走るという動作、そのスピードアップのために②

私が走るという行為そのものに着目し、動きを分析し、自分の体で確認して指導に活かそうと思ったきっかけは、何といっても15分のインターバルを挟んで、45分間の試合時間を二回繰り返す、サッカーという競技の指導を依頼されたことでした。

「90分間走り続ける能力」、この言葉が金言となり、この能力を獲得するために苦しいトレーニングを行うことが、フィジカルという能力の中で大きな比重を占めているようでした。

しかし現実的に考えて、起こりうる様々な状況の中で、90分間常に全力で走り続ける能力が人間に備わっているはずがありません。

こんなことは誰が考えても分かるはずです。

だからこそ1分1秒でも長く、そうやって全力疾走できる時間を増やそうと努力することの何が悪いのか、今までそれがすべてだと信じている人たちからは、私の考えていることなどまさに机上の空論で、現実はそんな甘いものではないという反応がほとんどでした。

それでも私はもっと現実を直視してほしい、もし走り続ける能力が多少向上したとしても、サッカー選手に求められているのはそれだけではなく、その場その瞬間に的確な判断が出来て、何より正しくボールを止める蹴るという基本的な技術を発揮し続けることが要求されていることは、どう考えても間違いではないと思うのです。

選手は、こんなに頑張って苦しい練習をやってきたのだから、指導者は選手に対しこれだけのトレーニングをやらせたのだから、お互いがそれぞれ自己満足ともいえる状況を作り出すことで、なんとなく正しいことをやっているような気がしていただけなのではないかと考えました。

そこでこれまで自分の中にあったアイデアを整理して指導に当たり、少しずつではありますが、サッカーの世界にも、なるほどそういうやり方があるのかと思ってくれる人も出始めていました。

「90分間走り続ける能力」ではなく、「90分間頭と体を動かし続ける能力」、これこそが時間制限の中で戦う競技に必要な能力だと、私は思っています。

その後、様々な経験やこれまで蓄えてきた知識を、あてはありませんでしたが、とにかく誰かに話しておきたい知ってもらいたいと書き始めたこのブログから西本塾が生まれ、多くの方に伝えてきましたが、実技の部分で中心となるのは、やはり私の提唱する走り方の部分でした。

日頃運動不足の方も、現役の選手であっても、その有効性はすぐに理解してもらうことが出来ますから、「走ることがこんなに楽しいものだとは知らなかった」とか、「この走りなら、もっと長い時間良いパフォーマンスが続けられる」といった感想を100%聞くことが出来ました。

走ること自体が目的ではない競技の選手にとって、走るという行為だけで疲れてしまっては本末転倒、何のためにピッチに立っているのか分かりませんから。

ある程度のレベルの選手であれば、少し慣れてくれば、走るスピード自体も従前のスピードと遜色なく、というよりも同じかそれ以上のスピードを獲得することも可能です。

年齢的な衰えを感じ始める年代の選手であれば、そのことをより実感できるでしょう。

サッカーという競技の指導というきっかけからは始まった、「走るという行為」に関する「西本理論」は、一つの答えとなって完結したかに思えました。

ところが、すでに西本塾は12回を数えましたが、2回目の西本塾に参加していただいた陸上競技を専門に行っている、現在中学校3年生の息子さんと、その指導をし、ご自分もランナーとして活躍されているお父さんとのご縁が出来てから、私自身もう一歩踏み込んで走るという行為を考えなければと思うようになりました。

日々色々考えることもあって、そのことに集中する時間をあまりとってはきませんでしたが、そんな中でも時々ユーチューブで一流選手の走りは見ていました。

先日も息子さんが出場する大会をぜひ見に来てほしいと、広島で行われた織田幹夫記念陸上競技大会に足を運んで、生で選手たちの走りを見てきました。

その時に感じたことは、陸上競技の選手たちの走り方があまりにも画一的で、結果として出てくる記録や順位というのは、いったいどこで差がつくのだろうという素朴な疑問でした。

背が高くて足が長いとか、筋力に勝っているとか、それくらいしか差がないような動きでした。

サブグランドで行われているアップの様子も見ましたが、申し訳ないですが何の個性も感じられない、まさに金太郎飴のような動きで、まったく面白くありませんでした。

お父さんと一緒に見ていましたが、陸上競技ではこういう風に体を使って走りなさいと言うイメージが定着していて、私の走り方など完全否定されてしまうというお話でした。

一度か二度の指導とはいえ、親子して私の指導を受けて、なるほどこういう風に走ればもっと効率よく走れるのかと納得してもらっているはずなのですが、あの集団の中で日々練習し試合に出ていれば、その色に染めなおされることは容易に想像できました。

そして今回、息子さんの記録の伸び悩みに、お父さんがしびれを切らし、もう一度一から学びなおしたいということで、個人指導という形で広島に来てくれました。

お父さん自身は、ご自分でも長距離種目で活躍され結果を残し、記録を更新し続けていますので、私の言葉を素直に受け入れて頂けるのですが、それを選手である息子さんに伝えるという作業は簡単にはいかないのです。

このお話があって以来、改めて集めたあった陸上関係の動画をしっかり見直し、何をどう説明したら、本当の意味で理解をしてもらい、このやり方で行こうと納得させられるのか、私にとっても自分の走りを極める意味でも楽しい作業となりました。

お手本となったのは、1999年に出した43.18という400mの世界記録がいまだに破られていないマイケル・ジョーダン選手(MJ)と、1998年に10.00という日本記録を出した伊東浩司選手の走り方です。

とくにMJの走法は、私の中では二足歩行の人間が最も効率よく速く走れる、理想的な体の使い方をしているのではと考えています。

ところがあの走法は、独特で彼にしかできないとか、一般的ではないとか、指導には適さないとか、ネガティブな扱いばかりを受けているようです。

一言で言えば、これから陸上競技を始める選手や、現在取り組んでいる選手から見て「カッコ悪い」走り方というイメージがあるようです。

はたしてそうでしょうか、カッコ悪い走り方で出した世界記録が、20年近くも破られない記録として君臨し続けられるのでしょうか。

伊東選手の走り方は、そこまで極端ではありませんが、これから紹介するMJ選手の体の使い方のエッセンスは、すべて盛り込まれています。

残念なことに、伊東選手監修指導による、「DVD版、日本人に適した最速の走り方」を見ましたが、本人による解説と、私の分析による伊東選手の動きに少し違いがあり、この解説を見て、きちんと形にしても、おそらくは伊東選手のような走りのイメージにはならないような気がしました。

もちろん伊東選手の指導は、いわゆる一般の指導とは少し違うものにはなっています。

一般的な指導で言われていること、膝を高く上げるということです。

膝、そして太腿の部分を地面と平行に上げて、大きく振りだすことでストライドを広げることが指導の中心となっているようです。

その際必要になってくる体の使い方は、太腿を引き上げる、つまり股関節を屈曲させる運動ですから、大腿前面の筋肉や腹筋、胸筋、そして腕の上腕二頭筋といった、体の前側に位置する屈筋を総動員させることになります。

ためしに体を直立させ、骨盤の後ろ側がしっかり引き上げられ、背骨がきれいなS字カーブを作った状態で、どちらかの膝を地面と平行以上にあげてみてください。

その時骨盤の角度はどうなったでしょうか、スタートポジションを維持することは出来ず、少し腰が引けてしまうのが分かるでしょうか、その腰が引けた状態で前方に着地すると、自分の股関節より前に着地することになりますので、自分の体重の何倍もの重さを支えなければならないことになります。

そして後方の蹴り足にも大きな負荷がかかります。

速く走っていると気づかないかもしれませんが、スローで動きを分析すると間違いなくこういうことが起こっています。

前方に着地した足を後方に引き上げ、後方で地面を蹴った足を前方に引き上げるために、腕は前後に振る必要が出てきます。

この時使われているのが、すべて屈筋となるので、腕も同じく屈筋である上腕二頭筋が主となり、肘が前方に振りだされることになります。

「何を言っているんだ、走るという行為はそのものズバリで、それを力強く行うために補強運動をしたり筋力トレーニングをし、また可動域を広げるためにストレッチもしっかりさせているんだ」、指導者の方々からは間違いなくそんな言葉が返ってくるでしょう。

では私が見本としている二人の選手の走り方はどうでしょう。

太腿は地面と水平になるところまで引き上げられてはいません、振っている腕も、肘が体側より前に振りだされることはありません。

体の上下動が少なく、トラックの上を滑るように進んで行きます。

MJ選手のフォームは、上体がそっくり返っているようだという言われ方をしますが、はたしてそうでしょうか。

並んで走っているほかの選手と比べると確かにそう見えるかもしれません。

しかしここで注目してほしいのは、MJ選手の骨盤の角度です。

骨盤の後ろが大きく引き上げられ、前傾か後傾かという分類をするならば、前傾していると言えます。

この姿勢をずっと維持できているため、骨盤の上に誰よりも大きなアーチが見られます、背骨全体が大きなS字を描いているということです。

そのため他の人に比べるとそっくり返って見えますが、実は肩の位置はきちんと股関節の真上に安定しリラックスした状態を保ち続けます。

深くできたS字のお蔭で、肩甲骨は下後方の背骨側に引き寄せられ、広背筋の停止部である上腕骨の小結節部分を力強く小刻みに後方に引き込むことで、広背筋の収縮を促し、骨盤をさらに引き上げ、股関節の自由度を高めることが出来るのです。

その結果、膝は高く上がることなく一定の位置で止まるため、移動してきた重心(股関節の真下)に着地しますから、自分の体重すら感じることなく着地の衝撃を感じなくても済むことになります。

さらには、着地した瞬間に後ろの足の股関節が伸展状態にあって、前に振りだされる準備が出来ていますので、後ろ足で地面を蹴っている感触もないまま、左右の足が次から次へと送り出されてくるという感覚が続くのです。

草原を走るダチョウのイメージです。

私の指導を受けたことのない人には絶対に理解不能な感覚だと思います。

「地面を蹴らないで、足を振りださないで、腕を強く振らないで、どうやって走れと言うのだ、それも早いスピードで・・・。」

いわゆる足を引きずるようにとか、すり足でということとは全く違います、欽ちゃん走りではありません。

今回短い期間でしたが、ここまで深く考えてこなかったMJ選手の走りを、私なりに分析することで、人間の可能性をより強く大きく感じることが出来ました。

陸上選手はこうやって走るんだ、それもいいでしょう、しかし、私にはその走り方に大きな未来も進歩も感じられません。

お父さんとお話しする中で、伊東選手や末續選手が活躍している頃には、私が今見ている方向性を感じることが出来たそうです。

ところが今、10秒の壁を破らんとしている若手の選手たちの動きが、少ずつそこから離れ、筋力頼みの走りになっているように思うという所は、見方が一致していました。

そこを我々日本人が目指しても、アメリカやジャマイカという短距離王国の黒人選手の肉体に迫ることは不可能だと思います。

MJ選手も黒人の選手でしたが、筋力頼みの走り方ではなく、これまで説明してきた骨盤と股関節の関係を最大限に活かし、広背筋を必要最小限の筋力で操り、骨格の動きをコントロールするという、人間本来の動きを完ぺきに操ってくれた選手だと思います。

あの背骨のS字カーブや、骨盤の角度を、まったく同じにできるようにトレーニングしてくれと言われても、それはできないかもしれません。

しかし、ああいう風に使おうという意識付けのトレーニングを行うことで、腿を引き上げ腰が落ちてしまうという最も避けなければならない状態を作らず、骨盤の後ろ側を、前に前にと運んでいく理想の走りのイメージを追及することは出来ると思います。

伊東選手の指導の中に、こういうイメージがありませんでしたが、もし現役の時、私が分析したMJ選手の体の使い方が理解できていれば、もしかして9秒台の記録が出たのかもしれません。

腿を上げる上げないではなく、上げられないという言い方をするとマイナスなイメージになりますが、上げる必要がない、あの高さ位置が理想的と言い換えた方がいいでしょうか。

腕も前後に大きくではなく、前には振れない状態になっているのですから、思いっきり後ろに振ればいいのです。

今回の分析をもとに自分で走ってみて、改めて自分の分析力に自信を持ちました。

昨日一緒にお父さんと走りましたが、40代前半の陸上選手とそれほど大きく差をつけられないで走れるように、練習すればできそうな気がしてきました。

お父さんは地元で行われたマスターズの大会の100メートルに出場し、スタブロを使わず運動会のヨーイドンスタイルでスタートして13秒1の記録を出したそうです。

スタブロを持ってきてもらって、私のイメージするスタート時の体の使い方もやっていただきましたが、さすがに呑み込みが早く、その時今のスタートが出来ていれば、楽に12秒台が出たのではと思いました、恐るべしです(笑)

私はスタブロに慣れていませんので、自分のイメージ通りにはなかなかできず、どうしてもスタブロを蹴ってしまいましたが、「来年マスターズ出場を狙ってみませんか」の声に、少しその気になりましたので、ならばスタブロに対応できるための練習もしなければなどと、またまたいろいろなことを考え始めました。

「走るという行為」、とんでもなく奥が深いですが、私なりの結論らしきものを、今回見つけることが出来ました。

こんな機会を与えていただいた親子に感謝します。

今回の分析と実技をもとに、息子さんお父さん、ともども記録更新に向かかって頑張ってほしいと思います。

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Re: No title
コメントありがとうございます。漫画の例えは知らないので何とも言えませんが、それぞれが自分の視点で動きを見るのは楽しいと思います。さらに進めて、その動きを自分でやって再現してみる、それを人に見せられるようなレベルまで引き上げ、誰かに指導する。気づくだけではもったいないです。是非そこまで追求してみてください。
  • 2015-07-19│10:17 |
  • 西本 直 URL│
  • [edit]
No title
マイケルジョンソン選手の走りは達人の域に達していますよね。バガボンドの「腕はないものと思ってください。」ってやつですよね。骨盤と肩の動きで足と腕を制御し、足と腕はない感じで走れるのが理想だと思うようになってきました。ボルト選手も基本的には同じなのですが、骨盤の縦の動きを・・・というか地面を押す力を重視しているので膝の上がり方も違うし肩の動かし方も違う全く違う走りのように見えます。両者の走りは体の使い方は同じでベクトルが違う感じですかね。骨盤でいえばマイケルジョン選手は水平重視、ボルト選手は縦重視ですね。選手には両方マスターさせてタイムのいいほうを使えばいいですね。
  • 2015-07-18│22:05 |
  • よっしー URL│
  • [edit]

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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
西本塾を深める会を9月10日(日)に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。

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