月18日火曜日の夕方でした。
普段あまり使うことのない、フェイスブックのメッセンジャーという機能を使って、ある選手からメッセージが届きました。
メッセンジャーの設定が、誰からのメッセージも受け取るということになっていたようです。
彼は私への通信手段をそこに求めたのでした、彼にとっては本当に便利な機能だったようです。

そこに書かれていたのは、まさに私に対するSOSともいうべきものでした。
大学を出た後、サッカー選手として単身海外に渡り、いくつかのクラブを経験した後、今年の夏に別の国のクラブに移籍した後、彼の苦悩が始まったようでした。

メッセージをくれた2日前の試合でハムストリングに肉離れを起こし、MRI検査で全治2~3週間の診断を受けたそうです。
これだけならばサッカーの世界では日常的に聞かれる話で、特別なことではありません。
この後書かれていたことが問題で、移籍してからの約3か月という短い期間の間に、同じ個所を今回も含め4回も肉離れを起こしてしまったと書かれていました。

その時彼は、身体のバランスや筋力、使い方をもっと改善する必要があると感じたというのです。

また、このままチームに居ても、過去の3回と同じ治療とリハビリを繰り返すことは間違いなく、動き方やバランスなどの原因を突き止めようとしないことは分かっている、とも書かれていました。

そこで今回2週間前後の期間をかけて日本に帰り、しっかりと治療とリハビリを行ってチームに戻ってきたいと考えているということでした。

それを託す相手が、他の誰でもない私という人間で、私が受け入れてくれるのなら、すぐにチームに掛け合って許可を取るつもりだと結ばれていました。

突然のことに正直驚きました。
その後のやり取りで、どうやって私の存在を知ったのか、そんな大変な仕事を私に託そうというのかを尋ねました。
元々、私の書いた記事を読んでくれたことがあり、彼が日本でお世話になっている指導者の方が、もし診てもらうならサッカー選手の身体に詳しく、その方と私の考え方がかなり近いということで、私のことを推薦されたそうです。

また彼の友人からも、そういうことなら広島に居る『西本直』という人に相談してみるべきだと、複数の人間が私の名前を出したというから驚きです、その方々は、何の面識もないのですから。

そんなやり取りのあと、「チームの許可が得られたので何時から伺ったらよいでしょうか」という連絡に、もう今すぐにでも指導を始めさせてほしいとこちらから申し出ました。

ついさっき肉離れを起こしたという選手にでも、私にはやらなければならないことがたくさんあって、安静固定の期間が何日かあってという教科書的な発想はまったくなく、これまでもその時々に応じて様々なことを行ってきていたからです。

そして21日の金曜日から復帰を目指した二人三脚が始まりました。
まず行ったことは、患部の状態の把握です。

この時点で4回目の受傷から5日経っていました。
直接触った感覚、他動での膝関節の曲げ伸ばし、そして自動での曲げ伸ばし、そのどの瞬間も彼の筋肉の動きや顏の表情の変化を見逃さないように細心の注意を払い、今回の肉離れという病態が軽度のものであると判断しました。

MRI画像も見せてもらいましたが、私にとっては客観的な判断材料よりも、自分の感覚の方が優先されます。
軽度と判断しましたが、同じ個所を4回目ですから、「またやるのではないか、もっとひどくなるのではないか」という、心理的な不安の方が大きくなっていることは明らかでした。

患部に負担をかけまいと全身の動きにまで問題が生じ、骨盤と背骨を中心とした6方向への連携連動動作に問題が見て取れる状態でした。

まずこの状態を改善しなくては、受傷か所の本来の様子は見えてこないのです。

一般的な言い方で言うと、体のバランスを整えるのに3日ほどかかりました。
その間当然ですが、患部に負担をかけないで行える、屈筋ではなく伸筋で体をコントロールできるようにするという、彼が望む『正しい体の使い方』が出来るようになるためのトレーニングを並行して行いました。

これは単にそれだけの目的ではなく、患部以外のトレーニングを行うことで全身の血流量を増やし、その結果として患部に流入する酸素と栄養をたっぷり含んだ血液が、傷んだ組織を修復してくれるという結果に結びつき、私の言う『体を治してくれるのは血液そのものである』という大原則に合致した方法論となります。

患部にだけ目を向け、さまざまな手立てを駆使しても良くならなかった感覚が、たったの3日間で不思議なくらい変化していくことに驚いていましたが、私にとっては人間の体の仕組みに沿った当然の変化でした。

4日目からは膝の屈伸の際に使われる筋肉や腱の動きを滑らかにすることを目的に、ローイングエルゴメーター(ボート漕ぎのマシン)を使いました。
このマシンの良さは、下半身のリハビリにおいて最も不安要素となる、着地・地面への衝撃を受けずに下肢への負荷をコントロールできるということです。

本来のこのマシンの使用目的とは離れるかもしれませんが、広背筋や腕の力を借りることで、下肢自体の負荷を自分でコントロ-ルできるばかりか、全身運動として心拍数をコントロールして持久力を高めることもできるという、私の指導において本当に役に立つ道具となっています。

さらには踏み台を使って少しずつ関節や筋肉そして腱の部分に対してのインパクトという負荷への対応力をつけていきます。

リハビリの目的は、受傷前の数値で測れる筋力に戻すことや、健側との比較で何十パーセント以内になったということではないのです、これは声を大にして言っておきます。

ケガをしました、MRIの画像にはこう写っています、教科書的に間違いない段取りを踏んで、時期が来て改めて画像を確認したら、白く映っていた患部の影が焼失したので治癒しました、ではないのです。

痛みがある、不安がある、当然のことです。
それを階段を一歩ずつ上がっていくように、体と心に対して、「この動きも不安なくできたよね、今日はこの動きをやってみようか、きっと体は嫌がらずにやってくれるよ」と、まさに体と心、両方に問いかけながら、本来の動きを安心してできるようにしてあげるのです。


2週間という限られた期間の中で、できるだけ良い状態に戻してあげたいと、休日を設けず10日間連続でトレーニングを行いました。

勿論、私の提唱する体に無理のない効率的な走り方をマスターしてもらうことが最大の目的でしたので、その準備も着々と進めていました。

あまりにも順調に事が運ぶので、本人の疲労度を考慮し月曜日を一日だけ休養日としました。
私の中では休み明けの3日間で、屋外でのトレーニングを増やし、帰国後にはすぐにでも合流できる体にまで持っていけるのではと期待しました。

それが火曜日の公園でのトレーニングもあと少しというところで、選手の足が止まってしまいました、「また嫌な感覚がありました」と言うのです。

そのドリルまでは、指導している体の使い方がしっかり意識されていたのに、最後のボールを追ってスピードを上げたとたんに、走り方が従前の動きに変わってしまったことはすぐに分かりました。

私の指導している体の使い方が、そう簡単に身に付いてはいなかったのです。

残念ではありましたが、本人もそのことを自覚していて、「このアクシデントが今日でよかった、後二日間、何とか本来の目的であった正しい体の使い方の習得に意識を戻そう」と、話し合いました。

アクシデントといってもそのあと普通に歩けましたし、室内に戻ってからのリカバリーもできました。
やはり短期間に4回という頻回の肉離れの影響は、心理的な抑制という人間の心の部分に大きな影響を与えているようでした。

そして昨日一昨日と、室内のみのトレーニングとしましたが、おそらく間近で見ている人がいたとしたら、この選手がそういうことでここでトレーニングを行っているとは、絶対に見えないものだったと思います。

これだけの動きができているのだから、このまま屋外に出て行っても何も恐れることなく動けるはずだという、体と心に対する私なりの最後のアピールでした。

また正しい体の使い方という観点では、私の考え方や一つ一つのドリルも正しく実行してくれてはいましたが、あのアクシデントがあったことで、改めて「分かったつもり、やっているつり、出来ているつもり」だったことに気付いてくれ、これに本気で取り組まなければ肉離れの完治も、選手としての成長もないと確信してくれました。

きょう帰国する予定と聞いていますが、焦ることなくドリルを継続し、肉離れを起こした筋肉の器質的な回復期間を考慮しながらトレーニングを継続し、来るべき復帰の日には、これまで以上の動きを発揮してチームに貢献してくれることでしょう。

今回私にとって、本当に大きな経験をさせてもらいました。
私の知らないところで、私の力を必要としてくれている人が居ることを知りました。

そして人間の体は、ただの物体ではなく、心と体が一対の存在であるということも、改めて感じさせてくれました。
また私が言い続けている、『人間の体の仕組みに沿った、効率的な体の使い方』という概念がいかに重要なものかも再認識できました。

それを正しく伝え理解してもらうことの難しさも痛感しました。
人間と人間が真剣に向き合うということ、こんな素晴らしい時間はありません。

『掛けた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め』、この言葉を改めて噛みしめています。

私が彼に情けをかけたなどとはこれっぽっちも思っていません。
「こんな私を探し出し選んでくれてありがとう、2週間いつもと違う緊張感の中で過ごさせてくれてありがとう」、恩を受けたのは間違いなく私の方です。

復帰を見届けるところまで一緒に居られない立場であることが残念ですが、彼のこれからのサッカー人生に少しでも役に立ってくれたと信じています。

活躍を心から期待しています!


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
日々の気づきやブログの更新情報はツイッターに書いていますので、チェックしてみてください。
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