学び合うということ 深める会

世の中はシルバーウィークと呼ばれる連休期間に入るようですが、私はここで、明日明後日と「深める会」を行います。

回を重ねるごとに参加してくれる人の意識や求めるものの深さが増し、私はそれに応えるために自分の頭と体を整理し、さらに積み上げられている日々の経験をどう上乗せしていくのか、何よりも誰よりも自分にとっての深める会になっています。

もともと他の人に教えるという発想が全くなかったため、逆にいえば誰かの事が気になるということもありませんでした。

誰かが私のやっていることを評価してくれようが、悪口を言われようが、私のことを本当の意味でわかる人間などいるはずがないのだから、何を言われても気にしようがないと思っていたのです。

世の中には自分の考えや知識を、第三者に教える活動をしている人がたくさんいます。

今の私はそういう中の一人かもしれませんが、それを目的として仕事をしてこなかったので、教えて欲しいと言われる事が、逆に不思議な気もしています。

教えたい人がいるから教わる人がいるのか、教わりたいと思う人がいるから教える人がいるのか、私は前者の方が多いように思います。

どこかの誰かに聞けば答えが与えられる、そう思うこと自体は悪いことではないのかもしれませんが、そうやって与えられた答えをどうやって昇華して自分のものとし、自分が伝える側になって行けるのか、難しいような気がします。

何度も書いてきましたが、私は質問という言葉が好きではありません、まさに分からないから教えてくださいとしか聞こえないからです。

「なぜ自分で考えないのだろう」、まずそう思ってしまいます。

その前になぜ答えが必要なのだろう、それを知ってどうするのだろう、過去そういう質問に対して真剣に答えたこともありましたが、こちらが真剣に答えれば答えるほど、相手は顔を背けてしまう事がほとんどでした。

「そんなことまで聞いてないよ」、顔にそう書いてありました。

どんな答えを用意したとしても、質問する側の意識がその程度ならば、なんの役に立つというのでしょうか。

自分が行っていることに対して、疑問や解決しなければならない問題点が見つかった時こそ、自分が成長できる最大のチャンスだと思うのです。

そこで安易に誰かに答えを求めてしまったら、せっかくのチャンスを自ら手放してしまうことにはならないでしょうか。

極端な例えになりますが、もし山の中で遭難したら、方向の見分け方も水や口にできるものの種類も分からないからと、座して死を待つのでしょうか。

自分の持っている知識と経験を総動員して、生きる術を探すでしょう。

そんなことより死にたくないという本能が、なんらかの行動を起こさせてくれるはずです。

どの分野にも専門家がいて、何を聞いても答えてくれる、そんなことが当たり前の世の中になってしまいました。

そんな類のやりとりをネットで目にするたびに、「こんなことぐらい自分で考えろよ」という気持ちと、答えている側の人間にも、私と同じことがなぜ言えないのだろうと思ってしまうのです。

私にとっての質問とは、「こういう問題があり、またこういう疑問が湧き、自分なりにこう考え、こういう方策を練ってみました。それを実行に移し試行錯誤を繰り返しましたが、いま一つ自分の思ったような結果を得ることができません。私の考え方や方法論に対して、意見を聞かせてもらえないでしょうか」と言うスタンスです。

私がそれに対して意見を述べたことに追従するのではなく、そこから議論が始まり、お互いが納得できる方向性を見つけ出していくことが目的なはずです。

こういう建設的なやり取りができるのなら、何時間でもお付き合いできると思いますが、「あなたなら知っているでしょうから聞いてみたのです」とか、「考えるより聞いたほうが早いと思って」という雰囲気が少しでも感じられると、全く話をする気になれませんでした。

それでも今は少し大人になって、そういう質問をしてくる相手には、それなりの答えを返せば良いと思うこともあります、滅多にないですが(笑)

他人の考えはあまり気になりませんが、自分の考えを伝えた人に対しては、それなりにきちんとした理解を求めています。

私から学んだことをどう使おうと勝手ではありますが、私に直接出会うことのない誰かのために、真剣に伝えたことが正しく伝わっていかないとしたら、今やっていることの意味がなくなってしまいますから。

そうはいって、もそんな簡単な話ではないことは十分わかっています。

西本塾に参加した人たちは、私が何を伝えたいのかというところまでは多分わかってくれていると思います。

しかしそれは入り口であって、そこから自分で扉を開いて、本当の意味で私からその中身を学ぼうと思うかどうかは、それぞれ皆さんが決めることです。

それぞれ環境が違いますから、目的も違います。

それぞれの人に対して、その人の向こうに見える誰かのために、私は自分の持てる力の全てを発揮しています。

深める会に複数回参加してくれる人たちの中に、やっとというか、伝えるから教える、そして私自身を高めてくれる関係を築ける人が現れてきました。

なぜこうするのか、なぜこうしなければならないのか、本当に伝えることができなければ、私自身が本当の意味で分かっておらず、それこそ経験の中でこうやっておけば良いくらいの理解でしかなかったということになりますから。

トレーニングで屈筋ではなく伸筋を使っている感覚になることが大事だ、それはなんとなく分かった、このマシンを使う時にはこういう意識で行わなければ、屈筋がでしゃばってしまう、伸筋優位で体を使うためにはこういうやり方でと、こと細かく説明していきます。

しかし、それはあくまでも方法論であって、一番伝えなければならないことは、その意識がなぜ必要なのか、どうして重要なのかという、根本的な部分が伝えられるかどうかのほうがずっと重要なのです。

それが私の言う「根っこを掘り起こす作業」です。

今回参加してくれる4人の方は、それぞれ目的が異なります。

今の私にとって、一番能力を発揮できる舞台は西本塾と深める会です。

先日、第2回の西本塾のビデオを見て、私自身が楽しそうにやっているのを見て少し驚きました。

たくさんの人が私の話を聞くために全国からわざわざ足を運んでくれているという事実だけで、満足していた部分もあるかもしれません。

今はもうそんな気持ちだけでは、皆さんに向き合うことができません。

プロのチームや選手を相手に、勝負の世界で一喜一憂していたのも自分です。

今は私が伝える側として、結果に対して全責任を負っているわけですから、その時以上に緊張感もあり責任も感じています。

明日からの二日間、できるだけ穏やかな表情で接したいとは思っていますが、もしかしたらそうできない場面が出てくるかもしれません。

大げさな言い方ではなく、私にとっては真剣勝負の二日間です。

今できることのすべてを伝えます。

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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
今年2回目の西本塾を8月26・27の土日に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。
なお、今回も参加者が5名に満たない場合は開催しません。
9月10日には深める会も予定しています。

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