「伸kingトレーニング」の目指すところと、その効果。

体調不良で長く布団の中で過ごしましたが、そんな中でも頭の中ではいろいろなことを考えていたので、忘れないうちに記事にしておきます。

これまで「伸kingトレーニング」の概要をランダムに説明してきましたが、今回は一気にその効果というか、トレーニングによって何がどう変わるのかという部分に触れておきたいと思います。

このトレーニングは、ずっとテーマとしている「体づくりから動きづくりへ」という発想の転換を元に、人間が本来持って生まれた能力を余すことなく発揮できるようにするために考えてきたトレーニング方法です。

こういう表現ではまったくイメージができないとは思いますが、まずはこのことが基本となります。

現在夜間のトレーニングに参加してくれているのは、中学3年生の男女と高校2年と3年生の男子選手、合計4名すべてサッカーをやっている選手たちです。

私がこのトレーニングを企画したのは昨年の9月半ばでしたから、一番長く続けてくれている2人でも、まだ5ヶ月に満たない期間ということになります。

週に2回から3回のペースで来てくれていますので、一番多く通っている彼らで、回数にすると70回くらいになるでしょうか。

そう考えると付き添ってくれるお母さんも含め、ファミリーのような感覚になっています。

兄のヒカル君のプレーは全国大会の予選も含め、3試合を直接観戦することができました。
元々能力は高かったとは思いますが、私がテーマとして掲げていることや、試合を見て私が必要だと感じて指導した動きも、すぐに身につけてくれて試合で活用してくれました。

また妹のアイコちゃんは、それまで所属していたチームの練習を離れ、受験勉強とトレーニングに時間を割り振っていたため、トレーニングの成果をなかなか実感することができませんでした。

しかし、受験勉強が一段落してから、トレーニングとサッカーの練習を並行して行うようになった時、3ヶ月のブランクがあったにもかかわらず、本人が驚くとともに、練習を見に行っているお母さんや、仲間たちからも驚きの声が上がるほどの変化を見せてくれているそうです。

こちらは直接見ていないのですが、話し振りからその変化を容易に想像することができます。

2人は口を揃えて、「サッカーが色々な意味でこれまで以上に好きになった、楽しくて仕方がない」と言います。

ではこの兄妹の何が変わったのか、それを説明することで、私のトレーニングの方向性や成果を感じてもらうことができると思います。

まず私のトレーニングを行ってもらう時、しつこいくらいに各トレーニング種目のフォーム・体の使い方や、どういう意識で体を使うかという部分を強調して指導します。

そのためにはどうしてもマンツーマンに近い状況が必要となります。

少しづつそれが形になってくると、必然的に扱える重量が増えます。

重いものが持てるようになることが目的ではなく、自分の体を思ったように動かすために必要十分な重さを設定していくということです。

重すぎてもダメ、軽すぎてもダメ、正しい動きで正しい刺激を求めて行くのです。

当然ですがそれらのトレーニングを継続することによって、体重や体のサイズにも変化が現れて来ます。

ヒカル君は既に5キロ体重が増え、そのほとんどは筋肉の肥大によるものと思います。
とくに上半身は、お世辞にも高校サッカーの名門チームのエースとは思えない貧弱な体でしたが、4か月を過ぎた今、見違えるような体になって、誰がどこから見ても立派なスポーツ選手の体型となっています。

体づくりではなく動きづくりのトレーニングを行った結果が、本来の目的である動ける体というものを作り上げてくれたうえに、副産物というか当然の結果として、求める動きを行うことができるだけの筋肉の肥大ももたらしてくれたというわけです。

妹のアイコちゃんも同じです。
女の子ですからあえて数字は出しませんが、小柄で本当に可愛かった彼女でしたが、今では敬意を込めて「モンスターアイコ」と呼んでいます(笑)

体の変化はもちろんですが、トレーニングのフォームが良くなったり、重量が増加してパワーアップしたことを喜ぶのなら、私のところへ来た意味がありません。

彼らが行うトレーニングの目的は、サッカーが上手くなりたいという一点ですから。

ではその最終目標であるサッカーが上手くなるとはどういうことなのでしょうか。

私が考えたその理想形は、まずは90分間頭と体を使い続けるという能力であり、そのために必要な走り方を身につけるということです。

さらには自分が意図した方向に、誰よりも素早く動き出して行ける能力、動きながら走りながら周りを見通し、次に何が起こるか、自分が何をしなければならないかを瞬時に判断する能力も必要です。
さらには動きながらボールを止める蹴るという基本動作はもとより、対人間というコンタクトスポーツとしての能力も必要となります。


まずは理想を掲げ、どうすればそこに近づけるのか、その階段を説明していきます。

とくに対人間のプレーに関しては、たんなるフィジカルと言われている能力よりも技術に近い方法を指導します。

いわゆる「技」と言っても良い部分です。

とは言っても「技は力の中にあり」という格言もある通り、技を活かせるだけの基礎的な筋力は当然必要となります。

そのために行なっているのが「伸kingトレーニング」だという繋がりになっていくわけです。

技を活かすための力、それを会得するためには様々なドリルを行って、技と力の架け橋としなければなりません。

それらすべてを完成させ、自信を持って指導していますので、継続のふた文字が条件とはなりますが、やる気があれば誰にでも習得可能な能力だと思います。

彼らがプレーをして楽しいと感じているのは、自分のやりたいこと意図したことそのままに体が勝手に動いているというか、こういう風に体が動き出してくれたらいいな、こんな時にこんな動きができたらいいなと思い続けてきたことが、いつの間にかできるようになってしまっていたからです。

他の選手より一回り小さなアイコちゃんが、大きな選手たちに対して当たり負けすることもなくボールをキープしたり、素早い出足でボールを奪ったりと、そんなことができたら楽しくないわけがありませ。

数年前のことですが、シーズン前のトレーニングでこの走り方を指導していた時、ベテランでお世辞にも足が速いとは言えない選手がこんなことを言いました。

「今までの自分は、本当なら5mいや3m前でプレーしているイメージなのが、実際には5m、3m後ろにしか体を運べていなかった。それが今この走り方で走っていると、まったく逆で思った以上に体が前に進んでしまい不思議な感じがする」と言い出したのです。

さらには「これならサイドバックもできそうです」の言葉に、一緒に聞いていた監督から、「それだけはやめてくれ」と突っ込まれて大笑いしたことがありました。

それくらいインパクトがあるのです。

力んで地面を蹴り上げて走るのではなく、静かにスルスルっと動き出してスピードに乗っていくのですから、これまでの常識では考えられない結果となります。

これはもう体験した人間にしかわかりません。

この走り方をベースとして、前後左右のターン動作、相手を抜き去る時の体の当て方、相手を背負った時の外し方、逆に絶対に外されない体の当て方など、彼らにとってというより、サッカーを長くやったきた人たちにとっても目から鱗の体の使い方ができるようになることこそが、私が求めている「伸kingトレーニング」の最終的な目標です。

そのためには基本的な体の仕組みに沿った、このトレーニングは必須条件となります。

人間の体の重心位置が股関節、具体的には大腿骨の大転子と呼ばれる部分であることを、股関節スクワットで実感させたり、ターン動作における意識は背骨を軸としたものではなく、ターンする側の脇腹で引っ張るように回れるようにするために、メディスンボールとバランスボールを使った反転動作のドリルを行わせたり、走るという行為に直結する股関節の伸展動作を強調するために、バランスボールを使ったランジ動作を行わせたりと、すべてがその後行うドリルへ、そして実際の競技動作につながっていることを、トレーニングを続けているうちに自然に理解し、そして身についていきます。

地面を蹴らない動き出しの動作に関しては、捻転からの引き起こし動作が必須となりますが、これもトレーニング動作の延長線上のことであり、人を外す動作も同じイメージで、落下・捻転・重心移動の3つを瞬時に行わうことで成立する技ですので、トレーニングの継続無くして身につけることは不可能です。

短時間の講習会で指導したとしても、気づきは与えられたとしても、それで実戦に使えるほど簡単なものではありません。

今指導しているのはサッカー選手たちですが、私の好きな野球、とくに投手の投球動作やバットスイングについてもまったく同じで、その他のスポーツ競技にもすべてに応用できます。

最終的にどこに結びつけていくかという問題だけで、ドリルの部分が変わってきます。

カープの若手投手の指導もしましたが、彼らに足らないのは自分の体をどうやって使えば、彼らの優れた身体能力を十分に発揮し、強く正確なコントロールを身につけることができるのかという、最も基本的な部分がわかっていないことです。

残念ながらその部分を指導できる指導者がいないために、監督自らが選手の指導を依頼してくることになるのです。

現監督は、現役先晩年に1年間指導を受けにきてくれました。
腰痛の持病に苦しみ少しでも良い状態でプレーしたい一心でした。

それが引退して指導者になってからも私の指導を受け続けてくれたのは、本来人間の体とはどういう風に使うべきなのかをもっと深く知りたいという彼の探究心からでした。

彼は野手出身ですが、佐々岡投手の行なっていた投手のトレーニングにも興味を示し体験してくれたことで、より私の理論の正しさを理解してくれたようです。

その結果として選手の指導を依頼してくれているのだと思います。

どんなことも同じだと思いますが、ただ頑張れ頑張れ、毎日一生懸命頑張っていますというのは、どちらもただの自己満足で、結果が出たとしてもそれは偶然です。

正しい方向性を見出し、目標設定を行うことなしに、努力という言葉をいくら使っても意味をなしません。

私は今の方向性に自信を持っていますが、さらに良い何かがあるかもしれないと、常に試行錯誤を続けています。

正しい理論に基づいた方向性を持ち、それを理解させながら、人間の持って生まれたそれぞれに備わった能力を余すことなく発揮できるための準備としての、「動き作りのためのトレーニング」を行い、実際に最終目標とする動きを獲得するための様々なドリルを行い、それらを継続することで確実に目標に近づくことができます。

「伸kingトレーニング」の目指すところと、その効果、わかっていただけたでしょうか。

数年前の出来事から、サッカーという競技の体の動きを真剣に考えるようになりました。

私がたどり着き、さらに試行錯誤を続けている体の使い方は、どんな選手に対しても劇的な変化を起こすものです。

この考え方無くして、大きな変化を望むことは難しいとさえ思っています。

いつか必ず私の思いが広がって行くことを信じています。

「操体」から学んだ人間の体の不思議。

私が20代の後半、そこから先の人生をどう生きて行くのか考え始めた時に出会ったのが「操体法」という考え方であり、「渡辺栄三先生」という素晴らしい人間でした。

そこからはや30年以上が過ぎ、私なりに自信というか、進んできた方向性に間違いがなかったと思えるようになってきました。

32歳、故郷宇和島に帰って「西本治療室」という看板を掲げて開業した時、治療を受けに来てくださる方々には申し訳ないですが、今のような自信はまったくありませんでした。

約5年間、渡辺先生の元で操体を学ばせていただき、鍼灸の専門学校の夜間部に通い、鍼灸師の資格も取得しました。

しかし現実として、一人で施術を行い、それぞれの痛みを抱えて来所してくださる方々に、満足してお帰りいただけるだけの施術が出来るのか、不安の方が大きかったことは間違いありません。

会社を辞めて開業を決意したことを渡辺先生にお伝えしたところ、「西本君なら絶対に大丈夫、自信をもって患者さんに向き合いなさい」と言っていただいたことだけが、心のよりどころでした。

どこかが痛いから、どこかを揉んだり叩いたり針を刺したりするのではなく、相手の方の体全体のみならず、心の部分にも向き合い、より良い方向に導くことが出来る、それが私が「操体」という考え方と実践を学んで得た結論です。

それでもなお、自分が学んだことで、それらのすべてに対応できるのか、何より私自身が人間として、相手に寄り添うという人間性を身に付けているのか、不安ばかりのスタートでした。

それでも教えていただいたことを駆使し、相手のために少しでも役に立ちたいという気持ちで向き合うことで、不思議なくらい症状が改善していくという事実に、私自身が驚いてしまいました。

その生活が2年続いた後、Jリーグ開幕に合わせて広島に移り住み、既に24年の月日が流れて行きました。

宇和島では、当然ですが一般の方の腰痛や肩・首の痛みといった、いわゆる不定愁訴の改善や、地元の中学生や高校生の運動部員たちのスポーツ障害の対応が主な仕事でした。

32歳、開業したばかりの私に大きな期待はされていなかったと思いますが、思った以上の効果が出ることで、それが口コミで広がり、早朝から深夜まで、いったいいつ仕事を終えられるのかと、自分の体を心配するほどの忙しさとなりました。

それが環境が変わり、いきなりプロサッカー選手を相手の仕事となりました。

目の前の選手たちは、まさに今すぐに痛みを改善して欲しい、曲がらない膝を曲がるようにして欲しい、魔法か手品のような効果を期待されているような毎日でした。

選手たちも個人としてチームとして生活をかけて戦っていましたが、私自身もとにかく結果を出さなければと、ある意味選手と同じかそれ以上の気持ちで、毎日が戦いの連続でした。

トレーナーという立場でしたが、他の人間が出来ることを同じようにやっていればいいなどという気持ちは一切なく、どんなに難しい状況でも、私の技術で少しでも可能性があるのなら、「そんなやり方は見たことも聞いたこともない、本当に大丈夫なのかと言われても、不安ならやめてくれ、私を信頼してくれないのならやらなくてもいい」と開き直って、思いついた方法をとにかく施していました。

それらがことごとく効果を表してくれて、私は自分の技術や考え方にどんどん自信を深めて行きました。

選手はサッカーという競技のプロかもしれないが、「私はこの世界で誰にも負けない一番の存在」、そこまで思うようになりました。

「私以上に結果を出せる人間が居るなら、いつでもその人を連れてきてくれ、もし本当に自分がその人よりも劣っていると思ったら、いつでも自分は身を引くから」、と常に懐に辞表を忍ばせているくらいの気持ちでした。

そのためにはどんな無理難題に対しても、知らない出来ないという言葉は絶対に口にせず、様々な方法を考え試行錯誤しながら答えを探し出していきました。

私の30年間は、その繰り返しでした。

そして、その30年間の早いうちに、私の考えていることが一般論や教科書的な答えとは違うものになって行ったことも感じていました。

それでも後戻りすることなく我が道を進んできました。

常にその時その瞬間に、私が一番正しいと思うことをやってきました。

そうやって一般論から離れれば離れるほど、私の考え方や方法論が理解されないという現実に直面していくことになって行きました。

「なぜ私の言っていることが分からないのだろう、どうして私の言うことを聞いてくれないのだろう」、そんな思いばかりが大きくなって行きました。

3年と少し前になりますが、今の場所に施設を作り、一般の方からプロスポーツ選手まで、ここに腰を据えて、これまでの経験を世の中のために還元していこうと決意して出直すことにしました。

ここでも同じ気持ちになっていました、「私の言うことがなぜ理解されないのだろう、絶対に間違いないことを言い、間違いなく効果を感じてもらえる施術を行っているのに」と。

模型やアプリを使って体の仕組みを説明したり、過去の経験談をお話したり、少しでも分かりやすいように説明もしていましたが、私の思いは本当に届いているのだろうかと考えさせられることが多々ありました。

それがつい最近、私自身の心が軽くなったというか、私は何のために今の仕事をしているのか、誰の為に仕事をしているのか、そんなことを考える余裕が出てきたためか、他者に対して自分の考えを押し付けるというか、正しいことをただ正しいと言うだけでは伝わらない、これまでの私は良い意味でも悪い意味でも自己満足を追い求めていただけで、本当の意味で他者に対して優しい人間ではなかったと思うようになりました。

自分が低い所に降りてきて、相手のレベルに合わせてあげるなどという不遜な考えではありません。

相手の立場に立ち、同じ感覚を共有し、心を寄せる以外に、私の思いを相手に伝える方法はないことがやっと分かってきました。

正しいことを正しいと言うだけでは何も伝わらない、そんな当然のことを今頃になってやっと気づいたのですから、お恥ずかしい限りです。

今日の地元紙のページに、僧侶の方が「傾聴」という行為のことを書かれていましたが、説法でも説教でもなく、ただ相手のお話に真剣に耳を傾ける行為の中にこそ、相手が救われる何かがあるというお話でした。

他にも同じようなことが書かれたものに接する機会があり、あらためて唯我独尊、我が道を歩んできたことに後悔ではなく、だからこそ今気づかせてもらえたのだと、これからの生き方に変化が生まれてきそうな気がしています。

さてそうは言いながらも、施術行為やトレーニングの効果には絶対の自信を持ってきました。

そこに私の人間性が加われば、もっと良い結果が期待できると思います。

そのうちの施術行為ですが、もちろん橋本敬三先生が創始された「操体法」という理論体系が私の基礎となっています。

西本塾等でたくさんの方にその入り口を指導させていただきましたが、操体には本来「型」というものは存在しないはずです。

それでは伝えることが出来ないので、名前が付いたいくつかの操法が存在しますが、それとて便宜上のもので、この操法をやればこういう痛みが治るとか、この部分の痛みに対してはこの操法が効くなどという、一般的な施術者の講習会で語られるような方法論は、操体には本来存在しません。

ではなぜ人間の体が発する痛みや違和感が、操体の施術を行うことで改善したり軽減できたりするのでしょうか。

さらには、施術を繰り返していくことで体をうまく動かすことが出来るようになり、運動能力の改善や向上という効果まで期待できるのか、少しまとめておきたいと思います。

操体の施術を行う目的はひとつ、「骨盤と背骨を中心とした、関節の6方向の動きを、それぞれが生まれもった能力の範囲内で、自由に動かすことが出来るようにしておくこと」ではないでしょうか。

すべての操法は、どこから動き始めても全身に広がって行きます。

一定の法則は存在しますが、それは原則的なものであり、個々の人間の体がその時その瞬間に心地良いと感じた動きを、体全体に連動させていきます。

操体を学んでいくとき、単純な運動方向の比較で、痛い方向から痛くない方向へという原理原則から入って行きますが、少しずつその原則から離れて行くことを実感していきます。

操体を治療技術の一つとして学び、パターン化していくつかの操法を身に付けてしまうと、そこから外れてしまっときの対応が出来なくなってしまいます。

手の持ち方支え方、言葉のかけ方、動かす際のスピード力加減、脱力のさせ方など等、やりようによってはパターン化して教えることも可能だとは思います。

しかし、それらは何のために行っているのかという根源に戻ると、前述の「骨盤と背骨を中心とした、関節の6方向の動きを、それぞれが生まれもった能力の範囲内で、自由に動かすことが出来るようにしておくこと」に戻らざるを得ないのです。

ではどうしてそのことが体の痛みや動きを改善してくれるのでしょうか。

元々人間の体はその能力を持って生まれてきます、「人間の体に仕組まれたからくり」とはそういうことで、だれでも平等に仕組まれているものです。

ところが我々の日常生活では、その6つの方向性と可動域をすべて必要とはしていません。

せっかく与えられた可動範囲も、必要最小限の中でしか使われておらず、それは我々一般人だけではなく、スポーツ選手の競技動作でも同じことが言えます。

さらに人間は二本足で立って、重力に抗しバランスを取りながら生活しなければなりませんので、常にどこかしらの筋肉を収縮させておかなければなりません。

「心休まる暇はないという」言葉がありますが、体こそゆったり休んでいられる時はないのです。

「横になって寝ている時は全部休んでいるではないか」、そう思うでしょう、しかし、体に問題を抱えて私の元を訪れてくる人たちは、ベッドに体を横たえても、体の緊張が解かれることはありません。

仰向けに横たわった時、膝が曲がって浮いてしまい、踵とお尻、腰の部分も反って浮いてしまい、肩甲骨と後頭部、極端に言えばこの4点しかベッドに接しておらず、立っている時の緊張がそのまま横になっても続いてしまうという人がほとんどです。

この状態では何時間ベッドで睡眠をとろうと、本来の意味での体を休ませることにはなりません。

ほとんどの方が枕はどういうのが良いですか、布団は固い方が良いですか柔らかい方が良いですかと聞いてきます。

答えは、道具ではなく「まずは、ご自分の体がゆったりと休める状態を作っておくことです」、と言うことになります。

そうでなければ何をどう変えても同じことです。

そのために何をするか、もう一度言いますが、「骨盤と背骨を中心とした、関節の6方向の動きを、それぞれが生まれもった能力の範囲内で、自由に動かすことが出来るようにしておくこと」なのです。

昨年3月に、漫画家「えだお」さんとの共著で発売した「1回5分体が喜ぶ健康術」(ガリバープロダクツ)や、宝島社のムック本「身体の痛みを治す寝たまま体操」(売り切れのため入手困難です)、取材協力の形で記事にしていただいた、健康雑誌「壮快」等、私の思いや方法論が世に出て行きました。

どこまでその思いが届いているのか正直分かりませんが、本当に体のことを考えるならば、お手軽な対症療法に目を向けるのではなく、「体は丸ごととつの存在」という橋本敬三先生の言葉を待つこともなく、自分の体にしっかり向き合い、体と対話するという、一見意味不明な言葉に思えるかもしれませんが、6方向に体を動かして語りかければ、必ず何かを返してくれます。

その言葉が聞こえるようになれば、少なくとも今以上に健康な体を取り戻すことは出来ると思います。

私が30年間続けてきた操体から学んだことは、私の技術が上がったとかいうことではなく、相手の体と心に寄り添って、無理なく6方向への誘導を行うことが出来れば、結果として体は元の状態を取り戻していくという事実です。

今現在の体に、新たな能力を加えるとか、壊れてしまった機能を私が治すとかいうことではなく、「その人その人が持って生まれた体の能力を、今現在のそれぞれの体で、出来るだけ自由に使いこなせる状態に戻してあげる」、と言うことではないでしょうか。

私の能力が上がった部分があるとしたら、相手の本来の能力を見極めて、深追いせず「良い塩梅」な状態を探れるようになったことかもしれません。

どちらにしても、私が治してあげた、などと思った時点で勘違いだと思います。

ただそれが出来ない施術者が多いことは事実だと思います。

自分の方法論にこだわったり、能力を持っていたとしても組織の論理に埋もれ、本来できることさえできない人も居るでしょう。

相手の立場に立って、その人の言葉に傾聴し、より良い方向性を共に探って行けるように、これから成長していきたいと思います。

「伸kingトレーニング」は骨盤と背骨を動かすイメージトレーニング。

今日は1月26日、今月もあと1週間となりました。
今月が終わると当たり前ですが2月がやってきます。

日々日常が繰り返されていき、月日が流れていきますが、私と息子にとっては大きな節目を迎えようとしています。

具体的な事は言えませんが、努めて心の平成を装うようにしていますが、内心はまさに様々な思いが交錯しています。

何があっても、その全てを受け入れる覚悟は出来ているつもりですが、1ヶ月後のことが想像もできません。

さて、「伸kingトレーニング」の全容を言葉として残しておきたいと、思い付くままに書き綴っていますが、今日は上半身を強化する代表的なトレーニングである 「ベンチプレス」という種目について、私の行わせているイメージを文字にしていきます。

このブログを読んでくれている人で、ベンチプレスという種目を知らないという人は少ないとは思いますが、一応説明しておきます。

基本的なやり方は、フラットなベンチに仰向けに横たわり、ほぼ胸の真上にあるバーベルシャフトを肩幅より少し広めに握って、肘を伸ばした状態からスタートし、肘を曲げてシャフトが胸に着くギリギリまで下ろして、そこからまた肘を伸ばして元の姿勢に戻るということを繰り返します。

バーベルの重量は地面に対して垂直方向の負荷となるので、その真下に位置する大胸筋や肩の三角筋の前部、そして肘を伸ばす運動の主役である上腕三頭筋が主なターゲットと言われています。

それらの筋肉を発達させたければ、ベンチプレスを行うことが目的に合致した正しいトレーニングということになります。

それらの筋肉の中で私が重要視する伸筋は、上腕三頭筋なのですが、それよりも大胸筋や三角筋に対する刺激が重視されてしまっています。

こうして説明していても、何をすればどういうやり方で行えば、筋肉をより発達させることが出来るかということが中心となってしまいます。

私が繰り返し使っている「筋肉の仕事は骨を動かすことで、それ以上でも以下でもない」という論点から見れば、まったく的を得ていない議論になってしまいます。

ではベンチプレスを行う目的を、私はどう捉えどう伝えているかということです。

ベンチプレスという種目の外見的なイメージは、ベンチに横たわって肘を曲げ伸ばししているということになります。

私のいう筋肉の仕事は骨を動かすこと、という意味からすると、骨の動きは肘の曲げ伸ばしという動きで、上腕の骨と前腕の骨をどうコントロールするかという動きのトレーニングということになりますが、まったく違うイメージを持っています。


まずスタートポジションの姿勢ですが、ベンチに横になった時、両足は床ではなく、膝を曲げてベンチの上に置きます。

さらにヘソの真裏、骨盤上部から腰椎にかけての位置に、ホームセンターで扱っているような腰痛予防の腰当てのようなものを入れます。

この目的はベンチにプレスの動作中に、骨盤から背骨全体の前後の動きを、無理なく行いやすいようにするためです。

安全に動作を行うために、シャフトが軌道上を上下するスミスマシンという器具をします。

スタートポジションで、まだ持ち上げていない状態でシャフトを持った時、すでに腰当てをしていることと膝を曲げていることで、背骨は自然なS字カーブを描いています。

体に負荷がかかっていませんので、肩甲骨はフラットな状態です。

両手を肩幅よりも少し広く持っていることで、シャフトを含めて、その内径はシャフト部分が広く肩甲骨部分が狭い「台形」が形作られています。

このことがとても重要になります。

そのポジションからシャフトを押し上げラックから外すと、当然垂直方向に負荷がかかります、その負荷を筋肉ではなく、肩甲骨で感じて欲しいのです。

するとどういうことが起こるかというと、真上からの重さが左右の肩甲骨を中央の背骨側に引き寄せられてきます。

その際背骨のS字カーブはさらに大きくなります。

腰当てに触れていた腰椎の部分の湾曲も大きくなり、腰当てが横から引っ張れば抜き取ることが出来るかもしれない状態になります。

これは自分が意図して行ったというより、バーベルの重量が背骨に対して自然に行わせてくれた連動動作です。

シャフトが胸に着くまで下ろしてくると、背骨のS字カーブもマックスとなります。

筋肉の状態ではなく、あくまでも骨の動きを中心として考えているので、このイメージでシャフトをギリギリまで胸に近づけると、普通に行う以上に重く感じることになります。

筋肉をメインに考えて高重量で行うと、ここまで背骨を動かすことは出来ません。

この動きをダンベルを使って行えば、シャフトがないぶん、更に背骨を反らすことができますが、それだけが目的ではなく、次の肘を伸ばして背骨を丸めるという動作につなげていくためにも、スミスマシンの方が適していると思います。

目一杯背骨を反らし、肩甲骨が中央に寄り切った状態から、肘だけを伸ばしていきます。

普通に行うより重く感じると言っておきながら、そのままの姿勢で肘だけを伸ばすなんて出来るわけがないということになるのですが、それが行えるように初めからそれに適した重量を設定しておくのです。

下ろし切った時には、とんでもなく重く感じた、感じるように動かさせているのですから当然なのですが、そこから肘を伸ばすという動きに切り替える際には、いったん背骨の意識を少し外しますので、上腕三頭筋の働きのみで押し上げることが出来る重量にしてあるのです。

この時はまだ肩甲骨は閉じられたままですが、肘が伸びて行くとともに肩甲骨も元の位置に戻っていきます。

そして肘が伸び切って体全体がスタートポジションに戻ったところで動きを止めずに、今度は肩甲骨を開いて行くように、さらにシャフトを高く押し上げていきます。

すると腰の下に当てていたものを、背骨が丸まって押しつぶして行くような姿勢となります。

その動きを確認してから、スタートポジションに戻って一回の動作が終了ということになります。

慣れるまでは体の連動のイメージが掴みにくいのですが、それこそまさに筋肉が骨を動かすためではなく、バーベルの重量を押し上げるという目的にしか使われていなかった証拠ではないでしょうか。

現役時代100キロ近い体重があった佐々岡投手にして、この種目で60キロ以上の重量を扱わせることはありませんでした。

トレーニングキャンプの期間中に、他の選手とは別のメニューで、私のやり方を通してもらいましたが、ベテランの他の野手からは、そんな重量でなんの効果があるのかとからかわれたりしたそうです。

理屈を説明しても一度や二度体験してもらっても、その本質は伝わらないでしょうから、彼は黙々と自分の信じたやり方を9年間通してくれました。

動きの説明は以上ですが、このやり方は自分一人で行うと、一番重要な可動域の端っこの部分、反らせるところまで反らすというところと、丸められるところまで丸めるという、背骨の可動域をできるだけ広く使えるようにするという目的のためには、やり方を熟知した補助者がいて、その部分を強調したトレーニングを行うことが、その効果を高めてくれることは言うまでもありません。

たったの10回、それも1セット行っただけでも、終了後には今までにない感覚となります。

体の前側、大胸筋よりも、体の後ろ側に不思議な緊張感というか使った感があるのです。

そして見た目にも姿勢が良くなります。

それはトレーニングの目的が骨盤と背骨をうまく動かすことにあったからです。

けっして体幹部分を安定させる、強化するという発想ではありません。

自分の意図した通り自由に連動させることが目的です。

この目的論は、他のすべてのトレーニング種目にも共通します。

「伸kingトレーニング」は骨盤と背骨をイメージ通りに連動させるトレーニング、といっても過言ではないかもしれません。

実際に指導を受けてくれた人たちにも、今日の記事で整理し直して欲しいと思います。

前回の記事に、塾生で名古屋の内田さんからコメントをいただきました。
西本理論をベースにトレーニングの指導をし、目に見える成果を出してきたにもかかわらず、それを実感した選手が、その事実を秘密にしてしまい広がっていかないという、私が現在抱えている問題が内田さんの身にも降りかかっているというのです。

残念ながらこの現実は当分変わらないと思います。

ツイッターでもつぶやきましたが、なでしこジャパンが元オリンピックのメダリストを講師に招いて、走り方の指導を受けたそうです。

私や仲間たちがどんなに結果を出そうと、そういうメジャーな人たちのように、指導を依頼されることはないのかもしれません。

そういう意味では、もう一度私がメジャーな組織で結果を残さなければ、学んでくれた人たちに申し訳ないという気持ちもありますが、現実には少し難しいことなので、何か他の方法があれば考えなければなりません。

人間の動作を分析するには、私も含めてですが、外見上の動きだけを見たのではわからない部分の方が当然多いと思います。

体の動き使い方、それらの連動がどう行われているか、本当の意味での体の仕組みと、何より実際にその動きを画像ではなく生で見る、できればその体を触って動かしてみる、そこまで出来なければ、あくまでも一般論であるということを断らなければならないと思います。

昨年末にはそういう経験もさせてもらいました。

なぜトレーニングを行うのか、このトレーニングを行うことでどんな効果があるのか、しっかり考えて行わなければ、せっかくの努力も徒労に終わる可能性があることを知って欲しいと思います。

こんな苦しい4年間はもう過ごしたくないというコメントをオリンピックの後に残した選手がいましたが、その努力の方向性がどうだったのかを検証することなく、ただ何かを変えるでは同じことの繰り返しになるのではと思います。

私はまだまだ、なぜどうしてを繰り返しながらも、相手に真剣に向き合い、ただ正しいものを正しいと言うだけではなく、しっかり寄り添って同じ感覚を共有して、より良い方向に導いてあげたいと思います。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
また、2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。こちらもご覧ください。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを始めました。
4月15・16日の二日間西本塾を、予定しています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の講習会情報をご覧ください。

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