全体の中の部分 、緩めるという使い方。

今年も自分の中の気づきを綴ってきたいと思います。

私がトレーニングを指導する際、最初に説明することは、我々人間がと言うより日本人がと言った方が正しいのかもしれませんが、体を固める関節を曲げるために働く「屈筋」の方が、関節を伸ばす「伸筋」よりも、より大きな力を発揮してくれるという固定概念を、リセットしてもらうことから始まります。

人間が移動する、体を動かすというということの本質的な意味を考えるとき、移動するためには「足」を使う、道具を扱う時には「手」を使うということが当たり前だと思っています。

その際にイメージされているのは、まさに末端の部分で、足という言葉が、地面と接している足の裏に限定されてしまったり、手という言葉も手首から先の部分がすべてを行なってくれていると思ってしまいます。

これはある意味当然のことなのですが、実際に動いているのは末端の部分ではなく、足であれば少なくとも大腿骨頭が骨盤と形成する「股関節」であるはずだし、手も背中に位置する「肩甲骨」との関係性を抜きにして語ることはできません。

そうなると股関節と肩甲骨の関係性、連動性を理解し上手く使いこなせることが、我々人間に与えられた能力を引き出す絶対条件となるはずです

そうやって根っこをたどっていくと、取りも直さず我々の先祖である四足動物の動きこそが、本来我々が目指すべき方向性であるというところに帰結していく、というのが私の考えてきた結論です。

四足動物こそ、まさに4本の手足を巧みに操って体を移動させていますが、それこそどこをどう動かしてなどと考えながら、体を動かしているはずはありません。

末端ではなく体全体がよどみなく連動し、目的の動作を行なっています。

それが我々は、何をするにしても今どこを使わなければならないとか、どこを意識して動かなければならないと、全てを頭で理解してから動こうとすることが当たり前のように思ってしまいました。

本能の動きとか自然な動きというような言い方では、伝わるものも伝わらないのが現状です。

「体は部分の集まりではない、丸ごと一つの存在です」と言ってみたところで、いざ動こうとした時には、どこに力を入れるのですか、これはどこのトレーニングですかと、さっきの話はどこへ行ってしまったのかということになってしまいます。

「言葉の綾」という言い方がありますが、部分を意識することがすべて間違っていること悪いことだというのは間違いかもしれません。

二足歩行というある意味とても不安定な状態の中で生活している我々の体は、片時も完全にリラックスというか脱力した状態ではいられません。

それは椅子に座っている時も同じです。

地球上に生活している限りは重力に抗して立っていなければなりませんし、二本の足で立つという普段当たり前だと思っていることも、実は常に身体中のセンサーを総動員してバランスを取らなければ、一瞬たりとも立っていられないという、大変な作業を行っています。

それほど大変な作業を常に行ってくれているのが、実は私が大事だと声を大にして言い続けている、関節を伸ばすために働き続けてくれている「伸筋」たちなのです。

こんな話から始めて、実際に伸筋の有用性を実感してもらうための動作を行って、とにかく一瞬でも早く屈筋優位の固定概念を捨ててもらうことに時間をかけています。

人間が動くということ、運動するということの根っこをたどって行くとき、その実態は骨盤と背骨がそのすべてであると言っても過言ではありません。

ここに、その部分だけの骨格模型がありますが、私は人間の本体はこれだけですと説明しています。

見方は違いますが、私が鍼灸の専門学校で学んでいる時、解剖学の授業で今でもはっきり覚えていることがあります。

それは、体の内側と外側の境はどこかという話の時でした、私はてっきり人間同士の距離感の話で、親しい間柄と全くの他人では、電車の中での距離感に大きな感覚的な違いがある、というようなテレビで話題になっていたような心理的な話かと思っていたら、医学的な定義の話でした。

私は当然のように皮膚の内側が自分という存在で、境は皮膚というのが答えだと思いました。

ところが話はそんな単純な話ではなく、「外界と交通できない部分だけが体の内側」というのが答えでした。

最初はよく意味がわかりませんでしたが、外界から空気を吸い込んだり食べ物を食べると、それが通過していく部分は外界と交通しているから純粋な意味では体の内側ではないと言われるのです、その辺りまでは私の頭でも理解できましたが、ことはそんな単純な話ではありませんでした。

詳しく書き続けると文字数がかさむので割愛しますが、筋肉も骨もすべて内側ではないのです。

では何が自分の内側と言えるのか、医学的には「脳と脊髄」これだけなのだそうです。

侵さざるべき存在と言いますか、外界と全く交通していない部分はここだけなのだそうです。

話が戻ると、それを納めている部分はズバリ骨盤と背骨ということになります、脳はその延長線上にある頭蓋骨の中に収まっています。

この部分が移動することこそが、人間が移動するということで、背中を反らしたりお辞儀をしたり振り向いたりという動作も、すべてこの部分が行います。

そこから派生しているのが手であり足であるということです。

そう考えるとやはり広背筋という筋肉の重要性は異論の余地がないと思います。

ここで大きく二つの考え方に分かれるような気がします。

その一つが骨盤から背骨の部分、体の前側にある肋骨が形成するドーム状の部分を含めて、いわゆる体幹と呼ばれる部分を強化して安定させようという発想です。

これはある意味正しいことです、ある意味というところから、もう一つの考え方が生まれます。

それが私が動きづくりのトレーニングで強調している、上半身と下半身を割って使うとか別々に使えるようにしよう、という考え方です。

具体的に言えば、サッカーでディフェンスの選手が、攻めてくる相手の選手と距離を保ちながら後ろへ下がっていくという状況で、体幹部分が固く固定されていると、まさに地面に接した足で相手の動きに対応するしかありません。

これはイコール体重移動でしか体を移動させることができないばかりか、一度動き出した方向からの反転動作に時間がかかり、相手の動きについていけなくなってバランスを崩しやすくなります。

背中を丸めた猫背の姿勢で重心を低くして目線を下げた選手は、まさにこういう状況になっています。

逆に広背筋がしっかり機能して、骨盤の後ろ側を引き上げてくれた状態で、背番号の下の部分にしっかりとした反りが見えた状態で、重心を落とし方の力を抜き、さらに私の言うアイドリング状態で対応できれば、相手の動きに瞬時に対応できるため、そう簡単に抜かれていくはずはありません。

この時に一番のポイントになるのが、背中側の広背筋は力んで使っているという使われ方ではなく、自然に本来の働きができる状態をキープできていることで、さらにもっと重要なことは、広背筋の働きを邪魔させないために、前側の大胸筋や腹筋といった屈筋たちが緩んでいることが絶対条件となります。


この状態なくして、上半身と下半身を割って使うとか別の動きをさせるという状況は成立しません。

私はそういう意味で体幹を固めるという発想には賛成できないのです。

体幹という言葉を、具体的に「骨盤と背骨の安定トレーニング」と言ってもらえれば誤解を生まないような気がしますが、実際に行っている人たちが、もし前側の筋肉で体幹を安定させるイメージを持ってトレーニングをしているとしたら、動きづくりという意味ではマイナスにしかならないような気がします。

きちんと説明されて、確実に背中側の筋肉で支えなければならないことが理解されていれば問題はないのですが、私の知る限り、指導する側もされる側も、前側で頑張っている人がほとんどで、広背筋という存在は重要視されていないようです。

この骨盤と肋骨が作るドームの間の、前側に骨が存在しない部分があることが、体を捻ったり前後に倒したりといった6方向への動きを行うために与えられた重要な「間」だと思います。

アイドリングから瞬間的にスピードを上げていく瞬間、瞬間的なターンやストップ、そのすべての動作を可能にするのが、この「間」の部分で、私の3・5・7理論で言うところの7の方向へ緩めていくという感覚をきっかけにして動き出していけば、居つくことなく筋肉や関節に負担を強いることなく、効率的に重心移動ができると思うのです。

スポーツ選手に対するトレーニング指導の中で、より効率的な、より素早い動きを模索していく中、簡単な言葉で言うと「お腹を緩める」ということがいかに重要なことだったかということを、改めて痛感しています。

体全体が丸ごと一つになって動く、その中で背中の広背筋には頑張ってもらうけれど、お腹には力を入れない、それは別々の動きを要求しているのではなく、お互いの本来の働きがそうであったというだけのことで、けっして相反することを要求しているのではない、というところは押さえておくべきだと思います。

日々の仕事の中で、どんどん新しい何かが見えてくるような気がします。

自分の中での根っこを掘る作業には終わりはないと肝に銘じて、日の当たらない作業になるかもしれませんが、地球の裏側のブラジルまで掘り進むくらいの気持ちで、根気よく続けていきたいと思います。

何か見つかりましたら、こうして「生涯一トレーナーとして話しておきたいこと」の一つとして心残りがないように書き綴っていきます。

また直接ここまで来て頂いた方には、言葉の意味をしっかり理解していただけるよう伝えていきます。

今日書いた内容は、自分にとってもとても大きな気付きで、とても重要なことだと思います。

しっかり読んでいただいて、役立てて頂ければと思います。
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Re: 引き算
その答えは、阪井さん自身の体との対話によって導かれたものですか?
そういう枝葉に答えを見いだそうとしている時点で、私は違うと思います。
そのことを足し算の論理と、私は呼んでいます。
誰に聞くのでもない、ご自分の体に聞いて、余計なことをしていないか、よく相談してみてください。
知識や経験こそが邪魔をしていることがほとんどです。
まっさらな自分に戻りましょう。
言葉でのやり取りは最後とさせていただきます。
私の思いはどうやら伝わらないようですから。
  • 2015-01-11│22:57 |
  • 西本 直 URL│
  • [edit]
引き算
常連客状態、お許しください。

はじめに、「西本理論の体系化」は諦めてはいませんが、「論語」も孔子の弟子が綴りましたので、そういう可能性もありと考えています。私では無さそうですが。

さて、引き算について考えてみました(トレーナーと相談)。

最もあり得る結論が、「筋膜が邪魔をしている」という可能性です。今のフィットネスクラブに来た当時から指摘を受けていますが、「筋膜の潤滑性が足りない」ことが様々な動きを妨げているようです。

ランニングの際、3-5-7理論で5-7という運動をしています。5から7へ伸ばすとき、前腿の筋膜が滑り切らず、前腿筋肉が自由に伸びきらない状態に陥ります。その結果、筋肉が伸びきらずに意図と反するタイミングで足が戻って来てしまうため、効率が落ちるのかなと思いました。

具体的には、蹴り足が後方に流れる際に、スピードが上がるとストライドが広がりますが、可動域以上に伸ばそうとするため、途中で引っ掛かってしまうのかなと。

筋膜の潤滑性に難があることは、クラブに入った当初から指摘され、少しずつ「筋膜リリース」を続けていますが、まだまだ不十分のようです。しっかりとやらないといけません。

  • 2015-01-11│22:04 |
  • 阪井徹史 URL│
  • [edit]
コメントありがとうございます。
このところのコメント欄は、西本塾生の望月さんと、フロサポの阪井さんに占領されている感があります(笑)
他の読者の皆さんにも、ぜひ感想なりご意見を書き込んでいただければと思います。

阪井さんからは、今回の内容から発展した、西本理論を体系化した書籍にまで話を飛躍させていただきましたが、私は自分の頭の中にあることや思いついたことを、書きなぐっている程度の文章しかかけませんので、論文のような体裁のものはとても書き著すことは出来ないと思います。

私の書いたものの中から、皆さんそれぞれの感性で伝わるものがあれば、役に立てていただければいいと思います。
こうやれとか、こうやってはいけないなどと言う権利は私にはありませんから。

あくまでも、私はこう考えこうやってきたということの積み重ねです。
私の言っていることがすべて正しいとか、ほかの人のやり方が間違っているということでもありません。
私ならこうする、こうできる、そういう自信はありますが、それも受け取る相手側の考え方次第です。
そのことも現実に痛感させられました。

さて質問に対する答えですが、今言いましたように、私がこうやれということはできません。
ただ、どんなことでもそうだと思うのですが、「足し算の原理」と、私は呼んでいるのですが、これを加えたらもっと良くなるだろう、このやり方も試してみよう、そんな発想になる人がほとんどだと思います。

わからなければ誰かに聞けばいい、まさに今そういう状況ですよね。

私は「引き算の論理」が大切だと思います。
今行っていることの中に、余計な動作というか意識というか、こうしなければならない、ここを意識しなければならないと思い込んでいる部分を、ひとつずつ削ぎ落としてみてはいかがでしょうか。
それを教えてくれるのは、ご自分の体です。

おそらくはその余計な動作こそが疲労の原因であって、それを取り除くだけでも変化は感じられると思います。

たしかに足さなければならない能力もあるでしょう、具体的には広背筋を中心とした背中を起こしてくれる筋肉が、今以上にしっかりと機能してくれれば、結果は良くなるでしょう。

これとて一朝一夕とはいきませんし、たんに筋力の問題ではなく、自然に機能してくれるように意識づけをするためのトレーニングが必要です、それがまさにフライングバックトレーニングとなります。

半年とか1年くらいのスパンで考えていただかないと、無理をさせるだけ足し算の論理の弊害が出てきます。

足し算の部分も引き算の部分も、こうして言葉でお伝えすることは不可能です。

何度か直接指導を受けていただいた望月さんにして、意識改革ができたレベルにすぎません。
本当に体が喜んで走ってくれる走り方には、まだまだ時間がかかると思います。

今ここで言えるのは、余計な意識と動作を削ぎ落とし、シンプルに走るという行為を見直してください、そこまでです。

おそらく直接指導をさせていただくことがあっても、つまるところ教えることはまさにこのことに尽きると思います。

今まで当たり前だと思った走り方に、なんと無駄な部分が多いことか。

「階段を軽やかに駆け下りるがごとく平地を走り、スムーズに平地を走るがごとく登り坂を走る」これが、私の勧める人間本来の走り方です。
  • 2015-01-09│17:36 |
  • 西本 直 URL│
  • [edit]
改めて気付いた事
西本直先生

さっそくの回答ありがとうございます。
「筋肉ではなく骨を動かす」という言い方と、「筋肉の仕事は骨を動かすことでそれ以上でも以下でもない」ということを基本にした、筋肉の使い方からの説明は表裏一体という言葉が深く響きました。
今の私が相手にしている人たちには、「筋肉ではなく骨を動かす」という言葉が伝えやすいのかなと思っています。
と同時にこれから、様々な経験をして試行錯誤をしていった先に新たな言葉をかけないと伝わらない人が出てくるんだろうとも思いました。
そして「新たな言葉」を見つけるには相手が変わるのではなく、私が変わった時に出てくるのでは、とも感じています。
というのも、私自身がまだ「筋肉ではなく骨を動かす」という感覚で走っているからその感覚を人に伝える時に使っている為だと思います。
しかし、今はその感覚で走り続けたいと思います。
そして、その先に体の変化を感じて、対する相手への「新たな言葉」にも繋がると思いました。
その為にも、様々な言葉を発して語彙を増やす作業を行っていきます。

それにしても、今回のブログは何回読んでも学べますし、面白いし、私自身に新たな気付きを与えてくれますね。
その新たな気付きとしては、体の内側が「脳」「脊髄」という事から得た物です。
人間の「意識」というものは、脳や脊髄が行っている事だと私は勝手に思っています。
これまで私は「意識が変われば動きが変わる」という事を西本理論から学び実践して、まさに私の目でもしっかり確認できるくらいの動きの変化を見て、自分自身でも変化を感じてきました。
それは西本理論が「脳」と「脊髄」にまで働きかける物だからではないかと思います。というよりも「脳」「脊髄」が喜ぶ動きだからなのかもしれません。
そうなると「なんとかの悪い人は治らない」という先生の言葉は、当然の事のように思います。
そして、「なんとかの悪い人」を何とかするには、膝倒しや踵伸ばしという言葉をわざと使って分からせる事が必要なのではと思います。
先生は、この言葉を使うと言葉そのままの事をするから使わない方が良いのではと言われていましたが、私はわざと使った方が良いと感じています。
なぜなら、言葉そのままの事をした人に対して、そんな足先だけを使って踵を伸ばそうとしなくても、骨盤を使えば踵のある足は伸びるし、伸ばしていた手が骨盤から背骨を伝って伸びるんですよ、と諭せると思うのです。手と足はそのように骨盤と背骨から動かす意識で使ってあげた方が、体は喜ぶし、楽に動けるのですよ、と分からせる事ができると思います。
そうすれば少しでも「なんとかの悪い人」をなんとか出来るのではと思います。
当然とんでもない「なんとかの悪い人」はどうにもなりませんが、その一歩手前の人は世の中にはすごい数の人がいると最近感じています。
体との対話を怠っている人は、体に起こる小さな変化に気付かないです。
体に起こる小さな変化に気付かない人は、そろそろ冬から春になるな、春から夏になるな、といった季節毎に変わる風の吹き方や、風の吹く方向などの四季の移り変わりの変化も感じません。そんな人が最近は多くなってきたなと感じております。
と話は、変な方向へいきかけましたが、
今回のブログで、体の内側が「脳」と「脊髄」であるという事を知れてとても良かったです。ありがとうございました。

まだまだ、今回のブログを読み返す事で新たな気付きが出てきそうです。
その際は、またコメントします。

追伸、今月末にキャンプ前のJリーガーが私の走り方の指導に興味を持ってくれて来てくれる事になりました。昨年は子供たちへ走り方の指導を行ってきましたが、今年は、西本塾深める会などで学んだ事をプロスポーツ選手に対して指導するという事を実践していこうと思っています。
当然うまく行かない事の方が多いと思いますが、学んだことを実践しないで終わらせるのは私の倫理に反するので誰になんと言われようとやってみます。
失敗して考えて、また失敗してどうしようもない時は先生へ相談する事になると思いますので、その際はご指導の程お願い致します。



  • 2015-01-09│13:45 |
  • 望月 URL│
  • [edit]
素晴らしい導入文
西本様

こんにちは。フロサポの阪井でございます。

今回は「気づき」ということですが、西本理論を俯瞰する上で素晴らしい導入文ができたような気がします。西本理論の体系化には欠かせない、理論の要所というか出発点を素晴らしい文章で綴っていただけました。この内容をブレークダウンする形で今までのブログが整理されると、素晴らしい理論書ができるような気がしました。

私は経済学専攻の学生で、その後も金融界で生きておりますので理論を追いかけ続けて来ましたが、新しい理論は、当初は短い論文がジャーナルに随時投稿される状態で、最初から立派な書籍はありません。しかし、理論が普及していく過程で、体系だった分厚い書籍が世に顕れ始めます。

西本理論も、世の中的には新しい理論だと考えますので、徐々に整理され、最終的には体系だった読み物になることを祈っています。とはいえ、「日々進化中」とのことですので、進化スピードが速い段階では纏めることはできないので、ある程度の熟成を待たないと難しいとは思いますが、いつかは出来ることを祈ります。


さて、日記への感想は以上でして、今日は一つ質問があります。質問の趣旨は「時間」についてです。

西本理論を実践して長距離走に挑んでいるわけですが、一定時間が過ぎると理想形から徐々に崩れてきます。疲労の影響だと思いますが、崩れることで疲労が加速し、一気に悪循環に陥って大きく失速します。
もちろん、1年前は今より遅いスピードで30分で失速してしまったところが、より速いスピードで2時間半まで引っ張れるようになったので、「それを伸ばしていくのが練習なのだ」と言われてしまえばそれまでです。

今の自分の実力では、フルマラソンなら3時間半まで引っ張れるようになれば、減速せずに走りきれます。効率的な体の動かし方を、なるべく長時間継続するためのヒントはございますでしょうか?

よろしくお願いします。

阪井徹史
  • 2015-01-09│13:08 |
  • 阪井徹史 URL│
  • [edit]
Re: 日々の気づき
望月さん
早速のコメントと質問ありがとうございました。
32歳、もう24年も前のことになりましたが、私が宇和島で操体法の施術を行う治療院を開業して、初めて信頼関係が築けたのが、地元宇和島からさらに南に下った、高知県との県境にある、とある高校の陸上部の顧問の先生でした。
全国大会出場を目指して県大会に臨む2ヶ月くらい前からだったでしょうか、各選手が平等に週に一度私の施術を 受けられるように、車で1時間以上かかるところから父兄が交代で連れてきてくれていました。
レギュラーを決める最後のひと枠を争っていた二人の選手のうちの一人が、調子が悪くないのにタイムが上がってこないというので体を確認すると、背中の張りが強く、丸まって姿勢が悪くなっていました。
足が痛くなくても、これじゃストライドが伸びるわけがないと説明し、全身特に腰から背中が楽になるように施術したあと、外に出て走らせてみると、とても楽そうに走ってくれて、一緒に来た部員も、これが彼本来の走りですと太鼓判を押してくれました。
普段接することがない選手の動きが、よくわかりますねと言われて、そんなことは体を見ればわかるよと、少し得意になって話をしたことを覚えています。
私こそ操体法という技術と考え方に心酔し、体を整えるところからこの世界に足を踏み込んだ人間でした。
部分ではない、体は一つのものなのだ、どこが痛いどこを治すではなく体を治す体を整えて初めて部分の痛みも改善できるのだと、自分の信じてやってきたことに、改めて確信をもたせてくれた出来事でした。
「筋肉ではなく骨を動かす」という言い方と、「筋肉の仕事は骨を動かすことでそれ以上でも以下でもない」ということを基本にした、筋肉の使い方からの説明は表裏一体で、そのどちらを使ったほうがより自然な動きが引き出せるかを選択するのが、私の仕事です。
骨はけっして骨だけで動けません、しかしそう言った方がイメージしやすい人もいます。
経験を積み重ねていく以外に、どちらがその人の心に響くのか、答えを導き出すことはできませんし、またどちらか一つが答えでもありません。
どんどん言葉を発してください、語彙を増やしてください、それが望月さんの財産になっていきます。
私もそうやって20数年試行錯誤を続けてきました、だからこそどんな相手にも対応できると自信を持って言えるのです。
もちろん対応できない相手もいますが、私の口癖の「なんとかの悪い人は治らない」と開き直るしかありませんね。
走りの方も改善されているようですね、自信を持って言います、私が提唱する走り方でないと体は喜びません。
体が喜ぶ走りができれば、タイムも縮まるし故障もしません。
極めてください、他の人の目標になってください。
今年は、望月さんにとって色々な意味で飛躍の年になりそうですね。
  • 2015-01-08│17:48 |
  • 西本 直 URL│
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日々の気づき
西本直先生
新年のご挨拶は先日もさせて頂きましたが、
改めて本年もよろしくお願い致します。

今回のブログの気づきについて読ませて頂きましたが、
思わず「へー」「ほーー」と一人でつぶやいてしまうほど、
興味深い内容でした。

昨年から学び続けてきた西本理論では、西本理論という大きな木の根っこを探り続けて模索していましたが、今回のブログは西本理論という大きな木の全体像がうっすら見えた気がしました。
もちろん、その大きな木にどんな葉や花があるかはまだまだ見えませんが、
2015年で少しでも見えてくるように、
深める会に参加して学びたいと思うのと同時に、
普段の生活で私自身も様々な気づきを大切にしていこうと思いました。

そして最近、私も小さな事に気づきました。
それは、痛みを抱えて調子を落としている人ほど、人間の枝葉である手足ばかりを気にしているなという事です。
先日も、マラソンで調子を落としている人に施術をしましたが、口から出る言葉の全てが足の事ばかりでした。

例えば、
「膝や足首に痛みがでるからシューズのインソールを変えたけど良くならない」

「足首に痛みがあるからジムのインストラクターに相談したら、走っている時に足のつま先が外側を向いているからつま先を内側に向けて走れと言われて、そのようにして走っていたら今度は膝が痛くなった」

「足に痛みがでているから靴下をすべりにくい素材の物をしようして二重にして靴下をはいたけど痛みは取れない」

「ランニングステーションでフォームを見てもらいスタッフに指導を受けた際に言われた踵から着地しているから、もう少し変えた方が良いという言葉をきいたから足の着き方を変えようと思う」

ざっとこのような言葉をその方は話し続けていたので、
私が背中や腰の痛みは感じますか?と聞くと上半身は問題ないと言うのです。
いざ、私が骨盤や背骨の周りの筋肉に軽く触れてみると「イタタタ」と本人は言うのです。
その痛みを伴う骨盤や背骨周りの筋肉の状態は、私が顔をしかめたくなる程ひどい状態でした。
枝葉ばかり気にする人の筋肉はとてもひどい状態になるのだと感じました。

そして、
人間は1つの事しか意識出来ないという先生の言葉を強く意識した瞬間でした。

ここで1つ質問ですが
人間は瞬間的に1つの事しか意識できないという理論通り、西本理論から学び実践する際にも同じ事が起こると思います。
私自身もその状態です。
というのも、先生はトレーニングを指導する際に体を固める関節を曲げるために働く「屈筋」の方が、関節を伸ばす「伸筋」よりも、より大きな力を発揮してくれるという固定概念を、リセットしてもらうことから始まりますと言われていますが、私は少し違う視点から施術に当たっているのですが、その視点からでも間違いはないでしょうか?

私の少し違う視点は、「筋肉に頼らず骨を動かす感覚で体を動かしましょう」と施術する初めに伝えていて、施術の導入時には筋肉の詳しい話はせずに進めています。というのも、人間は1つの事しか瞬時に認識出来ないという理論からここで筋肉の話をしてしまうと、骨への意識が向かなくなってしまうのではと思っているからです。その為、受け手の方の体に対する意識を筋肉から骨へ向かわせる努力を深める会in関東でも活躍した骨の模型を使って説明をしています。

その後
私の説明を実感してもらう為に、西本塾で学んだ「からだほわっと」「操体法」を受け手に行い骨の動く感覚を掴んでもらっています。
そして、その先に骨で動く感覚を掴んで、無理なく気持ちよく動けている方に対してだけ、初めて屈筋と伸筋の話(どちらが効率的につかえるのか)をしながら、今の気持ち良く動いている際に使われているのが伸筋ですよ、また骨盤と背骨と頭を連動して動かしてくれているのが広背筋ですよ、と伝えています。

今書いてて思ったのが、先生はトレーニングから始まっていて、私は施術から始まっているから少し違った視点になっていても良いのかな、
今後このまま進んでいけばまた違う視点から見て施術を進めていくのかな、
なんて思いました。

長々とコメントを書き綴りましたが、今回のブログを見て私の気持ちを書かずにはいられないと思い書きました。
お時間がある際にでもお答え頂ければ幸いです。

追伸、走りについてですが、年末の走りの際の肩甲骨の動きの硬さが、左半身の連動がスムーズになった為動く様に感じています。今は、以前にもまして走っていても楽ですし、知らない間にペース(1キロ4分45秒で走るのが目いっぱいだったのが1キロ4分20秒で走っていても余裕がある)が上がっています。
人間は身体を使う際の意識を変えていけば限界はないのではと思える感覚を覚えています。
このまま走り続けます。
今後とも宜しくお願い致します。

  • 2015-01-08│14:07 |
  • 望月 URL│
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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。

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