自信を持って復帰するためには

今日は慢性的な疾患や急性的な疾患、いわゆるケガをした後の回復期に行うトレーニングについて書きます。

私がスポーツ選手に対して行うのは、あくまでも競技復帰を目指したトレーニングということになりますが、リハビリテーションという言葉にも定義があり、それぞれの団体というか組織によって微妙に違う表現となっています。

それでも共通しているのは、リハビリテーションの対象者が障害者であるということです。

《国際障害者世界行動計画による定義》(Wikipediaより抜粋)

リハビリテーションとは、身体的、精神的、かつまた社会的に最も適した機能水準の達成を可能とすることによって、各個人がみずからの人生を変革していくための手段を提供していくことをめざし、かつ時間を限定したプロセスである。

と書かれていますし、WHOの定義にも同じようなことが書かれています。

こちらも抜粋ですが、

日本では、リハビリテーションは病気や外傷が原因で心・身の機能と構造の障害と生活上の支障が生じたときに、個人とその人が生活する環境を対象に、多数専門職種が連携して問題の解決を支援する総合的アプローチの総体をいう。医療とその関係分野の専門職が行うリハビリテーションを医学的リハビリテーションと呼ぶが、教育分野、職業分野、社会福祉分野で行われるアプローチも医学的リハビリテーション以上に重要である。

とも書かれています。

なぜこうした文章を引用したかというと、私たちがやらなければならないスポーツ選手に対するリハビリトレーニングが、本当にその目的に照らして正しいものであるかを、もう一度考えるきっかけにしたいからです。

『各個人がみずからの人生を変革していくための手段を提供していくことをめざし、かつ時間を限定したプロセスである』

この言葉には相当な重みがあると思います。

スポーツ選手にとって故障からの復帰が出来なければ、またそのトレーニングの結果が満足できるものでなければ、それはそのまま選手生命の終わりを意味します。


置かれた立場にもよりますが、限られた時間の中で復帰を目指さなければならないことの方が多いと思います。

これは一般の方が日常生活レベルへの回復を目指すリハビリとの大きな違いです。

『リハビリトレーニングによって人生を変革していく』、このこともある意味スポーツ選手にとって一番大きな目標ではないでしょうか。

ケガをする以前の状態に戻す、これが最終目的では、人生を変革するなどという大きなことにはなりません。

私が過去そして現在もその状況にいる選手にかける言葉は同じです、『ケガする前より逞しく』、これを合言葉にトレーニングに臨みます。

逞しくという言葉は、肉体的な大きさや強さをイメージされがちですが、これまで競技者として当たり前のように繰り返してきたトレーニングでは足りなかった部分に意識を向けさせ、新たな能力を獲得できる、またとないチャンスを得たと思えば、ケガをしたことをマイナスなことに捉える必要もないとまで思わせることだってできるはずです。

選手はそれぞれの競技を、かなり年少の時期から行っている場合が多く、競技そのものの技術の習得には熱心でも、総合的な体の仕組みに対する学習や意識そのものは、プロという立場になっていたとしても不足している場合がほとんどです。

トレーニングに至っては、正直これではと言わざるを得ないような内容のことを継続してきた選手も多いように思います。

そうした中で不幸にもケガをしてしまった今こそ、体に対する意識を変え、新たなことに取り組むチャンスだと思います。

ところが各種の定義にもあるように、総合的なアプローチが必要なはずなのに、ましてやトップレベルの競技者として、目標とするところが高いにも関わらず、スポーツ選手のリハビリが一番画一的な数値目標を達成するためのトレーニングに終始しているような気がします。

以前にアキレス腱断裂の重傷を負い長い期間をかけてリハビリを行った選手の例ですが、現実的にはリハビリというイメージから、はっきりと復帰を目指した実戦的なトレーニングを行っているにもかかわらず、なかなか全体練習に合流させてもらえないということがありました。

私としては、あらん限りの知恵を絞りこれでもかというくらい細かい段階を設定して、一歩づつ確実に消化させ、絶対という言葉はないにしても、これ以上はないというくらいの準備をしているつもりでした。

にもかかわらず当時の監督は、ケガをした患側と健側の筋出力の比率が、自分の求める数値にならないと復帰させないというのです。

それこそスポーツ医学の常識で言えば、それを目安にすることこそがセオリーで、そこに達していなければあくまでも不完全な状態だという判断になるのでしょう。

しかし、ほぼ毎日一緒にトレーニングをやっている立場としては、患側の足首の筋力は背屈も底屈の数値も、プレーしている他のチームメートの数値を大きく上回るレベルに達していたのです。

健側に至っては、群を抜くものすごい数値にまでなっていたのです。

彼は元々筋力の強い選手で、患側はもちろん健側のトレーニングも、誰よりも多くこなしていたのですから、いくら患側の数値が上がっても健側に追いつくことはできなかったのです。

業を煮やした私は、数値にこだわる監督に対して、「では健側を一月くらいギブスで固定して、左右差を無くしてみましょうか」と言い放ちました。

なぜそこまで自信を持てたのか、それはリハビリや復帰を目標としたトレーニングの過程を、これでもかというくらい細かく設定し、本人の肉体的精神的不安の両面にわたって、もう大丈夫だと確信させるまでやり尽くしていたからです。

とくにこの選手は神経質なところがあり、例えば一緒に走っていて「どうだい」と声をかけると、きまってネガティヴな言葉が返ってくるタイプでした。

逆に、無理をさせているつもりはありませんが、少し落としてくれと声をかけても「大丈夫です」としか言わない選手もいました。

そういう個人的な人間性まで含めてトレーニングは進めていかなければなりません。

分業制という綺麗事で、ここまではこの人が、ここから先は別の人が、今日はこの人が担当で明日はまた別の人、そんなことが当然のように行われていると、今関わっている選手の口から聞きました。

私にはそんなやり方はできません、選手の表情や息遣いを感じながらでなければ安心してトレーニングを行わせることはできないからです。

話が変わりますが、例えばベンチプレスというトレーニングを行わせる時、各自が記録したノートを見て、こいつは100キロを7回と書いてある、こいつは100キロを5回と書いてある、その事実だけを見てトレーニングの強度や効果を判断することは不可能だと思います。

どんな体の動きで、どんな意識でそれを行ったのか、最も大事なのはそこですから。

ですからとくに故障明けの選手に対しては最新の注意が必要で、段階ごとにだれかに任すなどということは私には考えられません。

選手からは、こんなになんでも自分でやるトレーナーは見たことがないと言われますが、選手にどちらが良いかと聞けば、「もちろん全てを任せられる人に診てもらいたいです」という答えが返ってきます。

分業化され立場上担当ではないから、自分の専門外だから、言い訳をすればいくらでもあるでしょう。

現実やりたくてもできない環境の方が多いかもしれません。

その中で私は試行錯誤しながら、選手にとって一番良い方法を模索してきました。

やったことがないとか自分の担当ではない、などといっている場合ではありませんでしたから。

今大リーグで活躍する日本人選手たちの故障と、その後の回復状況が問題となっています。

以前から肩や肘の手術をアメリカで行う選手が多かったのですが、それはたんに手術の技術が日本の医師よりもアメリカの医師の方が優れているというよりも、術後のケアやリハビリの環境を含めた医療体制がアメリカの方が優れていることが一番の要因ではないでしょうか。

日本の場合は保険医療制度の中で、いくらプロのスポーツ選手だからといって、医療機関の中でリハビリを担当するPTを独占的につけるというわけにはいなないでしょうから。

日本には、スポーツ選手に特化した専門の施設はまだまだ少ないのが現実です。

そのアメリカで手術を受けたにもかかわらず、再発の不安に怯えながらプレーを行う選手も多くいます。

これはある意味仕方のないことで、手術はロボットの部品交換ではありませんから、完全に元に戻るということはあり得ないのです。

だからこそ私は元に戻るためのトレーニングではなく、今まで使えていなかった能力を呼び起こし、持って生まれた能力をフルに発揮できるようにすることこそが、トレーニングの目的だと考えています。

現実30歳を過ぎた選手でも、私の提唱する屈筋を使わない走り方や体の使い方を知って、自らの新しい可能性を感じてくれています。

画像や数値の改善が治癒や復帰への唯一の判断材料ではありません。

体というものは経験した痛みに対する不安が当然のように残ります。

これがあるから同じ失敗を繰り返さずに済むのです。

ただあまりにもそれが残りすぎると、できるはずの動きもできなくなってしまいます。

いくら正しい段階を踏んで、自信を持って復帰してきたとしても、私の言い方ですが、体のどこかが「根に持っている」限り、本当の意味での完全復帰ではないということです。

これこそ言葉にするのが難しいですが、動きの再学習というか、これまで当たり前だと思ってきたことを、一つ一つ整理しながら、「これも出来たね、これも大丈夫だよね」と、体に語りかける作業を続けるのです。

少しでも体が不安を感じたら、その段階の間に更に細かい段階を追加して、「これならどうだい」と、あくまでも体の感覚を優先させて進めていくと、急がば回れではありませんが、遠回りのようで最短距離を走れる可能性が膨らむことは何度も経験してきました。

それもこれも選手との人間関係、そして与えられる環境が許してくれなければ何もできないことも承知しています。

今の環境では、完全に管理下におくことはできず、グランドレベルのトレーニングを直接指導することができません、これまでの経験を生かし、できるだけ細かい指示を与えて、本人の不安を少なくしながら進めてもらうしかありません。

痛みは嫌われ者ですが、無くてはならないものです。

ですがいつまでも怖がっていては、元の環境に戻ることはできません。

根に持つことで守ってくれる体に、なんとか納得してもらって「もういいぞ頑張れ!」と、背中を押してもらえるようにするために、もっともっと真剣に取り組まなければならないと思います。

故障を繰り返す選手たち、本当にそのやり方で体は納得してくれたのか、だれかのせいにするのでは無く、自分自身で勉強し、本来の目的を求めていかなければ、そんなこと知らなかったでは寂しすぎると思います、また同じことを繰り返すだけです。

そのカギとなるのは、やはり体を一つとして捉え、すべてをどうやって連動させていくか、その過程で滞るところ、連動を嫌がるところこそが、根に持っている元凶です。

ただそこが悪いのではなく、そこが嫌がらない動きのつなぎ方を工夫することが必要になります。

そうやってまずは自分の体を自分の思ったように動かすことが出来てはじめて、歩く走るという行為に進み、そこから自分の行きたい方向に移動する動きがあって、さらにもっともっと細かい段階を踏んでリハビリのトレーニングを進めていきます。

これはもうマニュアルなどというレベルの問題ではありません。

必ずデータを見せろだ、記録を残せだと言われますが、目の前にある体から一瞬たりとも目を離すことなく、一瞬一瞬に集中しなければ見えるものも見えなくなってしまいます、そうすること以外に私が出来る方法はありません。

誰に何と言われようと、この方法以外に真剣に体に向き合う方法を知らないのですから。

信頼してくれる人がいる限り、全力を傾けて誰かのために働く、それが私の仕事です。

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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
西本塾を深める会を9月10日(日)に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。

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