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操体法の創始者『橋本敬三』先生の言葉に私なりの解釈が見つかりました。

今日もブログをご覧いただきありがとうございます。

昨日に続いての更新ですが、今日テーマにしていることは私にとってとても重要なことで、頭が整理されているときに早く文章にしておきたいことでした。

昨日のブログで、西本理論に現時点での定義を付けてみました。
『西本理論とは、本来人間に備わっているカラダの仕組みを利用し、それぞれの目的に対して効率的かつ効果的な連携・連動動作を行えるようになるための身体運用法』というものです。

これでも十分わかりにくいと言われると思いますが、この短い文章を拡大して行くと、これまで発信してきたことは全て内包していると思います。

この文章の後半に関しては、『体づくりから動きづくりへ』という、6年前にブログを書きはじめた頃に一番伝えたかったトレーニングのパラダイム転換です。

各種の体操やトレーニング方法は、この部分にそれぞれの工夫を加えて、目的に対していかに直結しているかを競っているように思います。

私のやっていることも同じではないかと、思われても仕方がないところですが、考えれば考えるほど、それだけではない何かを感じてきました。

私が会社員を辞めてまで新たな道に進む決心をするきっかけとなったのが、仙台で医師をされていた、『橋本敬三先生』草案による『操体法』というものでした。

『操体法』こそ一言で表すことのできない、人間の体の仕組みを深く研究された橋本先生ならではの人間観と言いますか、単に健康法や施術方法の一つとして分類してしまうことはとても失礼なことだと思います。

私が操体法を学びはじめた頃には、先生は既にご高齢で、私の師である『渡辺栄三先生』(共に故人)からは、私のような人間が仙台に押しかけ、ご高齢の先生の迷惑になっているから遠慮しなさい、ということで、残念ながら直接お会いしたことはありません。

しかし、その頃の顛末を後に書籍の中で知ることになりました。
先生の元を訪ねた操体法の初心者が、何故この症状に対してこの操法を選択したのかとか、痛くない方に動かすとなぜ体が整い痛みが改善されるのかなど、今このブログを読み操体法に興味を持ったという方も、全く同じことを聞きたくなるようなやりとりが行われていたそうです。

それに対して先生は、しばらくはニコニコその質問を聞いておられたそうですが、あまりに同じようなことを聞かれることに業を煮やして、「体が喜ぶことやってりゃいいんだ」と、声を荒げることもあったそうです。

怒鳴られた方は驚いたと思いますが、先生の中ではそれが唯一無二の真理であり答えだったのだと思います。

『体が喜ぶ動き』『体が気持ち良いと感じる動き』、私にとっても操体法を学びはじめた頃からの永遠のテーマとなりました。


操体法を正当に受け継ぎ守り育てている方々には大変僭越ですが、この『体が喜ぶ動き、体が気持ちの良いと感じる動き』が、なぜ体のバランスを整え、痛みを改善してくれるのか、私なりに一つの仮説が出来上がったので、ここに記していきます。

最近大きなテーマとなっているのが『痛みは脳が作る』という事実です。
事実というのは脳科学の分野においてそれなりに根拠のある研究がなされているという意味です。

20代の頃に読んだ『痛みとは何か』という本に書かれていたこととリンクしているということは以前にも書きました。
また私は痛みよりも、人間として骨盤と背骨を中心とした6方向の連動性が保たれていることを重視しているとも言いました。

乱暴な言い方になりますが、痛い痒いは個人の感覚で、ちゃんと動いて普通に生活できていれば何の問題もないではないかという考え方です。

しかし、痛みに関する感じ方は、本当に人それぞれで、それを私が良いだ悪いだと判断してはいけないようなのです。

『脳が痛みを作る』という言葉にはいくつもの意味があります。

その大きな一つは、過去の痛みを覚えていて忘れ去ることができないということです。

私が子供の頃にはよくあった話ですが、廊下を歩いていると掲示板から落ちた画鋲を踏んで痛い思いをしたことがあるという人は多いと思います。
一度そういう経験をすると、同じ場所を歩くときに画鋲が落ちていないにも関わらず、またふんずけてしまい痛い思いをするんじゃないかと体が緊張してしまうという現象です。

これは痛い思いをまたしないようにと、『本能のリアクション』として体が自分を守ってくれる重要な反射行為です。

もう必要のない緊張が原因となって、腰痛を起こしたりすることもあります。

不必要な緊張を取り去ってしまわない限り、一度目に画鋲を踏んだときの傷が治っていたとしても、本当の意味で体は治っていないということです。

私のところに腰痛を主訴として訪れる方の半数くらいは、このパターンに当てはまるような気がします。
ベッドの上で6方向のチェックをしても、問題になる可動方向はほとんど見当たらないのです。

「いやそんなはずはない、こうやって動いたら痛みが出るはずだ、この部分がずっと痛い」そう訴えてきますが、体は当たり前のように動いてくれます。
最初は意識が勝ってしまい不自然な動きをしますが、それこそ楽な方に動いてもらっていると、実に自然な動きに変わっていきます。

ここで「気にしすぎじゃないですか」と言ってしまうと身もふたもないのですが、それに近いことを実は言っていました。

「これだけ動けていて体になんの文句があるのだ、私の体の方がよほど無理をさせてしまっている」などと心の中で思うこともありました。

しかし現実として、せっかく来てくれた方を満足させられていたかは疑問です。

「体は変えられても頭の中までは変えられない」、ある意味開き直ってさえいました。

それが最近気づいたのです、『脳が痛みを作っている』事の本質に。

過去に大きな痛みを経験したことがあり、またあの痛みに襲われたらどうしようという忘れがたい恐怖心、病院で軽いヘルニアと診断され、自分でも調べたらこの痛みはそういう事だったのかと、現実に起こっているわけではないがこういうことがあるという先回りした恐怖心、それどころか自分ではなく他人から聞かされた痛みの恐怖まで、今この瞬間の自分の体の状態ではなく、最悪の状況を常に脳に意識させている、これが痛みの原因であり、あるはずのない画鋲を恐れて体を固くしていた自分と同じことを行なっているのです。

最終的な治癒とは、そこまで踏み込んで脳自体を安心させなければ、本当の意味でこの人が感じている痛みから解放してあげることはできない、そう思うようになりました。

そのためには何をすれば良いのか、そのことが橋本先生が仰っていた、『体が喜ぶことやってりゃ良いんだよ』『気持ちいいことやってりゃ良いんだよ』なのではないでしょうか。

脳が記憶している負のイメージを体が心地良い、気持ちが良いと感じる動きを行うことで、脳のイメージを上書きしてしまえば良いということです。

画像にも表示されませんし、数値化もできませんが、人間の感覚とはそういうものなのではないでしょうか。

そういう不安の方が大きな原因となっている腰痛の方に、『からだほわっと』(私が渡辺先生から学んだときには、単に『指揉み』と称していました)を行なっていると、その時点で痛みを訴えていた部分が楽になっているような気がすると言われるのです。

動きを止めたときに感じる『ジーン』とした感覚も心地よく感じられ、自分が何をしにここへ来たのかも忘れていましたとまで言われるのです。

まさにこれだと思いました、また痛みが出るのではないか、動けなくなるのではないか、そんなことばかり脳にイメージさせ、横になっているときでさえ緊張が緩まなかった体が、こんな気持ち良さを感じたのはいつ以来だろうかとばかりにプラスのイメージで溢れかえり、完全に負のイメージを上書きして消し去ってしまったのです。

「これが橋本先生の言いたかったことなのではないか」、30年以上かかって少し分かってきたような気がしてとても嬉しかったです。
亡くなられた渡辺先生にもご報告し、このことについてお話しさせていただきたかったと心から思います。

問題はやっと見つけたこの感覚を、どうやって実際の患者さんに当てはめるかという問題です。
気のせいにされていると感じられてしまうと、もっと話はややこしくなります、実際にそういう方が何人もいました。

それでも橋本敬三先生が仰られた言葉に自分なりの解釈とはいえ、ひとつの答えを見つけられたようで、何としても言葉に残しておかなければと、今日も昼休みをキーボードに向かって過ごしてしまいました。

今日書いたことは、私のような仕事をしている人はもちろん、西洋医学の医師の方達にも頭において欲しいことだと思います。

それほど重要なことに気付けたことを、我ながら嬉しく思います。

来週末の西本塾に参加してくださる皆さんには、直接この感覚をお伝えできると思います、楽しみにしておいてください。

毎日文章を書いていても苦にはなりません。
私が文章にできるのはこういうことだけで、プロの方には失礼とは思いますが、文章を書くことが仕事にならないかなとまで思っています。

長い文章でしたが、お付き合いありがとうございました、たぶん次の更新は少し間隔が空くと思います。


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西本理論から得られたもの、大輪の花を咲かせてくれました!

今日もブログをご覧いただきありがとうございます。

昨日ツイッターでも紹介した通り、西本理論に取り組み続けたことで、こんな大きな成果を得られましたと言ってくれた三重県の『岩城巧』さんから、今回の大会の詳細の報告が届きましたので、紹介させて頂きます。

私の仕事は、あまり好きな言われ方ではありませんが、いわゆる裏方ですから、仕事の対象が個人であってもチームであっても、ノーヒットノーランをしようが大会で優勝しようが、私には賞状もメダルももらえるわけではありません。
それでも今回の様に、実際にお会いしたのがたったの一度しかないという岩城さんから、今回の優勝そして個人として活躍できたのは『西本理論』に取り組み続けた結果だと言っていただいたことは、何にも勝るご褒美だと感激しています。

私もワクワクしながら読ませて頂きました、しっかり読んでください。

ご無沙汰しております。
とは言いましても、私はいつも西本さんのSNS発信をチェックし、一方的に会話をしてますので、ご無沙汰感はございませんが(笑)

私が西本さんをブログで見つけ、西本さんに興味を持ち、ブログで『西本理論』を自分なりに学び、西本さんに1度だけお会いし、そこからさらに西本理論に取り組み出してから5年近くが経ちます。

以前にも身体への変化、効果が出ていましたので、その度に報告はしていましたが、西本理論がなかなか世の中には広がりを見せないことに悔しさ、残念さがありました。

やはり、そこに正しい理論があろうとも、どれだけの効果があるかは、真剣に取り組んだ人にしか分からず、自分の身体への感覚でしか分からないことなのです。
そして、すぐに結果を出したい人や世の中の固定概念からは抜け出せない人には、西本理論を信じ続けることは難しいのだと年々強く思うようになってました。

(仰る通りです、大きな赤い飴玉を狙って、紐の反対側を探すが如くの近道はないのです。)

そのような中、人々の考えを大きく変えるためには、やはり目に見える誰もが疑うことができない結果という部分が必要なのだとも強く思うようにもなりました。

(このことに関しては既に大きな成果をいくつも挙げてきたつもりなのですが、それでもまだまだ足りないのでしょうか。また対象がプロやそれに近い選手たちだったので、結果が出ても元から凄い選手だったで済まされてきたようにも思います。私がどれだけのことをしたかなど、知られようもないのですが。)

私は、小学生からサッカーを始め、過去には選抜や全国大会と色々な経験を積むことができました。
過去の成績で言えば、全国大会4位というのが、最高の成績です。
そこからプロサッカー選手を目指し取り組みましたが、夢は叶わず就職し、37歳の現在は社会人リーグでサッカーを継続しています。
過去の選抜といえば、県の代表、東海北信越代表といった感じです。

今回9/21〜9/24にかけて、『全国スポーツマスターズ2019』という大会、35歳以上のアマチュアでは最高峰のサッカー全国大会に、東海地域代表の三重県代表として参加してきました。

全国9地域で勝ち上がってきた、各都道府県代表16チームによる全国大会です。
4チームずつ4グループに分かれ9/21〜23は各グループでリーグ戦を行い、9/24は各グループの1位のみで、ノックアウト方式のトーナメント戦を行います。
9/24は、午前中に準決勝、午後から決勝と1日2試合と、かなりハードな日程で行われます。

2年前の同じ全国大会では、自分の身体への効果は感じ報告しましたが、(ブログでも紹介させて頂きました)チームとしては結果は出ず、予選敗退で終えた大会です。

そんな中、やはり今回でも感じたことが1番多かったのは故障を抱える選手が多いこと多いことです。
さらに日程が進むにつれ、新たな故障や疲労感が半端なくのしかかり、他チームを見てもテーピングを巻いている選手、試合中の辛そうな顔の表情、そういう方が増えて行くのを目の当たりにしました。

35歳以上の大会ですので、一般的に考えれば過去に比べれば走力は落ちている、怪我の1つや2つは当たり前、疲労が溜まりやすく動けなくなる、このようなことが当たり前と感じるのでしょうか。

(これぞ世の中の常識、固定概念のなせる技です。それは当然のことで、あがなう事などできるはずがないということなのでしょうね。)

そして、この大会には各都道府県を代表して出てきている選手達ですので、他県には過去にJリーガー、元日本代表といった私よりも遥かに優れた実績を持たれた方も参加しています。

このような中、この大会で『三重県代表は全国制覇』という三重県の歴史にはない記録を残すことができました。

もちろんその中には、チームの団結、運、など様々な要因が重なり掴みとれたことだとは思います。
決して自分が『西本理論』を継続しているから、獲れただけのものとは全く思っていません。

しかし、私は今大会、三重県代表のキャプテンを務めさせていただき、今大会で5得点というチーム内では得点王、大会では正式発表が分かりませんので、大会得点王とまでは言い切れませんが、それに近い数字を残せたことは確かです。

今回私がキャプテンに選ばれた理由を監督から聞いてはいませんが、私が考えるにチーム内ではサッカーの試合において1番の走力(単に持久走があり早く走れるではない)がある、試合の最後まで足が止まることがなく、試合の状況を理解し、最後まで頭を働かせ指示が出せるということがあったのではないかと思っています。

(これです、このことが私がずっと言い続けている、サッカー選手にとって一番必要な能力、90分間頭と体を動かし続ける能力です。)

チームメイトには、私よりも歳上の方もいれば、技術が上手い人もいて、統率力がある人もいます。
その中で選んでもらえたことは、試合中にフィールドの中で冷静な判断が最後まででき、最後まで走り切ることができると思ってもらえたからなのではないかと思っています。

そのようなことができるようになった理由は私には簡単で、西本理論を信じ学び続け継続して取り組んでいるだけなんです、そして、自分の身体と常に会話をし、取り組んでいるだけなんです。

今回このように得点が獲れたことは、ボールの蹴り方、考え方を西本理論をもとに変更してきたため、自分の思い通りに楽にボールを蹴れるようになっているからだとも思っています。

(背中の伸展から膝関節の伸展、これですね。)

中には、過去の実績が凄くても歳を取ったから劣るのは当たり前!そこに勝てたのはたまたま!そう思う方もいるかもしれませんが、固定概念で一般的に行われているトレーニングを行っていればそれが当たり前です。

固定概念では歳をとれば怪我が増え、衰えていきます、この大会に参加するのだから実績のある選手も今までのトレーニング方法でトレーニングは確実にしてきているはずです。
それでも良くても現状維持、昔のように身体が動かない・・そのように感じているのではないでしょうか。

しかし、私は以前の私より、あきらかにサッカーが上手くなり、走力がついているのです。

だから、過去との差を縮める、もしくは追い抜くことができたのだと思っています。

この過密日程の中、さすがに疲労は溜まりましたが、トレーナーのケアを受けることもなく、テーピングを使うこともなく、痛み止めを飲むこともなく、肉離れ等、故障を負うことなく戦い抜くことができ、走り続けることができたのです。
そして、結果として日本一を取ることができたのです。


(凄いの一言です!)

これはもう疑うことのない事実です。
固定概念にとらわれることなく、西本理論を信じ続けることが、自分の身体の向上、それはサッカーだけに言えることではなく、色々なスポーツに対しての向上にも繋がります。

究極、人間が生きて行く上での向上と言えるかもしれません。

人間として生きて行くうえで、怪我がなく自分の身体を知っていくことが、一生健康でいるために知っておくべき知識の1つだと強く強く思います!!

これに満足することなく、色々なことで結果を出し、西本理論=最高理論広がりを見せて欲しいです。

如何でしょうか、「西本理論てなんだよ、FBTって前傾して手をヒラヒラするやつだろう、そんなんでトレーニングになるわけないし、理屈ばかりで実際の役に立つのかね」なんていう声も聞こえてきますが、真剣に向き合い継続してくれた方からの報告は、何にも勝る御褒美です。

岩城さんをはじめ西本理論に取り組んでくれている皆さんは、私のことを知らない方から西本理論て何?と聞かれても、答えに困ってしまうと思います。

私自身がこれまでの試行錯誤の諸々の総称であって、これが西本理論だという明確なものはないと言っているのですから当然のことだと思います。

岩城さんがここまではっきりと西本理論に取り組み、継続してきたことが今回の結果に結びついたと言ってくださっていることに対して、私もそれに応えて現時点でという但し書きはつきますが西本理論を定義しておきたいと思います。

『西本理論とは、本来人間に備わっているカラダの仕組みを利用し、それぞれの目的に対して効率的かつ効果的な連携・連動動作を行なえるようになるための身体運用法』と、定義しておきたいと思います。

これまで試行錯誤してきたこと、現在進行形のものも含めて、この言葉の中にすべて網羅されていると思います。

盟友の風間八宏君の言葉『アンチが5割を超えて一流』というものがありますが、アンチでも少しは私の存在を気にしてくれていると思えば、そういう人にも私の発信していることが正しく伝わるように努力すればいいわけで、岩城さんのように自分にとって何が大事かを見極める能力さえあれば、こんな大きな花を咲かせることもできるということを証明してくれたのですから、さらに広めて行く努力を続けなければなりません。

とにかく自分のことのように嬉しいですし、こんな風に思ってくれる岩城さんに対しては感謝しかありません。

今回の優勝本当におめでとうございます!

そして真剣に取り組み続けてくださってありがとうございます!

これからもよろしく願いします!


『西本走り』は変な走り方か?!

今日もブログを読んで頂きありがとうございます。

昨日予定していたゴルフが、台風の影響で中止となりガッカリしている西本です。

先日ツイッターにも書きましたが、20日金曜日の朝、掃除を済ませ9時からの仕事に備えているタイミングで、ある方から電話がかかってきました。
広島のお隣の市で中学校の教員をされている、私より年長の西本塾生の方からでした。

最近のブログを読んで、感想とご自分の近況をお話しして頂きました。

この方については以前にも紹介したことがありますが、陸上競技の指導をされていて、私から学んだことを伝えようとしても、若い指導者たちが聞く耳を持たないことを残念がっていました。

また生徒の中には、興味を持って取り組んでくれる場合もあるそうですが、このことが私から学んできたことであることを伝えると、内容に関しては頷いてくれても、私が陸上競技の専門でないことを知ると、「なんだそうなんですか」という反応をされると伺い、私の方こそ「それがどうした」と言い返したくなってしまうのです。

それぞれの競技の専門性は理解できますが、私が伝えていることは競技動作以前の体の使い方ですから、陸上競技であろうとサッカ-であろうと、まったく違うところはないのです。

最近連絡がありませんが、やはり教員をされている方で、自分が指導している軟式テニス部以外の競技の選手たちが、指導内容に興味を持ってくれて、一緒に指導して欲しいと言ってきてくれるいう話を聞き、これはとてもうれしいニュースでした。

そんなこんなで色々な話をしましたが、6年以上も書き続けているこのブログですから、我ながら何回同じことを書かなければならないのかとうんざりすることもありますし、読んでいる皆さんも、またその話かと思うことも多いと思います。

それでもその方に言われたのは、「大事なことは何度でも何度でも記事にしてください、それでもなかなか分かってくれない人の方が多いのですから」と、その通りだと思います。

また、毎日更新されていないことが分かっていても、一日一度はブログを開き、私の考え方に接することで、自分の気持ちがブレないようにしているという趣旨の言葉も頂きました。

他にも本当に毎日ブログを開いているという方がいてくださることも知っています、毎日更新とはいきませんが、私が話しておきたいことがある限り、続けて行こうと思います。

さて、ご承知の通り、名古屋グランパスの風間八宏監督の辞任が正式に発表されました。

彼とのことを書き始めると、それこそいくら書いても足りません。
立場は違えど、スポーツ界におけるプロとしての生き様を教えてくれた彼には、本当に感謝しています。

まだまだやり残したことがたくさんあるでしょうし、彼を必要とするクラブもあると思いますから、もう一度彼が求める理想のサッカーを形にするため、頑張って欲しいと思います。

今日の本題ですが、いわゆる『西本走り』と言われているものを実践すると、周りから変な走り方だと言われるという方が殆んどです。

それは、アイドリング動作から始まって、引っ張り出しのドリル、それを交互に行い回転数を上げて行くことでスピードが上がっていくというドリルを行う過程では、そう言われても不思議ではありません。

この体の使い方が、人間の体の仕組みに沿った効率的効果的なものであることも理解してくれます。

ところがドリルとして行う場合には、完璧に出来るようになってくれたにもかかわらず、実際にピッチに入っていくと、私から見ると全く「さっきまでやっていたドリルはどうしたんだ」と言いたくなるような、いわゆる普通の走り方をする選手が殆んどです。

どうしてこうなってしまうのか、ドリルが身に付いていないのか、それともこれまでの走り方が染みついて変えられないのか、はたまたこの走り方がやはりかっこ悪いと思われているのか、色々な原因があると思います。

最近長く指導している選手と話をしている時に、ひとつ勘違いをされているというか、常に肘を伸ばしてだらんとさせていることを私が求めていると思われていることに気がつきました。

これはとても重要な問題で、広背筋を正しく機能させて骨盤の後ろ側を、上腕骨の小結節陵で引き上げることで、股関節をフリーにし、クランク状にはまり込んだ大腿骨が首を振ることで、地面を強く蹴ることなく前に進んで行けるという、西本走りの基本動作の体の使い方において、絶対に分かって欲しいところではあります。

しかし、この体の使い方、特に肘の動きをよく分析してみると、スピードを上げるというか変化させるためには、肘を後上方に振り上げる高さと強さ、そしてスピードが最も重要なのです、アクセルがここにあるからです。

肘を後上方に引き上げる動作を速くするためには、肘が最も引き上げられた状態から、最も肘を伸ばした状態までの可動域のすべてを使い切っていたのでは、足の動きとの整合性、つまり足が速く回転することに追いついていけないことになります。

背中を伸ばし大きくS字状になった背骨で作られてスペースに肩甲骨が引き寄せられるように動いてくれますが、その際当然肘は曲がっていきます。

その勢いで逆側の腕の肘から先は前に振り出されることになります、この動きになっているということはかなりスピードが上がっている状態ですが、この瞬間の動作は普通の走る動作と、見た目はほとんど変わらないはずなのです。

それを肘を曲げてはいけないと教えられたと思ってしまうのか、伸ばしたままで肘を後上方に引き上げようとするから、肘の動きが遅くなりスピードが出ないのです。

肘の上下の動きを速くしようと思えば、これ以上は上げられないという位置まで引き上げることはできないし、肘が伸びきるまで伸ばすことは現実にはできません。

そういう風にやっているつもりが、回転数が上がっていくために、外から見ればそこまで上がっていないし、そこまで伸ばしてもいない、普通に腕を振っている状態とそれほど違わないように見えるということなのです。

ここで間違って欲しくないのは、あくまでも自分ではドリル通りにしっかりと上げ下げしているというう感覚は絶対になくしてはいけないことなのです。

それが全身の連動によってそう見えているだけのことだということをきちんと理解しておかなければ、本当に従来の走り方と同じになってしまいます。

そうなってしまうと、前回にも記事にした、骨盤の角度と上半身の使い方の結果としての着地位置が決まる、ということと同じ理屈で、肘の使い方が骨盤を引き上げるという連係動作には結びついてきません。

ですから、できるだけフリーに動ける局面では、肘は伸ばしてゆったりとぶら下げている方が得だと思います。

得だ損だという言い方は正しくないかもしれませんが、普通に肘を曲げた状態でジョギング程度のスピードで移動していたとして、今ここでスピードを上げてという一歩目の速さが要求された時、その推進力となる肘を引き上げる可動域はどれだけ残っているのでしょうか。

ぶら下がってリラックスしている状態から、強く速く引き上げられる可動範囲とどちらが大きいでしょうか。

落下と捻転を瞬間的に同時に行い、次の二歩目では既に加速状態に入る西本走りの特徴を生かすには、どちらが適しているでしょうか。

このことを実際の指導の中で、もっと理解していただけるようにきちんと指導しないと、ついつい気が抜けると肘を曲げたままの従来の走り方になってしまうという方の意識を変えることは出来ないようです。

昨年の今頃、幼稚園に通う孫の運動会の徒競走を話題にしたことがありましたが、「位置について」から「ヨーイ」で、片足を前に出し、出した足の逆の手を肘を曲げて前に出すと、「ドン」で肘は前後にしか動かすことが出来ず、重心移動のブレーキとなってしまいます。

「ヨーイ」で、肘をだらんと伸ばせば、重心は前に移動する準備が整い、「ドン」で出していた足の逆の手の肘を引き上げることで、さらに重心が前方に落下し、逆に前に振り出された肘を引き上げれば加速が始まり、それを繰り返すことでスピードが上がれば肘の曲げ伸ばしは少なくなっていく様に見えるという流れになっていきます。

毎回書いていて、言葉の説明だけでは分からないだろうなと思いながらも、実際にこのブログを真剣に読んでくださっただけで、私が驚くほどの体の使い方を見せてくれた人もいました。

結果に関しては私の関知するところではありません、それぞれの感覚で取り組んでくれればよいと思います。

これも以前、宇佐美選手の体の使い方について書いたことがありましたが、まさにこの感覚が分かれば彼はもっと自分の強みを発揮出来る選手になると今でも思っています。

結論として、『西本走り』は決して変な走り方だと言われる筋合いは全くありません、固定概念の中で『走るという行為はこうやるんだ』と思っている人たちの方が変なんだと、私は声を大にして言いたいと思います。

ボールを蹴る動作のパワーはどこから生まれるか

今日もブログをご覧いただきありがとうございます。

YouTubeとリンクして、私の考え方を具体的に伝えられるように行動を開始しています。

改めて言うことでもないのですが、『西本理論』という言い方は便宜的なもので、私がこれまで試行錯誤してきたことの中でこれだというものを総してそう呼んでいるだけで、きちんと体系づけられているものではないことをお断りしておきます。

今回アップした動画も、人間の体は6方向に動く可動性を持っていることを、正しく理解してもらうためにシリーズ化してアップしているものを載せる予定でしたが、たまたまサンフレッチェ広島の『青山敏弘選手』のパーソナルトレーナーを務めている、『三男の智志』が協力してくれる時間ができたので、自撮りできないものを優先して撮影しアップしました。

サッカーに関わる人だけではなく、直接指導を受けてくれた人には漏れ無くお伝えしていることなのですが、なぜ私が屈筋重視ではなく、伸筋を主に使うことが大事だと言っているのか、この動作を体験してもらうことで、すべての人になるほどそういうことかと納得してもらうことができています。

私がこの事実に気づいたのは、ほぼゴール正面で至近距離から放たれたシュートが、枠を外すどころかゴール裏のサポーター席に向かって飛んでいくような、とんでもないミスキックになるシーンを何度も見たことでした。

逆に、距離の近遠に関わらず、地を這うような強烈なシュートを打てる選手もいます。

この違いは何なのか、体の仕組みという視点で検証すると、明らかな違いが見られました。

そのことをただの小理屈だと言われないように、どうすれば改善できるのかまで明確に提示したいと考えました。

その答えがこれです。

「よし分かったではこうすればいいんだな」で済めばこんな簡単な話はありません。

何故そうなるのか、体の仕組みはどうなっているのか、ではどういう意識で体を使えばいいのか、そのためにはどんなトレーニング、どんなドリルを行わなければならないのか、全てを準備してあるからこそ、問題提起ができるのです。

太腿の前側にある大腿四頭筋には大きな二つの仕事が与えられていて、一つが股関節を屈曲させること、もう一つが膝関節を伸展させることです。

そして筋肉の最終単位である筋原繊維のアクチン繊維とミオシン繊維は、私の考えた3ー5ー7理論に当てはめると、股関節の屈曲で一度使われ、3の状態に近づいたままでは、膝関節の伸展を行うために収縮する余力は残っていないという事実です。

体の前側の胸やお腹に力を入れて屈筋を使えば、大腿四頭筋も連動して股関節の屈曲という動作を行おうとするのです。

股関節を屈曲した状態から膝関節を伸展させようとするから、膝から下の抑えが効かず高くふかしたボールになってしまうということです。

言葉を並べるとこういう表現になりますが、動画を見ていただければ成る程と頷いていただけると思います。

今回の動画はそこに気づいて欲しい、体の使い方という技術にも目を向けて欲しいという、私のささやかな願いでした。

YouTuberになったわけではありませんが、動画を見て参考になったと思った方は👍ボタンを押していただき、チャンネル登録していただくと嬉しいです。

何故着地の位置は重心の真下になるのか。

おはようございます、連日の更新となりますが、今日もブログを読んで頂きありがとうございます。

昨日は速く走るためにはという視点から、感覚的な部分が中心となりましたが、今日は着地の位置について、体の仕組みという視点から具体的な話をしておこうと思います。

昨日行われた来年のオリンピック選考会となった、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)と銘打った、一発勝負で3人の代表のうち2人を決める大会が行われました。

このブログを読んでくださっている方はサッカーの関係者が多いとは思いますが、ジョギングやランニングの愛好者の方も多いと思いますので、注目してテレビ観戦した方も多いと思います。

ここではその結果に対して論ずるのではなく、夕方6時からのテレビ番組で特集されていた『神野大地』選手のフォーム改造について気になったことがあったので、忘れないうちに書いておきます。

その番組で報道されたこと以外、私には情報がありませんので、本人や関係者の方がもしこのブログを読んだとしたら、分かっていないと一蹴されてしまうかもしれませんが、私から直接指導を受けた方や、このブログを読んで自分なりの理解で『西本走り』に取り組んでくれている方に対して、私の見解を知っていただきたいと思います。

フォーム改造の最大のポイントは、神野選手の着地の位置でした。

これまでの走法での着地の位置は、重心の位置(私は股関節の大転子部分と定義しています)よりも進行方向前側になっています。

昨日書いた速く走るためにはストライドを広げるという現状の常識という意味では間違っていませんが、同じく昨日書いたように、加速されて前方に運ばれた体の重さを、着地の足が体重の2倍3倍の衝撃を受けることになります。

当然ですが前側に着地するということは、前に進むことに対してブレーキをかけていることにもなります。

マラソンのような競技では、その一歩一歩がブレーキとなり、着地にかかる体重以上の重さを後ろ足で蹴る力を必要とすることになり、車で言えばブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいるに等しい無駄なエネルギーを使うことになります。

そのことに着目し、着地の位置をできるだけからだの真下(私の言う重心ではなく体の真下という表現をされていました)にすることで、着地の衝撃を減らしブレーキとならないようにすることで、無駄に筋力やエネルギーの消耗させないようにという工夫は、今に始まったことではなくかなり前から取り組まれていることでした。

単純に考えると、着地の位置を変えることは、歩幅を狭くしたピッチ走法に変えると思う人が居るかもしれませんが、それでは全く意味がありません。

一昔前の日本人選手、特に女子選手の走り方はピッチ走法ではあるけれど、腰が落ちて背骨が丸まり、膝が曲がったままのすり足のような走り方の選手が多く見られました。

着地の位置という側面では足の負担は少ないかもしれませんが、腰や背中の負担が大きく、走り終えた後には背中がガチガチになってしまっているという選手も多く見られました。

これは私がこの仕事を始めた30年ほど前に、地元の高校生ランナーの体をケアしている時から感じていたことです。

日本の女性がおしゃれなハイヒールを履いて歩いた時、骨盤の角度が欧米人のようにはなっていないため、膝が曲がったまま足裏全体もしくはつま先で着地してしまうことになり、見た目がきれいでないことは勿論、足首や膝そして腰痛の原因となっていることは明らかです。

それと同じことがランニングフォームにもいえるのです。

男子選手も当然同じですが、筋力が女子選手に比べて強いので、悪いながらも姿勢を維持し続けていられますが、それが維持出来なくなった選手が脱落していくのは見ていてすぐに分かります。

では着地の位置はどうすればいいのかという問題ですが、『着地の位置をどうするかではなく、体の使い方を根本的に見直したとき、着地の位置はこうなった』という逆説的な結果論でしかないのです。

陸上関係者に言わせれば、私の提唱する『西本走り』の体の使い方など論外で、サッカー選手には良いのかもしれないが、走る速さを競う陸上競技には、取り入れるべきものではないと聞く耳さえ持たないようです。

私の考えている体の使い方をベースにした走法の方が、効率的であり効果的だと認められたとしたら、これまでの指導方法や指導実績は完全に否定されてしまうことになりますから、見たくない知りたくないというのは分かるような気がします。

しかし、そのことで故障者を増やし走ることから離れている子供たち、いやトップランナーも含めてたくさんいるはずですから。

また話がそれましたが、私が提唱している走るという行為の根本理論は、『四足動物の体の使い方』です。

特に、後ろ足の付け根部分、『骨盤の動き』に注目しました。

骨盤に大腿骨がはまり込んでいる部分が股関節ですが、その大腿骨の形状が太く真っ直ぐな骨ではなく、関節部分が内側に曲がった形状であることに深い意味を感じました。

その首の部分が前後に振られることで、太腿の骨は前後に動き、膝関節が自然に伸展と屈曲を繰り返します。

当然足首の関節も同じように動きますから、最も重要なのは付け根の股関節部分、その受け口になっている骨盤の動きと言うことになります。

言葉で言うと『骨盤を縦に動かす』ということになりますが、これについてはYouTubeで骨格模型を使って説明していますので、そちらをしっかり見てください。

広背筋の収縮を、広背筋の唯一の停止部(解剖用語で体の中心部分から遠い筋肉の付着部分)である、上腕骨の小結節陵を後ろ上方に引き上げることで、起始部である骨盤後方の腸骨稜の後ろ3分の1にあたる部分を連動して引き上げることで、自然に大腿骨が前後に振られ、地面を強く蹴ることなく推進力を得ることが出来るのです。

広背筋をうまく収縮させるということは、平たく言うと背骨が反ります、いわゆる良い姿勢です。

背骨のS字が大きくなることで、肩甲骨の可動域が広がり肘を後ろに引きやすくなります、肘はだらっとぶら下げておくのではなく、スピードが増すにつれて自然に肘の引き上げが大きくなり、前腕の力を抜いていれば肘が自然に曲がります。

意識して後方に肘を引いた反動で、反対側の前腕は前に振っているように見えますが、これは意図して振ったのではなく、反動で振られたものであることを知っておかなければなりません。

こうして骨盤と背骨を使って、背中側が伸展という動作を行ってくれたことで、骨盤の角度は前傾ではありませんが、後ろ側が引き上げられ腰高で高い重心が保たれます。

こうして作られた骨盤から上の姿勢、この姿勢の中で太腿の骨はどこまで前側に振り出されるでしょうか。

そうです、股関節が伸展した状態ですから、進行方向に対して最も先行して進むのは、どこででもない股関節そのものとなります。

厳密に見れば、股関節と言うよりも腸骨の前側の部分というのが正しいでしょうか。

その部分が先行した後に、足の裏を着かざるを得ない状態になる、だから着地を意識してどこに着地をするだとか、どの部分を着地させるかという議論はないのです、前に振り出そうと思っても先行した骨盤の真下にしか着けないのです。

背中側の伸展、股関節の伸展、これだけで前に進んで行くように人間の体は出来ています。

この考え方に興味を持ち指導を受けてくれた陸上競技の指導者は、これまでたったの二人です。

おひとりは広島の隣の廿日市市という町の中学校の教員をされている方で、私より年長の方ですが定年後も若い教員を補佐して指導に当たっているそうです。
ケガや故障の絶えない選手たちを長年見てきて、何かが違うとアンテナを立て続けた結果、私の考え方に辿り着いたそうですが、何度か直接お会いして指導させていただきましたが、陸上界は私の理論を全く受け付けないと嘆いていられました。

その顛末は過去記事にも、ご本人の感想を含め書いてありますので探してください。

もうお一人は、どこから来られたのか覚えていませんが、ご自分も長距離選手として活躍し、今指導者として選手と接していく中で、やはり私の考え方に興味を持ち、直接指導を受けたいとやってきてくれました。

親子ほどの年齢差の私が、現役を離れたとはいえ元選手のその方と一緒に軽やかに走る姿に驚いていました。

残念ながらそのお二人だけです。

また親子で私の指導を受けに来てくれた中学生のお父さんが、着地の位置は体の真下にという指導は過去にも受けたことがあるが、指導している人間の動きを見ると、そうなっているようには見えなかったと言われていました。

私の動きを見てそういうことだったのかと納得してくれました。

ただ着地の位置はここだという指導をされても絶対にそうはならないのです。

何度も言いますが、『着地の位置は結果』なのです、だからこそ体の負担が少なく、前に進むことに対するブレーキにもならず、効果的効率的に前に進むことが出来る、ということになります。

陸上競技をやっている選手、指導者の皆さん、固定概念にすがって他の人と同じことをやっているのは楽かもしれませんが、選手の故障やケガを減らし、人間という動物としてあるべき体の使い方で現状を変えて行くことに挑戦してみてはいかがでしょうか。

毎年正月の箱根駅伝を見ながらああだこうだとツイートしていますが、どこにも誰にも届いていないようです。

誰か一人でも私の言っていることに気付いてくれればと記事にしておきます。

速く走る方法は、速く前に進みたいと思うこと。

おはようございます、今日もブログを読んで頂いてありがとうございます。

気楽に読んで頂ければと思います。

日々色々なことがありますが、ツイッターやフェイスブックに書いた、競輪選手の『山賀雅仁』さんのことは、大きく心に響きました。

昨年の夏、微力ながら災害ボランティアに参加させていただいた時に、高齢でありながらボランティアの神様のような方の存在と、『かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め』という言葉を知ることとなり、大きな感銘を受けました。

今回の山賀さんの行動は、色々な意味で人と人が支え合うことの意味を考えさせてもらう大きなきっかけとなったと思います。

さて今日テーマ、『速く走りたければ、速く前に進みたいと思うこと』と書きましたが、これは一つの真理であると思っています。

スポーツを行うにあたって、ほとんどの競技で、いわゆる足の速さが要求されると思います。
遅いよりは速い方が有利であると考えるのは当然のことだと思います。

しかし私は、誤解を恐れずに書き進めますが、ある地点間の到達時間を競っている競技は陸上競技だけであって、他の競技においては地点間のスピードより、もっと重要な要素がたくさんあると思っています。

サッカーの選手や指導者に対してもこのことは一番最初にお話ししています。

そこに加わってくる要素は多岐に渡りますが、何よりも重要なことは、自分が今どこに居てどこに移動しなければならないのか、またそのタイミングはいつなのか、それらを瞬間的に判断する能力こそが求められるのではないかと考えています。

野球の盗塁でも同じですが、投手のモーションに合わせてどれだけ早くスタートを切れるか、それが成功を決める一番の要素です。

どんなに地点間のスピードがあっても、その判断力が悪ければ、自分より足が遅いと思っている選手の方が、必要な場所に早く到達しているかもしれません。

この分野に関しては私の担当ではなく、それぞれの競技の指導の中で身に付けて行くものであると考えます。

私に出来ることは、その動き出す瞬間の体の使い方そのものです。

一般的に走るスピードというのは、歩幅の広さと足を運ぶ回転数の積と言われています。
ストライドを広げピッチを上げるために、様々なトレーニングが工夫され、さらには筋力の向上が求められています。

現状あまり足が速くないと思っている人が、こういう観点からの指導を受けると、ほぼ全員がスピードの向上を実感することが出来ると思います。

私はその効果は認めますが、明らかに間違っていた体の使い方を、走るという行為に特化して追求してきた人たちが理想と掲げる動きに近づけただけのことです。

本来出せるはずのスピードを、間違った体の使い方で発揮出来なくしていたに過ぎないのです。

そうやってある程度のスピードの向上を感じた選手たちは、そのスピードをそれぞれの競技にストレートに活かせるのでしょうか。
またそういう走り方が推奨され、指導されている現状の中で、体の故障という負の側面に目は向けられているでしょうか。


このことには何度も触れてきましたが、今日は単純にもっと楽に速く走れるようになる方法はないのかというのがテーマです。

過去多くの人に「どうやったら足が速くなりますか」、という質問を受けてきました。
単に50メートル走の記録を、コンマ1秒でも縮めたいというのか、それともサッカーなどの競技で要求される、一歩目の速さが欲しいのか、どちらにしても私の答えは同じなのですが、それが今回のテーマとした、『速く走る方法は、速く前に進みたいと思うこと』、という言葉に集約されるのです。

「何じゃそれ」と思われるでしょうが、極端な話、凶暴な犬に追いかけられて時、腕の振りを速くしないとピッチが上がらないとか、膝を引き上げないとストライドが広がらないとか、そんなことを考える余裕があるでしょうか。

恐怖で何も考えることが出来ず、ひたすらその場を離れようとするだけではないでしょうか。

人間には目的地に到達するための移動手段として歩くという行為が与えられ、そこに少しでも早く到達したいという欲求が生まれたことで走るという行為を行うようになりました。

人間という動物に生まれた私たちには、それぞれの動物たちに与えられたと同じように、体をどう動かすかという仕組みが備わっているはずです。

それが現状正しいと言われている走り方を行った時、心肺機能も筋肉の疲労もとても大きいとは感じないでしょうか。
それは当然のことで、だから走ることが苦手どころか嫌いと言う人まで出てきてしまうのです。

今は見てはいませんが、オリンピックに向けてのマラソンの代表選考レースが行われていますが、あれは本当に特別な人たちが行うことで、見る分にはいいけれど、私はちょっとそこまででも走りたくないという人も多いと思います。

そこなんです、その走ることによって感じるマイナスな要素が、本当に必要なことなのでしょうか。

息は上がり筋肉は疲労し、こんな行為のどこが楽しいのか、ならばそのマイナス要素を少しでも減らすことは出来ないのでしょうか。

それが私の提唱している走るという行為における体の使い方です。

直接指導を受けて頂いた方からの感想の中に書かれていた言葉ですが、西本走りのあるあるとして、「それなりのスピードでそれなりの距離を走っているにもかかわらず、いつものように息が上がってこない、表情をゆがめることなく楽に走れている、一度止まってアドバイスを受けた後、すぐに走り出せてしまう、このまま何時まで走り続けられそうな気持になってしまう」、にわかには信じがたい感想が、多くの方から寄せられているのです。

それはなぜか、すべての動きが体の仕組みに沿った効率的な動きだからです。

それを可能にするためには、これまで信じてきた固定概念や、現在取り組んでいる様々な身体運用法などを一度取り払って、今この瞬間に体が本当にこの動きを楽しんでいるかを感じる心の余裕が必要です。

過去何人かの方が、他の多くの方と同じ体の使い方が出来なかった原因はそこにあります。

スピードの話に戻りますが、とにかく考えることは、移動したい方向に速く動き出したい、速く到達したい、それだけなのです。

そこに細かい技術は必要ありません、と言いながらあなたは様々なドリルを考案し指導しているではないか、と言われると思いますが、私の指導していることは、『これまで体をそういう風に使ってこなかったけれど、こういう意識でこういう風に体を使えば、自然に体を素早く移動させることが出来ますよ』、ということを、それぞれの体に思い出してもらっているのです。

今まで行ってきたこととの違いから、難しい、身に付けるのに時間がかかる、いくらやっても身に付かない、そんな声も聞こえてきますが、中には数時間の指導で私の伝えている意味を理解し実践できるレベルになってくれる人もあります。

そして一度身に付いてしまうと、これまで当たり前だと思って行ってきた走り方には戻れなくなるのです。

まさに本能です、楽に素早く動き出せて疲労も筋肉の疲労も少ないと分かってしまえば、体がどちらを選ぶのかは当然の結果なのです。

細かい体の使い方を改めて文字にはしませんが、過去記事に何度か書いてきたはずです。

その場に静止した状態から動き出すことはさすがに難しいです、そのために考えたのがアイドリングという動作です。
これに落下と捻転という動作が加われば、地面を蹴り込む筋力や、体重の2倍や3倍といわれる着地時の衝撃も感じる必要がありません。

指導しているドリルを最初は難しく感じることがあっても、体そのものが分かってしまうと、特に意識することなくその動きになってしまいます、何度も言いますが人間の体がそう動くようにできているからです。

そのために最低限必要な筋肉の収縮が、広背筋だということで、FBTだけは正しくやっていただいた方が良いと思います。

FBTや各種のドリルで目覚めた本来の体の仕組みを使って、後は『自分がどの瞬間どこへ動き出したいのか、そしてどれだけ早くそこに到達したいのか、その思いが強ければ強いほど速く走れる』のです。

感覚的な説明に終始しましたが、あまりにもさまざまな身体運用法や、走るという行為の指導方法が、本来もっと簡単なはずの体の使い方を邪魔しているように感じ、こんな記事を書きました。

良い姿勢とは次の動作にスムーズに移行できる状態。

今日もブログを読んで頂きありがとうございます。

先日のサッカー日本代表対パラグアイの試合、久し振りにスマホ片手にツイートしながらのテレビ観戦となりました。
私がサッカーの試合を見る視点は、選手個々の体の使い方という単純なものです。
人間としてもって生まれたそれぞれの能力を、サッカーという競技の選手として効率よく発揮できているか、その一点です。

国際親善試合ですから、パラグアイのチームはこの試合のためにコンディションを調整し、ピークを合わせてきているわけではありません。
日本チームもそういう意味では海外のクラブに所属している選手が殆んどですから、似たような条件ではありますが、さすがにホームですからコンディションの面で言えば日本有利は間違いないと思います。

試合開始から日本のテンポの速い攻撃が続き、パラグアイのディフェンスは防戦一方と言っても良いくらいのプレッシャーを感じていたと思います。
日本チームを甘く見ていたとは思いませんが、これほどの圧力で攻めてくるとは正直思ってはいなかったのではないでしょうか。
聞けばデフェンスにはかなり自信を持っているチームのようでしたから、特にそう感じたと思います。

ここで今日のテーマに視点が移るのですが、パラグアイの選手、特にディフェンスの選手たちの姿勢が気になって仕方がありませんでした。

ボールを保持した選手に対して、腰が引け頭が下がった姿勢で、左右の動きにまったく対応できていなかったのです。

本来欧米や南米の選手たちの体は、生まれた時から伸筋主動で、骨盤が程よく反って背骨のラインがとてもきれいです。
ですから、動き出しの時にも力みがなく、背骨がしなやかにしなるように動いて、本当に羨ましいような自然な動きとなります。

対して我々日本人は、遺伝的と言うのでしょうか、骨盤の反りが少なく、背骨全体のS字も小さいのが特徴です。
そうなると、動き出す時にも体の前側の屈筋群が主動となって、見た目にも力んだ動きとなってしまいます。

私は西本塾等でお話をさせていただく際に、『屈筋は緊急避難の際に使われる筋肉である』と言う言い方をしています。

これは、四足動物の体をイメージしていただくと分かると思いますが、本来体の前面は守るべき対象ではなかったはずです。
余程ぼんやりしていたとしても、気がついたら天敵にお腹をがぶりと噛みつかれていたなどと言う状況はないはずですから。

それが二足歩行になった我々は、体の前面を常に相手に晒していますから、何千年何万年か前の我々の祖先は、他の動物に襲われないために体の前面を常に意識しておかなければならなくなりました。

襲われた時の対応、まさに『緊急避難の際に使われるべき筋肉』なのです。

体の前側には心臓や肺といった臓器があり、それを保護するように肋骨が周りを囲んでいます、それを更に保護するために胸の筋肉があるのです。

人間が運動をする、骨盤と背骨を中心とした6方向の動きですが、それを動かしているのは前側の筋肉ではありません、背骨を動かしてくれるのは背中側に位置する筋肉です。

その際に、前側の筋肉が収縮して固まってしまうと、背中の筋肉が背骨を動かそうにも、前側がブレーキとなって、思うように動かせないのです。

このことは何度も触れてきましたが、ディフェンスの選手が、相手の動きに対応して前後左右に素早く移動しなければならない時に、腰が引け頭が下がり体の前側の筋肉が収縮した状態になってしまったら、本来発揮できる背中の筋肉を使ったしなやかな動きとは程遠い、まさに右往左往の状態になることは明らかです。

にもかかわらず、今回のパラグアイの選手たちはそういう姿勢を取らざるを得ない状況となりました、想定を超えた緊急避難の状況となったのです。

本来私の言う正しい姿勢、次の動作にスムーズに移行できる、前側の筋肉がリラックスして骨盤と背骨をしなやかに使って動き出すことが出来るはずの選手たちが、そうできなくなってしまうのです。

これは明らかに、彼らが自分たちの特徴である背中を使えるという事実を、あまりにも当たり前のことで、それが長所というかアドバンテージになっているなどとは考えていないからだと思うのです。

直接そう聞いたわけではありませが、多分何を言われているのかも分からないと思います。
だからこそ今回のように、我々日本人にも付け込む余地があると思うのです。

良い姿勢はそれぞれの体で個体差があると思います、ある選手は立気味かもしれないし、ある選手は少し猫背気味に見えるかもしれません。

どんな風に見えようとも、本人が自信を持って次の動作にスムーズに移行できるという自信があればそれで良いと思います。

しかし、本人がその気でも明らかに力んでいてその場に居着いてしまい、動き出しを地面反力に頼った動きで、相手に対応できていなければ、本人が何と言おうと改善してもらわなければなりません、見た目や気持ちだけではどうしようもないことですから。

昨日は縁があって二度指導を受けてくれた高校のチームの応援に行ってきましたが、高校生がどこまで私の指導したことを表現してくれるのか、私の理想を求めて良いものか、正直私自身が判断しかねていますが、試合後の監督の話を聞くと、選手たちの動きに変化があり手応えを感じてくれているということなので、それはそれで良しとしなければならないのでしょう。


とにかくそれぞれの体にとって良い姿勢というのは、『次の動作にスムーズに移行しやすい姿勢』ですから、それを自然に形作るためには『FBT』は大きく貢献できると思います。

今朝も智志が指導している選手のトレーニングを見ながら、3人でそんな話をしましたが、高いレベルで活躍する選手から見ても、私の発想や話す内容には頷くばかりで、どうしてそんな見方が出来るのかと驚いていました。

常に何かを求めて固定概念を捨て、素直に人間の体の動きを追うと、色々なことが見えてきます。

明日は9月9日、『conditioning studio操』を開設して6年になります。
地に足を付けて一日一日頑張っていきます、その積み重ねが10年またそれ以上になるように継続していけたらと思います。

入口は人それぞれ、何を求めるかによって取り組み方は違って当然です。

今日もブログをご覧いただきありがとうございます。

まずはお知らせです。

10月5・6日に予定しております、『第30期西本塾』の募集を行います。

固定概念を離れ、私の考え方に向き合ってみたいという方の参加をお待ちしています。
詳細は『ConditioningStudio操』のホームページ内にある、募集中のところをご覧ください。
また、11月に予定しております『西本塾を深める会』ですが、24日日曜日のみの一日開催とさせていただきます。
2020年の開催予定も記載しておりますので、合わせてご覧ください。

さて、YouTubeにアップした、「究極のセルフコンディショニング、体と対話する『西本体操』」と題した動画、もうご覧いただいたでしょうか。

タイトルが仰々しい割には、やっていることは大したことはないじゃないかと言う感想を持たれた方も多いと思います。
こんなことなら普段からやっているよと言う方もいるかもしれません。

動画を撮影する際に無言で行い、一切の解説を付けなかったのには意味があります。
「足の位置はこうしてください、手はこういう風に伸ばしてください、背骨はこうやって捻じってください、しっかりと捻じって可動域を大きく使ってください」、もし私がそういう言葉を発しながら行ったとしたらどうでしょう、皆さんはその言葉に忠実に行うことを求められていると感じることでしょう、これはもう体操以外の何物でもなくなってしまいます。

『西本体操』という言葉も使いましたが、毎度のことで皆さんがこの動きを話題にしていただく際に名前が必要だと考え、便宜上そう呼んでもらうことにしました。

『西本走り』と同じレベルの話ですので、深い意味はありません。

この動きの本質ですが、自分の体と向き合って、体の言い分に耳を傾ける行為を『体と対話する』と呼んでいます。

「単に両膝を立てて左右に倒す、しっかり体全体を捻じるではなく、静かに横たわった体の状態はどうなっているのだろう、床と触れ合っている部分はゆったりしているだろうか、立っている状態とは違い、どこにも力を入れる必要がないはずなのに、どこか力が抜けないというかリラックスできていないような・・・」などなど、床に横たわっただけでも静かに体と向き合うと、普段考えたこともないような様々な感覚が伝わってくるはずです。

立った状態から横たわるとき、横たわった状態から膝を立てたり、両膝を開いて足の裏を合わせた姿勢に移ろうとしたとき、体の隅々から色々な声が聞こえてくるはずです。

我々はそんな体が発する声に耳を傾けることもなく、たんに腰が痛いだ肩が凝っただと、現状の不具合を嘆き、痛みを発するその部分だけに意識を向けてしまいます。

膝を右に倒して背骨を捻じったら、左より固い気がするので、もっとしっかり捻じって(ストレッチして)柔らかくしておこう、体の言い分ではなく、自分の都合を体に押し付けてはいないでしょうか。

「何故こんなに固いんだ、もっと柔らかくしておかなければ」、そうやって体を痛めつけていることには気づかず、道具のメンテナンスのような発想で体を使ってしまっている人のなんと多いことか。

体と対話できるのは、誰でもない自分自身しかいないのです。

「自分の体のことは自分が一番わかっている」と豪語される方がいます、そういう方こそ、自分の体を道具としか見ていないのです。

不具合があることは誰にでも分かります、ではなぜそうなったのか、どうすれば元の体に戻れるのか、本当の意味で自分の体のことを知っている、知ろうとしている人はいるのでしょうか。

最初はYouTubeの動画に映る私の動きを見ながら、真似をするだけで結構です。
回を重ね月日を重ねると、基本的に何をしているのかは理解できると思います。

また私の動き方と自分が心地良いと感じる姿勢や動き方が違うことにも気がつくはずです。

動きのスピード、この辺りがいいかなと数秒の間たわめている感覚、そこから脱力するタイミング、静かに体が本来のポジションに戻ろうとしている間を楽しむ時間、次の動きへの動き出し、基本3つの動きを対にした6方向を、3往復ずつやっていますが、この動きはもう一回やりたい、体が順番を変えて欲しいと訴えているなどなど、やればやるほど「これはストレッチでも体操でもない、なんて言えばいいんだろう、とにかく体が喜んでくれているのが分かる」と言う境地に近づいていけるはずです。

人間の基本的な構造である、骨盤と背骨を中心とした6方向への可動性と連動性、これを錆びつかせることなく、動かし続けることなしに、○○体操○○トレーニングを行っても、本来備わった機能を十分に発揮できる状態にはなり得ないと思うのです。

だからこそ大げさに聞こえるかもしれませんが『究極の…』という言葉を使わせてもらいました。

あなたの言うことは理屈ばかりでと思う方は、それでも結構です、やってみたけれど何の効果も感じないという方もいるでしょう。
本当に効果を感じられるのは、何かが改善されたとか痛みが和らいだということではなく、今日今現在の自分の体の状態を把握できているということです。

もちろんそういう実利もありますが、普段の自分の体を知ることなく、どこが痛い、どこに違和感があるということでは、ではどうなることが楽になったと言えるのか、これくらいの状態になれば何とか日常生活は大丈夫だなと言う、まさに自分にしか判断できない基準が出来てきます。

それを教えてくれるのは自分の体しかないのです。

私は施術を行う際、本来分からないはずの相手の体になりきって、本人さえ気づいていない体の状態を見極め、どういう動きをすれば元の状態に戻ってくれるのかを探す作業を行います。

それはあくまでもお手伝いであって、私が治したとかと言う話ではありません、どこかの誰かが助けてくれるのではありません、
自分の体と対話し、体の発する声に耳を傾けることが出来れば、自分の体は自分で治せるということを、声を大にして伝えたいのです。

沢山の人間の体と対話させていただく中で感じてきたことを、その瞬間瞬間のひらめきで、パズルのように組み立てて、最良の動きを探しています。

私に出来ることにはもちろん限りがあります、あと何年出来るかも分かりません、だから伝えたいのです、『自分の体と対話してください』と。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
日々の気づきやブログの更新情報はツイッターに書いていますので、チェックしてみてください。
2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
「西本塾」と「深める会」を開催しています。
4月19日に行う深める会の募集を行っています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください.
「1回5分体が喜ぶ健康術」はアマゾンで在庫切れのことが多く、購入希望の方にはご迷惑をおかけしています。
出版元からの購入は可能ですので、ガリバープロダクツ(代)082-240-0768までお問い合わせください。

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