人間の動きを見て思うこと

毎晩テレビで世界陸上の中継を見ていて思うことがあります。

人間の基本的な能力を競うのが陸上競技というスポーツ種目、単純に走ることから、そこにハードルや水壕と言った障害物を配置したり、砂場を作って助走をつけて、一歩また三歩でどれだけ遠くまで跳べるか、はたまた横に渡したバーを自分のジャンプ力だけで跳び越したり、長いバーを持って跳び越したり、鉄の塊や円板や槍を持ってどこまで遠くに投げられるかを競ったり、テレビで競技を見ていると近代的なスポーツにしか見えませんが、文字で羅列すると、なぜか古代の人間たちが行っている様子が目に浮かぶような競技です。

もちろんそれぞれの競技によって、向き不向きというか体格の差があることはもちろんですが、それでもただ大きいとか背が高いとか、筋肉隆々としている選手がすべて勝つわけではありません。

もちろん最低限のというか、世界で戦うためには最低これくらいの体はないとな、と思わざるを得ない場合もあります。

日本の選手は残念ながらいま世界に通用するというか、メダル争いどころか決勝のレースに残っていく選手さえいません。

毎晩中継を見ながら、何が違うんだろう、どうすればいいんだろうと、別に誰に頼まれるわけではないし、もし良いアイデアを思い付いたとしても、どこの誰にそれを伝える立場にもありません。

しかし、どんな競技であれやはり基本は陸上競技の各種目の体の使い方だと思のです。

野球が好きな人、サッカーが好きな人、バレーボールが好きな人、その他チャンネルを変えれば色々な種目を見ることが出来、それぞれのスーパースターの動きを堪能することも簡単にできる時代です。

サッカーで言えば、ユーチューブで検索すれば一流選手のスーパープレーが〇〇の神プレーなどというタイトルでいくらでも出てきます。

そういう常人にはできない動きの数々を支えているのは、あの陸上競技選手たちの動きがすべて基本になっていると言っても言い過ぎではないと思います。

だから本来は、どんなスポーツを行っている選手でもそれを応援している人たちであっても、陸上競技は見るべきだと私は思います。

私は子供の頃から運動神経は良い方だと思っていましたが、体がとても細く、年齢が上がるにつれて同年齢の選手との差は大きくなるばかりでした。

とにかく大きくなりたい、それが唯一の夢でした。

私が今こんなことを考え、こんな仕事をしている原点もそこにあったと思います。

なぜ大きくなれないのだろう、小さいままでは良い選手に成れないのだろうか、考えても考えてもそう簡単に答えの出るような問題ではありませんし、何より何の知識もない田舎育ちの私に、それを教えてくれる人などいるはずもありませんでした。

そんな私が今こうなって思うことは、明確な目標に向かって正しい努力を積み重ねれば、誰でも可能性はあるということです。

体の大きさという意味では、身長はある意味どうにもならないところだと思います。

しかし、体を動かすために必要な筋肉に関しては、後天的な努力でどうにでもなると思っています。

ここで出てくるのが「体づくりから動きづくりへ」という私のキャッチフレーズのようになっている言葉です。

この意味はけっして小さいままでもいいと言っているわけではありません、ただ大きさだけを求めてもダメですよと言っているのです。

今世界陸上を見ていて、その思いを強くしています。

自分がその競技にとって必要な動きを完璧に表現できるようになるための筋量を持っていることが条件なのです。

まずは筋肉ありきで作りこんで、それをどう競技に活かすかではなく、この競技はこういう動きで構成されているという、競技動作の本質を見極めることなく、体作りに専念しても競技成績には結びつきません。

ただこれは世界のファイナリストと呼ばれるレベルの話ではありますが、その手前までなら私の言っているところまでこだわらなくてもいいのかもしれません。

でも競技としてやるなら、とことん可能性を追求するべきでしょう。

ならば、まずは動きを分析し、どういう動きが出来れば世界一になれるのか、その動きが出来るようになるためにはどんなトレーニングが必要なのか、そうやって突き詰めて行った結果として、その競技でナンバーワンになるにふさわしい肉体が構成されているはずなのです。

そこには順番が付きますから、どんなに正しい努力をしても全員が一番にはなれません。

しかしその努力なくして偶然一番になることもありません。

その方向性を見極めることなくして行われる努力は、残念ながら無駄な努力となってしまうでしょう。

残酷な話ですが、どんな世界でも一番を目指すというのはそういうことだと思います。

もちろんみんなが世界一を目指して競技を行う訳ではありません、街で一番市内で一番、県内で一番、日本で一番、どこに目標を置いてもいいでしょう。

しかしその努力の過程は同じなのです。

昨日、箱根駅伝を目指して高知から進学した選手が、夏休みを利用して久しぶりにここを訪れてくれました。

高校卒業直後、上京を間近に控えたタイミングで初めて来てくれた時も、直前に故障で走れない状態で来ましたが、なんとか走れる状態に持って行けたので外で実技も指導出来ました。

今回も直前の合宿後、疲労骨折の診断を受けての来訪となりましたが、施術から室内トレーニングそして廊下を利用しての走りの実技と、予定通りのことを指導出来ました。

実に真面目な青年で、同じ四国出身ということもあり、なんとか夢をかなえさせてあげたいと思っていますが、今回は2回目の指導とはいえ、スピードを上げるための体の使い方までしっかり理解してくれて、休み明け足が完全に回復したら、きっと今まで以上の走りが出来るようになっていると確信しています。

時間はかかりますが、順を追ってきちんと体に染み込ませていくと、誰でもとは言いませんが、本気で取り組んでくれれば出来るようになるのです。

私自身長く走ることは嫌いではありませんでしたが、スピードは速くありませんでした。

もっと速く、もっと長く走れないのだろうか、自分の中で考え続けてきた結論のようなものが、今私が指導している走り方につながっていきました。

速くは走れてもすぐに疲れたのでは意味がないし、長くは走れてもゆっくりならだれでもできるわけで、その両立を自分の体で実践していく中で、サッカーの90分間走り続けるではなく動き続けられる走り方だったり、マラソンや100mにも共通する、人間が走るという行為をどうやって行うべきかという根本的な問題にまで踏み込んで行ったのです。

私自身これから競技者として多くの競技に挑戦するという訳にはいきません。

しかし、今自分がその立場だったら、こんな考え方でこんなトレーニングをすれば、それなりの成績は勝ち取れる、そんな思いはあります。

だから私を頼ってわざわざ遠くから来てくれる選手たちには、精一杯自分の知識と経験を総動員し、自分が見せられる精一杯の動きを表現することで、こうやるんだよと言う見本になりたいと思って頑張っています。

私が誰かの動きを見てなぜそう思うのか、ただのお節介かもしれませんが、もっとこうすればいいのにな、こういう意識にはなれないのかなと、心の底からそう思うのです。

それが正しいと思えるのは、自分の体を動かして確かめているからです。

もっともっと色々なものを見て、自分の体を動かし、いつだれが来ても、なるほどそういうことだったのかと思ってもらえる答えを用意しておきたいと思います。

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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください
尚、深める会も12月9・10日に予定しています。

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