効率的な走りはスピードに劣るのか

連休真っ最中、いかがお過ごしでしょうか。

昨日は、長女家族が呉市にある、呉ポートピアランド跡地にある、呉ポートピアパークという公園に遊びに行くと言うので、家内と二男の3人でそこに合流して、一日を過ごしました。

以前は遊具もあるテーマパークのようでしたが、利用者の激減で今の形になったそうですが、小さな子供連れには自由に遊べる大きなスペースは貴重な場所となっているようです。

昨日は呉市の主催でイベントが行われていましたが、ほとんどが高校生がボランティアとして活動していて、今時の高校生はなどと年寄ぶった言い方をすることもありますが、男子も女子もきびきびした態度と笑顔で小さな子供たちや我々にも接してくれて、本当に感心しました、みんな良い子たちでした。

初孫である長女の娘は4月から小学生となり、すっかり女の子らしくなりました、下の男の子は1歳になったばかり、自分の足で立って歩けるようになったので目が離せませんが、まさに可愛い盛りです。

そんな孫たちを見ているだけで幸せな気分になるのは、年齢を重ねてきた証拠なんでしょうね。

そのあと近くの温泉施設に行って体を休め、1時間以上待たされましたが焼肉屋さんで食事と、予定外の出費となりましたが、滅多にないことなので大盤振る舞いというほどでもないですが、長女にとっても日頃のストレス解消にもなって、楽しい一日となってくれたと思います。

さて、最近このブログにコメントを送っていただく方が増えてきました。

西本塾生や個別指導を受けてくれた、すでに私と面識のある方や、このブログの読者としての感想や意見を書いてくれる方もあります。

面識があるなしに関わらず、私の考えていることをすべて理解してもらえるとは思っていません、だから多少ピントが外れたことを言われても、取り立てて腹を立てることもありません。

西本塾に参加していただく方には、このブログをコメントを含めて熟読していることを、参加の条件としていますが、たまたまこのブログを読んだという方には、私が言わんとしていることなど理解以前の問題だと思います。

そんな中、少し気になっていることがあります。

「西本理論」として多くの方に伝えようとしている体に対する根本的なアプローチの仕方として、「体作りから動きづくりへ」という、発想の転換や意識改革を柱として、私の理論は展開されていきます。

そのこと自体は、少しずつではありますが、頷いていただける方も増えてきているように思います。

さらにサッカーという競技において、「90分間走り続ける能力から、90分間動き続ける能力」の獲得が、トレーニングの目指すべき方向であるという考え方にも、ある意味誤解を受けそうな言い方なのですが、きちんと説明をして真意を分かっていただければ、ほとんどの方が「なるほどそういうことか」と、賛同していただけるようにもなりました。

それがまだまだ、フィジカルという言葉の固定概念の壁が高く、一生懸命頑張って速いスピードでどれだけ長い距離や時間、回数を走れることが、フィジカルの能力が優れているということの指標であり、その能力を高めることこそが選手として求められる能力として、選手や指導者そして見ている側にも、当然のことのように受け止められてしまっています。

私がなぜ「動き続ける」という言葉を使い、そのための方策を模索してきたか、それは単純に90分間走り続けることなど人間には不可能だということが分かっているからです。

このことはどんな立場の方も分かっているはずです。

マラソン選手のように、一定の距離を一定のスピードで走る能力を要求されているわけではありませんし、短距離選手のようなスプリント力があっても、それを90分間続けることが出来ないことは、誰がどう考えても不可能なのです。

ならばなぜこれまでできないと分かっていることを求め続けてきたのでしょうか。

他に求めるべき方向性を誰も考えようとしてこなかっただけではないでしょうか。

とくにサッカーは個人競技ではありませんから、自分一人だけがそういう能力に長けていたとしても、他の選手との連携が取れなければ能力を生かししきれませんし、相手チーム選手との相対的な能力差の問題もあるでしょう。

今流行のデータ分析で、総走行距離やスプリント回数も示されますが、それとて相手の動きによって大きく左右される数字ですし、それだけが判断の材料にならないことは当然のことです。

私が動き続ける能力の獲得方法として最も重視している、走るという行為における体の使い方、平たく言えば「走り方」ですが、実際に指導すると、「こんなに何度も走っているのに疲れない」という感想が多く聞かれます。

そういう感想を読んだ方は、いかにも楽そうで本気で走っていないのだろうという感想を持つと思います。

走るという行為は、100人いれば100人の方がしんどい疲れる、出来ればやりたくないというイメージを持つと思います。

それはなぜなのでしょうか。

これも西本理論の根幹である、屈筋ではなく伸筋重視の体の使い方ということを座学と実技で体験していなければ、理解しようのない話です。

とにかく歯を食いしばり眉間にしわを寄せ、一点を見つめて集中してなど、間違ってもへらへらしながらスポーツをするなどもってのほかで、頑張ることが単純に力が出せる能力が発揮できる、そういう教育というか指導というか、既成概念を子供の頃からずっと植え付けられてしまっているからです。

「力むことはなぜダメなのか」という記事も書きましたが、それでもここ一番はやはり屈筋に登場を願って、あらんかぎりの力を振り絞ることこそが、正しい筋力の発揮方法だと思っている人がほとんどなのです。

私が提唱する走り方など、直接プレーに関係ない場所での移動手段であって、いざという時にはと思われているのでしょうね。

それはやはりスピードの問題ではないでしょうか。

体にとって負担が少なく、ということは故障もしにくいし疲労も少ない、そんな走り方でスピードなど出るはずがない、現実の実技として指導する場合にも、最初はそんな雰囲気があるのは感じています。

しかし、股関節を縦に使い、大腿骨頭がクランク状に動くという感覚がつかめ、背骨を介して股関節を肩甲骨の連動が滑らかに早く動かせるようになってくると、その走るスピードは、これまで太腿の前側の筋肉を股関節を屈曲させるために、屈筋として使って膝や太腿を前に引き上げ、地面を蹴って膝から下を巻き上げるために、ふくらはぎや太ももの裏側の筋肉を屈筋として使う、従来の力に頼った走り方と比べて、スピードにおいてまったく劣ることはないのです。

カマタマーレ讃岐に指導に行った一日目の午後、同じ疑問を持った二人の選手を30メートルくらいの距離で、午前中に指導した走り方と従前の走り方で、行きかえり走り方を変えて競争してもらいましたが、ほぼ同着か私の指導した走り方の方が速いくらいでした。

さらに帰りに新しい走りを行った選手は、ゴールした後、普通に私と会話が出来るのに、従前の走りで帰った方はしばらく息が上がって回復するのに少し時間がかかってしまったのです。

二人はすぐにこの事実を理解し、練習すればもっと速く走れそうですと手ごたえを感じてくれました。

そういうことなのです、今までの常識に縛られて、歯を食いしばって負けてたまるかと頑張って走っても、スピードでも体に対する負担でも回復力でも、何一つ良いことはないのです、このことは間違いありません。

「そんなバカな、そんなうまい話があるわけがない、あなたはすべてわかったようなことを言うけれど現場に出て見ろ、そんな甘いもんじゃない」そんな感想がまた聞かれそうですが、毎回西本塾を手伝ってくれて、参加者の実技を撮影してくれている家内に言わせると、「勉強して挑戦してみることもなく、そんなことばかり言っている人に指導されている選手こそかわいそうだよね」、だそうです。

まさに仰る通りと、参加者の皆さんは思っていただけると思います。

もうだいぶ前ですが、協和発酵の野球部の指導に行っている時、ブルペンで投球練習をしていた投手が、まさに屈筋ではなく伸筋を連動させた滑らかなフォームから投じられたボールが、糸を引くようにキャッチャーミットに吸い込まれていきました。

キャッチャーはもちろん、一緒に見ていたピッチングコーチも、「それだ、今の感じ最高」と声を上げました。

投げていた本人からは、「今のボール、自分で投げたような気がしません。一連の動作の中で気付いたら指先からボールがスーッと離れ、まったく力を入れた気もしないし、経験したことがないような感触でした」、と言うのです。

それを続けて感覚を覚えるんだぞと声をかけましたが、次に投じられたボールはそれまでと同じ、たいしたことのないボールに戻っていました。

それは本人の気持ちの中に、「さっきくらい軽い感じで投げても、あんなに良いボールが投げられるんだったら、もう少し力を入れたらもっとすごいボールが投げられるかもしれない」という、悲しいかな既成概念の中でも発想が頭をもたげてしまったのです。

これは本人にその気がなくても、心のどこかに屈筋主体で体を動かしてきたという、体に染み込んだ習性がそうさせてしまうのです。

どんなにそのことを説明しても、指導に行くのは1週間に一度で、最初からの約束で、1年にも満たない期間の指導で、彼にばかりついているわけにはいきませんから、同じ感覚で投げられたボールを見ることは出来ませんでした。

ことほど我々人間は緊急避難の筋肉である、関節を曲げる屈筋を主体に動くことが「力」というものを発揮するための必要条件だと思い込んでいます。

だから速く走るためには、強い筋力を必要とする、そのためにトレーニングするのは屈筋、そして持久力がないのは分かっているから、体を苛め抜き、どんな過酷な条件でも、その筋力が発揮できるような準備をする、まさに体にとって拷問のようなことが平然と繰り返され、これがフィジカルトレーニングだと信じて疑わないのです。

私がJリーグのチームにこの考え方を持ち込み、チームとして根付かせようとしましたが、期間が短すぎて残念ながらその動きを感じることは出来ません。

その後世界の超一流の選手たちの動き分析を依頼されて、何人かの選手たちの動きを追ってみましたが、まさに私の目標としている動きを体現してくれている選手ばかりでした。

ロナウド、ロッベン、イニエスタ、エジル、ネイマール、ミュラー、メッシなどなど、彼らの動きを見て、改めて私が考えていることを伝えていかなければならないと強く思いました。

Newspicksでも取り上げましたが、日本人の選手の中でFC東京の武藤選手は、体の使い方という意味で、90分間もっとも動き続けることが出来ている素晴らしい選手だと思います。

私の思い付きで言っていることではないのです、私が長い年月スポーツ選手の動きを見続け、そこから導き出された体の動きを自分の体に当てはめ動かしてみて、これだと思ったものだけを伝えて行こうとしているのです。

独自理論でも何でもありません、普通のことです。

個人として、自分からこの理論を求めてきてくれる選手たちには、しっかりと体の仕組みから動きづくり、そして何よりなぜこの理論が有効なのかということをしっかり説明して理解してもらってから指導しますので、形になっていくのも早いように思います。

それでも一朝一夕とはいきませんので、継続した取り組みが絶対条件ではありますが。

「ああ、それ聞いた、もう分かった、出来た」、そう思った瞬間に成長が止まるという意味が分かっていただけたでしょうか。

走り方だけを教えるのが西本塾ではありません、なぜそれが有効なのか、その部分を本気で追及してくれなければ、ダンスの振り付けを習いに来るのと同じで、形だけの物まねになるだけです。

西本塾生の中には、この走りを長距離走に応用してくれている人が多く、フルマラソンやハーフマラソンでの記録更新の報告がたくさん届きました。

私自身はまだまだ長距離走に取り組む気持ちがありませんので、今日のテーマであるスプリント力を磨いて、みなと公園での指導の際に、若い参加者と肩を並べて走れるスピードを身に付けていきたいと思います。

深める会、現在3名の方から申し込みが来ています。

色々な意味でさらに深く深く深めていきたいと思います。

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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
西本塾を深める会を9月10日(日)に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。

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