人間力

正直今日は何を書いてよいのか分かりません。

昨日、地元広島で行われた川崎対広島の試合を、家内と二人で応援にきました。
チームにいる時、広島から応援に来てくれる家族のために用意した55番のユニフォームを、まさか自分が着てゴール裏のサポーター席で、リーダーと一緒に声を張り上げ応援する立場になろうとは夢にも思っていませんでした。

55番という番号は、ユニフォームを作るときにマネージャーからサポーターは12番目の選手という意味で12番を選ぶか、ひいきの選手の番号で作ると聞き家族に相談すると、家族は私のサポーターなので12番じゃない方がいいとのことでした。

ならばと考えたのが、今年55歳になるという意味と、チームから支給されている練習着のスタッフ番号が55で、ゴーゴーと語呂もいいと思って決めました。
おまけに背中にNISHIMOTOの名前まで入れ、さらに私のサインまで書き入れるという念の入れようです。

今となってはお恥ずかしい限りですが、単身で川崎に乗り込んだ私をサポートする家族の思いがいっぱい詰まったユニフォームでした。

それを自分が着ての応援です、複雑な気持ちでした。

クラブの関係者から見れば、肝心な時期に自分勝手に辞めていった人間に対して、何の感情もないと思います。
こちらから試合前に挨拶に伺ったとしても、邪魔になるだけだと思い、一サポーターとしてバスと電車を乗り継ぎ当日券を買ってサポーター席に入りました。

そこには数は少なかったですが、いつも見慣れた熱いサポーターたちの姿がありました。
そして何事もなかったように温かく迎えてくれました。

選手が入場して練習が始まり、コールリーダーの海人君の先導で熱い応援が始まりました。
いつもは下のピッチの中にいて、その応援に後押しされて戦っていたのが、逆の立場になり色々な思いがよぎりました。

それから約2時間、応援の言葉も体の動きもまったくついて行けませんでしたが、声を限りに叫び続けこぶしを振り上げ、一生懸命応援しました。

後半には少し疲れてしまい、何度か座り込んでしまいましたが、なんとか最後まで応援団の一員として少しはお役にたてたかなと思いました。

試合が終わり、横断幕やその他の備品の片づけを一緒に手伝い、照明が消されていくスタジアムのスタンドで、いつもこんなことをしてもらっていたのかと熱いものがこみ上げました。

荷物を担いで外の駐車場まで運び、そのままとんぼ返りするという車組の荷台に荷物を載せ、出発する人たちを見送ったのは試合が終わって1時間以上たった10時過ぎでした。

もうその頃の私は、つい2か月前までチームの一員だったことなど忘れて、フロンターレサポーターの応援リーダーの一員になっていました。

選手やチームをサポートするトレーニングコーチではなく、はるばる広島まで応援に来てくれた彼らをサポートするためにここに自分がいる、という気持ちになっていました。

ほどなくチームバスが宿舎に向かって出発しましたが、それを見送ることもせず、ただただたくさんの荷物を載せて帰っていく彼らの安全を祈っていました。

そのあと何人かの方たちと一緒に市内に戻って食事をしました。
もちろんチームの内情や話してはいけないこともありますし、自分が辞めた経緯についてもすべてをお話しするわけにはいきません。

それでもリーダーたちからは温かい言葉をいただき、チームに対してこんなにも深い愛情を持って応援してくれているんだということが、ひしひしと伝わってきました。

私は自分のことを一トレーナー職人と称し、自分の領域ではだれにも負けないと公言し、それが分からない人間と相容れないことは仕方がないことだと思ってきました。

結局は独りよがりの度量の狭い考え方をしていたようです。

仕事に対して自信があるのは当たり前のこと、それをどうやって与えられた場所で生かしていけるか、というのが本当の意味で仕事ができるという評価をしていただける唯一の条件だったのです。

それを勘違いして小さな世界にこもり、なぜだどうしてだという思いばかりが先行した結果が、今回のことにつながっていったのだと、改めて考えさせられました。

年齢や経験、これまでの実績など目の前の選手にとってはどうでもいいことで、そういう若い選手たちを自分が正しいと思う方向に導いてあげられなかった私は、結局その任に足らずということだったのです。

一人抱え込んでしまった結果が体調の悪化であり、コミュニケーションの仕方にも、もう一工夫もふた工夫もあればよかったのかもしれません。

何の見返りもないサポーターのリーダーという立場に、真剣に向き合う彼らの言葉の端々から、選手のためと聞こえのいいことを言いながら、結局は自分のために言葉を発し、行動していただけなんじゃないのかと悲しい気持ちになりました。

自分を見つめなおし、これからの人生を生きていくために、昨日は色々なことを学ばせていただいた気がしています。

人生の舵が大きく狂ってしまいましたが、どんな出来事にも無駄なことなんてないんだと改めて感じた一日でした。
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コメントありがとうございました。
コメントありがとうございました。
ミニ連載をしていたアカデミーの配布物も、担当の米ちゃんがうまくテーマを決めてくれて、私なりのアレンジで少しでもお役にたてればと思ってやらせてもらっていましたが、中途半端に終わってしまって本当に申し訳ありませんでした。
その分も含めて、このブログで頑張りますのでよろしくお願いします。
私が言うのもおこがましいですが、人生一寸先は分かりません。
私がサラリーマンをやめてこの道に踏み込んだのは、今の大吉さんと同じ32歳の時でした。
その時から紆余曲折、波乱万丈の人生ですが、何度も訪れる転機に際して自分で決めたルールがありました。
「迷ったら先の見えない方に進む」ということです。
その時々継続していれば、少しずつ安定というものが見えてきます。
男として家族を養わなければならない立場としては、安定は何より優先されるはずです。
しかし私はこういう仕事を選んだ以上、自分の可能性をとことん追求したいと思いました。
ですから、来年再来年の自分が見えているより、もっと大きく成長しているか、もしくは今回のように打ちのめされて消えていくようなことになっても、それは挑戦した結果であって、決して後悔することではないのです。
一番嫌なのは、やらないで後悔することなのです。
大吉さんの人生もまだ始まったばかり、まずは体を整えましょう、そうすればおのずと心も落ち着いてきます。
そして目の前の一つ一つに、結果を恐れず挑戦してください。
人生にもう遅いはないと思います。
今この瞬間からでも、自分は変われます。
お互いに前を向いて頑張っていきましょう!
  • 2013-07-13│18:15 |
  • 西本 直 URL│
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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。

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