本気の野次馬根性

昨日今日と個人指導を受けに来ていただく方があります。

昨日来ていただいた方は、現在真剣にスポーツに取り組んでいるとか、指導者として活動している方ではありませんでした。

学生時代には真剣にサッカーに取り組み、プロという夢に向かって頑張っていたそうですが、その夢は果たせず、それでもアマチュアとして競技は続けてきたそうです。

現在37歳の方ですが、数年前お子さんが生まれたことをきっかけに、家族との時間を優先するために自分の趣味であるサッカーの時間を減らしたそうです。

とはいっても自分自身のためのトレーニングは怠りなく継続し、より良い動きを追求していく中で、私の考え方に出会い、どうしても直接自分で体験したいという思いで、東京からやってきてくれました。

とくに私の提唱する走るという動きに関しては、文字だけではどうしてもその感覚がわからず、このまま知らないままではいられないと、それはもう本気で広島行きを検討したそうです。

小さなお子さんと身重の奥さんを置いて、自分のためだけの目的での広島行きには、多少の後ろめたさもあったそうですが、どうしても見たい体験したいという野次馬根性が勝ったようです。

ですからそれはもう真剣でした、私の一言一言を聞き漏らさないようにメモを取りながら、実技を体験し少しでも納得がいかなければすぐに質問が返ってくるという緊張感にあふれた時間を過ごすことができました。

もちろん初対面ですが、最初に私はいたって普通の人間ですが、人がなんとなく当たり前だと思ってやり過ごしていることに対して、本当にそうなのかと自分が納得できないと、とことん追求して真理を探りたいという性格であるということが、そういうことをしたがらない人とは少しだけ違っているかもしれないということをお話ししました。

またそういう人間に興味を持ち、色々なしがらみの中、わざわざ広島まで来てしまった◯◯さんも、同じ匂いを感じる同類の方ですねという言葉で、すぐに打ち解けることができました。

私のトレーニングに関する考え方や方法論は、ご自分が過去にスポーツに真剣に取り組み、競技力を向上させるために真剣に努力してきた方ほど、あまりのギャップに戸惑い、それとともに興味が湧いてくるようです。

あれほど真剣にトレーニングに取り組み、良かれと思っていわゆる筋力トレーニングも行って、他の選手には絶対に負けないという筋力や筋量を獲得したにもかかわらず、その努力に見合う競技力の向上が得られなかったのか、同じような疑問を持ってここにやってきた選手はすでに何人もいます。

それがどうしてだったのか、頑張ってきた人ほどその答えを知りたいと思うのは当然のことでしょう。

「あれだけ頑張ったのに、あの努力は一体何だったんだ」、少なからず誰の胸の内にもそういう気持ちはあると思います。

私の考え方に触れて、もしかしたらここにその答えがあるのかもしれない、ならばどうしてもそれを知りたい、思いはどんどん膨らんでいくのでしょうね。

もしかしたら同じ思いに駆られている方も多いかもしれません。

私の話を聞いていくうちに、自分がやってきたことは全く逆のことをやってきたのではないか、ただその時点ではそれが正しいと、ほとんどの人間は思っていたはずで、自分だけではなく周りも全て同じ発想で行っていたはず、ならば自分はどうしてその中で抜きんでた存在になれなかったのか。

様々な思いが交錯すると思います。

色々な要素があるとは思いますが、同じ発想の努力であったとしたら、それに対してして人一倍真剣に取り組みすぎた、言葉は悪いですが、馬鹿正直に真面目に取り組みすぎたことが、本来の目的とは違った方向、まさに体づくりのためのトレーニングになって行ったのではないかと思います。

筋肉の仕事は骨を動かすことです、その筋肉は脳からの指令を受け、言われた通りの仕事をしてくれます。

間違った動きを繰り返し行わせれば、その動きを必要とされていると信じて、一生懸命にその動きを再現してくれます。

その時、ほとんどのトレーニングで主役として活躍しているのが屈筋たちなのです。

歯を食いしばり、1キロでも重く1回でも多くと頑張り続けた結果が、自分が本来こういう動きができるようになりたかったという方向性とは違ったものになってしまったのです。

誰のせいでもありません、みんなそれが正しいことだと思っていたのですから。

「みんなが正しいと思っていること」、私も最初はそう思っていました。

自分の体を少しでも大きくしたい、筋力を付けたい、そういう思いでトレーニングを始め、それなりに成果も出ていました。

そして自分とは遥か違うレベルの選手を相手に仕事をするようになって、すぐに気付かされたのが、この方向性では彼らの能力を上げるには足りない、別の何かがあるはずだという漠然とした感覚でした。

そのことに対して質問したり議論を戦わせる相手も存在せず、どこかに答えがあったわけでもありません。

ただひたすらどうすればこの選手の動きを改善できるのだろうという、漠然とした思いと、選手の体から発せられる内なる声に耳を傾け続けていく中で、一歩ずつ着実に今の考え方に向かって進んでいけたのだと思います。

問題点を克服するために、自分で考え仮説を立て、まずは自分の体でやってみる、その中から使えそうなトレーニングを選手に行わせ効果を確認しながら新たな何かを探していく。

それはそれは楽しい作業でした。

宮沢賢治の世界です、「僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる・・・」、ただ作って行ったはずの道を後ろからついてきてくれる人がいませんでした。

もしかしたら自分でそれを拒んでいたのかもしれません。

今そういう道があることを知った人たちが 、後ろから追いかけてくれるようになりました。

そんな馬鹿な、そんなうまい話があるわけがない、もしかしたらそんな風に思われることばかりかもしれません。

だから「野次馬根性」が必要なのです。

自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の体で体験して、これはすごいと思ってくれれば、そこから少しづつ追いかけてくれればいいのです、道はすでにできているのですから。

納得がいかず従来の考え方を続けたいと思うのなら、もちろんそうすればいいのです。

それぞれに目的があり方法論があってもいいのです。

「もっと早くにこの道を知っていたら」 、その言葉を聞くことが多くなりました。

人間が動くということはどういうことなのか、まずは人間も地球上に存在する動物の一種であるという謙虚な気持ちが必要です。

人間だけが特別なのではなく、ある意味人間だけが他の動物より劣ってしまったことがあるのではないか、暇に任せてこんなことばかり考えてきた、私の頭の中で作り上げられてきた仮説のほとんどは、過去証明されてきました。

今、確実に伸筋優位の体の「動きづくり」が、正しい方向性であることを自信を持っていうことができます。

屈筋は、緊急避難の際に使われる防御用の筋肉であるという意味で「鎧」という例えをしています。

有名な武将たちの鎧は皆立派ですが、それは実戦用ではなかったはずです。

戦いの最前線にいる兵士たちに与えられた鎧は、鎧などと呼べる代物ではなかったはずです。

兵士が戦う、人間が全力で命をかけて戦うために必要なのは、自分の思った通りに動いてくれる体、体をもっと具体的な部分で言えば「背骨と骨盤」、さらにはその背骨を主に動かしてくれているのは「広背筋」と、一つ一つ突き詰めていけば必ず根っこに近づいていくことができるはずです。

背骨を自由に動かすためには、広背筋の役割をきちんと理解して、きちんと働いてもらうためにはどういう意識とトレーニングが必要なのか、どんどん掘り進んでいくことができます。

西本塾も回を重ねてきました、今年の予定は今月と残すは12月に開催予定の2回です。

先ほどすでに参加していただいた方から、深める会ではなく、改めて西本塾への参加が可能ですかという確認の電話をいただきました。

参加人数に定員を設け、初参加の方を優先しますとは書いていますが、ダメとは言っていません。

自分が納得できるまで、またその後も迷いなく進んでいくため、そういう気持ちになっていただいたことはありがたいことだと思います。

思えば私も3カ月を一区切りとした渡辺先生の操体法の講習会を、間を空けることなく何度受け続けたことでしょう。

毎回毎回新しい発見と疑問が湧き続け、これは一生追いかけても先生を追い越すことなどできないなと、先生の人柄自体に魅力を感じ指導していただきました。

すでに10年以上前に、今の私の年齢より若くして他界され、どう頑張っても追いつける存在ではなくなってしまったことが残念でなりません。

私は他者に対しての敬称で、安易に先生という言葉を使わないようにしています。

たんに職業としての医師や政治家や弁護士たちが、先生と呼ばれることを当然のように思っている節がありますが、その人間の職業や立場ではなく、自分が本当に尊敬でき目標として教えを乞う立場の方こそが、「先生」と呼ばれるべきだと思います。

ちなみに学校の先生という言い方が当たり前となっていますが、正式には「教諭」という呼称があるはずです。

とりあえず先生と呼んでおけば、相手も悪い気はしないし何より名前を忘れても先生で済むからと、そんな考えの人が多いのではないでしょうか。

またどうでもいい事に屁理屈をと思う人が多いでしょうが、一事が万事です、それはそれこれはこれと割り切ってしまえば楽なのですが、それができないからこそ未だにこんなことを言い続けているのです。

ちなみに私は渡辺先生をお呼びするときには、先生ではなく、必ず「渡辺先生」とお呼びしていました。

いま人に教える立場に立つ時、人によって「西本さん」と呼ばれたり、「西本先生」と呼んでいただくことがあります。

どんな呼ばれ方をされても問題がありませんが、私は真剣にその人から何かを学ぼうとして、その方の前に立ったならば、言葉を選ぶと思います。

一から十まで小うるさい男ですが、人は心で生きています、ただ心臓が動いているから生きているのではありません。

心と心気持ちと気持ちが通じ合える関係になるためには、やはりきちんとした態度や言葉遣いというものは必要だと思います。

私は年上の方はもちろんですが、年下の人間でも呼び捨てにすることはしません。

男女同権に反するとは思いますが、女性が年下の男性を呼び捨てにしていることにさえ違和感を感じます。

私に呼び捨てで呼ばれるようになるには、かなりの人間関係が必要になりますよ(笑)

さあ、午後には西本塾の参加者で、さらに個人指導を受けたいと、やはり関東から来てくださる方がいます。

熱い思いには熱い思いで答える、真剣な気持ちにはさらに真剣な気持ちで応える、それが私の務めです。

幸い今日も広島は快晴です、しっかり外を走ります。

明日は多分体がガタガタになっているでしょう、それもまた良しです、頑張ります。
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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
今年2回目の西本塾を8月26・27の土日に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。
なお、今回も参加者が5名に満たない場合は開催しません。
9月10日には深める会も予定しています。

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