「操体」から学んだ人間の体の不思議。

私が20代の後半、そこから先の人生をどう生きて行くのか考え始めた時に出会ったのが「操体法」という考え方であり、「渡辺栄三先生」という素晴らしい人間でした。

そこからはや30年以上が過ぎ、私なりに自信というか、進んできた方向性に間違いがなかったと思えるようになってきました。

32歳、故郷宇和島に帰って「西本治療室」という看板を掲げて開業した時、治療を受けに来てくださる方々には申し訳ないですが、今のような自信はまったくありませんでした。

約5年間、渡辺先生の元で操体を学ばせていただき、鍼灸の専門学校の夜間部に通い、鍼灸師の資格も取得しました。

しかし現実として、一人で施術を行い、それぞれの痛みを抱えて来所してくださる方々に、満足してお帰りいただけるだけの施術が出来るのか、不安の方が大きかったことは間違いありません。

会社を辞めて開業を決意したことを渡辺先生にお伝えしたところ、「西本君なら絶対に大丈夫、自信をもって患者さんに向き合いなさい」と言っていただいたことだけが、心のよりどころでした。

どこかが痛いから、どこかを揉んだり叩いたり針を刺したりするのではなく、相手の方の体全体のみならず、心の部分にも向き合い、より良い方向に導くことが出来る、それが私が「操体」という考え方と実践を学んで得た結論です。

それでもなお、自分が学んだことで、それらのすべてに対応できるのか、何より私自身が人間として、相手に寄り添うという人間性を身に付けているのか、不安ばかりのスタートでした。

それでも教えていただいたことを駆使し、相手のために少しでも役に立ちたいという気持ちで向き合うことで、不思議なくらい症状が改善していくという事実に、私自身が驚いてしまいました。

その生活が2年続いた後、Jリーグ開幕に合わせて広島に移り住み、既に24年の月日が流れて行きました。

宇和島では、当然ですが一般の方の腰痛や肩・首の痛みといった、いわゆる不定愁訴の改善や、地元の中学生や高校生の運動部員たちのスポーツ障害の対応が主な仕事でした。

32歳、開業したばかりの私に大きな期待はされていなかったと思いますが、思った以上の効果が出ることで、それが口コミで広がり、早朝から深夜まで、いったいいつ仕事を終えられるのかと、自分の体を心配するほどの忙しさとなりました。

それが環境が変わり、いきなりプロサッカー選手を相手の仕事となりました。

目の前の選手たちは、まさに今すぐに痛みを改善して欲しい、曲がらない膝を曲がるようにして欲しい、魔法か手品のような効果を期待されているような毎日でした。

選手たちも個人としてチームとして生活をかけて戦っていましたが、私自身もとにかく結果を出さなければと、ある意味選手と同じかそれ以上の気持ちで、毎日が戦いの連続でした。

トレーナーという立場でしたが、他の人間が出来ることを同じようにやっていればいいなどという気持ちは一切なく、どんなに難しい状況でも、私の技術で少しでも可能性があるのなら、「そんなやり方は見たことも聞いたこともない、本当に大丈夫なのかと言われても、不安ならやめてくれ、私を信頼してくれないのならやらなくてもいい」と開き直って、思いついた方法をとにかく施していました。

それらがことごとく効果を表してくれて、私は自分の技術や考え方にどんどん自信を深めて行きました。

選手はサッカーという競技のプロかもしれないが、「私はこの世界で誰にも負けない一番の存在」、そこまで思うようになりました。

「私以上に結果を出せる人間が居るなら、いつでもその人を連れてきてくれ、もし本当に自分がその人よりも劣っていると思ったら、いつでも自分は身を引くから」、と常に懐に辞表を忍ばせているくらいの気持ちでした。

そのためにはどんな無理難題に対しても、知らない出来ないという言葉は絶対に口にせず、様々な方法を考え試行錯誤しながら答えを探し出していきました。

私の30年間は、その繰り返しでした。

そして、その30年間の早いうちに、私の考えていることが一般論や教科書的な答えとは違うものになって行ったことも感じていました。

それでも後戻りすることなく我が道を進んできました。

常にその時その瞬間に、私が一番正しいと思うことをやってきました。

そうやって一般論から離れれば離れるほど、私の考え方や方法論が理解されないという現実に直面していくことになって行きました。

「なぜ私の言っていることが分からないのだろう、どうして私の言うことを聞いてくれないのだろう」、そんな思いばかりが大きくなって行きました。

3年と少し前になりますが、今の場所に施設を作り、一般の方からプロスポーツ選手まで、ここに腰を据えて、これまでの経験を世の中のために還元していこうと決意して出直すことにしました。

ここでも同じ気持ちになっていました、「私の言うことがなぜ理解されないのだろう、絶対に間違いないことを言い、間違いなく効果を感じてもらえる施術を行っているのに」と。

模型やアプリを使って体の仕組みを説明したり、過去の経験談をお話したり、少しでも分かりやすいように説明もしていましたが、私の思いは本当に届いているのだろうかと考えさせられることが多々ありました。

それがつい最近、私自身の心が軽くなったというか、私は何のために今の仕事をしているのか、誰の為に仕事をしているのか、そんなことを考える余裕が出てきたためか、他者に対して自分の考えを押し付けるというか、正しいことをただ正しいと言うだけでは伝わらない、これまでの私は良い意味でも悪い意味でも自己満足を追い求めていただけで、本当の意味で他者に対して優しい人間ではなかったと思うようになりました。

自分が低い所に降りてきて、相手のレベルに合わせてあげるなどという不遜な考えではありません。

相手の立場に立ち、同じ感覚を共有し、心を寄せる以外に、私の思いを相手に伝える方法はないことがやっと分かってきました。

正しいことを正しいと言うだけでは何も伝わらない、そんな当然のことを今頃になってやっと気づいたのですから、お恥ずかしい限りです。

今日の地元紙のページに、僧侶の方が「傾聴」という行為のことを書かれていましたが、説法でも説教でもなく、ただ相手のお話に真剣に耳を傾ける行為の中にこそ、相手が救われる何かがあるというお話でした。

他にも同じようなことが書かれたものに接する機会があり、あらためて唯我独尊、我が道を歩んできたことに後悔ではなく、だからこそ今気づかせてもらえたのだと、これからの生き方に変化が生まれてきそうな気がしています。

さてそうは言いながらも、施術行為やトレーニングの効果には絶対の自信を持ってきました。

そこに私の人間性が加われば、もっと良い結果が期待できると思います。

そのうちの施術行為ですが、もちろん橋本敬三先生が創始された「操体法」という理論体系が私の基礎となっています。

西本塾等でたくさんの方にその入り口を指導させていただきましたが、操体には本来「型」というものは存在しないはずです。

それでは伝えることが出来ないので、名前が付いたいくつかの操法が存在しますが、それとて便宜上のもので、この操法をやればこういう痛みが治るとか、この部分の痛みに対してはこの操法が効くなどという、一般的な施術者の講習会で語られるような方法論は、操体には本来存在しません。

ではなぜ人間の体が発する痛みや違和感が、操体の施術を行うことで改善したり軽減できたりするのでしょうか。

さらには、施術を繰り返していくことで体をうまく動かすことが出来るようになり、運動能力の改善や向上という効果まで期待できるのか、少しまとめておきたいと思います。

操体の施術を行う目的はひとつ、「骨盤と背骨を中心とした、関節の6方向の動きを、それぞれが生まれもった能力の範囲内で、自由に動かすことが出来るようにしておくこと」ではないでしょうか。

すべての操法は、どこから動き始めても全身に広がって行きます。

一定の法則は存在しますが、それは原則的なものであり、個々の人間の体がその時その瞬間に心地良いと感じた動きを、体全体に連動させていきます。

操体を学んでいくとき、単純な運動方向の比較で、痛い方向から痛くない方向へという原理原則から入って行きますが、少しずつその原則から離れて行くことを実感していきます。

操体を治療技術の一つとして学び、パターン化していくつかの操法を身に付けてしまうと、そこから外れてしまっときの対応が出来なくなってしまいます。

手の持ち方支え方、言葉のかけ方、動かす際のスピード力加減、脱力のさせ方など等、やりようによってはパターン化して教えることも可能だとは思います。

しかし、それらは何のために行っているのかという根源に戻ると、前述の「骨盤と背骨を中心とした、関節の6方向の動きを、それぞれが生まれもった能力の範囲内で、自由に動かすことが出来るようにしておくこと」に戻らざるを得ないのです。

ではどうしてそのことが体の痛みや動きを改善してくれるのでしょうか。

元々人間の体はその能力を持って生まれてきます、「人間の体に仕組まれたからくり」とはそういうことで、だれでも平等に仕組まれているものです。

ところが我々の日常生活では、その6つの方向性と可動域をすべて必要とはしていません。

せっかく与えられた可動範囲も、必要最小限の中でしか使われておらず、それは我々一般人だけではなく、スポーツ選手の競技動作でも同じことが言えます。

さらに人間は二本足で立って、重力に抗しバランスを取りながら生活しなければなりませんので、常にどこかしらの筋肉を収縮させておかなければなりません。

「心休まる暇はないという」言葉がありますが、体こそゆったり休んでいられる時はないのです。

「横になって寝ている時は全部休んでいるではないか」、そう思うでしょう、しかし、体に問題を抱えて私の元を訪れてくる人たちは、ベッドに体を横たえても、体の緊張が解かれることはありません。

仰向けに横たわった時、膝が曲がって浮いてしまい、踵とお尻、腰の部分も反って浮いてしまい、肩甲骨と後頭部、極端に言えばこの4点しかベッドに接しておらず、立っている時の緊張がそのまま横になっても続いてしまうという人がほとんどです。

この状態では何時間ベッドで睡眠をとろうと、本来の意味での体を休ませることにはなりません。

ほとんどの方が枕はどういうのが良いですか、布団は固い方が良いですか柔らかい方が良いですかと聞いてきます。

答えは、道具ではなく「まずは、ご自分の体がゆったりと休める状態を作っておくことです」、と言うことになります。

そうでなければ何をどう変えても同じことです。

そのために何をするか、もう一度言いますが、「骨盤と背骨を中心とした、関節の6方向の動きを、それぞれが生まれもった能力の範囲内で、自由に動かすことが出来るようにしておくこと」なのです。

昨年3月に、漫画家「えだお」さんとの共著で発売した「1回5分体が喜ぶ健康術」(ガリバープロダクツ)や、宝島社のムック本「身体の痛みを治す寝たまま体操」(売り切れのため入手困難です)、取材協力の形で記事にしていただいた、健康雑誌「壮快」等、私の思いや方法論が世に出て行きました。

どこまでその思いが届いているのか正直分かりませんが、本当に体のことを考えるならば、お手軽な対症療法に目を向けるのではなく、「体は丸ごととつの存在」という橋本敬三先生の言葉を待つこともなく、自分の体にしっかり向き合い、体と対話するという、一見意味不明な言葉に思えるかもしれませんが、6方向に体を動かして語りかければ、必ず何かを返してくれます。

その言葉が聞こえるようになれば、少なくとも今以上に健康な体を取り戻すことは出来ると思います。

私が30年間続けてきた操体から学んだことは、私の技術が上がったとかいうことではなく、相手の体と心に寄り添って、無理なく6方向への誘導を行うことが出来れば、結果として体は元の状態を取り戻していくという事実です。

今現在の体に、新たな能力を加えるとか、壊れてしまった機能を私が治すとかいうことではなく、「その人その人が持って生まれた体の能力を、今現在のそれぞれの体で、出来るだけ自由に使いこなせる状態に戻してあげる」、と言うことではないでしょうか。

私の能力が上がった部分があるとしたら、相手の本来の能力を見極めて、深追いせず「良い塩梅」な状態を探れるようになったことかもしれません。

どちらにしても、私が治してあげた、などと思った時点で勘違いだと思います。

ただそれが出来ない施術者が多いことは事実だと思います。

自分の方法論にこだわったり、能力を持っていたとしても組織の論理に埋もれ、本来できることさえできない人も居るでしょう。

相手の立場に立って、その人の言葉に傾聴し、より良い方向性を共に探って行けるように、これから成長していきたいと思います。

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プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。

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