自分の体で感じなければ理解するのは難しいことです。

今朝、以前から縁のある競輪選手から電話がありました。
彼は一昨日のナイター競輪に出走する予定でしたので、昨日の朝レースの動画を確認しました。
そこに映し出された光景は、目を疑うような落車のシーンでした。

競輪という競技では落車は日常的に起こり得ることで、他の選手との接触等回避できない場合も多く、まさに命懸けの戦いを繰り広げています。

私も動画サイトの中とはいえ何度も落車のシーンは見ていましたが、今回の落車の仕方は、今まで見たこともないものでした。
すぐに状況を案じるメールをしましたが、返事がなく大事に至っていなければと心配していました。

そこに本人からの電話があり、色々な話ができ、それこそ命に関わるような怪我ではなかったことが分かって、本当に安心しました。
来月には広島での開催があり、久し振りに会う予定になっているのですが、まずはしっかり養生して回復に努めてほしいと思います。

また、彼の紹介で競輪ではなく競艇の選手との縁もできました。
これまで縁のなかった競技の選手と接することは、自分にとっても新しい発見があったり、私の理論の応用範囲が広がっていくことが実感できて、とてもありがたいことばかりです。

西本理論という言葉を自分でも使ってしまいますが、実際には明確な定義はありませんし、一言で言い表せるようなものでもありません。

強いて言えば、「それぞれの人間が、持って生まれた能力を余すところなく発揮できるような状態を作り上げる」と言うことになるでしょうか。

それぞれの競技に専門性があり、その中で育ち一定レベルまで達した人たちには、自分たちにしかわからないと言う経験則のようなもので固定概念を形成してしまうところがあると思います。

ところがその経験則を、きちんとした言葉で説明し、誰にでも納得できる指導にまで昇華させられている人は少ないような気がします。

結果を残してきた人の言うことには逆らえないから、なんとなく言うことを聞いている、という場合も多いと思います。

確かに経験者にしか分からない部分は否定しませんが、やはりそれだけではないはずです。

その共通した部分、「人間として持って生まれた能力を効率的に発揮する」という部分に関しての理論というか、養成方法を受け持っているというのが私の立場です。

ですから、どちらかというと団体競技よりも個人競技の選手の方が結果が出やすいと言うか効果を感じやすいため、指導もしやすいように思います。

競輪はピストと呼ばれる前輪と後輪が変速機なしの直結で繋がれた自転車を使いますので、まさに自分の肉体のみがエンジンということになります。

これまでの発想の中では、自転車に乗る練習はもちろんですが、当然そのエンジンの排気量が大きいほど馬力も大きいということで、筋力アップ肉体改造こそが成績アップの絶対条件のように思われています。

しかし、それだけではないと感じる選手も少なからず出てきたようで、端的に言うと屈筋ではなく伸筋を主役とする体の使い方をマスターすることが、これまで行ってきたトレーニングを無駄にすることなく、意識の変化で体の使い方が変わり、レースを走るときの感覚も違うと言うことに気づいてくれました。

競輪に関しては以前にも選手の指導をしたことがあったので、その時のことをベースにして、ここ数年工夫してきたことを加えた指導で、大きな変化を感じてもらうことができました。

今回の競艇という競技に関しては、全くイメージが湧かないというか、縁もなくレース自体を見たこともありませんでした。

もう10年以上も前のことですが、その時サポートしていたカープの佐々岡投手と同郷の島根県の選手が、競艇会のトップレベルの選手で、名前は彼からよく聞いていましたが、一年最後の最高峰のレースは、一緒にテレビで見たような気がします。

そんな程度の感心しかありませんでしたが、縁あって話を聞くと、競艇選手こそ体重制限があり、筋力アップ肉体改造では済まないことは当然で、これまでも様々なトレーニング理論に接してきた中で、これはというものには出会っていなかったようでした。

年齢も30半ばとなり、何かを変えなければと思っていた時に、友人だった競輪選手から私の話を聞き、縁ができたというわけです。

競艇の狭い操縦室と言うのでしょうか、あの中で船を操る姿勢は、まさに伸筋重視でなければならない動きだとすぐに分かりました。

船と水面の接し方をいかにコントロールするか、ターンマークを回る時の船の動きや選手の姿勢を見ていると、伸筋の重要性が一目で分かりました。

私の意見というか感想を話すと意見が一致し、ではどういう意識で体を操り、それが出来るようになるためにはどういうトレーニングを行えばいいのかということに、どんどん話が深まっていきました。

その論点が一致しなければ、そこから一緒に進んで行けるわけがありませんから。

レースも見たことがないのに、もちろんあのレース用の船に乗ったことがないのに、自分たちの体の動きが分かるはずはない、そう言われたらそこまでです。

これはどの競技の選手、指導者と話をするときも同じです。

そこに私のような立場の人間の意見を聞いてみよう、自分にとって得るものがあるのなら取り組んでみよう、そう思えるかどうかが運命の分かれ道となります。

今現在、ほとんどの人がそう思わないというか、自分たちがやっていること以外に、もっと良い方法があるかもしれないと考える人がいないからこそ、私の考え方に触れ取り組んでくれる選手が優位に立てる理由でもあります。

当然同じ競技のライバルに、私の存在を教えるという、敵に塩を送るようなことをするわけがありません。

早速レースで手応えを感じてくれたようで、表情も言葉もすっかり前向きになってくれました。

過去の経験から、出来るだけ感情移入をしないようにしようと決めていますが、私という人間はそれがないと本気になれないと言うか、自然な感情の動きに任せています。

年齢はどうあれ、現役の選手には私の言いたいことは伝わりやすいのですが、ある程度の年齢になった指導者には、正しく理解してもらうことは難しいようです。

それぞれの競技に必要な経験則による動作を習得させるためには、それを行えるようになるための基本的な体の使い方があるのです。

私が提唱しているのはその部分のことで、それなくして競技動作ではないのです。

この感覚は、前回のブログで紹介した宮澤さんの言葉を借りると「切実感」があるかないかと言うことに尽きると思います。

要求される動き、自分がこういう動きができるようになりたいと思っても、現実としてそれができない、日々努力しているのに何故できないのか、これができるようにならなければ試合には使ってもらえないし、選手としての成長も望めない、そんな切実感、もっと言えば悲壮感さえ漂う状況に陥った選手にしか、真剣に取り組もうとは思ってもらえないのかもしれません。

話を聞いて、文字で読んで、自分ではなく取り組んでいる選手を目の前で見たとしても、実際のところは絶対に分からないと思います。

自分の体でその真偽を確かめようなどという、高い意識を持った指導者など滅多にいません。

指導者になってから、改めて私のトレーニングを受けにきてくれ、自分の体で納得してから選手の指導に活かしたいと言ってくれて実行してくれたのはたった一人だけです。

名前は出せませんが、選手の動きを見る目が養われ、今指導者として結果を出しています。

現役の選手にも、まだまだ広がっていきません、指導者の意識も変わっていきません。

それでも私は、「人間の体はね・・・」から始まる、私の理論を発信し続けていこうと思います。


私に求められていること。

サンフレッチェ広島の敗戦を見届けて、改めてパソコンに向かっています。

思うところはたくさんありますが、現実として私に出来ることは何もないので、そのことを考えても仕方がないと思います。

私が考えていることをチームとして形にし、私自身が勝ち負けにまで結果責任を感じるレベルにまで高めておくためには、シーズンが始まる前のキャンプ、それ以前の自主練習の期間から指導を始めなければ間に合わないかもしれません。

広島に限らず、現状私の指導を必要としてくれている現場はありませんので、今私に求められていること、今私が誰かのために確実に影響力を行使できていることを行っていきたいと思います。

今この瞬間にも、私の力が必要だと思ってくれる現場からのオファーがあれば、どんな形であれ現状を打開する変化をもたらす自信があるというか、いつでも心の準備は出来ているつもりです。

しかし、今の私はこの3年半と言う期間の間に出会ったたくさんの人たちのお蔭で、そう言い切れる自信をつけさせてもらいました。

その方々が教えてくれたことを、自分の中で確実なものにしていく作業を行っている日々の生活が、これまで長くこの仕事をしてきましたが、一番楽しいと思うようになってきました。

私に求められているものは何か、それはなんといっても人間の体の仕組みを分かりやすく解き明かし、体の仕組みに沿った効率的な使い方という観点から、それぞれの人に合わせたきめ細かい指導をしてあげるということです。

体の痛みを訴える選手、動きの向上を望む選手、まったく別の問題だと思われる二つのことの改善するための方法が、実はまったく同じ根本原因に遡らなければならないということに気付いてくれる人が増えてきました。

サッカー選手に限りません、成績向上を目指す競輪や競艇という、これまであまり縁のなかったプロスポーツの選手も、縁あって私と出会い考え方に触れ、現実に体の6方向と言う概念を知り、伸筋重視のトレーニングを実践する中で、私の考え方は中途半端に取り組んでも意味はなく、逆に体の仕組みと言う基本の基本から学び理解していくと、本当の意味での向上という感覚を得ることが出来るようになります。

現在進行形の遠隔サポートを受けているサッカー選手や、少し前に受けてくれた小学生のサッカー選手とそのお父さんも、確実に体に対する意識が変わりました。

膝が痛いから自分の思ったような動きが出来ないではなく、なぜ膝が痛くなるのか、どうすればそうならなかったのか、目先の結果ではなく地に足を付けた取り組みが出来るようになっていきます。

痛みの原因の三要素、①体の仕組みに沿った動きができていない②そのレベルに見合う基礎体力が備わっていない③それらを身に付けてなお大きな負担を強いられるオーバートレーニングを行っている、と何度も言い続けていますが、スポーツの現場が、①の体の仕組みに沿ったという部分をあまりにも疎かにしていると思います。

私に求められているのはまさにこの①の部分です。

遠方から個人指導を受けに来てくれる選手、遠隔サポートを受けてくれる選手、西本塾で二日間しっかり学ぼうとしてくれる人たち、みんなこの部分を知りたいと思って来てくれているのです。

プロの選手だから、そんなことは当然できているはず、ではありません。

かれらこそ、これまでの固定概念の中で鍛錬を繰り返し、相対的な評価として現在のポジションを勝ち得てきただけです。

まだまだ伸びしろというか、改善できる部分はたくさんあるのです。

しかし、目先の結果や現状の自分に満足してというか、大きな変化を望まない選手が多いようです。

私に言わせればもったいない話です。

それがこれから高みを目指そうという育成年代の選手が、現実には本人ではなく保護者の方と言うことになるのですが、私の考えを知り、今のうちにこの考え方や体の使い方に触れておくことは、これからの成長にきっと役に立つはずだと考えてくれる人が増えてきました。

明日の月曜日は定休日ですが、福岡の中学生が、そういう目的で指導を受けに来てくれることになっています。

特別に受け入れるという返事をしてありますので、午前中しっかり指導させてもらう予定です。

サッカーであれば、子供の頃の評価はボール扱いが上手い選手が、イコール能力の高い選手と思われることが多いと思います。

確かに一面そういう部分は否定しませんが、そういう能力の高い選手、具体的にはリフティングやドリブルと言うことになるでしょうか、そんな選手はそこらじゅうにいるはずです、加えて体格の大きな選手やスピードの速い選手が将来を期待される選手と言うことになるでしょう。

本当にそうでしょうか、サッカーは本来体の接触を伴うコンタクトスポーツです、フリーでボールを扱う技術をそのまま生かせる局面の方が少ないはずです。

そうしたプレッシャーの中、持っている技術を発揮するために必要な能力こそが、私が提唱する「体を扱う技術」です。

自分の体を自分の思ったように動かす、相手との接触の際に最も効率的な力の発揮の仕方を知っていてそれが実際に出来る、ボールを扱う以前に身に付けておかなければならない体を扱うという技術、その部分がこれまで抜け落ちていると思うのです。

しかし、これを理解させるためには、ある程度の年齢と体が出来ていることが条件となります。

小学生くらいだと、まだまだボールを扱う技術の方に気持ちが向くのは当然のことです。

個人差はありますが、それだけでは通用しないと感じ始める頃が運命の分かれ道だと思います。

体格差を言い訳にしたり、正しい体の使い方を知らないままに頑張りすぎて故障をしてしまったり、何をどうして良いのか分からないままに目標を失ってしまう選手がほとんどだと思います。

そういう選手たちが私の考え方に出会い、自分もまだ成長できるかもしれないと指導を依頼されることが増えてきました。

大きな組織の仕事にももちろん魅力はあります、私の考えていることの正しさを広く知らしめるためには、手っ取り早い方法かもしれません。

しかしすでに私の考え方は間違っていない、進むべき方向を見いだせないまま苦悩している選手たちを救えることは、過去現在に至るまで私自身が一点の曇りもなく正しいと言い切っていることなのです。

今さら証明云々ではなく、信頼して指導を受けてくれる人たちのために役に立て行けばいいだけのことなのです。

余計なことに労力を費やしている場合ではないのです、今現在私の力を必要としてくれている人たちがたくさんいるのですから。

明日は中学生相手に、私自身が体を動かし、「なるほどそういうことか、自分もこういう動きが出来るようになりたい」、と思ってもらえるような動きを見せなければなりません。

準備はしてあります、しっかり頑張ります!

発想と視点を変えることができれば、もっと楽しいことが待っています。

昨日の午前中、エディオンスタジアムで行われたサンフレッチェ広島の練習を、智志と二人で見学しに行ってきました。

目的はある選手の動きを確認することと、低迷しているチームがどんな雰囲気で練習に取り組んでいるのか、生の姿を見たいと思ったからです。

私自身現場を離れて5年が過ぎました、離れたからこそ見えてきたものがたくさんあり、この仕事を始めてから30年近くになりますが、30年前より20年前より、5年前よりも、今の私は自分で言うのはおこがましいですが、ずっと成長しているような気がします。

過去それぞれの環境でベストを尽くしてきたつもりではありますが、やはり目の前の課題に取り組むことが一番で、総合的に自分の考えをまとめ発展させていくという作業は出来ていなかったと思います。

色々な意味で5年前に経験したことは、大きな転機をもたらせてくれました。

一般の方に対する施術はもちろんですが、様々なスポーツを見る目も変わってきたように思います。

人間の体の本質のようなものが見えてきて、それをどう生かすことが効率的に体を操ることになるのか、考えれば考えるほど発想が広がりました。

しかし、私が何をどう考えようと、現場で指導する監督と言う立場には成り得ませんし、コーチという肩書が与えられたとしても、最終的にすべてを判断するのは監督の裁量にかかってきます。

今出来ることは「個」を磨くことです。

これはこれでとても楽しい仕事で、選手と一緒に課題を見つけ、それをどう克服したらいいのかという方法を提示し、体の動きや考え方まで変化していく選手の姿を間近に見られることは、私にとって何より喜びとなっています。

昨日練習をスタンドから見学している時、見たような人が前を通り過ぎようとしたのに気づき声をかけました。

西本塾にも参加してくれたことのある、現役のサッカー指導者で女子選手を指導しています。

練習を見ながら色々な話をしました。

彼は私の考え方を知る前は、他の指導者と大きな違いはなかったかもしれません、しかし、私と接していく中で、新しい発想を知り今までとは違った視点でサッカーをそして選手の動きを見ることができるようになっています。

現実として彼が今指導をしている選手たちの動きは明らかに変化し、これまでにない動きを表現してくれるようになったそうです。

年代別の代表にも何人か選ばれるようになったそうです。

ところが残念なことに、彼の所属するクラブの中で、同じ発想で会話ができる指導者はいないそうです。

私が常に言い続けていることですが、まだまだ私の話に普通に対応できる指導者、いえ選手にもまず出会うことはありません。

しかし、少しずつ理解が進んで行くと、これまでとは全く違う世界が開けてくると口を揃えて言ってくれます。

一定レベル以上の組織を任される指導者と言うのは、それなりの実績と経験を積んでいることは分かります。

それらをベースにして指導を依頼されているのも理解できます。

しかしそれではそのレベル以上の選手を育てることができるのでしょうか、自分の方が上だと思っているから指導しているという発想になるのでしょうが、もっと深い所に思いをはせ、直接指導させてもらえる環境を与えられたことを活かして、自分自身を成長させるチャンスだと捉えることは出来ないのでしょうか。

久し振りに話をした彼の口からは、すでに私が乗り移ったように何の違和感もなく話が弾み、こういうことが普通に話せることがとても嬉しそうでした。

そんな中でひとつ彼にアドバイスというか提案したことがありました。

これも何度も口にしていることですが、「期待されている自分を演じる」と言うことの意味です。

出来ない分からない、自分には難しいと言ってしまうことは簡単です。

現状のサンフレッチェのように勝てない状況が続いている中で、応援してくれているサポーターの前でニコニコ笑顔を振りまくというのは難しいかもしれません。

練習中にミスをした時にも、見ている我々にも伝わってくるようなマイナスな行動をやめ、すぐに次のプレーに集中してボールを追いかける姿を見せてくれと言うのもかわいそうかもしれません。

でも彼らは戦わなければならないのです。

プロとして自分の為だけにサッカーをしているのではないということです。

たくさんのサポーターが彼らが一生懸命戦う姿を見て勇気づけられ、それぞれの生活に糧としてくれているのです。

そういう立場を常に演じる必要があるのです。

私が西本塾で指導をするとき、施術を行う時の誘導の言葉が出ない人が多くいます。

自分は口下手だから、人と話すことが苦手だから、そんな言い訳が聞こえた時、私は厳しい言葉でこう言います、「我々が相手にしているのは生身の人間ですよ、ロボットを修理しているのではありません。あなたが口下手であろうと人見知りであろうと、目の前にいる相手にはまったく関係のないことです。要点をきちんと説明し、要領よく体を誘導してあげられる有能な施術者を期待されているのですから、それに応えるためには理想の施術者を演じればいいのです」、と。

選手も指導者もまったく同じです、今出来るとかできないとか、今負けが続いているとか、そんなことはどうでもいいのです。

試合に出場し勝利してみんなで笑顔で喜びを分かち合っている、そんな自分を今こそ演じなければならないのです。

単純なプラス思考とかメンタルトレーニングのことを言っているのではありません。

それが与えられた役割なのですから。

大リーグの選手は家族の不幸や奥さんの出産に立ち会うために、戦いの場を離れることは当然だと思っています、それは正しいことだと思います。

逆に良いことだとは言い切れませんが、自分がその場を離れることで全体に対して大きな迷惑が掛かると、家族の不幸があっても舞台に立ち続ける役者さんもいます。

泣きたい時にも笑顔を振りまかなければならない時もあります。

そんな極端な話ではなく、今自分がやらなければならないこと、立ち居振る舞いも含めてすべてを見られているという覚悟がなければ、プロスポーツ選手と言う仕事も難しいものになるでしょう。

そんな話をしながら、新しい発想と視点を得た彼は、現状をまったく憂うことなく、指導している選手たちのためにより良い指導を模索している彼の姿勢は素晴らしいと思います。

願わくばこういう人がどんどん増えて、私と同じ発想や視点で会話を楽しめる輪が広がってくれたらいいと思います。

ちょうど今、大阪の大学のサッカー部の選手から、8月後半に広島県福山市の「ツネイシしまなみビレッジ」で行う予定の夏合宿期間中に、西本理論のトレーニングの指導を受けたいという連絡がありました。

こういう依頼は初めてでしたので、興味を持ってくれたこと、私の理論や実践がチームの強化に役立つと思ってくれたことをとても嬉しく思います。

実現するかどうかはまだ分かりませんが、大学生のサッカー選手を相手に走り回れるよう、心身ともに準備しておかなければなりません。

私が言い続けていることは、新しい発想でも特別な発想でもありません。

人間の体はこういう風に出来ているから、こういう風に使おうよと言っているだけのことです。

ただそれをやるのは人間です、心が体を動かす部分は否定できません。

まだ実績のない若い投手が、5回を投げ終え勝ち投手の権利を獲得した6回のマウンドで、突如コントロールを乱し、球威が明らかに落ちてしまうという現象があります。

この現象は、たんに球数の問題や体力不足で片付けることは出来ません。

2軍の試合で投げる1球と、1軍の試合で名だたる打者を相手に投げる1球に対する集中力はまったく異質なものだと思います。

この辺りの感覚は、本当にその場に立った人間にしか分からない感覚だと思います。

サッカーでも、ここ一番の試合やカテゴリーが上がって最初の試合とか、初めて日の丸を背負っての試合とか、これまで経験したことのない舞台での緊張感は、想像以上の疲労につながると思います。

そういう経験がしたくても出来ない私のような人間だからこそ、人間としての想像力を働かせ、少しでも感覚的に寄り添った指導ができるようになりたいと努力するのです。

一緒に見学した彼が近い将来、トップチームを率いることになれば、きっと世の中がサッカーの見方を変えてくれると思います。

色々なところで私がまいた種が芽を出してきたような気がしています。

そして大輪の花を咲かせてくれる日も近いでしょう。

私はそれまでしっかりと自分の考えを発展させ続けて行きます。

お手軽な方法論ではなく、ことの本質を追求し続ける、これが私の生き方です。

私が本当に言いたいこと。

昨日今日と二日に渡って書いてきたこと、読み手によっては自分たち日本人の体の特徴や機能を卑下し、海外の人たちの体の仕組みや機能を、ただ羨ましく思ったり賛美していると受け取った人がいるかもしれません。

そういう受け取り方をした人のために、時を置かず私が行き着いた本当の結論を書いておかなければならないと思い改めて記事を書いています。

書いてきたことはどれも紛れもない事実です。

しかし、海外の選手たちはそのことを意識もしていないしアドバンテージだと感じることもありません。

それは生まれつきであり、自分だけではなく周りの人すべて同じだからです。

日本人も同じ、周りのみんながそうだから、自分だけが特に問題があるなんて誰も思っていないのです。

でもそうではありませんでした。

ならば日本人が世界に伍して戦っていくことは出来ないのか、私がたどり着いたのは、「十二分に戦うことができる」という結論です。

世界の超一流選手のプレーを引き立てているのも、実は世界各国の代表クラスの選手たちです。

メッシの5人抜きなどという動画に出てくる対戦相手の選手たちもみんなそうです。

ではなぜそんなことが現実に起きてしまうのか、私がこれほどまでにお手本にしなければならないと言ってきた海外の選手のプレーに、実は大きなヒントが隠されていました。

彼らは自分の体の動きの特徴というか、ストロングポイントを理解していなかったのです。

彼らも同じ人間、自分より格上の選手、足の速い選手、ドリブルの上手い選手、コンタクトの強い選手、そういう相手に対して負けたくないという気持ちが当然出てきます。

そのことが彼らにとって不必要な力むという感覚を生み出し、屈筋を使ってその場に居付き、簡単にバランスを崩されてころんだり、ドリブルで逆を取られて抜かれたり、裏を取られて抜け出されると、走りに力みが出て追い付けなかったり、チャンスで股関節を屈曲する動作が出て、ボールをコントロールできずに枠を外したりと、日本人と同じミスをいくらでも犯していることも事実なのです。

海外の選手がこの事実に気づき、強さよりもしなやかさを重視するトレーニングや体の使い方を意識するようになったとしたら、我々はまた別の方法を考えなければならなくなるかもしれません、もう新しい方策などないと思いますが。

ならば我々はどうすればいいのか、まずは海外の選手と同等の背中を使う動きを身に付け、どんな状況下でも冷静にその動きを続ければいいだけのことです。

たったそれだけで、足が止まるだ、フィジカルが弱いなどといわれなくても済むのです。

信じられないのなら今まで通り、根性で走り続けたり、体を鍛えまくればいいでしょう、その先には残念ながら明るい未来は訪れません。

半年間私の理論に沿ってトレーニングを継続した中高生のサッカー兄妹は、しなやかでスピードのある動きを身に付けました。

新しい環境で、日本的な頑張るだけのトレーニングを行わなければならないことで、せっかく身に付けたものが消えてしまわないことを祈るばかりです。

海外の選手にこのことを話しても、誰一人として乗ってくる選手も指導者もいないでしょう。

それは当然のことだからです。

お手本であるべき名前を挙げてきた超一流選手にも、筋肉系のトラブルが散見されます。

彼らにして、もっと頑張れば、もっと力を入れれば良いプレーができるという感覚があるのだと思います。

そんな彼らを涼しい顔であしらうような体の使い方で、プレーができる日本選手がそろえば、日本代表は間違いなくどんな国を相手にしても、まったく気遅れする必要はないと思います。

私が本当に言いたいのは、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」、孫子の兵法の一説にあるように、お互いの特徴を熟知し、劣っている部分は素直に認め、それを補う努力を惜しまず、相手の隙を見つけられれば、そこに活路を見出し、最後には勝利を収めることができるということです。

そのヒントどころか、答えがここに書いてあるのです。

それを実行するためには固定概念を捨て、新しいことに挑戦する勇気と覚悟を持つことです。

それが出来ない人ばかりなことを残念に思います。

膝の故障と、背中を使えていないことの関係②日本と海外の選手の体の違いから。

昨日書き始めたことは、私にとってもとても大切なことなので、考えが分断しないように続けて書いておきます。

今日書いておかなければならないことは大きく二つ、一つは、なぜ日本で活躍した選手が海外に移籍すると、日本で見せてくれていたような動きが出来なくなってしまうのかということ、もう一つは、海外の選手たちに比べ、日本の選手の普段の姿勢やプレー時の姿勢が、どうして猫背に見えてしまうのかという問題です。

実は二つの問題の根本はまったく同じことなのですが、それを二つの側面から分析することで、ことの重要性を認識するきっかけになると考えました。

まず海外に移籍した選手の動きの変化についてですが、正直私は数年前まで全く興味がありませんでした。

どんな選手が、日本でどんな活躍をし、海外に移籍した後どうなってしまったのか、今サッカーに関わる内容を書いている私ですが、意外な人がこんなにサッカーを知っていて、詳しい情報をたくさん持っているという人が、私の周りにもたくさんいます。

そんな人たちから見ると、私は素人以下で、なぜそんな私がこんな内容を書いているのかと言われてしまうほどです。

前回のワールドカップ直前に、ご縁のあったスポーツライターの「木崎伸也」さんの依頼で、サッカー選手の動きや体の使い方に特化した分析を依頼されたことがありました。

それまで特に興味のなかったサッカーに対して、「人間の体の動きそのものに対する分析」を試みるということは、私にとっても新しい刺激を感じるものでした。

分析を依頼するため名前の挙がった世界の超一流選手たちの動きは、まさに特徴のオンパレードで、記事を書くのが本当に楽しかったことを覚えています。

ところが日本代表の選手たちに話が及ぶと、私の文字を打つ手がぴたりと止まってしまったのです。

当然良い所を探して記事にしたいということだったと思うのですが、私の目には、それ以前に穴が開くほど見続けた世界のプレーヤーたちのイメージが強すぎて、様々な項目に分けて特徴を拾い出そうとしたのですが、「特になし」の言葉しか浮かんでこなかったのです。

日本を代表する選手たちなのですから、特になしではないはずなのですが、悪くはないがどこか飛び抜けて目立つ特徴は見られないという感想でした。

それではと過去の代表選手をピックアップしていくと、私を驚かせてくれたのが「中田英寿選手」でした。

海外のトップ選手の分析をしているとき以上に、色々なことが想像できました。

その一番の特徴が、「姿勢の良さ」でした。

彼は屈強な海外の選手に体をぶつけられても、簡単に倒れることがありません、相手のパワーに対抗して体をぶつけ返す、いわゆるフィジカルが強いという言葉で言い表される体の使い方には見えませんでした。

古い言い方ですが、「柳に風と受け流し」という感じで、相手のパワーをいなし、しなやかな身のこなしで崩されかけた態勢を立て直しながらドリブルしていく姿は、見事なものでした。

ユーチュ-ブで見ることができる過去のプレー集は、選手の良い所の総集編のようなものだとは思いますが、それにしても彼の動きには当時の日本代表の誰にも真似のできない異質なものを感じました。

彼が一番活躍していた時期には、私はプロ野球選手のパーソナルトレーナーとして、日々野球の投手の体の動きのことにしか興味がなかったため、申し訳ないですが全盛期の中田英寿選手のプレーを見たことがありませんでした。

では海外の超一流選手や中田英寿選手に見られて、日本のトップ選手たちには見られない特徴、それがまさに姿勢の良さであり、具体的に言うと「骨盤が自然に反っている」ことでした。

この「自然に」と言う感覚がキーワードになりました。

日本では姿勢が悪い背中が丸くなっていると指摘された時、「胸を張れ」と言う言い方がされると思います。

小理屈に聞こえるでしょうが、筋肉には収縮と言う仕事しか与えられていません、胸の筋肉が収縮すればそれはそのまま背中を丸めることになってしまうだけで、目的である背中を真っ直ぐに保つということにはなりません。

ここに日本人特有の背中に対する意識を感じました。

日本人は長い農耕民族としての歴史の中で、体をかがめ手先の細かい作業をすることには長けていた民族です。

その良い意味での特徴が、逆に言うと背中をしっかり起こして背筋を伸ばすということを行う機会を少なくしてしまいました。

大陸の狩猟民族としての歴史を築いてきた人たちは、背中をしっかり起こし視線は遠くに保たなければなりません。

単純な例ですが、そんな歴史の違いが背骨をしっかり引き起こし、人間本来の背骨のS字カーブをキープしてくれる、「広背筋」と言う筋肉の機能を眠らせてしまったのではないかと考えました。

そういう視点で日本人と海外の選手の動きを見比べると、見事に当てはまってしまうのです。

ところが体型に劣る日本人は、体のサイズや筋力を向上させることこそが、海外の選手たちに対抗できる唯一の手段だと信じ、「肉体改造」の号令のもとに、筋力トレーニングを行ったのでした。

ところがそのことで得られたはずのフィジカルの強さは、海外の選手にはまったく通用していませんでした。

このことも書けばとても長くなるので簡単にしか書きませんが、元々のサイズと強さを持っている海外の選手は、アクチンとミオシンのニュートラルポジションからの収縮になりますが、後天的に強化した筋肉は、ニュートラルポジションが3方向へ移動してしまい、収縮させた時の余裕というかクッション性がなくなってしまうと思うのです。

だから同じ身長体重の選手同士がぶつかり合った時に、日本の選手の方が飛ばされてしまうという現象が起こります。

私は科学者ではありませんから、毎度言われる客観的なデータなど持ち合わせていませんが、毎日毎日飽きるほど見続けたプレー集からは、そうとしか思えないというのが私の結論でした。

日本ではしなやかで力みがなく、ある意味やる気が感じられないような表情の選手が、90分間を通じて「らしさ」を発揮し続け、試合終了直前に素晴らしい動きを見せて勝利に貢献するというシーンを見せてくれていたにもかかわらず、海外に行くと、人が変わったように力みが感じられ、動きのしなやかさが消えて行く選手を何人か見ることになりました。

それはなぜなんだろうと考えた時、間近で見る選手たちの体格や筋力の違いに驚き、同じ環境でトレーニングを行う中で、例えばベンチプレスひとつとってみても、指示された重さと回数を他の選手と同等に扱えなければ悔しい訳で、そうなるといわゆる頑張る筋肉「屈筋」が主役となってしまうことは明らかです。

その結果、見た目は他の選手に負けない体を手にしたとしても、動きの質でいうと明らかにしなやかさが失われていくということになってしまうようです。

このことは、一昨年、ブログにも登場していただいた川崎フロンターレサポーターの「西原雄一」さんと、等々力で試合を一緒に見させていただいたときに、ここまでのことはお話ししました。

私など遠く及ばないサッカーの知識を持っている西原さんからは、何人もの選手がそれに当てはまっていたというお話を伺いました。

私が絶賛した中田選手でさえ最後は動きの質が変わってしまったということもお聞きしました。

ただこれはあくまでも私の想像でしかなかったので、いつかこの目で海外の選手のトレーニングを生で見る機会を得て、私の想像が正しいものかどうかを確認したいということもお話ししていました。

現実として実現不可能なことだったのですが、昨年末に偶然にもその機会を得て、自分の目で確かめることができたことは幸運としか言いようがありませんでした。

海外の選手は背骨を中心とした体の動きで重量を扱い、自らの体をコントロールしています、間違いありませんでした。
引き換え日本の選手は、体の前側の筋肉、大胸筋や腹直筋などを中心にした体の使い方をします、これが私の結論でした。


そのためにはずっと言い続けている、広背筋を中心とした体の後ろに位置する筋肉の機能を高めることを最大の目的としたトレーニングが必要であるということです。

このことなくして姿勢の改善も、フィジカルの向上も望めません。

一時期、「反った猫背」という言葉を、ブログで多用しましたが、自分で意識することなく骨盤を後上方に引き上げた状態が自然になるまで、背中側の筋肉にその仕事を思い出してもらうためのトレーニングが必要なのです。

その結果として、いくら猫背になろうとして肩の力を抜いても、骨盤はその角度を変えることなくすっと上体を支えてくれます。
その状態こそがベストな姿勢を作り得るのです。


背骨全体を無理に反らせるのではありません、過去発表した記事にも書いた、「メッシの背中背番号10の下はしっかり反っているのに、肩は逆に猫背に見えるのはなぜか」と言うことです。

ブラジルのサンバダンサーの背骨からお尻にかけてのライン、あの骨盤の角度なくして、ハイヒールを履いたまま、あれだけのステップを踏むことは出来ないでしょう。

失礼ながら日本女性が足を長く見せたいとハイヒールを履いても、着地の瞬間膝は伸びておらず、腰をかがめた姿勢になります、骨盤は後傾し、股関節の伸展が出来ないからです。

日本の選手がそれぞれの良さを消さないように、海外でも活躍するためには、屈筋ではなく伸筋のトレーニング、具体的に言えば「トレーニングの目的は背骨を自由に動かせるようになること」で、背骨を動かすための筋肉の機能を高めるということです。

とくに育成年代で、基礎的な筋力も基礎体力も備わっていない状態で、高度なプレーを身に付けようとしたり、高いレベルの中に身を置くと、日本人特有の体の使い方である、体を丸め腰を落とし、地面に居付いた状態から、強く蹴って動き出す、股関節を屈強させ膝を強く引き上げ、そのために腕をしっかり振ってという動きになります。

その結果として、大きく踏み出した足を支えるために、膝や太腿の筋肉が大きな負担を強いられるということになります。

それでも筋肉を鍛えろ、もっと頑張れと言われ続け、ついにはボールを蹴ることも走ることさえ出来なくなってしまうこともあるのです。

私に言えることはここまでです、あとは指導している皆さんが本気で人間の体の仕組みを学び、痛みを訴える選手たちをどうやったら救えるのか、たくさんいる選手の中から大きな大会に出場させることだけが指導者の評価ではないはずです。

小学生から高校生までの子供たちが、体の痛みを訴えるのはすべて指導者の責任であると言っても言い過ぎではないと思います。

「自分たちはそんなことは知らない、競技の指導で手いっぱいだ」、そうでしょうか、どんな指導をしたら成績が上がるのかを考えることと、どうやったら故障を減らせるのかを考えることは同じではないのでしょうか。

スポーツの現場を見ていて悲しくなります。

膝の故障のことから、日本と海外の選手の体の特性の違いまで、思うところを書いておきました。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
「第25回西本塾」を11月18・19日の土日に開催を予定しています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください
尚、深める会も12月10日に予定しています。

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