プラス思考で

私の唯一の著書「朝3分の寝たまま操体法」、その発売からちょうど11年となりました。
今年も一度増刷がかかり、版を重ねて第13冊となりました。

私が思いを込めて書いた本ではありますが、すでに手元を離れ自由に育って行った我が子のような存在となっています。

今回その本が新たな出会いに繋がりました。

先週の水曜日、こんな電話をいただきました、「1年前に胸腺腫瘍の摘出手術を受けた主人の術後の様子が芳しくなく、決まったように一日おきに身体中に痛みがあって、手術を受けた病院はもちろん、勧められるままに整形外科から心療内科まで、様々な医療機関を受診しましたが、状態が変わらずどうしたものかと思っていました。たまたま手に取った本を読んで、この人のところに行けば何か良いことがあるかもしれないと思って電話しました。」という内容でした。

本を読んでいただいているのですから、私がどういう人間で、その時点までどういう仕事をしてきたのかはわかった上でのことだとは思いますが、胸腺腫瘍摘出後の体の異変と、私のやってきたことがどう結びついたのか、私自身不思議に思いました。

どこでどんな検査を受けても異常が見つからないし、手術とこの痛みの相関はないと言われ、ではなぜご主人の体はそういう症状を訴えっているのか、ご本人はもちろん奥さんもとても心配されて、どこかご主人の体に良いところはないかと常にアンテナを立てていたようでした。

そんな時に、私の書いた本の内容に、もしかしてと興味を持っていただいたのでした。

ご主人にも本を読んでいただき、ご本人が興味を持っていただき私の元を訪れてみたいと言っていただけるのなら、改めて電話をしてくださいと、電話を切りました。

程なく電話があり、昨日今日の二日間広島に来ていただくことになりました。

お住まいは横浜で、ご主人は以前から予定していた山口県内の湯治場で、1週間ほど温泉療養をされていて、その帰り道の広島に寄っていただくという偶然といえば偶然ですが、まさに必然のような巡り合わせとなりました。

胸腺という内分泌系の器官の問題であれば、私など全く専門外なことはわかっていますが、一日おきに悩まされる体の痛みがなんとかならないかというご相談でしたので、もしかしたら私の施術がお役に立てるかもしれませんとしか言えませんでした。

それでも、体が黄色もしくは赤の信号を発しているということは、骨格の歪みや筋肉の緊張など、体そのものに何か問題があると考えるほうが自然だと思いました。

昨日は、とにかく私の考える正しい体の仕組みに対して、ご主人の現状の体のどこに問題があるのか、できる限りの言葉を尽くして説明を加えながら、体との対話を図りました。

昨日は痛みのあるほうの日だったようですが、施術中から痛いという感覚はなくなっていきました。

というよりも私は、ご主人の体に大きな歪みや連動を制限する不都合を、ほとんど感じなかったのです。

正直もっと大きな左右左や、どこをどう動かしたら痛いという、素人目にも明らかな問題点がたくさんあると思っていました。

しかし、それが見つからないのです。

私の元を訪れる一般の方で、50肩だ腰痛だという症状を抱えて来る人たちの体は、よくここまで我慢してきたなというくらいひどい状態になっている人がほとんどです。

それが1年以上も1日おきの痛みに悩まされ続けているという人の体に、そういうはっきりした歪みが見えないことに少し驚きましたが、微妙な左右左や感覚的な違和感を探りながら、体を整えていく施術を行いました。

「これは単純に体だけの問題ではない」、私は直感的にそう思いました。

私より3つ年上の方で、若い頃はサッカーをされていたというお話でしたが、手術以来ほとんど体を動かしていないためか、筋肉が緩んでしまっていました。

操体法は見た目にも、実際の施術を受けていただいても、いわゆる運動やトレーニングとは対極の静かな動きで、色々動いてはいただきますが、疲れるという感覚にはならないと思います。

しかし、初めて施術を受けた方の多くが、そのあと数時間して体の力が入らなくなったとか、すごく眠くなってすぐに布団に入って、ぐっすり寝てしまったと言われることがあります。

中には腰に力が入らなくなって、腰が抜けたような感覚になったと言われる方もありました。

そのことは伝えておきましたが、本当に夜になるとすごく眠くて久しぶりにぐっすり眠れたと、今日来ていただいた時に言われました。

この現象は、以前から私もどういうことなのか色々考えていました。

運動というのは筋肉の収縮活動です、それはすなわち細胞の振動です。

操体法は体の一部から始まった動きを、全身に連動して波及させて行く動きです。

まさに全身の細胞があますところなく使われて、今までに感じたことのない疲労感というかだるさを感じることにもなります。

普段使われていなかった部分の細胞まで、すべてが自然に気持ちよく参加してくれた結果だと思います。

だから不安に感じるどころか、こんなに楽に全身運動ができたと喜んでもらっていいと思います。

実際に、そういう感覚も短い時間で、それを過ぎると今までにない体の軽さを感じることも共通した感想です。

そうして体全体に動きが伝わったということは、それができる体であったということの裏返しでもあるのです。

ではなぜそういう体を持っているにもかかわらず、二日に一回というなんとも意味不明な規則性のある痛みを訴え続けているのでしょうか。

今日の施術は、昨日の終了時点を維持どころか、さらに良くなった状態で始めることができました。

昨日のような説明は必要なく、体と心を真っ白にして、自分の体との対話を楽しんでいただきました。

ただ施術前に昨夜は如何でしたかと聞いた時に、「ずっと痛みを感じなかったけれど、遅くなった時に少しこの辺りが」という言葉が聞こえた時に、私はその言葉を遮り、施術を始めました。

その瞬間私は確信しました、この人は痛みを探しているなと。

人間生きている限り、体のどこにもまったく異常がないという人はいないと思います。

いや自分はそんなことはないという人もいるでしょう、それはその人その人の感覚の問題で、多少痛みや違和感があっても、マイナスイメージの言葉を発することなく、オールオッケーと威勢の良い言葉が出てくる人と、重箱の隅を突っついてでも、マイナスな部分を探す人に分かれるようです。

痛みという感覚はまさに個人差が大きく、一律な判断はできません。

ここに来た時に感じていた痛みが、たとえ半分になったとしても、どうですかと聞いた時に、「いやまだこの辺りが」と、顔をしかめる人と、「いやー随分楽になりましたと」笑顔で答えてくれる人の違いは、単に性格の問題だけではないと思います。

しかしマイナスな言葉を吐く人は、そのあとの変化もあまり期待できないのです。

痛みにメモリはつけられませんが、10という痛みがたとえ1になったとしても、その人にとってその1は、痛いか痛くないかという問いに対しては、やはり痛いと言う言葉が口をついて出てくるため、その痛いという言葉の中に10のメモリを作ってしまうのです。

ですからどこまで行ってもゼロ、痛くないという言葉を使おうとはしないのです。

痛みは必要な感覚です、痛みがあるからこそそこに近づかないように体が反応してくれるのです。

しかし、それが度を超えてしまうと、まだ痛みを発しなくてもいい状態の時に「痛い」という信号を発してしまったり、痛いという感覚の手前で十分体を使うことができるのに、無理に痛みの出るところまで動かして、痛い痛いとアピールしてしまうことになるのです。

本人にはもちろんそんな悪気はありません、でも必要のないアピールは何も良い結果は生まないと思うのです。

そのことをわかって頂きたくて、真剣に語りかけました。

中にはそんな言われ方をすると、痛みも改善できないくせに何を偉そうにと、怒ってしまう人もいます。

人間の体は、どこをどう使っても自分の思った通りに動いてくれるわけではありません。

人間として生まれ備わった体のカラクリに沿って動かしてこそ、本来の効率的な動きが可能となります。

そのことはしっかり認識しなければなりません。

「こうやって動かすと痛いような気がするが、ならばこの部分をこうやって動かしてみると、それほど気にならなく動かすことができる」、そうなんです、体は部分の集まりではなく全体で協力して動くものなのです。

痛みや不都合を感じる部分を探すより、良いところ動かしやすいところを探して、自分の体にもっと感謝しながら動いてもらわなければならないのです。

操体法では対極の方向を動き比べ、動きやすさや快不快の感覚を比較させ、動きやすい方、快と感じる方に誘導することを基本としています。

しかし、その度に「こっちは動きにくい、こっちは不快感がある」というネガティヴなイメージを体に持たせてしまうことにもなります。

今回のような方のような場合、いかにネガティヴなイメージを持たせないかということが一番大事だと思います。

とにかく体と心が解放された状態を1分1秒でも長く保たせてあげる、そのことが長く引きずってきたマイナスイメージを払拭する唯一の方法なのではないかと思いました。

お二人揃って笑顔で帰途についていただけました。

西洋医学は局所を見るからダメとか、東洋医学は体全体で捉えるから西洋医学より勝っているとかいう言い方もされますが、体を見ることに西も東もないのです。

あるのは目の前にあるその人の体だけです。

どんな検査にも現れない心の部分にまで少しだけ踏み込ませてもらい、痛みの原因を探り、決めつけてしまうのではなく、もしかしたらという言葉を付け加えながら、心と体を解きほぐす、今回そんなことが少しできたように思います。

どんな相手に対してでも、「この人のために自分が何ができるか」、先入観を捨て、こちらも真っ白な気持ちで対応すれば、何かが見つけられる、そう思いました。

ずっと心配されている奥さんの方がお疲れのようでしたが、今回は奥さんまで手が回りませんでした。

もしご縁が続いて、またここに来ていただくことがあれば、その時は奥さんにもからだほわっとを受けていただきたいと思います。

11年も前に書いた本から、こんなご縁が生まれました。

奥さんはそんな前に書かれた本だとは思っていなかったようでした。

私の体に対する想いは、あの頃からずっと変わっていません。

本の内容で、今書き直したいと思うところもありません。

あの時点で、私の中での「体観(からだかん)」は出来上がっていました。

もしかしたら同じような症状で悩んでいる人や、施術する立場でこういう方を相手にしている人があれば、今日書いたことが参考になるかもしれないと思い記事にしました。

さて、昨日今日明日と、ふるさと宇和島では「宇和島祭り」、地元では「和霊さま」の呼び名で親しまれている夏祭りが行われています。

今夜は高校の同級生たちが連を作って、「宇和島踊り」に参加します。

翼があるなら、これから飛んで行って同級生の連に加わり、もちろんその後に行われる飲み会にも参加して、気の置けない仲間たちと楽しい時間を過ごしたいと思います。

いくつになっても昔の友達はありがたいものです。

またいつか仲間の輪に加われるように、日々の仕事を頑張ろうと思います。

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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
今年2回目の西本塾を8月26・27の土日に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。
なお、今回も参加者が5名に満たない場合は開催しません。
9月10日には深める会も予定しています。

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