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人間の体に向き合って30有余年、どこまで深めてもその先が・・・。

今日はいつもにもまして長文です、私自身にとってとても大切な内容となるので、心して書いていきます。

私が今の仕事に興味を持ったのは、ある治療家の方との出会いでした。
その方の本棚にあった1冊の本から興味を持ったのが『操体法』であり、私の運命を変えたと言っても過言ではない『渡辺栄三』先生との出会いでした。

『今の仕事に興味を持った』というのは、正確な表現ではないかもしれません、『人間の体そのものに興味を持った』という言い方が正しいと思います。

また師として仰ぐ『渡辺栄三』という人間そのものにも大きな興味を引かれました。
『操体法』を、いわゆる健康法や施術方法の一つとして捉え、そのノウハウを教えるような方であったら、間違いなく今の私は存在していません。
人間の体の仕組みそのものを教えるという感覚ではなく、感じさせ考えさせていただける、何とも不思議な先生でした。
52歳という若さでお亡くなりになり、既に20年近くになりますが、今も伝えていただいたことの意味を追い求めているように思います。

操体法を学び施術を業として生きていくためには、どうしても避けて通れないのが、それぞれの疾患に対応する手技ということになります。
一般的に手技療法と呼ばれるものには、それを指導する側と指導を受ける側が居て、そのノウハウを学ぶことで対応していくことになります。
渡辺先生の指導にはそのノウハウ的な発想がありませんでした。

私の将来を心配していただき、公の資格を取っておいた方が良いという先生の勧めで、会社勤めの傍ら鍼灸専門学校の夜間部に通い資格を取った後、いよいよ自分の道を切り開こうという気持ちになり、先生に相談した時にも、「西本君ならもう十分にできるよ」の一言で、私が期待したハウツー的な指導はありませんでした。

それを期待した私は、まだまだ先生の教えを正しく理解できていなかった不肖の弟子でしかなかったのだと思います。
生まれ故郷の愛媛県宇和島市に帰って『西本治療室』の看板を掲げ、治療家としてのスタートを切りましたが、経営面では苦労の連続でした。

そのことはさておき、治療家としての技量は、自分が想像していた以上の結果を得ることが出来ていました。
少しずつ来訪者の信頼を得、様々な疾患に対応することが出来てしまうことに、自分のやっていることにどういう意味があって、何故良くなってくれるのだろうと、今更こんなことを言ってはいけないのでしょうが、その頃は正直不思議な感覚でした。

操体法の基本である、「痛みや違和感のある方向から逆の動きを行ってもらい、そこに軽い抵抗を与え脱力させる」、文字に落としてみるとたったこれだけですかと言われそうですが、もちろんこれだけではないにしても、これが基本であることは間違いありません。

それに加えて、先生から学んだ一人一人の体は全く別のもので、その感覚も一瞬一瞬変化していく、それを見逃すことなく相手に痛みを与えないように誘導して行くと、施術をしているこちらが驚くような変化を見せてくれるのです。

操体法には腰が痛いときにはこういう操法を行うという概念がありません。
腰だ肩だと部分に目を向けることなく、体を丸ごとひとつの存在として捉え、体全体を整えて行きます。

2年間の個人開業の後、いきなりプロサッカーチームからの誘いを受け、対象がサッカー選手限定という生活になりました。
そこでもこれまで通りの考え方で施術を行いましたが、今日この後の練習に良い状態で臨めるようにして欲しいなどと言う、常にスクランブル体勢の日々が続きました。

日々結果を出し続けて行きながらも、たんに自分の腕が良いとかいうことではなく、何故自分のやっていることで選手の身体が変化していくのか、本当はそこを突き詰めていかなければならなかったはずですが、とてもそんな余裕はありませんでした。

32歳で会社員を辞め、まずは治療家としてのスタートを切ってはや30年近くになりました。
紆余曲折がありながらも、少しずつではありますが、自分のやっていることの意味を考える余裕というか、それを整理できなければ何も残せないまま終わってしまうと考えるようになっています。

時系列を整理することは既に難しくなってしまいましたが、一般的に言われている操体法からは、少しずつ離れていることは自分でも感じています。
というより、創始者である橋本敬三先生は、「操体法とはこういうもので、こうしなければならない」という意味のことは決して仰ってはいなかったと思うのです。

先生が著された著書からしか学ぶことは出来ませんでしたが、先生の口癖であった「体が気持ちいいことをやっていればいいんだ」、この言葉にすべてが集約されていて、そのための方法論には拘ってはいなかったと思います。

だからこそ操体法を学ぶということはとんでもなく難しいことだと、今改めて思います。
渡辺先生がそのノウハウ的なことを教える人だったとしたら、私は本気で道を変えようなどとは思わなかったと思います。

この「人間の体が気持ちがいい」と感じる動きとはいったい何なのか、そのことにこだわった時期もありましたが答えは見つかりませんでした。
今この瞬間どこかに痛みを抱え、すぐその後に全力を振り絞ってプレーしなければならない選手に対して、「どっちが気持ちいいですか、気持ち良さを味わって・・・」、そんな言葉で誘導することが出来るでしょうか。

先生の生前、現名古屋グランパス監督の風間八宏君と二人、先生のご自宅を訪ねたことがありました。
彼から見ると私はこれまでに出会ったことが無い変わった人間だったそうですが、その私が私など足元にも及ばない凄い方だと、常日頃話をしていたところ、是非一度合わせて欲しいということになりました。

そのとき先生は、スポーツの世界で操体法を駆使してこれだけの結果を出し続けている私は、既に先生を超えた存在である、という趣旨の発言をいただき、本当に嬉しかったことを覚えています。

操体を基礎とした治療家として、それなりの評価を受けるようになっていた私は、同時にその体をいかに効率よく動かせるようになるかということをテーマに掲げ、『体づくりから動きづくりへ』という大命題に取り組む、フィジカルトレーナーとしての評価も受けるようになっていました。

その両面に対して自分なりに自信を持ちながらも、さらに良いものがないかと、立ち止まることなく試行錯誤を続けています。
しかし、ある意味行き着くところまで行ってしまったというか、他の人がやっていることを気にすることもなく、自分の世界を深めることだけを考えるようになりました。

深めるというと聞こえは良いですが、拡がりという面からみるともうそれほど期待できないのではないかと感じてもいました。
既に蓄積したことをいかに多くの人に正しく伝え、活かしてもらえるか、それがこれからの私の使命であると思うようにもなっていました。


一般の方が体の不調を訴え来所されれば、それに対してはベッドを置いたスペースで完結させられると自信を持っていました。
1年に2人くらいでしょうか、私が自信をもって良くなったと感じた体の持ち主が、施術後痛みが何も変わっていないと言われることがありました。

何をもって良くなったと感じるのか、それは人間の体は骨盤と背骨を中心として、それぞれの関節が程よい隙間を持っていることで、前後左右捻転という6つの方向性を持っていて、そのすべての連動が滞りなくできるようになった体が、立って歩いてという日常動作ができない訳がないという、確固たる信念を持って施術をしているからです。

現実としてどこが痛いどこが悪いと言ってくる人たちすべての体に、多かれ少なかれ6方向のどこかに問題があります。
それを改善できれば、人間としての基本動作、日常動作ができない訳がないと考えるのです。

しかし、痛みという感覚は本当に厄介です、1週間前どころか5年前いや20年前に感じた痛みのことまで詳細に覚えていて、あの時はこうだったあの時は大変だったと、昨日のことのように話してくれる方さえいます。
「今はどうなんですか」と問いかけても、ひとしきりその話が終わらないと先に進めない方もいます。

何回か通っていただき、6方向の連動に合格点を与え、「もう来なくていいですよ」と言うと、見放されたような気になって、またあんなことになったらどうしようと、過去の痛みの呪縛から逃れられない人も多くいます。
それは相手の精神的な問題で、私がお役に立てる範疇を超えていると思っていました。

逆に始めから6方向に問題がなく、改善させるところがないにもかかわらず、いわゆる不定愁訴という状態で来所される方も多いのが現実です。

とにかく人間の体は背骨を中心に関節を6方向に動かすことが出来る唯一の動物で、そこに生じた問題を改善することが本当の意味での治療であり、改善であるという信念は今も変わりません。

しかし、それだけでは改善できないものは精神的なものであると、遠ざけてしまうだけで、あえて言えば私との信頼関係で、私が大丈夫ですと太鼓判を押したことを信じてもらうしかなかったのです。

そこに昨年の秋、運命の出会いがありました。
『山口ゆめ花博』の会場で、高所綱渡りのデモンストレーションをされていた『三由野』(みよしなお)さんとの出会いでした。

何度かブログでも紹介しましたが、お互いに普通の方から見れば変わっているというか、専門分野に特化した発想を広げ続けてきた人間同士が、初対面から何の違和感もなく会話が弾んだのです、こんなことは初めてでした。

お互いにと言ったら三由さんに大変失礼かもしれませんが、刺激し合い、少なくとも私にとってこの半年間でとんでもなく大きな変化を感じています。

その中で一番大きな変化は、私の施術の技術でほぼ100%完結できると思っていたことが、実は25%くらいにしか過ぎなかったのではないかと思うようになったことです。
これはゴールとなる100%をどこに設定するかによって割合は変わってくるのですが、体の不調はベッドの上の施術がすべてだと思っていたのが、その先には単に精神的なものでは済まされないもっと段階的で確実なステップがあったということを感じたからです。

高所綱渡りの体験会に参加した時に感じた、もちろん立って歩くなどということは出来ませんが、ラインにしがみつき何とかラインの上に乗って、座ったり腹ばいになるという一連の行為を行っている最中に、自分が命綱をつけているとはいえ、もし落ちたら大怪我をするであろう高い空間にいるという事実さえ考える余裕がなかったのです。

三由さんが、私が体験したよりもはるかに高く長いラインを歩いている時にも、落ちたらどうしようという、人間が生まれ持って感じる恐怖、高い所から落下することと、大きな音に驚くという二つの恐怖のうちの一つにさらされた時に、まさに『本能の動作』というか、後付けのバランス感覚や体幹の強さ、軸がどうしたなど、まったく通用しない世界があったのです。

我々が二本足で立っているというそのこと自体が、倒れる落下する(落ちる)と言う恐怖との戦いのはずです。
それを考えて生きている人など居るはずはありません。

我々が意識下で行っている動きなど、本能の動作からすればほんの一部にしか過ぎないようです。
ということは私が体の不調を訴える人たちに対して、本当の意味で改善してあげなければならなかったことは、この不安と恐怖に立ち向かう『本能の動作』そのものだったのです。

ベッドの上で私の誘導の元でなら、すべての動きを苦も無く出来たというレベルは、あくまでも私との信頼関係の元に、体を支える手と言葉の誘導があって、安心安全に行えるレベルの動きでしかなかったようです。

しかし、ベッドを下りたその瞬間から、自分の感覚との戦いが始まっていたのです。
自分の体を自分の思ったように誰の手を借りることなく動かせるようになるということは、一度痛みという感覚を知ってしまった体と頭にとっては、そう簡単なことではないようです。

改めて操体法で言うところの、体が喜ぶ動き、気持ち良いと感じる動きは、まさに後付けの後天的な感覚で、講習会等で操体法を知っている経験したことがあるという方に共通しているのが、こうやって動くことで気持ち良さを味わえる、他の人もこうやって動きを楽しんでいたという、ある意味他の人の真似をすることで得ている感覚のように思うのです。

生まれ持った快の感覚というのは、もしかしたらないのかもしれません、何かをおいしいと感じたり、きれいだと感じたりする感覚も同じかもしれません。

唯一生まれ持った感覚が二つの恐怖で、これは生命を維持していくために不可欠な感覚として備わっているのだと思います。
そう考えているうちに、ではどうするかという問題に直面しました。

安心安全な状態でなら、すべての動作が可能になった体に、不安定な状態、もっと言えば恐怖さえ感じる状況を疑似的に体験させ、その環境下でも安定した動作ができて初めて、その人が本来持って生まれた能力を発揮できる状態に戻してあげられたと言えるのではないかと考えたのです。

そのアプローチができるのが、高所綱渡りのプロフェッショナルである三由さんが長年かけて研究しやっと形にされた、『ポーザーユニット』と名付けられた、特殊な器具なのです。
試行錯誤が続いた、プロトタイプ試作品の第5世代として制作されたものを購入させていただき、今私の施設で活用させていただいています。

これから製品として販売されるものは、さらに改良が加えられた第6世代のものだと聞いています。
この器具をどうやって使ったら、どういう人にどういう効果があるのか、今の私には想像もできない大きな何かを秘めていることだけは間違いありません。

既に私なりに工夫しながら使ってもらった方々に、それぞれ大きな変化が生まれています。
ベッドの上だけの施術では届かなかった世界が見えています。

一般的に言われている、バランス感覚が養われるとか、軸の意識が高まるとか、体幹が強化されるなどと言う効果は当然のことで、そういう後付けの能力とは一線を画した、まさに『instinct action(インスティンクト アクション)』と名付けた、人間の持って生まれた本能の動きに近づいていける可能性を感じています。

これまで私が言い続け追い求めてきた、人間の体に仕組まれた、持って生まれた能力を余すことなく発揮できるようになることが、トレーニングの目的であり、効率的で効果的な動きづくりを目的としてきたことは、間違ってはいませんでしたが、それらは私の経験から積み上げてきた後付けの能力であり、さらに深いところに『本能の動作』『本能の反応』という次元まで深め拡げて行ける可能性が私にもあるということが分かっただけでも有難いというか、嬉しくて仕方がありません。

すべてはこれから私の体が体験していく中で、どう発展応用させられるかにかかっています。
どこにも答えはありません、三由さんですら同じような作業を繰り返しています。

これをやったからどうなる、これをやることでどんな効果があると、枝葉の部分を求められることになることは目に見えていますが、そんなことは結果論であり、そこにしか目が向かない人には、おそらく今私が考えているような効果は得られないかもしれません。

私が向かっていかなければならない世界は、まさに霧の中、いや暗闇の中かもしれませんが、一歩でも前に進みたいと思います。

人間は思ったような人間にしかなれないと言います、自分がどうなりたいまでは思えなくても、常に何かに対して何故どうしての思いを持ち続けてきた結果が今の私です。

そう言う私だからこそ、三由さんという方に出合うことが出来たのだと思います。

こうして色々なことに出合い挑戦しながら、そこから得られたものを誰かのために活かして行きたいと思います。

そして、信頼してくれる多くの方に、日々の活動で応えつつ、未だ見ぬ世界を探求していこうと思います。

月末には29回目となる『西本塾』を行いますが、これもご縁というか、今の私が伝えたいことを知りたいという方が引き寄せられたように集まってきてくれ、その不思議な巡り合わせに驚いています。
毎回全力投球の二日間ですが、今回も充実した内容を提供できそうです。

長くなりましたが、私自身の今を整理するためにも書いておきたい内容でした。

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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
日々の気づきやブログの更新情報はツイッターに書いていますので、チェックしてみてください。
2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
「西本塾」と「深める会」を開催しています。
6月20・21日に行う西本塾の募集を行っています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報・募集中」をご覧ください.
「1回5分体が喜ぶ健康術」はアマゾンで在庫切れのことが多く、購入希望の方にはご迷惑をおかけしています。
出版元からの購入は可能ですので、ガリバープロダクツ(代)082-240-0768までお問い合わせください。

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