健康のために運動をしなさいって何をすればいいのでしょうか。

日々さまざまな人と接していく中で、人間の体はどういう風に作られているのか、またどういう風に使って行くことが、それぞれに与えられた能力を十分に発揮し続けることができるのかを考え続けてきました。

体の痛みを訴え、それを少しでも和らげたいと施術を受けに来ていただく方、アスリートとしてトレーニングを重ね、立派な体を作り上げてきたにもかかわらず、一番の目的である競技動作の向上がみられないと悩み、私の元を訪れてくる競技スポーツ選手、また育成年代で、これから将来に向かって大きな夢を持ち、早い時点で私の理論に沿った動きづくりのトレーニングを指導して欲しいとやってくる子供たち、まさに老若男女、様々な方に心を寄せてきました。

そうした日々の中で、人間の本質は骨盤と背骨を中心とした6方向に動くことができる能力をもって、2本足で立って生活する動物であるという結論めいた考えに至っています。

地球上で重力に抗し、二本足で立ち続けるという行為は、我々が想像する以上に大変なことだと思います。

立っている時ばかりではありません、座っている時にも上半身を起こしておくということではまったく同じことが必要になります。

そういう生活を何年何十年と続けて行くことで、体を真っ直ぐに支えておくために必要な筋肉は疲弊し、その姿勢を維持するために体を支える筋肉は、型にはまったような状態になってしまいます。

ベッドの上で仰向けになってもらうと、当然体を支える筋力は必要ないにもかかわらず、立っている時の緊張は消えることなく、踵とお尻と肩甲骨、そして後頭部の4点だけがベッドに接していて、あとの部分は緊張したまま、まったくベッドに付いているという感覚がないことに気付きます。

そんなことは普段考えてもいないと思いますので、私に指摘されても、そう言われればそんな気がするという方もいれば、まったく感覚できないという人もいます。

そんな体の緊張状態が続いたまま、いくら体にいいと言われている高額な寝具に横たわったとしても、本当の意味で体をゆったりと休ませるという状態には成り得ないのです。

そんなことをお話しすると、寝入りばな何となく体の姿勢が落ち着かなくて、仰向けになったり横向きになったりを繰り返しているという方がほとんどです。

なぜそういう状態になってしまうのか、「重力に抗して2本足で立って生活していくのだから、仕方がないといったじゃないか」、もちろんそうです。

しかし、本当に真っ直ぐ立っていることだけが我々人間に与えられた能力だったのでしょうか。

四足動物でも、時々二本足で立つことがありますが長続きはしません、骨格の構造がそう出来ていないからです。

我々は二足歩行で真っ直ぐに立っていることができますが、真っ直ぐだけではなく色々な方向に体を動かすことができます。

それがずっと言い続けている、「人間の体は骨盤と背骨を中心として関節を6方向に動かせ、それらを連動させて使うことができる」、ということなのです。

重力に抗しバランスを保っているということは、ただたんに体幹の安定とか筋力の向上の結果ではなく、様々な方向に揺らぎながら、出来るだけ少ない筋力発揮で骨格を維持しているということなのです。

そのために必要なのが、骨盤と背骨を中心とした6方向への動きを、それぞれの持って生まれた能力、簡単な言葉で言えば可動域ということになりますが、できるだけそれらを長い年月保っておけるかということになると思います。

ある一定の年齢に達すると、「運動不足で何か運動を始めたいのですが、どんなことをやったらいいでしょうか」という質問を受けることが多くなります。

「慢性の腰痛やその他体の不調があり、運動らしき運動はここ何年何十年も行ってきませんでしたが、おかげさまで楽になったので、元気で長生きするために運動を始めた方が良いですよね」、と言われることもあります。

その時私がお答えするのが今日のテーマです。

手軽に行える運動と言えば、ウォーキングやジョギング、ラジオ体操などがあると思います。

また体の負担が少ないからとプールに通ったり、ヨガや太極拳といった、いかにも体によさそうなイメージのものもあると思います。

私はそれらを行うことが悪いなどというつもりはまったくありません。

しかし、現実としてそれらが原因で体のどこかを痛める人が多いことも事実です。

体のために健康のためにと思って取り組んだことで、健康を損なってしまったら本末転倒です。

では健康な体とはいったいどんな体なのでしょうか。

もちろん病気やけがもありますから、すべてをひとくくりに語ることは出来ません。

しかし、体にとって良い運動はと聞かれたら、私の答えはひとつです、今日何度も登場しているキーワード「骨盤と背骨を中心として6方向に動かす体操をしましょう」と。

元々持って生まれた能力であるにもかかわらず、年を重ねるにつれ使わなくなっていく関節運動の方向性と可動域、関節の角度が変わるということがイコール人間が動くということですから、骨を動かすために必要な筋肉の収縮も少なくなってしまうということです。

ウォーキングをしようと、競技スポーツ選手のように激しい運動をしようと、その他名前を出した様々な運動をしようと、この持って生まれた6方向の関節の運動という意味では、まったく足りていないのです。

昨年の9月、私の著した本を読んでくださった、岐阜県にお住いのご夫婦から電話がありました。

60代の奥さんがパーキンソン病を患い、ここ数年で症状が悪化し、背骨が丸くなってしまい体の自由が利かなくなり、歩行や日常動作にも支障をきたす状態になっているとのことでした。

実は私の長女が音大に通っている時、若年性パーキンソン病の診断を受け、音楽の道を諦めざるを得なくなったということを経験していました。

当然パーキンソン病に付いての知識は一般の方以上にあって、もちろん治るとか治らないとかいうレベルの問題ではないことは承知の上で、ご相談いただいた際にも、「私の技術が今のお体の状態にどれだけお役にたてるのか、まったく想像もつきません」とお答えしたのですが、とにかく一度施術を受けに行きたいと言っていただきました。

お体のこともあり、途中自由に休憩が取れるということで、ご主人の運転する車で7時間近くかけて広島まで来てくださいました。

遠くから来ていただいたので少しでも長く時間をかけたいと、2時間の予定で施術を始めましたが、途中トイレに行きたいと言われ、ご主人と二人で手を貸してベッドから降りていただき、すぐ目の前にあるトイレにお連れしようとした時、何とベッドから降りた奥さんが杖を突くこともなく自力で歩いてトイレに行かれ、帰りもご自分でも不思議そうな顔をされながら、やはり自力で歩いてこられたのです。

私も驚きましたが、お二人はもっと驚いていました。

そんなことがあって、私の施術が少しでも体を楽にしてくれると思っていただいたようで、冬の時期は雪が降ると危ないので我慢していただきましたが、先日4回目の施術を受けに来ていただきました。

この間も、私が指導した体を6方向に動かすという体操を、毎朝40分以上もかけて熱心に行ってくださっていたそうで、丸まってしまった背中は真っ直ぐにはなりませんが、ベッドの上で行う施術の中で行う6方向の動きは、初めてきた頂いたときとは比べ物にならないほど上手に、そして自由に動けるようになっていました。

人間本来の体の動きを取り戻すことでどんな変化があるのか、それまでなかった食欲が増し、間食までされるようになり、食べることが楽しくなったそうです。

以前から奥さんの様子を知る方々からも、元気そうになったと言われ喜んでおられました。

寝たまま体操はこういう方にはもってこいで、まだまだ元気な我々には物足りないと思うかもしれません。

では、ウォーキングやジョギングに求める心肺持久力が、本当に我々の日常生活に必要な絶対条件なのでしょうか。

エアロビクスに代表されるような激しい運動によって得られる、筋持久力や心肺持久力は本当に必要なのでしょうか。

体に苦しい思いをさせることが、本当に体のためになっているのでしょうか。

6方向の体操をゆったりと行ってもらう時、体が温かくなっていくような気がするとか、体の背面の4点支持だった緊張が取れ、体全体がゆったりと横たわっているような気がしてきたという感想も聞かれます。

筋肉の緊張がほぐれ、血管や神経の圧迫が取れることで血流が改善し、その結果さらに筋肉がリラックスしていくという好循環が起こります。

日常生活を円滑に行うために必要な体はこれで十分整えられるのではないでしょうか。

そんな楽なことではダメだ、もっと頑張ってもっと体をいじめて、そう思う人はそうやれればいい、ただそれと引き換えに負わなければならないリスクはしっかり自覚してください。

何事も加減です、好い加減を見つけなければなりません。

スポーツを行う時、最初は楽しみのつもりでも、義務感が出てきたり勝ち負けを競うようになったり、時計を気にするようになると、健康のためという当初の目的からどんどん離れて行きます。

人間という動物に生まれ、その体に仕組まれた体の使い方を上手に使いこなすということの意味をよく考えたうえで、あとはそれぞれの考えで好きなことをやればいいと思います。

ただ私が健康のためにどんな運動を行ったらいいですかと問われれば、今日の記事のようなことになるということです。

長くなったのでもうやめますが、近いうちに、体を痛める選手が続出しているにもかかわらず、何の疑いもなく自分の指導を続けている指導者に対して、一言言わせてもらいたいと思います。

西本塾から1週間、7名の参加者のうち5名の方から感想が届きました。
感想は義務ではないと言って会を締めましたが、二日間全身全霊をかけて行った西本塾、少し残念な気がしています。

常識や固定概念に縛られている人は、読んでも面白くないと思いますので悪しからず。

前回記事にした西本塾生のNさんから、指導を受けた感想を送っていただきました。
世間の常識や、固定概念から離れられない人には、ただの自慢話どころか、私とNさんの作り話としか受け取れない内容かもしれませんので、そういう方は読んで頂く必要はないことをお断りしておきます。

Nさんご本人は、卓球選手として失礼ながらそれほどの実績をお持ちではありません。
しかし、お子さんたちを手塩にかけて指導し、次男のT君は、小学6年生の時、全国でトップを争う選手にまで成長させたという、私から見ても信じられないような結果を残した素晴らしい指導者です。

山間の小さな町で、ライバルの存在もなく、けっして練習環境に恵まれているわけではない中、Nさんの指導だけでトップレベルにまで導いたことは驚きでしかありません。

そんなNさんから届いた、T君を何とかして欲しいというSOSのメール、私が燃えない訳がありませんでした。

まずはお読みください。

西本先生へ
急なお願いにも関わらず、わざわざこちらまで出向いてご指導いただき、誠にありがとうございました。

先生は、まず最初に子ども同士で軽く打たせてから、すぐに修正点を見つけてくださいました。
その様子を動画などでしっかり確認してから、動き修正の様々なドリルを行ったところ、あっという間に「これだ!」という、思い描く形になったのです。

ほんの2時間足らずのことでした。呆気に取られるというのはこういうことなのかなと思いました。
もちろん、期待して先生にお願いしたわけですが、「ここまで、なるの?」という、信じられない出来事を目にしてしまい、なんだか狐につままれたようです。


失礼な言い方かもしれませんが、他に表現のしようがないというのが正直な気持ちです。
結果先生から、「なんだその生返事は」と言われてしまいましたが、凄いという部分を超えると中々凄いとも言えなくなってしまうということですので、ご容赦いただきたいです。

それにしても、ここまでのものを人に見せられるようになるには、とてつもない研鑽と時間の積み重ねが必要なのではないかと感じました。
先生が提唱されている理論は、あまりに深いものであると再認識した次第です。
同時に、生半可な気持ちでは枝葉さえ真似することはできないものではないかとも推察いたします。


私も西本塾を受講し、練習会は本日を含め2回体験しましたが、塾生と言うのも恥ずかしく、私などでは入り口に触ったぐらいで、入り口を入れてもいないですね。
自分の指導力の無さも痛感し、指導している子ども達にも申し訳ない気持ちで一杯です。
私も一からもう少ししっかり勉強をしたいと思います。

先生が帰ってからですが、そのままその場所で練習をしました。
変化が大きかったため、打球の入る確率は多少落ちましたが、それでも威力は良い感じです。
時々スイングを確認すると、やはり前の感じに戻ってしまう動きが出てくるので、時折軽いラリーを混ぜて復習しながら練習をしました。
背中の張りも大きいようなのでその日は2時間程度の練習で切り上げました。

翌日は昨日のドリルを一通り行いました、背中の反りも昨日より少し良くなっています。

打球したときですが、変化にも慣れたため、確率は戻っています。
無理の無い動きだからでしょうか、たった1日で良かった時に戻っています、目に見えて良くなりました。
打球を受けていると迫力が出てきた感じがします、特に連続で打った時の威力は1.5倍ぐらいになったように思えました。
これは良くなると昨日確信したとおりとなりました、本人も納得しています。

翌々日もドリルを一通り、さらに背中の反りが出てきました、お兄ちゃんまではいかないけれども、近づいてきました。
打球した様子も楽そうに見えます、バックスイングでの沈みのコツを掴んできたようです。

おかげで、帰省中にこの技術はしっかり磨いて、戻ろうとやっていた練習ですが、ほぼ出来るようになりました。
様々な良い影響から、本人もこのトレーニングをやれば効果が高いということを十分認識してくれたようです。
なので、しっかり継続してくれるはずです。
 
そして、水曜日の朝再び戻っていきました。
毎度ですが、送り出すときは辛い気持ちになります、しかし、今回は良くなるのではないかという希望もあります。

前年度は辛い一年でした。時々見る度に、少しずつズレてきている子を見て、我慢・我慢の一年でした。
もうこれ以上はどうにもならない直前まで来たと感じていましたので、本当に救われたと思っています。
手を差し伸べていただいて、ありがたいとしか言い様がありません、おかげさまで助かりました。
このご恩に報えるよう、なんとか頑張ってほしいところです。

また、変化があったり結果が出たときには、ご報告いたします。
なんとお礼を申し上げれば良いのかわかりませんが、一人でも多くの方が西本先生の指導を受けられれば良いなと、心から感謝し思った次第です。
貴重な時間をありがとうございました。

卓球少年Tの父で、指導者Nより

私はもちろん卓球の経験はありません、ちなみに私が子供の頃から夢中になったのは野球で、それも高校の途中で挫折してしまったという、誇れる経歴などまったく無い人間です。

それが今回のように、やったこともない競技の選手、それも日本が世界のトップレベルである卓球という競技で、この四月から中学二年生というジュニアの選手とは言え、日本でトップクラスの選手を指導し、父親でありここまで育て上げたNさんが、私のやることを見て、驚きを通り越したという変化をもたらす指導をしてきたのです。

なぜそんなことができるようになったのか、それは私が人間の体とはという「命題」を、常に考えながら人間の動きそのものを見続けてきたからです。

誰に何を言われようと私にはそう見える、いや今回のように見たこともない選手の動きですら、Nさんから伺っていたこれまでの経緯や、一昨年の年末に一度だけ本人の姿を、走り方の体験会に参加してくれた時に見ただけの選手でしたが、少ない情報の中でも、今回不調に陥った原因も、何をどう説明して、体のどこをどう使えるようにしたら、これまで以上の動きは出来るようになるのか、現地に伺う前に、相談のメールを読んだ時点ですべて頭の中でストーリーが完成していました。

この事実を信じられない、お前にそんなことができるわけがないという、一般的な常識や固定概念の中でしか物事を見られない人には、今回の記事の最初に書いたように、読むだけ無駄だと思います。

これまで縁あって自分が見たこともない競技の選手や指導者の指導も行ってきました。

どんな競技であっても、それを行うのが人間であれば、私の頭の中で改善策は練り上げられ、選手を目の前にすれば考えてもいなかった内容のドリルを行わせたり、考えてもいなかった言葉が自分の口から発せられることに、私自身が驚き、そしてそれらを使って、ワクワクしながら指導していきます。

客観性がない、論理的でない、何とでも言ってもらいましょう、そんな言葉を並べられて、本当によくなっていく選手がいるのでしょうか。

私の考え方に興味を持ち、私の指導を受け入れようとする人に対して全力を尽くし、選手にとって少しでも役に立つ指導ができればそれで満足です、万人に認められようとは思っていません。

とにかく今回のように、私がこれまで全く縁のなかった卓球という競技のハイレベルな選手を何とかして欲しいなどという、ある意味「無茶振り」をされたわけですが、未経験の競技、見たこともない競技、無茶振り大歓迎です。

「さすがにお前にもこれは分からないだろう、こんなことは出来ないだろう」、そういう無理難題を吹っかけてくれればくれるほど、「見とけよ」の気持ちが燃え盛り、私をやる気にさせてくれるのです。

今回、NさんからのSOSから、私にとっても久し振りに新鮮な気持ちで、楽しい時間を過ごすことができました。

つまらない常識や固定概念など私にはまったく必要ありません、20年前より10年前、昨日より今日、いや今日より明日と、自分の発想を広げ、私を頼ってくれる人のために頭と体を動かし続けて行こうと思います。


教員が部活動、特にスポーツ競技を指導するということについて思うこと。

今日書くことは、昨今話題になっている、部活動にも週に一度は休日を設けることが必要だとか、指導する教員が忙しすぎるということがテーマではありません。

以前西本塾に参加してくれた、ある高校でソフトテニス部の顧問をしている教員から届いた、ラインメッセージを読んで、私が感じたことを書いておこうと思いました。

彼は現時点では未だ正式な教員ではありません、講師という立場で教壇に立ち、放課後はソフトテニスを指導しています。

教員採用試験というのでしょうか、各地方それぞれ狭き門のようですが、実際に人員が足らないからこそ彼のような立場の人間に正式な教員と同じ仕事をしてもらわなければならないのでしょうから、予算のこととか諸々あるのでしょうが、矛盾だらけの教育現場だと思います。

講師という立場は不安定のようで、毎年のように移動転勤を繰り返し、今年度もまた四月から新しい学校に移動になったそうです。

そうして経験を積みながら採用試験を受け続けている講師という立場の人間がたくさんいるそうです。

そのことは制度上仕方がないと諦めつつも、目の前の生徒たちのために真剣に向き合う彼の姿勢は、西本塾の二日間を通して、またその後のやり取りを通じても十分伝わってきました。

彼は学生時代ソフトテニスに打ち込み、それなりの成績を残してきたそうです。

当然教員になっても、ソフトテニスの指導を行いたいという気持ちがあって、現実に行く先々の学校で顧問を務めています。

教員としての専門は国語科で、体育ではありません。

過去に西本塾に参加してくれた人の中にも、同じように体育ではない科目が専門でありながら、加えて自分が学生時代経験していない競技種目の顧問として、生徒たちの指導にあたらなければならないという人が何人かいました。

そんな彼らが私に求めてくれたことは、当たり前ですがそれぞれの競技の技術ではありません。

その競技に必要な基礎体力や、何より私が提唱する「正しい体の使い方」を知ることで、指導する生徒たちにケガや故障の不安を少しでも少なくしてあげたい、たんなる技術指導ではない部分に目を向けることで、競技力を向上させてあげたい、自分が行っている指導は本当に生徒たちにとってベストなものなのか、という真剣な動機からでした。

彼らの真剣な態度に、こういう教員に指導を受けることができる生徒たちは本当に幸せ者だと思いました。

ところが、「国語科なのに、体育や保健の分野のことを、わざわざお金を使って学んでも仕方ないだろう」という言葉を、周りの教員たちから言われたというのです。

教員の仕事は多岐に渡ると思いますが、基本は「それぞれの教科を分かりやすく教える」ということは当然のことです。

しかし、現実として、経験のあるなしに関わらず、スポーツまた文化系に関わらず、教科以外の部活動というものの顧問という仕事は避けては通れないことだと思います。

私が社会人野球のチームで仕事をしていた時の選手で、現在高校の教員になっている人間がいますが、社会人野球の頂点である都市対抗野球大会にまで出場した彼でさえ、現在自転車競技部の顧問という立場で、野球部の指導をさせてもらっていません。

私から見れば、もったいないの一言です。

それどころか、学生時代まったくスポーツの経験がないという教員まで、顧問として指導にあたらなければならないことも現実にはたくさんあるようです、未経験のスポーツを指導することがどれほど大変なことか、誰が考えても分かるはずです。

いわゆる強豪校で、指導者が長年変わらず、そこに行けば必ずその指導者の指導を受けられ、全国大会への近道となっている学校はたくさんあるでしょう。

しかし、入ってみなければどんな教員にどんな指導を受けるのか、まったく分からないということがほとんどではないでしょうか。

全国大会を目指し、休日なんかいらないと考える生徒や保護者、そして指導者がいることは否定しませんが、それぞれのレベルで同級生、先輩後輩と助け合いながら、三年間それぞれのスポーツに打ち込んだという経験も、人生の大きな財産になると思います。

指導する側にも色々な対場や考え方があっていいと思いますが、やはり「生徒のために」が、一番なのではないでしょうか。

教員の方々がどういう気持ちで指導をされているのか、私には分かりませんが、少なくとも自分の時間とお金を使って、生徒たちのために少しでも良い指導をしてあげたいという、熱い気持ちをもって西本塾に参加してくれた彼らに対して、否定的な言葉を投げかけることは違うのではないでしょうか。

自分の専門の教科をきちんと学習させたいという気持ちと、部活動でも生徒たちのために少しでも良い指導が出来るようになりたいという気持ちのどこが違うのでしょうか。

私が西本塾で何を教えているのかはもちろん知らないでしょうが、体のことは体育専門の教員がいるのだから聞けばいいじゃないかとはいかないのです。

どんな仕事でもセクショナリズムという壁があったり、人と違うことをやろうとすると、出る杭は打たれる的な扱いを受けることがあると思いますが、目の前の生徒たちのために少しでも良い指導をしたい、そのために必要だと思うことがあれば、自分から求めて学びに行く、こんな立派な姿勢をなぜ非難されるのでしょうか。

私が生徒であれば、こういう教員の元で学び、スポーツに打ち込みたいと思うはずです。

忙しくてそんな暇はないと言われそうですが、一年に一度でも、例えばですが、私の話を聞いて知識を広める機会を作るとか、組織として取り組めばできないことはないと思います。

提言とかそういう大袈裟なものではなく、せっかく教員という素晴らしい仕事に就いたのなら、なぜ教員になったのかという原点に返って欲しいと思います。

おそらくそれが、生徒たちを立派に育てたいという純粋な気持ちであったのなら、一生懸命学び続け、それを生徒に還元しようという彼らのような人間を、間違っても非難しないで欲しいと思います。

それどころか、せっかく学んできてくれたのだから、自分たちにもその情報を共有させて欲しいという気持ちになぜなれないのでしょうか。

私は縁あって私と出会った人たちのために、少しでも役に立てるように日々努力しているつもりです。

教育に携わる人たちには、是非目の前の生徒たちに真剣に向き合うために視野を広げて欲しいと思います、そして少しでも生徒たちの役に立つ何かを一つでも多く身に付けて欲しいと思います。

四月から新しい学校で新しい出会いが待っている彼には、とにかく今の気持ちのままで、誰よりも生徒の気持ちに寄り添う教員であり続けて欲しいと思います。

他の教員たちがそうでなくなってしまっていたとしても、他人は変えられなくても自分は変えられますし、今の自分を保ち続けることも出来るはずです。

私が伝えたことが、彼の役に立ち、そして生徒たちの役に立ってくれていることを願うばかりです。

ケガ手術からの復帰トレーニングについて少しだけ書いておきます。

「この世界の片隅に」という映画を、遅ればせながら観てきました。

この映画の感想は、私の表現力ではとても言葉に表すことができません。
戦争という現実に直面する主人公が、時代に翻弄されながら懸命に日常を過ごしていく姿が、淡々と描かれていました。

私は滅多に映画館に足を運ぶことはありませんが、次男の「絶対に観ておいた方が良い」という言葉に背中を押され、家内と二人、もう数少なくなった上映館を探して出かけてきました。

淡々と進んで行くストーリーですが、スクリーンに引き込まれあっという間に時間が過ぎて行きました。

私の少ない経験では、エンドロールが流れ始めると席を立つ人も少なくないと思ったのですが、今回は誰一人として席を立つことはなく、それどころか、何とも言えない静寂が館内を包み込み映画の余韻に浸っていました。

すべてが終わり、館内が明るくなってから、やっと席を立つことができました。

それでも何をどう感じられたのか、しばらくは整理がつきませんでした。

舞台となったのが、広島に隣接する呉の街で、当然広島市内も主人公の出身地として描かれ、日ごろ聞きなれた地名がいくつも出てきました。

つい何十年か前に実際にあったであろう、本当に身近に感じられるストーリーでした。

生きていることの大切さ、明日があることの幸せをしみじみと感じることになりました。

さて、サッカーもシーズンが始まると、毎日のようにケガや手術をする選手のことが記事になります。

今日はその後の復帰を目指すトレーニングに絞って一言書いておきます。

過去Jリーグのチームで仕事をしていましたが、当初はそれほど悩むことはありませんでした。
それは、マニュアルに沿った方法に縛られなかったからです。

今日、今、この瞬間に、この選手は何ができるのか、何をしてあげられるのか、それだけに集中することができました。

それが少しずづマニュアル化され、当然と言えば当然かもしれませんが、何日何カ月経過したから何をやってもいい、という教科書的なマニュアルに縛られるようになっていきました。

回復の度合いも、誰もが納得できる数値で表されるものが優先され、さらには画像診断による医師の判断が絶対となっていきました。

そのどこが間違っているのか、当然のことではないか、そうかもしれません。

しかし、私にはどうしてもそれだけでは計ることができない、何かをいつも感じていました。

加えて、そうやって正しいことを積み上げた結果、納得のいく回復が進み、完全復帰を果たしたかと思えば、同じ個所を再度傷めてしまい、選手生命を縮めてしまう選手の話をたくさん見聞きしました。

この最近もそういう例を、何例も知るところとなりました。

昨年、以前大きなケガからの復帰のトレーニング(あえてリハビリとは言いません)を担当した選手の息子さんの、膝の手術後のトレーニングを依頼され、完全復帰まで週に一度約4カ月に渡って指導しました。

彼はもう現役選手ではなかったので、完全復帰という言葉が当てはまるかどうかは別ですが、トップレベルの動きを可能にするという意味では、そこまで持って行けたと思っています。

今また中学2年生の女子サッカー選手の復帰トレーニングに少し関わらせてもらっています。
こういう言い方になるのは、関わると言っても術前に相談を受けてから、手術前トレーニングを指導し、術後3カ月たってランニングの許可がおりたという時点から3週間に一度くらい、その間に行うトレーニングの内容をアドバイスするという関わり方しかできないからです。

それでも私の意見を取り入れるのとそうでないのとでは、結果に大きな違いが出てくると思います。

どこをけがしても同じですが、とくに膝関節に関しては、その運動方向が複雑で、負荷のかかり方も単純ではないので、単純な屈曲伸展運動の筋力評価では、回復の度合いを測ることなど不可能だと思います。

しかし現状はそれしかないのです。

ありとあらゆる方向性と連動性をどう確保していくか、もし毎日関われる立場であれば、まさに腕の見せ所ということになります。

本当の意味での完全復帰を果たせず、同じことを繰り返している選手のニュースに接すると、叶わぬこととは思いながらも、もし自分ならどうだっただろうと思わずにはいられません。

確かにそれなりの進め方はあるのでしょうが、目の前の選手と真剣に向き合っていれば、そうではないやり方も間違いではないことは分かってくれるはずです。

言葉で説明できるほど簡単なことならだれも苦労はしていません、ただ私の経験として、いつかこの「話しておきたいこと」の中の大切な一つとして、少しは伝わるような内容を書き残さなければと思っています。

そうでなければ、消えて行く選手たちがあまりにも可哀想ですから。

映画に影響されたのか、生きていることに、今があり明日があることに感謝しつつ、今日で終わりだとしても悔いのない生活をしなければならないと、とりあえず思うところを書いておきます。

相手のために何ができるのか、なんのために技術を身につけてきたのか、少し怒りの感情も込めて。

4年前に書き始めたこのブログ、当初は感情が前面に出て、怒りにも似た感情のはけ口と思われても仕方がない記事も多々ありました。

最近は少し大人しくなって他者を攻撃する表現は極力避けているつもりです。

今日は少し感情的になるかもしれないことをお断りしておきます。

昨日から4日間の予定で個人指導を受けに来てくれている中3のK君、小学生の頃にはそれなりの活躍をして、地元のJクラブのセレクションに受かりU15の一員として中学校生活を送ったものの思うような活躍ができずに今を迎え、このままでは終わりたくないという気持ちで私の元を訪れてくれました。

それは年末からトレーニングに通って来てくれているソウタもまったく同じ状況でした。

私の知る限りどんなクラブやチームに所属しても、個人としての能力を高めてくれる指導をしてもらっているという話を聞いたことがありません。

小学生からプロに至るまで、選手は指導者に与えられたコマであって、それをどう使って勝つかということが指導者の評価になっているのではないでしょうか。

もちろん自分のところは違う、育成年代を預かる立場として勝利至上主義でなない指導をしているという方もいるでしょう。

しかし現実に私のところにやってくる子供たちは、みんな素晴らしい能力を持っているにもかかわらず、それを本人に気付かせてくれることもなければ、持って生まれた能力を発揮できるように導いてくれる指導も受けてはいません。

サッカーは指導者にライセンス制度が確立されていて、S級だA級だと自分の能力を誇示していますが、本当に人間の体の仕組みを理解し、個々人の能力を向上させることができるノウハウを持っている指導者に出会ったことがありません。

今私の指導を受けている子供たちが、それぞれあと一年、いや半年前に私の指導を受けていれば、間違いなく違う今があると思います。

体のケアに対しても同じです。

膝が痛い腰が痛い、手術をしてリハビリを行ったが、思うような動きが取り戻せない。

トレーナーにも資格制度ができて20年、それを取得した人間たちのどんな能力が向上したというのでしょう。

K君も膝のオスグッド病と診断されたことで、走ることやボールを蹴ることが怖くなり、ここへ来るまでの数ヶ月間、思い切った動きが出来ていなかったそうです。

それがたった1日、数時間のトレーニングで、本人もお母さんも驚くような動きを見せてくれるのです。

なぜそれが出来ないのか、なぜそれを可能にしてあげられないのか、資格があればみんな出来るのなら、こんな可哀想な選手は生まれないはずです。

本人やお母さんが驚くのは当然です。

私に言わせれば、こんな事にも対応できないレベルでトレーナーだスポーツ医学だと権威を振りかざし、自分たちがやっていることが正しいと思っている人間たちに、猛省を促したいと思います。

もっと真剣に選手や子供たちに向き合わなければ、指導者もトレーナーも自己満足に浸っているだけです。

もうこんなことは言いたくなかったのですが、そんな悩みを抱えてやって来た子供たちが、私の目の前でどんどん表情が変わり、笑顔になっていく様を見て、私が出来ることくらい、当たり前のこととして誰でも出来るようになってくれないと、個人の能力も向上しないし、本当はすごい能力があったにもかかわらず、故障やケガで埋もれていく選手が増えていくばかりです。

きちんと指導してあげられればとんでもない能力を発揮できたのに、その能力に本人も気づかないまま終わっていく選手もいるのです。

監督コーチにそんな暇はない、トレーナーも他の日常業務で手一杯、ならば本当の意味で選手の能力向上のアドバイスができる専門職が必要なことは明らかです。

そんな人材がどこにいるのか、何よりそんなことが可能なのか、もし本当にそんなことができるとしても予算がないから、理由を探せばマイナスな言葉はいくらでも見つかると思います。

私一人がいくら頑張って、私が言っていることが真実だという証明を行い続けても、世の中の常識は私に追いついてはくれません。

こうしている間にも、埋もれ消えていく有望な選手がたくさんいるのです。

この現実をなんとかしたい、私はどうしたら良いのでしょうか。

私の指導で様々な能力を身につけてくれた中学3年生が、今日のJリーグの開幕戦をテレビで観戦し、「体の使い方が全然ダメですね、一対一の対応なんてお手本になる選手が見当たりませんでした」と、真顔で言い放つのです。

私の指導を受け、実践できるレベルに達していると、そんなレベルにしか見えないのです。

何をどうすればプロレベルの選手や指導者たち、フロントも含めてでしょうが、その現実に気がついてくれるのでしょうか。

どんな有能な指導者がどんな戦術を駆使しようと、個人の能力、体の使い方が向上しなければ、Jリーグのレベルアップも、世界と戦うという言葉も、ただの掛け声にしか聞こえません。

トレーニングキャンプで体をいじめ追い込み、長丁場のリーグ戦を戦い抜く体力を身につけたはずの選手たちが、そのキャンプ中に故障をしたり、始まったばかりの開幕戦でいきなり肉離で負傷退場するという現実を、おかしいと思わないのでしょうか。

選手にきつい辛いと感じさせるトレーニングを課すことが、フィジカルコーチの仕事なら、素人でも出来ます。

書いていてだんだん腹が立ってきましたが、今言わずにいつ言うのかという気持ちになったので、こんな記事を書きました。

お前に言われなくても、自分のところではこんな素晴らしい指導をしている、こんな体制で子供たちの指導をしていると、胸を張って反論してくれる指導者がたくさんいることを願っています。

私も昨年まで西本塾というものを主催し、この人ならという人材を発掘し育成したいと思いましたが、残念ながら私の目に叶う人は現れてはいません。

もちろんその基準は恐ろしく高いですが、一人でもそういう人が現れてくれないと現状を変えることは出来ないと思います。

来月からそうなるかもしれないと期待する塾生が、月に一度の定期指導を申し出てくれていますので、とりあえずはその彼に大きな期待をしてみたいと思います。

私にできることは他の人間にもできるはずです。

それが出来ないのは、本気で絶対にそうなってやろうという覚悟ができていないからです。

指導者と名乗るなら、トレーナーと名乗るのなら、自分が本当に身につけなければならない能力はなんなのか、誰のために発揮する能力なのか、よく考えた方がいいと思います。

オリンピックや世界と名の付く大会に帯同し、日の丸のジャージを支給されることが目標ではあまりにも寂しいです。

明日明後日と、K君のために公園でボールを使ったドリルも行います。

ここへ来るまでは走ることもままならなかったK君が、どうしてこんな短期間に動きを取り戻したのか、そのために私が何を考え何をしたのか、想像してほしいと思います。

たぶん何もわからないと思いますが。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
今年2回目の西本塾を8月26・27の土日に開催を予定しています。
詳細はstudio操のホームページ内の「講習会情報」をご覧ください。
なお、今回も参加者が5名に満たない場合は開催しません。
9月10日には深める会も予定しています。

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