出来る事と出来ない事

Newspicksの連載記事に対してのコメント、少しずつ私の意図していることが伝わってきたかなと感じることができる内容が増えてきた反面、相変わらず図や動画がないと全くわからないと開き直ってしまう人も見られます。

「自分の体と対話する」まさにこれこそが、究極の自己管理であり健康法であるというのが、私の主張であり真理だと思っているのですが、いつでもどこでも必要な情報が手に入り、あれがダメなら次はコレと、情報の送り手にも問題はあるとはいえ、あまりにも考えが浅いというか、本質に近づく努力が足らない人が多いと思います。

それはさておき、人間の体が、と言うよりも自分自身の体がどういう風に動いているのか、普段考えている人は少ないと思います。

体の不調を訴え、単純にいえば痛みをなんとかしてくれという人を相手にするのも、動き作りのトレーニングによる能力の向上とともに、私の仕事の大きな柱となっています。

30年近くこの仕事を続けてきた中で、ある意味人間の弱さというかわがままさというか、体を治すとか整えるということ以上に、その人の考え方を変えてもらう以外に、訴えている体の状況を改善する方法はないような気がしています。

今現在の自分の体は本来どれくらい動けるのかということを、ほとんどの方が分かっていないということです。

持って生まれた遺伝的な要素もありますが、何年何十年とともに過ごしてきた体が、どういう風に動いているのか、具体的に言えば、可動域の問題とか、骨格と筋肉の連携連動という問題です。

「そんな難しいことを考えて動いちゃいないよ」、と言われるでしょう、それなのに一度不調を訴え痛みを感じてしまうと、それら全てが解消しなければ、ほとんどの方は納得しようとしないのです。

いつも冗談交じりに例に出しますが、首を寝違えて回すことができないという訴えなら、5分もあれば可動域を改善し、それなりに生活に困らないようにすることは可能です。

それで痛みまで全てなくなってしまうわけではありませんが、右にも左にも回らなかった首が、それなりに回るようになればとりあえずは問題はありません。

しかし、短時間で症状を改善させられる腕があるのなら、このなんとも言えない違和感もなんとかできるだろうという風に思われます。

それくらいならいいのですが、肩のラインを動かさずに真後ろを見るというような、もともとできるはずもない動きをやろうとして、これ以上回すとここが痛い、などと、それこそ頭を叩いてやりたくなるような意味不明のことを言い出す人までいます。

もともとの自分の体がどういう風に動いているのか、今自分が言っていることの意味がわかっているのか、人間というのは本当によく深いものです。

四十肩だ五十肩だと言って、腕が上がらないという人も、腰を丸めて猫背になり背骨を丸くした姿勢で腕を上げようとして、痛いだ上がらないだと自分の体に文句をつけます。

やってみると分かりますが、今の私でもそういう姿勢から腕を高く上げることはできません。

それは背骨のS字カーブがきちんとできていないため、肩甲骨が背骨側に回り込むスペースがないからです。

腕は肩甲骨の動きとセットで上がっていきます、痛いからとうつむいて暗い顔をしたままでは上がるものも上がらないように体はできているのです。

痛みは個人の感覚ですから、私がどうこう言っても仕方はありませんし、本人にとってはなくして欲しい感覚なのは分かります。

正直私ならこの程度で痛いなどと言わないし、痛くても日常生活には問題はないし仕事だって歯を食いしばってできている、年齢や今自分がやっている仕事の内容を考慮したら、よくこれくらいで済んでいるな、体は頑張ってくれているなと、感謝こそすれ文句など言えるはずもありません。

では何をもって自分の現状を判断するか、それに最も適しているのが、手前味噌ながら拙著「朝3分の寝たまま操体法」で紹介した幾つかのパターンの動きだと思います。

人間の体にはたくさんの関節があります。

その一つ一つに8方向の展開力が備わっています、ただ圧着と離開という概念があっての残りの6方向ですので、その6方向への展開力、大きな関節から体全体に連動していく繋がりが、滑らかであれば、どこにも痛みなど感じるはずはありません。

それが連動を遮る何かが見つかった時、体は不調を訴え痛みを発してくれます、それは体からのメッセージであり、痛いからと単純に忌み嫌うべきものではないのです。

私が操体法の考え方を理想としているのはそこにあります。

普段から、各パターンの連動の様子をよく観察しておけば、自分の体がどういう風に動いてくれているのかちゃんと分かるはずです。

もし痛みが出てしまったとしても、どの状態に戻ることが自分にとっての回復であり治癒なのかを知ることができます。

そういう努力もなしに、ただただ痛いから治してくれでは何の解決にもなりません。

この努力は自分の普段の状態を知るということはもちろんのこと、その行為自体が体の6方向への連動を促し、毎朝の始業点検のつもりが、実はメンテナンスとしてもこれ以上ない効果を生んでいるのです。

こういう動きのことを書いても、図がない動画を載せろという人はいるのでしょうが、おそらくそういう人は一度か二度やって、やっぱり分からないとやめてしまうのが落ちです。

本当の意味で体と対話する心構えがないのですから。

この幾つかの動きのパターンを長い年月続けていると、自分の年齢に伴う老いという問題も素直に受け入れることができると思います。

80歳にならんとしている人が、30代の頃の自分をイメージしたような体の動きを要求する人がいます。

無理を承知で言っているのか、それとも思い出話が始まったのかと思いきや、真顔で自分の体はこういう風に動けるはずだと言われてしまうと、体に対して申し訳なくなってしまいます。

さすがにこういう考え方の人と生涯付き合わなくてはならない体は、本当に大変だと思います。

アンチエイジングもいいですが、地球上に住む生物としての人間という存在とはどういうものなのか、もう一度よく考えたほうがいいと思います。

私自身20年前とは明らかに違っていますし、10年前とも違います、膝倒しをしても太ももを引き上げる動きをやっても、間違いなく衰えていることは実感できます。

それを少しでも良い状態にしておこうと操法を繰り返すのです。

普段何もしないで、若い頃のようにしてくれ、そんなことはできないのです。

スポーツ選手も同じです。

スポーツというのは本来楽しむということが目的でしたが、人と競うことが主たる目的となってからは、日常生活ではあり得ないような筋力の発揮の仕方をさせたり、可動域を超えるような状況になったり、何よりそれを何回何十回いえ何百回と繰り返させることも当然のように行っています。

ですから、体のどこかに違和感があるなどという状態は当然のことなのです。

器質的な問題、平たく言えば骨が折れたとか皮膚が破れているとか、筋肉が損傷している、これは明らかに問題がありますから、運動を制限しなければならないのは当然のことです。

しかし、私が言うところの関節の6方向の連動も問題がない、器質的な異常もないという状況で、本人の口から痛いだとか違和感がと言われても治すところはないのです。

おそらく日常生活には支障はないのですから、「この感覚が嫌なら諦めてスポーツを止めるんだね、そうしたら痛みはなくなると思うよ」と突き放してしまうこともあります。
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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
今年2回目の西本塾を8月26・27の土日に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。
なお、今回も参加者が5名に満たない場合は開催しません。
9月10日には深める会も予定しています。

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