マニュアルはいらない、いや作れない

今夜は宮島、厳島神社を背景に水中花火大会が行われています。

私の仕事場である、広島港からも宮島行きの高速船が就航しており、加えて今夜は花火見物のチャーター船が何隻も出るため、ターミナル内は何事が起こっているのかというくらいの人出でにぎわっていました。

普段港に縁のない人もやってきますし、一階の広い待合所も、今日ばかりは満員で、スタジオ操の横の空きスペースまで、船を待つ人が座り込んで時間待ちをしていました。

私の施設前に張ってあるポスターのようなトレーニングマシンの写真や、動きづくり研究会の文字に反応して、「ここって何をするところ」という声がひっきりなしに聞こえるので、うっとおしくなって予約の仕事を終え早めに帰ってきました。

現在進行形で肉離れの選手のケアを行っています。

すべてを管理することが出来ないため、コミュニケーションをしっかりとって、できるだけ私の思うような進め方が出来るようにしています。

数か月前のことですが、同じ個所を同じ程度の損傷具合で肉離れを受傷した選手を、まさに同じような立場で復帰させていきましたが、同じ種目同じ部分を痛めた選手であっても、このブログでも何度も書いた、まったくの他動運動から自動運動に移行する辺りから、その進め方はまったく違うものになっていきます。

以前チームに所属していた時には、やれ報告書を書けだとか、日報を出せとか細かいことを言われることもありました。

ある意味それは当然のことかもしれません、そういうデータの積み重ねによってチームの医療スタッフとして知識や技術を共有したり、ノウハウを蓄積することは大事なことかもしれません。

ただそれを見て読んで、理解できるレベルの人間でなければ、まったくその意味を成しません。

それを、ただ管理する立場の人間が、意味も分からずサラリーマン的な発想で報告書を求めてくることに、私はことごとく反発していました。

まず、それらを要求している立場の人間に、私のやっていることを理解できるはずがないこと、そして同じトレーナーという立場にいる人間たちも、同じように私の考えていることやっていることを理解できないというか、理解しようとしていないことが明らかだったからです。

そして何より、私自身がそういう経験を次に同じようなことがあった時に、使えるとは思っていなかったからです。

記録を残したり、明日はこうしようなどという予定など、ほとんど通用しないからです。

ではどうするか、とにかく相手をよく観察して、自分の手で触って体を動かして、今日はこれが出来そうだ、今日はこれはやめておこうという、瞬時の判断の繰り返しなのです。

もうここに書ききれないほど、その判断は多岐に及びました。

マニュアル通りの予定をこなすことで、仕事としては何の過不足もないでしょう、私はそんなことのために選手に向き合ってはいなかったのです。

現実として20年を経た今でも、私のやっていたことを真似てくれてはいません、それどころか恐ろしいほどマニュアル化された方法で管理されていることを噂としてではなく聞いています。

今この立場であっても、この立場であるからこそ、目の前に現れた選手の一挙手一投足に目を凝らし、表情や話す言葉、息遣いまで感じ取らなければ、何をさせられるのかなど判断できるわけがありません。

私の感性という以外に言葉が見つかりませんが、それでは後進は育てられないというということもよく言われました。

言葉や文字で伝えられるような、マニュアル化できる程度の技術なら、私はこの仕事を続けてこなかったでしょうし、、いくらでも伝承されているものはあります。

それほど間が空いていない中での二人のケアからリハビリのトレーニング、そして復帰に向けてのトレーニングと進めていますが、自分でも大きな違いを感じています。

なぜそうなったか、それは選手から伝わってくる何かが違うからです。

その何かを感じ取れるようになってもらうことこそが、西本塾であり、さらに回を重ねて深める会に参加してもらう意義なのです。

簡単に分かりましたとか、出来ますと言われては困るのです。

自分で満足できるならそれもいいでしょう、私は本当に私自身がこの人ならという人間を一人でも育てられればいいと思っています。

だから厳しい言葉もぶつけています。

二人に行っていること、目的は同じです、再発させないように確実に、それでもできるだけ短期間で、さらにはこういう期間でなければできないトレーニングや、体に関する知識を身に付けさせたり、なぜこうなってしまったのかという根源的な体の使い方の問題など、私が知っていること、出来ることをすべてしてあげたいと思っています。

それをどのタイミングでどういう内容の話をするか、その選手のために一番ベストなタイミングを選択していくためには、マニュアルなどという概念に頼るなど、私にはまったく考えられないのです。

ある故障に対して、時系列でマニュアル化されたものは存在します。

そこに当てはめている限り、責任問題には発展しないでしょう。

私はそんなことなど一度も考えたことはありません、この選手のために今この瞬間出来ることの最良の選択をする、けっして無理をさせるのではありません。

その体が「出来ます、動きたいです」と言う、体が発する言葉をしっかり聞き取って行くだけです。

マニュアルがが存在しないどころか、どんなに頼まれても私のやり方をマニュアル化することは不可能です。

ではこの技術は伝承できないのか、そんなことはありません。

私と同じように、人間の体そのものを診るという感性を身に付けてもらえばいいだけのことです。

加えて少し、私の経験を聞いていただき、そんなことがあったのかそんなことが出来たのかという、事実を事実として認識し、自分もやってみようと思ってくれればいいだけのことです。

選手や一般の方も含め、マニュアル通りを望むなら、そういうことをしてくれるところに行けばいいのです。

人間の体の可能性を信じ、何かほかの方法があるのではと思った人は、私のような人間を探せばいいのです。

みんなが私のところに来られても正直困ります。

私はプロの選手しか相手にしないという噂がどこからか聞こえたことがありましたが、ある意味それは本当です。

ただプロという言葉は、職業としてスポーツを行っているという意味ではありません。

子どもであろうと大人であろうと、スポーツ選手であろうと一般の方であろうと、真剣に自分の体と向き合っている人間のことを、私はプロだと言っているのです。
まったく人任せで、自分では何もしないという態度の人間は、私が相手にする対象ではないということです。

私にできることは、真剣に自分の体と向き合い、故障を治したり、より良い動きづくりに取り組もうという、向上心のある人に、多少一般の方々より持っている知識と経験をフルに発揮して、サポートすることです。

当たり前のことですが、私が主役ではありません。

残念ながらそう思っていない人が多すぎます。

さらにはネームバリューというのでしょうか、有名な人が腕がいいと思い込んでいる人もたくさんいます。

私はそういう意味で有名にはなりたくありません、本気の人になら本気になれますが、本気でない人にはまったく本気になれません。

まだまだ人生経験は浅いですが、相手の本気度だけは分かるようになったつもりです。

同じ料理を同じレシピで作っても、同じ味にはなりません。

人間の体を相手のこの仕事、実は体ではなく心を相手の部分の方が大きいと思います。

すべてを忘れ、この人間のために自分の能力のすべてを発揮したい、そう思わせてくれる相手が一人でもいる限り、私がいま生きている価値はあるのではと思います。

マニュアルを学びその気になっている人たちにも、もう一歩踏み込む勇気と気概を持ってほしいと思います。

スポンサーサイト

Trackback

Comment

Post a comment

Secret


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。

最新記事

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

カウンター

検索フォーム

QRコード

QR