なぜここまで重心移動にこだわるのか、考察の続きです。

『重心移動』について考察を続けます。

前回、赤ちゃんが歩き始めるところまでを考えてみました。

つかまり立ちができるようになり、その後つかまるものがなくてもバランスをとって二本の足で立ち続けることができるようになり、今度はそこから自分の行きたい方向への移動を試みるという成長の過程です。

まずはバランスをとることから始まりますが、人間は行きたい方向へ移動するという本能を持っていることは前回説明しました。

つまり最初の移動は、バランスをあえて崩して、行きたい方向へ重心を移動させ、その移動した重心を支えるために、足を出すという行為です。

この時の様子をよく観察してみると、安定した状態からどちらかの足の荷重をゼロにして、反対の足ですべてを受け止めるという事はできていません、片足立ちは出来ないということです。

二本の足で立っているものの、不安定な状態は変わらず、行きたい方向へ重心が移動する事で、さらに不安定さが増した体を支えるために、どちらかの足が出たということを繰り返しています。

地面を蹴って自分の体重以上の重さで地面を押し、その反力で体を押し出すという物理の地面反力は使われていません。

この不安定さこそが、人間の体を移動させる基本になっていると考えました。

その後、しっかりと体を安定させて立てるようになるわけですが、そのことが体をその場に居着かせてしまうという、ある意味弊害となっていくのです。

ここまでの話をすぐに理解していただくのは難しいと思いますが、読み進めてください。

安定して立っていられる感覚をつかむと、今度は体の重さを移動させなければならなくなります、それが体重移動です。

安定している自重を移動させるためには、まさに地面に対して自重以上の圧力をかけ、その反力で自重を押し出すことになります。

ほとんどの方はそれが当然で、それ以外に移動(歩く走るという行為を総称して)するという行為に対して、どんな理屈で説明できるのかと思っているはずです。

私はこの体の使い方にこそ、動きが重く見える、スムーズさに欠ける、キレを感じないなど、一般的に良くないと言われている動きのイメージが隠されていると思います。

では『不安定さを利用した重心移動』とはどういうものかということになります。

直立した姿勢で、そのまま絶対に姿勢を変えてはいけないと指示して、後ろから背中を押したとします。

真っ直ぐな木を根元から切って、倒れていくという状況を思い描いてください。

もしそのまま指示通り体の姿勢を維持したとしたら、顔面から地面に激突して鼻血は出るわ顔の骨を骨折するわ、大ごとになります。

しかし、この実験を誰にやっても、そんな事故は起こりません。

私からどんな指示を受けていようが、自分の体が前方に倒れてしまわないように、どちらかの足が前に出て、体が倒れてしまうことを防いでくれます。

これは当然のことです、体を守るという本能ですから。

もしこの実験を、少し傾斜のある下り斜面で行なったとしたらどうでしょう。

体を支えるということだけのために足が振り出されるということが交互に行われ続け、意志とは関係なく体がどんどん前方に移動していくという結果となります。

移動が歩くどころか、本人の意志とは関係なく、既に一定のスピードで走っていることになってしまうのです。

けっして体をどう使おうとか、速く走ろうとか、そういう目的は一切考えなくてもです。

移動してしまう、走ってしまっていた、ということが起きてしまうのです。

そんなところから私の走るという行為のイメージが広がって行きました。

走るという行為は、少しでも歩幅を広げ足の回転数を上げることでスピードが速くなる、ストライドとピッチの積がスピードであるという説明がされます。

そのためには太腿を高く引き上げ、膝から下を大きく前方に降り出し、後ろ足で強く地面を蹴るという筋力が必要となり、それをリードするのが上半身の力で、腕を前後に力強く振ることで、足の動きと連動させる、そのためには腕の筋力も必要となる、すべてが筋肉の仕事であると思われています。

果たしてそれだけなのでしょうか、人間として持って生まれた能力、創造主たる神が与えた人間本来の効率的な体の使い方はそれでよいのだろうかと考えが広がっていきました。

そこには、人間だけがなぜ肉離れや靭帯、関節部分のケガに悩まされ続けるのかという、根本的な疑問もありました。

人間の限界を超える能力を発揮しようとしているのだから、ケガや故障は仕方がない、本当にそうでしょうか。

他の生き物がそういうアクシデントに見舞われれば、それはすなわち命を失うことになります。

命のやり取りという極限の中でも、そういうアクシデントが無い自然界の動物、かたや子供から大人まで、一般の方からトップアスリートまで老若男女にその危険性をはらんだ体の使い方が、本当に理に適ったものだと言えるのでしょうか。

私のなぜどうしては、それを認める気にはなりませんでした。

そこで目を付けたのが、というかお手本としたのが、地球上で最速のスピードを誇るチータの疾走する姿でした。

もちろんチータだけでなく、野生の四足動物たちはすべてがお手本といっても良いくらいです。

その決め手となったのが股関節の動きでした。

我々の股関節は、腸骨の受け口に大腿骨頭がはまり込む形で関節を形成していますが、その大腿骨の形状が真っ直ぐではなく、内側に首が折れ曲がった形状になっています。

四足動物なら当然そうでなければ手足を動かすことが出来ませんが、我々人間は二足歩行に移行した後、もしかしたら竹馬のように真っ直ぐな大腿骨に進化、いや退化でしょうか、形状を変えても体を移動させることは出来たかもしれません。

しかし、現状その形状は変わっていません。

にもかかわらず股関節をどう使うかという観点から見ると、残念ながらその形状を活かしきれていないと思うのです。

この股関節をどう使うか、具体的には縦に使うという発想が、重心移動の決め手であり、すべての動作をつかさどるエンジンだという結論を得ました。

それでもやはり返って行くところというか、発想の原点は赤ちゃんがつかまり立ちから、自分の行きたい方向へ移動するという、あの『不安定さを利用した重心移動』という体の使い方なのです。

ハンマー投げの室伏浩二選手が、投網の動作で無駄なく無理のない筋力発揮のバランス感覚を掴もうとしたり、赤ちゃんのように筋力ではなく全身の連動で転がるような動きを行っていたのは、まさに体の大きさや筋力の強さに頼るのではなく、人間として持って生まれた能力がどういうものかという感覚に立ち返ることで、それまで作り上げてきた筋力を効率的に発揮できると考えたのではないかと思います。

何の指導も受けていない子供の頃から、運動能力の差というものは残酷なまでに目の前に突き付けられます。

能力に勝っている子供は、それがどうしてだか分かっていません、ただ走れば他の子供より速かっただけです。

しかし自分が劣っていると感じた子供は、負けたくないどうやったら対抗できるかと考えないはずがありません。

そこから始まるのが、地面に居付いた体を筋力によって速く移動させるという体重移動の体の使い方を追い求めて行くことになるのです。

頑張れば頑張るほど地面を蹴る力を必要とし、居着いてしまう時間が長くなることで動き出しが遅く、スピードにも乗れず、キレも感じられない動きへの負の連鎖が始まります。

それらを改善し、誰でも持って生まれた能力を発揮できるようにしようというのが、私の提唱する走るという行為なのです。

言葉で伝えることは難しいですが、言われてみれば自分もそんな体の使い方になっていたのではないか、自分の子供もどっしり居着いているように見える、また動きが良いと言われている人たちの動きには無駄に踏ん張っていたり、力んでいるようにも見えないのに、なぜあんなに軽やかに見えるのか不思議だったと思っていた方も多いのではないでしょうか。

私の言う重心移動と体重移動の違い、少しわかっていただけたでしょうか。

この後に必要な知識と実践が、股関節を縦に使うという概念となります、それはまた今度書きます。

昨日お知らせした倉本和昌さんの行うセミナーですが、6カ月コースの第4回目を受け持つことがほぼ決まりました。

5月に東京へ、6月には大阪に行くことになると思います。

倉本さんの思いが多くの人に届き、向上心を持った指導者たちがたくさん受講してくれることを願っています。

『サッカーコーチ育成セミナー』開講 西本塾生『倉本和昌』さんの挑戦

今日は皆さんにお知らせしたいことがあって記事を書きます。

それは西本塾生でもある『倉本和昌』さんが新たな挑戦を始めることです。

サッカーの関係者の中には倉本さんの名前を知っている人は多いと思います。

経歴等は彼のフェイスブックを見て頂くとして、35歳の彼がいよいよ本当にやりたかったことができる環境を作るために、1月まで所属していた大宮アルディージャを離れ起業を決意したそうです。

その仕事とは、『世界に通用する!チームの勝利と個人の育成が両立できるサッカーコーチ養成セミナー』の開講です。

これまでサッカーだけでなく様々な競技の選手や指導者と出会ってきました。

それぞれ皆さん情熱を持った素晴らしい方々だと思います。

とくにサッカーの指導者の方々は、異口同音に「世界に通用するプレーヤーを育てたい」と言われます。

そのために海外にまで行ってコーチとしての勉強をし、日本のサッカ-を強くしたい、世界に通用する選手を育てたいと熱く語ってくれました。

そんな人たちが私の元を訪れ、西本塾や個人指導を通じて私の考えや体の使い方といった、いわゆる西本理論に触れると、自分が一生懸命学んできたことが、なぜもう一つ確実な結果に結びつかなかったのかが分かったと言ってくれます。

私はもちろんサッカーの専門家ではありませんし、プレーの経験すらありません。

そんな私の言葉がなぜ彼らの心に響くのか、それは私の言っていることが、まさにシンプルな人間の体の仕組みとその効率的な使い方という観点から語られているからだと思います。

そのもっとも基本的な部分を十分理解することなく、応用発展の部分を学び続けてきたことに気付いてくれるのです。

サッカーの指導者はライセンス制度が確立され、いわゆるスポーツ医学の講義も受けるそうです。

実際にその講義の講師を務めている人も、西本塾に参加してくれたことがありましたが、その方曰く、自分たちが講義している内容は、当然マニュアルがあって解剖学の基礎や一般的な故障やケガの対処法など、おそらくは受講する人たちも既に知識として持っていることばかりで、一応やっていますというレベルに過ぎないと言っていました。

もちろん最低限の知識は必要ですから、資格を取るための講習会と言うレベルでは当然のことかもしれません。

しかし、指導者として本当に知りたいことは、そんな話ではないはずです。

西本塾の最後に感想を述べ合う際、サッカーの指導者の方が私に言ってくれるのは、「こういう内容のことを、なぜ公な組織が行ってくれないのでしょうか、なぜ西本先生がそういう場所でお話ししてくれないのですか」という言葉です。

残念ながら私の考えていることや指導しているトレーニング方法、体の使い方といったことは、これまでの教科書的な指導とは異なっている部分が多いと思います。

実際に学んでいただき、それらが絶対に必要な知識であり技術であると理解してくれたとしても、これまでの固定概念を覆すほどの力は、今のところありません。

私は私の力の及ぶ範囲で、しっかりと正しく伝えて行くことで、指導者や何より彼らの指導を受ける選手たちの成長のお手伝いをしているつもりでした。

そうは言いながらも、私の考え方が遅々として広まって行かにことに、本音を言えばいら立ちを覚えていたことも事実です。

ただ少しずつではありますが、真剣に学びを継続してくれている方々がいることも確かで、そういう人たちも私以上に固定概念の壁を感じながら、絶対にこの考え方を広めて行かなければと奮闘してくれていることも知っています。

私が公の立場を得られる機会がない今、地道にこれまでの活動を続け、理解者たちに応援を要請されればどこへでも飛んで行きたいと思っていることは前回書きました。

今回のことは、昨年末に行った「走り体験会」のつもりが、「走り錬成会」とグレードアップした会に参加を申し込んでくれた倉本さんから、相談があるので時間を作って欲しいということを事前に聞いていて、翌日の午前中に詳しい話を聞くことになりました。

それが今回のことです。

「自分が指導者として選手を指導していくのでは色々な意味で限界がある、本当に日本のサッカ-が世界に通用するレベルになるためには、選手以上に選手を育てる指導者を育成していかなければならない」、という結論になったようでした。

どんな方法でどんな内容のことを身に付けてもらえば、彼が夢見る日本のサッカーのレベルアップにつながるのか、いよいよその準備が整ったようです。

それが、『世界に通用する!チームの勝利と個人の育成が両立できるサッカーコーチ養成セミナー』と銘打ったセミナーの開講でした。

彼は退路を断って、大宮アルディージャを離れ、セミナーの運営という仕事を立ち上げ起業しました。

詳しい内容は彼のフェースブックを見て頂くとして、その講義の一コマを私に受け持ってほしいと言ってくれました。

私の作り上げてきたノウハウを、心あるサッカーの指導者にぜひ伝えて欲しいと言ってくれたのです。

やっとこんな機会を与えてもらえたと感謝の気持ちでいっぱいです。

西本塾とは一線を画し、サッカーという競技に特化した講義の内容をこれから考えて行かなければなりません。

何より講義を受けてくれた人たちが、すぐにでも実践したくなる内容にしなければなりません。

人生の節目ともいえる年齢を迎える私に、大きな希望と責任を与えてくれました。

こんなワクワク感は久振りです、まだ私の一回目の講義の予定は決まっていませんが、そこでの新たな出会いもとても楽しみにしています。

微力ではありますが、倉本さんと一緒に日本のサッカ-が世界に通用するために必要な、有能な指導者育成するという、大きな目標に向かって突き進む彼を応援して行こうと思います。

私の人生まだまだ楽しいことがたくさんありそうです。

最後にもう一つ嬉しいことが今朝ありました。

遠隔サポートを中断していた方から、改めて指導を再開して欲しいという連絡を頂きました。

思いが伝わったことにほっとしたと同時に、今度こそお役に立てるように頑張らせていただこうと思いを新たにしました。

どんな出来事も次につながる大きな経験となるはずです、自分のやり方に何か問題があったと考えることができれば、失敗などという言葉はいらないと思います。

重心移動のことをもう少し説明しておきたいので、またの機会に書きます。

重心移動の意味を分かっている人少ないです。

1月も終わりですね、寒さが続いていますが、私はお陰様で風邪ひとつひくこともなく元気で過ごしています。

私の趣味というか性分でしょうか、誰に迷惑をかける行為ではなくお金もかからないお得なものですが、「それは仕事でしょ」と突っ込まれると、そう言われたらそうだなと思ってしまうことです。

もったいぶって始まりましたが、何のことはない『人間の体の動きを観察して、動きづくりにどう繋げるか』という単純な話です。

仕事といえば仕事かもしれませんが、考えてみれば小学校高学年の頃の記憶の中にも、『運動能力の優れた同級生の体の使い方はこうだったなあ』と、名前と顔まで思い出せるほど鮮明に覚えていたりします。

会社員生活を経てこの仕事に入りましたが、その時々の環境の中で必要とされていないけれど、人間の体の使い方という本質的な部分を考え続けてきたことが、今に繋がっているのだから、生きていること考えることに無駄なことはないなと改めて思ったりもします。

競技スポーツの世界に身を置く期間が長かったので、あるレベルを超えた選手たちを、どうやったら更にレベルアップさせられるかという、究極的な能力向上を目指してきました。
それが、スポーツ選手であれば、上のレベルを目指す育成年代から、30代40代もっと上の年齢になっても、少しでも上手くなりたい、一年でも長く競技を続けていきたいという、様々な目的目標を持った選手たちに関わることが増えてきました。

もちろんスポーツを行なっている人ばかりではなく、一般の方たちが日常的な体の不調を訴えて、私の元を訪れる方もたくさんおられます。

そんな日常の中でも、実際に施術やトレーニングの指導をしている瞬間よりも、一人で過ごす時間の方がよほど色々なことを深く考えているように思います。
人から見たらぼんやりしている時間こそ、私の頭の中はフル回転しているのかもしれません。

さて、一般の方から見れば素晴らしい能力を持っていると思われる競技レベルの選手たちのことは、これまでにもたくさん考え文字にもしてきましたが、運動を始めたばかり、いえトコトコ走り始めたばかりの小さな子供たちのことを考えてみました。

走ることに関しては遺伝の問題が大きいとよく言われますが、私はそうは考えていません。
後天的な環境の問題の方が大きいと思います。

歩くこと走ることは、ひとことで言えば移動手段に過ぎないということです。

生まれてきたばかりの赤ちゃんは、自分で姿勢を変えることも食事をすることもできません、基本的には親の庇護の元で一定期間を過ごさなければ生きて行くことさえできません。

そんな期間が過ぎ、寝返りを打てるようになり、つかまり立ちができるようになり、自分の足でバランスをとって二本の足で立っていられるようになります。
そしていよいよ自分の足で移動する、歩くという行為ができるようになっていきます。

この時の歩くという行為に関して、私のいう体重移動と重心移動という観点から見てみると、「スタートは絶対に重心移動」だと思います。

二本足で立ってバランスが取れるいう感覚が身に付いてくると、それまでハイハイでしか移動できなかったのが、この立っている状態から、笑顔で手を差し伸べてくれる親の元に近づいていきたいという気持ちが湧いてくると思います。

人間は行きたい方向に進んで行くという機能を持って生まれています。
このことは西本塾で説明し体験してもらっていますが、自転車で曲がる時のことをイメージしてもらうと分かると思います。

赤ちゃんが移動する時、二本の足で直立を維持するために、重心を保ってバランスを維持していた感覚を、移動したい方向に少しだけ『ずらした移動した』ということになります。

それに続いて必要とされる能力は、移動した重心を保って転ばないようにすることです、これが人間本来の体の位置を移動させるための体の使い方ではないでしょうか。

だから私は移動の手段としての人間の体の使い方は『重心移動』だと言っているのです。

実際にそれで十分移動の手段としての目的は果たせます。

しかし現実としてなぜかそれが否定され、難しいことはわかりませんが、物理学というのでしょうか、地球上の引力の中で、体を支えるために地面と拮抗している体重以上の重さを地面に向け、その反力を得ることで体の重さを移動させるという説明を、そういう専門の勉強をした人から聞いたことがあります。

難しいことは別として、ほとんどの人が私が唱える『重心移動説』ではなく『体重移動説』を信じていますから、地面を蹴るための筋力がイコール、スピードに結びついていると思ってしまいます。

そして自分の子供さんを見て、動きが鈍いとか体の使い方が下手とか、その人が持っている良いイメージからは遠いものだと思ってしまいます。

「それを改善させるためにどんなトレーニングをしたら良いのでしょうか」、という質問をされることが多いのです。

このことは大人でも同じで、また競技レベルの選手たちにも言えることです。

そのために枝葉の方法論をいくら教えても絶対に改善することはできません。
考え方の根本に、筋力を使った体重移動の概念が消えていないからです。

もしそういう枝葉の部分を指導する動画を見たり、お手本にしたい選手の動きを見続けたとしても、結局は根本的な改善にはならないのです。

一足飛びに話を進めてしまいますが、重心移動を分かってもらえたとしても、今度は骨盤の角度を維持して股関節の自由度を確保するために、背中を使うという体の連動、使い方が身に付いていなければ、今度は重心を移動させるために体を前に倒すことに意識が行き過ぎ、膝を引き上げなければならず、着地も重心である股関節よりも前になってしまうため、膝に過度な負荷がかかりケガの原因となってしまいます。

これまで見てきたり相談を受ける選手は、ほとんどがこのパターンです。

『木を見て森を見ず』どころではありません、誰に刷り込まれたのか、いつからそう思わされてしまったのか、どんなことに対してもこうしなければならない、こうしてはいけないという思い込み、固定概念や既成概念と言われているものに支配され続けています。

私の主張していることは難しい理論ではありません、体はこういう風に動くようにできていているから、その持って生まれたカラクリ通りに使うようにしませんかと言っているだけです。

様々な人が、体の使い方を論じますが、私の言っていることは当たり前すぎてインパクトはないかもしれませんが、考えれば考えるほどシンプルになって行くのだから仕方がありませんね。

こんなことを書くときは、実際に伝えたい人がある時ですが、多くの方に当てはまることでもあると思って書いています、思い当たるところがある人は、よく読んでおいてください。

2月の後半に、以前指導していた社会人野球、三菱重工広島の元選手で、現在香川県の県立高校で教員を務め、やっと昨年から念願の硬式野球部の監督に就任した『上田将人』君の依頼で、選手たちの指導をするために坂出に行くことになりました。

野球に関わっていた時の私は、我ながら厳しさを前面に出した指導でした、とにかく結果を出さなければならない環境の中での仕事だったからです。
確かに結果は残してきたつもりです、しかしその頃の選手たちが日々の練習を楽しいと思っていてくれたかどうか、楽しいという意味は楽だという意味ではありませんが、やらされているという感覚であったとしたら、何年か経って振り返った時どんな思い出が残っているんだろうかと考えることが増えました。

上田君は、選手を指導する際の、私の厳しい面を期待してくれていると思いますが、私自身が伝える側として様々な人と出会い成長した姿を見せたいと思っています。
指導者としての彼のこれからに、少しでも影響を与えられる指導をしてきたいと思います。

今年の目標というか夢は、私の考え方に興味を持ち、話を聞いてみたい指導を受けたいという人の元へ出かけて行きたいということです。

これまで関わった選手たちの動きを見るためにも、南は九州鹿児島から福岡、山口、大阪、名古屋、東京、仙台、札幌そしてスペイン、他にも行きたいところ、会いたい人がたくさんいます。
いくつ実現するかわかりませんが、そこに居る自分の姿や新たな出会いを夢想することも楽しいものです。

節目の年齢になる今年一年です、良いことがたくさんあるように頑張ります。


プロフィール

Author:西本 直
1993年、Jリーグサンフレッチェ広島を皮切りに、社会人野球三菱重工広島・協和発酵・ヴィッセル神戸・川崎フロンターレ、そして広島カープ佐々岡真司投手など、プロアマ問わず競技レベルのスポーツ選手から一般の方まで、トレーニングやメンテナンスの指導を行ってきました。
その経験と知識の蓄積を「西本理論」としてまとめ、一人でも多くの方に実践していただくことが、これからの私の使命であると信じ、このブログから発信していきます。
私の理論はスポーツ選手のみを対象としたものではなく、ビジネスマンや家庭の主婦まで老若男女すべてに当てはまる不変のものです。
指導や講演のご依頼も受け付けています。
実名でツイッターも書いていますので、チェックしてみてください。
2013年9月9日にConditioning Studio 操をオープンしました。
また、遠隔地にお住まいの方を対象とした動き分析とアドバイスを行っています。
詳細は「スタジオ操」のホームページ内の「遠隔サポート」をご覧ください。
今年は「西本塾」3月10・11日と9月8・9日に、「深める会」を4月8日と10月7日に、そして「走り方錬成会」を12月29日に予定しています。
現在『第26期西本塾』3月10・11日開催予定の募集を行っています。
詳細はStudio操ホームページ内の「講習会情報」をご覧ください.

最新記事

カレンダー

01 | 2018/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -

カウンター

検索フォーム

QRコード

QR