木を見て森を見ず

今日は私がなぜこの仕事を続けているのか、自分の頭を少し整理してみたいと思います。

サラリーを辞めて20数年になります。
学生の頃には、こういう仕事に付きたいとは全く考えたこともありませんでした。
それがある方との出会いから、医師でなくても人の体そのものを相手にして、喜んでいただける仕事があることを知りました。

それから紆余曲折の人生が始まったわけですが、最初からプロのチームや選手を相手にしていたわけではありません。
故郷である愛媛宇和島に帰って治療院を開業してから、来てくださる方お一人おひとりの体から様々なことを学ばせていただき、少しずつ自分のスタイルというか、身体に対する向き合い方が出来上がっていきました。

大きな野望や夢を持っていたわけではなく、自分の身に付けた技術で人様のお役に立ちながら生活していけたらいいな、たぶんそんな風にしか思っていなかったと思います。

その頃は、毎月購読していた専門誌を見ながら、こういうものに取り上げられたり記事を書いている人たちは、自分の技術や知識とは別のレベルの人たちで、いつか自分の活動も取り上げられるように、などとは考えもしませんでした。

それでも近隣の学校の運動部の選手たちがたくさん通ってきてくれるようになると、指導されている教員の方からは、私がいつか日の丸を背負って、日本を代表するトレーナーになってください、などと自分では全く想像もしていなかったことを言っていただくようになり、ほんの少しですがそういう夢も持ち始めたかもしれません。

それが縁あって、あっという間にJリーグというプロの組織に入ることになり、生活は一変しました。

それでもそこで要求されたことは、宇和島で治療院を営んでいた時に発揮していた技術を、そのままここでやってくれればいいということでしたので、特にストレスを感じることはありませんでした。

二年目に入り、トレーナーを増員することになりました。
その時マツダ時代からトレーナーを務めていた同僚から、「これからはトレーナーも分業化が進んできます、チームドクターの管理のもと、選手に対してトレーナー全員が同じレベルで対応できるようになることが要求される時代になります。」と言われました。

彼は私の能力を正当に評価してくれていましたから、これは私に対して、あなたにはその能力がないと言われているのではなく、逆に、私しかできないことが多すぎると、他のトレーナーとの連携が取りにくく、選手からも頼られすぎてしまい、医療スタッフとして孤立してしまう可能性があると、心配してくれた言葉でした。

例えばAという選手が捻挫をしました、Bというトレーナーがそのケガに対して、どういう処置をしたか、チームドクターの所見はどうだったか、そういう情報をデータ化して共有し、BトレーナーでなくCでもEでも継続してケアにあたることができるという体制です。

こういう考え方は、もちろん間違っていないし、組織としてやっていくためにはこうあるべきだということは私にも分かります。

ただ私がここに呼ばれてきた一番の理由は、推薦してくれた教員の方々が、痛みを訴える生徒たちが、これまでの常識では考えられないスピードで回復し、おそらくは間に合わないだろうと思っていた試合に出場できたとか、肩の痛みでろくに練習ができないバレーボールのアタッカーが、試合会場で直前の20分の施術で、試合に臨みアタックを打ち続けるといった、漫画のような話を目の前で体験し、その技術を地方の学生相手で終わらせるのはもったいないと、背中を押されて広島まで来てしまったのです。

教科書に書いてあるような、何日過ぎたからこういうケアをしましょう、という仕事なら私でなくても極端に言えばだれでもできるのです。

選手は一日一日が勝負です。

スポーツを職業として行っているのです、それもプロとなれば、その仕事場を失うということは、そのまま生活の糧を失うことになるのです。

そういう選手たちのために、一日でも早く練習ができるようにしてあげたい、試合に出させてあげたい、そう思わないトレーナーはいないと思います。

その方法論として、私のやり方が教科書的でないことは間違いありません。
しかし、誰よりも真剣に選手のことを思い、心と身体に向き合えば、その日その瞬間まで準備もしていなかった言葉やケアの方法が、私の中から溢れ出てくるのです。

後から考えると、自分が発した言葉なのに誰か別の人間が話をしているような感覚でした。
こんな言い方をすると、まるで怪しい世界ですね。

そんな感覚になったのも、日々体に向き合いたくさんの経験を積んできたことで、その中から整理されて出てきた言葉だったんだろうと思います。

その頃はまだ数年の経験しかなかったのではと思われるかもしれませんが、操体法を学び始めてから、こと体のことに関しては誰よりも真剣に向き合ってきたつもりです、年数の問題ではないと思います。

そして自分がそういう考え方になって行けば行くほど、他の人たちが見ているものと、自分が見ているもの見えているものが違うような気がしてきたのです。

膝が痛いから膝、腰が痛いから腰、一見当たり前のようですが、本人は膝が痛いと訴えているのに、私には他の部分がこっちだよここもだよと、体全体が訴えかけてくるのです。

木を見て森を見ず、枯れかけた一本の木を見るのではなく、どうしてこの木が枯れたしまったのかを知るためには、森全体を眺め、そこを流れる川や、土や空を眺め空気を感じれば、何か訴えかけてくるものがあるはずです。

それを報告書に書け、情報を共有しろと言われても、木の枝葉しか見ていない人間に伝えようがありません。

この感覚は選手本人には分かります、膝が痛いって言うけど、こうやって腰を捻ってごらん、こんなに左右のバランスがくるっていれば膝の負担が大きくなって当たり前でしょ、だからこうやって全体を整えて、とやって行けば不思議なことに曲がらなかった膝が曲がるようになった、などということが現実に起こるのです。それでも教科書的にやってくれというのなら私の出番は終わりですが。

たぶん施術を見ている人には、何をしているか分からなかったかもしれません、それが私の感覚なのです。

魚釣りに行ったことがある人なら、テグスがもつれてほどけなくなった経験は誰にでもあると思います。
その時一番手っ取り早いのは、何か所か切ってしまって結びなおして一本のテグスに戻すというやり方です。

これでは元の長さより短くなりますし、その道に詳しい人に言わせると、結び目が多いと魚の引きの感覚も違ってくると言います。

人間の体はそう簡単に切ったり繋いだりするものではありません。
丸ごと一つの体、必ず糸の両端は存在します。

それを信じて、あわてず騒がず全体をゆったり見回して、少しずつ時間をかけてほどいていけば、必ず元の状態に戻ってくれるのです。

20数年そんなことばかり考えて体と向き合ってきました。

世間は20年前の同僚トレーナーの予想通り、誰でもできる分業化が進んでいました、残念ながらそういう組織で職人の出番はもうなさそうです。

しかし、怪しいやつかもしれませんが、私を信じて頼ってきてくださる人に対しては、怪しい能力のすべてを発揮して真剣に向き合っていきたいと思います。
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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
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西本塾を深める会を9月10日(日)に開催を予定しています。
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