FC2ブログ

夢は思いを表しているとは言いますが・・・。

今日もブログを読んで頂きありがとうございます。

またまたあっと言う間に1週間が過ぎ、気が付けばパソコンに向かっている私でした。
今日もたわいのない雑感ですので、何かを期待してページを開いて頂いた方は、スルーしていただいて結構です。

それにしてもこのブログの反応は読めないことが多く、前回の記事では「いいね」👏は16と少ないのに、フェイスブックへのシェアは59と、私のブログの中でも多い数字となっていて、皆さんが何を思ってそうしてくれているのかさっぱり見当がつきません。

まあこのブログは、ある意味私の一方的な発信ですから、反応を気にしても仕方がないのですが・・・。

今日は本来なら久し振りのゴルフのラウンドに出かけている予定でしたが、悪天候が事前に予想され、土曜日のうちに延期の連絡を受けていました。

1週間の猶予を頂けたと、午前中は練習場で2時間半も打ち込んできました。

相当な数を打ってきましたが、それには少し訳がありまして、誘って頂いた方のお孫さんと一緒に回ることになっているのですが、4月に中学生になったばかりの彼が、なんと70台で回ることを聞いてしまったのです。

小学校3年生頃からゴルフスクールや野球クラブに水泳教室、加えて学習塾と、まさに今どきの子供さんは大変だなという典型的な生活をしていたようですが、5年生になってスポーツはゴルフに専念したいという気持ちになったそうで、そこからメキメキ上達して、あっという間に80を切るスコアで回るようになったそうです。

おじいさんに当たる私がお世話になっている方は、それこそ子供の頃からゴルフをやっていて、大学時代は同志社大学のゴルフ部出身という筋金入りのアスリートゴルファーーです。

73歳になられましたが、既に10年以上私の指導でトレーニングを継続されていますので、同年代の方に比べれば圧倒的な飛距離を誇っていますし、年代ごとの試合にも出場されているバリバリのアスリートゴルファーです。

それがこの最近は、そのドライバーの飛距離でもかなわなくなったと言われるのです。

これはもう恥ずかしいゴルフは見せられないと、今更ですが長時間に亘って打ち込んできたという次第です。

生まれ育った環境はどうにもなりませんが、小学校低学年からゴルフを習わせてもらえる家庭に生まれた子供には、42歳から自己流で始めた私のようなアマチュアゴルファーが、負けてたまるかというのは少し無理があるようです(涙)

来週は天気も良さそうなので、いよいよ本番となりそうですが、どうなりますことやら😅

さて先日のことですが、ある方から電話がありました、テレビ局の○○さんという方からでした。

新型コロナウイルスの影響で、プロスポーツが何時開幕できるか誰にも想像できないという未曽有の非常事態の中で、地元広島のテレビ局はどこも番組の編成に四苦八苦していることは、一視聴者として想像に難くない状況です。

他の地方にお住まいの方には想像できないかもしれませんが、今の広島は何をおいてもカープカープ、カープの番組さえ流しておけば視聴率はとれると言っても過言ではない異常なほどのカープ人気の街なのです。

ですから今は過去の優勝シーンのダイジェストや、歴代の名選手の活躍ぶりを再編集した番組など、どの局も大変なんだなというのが手に取るようにわかります。

そんななかNHKが目を付けたのが、今年から采配を振るう『佐々岡真司新監督』でした。
彼の特集を企画し、彼をよく知る人間を取材することで、投手佐々岡真司、人間佐々岡真司に深く迫ってみたいということのようでした。

企画としてはとても良いところに目を付けたと思いますが、私の知る限り彼は自分のことを多くは語ろうとはしないはずですし、彼をよく知る人たちこそ、そのことは十分承知しているはずですから、誰に取材を申し込んでもテレビ局側が求めるドラマ性のある話を聞きだすのは難しいのではと、個人的には思います。

私のことはネットを検索して調べたようで、私がどういう仕事をしてきたかもほとんど知らないでやってきました。

マスコミの取材は、例えば1時間話をしても、実際に使われるのはほんの一言で、それも相手側の制作の意図に沿った内容になることは、過去の経験でよく分かっていますので、当たり障りのない聞かれたことだけ答えればいいと取材に応じましたが、さすがに話を聞きだすのが仕事の人ですから、なんだかんだと2時間も話し続けてしまいました。(木崎信也さんとのやり取りを思い出しました(笑))

実際に企画として採用され、番組として放送されるかどうかは分かりませんし、私が話した内容がそこに反映されるかもわかりませんが、彼が引退したのが2007年10月6日、あれからもう14年半が過ぎ、あまり細かいことは覚えていませんが、久しぶりに野球の仕事にどっぷり漬かっていた頃の自分を懐かしく思い出させてもらいました。

私はこれまで様々な環境で仕事をさせてもらいましたが、そこを離れ次の環境に移る際は、過去の思い出、特にチームから支給されたものは持ち出さないことにしていました。

私のような仕事をしている人は、関わったチームや選手のユニフォームやサイン色紙を施設に飾る人が多いですが、私は一切そういうことはしません。

それらはすぐに過去になっていくことで、いま目の前にいる選手や一般の方には何の関係もないからです。

とは言いながら、私のタンスの中には佐々岡投手が引退する年に着用していた、背番号18の公式ユニフォームと、一緒に仕事を始めた年、彼の18年の現役生活の後半のスタートとなった年の5月に記録した、『ノーヒットノーラン』そして、あの江夏豊さん以来二人目となった『100勝100セーブポイント』を記録した日のサイン色紙、そして宮崎キャンプの折、シーズンで使用するため、未使用な状態でメーカーから持ち込まれ、彼が選ばなかった方のグラブを無理を言ってその場で譲り受け大切に保存しています。(実は三男智志が小学生の時、ソフトボールのチームに入っていて、練習の手伝いでそのグラブを使用していたという何とも贅沢なことをしてしまいましたが。)

私の仕事には賞状もトロフィーもありませんが、この二つの大きな記録は、私にとっても大きな勲章であると自負しています。

野球の昔話をしたからでしょうか、昨日は夢でリアルに試合中のベンチの自分がいる夢を見ました。

しかし、登場人物に佐々岡投手の姿はなく、ベンチに居たのは通算7シーズンを戦った、社会人野球『三菱重工広島』の選手たちでした。

3度の出入りがありましたが、それぞれの年代の選手が混在していて、何と監督はサンフレッチェ広島とヴィッセル神戸でお世話になった『スチュワート・バクスター』さんという、なんとも支離滅裂な布陣でした(笑)

今シーズン限りで『三菱重工広島』の名前も、ユニフォームも見ることができなくなることが決まってしまい、そのことが頭の中にあったのかもしれません。

野球選手と一緒に戦う私は、夢の中でもとても熱かったです、もう一度あの頃に戻りたいような戻りたくないような、とにかく必死に戦っていました。

コロナの影響でなかなか私の仕事も日常を取り戻せないでいますから、過去を振り返るような夢を見たのかもしれません。

まだまだ思い出を振り返るより、まだ見ぬ明日を楽しみに生きて行きたいと思う今日この頃でした。


スポンサーサイト




プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
日々の気づきやブログの更新情報はツイッターに書いていますので、チェックしてみてください。
2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
「西本塾」と「深める会」を開催しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報・募集中」をご覧ください.
「1回5分体が喜ぶ健康術」はアマゾンで在庫切れのことが多く、購入希望の方にはご迷惑をおかけしています。
出版元からの購入は可能ですので、ガリバープロダクツ(代)082-240-0768までお問い合わせください。

最新記事

カレンダー

04 | 2020/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

カウンター

検索フォーム

QRコード

QR

フリーエリア

http://ecx.images-amazon.com/images/I/51P40WM8EQL.jpg